1 00:00:02,575 --> 00:00:08,247 契約してきました。 契約? 2 00:00:08,247 --> 00:00:13,119 子ども用の食器セット… 5,000個。 3 00:00:13,119 --> 00:00:16,119 (2人)5,000個!? 4 00:01:04,937 --> 00:01:08,608 <今日とても 「神出鬼没の 怪賊云々」というような➡ 5 00:01:08,608 --> 00:01:11,944 三段抜きの大見出しで 相もかわらず書き立てています。➡ 6 00:01:11,944 --> 00:01:14,847 しかし 私は そうした記事には もう なれっこになっていて➡ 7 00:01:14,847 --> 00:01:16,816 別に興味を ひかれませんでしたが➡ 8 00:01:16,816 --> 00:01:19,619 その記事の下の方に 小さい見出しで➡ 9 00:01:19,619 --> 00:01:21,954 「××××氏襲わる」という➡ 10 00:01:21,954 --> 00:01:24,624 十二 三行の記事を発見して 非常に驚きました。➡ 11 00:01:24,624 --> 00:01:26,959 と云いますのは その××××氏は➡ 12 00:01:26,959 --> 00:01:29,295 かくいう 私の伯父だったからです。➡ 13 00:01:29,295 --> 00:01:31,898 記事が簡単で よく分りませんけれど➡ 14 00:01:31,898 --> 00:01:34,233 なんでも 娘の富美子が 賊に誘拐され➡ 15 00:01:34,233 --> 00:01:37,904 その身代金として 一万円を奪われた➡ 16 00:01:37,904 --> 00:01:40,239 ということらしいのです。➡ 17 00:01:40,239 --> 00:01:44,911 そこで 私は早速 荷物をまとめて帰京しました。➡ 18 00:01:44,911 --> 00:01:48,581 ようすを聞きますと 驚いたことには➡ 19 00:01:48,581 --> 00:01:51,250 事件は まだ解決していないのでした。➡ 20 00:01:51,250 --> 00:01:54,153 身代金は 賊の要求どおり 渡したにもかかわらず➡ 21 00:01:54,153 --> 00:02:00,593 肝心の娘が いまだに 帰って来ないというのです。➡ 22 00:02:00,593 --> 00:02:03,930 ここで ちょっと 当時の 「黒手組」のやり口を➡ 23 00:02:03,930 --> 00:02:06,265 説明しておく必要が あるようです。➡ 24 00:02:06,265 --> 00:02:09,936 彼らは きまったように まず 犠牲者の子女を誘拐し➡ 25 00:02:09,936 --> 00:02:13,272 それを人質にして 巨額の身代金を要求するのです。➡ 26 00:02:13,272 --> 00:02:16,609 脅迫状には いつ 何日の何時に どこそこへ➡ 27 00:02:16,609 --> 00:02:19,278 金 何万円を持参せよと くわしい指定があって➡ 28 00:02:19,278 --> 00:02:23,149 その場所には 「黒手組」の首領が ちゃんと待ち構えています。➡ 29 00:02:23,149 --> 00:02:25,952 又 被害者が あらかじめ警察に届け出て➡ 30 00:02:25,952 --> 00:02:29,622 身代金を手渡す場所に 刑事などを 張り込ませておきますと➡ 31 00:02:29,622 --> 00:02:31,557 どうして察知するのか➡ 32 00:02:31,557 --> 00:02:35,428 彼らは 決して そこへ やって来ません。➡ 33 00:02:35,428 --> 00:02:37,897 思うに こんどの黒手組事件は➡ 34 00:02:37,897 --> 00:02:40,800 よくある不良青年の 気まぐれなどではなくて➡ 35 00:02:40,800 --> 00:02:42,768 非常に頭の鋭い➡ 36 00:02:42,768 --> 00:02:47,240 しかも きわめて豪胆な連中の 仕業に相違ありません。➡ 37 00:02:47,240 --> 00:02:50,576 賊のやり方は うわさにたがわず 実に 巧妙をきわめていて➡ 38 00:02:50,576 --> 00:02:56,876 なんとなく 妖怪じみた すごいところさえあるのです> 39 00:02:58,918 --> 00:03:01,587 <彼なれば この事件にも➡ 40 00:03:01,587 --> 00:03:06,259 なんとか 眼鼻を つけてくれるかも知れません。➡ 41 00:03:06,259 --> 00:03:09,162 間もなく 明智と私とは➡ 42 00:03:09,162 --> 00:03:11,597 伯父の邸の 数寄を凝らした応接間で➡ 43 00:03:11,597 --> 00:03:13,533 伯父と対座していました。