1 00:00:54,300 --> 00:00:56,740 あの決定的な敗戦によって 2 00:00:56,910 --> 00:01:00,610 東京の街はいたる所、焼け野原となった 3 00:01:00,770 --> 00:01:03,050 が、その焼跡こそ 4 00:01:03,580 --> 00:01:08,640 路傍に市をひらいて交易を教えた炎帝神農を奉ずる者たち 5 00:01:08,750 --> 00:01:13,520 つまり香具師、テキヤがその本領を発揮する場であった 6 00:01:15,190 --> 00:01:19,030 焼け出された商人や失業者の路傍商いが溢れだし 7 00:01:19,400 --> 00:01:23,360 戦捷国民の露店進出やアプレ愚連隊の氾濫 8 00:01:23,720 --> 00:01:28,900 それに伴ういざこざ、喧嘩、暴力沙汰が日常茶飯事となり 9 00:01:29,460 --> 00:01:37,410 この場に集う全ての人々がその本来の姿である流動的で生産物を持たぬ浮浪の民と化して 10 00:01:37,630 --> 00:01:41,690 日々の交易に声を嗄らし汗と血を流していた 11 00:01:43,070 --> 00:01:45,880 そして、この混沌の中から 12 00:01:46,400 --> 00:01:50,480 立喰師の伝説もまた立ち上がるのである 13 00:04:07,720 --> 00:04:09,640 月見そばで 14 00:04:20,940 --> 00:04:22,020 すまないが 15 00:04:22,230 --> 00:04:24,060 卵を先にのせてくれ 16 00:04:27,680 --> 00:04:30,030 上から注いじゃもらえないか 17 00:04:37,130 --> 00:04:39,300 いい景色だ 18 00:04:39,770 --> 00:04:40,660 くだらねぇ 19 00:04:41,170 --> 00:04:42,580 たかが蕎麦じゃねえか 20 00:04:58,530 --> 00:05:02,010 立喰いの世界に関する調査研究の第一人者 21 00:05:02,040 --> 00:05:09,530 犬飼喜一はその著書『不連続線上の系譜』における「月見の銀二」の事例研究にあたり 22 00:05:09,780 --> 00:05:12,700 そのゴトの核心ともいえる「説教」にこそ 23 00:05:12,900 --> 00:05:17,300 「月見の銀二」なる人物の本質が集約的に発現しているとする 24 00:05:17,500 --> 00:05:19,600 彼独自の視座を示唆している 25 00:05:19,780 --> 00:05:22,290 では、そも「説教」とは何か 26 00:05:25,980 --> 00:05:30,350 それこそが異端の民俗学者、犬飼喜一が 27 00:05:30,380 --> 00:05:36,490 その精力的とも、また無謀とも言えるフィードワークによって成し遂げた貴重な成果であり 28 00:05:36,740 --> 00:05:41,700 彼らの所謂ゴトの中核を成す技術そのものでもあった 29 00:05:42,460 --> 00:05:43,810 くだらねぇ 30 00:05:44,290 --> 00:05:46,330 たかが蕎麦じゃねえか! 31 00:05:47,000 --> 00:05:48,770 「たかが蕎麦である」 32 00:05:49,000 --> 00:05:53,050 しかも調理した当人がその言葉を口にしているのである 33 00:05:53,610 --> 00:05:56,280 この殆ど絶望的とも言える状況から 34 00:05:56,320 --> 00:05:59,630 如何にして銀二は自らのゴトを成し遂げるのか 35 00:06:01,680 --> 00:06:03,060 蕎麦屋のみならず 36 00:06:03,320 --> 00:06:08,460 凡そ飲食店において、その仕舞い時——看板際は特殊な時間である 37 00:06:09,050 --> 00:06:10,230 暖簾を仕舞い 38 00:06:10,310 --> 00:06:13,430 翌日の仕込みにかかって店内を清掃する 39 00:06:13,560 --> 00:06:19,520 それは言わば客との対話を終えて独白へと移行する時の結節点であり 40 00:06:20,050 --> 00:06:24,800 生活者の誰しもが経験する孤独で内省的な夜の時間 41 00:06:25,050 --> 00:06:27,950 固有時への境界を越える時間でもある 42 00:06:28,640 --> 00:06:30,490 この端境に訪れる客は 43 00:06:30,610 --> 00:06:35,380 また民俗学の言う希人として深い印象を刻む可能性が高い 44 00:06:36,130 --> 00:06:40,710 銀二のアプローチもまた同様の心理的感性を衝くものであり 45 00:06:40,820 --> 00:06:45,420 まずは店主の経営者としての模擬人格の障壁を突破し 46 00:06:45,700 --> 00:06:51,170 併せて自らの存在を等身大以上に見せる為の演出に他ならないが 47 00:06:51,410 --> 00:06:53,750 無論のこと、それのみではない 48 00:06:54,290 --> 00:06:56,190 釜無精は蕎麦屋の恥 49 00:06:56,420 --> 00:07:00,390 仕舞い時に通された盛り一枚に如何に対処するか—— 50 00:07:00,570 --> 00:07:04,840 仕舞い時とはその店の営業方針や職人の気構え 51 00:07:05,220 --> 00:07:09,920 やや大仰に表現するなら蕎麦屋の思想が問われる時刻でもある 52 00:07:10,610 --> 00:07:15,860 狙ったようにこの時刻に姿を現す銀二がこの事を知らぬ訳がなかった 53 00:07:16,000 --> 00:07:17,980 そして今一つ 54 00:07:18,500 --> 00:07:23,180 元来が江戸期に大衆の食べ物として完成を見たと言われる蕎麦は 55 00:07:23,210 --> 00:07:26,640 その普及の過程で寺院との関わりが深く 56 00:07:26,810 --> 00:07:30,140 霞を吸い松葉を喰む類の料理であり 57 00:07:30,500 --> 00:07:32,820 山寺にいて味わう心境を重んじる 58 00:07:32,880 --> 00:07:38,640 要するに景色を思い描く絵画の心掛けこそが肝心である、と 59 00:07:38,900 --> 00:07:41,940 当時としてはまさに噴飯ものの説教を 60 00:07:42,090 --> 00:07:46,820 敢えて闇市という欲望自然主義の総本山において行ったとは 61 00:07:47,200 --> 00:07:50,810 後の世の人々にはおよそ信じがたい行為であろう 62 00:07:51,380 --> 00:07:55,460 だが事実として銀二はその困難を敢行したのである 63 00:07:55,820 --> 00:08:02,690 混ぜ物だらけの代用品の世界であればこそ、その代用品で可能な「景色」を求めて 64 00:08:06,050 --> 00:08:10,060 くだらねぇ!たかが蕎麦じゃねえか! 65 00:08:10,710 --> 00:08:15,200 「確かにたかが蕎麦だ」銀二もそう呟いたに違いない 66 00:08:15,530 --> 00:08:17,340 そしてこうも付け加えたであろう 67 00:08:17,760 --> 00:08:22,160 それは殆ど確信的推測と呼んでも差し支えない事実である 68 00:08:22,730 --> 00:08:25,550 「たかが蕎麦だ、それも混ぜ物だらけ」 69 00:08:25,630 --> 00:08:28,350 「いや、混ぜ物そのものの代用品だ」 70 00:08:28,750 --> 00:08:31,730 「にしても…」と更に続けて銀二は言うのである 71 00:08:32,290 --> 00:08:35,360 「結構な景色だそうは思わないか」と 72 00:08:36,090 --> 00:08:39,720 「あぁ確かに」と受け流すか無言で鼻を鳴らすか 73 00:08:39,830 --> 00:08:42,980 いずれにしても店主の返答は重要ではない 74 00:08:43,200 --> 00:08:47,610 重要なのは銀二がその丼の中の見事な景色を突き崩し 75 00:08:47,940 --> 00:08:52,350 出汁の最後の一滴に至るまでその全てを喰い尽くしたことにある 76 00:08:57,730 --> 00:09:04,450 凡そどのような光景であれ、その光景が燦然と光輝を放つのは、それが瞬時に消失し 77 00:09:04,740 --> 00:09:09,440 ただそれを目撃した者の脳裏に鮮やかな残像として宿る時である 78 00:09:10,320 --> 00:09:16,510 そしてその種の記憶を補強し時に事実以上の輝きを引き出してみせることは 79 00:09:17,020 --> 00:09:19,750 言葉の持つ力によってのみ可能となる 80 00:09:32,400 --> 00:09:36,160 純なる蕎麦も同割りも落ちれば同じ谷川の水 81 00:09:36,420 --> 00:09:40,030 銀杏の落ち葉にも犬の糞にも木枯らしは吹き荒ぶ 82 00:09:40,610 --> 00:09:44,420 移りゆく世の潮に逆らいこの流れに根限り打ち勝ち 83 00:09:44,440 --> 00:09:49,760 乗り切れば春海の理想の港は慈母の如く暖かに迎えてくれるやも知れず 84 00:09:49,990 --> 00:09:54,980 然らざれば一度滅びたこの国と共に再び沈み行く他になく 85 00:09:55,490 --> 00:09:58,060 一国が強くなるが国民の自覚なら 86 00:09:58,260 --> 00:10:01,820 蕎麦屋が向上するも蕎麦屋の自覚を於いて他になし 87 00:10:02,110 --> 00:10:06,370 東か西か旗風悲し暗探る三尺の秋水 88 00:10:06,480 --> 00:10:11,350 誰か励声一番南と叫んで重囲へ馬を突入せん 89 00:10:16,150 --> 00:10:21,810 銀二は自らが演出し、束の間出現した「景色」を腹に収めることで 90 00:10:22,370 --> 00:10:30,240 ことその「景色」に関する限り殆ど無制限とも言い得る言葉の力を自らに留保してみせたのだろう 91 00:10:32,000 --> 00:10:35,860 この独特の手法はテキヤの啖呵売に通じるものであるが 92 00:10:36,290 --> 00:10:44,120 ネタそのものを隠滅することでカタリ、説教の強度を増すその手法は、これは銀二の独創に属する 93 00:10:45,090 --> 00:10:51,830 そしてこの術中に陥れば彼の話くところは単純にして明快な正論そのものであり 94 00:10:52,260 --> 00:10:56,410 それゆえに反論不可能な「説教」足りえたのである 95 00:11:00,720 --> 00:11:04,670 あらゆる観点から見て妥当と思える結論が覆るなら 96 00:11:05,000 --> 00:11:10,530 それは妥当であるか否かの地平を超えて独自の価値を帯びるに至るであろうし 97 00:11:10,950 --> 00:11:16,630 価値観なるものは実はその独自性においてさらに強化されるものでもある 98 00:11:17,490 --> 00:11:22,000 「月見の銀二」のゴトの本質——実利とは異なる価値観 99 00:11:22,230 --> 00:11:25,820 犬飼はそれを「啓蒙」と呼んだのである 100 00:11:29,970 --> 00:11:34,400 銀二は最後まで実利を求めなかったという意味において 101 00:11:34,720 --> 00:11:39,020 闇市に蠢くナチュラリストとは一線を画する存在であり 102 00:11:39,540 --> 00:11:46,400 敢えて言うならばそれは純然たる啓蒙の戦後的形態であったと言う他にない 103 00:11:47,580 --> 00:11:51,300 銀二の実現した「代用品で可能な景色」 104 00:11:51,490 --> 00:11:59,460 その「景色」が彼自身の通過した戦中のいかなる経験に基づくものであるのか、興味は尽きることがない 105 00:11:59,790 --> 00:12:08,480 がしかし、それは犬飼自身が述懐する如く、歴史に闇の彼方に閉ざされてもはや知る術もない 106 00:12:09,030 --> 00:12:14,740 われわれに知りうるのは、その「景色」に寄せた銀二の激しい情熱だけである 107 00:12:15,440 --> 00:12:19,070 彼を知るものは等しくこう語る 108 00:12:26,640 --> 00:12:33,930 犬飼の描く銀二の姿は巷間に伝わる、悪のヒーローといった印象を大きく裏切るものであろう 109 00:12:34,760 --> 00:12:39,810 立喰師なる存在には常にその種の粉飾や劇画化が施され 110 00:12:40,450 --> 00:12:44,860 それゆえにその存在が語り継がれてきたこともまた事実である 111 00:12:47,040 --> 00:12:49,760 語る者それぞれに、容姿は定まることなく 112 00:12:49,970 --> 00:12:56,370 あるものは銀二は長身痩躯の老人にして常に漆黒の二重回しを纏うと伝え 113 00:12:56,850 --> 00:13:04,530 そしてあるものは 軍帽の庇を深くして双眸を窺わせず、憲兵の外套を羽織る剛直のものなりと伝う 114 00:13:05,430 --> 00:13:10,250 その素性についても 神農を奉ずるもの 世間士なりと言い 115 00:13:10,360 --> 00:13:15,260 あるものは山人の流れにして西行を為し境地に達するものなり言うものがあれば 116 00:13:15,780 --> 00:13:20,070 旧満鉄調査部の諜者なりとしたり顔にて答えるものあり 117 00:13:20,510 --> 00:13:21,620 がしがし 118 00:13:21,970 --> 00:13:24,670 銀二なる人物はその出生はもちろん 119 00:13:25,010 --> 00:13:28,260 戦前や戦中における消息すら定かではなく 120 00:13:28,580 --> 00:13:34,160 戦後の活動期における足跡もまたこれを正確に伝える資料は存在しない 121 00:13:36,000 --> 00:13:36,900 犬飼は言う 122 00:13:37,610 --> 00:13:41,120 銀二について自分の信じるところを敢えて述べるならば 123 00:13:41,520 --> 00:13:48,980 彼はこの国の人口には如何なる意味に於ても計上されていない人間であることだけは確かであろう、と 124 00:13:54,800 --> 00:14:00,140 最後に、月見の銀二が武装していたとする説について簡単に触れておこう 125 00:14:00,270 --> 00:14:02,460 露店商組合の抗争事件や 126 00:14:02,460 --> 00:14:07,600 時にGHQをも巻き込んだアプレ愚連隊との乱闘騒ぎの渦中にあって 127 00:14:07,810 --> 00:14:14,700 その勇名を馳せた「モーゼルの銀ちゃん」なる人物と銀二を同一人物とする説がそれである 128 00:14:15,680 --> 00:14:21,890 この人物が所持していたとされる「馬式自動拳銃」すなわちモーゼルミリタリーC96は 129 00:14:22,440 --> 00:14:27,850 所謂「月見の銀二満洲馬賊説」の強力な根拠ともなっているが 130 00:14:27,980 --> 00:14:32,140 民間における武装が珍しくなかった当時の状況を考慮すると 131 00:14:32,310 --> 00:14:34,890 必ずしも有力な根拠とは言い難く 132 00:14:35,190 --> 00:14:39,990 流石にこれを支持するものは現在に至るも少数であるにとどまっている  133 00:14:42,230 --> 00:14:48,390 ともあれ、犬飼が啓蒙と呼んだ「代用品による景色」という戦後的思想は 134 00:14:48,500 --> 00:14:55,700 後にファーストフードやジャンクフードの世界における立喰師の実践に僅かにその痕跡を残すが 135 00:14:56,190 --> 00:15:02,340 彼が活躍した闇市それ自体はこの国の経済復興と共に姿を消し 136 00:15:02,560 --> 00:15:08,890 やがて、銀二が思い描いたそれとは極端に異なる「景色」を現前させることになる 137 00:15:09,460 --> 00:15:17,540 そして彼の啓蒙は、そのより攻撃的実践たる「情宣」、プロパガンダとしてゴトを構えた人物 138 00:15:17,840 --> 00:15:21,800 あの美貌の女立喰師へと引き継がれてゆくのである 139 00:15:38,610 --> 00:15:39,990 昭和三十年代 140 00:15:40,300 --> 00:15:45,130 所謂「朝鮮特需」によって加速された戦後の経済復興によって 141 00:15:45,520 --> 00:15:47,490 闇市がその姿を消し去り 142 00:15:47,960 --> 00:15:53,040 月見の銀二が神話の人となった時代の世相とは如何なるものであったか 143 00:15:54,750 --> 00:16:01,080 昭和二十九年二月、シャープ兄弟と力道山・木村組の試合を三日に渡って 144 00:16:01,160 --> 00:16:06,750 NHK 日本テレビが中継、プロレスの黄金の時代が幕を開けた 145 00:16:07,700 --> 00:16:16,020 翌、三十三年十二月二十三日には、全高三三三メートルの東京タワー完工式が行われ 146 00:16:16,360 --> 00:16:19,890 翌、十一月四日には飛び降り自殺第一号 147 00:16:20,550 --> 00:16:25,370 同タワーは完工直後から「塔が傾いている」という風説が流れ 148 00:16:25,530 --> 00:16:29,730 都建築局が機械測定の結果これをデマと判定 149 00:16:30,130 --> 00:16:34,640 ちなみにモスラが繭を懸けたのはその数年後である 150 00:16:36,660 --> 