1 00:00:57,630 --> 00:01:03,640 ♪~ 2 00:02:26,010 --> 00:02:32,020 ~♪ 3 00:03:00,800 --> 00:03:02,210 (杣売(そまうり))うーん 4 00:03:05,470 --> 00:03:06,510 ハア 5 00:03:09,260 --> 00:03:10,390 分かんねえ 6 00:03:11,970 --> 00:03:13,600 さっぱり分かんねえ 7 00:03:58,060 --> 00:03:59,270 (杣売)分かんねえ 8 00:04:00,440 --> 00:04:01,940 さっぱり分かんねえ 9 00:04:04,150 --> 00:04:05,820 何が何だか 分かんねえ 10 00:04:27,300 --> 00:04:28,380 (下人)どうした? 11 00:04:31,970 --> 00:04:33,680 何が分からねえんだ? 12 00:04:37,350 --> 00:04:40,270 (杣売) こんな不思議な話 聞いたこともねえ 13 00:04:40,810 --> 00:04:42,480 だから 話してみなよ 14 00:04:44,110 --> 00:04:48,820 ヘッ いいあんばいに ここにゃ 物知りらしい坊さんもいるこった 15 00:04:50,740 --> 00:04:56,750 (旅法師) いや 物知りで名高い 清水(きよみず)寺の光仁(こうにん)上人でも― 16 00:04:57,370 --> 00:05:00,370 恐らく こんな不思議な話は ご存じあるまい 17 00:05:00,500 --> 00:05:02,000 へえ 18 00:05:02,130 --> 00:05:05,590 じゃ お前さんも その 不思議な話というのを知ってるのか 19 00:05:05,840 --> 00:05:11,260 このお人と2人で この目で見 この耳で聞いてきたばかりだ 20 00:05:11,390 --> 00:05:12,600 どこで? 21 00:05:13,680 --> 00:05:15,560 検非違使(けびいし)の庭でだ 22 00:05:15,680 --> 00:05:16,970 “検非違使”? 23 00:05:18,850 --> 00:05:21,150 人が1人 殺されたんだ 24 00:05:21,270 --> 00:05:24,610 何でえ 人の1人や2人 25 00:05:25,940 --> 00:05:28,690 この羅生門の 楼の上へ上がってみろ 26 00:05:29,150 --> 00:05:32,950 引き取り手のない死骸が5つや6つ いつでもゴロゴロ転がっていらあ 27 00:05:34,030 --> 00:05:35,490 そうだ 28 00:05:36,120 --> 00:05:41,540 戦(いくさ) 地震 辻風(つじかぜ) 29 00:05:42,120 --> 00:05:45,920 火事 飢饉(ききん) 疫病(えやみ) 30 00:05:46,840 --> 00:05:50,090 来る年も来る年も 災いばかりだ 31 00:05:54,850 --> 00:06:00,060 その上 盗賊の群れが津波のように 荒し回らぬ夜はない 32 00:06:01,350 --> 00:06:03,020 わしも この目で― 33 00:06:03,900 --> 00:06:07,070 虫けらのように死んだり 殺されたりしていく人を― 34 00:06:07,190 --> 00:06:09,230 どのくらい見たか分からぬ 35 00:06:10,440 --> 00:06:11,740 しかし… 36 00:06:13,490 --> 00:06:16,160 今日(きょう)のような 恐ろしい話は初めてだ 37 00:06:22,830 --> 00:06:26,420 そうだ 恐ろしい話だ 38 00:06:30,340 --> 00:06:36,430 今日という今日は 人の心が 信じられなくなりそうだ 39 00:06:37,470 --> 00:06:43,440 これは 盗賊よりも疫病よりも― 40 00:06:44,270 --> 00:06:48,770 飢饉や火事や戦よりも 恐ろしい 41 00:06:49,610 --> 00:06:54,110 (下人) もしもし 坊さん 説教はたくさんだ 42 00:06:54,740 --> 00:06:59,080 何やら面白そうな話だから 雨宿りの暇つぶしに聞いたまでだ 43 00:06:59,620 --> 00:07:03,910 退屈な屁理屈(へりくつ)を聞くぐらいなら 黙って雨の音を聞いてるよ 44 00:07:35,400 --> 00:07:40,620 おい 聞いてくれ これはどうしたことか教えてくれ 45 00:07:41,040 --> 00:07:45,370 わしにゃ さっぱり分からないんだ その3人が3人とも… 46 00:07:45,500 --> 00:07:47,000 (下人)どの3人だ? 47 00:07:47,120 --> 00:07:48,040 えっ 48 00:07:49,080 --> 00:07:51,460 あ… これから話すのは その3人のことなんだ 49 00:07:51,590 --> 00:07:54,420 (下人) まあ 落ち着け 落ち着いて ゆっくり話せ 50 00:07:55,550 --> 00:07:58,220 この雨は まだなかなか 上がりそうもねえ 51 00:08:18,740 --> 00:08:20,120 3日前だ 52 00:08:21,280 --> 00:08:25,290 わしは山へ薪を切りに行った 53 00:12:01,340 --> 00:12:02,550 わああっ 54 00:12:07,260 --> 00:12:10,430 慌てて わしは 最寄りの役人まで届け出た 55 00:12:11,010 --> 00:12:15,890 それから3日目の今日 わしは検非違使庁へ呼び出された 56 00:12:17,600 --> 00:12:20,360 はい さようでございます 57 00:12:24,320 --> 00:12:30,030 あの死骸を最初に見つけたのは 確かにこの私でございます 58 00:12:30,240 --> 00:12:33,410 はい? “太刀か何かは 見えなかったか?” 59 00:12:33,540 --> 00:12:36,500 いえいえ 何もございません 60 00:12:38,500 --> 00:12:46,130 木の枝に市女笠(いちめがさ)がひとつ 踏みにじられた侍烏帽子(えぼし)がひとつ 61 00:12:46,880 --> 00:12:51,220 死骸の傍らに 断ち切られた縄が一筋 62 00:12:52,350 --> 00:12:55,890 それから 少し離れた落葉の上で― 63 00:12:56,020 --> 00:13:00,650 赤地織の守り袋が 光っておりました はい 64 00:13:02,690 --> 00:13:07,490 あの辺りに落ちていた物は 確かにこれだけでございます 65 00:13:07,610 --> 00:13:08,860 はい 66 00:13:09,950 --> 00:13:10,860 はい 67 00:13:13,330 --> 00:13:18,460 あの死骸の男には 確かに出会いました 68 00:13:19,290 --> 00:13:24,170 そう 3日前の昼下がりでした 69 00:13:24,750 --> 00:13:29,800 場所は 関山(せきやま)から山科(やましな)へ 参ろうという― 70 00:13:29,930 --> 00:13:31,300 途中でございます 71 00:13:49,150 --> 00:13:55,910 女は牟子(むし)を垂れておりましたから 顔は分かりません 72 00:13:56,870 --> 00:14:03,880 男は 太刀も帯びておりますれば 