1 00:00:03,170 --> 00:00:05,939 (河野)私がいけないの➡ 2 00:00:05,939 --> 00:00:08,842 私が あほやから…。 (永田)君には 残酷かもしれんけど➡ 3 00:00:08,842 --> 00:00:11,612 どっちか選べ➡ 4 00:00:11,612 --> 00:00:14,314 …と言いたい。 5 00:00:17,484 --> 00:00:21,955 <これは 私たちの青春の証しである。➡ 6 00:00:21,955 --> 00:00:24,625 ほかにも生き方があったわけではなく➡ 7 00:00:24,625 --> 00:00:30,330 このようにしか 私たちは 生きられなかったのである> 8 00:00:31,965 --> 00:00:34,668 でも どっちかじゃ困る。 9 00:00:36,303 --> 00:00:39,306 俺でないと困る。 10 00:00:41,975 --> 00:00:44,678 分からんようになった。 11 00:00:46,313 --> 00:00:50,651 俺がいない方がええんか。 12 00:00:50,651 --> 00:00:55,656 俺が 君の前に現れたんが 間違いやったんか。 13 00:01:12,606 --> 00:01:15,309 よし。 14 00:01:57,184 --> 00:02:03,890 <私たちは 歌で出会い 歌で心を通わせ合ってきた> 15 00:02:51,972 --> 00:02:54,641 <彼女のことを思う以外➡ 16 00:02:54,641 --> 00:02:57,644 歌にならなかった> 17 00:03:07,220 --> 00:03:09,256 お前は 俺のことだけ見てろ。 18 00:03:09,256 --> 00:03:12,125 あいつのことは忘れろ! 19 00:03:12,125 --> 00:03:15,262 お前を 誰にも渡さない。 20 00:03:15,262 --> 00:03:18,598 お前は やっぱり 俺から去っていくのか。 21 00:03:18,598 --> 00:03:21,902 裕子… 裕子! 22 00:03:24,471 --> 00:03:29,943 <歌は 妻 河野裕子が がんを患い➡ 23 00:03:29,943 --> 00:03:35,949 つらい闘病生活を送る間も 絶えることがなかった> 24 00:04:07,581 --> 00:04:12,452 <今 私の手元には 河野の最後の声➡ 25 00:04:12,452 --> 00:04:16,456 最後の歌の録音が残る> 26 00:04:50,157 --> 00:04:53,860 「つらいよ そんなこと言ったら」。 27 00:04:56,630 --> 00:04:59,533 「もう やめとこうか。➡ 28 00:04:59,533 --> 00:05:02,536 じゃあ ちょっと おやすみ」。 29 00:05:05,906 --> 00:05:11,244 <河野が64歳で亡くなって 12年。➡ 30 00:05:11,244 --> 00:05:15,248 すばらしい歌人を 伴侶として 生きることができたことを➡ 31 00:05:15,248 --> 00:05:20,253 私は 幸せに思い 誇りに思う。➡ 32 00:05:20,253 --> 00:05:24,591 いい夫婦だった 子供にも恵まれた。➡ 33 00:05:24,591 --> 00:05:28,929 けれど 今になって 私は 時々思うのだ。➡ 34 00:05:28,929 --> 00:05:31,631 河野は どうだったのだろう> 35 00:05:48,615 --> 00:05:53,954 <そして 私は ある思いがけないものとの出会いから➡ 36 00:05:53,954 --> 00:05:58,959 河野の心の旅路を遡ることになった> 37 00:06:00,560 --> 00:06:04,231 おい 永田和宏。 38 00:06:04,231 --> 00:06:08,935 情けない男やったのう お前。 39 00:06:26,486 --> 00:06:30,924 ♬「幸せなら 手をたたこう」 40 00:06:30,924 --> 00:06:34,594 ♬「幸せなら 手をたたこう」 41 00:06:34,594 --> 00:06:39,933 <私たちの結婚は この時さえ 流行遅れになっていた➡ 42 00:06:39,933 --> 00:06:43,603 この歌で 迎えられた> 43 00:06:43,603 --> 00:06:52,946 (拍手) (一同)おめでとう! 44 00:06:52,946 --> 00:07:00,754 え~ 皆様 本日は お忙しい中 ありがとうございました。 45 00:07:00,754 --> 00:07:05,225 (拍手) 46 00:07:05,225 --> 00:07:07,928 ところで…。 47 00:07:11,898 --> 00:07:15,769 これは 私の妻… ああ…。 48 00:07:15,769 --> 00:07:19,239 (笑い声) 49 00:07:19,239 --> 00:07:24,110 裕子の出版されたばかりの初の歌集です。 50 00:07:24,110 --> 00:07:27,914 「森のやうに獣のやうに」。 51 00:07:27,914 --> 00:07:30,817 この若さで 歌集を出せるやなんて➡ 52 00:07:30,817 --> 00:07:38,525 彼女には 歌人として 輝かしい未来が 待っているに違いありません。 53 00:07:41,461 --> 00:07:46,599 でも 僕は 君に才女になってほしくない。 54 00:07:46,599 --> 00:07:54,274 これからも ずっと 2人きりでいる時の 腕の中にいる時の➡ 55 00:07:54,274 --> 00:07:57,610 甘えん坊の裕子でいてください。 56 00:07:57,610 --> 00:08:00,347 (拍手と歓声) 裕子ちゃん おめでとう! 57 00:08:00,347 --> 00:08:02,716 お幸せに! おめでとう! 58 00:08:02,716 --> 00:08:05,552 空から舞い降りたのは…➡ 59 00:08:05,552 --> 00:08:08,588 裕子さんの歌集からの一首。 60 00:08:08,588 --> 00:08:14,094 新郎 和宏さんの心にとどめを刺した歌と 聞いております。 61 00:08:21,735 --> 00:08:28,241 (拍手と歓声) 62 00:08:37,217 --> 00:08:41,921 <今も鮮烈な この歌は 教科書にも載り➡ 63 00:08:41,921 --> 00:08:47,794 歌人 河野裕子の名を 一躍広めた。➡ 64 00:08:47,794 --> 00:08:52,565 後年 人に この歌について 聞かれると➡ 65 00:08:52,565 --> 00:08:55,935 煮えきらない私への 挑発の歌。➡ 66 00:08:55,935 --> 00:08:57,871 こんなこと言われたら➡ 67 00:08:57,871 --> 00:09:00,774 さらわないわけには いかないですよね。➡ 68 00:09:00,774 --> 00:09:04,744 と うそぶいていた ものだった。➡ 69 00:09:04,744 --> 00:09:07,747 ところが…> 70 00:09:09,883 --> 00:09:14,187 <河野が亡くなって 1年ほどたった ある日> 71 00:09:17,757 --> 00:09:21,494 こんなもんか。 (淳)言うたとおりや。➡ 72 00:09:21,494 --> 00:09:24,431 男一人で 十分やった。 73 00:09:24,431 --> 00:09:27,233 まあ つきあえや。 74 00:09:27,233 --> 00:09:31,905 <息子を連れて 河野が実家に残したままの荷物を➡ 75 00:09:31,905 --> 00:09:35,775 引き取りに行った時のことだった> 76 00:09:35,775 --> 00:09:38,077 (淳)ほとんど本やな。 77 00:09:45,251 --> 00:09:48,154 こいつは…。 78 00:09:48,154 --> 00:09:50,590 みのむしは お父さんや。 79 00:09:50,590 --> 00:09:52,525 宙ぶらりんで 風任せ➡ 80 00:09:52,525 --> 00:09:54,761 あっちに ゆらゆら こっちに ゆらゆらって➡ 81 00:09:54,761 --> 00:09:56,763 お母さん言うてたわ。 82 00:09:58,398 --> 00:10:02,268 これは…➡ 83 00:10:02,268 --> 00:10:04,971 見たことないな…。 84 00:10:10,610 --> 00:10:13,646 日記や。 85 00:10:13,646 --> 00:10:15,949 手紙もある。 86 00:10:15,949 --> 00:10:21,621 昭和42年。 こっちは 昭和43年。 87 00:10:21,621 --> 00:10:26,326 ひょっとして 我が父母の恋愛時代? 88 00:10:31,631 --> 00:10:37,303 <だが 長い間 私は日記を開かなかった。➡ 89 00:10:37,303 --> 00:10:44,644 生涯連れ添った妻とはいえ 他人の日記を のぞき見していいのか。➡ 90 00:10:44,644 --> 00:10:48,948 何が書いてあるのか 怖さもあった> 91 00:10:51,985 --> 00:10:57,857 <心を決めたのは 2019年の秋> 92 00:10:57,857 --> 00:11:02,929 こんなにドキドキするとは…➡ 93 00:11:02,929 --> 00:11:05,231 何事や。 94 00:11:10,603 --> 00:11:18,478 <日記は 彼女が大学に入る年から 結婚した年までの6年分。➡ 95 00:11:18,478 --> 00:11:20,613 何があったのか➡ 96 00:11:20,613 --> 00:11:26,486 ページごと 刃物で断ち切ったところも あるのが 生々しい> 97 00:11:26,486 --> 00:11:31,791 ええよな 読んでも。 98 00:11:33,626 --> 00:11:36,930 ごめんね。 99 00:11:38,498 --> 00:11:45,972 <実は私には あのころから ずっと気になっていた男がいる。➡ 100 00:11:45,972 --> 00:11:50,276 Nと ここでは呼んでおこう> 101 00:11:55,982 --> 00:11:58,685 <あった> 102 00:12:00,820 --> 00:12:06,259 「永田さんとNさんが こころの内で もみ合っている。