1 00:00:05,560 --> 00:00:06,610 五年前 2 00:00:08,610 --> 00:00:14,360 つまり 中学一年生だった頃の 阿良々木暦が どういう奴だったかと言うと 3 00:00:14,360 --> 00:00:17,280 まっすぐで 純粋で ひたむきな 4 00:00:17,280 --> 00:00:19,740 言うならば普通の子供だった 5 00:00:20,290 --> 00:00:25,080 凡庸(ぼんよう)なる阿良々木少年に それでも何らかの特殊性を見いだすとするのならば 6 00:00:25,080 --> 00:00:30,890 それは彼の両親が 正義と平和と安全を旨(むね)とする警察官だったことだろう 7 00:00:31,550 --> 00:00:34,880 彼らの影響下で 僕という人格は育成された 8 00:00:35,510 --> 00:00:40,470 阿良々木少年は そういう意味では 比較的正義感の強い少年だった 9 00:00:41,360 --> 00:00:42,770 五年前の話 10 00:00:42,770 --> 00:00:46,400 一学期が終わろうという頃の彼は少し焦っていた 11 00:00:47,400 --> 00:00:48,750 少しじゃないな 12 00:00:48,750 --> 00:00:50,440 かなり焦っていたかもしれない 13 00:00:51,030 --> 00:00:56,570 それというのも 先頃返却された期末試験の結果が あまり思わしくなかったのである 14 00:00:57,330 --> 00:00:58,580 特に数学だ 15 00:00:59,170 --> 00:01:00,700 このままではまずいと思った 16 00:01:01,370 --> 00:01:04,710 このままでは正しさが貫けないと彼は思った 17 00:01:05,110 --> 00:01:11,710 "学ぶ"という正しさが全うできなくなることは 彼にとっては数字以上に恥ずかしいことだった 18 00:02:45,830 --> 00:02:49,100 当時の僕はモンティ・ホール問題を知ってはいなかったけれど 19 00:02:49,690 --> 00:02:53,230 いきなり突きつけられたその問題に 興味をそそられた 20 00:03:11,160 --> 00:03:12,000 解けて... 21 00:03:12,830 --> 00:03:14,210 解けて ない 22 00:03:14,210 --> 00:03:18,720 選択は変更したけれど どうして "c" が正解なのかは わからない 23 00:03:41,090 --> 00:03:45,700 本人の話によれば 他にも何人か手紙を出した相手はいたらしい 24 00:03:46,120 --> 00:03:52,580 だけどその手紙を受けて 廃屋という待ち合わせ場所にやってきたのは 僕だけだったそうだ 25 00:03:52,580 --> 00:03:54,460 のこのことやってきたのは 26 00:03:54,770 --> 00:03:57,710 のこのこと... まあ のこのことだよ 27 00:03:58,460 --> 00:04:05,600 少なくともあのひと夏がなければ 僕は数学が苦手になっていただろうし 数学が嫌いになっていただろう 28 00:04:06,210 --> 00:04:09,350 直江津高校に入ることもできなかったんじゃないのかな 29 00:04:09,700 --> 00:04:12,800 ともあれ 物語の続きを聞きましょうか 30 00:04:12,800 --> 00:04:15,650 阿良々木先輩のひと夏のアバンチュールを 31 00:04:15,650 --> 00:04:19,230 謎の少女と阿良々木先輩の 密会の続きを 32 00:04:21,690 --> 00:04:25,520 というわけで これを モンティ・ホール問題って言うんだよ 33 00:04:25,520 --> 00:04:26,850 面白いな! 34 00:04:26,850 --> 00:04:28,510 もっとないのか こういう問題! 