弓矢も携えておりました 73 00:14:07,550 --> 00:14:12,550 あの男が このような 変わり果てた姿になろうとは― 74 00:14:12,680 --> 00:14:15,010 夢にも思いませんでしたが 75 00:14:16,970 --> 00:14:18,390 誠に… 76 00:14:19,390 --> 00:14:23,980 人間の命なぞは 朝露のように はかないものでございます 77 00:14:26,230 --> 00:14:33,240 いやはや 何とも申しようのない 気の毒なことを致しました 78 00:14:37,030 --> 00:14:41,870 (放免) このあたくしが からめ捕りました男は多襄丸(たじょうまる)と… 79 00:14:42,660 --> 00:14:43,370 はい 80 00:14:43,500 --> 00:14:47,840 あの洛中(らくちゅう) 洛外(らくがい)にうわさの高い 盗賊の多襄丸でございます 81 00:14:50,130 --> 00:14:53,090 いつぞや あたくしが からめ損ないました時にも― 82 00:14:53,220 --> 00:14:57,800 やはり この紺の水干に この高麗(こま)の剣(つるぎ)を佩(は)いておりました 83 00:14:58,350 --> 00:15:02,810 はい さきおとついの 初更頃でございます 84 00:15:03,060 --> 00:15:04,440 桂(かつら)の河原で… 85 00:15:07,730 --> 00:15:10,190 (馬の嘶き) 86 00:15:10,320 --> 00:15:13,900 (男のうめき声) 87 00:15:21,160 --> 00:15:24,580 (放免) おい どうした? どうした? おい どうした? 88 00:15:24,710 --> 00:15:25,750 ああっ 89 00:15:27,040 --> 00:15:30,170 (多襄丸のうめき声) 90 00:15:36,300 --> 00:15:38,260 (放免)黒塗りの箙(えびら) 91 00:15:38,390 --> 00:15:40,640 鷹(たか)の羽(は)の征矢(そや)が17本 92 00:15:41,060 --> 00:15:45,060 皮を巻いた弓 それから芦毛(あしげ)の馬 93 00:15:45,940 --> 00:15:46,850 これは みな― 94 00:15:46,980 --> 00:15:50,190 殺されたあの男が 持っていた物でございます はい 95 00:15:51,860 --> 00:15:54,490 しかし 多襄丸ともあろう者が― 96 00:15:54,610 --> 00:15:57,660 奪ったその畜生に 振り落とされるとは 97 00:15:57,780 --> 00:16:00,530 これも何かの因縁に 違いございません 98 00:16:04,120 --> 00:16:07,920 (多襄丸)ハハハハ… 99 00:16:08,380 --> 00:16:10,670 “多襄丸が馬から落ちた”? 100 00:16:11,920 --> 00:16:13,170 バカを言え! 101 00:16:17,180 --> 00:16:18,840 俺は あの日… 102 00:16:27,690 --> 00:16:31,020 あの芦毛を走らせているうちに たまらなく のどが渇いた 103 00:16:31,770 --> 00:16:34,110 逢坂を越える辺りで 岩清水を飲んだ 104 00:16:47,080 --> 00:16:50,210 おおかた その清水の上(かみ)に 毒蛇でも死んでいたんだろう 105 00:16:50,330 --> 00:16:51,250 いっときもすると 俺は― 106 00:16:51,380 --> 00:16:54,000 目もくらむような腹いたに 悩まされ始めた 107 00:16:54,420 --> 00:16:57,170 日暮れ方 あの川の上(うえ)に 差しかかる頃には― 108 00:16:57,300 --> 00:16:59,630 いかな俺でも 我慢ができなくなった 109 00:17:00,260 --> 00:17:04,350 俺は馬から下りて あの河原にかがみ込んだのだ 110 00:17:04,760 --> 00:17:08,600 ハハハハ… 111 00:17:09,140 --> 00:17:12,230 ? ヘヘヘッ 112 00:17:12,360 --> 00:17:15,400 下司(げす)には下司の 考え方しかできぬものらしいな 113 00:17:18,320 --> 00:17:22,160 どうせ この首は一度は樗(おうち)の梢(こずえ)に 懸かるものと思っている 114 00:17:22,700 --> 00:17:24,580 卑怯(ひきょう)な隠し立てはせん 115 00:17:27,870 --> 00:17:30,870 確かにあの男を殺したのは この多襄丸だ 116 00:17:33,790 --> 00:17:37,670 俺があの夫婦を見たのは 3日前の恐ろしく暑い午後のことだ 117 00:17:38,380 --> 00:17:42,470 しかし その時 急に青葉を鳴らして 涼しい風が吹き渡った 118 00:17:43,220 --> 00:17:45,470 そうだ あの風さえ吹かなければ― 119 00:17:45,600 --> 00:17:48,140 あの男も俺に殺されずに 済んだものを 120 00:20:22,000 --> 00:20:26,760 ちらりと 見えたと思う瞬間には もう見えなくなった 121 00:20:27,220 --> 00:20:29,470 1つには そのためかもしれない 122 00:20:30,010 --> 00:20:32,890 俺には その女の顔が 女菩薩(にょぼさつ)のように見えた 123 00:20:33,260 --> 00:20:34,430 俺はとっさの間に― 124 00:20:34,560 --> 00:20:37,480 たとえ男を殺しても 女を奪おうと決心した 125 00:20:37,600 --> 00:20:40,150 ヘッへ ヘヘヘッ 126 00:20:40,400 --> 00:20:42,730 いや しかし 男を殺さずとも― 127 00:20:42,860 --> 00:20:45,900 女を奪うことができれば 別に不足はないわけだ 128 00:20:46,070 --> 00:20:48,320 いや その時の 心持ちでは― 129 00:20:48,450 --> 00:20:52,870 できるだけ男を殺さずに 女を奪うつもりだった ハッ 130 00:20:53,580 --> 00:20:57,080 だが あの山科の駅路では とてもそんなことはできねえ 131 00:21:13,890 --> 00:21:14,720 (金沢武弘)何用だ? 132 00:21:28,900 --> 00:21:30,030 何用だ? 133 00:21:41,250 --> 00:21:42,380 何用だ! 134 00:22:00,600 --> 00:22:02,940 (多襄丸) フハハハハハ! ハハッ 135 00:22:03,310 --> 00:22:04,810 怪しい者ではない 136 00:22:08,610 --> 00:22:11,070 どうです? 