1 00:00:08,367 --> 00:00:11,634 弁天とは 天狗でも狸でもない 2 00:00:11,968 --> 00:00:13,234 ただの人間である 3 00:00:14,868 --> 00:00:18,234 琵琶湖のほとりをぽてぽてと目的も無く歩いていた 4 00:00:18,400 --> 00:00:22,634 若き日の弁天は鈴木聡美という人間の名を持ち 5 00:00:23,367 --> 00:00:27,501 あくまでもそれなりに可愛い 田舎の女子にすぎなかった 6 00:00:29,100 --> 00:00:30,267 その弁天を 7 00:00:30,901 --> 00:00:34,834 たまたま年始の挨拶に琵琶湖に来ていた赤玉先生が 8 00:00:35,100 --> 00:00:36,901 連れて帰って来たのである 9 00:00:38,934 --> 00:00:40,100 赤玉先生は 10 00:00:40,634 --> 00:00:43,901 彼女に手取り足取り天狗教育を施し 11 00:00:44,501 --> 00:00:46,801 彼女は人間から天狗への階段を 12 00:00:47,334 --> 00:00:48,901 勢いよく駆け上った 13 00:00:50,200 --> 00:00:52,234 駆け上ったところで美脚を一閃 14 00:00:53,133 --> 00:00:54,567 彼女は自分を連れ去り 15 00:00:55,033 --> 00:00:58,000 かつ師匠ともなった赤玉先生を 16 00:00:58,334 --> 00:00:59,734 蹴り落としたのである 17 00:01:00,834 --> 00:01:02,133 あら先生 18 00:01:02,801 --> 00:01:04,133 追いかけてきたのね? 19 00:01:05,067 --> 00:01:06,267 今の弁天に 20 00:01:06,934 --> 00:01:08,601 昔日の面影は無い 21 00:01:10,033 --> 00:01:13,934 面白くない世の中 22 00:01:14,968 --> 00:01:18,667 面白くすればいいさ 23 00:01:29,601 --> 00:01:33,934 “つまらねえ”のが口癖なのは 24 00:01:34,167 --> 00:01:38,133 それこそホントにつまらない 25 00:01:38,801 --> 00:01:43,267 文句を言うのは簡単だけど 26 00:01:43,534 --> 00:01:47,300 誰かは何もくれない 27 00:01:47,601 --> 00:01:52,033 走らないけど止まりはしない 28 00:01:52,234 --> 00:01:56,467 誰にも流れる阿呆の血 29 00:01:56,901 --> 00:02:01,334 騒げば騒ぐ程かき立てる 30 00:02:01,801 --> 00:02:06,667 なんと素晴らしき日々 31 00:02:08,167 --> 00:02:12,300 面白くない世の中 32 00:02:13,133 --> 00:02:17,067 面白くすればいいのさ 33 00:02:18,434 --> 00:02:21,868 自分で見つけりゃ 34 00:02:22,601 --> 00:02:25,968 ほどほどにパラダイスだ 35 00:02:27,133 --> 00:02:31,801 気がつけば何時だって 36 00:02:32,167 --> 00:02:37,100 有頂天人生だ 37 00:02:44,067 --> 00:02:44,534 ん 38 00:02:44,901 --> 00:02:45,334 よ 39 00:02:45,968 --> 00:02:47,701 ううん あ 40 00:02:48,934 --> 00:02:49,367 よっ 41 00:02:52,367 --> 00:02:52,934 ん 42 00:02:59,868 --> 00:03:00,534 んっ 43 00:03:02,167 --> 00:03:02,667 よっ 44 00:03:02,868 --> 00:03:03,501 と 45 00:03:04,067 --> 00:03:04,767 はあ 46 00:03:05,200 --> 00:03:07,033 はあ ふう 47 00:03:07,434 --> 00:03:08,200 ううん 48 00:03:08,467 --> 00:03:08,934 えい 49 00:03:09,133 --> 00:03:09,934 おっと 50 00:03:10,133 --> 00:03:11,667 あ 51 00:03:12,067 --> 00:03:12,868 ああ ああ 52 00:03:12,968 --> 00:03:13,467 はあ 53 00:03:13,534 --> 00:03:14,033 はあ 54 00:03:14,167 --> 00:03:14,634 