1 00:00:05,105 --> 00:00:07,140 (ノック) 2 00:00:07,140 --> 00:00:09,476 (神嶋)失礼します。 (ドアの開く音) 3 00:00:09,476 --> 00:00:12,312 (神嶋)会長! (美和)おじいちゃん! 4 00:00:12,312 --> 00:00:15,616 (泰三)ん… おそ~い! 5 00:00:15,616 --> 00:00:19,686 総支配人から 役員一同 とっくに見舞いに来たぞ。 6 00:00:19,686 --> 00:00:21,788 私たちも飛んできたのよ。 7 00:00:21,788 --> 00:00:24,791 急に倒れられたと お聞きしましたが…。 8 00:00:24,791 --> 00:00:28,962 なぁに 一時的な貧血で クラっときただけだ。 9 00:00:28,962 --> 00:00:31,465 このとおり ピンピンしとる。 10 00:00:31,465 --> 00:00:34,268 よかった。 安心したなら➡ 11 00:00:34,268 --> 00:00:36,436 早く帰って仕事しろ。 12 00:00:36,436 --> 00:00:40,307 もう 来るのが遅いって言ったり 帰れって言ったり。 13 00:00:40,307 --> 00:00:43,110 心配して損した。 (由香利)あの➡ 14 00:00:43,110 --> 00:00:45,312 さっき おじいちゃんって…。 15 00:00:45,312 --> 00:00:48,282 先輩は 会長と どういう…。 孫よ。 16 00:00:48,282 --> 00:00:50,784 えぇっ!? 言ってなかったっけ? 17 00:00:50,784 --> 00:00:54,221 聞いてないです! 騒いでないで帰るぞ。 18 00:00:54,221 --> 00:00:56,957 (神嶋)会長 失礼します。 じゃあ おじいちゃん➡ 19 00:00:56,957 --> 00:01:01,128 ゆっくり休んでね。 おう。 20 00:01:01,128 --> 00:01:07,134 (西沢)会長 佐々倉溜は 来るでしょうか。 21 00:01:07,134 --> 00:01:09,536 やれることは やった。 22 00:01:09,536 --> 00:01:12,739 あとは彼の気持ち一つ だな。 23 00:03:11,458 --> 00:03:16,063 もう… ゴミかしら。 24 00:03:16,063 --> 00:03:19,900 えっ? 25 00:03:19,900 --> 00:03:24,738 黒沢先生 こちらのホテルには もう なじまれましたか? 26 00:03:24,738 --> 00:03:26,907 執筆の調子は どうです? 27 00:03:26,907 --> 00:03:30,610 受賞後 第一作目は 作家の本当の評価が➡ 28 00:03:30,610 --> 00:03:33,780 決まるだなんて 言われますからねぇ。 29 00:03:33,780 --> 00:03:37,150 (黒沢)申し訳ない。 なかなか上がらなくて。 30 00:03:37,150 --> 00:03:41,188 黒沢先生 新人は スピードですよ スピード。 31 00:03:41,188 --> 00:03:44,091 話題性があるうちに 次回作を出さないと。 32 00:03:44,091 --> 00:03:47,627 わかってる。 構想は もう できてるんですよね。 33 00:03:47,627 --> 00:03:49,629 結末が まだ…。 34 00:03:49,629 --> 00:03:54,067 書き始めては いるんですよね。 35 00:03:54,067 --> 00:03:56,436 あぁ。 なら タイトルだけでも➡ 36 00:03:56,436 --> 00:03:59,439 先に もらえませんか? 広告用の予告➡ 37 00:03:59,439 --> 00:04:03,610 打たなきゃならないもんで。 タイトルは➡ 38 00:04:03,610 --> 00:04:06,480 『遺書』。 へぇ。 39 00:04:06,480 --> 00:04:11,084 ちょっと暗いけど 意外性があって いいかもしれませんね。 40 00:04:11,084 --> 00:04:15,288 じゃ 原稿のほうは なんとか来週までに。 41 00:04:15,288 --> 00:04:18,458 原稿用紙に 「遺書」ねぇ。 42 00:04:18,458 --> 00:04:22,963 はい。 私 心配になってしまって…。 