1 00:01:43,740 --> 00:01:46,530 昔むかしあるところに→ 2 00:01:46,530 --> 00:01:50,420 ほっぺたにこぶのある お爺さんが2人おった。 3 00:01:50,420 --> 00:01:53,070 右のほっぺにこぶのある お爺さんは→ 4 00:01:53,070 --> 00:01:55,710 こぶのことは 気にせんようにしながら→ 5 00:01:55,710 --> 00:02:00,010 毎日毎日 畑仕事に精を出していた。 6 00:02:05,770 --> 00:02:09,190 けれども 左のほっぺに こぶのあるお爺さんは→ 7 00:02:09,190 --> 00:02:12,720 こぶのことが 気になってならない。 8 00:02:12,720 --> 00:02:15,690 このこぶさえなきゃ わしももっと若返って→ 9 00:02:15,690 --> 00:02:19,700 祭りの踊りでも 人気者になれるものを。 10 00:02:19,700 --> 00:02:23,730 くる日もくる日も 気に病んでばかりいたという。 11 00:02:23,730 --> 00:02:26,540 ある日のこと 右こぶのお爺さんが→ 12 00:02:26,540 --> 00:02:29,060 どこやらへ出かける様子だ。 13 00:02:29,060 --> 00:02:31,730 どこへ行くんじゃ? 山の祠に→ 14 00:02:31,730 --> 00:02:34,060 お籠もりに行こうと思うてな。 15 00:02:34,060 --> 00:02:36,230 何? 山へお籠もりに? 16 00:02:36,230 --> 00:02:39,370 こぶとりに効く 神様でもおるのか? 17 00:02:39,370 --> 00:02:43,390 そうじゃあない。 わしは こぶのことは もうあきらめた。 18 00:02:43,390 --> 00:02:45,390 このこぶに免じて→ 19 00:02:45,390 --> 00:02:48,030 今年も畑が たんと実るようにと→ 20 00:02:48,030 --> 00:02:51,230 お天道様に 願をかけに行くのじゃ。 21 00:02:51,230 --> 00:02:53,200 な~んだ。 22 00:02:53,200 --> 00:02:57,700 畑の実りよりこのこぶじゃ! これさえなければ…。 23 00:03:02,070 --> 00:03:05,930 さて 山の祠にお籠もりに やってきたお爺さん。 24 00:03:05,930 --> 00:03:08,400 一心に神様に お祈りをしていたが→ 25 00:03:08,400 --> 00:03:12,020 世もふけるとさすがに眠くなる。 26 00:03:12,020 --> 00:03:14,870 ひと眠りするべ。 27 00:03:14,870 --> 00:03:18,720 それからどれくらい経ったろう。 28 00:03:18,720 --> 00:03:23,690 右こぶ爺さんは 何やら 賑やかな音で目を覚ました。 29 00:03:23,690 --> 00:03:27,900 「とれれ~ とれれ とひゃら~ とひゃら」 30 00:03:27,900 --> 00:03:30,900 あれは 笛や太鼓の音じゃな。 31 00:03:30,900 --> 00:03:33,290 けんど こんな山の中に→ 32 00:03:33,290 --> 00:03:37,440 それもこの夜更けに いったい誰が…。 33 00:03:37,440 --> 00:03:39,540 ひゃあ! 34 00:03:41,530 --> 00:03:45,070 「とれれ~ とれれ とひゃら~ とひゃら」 35 00:03:45,070 --> 00:03:47,200 なんとまあ→ 36 00:03:47,200 --> 00:03:52,410 5人もの大きな鬼たちが ドヤドヤと入ってきたではないか。 37 00:03:52,410 --> 00:03:56,360 どの鬼も酔っ払っているのか 足もとはフラフラ。 38 00:03:56,360 --> 00:04:00,230 ともかく 楽しそうに賑やか。 39 00:04:00,230 --> 00:04:04,520 「すととん すととん とれれ~ とれれ」 40 00:04:04,520 --> 00:04:08,540 (赤鬼)お前 踊れや。 (青鬼)俺は駄目だ お前が踊れ。 41 00:04:08,540 --> 00:04:13,060 どうやらお囃子ばかりで 踊り手がいないようです。 42 00:04:13,060 --> 00:04:15,410 (笛鬼)あれ? 43 00:04:15,410 --> 00:04:18,380 こんなところに 爺さんがおるぞ。 44 00:04:18,380 --> 00:04:21,240 (青鬼)ちょうどいい。 踊り手がおらんのだ。 45 00:04:21,240 --> 00:04:25,210 爺さん 踊ってみよ。 