1 00:00:03,253 --> 00:00:06,673 (新之助(しんのすけ))いやあ うちも活気が出てきましたねえ! 2 00:00:06,756 --> 00:00:10,093 (寅次郎(とらじろう))ええ 一気に人も増えましたから 3 00:00:10,176 --> 00:00:12,429 御頭 何か心配事でも? 4 00:00:12,512 --> 00:00:15,932 (源吾(げんご))皆 めきめきと 腕を上げいるのは確かだ 5 00:00:16,015 --> 00:00:16,891 問題は… 6 00:00:16,891 --> 00:00:17,934 問題は… 7 00:00:16,891 --> 00:00:17,934 {\an8}(彦弥(ひこや))よっと! 8 00:00:20,979 --> 00:00:21,813 (源吾)んっ 9 00:00:21,896 --> 00:00:22,897 くっ 10 00:00:22,981 --> 00:00:24,524 (彦弥)バカ言うな 11 00:00:24,607 --> 00:00:26,026 勝手に逝ったら 12 00:00:26,109 --> 00:00:29,612 三途(さんず)の川でも 一飛びして連れ戻してやる 13 00:00:30,238 --> 00:00:32,782 (源吾) 俺の腕が落ちてるってことだ 14 00:00:32,866 --> 00:00:34,409 (新之助)御頭 15 00:00:34,492 --> 00:00:36,619 問題っていうのは? 16 00:00:36,703 --> 00:00:40,373 いや 秋から冬にかけては 火事も増えるだろう 17 00:00:40,457 --> 00:00:44,044 ええ それまでに体制を 整えねばなりませんね 18 00:00:46,129 --> 00:00:48,298 やはり 風読みが必要か 19 00:00:50,050 --> 00:00:52,052 ♪~ 20 00:02:11,339 --> 00:02:13,341 {\an8}~♪ 21 00:02:25,019 --> 00:02:29,065 いやあ うまい! さすが 蕎麦屋(そばや)番付の関脇だ 22 00:02:29,149 --> 00:02:30,191 (彦弥の口笛) 23 00:02:30,275 --> 00:02:33,820 看板娘も気立てがよさそうな いい娘さんだしな 24 00:02:33,903 --> 00:02:36,030 すいませーん おかわり! 25 00:02:36,114 --> 00:02:37,073 早っ! 26 00:02:37,157 --> 00:02:38,867 お前らなあ 27 00:02:38,950 --> 00:02:42,704 風読みの話をするついでに 飯に来たって名目を忘れるなよ 28 00:02:42,787 --> 00:02:44,163 分かってますよ 29 00:02:44,247 --> 00:02:47,000 しかし 御頭 風読みを探すったって 30 00:02:47,083 --> 00:02:49,502 そんな簡単に 見つかるもんですかねえ? 31 00:02:49,586 --> 00:02:52,630 普通に探すとなると大変だろうな 32 00:02:52,714 --> 00:02:54,924 (新之助)確か 当てがあるとか? 33 00:02:55,008 --> 00:02:56,009 ああ 34 00:02:56,092 --> 00:02:59,846 昔 俺が飯田町(いいだまち)定火消(じょうびけし)だったころの 風読みだ 35 00:02:59,929 --> 00:03:02,348 名前が少々物騒でな 36 00:03:02,432 --> 00:03:04,851 俺は おやっさんと 呼んでいたんだが… 37 00:03:04,934 --> 00:03:07,103 物騒な名前っていうと? 38 00:03:07,937 --> 00:03:09,606 {\an8}加持(かじ)孫一(まごいち) 39 00:03:09,689 --> 00:03:10,648 (彦弥たち)かじ? 40 00:03:10,732 --> 00:03:13,067 火消にとっちゃあ 縁起が悪すぎる 41 00:03:13,151 --> 00:03:14,402 (新之助)確かに… 42 00:03:14,485 --> 00:03:19,240 だがな 俺の知るかぎり おやっさんは完全無欠の風読みだ 43 00:03:19,324 --> 00:03:21,576 これまで 風を読み間違えたことがねえ 44 00:03:21,659 --> 00:03:23,036 そんなすげえ人なら 45 00:03:23,119 --> 00:03:25,622 今でも定火消にいるんじゃ ねえんですか? 46 00:03:25,705 --> 00:03:29,751 いや おやっさんは 俺よりも先に火消を辞めたんだ 47 00:03:30,793 --> 00:03:32,378 火消を辞める? 