立派なもんでしょう 137 00:22:13,950 --> 00:22:15,700 手に取って よく見てください 138 00:22:22,670 --> 00:22:26,790 実は 向こうの山に 古塚がある 139 00:22:27,340 --> 00:22:29,050 その塚をあばいてみたら― 140 00:22:29,170 --> 00:22:33,680 このような剣 刺刀(さすが) 鏡などが たくさん出た 141 00:22:33,970 --> 00:22:36,390 俺はそういう物を 誰にも知れぬように― 142 00:22:36,510 --> 00:22:38,350 この森の中に埋めてある 143 00:22:39,850 --> 00:22:42,850 お望みなら どれでも安い値で売り渡したい 144 00:24:02,970 --> 00:24:07,440 (多襄丸の笑い声) 145 00:24:18,570 --> 00:24:20,160 この藪(やぶ)の向こうだ 146 00:24:22,910 --> 00:24:24,040 先に立て 147 00:25:08,870 --> 00:25:12,210 (多襄丸) ここだ あの松の木の根方だ 148 00:25:43,200 --> 00:25:49,000 (多襄丸の笑い声) 149 00:27:05,620 --> 00:27:07,410 (多襄丸)おい 大変だ! 150 00:27:08,990 --> 00:27:10,450 お連れの方が蝮(まむし)に噛まれた 151 00:27:18,420 --> 00:27:23,260 急に青ざめた その時の女の顔 152 00:27:23,760 --> 00:27:26,890 凍りついたように 俺を見つめた― 153 00:27:27,010 --> 00:27:29,680 何か子供っぽいくらい 真剣なその顔 154 00:27:30,810 --> 00:27:34,140 俺はそれを見ると 急に あの男が妬(ねた)ましくなった 155 00:27:34,270 --> 00:27:35,650 憎らしくなった 156 00:27:35,980 --> 00:27:38,520 松の根方にあさましく くくりつけられた男を― 157 00:27:38,650 --> 00:27:40,480 この女に見せてやりたい 158 00:27:40,610 --> 00:27:43,320 その時まで考えもしなかった こういう考えが― 159 00:27:43,440 --> 00:27:46,280 急に俺の頭に湧いてきた ヘッ 160 00:29:19,330 --> 00:29:23,040 俺は これほど気性の激しい女を 見たことがない 161 00:29:48,360 --> 00:29:49,400 アイタタッ 162 00:30:29,070 --> 00:30:34,740 (真砂の泣き声) 163 00:30:49,840 --> 00:30:52,970 (多襄丸の笑い声) 164 00:31:41,020 --> 00:31:45,560 ヘヘヘヘ… アハハハ… 165 00:31:45,690 --> 00:31:47,520 俺はとうとう 思いどおりに― 166 00:31:47,650 --> 00:31:50,730 男の命は取らずとも 女を手に入れることができた 167 00:31:50,860 --> 00:31:53,690 ハハハハ… 168 00:31:54,900 --> 00:32:00,120 そうだ その上にも俺は 男を殺すつもりはなかったのだ 169 00:32:01,580 --> 00:32:02,870 ところが… 170 00:32:04,910 --> 00:32:06,040 (真砂)待って 171 00:32:08,130 --> 00:32:09,250 待って! 172 00:32:10,750 --> 00:32:13,380 あなたが死ぬか 夫が死ぬか 173 00:32:13,510 --> 00:32:18,090 2人の男の内どちらか1人 どちらか1人 死んで 174 00:32:28,770 --> 00:32:34,530 2人の男に恥を見せるのは 死ぬより… 死ぬよりつらい 175 00:32:37,400 --> 00:32:38,660 私は… 176 00:32:39,370 --> 00:32:46,250 私は その内どちらにしろ 生き残った男に連れ添いたい 177 00:33:22,580 --> 00:33:24,990 (多襄丸の威嚇する声) 178 00:33:31,420 --> 00:33:33,500 (多襄丸の威嚇する声) 179 00:34:14,750 --> 00:34:16,250 (多襄丸の威嚇する声) 180 00:34:28,430 --> 00:34:29,600 (多襄丸の威嚇する声) 181 00:34:32,520 --> 00:34:34,020 (多襄丸の威嚇する声) 182 00:35:19,980 --> 00:35:23,780 (多襄丸の笑い声) 183 00:35:31,370 --> 00:35:33,250 (武弘のうめき声) 184 00:35:40,960 --> 00:35:44,170 俺は 男を殺すにしても 卑怯な殺し方はしたくなかったのだ 185 00:35:44,300 --> 00:35:46,510 そして あの男は 立派に闘った 186 00:35:47,260 --> 00:35:49,390 俺の太刀は23合目に… 187 00:35:50,310 --> 00:35:51,970 これを忘れないでくれ 188 00:35:52,270 --> 00:35:55,190 俺は今でも このことだけは 感心だと思ってる 189 00:35:55,690 --> 00:35:58,810 俺と20合 斬り結んだものは 天下にあの男1人だけだ 190 00:35:58,940 --> 00:36:03,610 ハハハハ… 191 00:36:03,740 --> 00:36:06,860 何? “女はどうした”? 192 00:36:08,700 --> 00:36:09,740 知らん 193 00:36:11,120 --> 00:36:15,370 俺は 男が倒れると同時に 女のほうを振り返った 194 00:36:16,040 --> 00:36:17,710 女はどこにもいない 195 00:36:18,710 --> 00:36:21,250 おおかた 俺たちが 太刀打ちを始めると― 196 00:36:21,380 --> 00:36:23,590 その恐ろしさに 逃げ出したんだろう 197 00:36:24,090 --> 00:36:27,260 よほど うろたえたと見えて 山路へ出てみると 198 00:36:27,430 --> 00:36:30,260 女に忘れられた馬が 静かに草を食っていた 199 00:36:31,470 --> 00:36:34,890 俺はあの女の気性の激しさに 心 惹かれたのだ 200 00:36:36,190 --> 00:36:39,150 しかし結局は当たり前の 女に過ぎなかった 201 00:36:39,980 --> 00:36:42,190 俺は探す気にもならなかった 202 00:36:43,280 --> 00:36:44,570 ヘッヘッヘ 203 00:36:45,150 --> 00:36:49,280 何? “男の太刀”? ヘッ 204 00:36:49,660 --> 00:36:52,580 男の太刀はその日のうちに 都で酒に換えた 205 00:36:53,990 --> 00:36:57,040 何? “女の短刀”? 