➡ 103 00:12:06,259 --> 00:12:10,129 永田さんでもあり Nさんでもあり➡ 104 00:12:10,129 --> 00:12:14,934 どちらでもない人の ゆめを見る」。 105 00:12:14,934 --> 00:12:20,807 「夜 眠れないことが どうして こんなに多いのだろう。➡ 106 00:12:20,807 --> 00:12:28,815 Nさん 胸のどこかが引きちぎれるほど 懐かしい人」。 107 00:12:38,625 --> 00:12:42,629 フッ。 (せきこみ) 108 00:12:44,297 --> 00:12:50,637 (鼻歌) 109 00:12:50,637 --> 00:12:53,339 よし! 110 00:13:20,933 --> 00:13:24,937 <出会いは 二十歳の夏だった> 111 00:13:29,942 --> 00:13:32,645 こんにちは。 112 00:13:36,816 --> 00:13:39,952 ドクダミやね これ。 113 00:13:39,952 --> 00:13:42,855 俺… 「塔」の会員。 114 00:13:42,855 --> 00:13:48,961 繁殖力が強いんだよね ドクダミは。 115 00:13:48,961 --> 00:13:51,798 <私は 京大の2回生➡ 116 00:13:51,798 --> 00:13:56,969 「塔」という短歌のグループで 活動を始めた頃だった。➡ 117 00:13:56,969 --> 00:14:00,573 河野は 京都女子大の2回生。➡ 118 00:14:00,573 --> 00:14:08,247 学生を中心に新しい短歌の 同人誌を作ろうと集合がかかったのだ> 119 00:14:08,247 --> 00:14:13,953 あっ これ… 初めて載ってん。 120 00:14:16,923 --> 00:14:20,593 永田さん。 永田です よろしく。 121 00:14:20,593 --> 00:14:22,895 河野です。 122 00:14:25,465 --> 00:14:35,475 「夕闇を忍びてのぼる煙青く わが十代は駆けて去りゆく」。 123 00:14:39,612 --> 00:14:42,315 悪くないです。 124 00:14:48,287 --> 00:14:51,991 <この日の日記は…> 125 00:14:56,162 --> 00:14:58,931 あった。 126 00:14:58,931 --> 00:15:04,570 「7月20日 午後6時より 楽友会館にて➡ 127 00:15:04,570 --> 00:15:07,473 幻想派第一回例会。➡ 128 00:15:07,473 --> 00:15:13,913 北尾さん 永田君 三船さん 見初さん 西尾さん。➡ 129 00:15:13,913 --> 00:15:16,816 帰宅11時」。 130 00:15:16,816 --> 00:15:19,585 これだけか…。 131 00:15:19,585 --> 00:15:24,924 永田君 3文字…。 132 00:15:24,924 --> 00:15:29,595 <次に会ったのは 確か もう秋だった。➡ 133 00:15:29,595 --> 00:15:33,599 俺からは 行動を起こさなかったからな…> 134 00:15:35,268 --> 00:15:37,937 <これだ。➡ 135 00:15:37,937 --> 00:15:41,641 先輩のデートのだしに使われた時…> 136 00:15:43,276 --> 00:15:45,945 (ドアベル) 137 00:15:45,945 --> 00:15:48,414 (北尾)三船さん こっち こっち。➡ 138 00:15:48,414 --> 00:15:51,617 ちょ… お前 こっち…。 ああ…。 139 00:15:51,617 --> 00:15:54,287 (三船)河野さんと一緒なの。 140 00:15:54,287 --> 00:15:56,222 こっちは 永田がくっついてきた。 141 00:15:56,222 --> 00:16:00,226 せ… 先輩が 来いって言うから。 142 00:16:07,233 --> 00:16:13,239 「10月14日 今熊野の「らんぶる」に」。 143 00:16:16,242 --> 00:16:21,547 「北尾さん 京大理学部の永田和宏さん」。 144 00:16:23,115 --> 00:16:28,821 「永田さん 一目で好きになった。➡ 145 00:16:28,821 --> 00:16:33,593 びっくりする程大きい」。 146 00:16:33,593 --> 00:16:39,465 今度 京大の短歌会 来てくれませんか? はい もちろん。 147 00:16:39,465 --> 00:16:43,269 大歓迎やわ。 148 00:16:43,269 --> 00:16:48,608 「北尾さんとも永田さんとも いいお友達になれそう」。 149 00:16:48,608 --> 00:17:02,321 ♬~ 150 00:17:06,993 --> 00:17:09,896 (鼻歌) 151 00:17:09,896 --> 00:17:12,798 (厚子)ただいま。 おっ 早いな。 152 00:17:12,798 --> 00:17:15,768 あれ? お兄ちゃん珍しいな 今日は ジーパンやないの? 153 00:17:15,768 --> 00:17:19,572 ん? たまにはな ハハ。 154 00:17:19,572 --> 00:17:23,442 げたは やめといた方がええんちゃう? ヒヒヒ。 155 00:17:23,442 --> 00:17:29,148 (鼻歌) 156 00:17:41,260 --> 00:17:43,195 やあ。 157 00:17:43,195 --> 00:17:45,598 ねえねえ ねえねえねえ! はっ?見て 見て。 158 00:17:45,598 --> 00:17:48,301 出来たての私の歌。 159 00:17:59,946 --> 00:18:02,214 かっこええよ。 160 00:18:02,214 --> 00:18:06,719 でも この 「おまへ」とか「おれ」て 誰? 161 00:18:06,719 --> 00:18:09,221 どこの男? 162 00:18:09,221 --> 00:18:16,095 そうやなくって これは 私が 男でも女でもない➡ 163 00:18:16,095 --> 00:18:21,801 女の子だった時代の記憶なの。 え? 164 00:18:42,121 --> 00:18:51,597 子供の頃ね 雨上がりの水たまりの中を はだしで かき回すのが好きやった。 165 00:18:51,597 --> 00:18:59,472 ねっとりした粘土質の土が なま温かく 赤茶けて濁っていて➡ 166 00:18:59,472 --> 00:19:02,475 何とも言えなかった。 167 00:19:08,881 --> 00:19:12,585 入ってみてもええかな? 168 00:19:15,755 --> 00:19:18,557 任せとき。 169 00:19:18,557 --> 00:19:22,228 俺が 見張ってるわ。 170 00:19:22,228 --> 00:19:39,245 ♬~ 171 00:19:39,245 --> 00:19:43,249 いい気持ちなんよ。 172 00:19:44,917 --> 00:19:50,589 足の裏が楽しいって 言ってる。 173 00:19:50,589 --> 00:20:01,233 ♬~ 174 00:20:01,233 --> 00:20:06,072 俺も生まれは 滋賀県でね 商売人の息子。 175 00:20:06,072 --> 00:20:09,608 琵琶湖の西のちっさな村の出や。 176 00:20:09,608 --> 00:20:11,944 そうなんや。 177 00:20:11,944 --> 00:20:17,817 「11月9日 永田さんにお逢いする。➡ 178 00:20:17,817 --> 00:20:20,953 たれ髪の下から 例の眼が➡ 179 00:20:20,953 --> 00:20:25,825 まるで珍しい鳥のような 邪気のない視線を送ってよこす。➡ 180 00:20:25,825 --> 00:20:31,597 まるで子供みたいな 『すれてない』処がある」。 181 00:20:31,597 --> 00:20:35,968 優等生には分からんやろな。 優等生? 182 00:20:35,968 --> 00:20:40,639 高校時代はな 遅刻することにかけては クラスで 一二争ってた。 183 00:20:40,639 --> 00:20:43,976 授業も ようサボった。 ハハハ。 184 00:20:43,976 --> 00:20:49,315 先生を困らせることが 無上の喜びやった。 185 00:20:49,315 --> 00:20:54,820 先生 ちっとも困ってへんと思うけどな。 ハハハ。 186 00:20:54,820 --> 00:20:57,323 げたやね 今日も。 187 00:20:57,323 --> 00:20:59,258 何で げたなん? 188 00:20:59,258 --> 00:21:06,599 俺な 京大に入ったっていうよりも 旧制三高に入ったっていう気分なんよ。 189 00:21:06,599 --> 00:21:11,103 憧れてんねん バンカラに。 何で? 190 00:21:11,103 --> 00:21:15,975 倍賞千恵子さん 知ってる? うん かわいい人やね。 191 00:21:15,975 --> 00:21:18,410 倍賞さんの大ファンや。 192 00:21:18,410 --> 00:21:22,782 倍賞さんが 祇園の舞妓やって 三高生 好きになる映画 見たの。 193 00:21:22,782 --> 00:21:29,288 それ以来 三高が憧れになってしまった。 うそやん。 194 00:21:29,288 --> 00:21:33,159 ♬「何も言わないで 頂戴」 195 00:21:33,159 --> 00:21:37,163 ♬「黙って ただ 踊りましょう」 196 00:21:37,163 --> 00:21:40,900 ♬「だってさよならは つらい」 197 00:21:40,900 --> 00:21:45,304 ♬「ダンスのあとに してね」 198 00:21:45,304 --> 00:21:49,809 げたじゃ 踊れへんでしょ? 踊れるよ。 