48 00:03:34,130 --> 00:03:38,593 (孫一)私も ここで御頭と 火消をしていたかったのですが 49 00:03:38,676 --> 00:03:41,804 少しばかり やぼ用ができてしまいました 50 00:03:42,972 --> 00:03:46,017 おやっさんの言うやぼ用ってのが なんなのか 51 00:03:46,100 --> 00:03:48,645 結局 最後まで 話しちゃくれなかったが… 52 00:03:49,229 --> 00:03:50,772 あれから7年だ 53 00:03:50,855 --> 00:03:53,399 いいかげん 片がついてるころだろう 54 00:03:53,483 --> 00:03:57,153 その孫一さんが 今 どこにいるかは ご存じで? 55 00:03:57,236 --> 00:04:01,616 いや 左門(さもん)に頼んで 消息をたどってもらっているんだが 56 00:04:01,699 --> 00:04:02,909 (彦弥)お嬢さん 57 00:04:02,992 --> 00:04:06,913 ここの蕎麦は 随分とうまいが 何か秘密でもあるのかい? 58 00:04:07,997 --> 00:04:09,457 (新之助たち)ハァ… 59 00:04:09,540 --> 00:04:10,416 (彦弥)ヘッ 60 00:04:10,500 --> 00:04:13,169 (お鈴(すず)) 秘密ってほどでもないんですけど 61 00:04:13,252 --> 00:04:16,255 うちは 信濃(しなの)の蕎麦の実を 使ってるんです 62 00:04:16,339 --> 00:04:18,174 店の裏に土蔵があって 63 00:04:18,257 --> 00:04:21,928 そこに保管しておくと 状態がよく保てるんです 64 00:04:22,011 --> 00:04:22,804 へえ それって この辺の蕎麦屋じゃ 珍し… 65 00:04:22,804 --> 00:04:25,932 へえ それって この辺の蕎麦屋じゃ 珍し… 66 00:04:22,804 --> 00:04:25,932 {\an8}(錫杖(しゃくじょう)の音) 67 00:04:26,015 --> 00:04:27,433 いらっしゃいませ! 68 00:04:28,685 --> 00:04:31,437 -(彦弥)ケッ -(新之助たち)ハハハハ… 69 00:04:31,521 --> 00:04:33,022 (お鈴)お一人様ですか? 70 00:04:33,106 --> 00:04:33,940 (男性客)ああ 71 00:04:34,023 --> 00:04:35,692 (女将(おかみ))お客さん すみません 72 00:04:35,775 --> 00:04:37,819 ただ今 席が埋まっておりまして 73 00:04:37,902 --> 00:04:40,446 ほんの少し お待ちいただけますか? 74 00:04:42,949 --> 00:04:45,285 あそこの奥が空いているのでは? 75 00:04:45,368 --> 00:04:46,744 あっ あの… 76 00:04:46,828 --> 00:04:48,663 申し訳ございません お客様 77 00:04:48,746 --> 00:04:49,580 (女将)お鈴 78 00:04:49,664 --> 00:04:52,458 あの席は まもなく鍵屋(かぎや)さんたち… 79 00:04:52,542 --> 00:04:55,169 いえ 常連さんたちが来るんです 80 00:04:55,920 --> 00:04:58,339 (蕎麦をすする音) 81 00:04:58,423 --> 00:05:00,341 んっ… なんだと? 82 00:05:01,009 --> 00:05:02,343 (錫杖の音) 83 00:05:03,177 --> 00:05:04,679 -(彦弥)くっ -(寅次郎)んっ 84 00:05:04,762 --> 00:05:05,596 (寅次郎・彦弥)あっ 85 00:05:07,140 --> 00:05:08,182 坊さん 86 00:05:08,266 --> 00:05:12,186 俺たちも すぐに食い終わるから 少しだけ待ってやりなよ 87 00:05:16,566 --> 00:05:17,608 んっ… 88 00:05:19,444 --> 00:05:21,362 貴様は… 89 00:05:21,446 --> 00:05:25,616 気持ちよく食ってやらねえと 蕎麦も泣くぜ 90 00:05:25,700 --> 00:05:28,244 (男性客)フフッ 蕎麦など食ってる場合か 91 00:05:35,543 --> 00:05:36,961 (お鈴・女将)ハァー 92 00:05:37,045 --> 00:05:38,755 ありがとうございました 93 00:05:38,838 --> 00:05:39,881 いや… 94 00:05:39,964 --> 00:05:43,259 しかし お鈴といったか 大した度胸だな 95 00:05:43,885 --> 00:05:48,264 女将さんは 私を娘代わりに 育ててくれた恩人なんです 96 00:05:48,348 --> 00:05:49,599 当然です 97 00:05:49,682 --> 00:05:52,685 そうか そいつは感心なことだ 98 00:05:52,769 --> 00:05:54,729 ご迷惑おかけしました 99 00:05:54,812 --> 00:05:58,649 鍵屋さんは お得意様なんですけど 少々 お行儀がよくないせいで 100 00:05:58,733 --> 00:06:00,860 評判が悪く… 101 00:06:00,943 --> 00:06:03,404 そりゃ いろいろと大変だな 102 00:06:06,365 --> 00:06:07,825 (お鈴)ありがとうございました! 