206 00:36:59,290 --> 00:37:06,090 ああ そういえば 螺鈿(らでん)を散りばめた よほど金めの品と見えたが… 207 00:37:06,590 --> 00:37:09,130 ああ 俺 すっかり忘れてた 208 00:37:10,220 --> 00:37:12,180 惜しいことをしたな 209 00:37:12,550 --> 00:37:17,520 多襄丸 一世一代の不覚だ ハハハ! アハハハハ… 210 00:37:36,830 --> 00:37:43,170 (下人) 多襄丸という奴は洛中に徘徊する 盗っ人の中でも女好きの奴だ 211 00:37:44,250 --> 00:37:45,880 去年の秋 212 00:37:46,340 --> 00:37:51,760 鳥部(とりべ)寺の賓頭盧(びんづる)の後ろの山に 物詣でに来たらしい女房が1人 213 00:37:51,890 --> 00:37:55,680 女郎(めろう)らと一緒に殺されていたのも こいつの仕業らしい 214 00:38:01,270 --> 00:38:02,150 フンッ 215 00:38:02,350 --> 00:38:07,070 その馬を捨てて逃げたという女も どこへどうしたか分かるもんかい 216 00:38:08,360 --> 00:38:09,700 (旅法師)ところが… 217 00:38:12,950 --> 00:38:16,830 その女が 検非違使へ現れたのだ 218 00:38:19,660 --> 00:38:25,880 さる寺へ身を寄せていたところを 放免の手で探し出されたらしい 219 00:38:26,000 --> 00:38:27,050 (杣売)ウソだ 220 00:38:28,460 --> 00:38:29,720 みんなウソだ 221 00:38:30,050 --> 00:38:32,180 多襄丸の話も 女の話も 222 00:38:32,300 --> 00:38:35,850 ヘヘヘヘ 本当のことは 言えねえのが人間だ 223 00:38:39,850 --> 00:38:43,190 人間って奴は自分自身にさえ 白状しねえことがたくさんあらあ 224 00:38:43,310 --> 00:38:45,230 (旅法師) そうかもしれぬ しかし… 225 00:38:50,860 --> 00:38:55,070 人間は弱いから そうなのだ 226 00:38:55,870 --> 00:38:59,790 弱いからこそウソもつく 己さえ偽る 227 00:38:59,910 --> 00:39:01,580 チェッ! また説教か 228 00:39:02,870 --> 00:39:08,000 俺はウソでもチョンでもいいんだ 話が面白ければそれでいいんだ 229 00:39:10,130 --> 00:39:12,380 一体 その女は どんな話をしたと言うんだ? 230 00:39:13,760 --> 00:39:19,060 それが多襄丸の話とは まるで違うんだ 231 00:39:21,020 --> 00:39:22,100 違うといえば 232 00:39:22,890 --> 00:39:25,190 その女の顔かたちも― 233 00:39:25,560 --> 00:39:29,190 多襄丸の言うように 気強いところは少しも見えぬ 234 00:39:35,820 --> 00:39:39,120 ただ 哀れなほど 優しい風情なのだ 235 00:39:41,700 --> 00:39:47,750 (真砂の泣き声) 236 00:40:03,640 --> 00:40:04,810 その… 237 00:40:07,600 --> 00:40:09,980 紺の水干を着た男は― 238 00:40:13,110 --> 00:40:15,400 私を手ごめにしてしまうと― 239 00:40:17,240 --> 00:40:23,290 自分こそ今 洛中に名高い 多襄丸だと誇らしげに名乗って― 240 00:40:26,000 --> 00:40:30,840 縛られた夫を あざけるように眺めました 241 00:40:41,050 --> 00:40:42,310 夫は… 242 00:40:45,560 --> 00:40:49,060 どんなに無念だったでしょう 243 00:40:52,650 --> 00:40:55,860 でも いくら 身もだえをしても― 244 00:40:58,570 --> 00:41:02,240 体中にかかった縄目は いっそう… 245 00:41:03,580 --> 00:41:06,080 ひしひしと 食い入るだけです 246 00:41:08,830 --> 00:41:11,590 私は思わず 夫のそばへ駆け寄りました 247 00:41:12,040 --> 00:41:15,840 いいえ 駆け寄ろうとしたのです 248 00:41:20,180 --> 00:41:26,020 (真砂のすすり泣く声) 249 00:41:28,600 --> 00:41:33,190 フフ ハハハハ… 250 00:42:03,640 --> 00:42:11,730 (真砂の泣き声) 251 00:43:03,860 --> 00:43:05,200 私は… 252 00:43:07,870 --> 00:43:09,910 その目を思い出すと― 253 00:43:11,290 --> 00:43:15,420 今でも体中の血が凍るような 思いが致します 254 00:43:19,000 --> 00:43:21,630 夫の目の中に ひらめいていたのは― 255 00:43:22,340 --> 00:43:26,760 怒りでもなければ 悲しみでもありません 256 00:43:27,970 --> 00:43:28,930 ただ… 257 00:43:31,060 --> 00:43:37,060 ただ 私を蔑(さげす)んだ 冷たい光だったのです 258 00:43:44,570 --> 00:43:45,780 やめて! 259 00:43:46,910 --> 00:43:49,120 そんな目で 私を見るのはやめて 260 00:43:54,330 --> 00:43:55,670 あんまりです 261 00:43:57,330 --> 00:43:58,840 私は 打たれても― 262 00:43:58,960 --> 00:44:02,210 いいえ 殺されてもかまわない 263 00:44:02,840 --> 00:44:03,720 でも… 264 00:44:04,880 --> 00:44:07,430 でも そんな目で私を見るのは あんまりです 265 00:44:40,000 --> 00:44:47,630 (真砂の泣き声) 266 00:45:31,800 --> 00:45:33,970 さっ 殺してください 267 00:45:35,520 --> 00:45:37,640 ひと思いに 私を殺してください 268 00:46:11,720 --> 00:46:12,970 やめて 269 00:46:14,760 --> 00:46:15,850 やめて! 270 00:46:17,770 --> 00:46:18,890 やめて… 271 00:46:21,850 --> 00:46:23,150 やめて 272 00:46:25,770 --> 00:46:27,280 やめて やめて! 273 00:46:28,280 --> 00:46:29,150 やめて 274 00:46:31,240 --> 00:46:33,240 やめて やめて… 275 00:46:36,080 --> 00:46:37,160 やめて! 276 00:46:44,000 --> 00:46:45,210 やめて 277 00:46:48,920 --> 00:46:50,340 やめて 278 00:46:54,340 --> 00:46:55,800 やめて 279 00:46:56,890 --> 00:46:57,930 やめて! 280 00:47:07,520 --> 00:47:14,570 私はそのまま 気を失ってしまったのです 281 00:47:22,620 --> 00:47:24,870 気がついて見回した時 282 00:47:33,590 --> 00:47:35,970 その時の私の驚きは… 283 00:47:38,140 --> 00:47:41,810 (真砂の泣き声) 284 00:47:49,360 --> 00:47:51,110 夫の… 285 00:47:53,400 --> 00:47:55,910 こと切れた夫の胸の上で― 286 00:47:57,410 --> 00:48:02,120 私の短刀が 冷たく光っていたのです 287 00:48:03,960 --> 00:48:07,000 (真砂の泣き声) 288 00:48:16,300 --> 00:48:20,260 私は ことの あまりの恐ろしさに― 289 00:48:22,720 --> 00:48:25,810 夢うつつで その林を逃れたのでしょう 290 