199 00:21:49,809 --> 00:21:54,313 ♬「何時ものように 踊りましょう」 200 00:21:54,313 --> 00:21:58,317 ♬「せめてキャンドルの下で」 201 00:21:58,317 --> 00:22:02,755 ♬「泣くのだけは やめて……」 202 00:22:02,755 --> 00:22:07,259 ♬「誰にも負けず」 203 00:22:07,259 --> 00:22:11,130 ♬「深く愛してた」 204 00:22:11,130 --> 00:22:17,603 ♬「燃えるその瞳もその手も」 205 00:22:17,603 --> 00:22:21,273 ♬「これきりね」 206 00:22:21,273 --> 00:22:24,610 「ほんとに楽しかった。➡ 207 00:22:24,610 --> 00:22:28,614 まるで兄妹か お友だちみたい」。 208 00:22:30,282 --> 00:22:35,988 「あけっぴろげすぎて ちょっとムード足りなかったけど」。 209 00:22:37,957 --> 00:22:44,663 「私たちは 危うい恋人のようには 多分ならないだろう」。 210 00:23:08,587 --> 00:23:13,926 (湯川)諸君には 何かを伝えたい。➡ 211 00:23:13,926 --> 00:23:19,798 ただ私も あっちこっちに 呼ばれておりますんでね➡ 212 00:23:19,798 --> 00:23:22,401 話のタネは尽きた。 213 00:23:22,401 --> 00:23:24,470 (笑い声) 214 00:23:24,470 --> 00:23:28,274 まあ それでも 諸君を励まさんといかんと…。 215 00:23:28,274 --> 00:23:34,146 アインシュタイン先生のご託宣によれば➡ 216 00:23:34,146 --> 00:23:42,421 この世にはですね 光の速度よりも 速く伝わる信号はないぞと。➡ 217 00:23:42,421 --> 00:23:45,624 こういうことになっとるわけです。➡ 218 00:23:45,624 --> 00:23:49,928 私は 必ずしも そうとは思うとりませんけど。 219 00:23:53,966 --> 00:23:58,270 ほい! 難しいやろ?難しいな。 220 00:24:00,572 --> 00:24:04,910 <私たちは 2人だけで よく会うようになった。➡ 221 00:24:04,910 --> 00:24:07,379 両方とも親元で暮らしていて➡ 222 00:24:07,379 --> 00:24:11,583 河野は 京都駅から1時間かかる 滋賀の町。➡ 223 00:24:11,583 --> 00:24:18,590 男女交際には不便だったが そんなこと 問題ではなかった> 224 00:24:21,260 --> 00:24:24,596 あのさ…。 うん。 225 00:24:24,596 --> 00:24:28,267 俺 今 湯川秀樹博士の 講義受けてるんやけどね➡ 226 00:24:28,267 --> 00:24:34,073 新しい真理見つけるんやったら 私のまねをしてはいけないって。 227 00:24:34,073 --> 00:24:37,276 ノーベル賞取った大先生やで? 228 00:24:37,276 --> 00:24:43,615 いや~ 意外と愉快なとこがあるなって…。 遠くなる…。 229 00:24:43,615 --> 00:24:45,951 え? 230 00:24:45,951 --> 00:24:48,287 あなたが遠くなる…。 231 00:24:48,287 --> 00:24:52,157 えっ あっ…。 232 00:24:52,157 --> 00:24:55,627 ちょっと…。 233 00:24:55,627 --> 00:25:00,632 えっ… 大丈夫か? 234 00:25:03,435 --> 00:25:06,739 ごめんなさい。 235 00:25:33,465 --> 00:25:37,236 <私は 気付き始めていた。➡ 236 00:25:37,236 --> 00:25:42,141 河野の中に 別の世界があること。➡ 237 00:25:42,141 --> 00:25:47,846 そして その中心に Nがいることを> 238 00:25:52,818 --> 00:26:00,225 <Nは 河野の短歌の師だった 歌人 宮 柊二の弟子で➡ 239 00:26:00,225 --> 00:26:04,096 若くして 将来を期待されていた。➡ 240 00:26:04,096 --> 00:26:09,101 河野は Nといつ出会ったのだろう> 241 00:26:11,570 --> 00:26:13,572 ん? 242 00:26:15,240 --> 00:26:19,912 待て待て 待て待て 待て待て…。 243 00:26:19,912 --> 00:26:25,784 <何や 俺の方が 先やないか。➡ 244 00:26:25,784 --> 00:26:31,090 初めて会ってから 2週間後か> 245 00:26:32,925 --> 00:26:41,266 <四国の屋島で 同じ短歌の会の仲間が 全国から集まる懇親会が開かれた。➡ 246 00:26:41,266 --> 00:26:47,973 そこにNは 宮 柊二と共に さっそうと現れた> 247 00:26:49,608 --> 00:26:52,644 「桟橋を渡って来る二人連れ➡ 248 00:26:52,644 --> 00:26:55,948 一目で 宮 柊二だとわかる。➡ 249 00:26:55,948 --> 00:27:01,753 うしろから歩いてくる みず色のサマーセーターの少年めいた青年➡ 250 00:27:01,753 --> 00:27:06,758 次の瞬間 Nさんだと気づく」。 251 00:27:10,229 --> 00:27:16,902 <初めて出会った その日 早くも2人は…> 252 00:27:16,902 --> 00:27:22,207 「ついて来いよ というので ついていった」。 253 00:27:23,775 --> 00:27:32,251 「何度も彼はカメラを向けたけれど 私は失礼な位 それを いやがった。➡ 254 00:27:32,251 --> 00:27:35,554 恥ずかしかったのだ」。 255 00:27:37,122 --> 00:27:43,862 「お互いに これが青春なんですねと言った時➡ 256 00:27:43,862 --> 00:27:50,168 明かに私は 彼のひたひたとした愛情を感じた」。 257 00:27:52,271 --> 00:27:56,141 「2人して ロビーの椅子でお話しする。➡ 258 00:27:56,141 --> 00:27:59,845 実にいいお声で 椅子まで響く」。 259 00:28:01,880 --> 00:28:10,556 「稚いような清潔なくちびる あらい短い髪 濃い眉➡ 260 00:28:10,556 --> 00:28:12,891 髭など ほとんど濃くなくて➡ 261 00:28:12,891 --> 00:28:17,896 少年から青年に移行する時の さわやかさである」。 262 00:28:20,566 --> 00:28:24,236 <まあ 気持ちはよく分かる。➡ 263 00:28:24,236 --> 00:28:29,908 以前から 雑誌に掲載される歌を通じて 意識し合っていた2人が➡ 264 00:28:29,908 --> 00:28:32,578 旅先で初めて出会う。➡ 265 00:28:32,578 --> 00:28:40,285 年配の会員が多い中で 若い2人は 急速に距離を縮める> 266 00:28:42,254 --> 00:28:47,559 <屋島でのNのことだけで 36ページもある> 267 00:29:00,739 --> 00:29:05,444 どういうわけか俺 亀が好きでさ。 268 00:29:21,093 --> 00:29:24,396 ○? ×? 269 00:29:27,766 --> 00:29:30,469 △。 270 00:29:33,238 --> 00:29:36,908 ○にしてほしかったな。 271 00:29:36,908 --> 00:29:39,745 行ったことあるよね? 明日香の亀石。 272 00:29:39,745 --> 00:29:42,247 ずっとあの顔で あそこにいるんや。 273 00:29:42,247 --> 00:29:45,951 ほほ笑みで 闇を押し隠して。 274 00:29:48,587 --> 00:29:51,923 君やったら 気に入ってくれると 思たんやけどな。 275 00:29:51,923 --> 00:29:57,229 はい。 ああ ありがとう。 276 00:30:02,267 --> 00:30:09,274 私 おかしいのかもしれない 最近。 277 00:30:10,942 --> 00:30:14,613 夏に屋島に行ったでしょ。 278 00:30:14,613 --> 00:30:22,487 あの時 私の中に 何か生み付けられたみたいなの。 279 00:30:22,487 --> 00:30:30,162 そして それを 育てなくちゃいけない気になってるの。 280 00:30:30,162 --> 00:30:43,308 ♬~ 281 00:30:43,308 --> 00:30:47,179 「屋島の夏の最後の日。➡ 282 00:30:47,179 --> 00:30:51,650 一緒に歩いて 林の道を抜ける。➡ 283 00:30:51,650 --> 00:30:54,953 重いカバンを彼が持ってくれる」。 284 00:31:02,594 --> 00:31:05,897 「バス停留所に着く」。 285 00:31:10,469 --> 00:31:12,471 (シャッター音) 286 00:31:15,607 --> 00:31:21,947 「私 何かあげようと思ったんだけど 何もなくて➡ 287 00:31:21,947 --> 00:31:26,651 昨日もらった お林檎 ひとつだけ持ってるんですよ」。 288 00:31:28,620 --> 00:31:30,555 (シャッター音) 289 00:31:30,555 --> 00:31:34,292 「青い林檎である。➡ 290 00:31:34,292 --> 00:31:39,164 かじろうかと思って くちびるをあてた林檎である。➡ 291 00:31:39,164 --> 00:31:44,002 ひとつの言葉より ひとつの小さな木の実の方が➡ 292 00:31:44,002 --> 00:31:47,806 より多くを語ってくれそうに思われた」。 293 00:32:06,591 --> 00:32:12,464 <日記には その後も Nを思う言葉が 綿々とつづられ➡ 294 00:32:12,464 --> 00:32:17,269 300ページの日記帳が 3か月でいっぱいになっていた。➡ 295 00:32:17,269 --> 00:32:23,775 だが ところどころに 私にとっては救いになる言葉もあった> 296 00:32:25,610 --> 00:32:30,949 「永田さん あなたにそばに居て欲しい。