00:16:39,920 巷では空前のフラフープブームが巻き起こり 151 00:16:40,210 --> 00:16:44,400 胃を破裂させる少年や卵巣破裂を起こす少女が続出 152 00:16:45,570 --> 00:16:52,920 三十三年十一月十三日には「サタンの爪」と称する怪盗が住居侵入の現行犯で逮捕 153 00:16:53,220 --> 00:16:57,760 翌、三十四年、六月二十四日には「デラックスメケメケ団」 154 00:16:58,040 --> 00:17:01,550 同年九月五日には「まぼろし窃盗団」が逮捕される 155 00:17:02,290 --> 00:17:08,250 この年はニセ牛缶「三幌ロース大和煮」ほか、偽造食品が続々摘発され 156 00:17:08,710 --> 00:17:12,670 留めをさすかのように、三十八年、五月二十二日には 157 00:17:12,670 --> 00:17:19,090 都電のレールでスリップした清掃車が渋谷区明治通りの蕎麦屋「一茶庵」に飛びこんでこれを大破 158 00:17:20,030 --> 00:17:28,060 昭和三十五年の日米相互安全保障条約、いわゆる「六十年安保」の騒擾事件をピークとして 159 00:17:28,360 --> 00:17:32,660 世情はまさしく騒然たる様相を呈していた 160 00:17:42,130 --> 00:17:42,990 いらっしゃい 161 00:17:49,380 --> 00:17:52,100 ケツネ、おそばで 162 00:17:53,070 --> 00:17:53,800 おまち 163 00:17:55,570 --> 00:17:57,590 コロッケも欲しいな 164 00:17:58,750 --> 00:18:01,620 狐が現われるのは決まって昼下がり 165 00:18:02,370 --> 00:18:06,560 カンバン時と並んで蕎麦屋の正念場とよばれる時間に現れて 166 00:18:06,800 --> 00:18:09,900 これも決まったように「お揚げ」を所望する 167 00:18:11,300 --> 00:18:13,710 狐は美女に化けるのが相場とはいえ 168 00:18:13,840 --> 00:18:16,840 文字通り目の覚めるような美女である 169 00:18:18,120 --> 00:18:22,100 この狐、名を「ケツネコロッケのお銀」という 170 00:18:23,400 --> 00:18:25,200 何者だ手前は 171 00:18:25,380 --> 00:18:26,780 誰に聞いてんのさ 172 00:18:27,180 --> 00:18:32,890 キツネそばへコロッケ漬け込み、ひいふうみい……十と二杯も喰らった挙句に銭を払う気もねえらしい 173 00:18:32,890 --> 00:18:34,000 手前に聞いてるだ 174 00:18:34,410 --> 00:18:38,300 おおかた下ッ腹に毛のねえ海山に千年ずつの古猫だろう 175 00:18:47,610 --> 00:18:50,000 亭主がたたみかけるのを受け流し 176 00:18:50,140 --> 00:18:53,780 今しがたまで蕎麦を手繰っていた九寸利休をひと舐めして 177 00:18:53,800 --> 00:18:57,490 髪に戻すと紅い口元に凄い笑いを浮かべた 178 00:18:57,910 --> 00:19:01,540 桜の花の七分咲き、夜目遠目傘のうちといって 179 00:19:01,780 --> 00:19:04,370 すべた女も美しく見えることがあるが 180 00:19:04,530 --> 00:19:07,710 この女のそれは掛け値なしの本物だった 181 00:19:08,180 --> 00:19:11,920 美しいなあと亭主が、われにもなくトロリとなる 182 00:19:12,210 --> 00:19:16,900 仕置きをしようにも、支度も覚悟もするに隙がすこしもなかった 183 00:19:18,310 --> 00:19:25,060 生まれ在所に後足で砂をかけたお銀は、三界に家なし、どうで最期は街の塵芥に埋もれるさ 184 00:19:25,420 --> 00:19:27,680 立喰の女と世間の女と違って 185 00:19:27,750 --> 00:19:29,590 若いときだけが命じゃないか 186 00:19:29,810 --> 00:19:33,000 話はざっとこのくらいご縁があったらまたお目通り 187 00:19:33,000 --> 00:19:34,020 きょうはこれで 188 00:19:34,100 --> 00:19:36,400 ず、ずっとうしろ下りに退いて 189 00:19:36,610 --> 00:19:40,070 七步のところで踵を返し、亭主に背中を向けるなり 190 00:19:40,250 --> 00:19:45,460 お銀は八ッさがりの日の下を、街の風に鬢を吹かせて去っていった 191 00:19:45,860 --> 00:19:55,530 あのアマ、憎い振舞いだ、思わずしらず呟いた亭主の目にお銀の彼方の議事堂が道幅いっぱいに拡がって見えた 192 00:19:58,240 --> 00:20:04,450 あの犬飼喜一をして「何ら学術的有用に足りぬ」と言わしめたこの類の逸話は 193 00:20:04,660 --> 00:20:11,310 読本から講壇、劇団、アニメの類に至るまで文字通り枚挙に暇がない 194 00:20:12,380 --> 00:20:17,470 一般に、犯罪者や反逆者、所謂アウトサイダーの叙述にあたって 195 00:20:17,700 --> 00:20:22,800 その容貌の描写に主観的な傾向が示されることが常だあるとはいえ 196 00:20:23,330 --> 00:20:26,740 ケツネコロッケのお銀なる人物が、その容姿に於いて 197 00:20:26,870 --> 00:20:35,620 秀でた存在は参照し得る言説、叙述に現われる頻度の極端な傾向からも容易に推測し得る 198 00:20:36,390 --> 00:20:47,120 また歴史的見ても、雑芸を専らとする放浪者の系譜には美貌の者が数多く存在していたことは確信的推測の範疇に属する 199 00:20:48,270 --> 00:20:52,030 「容姿もまた芸そのものに他ならなかった」という事情は 200 00:20:52,390 --> 00:20:58,530 近代における女性の存在の意味——「性の商品化」というテーゼにも 通停する問題であり 201 00:20:58,960 --> 00:21:05,070 お銀が亭主との交渉に於いて、「女の武器」を駆使したとする俗説の冴えた者こそ 202 00:21:05,410 --> 00:21:09,380 犬飼が痛罵した「狐拳」説にほかならなかった 203 00:21:13,680 --> 00:21:19,120 「狐拳」とは両手で狐、庄屋、狩人の模して勝負を決める遊戯のことで 204 00:21:19,490 --> 00:21:22,510 一部の地方では「庄屋拳」とも呼ばれている 205 00:21:23,230 --> 00:21:29,200 言葉巧みに勝負を持ちかけ、勝てば丼を重ね負ければ着衣を一枚落とす 206 00:21:29,580 --> 00:21:32,740 座敷芸としての「狐拳」を変形させ、これをゴトとして用い 207 00:21:32,810 --> 00:21:38,750 それが転じて通り名の「ケツネ」が生じたとするのがこの説の主旨であった 208 00:21:51,330 --> 00:21:53,010 お姉ちゃん、こっちこっち 209 00:21:53,390 --> 00:21:55,420 よっ、お姉ちゃん、日本一 210 00:21:58,800 --> 00:22:01,010 ご花鳥、ありがとうよ 211 00:22:07,460 --> 00:22:11,590 がしがし、この説は、語り手の願望以外に 212 00:22:11,780 --> 00:22:13,220 確たる根拠一つなく 213 00:22:13,620 --> 00:22:18,980 犬飼は立喰蕎麦屋の非密室性を根拠にこれを一蹴している 214 00:22:33,620 --> 00:22:37,490 ソバを啜りつつコロッケを貪る食事形態から 215 00:22:37,730 --> 00:22:42,080 一歩進んでこれを丼に投じ、出汁に浸して食する 216 00:22:42,780 --> 00:22:45,780 重要なのは、その自然発生的な登場に 217 00:22:45,990 --> 00:22:48,460 誰がどのような意味づけを行ったか 218 00:22:49,060 --> 00:22:52,000 ただこの一点にこそもとめらければならない 219 00:22:53,480 --> 00:22:54,880 ここで留意すべきは 220 00:22:55,210 --> 00:22:59,290 キツネコロッケなるタネモノは、立喰蕎麦屋独自なものであり 221 00:22:59,500 --> 00:23:07,700 そしてその空間が、日本的メンタリティーとは無縁な原初的、特色戦後的空間であったという事実である 222 00:23:08,960 --> 00:23:15,260 ケツネコロッケのお銀は、正に描写間の空隙に、颯爽と登場したのである 223 00:23:17,080 --> 00:23:23,190 月見の銀二の試行が戦後社会における日本的メンタリティーの大衆的復興と 224 00:23:23,460 --> 00:23:28,110 そのことによる「文化国家」へ向けての根源的問いかけであったとするなら 225 00:23:28,580 --> 00:23:33,220 ではケツネコロッケのお銀の新たな試行とは何だったのか 226 00:23:35,410 --> 00:23:44,100 彼女は先ず「ケツネをソバで」注文し、しかる後に「コロッケも欲しい」と追加注文し、これを出汁に浸した 227 00:23:44,930 --> 00:23:46,610 注目すべき点は二つある 228 00:23:47,230 --> 00:23:54,120 第一は、カケでなくキツネソバという歴としたタネモノにさらにさらにネタを追加したであろう 229 00:23:55,430 --> 00:24:02,640 キツネそばにコロッケを載せる意味とは、実はケツネコロッケのお銀がケツネソバのお銀ではないという 230 00:24:03,020 --> 00:24:04,340 彼女のレゾンデートル 231 00:24:05,110 --> 00:24:11,950 伝統的メンタリティーと新の時代の嗜好性の双方に渡るお銀という立喰師の過渡性 232 00:24:12,090 --> 00:24:15,240 もしくはヌエ的傾向に関わる問題であった 233 00:24:17,330 --> 00:24:25,240 コロッケも欲しい、という彼女の決め台詞はこれを時代環境の中できわめて象徴的に受け取る必要がある 234 00:24:26,000 --> 00:24:31,760 当時、 路傍で一杯の蕎麦を啜ることに経済的負担を意識することはなくとも 235 00:24:32,050 --> 00:24:35,780 心は依然として満たされることはなかったに違いない 236 00:24:36,350 --> 00:24:40,760 復興を遂げつつも満たされるのない戦後という胃袋 237 00:24:42,360 --> 00:24:44,990 それは行方の定まらぬこの国への不安であり 238 00:24:45,380 --> 00:24:49,720 そしてあらかじめ約されていた喪失感に他ならなかった 239 00:24:51,810 --> 00:24:58,240 あらかじめ約されていた喪失感、その有り様、同時代のある詩人はこう謳っている 240 00:25:15,000 --> 00:25:18,960 ケツネコロッケのお銀が、その白い腕で抱こうとしたものは 241 00:25:19,020 --> 00:25:20,710 いかなる風景だったのだろうか 242 00:25:21,520 --> 00:25:23,890 昭和三五年、六月十五日 243 00:25:24,250 --> 00:25:27,160 お銀の姿は国会正門前になかった 244 00:25:27,730 --> 00:25:33,630 ある者は、女子学生死亡のニュースを聞きながら、髪から拔いた丁六を折る美女を見たと言い 245 00:25:33,840 --> 00:25:38,650 ある者は、騒ぎをよそに丼を重ね続ける女を見たとも言う 246 00:25:39,270 --> 00:25:46,190 確かなことは、この日を境にケツネコロッケのお銀が忽然と姿を消した事実だけである 247 00:26:47,070 --> 00:26:49,560 昭和三二年三月一日 248 00:26:49,960 --> 00:26:55,120 目黒保健所は野犬対策の一環として、指定地域内の空き地、道路に 249 00:26:55,300 --> 00:27:01,630 深夜から早朝にかけ青酸ストリキニーネ入りの「毒ダンゴ」を散布し、翌朝回収した 250 00:27:02,420 --> 00:27:07,360 このダンゴは食用すれば犬はもちろん人も即死する強力なもので 251 00:27:07,550 --> 00:27:09,090 安全を確保するため 252 00:27:09,330 --> 00:27:13,270 散布した毒ダンゴの傍らには「赤い注意書き」を置き 253 00:27:13,730 --> 00:27:16,490 保健所員は徹夜で巡回した 254 00:27:18,560 --> 00:27:21,990 今川勲の著書『犬の現代史』によれば 255 00:27:22,330 --> 00:27:30,480 明治六年発布の『畜犬規則』は狂犬病に感染した飼犬の処分など飼主の義務を規定すると同時に 256 00:27:30,820 --> 00:27:34,980 人を咬み、傷つけた犬は誰が殺してもよいと謳っている 257 00:27:35,920 --> 00:27:42,510 がしがし、往来で犬を撲殺する行為は、在留欧米人の厳しい批判に晒され 258 00:27:42,640 --> 00:27:49,300 警視庁はその作業を日の出前、あるいは日没後に実施することに改めたとある 259 00:27:50,490 --> 00:27:52,110 歴史は繰り返す 260 00:27:52,660 --> 00:28:01,040 犬の抹殺は毒ダンゴによる薬殺から二酸化炭素による殺処分に至るまで常に闇や密室を要し 261 00:28:01,220 --> 00:28:06,160 人々はその結果を統計数字によってのみ知ることになるのである 262 00:28:08,100 --> 00:28:12,740 畜犬の飼育数、および狂犬病の発生に関する統計を追ってみると 263 00:28:13,460 --> 00:28:19,490 何故か明治から大正、大正から昭和への境界期に共通して流行が見られる 264 00:28:20,440 --> 00:28:26,970 それと対象的に満州事変から太平洋戦争へと戦争を拡大していった十年間は 265 00:28:27,220 --> 00:28:32,330 その発生数は「底をつく」と形容するに相応しい数を示しており 266 00:28:32,800 --> 00:28:39,660 ここに、時代的、社会的な背景の反映を見ることは、むしろ当然と呼ぶべきであろう  267 00:28:41,400 --> 00:28:45,040 犬の受難は敗戦によっても終わることなく 268 00:28:45,520 --> 00:28:51,540 昭和三八から翌年かけて都内の野犬捕獲数が再び増大する 269 00:28:52,340 --> 00:28:57,010 昭和三九年——東京オリンピック開催の年である 270 00:29:07,030 --> 00:29:13,600 平和と民主主義なる新たな、しかし不毛なテーゼを掲げて戦後的なるものを忘れ去り 271 00:29:13,880 --> 00:29:17,970 そのことによってこの国の敗北の歴史を初期化して見せる—— 272 00:29:18,690 --> 00:29:22,410 その詐術的思考に微かな疑義を抱きつつも 273 00:29:22,650 --> 00:29:28,130 現実の貧しさを逃れるべく人々はさらに暗黙の諒解を重ねてつづけ 274 00:29:28,650 --> 00:29:33,240 目の前に形となって現れ始めた豊かな生活に夢を結ぼうとした 275 00:29:34,580 --> 00:29:38,760 東京オリンピックとは、いわばその実現すべき理想—— 276 00:29:39,110 --> 00:29:42,340 平和で民主的で豊かな社会なるものを先取りし 277 00:29:43,010 --> 00:29:46,960 これを内外に宣言すべき国家的イヴェントであった 278 00:29:47,710 --> 00:29:51,550 その成功には文字通りこの国の威信のみならず 279 00:29:51,840 --> 00:29:55,200 未来そのものがかかっていたと言っても過言ではない 280 00:30:19,970 --> 00:30:22,960 時代の趨勢はもはや動かし難く 281 00:30:23,480 --> 00:30:28,780 戦後的なるもの、組織的かつ徹底的な排除が開始された 282 00:30:29,840 --> 00:30:36,840 ドブには蓋を掛け、屋台は一掃され、立小便は論外の蛮行として目の敵にされ…… 283 00:30:37,560 --> 00:30:46,900 それはそのまま、欲しがりません勝つまでは一億火の玉だの戦中的挙国一致体制の悪夢の再現に他ならなかった 284 00:30:48,180 --> 00:30:52,960 オリンピックの顔と顔のフレーズが呪文のように巷間に流れ 285 00:30:53,590 --> 00:30:56,960 哀れな生贄の羊ならぬ路傍の犬たちが 286 00:30:57,210 --> 00:31:03,360 今回もまた公衆衛生、防疫の名のもとに狩り出され、殺戮されたのである 287 00:31:04,920 --> 00:31:13,220 所属の定かならぬ、それゆえ秩序に馴染まぬものは全て戦後的なるものとして排除さるべき対象に過ぎず 288 00:31:13,980 --> 00:31:24,100 まして無秩序に徘徊し無制限に糞を垂れる野良犬 野犬の類に心を寄せる者などあろう筈もなかった 289 00:31:39,030 --> 00:31:40,620 いい味じゃねえか 290 00:31:40,920 --> 00:31:42,480 かけ一杯六十円 291 00:31:42,730 --> 00:31:44,330 ほんとは前払いなんだぜ 292 00:31:44,440 --> 00:31:49,380 仕舞い時のドロ湯でこの茹で加減……いずれ名の通った店で修行を積んだ腕だろうが 293 00:31:49,870 --> 00:31:51,370 いろいろあってな 294 00:31:51,410 --> 00:31:55,140 真っ当な人間がこんな夜にこんなところで蕎麦なんぞ湯掻いちゃいないし 295 00:31:55,200 --> 00:31:57,910 こんなところで蕎麦を手繰ってもいない……か 296 00:31:58,170 --> 00:31:59,740 お客さん、東京? 297 00:32:00,000 --> 00:32:01,630 ん……ああ 298 00:32:02,330 --> 00:32:03,340 ずらかりかい 299 00:32:05,640 --> 00:32:07,100 聞いてくれるかい 300 00:32:08,520 --> 00:32:11,900 犬飼によれば、「哭きの犬丸」の「哭き」とは 301 00:32:12,400 --> 00:32:18,740 巷間に言う「泣き落とし」とはその成立の背景を異にする「アガリ」のことであるとされている 302 00:32:19,680 --> 00:32:24,240 親族を頼りて遠方より来たるに大火の跡にて行方を知らずなど 303 00:32:25,070 --> 00:32:28,670 ありそうなる不幸話をして人の恵与を詐取する 304 00:32:29,560 --> 00:32:39,500 犬丸のゴトの本質は、この放浪者たちの生業たる「アガリ」と同様の概念として理解し得る、という見解がそれである 305 00:32:41,920 --> 00:32:43,640 詳しい話は負けてくれ 306 00:32:43,720 --> 00:32:45,840 摘んで話せばこういうわけだ 307 00:32:46,040 --> 00:32:47,950 聞いてやる、後をいえ 308 00:32:48,160 --> 00:32:52,530 いまも言った東京の話だ永えことゆえ成立ち一条は略しまして 309 00:32:52,600 --> 00:32:56,010 おいらがここに立つまでには、命と命がカチ合って 310 00:32:56,060 --> 00:32:58,480 火も出たし水もあふれて風も吹いた 311 00:32:58,570 --> 00:33:03,910 早くいえば命を賭けた丁半の、盆の数を重ねた上でのずらかりだ 312 00:33:03,950 --> 00:33:06,650 筋道はいらねえ、とどのつまりをいってみろ 313 00:33:06,650 --> 00:33:10,670 よく訊いてくれた親父さん……摘んで話せばこういうわけだ 314 00:33:12,410 --> 00:33:14,060 東京は変わっちまったよ 315 00:33:14,760 --> 00:33:17,320 壁や電柱にちょいと引っ掛けることはもちろん 316 00:33:17,940 --> 00:33:19,870 道端で飯を喰うこともならねえ 317 00:33:20,480 --> 00:33:23,310 どこに出しても恥ずかしくない街に生まれ変わるのさ 318 00:33:23,470 --> 00:33:25,220 結構な話じゃねえか 319 00:33:25,580 --> 00:33:27,010 結構な話さ 320 00:33:27,090 --> 00:33:29,450 オリンピックとか……いろいろ大変なんだろ 321 00:33:29,720 --> 00:33:31,980 金メダルも取らなくちゃならねえしな 322 00:33:32,580 --> 00:33:36,180 だからさ、俺みたいに喰い稼ぎで一杯の半端者は 323 00:33:36,530 --> 00:33:40,930 逃げ出すより他にありゃしねえ引っ張られる前にさ 324 00:33:41,970 --> 00:33:46,040 話はざッとこのぐらいご縁があったらまたお目通り、きょうはこれで 325 00:33:46,040 --> 00:33:46,660 待ちな 326 00:33:46,660 --> 00:33:46,980 へ? 327 00:33:47,580 --> 00:33:52,340 様子が妙だ、待て待たねえと考えがあるがいいかい 328 00:33:52,410 --> 00:33:53,800 誰だい、あんた 329 00:33:54,320 --> 00:33:57,300 殺伐な渡世の途をたどり歩き 330 00:33:57,410 --> 00:34:00,590 理屈の筋道の甲乙丙丁を論じたことなく 331 00:34:00,840 --> 00:34:03,120 善は善、悪は悪と 332 00:34:03,320 --> 00:34:07,270 人生ただ二つに区別するほかを顧みたことのない 333 00:34:07,310 --> 00:34:09,320 峻烈な亭主であった 334 00:34:09,800 --> 00:34:11,440 食い逃げを許す気は 335 00:34:11,540 --> 00:34:12,740 毫もない 336 00:34:12,960 --> 00:34:16,890 その執り成し恰好——唯の旅人じゃあねえ筈だ 337 00:34:16,990 --> 00:34:18,490 進退はきわまっていた 338 00:34:18,960 --> 00:34:20,640 誰も見ても聞いてもいない 339 00:34:20,870 --> 00:34:23,760 風さえ伝えるのを嫌って動かなかった 340 00:34:23,970 --> 00:34:26,510 もし、間違いましたらご免ください 341 00:34:26,700 --> 00:34:28,840 犬丸さんじゃございませんか 342 00:34:28,940 --> 00:34:31,610 おいら犬丸ですが、なにかくれますかい 343 00:34:31,660 --> 00:34:33,080 うむ やる! 344 00:34:36,900 --> 00:34:39,990 この蛙っ食いめ、この蛭ったかりの臍つぶれめ 345 00:34:40,120 --> 00:34:42,080 かいかい病みの犬っぱらみめ 346 00:34:48,900 --> 00:34:54,690 生れ在所に後足で砂をかけた犬丸はどこで行きづいても同じ値打の野良犬だ 347 00:34:54,750 --> 00:34:56,570 親の儲けでふところ手 348 00:34:56,570 --> 00:34:58,390 水でかッこむ冷飯の味も 349 00:34:58,390 --> 00:35:00,720 雨漏りのする古畳で寝たこともねえ 350 00:35:00,720 --> 00:35:03,930 ぜいたくな野郎はかかってきやがれッ! 351 00:35:13,360 --> 00:35:16,840 無論のこと、これらの描写はあくまで虚構であり 352 00:35:17,190 --> 00:35:19,800 娯楽として紡ぎ出された虚像に他ならないが 353 00:35:20,040 --> 00:35:21,680 犬飼の検証によれば 354 00:35:21,920 --> 00:35:26,320 これら膨大な二次資料から抽出される犬丸のゴトの独自性 355 00:35:26,520 --> 00:35:29,190 「哭きの犬丸」という立喰師の特異性は—— 356 00:35:29,330 --> 00:35:30,840 次のように要約される 357 00:35:31,900 --> 00:35:35,080 彼が専らとする所謂「泣き落とし」なるものは 358 00:35:35,400 --> 00:35:39,990 本来が相手の無意識の願望を引き出すことにその成否が懸かっており 359 00:35:40,320 --> 00:35:45,350 それは常にその時代の世相——敗者によって語らしむるものでなくてはならない 360 00:35:46,080 --> 00:35:52,290 「東京からずらかった」理由はまさに「いろいろあった」のであり、「摘んでも話す」ことすら不必要である 361 00:35:52,750 --> 00:36:01,760 したがって彼の泣き落としはその内実を持たぬによってこそ成立し——それ故にこそしばしば破綻をきたしたのである 362 00:36:02,520 --> 00:36:04,400 およそ信じ難いことではあるが 363 00:36:04,720 --> 00:36:12,270 この事情を敗れるがゆえに犬丸のゴトはゴトであり得たと語るのは至極当を得たものと思われる 364 00:36:14,260 --> 00:36:20,960 「犬丸の逃走」という局面は彼を語る上で避けて通ることのできぬ重要なモチーフでありながら 365 00:36:21,190 --> 00:36:25,500 犬飼が指摘するまでその本質が語られることは殆どなかった 366 00:36:26,480 --> 00:36:31,390 作者はそれを「ドジを踏んだ間抜けなゴト師」として面白可笑しく描いたし 367 00:36:31,760 --> 00:36:37,180 多くの研究者もまた、それを単なる未熟として諒解してきたに過ぎない 368 00:36:37,840 --> 00:36:46,500 がしかし、では何故それほど「ドジ」で「未熟」なゴト師が繰り返し語られ書き継がれる立喰師足り得たのか 369 00:36:47,610 --> 00:36:49,290 結論から述べるなら 370 00:36:49,520 --> 00:36:52,710 犬丸が演じてみせたのは常に敗者であり 371 00:36:52,920 --> 00:36:57,130 敗者であればこそゴトの成就によって勝者となってはならない 372 00:36:57,860 --> 00:37:03,330 このアイロニーを自己実現することこそ犬丸のゴトの実相に他ならなかった 373 00:37:04,400 --> 00:37:09,430 ゴト師がゴトにおいて敗れることは本来は絶対的な敗北を意味し 374 00:37:09,520 --> 00:37:12,450 それは技の未熟を示すに過ぎないが 375 00:37:12,820 --> 00:37:22,320 ただひとり犬丸のみが敗れることをもってゴトを成就せしめた——この事実が示すところは 376 00:37:22,520 --> 00:37:29,360 立喰師なるものは、その詐偽によって自己実現を為すところにその本質を見出すべき存在である 377 00:37:29,550 --> 00:37:38,910 という犬飼独自の視点そのものであり、彼が「哭きの犬丸」の個別調査によって獲得した最大の成果でもあった 378 00:37:39,960 --> 00:37:45,860 さらに、この特異な立喰師にはいまひとつ奇妙な特色を見出すことができる 379 00:37:46,320 --> 00:37:49,900 それは彼が立喰師にとってのレゾンデートル 380 00:37:50,090 --> 00:37:55,570 即ちゴトにおいて用いる固有のネタものを遂に確定しなかったことである 381 00:37:55,930 --> 00:38:00,520 犬丸の雑食性は多くの研究者がつとに指摘するところであり 382 00:38:00,790 --> 00:38:06,010 確かに彼は何でもその場にあるものなら選ぶことなく何でも食べた 383 00:38:07,800 --> 00:38:15,470 それは放逐され、人知れず処分されていった犬たちへの自己同一化ではなかっただろうか 384 00:38:16,990 --> 00:38:25,160 そしてまた、犬丸の足跡はあたかも飼犬のテリトリーを巧妙に避ける放浪犬のそれの如く 385 00:38:25,310 --> 00:38:28,590 都市部を迂回しているようにも思えるのである 386 00:38:30,210 --> 00:38:34,280 犬丸の出現に関する記録は犬飼の調査によれば 387 00:38:34,780 --> 00:38:38,830 北は網走の地から南は沖縄にまで及び 388 00:38:39,150 --> 00:38:47,960 その行動範囲の広大さは、「犬丸複数説」もしくは「群狼説」の直接的な根拠ともなっている 389 00:38:49,870 --> 00:38:55,030 犬丸が多数存在したことは、これもまた確信的推論に属する 390 00:38:55,550 --> 00:38:59,250 なんとなれば—ーいつの世にあっても犬は群れるものであり 391 00:38:59,380 --> 00:39:03,320 群れるこよって自己実現を希求する存在に他ならない 392 00:39:04,660 --> 00:39:15,390 そして犬丸もまた時代に翻弄され、追われるように戦後の風景から撤退していった一群の犬たちに属する存在であるなら 393 00:39:15,620 --> 00:39:22,490 自らをあの孤高の先達たちに準えようとはしなかった筈だからである 394 00:39:44,200 --> 00:39:51,460 日本中から「戦後的なるもの」を一掃した東京オリンピックが希望に満ちたフィナーレとともに幕を降ろし 395 00:39:51,800 --> 00:40:00,520 次の国家イヴェントたる万博と、その戦略に最終的異議を申し立てる七十年安保闘争へ至る数年間とは 396 00:40:00,880 --> 00:40:02,940 一体どのような時代だったか 397 00:40:04,110 --> 00:40:04,690 それは 398 00:40:05,180 --> 00:40:12,390 繁栄への楽観とデスペレートな心情が錯綜する奇妙な幕間劇が演じられた時代でもあった 399 00:40:13,610 --> 00:40:16,350 その予兆は、まず自然界に現われる 400 00:40:16,700 --> 00:40:20,750 昭和四十年六月、夢の島でハエの大群が大発生 401 00:40:24,190 --> 00:40:33,070 ベンチャーズの来日、およびTV番組「勝ち抜きエレキ合戦」のヒットによってエレキブームに火が点いたのが昭和四十年 402 00:40:33,970 --> 00:40:43,820 同年十月には大阪泉佐野市立市民会館に於て開催されたモンキーダンスパーティーで不純異性交遊により十人が補導され 403 00:40:44,200 --> 00:40:47,930 翌月には足利市で「エレキ禁止令第一号」 404 00:40:48,480 --> 00:40:53,680 翌四一年には「少年エレキ恐喝団」十六人が検挙 405 00:40:59,560 --> 00:41:08,380 万博を翌年に控えた昭和四四年七月、アポロ月面着陸によ って「アポロブーム 」が熱病の如く蔓延 406 00:41:09,500 --> 00:41:12,600 無線タクシーの運転手は「ロジャー」を連発 407 00:41:12,850 --> 00:41:16,920 酔っ払いが繁華街でスローモーションのアポロ踊りを演じ 408 00:41:17,530 --> 00:41:21,280 そしてあの昭和四五年がやってくる 409 00:41:22,280 --> 00:41:29,200 「七十年安保決戦」を呼号した急進勢力が前年の騒乱事件で実質的な敗北を喫し 410 00:41:29,320 --> 00:41:36,430 いわば政治的真空状態と化した列島を、万博という文字通りのお祭り騒ぎが席捲した 411 00:41:37,280 --> 00:41:43,760 文化という観点からするなら完璧に無意味と断定して差し支えないこの国家的イヴェントが 412 00:41:44,000 --> 00:41:47,440 人々をして何故あれほどの熱狂に駆り立てたのか 413 00:41:47,980 --> 00:41:53,310 時を隔てた現在に至るもそれを説明し得る者は皆無であるに違いない 414 00:41:54,080 --> 00:42:00,600 昭和四八年の第四次中東戦争に連動して発生したオイルショックに冷水を浴びせられつつ 415 00:42:01,040 --> 00:42:03,850 なお根拠のない楽観に支えられた時代は 416 00:42:04,110 --> 00:42:08,750 やがて全てを覆すバブル崩壊に至るまで持続することになる 417 00:42:09,330 --> 00:42:15,560 その間の記すべき挿話としては昭和四五年二月の「小指コロッケ事件」 418 00:42:16,140 --> 00:42:20,240 四六年の「コーラ爆発事件」を僅かに挙げることができるが 419 00:42:20,410 --> 00:42:23,850 本格的食品異物混入事件の系譜を辿るためには 420 00:42:24,230 --> 00:42:30,110 五十年代以降の「手首ラーメン事件」や「ハンバーガー猫肉事件」等を待たねばならない 421 00:42:31,530 --> 00:42:35,240 日航機乗っ取りによる絶望的な脱出劇を最後に 422 00:42:35,520 --> 00:42:37,660 政治の季節が終焉し 423 00:42:37,870 --> 00:42:41,120 奇妙に弛緩した空気が世相を覆い始める 424 00:42:42,890 --> 00:42:52,610 そんな時代に異を唱えるかのように、ある作家は割腹して自決しそして一人の立喰師が凄惨な死を遂げた 425 00:42:59,890 --> 00:43:01,500 人殺し 426 00:43:10,910 --> 00:43:15,780 巷間に言う「立喰師撲殺事件」とはいかなる事件であったか 427 00:43:17,720 --> 00:43:19,020 あの犬飼をして 428 00:43:19,260 --> 00:43:24,060 立喰師の研究に携わる者にとって避けて通ることのできぬ事例であり 429 00:43:24,350 --> 00:43:28,490 その評価をして研究の真価を問われるべき試金石 430 00:43:28,750 --> 00:43:30,780 とまで言わしめたこの事件はまた 431 00:43:31,320 --> 00:43:36,010 立喰師なる存在を世間に知らしめて重要であり 432 00:43:36,220 --> 00:43:40,280 まさに立喰史上最大のスキャンダルでもあった 433 00:43:41,470 --> 00:43:46,180 我々は、この事件の真相に迫る、ほとんど唯一の著作 434 00:43:46,460 --> 00:43:51,180 山田正樹の『立喰師殴殺』に拠って事件の真相を追い 435 00:43:51,420 --> 00:43:57,530 しかるのちに「冷やしタヌキの政」と呼ばれた立喰師の実相に迫ることにしたい 436 00:44:01,500 --> 00:44:06,030 初見で頭部の損傷が死因であることは見当がつきましたが 437 00:44:06,030 --> 00:44:08,970 規定通り胸腹部の切開から始めて 438 00:44:09,230 --> 00:44:10,500 臓器の検査 439 00:44:10,520 --> 00:44:12,300 組織標本の作成 440 00:44:12,410 --> 00:44:16,230 