103 00:06:07,909 --> 00:06:09,285 (戸が閉まる音) 104 00:06:09,369 --> 00:06:13,122 (新之助)しかし 最近は 江戸も変な輩(やから)が増えましたねえ 105 00:06:13,206 --> 00:06:14,874 (彦弥)お前も十分変だろ 106 00:06:14,957 --> 00:06:17,919 あの空気の中で 普通に蕎麦すすりやがって 107 00:06:18,002 --> 00:06:21,714 まあ それだけ 蕎麦がおいしかったってことで 108 00:06:22,507 --> 00:06:24,926 御頭は これからどうするんです? 109 00:06:25,009 --> 00:06:27,720 左門に おやっさんの消息について 110 00:06:27,804 --> 00:06:30,431 何か分かったことはないか 聞きに行く 111 00:06:30,515 --> 00:06:32,642 お前たちは戻っていてくれ 112 00:06:32,725 --> 00:06:34,018 (新之助)分かりました 113 00:06:44,529 --> 00:06:45,780 (源吾)おやっさん! 114 00:06:45,863 --> 00:06:48,366 御頭 どうしました? 115 00:06:48,449 --> 00:06:51,869 今日も風読みがピタリと当たって ケガ人なしだったんだ! 116 00:06:52,495 --> 00:06:56,207 たまには一杯いいだろ? 月見酒ってやつさ 117 00:06:58,042 --> 00:07:00,461 俺は ずっと不思議なんだが… 118 00:07:01,504 --> 00:07:02,964 なんでしょう? 119 00:07:04,715 --> 00:07:06,259 おやっさんは 火消なんて身分で 120 00:07:06,342 --> 00:07:08,386 くすぶってるような人間じゃ ないだろう? 121 00:07:08,469 --> 00:07:11,472 それは買いかぶりというものですよ 122 00:07:11,556 --> 00:07:13,808 なんで火消になろうと 思ったんだ? 123 00:07:14,684 --> 00:07:18,146 屋内で風を感じられますか? 124 00:07:18,229 --> 00:07:21,482 月を眺めることができますかな 125 00:07:21,566 --> 00:07:26,362 人は 外にいでてこそ 星のように輝くのです 126 00:07:27,238 --> 00:07:29,991 ああ… すまん おやっさん どういう意味? 127 00:07:30,074 --> 00:07:32,493 ハッハハハ… 128 00:07:33,286 --> 00:07:34,996 (左門)源吾! 129 00:07:36,205 --> 00:07:40,126 ちょうどよかった お前を訪ねに向かっていたところだ 130 00:07:40,209 --> 00:07:43,087 おやっさんの件 何か分かったのか? 131 00:07:43,171 --> 00:07:45,631 (左門)ああ なんとか ツテを頼って 132 00:07:45,715 --> 00:07:48,342 孫一殿を知っているお方に たどり着いたぞ 133 00:07:48,426 --> 00:07:51,137 本当か! なんというお方だ? 134 00:07:51,220 --> 00:07:55,141 山路(やまじ)連貝軒(れんがいけん) 幕府の天文方だ 135 00:07:55,224 --> 00:07:57,894 幕府… 天文方…? 136 00:07:59,145 --> 00:08:01,647 (源吾)突然の面会にも 快く応じていただき 137 00:08:01,731 --> 00:08:03,649 ありがとうございます 138 00:08:03,733 --> 00:08:07,320 (連貝軒)なに 相手が あの火喰鳥(ひくいどり)殿とあっては 139 00:08:07,403 --> 00:08:09,405 断る理由もないというもの 140 00:08:09,488 --> 00:08:11,157 なぜ それを? 141 00:08:11,240 --> 00:08:17,163 渋川(しぶかわ)孫一は 貴殿のことを話すとき それはもう 楽しげでしてな 142 00:08:17,246 --> 00:08:19,832 しぶかわ… 加持孫一では? 143 00:08:19,916 --> 00:08:22,585 (連貝軒)そうか どこから話せばよいか 144 00:08:22,668 --> 00:08:24,170 少し長くなるが 145 00:08:24,253 --> 00:08:25,171 かまいません 146 00:08:25,254 --> 00:08:31,469 孫一はな 幕府初代天文方に 任じられた渋川家の一族 147 00:08:31,552 --> 00:08:36,390 それも3代目天文方 渋川敬尹(ひろただ)の息子なのだ 148 00:08:36,474 --> 00:08:38,976 ただ 出生に秘密があってな 149 00:08:39,060 --> 00:08:40,811 出生の秘密… 150 00:08:41,312 --> 00:08:46,067 敬尹は天文の勉学のため 長崎の出島(でじま)に足を運んだ 151 00:08:46,150 --> 00:08:48,736 そこで 孫一の母と出会ったのだ 152 00:08:48,819 --> 00:08:52,365 つまり 孫一の母は南蛮人ということだ 153 00:08:52,448 --> 00:08:53,741 南蛮人…! 