んっ 55 00:03:14,767 --> 00:03:15,601 はあ 56 00:03:21,033 --> 00:03:21,667 と 57 00:03:29,234 --> 00:03:29,901 はあ 58 00:03:30,634 --> 00:03:31,467 ん? 59 00:03:32,300 --> 00:03:33,267 んん 60 00:03:33,667 --> 00:03:34,367 あ 61 00:03:35,634 --> 00:03:36,133 あ 62 00:03:36,501 --> 00:03:36,934 おお 63 00:03:37,501 --> 00:03:37,934 あ 64 00:03:40,901 --> 00:03:41,501 おっと 65 00:03:42,934 --> 00:03:43,567 あ 66 00:03:44,133 --> 00:03:49,334 ああああああ 67 00:03:49,400 --> 00:03:50,367 ふ あ あ? 68 00:03:50,734 --> 00:03:51,767 あ 69 00:03:52,067 --> 00:03:55,267 弁天さん 全くあなたときたら 70 00:03:55,501 --> 00:03:56,801 アクティブだなあ 71 00:03:57,200 --> 00:03:59,534 教授もお年にしては身軽ですわ 72 00:04:00,133 --> 00:04:00,601 はあ 73 00:04:00,934 --> 00:04:03,300 さあ もうひと踏ん張りですよ 74 00:04:03,767 --> 00:04:07,133 やれやれ あなたはまるで天狗のようだな 75 00:04:12,167 --> 00:04:12,734 ふう 76 00:04:13,367 --> 00:04:14,000 はあ 77 00:04:14,767 --> 00:04:16,167 はあ 78 00:04:34,934 --> 00:04:35,501 ん 79 00:04:39,501 --> 00:04:40,801 ふう 80 00:04:42,801 --> 00:04:43,300 あ 81 00:04:45,501 --> 00:04:46,133 ん? 82 00:05:04,334 --> 00:05:06,501 私はただの鈴木聡美です 83 00:05:12,934 --> 00:05:15,234 昔日の面影は無い 84 00:05:16,801 --> 00:05:17,434 僕ね 85 00:05:18,167 --> 00:05:21,133 あなたと初めて会った日を思い出していた 86 00:05:21,767 --> 00:05:24,667 嫌ですね そんなこと忘れていいわ 87 00:05:25,267 --> 00:05:28,767 忘れやしない ちょうど忘年会の日だったよ 88 00:05:29,267 --> 00:05:32,734 狸の入った檻が奥の座敷にあるというから 89 00:05:32,868 --> 00:05:34,200 様子を見に行ったんだ 90 00:05:34,968 --> 00:05:35,467 あ 91 00:05:38,501 --> 00:05:39,467 そうしたら 92 00:05:40,033 --> 00:05:44,701 あなたがその檻の側で横になって すやすや眠っているんだな 93 00:05:45,501 --> 00:05:47,968 座布団を重ねて枕にして 94 00:05:48,300 --> 00:05:50,133 子供みたいに丸まってね 95 00:05:50,567 --> 00:05:51,868 そうでしたかしら 96 00:05:52,834 --> 00:05:55,067 誰だろうと思ったな 97 00:05:55,667 --> 00:06:00,901 新しく金曜倶楽部に入るのが 若い女性だとは知らなかったからな 98 00:06:00,968 --> 00:06:01,767 ふう 99 00:06:02,267 --> 00:06:07,400 檻の中の狸は立派な狸で それはもう堂々たるものだった 100 00:06:08,100 --> 00:06:10,734 怖がっている様子なんか微塵も無くてね 101 00:06:11,767 --> 00:06:14,801 それで僕が狸とにらめっこしていたらね 102 00:06:15,467 --> 00:06:18,367 あなたが起きて僕の隣へ来て 103 00:06:18,534 --> 00:06:21,000 そうして狸に喋りかけたんだ 104 00:06:21,400 --> 00:06:22,968 布袋様ですか? 