血液、胃の内容物、尿の化学検査 441 00:44:16,360 --> 00:44:18,110 毒物検査等を行ない 442 00:44:18,310 --> 00:44:21,480 頭蓋骨切開による脳の検索も行ない 443 00:44:22,570 --> 00:44:32,330 ええ、やはり頭蓋骨前額部亀裂骨折および後頭部陥没骨折に伴う硬膜内出血が死因でした 444 00:44:33,050 --> 00:44:34,570 肝臓が肥大し 445 00:44:34,590 --> 00:44:37,340 胃および十二指腸に潰瘍が見られましたが 446 00:44:37,380 --> 00:44:40,970 これは死因に結びつくほどのものではありませんし 447 00:44:41,180 --> 00:44:44,510 潰瘍からの出血も微々たるものでした 448 00:44:44,990 --> 00:44:48,500 前額部の表皮から微少な陶片も採取されましたが 449 00:44:48,500 --> 00:44:55,040 これは蕎麦の丼で殴打されたらしい、という担当警察官の話とも一致しました 450 00:44:55,690 --> 00:44:59,160 胃の中からは未消化の麺が採取されまして 451 00:44:59,350 --> 00:45:02,520 これが死亡時刻の決め手になりました 452 00:45:04,570 --> 00:45:07,070 はあ、当時は映画の助監督を…… 453 00:45:07,150 --> 00:45:09,160 ええ、実は今でもやってるんですけど 454 00:45:09,460 --> 00:45:11,390 一口に助監督と言ってもですね 455 00:45:11,440 --> 00:45:13,790 チーフからセカンド、サードといろいろありまして 456 00:45:13,920 --> 00:45:16,560 自分はそのチーフを……ファーストじゃな くて…… 457 00:45:17,340 --> 00:45:18,810 野球と違いますから 458 00:45:19,090 --> 00:45:20,800 まあそんなことはどうでもいいんですけど 459 00:45:21,110 --> 00:45:25,360 ええ、あの日も夕方からホン読みが『負け犬たちの挽歌2』って 460 00:45:25,390 --> 00:45:26,900 低予算のヤクザ映画でした 461 00:45:27,360 --> 00:45:28,830 御存知ないですよね 462 00:45:29,160 --> 00:45:31,410 自分がヤクザ映画、大嫌いなんですけど 463 00:45:31,600 --> 00:45:33,550 その前に軽く一杯手繰ってから行こうと 464 00:45:33,690 --> 00:45:36,750 あの店って生タマゴが夕方五時からはただって 465 00:45:36,790 --> 00:45:38,940 えそんなことはどうでもいいんですね 466 00:45:38,940 --> 00:45:42,040 はい、で、後から二人で入ってきて 467 00:45:42,040 --> 00:45:44,080 なんかこう、最初から妙な雰囲気で 468 00:45:44,200 --> 00:45:46,850 殺した男の方は葱ヌキのカケでしたけど 469 00:45:46,970 --> 00:45:48,760 殺された男が冷やしタヌキを 470 00:45:48,870 --> 00:45:50,190 非常識ですよね 471 00:45:50,400 --> 00:45:52,800 そろそろ冬の声を聞こうかって時期ですから 472 00:45:53,230 --> 00:45:55,150 親父とも何だか二言三言あって 473 00:45:55,250 --> 00:45:57,250 殺した方の男が強く叱って 474 00:45:57,370 --> 00:46:00,450 結局二人とも七味をしこたま振り掛けて喰い始めた 475 00:46:00,450 --> 00:46:02,080 と思ったら突然でした 476 00:46:02,220 --> 00:46:04,430 いやあ、とにかく驚いたのなんの 477 00:46:04,460 --> 00:46:05,980 凄い音がしたと思ったら 478 00:46:06,120 --> 00:46:08,690 叩きっけられたハエみたいに壁にへばりついてて 479 00:46:09,220 --> 00:46:12,340 丼は割れるわ割り箸が宙を舞うわで何がなんだか 480 00:46:12,780 --> 00:46:14,590 腰が抜けるって話は聞いてましたが 481 00:46:14,640 --> 00:46:18,490 抜けちゃならないとそればっかり考えて外へ飛び出しました 482 00:46:18,900 --> 00:46:19,790 それから後はもう 483 00:46:19,790 --> 00:46:22,290 野次馬は遠巻きにするわパトカーは来るわで 484 00:46:22,330 --> 00:46:24,030 まるっきり映画でした 485 00:46:24,970 --> 00:46:27,040 この饒舌な目撃者の証言を 486 00:46:27,160 --> 00:46:32,390 敢えて長々と収録したことについては勿論しかるべき理由が存在する 487 00:46:32,880 --> 00:46:35,430 まず「玉子の無料サービス」であるが 488 00:46:35,860 --> 00:46:40,140 立喰師のゴトは店主の教養に多く依存する性質のものであり 489 00:46:40,280 --> 00:46:40,890 そして 490 00:46:41,130 --> 00:46:47,840 その種の教養を自負する店主がこの種の即物的サービスを行なうことは通念として考え難い 491 00:46:48,460 --> 00:46:55,260 いまひとつ、葱ヌキ、七味は謂ってみれば立喰いの基本であり、所謂「ハズレ」、不味い蕎麦 492 00:46:55,260 --> 00:46:58,670 に対する立喰師の 一般的な対処法であった 493 00:46:59,990 --> 00:47:00,720 ちなみに 494 00:47:00,880 --> 00:47:04,650 著者の山田氏は現場検証のためにこの店を訪れているが 495 00:47:04,990 --> 00:47:08,780 その時の印象を端的に「不味かった」と記している 496 00:47:09,320 --> 00:47:12,590 以下はその折に採取した店主の証言である 497 00:47:13,570 --> 00:47:14,740 あの 二人ですかい…… 498 00:47:15,230 --> 00:47:18,430 ええ、殺された野郎は「冷やしタヌキの政」とかって 499 00:47:18,600 --> 00:47:20,450 ふざけたニツ名のチンピラで 500 00:47:20,630 --> 00:47:23,810 去年の夏くらいからこの界隈を流してた半端者で 501 00:47:24,280 --> 00:47:27,280 いえ、何処から流れてきたかは存知ません 502 00:47:27,610 --> 00:47:30,860 まあ連中は「立喰師」なんぞと気取ってみせちゃいますが 503 00:47:31,430 --> 00:47:32,720 安保ってやつですか 504 00:47:33,100 --> 00:47:37,340 あの騒ぎの後は万事世知辛くなっちまいやがってゴロツキ同然 505 00:47:37,670 --> 00:47:40,600 何のかんのと難癖をつけちゃケチなカスリでしのぐ…… 506 00:47:41,070 --> 00:47:45,030 あの野郎も、あんな死に様さらすようなどんな悪だったか知らねえが 507 00:47:45,280 --> 00:47:48,210 夏場しか通らねえ冷やしタヌキなんてニツ名からして 508 00:47:48,440 --> 00:47:50,570 とんだお調子もンだったに違えねえ 509 00:47:51,210 --> 00:47:52,690 殺した方の男は…… 510 00:47:52,920 --> 00:47:55,960 さて、野郎と二、三度顔を出したような気もしやすが 511 00:47:56,250 --> 00:47:58,280 いえ、何を話し込んでいたのが 512 00:47:58,300 --> 00:48:01,560 客の事情には立ち入らねえのがこの商いの仁義なんで 513 00:48:01,990 --> 00:48:05,120 ただ……ちらりと小耳に挟んだだけでしたが 514 00:48:05,400 --> 00:48:07,170 ソウカツがどうしたとか 515 00:48:07,200 --> 00:48:08,700 野郎が口にしてたような 516 00:48:09,400 --> 00:48:10,360 なんですって 517 00:48:11,160 --> 00:48:12,670 ああ、店の名前ですか…… 518 00:48:13,030 --> 00:48:16,810 滅法界に速いマッハ軒だと勘違いしてる常連さんも多いようですが 519 00:48:17,350 --> 00:48:22,150 実はエルンスト?マッハとか言う偉え数学者だか哲学者だかの名前なんで 520 00:48:22,660 --> 00:48:24,650 ええ、あっしが自分でつけやした 521 00:48:26,040 --> 00:48:28,560 エルンスト·マッハ云々はともかくとして 522 00:48:29,090 --> 00:48:31,270 注目すべきはただ 一点 523 00:48:31,720 --> 00:48:35,470 小耳に挟んだという「ソウカツ」の一語である 524 00:48:38,950 --> 00:48:42,570 一般的にこの言葉は学生運動内部にあって 525 00:48:42,660 --> 00:48:47,260 運動方針に関する討議、もしくはその討議の場を指すものとして 526 00:48:47,520 --> 00:48:53,320 七十年安保闘争の前後に新左翼系と呼ばれた党派の活動家によって用いられ 527 00:48:53,460 --> 00:48:58,170 後には最後まで武装闘争を掲げて孤立した少数派内部にあって 528 00:48:58,450 --> 00:49:03,750 端的に裏切り者に対する処刑を指す言葉として用いられるに至った 529 00:49:06,150 --> 00:49:07,830 心証と言われましても…… 530 00:49:08,030 --> 00:49:11,370 私はそういった個人的発言をする立場にありませんし 531 00:49:11,580 --> 00:49:13,160 その必要もないと思います 532 00:49:13,740 --> 00:49:15,720 たとえ加害者が警察官であれ 533 00:49:15,820 --> 00:49:18,260 本件は公務外でのいわば私闘であり 534 00:49:18,330 --> 00:49:21,580 純然たる殺人事件であったと、そう考えています 535 00:49:22,200 --> 00:49:23,400 立喰師ですか…… 536 00:49:23,910 --> 00:49:26,350 確かに証言にはそんな言葉もあったかもしれませんが 537 00:49:26,380 --> 00:49:28,050 それが本件とどういう…… 538 00:49:28,260 --> 00:49:32,430 まさか、たかがソバの事で人ひとり殴り殺したと 539 00:49:32,710 --> 00:49:35,490 あんた本気でそんなこと信じとるんですか 540 00:49:38,280 --> 00:49:41,850 六十年代後半から七十年代初頭 541 00:49:42,070 --> 00:49:50,030 公権力と既成左翼勢力の双方に対して公然と叛旗を翻した所謂新左翼勢力内には 542 00:49:50,440 --> 00:49:54,400 部外者にとっては理解不能なテーゼが存在していた 543 00:49:57,120 --> 00:50:01,940 「自己否定」なる非政治的テーゼは、その内実を特定しがたく 544 00:50:02,230 --> 00:50:09,210 これが所謂「武力闘争」を課題としたときに凄惨な結果を生むことがしばしばであった 545 00:50:10,240 --> 00:50:13,720 「冷やしタヌキの政」の死後数年を経ずして起こった 546 00:50:14,020 --> 00:50:19,740 日本左翼史上空前にして絶後ともいうべき大量リンチ殺人事件は 547 00:50:20,160 --> 00:50:22,850 世の人々を震撼させたのみならず 548 00:50:23,230 --> 00:50:27,000 この呪符ともいうべきテーゼからかろうじて逃れ得た人々に 549 00:50:27,120 --> 00:50:30,160 現在に至るも深い傷痕を残し 550 00:50:30,690 --> 00:50:36,670 その後の人生においてこのテーゼとの果てしない格闘を演じることを余儀なくされたのである  551 00:50:39,000 --> 00:50:41,580 「冷やしタヌキの政」もまた、その 一人であり 552 00:50:41,960 --> 00:50:46,260 飼主を喪って街に放たれた野良犬の群れの一員であった 553 00:50:47,020 --> 00:50:52,780 彼がいかなる動機、 いかなる経緯を経て立喰いの群れに身を投じたのかは定かでないが 554 00:50:53,230 --> 00:50:54,750 『立喰師殴殺』によれば 555 00:50:55,020 --> 00:51:01,130 事実として彼には無銭飲食以前に数回の逮捕歴があることが明らかにされている 556 00:51:03,100 --> 00:51:10,180 「活動家クズレ」「過激派あがり」の彼が、自らを季節限定の、きわめて特化された立喰師 557 00:51:10,880 --> 00:51:15,480 ほとんど致命的と呼んでも差し支えない自己規定を自らに課した事実と 558 00:51:16,200 --> 00:51:21,670 結果的に個々人に時代の十字架を負わせることになった「自己否定」なるテーゼ 559 00:51:21,670 --> 00:51:24,940 とを無関係と考えることは不可能であろう 560 00:51:26,560 --> 00:51:31,000 彼はいかなる動機でゴトに相応しからぬ場所を訪れ 561 00:51:31,530 --> 00:51:32,960 敢えてゴトを仕掛け 562 00:51:33,270 --> 00:51:36,940 その結果として自らを総括したのか—— 563 00:51:49,650 --> 00:51:55,630 『立喰師殴殺』の著者は彼が公安の密告者であった可能性を強く示唆しているが 564 00:51:56,130 --> 00:51:59,320 それは彼の死によって永遠の謎となった 565 00:52:00,150 --> 00:52:02,650 がしかし、事実関係がどうあれ 566 00:52:03,080 --> 00:52:09,030 立喰師という存在を字義通りラデイカルに問いつづけた者は彼を措いて他になく 567 00:52:09,640 --> 00:52:15,970 この一点のみによって彼は今後とも特異な立喰師でありつづけるに違いない 568 00:52:19,120 --> 00:52:22,620 彼が、その全存在を賭けた「冷やしタヌキ」も 569 00:52:23,250 --> 00:52:25,940 今は一般な蕎麦屋に於いて定番化され 570 00:52:26,310 --> 00:52:28,000 季節を問わず提供されている 571 00:52:29,120 --> 00:52:31,000 その事実が象徴するように 572 00:52:31,490 --> 00:52:35,260 彼の存在自体がすでにして過渡的綱領 573 00:52:35,730 --> 00:52:38,330 マヌーバー、としての宿命を負っていたのであり—— 574 00:52:38,940 --> 00:52:47,540 そして彼が死んだ日に首都を舞った雪のように「冷やしタヌキの政」の立喰師としての輝きもまた、儚かった 575 00:52:50,030 --> 00:52:55,760 月見の銀二が丼の中の景色として予見してみせた再出発の幻影は 576 00:52:56,470 --> 00:53:00,460 ケツネコロッケのお銀が抱いた風景の中で挫折を約され 577 00:53:01,080 --> 00:53:05,890 破綻をもって自己証明に讃える犬丸の自虐的ゴトを経て 578 00:53:06,440 --> 00:53:12,270 冷やしタヌキの政の自己処刑劇として早くも完結を見ることになった 579 00:53:13,740 --> 00:53:16,890 立喰師たちが背負った戦後という十字架 580 00:53:17,850 --> 00:53:21,260 平和と民主主義の理念が終焉を迎えて後 581 00:53:21,710 --> 00:53:27,080 彼らの系譜は更に屈折の過程を辿ることになるのである 582 00:53:48,680 --> 00:53:49,580 いらっしゃい 583 00:54:01,130 --> 00:54:02,110 並 584 00:54:04,000 --> 00:54:07,480 一連の作業にあらゆる計量器を用いることなく 585 00:54:07,970 --> 00:54:13,250 厳しい訓練によって獲得された勘のみを基準として牛丼を仕上げる手際は 586 00:54:13,800 --> 00:54:21,040 予知野家のフランチャイズシステムは商標 マネジメントに加えて実際の働き手まで本部が派遣する 587 00:54:21,180 --> 00:54:24,720 所謂FCオーナー制であることの証しでもあった 588 00:54:25,570 --> 00:54:29,590 人知を尽くしたシステムの結晶ともいうべき牛丼並一丁は 589 00:54:29,750 --> 00:54:36,720 初期研修を経て正規採用社員となった店員大内の手によって運ばれ、カウンターの上に置かれた 590 00:54:37,600 --> 00:54:42,600 この瞬間、予知野家新橋一号店の悪夢の一日が始まったのである 591 00:54:46,060 --> 00:54:51,260 昭和四五年、膨大な動員を達成した万博というイベントは 592 00:54:51,440 --> 00:54:56,430 国内の企業家たちに、それまで「生業」に過ぎないと考えられていた飲食業が 593 00:54:56,730 --> 00:55:01,940 外食産業という巨大ビジネスヘと変貌する可能性を教えた 594 00:55:05,340 --> 00:55:10,200 