1 00:03:01,252 --> 00:03:05,189 火をたけ 夜が来る 2 00:03:05,189 --> 00:03:10,094 火をともせ 闇が来る 3 00:03:10,094 --> 00:03:16,294 火を隠せ 骸から生まれし火が紛れ込む 4 00:03:28,345 --> 00:03:30,345 あの火は… 5 00:03:34,251 --> 00:03:37,821 ハッ! 6 00:03:37,821 --> 00:03:42,426 みんな その火に当たってはダメ 7 00:03:42,426 --> 00:03:44,426 ハッ! 8 00:04:01,645 --> 00:04:05,245 これが 報いなのね 9 00:04:08,118 --> 00:04:11,718 私は間違っていたのだろうか 10 00:04:13,824 --> 00:04:18,562 あの男の言うようにしていれば 11 00:04:18,562 --> 00:04:20,562 よかったのだろうか 12 00:04:44,254 --> 00:04:46,254 この辺りのようだな 13 00:04:54,832 --> 00:04:59,670 よお この里に蟲師がいるって 聞いたんだがな 14 00:04:59,670 --> 00:05:04,375 蟲師? 野萩のことじゃねえか? 15 00:05:04,375 --> 00:05:07,745 父ちゃんたちと原にいるよ 16 00:05:07,745 --> 00:05:10,647 見たことない草が いっぱい生えてきて 17 00:05:10,647 --> 00:05:14,918 山の木どんどん枯らしてるんだ 18 00:05:14,918 --> 00:05:17,154 じゃあ 決まりだな 19 00:05:17,154 --> 00:05:20,791 手分けして里の周りの木 切っとかんと 20 00:05:20,791 --> 00:05:24,328 ああ 21 00:05:24,328 --> 00:05:26,597 野萩 22 00:05:26,597 --> 00:05:31,502 あんたたち ここには来るなって言ったでしょ 23 00:05:31,502 --> 00:05:34,338 あっ あんた またケガしたの? 24 00:05:34,338 --> 00:05:36,974 お客 連れてきたんだよ 25 00:05:36,974 --> 00:05:39,209 客? 26 00:05:39,209 --> 00:05:42,813 あっ その草に触っては… 27 00:05:42,813 --> 00:05:48,419 なるほど これ1本だけ 生えてても見逃しちまうな 28 00:05:48,419 --> 00:05:52,356 さすがに これだけ群れりゃ 蟲と気づくが 29 00:05:52,356 --> 00:05:56,727 あなた 蟲師… ですか? 30 00:05:56,727 --> 00:06:00,697 ギンコと申します ここらで新種が出たってんで 31 00:06:00,697 --> 00:06:03,500 調査にと思ってね 32 00:06:03,500 --> 00:06:08,100 あいにくですが もう調査は終えたんですよ 33 00:06:13,610 --> 00:06:16,213 イテッ 動かない 34 00:06:16,213 --> 00:06:19,049 イテッ いいよ 35 00:06:19,049 --> 00:06:22,886 野萩って名 覚えがあると思ったら 36 00:06:22,886 --> 00:06:25,886 あんたの研究の写し いくつか読んだよ 37 00:06:28,158 --> 00:06:32,029 驚いたね こんな若い娘だったとは 38 00:06:32,029 --> 00:06:34,932 それは どうも なら… 39 00:06:34,932 --> 00:06:37,835 あの蟲の調書も さぞ立派だろう 40 00:06:37,835 --> 00:06:41,705 見せてもらえねえかな 41 00:06:41,705 --> 00:06:44,107 途中までですけど 42 00:06:44,107 --> 00:06:48,612 途中?あんた さっき終えたって 43 00:06:48,612 --> 00:06:52,282 もう調査の必要はないんです 44 00:06:52,282 --> 00:06:57,554 明日 山ごと全て 焼き払うんですから 45 00:06:57,554 --> 00:07:01,425 えっ? 山 焼いちゃうの? 46 00:07:01,425 --> 00:07:03,427 ええ なんで? 47 00:07:03,427 --> 00:07:06,363 よくないのは あの草だけだろ? 48 00:07:06,363 --> 00:07:08,499 こうするしかないの 49 00:07:08,499 --> 00:07:11,235 山の動物は死んじゃうの? 50 00:07:11,235 --> 00:07:16,039 皆で できるだけ 追い払うようにしてもらったわ 51 00:07:16,039 --> 00:07:21,345 でも… あの草を これ以上ほっとくと 52 00:07:21,345 --> 00:07:25,582 山も あんたたちの命だって 危ないのよ 53 00:07:25,582 --> 00:07:27,651 分かってちょうだい 54 00:07:27,651 --> 00:07:32,122 これは生き延びる最後の手段なの 55 00:07:32,122 --> 00:07:36,960 本当に他に方法はねえのか? 56 00:07:36,960 --> 00:07:39,560 もう時間切れなのよ 57 00:07:42,900 --> 00:07:46,303 何か力になれることも あるかもしれん 58 00:07:46,303 --> 00:07:49,103 これまでのこと 話してはもらえんか? 59 00:07:52,442 --> 00:07:54,442 そうね 60 00:07:57,281 --> 00:07:59,581 今から ふた月前になるわ 61 00:08:01,518 --> 00:08:04,955 あの原を開いて畑にするために 62 00:08:04,955 --> 00:08:08,191 皆で土を起こしていたんです 63 00:08:08,191 --> 00:08:12,029 すると大きな黒い岩が現れました 64 00:08:12,029 --> 00:08:16,266 この辺りは火山に近いため 溶岩石も多く 65 00:08:16,266 --> 00:08:22,072 いつものように掘り起こし 原の隅に放っておきました 66 00:08:22,072 --> 00:08:28,272 翌日 その岩の亀裂から 草が生えているのに気づきました 67 00:08:30,781 --> 00:08:36,019 けれど その時は 気にもとめませんでした 68 00:08:36,019 --> 00:08:40,490 3日後 降り続いた雨が上がって 原へ行くと 69 00:08:40,490 --> 00:08:47,097 開いたばかりの土地一面に その草が生い茂っていました 70 00:08:47,097 --> 00:08:52,936 それは どれだけ刈っても抜いても 全て根がつながっているらしく 71 00:08:52,936 --> 00:08:56,573 すぐに また生えてきました 72 00:08:56,573 --> 00:09:01,011 これは異形のものだと 気づいた時には もう遅く 73 00:09:01,011 --> 00:09:04,514 草は花のようなものから毒を吐き 74 00:09:04,514 --> 00:09:08,986 周囲の草木を枯らし始めたのです 75 00:09:08,986 --> 00:09:11,488 その勢いは衰えを知らず 76 00:09:11,488 --> 00:09:14,424 数々の駆除法を試しましたが 77 00:09:14,424 --> 00:09:18,061 有効なものは見つからないまま 78 00:09:18,061 --> 00:09:20,797 草は山じゅうに広がり 79 00:09:20,797 --> 00:09:22,997 里へも迫ってきています 80 00:09:25,636 --> 00:09:30,173 だからといって 山ごと焼くのは代償がデカすぎる 81 00:09:30,173 --> 00:09:32,943 しかも相手は正体不明の蟲だ 82 00:09:32,943 --> 00:09:35,912 どんな影響が出るか 分かったもんじゃない 83 00:09:35,912 --> 00:09:41,151 どうにかして人を集めて 確実に抜いていくべきだ 84 00:09:41,151 --> 00:09:44,121 どれだけ時間がかかったとしても 85 00:09:44,121 --> 00:09:46,757 このまま作物まで枯れてしまえば 86 00:09:46,757 --> 00:09:49,326 里は冬を越せなくなる 87 00:09:49,326 --> 00:09:52,195 皆の命が懸かってるのよ 88 00:09:52,195 --> 00:09:56,767 だからこそだ 焦って手を出すのはまずい 89 00:09:56,767 --> 00:10:00,137 多少の犠牲は 目をつぶれと言うの? 90 00:10:00,137 --> 00:10:04,137 懸けるなら自分らの命だけに しろって言ってんだ 91 00:10:07,878 --> 00:10:10,447 正論だわね でも… 92 00:10:10,447 --> 00:10:14,317 おびえきってる里の皆に それは通じない 93 00:10:14,317 --> 00:10:17,220 なら そんな理屈 意味はないわ 94 00:10:17,220 --> 00:10:19,923 それは あんたもだろ? 95 00:10:19,923 --> 00:10:22,225 あの蟲に すぐ 気づけなかったことを悔やむのも 96 00:10:22,225 --> 00:10:26,763 分かるが あんたが恐れてどうすんだ 97 00:10:26,763 --> 00:10:31,468 故郷の人を守りたいのは 当然でしょ 98 00:10:31,468 --> 00:10:36,273 そのためなら どんな手段も使うつもりよ 99 00:10:36,273 --> 00:10:38,473 その調書は差し上げます 100 00:10:40,677 --> 00:10:44,581 今後の調査にお役立てください 101 00:10:44,581 --> 00:10:47,481 どうぞ もうお引き取りください 102 00:10:57,728 --> 00:11:02,065 ああ… 大楠 切っちゃった 103 00:11:02,065 --> 00:11:04,065 桜の木もないよ 104 00:11:08,572 --> 00:11:12,442 おい 切るのをやめてくれ 105 00:11:12,442 --> 00:11:15,245 うん? 