1 00:00:01,020 --> 00:00:03,355 (私の声)四畳半における 高潔な私を守るため 2 00:00:03,656 --> 00:00:04,957 外出時は鉄の鎧(よろい)をまとう 3 00:00:05,357 --> 00:00:06,959 理論武装 屁理屈(へりくつ)装備 4 00:00:07,059 --> 00:00:09,361 鉄面皮も さりげない笑顔で ソフトコーティング 5 00:00:10,329 --> 00:00:12,965 跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する おぞましき ただれた魂の者たちに— 6 00:00:13,065 --> 00:00:14,967 私は情け容赦しない 7 00:00:16,969 --> 00:00:18,203 しかし 倒せば倒すほど— 8 00:00:18,303 --> 00:00:20,873 言いしれぬ寂しさが 押し寄せてくるのは なぜか? 9 00:00:20,973 --> 00:00:23,375 これは正義を貫く 聖戦では なかったか? 10 00:00:25,978 --> 00:00:27,312 全人類がいなくなった 今— 11 00:00:27,413 --> 00:00:30,349 取り残されたのは 学問 運動 人望 美貌(びぼう) 12 00:00:30,449 --> 00:00:33,886 全ての布石を ことごとく 外しまくった丸裸の私である 13 00:00:33,986 --> 00:00:36,288 (私)かなうなら あの日へ時間を戻したい! 14 00:02:12,230 --> 00:02:13,198 (私の声)古生代 初め 15 00:02:13,298 --> 00:02:16,301 カンブリア爆発が起こり 多様な生物が出現した 16 00:02:16,802 --> 00:02:18,036 そして 古生代の最後は— 17 00:02:18,136 --> 00:02:19,972 世界は無数の二畳敷きから なり— 18 00:02:20,072 --> 00:02:23,675 更に 中生代の始めには 一畳分 広がって 三畳紀が来る 19 00:02:23,775 --> 00:02:25,811 しかし やがて 恐竜たちの登場によって— 20 00:02:25,911 --> 00:02:27,980 敷き詰められた畳は キレイに踏みしだかれ— 21 00:02:28,080 --> 00:02:29,815 ジュラ紀へと時代が移るのである 22 00:02:31,617 --> 00:02:33,151 その後 人類が栄華を誇り— 23 00:02:33,251 --> 00:02:36,021 やがて新生代 第四紀 現世も 終わりを告げた時— 24 00:02:36,121 --> 00:02:39,291 再び 世界に畳が広がり 四畳半紀となる 25 00:02:42,160 --> 00:02:44,396 時間が巻き戻るなど あり得ない話である 26 00:02:44,696 --> 00:02:46,264 しかし 私は その あり得ないと思われた— 27 00:02:46,365 --> 00:02:50,102 どこまでも四畳半が続く 並行世界に さまよいこんでいた 28 00:02:50,902 --> 00:02:52,637 放浪が始まって 早 二月(ふたつき) 29 00:02:52,738 --> 00:02:54,406 この世界に 果てはないと思われたが— 30 00:02:54,706 --> 00:02:57,642 私は いまだ 痛々しい行軍を続けていた 31 00:02:58,310 --> 00:02:59,978 ドアを開ければ 廊下がある 32 00:03:00,078 --> 00:03:02,848 それは天文学的に 奇跡的な偶然の出来事である 33 00:03:02,948 --> 00:03:05,817 それぞれの部屋は同じようで 少しずつ様子が違い— 34 00:03:05,917 --> 00:03:08,787 少しずつ違う“私”が 生息しているようであった 35 00:03:08,887 --> 00:03:10,288 しかし その誰もが 不毛なキャンパスライフを— 36 00:03:10,389 --> 00:03:12,224 謳歌(おうか)してるように思えた 37 00:03:13,358 --> 00:03:15,861 それぞれの または トータルとしての私 38 00:03:15,961 --> 00:03:18,830 …という研究に着手してみたが すぐに やる気を失い— 39 00:03:18,930 --> 00:03:20,098 各部屋に痕跡を残す— 40 00:03:20,198 --> 00:03:23,935 私を取り巻く人物たちの推察へと 興味は移っていった 41 00:03:24,870 --> 00:03:27,372 相島(あいじま)という男は 1学年上の図書委員長である 42 00:03:27,673 --> 00:03:29,908 2冊以上の貸し出しを許さぬ 小さな男だったが— 43 00:03:30,008 --> 00:03:33,445 眼鏡の奥の瞳は どこか慇懃(いんぎん)無礼で 鼻持ちならない印象を受けた 44 00:03:33,745 --> 00:03:36,248 かつて見た その光景は どうやら秘密組織の粛正であり— 45 00:03:36,348 --> 00:03:39,317 トップであった相島が 何者かによって はめられたらしい 46 00:03:41,420 --> 00:03:42,921 (ドアをたたく音) (私の声)そういえば先日… 47 00:03:43,021 --> 00:03:43,922 あっ? 48 00:03:45,957 --> 00:03:48,393 (相島)君は2階に住む 樋口(ひぐち)を知っているか? 