35 00:04:28,510 --> 00:04:29,930 あるよ いっぱい 36 00:04:29,930 --> 00:04:31,700 いくらでも教えてあげる 37 00:04:31,700 --> 00:04:37,460 阿良々木くんが数学のことを もっと好きになってくれるなら 数学を好きでい続けてくれるなら 38 00:04:37,460 --> 00:04:39,250 僕 好きになるよ 39 00:04:39,250 --> 00:04:40,840 数学を好きで居続ける 40 00:04:41,800 --> 00:04:45,590 じゃあ 明日からここで 一緒に勉強 し続けよう 41 00:04:47,970 --> 00:04:51,720 そして 一学期の末から 夏休みの終わりまで 42 00:04:51,720 --> 00:04:54,480 僕はずっと この廃屋に通い続けたんだ 43 00:04:55,040 --> 00:04:57,100 謎の少女と勉強をし続けた 44 00:04:58,170 --> 00:05:04,110 人類史上もっとも美しい式 オイラーの等式についても 教えてくれたのは彼女だった 45 00:05:04,700 --> 00:05:10,370 今でも僕はそれらの 言うなら学校では役には立たない”数学”を そらで言うことができる 46 00:05:11,040 --> 00:05:15,260 だから僕としては あまり勉強していたって感じじゃなくて 47 00:05:15,260 --> 00:05:19,500 ただ毎日 この廃屋に遊びに来ていたって感じでもあるんだが 48 00:05:20,250 --> 00:05:24,450 言うならここは 僕とその子の秘密基地みたいなものだったんだ 49 00:05:24,450 --> 00:05:26,760 いや 秘密塾と言うべきかな 50 00:05:27,260 --> 00:05:28,640 塾ねえ 51 00:05:28,640 --> 00:05:31,310 あの子は この場所にこだわった 52 00:05:31,920 --> 00:05:34,390 ここでしか勉強はしないって言った 53 00:05:35,020 --> 00:05:39,770 翌日 廃屋の部屋で集合した際 彼女はそう宣言したのだ 54 00:05:40,410 --> 00:05:43,280 この勉強会を続けるための条件である 55 00:05:43,280 --> 00:05:44,950 条件を三つ 56 00:05:44,950 --> 00:05:47,970 そのうちひとつが 勉強会の場所はここ 57 00:05:47,970 --> 00:05:51,280 この廃屋の 二階の一番奥の部屋であることだった 58 00:05:52,030 --> 00:05:59,670 二つ目の条件は ここでそういう勉強会をしていることは 二人だけの秘密にするってこと 誰にも言わないこと 59 00:06:00,160 --> 00:06:02,040 そして三つ目の条件は 60 00:06:03,760 --> 00:06:05,840 私の名前を訊かないこと 61 00:06:06,130 --> 00:06:08,470 私が誰なのかを探らないこと 62 00:06:08,770 --> 00:06:12,180 数学のこと以外で 私に何も訊かないこと 63 00:06:13,350 --> 00:06:14,310 だった 64 00:06:14,310 --> 00:06:17,230 数学の妖精か何かですか その子は 65 00:06:22,190 --> 00:06:27,740 でも 逆に言えば それ以外のことはあの子は 何も要求しなかったんだ 66 00:06:27,740 --> 00:06:29,240 本当に何も 67 00:06:29,240 --> 00:06:31,740 三つの条件と それから最初に言ったお願いと 68 00:06:32,720 --> 00:06:39,330 あまりに一方的に教えてもらってばかりなのが心苦しくて 僕はある日 お菓子を持って来たことがあったんだけどな 69 00:06:39,750 --> 00:06:42,770 見返りが欲しくてやっているんじゃないの 70 00:06:42,770 --> 00:06:45,760 私はあなたに数学を教えられて幸せ 71 00:06:45,760 --> 00:06:47,160 だからお願い 72 00:06:47,160 --> 00:06:49,630 数学をずっと 愛し続けてね 73 00:06:50,380 --> 00:06:51,640 って 74 00:06:51,640 --> 00:06:54,980 ますます数学の妖精じみてきましたね 75 00:06:54,980 --> 00:07:01,250 ともかく僕は彼女の出した条件を全部呑んで それから毎日 この廃屋に通い詰めた 76 00:07:01,250 --> 00:07:02,940 完全に毎日ですか? 77 00:07:02,940 --> 00:07:04,270 一日も欠かさず? 