43 00:04:22,963 --> 00:04:27,968 (京子)1125号室の黒沢様なら よく お見えになりますよ。 44 00:04:27,968 --> 00:04:31,772 ホテルに缶詰めだから その息抜きにと おっしゃって。 45 00:04:31,772 --> 00:04:33,774 缶詰め? 宿に籠もって➡ 46 00:04:33,774 --> 00:04:37,277 原稿を書いたりするのを そう言うんだよ。 47 00:04:37,277 --> 00:04:40,447 ということは 小説家さんなんですか? 48 00:04:40,447 --> 00:04:44,951 黒沢純一郎といえば 今年のミステリー大賞を受賞して➡ 49 00:04:44,951 --> 00:04:47,754 一躍 時の人になった作家先生よ。 50 00:04:47,754 --> 00:04:51,458 そうなんですか。 すみません 早とちりして。 51 00:04:51,458 --> 00:04:54,294 いや 間違った判断ではないだろう。 52 00:04:54,294 --> 00:04:56,930 ご苦労だった。 黒沢様は➡ 53 00:04:56,930 --> 00:04:59,866 どのくらい ラウンジバーに いらっしゃるの? 54 00:04:59,866 --> 00:05:01,935 毎日です。 毎日? 55 00:05:01,935 --> 00:05:04,137 えぇ。 ここで飲んでから➡ 56 00:05:04,137 --> 00:05:07,040 毎晩 あちこち 街場のバーを飲み歩くのが➡ 57 00:05:07,040 --> 00:05:09,209 日課みたいで。 58 00:05:19,452 --> 00:05:22,422 佐々倉さんは 読書って しますか? 59 00:05:22,422 --> 00:05:24,424 (溜)えぇ それなりに。 60 00:05:24,424 --> 00:05:26,960 図書館で借りる専門ですけど。 61 00:05:26,960 --> 00:05:32,265 そういえば 最初に会ったときも 図書館の本 持ってましたね。 62 00:05:32,265 --> 00:05:34,568 あぁ そうでしたね。 63 00:05:34,568 --> 00:05:37,437 その節は お手数をおかけしました。 64 00:05:37,437 --> 00:05:40,807 いろんな本を読んでおくと お客様との会話のきっかけにも➡ 65 00:05:40,807 --> 00:05:43,410 なりますし 話題になったものは➡ 66 00:05:43,410 --> 00:05:46,079 一とおり 目を通すようにしています。 67 00:05:46,079 --> 00:05:51,585 最近 読んだ中では 黒沢純一郎が おもしろかったですね。 68 00:05:51,585 --> 00:05:54,421 作家になる前は 会社員だったそうで➡ 69 00:05:54,421 --> 00:05:57,791 その経験が 受賞作にも 生かされていました。 70 00:05:57,791 --> 00:06:02,329 っと… すみません。 一人で しゃべってしまいました。 71 00:06:02,329 --> 00:06:04,297 何か あったんですか? 72 00:06:07,267 --> 00:06:09,302 なるほど。 73 00:06:09,302 --> 00:06:11,471 遺書 ですか…。 74 00:06:14,474 --> 00:06:17,444 小説家の先生だし きっと➡ 75 00:06:17,444 --> 00:06:20,247 書きかけの 原稿なんだと思うけど…。 76 00:06:24,117 --> 00:06:27,120 嫌ですよね こういう話 するの…。 77 00:06:29,122 --> 00:06:32,125 でも なんだか 気になって…。 78 00:06:42,702 --> 00:06:45,772 ん… おっと。 79 00:06:45,772 --> 00:06:50,810 いらっしゃいませ。 お好きな席へ どうぞ。 80 00:06:50,810 --> 00:06:53,013 あぁ。 81 00:06:56,950 --> 00:06:59,953 考え事をしながら歩いていたら➡ 82 00:06:59,953 --> 00:07:02,455 ビルの地下から 明かりが見えてね。 83 00:07:06,126 --> 00:07:10,597 《毎晩 飲み歩いてるというのは 本当だったのね。 84 00:07:10,597 --> 00:07:13,933 でも 酔っ払っては いないみたいだけど…》 85 00:07:13,933 --> 00:07:18,305 最初は ウォッカベースで 一杯もらおうか。 