105 00:06:23,934 --> 00:06:26,000 今宵はよろしくお願いいたします 106 00:06:26,534 --> 00:06:28,300 あ そうか 107 00:06:28,801 --> 00:06:31,400 あなたが寿老人が言っていた人だね 108 00:06:31,601 --> 00:06:33,100 女性とは知らなくて 109 00:06:33,868 --> 00:06:35,234 弁天でございます 110 00:06:36,767 --> 00:06:39,234 気持ち良さそうに寝ていますね 111 00:06:41,400 --> 00:06:44,434 私に食べられるあなたが可哀想なの 112 00:06:44,801 --> 00:06:48,267 でもね 私はあなたを食べてしまうのよ 113 00:06:52,534 --> 00:06:55,634 そんな昔のこと 忘れちゃいました 114 00:06:57,968 --> 00:06:59,767 あの時 惚れたね 115 00:07:00,334 --> 00:07:01,534 恋に落ちたね 116 00:07:02,367 --> 00:07:04,834 あなたの気持ちが僕には分かるもの 117 00:07:05,400 --> 00:07:08,133 ここに同志がいると思ったね 118 00:07:08,567 --> 00:07:10,801 それは先生の思い違いよ 119 00:07:11,234 --> 00:07:14,267 私 そんなこと言った覚えは無いですもの 120 00:07:14,834 --> 00:07:16,100 そうかなあ 121 00:07:16,501 --> 00:07:18,801 僕は覚えているんだがなあ 122 00:07:26,567 --> 00:07:28,100 かあ 123 00:07:28,767 --> 00:07:30,801 くう 124 00:07:37,133 --> 00:07:38,000 弁天様? 125 00:07:43,534 --> 00:07:43,968 あっ 126 00:07:44,267 --> 00:07:45,534 ふう 127 00:07:47,133 --> 00:07:48,467 何をしているんです? 128 00:07:49,033 --> 00:07:50,501 近寄らないでちょうだい 129 00:07:50,934 --> 00:07:52,267 近寄ったら喰うわよ 130 00:07:53,234 --> 00:07:53,901 本気よ 131 00:07:54,601 --> 00:07:57,567 差し出がましいようですが どうしたんです? 132 00:07:58,767 --> 00:08:02,901 月が綺麗で とにかく悲しくなってしまったんだもの 133 00:08:03,567 --> 00:08:04,934 お風呂に入りたい 134 00:08:05,701 --> 00:08:06,834 私もう帰る 135 00:08:07,167 --> 00:08:08,667 わがままだなあ 136 00:08:09,234 --> 00:08:11,167 我々は屋上に置き去りですか? 137 00:08:12,000 --> 00:08:15,267 矢三郎 先生をちゃんとお送りしてね 138 00:08:16,634 --> 00:08:17,267 あ 139 00:08:17,801 --> 00:08:18,234 ん 140 00:08:20,300 --> 00:08:20,834 んん 141 00:08:21,968 --> 00:08:22,634 はあ 142 00:08:26,133 --> 00:08:26,601 ん? 143 00:08:36,167 --> 00:08:38,701 はあ すう うう 144 00:08:38,934 --> 00:08:40,501 弁天さんはどこへ? 145 00:08:42,334 --> 00:08:43,901 うう 146 00:08:44,033 --> 00:08:45,100 うう 147 00:08:45,601 --> 00:08:46,734 あっと 148 00:08:47,067 --> 00:08:47,601 ん? 149 00:08:48,534 --> 00:08:49,801 腹が減ったね 150 00:08:51,901 --> 00:08:52,767 よいしょ 151 00:08:53,133 --> 00:08:55,133 ええっと んん 152 00:08:57,200 --> 00:08:58,501 君も食べなさい 153 00:09:02,601 --> 00:09:03,601 あむ 154 00:09:05,801 --> 00:09:08,701 僕は握り飯を作るのも上手でね 155 00:09:09,000 --> 00:09:09,767 旨いだろ? 156 00:09:13,067 --> 00:09:13,901 あむ 僕はね 157 00:09:14,467 --> 00:09:16,400 握り飯が好きなんだね 158 00:09:17,067 --> 00:09:20,234 冷えたままでも旨いし焼いて食べても旨いし 159 00:09:20,300 --> 00:09:22,634 いつでもどこでも食べられるからな 160 00:09:26,801 --> 00:09:30,100 僕らは弁天さんの途中退場という 161 00:09:30,634 --> 00:09:31,868 いつもね 162 00:09:32,267 --> 00:09:35,934 彼女は断り無く途中で姿を消してしまうんだな 163 00:09:36,300 --> 00:09:36,801 ん 164 00:09:38,701 --> 00:09:40,534 あの人も分からない人ですから 165 00:09:48,834 --> 00:09:52,567 君は学生だろう? 