➡ 44 00:03:13,533 --> 00:03:17,270 伯母や書生の牧田なども 出て来て 話に加わりました。➡ 45 00:03:17,270 --> 00:03:20,173 この牧田というのは 身代金手交の当日➡ 46 00:03:20,173 --> 00:03:23,609 伯父の護衛役として 現場へ同行した男なので➡ 47 00:03:23,609 --> 00:03:27,480 参考のために 伯父に呼ばれたのでした> 48 00:03:27,480 --> 00:03:31,417 事の起こりは さよう 今日から6日前➡ 49 00:03:31,417 --> 00:03:34,887 つまり 13日でした。 50 00:03:34,887 --> 00:03:37,790 その日の ちょうど昼頃 娘の富美が➡ 51 00:03:37,790 --> 00:03:39,759 ちょっと友達の所までと言って➡ 52 00:03:39,759 --> 00:03:44,897 着替えをして 家を出たまま 晩になっても帰らない。 53 00:03:44,897 --> 00:03:48,768 我々はじめ 黒手組のうわさに 脅かされている際でしたから➡ 54 00:03:48,768 --> 00:03:53,239 まず この家内が 心配を始めましてね。➡ 55 00:03:53,239 --> 00:03:55,908 分かっているだけの 友達の所へは➡ 56 00:03:55,908 --> 00:03:58,578 すっかり 電話をかけさせてみたが➡ 57 00:03:58,578 --> 00:04:01,480 どこへも寄っていない。 58 00:04:01,480 --> 00:04:04,450 それから 書生や出入りの者などを 駆り集めて➡ 59 00:04:04,450 --> 00:04:07,253 八方 捜索に尽くしました。 60 00:04:07,253 --> 00:04:11,591 その晩は とうとう 我々はじめ 一睡もせずでしたよ。 61 00:04:11,591 --> 00:04:13,926 (明智)ちょっと お話し中ですが➡ 62 00:04:13,926 --> 00:04:16,596 その時 お嬢さんが お出ましになるところを➡ 63 00:04:16,596 --> 00:04:20,266 実際に見られた方が ありましたでしょうか? 64 00:04:20,266 --> 00:04:23,169 それはもう 女どもや書生などが➡ 65 00:04:23,169 --> 00:04:28,140 確かに見たのだそうで ございます。 66 00:04:28,140 --> 00:04:31,277 それからあとは 一切不明なのですね。 67 00:04:31,277 --> 00:04:34,180 ここは ご存じのとおり さみしい屋敷町で➡ 68 00:04:34,180 --> 00:04:37,883 近所の人といっても そう出歩かないようだし➡ 69 00:04:37,883 --> 00:04:41,554 それは 随分 訪ね回ってみたのですが➡ 70 00:04:41,554 --> 00:04:45,424 誰ひとり 娘を見かけた者がないのです。➡ 71 00:04:45,424 --> 00:04:48,894 その翌日の昼過ぎでした。➡ 72 00:04:48,894 --> 00:04:52,765 心配していた黒手組の脅迫状が 舞い込んだのです。➡ 73 00:04:52,765 --> 00:04:56,569 脅迫状は 警察へ持っていって 今 ありませんが➡ 74 00:04:56,569 --> 00:04:59,569 文句は… 75 00:05:08,581 --> 00:05:14,281 「もし 警察へ訴えたりすれば 人質の命はないものと思え」。 76 00:05:16,455 --> 00:05:19,592 ざっとまあ こんなものでした。 77 00:05:19,592 --> 00:05:21,927 その脅迫状を警察で調べた結果➡ 78 00:05:21,927 --> 00:05:24,830 何か 手がかりでも 見つかりませんでしたか? 79 00:05:24,830 --> 00:05:28,801 それがね まるで 手がかりがないというのです。 80 00:05:28,801 --> 00:05:31,737 警視庁には そういう事を調べる設備は➡ 81 00:05:31,737 --> 00:05:35,474 よく ととのっていますから まず間違いはありますまい。 82 00:05:35,474 --> 00:05:39,211 で 消印は どこの局に なっていましたでしょう? 83 00:05:39,211 --> 00:05:41,547 いや 消印はありません。 84 00:05:41,547 --> 00:05:44,884 というのは 郵便で送ったのではなく➡ 85 00:05:44,884 --> 00:05:49,555 誰かが 表の郵便受け箱へ 投げ込んでいったらしいのです。 86 00:05:49,555 --> 00:05:52,892 それを箱から お出しになったのは どなたでしょう? 