へっ!? へぇ。 46 00:04:25,210 --> 00:04:28,010 さぁ踊れ! それ! 47 00:04:31,400 --> 00:04:33,760 爺さんは 恐ろしくてしかたなかったが→ 48 00:04:33,760 --> 00:04:36,400 実は 踊りが大好き。 49 00:04:36,400 --> 00:04:41,020 だもんで お囃子を聴くと ひとりでに体が動き出した。 50 00:04:41,020 --> 00:04:44,490 爺さん 踊れるではないか! 踊れ 踊れ。 51 00:04:44,490 --> 00:04:49,430 言われるままにお爺さんは 鬼どもの真ん中で踊りだした。 52 00:04:49,430 --> 00:04:53,430 お爺さんの滑稽な踊りに 鬼たちは大喜び。 53 00:04:56,700 --> 00:05:00,390 こうなるとお爺さんも 何やら調子が出てきた。 54 00:05:00,390 --> 00:05:03,360 「くるみはぱっぱ ぱあくずく」 55 00:05:03,360 --> 00:05:06,560 「おさなき やあつの おっかあかあ」 56 00:05:06,560 --> 00:05:09,970 「ちゃあるるう ちゃあるるう すってんっがあ」 57 00:05:09,970 --> 00:05:13,020 おかしな歌まで歌いだして 陽気に踊りまくる。 58 00:05:13,020 --> 00:05:15,390 「と~れれ と~ひゃら~」 59 00:05:15,390 --> 00:05:18,890 鬼どもは 声をあげて 笑いながら体をゆする。 60 00:05:18,890 --> 00:05:22,690 祠の中は そりゃあもう 賑やかな声で満たされた。 61 00:05:27,430 --> 00:05:30,850 やがて 夜が明けた。 62 00:05:30,850 --> 00:05:34,220 爺さん 楽しかったぞ! あぁ わしも。 63 00:05:34,220 --> 00:05:36,760 そうだ 明日の晩もまたここに来い。 64 00:05:36,760 --> 00:05:40,030 え? それまで こいつを預かっておこう。 65 00:05:40,030 --> 00:05:42,070 そう言うとお爺さんの ほっぺたのこぶを→ 66 00:05:42,070 --> 00:05:44,020 取ってしまったのじゃ。 67 00:05:44,020 --> 00:05:46,050 あっ! 68 00:05:46,050 --> 00:05:48,070 (鬼たち)さらばじゃ。 69 00:05:48,070 --> 00:05:51,340 鬼たちは たいした早さで 山の奥へと消えていった。 70 00:05:51,340 --> 00:05:54,900 それを見送った お爺さん くるっと 背中を向けると→ 71 00:05:54,900 --> 00:05:58,030 逃げるように 村へと戻っていった。 72 00:05:58,030 --> 00:06:00,420 さて こぶのなくなった お爺さんから→ 73 00:06:00,420 --> 00:06:03,220 その話を聞いた 左こぶのお爺さん。 74 00:06:03,220 --> 00:06:06,370 《踊って こぶが取れるなら こんな よいことはない。 75 00:06:06,370 --> 00:06:09,710 よし わしも 早速 行ってくるだで》 76 00:06:09,710 --> 00:06:13,350 いちもくさんに 山に入っていった。 77 00:06:13,350 --> 00:06:16,570 山の祠に着いた 左こぶのお爺さんは→ 78 00:06:16,570 --> 00:06:20,740 待ちきれなくて 祠の周りを うろうろ うろうろ。 79 00:06:20,740 --> 00:06:23,210 やがて 暗くなり→ 80 00:06:23,210 --> 00:06:25,390 寒くなったので 祠に入ると→ 81 00:06:25,390 --> 00:06:28,360 うとうと つい 寝込んでしまったのじゃ。 82 00:06:28,360 --> 00:06:35,220 (お囃子) 83 00:06:35,220 --> 00:06:39,110 おや? ゆうべの爺さんとは 違う爺さんだな。 84 00:06:39,110 --> 00:06:42,530 お前も 踊れるのか? へぇ… 踊れますだ。 85 00:06:42,530 --> 00:06:45,730 喜び勇んで 鬼どもの真ん中に 出ていった お爺さん→ 86 00:06:45,730 --> 00:06:47,680 ハッと 思い出した。 87 00:06:47,680 --> 00:06:51,220 《しもた! わし 踊りなんぞ 踊れなんじゃった!》 