彼女とどういう関係かな? 166 00:09:53,167 --> 00:09:54,667 師匠筋が同じで 167 00:09:54,934 --> 00:09:57,200 師匠 何の師匠? 168 00:09:57,968 --> 00:10:00,267 ああ さっきの宴会芸の? 169 00:10:01,033 --> 00:10:02,400 そんなようなところで 170 00:10:02,801 --> 00:10:05,400 じゃあ 弁天さんも芸をやるの? 171 00:10:05,767 --> 00:10:08,200 私なんか足元にも及びませんよ 172 00:10:08,701 --> 00:10:10,501 今では師匠よりも上です 173 00:10:10,901 --> 00:10:12,434 京都では敵無しです 174 00:10:12,467 --> 00:10:13,467 ずず 175 00:10:15,100 --> 00:10:18,367 まあ とにかく一風変わった美人だよな 176 00:10:19,000 --> 00:10:21,300 先生もだいぶ変わってますな 177 00:10:21,834 --> 00:10:23,868 僕は別に変わっちゃいない 178 00:10:24,234 --> 00:10:27,067 あの食い意地の張り方はただ事じゃない 179 00:10:27,567 --> 00:10:29,501 確かに食い意地は張ってる 180 00:10:29,901 --> 00:10:31,968 いろいろなものを喰ってきたしね 181 00:10:32,133 --> 00:10:34,067 半ば研究ということもあるし 182 00:10:34,734 --> 00:10:35,300 ずず 183 00:10:35,834 --> 00:10:37,400 先生は狸も喰う 184 00:10:38,133 --> 00:10:41,434 狸どころか世界中あちこち行って 185 00:10:41,567 --> 00:10:45,701 昆虫でも植物でも動物でも魚でも何でも喰うよ 186 00:10:46,634 --> 00:10:47,400 旨いですか 187 00:10:47,767 --> 00:10:51,601 喰うからには 旨く喰ってあげる これは喰うものの義務だ 188 00:10:52,367 --> 00:10:53,334 しかしね君 189 00:10:53,834 --> 00:10:58,167 本当のことを言えば命を喰う それだけで旨い 190 00:10:58,300 --> 00:11:01,901 こうでなくちゃいけない 僕はその境地を目指している 191 00:11:02,334 --> 00:11:04,067 だからいろんなものを喰うんだよ 192 00:11:05,367 --> 00:11:07,968 まあ 毒がある奴はダメだけどもね 193 00:11:08,501 --> 00:11:09,667 死んじゃうからさ 194 00:11:10,200 --> 00:11:10,667 ずず 195 00:11:11,701 --> 00:11:14,367 しかし僕なんぞ井の中の蛙だ 196 00:11:15,234 --> 00:11:20,501 世界へ目を広げてみたまえ 人間という奴は何でもかんでも喰うんだ 197 00:11:20,834 --> 00:11:23,467 呆れるぐらい食い意地が張ってるんだ 198 00:11:23,968 --> 00:11:27,434 それを考えると僕は決まって感服するな 199 00:11:28,434 --> 00:11:31,434 喰うということは愛するということだよ 200 00:11:32,033 --> 00:11:34,767 我々はなんと様々なものを喰うのだろう 201 00:11:34,901 --> 00:11:37,968 そして我々はなんと様々なものを愛するのだろう 202 00:11:38,534 --> 00:11:39,734 人間万歳! 203 00:11:40,434 --> 00:11:42,501 という気持ちになるんだな 204 00:11:43,300 --> 00:11:46,868 でも喰われる側にしたら 万歳どころじゃないな 205 00:11:47,434 --> 00:11:50,434 喰われるものはそりゃあもちろん嫌に決まってる 206 00:11:51,000 --> 00:11:55,567 僕だって熊や狼に