➡ 297 00:32:30,949 --> 00:32:37,422 今 お電話 風邪でお逢いできないとおっしゃる。➡ 298 00:32:37,422 --> 00:32:42,227 風邪なんぞで どうして寝てしまうの バカ」。 299 00:32:44,629 --> 00:32:49,334 <そして その夜が来た> 300 00:33:10,589 --> 00:33:13,091 どうしたらいいの。 301 00:33:13,091 --> 00:33:15,594 どうしたらいいの…。 302 00:33:18,263 --> 00:33:22,267 2人の人を好きになった…。 303 00:33:23,935 --> 00:33:26,605 愛してるの! 304 00:33:26,605 --> 00:33:30,275 一緒にいたいの あなたと! 305 00:33:30,275 --> 00:33:33,979 あの人とも…。 306 00:33:35,780 --> 00:33:39,284 つらいよ…。 307 00:33:39,284 --> 00:33:41,953 ああ… ちょ…。 308 00:33:41,953 --> 00:33:49,294 分からんけど… あっ そうや 1週間待てよな 1週間。 309 00:33:49,294 --> 00:33:54,165 1週間たったら また会おう。 1週間 何にも考えるな。 な? 310 00:33:54,165 --> 00:33:58,003 何してるんだろう 私。 311 00:33:58,003 --> 00:34:00,939 どうして あなたに こんなこと言ってるんだろう…。 312 00:34:00,939 --> 00:34:04,776 ああ…。 そんなに答え急いではいかん。 な? 313 00:34:04,776 --> 00:34:10,916 好きだ嫌いだは これは もう…➡ 314 00:34:10,916 --> 00:34:16,922 どうしようもないことなんやし。 な? 315 00:34:23,929 --> 00:34:28,600 「言ってはならぬことを言ってしまった。➡ 316 00:34:28,600 --> 00:34:31,937 何という愚かさ。➡ 317 00:34:31,937 --> 00:34:34,639 何という卑劣さ」。 318 00:34:36,274 --> 00:34:40,145 「あんなにやさしく あたたかく 抱いてもらうより➡ 319 00:34:40,145 --> 00:34:43,848 はり倒された方がよかった」。 320 00:34:45,951 --> 00:34:50,622 「あの時も あのひとは くちづけをしなかった。➡ 321 00:34:50,622 --> 00:34:58,630 <誰か>を愛している私には もうそれ以上 触れたくなかったのかもしれない」。 322 00:35:02,901 --> 00:35:12,577 「永田さん あなたもNさんも 同じ位 同じだけ好きな 阿呆な私を➡ 323 00:35:12,577 --> 00:35:15,880 どうぞ つき放さないでおいて」。 324 00:35:20,919 --> 00:35:26,591 「たとへば君 ガサッと 落葉すくふやうに➡ 325 00:35:26,591 --> 00:35:30,595 私をさらつて行つてはくれぬか」。 326 00:35:32,263 --> 00:35:36,267 はあ…。 327 00:35:37,936 --> 00:35:41,640 この時の歌やったんかい。 328 00:35:52,951 --> 00:35:57,122 <この歌がいつ どのような状況で 生まれたのか➡ 329 00:35:57,122 --> 00:36:00,892 生前 河野は 何も語らなかった。➡ 330 00:36:00,892 --> 00:36:06,231 その意味では 歌人 河野裕子の 創作の秘密を明かす➡ 331 00:36:06,231 --> 00:36:09,901 大きな発見 ということになる。➡ 332 00:36:09,901 --> 00:36:13,738 だが 私にとって 重要なのは➡ 333 00:36:13,738 --> 00:36:17,575 そのことではなかった> 334 00:36:17,575 --> 00:36:30,922 「永田さん あなたもNさんも 同じ位 同じだけ好きな 阿呆な私」…。 335 00:36:30,922 --> 00:36:33,258 はあ…。 336 00:36:33,258 --> 00:36:39,964 <ガサッと さらうチャンスは まだNにもあったのだ> 337 00:36:44,602 --> 00:36:48,473 「明け方のゆめは こうだった。➡ 338 00:36:48,473 --> 00:36:51,943 背の高いひとだった。➡ 339 00:36:51,943 --> 00:36:57,282 すぐ近くにいたので そのひとの身体のあたたかみが➡ 340 00:36:57,282 --> 00:37:01,886 あったかい匂いのように つたわってきた。➡ 341 00:37:01,886 --> 00:37:06,224 永田和宏さんのようでもあった。➡ 342 00:37:06,224 --> 00:37:09,894 でも やはり Nさんだった」。 343 00:37:09,894 --> 00:37:13,231 「永田さんであり Nさんでもあり➡ 344 00:37:13,231 --> 00:37:17,235 どちらでもない人のゆめを見る」。 345 00:37:19,104 --> 00:37:23,875 「私たちは 多分 以前書いたように➡ 346 00:37:23,875 --> 00:37:29,180 兄妹のようにサバサバした 関係のままではいられなくなるだろう」。 347 00:37:31,916 --> 00:37:35,587 「あのひとの方に こころが傾いてゆけば ゆくだけ➡ 348 00:37:35,587 --> 00:37:41,893 大きくゆらぎながら Nさんの方にむきなおろうとする思い」。 349 00:38:13,892 --> 00:38:18,196 はあ… はあ… はあ…。 350 00:38:36,147 --> 00:38:42,253 ♬~(「San Diego Serenade」) 351 00:38:42,253 --> 00:38:59,604 ♬~ 352 00:38:59,604 --> 00:39:01,873 お前は 俺のことだけ見てろ。 353 00:39:01,873 --> 00:39:04,175 あいつのことは忘れろ! 354 00:39:06,044 --> 00:39:08,847 お前を 誰にも渡さない。 355 00:39:10,882 --> 00:39:13,785 お前は やっぱり 俺から去っていくのか。 356 00:39:13,785 --> 00:39:17,789 裕子… 裕子! 357 00:39:22,493 --> 00:39:26,431 <歌が 詠めなかった。➡ 358 00:39:26,431 --> 00:39:33,137 彼女のことを思う以外 歌にならなかった。➡ 359 00:39:33,137 --> 00:39:38,576 その時間が 私の中で眠り込んでいた 私の歌を➡ 360 00:39:38,576 --> 00:39:42,580 引きずり出してくれたのかもしれない> 361 00:40:21,619 --> 00:40:26,925 <大学での歌の集まりのあとのことだった> 362 00:40:33,965 --> 00:40:37,835 しんどいか? 363 00:40:37,835 --> 00:40:40,838 つかまってや。 364 00:40:47,979 --> 00:40:50,315 おお… おお! 365 00:40:50,315 --> 00:40:53,017 大丈夫か? よっしゃ よっしゃ。 366 00:40:56,187 --> 00:40:58,890 タクシー呼んでくるし。 367 00:41:13,538 --> 00:41:16,274 「抱きかかえられていても➡ 368 00:41:16,274 --> 00:41:20,945 何の不安も ぎこちなさも 何もなかった。➡ 369 00:41:20,945 --> 00:41:24,649 まるで 当然のことのようだった」。 370 00:41:27,618 --> 00:41:34,625 「『何か』が私たちの間で まぎれもなく急速に接近した」。 371 00:41:44,969 --> 00:41:48,306 「昨日 永田さんより おたより。➡ 372 00:41:48,306 --> 00:41:54,178 あたたかな思いやりのある おたより」。 373 00:41:54,178 --> 00:42:02,820 <驚いたことに この時 私が出した手紙も 河野は保存していた> 374 00:42:02,820 --> 00:42:08,593 「気分 どうですか? 今 午前3時半。➡ 375 00:42:08,593 --> 00:42:12,463 ちょうど化学のレポートを 書き終わったところ。➡ 376 00:42:12,463 --> 00:42:16,267 さっきから雨が降っている。➡ 377 00:42:16,267 --> 00:42:20,938 1週間 退屈でも 寝ていた方がいいでしょう。➡ 378 00:42:20,938 --> 00:42:25,276 起き上がって キョロキョロしながら 家の中を歩いていたら➡ 379 00:42:25,276 --> 00:42:27,979 柱にぶつかるよ」。 380 00:42:34,285 --> 00:42:42,293 <つたないけれど 相手に負担をかけない いい手紙じゃないか> 381 00:42:46,631 --> 00:42:51,302 「春になったら どこか疲れないところへ ハイキングに行こう。➡ 382 00:42:51,302 --> 00:42:53,638 それまでに治ってくれよ。➡ 383 00:42:53,638 --> 00:42:57,942 さよなら 体 大切にね」。 384 00:43:04,916 --> 00:43:12,590 あ~… あ~! あ~! 385 00:43:12,590 --> 00:43:17,295 やっぱり 駄目かもしれん! 俺…。 386 00:43:18,930 --> 00:43:23,935 やっぱり 駄目かもしれん 俺。 387 00:43:25,603 --> 00:43:31,609 思ってたほど 強くも賢くもなかったみたいだ。 388 00:43:39,951 --> 00:43:43,621 私がいけないの➡ 389 00:43:43,621 --> 00:43:46,524 私が あほやから…。 君には 残酷かもしれんけど➡ 390 00:43:46,524 --> 00:43:50,294 どっちか選べ➡ 391 00:43:50,294 --> 00:43:53,297 …と言いたい。 