そして昭和四八年と言えば、第一次オイルショックの年であり 595 00:55:10,380 --> 00:55:13,590 高度経済成長が陰りを見せ始めた時期でもあるが 596 00:55:13,870 --> 00:55:17,240 予知野家はこの不況をむしろ追い風として 597 00:55:17,640 --> 00:55:22,610 僅か五年で店舗数を一五倍に増加させることに成功したのである 598 00:55:23,720 --> 00:55:29,480 そして、昭和五三年外食市場規模は12兆円を突破し 599 00:55:29,640 --> 00:55:35,160 後に来る一億総立喰い時代の舞台は着々と準備されつつあったこの年 600 00:55:35,470 --> 00:55:39,610 後楽園球場で開催された「キャンディーズさよなら公演」では 601 00:55:39,770 --> 00:55:42,510 詰めかけた観客五万人が号泣し 602 00:55:42,700 --> 00:55:44,640 喫煙一一八 603 00:55:44,870 --> 00:55:45,650 家出六 604 00:55:45,960 --> 00:55:46,890 さぼり五 605 00:55:47,310 --> 00:55:50,540 計一二九人の青少年が補導され 606 00:55:50,860 --> 00:55:56,940 外食産業は毎年ニケタの急成長を続ける花形産業となっていたが 607 00:55:57,280 --> 00:56:01,060 なかでも予知野家の成長ぶりは群を抜いていた 608 00:56:02,560 --> 00:56:09,680 この時期の予知野家は間違いなく勃興する外食産業の先頭をひた走るトップランナーだった 609 00:56:10,490 --> 00:56:18,110 がしかし、驕れる者久しからず、俺だけは負けないと叫びつつローマ帝国は滅びたのである 610 00:56:19,000 --> 00:56:23,890 それは意外な形で——獣の姿で店舗を訪れた 611 00:56:24,560 --> 00:56:28,080 その名を「牛丼の牛五郎」と言う 612 00:56:29,610 --> 00:56:33,690 予知野家は五五年七月に倒産した 613 00:56:34,160 --> 00:56:39,570 その顛末を記した、『予知野家解体』は、空前のベストセラーを記録したが 614 00:56:40,140 --> 00:56:45,750 倒産の真の要因として挙げた「ゴト師による店舗攻撃」に関する記述は 615 00:56:46,040 --> 00:56:50,870 事実無根の虚構に過ぎぬとして激しい批判を浴びることになる 616 00:56:52,040 --> 00:56:58,820 二ヶ月後、これらの批判に対する反論として緊急出版された『予知野家襲撃』は 617 00:56:59,040 --> 00:57:02,880 関係者に対する聞き取り調査に基ついた労作であり 618 00:57:03,290 --> 00:57:08,070 牛五郎に関する数少ない客観的な記録でもあった 619 00:57:09,360 --> 00:57:15,420 男の挙動には無銭飲食者に特有の後ろめたさが全く感じられなかった 620 00:57:16,170 --> 00:57:18,430 目線が店の者を追う事もなく 621 00:57:18,620 --> 00:57:23,850 むしろ傍若無人とも尊大とも形容し得る自信が脹っていた 622 00:57:24,560 --> 00:57:28,850 「大盛り」も口直しのオシンコも味噌汁も求めない 623 00:57:29,970 --> 00:57:31,270 奴は、プロだ 624 00:57:32,140 --> 00:57:35,440 生卵を頼まない、という事実が決め手だった 625 00:57:40,440 --> 00:57:41,820 済まねえが急いでるんだ 626 00:57:41,930 --> 00:57:44,210 玉子で掻き混ぜ、生姜を摘む間も惜しんで 627 00:57:44,210 --> 00:57:46,900 かき込んだ牛丼が胃の腑に落ちる暇もねえ 628 00:57:47,290 --> 00:57:48,090 それだ 629 00:57:48,720 --> 00:57:49,390 どれだ 630 00:57:49,750 --> 00:57:51,660 玉子だ……玉子がいけない 631 00:57:51,740 --> 00:57:52,830 玉子の何が 632 00:57:53,040 --> 00:57:54,420 掻き混ぜがいけない 633 00:57:54,470 --> 00:57:55,040 生姜は 634 00:57:55,310 --> 00:57:57,950 それもいけないが、玉子は最悪だ 635 00:57:58,620 --> 00:58:01,290 生卵は確かに牛丼に馴染むし 636 00:58:01,720 --> 00:58:05,120 熱い飯の温度を緩和して素早く嚥下することを可能にするが 637 00:58:05,120 --> 00:58:09,420 それが、生卵を掻き混ぜることは牛丼本来の味わい—— 638 00:58:09,880 --> 00:58:13,970 タレの染みた熱い飯の香りを決定的に損なう 639 00:58:14,920 --> 00:58:18,210 男がフロであることに関しては一点の疑問もない 640 00:58:18,750 --> 00:58:23,660 だがしかし、それにしても——男の目的は一体何なのか 641 00:58:43,260 --> 00:58:44,760 牛が来るらしい 642 00:58:45,770 --> 00:58:51,120 同期の店長の一人が、去り際に口にしたその台詞が何を意味していたのか 643 00:58:51,820 --> 00:58:53,170 その時の神山には 644 00:58:53,290 --> 00:58:57,440 いや、その場にいた誰にも判ってはいなかった 645 00:58:58,960 --> 00:59:00,940 営業から聞いた話なんだが…… 646 00:59:01,060 --> 00:59:03,090 関西地区の店舗に牛が来たらしい 647 00:59:03,600 --> 00:59:06,110 いずれそちらにも姿を現わすかもしれない 648 00:59:07,360 --> 00:59:09,530 牛が来る……? 649 00:59:10,440 --> 00:59:15,910 牛魔王とその配下の牛頭たちのゴトは見事という他になかった 650 00:59:16,350 --> 00:59:22,010 注文に際しては微妙な時差を用いて店員の手を休めさせることがなかった 651 00:59:22,410 --> 00:59:28,340 わけても肉の盛り付けを預かる神山の疲労は等比級数的に増大していった 652 00:59:29,050 --> 00:59:31,200 だが、疲れたからといって 653 00:59:31,360 --> 00:59:33,860 盛り付けに一切の手抜きは許されなかい 654 00:59:34,320 --> 00:59:40,220 なんとなれば「同じ味」「同じ量」「同じ速度」そして「同じサービス」は 655 00:59:40,680 --> 00:59:45,450 予知野家のような単品商売の必要充分条件だからだ 656 00:59:47,440 --> 00:59:50,970 滴り落ちるタレの量に神経を凝らす一方で 657 00:59:51,500 --> 00:59:54,640 アルバイトの大松には洗米と炊飯を指示する 658 00:59:55,960 --> 00:59:58,680 注文の来ない味噌汁のを落としたかったが 659 00:59:58,900 --> 01:00:01,880 それでは不意を突かれて注文された時に 660 01:00:02,160 --> 01:00:04,640 大鍋であるがゆえに対応出来なくなる 661 01:00:05,200 --> 01:00:08,330 そして、問題は厨房内に留まらない 662 01:00:08,910 --> 01:00:09,790 七味 663 01:00:09,870 --> 01:00:10,630 生姜 664 01:00:11,000 --> 01:00:11,680 お茶 665 01:00:11,770 --> 01:00:12,830 お冷 666 01:00:13,980 --> 01:00:16,600 システムの崩壊の予兆だった 667 01:00:17,440 --> 01:00:19,440 店長、あの客が呼んでます 668 01:00:26,510 --> 01:00:31,080 ダク盛りなどという、客に媚びたサービスなど存在しなかった当時 669 01:00:31,390 --> 01:00:36,470 飯が吸い切ることのできないタレを丼の底に残すことは職人の恥だった 670 01:00:37,790 --> 01:00:38,960 挑戦であった 671 01:00:40,050 --> 01:00:48,650 牛魔王とその眷属たちは、予知野家の誇るシステムに対し、全胃袋かけて、戦いを挑んでいた 672 01:00:49,630 --> 01:00:52,040 腹をくくれ、戦争だ 673 01:01:29,470 --> 01:01:35,370 予知野家新橋一号店の「戦争」は午後五時をやや過ぎた時点で終結した 674 01:01:42,610 --> 01:01:45,640 牛丼の材料が底をついたのである 675 01:01:46,080 --> 01:01:51,220 その全てが牛魔王とその脊属たちの胃袋に納めることが不可能ではあったが 676 01:01:51,560 --> 01:01:58,210 緊急配送によって到着したスライス肉を煮込む過程のロスタイムが勝負を決した 677 01:02:00,140 --> 01:02:02,680 たとえ一分一秒といえども 678 01:02:02,920 --> 01:02:06,670 受注不能となったその時点で営業は不可能となり 679 01:02:06,910 --> 01:02:08,700 店を閉めなければならない 680 01:02:09,360 --> 01:02:17,590 事態を深刻に受け止めた予知野家本社は配送センターと首都圏全店舗に対して即応体制を指示した 681 01:02:18,100 --> 01:02:25,290 がしかし、牛魔王たちは隙をついて不特定の店舗を襲い、その備蓄を食い潰した 682 01:02:27,470 --> 01:02:29,780 立喰師「牛丼の牛五郎」 683 01:02:30,480 --> 01:02:33,930 報告書は牛魔王の通り名をそう記していた 684 01:02:35,260 --> 01:02:43,160 費用対効果を計算し尽くしたマクナマラのマーケットリサーチ戦略はベトナムの不正規戦によって破綻を宣告されたが 685 01:02:43,350 --> 01:02:50,830 予知野家の適量適宜配送システムもまた、牛五郎の神出鬼没のゲリラ戦を前に無力であった 686 01:02:51,550 --> 01:02:55,500 長期に渡る警戒態勢は企業の根幹を切り崩し 687 01:02:55,730 --> 01:02:59,810 予知野家は急速に経営を悪化させてゆくことになる 688 01:03:01,270 --> 01:03:04,920 当時の予知野家は大いなる内憂を抱えていた 689 01:03:05,650 --> 01:03:12,510 同社の大株主であり、兼ねて、経営権奪取を目論んでいたライブモア商事の存在がそれである 690 01:03:13,030 --> 01:03:16,360 「牛を操っているのはライブモアの連中だ」 691 01:03:16,500 --> 01:03:20,090 社員たちの間にはそんな噂が囁かれていた 692 01:03:22,780 --> 01:03:31,910 牛五郎のゴトの背後に何らかの思惑を持った雇主が存在したことには、我々もまた同意せざるを得ないであろう 693 01:03:32,290 --> 01:03:40,720 がしかし、では、組織された立喰によって、店舗を襲撃した牛五郎のゴトの本質とは一体何だったのか 694 01:03:41,320 --> 01:03:47,990 それをプロフェッショナリズムの定立による、立喰師の戦後的なるものへの決別であった 695 01:03:49,300 --> 01:03:57,050 高度経済成長にあって、なお遊民の系譜に連なる者たちが自己の存立をそのゴトに賭ける時 696 01:03:57,470 --> 01:03:59,550 いかなる自己実現があり得たか 697 01:04:00,860 --> 01:04:06,600 脱戦後的なるもの——その象徴としての万博によって花開いた外食産業に 698 01:04:06,830 --> 01:04:12,750 ただプロフェッショナリズムと胃袋のみを根拠として戦いを挑むことがそれである 699 01:04:13,690 --> 01:04:15,020 考えてもみよ 700 01:04:15,450 --> 01:04:19,520 適量適宜供給という生産管理システムに対するに 701 01:04:19,880 --> 01:04:25,040 ただ「大食」をもって対峙した牛五郎の存在は、実はそのまま 702 01:04:25,290 --> 01:04:30,300 その後につづく飽食の時代への反語足り得ていたのではなかろうか 703 01:04:31,280 --> 01:04:33,930 そして、そのことを証すかのように 704 01:04:34,250 --> 01:04:37,110 牛五郎による予知野家襲撃を契機として 705 01:04:37,490 --> 01:04:42,840 新たな立喰師たちの「ファーストフードヘの闘争」は開始されるのである 706 01:04:51,580 --> 01:04:53,000 おはようございます 707 01:04:53,230 --> 01:04:54,890 ようこそロッテリアへ、 708 01:05:03,820 --> 01:05:05,050 ハンバーガー 709 01:05:05,390 --> 01:05:06,010 百個 710 01:05:06,250 --> 01:05:08,380 ハンバーガー百個でよろしいですか 711 01:05:08,630 --> 01:05:10,240 ハンバーガー百個 712 01:05:10,860 --> 01:05:13,860 ハンバーガー単品で百個お持ち帰りでしょうか 713 01:05:13,980 --> 01:05:14,900 ここで喰う 714 01:05:18,440 --> 01:05:20,380 ハンバーガーナインティシックスプリーズ 715 01:05:20,840 --> 01:05:21,970 どんな客です? 716 01:05:22,810 --> 01:05:24,190 復唱はどうした! 717 01:05:24,350 --> 01:05:26,170 サンキューナインティシックス 718 01:05:26,680 --> 01:05:28,940 正規のオーダーなら犬にだって食わせるさ 719 01:05:29,020 --> 01:05:32,280 いや……牛にだって喰わせるさ 720 01:05:33,620 --> 01:05:41,620 いまひとつ、我が国における牛肉食の普及にあたり、猛威ともいうべき役割を果たした食品が存在した 721 01:05:42,320 --> 01:05:44,230 ハンバーガーがそれである 722 01:05:45,420 --> 01:05:50,920 「牛丼」と「ハンバーガー」は間違いなく強力な索引力を有した両輪であり 723 01:05:51,260 --> 01:05:54,800 奇怪な相似形を示す異胎の双生児であった 724 01:05:55,850 --> 01:05:59,460 そして、犬飼のロジックを持ってするならば 725 01:05:59,620 --> 01:06:07,700 この二つの食品に関わる立喰師の存在形態もまた、多くの相似形を示さざるを得ないことになる 726 01:06:09,760 --> 01:06:10,410 現実 727 01:06:10,610 --> 01:06:16,980 村上源十郎の『ハンバーガー襲撃』は、『予知野家襲撃』の盗作であるとして訴訟を起こされ 728 01:06:17,310 --> 01:06:24,520 その登場人物もまた、派生的虚構に過ぎないとする一部研究者の論拠ともなっていた 729 01:06:25,210 --> 01:06:30,660 調理用の鉄板に並べられる最大限のバンズと肉はおよそ二十個 730 01:06:31,090 --> 01:06:36,780 慌しく包装されたその全てが瞬時にして男の胃袋に消えた 731 01:06:37,710 --> 01:06:43,430 神山は次なる二十個——ハンバーガー一個小隊の製造突入していたが 732 01:06:43,560 --> 01:06:46,990 男のペースには到底追いつきそうにない 733 01:06:48,280 --> 01:06:49,500 昼時が近づき 734 01:06:50,040 --> 01:06:52,660 二人三人と新たな客も来店し 735 01:06:53,090 --> 01:06:55,250 そちらのオーダーも重なってゆく 736 01:06:56,350 --> 01:06:59,770 遅番の野田や桜井はまだ姿を現わさない 737 01:07:00,000 --> 01:07:06,360 いや、仮に彼らが戦線に参加したところで鉄板の絶対的面積が変わることはなく 738 01:07:06,540 --> 01:07:10,480 神山は男の咀嚼ペースの低下を祈りつつ 739 01:07:10,720 --> 01:07:14,350 鉄板にバンズを並べ、肉を返しつづけた 740 01:07:15,350 --> 01:07:18,360 第二波の二十、第三波の二十……と 741 01:07:18,570 --> 01:07:24,370 神山が送り出した増援は悉く男の前に各個撃破されていた 742 01:07:25,840 --> 01:07:34,510 戦力の逐次投入——用兵家が厳に戒むる戦術上の決定的錯誤は神山もまたよく知るところだったが 743 01:07:34,910 --> 01:07:40,760 戦力の再生産装置たる調理用鉄板の絶対的面積という大前提からして 744 01:07:41,000 --> 01:07:43,180 神山に選択の余地はなく 745 01:07:43,420 --> 01:07:50,080 本来であれば容易に対応可能な他の戦線までが膠着状態に陥りつつあった 746 01:07:52,850 --> 01:07:56,680 トレイニーの友絵はすでに錯乱状態に陥って 747 01:07:56,770 --> 01:07:59,560 無用のポテトを大量に揚げつづけている 748 01:08:02,230 --> 01:08:04,560 