49 00:03:48,960 --> 00:03:51,296 (私)いいえ (相島)そうか 50 00:03:51,763 --> 00:03:54,199 (相島) 実は この男の情報を集めている 51 00:03:55,033 --> 00:03:58,003 この男に みんなが 迷惑をかけられててねえ 52 00:03:58,103 --> 00:04:01,339 およそ褒めるべきところがない 妖怪のような男なんだけど 53 00:04:01,907 --> 00:04:03,909 (私の声)訪ねてきた2人は 姿を隠していたが 54 00:04:04,009 --> 00:04:06,478 その癖のある しゃべりは 相島に違いなかった 55 00:04:07,079 --> 00:04:10,348 (相島)では 連想されること 知っていることがあれば 答えて 56 00:04:11,116 --> 00:04:15,721 “飛行船”“五山(ござん)” “ほんわか”“小日向(こひなた)” 57 00:04:17,723 --> 00:04:20,926 (私の声)小日向さんとは 学内でも評判の黒髪の乙女である 58 00:04:21,026 --> 00:04:22,928 もし どこかで 出会う機会があったなら— 59 00:04:23,028 --> 00:04:26,098 いくら硬派な私といえど 思わず入れあげていたかもしれない 60 00:04:26,198 --> 00:04:27,232 (ドアの閉まる音) 61 00:04:27,766 --> 00:04:31,737 その連想ゲームの成果は上がらず そのまま2人は帰っていった 62 00:04:32,170 --> 00:04:35,440 あの歯科衛生士 羽貫(はぬき)さんも 私の大学の卒業生であり— 63 00:04:35,774 --> 00:04:38,477 あの2人と 同回生であったことが分かった 64 00:04:38,777 --> 00:04:41,279 ついでに言うなら あのマスターも 同回生だったらしい 65 00:04:41,379 --> 00:04:42,814 (羽貫さん) スモールワールドね 66 00:04:43,949 --> 00:04:45,917 (私の声)樋口氏は 崖っぷちの8回生であるが 67 00:04:46,017 --> 00:04:48,887 断固としたマイペースで ただ ひたすら堂々としていた 68 00:04:49,888 --> 00:04:52,090 頻繁に羽貫さんは 樋口氏の下宿を訪ねており— 69 00:04:52,190 --> 00:04:54,092 数人の弟子まで 取っていたようである 70 00:04:54,826 --> 00:04:56,094 なぜに そこまで慕われるのか? 71 00:04:56,194 --> 00:04:58,797 無用を極めた生活は 筋金入りの倒壊ぶりと— 72 00:04:58,897 --> 00:05:01,199 深い教養に 裏打ちされているのかも しれぬ 73 00:05:03,435 --> 00:05:06,438 かくいう“私”の1人も 弟子になっているようであった 74 00:05:07,072 --> 00:05:09,374 全身に水がしたたる男 城ヶ崎(じょうがさき)氏は— 75 00:05:09,474 --> 00:05:11,109 先代から引き継いだ いたずら合戦を— 76 00:05:11,209 --> 00:05:12,944 樋口氏と繰り広げていたらしい 77 00:05:13,044 --> 00:05:14,446 とても そんな人物には 見えないが— 78 00:05:14,546 --> 00:05:16,948 跡目とは 次の代理人のことだったのであろう 79 00:05:17,048 --> 00:05:19,518 (くしゃみと咳(せき)) 80 00:05:20,552 --> 00:05:22,954 城ヶ崎氏は香織(かおり)さんという 恋人がありながら— 81 00:05:23,054 --> 00:05:24,489 羽貫さんを 気にかけているようで— 82 00:05:24,790 --> 00:05:26,791 羽貫さんは樋口氏と つきあっているようでもあり— 83 00:05:26,892 --> 00:05:27,826 そうでもなさそうであり— 84 00:05:27,926 --> 00:05:30,562 なおかつ 今度は樋口氏が 世界一周の旅に出るという 85 00:05:30,862 --> 00:05:32,464 (樋口師匠) 羽貫も一緒に行くかい? 