87 00:05:52,892 --> 00:05:58,764 私です。 郵便物は全て 私が取りまとめて➡ 88 00:05:58,764 --> 00:06:01,233 奥様の所へ 差し出しますんで➡ 89 00:06:01,233 --> 00:06:06,105 13日の午後の 第1回の配達の分を 取り出した中に➡ 90 00:06:06,105 --> 00:06:10,576 その脅迫状が交じっておりました。 91 00:06:10,576 --> 00:06:14,914 で それから どうなさいました? 92 00:06:14,914 --> 00:06:18,584 わしは よほど 警察沙汰に してやろうかと思いましたが➡ 93 00:06:18,584 --> 00:06:22,922 娘の命を取ると言われては そうもなりかねる。 94 00:06:22,922 --> 00:06:26,258 かわいい娘には代えられぬと 観念して➡ 95 00:06:26,258 --> 00:06:30,930 残念だが 1万円出す事にしました。➡ 96 00:06:30,930 --> 00:06:33,199 わしは 少し早めに用意をして➡ 97 00:06:33,199 --> 00:06:38,070 百円札で 1万円 白紙に包んだのを懐中し➡ 98 00:06:38,070 --> 00:06:41,874 脅迫状には 「必ず一人で 来るように」とありましたが➡ 99 00:06:41,874 --> 00:06:45,544 もしもの場合の護衛役として この牧田を連れて➡ 100 00:06:45,544 --> 00:06:48,214 あの寂しい場所へ 出かけました。➡ 101 00:06:48,214 --> 00:06:52,084 ご承知のとおり 一本松の周りは 一帯の灌木林で➡ 102 00:06:52,084 --> 00:06:54,086 かなり気味が悪い。➡ 103 00:06:54,086 --> 00:06:58,224 が わしは じっと辛抱して そこに立っていました。➡ 104 00:06:58,224 --> 00:07:01,560 さあ 30分も待ったでしょうかな。 105 00:07:01,560 --> 00:07:05,898 牧田 お前は あの間 どうしていたっけなあ? 106 00:07:05,898 --> 00:07:11,570 はあ ご主人の所から10間ぐらいも ありましたかと思いますが➡ 107 00:07:11,570 --> 00:07:16,242 じ~っと ご主人の懐中電灯の光を 見つめておりました。 108 00:07:16,242 --> 00:07:20,112 で 賊は どの方角から参りました? 109 00:07:20,112 --> 00:07:24,917 賊は 原っぱの方から来たようです。 110 00:07:24,917 --> 00:07:26,852 どんな風をしていました? 111 00:07:26,852 --> 00:07:33,726 いや~ よくは 分からなかったが 頭から足の先まで 真っ黒で➡ 112 00:07:33,726 --> 00:07:37,863 非常に背の高い男だった事だけは 間違いない。➡ 113 00:07:37,863 --> 00:07:40,533 わしは これで 5尺5寸あるのですが➡ 114 00:07:40,533 --> 00:07:46,205 その男は わしよりも 2~3寸も高かったようです。 115 00:07:46,205 --> 00:07:50,075 何か言いましたか? だんまりですよ。 116 00:07:50,075 --> 00:07:54,547 わしの前まで来ると 一方の手に ピストルを差し向けながら➡ 117 00:07:54,547 --> 00:07:57,450 もう一方の手を ぐっと突き出したもんです。➡ 118 00:07:57,450 --> 00:08:01,887 で わしも無言で 金の包みを手渡ししました。➡ 119 00:08:01,887 --> 00:08:05,558 そして 娘の事を言おうとして 口をききかけると➡ 120 00:08:05,558 --> 00:08:09,228 賊のやつ やにわに 人さし指を口の前に立てて➡ 121 00:08:09,228 --> 00:08:11,897 「シ~ッ」と言うのです。➡ 122 00:08:11,897 --> 00:08:14,233 わしは 黙ってろという 合図だと思って➡ 123 00:08:14,233 --> 00:08:16,168 何も言いませんでした。➡ 124 00:08:16,168 --> 00:08:18,904 賊は ピストルを わしの方に向けたまま➡ 125 00:08:18,904 --> 00:08:21,807 後じさりに だんだん遠ざかっていって➡ 126 00:08:21,807 --> 00:08:24,577 林の中に 見えなくなってしまったのです。