86 00:07:18,305 --> 00:07:20,874 申し訳ありません。 87 00:07:20,874 --> 00:07:24,144 本日 お客様に お出しできるお酒は➡ 88 00:07:24,144 --> 00:07:26,212 このバーには ございません。 89 00:07:28,281 --> 00:07:31,584 と… 申し上げたら どうします? 90 00:07:31,584 --> 00:07:34,254 フッ… じゃあ教えてくれよ。 91 00:07:34,254 --> 00:07:37,590 酒がなかったら 男は何を飲めばいい? 92 00:07:37,590 --> 00:07:41,594 仕事に 人生に絶望したとき。 93 00:07:41,594 --> 00:07:44,464 お客様は 人の いちばん大切な仕事が➡ 94 00:07:44,464 --> 00:07:48,568 何か ご存じですか? ん? そうだな…。 95 00:07:48,568 --> 00:07:53,106 偽善家なら 「世の中の役に立つ」と 答えるだろう。 96 00:07:53,106 --> 00:07:56,409 露悪趣味なら 「金のため」と開き直る。 97 00:07:56,409 --> 00:07:58,545 有名になって 世界中の女を抱くのも➡ 98 00:07:58,545 --> 00:08:02,082 いいかもしれない。 全部 違います。 99 00:08:02,082 --> 00:08:04,084 どれも どうでもいいことばかり。 100 00:08:04,084 --> 00:08:06,186 そうかい。 えぇ。 101 00:08:08,488 --> 00:08:11,257 人の いちばん大切な仕事。 102 00:08:11,257 --> 00:08:13,226 それは➡ 103 00:08:13,226 --> 00:08:17,163 ただ生きること。 生き続けること。 104 00:08:17,163 --> 00:08:20,734 バーの すべての酒は そのためだけにあります。 105 00:08:20,734 --> 00:08:23,903 人には死ぬ権利なんてありません。 106 00:08:23,903 --> 00:08:28,341 自分の命は 自分のものなんかじゃ ありませんから。 107 00:08:28,341 --> 00:08:31,578 親兄弟や 家族のものだとでも? 108 00:08:31,578 --> 00:08:34,581 時には バーテンダーのものでもあります。 109 00:08:40,587 --> 00:08:43,256 ふぅん。 110 00:08:43,256 --> 00:08:46,092 《やっぱり 佐々倉さんも➡ 111 00:08:46,092 --> 00:08:49,996 普通じゃないと 気になってるんだ》 112 00:08:49,996 --> 00:08:52,399 ⦅北方:自殺を考える男が➡ 113 00:08:52,399 --> 00:08:56,102 最後に話し相手に選ぶ人間が 2人いる。 114 00:08:56,102 --> 00:08:58,238 一人は 牧師さん。 115 00:08:58,238 --> 00:09:01,241 もう一人は…。 バーテンダー⦆ 116 00:09:04,944 --> 00:09:10,417 バーナード・ショーによれば 人生には 2つの悲劇があるそうだ。 117 00:09:10,417 --> 00:09:13,420 一つは願いが達せられないこと。 118 00:09:13,420 --> 00:09:16,256 もう一つは それが達せられること。 119 00:09:16,256 --> 00:09:19,893 願いが達せられれば 別の悲劇が生まれる。 120 00:09:19,893 --> 00:09:23,096 それを あのころは知らなかった。 121 00:09:23,096 --> 00:09:27,233 (黒沢)無能な上司に 頭を下げる 屈辱的な毎日も➡ 122 00:09:27,233 --> 00:09:30,403 自宅で 原稿用紙に 向かっているときだけは➡ 123 00:09:30,403 --> 00:09:33,273 すべてを忘れて夢中になれた。 124 00:09:33,273 --> 00:09:36,309 あのころは よかった。 お客様は➡ 125 00:09:36,309 --> 00:09:39,379 プロと アマチュアの違いを ご存じですか? 126 00:09:39,379 --> 00:09:42,282 ん… いいや。 