何だ?あんた 106 00:11:15,245 --> 00:11:20,817 あんたら 自分の里のためだけに どんだけのものを犠牲にする気だ 107 00:11:20,817 --> 00:11:24,354 頼むから肝据えて考えてくれよ 108 00:11:24,354 --> 00:11:28,225 俺らだって山を荒らすのは つらいさ 109 00:11:28,225 --> 00:11:32,129 だがな 自分や家族が 死ぬかって時なんだよ 110 00:11:32,129 --> 00:11:35,298 あんた よそから来た蟲師だろ? 111 00:11:35,298 --> 00:11:38,168 この里にだって立派な蟲師がいる 112 00:11:38,168 --> 00:11:40,537 よそ者に わしらの何が分かる? 113 00:11:40,537 --> 00:11:45,375 よそ者から見りゃ あんたらは おびえたサルの群れのようだよ 114 00:11:45,375 --> 00:11:48,078 なっ? 恐怖で周り見失って 115 00:11:48,078 --> 00:11:50,080 やみくもに攻撃 加えてる 116 00:11:50,080 --> 00:11:52,082 何だと?この… 117 00:11:52,082 --> 00:11:56,453 サルと何か違うってんなら 少しは恐怖に勝ってみろ 118 00:11:56,453 --> 00:12:02,292 そうするために 人は火を 使うようになったんでしょ 119 00:12:02,292 --> 00:12:05,996 知恵で克服しろって言ってんだ 120 00:12:05,996 --> 00:12:08,965 火に歩み寄ったのも人の知恵だわ 121 00:12:08,965 --> 00:12:13,270 浅知恵だ そういうことを言ってんじゃない 122 00:12:13,270 --> 00:12:16,072 もう手を引いてと言ったでしょ 123 00:12:16,072 --> 00:12:18,572 邪魔をするな 来い 124 00:12:21,378 --> 00:12:25,382 みんな 落ち着いて聞いて 125 00:12:25,382 --> 00:12:29,753 里の端で あの草を見つけたわ 126 00:12:29,753 --> 00:12:31,755 伐採を急いで 127 00:12:31,755 --> 00:12:34,255 今夜にも山に火をつけましょう 128 00:12:38,128 --> 00:12:41,965 ああ イテッ 129 00:12:41,965 --> 00:12:44,765 少々 言いすぎたか 130 00:12:50,807 --> 00:12:53,877 やはり よく調べてある 131 00:12:53,877 --> 00:12:57,577 それだけに焼くしかないのは 悔しいだろうに 132 00:13:00,016 --> 00:13:02,853 俺じゃ 無理なんだ 133 00:13:02,853 --> 00:13:06,153 あんたが止めてくれるしか ないんだよ 134 00:13:13,363 --> 00:13:15,363 まさか… 135 00:13:23,974 --> 00:13:27,210 どうも嫌な予感がする 136 00:13:27,210 --> 00:13:31,081 あれは溶岩石の中にいたものだ 137 00:13:31,081 --> 00:13:34,481 火を与えてはいけない そんな気がする 138 00:13:44,361 --> 00:13:46,361 つけましょう 139 00:14:07,984 --> 00:14:09,984 あっ 140 00:14:42,319 --> 00:14:45,121 これで やっていける 141 00:14:45,121 --> 00:14:48,591 ああ 142 00:14:48,591 --> 00:14:51,991 でも みんな焼いちまったな 143 00:15:00,203 --> 00:15:02,203 はっ 144 00:15:05,108 --> 00:15:07,508 何?この音 145 00:15:15,652 --> 00:15:18,852 なあ おい 何だ?ありゃ 146 00:15:24,294 --> 00:15:26,796 あっ 147 00:15:26,796 --> 00:15:30,296 あれは… 陰火だ 148 00:15:36,873 --> 00:15:41,573 みんな 早く里に戻って あの火を家に近づけないで 149 00:15:45,382 --> 00:15:48,618 おい そこらの入れ物を 全部ふせろ 150 00:15:48,618 --> 00:15:50,887 隣近所にも言って回れ 151 00:15:50,887 --> 00:15:53,587 早くしねえと あの火の玉が巣くっちまうぞ 152 00:15:55,725 --> 00:16:00,463 その人の言うとおりにして 早く あれ…? 153 00:16:00,463 --> 00:16:02,932 みんな よく聞いて 154 00:16:02,932 --> 00:16:07,303 あれは火のように見えるけど 陰火というもの 155 00:16:07,303 --> 00:16:10,206 雨の日や寒い日なんかに現れて 156 00:16:10,206 --> 00:16:16,046 火と思って近づいてきた人の 体温を徐々に奪っていくの 157 00:16:16,046 --> 00:16:22,585 暖かな日は壺の中や木の洞なんか 狭い所で姿を消して潜んでる 158 00:16:22,585 --> 00:16:25,185 いくつかは もう 巣くってしまってるでしょうね 159 00:16:27,424 --> 00:16:31,428 この先 火に近づく時は気をつけて 160 00:16:31,428 --> 00:16:36,533 気づかず長く当たりすぎると 凍え死ぬこともあるわ 161 00:16:36,533 --> 00:16:39,269 気をつけるって どうすればいいの? 162 00:16:39,269 --> 00:16:44,140 火に当たって ぬるいと感じたら 陰火と思えばいいわ 163 00:16:44,140 --> 00:16:47,544 陰火の中には ヒダネという蟲がいるの 164 00:16:47,544 --> 00:16:53,683 その蟲が陰火の実態 人の熱を吸って生きるものよ 165 00:16:53,683 --> 00:16:56,719 でも大丈夫 気をつけてさえいれば 166 00:16:56,719 --> 00:17:00,256 害を受けることはないわ 167 00:17:00,256 --> 00:17:02,826 面倒なことになったな 168 00:17:02,826 --> 00:17:05,528 あの草が ヒダネの幼生だったとはね 169 00:17:05,528 --> 00:17:08,398 でもヒダネなら対処できる 170 00:17:08,398 --> 00:17:10,467 いつか書物で読んだし 171 00:17:10,467 --> 00:17:13,536 新種じゃなくて残念だったわね 172 00:17:13,536 --> 00:17:17,407 でも幼生の生態が分かって 大収穫じゃない 173 00:17:17,407 --> 00:17:19,407 俺に当たるなよ 174 00:17:22,545 --> 00:17:24,481 陰火は しつこいぞ 175 00:17:24,481 --> 00:17:27,951 この里で対処できるのは あんただけだろ 176 00:17:27,951 --> 00:17:32,188 もし手に負えなくなったら ここへ文をよこしてくれ 177 00:17:32,188 --> 00:17:36,726 力になる 調書の礼だ 178 00:17:36,726 --> 00:17:38,726 1人で無理はするなよ 179 00:17:50,140 --> 00:17:52,809 わあ くそっ 寒いな 180 00:17:52,809 --> 00:17:54,809 火 たくか 181 00:17:58,181 --> 00:18:01,551 チキショウ つきやしねえ 182 00:18:01,551 --> 00:18:04,554 あっ 残り火か 183 00:18:04,554 --> 00:18:06,654 こりゃ ありがてえ 184 00:18:23,373 --> 00:18:28,211 ああ 今日は冷えるね 185 00:18:28,211 --> 00:18:30,311 ちっとも部屋が暖まらない 186 00:18:44,160 --> 00:18:46,930 草はどうやら絶てた 187 00:18:46,930 --> 00:18:50,233 もう増えることはないだろう 188 00:18:50,233 --> 00:18:52,233 あとは陰火を… 189 00:18:56,372 --> 00:18:58,875 うん? 190 00:18:58,875 --> 00:19:01,778 ああ… 191 00:19:01,778 --> 00:19:04,147 あっ 192 00:19:04,147 --> 00:19:07,050 野萩ちゃん うちの子が こんな冷たく 193 00:19:07,050 --> 00:19:09,052 うちの じいさんもだ 194 00:19:09,052 --> 00:19:13,223 隣の連中の様子が… 195 00:19:13,223 --> 00:19:15,223 うっ… 196 00:19:23,833 --> 00:19:25,833 野萩ちゃん? 197 00:19:38,348 --> 00:19:43,820 それで? 7人 亡くなったわ 198 00:19:43,820 --> 00:19:47,457 それから陰火で 煮炊きしたものを食べて 199 00:19:47,457 --> 00:19:52,295 腑を凍傷のように痛めた者が大勢 200 00:19:52,295 --> 00:19:56,895 十分 注意してもらってるつもりだった 201 00:19:59,035 --> 00:20:01,471 今は どうなってる? 202 00:20:01,471 --> 00:20:05,275 腑を痛めた者は このまま安静にしていれば 203 00:20:05,275 --> 00:20:07,644 じき治るはずよ 204 00:20:07,644 --> 00:20:11,014 皆 細心の注意を払うようになって 205 00:20:11,014 --> 00:20:14,217 今は被害も落ち着いている 206 00:20:14,217 --> 00:20:16,152 陰火の処理は? 