➡ 127 00:08:24,577 --> 00:08:27,480 わしは しばらく 身動きもできないで➡ 128 00:08:27,480 --> 00:08:31,250 立ちすくんでいましたが そうしていても際限がないので➡ 129 00:08:31,250 --> 00:08:34,520 後ろの方を振り向いて 小声で 牧田を呼びました。➡ 130 00:08:34,520 --> 00:08:37,189 すると 牧田は茂みから ごそごそ出てきて…。 131 00:08:37,189 --> 00:08:39,124 もう行きましたか? 132 00:08:39,124 --> 00:08:41,861 (伯父)…と びくびくもので聞くのです。 133 00:08:41,861 --> 00:08:46,198 牧田さんの隠れていた所からも 賊の姿は見えましたか? 134 00:08:46,198 --> 00:08:51,070 はあ 姿は見えませんでしたが 何か こう➡ 135 00:08:51,070 --> 00:08:54,874 賊の足音のようなものを 聞いたと思いますので。 136 00:08:54,874 --> 00:08:56,809 それから どうしました? 137 00:08:56,809 --> 00:08:59,211 で わしは もう帰ろうと言うと➡ 138 00:08:59,211 --> 00:09:03,082 牧田が 賊の足跡を 調べてみようと言うのです。 139 00:09:03,082 --> 00:09:05,885 つまり 後になって 警察に教えてやれば➡ 140 00:09:05,885 --> 00:09:09,555 非常な手がかりになるだろう という意見でね。 141 00:09:09,555 --> 00:09:12,224 そうだったね 牧田。 はあ。 142 00:09:12,224 --> 00:09:14,894 足跡は見つかりましたか? 143 00:09:14,894 --> 00:09:19,565 それがね 賊の足跡というものが ないのです。 144 00:09:19,565 --> 00:09:22,468 昨日も 刑事が調べに行ったそうですが➡ 145 00:09:22,468 --> 00:09:26,438 さみしい場所で その後 人も通らなかったと見え➡ 146 00:09:26,438 --> 00:09:30,209 わしたち 両人の足跡は ちゃんと残っているのに➡ 147 00:09:30,209 --> 00:09:34,509 そのほかの足跡は 一つもないという事でした。 148 00:09:37,516 --> 00:09:42,216 <私は最初 伯父から 話を 聞いた時にも思ったことですが…> 149 00:09:46,191 --> 00:09:49,862 <それは 実に一種 不気味な事実でした> 150 00:09:49,862 --> 00:09:53,532 ところで 近頃 お嬢さんの所へ➡ 151 00:09:53,532 --> 00:09:56,201 何か 疑わしい 手紙のようなものでも➡ 152 00:09:56,201 --> 00:09:58,137 参っていないでしょうか? 153 00:09:58,137 --> 00:10:01,874 私どもでは 娘の所へ参りました手紙類は➡ 154 00:10:01,874 --> 00:10:05,544 必ず一度 私が目を 通すようにしておりますので➡ 155 00:10:05,544 --> 00:10:10,215 怪しいものがあれば じきに 分かるはずでございますが➡ 156 00:10:10,215 --> 00:10:16,889 さようでございますね 近頃は 別段 これといって…。 157 00:10:16,889 --> 00:10:20,225 いや ごくつまらないような事でも 結構です。 158 00:10:20,225 --> 00:10:25,097 どうかお気付きの点を ご遠慮なく お話し願いたいのですが。 159 00:10:25,097 --> 00:10:28,901 でも…。 ともかく お話しなすってみて下さい。 160 00:10:28,901 --> 00:10:32,237 そういうところに 往々 思わぬ手がかりがあるものです。 161 00:10:32,237 --> 00:10:36,909 どうか。 では 申し上げますが➡ 162 00:10:36,909 --> 00:10:40,779 一月ばかり前から 娘の所へ➡ 163 00:10:40,779 --> 00:10:44,583 私どもの一向 聞き覚えのない お名前の方から➡ 164 00:10:44,583 --> 00:10:47,920 ちょくちょく 葉書が参るのでございますよ。➡ 165 00:10:47,920 --> 00:10:51,256 いつでしたか 一度 私は娘に➡ 166 00:10:51,256 --> 00:10:53,926 これは 学校時代のお友達ですか? 167 00:10:53,926 --> 00:10:57,596 って 聞いてみた事が ございましたが 娘は…。 168 00:10:57,596 --> 00:10:59,531 ええ。 169 00:10:59,531 --> 00:11:01,934 と答えは致しましたものの どうやら➡ 170 00:11:01,934 --> 00:11:05,270 何か隠している 様子なのでございます。