昔 失敗して➡ 127 00:09:42,282 --> 00:09:46,786 落ち込んでいるとき 師匠に言われたことがあります。 128 00:09:46,786 --> 00:09:49,956 ⦅加瀬:溜 プロになることは簡単だよ。 129 00:09:49,956 --> 00:09:53,960 (加瀬)本当に難しいのは プロであり続けることなんだ。 130 00:09:53,960 --> 00:09:56,963 プロであり続ける? そう。 131 00:09:56,963 --> 00:10:00,667 これを飲んでみるといい。 そのための一杯です⦆ 132 00:10:04,471 --> 00:10:08,107 その一杯を飲んで プロであり続けること➡ 133 00:10:08,107 --> 00:10:12,111 その意味が やっと わかりました。 134 00:10:12,111 --> 00:10:15,482 へぇ。 興味をそそるね。 135 00:10:15,482 --> 00:10:18,618 プロであり続けるとは どういうことだい? 136 00:10:18,618 --> 00:10:22,155 お飲みになれば きっと わかるはずです。 137 00:10:22,155 --> 00:10:25,024 いいね。 君の師匠が そのとき➡ 138 00:10:25,024 --> 00:10:28,027 どんなカクテルを出したのか 飲ませてもらおう。 139 00:10:49,616 --> 00:10:52,986 どうぞ スレッジハンマーです。 140 00:10:52,986 --> 00:10:54,954 大仰な名前だが…。 141 00:10:58,625 --> 00:11:01,928 口当たりは優しいが ガツンと強い。 142 00:11:01,928 --> 00:11:04,464 確かに ハンマーだ。 143 00:11:04,464 --> 00:11:08,434 スレッジハンマーとは 両手で持って 思い切り振り下ろす➡ 144 00:11:08,434 --> 00:11:12,939 大づちのことです。 壁は自分の力で打ち砕け。 145 00:11:12,939 --> 00:11:15,608 それが プロであり続けるということ。 146 00:11:15,608 --> 00:11:18,978 師匠は そう 言いたかったんだと思います。 147 00:11:18,978 --> 00:11:22,582 なら この氷は 壁の残骸ってわけか。 148 00:11:22,582 --> 00:11:26,419 しかし どうして 君は 俺が壁に突き当たってるなんて➡ 149 00:11:26,419 --> 00:11:31,291 思ったんだい? 歩き方です。 150 00:11:31,291 --> 00:11:36,129 バーテンダーは お客様が店に入って カウンターにつくまでの数歩で➡ 151 00:11:36,129 --> 00:11:38,431 いろいろな情報を得ます。 152 00:11:38,431 --> 00:11:40,466 酔っているならいいのです。 153 00:11:40,466 --> 00:11:43,069 でも 酒も飲んでいないのに➡ 154 00:11:43,069 --> 00:11:46,773 まっすぐ歩けないお客様は 危険です。 155 00:11:46,773 --> 00:11:50,944 危険か…。 見てきたようなことを言うね。 156 00:11:50,944 --> 00:11:52,946 君自身の経験かな? 157 00:11:56,449 --> 00:11:59,118 アナトール・フランスは こう言っています。 158 00:11:59,118 --> 00:12:02,288 「死ぬとは とても手間のかかるもの」。 159 00:12:02,288 --> 00:12:06,626 同じ手間がかかるなら 生きたほうがいいと。 160 00:12:06,626 --> 00:12:10,797 ずいぶん おせっかいだな バーテンダーってのは。 161 00:12:10,797 --> 00:12:14,968 私の生き方 ですから。 162 00:12:14,968 --> 00:12:17,437 大切な仕事 か…。 163 00:12:22,609 --> 00:12:27,447 ハァ… 次の作品 書けそうな気がしてきたよ。 164 00:12:27,447 --> 00:12:29,749 とりあえずは➡ 165 00:12:29,749 --> 00:12:34,087 生意気で 説教臭くて おせっかいなバーテンダーを…。 166 00:12:34,087 --> 00:12:37,724 バーン。 殺す話だな。 