78 00:07:05,020 --> 00:07:09,650 でも その勉強会は ある日突然 終わったから 79 00:07:09,650 --> 00:07:11,660 夏休み最後の日のことだ 80 00:07:13,370 --> 00:07:17,290 いつだって先にそこにいて 勉強会の準備を済ませている少女が 81 00:07:17,740 --> 00:07:20,410 その日に限っては 来ていなかった 82 00:07:22,290 --> 00:07:25,540 その日に限って その日初めて 83 00:07:25,540 --> 00:07:27,670 いつまでたっても いつまで待っても 84 00:07:28,160 --> 00:07:29,670 彼女は現れなかった 85 00:07:38,560 --> 00:07:42,310 なんとなく中学一年生の阿良々木暦は思った 86 00:07:44,300 --> 00:07:45,310 もう僕は 87 00:07:47,190 --> 00:07:50,950 ここで彼女から"数学"を学ぶことはないのだろうと 88 00:07:53,070 --> 00:07:57,950 僕は 彼女の正体を探ろうと 他のクラスへと調査に乗り出したのだ 89 00:07:58,580 --> 00:08:05,080 しかし 同学年はもちろん 上級生にも 僕がひと夏の間 ずっと会っていた少女はいなかった 90 00:08:05,940 --> 00:08:09,190 まるで存在ごと消えてしまったかのような彼女に 91 00:08:09,190 --> 00:08:12,470 阿良々木少年は そう,おののいた 92 00:08:13,210 --> 00:08:14,370 怖い 93 00:08:14,370 --> 00:08:17,720 初めてそのとき 彼女を怖いと思ったのだろう 94 00:08:18,150 --> 00:08:20,980 だから 彼は廃屋に近づかなくなり 95 00:08:20,980 --> 00:08:24,230 だから 彼は少女のことを忘れた 96 00:08:24,850 --> 00:08:29,170 だけど 廃屋で少女から学んだ数学のことだけは忘れず 97 00:08:29,170 --> 00:08:35,420 そして二学期以降 阿良々木少年の成績は 数学を中心に持ち直したのだった 98 00:08:35,420 --> 00:08:42,950 つまりある意味 彼の生活は廃屋通いをする以前の 元の状態に戻ったというだけのことなのかもしれないが 99 00:08:42,950 --> 00:08:46,340 長い目で見れば何も変わっていないのかもしれないが 100 00:08:46,340 --> 00:08:49,640 しかし 確かに変わったと思えることもひとつあった 101 00:08:50,250 --> 00:08:54,930 阿良々木少年は概ね その後も正しさを求める姿勢を貫いたけれど 102 00:08:54,930 --> 00:08:59,010 そのせいで時に暴走し とんだしっぺ返しを食らうこともあったけれど 103 00:08:59,720 --> 00:09:04,640 数学に限ってだけ言えば 彼は面白さを求めていたということだ 104 00:09:05,040 --> 00:09:10,270 そのよりどころがなければ きっとあの学級会の際 正しさを打ち砕かれたあとに 105 00:09:10,590 --> 00:09:13,900 彼の心にはきっと 何も残らなかったことだろう 106 00:09:14,660 --> 00:09:16,280 あの子が数学の面白さを 107 00:09:17,170 --> 00:09:18,530 人生の面白さを 108 00:09:19,280 --> 00:09:21,790 世界の面白さを教えてくれたから 109 00:09:21,790 --> 00:09:23,370 今の僕がある 110 00:09:24,380 --> 00:09:26,870 僕はあの夏でできていた 111 00:09:28,650 --> 00:09:33,288 え でも要するにその謎の少女が老倉先輩なんですよね? 112 00:09:35,670 --> 00:09:37,550 いやいや阿良々木先輩 113 00:09:37,550 --> 00:09:40,430 謎解きってほどじゃあないでしょう これは 114 00:09:40,770 --> 00:09:46,700 むしろこの流れで その子が老倉さんじゃなかったら いささかミスディレクションが過ぎると言うものです 115 00:09:46,700 --> 00:09:48,580 アンフェアだって言われちゃいますよ 116 00:09:48,580 --> 00:09:49,910 じゃあ 扇ちゃん 117 00:09:49,910 --> 00:09:53,120 夏休み明け その子が 少女老倉が 118 00:09:53,120 --> 00:09:56,340 七百一中学校にいなかったことは どう説明する? 119 00:09:56,340 --> 00:09:57,620 転校したんです 120 00:09:57,620 --> 00:10:00,570 ただしこの推測にはひとつだけ穴がありますよね 121 00:10:01,780 --> 00:10:07,570 即ち老倉先輩と阿良々木先輩が かつて同級生だったということになるからです 122 00:10:07,570 --> 00:10:15,420 阿良々木先輩のこれまでの口振りでは 直江津高校に入学して初めて 阿良々木先輩は老倉先輩と会ったかのようでしたが? 