86 00:05:32,564 --> 00:05:35,066 君は英語が しゃべれるからなあ 87 00:05:35,167 --> 00:05:37,135 (羽貫さん) ムチャ言わないでよ バカバカしい 88 00:05:37,469 --> 00:05:39,371 (私の声)樋口氏が 羽貫さんに気があるのなら 89 00:05:39,471 --> 00:05:41,940 羽貫さんを放置しているのは なんとも もどかしい 90 00:05:42,040 --> 00:05:43,341 道端に落ちている ダイヤモンドに— 91 00:05:43,441 --> 00:05:45,377 気付かぬふりを しているような ものではないか 92 00:05:47,179 --> 00:05:50,348 こうして見ると 人間とは 実に奥深く 多面的なものである 93 00:05:50,448 --> 00:05:52,884 表面しか見ずに 早合点して 人をさげすむのは— 94 00:05:52,984 --> 00:05:53,985 あまりに もったいない 95 00:05:54,085 --> 00:05:56,988 回り込めば 思いがけぬ側面が また見えてくる 96 00:05:57,489 --> 00:05:59,991 私が今まで どうであったかは この際 棚に上げておく 97 00:06:00,091 --> 00:06:02,394 そして 上げてしまったものは 今更 下ろしようもない 98 00:06:02,961 --> 00:06:05,397 しかし これだけの面々に囲まれた 私のキャンパスライフは— 99 00:06:05,497 --> 00:06:07,999 はち切れんばかりに 充実していた はずである 100 00:06:08,099 --> 00:06:09,534 私は 一体 何をしていたのか? 101 00:06:09,834 --> 00:06:12,370 私は世界を味わう術(すべ)を 知らなかった 102 00:06:14,906 --> 00:06:16,241 コンビニの おにぎりでいい 103 00:06:16,341 --> 00:06:17,876 冷たくて カチンコチンでもいい 104 00:06:17,976 --> 00:06:20,579 おにぎりと魚肉ハンバーグ千個を 交換してもよい 105 00:06:20,879 --> 00:06:23,348 もし 目の前に 炊きたての飯を 盛った茶碗(ちゃわん)が置かれたら— 106 00:06:23,448 --> 00:06:25,617 私は滂沱(ぼうだ)の涙を流すであろう 107 00:06:25,917 --> 00:06:27,619 ことさら 恋い焦がれるのは “猫ラーメン”である 108 00:06:27,919 --> 00:06:30,589 夜中に ふと思い立ち 猫ラーメンを食いにいける世界 109 00:06:30,889 --> 00:06:33,191 これを 極楽という 110 00:06:33,291 --> 00:06:34,593 (私)でやっ! 111 00:06:36,428 --> 00:06:39,197 (私の声) ほとんど全ての“私”の部屋に カステラを運ぶ男 112 00:06:39,297 --> 00:06:42,601 たくさんのサークルに属し その全容は把握しきれない 113 00:06:43,201 --> 00:06:45,403 情報通で 人の恋路を邪魔し— 114 00:06:45,503 --> 00:06:48,106 日常的に あちこちに修羅場の炎が 燃えさかるように けしかけ— 115 00:06:48,206 --> 00:06:49,608 樋口師匠の弟子として— 116 00:06:49,908 --> 00:06:51,409 城ヶ崎氏の暴露映画を 制作しながら— 117 00:06:51,509 --> 00:06:53,478 城ヶ崎氏に取り入り 二重スパイとして— 118 00:06:53,578 --> 00:06:55,880 樋口氏の浴衣をピンク色に染めた 119 00:06:56,314 --> 00:06:58,216 やがて 相島の手先となりながら— 120 00:06:58,316 --> 00:06:59,918 城ヶ崎氏を 映画サークルから追い出し— 121 00:07:00,018 --> 00:07:03,154 今度は相島をはめて 自分が秘密組織のトップに躍り出た 122 00:07:03,255 --> 00:07:05,457 あの掲示板も小津(おづ)の仕業だったのだ 123 00:07:06,191 --> 00:07:07,225 八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍で— 124 00:07:07,325 --> 00:07:09,427 己のキャンパスライフを 謳歌しながら— 125 00:07:09,527 --> 00:07:11,429 全ての“私”に ちょっかいを出し続ける 126 00:07:11,529 --> 00:07:14,032 こんな男に出会っていれば 私のキャンパスライフは— 127 00:07:14,132 --> 00:07:15,333 楽しいものになったであろう 128 00:07:15,433 --> 00:07:19,070 小津は たった1人の 私の親友らしかった 129 00:07:19,905 --> 00:07:20,572 (すすり泣き) 130 00:07:27,979 --> 00:07:28,647 あっ? 131 00:07:40,992 --> 00:07:43,962 (私の声) それは 小津が忘れていった スマートフォンであった 132 00:07:44,062 --> 00:07:45,497 パスワードを さんざん 試した揚げ句— 133 00:07:45,597 --> 00:07:48,566 たわむれに 小日向さんの名前を 打ち込むと 開いた 134 00:07:48,667 --> 00:07:51,336 なんと 小日向さんは 小津の彼女であったのだ 135 00:07:51,436 --> 00:07:52,370 信じられない 136 00:07:52,470 --> 00:07:54,940 私にも彼女を紹介してくれれば よいではないか 137 00:07:55,540 --> 00:07:57,943 しかし それは 小津の秘密らしかった 138 00:07:59,077 --> 