154 00:08:53,824 --> 00:08:56,827 確かに 彫りの深い顔だとは 思っていましたが 155 00:08:56,911 --> 00:09:00,706 (連貝軒)孫一は 幼いころより天文を学んだが 156 00:09:00,790 --> 00:09:04,335 妾(めかけ)の子ゆえに 家を継げないということもあって 157 00:09:04,418 --> 00:09:07,421 30で家を出ることにしたそうだ 158 00:09:07,505 --> 00:09:09,465 (源吾)私と出会うまでは何を? 159 00:09:10,007 --> 00:09:14,887 (連貝軒)名を加持に改めると ますます その知識に磨きをかけた 160 00:09:14,971 --> 00:09:18,140 南蛮の天文学を隅まで調べ上げ 161 00:09:18,224 --> 00:09:22,019 わしを はるかに超える知識を 身につけるほどにな 162 00:09:22,103 --> 00:09:24,772 そんな人が なんで火消に? 163 00:09:24,855 --> 00:09:27,400 あやつは 常々 言っておった 164 00:09:27,483 --> 00:09:31,404 “人々の暮らしに寄り添わずして 何が天文学だ”と 165 00:09:31,487 --> 00:09:33,155 学びは世の中にあり 166 00:09:33,239 --> 00:09:36,284 得たことは 世の中に還元せねばならんと 167 00:09:36,367 --> 00:09:37,994 還元… 168 00:09:38,077 --> 00:09:41,664 それが火消として 人々の役に立つことだったのか 169 00:09:42,164 --> 00:09:44,667 だが おやっさんは火消を辞めた 170 00:09:44,750 --> 00:09:46,586 わしが呼んだのだ 171 00:09:46,669 --> 00:09:49,463 暦の編纂(へんさん)に力を貸してほしいと 172 00:09:49,547 --> 00:09:52,008 精度の悪い暦を使い続ければ 173 00:09:52,091 --> 00:09:56,554 民に無用な苦しみを 与えるではないかと詰め寄ってな 174 00:09:56,637 --> 00:09:58,472 そうだったのですか 175 00:09:58,556 --> 00:10:00,683 やぼ用とは暦の編纂 176 00:10:00,766 --> 00:10:02,935 では おやっさんは まだ暦を? 177 00:10:03,019 --> 00:10:07,440 (連貝軒)孫一は死んだ 火消を辞めて程なくしてな 178 00:10:07,523 --> 00:10:08,941 一体 なぜ? 179 00:10:09,025 --> 00:10:10,568 火事だ 180 00:10:14,196 --> 00:10:16,949 (連貝軒)京に向かう旅の途中 181 00:10:19,285 --> 00:10:23,789 もう少しで京という 守山宿(もりやまじゅく)に着いた日のこと 182 00:10:23,873 --> 00:10:28,044 我々の泊まった近隣の宿から 出火したのだ 183 00:10:29,420 --> 00:10:33,841 宿場火消は 近江(おうみ)の夜は山風になると主張して 184 00:10:33,924 --> 00:10:36,218 西側を破壊しようとしていた 185 00:10:36,302 --> 00:10:40,473 孫一は きのうまでの雨で 琵琶湖(びわこ)の水は冷え 186 00:10:40,556 --> 00:10:44,268 風向きは変わらないから 東側を壊せと説いたが 187 00:10:44,352 --> 00:10:46,979 聞き入れてもらえなかった 188 00:10:50,441 --> 00:10:52,860 果たして 孫一の言うとおり 189 00:10:52,943 --> 00:10:57,531 湖からの風にあおられ 瞬く間に宿場は火の海となり 190 00:10:57,615 --> 00:11:01,369 初動を誤った火消は退却を始めた 191 00:11:01,952 --> 00:11:06,874 孫一は 老人に女・子供 逃げ遅れた病人を助け続けた 192 00:11:06,957 --> 00:11:11,212 そして まだ逃げ遅れた者たちが いると聞いた孫一は… 193 00:11:12,463 --> 00:11:13,381 行くな! 194 00:11:14,465 --> 00:11:18,386 わしたちも逃げなければ 命が危ういのだぞ! 195 00:11:18,469 --> 00:11:21,639 すまぬ これでも火消の端くれなのだ 196 00:11:22,390 --> 00:11:23,641 (連貝軒)行くな 孫一! 197 00:11:23,724 --> 00:11:25,393 孫一! 198 00:11:25,976 --> 00:11:29,897 それが わしが見た孫一の最後の姿だ 199 00:11:29,980 --> 00:11:33,275 おやっさんは もういないのですね 200 00:11:35,361 --> 00:11:39,115 貴重なお話を聞かせていただき ありがとうございました 201 00:11:41,325 --> 00:11:42,993 待たれよ 松永(まつなが)殿 202 00:11:43,077 --> 00:11:45,287 まだ諦めるのは早いかと 203 00:11:45,371 --> 00:11:48,332 孫一が唯一天才と呼んだ男がいる 204 00:11:48,416 --> 00:11:51,544 もしかしたら お主の力になってくれるかもしれん 205 00:11:52,711 --> 00:11:54,296 その男はどこに? 