123 00:10:17,050 --> 00:10:19,770 初めて会ったと思ったんだよ 僕は 124 00:10:19,770 --> 00:10:24,220 つまり完全に 僕は少女老倉のことを忘れていたということだ 125 00:10:24,220 --> 00:10:27,930 自分が誰のお陰で 数学が得意なのかも忘れて 126 00:10:27,930 --> 00:10:30,470 どれくらいあいつに恩義があるのかも忘れて 127 00:10:30,470 --> 00:10:33,690 僕はクラスメイトとしてあいつに接していたんだ 128 00:10:33,690 --> 00:10:38,160 今の僕があるのは 全部数学のお陰だってあいつは言っていた 129 00:10:38,160 --> 00:10:40,700 戦場ヶ原と付き合っていることさえ 130 00:10:40,700 --> 00:10:44,580 だけどそれは 本当は 私のお陰だって言いたかったのか 131 00:10:44,580 --> 00:10:51,080 幸せな奴は好きだけれど 自分が幸せな理由を知らない奴が嫌い ですか 132 00:10:54,000 --> 00:10:55,880 そしてなんでしたっけ 133 00:10:55,880 --> 00:10:58,670 自分が何でできているか知らない奴が嫌い? 134 00:10:58,980 --> 00:11:03,280 ふふ 実際に忘れていた記憶を思い出してしてみると 含蓄(がんちく)のある言葉ですね 135 00:11:04,670 --> 00:11:05,700 とにかく... 136 00:11:05,700 --> 00:11:08,230 明日 僕は老倉に謝らなきゃな 137 00:11:08,230 --> 00:11:11,700 それであいつが嫌っている僕を好きになってくれるわけもないだろうし 138 00:11:11,700 --> 00:11:15,070 あいつの何かを楽にしてやれるわけでもないんだろうが 139 00:11:15,070 --> 00:11:17,950 謝るべきなんだから 謝るべきだ 140 00:11:17,950 --> 00:11:20,570 おや あまり気が進まなそうですね 141 00:11:21,060 --> 00:11:22,200 そりゃあな 142 00:11:22,490 --> 00:11:25,870 僕のほうから言いたい文句だって ないわけじゃないんだぜ? 143 00:11:25,870 --> 00:11:31,740 転校とか まあそういう事情があったにしても 去る前に一言言ってくれてもよかったじゃないか 144 00:11:31,740 --> 00:11:35,210 あんな空っぽの封筒だけ残されても わけわかんねーよ 145 00:11:38,380 --> 00:11:44,360 それに 一年三組で再会したとき その場で言ってくれたら その場で思い出せたはずなんだ 146 00:11:44,360 --> 00:11:45,760 今になって言われても 147 00:11:45,970 --> 00:11:48,020 ふふ その場で言ってくれたら ねえ? 148 00:11:48,970 --> 00:11:51,850 あのときの少女は私だよ 阿良々木くん 149 00:11:51,850 --> 00:11:52,880 久しぶりい 150 00:11:52,880 --> 00:11:55,230 なぁに 私のこと忘れちゃったの? 151 00:11:55,230 --> 00:11:56,190 やだサイテー 152 00:11:56,190 --> 00:11:57,960 もー 冷たいんだからー 153 00:11:57,960 --> 00:11:59,570 でも そんなところが 154 00:11:59,570 --> 00:12:01,780 ス・テ・キ☆ 155 00:12:01,780 --> 00:12:04,160 とか言ってくれたらという意味ですか? 156 00:12:04,160 --> 00:12:08,430 そんな壮絶なキャラは この世界観でかつて見たことがないけれど 157 00:12:08,430 --> 00:12:09,660 まあ... 158 00:12:09,660 --> 00:12:10,910 ならばあなたは 159 00:12:11,330 --> 00:12:14,540 どうして彼女がそれを言わなかったかを考えるべきでしょう 160 00:12:15,790 --> 00:12:21,920 そして どうして彼女が別れを告げずに去っていったのか それも考えなければなりません 161 00:12:22,240 --> 00:12:26,180 でないと 明日謝ったとしても 事態はより悪化するだけかもしれませんよ 162 00:12:26,800 --> 00:12:31,180 口先だけの謝罪ほど 被害者を怒らせるものはありませんからね 163 00:12:31,180 --> 00:12:32,310 被害者? 164 00:12:32,310 --> 00:12:35,020 おいおい ちょっと待ってくれよ 扇ちゃん 165 00:12:35,020 --> 00:12:37,160 それは言い過ぎじゃないのか? 