207 00:20:16,152 --> 00:20:19,155 ヒダネを潰せば やがて消えたわ 208 00:20:19,155 --> 00:20:22,592 それで ほとんど処分できたはずよ 209 00:20:22,592 --> 00:20:27,330 蟲を殺せば 火も消える… か 210 00:20:27,330 --> 00:20:29,899 書物どおりだな 211 00:20:29,899 --> 00:20:33,399 でも書物にない生態も分かったわ 212 00:20:36,472 --> 00:20:41,277 十分に熱を吸い続け 寿命を全うした骸からは 213 00:20:41,277 --> 00:20:44,947 また あの草が芽を出すのよ 214 00:20:44,947 --> 00:20:48,418 はっ 力を貸してほしいってのは そのことか? 215 00:20:48,418 --> 00:20:51,321 それは私1人で できるわ 216 00:20:51,321 --> 00:20:54,624 どうするんだ? 私が… 217 00:20:54,624 --> 00:20:58,494 誰もいない所へ行けばいい 218 00:20:58,494 --> 00:21:03,299 山を焼いた時 陰火を吸い込んでしまったのよ 219 00:21:03,299 --> 00:21:07,637 人の体も入れ物と言えるものね 220 00:21:07,637 --> 00:21:13,176 そのまま少しずつ 私の熱を吸って潜んでいたの 221 00:21:13,176 --> 00:21:16,079 ずっと体が 凍えるようだったけれど 222 00:21:16,079 --> 00:21:19,549 それは もう止まったわ 223 00:21:19,549 --> 00:21:23,453 その代わり 草を吐くようになった 224 00:21:23,453 --> 00:21:26,789 これは報いなんでしょうね 225 00:21:26,789 --> 00:21:31,194 ヒダネが私の腑の中で 芽を出したの 226 00:21:31,194 --> 00:21:34,097 そして毒を吐き始めた 227 00:21:34,097 --> 00:21:38,935 里の皆にも 私がもう 長くないことは伝えてある 228 00:21:38,935 --> 00:21:45,141 体を乗っ取られる前に里を出て 死に場所を探そうと思ってる 229 00:21:45,141 --> 00:21:49,412 だから あなたに里を頼みたいの 230 00:21:49,412 --> 00:21:53,712 あなたなら二度と こんな過ちを 犯したりしないでしょうから 231 00:21:55,752 --> 00:21:57,687 断る 232 00:21:57,687 --> 00:22:03,126 俺も あんたの立場だったら 同じことを言えたか分からんよ 233 00:22:03,126 --> 00:22:05,628 あんたらが始めた戦いだ 234 00:22:05,628 --> 00:22:07,563 この先も続くんだ 235 00:22:07,563 --> 00:22:10,763 あんた1人で 終わってもらっちゃ困るんだよ 236 00:22:18,875 --> 00:22:21,911 あれからずっと 考えていたことがある 237 00:22:21,911 --> 00:22:24,680 1つ試させてくれ 238 00:22:24,680 --> 00:22:26,749 陰火を捕まえる? 239 00:22:26,749 --> 00:22:30,219 それで野萩は治るのか? 240 00:22:30,219 --> 00:22:32,522 さあな 241 00:22:32,522 --> 00:22:34,522 いたー 242 00:22:39,162 --> 00:22:43,032 どういうつもり? 243 00:22:43,032 --> 00:22:46,335 ヒダネってのは よくできているよな 244 00:22:46,335 --> 00:22:50,540 毒を吐くのは たまたま持った 習性だったんだろうが 245 00:22:50,540 --> 00:22:54,243 そいつが人に 火をつけさせることにもなる 246 00:22:54,243 --> 00:22:56,612 火を得て成体となってからは 247 00:22:56,612 --> 00:23:00,349 その火で人を おびき寄せ 熱を吸う 248 00:23:00,349 --> 00:23:06,222 火を使う唯一の動物 人が 結果 この火に使われている 249 00:23:06,222 --> 00:23:10,493 だが しょせん この火は偽の火だ 250 00:23:10,493 --> 00:23:13,162 幼生に偽の火を与えたとして 251 00:23:13,162 --> 00:23:16,566 成体となることが できると思うか? 252 00:23:16,566 --> 00:23:20,069 それじゃ… あの草を駆除するには 253 00:23:20,069 --> 00:23:22,939 陰火で焼けばいいんじゃないか? 254 00:23:22,939 --> 00:23:27,539 そして陰火を通した食い物にも 恐らく同様の効果がある 255 00:23:29,545 --> 00:23:32,815 自分の腑も焼きながら… 256 00:23:32,815 --> 00:23:39,121 そうだよ 俺も食べたけど 腑が焼けるみたいに痛かったよ 257 00:23:39,121 --> 00:23:41,121 どうする? 258 00:23:47,597 --> 00:23:49,597 野萩 259 00:23:58,908 --> 00:24:02,008 ううっ はあ… 260 00:24:14,490 --> 00:24:16,792 焼けている 261 00:24:16,792 --> 00:24:20,363 もっと ちょうだい 262 00:24:20,363 --> 00:24:25,835 焦るなよ 急ぐと あんたの体がもたない 263 00:24:25,835 --> 00:24:28,538 ゆっくり治していくんだ 264 00:24:28,538 --> 00:24:31,638 少しずつ確実にな 265 00:24:36,812 --> 00:24:43,252 その後も 草を吐き 腑を焼き 266 00:24:43,252 --> 00:24:46,989 里を異形のものから守りながら 267 00:24:46,989 --> 00:24:50,359 娘は生きているという 268 00:24:50,359 --> 00:24:54,363 ねえ この頃 陰火 あまり見ないね 269 00:24:54,363 --> 00:24:57,433 暖かくなったからかな 270 00:24:57,433 --> 00:24:59,368 そうかもね 271 00:24:59,368 --> 00:25:03,239 でも まだ どこに潜んでるか分からないわ 272 00:25:03,239 --> 00:25:06,075 油断しちゃ… あっ! 273 00:25:06,075 --> 00:25:08,075 ハッ! 274 00:25:13,816 --> 00:25:16,485 谷のほうへ飛んでく 275 00:25:16,485 --> 00:25:21,324 少しでも寒い所を 探しているのかもね 276 00:25:21,324 --> 00:25:24,860 そして息を潜めて 277 00:25:24,860 --> 00:25:28,460 冬が来るのを じーっと待っているんだわ 278 00:31:14,476 --> 00:31:17,947 私の世界にあるものは 279 00:31:17,947 --> 00:31:22,851 においと音と 味と手触り 280 00:31:22,851 --> 00:31:25,688 それで全部 281 00:31:25,688 --> 00:31:28,488 それで十分 282 00:31:34,930 --> 00:31:36,865 何だろう 283 00:31:36,865 --> 00:31:40,365 目の中に何かある 284 00:32:11,266 --> 00:32:15,166 やれやれ やっと街道に出たか 285 00:32:26,582 --> 00:32:33,355 見れば 天井一面に 286 00:32:33,355 --> 00:32:41,530 垂れ下がる黒き髪のごときもの 287 00:32:41,530 --> 00:32:48,237 それが夜な夜な伸びてきて 288 00:32:48,237 --> 00:32:54,810 鼻に入りて眠れぬという 289 00:32:54,810 --> 00:32:58,510 へえ こりゃあ 蟲の話だ 290 00:33:03,519 --> 00:33:07,119 今の話 どこで聞いた? 291 00:33:09,324 --> 00:33:12,194 私の父だよ 292 00:33:12,194 --> 00:33:16,665 他にも話を聞きたいかい? 蟲師さん 293 00:33:16,665 --> 00:33:19,368 何で俺を蟲師だと? 294 00:33:19,368 --> 00:33:21,968 さあ 何となく 295 00:33:24,206 --> 00:33:28,510 まあ そんな顔せず 聞いておいきよ 296 00:33:28,510 --> 00:33:31,880 ほら もう遅いし そこらに宿とってさ 297 00:33:31,880 --> 00:33:35,384 あ? 旦那 298 00:33:35,384 --> 00:33:38,620 あいよ お1人様 ご案内だよ 299 00:33:38,620 --> 00:33:40,889 へい ただ今 おい 300 00:33:40,889 --> 00:33:44,493 俺は ここで宿をとる気はな… さあ 荷物お持ちしましょ 301 00:33:44,493 --> 00:33:46,895 …いって言ってんだよ 302 00:33:46,895 --> 00:33:49,895 おい 放せ 荷物返せ 303 00:33:58,607 --> 00:34:03,779 さて お次は どんな話にしようかね 304 00:34:03,779 --> 00:34:06,281 あんたの親父さん 蟲師か 305 00:34:06,281 --> 00:34:09,184 どれも真実味のある話だな 306 00:34:09,184 --> 00:34:12,020 ああ そうだった 307 00:34:12,020 --> 00:34:14,456 もう退いたのか? 308 00:34:14,456 --> 00:34:17,025 死んじまったよ 309 00:34:17,025 --> 00:34:21,430 私の目が 役に立たないばっかりに 310 00:34:21,430 --> 00:34:23,465 まったく見えていないのか 311 00:34:23,465 --> 00:34:26,068 いいや よく見えるよ 312 00:34:26,068 --> 00:34:30,038 ん?