206 00:11:54,380 --> 00:11:57,800 今は荒川(あらかわ)を越えた宮城村(みやぎむら)にいる 207 00:11:57,883 --> 00:11:59,885 名を加持星十郎(せいじゅうろう) 208 00:11:59,969 --> 00:12:04,014 孫一の息子にして 希代の天才だ 209 00:12:05,725 --> 00:12:08,227 (新之助) どうやら ここみたいですよ 210 00:12:09,854 --> 00:12:10,730 (源吾)御免! 211 00:12:12,815 --> 00:12:15,234 しゃらくせえ 蹴破ってやろうか 212 00:12:16,277 --> 00:12:17,236 おっ 213 00:12:17,319 --> 00:12:19,029 こりゃどうも 214 00:12:19,113 --> 00:12:21,740 加持孫一殿のご子息でしょうか? 215 00:12:22,616 --> 00:12:24,618 (星十郎)松永源吾殿ですね 216 00:12:25,745 --> 00:12:27,079 なぜ それを… 217 00:12:27,163 --> 00:12:29,874 見たところ 年の頃や身分もバラバラ 218 00:12:29,957 --> 00:12:32,168 それに あなた その右手… 219 00:12:33,210 --> 00:12:35,004 やけどの痕では? 220 00:12:35,087 --> 00:12:38,966 さらに 父の名前を出して ここを訪ねてくるとなれば 221 00:12:39,049 --> 00:12:41,260 まず 間違いなく火消 222 00:12:41,343 --> 00:12:44,680 そうなると 答えは 自然と絞られます 223 00:12:45,181 --> 00:12:48,267 さすがです ならば 話は早い 224 00:12:48,350 --> 00:12:51,770 新庄藩(しんじょうはん)は ぜひとも加持殿を お迎えしたいと思っているのです 225 00:12:51,854 --> 00:12:56,275 立ってする話ではないようですね どうぞ中へ 226 00:13:01,447 --> 00:13:03,240 なぜ私を? 227 00:13:03,324 --> 00:13:06,494 天文方として 少ないかもしれませんが 228 00:13:06,577 --> 00:13:08,287 130石を用意しております 229 00:13:09,205 --> 00:13:11,957 ふだんは研究 観測を ご自由になさって 230 00:13:12,041 --> 00:13:15,294 不測の事態の折のみ 現場に出ていただきたい 231 00:13:15,377 --> 00:13:18,297 不測の事態の現場というのは? 232 00:13:19,006 --> 00:13:20,424 火事場にござる 233 00:13:21,592 --> 00:13:22,760 お断りします 234 00:13:22,843 --> 00:13:24,136 (彦弥)あっ 235 00:13:24,220 --> 00:13:27,598 私は 父と同じ道を 歩むつもりはありません 236 00:13:27,681 --> 00:13:32,102 父は賢きお方であったが 同時に愚かなお方でもあった 237 00:13:32,186 --> 00:13:34,104 (源吾)どういう意味でしょう? 238 00:13:34,188 --> 00:13:37,733 学者には学者の 本文というものがございます 239 00:13:37,817 --> 00:13:40,945 火消遊びなど 所詮はよそ事 240 00:13:41,028 --> 00:13:44,532 揚げ句の果てに そのよそ事で犬死になさるとは 241 00:13:44,615 --> 00:13:45,449 (源吾)んっ 242 00:13:45,533 --> 00:13:46,951 おい! てめえよ… 243 00:13:49,787 --> 00:13:52,957 なすべきことをなさずに 亡くなられたことは 244 00:13:53,040 --> 00:13:54,875 犬死にと申せましょう 245 00:13:55,417 --> 00:13:57,670 私は そうは思いません 246 00:13:57,753 --> 00:14:00,673 が 貴殿がそこまで言う なすべきこととは 247 00:14:00,756 --> 00:14:01,841 なんでしょうか? 248 00:14:01,924 --> 00:14:05,928 天の理(ことわり) 世の理を明らかにする 249 00:14:06,011 --> 00:14:09,640 学問の道は それ以上でも それ以下でもございません 250 00:14:09,723 --> 00:14:10,975 やい 赤髪! 251 00:14:11,058 --> 00:14:14,103 その大層な学問で 天の何が分かる! 