88 00:06:51,220 --> 00:06:53,720 さぁ 踊れ! やれ 踊れ! 89 00:06:53,720 --> 00:06:58,290 しかたないので お爺さん ぎこちなく 体を動かしてみたが→ 90 00:06:58,290 --> 00:07:01,190 とても 踊りとはいえぬ代物。 91 00:07:01,190 --> 00:07:03,700 それでも 踊りのつもりか~! 92 00:07:03,700 --> 00:07:07,400 睨まれた お爺さんは もう恐ろしくて しかたがない。 93 00:07:07,400 --> 00:07:10,890 踊ろうと思っても いよいよ ぎこちない。 94 00:07:10,890 --> 00:07:17,190 ~ 95 00:07:17,190 --> 00:07:20,550 なんじゃ それは~! 96 00:07:20,550 --> 00:07:24,370 もうよい! お前の踊りでは 酒が まずくなる! 97 00:07:24,370 --> 00:07:27,370 これでも くらえ~! 98 00:07:29,760 --> 00:07:33,210 ゆうべ 右こぶのお爺さんの ほっぺから取った こぶは→ 99 00:07:33,210 --> 00:07:37,400 左こぶ爺さんの 右のほっぺに すぽんと くっついてしもうた。 100 00:07:37,400 --> 00:07:40,850 ほうと ほうに こぶたん こぶたん! 101 00:07:40,850 --> 00:07:44,350 踊れぬ爺さんには ちょうどよい おかしな顔じゃ。 102 00:07:44,350 --> 00:07:46,390 ほうと ほう ちょうどいいって…。 103 00:07:46,390 --> 00:07:48,410 なわけ ないやろ! 104 00:07:48,410 --> 00:07:50,460 やかましい! 105 00:07:50,460 --> 00:07:53,850 その こぶ取って欲しくば 我らが喜ぶ踊りを見せよ! 106 00:07:53,850 --> 00:07:55,850 とっとと帰れ~! 107 00:07:55,850 --> 00:07:57,900 ひぇ~っ! 108 00:07:57,900 --> 00:07:59,870 両こぶとなった お爺さん→ 109 00:07:59,870 --> 00:08:02,910 ほうほうの体で逃げ帰ったんだと。 110 00:08:02,910 --> 00:08:04,860 それからというもの→ 111 00:08:04,860 --> 00:08:08,060 両こぶとなった お爺さんは すっかり塞ぎ込み→ 112 00:08:08,060 --> 00:08:10,500 時折 思い出したように→ 113 00:08:10,500 --> 00:08:15,350 踊りの稽古に 励んでいたそうな。 114 00:08:15,350 --> 00:08:18,050 こぶの取れた お爺さんはというと→ 115 00:08:18,050 --> 00:08:20,220 そのことを 自慢するでもなく→ 116 00:08:20,220 --> 00:08:23,860 くる日も くる日も 畑の仕事に 精を出した。 117 00:08:23,860 --> 00:08:26,700 その おかげか お天道様の おかげか→ 118 00:08:26,700 --> 00:08:30,570 その年も こぶなしとなった お爺さんの畑は→ 119 00:08:30,570 --> 00:08:34,670 それは それは たんと実ったそうじゃ。 120 00:08:43,700 --> 00:08:46,740 昔むかし ある村の貧乏寺に→ 121 00:08:46,740 --> 00:08:49,010 1人の和尚さんが いた。 122 00:08:49,010 --> 00:08:53,680 この和尚さん 何やら 難しい顔で考え込んでいる。 123 00:08:53,680 --> 00:08:55,730 和尚さん 和尚さん。 124 00:08:55,730 --> 00:08:59,690 近頃 化け狐が 村人を 困らせているそうですよ。 125 00:08:59,690 --> 00:09:02,890 なんでも 小娘に化けて 人を たぶらかしては→ 126 00:09:02,890 --> 00:09:05,030 食べ物を せしめているとか。 127 00:09:05,030 --> 00:09:07,340 と 話しかけても…。 128 00:09:07,340 --> 00:09:09,380 生返事ばかり。 129 00:09:09,380 --> 00:09:13,700 どうしたのかというと もうじき 見回りの僧正という→ 130 00:09:13,700 --> 00:09:16,740 イヤ~なやつが やってくるからだった。 131 00:09:16,740 --> 00:09:19,720 この人 あちこちの寺の 見回りをしては→ 132 00:09:19,720 --> 00:09:23,030 その様子を 本山に 報告するのが役目。 