どういうことだ 313 00:34:30,038 --> 00:34:34,543 眼福を目にしちまったからね 314 00:34:34,543 --> 00:34:37,079 眼福を見たのか? そりゃすごい 315 00:34:37,079 --> 00:34:40,883 幻の蟲だ どこで見た? 316 00:34:40,883 --> 00:34:46,388 それじゃ 次は 私の話をしようかね 317 00:34:46,388 --> 00:34:49,625 その代わり 318 00:34:49,625 --> 00:34:53,462 1つ頼みを聞いてほしい 319 00:34:53,462 --> 00:34:58,862 この両目を 山に埋めてきてはくれないか 320 00:35:05,541 --> 00:35:08,076 周 321 00:35:08,076 --> 00:35:10,879 周 父ちゃん! 322 00:35:10,879 --> 00:35:14,516 おかえり お仕事どうだった? 323 00:35:14,516 --> 00:35:18,187 蟲師だった父は 私を残して 324 00:35:18,187 --> 00:35:21,523 しばらく家を空けることも 多かった 325 00:35:21,523 --> 00:35:25,327 私は父の旅先の話を聞くのが 326 00:35:25,327 --> 00:35:28,297 何より好きだった 327 00:35:28,297 --> 00:35:32,100 今回はな すごいものが手に入ったんだ 328 00:35:32,100 --> 00:35:37,039 眼福という 見れば 目がよくなるという蟲がいる 329 00:35:37,039 --> 00:35:40,909 これまで幻の蟲と されてきたものなんだが 330 00:35:40,909 --> 00:35:45,447 それを見たという男の目玉が 1つ手に入ってな 331 00:35:45,447 --> 00:35:47,816 目玉? 332 00:35:47,816 --> 00:35:51,687 なに 死後に取り出したもんだ 333 00:35:51,687 --> 00:35:55,157 その男は眼福を見てから 死ぬまでの数年 334 00:35:55,157 --> 00:35:58,093 みるみる目が よくなったって話だ 335 00:35:58,093 --> 00:36:03,865 そして その目玉は 死後も腐らず残っている 336 00:36:03,865 --> 00:36:07,502 眼福を見つける 手がかりになるかもしれん 337 00:36:07,502 --> 00:36:10,739 周 お前の目は 338 00:36:10,739 --> 00:36:14,643 俺が一生かけても 見えるようにしてやる 339 00:36:14,643 --> 00:36:17,343 必ずだ 待ってろよ 340 00:36:23,352 --> 00:36:26,221 ん? 341 00:36:26,221 --> 00:36:28,523 あっ 342 00:36:28,523 --> 00:36:31,393 父ちゃん? 343 00:36:31,393 --> 00:36:33,493 どうかし… 開けるな! 344 00:36:35,397 --> 00:36:37,532 何?今の 345 00:36:37,532 --> 00:36:40,269 蟲だ 目玉の中にいやがった 346 00:36:40,269 --> 00:36:43,705 あれが眼福なのかもしれん 347 00:36:43,705 --> 00:36:47,609 父は山中を捜し回ったが 348 00:36:47,609 --> 00:36:50,612 それは見つからず 349 00:36:50,612 --> 00:36:54,712 そして ひと月もたった頃だった 350 00:36:57,352 --> 00:37:00,155 あ 351 00:37:00,155 --> 00:37:03,759 あ… 352 00:37:03,759 --> 00:37:06,161 何だろう 353 00:37:06,161 --> 00:37:10,098 目の中に何かある 354 00:37:10,098 --> 00:37:13,502 もしかして これが 355 00:37:13,502 --> 00:37:16,002 見えるということ? 356 00:37:18,040 --> 00:37:20,140 痛っ 357 00:37:22,377 --> 00:37:25,577 目に何か入ってきた 358 00:37:31,086 --> 00:37:33,286 え? 359 00:37:45,200 --> 00:37:47,903 父ちゃん? 360 00:37:47,903 --> 00:37:50,806 父ちゃん… だよね 361 00:37:50,806 --> 00:37:54,406 ん?周… 362 00:37:56,445 --> 00:38:00,315 周! 363 00:38:00,315 --> 00:38:06,655 ものが見えるということを 私は初めて理解した 364 00:38:06,655 --> 00:38:12,527 それは それまで うまく想像できないことだった 365 00:38:12,527 --> 00:38:16,698 そして それは 想像をはるかに超えた 366 00:38:16,698 --> 00:38:20,302 すばらしいことだった 367 00:38:20,302 --> 00:38:28,610 群青色 藤色 桃色 だいだい色 368 00:38:28,610 --> 00:38:33,582 あれが雁 うわあ すごくキレイに並んでる 369 00:38:33,582 --> 00:38:36,017 さきちゃんにフサちゃん 370 00:38:36,017 --> 00:38:38,053 何で目がよくなったの? 371 00:38:38,053 --> 00:38:41,590 光る花みたいのを見たの 372 00:38:41,590 --> 00:38:44,526 私の目は友人の誰よりも 373 00:38:44,526 --> 00:38:48,930 遠くまで見渡すことができた 374 00:38:48,930 --> 00:38:52,130 草むらの中 ヨウちゃん みっけ 375 00:38:55,704 --> 00:38:58,004 そして… 376 00:39:00,642 --> 00:39:02,878 みーつけた 377 00:39:02,878 --> 00:39:05,680 周ちゃん 見つけるの 早すぎてつまんない 378 00:39:05,680 --> 00:39:08,216 鬼やっちゃダメ 379 00:39:08,216 --> 00:39:13,816 時と共に 見えるはずのない ところまで見え始めた 380 00:39:20,796 --> 00:39:23,296 壁の向こうの丘 381 00:39:25,667 --> 00:39:29,905 丘の向こうの山脈 382 00:39:29,905 --> 00:39:33,341 そのはるか向こうの海までも 383 00:39:33,341 --> 00:39:39,080 部屋にいながら 臨めるようになっていった 384 00:39:39,080 --> 00:39:42,951 見知らぬ景色や 人々の暮らしに 385 00:39:42,951 --> 00:39:46,822 私は夢中になった 386 00:39:46,822 --> 00:39:50,125 だが やがて目が回り 387 00:39:50,125 --> 00:39:53,962 歩くのが困難になった 388 00:39:53,962 --> 00:40:00,268 安寧な闇が訪れるのは まぶたを閉じた時だけ 389 00:40:00,268 --> 00:40:04,468 私は目を閉じていることが 多くなった 390 00:40:08,543 --> 00:40:11,913 だが そうして時がたつと 391 00:40:11,913 --> 00:40:15,813 また別のものが 見えるようになっていった 392 00:40:20,055 --> 00:40:24,326 危ない え? 393 00:40:24,326 --> 00:40:26,726 何でもない 394 00:40:29,130 --> 00:40:31,700 ああっ 395 00:40:31,700 --> 00:40:38,473 大丈夫?おじさん あいたたた… 急に風が 396 00:40:38,473 --> 00:40:41,977 さっきのは… 397 00:40:41,977 --> 00:40:43,912 目を閉じていると 398 00:40:43,912 --> 00:40:48,216 近くにいる者の未来や 過去が見えるようになり 399 00:40:48,216 --> 00:40:51,653 やがて自分の未来も見てくれと 400 00:40:51,653 --> 00:40:55,223 人が集まるようになった 401 00:40:55,223 --> 00:40:59,628 私の見る未来は すべて的中した 402 00:40:59,628 --> 00:41:02,364 千里眼と噂は広まり 403 00:41:02,364 --> 00:41:07,769 近辺の村からも 人がうちを訪れた 404 00:41:07,769 --> 00:41:11,172 来年の夏 川に落ちて 405 00:41:11,172 --> 00:41:13,608 亡くなります 406 00:41:13,608 --> 00:41:19,014 どうか川には 近づかないでください 407 00:41:19,014 --> 00:41:22,717 けれど たとえ忠告しても 408 00:41:22,717 --> 00:41:26,421 見えたものは決して 変えることはできず 409 00:41:26,421 --> 00:41:30,625 私への依頼は やがて 盗人や不貞を 410 00:41:30,625 --> 00:41:34,496 言い当てるようなもの ばかりになっていった 411 00:41:34,496 --> 00:41:37,399 私の目は重宝されたが 412 00:41:37,399 --> 00:41:41,999 友人と呼べるものは いつしかいなくなっていた 413 00:41:45,273 --> 00:41:51,913 しかたないよ 千里眼なんて 薄気味悪いに決まってる 414 00:41:51,913 --> 00:41:56,613 見えたって 何にも変えられやしないんだし 415 00:41:58,987 --> 00:42:03,825 私は人を見ることをやめた 416 00:42:03,825 --> 00:42:09,030 けれど やがて… 417 00:42:09,030 --> 00:42:12,567 あっ 何? 418 00:42:12,567 --> 00:42:16,338 まぶたが透けて 外が見える 419 00:42:16,338 --> 00:42:19,038 周 出かけてくるぞ 420 