252 00:14:14,186 --> 00:14:15,563 (星十郎)ハァー 253 00:14:16,063 --> 00:14:17,856 例えば 月までの距離 254 00:14:17,940 --> 00:14:19,859 (彦弥)あ? フッ 255 00:14:19,942 --> 00:14:21,735 (2人)ああ… 256 00:14:21,819 --> 00:14:25,906 ご存じなかろうが ジェローム・ラランドという男 257 00:14:25,990 --> 00:14:29,118 すでに月までの距離を 求め終えております 258 00:14:29,201 --> 00:14:32,454 この国の学問とは 雲泥の差がある 259 00:14:32,538 --> 00:14:33,497 (彦弥)ああ… 260 00:14:33,581 --> 00:14:37,293 今! あなたは うつむきながら首を触った 261 00:14:37,376 --> 00:14:39,753 つまり 不安になっているということ 262 00:14:39,837 --> 00:14:42,506 なんだと… 適当なことを 263 00:14:42,590 --> 00:14:43,924 ピシフォロフィー 264 00:14:44,008 --> 00:14:48,137 蘭語を直訳すれば 心理学とでも申しましょうか 265 00:14:48,220 --> 00:14:53,017 南蛮では 人の心の成り立ちから 推移までも研究しているんです 266 00:14:53,100 --> 00:14:56,478 ご存じないとは思いますが ハハハ… 267 00:14:56,562 --> 00:14:58,272 それが なんだってんだ! 268 00:14:58,355 --> 00:15:01,525 火消が人の命を救うより 偉いってのか? 269 00:15:01,609 --> 00:15:04,445 人の命を救う ですか 270 00:15:04,528 --> 00:15:05,529 松永殿 271 00:15:06,447 --> 00:15:07,907 なんでしょうか 272 00:15:07,990 --> 00:15:09,950 (星十郎) あなたは 火消をつい最近まで 273 00:15:10,034 --> 00:15:11,952 辞めていたそうですね? 274 00:15:12,036 --> 00:15:14,872 一体 どういうつもりで また始めたのです? 275 00:15:14,955 --> 00:15:17,750 どうせ また理由があれば 辞めてしまうのでは? 276 00:15:17,833 --> 00:15:19,835 何! この… 277 00:15:19,918 --> 00:15:21,211 あっ… 278 00:15:21,295 --> 00:15:23,130 そう思われるのも しかたない 279 00:15:23,213 --> 00:15:27,801 しかし 私は今度こそ 命を懸けて この仕事を続ける覚悟です 280 00:15:27,885 --> 00:15:32,514 父は確かに火消として いくらかの命を救ったのでしょう 281 00:15:32,598 --> 00:15:34,933 しかし 学者として生きていれば 282 00:15:35,017 --> 00:15:39,188 火消一人が一生かかっても 救えない数の人間が救われたはず 283 00:15:40,648 --> 00:15:43,692 私は 父の生き方に 納得ができません 284 00:15:43,776 --> 00:15:47,821 目先の感情で 全てを 忘れてしまうような生き方など 285 00:15:47,905 --> 00:15:49,948 したくはないのです 286 00:15:50,032 --> 00:15:51,283 しかし… 287 00:15:51,367 --> 00:15:54,953 (星十郎)父は 我が一名に “星”の一文字を付けられた 288 00:15:55,037 --> 00:15:58,415 天文の道を継いでほしいはず 289 00:15:58,499 --> 00:16:01,794 私は 父上のやり残したことを 成し遂げます 290 00:16:03,837 --> 00:16:06,298 これ以上 お話しすることはありません 291 00:16:06,382 --> 00:16:08,217 どうか お引き取りを 292 00:16:09,134 --> 00:16:10,219 (左門)そうか 293 00:16:10,970 --> 00:16:14,473 かなり癖の強い人物のようだな 294 00:16:14,556 --> 00:16:17,768 私は星十郎さんの気持ちも 分かります 295 00:16:17,851 --> 00:16:20,646 私だって 父が火消の職を全うしたから 296 00:16:20,729 --> 00:16:23,857 死んでもしかたないとは思えない 297 00:16:23,941 --> 00:16:25,484 そうだろうな 298 00:16:25,567 --> 00:16:26,985 あ… 299 00:16:27,069 --> 00:16:30,990 だがな あれは うちに絶対に必要な男だ 300 00:16:31,073 --> 00:16:34,743 俺は 御頭が風読みをしてくれりゃ 十分だぜ 301 00:16:34,827 --> 00:16:37,037 俺じゃ力不足だ 302 00:16:37,121 --> 00:16:39,498 俺が昔 火消としてやっていけたのは 303 00:16:39,581 --> 00:16:41,709 おやっさんの力が大きい 304 00:16:41,792 --> 00:16:43,752 それに俺が風読みをすれば… 305 00:16:43,836 --> 00:16:47,589 (深雪(みゆき))もし また星十郎様と お話する機会を作れたら 306 00:16:47,673 --> 00:16:50,759 そのピシフォロフィーを 使ってみたらいいかがですか? 