167 00:12:37,724 --> 00:12:41,060 完成したら最初に読ませてやる。 168 00:12:41,060 --> 00:12:43,930 はい。 楽しみにしております。 169 00:12:43,930 --> 00:12:46,933 スレッジハンマー とてもおいしかった。 170 00:12:46,933 --> 00:12:51,004 ガツンと背中を殴られた気がするよ。 171 00:12:51,004 --> 00:12:53,740 1文字も書けなくなった俺は➡ 172 00:12:53,740 --> 00:12:57,110 暗闇の中を歩いていた。 173 00:12:57,110 --> 00:12:59,679 (黒沢)イーデンホール…。 174 00:12:59,679 --> 00:13:03,583 死のふちを さまよっていた 孤独な俺の魂は➡ 175 00:13:03,583 --> 00:13:07,754 この地下の楽園で救われたんだ。 176 00:13:07,754 --> 00:13:10,590 また来るよ。 177 00:13:10,590 --> 00:13:14,127 ありがとうございました。 178 00:13:14,127 --> 00:13:16,229 よかったですね。 179 00:13:20,566 --> 00:13:26,439 神のグラスが お客様の魂を救ったんです。 180 00:13:26,439 --> 00:13:29,609 今度こそ 佐々倉さんの一杯が…。 181 00:13:35,915 --> 00:13:38,117 ありがとう。 182 00:13:48,895 --> 00:13:52,265 (泰三)休みは 図書館の本で読書か。 183 00:13:52,265 --> 00:13:55,335 感心なバーテンダーじゃな。 184 00:13:55,335 --> 00:13:57,537 バーテンダーは安月給なので➡ 185 00:13:57,537 --> 00:14:00,907 金のかかる遊びが できないだけですよ。 186 00:14:00,907 --> 00:14:05,211 お体の具合は いかがですか? 病人扱いするな。 187 00:14:05,211 --> 00:14:09,615 これは失礼しました。 思えば➡ 188 00:14:09,615 --> 00:14:13,386 君と こうやって 並んで話すのは初めてか。 189 00:14:13,386 --> 00:14:17,390 いつもは イーデンホールで 顔を突き合わせていたからな。 190 00:14:17,390 --> 00:14:22,295 そうですね。 どうだ この機会に ワシと一杯。 191 00:14:22,295 --> 00:14:26,733 では どこかの店に…。 フン その必要はない。 192 00:14:26,733 --> 00:14:29,402 ん? ワシが飲ませてやる。 193 00:14:32,739 --> 00:14:36,142 イギリス貴族の遊び心だな。 194 00:14:36,142 --> 00:14:38,544 猟に行って 撃ち落とした獲物を前に➡ 195 00:14:38,544 --> 00:14:41,547 乾杯したそうだ。 ほれ。 196 00:14:41,547 --> 00:14:44,350 中身は ブランデーじゃ。 どうも。 197 00:14:46,452 --> 00:14:49,055 乾杯。 198 00:14:49,055 --> 00:14:51,224 バーには…。 ん? 199 00:14:51,224 --> 00:14:54,727 どんなに腕のいいバーテンダーでも 作ることができないものが➡ 200 00:14:54,727 --> 00:14:57,730 2つ あります。 ご存じですか? 201 00:14:57,730 --> 00:15:00,967 ん? なぞなぞか? はい。 202 00:15:00,967 --> 00:15:02,935 一つは このカクテルです。 203 00:15:06,839 --> 00:15:10,076 どうぞ。 ニコラシカ。 204 00:15:10,076 --> 00:15:13,746 ロシア最後の皇帝 ニコライ二世の愛称です。 205 00:15:13,746 --> 00:15:16,649 皇帝の帽子の形から 名付けられたとも➡ 206 00:15:16,649 --> 00:15:19,418 皇帝が どこでも ブランデーを 手放さなかったからとも➡ 207 00:15:19,418 --> 00:15:23,790 言われています。 これは どうやって飲むんだ? 