00:08:01,980 小津は“ほんわか”が所有している 飛行船の貸し出しを 願い出て— 139 00:08:02,080 --> 00:08:02,948 断られている 140 00:08:03,481 --> 00:08:06,351 (羽貫さん)五山の人混みで 彼女が泣いちゃって 141 00:08:06,451 --> 00:08:09,354 (小津)ええ!? そんなこと 急に言われても… 142 00:08:09,454 --> 00:08:13,325 (私の声)五山送り火とは 京都の夏の夜空を彩る風物詩である 143 00:08:13,425 --> 00:08:14,659 盆地を囲む5つの山に— 144 00:08:14,960 --> 00:08:18,196 大文字(だいもんじ) 妙法(みょうほう) 船形(ふながた) 左(ひだり)大文字 鳥居形(とりいがた)の5つが— 145 00:08:18,296 --> 00:08:19,597 それぞれ順に点火されるが— 146 00:08:19,698 --> 00:08:22,500 全てを地上から一度に見ることは できないと されている 147 00:08:22,600 --> 00:08:24,536 しかし 小津は小日向さんと 五山を見るために— 148 00:08:24,636 --> 00:08:26,371 遊覧飛行を計画したのだ 149 00:08:26,471 --> 00:08:27,372 アホか 150 00:08:29,341 --> 00:08:30,275 小津は どうやら— 151 00:08:30,375 --> 00:08:32,243 飛行船を強奪する つもりらしい 152 00:08:32,344 --> 00:08:34,045 (小津)借りるだけですよ 153 00:08:34,612 --> 00:08:37,449 (私の声)恐ろしいほどの純愛 肝の据わったアホである 154 00:08:37,549 --> 00:08:40,251 この男の どこに そんな大胆さが あるのであろう? 155 00:08:40,352 --> 00:08:41,519 これを妖怪と見まごうとは— 156 00:08:41,619 --> 00:08:44,122 よほど心の ねじ曲がった 人間の見識か? 157 00:08:44,556 --> 00:08:46,624 (私)あっ… (相島)この男の情報を 158 00:08:46,725 --> 00:08:48,259 集めている 159 00:08:48,360 --> 00:08:51,062 〝五山〞〝飛行船〞 〝小日向〞 160 00:08:52,597 --> 00:08:55,367 (私の声)相島は はめられた落とし前をつける気だ 161 00:08:56,034 --> 00:08:59,070 (画面のタッチ音) (焦る声) 162 00:09:00,405 --> 00:09:01,406 (電子音) 163 00:09:02,140 --> 00:09:03,074 うう… 164 00:09:03,408 --> 00:09:04,509 うう! 165 00:09:06,611 --> 00:09:10,482 (私の声)五山は 2か月以上前 私が この世界に迷い込んだ日だ 166 00:09:15,453 --> 00:09:16,654 もし ここから出られたら— 167 00:09:16,755 --> 00:09:19,124 カフェコレクションの たらこスパゲティーを食い— 168 00:09:19,224 --> 00:09:20,225 猫ラーメンをすする 169 00:09:20,325 --> 00:09:22,394 銭湯の広い湯船に ザブンと つかって— 170 00:09:22,494 --> 00:09:23,695 河原町(かわらまち)で映画を見る 171 00:09:23,795 --> 00:09:25,330 峨眉(がび)書房のオヤジと やり合い— 172 00:09:25,430 --> 00:09:27,432 大学で講義を聞くのもいい 173 00:09:27,532 --> 00:09:29,734 樋口師匠に弟子入りして 猥談(わいだん)に ふけり— 174 00:09:30,035 --> 00:09:31,536 羽貫さんの地獄の エンドレスナイトを味わい— 175 00:09:31,636 --> 00:09:34,339 城ヶ崎氏の意味不明な 情熱映画につきあい— 176 00:09:34,773 --> 00:09:37,442 秘密組織にも身を置いてみよう 177 00:09:39,477 --> 00:09:40,545 でやっ! 178 00:09:41,112 --> 00:09:43,148 (私の声)ウソをついて 自分をなだめすかしていても 179 00:09:43,248 --> 00:09:45,316 日に日に それは 難しくなっていった 180 00:09:51,723 --> 00:09:52,590 ハア… 181 00:09:53,191 --> 00:09:54,059 うっ 182 00:09:55,160 --> 00:09:55,827 うう! 183 00:09:56,795 --> 00:09:59,264 (私の声)ここは 私が もともと住んでいた部屋だ 184 00:09:59,364 --> 00:10:00,498 どうやら 何十日もかけて— 185 00:10:00,598 --> 00:10:03,601 私は出発点たる四畳半に 戻ってしまったことになる 186 00:10:03,701 --> 00:10:06,204 恐らく この無限に広がる 四畳半世界の一角を— 187 