ガリガリ頭からかじられるのは嫌だからな 207 00:11:55,868 --> 00:11:57,033 皆 嫌だよ 208 00:11:57,300 --> 00:12:00,200 でも喰われちまうのだし 僕は喰いたいな 209 00:12:00,901 --> 00:12:05,334 可哀想だけれども 食べちゃいたいほど狸が好きだしな 210 00:12:05,734 --> 00:12:06,267 はむ 211 00:12:07,868 --> 00:12:08,667 は 212 00:12:09,200 --> 00:12:13,300 狸に限らない かわゆきものたちを我々は喰うんだ 213 00:12:13,667 --> 00:12:16,200 悲しいけれども実に旨い 214 00:12:16,701 --> 00:12:18,834 ここらへんは大いなる矛盾だな 215 00:12:19,400 --> 00:12:20,667 即ち愛だ 216 00:12:21,334 --> 00:12:24,000 ん よく分からんが多分 愛だね 217 00:12:24,267 --> 00:12:25,634 これが愛だね 218 00:12:26,133 --> 00:12:30,634 人間は喰われる心配が無いから そんなのんきなことを言う 219 00:12:31,467 --> 00:12:34,300 やけに君は喰われる側の肩を持つね 220 00:12:35,667 --> 00:12:37,801 しかし大事なことだものな 221 00:12:38,968 --> 00:12:42,934 確かに僕らのような人間には喰われる心配がない 222 00:12:43,300 --> 00:12:44,734 天敵がいない 223 00:12:45,267 --> 00:12:47,634 死んで焼かれて灰になって 224 00:12:48,234 --> 00:12:51,133 微生物に喰われて土に還るぐらいだ 225 00:12:51,901 --> 00:12:56,067 でもそうなると僕には寂しいという気持ちが起こるな 226 00:12:57,067 --> 00:13:00,167 いきなり微生物に喰われるのは寂しいんだな 227 00:13:00,834 --> 00:13:02,334 どうせ死ぬのなら 228 00:13:03,000 --> 00:13:04,934 あんまり痛くさえなければね 229 00:13:05,701 --> 00:13:08,167 僕は狸に喰われるのがいいんだ 230 00:13:08,467 --> 00:13:09,968 ん う え? 231 00:13:10,400 --> 00:13:12,868 病院でしわくちゃになって死ぬよりも 232 00:13:13,234 --> 00:13:15,634 狸の晩ご飯になる方がいい 233 00:13:16,767 --> 00:13:19,767 病院で死んだって誰の栄養にもならない 234 00:13:20,434 --> 00:13:22,133 そんなのは寂しいね 235 00:13:23,033 --> 00:13:26,834 狸が腹を膨らましてくれる方がよっぽどいいな 236 00:13:27,801 --> 00:13:29,334 先生を喰うのは 237 00:13:30,067 --> 00:13:32,200 ちと狸の手に余りますな 238 00:13:32,467 --> 00:13:33,634 そうだね 239 00:13:34,434 --> 00:13:37,234 それに僕はきっと不味い気がするんだ 240 00:13:38,367 --> 00:13:39,767 悲しいなあ 241 00:13:40,467 --> 00:13:43,200 狸たちが自分を喰ってもまずかろう 242 00:13:43,734 --> 00:13:46,968 そう思う人間っていうのは悲しいなあ 243 00:13:47,467 --> 00:13:51,033 そんなことで悲しむ人間なんか聞いたこともない 244 00:13:51,601 --> 00:13:55,934 そういうことを僕に言った狸がいたんだよね 245 00:13:56,701 --> 00:13:58,634 それを今でも思い出す 246 00:13:59,534 --> 00:14:00,167 え? 247 00:14:06,000 --> 00:14:10,467 弁天さんが初めて金曜倶楽部に 迎えられた夜のことだ 248 00:14:17,167 --> 00:14:19,067 君は大したもんだね 249 00:14:19,901 --> 00:14:23,567 狸社会ではきっと名のある狸なのだろうな 250 00:14:25,033 --> 00:14:27,868 今宵 我々は君を喰うことになっている 251 00:14:28,501 --> 00:14:30,534 君としちゃあ不本意だろうが 252 00:14:30,601 --> 00:14:34,200 我々の忘年会は狸鍋と決まっているからな 253 