00:42:21,743 --> 00:42:24,946 周 どうした 421 00:42:24,946 --> 00:42:27,349 父ちゃんの未来と 422 00:42:27,349 --> 00:42:31,119 外の景色が いっぺんに見えて 423 00:42:31,119 --> 00:42:33,054 目がくらむ 424 00:42:33,054 --> 00:42:36,691 それは妙だな 大丈夫 425 00:42:36,691 --> 00:42:39,461 すぐ慣れるよ 426 00:42:39,461 --> 00:42:42,697 3日で戻る 無理はするなよ 427 00:42:42,697 --> 00:42:45,600 うん 428 00:42:45,600 --> 00:42:49,900 だが 父はそれきり 戻ってこなかった 429 00:42:51,940 --> 00:42:55,810 私は来る日も来る日も 山へ登り 430 00:42:55,810 --> 00:42:58,110 千里眼で父を捜した 431 00:43:00,181 --> 00:43:04,152 そして ついにある日 432 00:43:04,152 --> 00:43:08,152 谷の底に 父の姿を見た 433 00:43:10,625 --> 00:43:14,996 私は父を弔うために 旅に出た 434 00:43:14,996 --> 00:43:17,899 わずかな路銀にでもなればと 435 00:43:17,899 --> 00:43:23,405 琵琶で父に聞いた話を 弾き語って歩いた 436 00:43:23,405 --> 00:43:28,143 そして ようやく 父のむくろにたどり着くと 437 00:43:28,143 --> 00:43:33,948 もう父の戻らない里に 帰る気にはならなかった 438 00:43:33,948 --> 00:43:36,418 私はそのまま街道を 439 00:43:36,418 --> 00:43:39,618 琵琶を弾いて 歩き暮らすようになった 440 00:43:44,626 --> 00:43:47,362 そうして暮らすうちにも 441 00:43:47,362 --> 00:43:50,598 まぶたは どんどん透けていった 442 00:43:50,598 --> 00:43:54,135 視界を遮るものは何もなく 443 00:43:54,135 --> 00:43:58,740 明るいうちは 立っているのも ままならない 444 00:43:58,740 --> 00:44:03,578 でも私にも 見えないものが まだあった 445 00:44:03,578 --> 00:44:07,078 自分の未来だよ 446 00:44:09,684 --> 00:44:14,856 それが とうとう 見えるようになっちまった 447 00:44:14,856 --> 00:44:17,559 あんたが ここを通ることも 448 00:44:17,559 --> 00:44:21,296 こんな頼みごと しなきゃならなくなることも 449 00:44:21,296 --> 00:44:25,734 全部 見えてたことなんだよ 450 00:44:25,734 --> 00:44:30,071 それで その千里眼をくりぬいて 451 00:44:30,071 --> 00:44:33,441 山へ捨ててきてくれってわけか 452 00:44:33,441 --> 00:44:36,344 それを人に頼むくらいなら 453 00:44:36,344 --> 00:44:39,647 とうに自分でやってるさ 454 00:44:39,647 --> 00:44:44,886 この目は 一度は私に 喜びをくれたものだから 455 00:44:44,886 --> 00:44:49,257 忌々しくとも なんとか一緒にやってきた 456 00:44:49,257 --> 00:44:55,029 けど もうじきこの目は 私のものじゃなくなるんだ 457 00:44:55,029 --> 00:44:58,266 私が見た眼福と同じように 458 00:44:58,266 --> 00:45:01,703 目玉から抜け出て 土に潜り 459 00:45:01,703 --> 00:45:05,240 新しい目玉が来るのを待つ 460 00:45:05,240 --> 00:45:10,044 だから また私みたいなのが 出ないように 461 00:45:10,044 --> 00:45:14,015 目玉を山の深くに 埋めてほしいんだ 462 00:45:14,015 --> 00:45:17,915 それが全部 見えてるってのか? 463 00:45:20,088 --> 00:45:25,393 解せんな 目を治してくれ というならともかく 464 00:45:25,393 --> 00:45:28,296 治療法がないとも言い切れんぞ 465 00:45:28,296 --> 00:45:32,734 見えたものは 変えられないと言っただろう 466 00:45:32,734 --> 00:45:35,236 この目が見てるのは 467 00:45:35,236 --> 00:45:40,936 手の届かないほど遠くにある 決められたこと なんだよ 468 00:45:53,621 --> 00:45:56,024 なあ あんた 469 00:45:56,024 --> 00:46:00,695 俺には やっぱりあんたの言うこと 鵜呑みにはできんよ 470 00:46:00,695 --> 00:46:03,598 できることは させてもらう 471 00:46:03,598 --> 00:46:09,337 知人に文を出しても いい返事はないよ 472 00:46:09,337 --> 00:46:11,873 そうかい 473 00:46:11,873 --> 00:46:14,676 なぜ そんなに助けたがる 474 00:46:14,676 --> 00:46:17,679 その左目をなくしたせいか? 475 00:46:17,679 --> 00:46:20,381 千里眼なら見えるだろ 476 00:46:20,381 --> 00:46:26,321 あんたのは 子供の頃が 真っ暗で見えない 477 00:46:26,321 --> 00:46:30,592 俺の一番古い記憶は 十の頃 478 00:46:30,592 --> 00:46:33,194 どこだか知れねえ 真っ暗なところを 479 00:46:33,194 --> 00:46:35,394 1人で歩いてるってもんだ 480 00:46:37,498 --> 00:46:40,101 何も見えない 481 00:46:40,101 --> 00:46:44,939 手探りで歩き続けていると そのうち月が出た 482 00:46:44,939 --> 00:46:48,776 真っ白い 偽物じみた その月が沈んでも 483 00:46:48,776 --> 00:46:52,213 また昇ってくるのは月 484 00:46:52,213 --> 00:46:55,483 そんなところを長いこと歩いて 485 00:46:55,483 --> 00:46:58,983 ある時 ようやく 日の昇るところに出た 486 00:47:01,122 --> 00:47:03,892 その日の光のありがたさは 487 00:47:03,892 --> 00:47:06,661 今でも よく覚えている 488 00:47:06,661 --> 00:47:11,461 あんたは永久に光を失うのが 恐ろしくはないのか? 489 00:47:13,902 --> 00:47:15,904 恐ろしいよ 490 00:47:15,904 --> 00:47:20,675 でも 光しかない世界も 恐ろしい 491 00:47:20,675 --> 00:47:26,147 何もかも見えちゃいるのに 何も動かせないことと 492 00:47:26,147 --> 00:47:30,318 闇の中でも自由に生きられること 493 00:47:30,318 --> 00:47:33,721 どっちが恵まれてると思う? 494 00:47:33,721 --> 00:47:38,660 私は闇の中で 光を思い出しながら 495 00:47:38,660 --> 00:47:42,860 生きてくのも 悪くはないと思うんだ 496 00:47:50,204 --> 00:47:53,904 ううっ あ… ああっ 497 00:47:57,545 --> 00:48:00,581 あっ ああっ 498 00:48:00,581 --> 00:48:03,051 どうした? 499 00:48:03,051 --> 00:48:07,789 大丈夫 また見えただけ 500 00:48:07,789 --> 00:48:11,225 今 どこまで見えてるんだ 501 00:48:11,225 --> 00:48:15,725 この目玉の 命が終わる瞬間まで 502 00:48:20,635 --> 00:48:26,407 彼女の目は ずっと自分の まぶただけは透過しなかった 503 00:48:26,407 --> 00:48:28,710 他者の未来しか見えなかった 504 00:48:28,710 --> 00:48:31,546 それが まぶたも透け 505 00:48:31,546 --> 00:48:35,216 自分の未来も 見えるようになったというのは 506 00:48:35,216 --> 00:48:37,151 目玉にとって 507 00:48:37,151 --> 00:48:41,022 彼女は他者となりつつある ということか 508 00:48:41,022 --> 00:48:44,425 見られることで目に宿る蟲 509 00:48:44,425 --> 00:48:47,662 それは目玉を 体が死しても生き続ける 510 00:48:47,662 --> 00:48:50,398 別のものへと蘇生させ 511 00:48:50,398 --> 00:48:55,236 やがて完全に乗っ取ると 身から離れていく 512 00:48:55,236 --> 00:48:59,440 だとしたら 分離の時はもう近い 513 00:48:59,440 --> 00:49:02,140 文の返事も まだ来ないか 514 00:49:15,523 --> 00:49:20,223 手の届かない 決められたこと 515 00:49:28,202 --> 00:49:32,002 あれ?天井の向こうが見えない 516 00:49:34,809 --> 00:49:38,246 一体… 517 00:49:38,246 --> 00:49:40,746 ちゃんと見える 518 00:49:43,217 --> 00:49:49,657 あれ?