00:10:06,304 --> 00:10:07,238 必死の思いをしながら— 188 00:10:07,338 --> 00:10:09,641 小さく ひと回りしただけ だったのであろう 189 00:10:09,741 --> 00:10:12,210 世界が終わったのか 私が死んだのか 190 00:10:12,310 --> 00:10:14,479 みんな 元気で暮らしていてほしい 191 00:10:15,480 --> 00:10:18,716 不毛と思われた日常は なんと豊穣(ほうじょう)な世界だったのか 192 00:10:18,817 --> 00:10:20,185 ありもしないものばかり 夢見て— 193 00:10:20,285 --> 00:10:22,253 自分の足元さえ見てなかったのだ 194 00:10:22,353 --> 00:10:25,523 これは 私が選んだ人生 私が望んだ結果である 195 00:10:30,662 --> 00:10:34,332 (私の声)それは1年前の夏の “下鴨(しもがも)納涼 古本まつり”であった 196 00:10:34,432 --> 00:10:36,734 下宿から 足を延ばせば すぐということもあり— 197 00:10:36,835 --> 00:10:39,604 私は連日のごとく 本をあさっていた 198 00:10:40,705 --> 00:10:42,140 ハア 199 00:10:42,240 --> 00:10:44,142 (セミの鳴き声) 200 00:11:03,561 --> 00:11:05,396 それは何ですか? 201 00:11:06,464 --> 00:11:07,765 (明石(あかし)さん) これは“もちぐま”です 202 00:11:07,866 --> 00:11:10,301 5匹 揃(そろ)って モチグマンというのです 203 00:11:10,401 --> 00:11:12,504 1匹 なくしてしまったのですが 204 00:11:13,404 --> 00:11:15,173 (私の声)それまで ヨーロッパの城塞(じょうさい)都市のように 205 00:11:15,273 --> 00:11:18,343 堅固な表情であった彼女の顔が ほころんだのが印象的で— 206 00:11:18,443 --> 00:11:20,712 その笑顔が頭から離れなかった 207 00:11:21,713 --> 00:11:23,615 要するに 率直に おおかたの予想どおり— 208 00:11:23,715 --> 00:11:26,384 平たく 所はばからずに 正直に言ってしまえば… 209 00:11:26,651 --> 00:11:28,186 その時 私は 210 00:11:28,887 --> 00:11:30,822 彼女に ホレたのである 211 00:11:33,191 --> 00:11:33,925 その夜 コインランドリーに— 212 00:11:34,225 --> 00:11:36,394 放り込んだ衣類を 回収しようとしたところ— 213 00:11:36,494 --> 00:11:38,530 奇っ怪なことに 私が2年間 愛用した— 214 00:11:38,630 --> 00:11:39,764 灰色のボクサーパンツはなく— 215 00:11:39,864 --> 00:11:42,534 クマの ぬいぐるみが ちょこんと鎮座ましましていた 216 00:11:43,301 --> 00:11:45,537 しかし その時 私は 彼女に渡そうと思って— 217 00:11:45,637 --> 00:11:46,938 ポケットに しまったのだ 218 00:11:47,672 --> 00:11:49,741 彼女を捜そうと思えば できたはずだ 219 00:11:49,841 --> 00:11:51,943 いつだって 私は その一歩を 踏み出せずにいた 220 00:11:53,211 --> 00:11:57,782 (占い婆(ばば)) 漫然とせず 好機を思いきって 捕まえてごらんなさいまし 221 00:11:59,684 --> 00:12:03,755 (私の声)今なら踏み出せる 何十歩でも 何百歩でも! 222 00:12:08,192 --> 00:12:09,260 (私)うおお! 223 00:12:11,462 --> 00:12:13,831 うわあ! うう うう… 224 00:12:14,933 --> 00:12:15,900 うう… 225 00:12:16,534 --> 00:12:18,303 (電車の通過音) 226 00:12:23,441 --> 00:12:25,843 (犬の遠ぼえ) 227 00:12:28,246 --> 00:12:29,747 (駆け出す足音) 228 00:12:29,847 --> 00:12:33,985 (荒い息遣い) 229 00:12:34,519 --> 00:12:35,553 (ホイッスル) 230 00:12:35,653 --> 00:12:36,921 (警備員)止まらないでください (私)んっ? 231 00:12:37,221 --> 00:12:39,724 (警備員) 橋の上で大文字は見物できません 232 00:12:43,995 --> 00:12:47,632 (深呼吸) 233 00:13:01,245 --> 00:13:03,247 (ホイッスル) (警備員)止まらないでください 234 00:13:03,681 --> 00:13:08,987 橋の上で大文字は見物できません 止まらないでください 235 00:13:18,696 --> 00:13:22,000 (歓声) 236 00:13:25,303 --> 00:13:27,572 (プロペラ音) 237 00:13:33,478 --> 00:13:34,879 (荒い息遣い) (私)あっ? 238 00:13:37,982 --> 00:13:39,484 (小津)おーっとっとっと 239 00:13:40,051 --> 00:13:40,918 小津君? 240 00:13:42,053 --> 00:13:44,422 (男)小津め 観念しろ! 241 00:13:44,522 --> 00:13:46,424 (城ヶ崎先輩)この 裏切り者が! 