00:14:36,534 --> 00:14:40,467 狸として生まれたからには 人間に喰われることもあるさ 254 00:14:41,167 --> 00:14:44,634 しかしね 手前勝手ではあるけれども 255 00:14:44,901 --> 00:14:48,367 僕は君を喰うことができて嬉しく思っているんだよ 256 00:14:49,133 --> 00:14:52,300 これもまた一つの出会いだからね 257 00:14:53,067 --> 00:14:55,868 君は何故そんなに落ち着いているのかね 258 00:14:56,968 --> 00:14:58,534 不安じゃないのかな 259 00:15:00,167 --> 00:15:05,701 俺はこれまでにやりたいことは全てやり 子供たちも大きくなった 260 00:15:06,234 --> 00:15:08,567 末はまだ小さいけれども 261 00:15:08,767 --> 00:15:10,000 兄たちがいるから 262 00:15:10,100 --> 00:15:13,767 -後は助け合って立派にやってゆくであろう -あ ああ ああ 263 00:15:14,100 --> 00:15:17,033 俺は種を撒き そこそこ育てた 264 00:15:18,200 --> 00:15:21,501 一匹の狸としての役目は全うしたのだ 265 00:15:22,501 --> 00:15:26,734 残された日々は天恵である つまりは儲けものである 266 00:15:27,267 --> 00:15:33,200 従ってまあ ここであなた方に喰われたところで 一向に構わない 267 00:15:33,567 --> 00:15:35,200 喰いたければ喰うが良い 268 00:15:35,634 --> 00:15:40,200 何だか妙だな 君が喋っているような気がするんだが 269 00:15:40,400 --> 00:15:41,701 妄想だろうか 270 00:15:42,300 --> 00:15:44,200 現に俺は喋っているよ 271 00:15:45,701 --> 00:15:49,701 参るね あんまり人をびっくりさせるもんじゃない 272 00:15:50,133 --> 00:15:54,300 あなたならば喋っても構わんかなと ふと思ったのだ 273 00:15:55,334 --> 00:15:58,400 我が生涯最後のいたずらと言うべきか 274 00:15:58,901 --> 00:16:01,567 阿呆の血のしからしむるところだ 275 00:16:02,400 --> 00:16:03,133 あ 276 00:16:04,067 --> 00:16:06,968 それからしばらくの間 話をしたよ 277 00:16:07,901 --> 00:16:11,267 どこに住んでんだとか どんなものを喰ってんだとかね 278 00:16:11,701 --> 00:16:12,834 ただ一点 279 00:16:13,267 --> 00:16:18,067 その狸は 自分は不味いのではないか ということを気にしていた 280 00:16:19,934 --> 00:16:22,868 大丈夫だ 僕が責任を持つ 281 00:16:23,234 --> 00:16:24,801 美味しい鍋にしてやる 282 00:16:25,501 --> 00:16:28,067 是非とも首尾よくやっていただきたい 283 00:16:28,767 --> 00:16:32,534 せっかくの鍋を台無しにしては申し訳ないからな 284 00:16:33,033 --> 00:16:37,701 君は立派な狸だから美味しいよ 安心したまえ 285 00:16:38,234 --> 00:16:42,067 冥土の土産にあなたのお名前を伺いたい 286 00:16:42,868 --> 00:16:45,200 淀川長太郎という者だ 287 00:16:46,033 --> 00:16:46,534 ん 288 00:16:46,834 --> 00:16:49,300 やはり あなたがそうであったか 289 00:16:49,334 --> 00:16:50,367 おや? 290 00:16:50,767 --> 00:16:52,334 僕を知っているのかい? 291 00:16:52,767 --> 00:16:55,067 身内が世話になったものでね 292 00:16:55,567 --> 00:16:58,300 お返しに君の名前も教えてくれよ 293 00:16:59,234 --> 00:17:02,901 私は偽右衛門 下鴨総一郎だ 294 00:17:03,734 --> 00:17:04,534 どなた? 295 00:17:04,801 --> 00:17:05,334 あ 296 00:17:06,234 --> 00:17:06,734 うん? 297 00:17:07,434 --> 00:17:08,033 あれ? 298 00:17:10,567 --> 00:17:11,467 うん? 299 00:17:12,968 --> 00:17:15,434 確か今 あれ? 300 00:17:18,033 --> 00:17:21,267 こんな奇天烈な話 君は信じまいね 301 00:17:23,167 --> 00:17:24,901 信じてもいいな 302 00:17:25,100 --> 00:17:28,968 嬉しいね 君と僕の仲だから話したのさ 303 00:17:29,567 --> 00:17:31,534 今宵 会ったばかりですぜ? 