システム崩壊の予兆だった 749 01:08:11,040 --> 01:08:14,040 店内に、悲鳴のようなオーダーが響く 750 01:08:14,150 --> 01:08:16,720 ダブルバーガー、ハンドレッド、プリーズ! 751 01:08:25,500 --> 01:08:31,720 ダブルバーガーはバンズの間に通常の倍、すなわち二枚の肉片を要する 752 01:08:32,170 --> 01:08:38,270 それはつまり同数のハンバーガーを調理する倍の鉄板面積を必要とするということであり 753 01:08:38,590 --> 01:08:40,510 鉄板面積が一定であるなら 754 01:08:40,720 --> 01:08:46,010 それは直ちに時間あたりの製造数が半分に激減することを意味する 755 01:08:46,010 --> 01:08:47,840 それだけではない 756 01:08:47,840 --> 01:08:53,750 通常でさえ大混乱となる昼時という外部条件がこれに加わる 757 01:08:54,860 --> 01:08:58,520 客がファーストフードの店舗を訪れる動機は均一ではないが 758 01:08:59,080 --> 01:09:04,920 昼時のそれに関して言うなら、速度こそが絶対にして唯一の動機である 759 01:09:06,140 --> 01:09:12,960 オフィス街のランチ戦争においてその要求を満たせなかった店舗に再び客の訪れることはなく 760 01:09:13,280 --> 01:09:16,120 マネージャーとしての神山に未来はない 761 01:09:17,480 --> 01:09:21,880 巨大な喪失感に耐えて、神山は怒声を発した 762 01:09:22,520 --> 01:09:27,470 サンキュー、ダブルバーガー、ハンドレッド 763 01:09:31,710 --> 01:09:34,350 牛が牛を喰ってやがる 764 01:09:35,370 --> 01:09:37,270 牛の呪いだ 765 01:09:38,480 --> 01:09:42,430 ハンバーガーは常に、所要の工程を必須とする商品であり 766 01:09:42,830 --> 01:09:46,970 単位時間当たりの受注管理にもよりデリケートな操作を要する 767 01:09:47,630 --> 01:09:50,560 まさにその点を巧みに突いた戦術ではあった 768 01:09:52,130 --> 01:09:55,400 だがしかし、男の戦術はそれのみに終わらない 769 01:09:57,390 --> 01:10:00,650 それは、停滞した商品の供給に対する 770 01:10:01,040 --> 01:10:03,660 客の無言の怒りによるものであった 771 01:10:04,990 --> 01:10:13,940 暴動寸前です、という大松の脅えた声を聞き流しながら神山はバンズを温め、肉を焼き続けていた 772 01:10:15,950 --> 01:10:17,570 決定的に錯乱したのか 773 01:10:17,740 --> 01:10:22,560 友絵がポテトとドリンクのみでしたらすぐにお渡しできますと叫び 774 01:10:23,430 --> 01:10:29,640 その台詞をきっかけのようにして蓄積した怒り食い物の恨みが爆発した 775 01:10:41,210 --> 01:10:43,290 アイルピーパック 776 01:10:50,520 --> 01:10:53,610 時間もないのでこの後日談は省略するが 777 01:10:53,850 --> 01:10:57,700 重要なのは「ハンバーガーの哲」のゴトの内実であるろ 778 01:10:58,620 --> 01:11:01,160 そのことに触れぬまま紹介した意図するとは—— 779 01:11:02,110 --> 01:11:03,370 実は極めて遺憾ながら 780 01:11:03,750 --> 01:11:08,260 彼のゴトによる自己実現がゴトそのものにおいて破綻している 781 01:11:08,650 --> 01:11:13,760 あるいは遂に破綻せざるを得なかったことを明らかにするためなのである 782 01:11:15,210 --> 01:11:21,440 彼がライバル店から報酬を受けていたことを示す客観的資料は全く存在しない 783 01:11:22,220 --> 01:11:25,580 では一体、「ハンバーガーの哲」のゴトとは何か 784 01:11:26,870 --> 01:11:33,220 「立喰師とは存在そのものにおいて自己実現を為す実践者である 785 01:11:33,310 --> 01:11:42,250 かの爆弾を用いてそれを果たした、かの露国のアナーキストたちのように」とは犬飼喜一の言葉ではあるが 786 01:11:42,810 --> 01:11:45,480 哲のゴトは、テロリズムとするなら 787 01:11:45,890 --> 01:11:51,450 犬飼の言説を事実過程が模倣したと——そうも言い得るかもしれない 788 01:11:53,120 --> 01:11:57,170 月見の銀二に端を発した戦後の立喰師の系譜は 789 01:11:57,770 --> 01:12:03,810 牛五郎の示したフロフェッショナリズムの定立を発条としてテロリズムヘと向かうことになる 790 01:12:05,020 --> 01:12:07,550 そしてそれが偶発的事例でなく 791 01:12:07,870 --> 01:12:10,540 必然であったことを証明するかのように 792 01:12:10,910 --> 01:12:16,310 脱戦後派立喰師によるファーストフードとの闘争は続発を続ける 793 01:12:17,720 --> 01:12:20,890 同時代にあいついで出現した立喰師たち—— 794 01:12:21,470 --> 01:12:25,670 「クレープのマミ」や「タコ焼きのめぐみ」のゴトによる批評的営為は 795 01:12:26,350 --> 01:12:33,320 やがて商品から、付加価値そのものに対する挑戦へと純化し、先鋭化してゆく必然を 796 01:12:33,430 --> 01:12:35,850 あらかじめ胚胎していたとも言い得る 797 01:12:37,050 --> 01:12:40,440 我々はその究極の実践形態を 798 01:12:40,840 --> 01:12:47,710 「フランクフルトの辰」と「中辛のサブ」という二人の異端の立喰師を見ることになる 799 01:12:58,630 --> 01:13:00,760 1977年の秋は 800 01:13:01,450 --> 01:13:05,340 パリ発東京行きの日航機がインド ボンベイ空港離陸後 801 01:13:05,870 --> 01:13:07,460 日本赤軍五人に乗っ取られ 802 01:13:08,010 --> 01:13:10,910 ダッカ空港に着陸したというニュースで始まった 803 01:13:12,240 --> 01:13:15,760 それはおれが一文なしであることと考えあわせても 804 01:13:16,430 --> 01:13:18,360 きわめて遺憾な状況であった 805 01:13:19,530 --> 01:13:20,640 なにが遺憾よ 806 01:13:20,640 --> 01:13:21,600 このろくでなし 807 01:13:22,020 --> 01:13:25,340 日本の政府はハイジャック犯に六百万ドルも払ったってのに 808 01:13:25,620 --> 01:13:27,700 あんたはなぜ家賃を払わないんだ 809 01:13:28,940 --> 01:13:34,320 翌日、おれは三カ月ほど前からつきあっていた女と西武園へ行った 810 01:13:35,690 --> 01:13:37,470 つきあっていた三カ月の間 811 01:13:37,850 --> 01:13:40,140 何度も一緒に西武園へ行った女だったが 812 01:13:40,850 --> 01:13:42,340 金を貸してくれと頼むと 813 01:13:42,840 --> 01:13:44,550 もう近寄るなと言われた 814 01:13:46,050 --> 01:13:49,440 あんたはいい人だったけど最低の立喰師だったわ 815 01:13:49,470 --> 01:13:51,420 定職についたほうがいいんじゃないの 816 01:13:51,560 --> 01:13:53,660 映画監督なんかピッタリだと思うけど 817 01:13:54,000 --> 01:13:55,060 余計なお世話だ 818 01:13:55,370 --> 01:13:59,160 手前なんか漬物屋に再就職してツボ漬の重石になってろ 819 01:14:00,140 --> 01:14:05,470 なにさ、あんたなんか炭酸ガスの自給自足でもしてりゃいいのに 820 01:14:06,720 --> 01:14:10,560 遊園地に行こうと思ったときおれは女に会うことにしていたが 821 01:14:10,740 --> 01:14:12,530 入場料はいつも女が払っていた 822 01:14:13,560 --> 01:14:16,970 もう好きなときに遊園地に来ることができないと考えると 823 01:14:17,100 --> 01:14:18,720 少しばかり哀しくなり 824 01:14:18,980 --> 01:14:23,520 おれはいつものようにディズニーランドのことを考えはじめていた 825 01:14:25,620 --> 01:14:33,180 「おれがどうしても一流の立喰師になれない理由は、年がら年じゅうディズニーランドの夢を見ているからではないか……」 826 01:14:33,290 --> 01:14:36,570 という有名な一節で始まるこの小説は 827 01:14:36,860 --> 01:14:41,920 リチャード·ブローティガンの「バビロンを夢見て」の盗作ではないかの疑惑を含めて 828 01:14:42,030 --> 01:14:44,010 様々な物議をかもした 829 01:14:44,950 --> 01:14:49,600 がしかし、文学的価値を離れたテキストとして評価した場合 830 01:14:49,750 --> 01:14:53,500 本作は明らかに立喰師の内面の描写を指向しており 831 01:14:53,840 --> 01:15:00,080 より実存的なアプローチへと変質していった時代の要請を読み取ることができるのである 832 01:15:00,860 --> 01:15:01,950 何の用だ 833 01:15:02,490 --> 01:15:04,570 この間喰わせてやった時に言った筈だ 834 01:15:04,680 --> 01:15:05,960 これが最後だって 835 01:15:06,460 --> 01:15:07,770 一体何の用があるんだ 836 01:15:08,550 --> 01:15:10,320 高島平の方角を教えて 837 01:15:10,410 --> 01:15:14,760 そこから飛び降りるにはどうしたらいいか基本的なことを幾つか教える以外 838 01:15:14,920 --> 01:15:16,540 俺に何をしろっていうんだ 839 01:15:17,190 --> 01:15:21,190 いつになったらお前は立喰師だなんていう馬鹿な考えを捨てて 840 01:15:21,550 --> 01:15:24,730 マジメな就職をして俺の邪魔をしなくなるようになるんだ 841 01:15:24,870 --> 01:15:25,520 ええ 842 01:15:25,800 --> 01:15:31,290 こうして話してるいまもインドじゃヒンズー教徒がイスラム教徒を襲撃する準備をしてるんだ 843 01:15:31,580 --> 01:15:33,590 お前にだってできることがある筈だろう! 844 01:15:34,600 --> 01:15:40,630 去年の夏までお前は芥子をたっぷり塗った一本一二十円のフランクをタダでせしめる人間だった 845 01:15:41,010 --> 01:15:43,870 それが秋には芥子ぬきの人間になり 846 01:15:44,320 --> 01:15:47,280 今じゃ犬も喰わないクズを平気で咥える男だ 847 01:15:49,150 --> 01:15:52,610 この男は造形師の品田冬樹にそっくりな男だった 848 01:15:53,600 --> 01:15:58,530 フランクフルトに芥子をつけすぎる客に文句を言うとしたらきっとこうだったろうと思わせるほど 849 01:15:58,740 --> 01:16:00,810 品田冬樹にそっくりだった 850 01:16:01,800 --> 01:16:03,360 芥子が好きでどこが悪い 851 01:16:03,900 --> 01:16:08,200 六歳の幼女を好むより以上に変質的である、とは言えないはずだ 852 01:16:09,940 --> 01:16:15,220 主人公の「おれ」は確たる目的意識も持たない都会の遊民であり 853 01:16:15,490 --> 01:16:23,600 一流の立喰師足り得ぬ理由を年がら年じゅうディズニーランドのことばかり夢見ているからではないかと想像している 854 01:16:25,310 --> 01:16:29,190 遊園地をゴトの場として生きているらしい「おれ」にとって 855 01:16:29,440 --> 01:16:31,960 ではディズニーランドとは何か 856 01:16:33,650 --> 01:16:34,760 おっといけねえ 857 01:16:35,500 --> 01:16:38,970 男からせしめたフランクを咥えて観覧車へ向かいながら 858 01:16:39,370 --> 01:16:42,050 おれはディズニーランドのことを考え始めてしまった 859 01:16:43,050 --> 01:16:45,930 まさになにかをしなければならないというそのときに 860 01:16:46,220 --> 01:16:48,420 ディズニーランドについて考えてはならないのだ 861 01:16:49,600 --> 01:16:51,080 それを始めたが最後 862 01:16:51,280 --> 01:16:55,220 結局のところ世の中はやりたい事をやった人間の勝ちであり 863 01:16:55,330 --> 01:17:02,180 どんなに出鱈目な生き方をしても 必ず次のフランクにありつけるという甘い考えがムクムクと頭をもたげ 864 01:17:02,720 --> 01:17:06,820 目の前の堅実で確固としたフランクを失うはめになるからだ 865 01:17:08,120 --> 01:17:15,280 観覧車へ向かう階段の途中で固まったまま ディズニーランドについて考えているうちに今日という日が終わった 866 01:17:15,540 --> 01:17:17,030 などということになれば 867 01:17:17,500 --> 01:17:23,420 破滅の淵にさしかかったおれの人生をやり直すキッカケを永遠に失うことにもなりかねない 868 01:17:25,050 --> 01:17:32,050 一九七零年からこのかた、おれがディズニーランドのことを考えはじめた年からこっち、ずっとそうなのだ 869 01:17:33,010 --> 01:17:34,170 いま重要なことは 870 01:17:34,480 --> 01:17:38,300 明日のフランクをいかに手に入れることができるかを考えることであり 871 01:17:38,940 --> 01:17:41,800 またいまもっとも必要でないことはなにかといえば 872 01:17:42,170 --> 01:17:43,900 ディズニーランドについて考えることだった 873 01:17:45,390 --> 01:17:50,740 俺は殆ど超人的な努力を払ってディズニーランドについて考える誘惑に耐えた 874 01:17:52,370 --> 01:17:54,400 幾度かきわどい瞬間をかわし 875 01:17:54,910 --> 01:18:01,440 やがてディズニーランドに関する思念は俺から離れ、もとの思考の暗闇へと回帰した 876 01:18:04,700 --> 01:18:07,290 ようやく現実の世界に復帰したおれは 877 01:18:08,000 --> 01:18:10,290 そこが観覧車のゴンドラの中であり 878 01:18:10,610 --> 01:18:14,840 向かいの席からおれを見下ろしている男をぼんやりと眺めた 879 01:18:16,080 --> 01:18:17,320 寝ぼけてるのかい 880 01:18:17,650 --> 01:18:18,930 やあこりゃどうだ 881 01:18:19,160 --> 01:18:20,580 フランクフルトの辰じゃないか 882 01:18:20,920 --> 01:18:22,540 後楽園の夜を覚えているよ 883 01:18:22,980 --> 01:18:24,550 つまらん芝居はやめろ 884 01:18:25,090 --> 01:18:26,920 こうして観覧車に揺られてる今も 885 01:18:27,140 --> 01:18:31,940 パレスチナじゃイスラエル兵による住民への殺傷事件が続発してるんだ 886 01:18:32,580 --> 01:18:36,920 お前さん、なんだか何百キロも離れたところにいるような顔してたぜ 887 01:18:37,490 --> 01:18:38,800 例の、あれさ 888 01:18:39,450 --> 01:18:40,530 変わらねえな 889 01:18:41,060 --> 01:18:44,830 後楽園でも俺の知ってる限りじゃお前はいつもそうだった 890 01:18:45,620 --> 01:18:46,570 変わったさ 891 01:18:47,410 --> 01:18:49,450 おれはディズニーランドのことを考えまい 892 01:18:49,460 --> 01:18:51,120 として必死に踏ん張ってたんだ 893 01:18:51,270 --> 01:18:52,530 と言おうと思ったが 894 01:18:52,800 --> 01:18:55,850 どうせ無駄なのだと思い返してやめることにした 895 01:18:56,600 --> 01:18:57,810 あんた、変わったな 896 01:18:58,300 --> 01:18:59,620 ああ変わったさ 897 01:19:00,030 --> 01:19:01,670 人間は変わっていかなくちゃならねえ 898 01:19:02,010 --> 01:19:04,260 さもないと苔が生えちまうからな 899 01:19:04,790 --> 01:19:06,710 で、お前はどうしてたんだ 900 01:19:07,260 --> 01:19:11,010 最後に会ったときは映画監督になるんだ、とか言ってたが 901 01:19:11,340 --> 01:19:13,950 思ったとおりにはいかないものさ 902 01:19:14,420 --> 01:19:16,080 じゃいまは何をしてるんだ 903 01:19:16,950 --> 01:19:18,010 立喰師さ 904 01:19:18,520 --> 01:19:20,080 立喰師だと? 