でも… 目玉が勝手に動いてく 519 00:49:49,657 --> 00:49:52,057 ああっ 520 00:50:02,236 --> 00:50:05,836 待ってろ 今 痛み止めをやる 521 00:50:09,777 --> 00:50:14,449 目玉がなくとも 522 00:50:14,449 --> 00:50:16,949 涙は出るんだね 523 00:50:33,935 --> 00:50:39,173 今 どこまで見えてるんだ 524 00:50:39,173 --> 00:50:44,445 この目玉の 命が終わる瞬間まで 525 00:50:44,445 --> 00:50:47,115 目玉が私から落ちたあと 526 00:50:47,115 --> 00:50:50,518 埋められて土の中にいる 527 00:50:50,518 --> 00:50:53,721 しばらくして土から顔を出すと 528 00:50:53,721 --> 00:50:57,024 獣がこちらへやってくる 529 00:50:57,024 --> 00:51:01,829 獣の目玉に 美しい花が映っている 530 00:51:01,829 --> 00:51:06,033 それが ゆっくりと 目玉の中に吸い込まれると 531 00:51:06,033 --> 00:51:11,733 そこで すべてが 真っ暗になる 532 00:51:14,609 --> 00:51:18,709 ねえ 文の返事が 届いてるはずだよ 533 00:51:27,188 --> 00:51:31,058 里に戻るのか? 534 00:51:31,058 --> 00:51:34,629 さあ どうだろう 535 00:51:34,629 --> 00:51:38,633 今はこのまま 身ひとつでやってみたい 536 00:51:38,633 --> 00:51:42,670 先が見えないことが うれしいんだ 537 00:51:42,670 --> 00:51:48,409 それじゃ どこかで見たら 声かけとくれよ 538 00:51:48,409 --> 00:51:52,209 もっと琵琶の腕 上げとくからさ 539 00:56:14,175 --> 00:56:17,144 子どものころ 540 00:56:17,144 --> 00:56:19,914 谷霧の 向こうにいる者たちのことが 541 00:56:19,914 --> 00:56:23,484 気に掛かっていた 542 00:56:23,484 --> 00:56:27,087 彼らは いつも 五月雨の前ごろ現れて 543 00:56:27,087 --> 00:56:31,287 雷雨が やむころ 山から姿を消すのだった 544 00:56:34,762 --> 00:56:36,762 うん? 545 00:57:04,291 --> 00:57:07,761 坊ちゃーん! 546 00:57:07,761 --> 00:57:12,466 やっぱり ここだ 旦那様がお呼びだよ 547 00:57:12,466 --> 00:57:14,466 うーん 548 00:57:22,710 --> 00:57:26,614 今日は きれいな紫だな 549 00:57:26,614 --> 00:57:31,085 私には ただの白い霧にしか 見えないよ 550 00:57:31,085 --> 00:57:33,585 ホントに変わったお子だね 551 00:57:49,003 --> 00:57:51,972 ほう そうか 552 00:57:51,972 --> 00:57:54,575 もう あの人らが来る時期か 553 00:57:54,575 --> 00:57:58,512 雨戸を直しとかんといかんな 554 00:57:58,512 --> 00:58:02,983 いいの お父さん うちの山で好きにさせてて 555 00:58:02,983 --> 00:58:06,654 なに 彼らは悪さはしやせん 556 00:58:06,654 --> 00:58:08,722 ずっと昔から来てるらしいが 557 00:58:08,722 --> 00:58:11,722 山守らと 世間話するくらいのもんだ 558 00:58:14,128 --> 00:58:16,997 一体 何してる人らなの? 559 00:58:16,997 --> 00:58:20,801 何でなりわいを立てとるかは よく分からん 560 00:58:20,801 --> 00:58:24,605 けども 施しを求めるふうもなし 561 00:58:24,605 --> 00:58:28,475 だから深くは 関わってこなかった 562 00:58:28,475 --> 00:58:31,478 よその土地の話など よく知っていて 563 00:58:31,478 --> 00:58:34,281 聞けば面白い連中だというが 564 00:58:34,281 --> 00:58:38,052 やはり得体は知れんからな 565 00:58:38,052 --> 00:58:41,956 あの人ら 滝つぼの水に手出しするかも 566 00:58:41,956 --> 00:58:45,426 流れ者にやる水くらい 惜しんでどうする 567 00:58:45,426 --> 00:58:49,697 里の連中のように 田に引こうってんじゃなし 568 00:58:49,697 --> 00:58:53,534 でも 俺 あそこに よそ者が出入りするのイヤだ 569 00:58:53,534 --> 00:58:59,106 沢 お前もうちの跡取りなら ケチなこと言うんじゃないよ 570 00:58:59,106 --> 00:59:02,476 彼らは渡り鳥と 同じと思えばいい 571 00:59:02,476 --> 00:59:04,676 好きにさせておくことだ 572 00:59:13,954 --> 00:59:15,954 うん? 573 00:59:19,760 --> 00:59:23,030 よう 釣れってっか? 574 00:59:23,030 --> 00:59:25,330 そこじゃ 魚から丸見えだ 575 00:59:29,336 --> 00:59:32,106 お前 ここの魚 そんなに取るなよ 576 00:59:32,106 --> 00:59:35,776 ここは 俺んとこの山なんだからな 577 00:59:35,776 --> 00:59:39,980 お前が? ここのヌシなのか? 578 00:59:39,980 --> 00:59:43,580 持ち主の子どもだ へえー 579 00:59:46,120 --> 00:59:51,291 はあー ヌシの子か 580 00:59:51,291 --> 00:59:53,727 じゃあ 返す 581 00:59:53,727 --> 00:59:57,931 …っと言いたいところだけど 俺らも食い物がほしい 582 00:59:57,931 --> 01:00:00,331 1人1匹 分けちゃもらえないか? 583 01:00:02,636 --> 01:00:05,439 まあ そんくらいなら 584 01:00:05,439 --> 01:00:07,374 ありがとう 585 01:00:07,374 --> 01:00:09,774 じゃ 残りはヌシに返すよ 586 01:00:11,812 --> 01:00:13,747 俺は ワタリのイサザ 587 01:00:13,747 --> 01:00:18,385 今年も しばらく いさせてもらうけど よろしくな 588 01:00:18,385 --> 01:00:20,354 でも お前 変だよな 589 01:00:20,354 --> 01:00:22,854 ヌシの子のくせに 釣りが下手なんてな 590 01:00:25,159 --> 01:00:29,029 あれまっ 今日は大漁だね 591 01:00:29,029 --> 01:00:31,932 煮ようかい 焼こうかい 592 01:00:31,932 --> 01:00:34,668 何だ あいつ 山主の子どもが 593 01:00:34,668 --> 01:00:36,968 釣りがうまいとは限らんだろが 594 01:00:50,050 --> 01:00:53,420 うわっ! 595 01:00:53,420 --> 01:00:55,720 よく見れば あちこちに 596 01:00:57,791 --> 01:01:01,528 うん? おい お前!うそつきめ 597 01:01:01,528 --> 01:01:04,331 じいちゃんに聞いたぞ この山のヌシは 598 01:01:04,331 --> 01:01:06,400 ちゃんと別にいるってな 599 01:01:06,400 --> 01:01:09,103 うそじゃねえよ この山はな 600 01:01:09,103 --> 01:01:12,906 うちの先祖が 少しずつ買い取ったんだ 601 01:01:12,906 --> 01:01:15,676 買った? 602 01:01:15,676 --> 01:01:18,412 それで ヌシになったつもりなわけか? 603 01:01:18,412 --> 01:01:21,949 ここは誰かが勝手にしていい 山じゃないぞ 604 01:01:21,949 --> 01:01:24,384 勝手になんかしてない 605 01:01:24,384 --> 01:01:26,720 ここは特別な山なんだろ 606 01:01:26,720 --> 01:01:30,090 ここらの土地が豊かなのは この山があるからで 607 01:01:30,090 --> 01:01:33,961 だから 俺ら一族が ずっと守ってきたんだよ 608 01:01:33,961 --> 01:01:36,930 あの滝 せき止めて 里に引こうって皆が言ってんのを 609 01:01:36,930 --> 01:01:40,667 抑えてんのも父さんだ 610 01:01:40,667 --> 01:01:44,938 蟲師に そうしろって言われたのか? 611 01:01:44,938 --> 01:01:48,575 ああ 確かそうだ 612 01:01:48,575 --> 01:01:51,478 ご先祖が そういう人に言われたんだ 613 01:01:51,478 --> 01:01:55,015 でなきゃ 山が病気になるって 614 01:01:55,015 --> 01:01:57,584 そうか 615 01:01:57,584 --> 01:02:02,322 お前らにとっても大事な山なのか 616 01:02:02,322 --> 01:02:05,759 まっ そんならいいや 617 01:02:05,759 --> 01:02:08,428 「昨日の魚 返せ」って 言うつもりだったけど 618 01:02:08,428 --> 01:02:10,364 悪かったな 619 01:02:10,364 --> 01:02:13,967 じゃあな 待てよ! 620 01:02:13,967 --> 01:02:17,437 何か勘違いして よこしたんなら ちゃんと返す 621 01:02:17,437 --> 01:02:19,537 恵んでもらう義理はねえや 622 01:02:24,778 --> 01:02:29,016 まだ? もうちょい待てよ 623 01:02:29,016 --> 01:02:31,752 俺 もう今日の分捕ったし いいよ 624 01:02:31,752 --> 01:02:35,489 待てって言ってるだろ 625 01:02:35,489 --> 01:02:40,127 なあ お前らが言ってるヌシって 何のことだ? 