392 00:43:55,166 --> 00:43:59,303 でも どっちかじゃ困る。 393 00:43:59,303 --> 00:44:02,006 俺でないと困る。 394 00:44:08,112 --> 00:44:11,115 分からんようになった。 395 00:44:12,850 --> 00:44:17,255 俺がいない方がええんか。 396 00:44:17,255 --> 00:44:22,260 俺が 君の前に現れたんが 間違いやったんか。 397 00:44:38,276 --> 00:44:41,979 次のバスが来たら 帰るんだぜ。 398 00:44:54,292 --> 00:44:57,595 さあ 乗ろ。 399 00:45:45,643 --> 00:46:01,559 ♬~ 400 00:46:01,559 --> 00:46:06,864 <遠い過去から 突然現れた河野の言葉> 401 00:46:08,432 --> 00:46:13,571 <日記を読み進めるとともに 私が思ったのは➡ 402 00:46:13,571 --> 00:46:16,474 人は 人を愛することに➡ 403 00:46:16,474 --> 00:46:22,480 ここまで いちずになることが できるものなのかということだった> 404 00:46:24,582 --> 00:46:30,921 <私をいちずに愛してくれたと 自慢したいわけではない。➡ 405 00:46:30,921 --> 00:46:37,595 河野は 人を愛することに ひたすら いちずな人だった。➡ 406 00:46:37,595 --> 00:46:42,600 心も体も 痛めつけるようにして…> 407 00:46:48,239 --> 00:46:52,943 <河野の青春を 文章にして残しておきたいと➡ 408 00:46:52,943 --> 00:46:55,613 私は 思うようになった。➡ 409 00:46:55,613 --> 00:47:01,218 見られたくない 知られたくないことも もちろん たくさんある。➡ 410 00:47:01,218 --> 00:47:07,558 けれど それも含めて 書き残すことが自分の務めだと思えた。➡ 411 00:47:07,558 --> 00:47:14,865 こんなふうに生きた人間がいたことを いつまでも人に覚えていてほしいのだ> 412 00:47:46,931 --> 00:47:54,105 これなんですけどね これ 全部 おんなじ日記なんですけど➡ 413 00:47:54,105 --> 00:48:00,878 本当にね いっぱい 切り取ったところが あるんですよね。 414 00:48:00,878 --> 00:48:05,750 これは もう 知るすべもないんだけど 何なんだろうなと思いますけどね。 415 00:48:05,750 --> 00:48:12,356 大体 すごいのは 8月の初め 8月1日でしょ。 416 00:48:12,356 --> 00:48:19,563 で 終わんのが 10月27日だから 8月 9月 10月… 3か月。 417 00:48:19,563 --> 00:48:23,067 この日記1枚終わるんです。 418 00:48:23,067 --> 00:48:26,570 もう本当に… 419 00:48:31,776 --> 00:48:35,079 アハハハハ。 420 00:48:40,251 --> 00:48:43,587 僕としては この作業は➡ 421 00:48:43,587 --> 00:48:48,292 必要な作業やったな という気がしてますね。 422 00:48:51,929 --> 00:48:59,403 本当に あれを読まないで 死んでいった自分と➡ 423 00:48:59,403 --> 00:49:02,306 ああいうこと あれを読んで 河野の気持ちを➡ 424 00:49:02,306 --> 00:49:10,080 あの時の気持ちを遅まきながら分かって 死んでいく自分を比べたら➡ 425 00:49:10,080 --> 00:49:12,550 やっぱり これ 全然違う…➡ 426 00:49:12,550 --> 00:49:19,056 僕自身の人生 自分の人生を思う 思い方っていうのは➡ 427 00:49:19,056 --> 00:49:23,227 全然違うという気は 本当にしますね。 428 00:49:23,227 --> 00:49:26,897 だから 河野が 日記残しといてくれたのは 僕にとっては やっぱり➡ 429 00:49:26,897 --> 00:49:29,900 ありがたいことでしたね。 430 00:49:31,735 --> 00:49:38,242 僕が もし あの日記を 目にしなかったら➡ 431 00:49:38,242 --> 00:49:44,915 知らないで死んでいったはずのことが あまりにも大きくて。 432 00:49:44,915 --> 00:49:50,254 知らなかったら 河野と暮らして まあ いい女房だったと思うし➡ 433 00:49:50,254 --> 00:49:54,592 僕らの結婚生活は 本当に幸せやったと思うけど➡ 434 00:49:54,592 --> 00:49:59,897 でも この幸せの大きさっていうのは…。 435 00:50:08,138 --> 00:50:10,941 うん…。 436 00:50:10,941 --> 00:50:17,948 本当には 実感できなかっただろうと 思いますね。 437 00:50:27,291 --> 00:50:35,100 <人を愛することは 世界にあらがうことと あの時代 つながっていたのだと思う> 438 00:51:27,618 --> 00:51:47,638 ♬~ 439 00:51:47,638 --> 00:51:55,346 <私にも 彼女にも 生まれて初めての口づけであった> 440 00:52:02,920 --> 00:52:06,790 「人間だと思った➡ 441 00:52:06,790 --> 00:52:09,793 あたたかく やわらかく 湿って➡ 442 00:52:09,793 --> 00:52:14,264 歯と歯が触れ合って 舌がぬれていて…。➡ 443 00:52:14,264 --> 00:52:17,935 つくづく人間だと思った。➡ 444 00:52:17,935 --> 00:52:22,940 それが情けなかった 惨めだった」。 445 00:52:27,277 --> 00:52:30,280 あなたが 憎い。 446 00:52:35,953 --> 00:52:39,657 あなたを一生 憎んでやる。 447 00:52:46,964 --> 00:52:51,135 「くちづけは もっと美しいものだと 思っていた。➡ 448 00:52:51,135 --> 00:52:58,642 花びらにふれるみたいに ひんやりして すべすべしているものだと思っていた」。 449 00:53:01,779 --> 00:53:04,481 「くやしかった」。 450 00:53:10,921 --> 00:53:16,260 <何で そんなに泣くのか どうして 一生 憎んでやるのか➡ 451 00:53:16,260 --> 00:53:20,130 私には その時 よく分からなかった。➡ 452 00:53:20,130 --> 00:53:22,132 何のことはない。➡ 453 00:53:22,132 --> 00:53:28,439 私の不器用さが 彼女の夢を 打ち砕いたのが原因だったのか> 454 00:53:32,609 --> 00:53:37,281 <河野にとっては 幻滅の連続だったかもしれないが➡ 455 00:53:37,281 --> 00:53:40,984 その日は ずっと一緒にいてくれた> 456 00:53:46,290 --> 00:53:49,960 このグシャグシャな髪が好き。 457 00:53:49,960 --> 00:53:55,299 誰も構ってくれへんかったから 自己流に伸びてしまった。 458 00:53:55,299 --> 00:53:58,602 めったに床屋には行かへん。 459 00:54:01,572 --> 00:54:04,274 おお。 460 00:54:09,446 --> 00:54:12,749 ばか ばか あほ。 461 00:54:31,568 --> 00:54:36,573 あんたら ええかげんにしときや。 462 00:54:42,613 --> 00:54:44,915 永田さん! 463 00:54:46,483 --> 00:54:54,958 <その日から たくさんの昼と夜を 私たちは抱き合って過ごした。➡ 464 00:54:54,958 --> 00:54:59,296 公園 墓地 ビルの階段。➡ 465 00:54:59,296 --> 00:55:04,601 人のいない場所を探しては 潜り込んだ> 466 00:55:28,258 --> 00:55:31,562 指を広げて。 467 00:55:33,130 --> 00:55:35,832 もっと。 468 00:55:39,603 --> 00:55:42,606 もっと下。 469 00:55:44,474 --> 00:55:48,946 中で 触ってみて。 470 00:55:48,946 --> 00:55:55,819 傷があるの。 うん。 471 00:55:55,819 --> 00:55:59,289 やけどなの。 472 00:55:59,289 --> 00:56:02,593 ひどい傷なの。 473 00:56:04,561 --> 00:56:08,565 こんな私でも いいの? 474 00:56:10,234 --> 00:56:13,937 傷があるからって どうなるっていうの。 475 00:56:19,576 --> 00:56:23,580 ばかやな お前は。 476 00:56:28,252 --> 00:56:33,123 <それは 腰の上に残された やけどの痕だった。➡ 477 00:56:33,123 --> 00:56:38,595 河野が 4歳の時 熱い湯の入った鍋を持った母親が➡ 478 00:56:38,595 --> 00:56:45,602 階段の上で つまずき 下にいた河野に 湯が降りかかってしまったのだという> 479 00:56:47,271 --> 00:56:51,141 <日記を読むと このあと 私は➡ 480 00:56:51,141 --> 00:56:56,847 今から見れば 随分 無神経で 残酷なことを聞いている> 481 00:56:58,982 --> 00:57:02,753 子供は? 482 00:57:02,753 --> 00:57:05,756 産めるの? 483 00:57:08,892 --> 00:57:11,561 産めるわ。 484 00:57:11,561 --> 00:57:17,567 あなたの好きなだけ 何人でも産んであげる。 485 00:57:19,436 --> 00:57:24,908 「こんな私でもいいと言ってくれたのが 嬉しかったのです。