133 00:09:23,030 --> 00:09:26,900 なんだかんだと 難癖をつけては…。 134 00:09:26,900 --> 00:09:30,050 このように 報告するがよいか。 135 00:09:30,050 --> 00:09:32,720 つまり 銭を よこせというわけ。 136 00:09:32,720 --> 00:09:35,890 本山に いいことばかり 報告する代わりに→ 137 00:09:35,890 --> 00:09:39,760 賄賂を取っていく そんなやつ。 138 00:09:39,760 --> 00:09:42,730 こちらの和尚さんは 人が よいので→ 139 00:09:42,730 --> 00:09:45,870 貧しい者からは 銭を取らぬし 欲もない。 140 00:09:45,870 --> 00:09:47,880 おかげで 懐は→ 141 00:09:47,880 --> 00:09:50,800 いつも ピ~プ~ 北風が吹いていた。 142 00:09:50,800 --> 00:09:53,870 あんなやつに 銭を払うのも どうか…。 143 00:09:53,870 --> 00:09:57,730 といって あること ないこと 本山に報告されても困る。 144 00:09:57,730 --> 00:09:59,680 さて どうしたものか…。 145 00:09:59,680 --> 00:10:03,630 その日も檀家の法事をすませた 帰り道のこと。 146 00:10:03,630 --> 00:10:07,350 和尚さん また化け狐が村人を…。 147 00:10:07,350 --> 00:10:09,770 それどころじゃないんだから。 148 00:10:09,770 --> 00:10:11,840 と そのときのこと。 149 00:10:11,840 --> 00:10:16,340 何だろうと よ~く見ると ありゃ 狐だ。 150 00:10:25,860 --> 00:10:28,390 あれ あれですよ 和尚様。 151 00:10:28,390 --> 00:10:31,780 うむ あれが噂の化け狐か。 152 00:10:31,780 --> 00:10:35,380 そのとき 和尚さんの頭に ある考えがひらめいた。 153 00:10:37,570 --> 00:10:39,520 こりゃ 和尚様 どちらへ? 154 00:10:39,520 --> 00:10:43,390 おやまぁ かわいい娘ごだの。 155 00:10:43,390 --> 00:10:45,780 だが 尻尾が見えておるぞ。 156 00:10:45,780 --> 00:10:49,200 え? 耳も出ておるぞ。 ええ~! 157 00:10:49,200 --> 00:10:52,400 どうも お前の化け方は まだまだだな。 158 00:10:52,400 --> 00:10:54,730 あちこちから ボロが出ておる。 159 00:10:54,730 --> 00:10:57,800 そういうお前さまは? わしか? 160 00:10:57,800 --> 00:11:00,560 お前の仲間よ。 え~! 161 00:11:00,560 --> 00:11:02,690 どうだ うまく化けておろう? 162 00:11:02,690 --> 00:11:06,630 はい てっきり 本物の 和尚様かと思っておりました。 163 00:11:06,630 --> 00:11:09,200 お前 化け道具には 何を使っておる? 164 00:11:09,200 --> 00:11:11,900 はい この手ぬぐいでございます。 165 00:11:11,900 --> 00:11:15,860 そのようなものを 使っているからだ。 166 00:11:15,860 --> 00:11:18,740 では 和尚様は? 167 00:11:18,740 --> 00:11:23,130 わしか? わしは これ 八つ化け頭巾を用いておる。 168 00:11:23,130 --> 00:11:25,530 八つ化け頭巾? さよう。 169 00:11:25,530 --> 00:11:27,920 この 八つ化け頭巾のおかげで→ 170 00:11:27,920 --> 00:11:30,440 見事な化け術を 手に入れたのじゃ。 171 00:11:30,440 --> 00:11:32,410 八つ化け頭巾とやら→ 172 00:11:32,410 --> 00:11:35,060 ちょっと手にとって 見せていただけませぬか。 173 00:11:35,060 --> 00:11:38,030 そのようなこと言うて 奪うつもりであろう? 174 00:11:38,030 --> 00:11:40,560 決して そのようなことは いたしません。 175 00:11:40,560 --> 00:11:43,350 和尚様のような 立派な化け狐になるため→ 176 00:11:43,350 --> 00:11:46,550 ぜひとも 八つ化け頭巾を お見せくださいまし。 