166 00:12:37,160 --> 00:12:38,350 そうですね 167 00:12:38,350 --> 00:12:41,070 もちろん 阿良々木先輩が悪いわけではありません 168 00:12:42,510 --> 00:12:45,480 ただ 阿良々木先輩は愚か者です 169 00:12:45,480 --> 00:12:47,700 どうしようもなく どうしようもない 170 00:12:50,450 --> 00:12:54,250 扇ちゃん きみはいったい 何を知っていると言うんだい? 171 00:12:54,250 --> 00:12:56,250 私は何も知りませんよ 172 00:12:56,940 --> 00:13:00,170 あなたが知っているんです 阿良々木先輩 173 00:13:00,490 --> 00:13:01,340 僕― 174 00:13:02,470 --> 00:13:07,930 そうですね ここは老倉先輩の少女時代を見習って クイズと洒落込みましょうか 175 00:13:08,790 --> 00:13:09,680 問題です 176 00:13:10,020 --> 00:13:14,310 老倉育は阿良々木暦のことが親の仇のように嫌いです 177 00:13:14,310 --> 00:13:18,810 それは阿良々木暦が 老倉育の期待に応えてくれなかったからです 178 00:13:19,120 --> 00:13:22,760 だから彼女は 彼に何も告げずに転校して行ったのです 179 00:13:22,760 --> 00:13:27,070 さて 老倉育は阿良々木暦に いったい何を望んでいたのでしょうか? 180 00:13:27,640 --> 00:13:29,780 何を 望んで? 181 00:13:29,780 --> 00:13:34,460 ヒント 阿良々木先輩のご両親の職業に関係があります 182 00:13:37,960 --> 00:13:41,300 シンキングタイム 百二十秒 183 00:13:53,970 --> 00:14:03,860 要するに老倉先輩は 阿良々木先輩に数学の なんですか 面白さとやらを教えるのと引き替えに 見返りを求めていたということですよ 184 00:14:05,110 --> 00:14:10,620 第三者の立場から言わせてもらえれば やっぱり最初の封筒って 怪しいですよね 185 00:14:10,620 --> 00:14:12,870 罠(わな)の臭いがぷんぷんします 186 00:14:13,200 --> 00:14:14,120 罠 187 00:14:14,430 --> 00:14:15,870 言うなら釣り針ですか 188 00:14:18,000 --> 00:14:23,800 他の生徒にも手紙を出していて 阿良々木先輩だけが現れたという本人の弁は嘘ですよ 189 00:14:23,800 --> 00:14:25,630 まるっきりの虚言です 190 00:14:25,630 --> 00:14:28,630 事実は阿良々木先輩だけを狙っての一本釣りでしょう 191 00:14:29,090 --> 00:14:32,810 阿良々木先輩が数学の成績を落としているのを知った老倉先輩が 192 00:14:32,810 --> 00:14:38,310 そこにつけ込む形で 興味を引くであろう内容の封筒を下駄箱に入れたということでしょう 193 00:14:38,310 --> 00:14:42,880 教科数学をなんとかしなきゃと思っている少年のところに 数学的問題 194 00:14:42,880 --> 00:14:45,030 まあ いい疑似餌(ぎじえ)ですよ 195 00:14:45,030 --> 00:14:49,280 とすると 本当にのこのこと現れた僕って感じだが 196 00:14:49,280 --> 00:14:51,280 ねえ阿良々木先輩 197 00:14:51,280 --> 00:14:59,160 阿良々木先輩は 私の叔父さんであるところの忍野メメがこの町で暮らした 学習塾跡の廃墟を よくご存知なんですよね? 