➡ 486 00:57:24,908 --> 00:57:28,578 こんな身体になってしまったのを 申し訳ないし➡ 487 00:57:28,578 --> 00:57:31,248 かなしい気がします。➡ 488 00:57:31,248 --> 00:57:35,585 どうぞ かんにんして下さい。➡ 489 00:57:35,585 --> 00:57:41,291 そして お母さんのことも かんにんしてあげて下さい」。 490 00:57:48,932 --> 00:57:51,835 おい すごいぞ。 491 00:57:51,835 --> 00:57:53,804 知ってるか? 492 00:57:53,804 --> 00:58:00,344 今年の角川短歌賞 あの河野が… 河野裕子さんが取ったんやって。 493 00:58:00,344 --> 00:58:05,182 (一同)えっ!? 京都女子大の? 鼻っ柱の強い…。 494 00:58:05,182 --> 00:58:10,087 永田は もちろん知ってたんやんな? フフフ。 495 00:58:10,087 --> 00:58:13,557 戦後生まれで初 史上最年少だってよ。➡ 496 00:58:13,557 --> 00:58:16,259 いや~ これ 先越されてもうたな。 497 00:58:26,570 --> 00:58:29,072 わ~… なるほどな。 498 00:58:29,072 --> 00:58:32,275 きれいやろ。 これ永田のことや。 499 00:58:48,925 --> 00:58:57,267 <角川短歌賞は 短歌の芥川賞 ともいわれる権威ある賞だ。➡ 500 00:58:57,267 --> 00:59:03,540 河野からは 受賞が決まって すぐ 知らせがあった。➡ 501 00:59:03,540 --> 00:59:05,876 うれしくないはずがない。➡ 502 00:59:05,876 --> 00:59:10,747 だが 同時に 不安に襲われたことを覚えている。➡ 503 00:59:10,747 --> 00:59:14,551 彼女に置き去りにされるのではないか。➡ 504 00:59:14,551 --> 00:59:18,855 歌人としても 男としても> 505 00:59:24,895 --> 00:59:30,567 <授賞式のために上京した 河野が帰ってきた> 506 00:59:30,567 --> 00:59:33,470 こんばんは。 痛っ。 507 00:59:33,470 --> 00:59:36,440 こんばんは。 ああ はいはい。 508 00:59:36,440 --> 00:59:39,576 ありがとう。 509 00:59:39,576 --> 00:59:42,245 これまた えらい買い込んだな。 510 00:59:42,245 --> 00:59:46,917 はるばる500キロ 都会の味 連れてきた。 511 00:59:46,917 --> 00:59:49,252 <明るくなった。➡ 512 00:59:49,252 --> 00:59:51,188 当然か…。➡ 513 00:59:51,188 --> 00:59:57,194 すい星のごとく躍り出た 短歌界のスターやもん> 514 00:59:58,929 --> 01:00:03,600 <それは いいのだが 日記を読んで驚いた。➡ 515 01:00:03,600 --> 01:00:09,306 あいつ 東京でNと会ってるじゃないか> 516 01:00:11,475 --> 01:00:17,147 「東京の夕焼けは ちょっと異様で 息をのむほど 美しかった。➡ 517 01:00:17,147 --> 01:00:20,617 きれいね きれいねと言って 飛び上がって喜んだら➡ 518 01:00:20,617 --> 01:00:24,488 Nさんが おかしがって 笑う。➡ 519 01:00:24,488 --> 01:00:27,958 駅構内で 京都に電話」。 520 01:00:27,958 --> 01:00:32,629 今 東京駅。 うん。 521 01:00:32,629 --> 01:00:36,967 「永田さんは どうして こんなに 子供っぽい声をしているのだろう。➡ 522 01:00:36,967 --> 01:00:41,838 彼が しゃべり始めたら ジ~ンジ~ンと電話が切れる。➡ 523 01:00:41,838 --> 01:00:46,309 仕方ないから Nさんと 両替をしたりして また かけなおし。➡ 524 01:00:46,309 --> 01:00:50,981 Nさんが 横から どんどん十円玉を入れる。➡ 525 01:00:50,981 --> 01:00:55,318 Nさん 永田さん 私。➡ 526 01:00:55,318 --> 01:01:00,023 三人三様 まるで子供みたい」。 527 01:01:01,591 --> 01:01:05,929 <ほほ笑ましい青春の一コマである。➡ 528 01:01:05,929 --> 01:01:09,266 今更 腹を立てたりはしないさ。➡ 529 01:01:09,266 --> 01:01:13,937 で そのあと どうなったのだろう> 530 01:01:13,937 --> 01:01:18,608 「8時発 ひかり51号に乗る。➡ 531 01:01:18,608 --> 01:01:22,279 Nさんは ガラス窓のむこう。➡ 532 01:01:22,279 --> 01:01:26,616 立っているのは Nという かつて私のすべてを➡ 533 01:01:26,616 --> 01:01:30,954 がんじがらめにした筈のひとであった。➡ 534 01:01:30,954 --> 01:01:36,660 でも 立っているNは 私の知らない人だった」。 535 01:01:39,963 --> 01:01:42,866 「私は 恋人は1人でいい。➡ 536 01:01:42,866 --> 01:01:48,572 待っていてくれる人は たった1人でよかった」。 537 01:01:55,512 --> 01:02:01,918 <日記の中に もう一つうれしい発見があった。➡ 538 01:02:01,918 --> 01:02:03,954 桜花の記憶は➡ 539 01:02:03,954 --> 01:02:07,591 彼女が 初めて やけどのことを打ち明けた➡ 540 01:02:07,591 --> 01:02:11,595 夕闇の庭から 生まれたものだったのだ> 541 01:02:15,265 --> 01:02:18,168 「傷があるのが どうしたの。➡ 542 01:02:18,168 --> 01:02:20,937 ばかだな お前は。➡ 543 01:02:20,937 --> 01:02:24,608 そう言って 抱いてくれた。➡ 544 01:02:24,608 --> 01:02:28,278 涙が 吹きあふれた。➡ 545 01:02:28,278 --> 01:02:33,617 あの人の肩ごしにあおいだ 夜の空のいろ。➡ 546 01:02:33,617 --> 01:02:38,922 夕闇の中に さくらのはなが どこにも咲いていた」。 547 01:02:50,166 --> 01:02:55,872 <日記を読み進め 文章を書き進めるうちに➡ 548 01:02:55,872 --> 01:03:00,176 どうも ちゅうちょしてしまう場面が 増えてきた> 549 01:03:04,914 --> 01:03:10,620 「きれいなあの人の眼の中に しろく私が映っている」。 550 01:03:12,589 --> 01:03:17,460 「知らんぞと言うなり 乱暴に背中のチャックをひき下げ➡ 551 01:03:17,460 --> 01:03:20,930 肩から ひきはぎ始めた。➡ 552 01:03:20,930 --> 01:03:24,234 胸があらわになる」。 553 01:03:25,802 --> 01:03:32,108 <ああ 俺は 一体 何を書いているのだ> 554 01:03:37,947 --> 01:03:43,286 「苦しくて 息ができない程 首を吸われる。➡ 555 01:03:43,286 --> 01:03:49,959 胸を抱きしめている私の手を 強い力でもぎ取ろうとする」。 556 01:03:49,959 --> 01:03:53,263 本当に 私のこと好きなの? 557 01:03:54,831 --> 01:04:00,537 好きやったら どうして こんなことをするの? 558 01:04:03,239 --> 01:04:08,111 「私を犯そうとする時も このひとは➡ 559 01:04:08,111 --> 01:04:15,418 何故 こんなに うつくしい 曇りのない 眼と唇をもっているのだろう」。 560 01:04:21,257 --> 01:04:24,094 <けれど どんなに抱き合っても➡ 561 01:04:24,094 --> 01:04:28,898 私たちの体が結ばれることはなかった> 562 01:04:30,600 --> 01:04:35,772 <うぶなのか ストイックなのか その一線を目前に➡ 563 01:04:35,772 --> 01:04:38,808 何度も撤退を繰り返した。➡ 564 01:04:38,808 --> 01:04:45,815 我らが時代の愛と青春は 時間がかかる代物だったのだ> 565 01:05:07,570 --> 01:05:10,874 こんにちは。 いらっしゃい。 566 01:05:12,909 --> 01:05:17,580 うまそうなイワシや。 サンマ サンマ。 567 01:05:17,580 --> 01:05:19,616 うそっ。 568 01:05:19,616 --> 01:05:22,118 (2人)頂きます。 569 01:05:25,255 --> 01:05:31,594 子供の頃はな 私と妹で 1つの卵 分け合ってた。 570 01:05:31,594 --> 01:05:35,298 お姉ちゃんの方が多いとか言われて。 571 01:05:39,269 --> 01:05:41,604 何してんの? 572 01:05:41,604 --> 01:05:44,641 いや… 割るのができひん。 573 01:05:44,641 --> 01:05:46,776 食べんのは好きなんやけどな。 574 01:05:46,776 --> 01:05:50,280 あの瞬間の… ドロッていうのが➡ 575 01:05:50,280 --> 01:05:53,283 ちょっとな…。 576 01:05:55,618 --> 01:05:58,922 あっ。 もう貸して。 577 01:06:04,227 --> 01:06:06,529 ありがとう。 578 01:06:11,100 --> 01:06:14,571 うん。 子供みたいやな。ん? 579 01:06:14,571 --> 01:06:17,273 うまい。 580 01:06:20,443 --> 01:06:26,182 あの 今まで聞いてなかったんやけど…。 