00:48:31,770 --> 00:48:34,360 再びわれに返った時には― 291 00:48:37,740 --> 00:48:43,790 あの山の裾の池のほとりに 立っていたのです 292 00:48:50,840 --> 00:48:53,550 私はその池に身を投げました 293 00:48:55,340 --> 00:48:59,220 そのほか いろんなことをしてみました 294 00:49:01,140 --> 00:49:05,770 けれど 私はどうしても 死にきれなかったのです 295 00:49:07,100 --> 00:49:11,110 (真砂の泣き声) 296 00:49:17,900 --> 00:49:19,240 私は… 297 00:49:20,740 --> 00:49:22,280 この弱い― 298 00:49:24,490 --> 00:49:26,120 愚かな私は― 299 00:49:27,290 --> 00:49:29,830 一体どうすれば よろしいのでしょう 300 00:49:32,380 --> 00:49:35,170 (真砂の泣き声) 301 00:50:03,830 --> 00:50:08,370 (下人) うーん なるほど 俺にも何が何だか分からなくなった 302 00:50:10,830 --> 00:50:14,340 もっとも 女という奴は 何でも涙でごまかしちまう 303 00:50:14,630 --> 00:50:16,750 自分自身まで ごまかしちまう 304 00:50:18,050 --> 00:50:21,720 だから 女の話は よほど 用心して聞かねえと危ねえ 305 00:50:23,640 --> 00:50:26,560 (旅法師) その死んだ男の話を聞くと… 306 00:50:26,760 --> 00:50:28,600 (下人) “死んだ男の話”? 307 00:50:29,850 --> 00:50:32,520 死んだ男がどうして 話をしたと言うのだ 308 00:50:32,730 --> 00:50:35,230 巫女(みこ)の口を借りて話したのだ 309 00:50:36,650 --> 00:50:37,730 (杣売)ウソだ 310 00:50:39,240 --> 00:50:40,950 あの男の話もウソだ 311 00:50:43,240 --> 00:50:47,870 しかし 死んだ人間まで ウソを言うとは考えられない 312 00:50:48,540 --> 00:50:50,200 (下人)なぜだい? 坊さん 313 00:50:52,250 --> 00:50:55,460 人間がそんなに罪深いものだと 考えたくない 314 00:50:56,920 --> 00:50:59,050 それは お前さんの 勝手だが― 315 00:50:59,380 --> 00:51:01,630 一体 正しい人間なんて いるのかい? 316 00:51:02,340 --> 00:51:04,930 みんな 自分で そう思ってるだけじゃねえのか? 317 00:51:05,050 --> 00:51:06,220 恐ろしいことを 318 00:51:06,350 --> 00:51:07,850 フフフフ… 319 00:51:07,970 --> 00:51:11,350 人間という奴は 自分に都合の 悪いことは忘れちまって― 320 00:51:11,480 --> 00:51:13,640 都合のいいウソを 本当だと思ってやんだい 321 00:51:13,770 --> 00:51:15,360 そのほうが楽だからな 322 00:51:15,480 --> 00:51:16,270 そんなバカな 323 00:51:16,400 --> 00:51:17,900 ヘヘヘヘヘ 324 00:51:20,570 --> 00:51:21,740 まあ いいよ 325 00:51:22,110 --> 00:51:25,530 とにかく その死んだ男の 話というのを聞こうじゃねえか 326 00:51:27,080 --> 00:51:30,950 (雷の音) 327 00:51:37,420 --> 00:51:45,760 (読経) 328 00:52:12,450 --> 00:52:15,420 (武弘) 私は 今 闇の中にいる 329 00:52:15,960 --> 00:52:21,050 一筋の光もない闇の中で 苦しみもだえている 330 00:52:21,250 --> 00:52:26,260 この苦患(くげん)の闇に 私を突き落とした者に呪いあれ 331 00:52:27,590 --> 00:52:30,640 (うめき声) 332 00:52:35,440 --> 00:52:36,600 (武弘)うあっ 333 00:52:38,060 --> 00:52:45,860 (うめき声) 334 00:53:04,130 --> 00:53:09,010 盗人は 妻を手ごめにすると そこに腰を下ろしたまま― 335 00:53:09,140 --> 00:53:11,890 いろいろ妻を慰めだした 336 00:53:12,680 --> 00:53:13,260 妻は― 337 00:53:13,390 --> 00:53:18,480 陶然と笹(ささ)の落ち葉に座ったなり じっとヒザへ目をやっている 338 00:53:19,350 --> 00:53:22,650 盗人は巧妙に話を進めている 339 00:53:23,230 --> 00:53:27,820 一度でも肌身を汚(けが)したとなれば 夫との仲も折り合うまい 340 00:53:27,950 --> 00:53:32,370 そんな夫と連れ添っているより 自分の妻になる気はないか? 341 00:53:32,490 --> 00:53:36,790 自分は愛しいと思えばこそ こんな大それた真似(まね)を働いたのだ 342 00:53:37,580 --> 00:53:42,960 盗人にこう言われた時 妻はうっとりと顔をもたげた 343 00:53:49,260 --> 00:53:50,430 俺は… 344 00:53:50,840 --> 00:53:54,850 俺は まだ あの時ほど 美しい妻を見たことがない 345 00:54:01,350 --> 00:54:03,610 その美しい妻は― 346 00:54:05,860 --> 00:54:11,660 現在 縛られている夫の前で 何と盗人に返事をしたか… 347 00:54:15,080 --> 00:54:16,620 どこへでも 348 00:54:19,460 --> 00:54:21,790 どこへでも 連れて行ってください 349 00:54:23,960 --> 00:54:26,460 (武弘) 妻は確かにこう言った 350 00:54:29,340 --> 00:54:32,720 しかし 妻の罪は それだけではない 351 00:54:32,840 --> 00:54:37,390 それだけなら この闇の中で 今ほど俺は苦しみはしまい 352 00:54:52,410 --> 00:54:54,160 あの人を殺してください 353 00:54:54,570 --> 00:54:57,540 私はあの人が生きていては あなたとは一緒に行かれません 354 00:54:58,410 --> 00:55:00,290 あの人を殺してください! 355 00:55:01,710 --> 00:55:06,000 (武弘) この言葉は 嵐のように 今でも遠い闇の底へ― 356 00:55:06,130 --> 00:55:09,210 真っ逆さまに 私を吹き落とそうとする 357 00:55:10,760 --> 00:55:13,050 (うなり声) 358 00:55:14,640 --> 00:55:19,220 これほど憎むべき言葉 これほど呪われた言葉が― 359 00:55:19,350 --> 00:55:22,600 一度でも人間の口を 出たことがあろうか? 360 00:55:22,730 --> 00:55:26,770 この言葉を聞いた時には 盗人さえ色を失ったのだ! 