1 00:00:04,947 --> 00:00:08,148 季節は春の初めで その日は雨だった 2 00:00:11,914 --> 00:00:17,280 だから彼女の髪も僕の体も重く湿り 辺りは雨のとてもいい匂いで満ちた 3 00:00:23,614 --> 00:00:26,347 地軸が音もなくひっそりと回転して 4 00:00:26,547 --> 00:00:31,714 彼女と僕の体温は 世界の中で静かに熱を失い続けていた 5 00:00:35,280 --> 00:00:39,847 ただいま留守にしています ご用件をどうぞ 6 00:00:43,547 --> 00:00:46,514 その日 僕は彼女に拾われた 7 00:00:47,114 --> 00:00:50,081 だから僕は彼女の猫だ 8 00:01:11,947 --> 00:01:16,148 彼女は母親のように優しく 恋人のように美しかった 9 00:01:16,547 --> 00:01:19,914 だから僕は すぐに彼女の事が好きになった 10 00:01:23,847 --> 00:01:26,847 彼女は一人暮らしで 毎朝 仕事に出かける 11 00:01:27,347 --> 00:01:30,081 仕事の内容は知らない 興味もない 12 00:01:30,180 --> 00:01:34,081 でも僕は朝 部屋を出ていく 彼女の姿がすごく好きだ 13 00:01:34,514 --> 00:01:38,114 きちんと束ねた長い髪 かすかな化粧と香水の匂い 14 00:01:38,914 --> 00:01:40,714 彼女は僕の頭に手をのせて 15 00:01:41,881 --> 00:01:43,114 と声に出して 16 00:01:43,447 --> 00:01:46,514 背筋をピンと伸ばして 気持ちのいい靴音を響かせて 17 00:01:46,814 --> 00:01:48,614 重い鉄のドアを開ける 18 00:01:53,414 --> 00:01:57,081 雨に濡れた朝の草むらのような匂いが しばらく残る 19 00:02:02,814 --> 00:02:05,714 夏がきて 僕にもガールフレンドができた 20 00:02:06,180 --> 00:02:07,414 子猫のミミだ 21 00:02:08,313 --> 00:02:11,747 ミミは小さくてかわいくて 甘えるのがすごく上手で 22 00:02:12,247 --> 00:02:17,480 でも僕はやっぱり僕の彼女みたいな 大人っぽい女の人のほうが好きだ 23 00:02:18,213 --> 00:02:19,048 なに? ミミ? 24 00:02:20,148 --> 00:02:23,747 ねえ ミミ 何度も言ったけど 僕には大人の恋人がいるんだ 25 00:02:24,714 --> 00:02:25,847 うそじゃないよ 26 00:02:26,480 --> 00:02:27,313 ダメだよ 27 00:02:28,480 --> 00:02:30,148 ねえ ミミ 何度も言ったけど 28 00:02:30,280 --> 00:02:32,447 こういう話はもっと君が 大人になってから 29 00:02:32,547 --> 00:02:35,614 とかなんとか こんな話がずっと続く 30 00:02:45,747 --> 00:02:48,514 こんなふうに僕の初めての夏が過ぎ 31 00:02:48,681 --> 00:02:51,447 だんだん涼しい風が吹くようになって 32 00:02:51,647 --> 00:02:56,280 そういうある日 長い長い電話の後 彼女が泣いた 33 00:03:05,148 --> 00:03:06,580 僕には理由が分からない 34 00:03:06,681 --> 00:03:09,747 でも 僕の隣で長い時間泣いた 35 00:03:15,447 --> 00:03:17,480 悪いのは彼女じゃないと思う 36 00:03:17,681 --> 00:03:19,347 僕だけはいつも見てる 37 00:03:19,547 --> 00:03:21,647 彼女はいつでも誰よりも優しくて 38 00:03:21,847 --> 00:03:24,447 誰よりもきれいで 誰よりも懸命に生きてる 39 00:03:27,280 --> 00:03:28,814 彼女の声が聞こえる 40 00:03:29,414 --> 00:03:31,981 誰か 誰か 誰か… 41 00:03:32,148 --> 00:03:33,347 誰かたすけて 42 00:03:40,048 --> 00:03:45,114 あてのない暗闇の中を 僕たちを乗せたこの世界は回り続ける 43 00:03:46,213 --> 00:03:48,447 季節が変わって 今は冬だ 44 00:03:49,347 --> 00:03:53,180 僕にとって初めて見る雪景色も ずっと昔から知っているような気がする 45 00:03:54,148 --> 00:03:55,614 冬の朝は遅いから 46 00:03:55,847 --> 00:03:58,981 彼女が家を出る時間になっても まだ外は暗い 47 00:03:59,914 --> 00:04:03,514 分厚いコートにくるまった彼女は まるで大きな猫みたいだ 48 00:04:07,480 --> 00:04:09,580 雪の匂いを身にまとった彼女と 49 00:04:10,280 --> 00:04:12,580 彼女の細い冷たい指先と 50 00:04:12,714 --> 00:04:15,614 遥か上空の黒い雲の流れる音と 51 00:04:16,280 --> 00:04:19,514 彼女の心と僕の気持ちと僕たちの部屋 52 00:04:20,747 --> 00:04:22,914 雪は全ての音を吸い込んで 53 00:04:23,247 --> 00:04:28,213 でも彼女の乗った電車の音だけは ピンと立ちあがった僕の耳に届く 54 00:04:31,148 --> 00:04:32,048 僕も 55 00:04:32,781 --> 00:04:34,681 それからたぶん彼女も 56 00:04:36,048 --> 00:04:38,781 この世界のことを好きなんだと思う