626 01:02:40,127 --> 01:02:44,665 この滝つぼにいる でっかいナマズだってさ 627 01:02:44,665 --> 01:02:47,634 それは誰が決めたんだ? 628 01:02:47,634 --> 01:02:51,004 山さ ヌシになるやつは 629 01:02:51,004 --> 01:02:54,308 生まれた時から 体に草が生えてる 630 01:02:54,308 --> 01:02:56,243 それが目印だ 631 01:02:56,243 --> 01:03:00,113 あっ 632 01:03:00,113 --> 01:03:04,051 なら 俺見たことある 頭に草が生えた大ナマズ! 633 01:03:04,051 --> 01:03:06,787 へえ いいなー 634 01:03:06,787 --> 01:03:10,257 なあ じゃあ 霧に色がついてて 635 01:03:10,257 --> 01:03:13,660 生き物みたく うねってるの 見たことあるか? 636 01:03:13,660 --> 01:03:17,965 当たり前だろ ここは光脈筋なんだし 637 01:03:17,965 --> 01:03:20,801 えっ… 638 01:03:20,801 --> 01:03:23,101 この土地には 命のもとが流れてる 639 01:03:26,306 --> 01:03:29,276 そいつが水に混ざって 蒸発して 640 01:03:29,276 --> 01:03:32,876 霧になるから ここらの霧には命がある 641 01:03:35,549 --> 01:03:40,387 だから日によって 色や形が違う 642 01:03:40,387 --> 01:03:43,487 霧を見れば その土地の調子も分かる 643 01:03:46,226 --> 01:03:49,162 あっ! 644 01:03:49,162 --> 01:03:53,934 早く 早く 焦んな! うるさいな! 645 01:03:53,934 --> 01:03:56,670 だいぶ 足りねえけど 646 01:03:56,670 --> 01:03:58,639 じゃあな 647 01:03:58,639 --> 01:04:01,341 俺の知ってること いろいろ教えたんだから 648 01:04:01,341 --> 01:04:04,278 今度 そっちのこと教えろよな 649 01:04:04,278 --> 01:04:07,281 俺 たいして特別なこと知らない 650 01:04:07,281 --> 01:04:10,150 普通の話でいいよ 651 01:04:10,150 --> 01:04:13,750 里の出来事なら 俺にとっては面白い 652 01:04:21,228 --> 01:04:25,832 へえ そうか はあ… 653 01:04:25,832 --> 01:04:28,235 いやあ これは 沢坊ちゃん 654 01:04:28,235 --> 01:04:31,204 どうした 座敷に顔出すなんて 655 01:04:31,204 --> 01:04:35,075 何か 面白い話 聞けるかと思って 656 01:04:35,075 --> 01:04:38,412 そりゃ ちょうどいい 旅の土産話を 657 01:04:38,412 --> 01:04:40,647 当主にして さしあげてたところだ 658 01:04:40,647 --> 01:04:44,017 ささっ お座りよ 659 01:04:44,017 --> 01:04:47,621 ヘヘヘ… そりゃ本当か? 660 01:04:47,621 --> 01:04:53,427 さあな おじさんの話は いつもちょっと大げさだから 661 01:04:53,427 --> 01:04:57,197 あと そうだ 南に山二つ行った町で 662 01:04:57,197 --> 01:05:00,033 変わった子どもを見たんだって 663 01:05:00,033 --> 01:05:03,603 年は十あまり 髪が白くて目が緑 664 01:05:03,603 --> 01:05:06,273 それも片っぽしか ないんだって 665 01:05:06,273 --> 01:05:08,675 へえ 何だろう 666 01:05:08,675 --> 01:05:13,113 異人かな? そんな感じでもなかったって 667 01:05:13,113 --> 01:05:16,984 ふーん 山二つ向こうか 668 01:05:16,984 --> 01:05:21,822 俺らの進路と同じ方角だし 会えるかも 669 01:05:21,822 --> 01:05:25,592 あっ そうか じき梅雨明けか 670 01:05:25,592 --> 01:05:27,527 いつ発つんだ? 671 01:05:27,527 --> 01:05:30,163 分からない 毎朝じいちゃんが 672 01:05:30,163 --> 01:05:32,163 霧を見て決めるんだ 673 01:05:34,334 --> 01:05:37,004 どうやって? 青みがかってると 674 01:05:37,004 --> 01:05:39,906 山の気が静かで早く進むとか 675 01:05:39,906 --> 01:05:42,242 赤っぽいと その反対 676 01:05:42,242 --> 01:05:45,645 金色がかってるのは 山の機嫌が一番いいから 677 01:05:45,645 --> 01:05:47,681 出発日よりだとか 678 01:05:47,681 --> 01:05:51,581 ふーん 何だか のんきな話だな 679 01:05:55,789 --> 01:05:58,091 うらやましいのか? 680 01:05:58,091 --> 01:06:02,829 俺は もう この先ずっと決まってる 681 01:06:02,829 --> 01:06:07,467 父さんと同じように 土地のことで もめて暮らすんだ 682 01:06:07,467 --> 01:06:09,403 うらやましいよ 683 01:06:09,403 --> 01:06:11,403 あっ… 684 01:06:14,274 --> 01:06:16,274 ふーん 685 01:06:26,586 --> 01:06:30,123 ここ数年の 光脈筋の変動を図にしたものだ 686 01:06:30,123 --> 01:06:33,827 なるほど じゃあ そっちの図譜もらおうか 687 01:06:33,827 --> 01:06:36,730 まいど ああ イサザ 688 01:06:36,730 --> 01:06:40,934 この間 お前の噂 役に立ったよ 689 01:06:40,934 --> 01:06:43,134 また頼むぜ うん 690 01:06:48,408 --> 01:06:51,078 あれが俺らのなりわい 691 01:06:51,078 --> 01:06:54,047 蟲師に 蟲の関わってそうな噂とか 692 01:06:54,047 --> 01:06:57,851 光脈筋の変動なんかの情報を売る 693 01:06:57,851 --> 01:07:00,851 見回るだけじゃ 誰も養っちゃくれんだろ 694 01:07:03,023 --> 01:07:05,859 なら先に そう言やいいのに 695 01:07:05,859 --> 01:07:10,430 そしたら もっと それっぽい話 聞いてきてやったさ 696 01:07:10,430 --> 01:07:13,900 それは困る 里の普通を知らなきゃ 697 01:07:13,900 --> 01:07:17,704 何が異変か 俺にはずっと分からない 698 01:07:17,704 --> 01:07:20,904 里の話 聞くのは好きだし 699 01:07:24,478 --> 01:07:28,348 もういいよ 何だよ もういいって 700 01:07:28,348 --> 01:07:30,650 だから もう分かったっての 701 01:07:30,650 --> 01:07:36,189 まだヘソ曲げてんじゃん うるさいな ついてくんな 702 01:07:36,189 --> 01:07:40,694 俺は 謝んないぞ これが俺のやり方なんだ 703 01:07:40,694 --> 01:07:42,694 謝れなんて言ってねえよ 704 01:07:52,305 --> 01:07:54,405 イヤッ 光った! 705 01:07:58,712 --> 01:08:02,012 これが上がりゃ ようやく梅雨明けかねえ 706 01:08:27,707 --> 01:08:29,707 暑い… 707 01:08:34,314 --> 01:08:37,150 うん? 708 01:08:37,150 --> 01:08:39,753 イサザ? 709 01:08:39,753 --> 01:08:41,753 あっ… 710 01:08:44,591 --> 01:08:46,591 金色だ 711 01:08:56,169 --> 01:08:58,169 そして… 712 01:09:00,607 --> 01:09:06,213 その翌年も 彼らは同じ時期に現れた 713 01:09:06,213 --> 01:09:09,182 ただ そのメンツは 714 01:09:09,182 --> 01:09:12,986 去年と違っているようだった 715 01:09:12,986 --> 01:09:15,755 ああ 拾ったんだ 716 01:09:15,755 --> 01:09:19,192 ほら 沢が言ってた話 本当でさ 717 01:09:19,192 --> 01:09:23,063 町をうろついてて 行く当てないって言うから 718 01:09:23,063 --> 01:09:25,966 見た目変わってっけど いいヤツだぜ 719 01:09:25,966 --> 01:09:30,237 ギンコってんだ ふーん 720 01:09:30,237 --> 01:09:34,541 でも そんなに長くは 一緒にいないと思う 721 01:09:34,541 --> 01:09:37,444 蟲を寄せる体質なんだ 722 01:09:37,444 --> 01:09:39,779 光脈筋にずっといたんじゃ 723 01:09:39,779 --> 01:09:43,783 そのうち あいつか光脈に障りが出る 724 01:09:43,783 --> 01:09:47,983 近いうち 蟲師の誰かに 引き渡されるだろうな 725 01:09:51,124 --> 01:09:53,827 あっ ふみ どうしたんだ? 