242 00:13:46,524 --> 00:13:48,760 もう逃げられんぞ 小津! 243 00:13:48,860 --> 00:13:51,896 小津先輩 また何をやらかしたのですか! 244 00:13:52,597 --> 00:13:55,600 僕に何かしようというんなら ここから飛び降りてやる! 245 00:13:55,700 --> 00:13:58,736 身の安全が保証されないかぎり そちらへは下りないぞ! 246 00:13:59,370 --> 00:14:02,040 身の安全なんぞ 要求できる立場か! 247 00:14:02,340 --> 00:14:03,775 (学生たち)そうだ そうだ! 248 00:14:03,875 --> 00:14:05,877 自分の やったことを考えてみろ! 249 00:14:06,444 --> 00:14:08,413 もういい 飛び降りてやる! 250 00:14:08,713 --> 00:14:10,348 僕は飛んでやるぞー! 251 00:14:27,498 --> 00:14:28,366 ハアッ 252 00:14:30,868 --> 00:14:32,870 (観衆の悲鳴) 253 00:14:32,970 --> 00:14:34,572 (どよめき) 254 00:14:37,909 --> 00:14:41,579 小津う—! 255 00:14:43,614 --> 00:14:44,482 あっ? 256 00:14:49,721 --> 00:14:51,356 (私の声)小津! 257 00:14:51,456 --> 00:14:52,690 小津! 258 00:14:52,790 --> 00:14:53,958 小津! 259 00:14:54,058 --> 00:14:55,493 小津! 260 00:15:25,423 --> 00:15:26,624 (小津)おわあ! (私)アハハハー! 261 00:15:26,724 --> 00:15:28,393 あんた 誰ですか!? 262 00:15:28,493 --> 00:15:30,027 私だ 小津! 263 00:15:30,128 --> 00:15:31,863 裸じゃないですか! 264 00:15:31,963 --> 00:15:34,499 俺に任せろ! 身をていして お前をかばってやる! 265 00:15:34,899 --> 00:15:36,033 何ですか? 266 00:15:36,134 --> 00:15:37,001 うわ! 267 00:15:37,101 --> 00:15:39,804 (蛾(が)の羽音) 268 00:15:39,904 --> 00:15:41,005 蛾っ! 269 00:15:42,573 --> 00:15:44,776 (悲鳴) (女性)イヤ! 270 00:15:47,512 --> 00:15:49,714 (明石さん)ぎょえええ! 271 00:15:50,448 --> 00:15:52,750 (私の声)翌日の京都新聞にも 載ったことであるが 272 00:15:52,850 --> 00:15:56,087 その蛾の異常発生について 詳しいことは よく分かっていない 273 00:15:56,187 --> 00:15:58,423 しかし 視聴者諸君には お分かりであろう 274 00:15:59,123 --> 00:16:01,592 あいつ 本当に 落ちやがった ヤッベ 275 00:16:01,692 --> 00:16:03,594 (学生1)助けてやれ (学生2)むしろ 死ね! 276 00:16:03,694 --> 00:16:05,596 (学生3) 殺しても 死ぬようなヤツじゃない 277 00:16:05,696 --> 00:16:08,199 痛い 痛い 痛い 脚が折れています! 278 00:16:08,499 --> 00:16:09,634 もう離してください 279 00:16:09,734 --> 00:16:11,536 何があっても お前を離さんぞ! 280 00:16:11,636 --> 00:16:13,671 (小津)なんで僕に構うのですか 281 00:16:13,771 --> 00:16:16,641 私と お前は どす黒い糸で 結ばれているのだ! 282 00:16:16,741 --> 00:16:18,943 そんなん 知りません イヤです! 283 00:16:19,043 --> 00:16:20,945 (騒ぎ声) 284 00:16:21,045 --> 00:16:25,149 (樋口師匠) 小津は逃げないから安心したまえ 私が責任を持つ 285 00:16:25,450 --> 00:16:27,084 師匠 格好いい! 286 00:16:29,053 --> 00:16:30,888 失脚しちゃいました 287 00:16:30,988 --> 00:16:33,591 彼女のために 骨を折るのは いいが— 288 00:16:33,691 --> 00:16:36,093 本当に脚の骨まで 折ることはないだろう 289 00:16:36,194 --> 00:16:38,563 貴君は救いがたいアホだな 290 00:16:38,663 --> 00:16:39,564 ありがとうございます! 