304 00:17:31,834 --> 00:17:34,267 僕は君に運命を感じた 305 00:17:34,734 --> 00:17:39,334 袖擦り合うも多生の縁と言う 今宵の出会いに乾杯だ 306 00:17:39,434 --> 00:17:40,167 乾杯 307 00:17:40,601 --> 00:17:42,868 大学教授ともあろう人が 308 00:17:43,167 --> 00:17:46,434 夜中にこんな所でお酒を飲んでいいんですか 309 00:17:46,868 --> 00:17:48,300 構わん構わん 310 00:17:48,734 --> 00:17:51,267 阿呆の血のしからしむるところさ 311 00:17:52,300 --> 00:17:52,801 あ 312 00:18:00,734 --> 00:18:02,267 おおい君 313 00:18:02,767 --> 00:18:04,534 こんな所にはしごが 314 00:18:05,200 --> 00:18:06,567 これで降りられる 315 00:18:10,300 --> 00:18:12,701 いやあ助かった助かった 316 00:18:16,601 --> 00:18:17,534 よっと 317 00:18:19,934 --> 00:18:20,434 ん 318 00:18:22,234 --> 00:18:22,968 あ 319 00:18:23,701 --> 00:18:25,234 海星? 君か? 320 00:18:26,868 --> 00:18:29,367 さっさと帰って寝ちまえ このあほんだら 321 00:18:30,133 --> 00:18:31,901 次はもう助けないよ 322 00:18:32,534 --> 00:18:36,033 おおい 寺町通りはこっちだよね 323 00:18:36,601 --> 00:18:37,434 ありがとう 324 00:18:45,868 --> 00:18:46,400 ひ 325 00:18:47,400 --> 00:18:49,100 兄さん 俺だよ 326 00:18:49,400 --> 00:18:51,300 なんだ矢三郎かよ 327 00:18:51,801 --> 00:18:54,534 生きてたか 心配したんだぜ 328 00:18:54,901 --> 00:18:56,133 どっこい生きてる 329 00:18:58,701 --> 00:19:01,467 お前も世を捨てて蛙になる気かい? 330 00:19:02,167 --> 00:19:05,868 我が子が二匹も蛙になったら母上が泣く 331 00:19:06,734 --> 00:19:08,400 一晩泊めてもらうだけさ 332 00:19:08,801 --> 00:19:13,267 そんならいいや 悩み事でもあるのかと思ったよ 333 00:19:14,000 --> 00:19:18,667 お前はちっこい頃からそういうことを 口にしない奴だったけれど 334 00:19:19,133 --> 00:19:20,701 悩みなど皆無だ 335 00:19:21,467 --> 00:19:24,067 面白おかしく生きると決めたのだから 336 00:19:25,400 --> 00:19:26,634 飲んできたのか 337 00:19:27,200 --> 00:19:27,801 うん 338 00:19:31,400 --> 00:19:34,133 今度ぜひ研究室に遊びにおいで 339 00:19:38,801 --> 00:19:41,501 それではな また会おうな 340 00:19:42,367 --> 00:19:46,367 それは阿呆の血のしからしむるところだって 341 00:19:46,968 --> 00:19:51,567 この淀川という大学教授が父上と同じことを言うんだ 342 00:19:52,033 --> 00:19:52,667 ふむ 343 00:19:53,267 --> 00:19:58,234 母上を救った恩人ではあっても 相手は憎むべき仇だ 344 00:19:58,734 --> 00:20:01,367 でも 何故か慕わしく思えた 345 00:20:02,234 --> 00:20:03,534 妙な話だけど 346 00:20:04,367 --> 00:20:06,334 俺はつくづく不思議だよ 347 00:20:07,167 --> 00:20:10,067 何故俺は彼を憎まないのだろうか 348 