726 01:09:53,827 --> 01:09:55,862 坊ちゃん 727 01:09:55,862 --> 01:10:00,734 旦那様が… 旦那様が! 728 01:10:00,734 --> 01:10:06,106 ですから 「山はすべて沢に譲る」って遺言に 729 01:10:06,106 --> 01:10:09,509 そうは言いますがね おばさん 730 01:10:09,509 --> 01:10:12,012 沢が1人で立ち回れるかよ 731 01:10:12,012 --> 01:10:14,848 里は人が増えすぎて 水が足りんのだ 732 01:10:14,848 --> 01:10:16,883 うまいこと 水を引かにゃ 733 01:10:16,883 --> 01:10:21,383 なに 俺らに任してくれりゃ うまいことやる 734 01:10:32,265 --> 01:10:34,265 沢 735 01:10:36,936 --> 01:10:38,936 おーい 沢 736 01:10:43,510 --> 01:10:46,313 山守の人に聞いたよ 737 01:10:46,313 --> 01:10:50,183 親父さん 気の毒だったな 738 01:10:50,183 --> 01:10:53,086 お前 ずっと山に来ねえし 739 01:10:53,086 --> 01:10:56,956 大丈夫か? 740 01:10:56,956 --> 01:11:01,795 俺 山を守れなかった 741 01:11:01,795 --> 01:11:05,598 みんな 親類に取り上げられた 742 01:11:05,598 --> 01:11:11,304 そのうち 滝はせき止められて 山は荒らされる… 743 01:11:11,304 --> 01:11:14,541 ごめん… 744 01:11:14,541 --> 01:11:17,277 沢 聞いてくれ 745 01:11:17,277 --> 01:11:22,082 山がおかしいんだ ひどく落ち着かない 746 01:11:22,082 --> 01:11:25,719 地面が熱いし 変な臭いがする 747 01:11:25,719 --> 01:11:29,419 動物も減ってきてるし 光脈もズレ始めてる 748 01:11:31,524 --> 01:11:37,330 俺たちも一緒に移動する お前らも気をつけろ 749 01:11:37,330 --> 01:11:39,630 もう ここへは来ないのか? 750 01:11:41,901 --> 01:11:43,901 分からない 751 01:11:47,474 --> 01:11:52,412 なあ 俺もお前らの一団に 入れてくれよ 752 01:11:52,412 --> 01:11:56,049 もう ここには いたくない 753 01:11:56,049 --> 01:11:58,418 連れてってくれよ 俺も 754 01:11:58,418 --> 01:12:01,821 あのギンコってヤツみたいにさ 755 01:12:01,821 --> 01:12:04,224 俺にも霧の色だって見えるし 756 01:12:04,224 --> 01:12:06,924 本当の家族じゃなくたって いいんだろ? 757 01:12:08,995 --> 01:12:11,898 俺らは1人も血は繋がってないよ 758 01:12:11,898 --> 01:12:13,998 連れてくかは じいちゃんが決める 759 01:12:17,103 --> 01:12:19,105 じいちゃんに聞いてみる 760 01:12:19,105 --> 01:12:21,305 明日の朝 滝に来い 761 01:12:32,886 --> 01:12:34,886 あっ… 762 01:12:37,624 --> 01:12:41,294 霧が真っ白だ 763 01:12:41,294 --> 01:12:44,764 やっぱり おかしいんだ 764 01:12:44,764 --> 01:12:47,264 こんなこと今までなかった 765 01:12:58,011 --> 01:13:01,815 イサザは? もう行った 766 01:13:01,815 --> 01:13:04,484 うそつけ!だって… 767 01:13:04,484 --> 01:13:07,353 光脈が夜のうちに 移動し始めたんだから 768 01:13:07,353 --> 01:13:09,823 しかたない 769 01:13:09,823 --> 01:13:11,858 イサザから 言づて 770 01:13:11,858 --> 01:13:13,858 「ごめん」 …とさ 771 01:13:16,262 --> 01:13:19,062 あいつらは 光脈に逆らえない 772 01:13:21,100 --> 01:13:23,603 ワタリなんてのは 蟲のために 773 01:13:23,603 --> 01:13:27,240 里からあぶれたヤツらの 流れ着くところだ 774 01:13:27,240 --> 01:13:31,611 お前もそうなら いずれまた会える 775 01:13:31,611 --> 01:13:35,482 お前みたいなヤツのことか? 776 01:13:35,482 --> 01:13:38,284 おい お前 777 01:13:38,284 --> 01:13:41,187 そろそろ行くぞ 778 01:13:41,187 --> 01:13:44,390 俺は またあぶれたけど… 779 01:13:44,390 --> 01:13:49,362 あっ もう一つ 言うことあった 780 01:13:49,362 --> 01:13:53,062 お前らも ここから 逃げたほうがいいってさ 781 01:13:55,902 --> 01:14:01,202 その日を境に 山の霧が 色づくことはなくなった 782 01:14:07,313 --> 01:14:09,313 そして半年後… 783 01:14:18,458 --> 01:14:20,460 山は火を噴き 784 01:14:20,460 --> 01:14:24,660 行く当てのある者は里を見限り 出ていった 785 01:14:28,134 --> 01:14:31,638 山は焼け 滝は枯れたが 786 01:14:31,638 --> 01:14:34,138 滝つぼは 沼となり残った 787 01:14:36,376 --> 01:14:41,915 あるとき そこで 巨大なナマズの影を見た 788 01:14:41,915 --> 01:14:44,784 だが その頭には 789 01:14:44,784 --> 01:14:47,984 以前あった草の冠は見えなかった 790 01:14:50,089 --> 01:14:52,559 それから十数年 791 01:14:52,559 --> 01:14:55,895 灰をかき 木を植え 792 01:14:55,895 --> 01:15:02,035 少しずつ山は再生したが 以前ほどの豊かさはなく 793 01:15:02,035 --> 01:15:04,804 生まれてくる子どもの中には 794 01:15:04,804 --> 01:15:07,804 体の弱い者が少なくなかった 795 01:15:13,179 --> 01:15:18,051 イサザたちなら 何か知っていたろうに 796 01:15:18,051 --> 01:15:21,921 おそらく光脈に関わっている 797 01:15:21,921 --> 01:15:26,259 だが 一体 どうすれば助けられるのか 798 01:15:26,259 --> 01:15:31,631 もはや どうやって 探せばいいのかも分からない 799 01:15:31,631 --> 01:15:37,437 今も山で草を踏む音がすると ハッとする 800 01:15:37,437 --> 01:15:41,037 彼らが 戻ってきたのではないかと… 801 01:15:46,179 --> 01:15:48,214 沢! 802 01:15:48,214 --> 01:15:50,650 沢 大変だよ! 803 01:15:50,650 --> 01:15:54,550 子どもらの病 治せるって人が 下の家に… 804 01:15:57,023 --> 01:16:01,427 あとは 今の要領で薬を作って 805 01:16:01,427 --> 01:16:05,298 1日1包 与えてやればいいだろう 806 01:16:05,298 --> 01:16:08,668 あっ あんたは… 807 01:16:08,668 --> 01:16:14,407 この土地は 以前 光脈筋だったのに捨て置かれた 808 01:16:14,407 --> 01:16:18,578 多くの蟲も それとともに 居を移したが 809 01:16:18,578 --> 01:16:23,416 人の近くにいるようなやつばかり 残った 810 01:16:23,416 --> 01:16:27,220 あの子らが弱いのは そのためか? 811 01:16:27,220 --> 01:16:30,757 へえ あんた やけに詳しいな 812 01:16:30,757 --> 01:16:35,228 そんなとこだ あんたらは光脈の恩恵に授かって 813 01:16:35,228 --> 01:16:39,065 丈夫に生まれたが 子どもらは違う 814 01:16:39,065 --> 01:16:44,003 あれは蟲よけと滋養の薬だ しばらく必要だろう 815 01:16:44,003 --> 01:16:47,640 そうか 816 01:16:47,640 --> 01:16:51,144 なあ あんた そっちは覚えてないようだが 817 01:16:51,144 --> 01:16:53,746 俺は あんたに会ったことがある 818 01:16:53,746 --> 01:16:58,384 へえ 悪いな 何だったか… 819 01:16:58,384 --> 01:17:00,987 イサザのことは覚えているか? 820 01:17:00,987 --> 01:17:04,724 ああ あんた イサザの知り合いか? 821 01:17:04,724 --> 01:17:07,960 あいつなら 今も なじみだぜ 822 01:17:07,960 --> 01:17:11,664 ここのことも あいつに聞いてきたんだよ 823 01:17:11,664 --> 01:17:16,135 そろそろ 薬の必要な時期だろうってな 824 01:17:16,135 --> 01:17:18,135 今も変わらずやってるよ 825 01:17:24,310 --> 01:17:27,510 そうか… ならいい 826 01:17:31,084 --> 01:17:33,084 これでいい 827 01:17:43,529 --> 01:17:48,835 うん? 大ナマズに この沼の形 828 01:17:48,835 --> 01:17:54,207 俺 前 ここに来たことあるな 829 01:17:54,207 --> 01:17:58,010 ああ あいつか 830 01:17:58,010 --> 01:18:03,216 あいつも山も ずいぶん様変わりしたもんだな 831 01:18:03,216 --> 01:18:05,216 なっ 832 01:18:07,653 --> 01:18:09,653 元 ヌシ殿よ 833 01:19:46,352 --> 01:19:50,252 この世は 人知れぬ生命に溢れている