198 00:14:59,160 --> 00:15:01,920 ん... ああ そりゃあ 言っただろ 199 00:15:01,920 --> 00:15:04,800 僕自身 そこで寝泊まりしたこともあるくらいだって 200 00:15:04,800 --> 00:15:07,240 そしてあなたはこうも言いました 201 00:15:07,240 --> 00:15:11,050 この廃屋とあの廃墟は同じくらいボロボロだと 言いましたよね? 202 00:15:11,660 --> 00:15:12,680 言ったけど? 203 00:15:12,680 --> 00:15:14,780 それ おかしくないです? 204 00:15:14,780 --> 00:15:17,520 なんで数年前に潰れたばかりの学習塾と 205 00:15:17,520 --> 00:15:21,600 五年前に既に廃屋だった民家とが 同じくらいボロボロなんですか? 206 00:15:25,440 --> 00:15:27,610 そうです 阿良々木先輩 207 00:15:29,190 --> 00:15:32,570 五年前 ここは廃屋ではなかったんです 208 00:15:33,710 --> 00:15:36,450 廃屋というのはあなたの勘違いです 209 00:15:36,450 --> 00:15:39,750 ここは 老倉育の住まう家でした 210 00:15:43,210 --> 00:15:45,960 老倉の 住まう家? 211 00:15:45,960 --> 00:15:50,530 どうして 彼女はいつも 阿良々木先輩よりも先に ここに来ていたんです? 212 00:15:50,530 --> 00:15:55,850 一度の例外もなく 待ち合わせ場所に先着していたなんて おかしいと思いませんか? 213 00:15:57,260 --> 00:16:02,850 自宅だったからこそ 老倉先輩はここで常に 待ち構えることができたと見るべきです 214 00:16:02,850 --> 00:16:03,850 でも— 215 00:16:04,860 --> 00:16:06,870 さて阿良々木先輩 216 00:16:06,870 --> 00:16:13,370 ショックをお受けのところに鞭を打つようで申し訳ありませんが 私の推理はここからが肝要(かんよう)です 217 00:16:13,370 --> 00:16:17,740 どうして阿良々木先輩は五年前 老倉家を廃屋だと思ったのでしょう 218 00:16:18,350 --> 00:16:20,620 そりゃ 記憶違いってことだろう? 219 00:16:20,620 --> 00:16:22,560 いえ 勘違いです 220 00:16:22,560 --> 00:16:24,630 記憶自体はたぶんあっていますよ 221 00:16:25,190 --> 00:16:30,780 この部屋の窓は 既にこんな具合に割れていたと 具体的に証言されていたじゃあないですか 222 00:16:31,430 --> 00:16:34,380 だから記憶違いではなく 勘違いなのです 223 00:16:37,190 --> 00:16:39,640 家庭内暴力って奴か 224 00:16:40,000 --> 00:16:41,140 そうですね 225 00:16:42,660 --> 00:16:47,270 なかなか悲惨な家庭環境でお育ちになられたようですね 老倉さんは 226 00:16:47,840 --> 00:16:50,530 平和な家庭でぬくぬく育った阿良々木先輩が 227 00:16:50,870 --> 00:16:54,949 この家に通い詰めたひと夏のことを 記憶の片隅に押し込んだとしても 228 00:16:54,949 --> 00:16:57,379 記憶の奥底に押しまい込んだとしても 229 00:16:57,380 --> 00:17:00,290 それは責められることではないのかもしれません 230 00:17:01,790 --> 00:17:07,040 二学期になってからの転校の理由も こうなるとなんとなく想像がつきますね 231 00:17:07,040 --> 00:17:11,050 崩壊しつつあった家庭が 完全に崩壊したってことでしょう 232 00:17:11,530 --> 00:17:15,530 その際に老倉さんは名字が変わったのかもしれませんね? 