905 01:19:21,650 --> 01:19:25,230 辰に最後に会ったのは六年前、後楽園でだった 906 01:19:26,040 --> 01:19:28,090 彼はほんとうに素晴らしい立喰師で 907 01:19:28,520 --> 01:19:32,930 当時としては珍しいフランクフルト専門のゴト師として名を売っていた 908 01:19:33,960 --> 01:19:39,010 今日は豊島園で明日は花屋敷、と全国の遊園地を股にかけ 909 01:19:39,420 --> 01:19:42,940 縁日のフランク屋にまでその名前が知れ渡ったころ 910 01:19:43,210 --> 01:19:44,960 ふつつりと姿を消した 911 01:19:45,620 --> 01:19:47,480 アメリカに渡ったらしいとか 912 01:19:47,890 --> 01:19:51,170 ディズニーランドでゴトに及んでフクロ叩きにされたらしいとか 913 01:19:51,320 --> 01:19:53,990 そんな噂が流れたこともあった 914 01:19:55,760 --> 01:19:57,530 変わらねえな、お前は 915 01:19:58,320 --> 01:19:59,170 変わったさ 916 01:19:59,890 --> 01:20:01,940 おれはディズニーランドのことを考えまい 917 01:20:01,980 --> 01:20:05,610 として必死に踏ん張ってるんだと言おうと思ったが 918 01:20:06,170 --> 01:20:09,900 どうせ無駄なのだと思い返してやめることにした 919 01:20:10,520 --> 01:20:12,570 前から聞いてみたいと思ってたんだが 920 01:20:13,130 --> 01:20:16,080 お前さんにとってディズニーランドって一体なんなんだ 921 01:20:16,810 --> 01:20:18,720 それはまぎれもない難問だった 922 01:20:19,340 --> 01:20:24,700 正確に語るとなると本を一冊書くだけのエネルギーが必要になるに違いないが 923 01:20:25,120 --> 01:20:30,850 今のおれには本一冊どころか一句捻り出す集中力すらなかった 924 01:20:31,480 --> 01:20:34,850 一生かかっても女を理解することはできないが 925 01:20:35,140 --> 01:20:38,440 世の中には女を語る短い言葉はゴマンとある 926 01:20:38,660 --> 01:20:41,910 俺はそういった種類の言葉を要求してるんだ 927 01:20:42,790 --> 01:20:44,900 おれは踏み止まっていた一線を越え 928 01:20:45,520 --> 01:20:48,120 再びディズニーランドについて考え初めていた 929 01:20:49,280 --> 01:20:52,000 そこには何でもあるが、何もない 930 01:20:52,800 --> 01:20:55,050 造りものの城に陽気な楽隊 931 01:20:55,520 --> 01:20:58,410 晴れやかな表情で集う赤の他人たち 932 01:20:58,880 --> 01:21:04,500 焦げたモロコシの醤油や安ソースの匂いとは無縁の夢の国 933 01:21:06,210 --> 01:21:11,490 お前さんはその夢の国で何を演じ、何をしたいんだ 934 01:21:17,280 --> 01:21:20,310 あんたいつまで乗ってるんだい 935 01:21:21,470 --> 01:21:26,730 気がつくとゴンドラを開けた男の不機嫌そうな顔が目の前にあった 936 01:21:27,770 --> 01:21:31,230 「あんたは一周ぶんのチケットしか払ってない」、と男は言った 937 01:21:31,880 --> 01:21:33,980 「つづけて乗るならチケットを買ってきな」 938 01:21:34,910 --> 01:21:36,680 おれはもう少し乗っていたかったので 939 01:21:37,120 --> 01:21:40,410 つい居眠りをしていて何も見ていないんだと嘘までついたが 940 01:21:41,120 --> 01:21:43,600 男は無料で乗せる気はないようだった 941 01:21:44,910 --> 01:21:47,880 「そんな言い訳は耳にタコが出来るほど聞いてるんだ」 942 01:21:47,900 --> 01:21:50,560 と男は疲れきった声で答えた 943 01:21:51,530 --> 01:21:56,610 「料金のかわりに作り話をしてくれたって、おれの観覧車には乗せてやれないよ」 944 01:21:57,150 --> 01:21:59,330 「チケットがないならゴンドラから降りてくれ」 945 01:21:59,920 --> 01:22:05,720 「乗るにはチケットが必要だと決まってるしチケットがないならおれの観覧車から降りてくれ」 946 01:22:06,890 --> 01:22:09,360 おれはチケットを買う金もなかったが 947 01:22:09,690 --> 01:22:14,800 この野郎が「おれの観覧車」「おれの観覧車」と繰り返すのが気にくわなかった 948 01:22:16,170 --> 01:22:17,820 この観覧車は手前のものか? 949 01:22:18,380 --> 01:22:20,940 手前がこのくそったれ観覧車の持ち主で 950 01:22:21,330 --> 01:22:23,690 家へ連れて帰って一緒に寝るのかときいてるんだ 951 01:22:24,360 --> 01:22:26,520 この観覧車は手前の女房か 952 01:22:31,960 --> 01:22:36,680 観覧車に同乗した「縫いぐるみの鼠男」がすなわち「おれ」であり 953 01:22:37,010 --> 01:22:41,200 「フランクフルトの辰」と呼ばれた立喰師であることは明らかである 954 01:22:42,400 --> 01:22:47,990 ドッペルゲンガーは常に真実を告げる、という虚構の約束事を踏襲するならば 955 01:22:48,450 --> 01:22:53,550 フランクフルトの辰がディズニーランドでゴトを為してフクロ叩きにされることもなく 956 01:22:54,060 --> 01:23:00,940 現実を生きる多くの人々と同様に「苔を生やさぬために」縫いぐるみの皮を被ったことになる 957 01:23:02,160 --> 01:23:03,060 がしかし 958 01:23:03,560 --> 01:23:06,380 事実関係はいま少し劇的であり 959 01:23:06,680 --> 01:23:10,220 そして遺憾ながらきわめて散文的であった 960 01:23:11,780 --> 01:23:14,020 小説が発表されてから数年後 961 01:23:14,280 --> 01:23:18,480 東京ディズニーランドに現われた住所不定姓名不詳の男が 962 01:23:18,650 --> 01:23:23,740 突然懐からフランクフルトソーセージを取り出して歩き喰いを始め 963 01:23:23,960 --> 01:23:26,710 これを制止しようとした係員と乱闘を演じた末に 964 01:23:26,930 --> 01:23:32,020 取り押さえられた旨の記事が首都圏地方版に掲載された 965 01:23:34,070 --> 01:23:41,100 この男が立喰師フランクフルトの辰か否か、いまとなっては確かめる術もないが 966 01:23:41,510 --> 01:23:46,200 注目すべきはその示威行動がなんらゴトと呼ぶに値しない 967 01:23:46,530 --> 01:23:48,540 まさに「示威行為」そのものであり 968 01:23:48,920 --> 01:23:53,370 しかもその実行が小説発表後であったという事実である 969 01:23:54,450 --> 01:24:03,260 我々はその事実に「現実が虚構を模倣する」といったレトリックに留まらぬ、痛切な思いを禁じることができない 970 01:24:04,890 --> 01:24:14,920 かつて脱戦後的消費行動と戦後的立喰い衝動がせめぎ合う二重価値の場であった遊園地も、いまはその殆どが廃園と化し 971 01:24:15,480 --> 01:24:25,370 戦後なるものの終焉とともに立喰師の拠るべきルサンチマンが永遠に喪われたことを認めざるを得ないのである 972 01:24:29,070 --> 01:24:31,040 やあ母さん、おれだよ 973 01:24:31,580 --> 01:24:33,290 もしもし、誰だい 974 01:24:33,950 --> 01:24:34,610 おれだってば 975 01:24:35,700 --> 01:24:38,220 まさかあたしの息子じゃないだろうね 976 01:24:39,750 --> 01:24:40,390 おれだよ 977 01:24:41,330 --> 01:24:43,530 あたしの息子の声みたいだ 978 01:24:44,830 --> 01:24:47,210 でももしまだ立喰いなんぞやってるようなら 979 01:24:47,370 --> 01:24:50,400 恥ずかしくてあたしに電話なんかできる筈がないさ 980 01:24:51,260 --> 01:24:54,140 まだいくらか自尊心てものが残ってるんだから 981 01:24:55,550 --> 01:24:56,110 それでも 982 01:24:56,120 --> 01:24:58,680 もしこの声があたしの息子だとしたら 983 01:24:59,070 --> 01:25:02,180 立喰いなんてバカはやめて立派に就職して 984 01:25:02,440 --> 01:25:06,010 胸を張って歩ける勤労者になったってことだろうね 985 01:25:06,890 --> 01:25:08,940 すまないと思ってるよ、母さん 986 01:25:09,640 --> 01:25:12,280 すまないと思ってることは知ってるよ 987 01:25:13,450 --> 01:25:14,070 でもさ 988 01:25:14,740 --> 01:25:16,830 なんでお前は立喰いなんかしてるんだい 989 01:25:18,160 --> 01:25:22,170 あたしは小説や映画に出てくる立喰師なんていうのが嫌いなんだ 990 01:25:23,280 --> 01:25:24,200 こわいんだよ 991 01:25:25,310 --> 01:25:27,160 ほんとの話じゃないんだよ、かあさん 992 01:25:27,480 --> 01:25:31,630 ならなんであんな話を本屋で売ったり映画にしたりするのさ 993 01:25:33,290 --> 01:25:40,190 人は立喰いの話や立喰いで身を滅ぼす立喰師の物語を読みたがるものなんだ、とは言えなかった 994 01:25:41,250 --> 01:25:46,650 「おまえ……」とおふくろは必ずそう言ってから長い間をとる 995 01:25:47,520 --> 01:25:50,050 「……なぜ立喰いなんかやってるんだい」 996 01:26:28,350 --> 01:26:30,610 まるでインド人のような 997 01:26:30,610 --> 01:26:32,780 インド人にしか見えぬ 998 01:26:32,780 --> 01:26:35,100 それでいて絶対にインド人ではあり得ない 999 01:26:35,240 --> 01:26:42,820 強いて言うなら国籍不明のインド人としか形容し得ぬまさしく異貌であった 1000 01:26:50,250 --> 01:26:55,200 昭和六十年代初頭はスーパーマリオを名乗る二人組が 1001 01:26:55,210 --> 01:27:02,290 雪印乳業の製品に毒薬を混入すると脅迫して一千万円を要求する事件に始まり 1002 01:27:02,890 --> 01:27:07,280 各地でドラクエ3強奪事件が頻発 1003 01:27:08,770 --> 01:27:10,410 その一方で 1004 01:27:10,410 --> 01:27:14,270 「ドラえもんは交通事故で植物人間になったのび太の見る夢」 1005 01:27:14,480 --> 01:27:19,180 「サザエさん一家は最終回に飛行機事故で海に墜落して全員死亡する」等の 1006 01:27:19,180 --> 01:27:20,780 テレビネタのデマや 1007 01:27:20,950 --> 01:27:24,080 「ピアス穴から出た白い糸を引っ張って失明した」等の 1008 01:27:24,080 --> 01:27:27,660 新たな都市伝説が登場した時代でもあった 1009 01:27:29,660 --> 01:27:34,460 戦後の経済復興期に様々な思想的営為を重ねつつ 1010 01:27:34,460 --> 01:27:37,010 高度経済成長の実現によって 1011 01:27:37,180 --> 01:27:40,670 その存立基盤の危機に置かれた立喰師たちが 1012 01:27:40,740 --> 01:27:44,740 新たな主題たるファーストフードとの闘争へ至って 1013 01:27:44,770 --> 01:27:49,260 遂にはテロリズムを体現するに至って自己解体を遂げる 1014 01:27:49,260 --> 01:27:53,100 いわば戦後の最終過程としてのこの時代に 1015 01:27:53,310 --> 01:28:00,320 それは戦後日本の彼方アジアからの帰還者による逆襲という形で登場した 1016 01:28:02,110 --> 01:28:08,620 当時カレースタンドチェーンの経営者の間に急速な広がりを見せた伝説 1017 01:28:08,830 --> 01:28:13,170 「カレー屋のインド人」がそれである 1018 01:28:14,560 --> 01:28:20,690 紺野敏による『黒い求道者』は氏の幅広いビブリオグラフィーの中にあっても 1019 01:28:20,690 --> 01:28:22,930 一際異彩の放つ作品である 1020 01:28:24,000 --> 01:28:27,510 氏はその増補改訂版の後書きに於いて 1021 01:28:27,510 --> 01:28:32,130 都市伝説の成立に関して、次のように記している 1022 01:28:32,810 --> 01:28:37,860 都市伝説における「新しさ」は常に相対的なものでしかない 1023 01:28:37,860 --> 01:28:44,020 現代の口述の伝承には、常に都市そのものがおかれた時代のバイアスがかかっているし 1024 01:28:44,020 --> 01:28:46,820 都市伝説に見られる一連のテーマは 1025 01:28:46,820 --> 01:28:53,780 時代に添って変化してゆく人々の識域下の欲望の簡単なインデックスと考えることができる 1026 01:28:53,780 --> 01:29:00,400 たとえばアメリカにおける「消えるヒッチハイカー」や「女たらしのポルシェ」などは 1027 01:29:00,400 --> 01:29:07,210 自動車愛好社会の社会的影響を不安や願望の形で表現した都市伝説に他ならない 1028 01:29:07,990 --> 01:29:11,140 「下水溝のワニ」は都市システムヘの恐怖 1029 01:29:11,140 --> 01:29:15,510 「輸入された毛布の中の蛇」は外国人への罪の意識 1030 01:29:17,270 --> 01:29:24,370 「ケンタッキー フライドラット」や「チキンサラダの中のネズミの骨」のような食品内異物伝説は 1031 01:29:24,370 --> 01:29:28,480 都市食品流通システムヘの根源的な不信感と 1032 01:29:28,480 --> 01:29:33,500 都市における禁忌動物の象徴たる醤歯類への嫌悪感を 1033 01:29:33,500 --> 01:29:37,080 その根源に求めることが可能であると思われる 1034 01:29:37,290 --> 01:29:44,740 これを、立喰師に関する口述伝承に則して、ファーストフードというシステムそのものへ不信の表明であり 1035 01:29:44,740 --> 01:29:49,750 「『説明』によって癒されることのない身体的次元における不整合を 1036 01:29:49,750 --> 01:29:57,270 立喰師という仮構の身体によって補填し、修復しようとする試み」であるとすることも可能であろう 1037 01:29:57,440 --> 01:30:04,240 がしかし、伝説は不安を癒すとともに、新たな不安をも生み出すである 1038 01:30:11,370 --> 01:30:14,560 店主はもちろん、チキンのルウを選んでいた 1039 01:30:14,620 --> 01:30:16,860 かりにもカレーの主人である 1040 01:30:17,000 --> 01:30:21,250 インド人らしき男にビーフカレーを出すほど非常識ではなく 1041 01:30:21,250 --> 01:30:23,620 まさかイスラム教徒ではあるまいが 1042 01:30:23,620 --> 01:30:28,400 万が一を考えればポークを出すリスクも避けねばならなかった 1043 01:30:30,500 --> 01:30:37,220 男はカウンターに置かれた福神漬け、ラッキョウの類には目もくれず食い始めた 1044 01:30:37,230 --> 01:30:43,940 インド人のような、インド人にしか見えぬ、インド人そのものである男は捏ねては運び 1045 01:30:43,940 --> 01:30:51,600 咀嚼しては捏ね、そしてまた 咀嚼を繰り返し、大皿の上の全てを胃の腑に収めた 1046 01:30:52,980 --> 01:30:55,010 チュカラ 1047 01:30:58,540 --> 01:31:02,460 チュカラチュカラチュカラチュカラ 1048 01:31:02,460 --> 01:31:07,760 チュカラ、と男は奇妙な発音を繰り返した 1049 01:31:07,970 --> 01:31:13,050 