177 00:11:46,550 --> 00:11:49,570 手にとって とくと 拝見させていただければ→ 178 00:11:49,570 --> 00:11:53,540 修行のためになるとぞんじます。 どうか この手に…。 179 00:11:53,540 --> 00:11:56,340 そうか そこまで言うなら よかろう。 180 00:12:00,230 --> 00:12:03,020 バカ和尚め こいつはもらったぜ。 181 00:12:03,020 --> 00:12:07,570 あっ こら! お前は このボロ手ぬぐいで上等だ! 182 00:12:07,570 --> 00:12:09,510 ヘヘヘヘ! 183 00:12:09,510 --> 00:12:14,030 和尚様 八つ化け頭巾を 取られてしまいましたね。 184 00:12:14,030 --> 00:12:16,070 ああ だが 代わりに ほれ→ 185 00:12:16,070 --> 00:12:18,850 こいつが手に入った。 はぁ? 186 00:12:18,850 --> 00:12:23,560 やがて 見回りの僧正がやってきた。 187 00:12:23,560 --> 00:12:27,180 廊下の奥に 2つ 部屋を 用意してございまする。 188 00:12:27,180 --> 00:12:30,560 どちらでも お好きなほうで お休みくださいませ。 189 00:12:30,560 --> 00:12:33,270 お茶の支度をしてまいります。 190 00:12:33,270 --> 00:12:35,270 ほぅ それは ありがたい。 191 00:12:39,740 --> 00:12:43,590 すると そこには 若くてきれいな娘が座っていて→ 192 00:12:43,590 --> 00:12:45,590 にっこりと微笑みかけてくる。 193 00:12:48,700 --> 00:12:53,650 あっ いや… わしは おなごには興味がないのじゃ。 194 00:12:53,650 --> 00:12:58,450 小坊主の手前 僧正はそう言って 次の部屋に向かった。 195 00:13:00,530 --> 00:13:03,260 おお これこそが わしにふさわしい。 196 00:13:03,260 --> 00:13:06,060 なんまいだ~ なんまいだ~。 197 00:13:10,350 --> 00:13:14,060 早速 仏像の前に座って お経を唱えた。 198 00:13:14,060 --> 00:13:17,930 けど 心の中では 隣の部屋のきれいな娘が→ 199 00:13:17,930 --> 00:13:19,850 気になってしようがない。 200 00:13:19,850 --> 00:13:22,230 なんまいだ~。 201 00:13:22,230 --> 00:13:26,020 この僧正のお経 眠り経といわれているくらい→ 202 00:13:26,020 --> 00:13:28,050 よく眠れる。 案の定→ 203 00:13:28,050 --> 00:13:32,190 お付きの小坊主が こっくり こっくり。 204 00:13:32,190 --> 00:13:34,890 しめしめ。 205 00:13:34,890 --> 00:13:39,880 すると さっきの きれいな娘が…。 206 00:13:39,880 --> 00:13:42,940 お酒を召しませ。 207 00:13:42,940 --> 00:13:46,940 さようか せっかくのもてなし では 一杯いただこう。 208 00:13:49,460 --> 00:13:52,360 どこから見ても 立派な僧正様。 209 00:13:52,360 --> 00:13:55,900 うっとりしちゃいますわ。 さようか。 210 00:13:55,900 --> 00:14:00,700 しなだれかかる娘の手に そ~っと手をのばした。 211 00:14:00,700 --> 00:14:04,110 かぁ~っ!! 212 00:14:04,110 --> 00:14:08,210 僧せきの身でありながら 娘に手をのばすとは不埒千万! 213 00:14:08,210 --> 00:14:11,030 このこと 本山に伝えるが よいか! 214 00:14:11,030 --> 00:14:13,070 ご… ご容赦を! 215 00:14:13,070 --> 00:14:17,540 ならば どうする。 わしは この寺を守る 不動明王であるぞ。 216 00:14:17,540 --> 00:14:19,740 は… はい。 この寺のことは→ 217 00:14:19,740 --> 00:14:22,210 残らず 褒めちぎって 報告いたします。 218 00:14:22,210 --> 00:14:26,310 その約束 違えるなよ。 はは~っ! 219 00:14:28,430 --> 00:14:31,930 おや 僧正様 どうかなされましたか? 220 00:14:33,850 --> 00:14:36,740 いやいや すばらしい寺だ。 