00:20:10,400 --> 00:20:13,767 俺はあの教授がとても好きになってしまったし 349 00:20:14,801 --> 00:20:18,033 父上を鍋にして喰ってしまった弁天様に 350 00:20:18,667 --> 00:20:21,200 何故 俺は惚れたりするのかね 351 00:20:21,434 --> 00:20:25,934 そりゃお前 阿呆の血のしからしむるところさ 352 00:20:26,667 --> 00:20:29,133 それに俺たちは狸だからな 353 00:20:29,801 --> 00:20:32,200 たまには喰われることもあるさ 354 00:20:32,901 --> 00:20:36,334 人間が狸を喰うのは間違ってはいないよ 355 00:20:37,100 --> 00:20:40,601 兄さんは偉いな 悟っているな 356 00:20:41,167 --> 00:20:46,667 いや 実のところ俺は 分かったようなふりをしているだけだよ 357 00:20:47,100 --> 00:20:49,501 なにせ井の中の蛙だもの 358 00:20:49,801 --> 00:20:51,868 またそうやって逃げを打つ 359 00:20:52,033 --> 00:20:55,801 そうではない 未熟者だよ 俺なんぞ 360 00:20:58,801 --> 00:21:03,467 俺は今でも父上のことを考えると涙が出るさ 361 00:21:12,801 --> 00:21:15,501 また誰かが悩み事の相談かい? 362 00:21:15,968 --> 00:21:18,701 いや あれは弁天様だな 363 00:21:18,834 --> 00:21:19,434 え? 364 00:21:20,534 --> 00:21:22,567 彼女は何も喋らない 365 00:21:23,434 --> 00:21:26,033 ああしていつも1人で泣いているんだ 366 00:21:26,968 --> 00:21:29,067 井戸水が塩辛くなっちまう 367 00:21:30,033 --> 00:21:31,501 何故泣くんだろう? 368 00:21:32,100 --> 00:21:34,067 何が悲しいというんだろう? 369 00:21:34,801 --> 00:21:37,000 綺麗な月を見たせいかな 370 00:21:37,567 --> 00:21:41,167 子供というのは訳も無く泣くものさ 371 00:21:43,033 --> 00:21:45,234 その頃 洛中では 372 00:21:46,100 --> 00:21:47,701 我が兄の矢一郎と 373 00:21:48,300 --> 00:21:50,534 叔父である夷川早雲による 374 00:21:51,067 --> 00:21:54,968 次期偽右衛門を巡る醜い争いが始まっていたという 375 00:21:56,067 --> 00:21:56,834 だが 376 00:21:57,434 --> 00:21:59,133 私といえば 377 00:21:59,601 --> 00:22:01,467 およそ大海を知らない 378 00:22:02,934 --> 00:22:05,367 井戸の中の蛙であった 379 00:22:18,234 --> 00:22:21,834 繋いだ手を振りほどけば 380 00:22:21,968 --> 00:22:25,801 いたずらに 君微笑む 381 00:22:26,200 --> 00:22:29,834 春は嵐 ざわざわする 382 00:22:30,000 --> 00:22:33,901 もう花びら散りすぼんだ 383 00:22:34,501 --> 00:22:38,701 口癖はケセラセラ 384 00:22:38,968 --> 00:22:42,434 また呟く声がする 385 00:22:42,501 --> 00:22:50,334 彼女はいつもさよなら言わずに 386 00:22:50,534 --> 00:22:53,300 風と消える 387 00:22:55,200 --> 00:23:01,033 未来のことはわからないけれど 388 00:23:01,267 --> 00:23:05,901 今ここにある奇蹟は 389 00:23:06,267 --> 00:23:10,467 僕のものと信じてる 390 00:23:11,133 --> 00:23:17,234 約束なんてしたくないけれど 391 00:23:18,868 --> 00:23:25,133 その手をかざして確かなもの 392 00:23:25,267 --> 00:23:27,534 手に入れよう 393 00:23:27,767 --> 00:23:34,901 それは僕らを輝かす 394 00:23:37,400 --> 00:23:40,467 ええい どいつもこいつもマナーがなってない 395 00:23:40,767 --> 00:23:43,133 あ そこ 湯船にタオルをつけるな