233 00:17:15,530 --> 00:17:22,810 だからこそ直江津高校一年三組で再会したときに 阿良々木先輩は初対面だと思った とか 234 00:17:22,810 --> 00:17:25,640 まあ顔でわかれって話ですけれどね 235 00:17:27,200 --> 00:17:28,150 ともあれ 236 00:17:28,150 --> 00:17:32,150 老倉家がその頃 極限状態にあったことは間違いないでしょう 237 00:17:32,640 --> 00:17:35,650 そして彼女はそれをなんとかしたかった 238 00:17:35,650 --> 00:17:37,070 なんとかって 239 00:17:37,070 --> 00:17:38,980 なんとかはなんとかです 240 00:17:38,980 --> 00:17:41,290 だから阿良々木先輩を呼んだんですよ 241 00:17:42,290 --> 00:17:47,540 老倉先輩が阿良々木先輩に求めた見返りとは つまりはそういうことだったんです 242 00:17:47,540 --> 00:17:49,230 いや ちょっと待てよ 243 00:17:49,230 --> 00:17:54,670 家庭崩壊 暴力を伴う家庭崩壊の解決なんて 荷が重過ぎるだろ 244 00:17:54,670 --> 00:17:57,930 中学一年生に何を期待していたんだ あいつは? 245 00:17:57,930 --> 00:18:00,070 だからご両親ですよ 246 00:18:00,070 --> 00:18:01,140 両親... 247 00:18:01,140 --> 00:18:02,560 警察官なんでしょう? 248 00:18:03,820 --> 00:18:06,520 阿良々木先輩に正しさを示したご両親 249 00:18:06,520 --> 00:18:11,400 そのご両親に 老倉家の有様を報告することを あなたは期待されていたんです 250 00:18:13,900 --> 00:18:18,410 だとしても 口止めされていたんだけれど 僕は 老倉自身から 251 00:18:18,770 --> 00:18:21,660 ここで老倉と会っていることを誰にも言うなって 252 00:18:22,130 --> 00:18:26,950 あくまでも老倉先輩は 家族を自ら告発したくはなかったんでしょうよ 253 00:18:26,950 --> 00:18:31,420 娘として親を自ら咎める形になるのは気が咎めるのか 254 00:18:31,630 --> 00:18:34,900 それとも報復を恐れてのことなのか 255 00:18:34,900 --> 00:18:36,760 これも両方ですかねえ? 256 00:18:36,968 --> 00:18:44,010 あくまで僕が自発的に 老倉家の様子を両親に告発するのを望んでいた 目論んでいたということか 257 00:18:44,770 --> 00:18:47,890 僕は老倉が望んでいたことを何もしてやれず 258 00:18:48,370 --> 00:18:53,940 その癖 老倉が僕に与えてくれた知識だけは 存分に吸収していったってわけだ 259 00:18:55,020 --> 00:19:01,870 老倉が卓袱台の裏に張り付けて行った空っぽの封筒こそが 僕という男を如実に表していた 260 00:19:01,870 --> 00:19:03,620 "空っぽ"で"外れ" 261 00:19:04,000 --> 00:19:05,730 当てにならない男だった 262 00:19:07,030 --> 00:19:09,020 ふふふ ま おおよそこんなところですが 263 00:19:10,700 --> 00:19:13,170 阿良々木先輩 私の記憶が確かならば 264 00:19:13,680 --> 00:19:22,800 確か阿良々木先輩は どうして自分が老倉先輩から 親の仇のように嫌われているのかを探るために 今回の調査を実施したはずだと思うのですが 265 00:19:22,800 --> 00:19:27,060 その目的は 現時刻をもって概ね達成できたと思われます 266 00:19:27,490 --> 00:19:34,670 つきましてはそろそろ撤退を図るべき頃合いだと考えますけれど 最後に一言 何かありましたらどうぞ 267 00:19:34,670 --> 00:19:35,940 締めの一言を 268 00:19:37,440 --> 00:19:40,250 今の僕はとても恵まれているよ 269 00:19:40,250 --> 00:19:41,700 確かに順風満帆で 270 00:19:41,700 --> 00:19:43,000 幸せだ 271 00:19:43,000 --> 00:19:46,080 友達がいて 恋人がいて 後輩がいて 272 00:19:46,820 --> 00:19:49,000 とてもとても幸せだ 273 00:19:49,990 --> 00:19:51,210 だけど 274 00:19:51,210 --> 00:19:55,840 そんな幸せな僕を 僕は少し 嫌いになってしまったよ 275 00:19:56,150 --> 00:19:59,300 ならばその分 私があなたを愛しましょう 276 00:19:59,710 --> 00:20:01,550 それに阿良々木先輩 277 00:20:01,550 --> 00:20:05,970 考えようによっちゃあ 