➡ 171 00:11:05,270 --> 00:11:07,206 もうそんな ささいな事は➡ 172 00:11:07,206 --> 00:11:09,141 すっかり 忘れておりましたのですが➡ 173 00:11:09,141 --> 00:11:13,145 お言葉で ふと思い出した事がございます。 174 00:11:13,145 --> 00:11:17,282 と申しますのは 娘が かどわかされます➡ 175 00:11:17,282 --> 00:11:23,155 ちょうど前日に その変な葉書が 参っているのでございますよ。 176 00:11:23,155 --> 00:11:27,292 では それを一度 拝見願えませんでしょうか。 177 00:11:27,292 --> 00:11:30,992 (伯母)よろしゅうございます。 178 00:11:32,564 --> 00:11:34,900 <そうして 伯母は 問題の葉書というのを➡ 179 00:11:34,900 --> 00:11:36,835 探し出して来ました。➡ 180 00:11:36,835 --> 00:11:39,238 見ると 日附は 伯母のいった通り 十二日で➡ 181 00:11:39,238 --> 00:11:41,173 差出人は匿名なのでしょう➡ 182 00:11:41,173 --> 00:11:44,109 ただ 「やよい」となっています。➡ 183 00:11:44,109 --> 00:11:47,112 私も その葉書を手に取って 充分 吟味してみましたが➡ 184 00:11:47,112 --> 00:11:50,249 なんの変てつもない 如何にも少女らしい➡ 185 00:11:50,249 --> 00:11:53,152 要でもない文句を 並べたものに過ぎません。➡ 186 00:11:53,152 --> 00:11:55,120 ところが 明智は何を思ったのか➡ 187 00:11:55,120 --> 00:11:57,923 さも一大事という調子で その葉書を➡ 188 00:11:57,923 --> 00:12:01,260 しばらく拝借して行きたい というではありませんか。➡ 189 00:12:01,260 --> 00:12:04,930 もちろん 拒むべき事でもなく 伯父は 即座に承諾しましたが➡ 190 00:12:04,930 --> 00:12:09,930 私には 明智の考えが ちっとも わからないのです> 191 00:12:13,272 --> 00:12:16,942 <その翌日 ちょっと 煙草屋の お内儀さんに 声をかけて➡ 192 00:12:16,942 --> 00:12:20,279 いきなり 明智の部屋への階段を 上がろうとしますと…> 193 00:12:20,279 --> 00:12:22,614 あら 今日は いらっしゃいませんよ。 194 00:12:22,614 --> 00:12:26,485 珍しく 朝早くから どっかへ お出かけになりましたの。 195 00:12:26,485 --> 00:12:30,489 <さてはもう 活動を始めたかしら。 それにしても 朝寝坊の彼が➡ 196 00:12:30,489 --> 00:12:32,424 こんな早くから 外出するというのは➡ 197 00:12:32,424 --> 00:12:34,893 余り 例のないことだと思いながら➡ 198 00:12:34,893 --> 00:12:39,231 少し間をおいて 二度も三度も 明智を訪問したことです。➡ 199 00:12:39,231 --> 00:12:45,904 ところが 何度行って見ても 彼は帰っていないのです。➡ 200 00:12:45,904 --> 00:12:51,577 私は 少々 心配になって来ました。➡ 201 00:12:51,577 --> 00:12:55,247 私は一応 伯父の耳に 入れておく方がいいと➡ 202 00:12:55,247 --> 00:12:57,916 思いましたので 事情を話しますと…> 203 00:12:57,916 --> 00:12:59,852 それは大変だ。 204 00:12:59,852 --> 00:13:03,589 <明智までも 賊の虜になって しまったのではあるまいか。➡ 205 00:13:03,589 --> 00:13:05,524 もしや そんなことがあったら➡ 206 00:13:05,524 --> 00:13:08,927 明智の親許に対しても 何とも申しわけがないとあって➡ 207 00:13:08,927 --> 00:13:11,263 伯父を始め 騒ぎ出すという始末です。➡ 208 00:13:11,263 --> 00:13:13,198 私は 明智に限って➡ 209 00:13:13,198 --> 00:13:15,134 万々 へまな真似はしまいと 信じていましたが➡ 210 00:13:15,134 --> 00:13:19,138 こう周囲で騒がれては 心配しないわけにはいきません。