361 00:55:28,440 --> 00:55:30,280 (真砂) あの人を殺してください 362 00:55:31,490 --> 00:55:33,490 あの人を殺してください 363 00:55:35,410 --> 00:55:37,330 あの人を殺してください 364 00:55:39,990 --> 00:55:42,080 あの人を殺してください! 365 00:55:54,130 --> 00:55:55,300 (多襄丸)キッ (真砂)ううっ 366 00:55:57,640 --> 00:56:01,890 (武弘の笑い声) 367 00:56:08,520 --> 00:56:11,860 (多襄丸) おい この女を どうするつもりだ? 368 00:56:12,940 --> 00:56:18,370 殺すか それとも助けてやるか 返事はうなずけばいい 369 00:56:22,080 --> 00:56:28,630 (武弘) 私は この言葉だけでも 盗人の罪は許してもいいと思った 370 00:56:31,460 --> 00:56:36,380 (多襄丸) おい 殺すか? 助けるか? 371 00:56:36,510 --> 00:56:39,640 (真砂) ううっ きゃああーっ! 372 00:57:05,450 --> 00:57:08,830 (武弘) それから どのくらい たったのだろう 373 00:57:51,500 --> 00:57:55,630 (多襄丸) 女は逃げた あとは俺の身の上だ 374 00:58:21,570 --> 00:58:23,240 (武弘)静かだ 375 00:58:25,330 --> 00:58:28,370 どこかで誰かが泣く声がする 376 00:58:29,660 --> 00:58:35,750 誰かが泣いている 泣いているのは誰だ? 377 00:59:20,840 --> 00:59:26,850 (武弘のすすり泣く声) 378 01:01:01,150 --> 01:01:02,860 (武弘)静かだ 379 01:01:05,190 --> 01:01:07,570 何という静かさだろう 380 01:01:09,490 --> 01:01:12,080 急に日差しが薄れてきた 381 01:01:14,080 --> 01:01:18,330 私の周りには いつか薄闇が立ちこめている 382 01:01:20,710 --> 01:01:25,880 その中で 私は深い静かさに 包まれて倒れていた 383 01:01:28,260 --> 01:01:33,810 その時 誰か私のそばへ 忍び足で近づいた者がある 384 01:01:34,770 --> 01:01:35,850 誰か 385 01:01:36,520 --> 01:01:40,520 その誰かの手が そっと私の胸の短刀をつかみ― 386 01:01:42,060 --> 01:01:45,570 そして静かに引き抜いた 387 01:02:14,470 --> 01:02:15,760 ウソだ ウソだ! 388 01:02:16,180 --> 01:02:18,480 男の胸に短刀など 刺さってはいなかった 389 01:02:18,600 --> 01:02:20,730 あの男は太刀で刺されたんだ 390 01:02:58,850 --> 01:03:01,230 これは なかなか 面白くなってきたぞ 391 01:03:01,690 --> 01:03:06,820 おい おめえは この話の 一部始終を見ていたらしいな 392 01:03:11,200 --> 01:03:13,820 じゃ なぜ検非違使で その話をしなかったんだ? 393 01:03:15,070 --> 01:03:17,490 わしは関わり合いになるのが イヤだったんだ 394 01:03:17,700 --> 01:03:19,790 しかし ここで話す分には いいだろう 395 01:03:21,160 --> 01:03:26,090 おい 話せよ おめえの話が 一番面白そうだ 396 01:03:26,290 --> 01:03:27,750 (旅法師)私は聞きたくない 397 01:03:28,380 --> 01:03:30,710 これ以上 恐ろしい話は もうたくさんだ 398 01:03:31,630 --> 01:03:34,260 こんな話は今の世の中には ざらにあるよ 399 01:03:34,390 --> 01:03:36,220 この羅生門に住んでた鬼が― 400 01:03:36,350 --> 01:03:39,810 人間の恐ろしさに逃げ出したという 話さえあるこの頃だ 401 01:03:44,480 --> 01:03:48,770 さあ おめえは この話をどこから知ってるんだ? 402 01:03:53,860 --> 01:03:57,570 わしは山で市女笠を見つけた 403 01:03:57,700 --> 01:03:59,200 いや それは聞いたぜ 404 01:04:02,120 --> 01:04:07,210 それから 10間ほど行くと 女の泣き声が聞こえてきた 405 01:04:08,000 --> 01:04:10,300 そっと藪の陰からのぞくと― 406 01:04:11,000 --> 01:04:15,180 縛られた男と 泣いてる女と 多襄丸が見えた 407 01:04:15,300 --> 01:04:16,390 待て待て 408 01:04:17,390 --> 01:04:20,310 すると おめえが 男の死骸を見つけたくだりは― 409 01:04:20,810 --> 01:04:21,770 作り話なのか? 410 01:04:21,890 --> 01:04:23,680 わしは関わり合いになるのが イヤだったんだ 411 01:04:23,810 --> 01:04:24,890 (下人)それで… 412 01:04:26,980 --> 01:04:32,150 まあいい 話を続けろ 多襄丸は何をしていたんだ? 413 01:04:35,700 --> 01:04:40,620 多襄丸は 女の前に 両手をついて謝っていた 414 01:04:40,740 --> 01:04:43,450 (真砂のすすり泣く声) 415 01:04:43,580 --> 01:04:45,580 俺は これまで 悪念に悩まされると― 416 01:04:45,710 --> 01:04:48,250 その悪念の命ずるままに してきた男だ 417 01:04:48,500 --> 01:04:51,040 それが 一番苦しまない方法だと 信じてきた 418 01:04:52,170 --> 01:04:54,090 しかし 今日はダメだ 419 01:04:54,630 --> 01:04:56,260 お前を手に入れたが― 420 01:04:56,380 --> 01:04:58,800 俺は お前が ますます欲しくなるばかりだ 421 01:04:59,050 --> 01:05:00,930 ますます苦しくなるばかりだ 422 01:05:01,100 --> 01:05:03,310 頼む 俺の妻になってくれ 423 01:05:03,430 --> 01:05:07,900 (真砂のすすり泣く声) 424 01:05:08,020 --> 01:05:10,980 洛中洛外に その名を知られた この多襄丸が― 425 01:05:13,690 --> 01:05:15,530 こうやって両手をついて頼む 426 01:05:17,030 --> 01:05:18,740 (真砂の泣き声) 427 01:05:19,570 --> 01:05:23,450 俺は お前がそうしろと言うのなら この渡世から足を洗ってもいい 428 01:05:23,660 --> 01:05:26,620 お前1人 贅沢(ぜいたく)に暮らせるぐらいの 金銀は隠してある 429 01:05:26,910 --> 01:05:30,330 いや そのような汚(けが)れた金銀は 好まぬと言うのなら― 430 01:05:30,460 --> 01:05:32,090 汗水垂らして働く 431 01:05:32,540 --> 01:05:35,670 物売りに身を落としても お前1人には苦労はかけん 432 01:05:37,050 --> 01:05:39,180 お前が俺のものだと 決まりさえすれば― 433 01:05:39,300 --> 01:05:42,010 俺はどんな苦労も いとわん なっ? 434 01:05:43,060 --> 01:05:45,390 頼む 俺の妻になってくれ 435 01:05:47,980 --> 01:05:48,980 頼む 436 01:05:49,940 --> 01:05:52,860 もしお前がイヤだと言ったなら 俺は お前を殺すほかはない 437 01:05:54,570 --> 01:05:56,650 頼むから 俺の妻になると言ってくれ 438 01:05:56,940 --> 01:06:00,860 (真砂の泣き声) 439 01:06:00,990 --> 01:06:01,990 泣くな 440 01:06:02,450 --> 01:06:04,120 泣かずに答えてくれ 441 01:06:04,240 --> 01:06:05,990 俺の妻になると言ってくれ 442 01:06:06,700 --> 01:06:09,580 言え! 言わぬか! 443 01:06:09,750 --> 01:06:14,800 (真砂の泣き声) 444 01:06:21,050 --> 01:06:22,300 無理です 445 01:06:24,430 --> 01:06:26,010 私には言えません 446 01:06:27,810 --> 01:06:29,980 女の私に何が言えましょう? 447 01:06:45,660 --> 01:06:47,370 (真砂の泣き声) 448 01:06:50,120 --> 01:06:54,000 分かった それを定めるのは 男の役目だと言うんだな 449 01:06:56,670 --> 01:06:58,210 待て 待て! 450 01:06:59,170 --> 01:07:03,890 俺は こんな女のために 命を懸けるのは御免だ 451 01:07:31,200 --> 01:07:35,170 2人の男に恥を見せて なぜ自害しようとせぬ! 452 01:07:37,500 --> 01:07:38,340 ハッ 453 01:07:40,760 --> 01:07:42,300 あきれ果てた女だ 454 01:07:45,930 --> 01:07:49,890 こんな売女(ばいた)は惜しくはない 欲しいと言うならくれてやる 455 01:07:51,520 --> 01:07:56,150 今となっては こんな女より あの芦毛を取られるほうが惜しい 456 01:08:51,870 --> 01:08:53,120 (真砂)待って! 457 01:08:53,540 --> 01:08:54,540 来るな! 458 01:08:55,330 --> 01:09:06,880 (真砂の泣き声) 459 01:09:07,720 --> 01:09:08,840 泣くな! 460 01:09:08,970 --> 01:09:11,810 いくら しおらしげに泣いても もうその手に乗る者はおらぬ 461 01:09:13,970 --> 01:09:16,980 よせ 未練がましく 女をいじめるな 462 01:09:18,190 --> 01:09:21,060 女という奴は しょせん このようにたわいないものなのだ 463 01:09:24,530 --> 01:09:30,530 (真砂の泣き声) 464 01:09:39,870 --> 01:09:47,720 アハハハハ… アハハハハ… 465 01:09:47,840 --> 01:09:49,630 たわいないのは お前たちだ! 466 01:09:52,390 --> 01:09:54,770 夫だったら なぜこの男を殺さない? 467 01:09:55,470 --> 01:09:58,390 私に死ねと言う前に なぜこの男を殺さないのだ 468 01:09:58,890 --> 01:10:02,360 この男を殺した上で 私に死ねと言ってこそ男じゃないか 469 01:10:03,820 --> 01:10:06,650 お前も 男じゃない! 470 01:10:08,110 --> 01:10:14,740 アハハハハ… アハハハハ… 471 01:10:14,870 --> 01:10:18,750 多襄丸と聞いた時 私は思わず泣くのをやめた 472 01:10:18,960 --> 01:10:21,670 このグジグジしたお芝居に うんざりしていたからだ 473 01:10:22,960 --> 01:10:24,380 多襄丸なら― 474 01:10:24,500 --> 01:10:27,300 この私の助からない立場を 片づけてくれるかもしれない 475 01:10:27,420 --> 01:10:28,720 そう思ったんだ 476 01:10:29,130 --> 01:10:32,180 このどうにもならない立場から 私を助け出してくれるなら― 477 01:10:32,300 --> 01:10:34,760 どんなムチャな 無法なことだってかまわない 478 01:10:34,890 --> 01:10:36,890 そう思ったんだ プッ! 479 01:10:37,470 --> 01:10:41,390 ハッハ アハハハハ… 480 01:10:41,520 --> 01:10:45,270 ところがお前も 私の夫と同じに 小利口なだけだった 481 01:10:46,480 --> 01:10:47,860 覚えておくがいい 482 01:10:47,980 --> 01:10:49,610 女は何もかも忘れて― 483 01:10:49,740 --> 01:10:51,990 気違いみたいになれる 男のものなんだ 484 01:10:52,530 --> 01:10:55,660 女は 腰の太刀にかけて 自分のものにするものなんだ 485 01:10:58,160 --> 01:10:59,200 (太刀を構える音) 486 01:11:10,590 --> 01:11:17,510 フッ フッ ハハ… アハハハハ… 487 01:11:17,640 --> 01:11:21,520 アハハハハ… アハハハハ… 488 01:13:06,540 --> 01:13:21,010 (荒い息) 489 01:13:23,600 --> 01:13:25,810 (荒い息) 490 01:13:37,200 --> 01:13:39,200 (真砂)きゃああーっ! 491 01:14:48,060 --> 01:14:49,140 (武弘)ヤアッ! 492 01:16:36,120 --> 01:16:38,750 死にたくない 死にたくない! 493 01:16:38,880 --> 01:16:40,040 死にたくない… 494 01:16:40,170 --> 01:16:44,260 (多襄丸の荒い息) 495 01:16:44,380 --> 01:16:46,340 (剣が刺さる音) (真砂)きゃああーっ! 