数学までを嫌いにならなくてよかったじゃないですか 278 00:20:07,180 --> 00:20:08,470 違いねえ 279 00:20:09,850 --> 00:20:10,730 確かに 280 00:20:10,730 --> 00:20:15,860 何を嫌いになっても 正しさを見失っても 数学だけは愛し続ける 281 00:20:17,700 --> 00:20:21,190 それはもはや 一種の呪いのようでもあった 282 00:20:23,610 --> 00:20:25,120 忍野扇? 283 00:20:25,670 --> 00:20:27,620 忍野さんの 姪っ子? 284 00:20:27,620 --> 00:20:29,770 ん... ああ うん 285 00:20:29,770 --> 00:20:32,660 その子のお陰で色々と判明してな 286 00:20:32,660 --> 00:20:36,500 さすが忍野の係累(けいるい)というか なかなかの名探偵ぶりだぜ 287 00:20:36,930 --> 00:20:41,630 あの子がいなければ 昨日も一昨日も 謎は解けないままだっただろうな 288 00:20:43,940 --> 00:20:45,280 阿良々木くん 289 00:20:45,280 --> 00:20:50,640 今の阿良々木くんを これ以上追い詰めるようなことを言うのは とても心苦しいんだけれど 290 00:20:51,120 --> 00:21:00,280 阿良々木くんが 中学一年生の一学期の期末試験で 数学の壁にぶつかっていたことくらいなら 何らかの方法で知ってもおかしくはない 291 00:21:00,280 --> 00:21:04,910 そこをつくように モンティ・ホール問題を下駄箱に入れることもできると思う 292 00:21:05,740 --> 00:21:11,490 でも その計画の肝(きも)である 阿良々木くんのご両親が警察官だってことを 293 00:21:11,490 --> 00:21:14,040 老倉さんはどうやって知ったの? 294 00:21:14,790 --> 00:21:19,290 それは阿良々木くんが ひたすらひた隠しにしていることじゃなかったっけ? 295 00:21:19,630 --> 00:21:20,670 そうだ 296 00:21:20,670 --> 00:21:25,540 それについては僕は 余計な あるいは不要なトラブルを避けるために 297 00:21:25,540 --> 00:21:27,550 訊かれても言わない癖がついている 298 00:21:30,560 --> 00:21:31,900 なのにどうして 299 00:21:31,900 --> 00:21:33,910 どうして老倉はそれを知っていた? 300 00:21:33,910 --> 00:21:35,270 どうやって? 301 00:21:35,270 --> 00:21:40,770 そりゃあもちろん 何かのきっかけで たまたま知っていたってこともあるかもしれないけれど 302 00:21:40,770 --> 00:21:42,750 まだ あるんじゃないのかな 303 00:21:42,750 --> 00:21:45,700 何か 阿良々木くんと老倉さんの間には 304 00:21:45,700 --> 00:21:48,930 何か 遡(さかのぼ)らなければならない記憶が 305 00:21:48,930 --> 00:21:50,830 開けなければならない扉が 306 00:21:51,700 --> 00:21:53,950 遡らなければならない記憶 307 00:21:58,300 --> 00:21:59,960 開けなければならない扉 308 00:22:01,150 --> 00:22:04,300 僕にはまだ 忘れていることがあるのだろうか 309 00:22:04,300 --> 00:22:05,550 これ以上 310 00:22:05,550 --> 00:22:09,590 だとすれば 阿良々木暦は どこまで愚かなのだろうか 311 00:22:10,250 --> 00:22:12,350 僕の愚かに 限りはないのか 312 00:22:13,470 --> 00:22:16,350 私がお前のことを忘れるはずがないじゃない 313 00:22:16,350 --> 00:22:17,980 老倉はそう言っていた 314 00:22:18,980 --> 00:22:22,110 だとすれば 彼女はきっと覚えているのだ 315 00:22:23,150 --> 00:22:27,650 二年前の 五年前の そしてそれ以前の愚か者を 316 00:22:29,120 --> 00:22:32,030 僕は教室の前に到着した 317 00:22:32,580 --> 00:22:39,370 この扉の向こうに老倉育がいるのかどうかは さてもまったく不可能な証明だった