ひと目見て わかった。 221 00:14:36,740 --> 00:14:38,680 そのように報告しておく。 222 00:14:38,680 --> 00:14:42,630 そう言うと さっさと帰っていっちゃった。 223 00:14:42,630 --> 00:14:45,900 僧正さま どうしたのでございましょうね。 224 00:14:45,900 --> 00:14:48,740 こういうことさ。 225 00:14:48,740 --> 00:14:50,820 ふふふ…。 226 00:14:50,820 --> 00:14:53,570 え? 227 00:14:53,570 --> 00:14:55,930 ぬあ~。 228 00:14:55,930 --> 00:14:59,230 あ~っ。 229 00:14:59,230 --> 00:15:01,860 あぁ おかげで ひと汗かいた。 230 00:15:01,860 --> 00:15:05,220 この手ぬぐい 洗っておいてくれぬか。 231 00:15:05,220 --> 00:15:08,020 はぁ~…。 232 00:15:08,020 --> 00:15:11,520 ところで 狐はどうしたかって? 233 00:15:11,520 --> 00:15:13,560 とうとう 正体現したな。 234 00:15:13,560 --> 00:15:15,700 おかしな頭巾なんぞ かぶりやがって。 235 00:15:15,700 --> 00:15:20,220 化けたつもりが 化けてなかった。 236 00:15:20,220 --> 00:15:22,720 ひぇ~っ 助けて~! 237 00:15:22,720 --> 00:15:26,020 尻尾をまいて 山に逃げ帰ったとさ。 238 00:15:26,020 --> 00:15:28,420 ひでえや 和尚さん。 239 00:15:28,420 --> 00:15:33,720 なに お前が イタズラなんぞ するからさ。 240 00:15:43,730 --> 00:15:45,700 昔むかし…。 241 00:15:45,700 --> 00:15:49,240 城下町の外れに 大工の若者がおりました。 242 00:15:49,240 --> 00:15:52,570 若者は仕事熱心で 腕もよかったが→ 243 00:15:52,570 --> 00:15:55,930 人並み外れて 気の弱い男だった。 244 00:15:55,930 --> 00:15:59,910 米問屋の建て増しに雇われて 働くうち→ 245 00:15:59,910 --> 00:16:03,350 一人娘に ひと目ぼれしてしまった。 246 00:16:03,350 --> 00:16:05,380 挨拶しようと思うと→ 247 00:16:05,380 --> 00:16:09,720 体が固まってしまい 声にならなかった。 248 00:16:09,720 --> 00:16:13,090 《お嬢様みてえなべっぴんに ほれられてみてえ…》 249 00:16:13,090 --> 00:16:16,230 その思いは 日に日に強くなった。 250 00:16:16,230 --> 00:16:20,370 若者は 浮かない顔で ため息ばかり つくようになった。 251 00:16:20,370 --> 00:16:23,790 それを見た 幼なじみで 髪結いの男は…。 252 00:16:23,790 --> 00:16:27,020 何か 悩みごとでもあるのかい? 253 00:16:27,020 --> 00:16:29,390 と 尋ねた。 254 00:16:29,390 --> 00:16:31,440 俺は 一度でいいから→ 255 00:16:31,440 --> 00:16:34,030 あんな べっぴんに ほれられてみたい。 256 00:16:34,030 --> 00:16:38,730 おめえみてえな度胸のねえ者には どだい無理な話よ。 257 00:16:38,730 --> 00:16:40,750 はっはっは。 258 00:16:40,750 --> 00:16:43,720 そうだ! 前に 問屋のおかみさんから→ 259 00:16:43,720 --> 00:16:46,560 イモリの黒焼きの話を 聞いたことがある。 260 00:16:46,560 --> 00:16:48,900 イモリの黒焼き? 261 00:16:48,900 --> 00:16:52,270 そんなものが おいらの悩みと 何の関わりがあるんだ? 262 00:16:52,270 --> 00:16:55,370 イモリの黒焼きといやぁ ほれ薬のことだ。 263 00:16:57,370 --> 00:16:59,910 イモリの黒焼きをすった粉薬を→ 264 00:16:59,910 --> 00:17:02,360 相手にひと振りすれば 効果はてきめん。 265 00:17:02,360 --> 00:17:06,510 たちまち2人は 相思相愛の仲になる。 