インド的憂愁とでもいうべき深い輝きを浮かべて見開かれていた眸に 1050 01:31:13,050 --> 01:31:15,150 これが中辛なのか—— 1051 01:31:15,150 --> 01:31:19,040 否、これがカレーなのかと問うているようにも見え 1052 01:31:19,100 --> 01:31:22,020 品田は当惑した 1053 01:31:22,230 --> 01:31:26,740 こんな場所でインド人で、インド人にしか見えぬ客を前に 1054 01:31:26,740 --> 01:31:31,410 日本製のカレーを代表する立場に追い込まれる謂われもない 1055 01:31:31,610 --> 01:31:35,870 がしかし、例のインド的憂愁を浮かべた目 1056 01:31:36,040 --> 01:31:41,530 数千年のカレーの歴史を背負った眸が店主を捉えて離さなかった 1057 01:31:41,920 --> 01:31:44,800 「辛いやつも試してみやすかい」 1058 01:31:47,460 --> 01:31:52,210 店主は己の運命に復讐するかのように攪拌しつつ 1059 01:31:52,210 --> 01:31:55,930 チュカラチュカラと呪文のように唱えた 1060 01:31:57,100 --> 01:31:59,830 ローマ人は味と色は論じない 1061 01:31:59,830 --> 01:32:05,240 つまり味覚と色彩を論じることの無駄を承知していたと伝えられているが 1062 01:32:05,240 --> 01:32:11,230 この謎のインド人もまた、ひたすら指で捏ね、運び、 咀嚼するのみで 1063 01:32:11,230 --> 01:32:15,570 例のチュカラ以外の言葉を口にする気配がなかった 1064 01:32:15,780 --> 01:32:18,950 日本語を解するかどうかすら判らない 1065 01:32:18,950 --> 01:32:22,040 いや店に入ってきてからの挙動からするなら 1066 01:32:22,040 --> 01:32:25,660 間違いなく解さないであろう男との会話は 1067 01:32:25,660 --> 01:32:28,610 店主がインドが駄目なカレー屋である以上 1068 01:32:28,610 --> 01:32:34,010 香辛料による味覚体験の実践以外にあり得なかった 1069 01:32:34,180 --> 01:32:39,460 仮にインドもそれなりなどという奇跡のような状況があったにせよ 1070 01:32:39,560 --> 01:32:44,540 何しろインド亜大陸には六百からの言語が存在するのだから 1071 01:32:44,650 --> 01:32:50,250 男の側にその意志がなければ対話なるものが成立するわけもない 1072 01:32:51,650 --> 01:32:55,280 男は辛いとも満足したとも語らず 1073 01:32:55,490 --> 01:32:58,880 インド的憂愁を漂わせながら喰いつづけ 1074 01:32:58,880 --> 01:33:02,870 いまやインド人以上のインド人と化した男を前に 1075 01:33:03,080 --> 01:33:08,690 店内の全ての者たちが深い感銘を受けて立ち尽くしていた 1076 01:33:09,850 --> 01:33:11,640 チュカラ 1077 01:33:13,100 --> 01:33:22,360 国籍不明のインド人こと、立喰師「中辛のサブ」のゴトはその人相 風体を武器とした点こそ 1078 01:33:22,360 --> 01:33:26,370 その本質が顕在化しているのである 1079 01:33:26,370 --> 01:33:31,210 「中辛のサブ」おけるゴトにおける思想的核心とは何か 1080 01:33:31,280 --> 01:33:35,050 多々良伴内の『暖簾の迷宮』によれば 1081 01:33:35,050 --> 01:33:42,180 「中辛のサブ」こと、河森正三郎は昭和五十年代に頻出したアジア放浪者たちの一人であり 1082 01:33:42,180 --> 01:33:44,530 六十年代に帰国した後 1083 01:33:44,530 --> 01:33:47,540 立喰師に転じたとされている 1084 01:33:48,770 --> 01:33:50,890 その外貌はともかくとして 1085 01:33:51,300 --> 01:33:54,090 彼はまさしく日本人であった 1086 01:33:55,720 --> 01:34:01,410 某私立大学在籍時に、アフリカ 中東 アジア各地を転々 1087 01:34:01,680 --> 01:34:04,530 タンザニアで盲腸の手術を受けた後 1088 01:34:04,530 --> 01:34:07,440 イスラエルのキブツで数ヵ月を過ごし 1089 01:34:07,440 --> 01:34:12,090 陸路をアフガニスタンを経てパキスタンからインドに入り 1090 01:34:12,090 --> 01:34:16,370 東南アジアを渡り歩いた末にバリ島に渡った 1091 01:34:17,780 --> 01:34:20,930 彼が帰国を決意した最大の理由は 1092 01:34:20,930 --> 01:34:26,470 同地で感染した腸チフスに生命の危機を感じたからである、とも言うが 1093 01:34:26,890 --> 01:34:31,450 立喰師となった後も、決して日本名を名乗らず語らず 1094 01:34:32,130 --> 01:34:36,240 放浪によって磨きのかかった風貌を最大限に利用し 1095 01:34:36,640 --> 01:34:42,050 インド人の偽装をもってゴトを重ねつづけたのである 1096 01:34:42,260 --> 01:34:43,260 ちなみに 1097 01:34:43,470 --> 01:34:51,120 高度経済成長期に日本を脱出しアジア アフリカ 中東地域を放浪した若者たちの中には 1098 01:34:51,120 --> 01:34:54,850 アニメスタジオを起こした変り種も存在した 1099 01:34:56,240 --> 01:34:58,720 「中辛のサブ」に関して言えば 1100 01:34:58,850 --> 01:35:08,120 そのゴトの本質は高度経済成長を経て変わり果てた母国の現状へのルサンチマンであったという証拠は存在しないが 1101 01:35:08,330 --> 01:35:15,250 それにしても、何故に中辛なのか、何故にインド人を偽装するのか 1102 01:35:16,300 --> 01:35:24,850 白昼堂々と亡霊のように出現する謎のインド人という物語はその状況の突飛さと同時に 1103 01:35:24,850 --> 01:35:31,950 コミュニケイションの不可能性という特異性によってきわめて強力な衝撃力を持つと考え得る 1104 01:35:33,130 --> 01:35:36,150 「中辛のサブ」の「語らぬゴト」 1105 01:35:36,320 --> 01:35:40,530 異様な風貌と食のみを武器とする特異なゴトは 1106 01:35:40,700 --> 01:35:44,050 さにこの点を巧妙につくものであり 1107 01:35:44,200 --> 01:35:47,040 敢えて話術を放棄することにより 1108 01:35:47,040 --> 01:35:53,290 むしろ店主に対するアドヴァンテージを維持しつづける攻勢の方法論足り得ていた 1109 01:35:53,500 --> 01:36:01,840 彼が先行する立喰師たちの華麗な話術と隔絶した地点で自らのゴトを完成させ 1110 01:36:02,010 --> 01:36:07,250 偽造した自己を新たなる都市伝説に昇華せしめたではなかったか 1111 01:36:09,310 --> 01:36:11,890 「カレー屋にインド人が来るんだそうだ」 1112 01:36:12,100 --> 01:36:16,020 「白い詰襟を着てターバンを巻いた、あのインド人さ」 1113 01:36:16,230 --> 01:36:19,820 「インド人はもちろんビーフカレーなんか注文しやしない」 1114 01:36:20,030 --> 01:36:22,070 「何を注文するのかって?」 1115 01:36:22,280 --> 01:36:26,080 「中辛だよ、甘口でも辛口でもない」 1116 01:36:26,080 --> 01:36:29,120 「豚カツもコロッケも茄で玉子も載せない」 1117 01:36:29,330 --> 01:36:32,290 「福神漬けにもラッキョにも手を出さない」 1118 01:36:32,500 --> 01:36:34,120 「スプーンも使わない」 1119 01:36:34,330 --> 01:36:36,840 「もちろん手で食べるのさ」 1120 01:36:36,920 --> 01:36:39,130 「だってインド人なんだからさ」 1121 01:36:39,340 --> 01:36:42,130 「食べ終わると決まってこう言うのさ」 1122 01:36:42,340 --> 01:36:44,720 「チュカラ、てね」 1123 01:36:44,890 --> 01:36:49,810 「そしてとっても哀しそうな顔でこうも言うんだ」 1124 01:36:50,020 --> 01:36:52,840 「インド人もビックリ、てさ」 1125 01:36:54,520 --> 01:36:57,300 全ての都市伝説がそうであるように 1126 01:36:57,300 --> 01:37:04,200 「カレー屋のインド人」に関する口述伝承もまた、ある時を境にふつつりと消える 1127 01:37:04,410 --> 01:37:07,740 ある者はサブは再びアジアを放浪し 1128 01:37:07,910 --> 01:37:11,870 某国で肝炎を患ってその地に没したと語り 1129 01:37:12,040 --> 01:37:18,130 またある者はカルカッタの路上で喰い歩きをしているサブを見たとも言う 1130 01:37:18,340 --> 01:37:21,420 そもそも中辛のサブなど存在しなかった 1131 01:37:21,630 --> 01:37:28,010 あれは本物のインド人の亡霊だったのだと真面目な顔で語る者もいる 1132 01:37:28,220 --> 01:37:31,170 がしかし、確かなことは 1133 01:37:31,270 --> 01:37:36,100 彼もまた先行する立喰師たちの全てがそうであったように 1134 01:37:36,190 --> 01:37:40,710 小さな店のカウンターで、今後も語りつづけられるであろ 1135 01:37:40,710 --> 01:37:44,000 そのことだけである 1136 01:37:44,630 --> 01:37:46,640 立喰師とは何か 1137 01:37:46,640 --> 01:37:56,330 それは体制の周辺部を漂つ遊民たちによる「戦後なるもの」へ向けた固有の意識と方法によるアプローチであった 1138 01:37:56,540 --> 01:38:02,080 ある者は戦後の荒廃に伝統的情緒たる「景色」の復興を啓蒙し 1139 01:38:02,610 --> 01:38:05,860 またある者は挫折の「風景」を予感し 1140 01:38:05,970 --> 01:38:08,390 破綻を持って自己実現と成し 1141 01:38:08,570 --> 01:38:13,140 そして総括としての「自己否定」を演じてみせた 1142 01:38:13,310 --> 01:38:14,560 時下り 1143 01:38:14,770 --> 01:38:22,160 ファーストフードとの闘争を経て、遂には、自らを都市伝説へと昇華していた一群の者達 1144 01:38:22,650 --> 01:38:28,470 人々は彼らを食文化に炎でその名を刻んだ異端の英雄と讃え 1145 01:38:28,770 --> 01:38:31,840 或は秩序の破壊者として悲嘆し 1146 01:38:32,260 --> 01:38:37,210 甚だしきはその全てが虚構として否もうとする 1147 01:38:37,590 --> 01:38:40,420 がしかし彼らは実在した 1148 01:38:40,630 --> 01:38:43,120 時代が昭和から平成へと移り 1149 01:38:43,340 --> 01:38:47,720 戦後なるものは、歴史の記述の彼方へ忘却されても尚 1150 01:38:47,930 --> 01:38:51,670 人の世の周辺にさすらい続けているのである 1151 01:38:52,720 --> 01:38:57,420 あの孤高の空に舞う猛禽のように 1152 01:39:07,050 --> 01:39:10,060 HEY WHAT ARE YOU DOING 1153 01:39:12,620 --> 01:39:16,380 I AM STANDING ON THE MOON 1154 00:02:06,000 --> 00:02:10,500 銀座新宿神楽坂 すらりと歩いて 1155 00:02:10,600 --> 00:02:16,270 高いヒールがいかす くらりとスウィング 1156 00:02:16,340 --> 00:02:21,690 メランコリックな気分で きめて出かけよう 1157 00:02:21,860 --> 00:02:24,830 さァ おばさんおばさん飛んでけ 1158 00:02:24,860 --> 00:02:27,570 さァ おばさんおばさん捨てちゃえ 1159 00:02:27,690 --> 00:02:30,280 さァ 自慢肥満ほっとけ 1160 00:02:30,340 --> 00:02:33,220 さァ 夢を見ましょうパラダイス 1161 00:02:33,400 --> 00:02:39,500 19だ20だ カモナカモナ 歌え踊ろよ 1162 00:02:39,530 --> 00:02:41,780 妄想 愛憎 無愛想 1163 00:02:41,840 --> 00:02:44,480 映像 回想 高層 改造 1164 00:02:44,510 --> 00:02:47,680 膵臓 正装 東奔西走 1165 00:02:47,730 --> 00:02:50,240 大層 泰三 徒手体操 1166 00:02:50,280 --> 00:02:52,610 放送 重曹 職場闘争 1167 00:02:52,690 --> 00:02:54,260 鳥葬 色相 御辞儀草 1168 00:02:54,290 --> 00:02:55,780 良さそう 固そう 国士無双 1169 00:02:55,820 --> 00:03:01,440 真っ赤なシボレー ぶるんとふかして誘って 1170 00:03:01,480 --> 00:03:07,170 気取ったネクタイしめて ニヒルに笑って 1171 00:03:07,200 --> 00:03:12,620 ハードボイルド気分で さあさ出かけよう 1172 00:03:12,660 --> 00:03:18,370 立川沖縄横須賀 浮き世のドライブ 1173 00:03:18,420 --> 00:03:24,100 肩で風切る夜は ヘッドライトいかす 1174 00:03:24,160 --> 00:03:29,550 ビックリするほどもてるぜ 今夜も出かけよう 1175 00:03:29,570 --> 00:03:32,540 さァ おじさんおじさん飛んでけ 1176 00:03:32,560 --> 00:03:35,360 さァ おじさんおじさん捨てちゃえ 1177 00:03:35,420 --> 00:03:38,180 さァ 競輪年輪忘れて 1178 00:03:38,240 --> 00:03:40,880 さァ なんでんかんでん口伝都電 1179 00:03:40,930 --> 00:03:46,700 年にゃ負けても若いモン負けねえ 走れ騒ごうよ 1180 00:03:46,770 --> 00:03:49,500 さァ おばさんおばさん飛んでけ 1181 00:03:49,560 --> 00:03:52,270 さァ おじさんおじさん捨てちゃえ 1182 00:03:52,350 --> 00:03:55,130 さァ おばさんおばさん飛んでけ 1183 00:03:55,200 --> 00:03:57,920 さァ おじさんおじさん捨てちゃえ 1184 00:03:58,040 --> 00:04:03,400 浮きうき好きずき ギブミギブミ 妄想ブキウギ 1185 00:25:13,480 --> 00:25:26,520 灰色の花びら 夜露に濡れてる 1186 00:25:27,840 --> 00:25:40,490 あいつの帰りを じっと待っていた 1187 00:25:47,260 --> 00:25:55,550 振り返れば悲しい 1188 00:25:47,260 --> 00:25:55,550 振り返れば悲しい 1189 00:25:56,150 --> 00:26:02,320 思い出せば遠い 1190 00:26:03,390 --> 00:26:20,200 あいつの淋しい 瞳に会いたい 1191 01:39:54,490 --> 01:40:06,540 灰色の花びら 夜露に濡れてる 1192 01:40:08,120 --> 01:40:20,270 あいつの帰りを じっと待っていた 1193 01:40:23,680 --> 01:40:31,840 振り返れば悲しい 1194 01:40:32,540 --> 01:40:38,600 思い出せば遠い 1195 01:40:39,640 --> 01:40:55,210 あいつの淋しい 瞳に会いたい 1196 01:41:13,310 --> 01:41:25,310 線路の向こうに きれいな月が咲く 1197 01:41:27,070 --> 01:41:39,360 汚れた足音 私を追い越した 1198 01:41:42,520 --> 01:41:50,700 恋すれば儚い 1199 01:41:51,380 --> 01:41:57,510 愛すれば辛い 1200 01:41:58,520 --> 01:42:14,060 あいつの夢だけ かなえてやりたい 1201 01:42:28,790 --> 01:42:40,740 私が死んだら あいつは泣くだろか 1202 01:42:42,420 --> 01:42:55,040 リリーの面影 見つかったろうか 1203 01:42:57,970 --> 01:43:06,080 振り返れば悲しい 1204 01:43:06,880 --> 01:43:12,770 思い出せば遠い 1205 01:43:13,390 --> 01:43:29,030 不器用なあいつは 灰色の花びら 1206 01:43:30,790 --> 01:43:42,030 灰色の花びら