➡ 211 00:13:19,138 --> 00:13:25,138 ところが その日の午後になって 一通の電報が配達されました> 212 00:13:30,616 --> 00:13:36,316 ハッハッハッハッ。 やった やったな。 213 00:13:37,890 --> 00:13:42,561 <そうして待ちかねた私たちの前に 明智の ニコニコ顔が現れたのは➡ 214 00:13:42,561 --> 00:13:46,261 もう日暮れ時分でした> 215 00:13:47,900 --> 00:13:52,571 非常に残念ですが 何も お話しできないのです。 216 00:13:52,571 --> 00:13:54,907 いくら私が無謀でも➡ 217 00:13:54,907 --> 00:13:58,243 単身で あの凶賊を 逮捕する事などできません。 218 00:13:58,243 --> 00:14:01,914 私は いろいろ考えた結果 ごく穏やかに➡ 219 00:14:01,914 --> 00:14:04,249 お嬢さんを取り戻す 工夫をしたのです。 220 00:14:04,249 --> 00:14:08,587 つまり 賊の方から のしをつけて 返上させるといった方法ですね。 221 00:14:08,587 --> 00:14:10,923 すなわち 黒手組の方では➡ 222 00:14:10,923 --> 00:14:13,592 お嬢さんも 身代金の1万円も 返す事。 223 00:14:13,592 --> 00:14:17,262 そして将来とも お宅に対しては 絶対に手出しをしない事。 224 00:14:17,262 --> 00:14:21,934 私の方では 黒手組に関しては 一切 口外しない事。 225 00:14:21,934 --> 00:14:25,804 そして将来とも 黒手組逮捕の 助力など絶対にせぬ事。 226 00:14:25,804 --> 00:14:28,273 こういうのです。 227 00:14:28,273 --> 00:14:31,176 私としては お宅の損害を回復しさえすれば➡ 228 00:14:31,176 --> 00:14:34,546 それで役目が済むのですから➡ 229 00:14:34,546 --> 00:14:38,217 下手にやって 「虻蜂取らず」に 終わるよりはと思って➡ 230 00:14:38,217 --> 00:14:42,087 賊の申し出を承知して 帰ったような次第です。 231 00:14:42,087 --> 00:14:45,557 そういう訳ですから どうか お嬢さんにも➡ 232 00:14:45,557 --> 00:14:52,231 黒手組については 一切 お尋ね下さいませんように。 233 00:14:52,231 --> 00:15:00,572 で これが 例の1万円です。 確かに お渡しします。 234 00:15:00,572 --> 00:15:04,443 いや~ もう あんたは全く 娘の命の親です。 235 00:15:04,443 --> 00:15:06,445 わしは ここで誓っときます。 236 00:15:06,445 --> 00:15:10,582 将来とも あんたのお頼みなら どんな無理な事でも➡ 237 00:15:10,582 --> 00:15:13,485 きっと承知するという事をね。 238 00:15:13,485 --> 00:15:16,455 どうです? さしあたり 何か➡ 239 00:15:16,455 --> 00:15:19,258 お望み下さる事でも ありませんかな? 240 00:15:19,258 --> 00:15:22,928 それは ありがたいですね。 例えば どうでしょう? 241 00:15:22,928 --> 00:15:25,597 私の友人の ある男が➡ 242 00:15:25,597 --> 00:15:27,933 お嬢さんに 大変 焦がれているのですが➡ 243 00:15:27,933 --> 00:15:30,836 その男に お嬢さんを頂戴する➡ 244 00:15:30,836 --> 00:15:33,205 というような望みでも 構いませんでしょうか? 245 00:15:33,205 --> 00:15:38,076 ハッハッハッハッ あんたも なかなか隅に置けない。 246 00:15:38,076 --> 00:15:42,881 いや~ あんたが 先の人物さえ保証して下さりゃ➡ 247 00:15:42,881 --> 00:15:46,551 娘を差し上げまいものでも ありませんよ。 248 00:15:46,551 --> 00:15:51,223 その友人は…➡ 249 00:15:51,223 --> 00:15:56,895 クリスチャンなんですが この点は どうでしょう? 250 00:15:56,895 --> 00:16:01,767 よろしい。 わしは 一体 耶蘇教は大嫌いですが➡ 251 00:16:01,767 --> 00:16:04,236 ほかならん あんたのお頼みとあれば➡ 252 00:16:04,236 --> 00:16:07,139 ひとつ 考えてみましょう。 253 00:16:07,139 --> 00:16:09,574 いや~ ありがとう。 