307 00:16:50,843 --> 00:16:52,511 といいますと…? 308 00:16:52,594 --> 00:16:54,888 先ほどの話を聞いたかぎり 309 00:16:54,972 --> 00:16:59,226 星十郎様は孫一さんのことで かなり苦しんでおられるご様子 310 00:17:00,019 --> 00:17:02,020 そう… ですか? 311 00:17:02,104 --> 00:17:03,147 ええ 312 00:17:03,230 --> 00:17:05,566 でなければ 初対面の皆様の前で 313 00:17:05,649 --> 00:17:08,527 お父上のことを 責めたりしないでしょう 314 00:17:08,610 --> 00:17:11,113 旦那様に強く当たられたのも 315 00:17:11,196 --> 00:17:14,783 お気持ちを どこにぶつけていいか 分からなかったからでは? 316 00:17:14,867 --> 00:17:15,993 なるほど 317 00:17:16,076 --> 00:17:19,538 それならば 諦めるのは まだ早いかもしれませんね 318 00:17:19,621 --> 00:17:22,541 だが 時間はかかるだろうな 319 00:17:27,880 --> 00:17:29,298 (新之助)んっ… 320 00:17:32,009 --> 00:17:33,844 (星十郎)お待たせしました 321 00:17:36,513 --> 00:17:38,932 いえいえ 来てくれてよかった 322 00:17:39,016 --> 00:17:41,852 慣れぬ手紙を書いたかいが ありました 323 00:17:42,478 --> 00:17:43,645 驚きました 324 00:17:43,729 --> 00:17:47,149 手紙を手にしたときは 松永殿からだとばかり… 325 00:17:47,232 --> 00:17:48,942 (新之助)これは私の独断です 326 00:17:49,026 --> 00:17:51,111 御頭にも告げていません 327 00:17:51,195 --> 00:17:53,530 さっ どうぞ座ってください 328 00:17:58,535 --> 00:18:00,913 外に出るときは いつもそれを? 329 00:18:00,996 --> 00:18:04,208 ご無礼を 何分 この髪色ですので 330 00:18:04,291 --> 00:18:07,252 (新之助)案外 気の小さいことを おっしゃるんですね 331 00:18:07,336 --> 00:18:09,171 この間とは大違いだ 332 00:18:09,755 --> 00:18:13,217 恥とは思いませんが 生きにくいことは確かです 333 00:18:14,259 --> 00:18:17,012 まあ 蕎麦でも食べながら 話をしませんか? 334 00:18:17,096 --> 00:18:18,680 ここのは うまいんです 335 00:18:19,640 --> 00:18:21,725 ああ ありがとう お鈴さん 336 00:18:22,893 --> 00:18:23,727 (お鈴)あっ… 337 00:18:25,813 --> 00:18:27,731 きれいな髪… 338 00:18:27,815 --> 00:18:28,982 (新之助)でしょ? 339 00:18:29,066 --> 00:18:32,903 私も そう思うんですが この人は恥ずかしいそうで 340 00:18:32,986 --> 00:18:36,490 ええっ? どうか お侍さん 自信を持って 341 00:18:36,573 --> 00:18:39,284 そんなきれいな髪 羨ましいもの 342 00:18:40,577 --> 00:18:43,497 ですって よかったですね 343 00:18:46,083 --> 00:18:48,085 さっ 食べましょう 344 00:18:52,756 --> 00:18:54,007 (星十郎)いい蕎麦です 345 00:18:55,926 --> 00:18:58,011 (蕎麦をすする音) 346 00:18:59,137 --> 00:19:02,391 実は 私も父を亡くしてるんです 347 00:19:03,600 --> 00:19:06,395 立派な火消だったと聞きました 348 00:19:06,478 --> 00:19:09,940 ただ これは御頭にも 言ってないんですが 349 00:19:10,023 --> 00:19:12,776 父は犬を助けて死んだらしいのです 350 00:19:12,860 --> 00:19:14,069 犬を…? 