496 01:17:41,310 --> 01:17:43,570 (真砂)あっ きゃあっ… 497 01:18:08,340 --> 01:18:14,890 (ヒグラシの鳴き声) 498 01:19:24,250 --> 01:19:25,920 (下人)ガハハハハ… 499 01:19:26,040 --> 01:19:28,670 こいつあ どうやら 本当らしい話だ 500 01:19:28,800 --> 01:19:31,010 わしはウソは言わねえ わしはこの目で見たんだ 501 01:19:31,130 --> 01:19:33,590 フフフ それも当てにはならねえ 502 01:19:33,720 --> 01:19:36,100 わしはウソは言わない 本当だ ウソは言わない 503 01:19:36,220 --> 01:19:38,470 (下人) “ウソだ”と言って ウソを言う奴はねえからな 504 01:19:38,600 --> 01:19:40,220 恐ろしい話だ 505 01:19:40,640 --> 01:19:43,270 人という人が信じられなくなったら この世は地獄だ 506 01:19:43,390 --> 01:19:45,190 ああ そのとおり この世は地獄だ 507 01:19:45,310 --> 01:19:47,650 (旅法師) いや 私は人を信じる 508 01:19:49,320 --> 01:19:51,150 私は この世の中を 地獄にしたくはない 509 01:19:51,280 --> 01:19:54,860 ハハハハハッ 大きな声を出してもダメな話だ 510 01:19:54,990 --> 01:19:57,410 考えてみな 早(はえ)え話が 今の3人の話の― 511 01:19:57,530 --> 01:19:59,120 どこをどう信じろってんだい? 512 01:19:59,240 --> 01:20:00,370 (杣売)分かんねえ 513 01:20:01,950 --> 01:20:03,410 さっぱり分かんねえ 514 01:20:04,330 --> 01:20:05,380 (下人)どうもこうもねえ 515 01:20:05,500 --> 01:20:08,500 人間のすることなんざ まったく訳が分かんねえって話さ 516 01:20:08,630 --> 01:20:13,010 フフハハハハ… 517 01:20:28,520 --> 01:20:33,860 (赤ちゃんの泣き声) 518 01:21:10,900 --> 01:21:12,070 (杣売)何をする! 519 01:21:15,700 --> 01:21:18,530 て… てめえこそ 何をするんでえ 520 01:21:21,330 --> 01:21:22,740 何という ひどいことを 521 01:21:22,870 --> 01:21:23,950 “ひどい”? 522 01:21:24,250 --> 01:21:27,210 どっちみち この着物は 誰かが剥いでいくに決まってる 523 01:21:27,420 --> 01:21:29,330 俺が持っていくのが なぜ悪い? 524 01:21:30,420 --> 01:21:31,750 お… お前は鬼か! 525 01:21:31,880 --> 01:21:32,880 “鬼”? 526 01:21:33,460 --> 01:21:36,130 この俺が鬼なら このガキの親は何だ? 527 01:21:36,630 --> 01:21:41,050 己は勝手にええことをさらして ひり出したそのガキを育てもせず 528 01:21:41,180 --> 01:21:43,010 捨てた親こそ鬼じゃねえか 529 01:21:43,140 --> 01:21:45,310 違う! それは違う 530 01:21:46,600 --> 01:21:49,980 見ろ! こ… この 着物に着けた守り袋 531 01:21:50,100 --> 01:21:52,730 子供を捨てた親の 気持ちにもなってみろ 532 01:21:53,270 --> 01:21:55,690 子供を捨てずにいられないのは よくよくのことだ 533 01:21:55,820 --> 01:21:58,490 けっ! 人の気持ちを 考えてたらキリがねえや 534 01:21:58,610 --> 01:22:00,280 そ… そんな手前勝手な 535 01:22:00,410 --> 01:22:02,030 手前勝手がなぜ悪い? 536 01:22:02,490 --> 01:22:05,160 人間が犬を羨ましがってる 世の中だ 537 01:22:05,750 --> 01:22:08,870 手前勝手でねえ奴は 生きていかれる世の中じゃねえや 538 01:22:17,760 --> 01:22:20,050 畜生… 539 01:22:20,720 --> 01:22:24,310 そうだ 誰もかれも てめえのことばかりだ 540 01:22:24,680 --> 01:22:27,520 手前勝手な言い訳ばかりだ 541 01:22:28,350 --> 01:22:29,890 あの盗っ人も 542 01:22:30,020 --> 01:22:31,270 あの女も 543 01:22:32,270 --> 01:22:33,480 あの男も! 544 01:22:35,230 --> 01:22:37,030 それから お前も! 545 01:22:41,530 --> 01:22:43,370 ヘッ ヘッ! 546 01:22:43,490 --> 01:22:45,740 そう言うてめえは そうじゃねえと言うのか? 547 01:22:46,040 --> 01:22:47,540 笑わしちゃいけねえ 548 01:22:47,910 --> 01:22:50,500 検非違使の役人は ごまかせたかしれねえが 549 01:22:50,790 --> 01:22:52,750 この俺はごまかされねえぞ! 550 01:23:09,100 --> 01:23:11,940 おい あの女の短刀は どうしたんだ? 551 01:23:12,560 --> 01:23:15,860 螺鈿を散りばめた見事な品だと 多襄丸も言っていた― 552 01:23:15,980 --> 01:23:17,610 あの短刀は どこへいったんだ? 553 01:23:18,320 --> 01:23:21,150 草の中に落ちたまま 消えちまったと言うのか? 554 01:23:22,320 --> 01:23:26,410 おい てめえが盗まねえで 誰が盗むんだ? 555 01:23:27,490 --> 01:23:29,040 フヘヘヘヘ 556 01:23:29,790 --> 01:23:33,540 どうやら図星らしいな フヘヘヘッ 557 01:23:34,920 --> 01:23:39,510 盗っ人のくせに盗っ人 呼ばわりは それこそ手前勝手と言うもんだ! 558 01:23:41,010 --> 01:23:45,220 フハハハハ… 559 01:23:53,230 --> 01:23:58,770 おい 何か言うことはねえのか? なけりゃ行くぜ 560 01:24:01,990 --> 01:24:04,660 フハハハハ… 561 01:24:56,040 --> 01:25:01,500 (赤ちゃんの泣き声) 562 01:25:16,940 --> 01:25:19,810 (旅法師) 何をする! この赤子から 肌着まで剥ぐつもりか? 563 01:25:19,940 --> 01:25:30,660 (赤ちゃんの泣き声) 564 01:25:30,780 --> 01:25:35,120 わしのとこには 子供が6人いる 565 01:25:36,410 --> 01:25:43,960 しかし 6人育てるも 7人育てるも 同じ苦労だ 566 01:25:51,010 --> 01:25:57,810 私は… 恥ずかしいことを 言ってしまったようだな 567 01:26:00,730 --> 01:26:02,110 無理もねえ 568 01:26:03,070 --> 01:26:08,780 今日という今日 人を疑(うたぐ)らずにいられるはずがねえ 569 01:26:12,740 --> 01:26:14,700 恥ずかしいのはわしだ 570 01:26:16,950 --> 01:26:21,710 わしには… わしの心が分からねえ 571 01:26:21,960 --> 01:26:24,710 いや ありがたいこった 572 01:26:38,060 --> 01:26:48,030 お主のおかげで 私は 人を信じていくことができそうだ 573 01:26:48,940 --> 01:26:50,360 とんでもねえ 574 01:27:09,970 --> 01:27:15,970 ♪~ 575 01:28:27,460 --> 01:28:33,340 ~♪