254 00:16:09,574 --> 00:16:12,244 きっと いつか お願いにあがりますよ。 255 00:16:12,244 --> 00:16:20,585 どうか 今のお言葉を お忘れないように願います。 256 00:16:20,585 --> 00:16:24,456 <このひとくさりの会話は ちょっと妙な感じのものでした。➡ 257 00:16:24,456 --> 00:16:26,925 座興と見れば そうとも考えられますが➡ 258 00:16:26,925 --> 00:16:32,731 真剣な話と思えば 又 そうらしくもあるのです。➡ 259 00:16:32,731 --> 00:16:35,200 伯父は 明智を玄関まで送り出して➡ 260 00:16:35,200 --> 00:16:39,071 お礼の寸志だと云いながら 彼が辞退するのも聞かないで➡ 261 00:16:39,071 --> 00:16:43,771 無理に 二千円の金包みを 明智の懐へ押し込みました> 262 00:16:48,213 --> 00:16:50,549 今度の事件の出発点はね➡ 263 00:16:50,549 --> 00:16:55,549 あの 足跡のなかった という事実だよ。 264 00:16:57,222 --> 00:17:01,093 あれには少なくとも 6つの可能な場合がある。 265 00:17:01,093 --> 00:17:04,096 第一は 伯父さんや刑事が➡ 266 00:17:04,096 --> 00:17:07,232 賊の足跡を見落としたという解釈。 267 00:17:07,232 --> 00:17:11,103 第二は 賊が何かに ぶら下がるか それとも綱渡りでもするか➡ 268 00:17:11,103 --> 00:17:13,105 とにかく 足跡のつかぬ方法で➡ 269 00:17:13,105 --> 00:17:15,574 現場へ やってきたという解釈。 270 00:17:15,574 --> 00:17:18,477 第三は 伯父さんか牧田かが➡ 271 00:17:18,477 --> 00:17:21,446 賊の足跡を ふみ消してしまった という解釈。 272 00:17:21,446 --> 00:17:24,583 第四は 偶然 賊の履物と➡ 273 00:17:24,583 --> 00:17:26,918 伯父さん または 牧田の履物と➡ 274 00:17:26,918 --> 00:17:28,854 同じだったという解釈。 275 00:17:28,854 --> 00:17:32,190 それから 第五は 賊が現場へこなかった。 276 00:17:32,190 --> 00:17:37,062 つまり伯父さんが何かの必要から 一人芝居を演じたのだという解釈。 277 00:17:37,062 --> 00:17:39,865 第六は 牧田と賊とが➡ 278 00:17:39,865 --> 00:17:44,536 同一人物だったという 解釈。 この6つだ。 279 00:17:44,536 --> 00:17:47,873 僕は ともかく現場を 調べてみる必要を感じたので➡ 280 00:17:47,873 --> 00:17:50,776 あの翌朝 早速 T原へ行ってみた。 281 00:17:50,776 --> 00:17:53,745 警察の連中は 大変な見落としを やっていたのだよ。 282 00:17:53,745 --> 00:17:56,548 というのは 地面に たくさん 何だか こう➡ 283 00:17:56,548 --> 00:17:58,884 とがったもので 突いたような跡があるんだ。 284 00:17:58,884 --> 00:18:01,787 もっとも それは 伯父さんたちの 足跡の下に隠れていて➡ 285 00:18:01,787 --> 00:18:04,556 ちょっと見たんでは 分からないのだがね。 286 00:18:04,556 --> 00:18:07,459 僕は それを見て いろいろ 想像を巡らしているうちに➡ 287 00:18:07,459 --> 00:18:09,428 ふと ある事を思い出した。 288 00:18:09,428 --> 00:18:14,566 天来の妙音とでもいうか 実に すばらしい考えなんだよ。 289 00:18:14,566 --> 00:18:18,904 それはね 書生の牧田が 小さな体に似合わない➡ 290 00:18:18,904 --> 00:18:21,239 太い黒メリンスの へこ帯を➡ 291 00:18:21,239 --> 00:18:24,142 大きな結び目を こしらえて 締めているだろう。 292 00:18:24,142 --> 00:18:27,579 後ろから見ると ちょっと滑稽な感じを与えるね。 293 00:18:27,579 --> 00:18:31,450 僕は 偶然 あれを覚えていたんだ。 これでもう 僕には➡ 294 00:18:31,450 --> 00:18:37,189 何もかも分かってしまったような 気がしたよ。 