291 00:16:40,665 --> 00:16:42,166 自業自得だけどね 292 00:16:42,467 --> 00:16:44,135 調子のいい野郎だ 293 00:16:44,235 --> 00:16:46,103 すみません 城ヶ崎さん 294 00:16:46,671 --> 00:16:47,638 任して 295 00:16:51,843 --> 00:16:55,546 貴君は 下鴨幽水荘(しもがもゆうすいそう)の住人ではなかったか? 296 00:16:55,646 --> 00:16:56,681 (私)そうです 297 00:16:57,081 --> 00:16:58,983 小津を よろしく頼むよ 298 00:16:59,083 --> 00:17:00,952 これで 前を隠したまえ 299 00:17:01,052 --> 00:17:01,953 あああ! 300 00:17:02,954 --> 00:17:06,491 1人で行っちゃいけません 羽貫さんは待ってます 301 00:17:06,791 --> 00:17:07,658 分かってるよ 302 00:17:07,758 --> 00:17:10,561 ダメです! 男気を見せてください 303 00:17:10,661 --> 00:17:11,896 “ついてこい”って 304 00:17:12,263 --> 00:17:14,899 貴君も面白い男だな 305 00:17:16,234 --> 00:17:19,237 (私の声) 飛行船の強奪に失敗した小津は 樋口師匠の提案で 306 00:17:19,537 --> 00:17:22,006 女装して琵琶湖疎水(びわこそすい)を下って 鴨川(かもがわ)に戻り— 307 00:17:22,106 --> 00:17:24,709 師匠と落ち合うはずが 女装など簡単にバレて 308 00:17:24,809 --> 00:17:25,910 …というか むしろ目立ち— 309 00:17:26,010 --> 00:17:27,812 ほんわか 及び “福猫飯店(ふくねこはんてん)”のメンバー 310 00:17:27,912 --> 00:17:30,047 更に 弟子の裏切りに気付いた 城ヶ崎氏— 311 00:17:30,147 --> 00:17:33,050 恋路を邪魔された 有形無形の者たちにも追い詰められ 312 00:17:33,150 --> 00:17:36,254 とうとう 賀茂大橋(かもおおはし)の欄干に 飛び乗ったということであった 313 00:17:38,789 --> 00:17:40,691 (明石さんの うめき声) 314 00:17:40,791 --> 00:17:43,961 (明石さん)ああああ… 315 00:17:48,232 --> 00:17:49,567 んっ… これは! 316 00:17:49,667 --> 00:17:52,803 (私)かつて 私が拾った物だ 確か 君のじゃなかったかな? 317 00:17:52,904 --> 00:17:55,706 (明石さん) もしや あなたは ねずみ色の ボクサーパンツの持ち主では? 318 00:17:56,541 --> 00:17:58,910 1年前 コインランドリーで もちぐまを洗った時— 319 00:17:59,010 --> 00:18:01,712 男物の下着に 変わってしまったのです 320 00:18:02,146 --> 00:18:04,649 それ以来 その下着の持ち主を 捜していました 321 00:18:05,082 --> 00:18:07,852 その下着 私にピッタリだと思いますぞ 322 00:18:10,154 --> 00:18:13,791 それより よければ 猫ラーメンを食べに行きませんか? 323 00:18:13,891 --> 00:18:14,926 はい! 324 00:18:15,293 --> 00:18:16,694 なぜだか私は ずっと— 325 00:18:16,794 --> 00:18:19,263 その ひと言を 待っていたような気がします 326 00:18:20,631 --> 00:18:22,733 (私)ううう… 327 00:18:22,833 --> 00:18:23,968 そんなに おいしいですか? 328 00:18:24,068 --> 00:18:25,169 うん うん! 329 00:18:25,269 --> 00:18:28,839 それは よいことです まさに この味は無類です 330 00:18:29,840 --> 00:18:32,677 (私の声) 私と明石さんの関係が その後 いかなる進展を見せたかは 331 00:18:32,777 --> 00:18:36,013 この番組の趣旨から逸脱するので お見せすることは差し控えたい 332 00:18:36,113 --> 00:18:39,183 視聴者諸君も貴重な時間を ドブに捨てたくは ないだろう 333 00:18:39,283 --> 00:18:42,687 成就した恋ほど 語るに値しないものはない 334 00:18:47,291 --> 00:18:50,795 私は樋口師匠の下へ 半ば強制的に弟子入りさせられ— 335 00:18:50,895 --> 00:18:53,097 当の師匠は 世界一周の旅へと消えた 336 00:19:02,006 --> 00:19:03,307 弟子入りしたことへの後悔は— 337 00:19:03,608 --> 00:19:05,810 すぐに 瞬間最大風速を記録したが— 338 00:19:05,910 --> 00:19:07,378 地球儀の まち針を抜く時— 339 00:19:07,678 --> 00:19:10,948 樋口師匠は 今 どこに いるのであろう? と夢想する 340 00:19:12,149 --> 00:19:15,353 城ヶ崎氏は研究室を出て どこかへ就職するつもりだという 341 00:19:15,653 --> 00:19:18,189 そういえば 無言の美女 香織さんは どうしているのだろうか? 