うん。 581 01:06:26,182 --> 01:06:30,119 あなたのお母さんって どんな人なん? 582 01:06:30,119 --> 01:06:33,590 う~ん…。 583 01:06:33,590 --> 01:06:38,294 いや 無理して答えんでええよ。 ああ いや…。 584 01:06:40,263 --> 01:06:46,269 目が 2つある。 585 01:06:57,614 --> 01:07:01,484 僕は 母の顔を知らない。 586 01:07:01,484 --> 01:07:04,420 3つの時に 結核で亡くなった。 587 01:07:04,420 --> 01:07:07,423 26歳やった。 588 01:07:07,423 --> 01:07:13,096 何と言うんだろう… 母は最初から存在しないという形でだけ➡ 589 01:07:13,096 --> 01:07:16,099 僕の中にあり続けてきた。 590 01:07:18,234 --> 01:07:22,906 庭で しゃがんで 一人遊んでる。 591 01:07:22,906 --> 01:07:28,378 浴衣を着た女性が 縁側の柱に もたれるようにして 僕を見てる。 592 01:07:28,378 --> 01:07:31,915 その人が気になって しょうがないのに➡ 593 01:07:31,915 --> 01:07:35,251 なぜか話しかけられない。 594 01:07:35,251 --> 01:07:39,255 病気がうつるから 近づいちゃいけない って言われてたのかもしれない。 595 01:07:39,255 --> 01:07:45,061 でも 叱られてもいいから 一回でも抱きついてたら…。 596 01:07:47,830 --> 01:07:52,602 母は どんなに喜んだろう。 597 01:07:52,602 --> 01:07:55,505 お葬式の時やと思う。 598 01:07:55,505 --> 01:07:59,943 父親に手を引かれて 廊下歩いてる。 599 01:07:59,943 --> 01:08:07,750 母の枕元に 僕を座らせ 父が白い布を ゆっくりとめくっていく。 600 01:08:07,750 --> 01:08:11,888 その手の動きまで 覚えてるのに➡ 601 01:08:11,888 --> 01:08:16,225 そこにあったはずの顔が思い出せない。 602 01:08:16,225 --> 01:08:45,588 ♬~ 603 01:08:45,588 --> 01:08:50,293 おなかの中で 大きくなってゆく あなたを…。 604 01:08:53,262 --> 01:08:58,267 お母さんは どんなに いとおしんだんだろう。 605 01:09:00,870 --> 01:09:04,874 どんなに抱き締めたかっただろう。 606 01:09:31,234 --> 01:09:37,106 「僕には 人に抱かれたという記憶は ありませんでした。➡ 607 01:09:37,106 --> 01:09:43,579 寂しい 悲しいなどとは 決して思うまいと思っていました。➡ 608 01:09:43,579 --> 01:09:51,454 けれど 母に抱かれ 母の体温を 直接 自分の肌で 感じたという経験を➡ 609 01:09:51,454 --> 01:09:57,760 ついに持てなかったということだけが 何としても口惜しかったのです」。 610 01:10:01,931 --> 01:10:07,270 「正直言って 君の目にあふれてくる涙を見た時は➡ 611 01:10:07,270 --> 01:10:10,773 驚きもし そして それ以上に➡ 612 01:10:10,773 --> 01:10:15,578 自分も一緒に泣き出したいくらい うれしかった」。 613 01:10:17,280 --> 01:10:21,951 「そういえば 僕のために 涙を見せてくれた人は➡ 614 01:10:21,951 --> 01:10:25,955 君だけだったような気がします」。 615 01:10:30,626 --> 01:10:36,499 知らん間に 私も もう 23や。 616 01:10:36,499 --> 01:10:42,238 半年したら 24。 ☎早いな。 617 01:10:42,238 --> 01:10:49,312 あんな うちの親に会ってもらえへんかな。 618 01:10:49,312 --> 01:10:53,316 きちんと話 しておきたいって言うてるの。 619 01:10:56,652 --> 01:10:58,955 ☎聞いてる? 620 01:11:00,923 --> 01:11:04,594 もう少し待ってくれへんかな。 621 01:11:04,594 --> 01:11:06,896 ☎どれくらい? 622 01:11:08,464 --> 01:11:12,268 もう少しや。 623 01:11:12,268 --> 01:11:14,971 ☎分かった。 624 01:11:20,610 --> 01:11:23,913 もう少し…。 625 01:11:29,619 --> 01:11:35,324 「ダイガクイン ムネン サイキヲキセ」。 626 01:11:39,295 --> 01:11:41,964 ああ…。 627 01:11:41,964 --> 01:11:47,270 <同級生は 次々に合格しているというのに…> 628 01:11:50,439 --> 01:11:59,182 <日記は 私たちが出会って4年目 1970年に入った。➡ 629 01:11:59,182 --> 01:12:04,754 実は この冬 私は 河野には 最後まで言えなかった➡ 630 01:12:04,754 --> 01:12:07,957 ある事件を引き起こしている> 631 01:12:09,592 --> 01:12:13,262 <2月15日の日記> 632 01:12:13,262 --> 01:12:18,935 「初めてあのひとが 結婚のことを 両親に話しに見えた日。➡ 633 01:12:18,935 --> 01:12:22,405 母を交えて 3人で話す。➡ 634 01:12:22,405 --> 01:12:24,941 あとで 父が加わる。➡ 635 01:12:24,941 --> 01:12:28,611 9時まで お酒とウィスキー。➡ 636 01:12:28,611 --> 01:12:31,914 夜道を駅まで送る」。 637 01:12:33,482 --> 01:12:40,623 ♬「何も言わないで 頂戴」 638 01:12:40,623 --> 01:12:46,495 ♬「黙って ただ 踊りましょう」 639 01:12:46,495 --> 01:12:49,498 ♬「だって」 640 01:12:57,173 --> 01:13:02,878 どうしたら いいんや 俺。 641 01:13:04,580 --> 01:13:08,584 どうしたら…。 642 01:13:11,254 --> 01:13:17,560 「唇がお酒のにおいで いつものあの人のにおいを消していた」。 643 01:13:20,930 --> 01:13:24,800 「あの人は 泣いているみたいだった。➡ 644 01:13:24,800 --> 01:13:28,104 そんなあの人を初めて見た」。 645 01:13:36,279 --> 01:13:40,149 <なぜ そこまで追い詰められたのか。➡ 646 01:13:40,149 --> 01:13:47,623 大学院に失敗して この先の自分が 考えられなくなっていた。➡ 647 01:13:47,623 --> 01:13:50,960 2度目の母との折り合いが悪く➡ 648 01:13:50,960 --> 01:13:56,832 その中に 河野を引き込むことに 耐えられなかった。➡ 649 01:13:56,832 --> 01:14:03,239 しかし 河野は 結婚を急いでいた。➡ 650 01:14:03,239 --> 01:14:06,909 家の近くのあぜ道で 曼珠沙華をつみ➡ 651 01:14:06,909 --> 01:14:10,780 机の上に挿しておいたことがある。➡ 652 01:14:10,780 --> 01:14:12,782 秋から 冬。➡ 653 01:14:12,782 --> 01:14:17,553 曼珠沙華は放置され 真っ黒になった花弁が➡ 654 01:14:17,553 --> 01:14:24,260 細いひものようになって 絡み合いながら垂れ下がっていた> 655 01:14:32,134 --> 01:14:35,271 <全てから 逃げ出したかった。➡ 656 01:14:35,271 --> 01:14:39,608 家からも 大学からも そして 結婚という➡ 657 01:14:39,608 --> 01:14:43,312 目の前の大きな壁からも> 658 01:14:48,284 --> 01:14:53,155 <私が 多量の睡眠剤をのんで 自殺を図ったのは➡ 659 01:14:53,155 --> 01:14:56,158 それから間もなくだった> 660 01:15:04,567 --> 01:15:08,237 <部屋に倒れているところを 発見された私は➡ 661 01:15:08,237 --> 01:15:13,242 病院に担ぎ込まれ 命を取り留めた> 662 01:15:15,578 --> 01:15:19,582 <河野には 何も言わなかった> 663 01:15:43,272 --> 01:15:48,144 <このあとに起こる出来事は できるならば避けて通りたい。➡ 664 01:15:48,144 --> 01:15:50,946 しかし そうはいかないだろう。➡ 665 01:15:50,946 --> 01:15:54,250 河野もきっと許さない> 666 01:15:57,286 --> 01:16:04,560 <1970年 春 河野は大学を卒業して 中学の教師に➡ 667 01:16:04,560 --> 01:16:09,265 私は留年して まだ大学生だった> 668 01:16:15,905 --> 01:16:22,244 「今日 私は あのひとと結ばれた。➡ 669 01:16:22,244 --> 01:16:28,918 若葉の枝をさし交わす 雑木の下の枯葉の上。➡ 670 01:16:28,918 --> 01:16:32,254 なんにも言うことはない。➡ 671 01:16:32,254 --> 01:16:37,960 あと10日もすれば あのひとも23になる」。 672 01:16:40,596 --> 01:16:45,601 <この日の日記には この4行しかない> 673 01:16:57,613 --> 01:17:00,516 来ないの。 674 01:17:00,516 --> 01:17:02,518 ん? 675 01:17:05,421 --> 01:17:09,124 生理が来ないの。 