208 00:15:23,790 --> 00:15:27,360 レモンを 砂糖ごと 二つに折って 口に入れて➡ 209 00:15:27,360 --> 00:15:29,729 そこに ブランデーを流し込みます。 210 00:15:29,729 --> 00:15:32,732 口の中で作る サイドカーというわけです。 211 00:15:32,732 --> 00:15:35,902 なるほど。 口の中で調合するんじゃ➡ 212 00:15:35,902 --> 00:15:38,404 バーテンダーは手を出せないな。 213 00:15:42,842 --> 00:15:46,212 うむ… 夜のバーで飲むカクテルとは➡ 214 00:15:46,212 --> 00:15:49,749 まったく違う味だな。 215 00:15:49,749 --> 00:15:55,655 それで バーテンダーが作れない もう一つのものとは? 216 00:15:55,655 --> 00:16:00,259 お客様 一人一人が刻んだ 思い出です。 217 00:16:00,259 --> 00:16:02,929 いろんなお酒を出しました。 218 00:16:02,929 --> 00:16:07,934 お客様にとっての 最高の一杯をと思って…。 219 00:16:07,934 --> 00:16:11,437 バーに刻まれた思い出は 同時に➡ 220 00:16:11,437 --> 00:16:14,574 バーの歴史でもあります。 221 00:16:14,574 --> 00:16:20,279 バーに行けば いつでも 昔の自分に会える か…。 222 00:16:20,279 --> 00:16:22,748 はい。 それが➡ 223 00:16:22,748 --> 00:16:25,284 うちのホテルに来る条件かね? 224 00:16:25,284 --> 00:16:28,154 いえ お願いです。 ふむ…。 225 00:16:32,925 --> 00:16:35,628 ついてこい。 えっ? 226 00:16:42,935 --> 00:16:46,105 (泰三)待たせたな。 227 00:16:46,105 --> 00:16:48,241 その格好は? フフッ。 228 00:16:48,241 --> 00:16:51,110 なかなか若々しいだろ。 229 00:16:51,110 --> 00:16:53,646 君の言う条件はのもう。 230 00:16:53,646 --> 00:16:56,749 本当ですか ありがとうございます。 231 00:16:56,749 --> 00:17:00,620 その代わり…。 232 00:17:00,620 --> 00:17:02,588 グローブ? 233 00:17:02,588 --> 00:17:05,057 ひとつ ワシに つきあえ。 234 00:17:07,593 --> 00:17:12,431 新品だぞ。 会長の運動相手ですか。 235 00:17:12,431 --> 00:17:16,435 結局 息子とは キャッチボールを やらなかった。 236 00:17:16,435 --> 00:17:20,573 それだけが 人生 唯一の後悔なんだ。 237 00:17:20,573 --> 00:17:24,977 僕も ありません。 父は忙しい人でしたから。 238 00:17:24,977 --> 00:17:27,947 そうか 無いもの同士か。 239 00:17:30,283 --> 00:17:34,253 思いっきり いくぞ。 無理しないでくださいよ。 240 00:17:36,422 --> 00:17:38,624 えいっ! おっと。 241 00:17:41,427 --> 00:17:43,829 ちゃんと投げてくださいよ。 242 00:17:43,829 --> 00:17:46,232 そっちこそ ちゃんと捕れ。 243 00:17:46,232 --> 00:17:49,268 もう… いきますよ。 244 00:17:49,268 --> 00:17:51,771 はいっ。 245 00:17:51,771 --> 00:17:53,940 よ~し。 246 00:17:55,942 --> 00:17:57,944 春だな。 247 00:17:57,944 --> 00:18:01,147 「春の日 あなたに会いにゆく」か。 248 00:18:03,082 --> 00:18:06,452 『花を持って 会いにゆく』ですね。 249 00:18:06,452 --> 00:18:08,621 ほぉ 知っとるか。 250 00:18:12,024 --> 00:18:16,395 (泰三)「春の日 あなたに会いにゆく。 251 00:18:16,395 --> 00:18:20,399 あなたは なくなった人である。 