266 00:17:06,510 --> 00:17:11,070 そんな大それたことを していいものか 戸惑ったが…。 267 00:17:11,070 --> 00:17:13,350 俺に任せておけ。 268 00:17:13,350 --> 00:17:15,890 と 髪結いの男が請け合うので→ 269 00:17:15,890 --> 00:17:18,340 若者も だんだん その気になってきた。 270 00:17:18,340 --> 00:17:22,900 そんで イモリの黒焼きってのは どうやって こしらえるんだ? 271 00:17:22,900 --> 00:17:27,570 若者は 髪結いの男から聞いた 作り方を思い出しながら→ 272 00:17:27,570 --> 00:17:31,040 満月の夜を待って おそるおそる森の奥にある→ 273 00:17:31,040 --> 00:17:35,390 イモリの沼に出かけていった。 274 00:17:35,390 --> 00:17:38,760 それは ただのイモリでは役に立たない。 275 00:17:38,760 --> 00:17:40,700 満月の夜に見つけた→ 276 00:17:40,700 --> 00:17:43,400 仲のよさそうな つがいのイモリを連れ帰り→ 277 00:17:43,400 --> 00:17:45,370 2匹を引き離して→ 278 00:17:45,370 --> 00:17:48,050 町の東の外れと 西の外れで→ 279 00:17:48,050 --> 00:17:51,440 黒焼きにして 粉にするのだった。 280 00:17:51,440 --> 00:17:54,030 一方の粉を相手に振りかければ→ 281 00:17:54,030 --> 00:17:58,060 イモリの思いが2人を引き合わせる という寸法だった。 282 00:17:58,060 --> 00:18:01,870 つがいの仲がよいほど 薬の効き目が強くなる。 283 00:18:01,870 --> 00:18:04,250 沼のほとりで捕まえたイモリを→ 284 00:18:04,250 --> 00:18:07,070 2つの魚籠に振り分けて 持ち帰った。 285 00:18:07,070 --> 00:18:09,030 さて このほれ薬を→ 286 00:18:09,030 --> 00:18:11,060 どうやって お嬢さんに 振りかけたものか…。 287 00:18:11,060 --> 00:18:15,010 いつどこで ほれ薬を使えばいいか 知恵を絞った。 288 00:18:15,010 --> 00:18:17,770 屋敷の廊下は目立ちすぎる。 289 00:18:17,770 --> 00:18:22,370 でも お嬢さんの部屋で見つかれば たちまち お縄を頂戴だ。 290 00:18:24,870 --> 00:18:26,890 あっ! 291 00:18:26,890 --> 00:18:30,450 一人にならねえなら 人込みの中で振りかけるんだ。 292 00:18:30,450 --> 00:18:35,570 髪結いの男は若者に 娘が使いに出る日を調べさせた。 293 00:18:35,570 --> 00:18:37,870 その日は縁日が立ち→ 294 00:18:37,870 --> 00:18:42,260 娘は付き添いの婆さんと神社に 立ち寄るということがわかった。 295 00:18:42,260 --> 00:18:46,910 そこで あらかじめ 自分の体に粉をかけた若者が→ 296 00:18:46,910 --> 00:18:51,910 人込みの中で娘に ほれ薬を 振りかけるという段取りだ。 297 00:18:53,890 --> 00:18:55,890 しわくちゃの婆さんに 付き添われて→ 298 00:18:55,890 --> 00:19:01,530 やってくる娘を見て 若者の胸は高鳴った。 299 00:19:01,530 --> 00:19:05,260 若者は人をかきわけて 娘のすぐそばまで来ると→ 300 00:19:05,260 --> 00:19:10,220 袋の中のほれ薬を ひとつかみ 娘に振りかけた。 301 00:19:10,220 --> 00:19:12,320 そのとき 一陣の風が吹いて→ 302 00:19:12,320 --> 00:19:18,060 ほれ薬は娘でなく付き添いの 婆さんにかかってしまった。 303 00:19:18,060 --> 00:19:23,360 婆さんは潤んだ目で 若者を見つめた。 304 00:19:26,670 --> 00:19:28,690 お助け~! 305 00:19:28,690 --> 00:19:31,370 若者は いちもくさんに逃げ出した。 306 00:19:31,370 --> 00:19:35,900 だが婆さんも ものすごい勢いで 追いかけてきた。 307 00:19:35,900 --> 00:19:41,530 若者は思いあまって 橋の欄干から川面に飛び込んだ。 