676 01:17:17,900 --> 01:17:21,237 おい 永田和宏。 677 01:17:21,237 --> 01:17:26,942 情けない男やったのう お前。 678 01:17:31,881 --> 01:17:38,254 <たった一度の交わりが 河野の妊娠という結果へ傾いていった時➡ 679 01:17:38,254 --> 01:17:43,125 正直 私には 何の実感もなかった。➡ 680 01:17:43,125 --> 01:17:48,597 現実のこととは どうしても思えなかった> 681 01:17:48,597 --> 01:18:16,225 ♬~ 682 01:18:16,225 --> 01:18:21,931 <どのような話し合いをしたのか ほとんど覚えていない> 683 01:18:25,901 --> 01:18:31,574 <私には 子を持つという選択は 考えられなかったが➡ 684 01:18:31,574 --> 01:18:35,444 彼女に諦めるよう 強く迫った記憶もない。➡ 685 01:18:35,444 --> 01:18:42,918 判断保留のまま 決断とその責任を 彼女に委ねてしまっていたのだろう。➡ 686 01:18:42,918 --> 01:18:46,221 なんと情けない逃げだっただろうか> 687 01:18:52,595 --> 01:18:57,933 「あなたも母も そして あなたのお父さんも➡ 688 01:18:57,933 --> 01:19:02,204 おそらく産んで欲しくないと言うだろうと 思います。➡ 689 01:19:02,204 --> 01:19:07,543 でも それでは 子供があんまりかわいそうです。➡ 690 01:19:07,543 --> 01:19:11,213 私が ふびんだと思ってやらなければ➡ 691 01:19:11,213 --> 01:19:16,552 誰が この子をかわいそうだと 思ってくれるでしょう。➡ 692 01:19:16,552 --> 01:19:22,424 今 私には 時々やってくる痛みとともに➡ 693 01:19:22,424 --> 01:19:31,100 たとえようもない よろこびと かなしみのようなものがあります。➡ 694 01:19:31,100 --> 01:19:37,239 でも 今から私には判るのです。➡ 695 01:19:37,239 --> 01:19:45,114 どう考えてみても 私には 初めての子供は 産めないということ。➡ 696 01:19:45,114 --> 01:19:47,583 あなたがお母さんのことを➡ 697 01:19:47,583 --> 01:19:51,920 いくら待っても逢うことができないひとだ と感じるように➡ 698 01:19:51,920 --> 01:19:58,794 私も今 私の身体の中で 大きくなりかけた この子に➡ 699 01:19:58,794 --> 01:20:03,932 未来永劫 決して逢うこともできず➡ 700 01:20:03,932 --> 01:20:08,937 抱くこともできないだろうということが 判るのです」。 701 01:20:13,942 --> 01:20:17,813 <この手紙に 私は 泣いた。➡ 702 01:20:17,813 --> 01:20:20,115 それは よく覚えている。➡ 703 01:20:20,115 --> 01:20:24,286 しかし この手紙を受け取って ほっとしたことも➡ 704 01:20:24,286 --> 01:20:26,288 一方で鮮明に覚えていると➡ 705 01:20:26,288 --> 01:20:30,092 正直に言っておかなければ ならないだろう> 706 01:20:36,632 --> 01:20:41,503 <何という心の動きかと その時も自ら恥じたし➡ 707 01:20:41,503 --> 01:20:45,307 今は 一層 そう思わざるをえないが➡ 708 01:20:45,307 --> 01:20:50,612 とにかく よく決心してくれたと ほっとしたのであった> 709 01:20:55,317 --> 01:21:00,589 <私の母のために 泣いてくれた河野。➡ 710 01:21:00,589 --> 01:21:05,761 私のために 母のように泣いてくれた河野。➡ 711 01:21:05,761 --> 01:21:13,268 その河野が 母になろうとした時 私は その道を断ち切ったのだった> 712 01:21:37,626 --> 01:21:42,131 <私たちは 生活の先行きは見えないけれど➡ 713 01:21:42,131 --> 01:21:45,634 結婚に向けて 準備を進めた。➡ 714 01:21:48,303 --> 01:21:53,175 河野にも 笑顔が戻ったように見えた> 715 01:21:53,175 --> 01:22:13,929 ♬~ 716 01:22:13,929 --> 01:22:17,800 <だが 私は 今回 日記を読んで➡ 717 01:22:17,800 --> 01:22:22,938 河野の心の内で生き続けていたものを 知った。➡ 718 01:22:22,938 --> 01:22:28,243 みごもって 失って 1年半後の日記> 719 01:22:29,812 --> 01:22:33,582 「私が 逝かせてしまった者。➡ 720 01:22:33,582 --> 01:22:36,952 私が 逝かせてしまった。➡ 721 01:22:36,952 --> 01:22:42,624 私… 私が そうしたのだ。➡ 722 01:22:42,624 --> 01:22:45,127 他の誰でもない。➡ 723 01:22:45,127 --> 01:22:50,299 一生 一日として 忘れはしないと思う。➡ 724 01:22:50,299 --> 01:22:55,604 日を経て なぜ こうも 傷がふかくなるのだろうか」。 725 01:22:57,973 --> 01:23:02,811 「あのみじかい 夏のはじめの日々。➡ 726 01:23:02,811 --> 01:23:08,250 私の宿したものは 生ではなかったのだ。➡ 727 01:23:08,250 --> 01:23:12,120 それは 死でしかなかった。➡ 728 01:23:12,120 --> 01:23:16,925 死は 私の身体の中で ねむっていた。➡ 729 01:23:16,925 --> 01:23:22,631 安らかで いとおしい かなしみだったのだ」。 730 01:23:42,951 --> 01:23:45,287 <歌は 弔いであり➡ 731 01:23:45,287 --> 01:23:49,591 もう一度 生き直すための 足掛かりだった> 732 01:23:55,631 --> 01:24:01,737 <そのころ 河野が私に書いた手紙には 日記とは別の➡ 733 01:24:01,737 --> 01:24:07,542 しかし これも河野にしか書けない 愛の言葉がつづられている> 734 01:24:10,445 --> 01:24:18,186 「今 つくづくと私は いのちをいとおしいと思います。➡ 735 01:24:18,186 --> 01:24:21,590 あなたに逢う以前には知らなかった➡ 736 01:24:21,590 --> 01:24:29,464 そして 子供を失う以前には知らなかった 柔らかさと ひたむきな気持ちでもって➡ 737 01:24:29,464 --> 01:24:35,938 いきていることが いきてさえいれば あなたと一緒に居られるということが➡ 738 01:24:35,938 --> 01:24:40,242 たまらない程 大切なものに思われるのです」。 739 01:24:42,277 --> 01:24:50,152 「たった一日でいいから 別れなくていい逢い方をしたい。➡ 740 01:24:50,152 --> 01:24:56,625 走って行ったら 見えるところにいて 待っていて欲しいのに」。 741 01:24:56,625 --> 01:25:22,918 ♬~ 742 01:25:24,586 --> 01:25:27,255 おめでとうございます。 743 01:25:27,255 --> 01:25:32,594 よくぞ この日をお迎えになりました。 ハハハ。 744 01:25:32,594 --> 01:25:35,897 お幸せに。 はい。 745 01:25:37,933 --> 01:25:39,868 よし。 746 01:25:39,868 --> 01:25:43,605 新郎も整ったころと思います。 747 01:25:43,605 --> 01:25:47,476 どうぞ こちらです。 748 01:25:47,476 --> 01:25:49,945 お~! 749 01:25:49,945 --> 01:25:54,816 ちょっと 何で髪の毛切んのよ。 え? 750 01:25:54,816 --> 01:25:57,285 何で切んのよ。 751 01:25:57,285 --> 01:25:59,788 普通 切るやろ? 752 01:25:59,788 --> 01:26:03,658 いうとくけど あんたは 髪の毛でもってるんやからね。 753 01:26:03,658 --> 01:26:06,895 台なしだよ もう! 754 01:26:06,895 --> 01:26:10,766 かか… 髪の毛で 人のこと 決めんといてよ。 755 01:26:10,766 --> 01:26:15,237 (拍手) 新郎新婦の入場です。 756 01:26:15,237 --> 01:26:18,573 お幸せに! おめでとう! 757 01:26:18,573 --> 01:26:22,577 <あれ以来 床屋へ行ったことはない> 758 01:26:30,185 --> 01:26:35,490 <河野裕子が 64年の人生を終えた家> 759 01:26:38,894 --> 01:26:44,099 <それから 12年たったが 彼女の記憶や痕跡は➡ 760 01:26:44,099 --> 01:26:46,902 そこここに残っている> 761 01:27:06,221 --> 01:27:13,228 <ノートを広げ 歌を書き込んでいたのは いつも この食卓だった> 762 01:27:14,896 --> 01:27:21,603 <何の拍子についたのか 河野が使っていた包丁の跡が残る> 763 01:27:24,573 --> 01:27:28,243 <本当に俺で よかったのか。➡ 764 01:27:28,243 --> 01:27:33,582 考えてもしかたのない 答えの出ない問いかけだ。➡ 765 01:27:33,582 --> 01:27:39,454 だが これからも この問いを手放すことはないだろう。➡ 766 01:27:39,454 --> 01:27:45,160 河野は 今 ここに 私と一緒に生きているのだから> 767 01:28:08,717 --> 01:28:57,232 ♬~