351 00:19:14,153 --> 00:19:17,155 ええ 助けたら死ぬと分かっていたのに 352 00:19:17,739 --> 00:19:20,284 これが本当の犬死にってやつですよ 353 00:19:21,118 --> 00:19:24,621 正直 言って 父のようになるのは 真っ平ごめんです 354 00:19:24,705 --> 00:19:26,039 -(新之助)でも… -(星十郎)でも? 355 00:19:26,623 --> 00:19:28,750 (新之助) 私は 父のことが知りたい 356 00:19:28,834 --> 00:19:31,336 知らないままは 先へ進めないんです 357 00:19:31,420 --> 00:19:33,297 あなたは どうなんです? 358 00:19:33,380 --> 00:19:35,299 (星十郎)私は… 359 00:19:35,382 --> 00:19:38,927 父が どうやって死んだのか よく知っています 360 00:19:39,553 --> 00:19:43,640 現地にも行って 父が助けた人々の話も聞きました 361 00:19:44,516 --> 00:19:45,684 ならば… 362 00:19:45,767 --> 00:19:49,730 ですが 私が誇りに思うのは 学者の父で 363 00:19:49,813 --> 00:19:52,065 火消の父ではないのです 364 00:19:52,149 --> 00:19:54,568 こんなことを話すのは不本意ですが 365 00:19:54,651 --> 00:19:59,948 私は 容姿だけで差別され 時に石を投げつけられたこともある 366 00:20:00,032 --> 00:20:01,700 同じ人間なのに 367 00:20:02,451 --> 00:20:05,996 でも 父は そんな人々を 守って死んだ 368 00:20:06,079 --> 00:20:09,208 なぜ そこまでして 彼らを守る必要があったのか 369 00:20:09,833 --> 00:20:12,586 やはり 私には理解できなかった 370 00:20:13,754 --> 00:20:16,715 先に自分の手を明かし 共感を得る 371 00:20:17,424 --> 00:20:21,011 あなたにはピシフォロフィーの 才能がおありのようだ 372 00:20:21,094 --> 00:20:23,221 だが 私には通用しない 373 00:20:25,057 --> 00:20:26,975 バレちゃいました? 374 00:20:27,059 --> 00:20:28,602 (星十郎)ここまでですね 375 00:20:31,605 --> 00:20:32,898 待ってください 376 00:20:33,565 --> 00:20:38,278 前にあなたは 御頭が また理由さえあれば火消を辞めると 377 00:20:38,362 --> 00:20:39,488 そう言いましたね? 378 00:20:39,571 --> 00:20:40,948 ええ 379 00:20:41,031 --> 00:20:43,700 (新之助)御頭にかぎって それだけはありません 380 00:20:43,784 --> 00:20:45,494 なぜ そう言い切れるのです? 381 00:20:46,203 --> 00:20:51,166 確かに あの人は一度は江戸を離れ 火消というものからも逃げた 382 00:20:51,250 --> 00:20:52,834 それは間違いない 383 00:20:52,918 --> 00:20:54,503 しかし 戻ってきた 384 00:20:54,586 --> 00:20:59,007 そして 戻ってきてからの 御頭のことは 私が一番知ってます 385 00:20:59,091 --> 00:21:01,969 確かに頑固で すぐ怒るし 386 00:21:02,052 --> 00:21:05,013 何かと一人で抱え込む悪い癖が あります 387 00:21:05,097 --> 00:21:06,640 でも 分かるんです 388 00:21:06,723 --> 00:21:09,434 決して 人を裏切るような人ではないと 389 00:21:09,518 --> 00:21:11,478 私は そう信じています 390 00:21:11,561 --> 00:21:13,647 あなたと私は違う 391 00:21:13,730 --> 00:21:15,148 もちろんです 392 00:21:15,232 --> 00:21:20,070 だから 私はあなたに もう一度 御頭と会って 話を聞いてほしい 393 00:21:20,153 --> 00:21:22,531 今日は それだけをお願いに来ました 394 00:21:23,740 --> 00:21:25,617 私は先に出ます 395 00:21:25,701 --> 00:21:29,579 お代は払ってありますから 残りをゆっくり楽しんでください 396 00:21:36,503 --> 00:21:38,922 (戸の開閉音) 397 00:21:41,133 --> 00:21:46,054 (孫一)人は外にいでてこそ 星のように輝くのです 398 00:21:59,151 --> 00:22:00,569 (爆発音) 399 00:22:02,654 --> 00:22:07,075 (風鈴の音) 400 00:22:11,038 --> 00:22:13,040 ♪~ 401 00:23:38,917 --> 00:23:40,919 {\an8}~♪