252 00:18:20,399 --> 00:18:23,436 どこにもいない人である。 253 00:18:23,436 --> 00:18:27,239 どこにもいない人に会いにゆく。 254 00:18:27,239 --> 00:18:32,745 きれいな水と きれいな花を 手に持って。 255 00:18:32,745 --> 00:18:36,248 どこにもいない? 違うと➡ 256 00:18:36,248 --> 00:18:39,752 なくなった人は言う。 257 00:18:39,752 --> 00:18:42,722 どこにもいないのではない。 258 00:18:42,722 --> 00:18:45,891 どこにも ゆかないのだ。 259 00:18:45,891 --> 00:18:49,061 いつも ここにいる。 260 00:18:49,061 --> 00:18:53,065 春の木々の枝々が競い合って➡ 261 00:18:53,065 --> 00:18:57,403 霞む空を つかもうとしている。 262 00:18:57,403 --> 00:19:01,240 春の日 あなたに会いにゆく。 263 00:19:01,240 --> 00:19:05,845 きれいな水と きれいな花を 手に持って」。 264 00:19:05,845 --> 00:19:09,248 これじゃあ キャッチボールじゃなくて 球拾いですよ。 265 00:19:09,248 --> 00:19:13,252 いい運動になるだろ。 そんなぁ 横暴だぁ。 266 00:19:17,423 --> 00:19:19,592 これで どうだ! 267 00:19:21,761 --> 00:19:25,097 ナイスボール! よ~し! 268 00:19:25,097 --> 00:19:28,234 いきますよ。 269 00:19:28,234 --> 00:19:31,937 《人が 人に残せるものは何か。 270 00:19:31,937 --> 00:19:37,109 その人が生きていた記憶 思い出だけだ。 271 00:19:37,109 --> 00:19:41,247 君は 覚えていてくれるだろうか。 272 00:19:41,247 --> 00:19:45,251 ワシと キャッチボールをした日が あったことを》 273 00:19:52,925 --> 00:19:56,095 やっと この日が来ましたね。 274 00:19:56,095 --> 00:19:59,265 開かずの扉を開けるときがね。 275 00:19:59,265 --> 00:20:02,635 (泰三)まったく ずいぶん てこずったものだ。 276 00:20:02,635 --> 00:20:06,939 (神嶋)あ… 恐れ入ります。 ご指示どおり あのプレートは➡ 277 00:20:06,939 --> 00:20:10,276 銀座の店にあったものを そのまま借りてきました。 278 00:20:10,276 --> 00:20:13,312 (泰三)それが 彼との約束だからな。 279 00:20:13,312 --> 00:20:17,883 新しいイーデンホールの歴史が ここから始まるのね。 280 00:20:17,883 --> 00:20:21,921 ところで イーデンホールって どういう意味なんですか? 281 00:20:21,921 --> 00:20:24,724 イギリスの昔話だよ。 282 00:20:24,724 --> 00:20:28,227 (泰三)昔々 イーデンホールという屋敷で➡ 283 00:20:28,227 --> 00:20:31,864 妖精たちが 毎晩 酒盛りをしていたんだ。 284 00:20:31,864 --> 00:20:37,036 ところが ある日 人間に姿を見られてしまう。 285 00:20:37,036 --> 00:20:41,707 妖精たちは グラスを 1つ残して その場を去っていった。 286 00:20:41,707 --> 00:20:44,577 「このグラスが壊れたり 倒れたりしたら➡ 287 00:20:44,577 --> 00:20:49,381 イーデンホールの幸運とは おさらばさ」と言い残してな。 288 00:20:49,381 --> 00:20:53,252 じゃあ もし イーデンホールの名前を 引き継がなかったら➡ 289 00:20:53,252 --> 00:20:56,055 幸運と おさらばだったかも しれませんね! 290 00:20:56,055 --> 00:20:58,557 うむ まったくだ。 291 00:20:58,557 --> 00:22:25,711 ♬~ 292 00:22:25,711 --> 00:22:27,680 いらっしゃいませ。