308 00:19:41,530 --> 00:19:45,520 橋の上で未練がましく 手を振る婆さんをあとに→ 309 00:19:45,520 --> 00:19:48,920 船と共に川を下っていったのだ。 310 00:19:53,760 --> 00:19:55,830 すごい効き目だった。 311 00:19:55,830 --> 00:19:59,920 若者は髪結いの男に 事の顛末を聞かせた。 312 00:19:59,920 --> 00:20:02,890 かける相手を間違えたら 命取りになるな。 313 00:20:02,890 --> 00:20:06,660 やはり狙い目は お嬢さまが 一人きりになった時だ。 314 00:20:06,660 --> 00:20:09,630 しかし お嬢さまが 一人きりになるなんて→ 315 00:20:09,630 --> 00:20:11,880 部屋にいる時だけだぞ。 316 00:20:11,880 --> 00:20:15,300 そうだ 今度は その一人の時を狙うんだ。 317 00:20:15,300 --> 00:20:17,270 いったい どうやって…。 318 00:20:17,270 --> 00:20:20,060 困り果てた若者に髪結いの男は…。 319 00:20:20,060 --> 00:20:22,630 こういうことだ。 320 00:20:22,630 --> 00:20:24,960 次の夜。 321 00:20:24,960 --> 00:20:31,120 娘の部屋の天井裏では若者が 闇の中で天井板に穴を開け→ 322 00:20:31,120 --> 00:20:36,740 娘に ほれ薬を振りかける機会を うかがっていた。 323 00:20:36,740 --> 00:20:40,360 よく眠っているな これなら間違いないぞ。 324 00:20:40,360 --> 00:20:44,260 穴の真下には 寝ている娘の顔が見えた。 325 00:20:44,260 --> 00:20:47,850 若者は懐から 薬の入った袋を取り出し→ 326 00:20:47,850 --> 00:20:51,390 慎重に穴から流し込もうとした そのとき→ 327 00:20:51,390 --> 00:20:55,910 若者の前方の暗がりで 何か動く気配がした。 328 00:20:55,910 --> 00:21:00,410 不安になって火をつけてみると…。 329 00:21:00,410 --> 00:21:04,680 ひぃ~! 330 00:21:04,680 --> 00:21:08,550 逃げる若者と 追いかけるネズミの大きな足音で→ 331 00:21:08,550 --> 00:21:10,660 娘は目を覚ました。 332 00:21:10,660 --> 00:21:13,890 誰か! あ~! 333 00:21:13,890 --> 00:21:16,810 お嬢さま 大事があるといけません。 334 00:21:16,810 --> 00:21:19,900 と 娘を部屋から連れ出した。 335 00:21:19,900 --> 00:21:23,070 残った者たちが 手に手に木刀を持って→ 336 00:21:23,070 --> 00:21:27,370 何者かがドタドタと駆け回る 天井を見上げていた。 337 00:21:32,860 --> 00:21:35,030 若者は たくさんのネズミと→ 338 00:21:35,030 --> 00:21:38,430 ほれ薬をまき散らしながら 落ちてきた。 339 00:21:41,770 --> 00:21:44,290 痛たたた。 340 00:21:44,290 --> 00:21:49,060 腰をさすりながら起き上がる 若者を使用人が囲んでいた。 341 00:21:49,060 --> 00:21:53,080 しかし よく見ると 使用人たちの様子がおかしい。 342 00:21:53,080 --> 00:21:56,350 怒りの表情を見せる者が 1人もいないのだ。 343 00:21:56,350 --> 00:22:01,360 揃いもそろって優しく潤んだ目で 若者を見つめていた。 344 00:22:01,360 --> 00:22:03,360 あっ! 345 00:22:07,900 --> 00:22:11,770 若者は全身から 血の気が引いていくのがわかった。 346 00:22:11,770 --> 00:22:16,170 お お助け~! 347 00:22:19,230 --> 00:22:21,860 家じゅうに ほれ薬を振りまいたので→ 348 00:22:21,860 --> 00:22:25,970 家財道具一切 蔵の中の米俵までが→ 349 00:22:25,970 --> 00:22:28,400 若者に ほれ込んで転がりながら→ 350 00:22:28,400 --> 00:22:31,840 どこまでも 後を追いかけて行ったという。 351 00:22:31,840 --> 00:22:34,640 やれやれ。