342 00:19:18,289 --> 00:19:21,926 城ヶ崎氏と幸せな生活を 営んでいることを祈ってやまない 343 00:19:22,326 --> 00:19:25,796 樋口師匠 唯一の気がかりであった “自虐的 代理代理戦争”は— 344 00:19:25,896 --> 00:19:27,231 小津と私によって引き継がれ 345 00:19:27,331 --> 00:19:28,966 私は小津が入院している間に— 346 00:19:29,066 --> 00:19:31,035 彼が“ダークスコルピオン”と 呼んでいる自転車を— 347 00:19:31,135 --> 00:19:32,370 桃色に塗り替えた 348 00:19:34,071 --> 00:19:36,007 私自身に起きた 大きな変化としては— 349 00:19:36,107 --> 00:19:39,710 元田中(もとたなか)に新しい下宿を見つけ 早々に引っ越したことである 350 00:19:39,810 --> 00:19:42,380 到底 あの四畳半に 再び寝泊まりする気には なれず— 351 00:19:42,680 --> 00:19:45,249 今度は便所が きちんと 部屋に付いた 六畳を選んだ 352 00:19:53,357 --> 00:19:57,161 小津さんに恋人? 聞き捨てなりませんね 353 00:19:57,261 --> 00:19:58,729 飛行船を盗もうとしたのも— 354 00:19:58,829 --> 00:20:01,732 その彼女と送り火を 空から見るつもりだったのだ 355 00:20:01,832 --> 00:20:03,200 なんと そうでしたか 356 00:20:03,300 --> 00:20:06,203 (私)雄姿を見せるために 君たちまで賀茂大橋に呼び出した 357 00:20:06,303 --> 00:20:08,773 (明石さん)なるほど しかし 失敗したのですね 358 00:20:09,306 --> 00:20:12,410 小津さんは 恋の話になると とてもイヤがるのです 359 00:20:13,010 --> 00:20:16,113 恐らく彼女の前では いい子で いるんでしょう 360 00:20:16,213 --> 00:20:17,381 (私)うーん 361 00:20:18,416 --> 00:20:20,117 あらら おそろいで 362 00:20:20,451 --> 00:20:23,320 ヘッ お前 あれだけ悪事を働きながら— 363 00:20:23,421 --> 00:20:25,923 よく小日向さんと つきあう時間があったなあ 364 00:20:26,290 --> 00:20:28,259 ぬわっ… 何の話ですか? 365 00:20:28,959 --> 00:20:31,128 聞きましたよ 一度 振られそうになって— 366 00:20:31,228 --> 00:20:34,999 羽貫さんに泣きながら 電話で 相談したらしいではないですか 367 00:20:36,333 --> 00:20:37,768 ウソですぞ ウソっぱちだ! 368 00:20:37,868 --> 00:20:38,936 詳しく聞かせろ 369 00:20:39,036 --> 00:20:41,238 黙秘権を主張します 弁護士を呼べ! 370 00:20:45,342 --> 00:20:47,478 (私)お前 退院しても ヒドい目に遭うんだろ? 371 00:20:47,778 --> 00:20:48,846 (小津)あんたに言われたくない 372 00:20:49,280 --> 00:20:52,016 じゃあ ほとぼりが冷めるまで どこかに逃げろ 373 00:20:52,116 --> 00:20:53,484 費用は俺が持つ 374 00:20:53,784 --> 00:20:56,220 どういう魂胆ですか? 僕は だまされないぞ! 375 00:20:56,320 --> 00:20:59,423 お前も 少しは 人を信じる心を持ったほうがいい 376 00:20:59,724 --> 00:21:03,294 世の中には 俺のように 懐の深い人間もいるということだ 377 00:21:03,761 --> 00:21:05,996 その代わり 彼女に会わせろ 378 00:21:06,397 --> 00:21:08,999 バカな! お断りだ なんて悪趣味な 379 00:21:09,100 --> 00:21:10,901 そうしろ お前のためだ 380 00:21:11,001 --> 00:21:12,303 ハアア… 381 00:21:12,403 --> 00:21:15,106 なぜ 私に そんなに興味を持つんです? 382 00:21:15,206 --> 00:21:17,108 俺なりの愛だ 383 00:21:17,475 --> 00:21:19,877 そんな汚いもの 要りません!