295 00:18:37,189 --> 00:18:40,859 で 結局 どうなんだい? 296 00:18:40,859 --> 00:18:43,762 つまりね さっき言った6つの解釈のうち➡ 297 00:18:43,762 --> 00:18:46,731 第三と第六とが 当たっているんだ。 298 00:18:46,731 --> 00:18:50,202 言いかえると 書生の牧田と賊とが➡ 299 00:18:50,202 --> 00:18:52,537 同一人物だったのさ。 300 00:18:52,537 --> 00:18:55,874 牧田だって? それは不合理だよ。 301 00:18:55,874 --> 00:18:58,777 あんな愚かな それに正直者で通っている男が。 302 00:18:58,777 --> 00:19:01,546 第一 伯父は 賊が大男の彼よりも➡ 303 00:19:01,546 --> 00:19:04,449 2~3寸も 背が高かったと言っている。 304 00:19:04,449 --> 00:19:07,219 そうすると 5尺7~8寸はあったはずだ。 305 00:19:07,219 --> 00:19:10,555 ところが 牧田は反対に あんな ちっぽけな男じゃないか。 306 00:19:10,555 --> 00:19:14,893 反対も こう極端になると ちょっと疑ってみる必要があるよ。 307 00:19:14,893 --> 00:19:17,562 一方は 日本人としては珍しい大男で➡ 308 00:19:17,562 --> 00:19:20,232 一方は 奇形に近い小男だね。 309 00:19:20,232 --> 00:19:26,905 これは いかにも鮮やかな対照だ。 惜しい事に 少し鮮やかすぎたよ。 310 00:19:26,905 --> 00:19:30,575 もし牧田が もう少し短い竹馬を使ったら➡ 311 00:19:30,575 --> 00:19:32,844 かえって 僕は 迷わされたかもしれない。 312 00:19:32,844 --> 00:19:35,747 ハハハハ 分かるだろう? 313 00:19:35,747 --> 00:19:39,184 彼はね 竹馬を短くしたようなものを➡ 314 00:19:39,184 --> 00:19:42,521 あらかじめ 現場に隠しておいて それを手で持つ代わりに➡ 315 00:19:42,521 --> 00:19:45,423 両足に縛りつけて 用を弁じたんだよ。 316 00:19:45,423 --> 00:19:47,859 そして 賊の役目を務めたあとで➡ 317 00:19:47,859 --> 00:19:50,195 今度は 竹馬の跡を消すために➡ 318 00:19:50,195 --> 00:19:54,533 賊の足跡を 調べ回ったりなんかしたのさ。 319 00:19:54,533 --> 00:19:56,468 そんな 子供だましみたいな事を➡ 320 00:19:56,468 --> 00:19:59,404 どうして 伯父が 看破できなかったのだろう? 321 00:19:59,404 --> 00:20:04,543 それが 例のメリンスの へこ帯なんだ。 実に うまい考えだろう? 322 00:20:04,543 --> 00:20:10,882 あの大幅の黒いメリンスを グルグルと 頭から足の先まで巻きつけりゃ➡ 323 00:20:10,882 --> 00:20:14,753 牧田の小さな体ぐらい 訳なく隠れてしまうからね。 324 00:20:14,753 --> 00:20:16,755 それじゃ あの牧田が➡ 325 00:20:16,755 --> 00:20:19,891 黒手組の手先を務めていたとでも 言うのかい? 326 00:20:19,891 --> 00:20:22,794 どうも おかしいね。 黒手…。 327 00:20:22,794 --> 00:20:27,232 おや? まだ そんな事を考えているのか。 328 00:20:27,232 --> 00:20:32,103 君にも似合わない。 ちと今日は 頭が鈍っているようだね。 329 00:20:32,103 --> 00:20:35,907 伯父さんにしろ 警察にしろ 果ては 君までも➡ 330 00:20:35,907 --> 00:20:39,778 すっかり 黒手組恐怖症に 取っつかれているんだからね。 331 00:20:39,778 --> 00:20:42,581 まあ 時節柄 無理もない話だけれど➡ 332 00:20:42,581 --> 00:20:45,483 もし君が いつものように 冷静でいたら➡ 333 00:20:45,483 --> 00:20:47,919 なにも僕を待つまでもなく➡ 334 00:20:47,919 --> 00:20:53,258 君の手で 十分 今度の事件は 解決できただろうよ。 335 00:20:53,258 --> 00:21:00,131 これには 黒手組なんて まるで関係ないんだ。 336 00:21:00,131 --> 00:21:03,268 じゃあ さっき君は 黒手組と約束したなんて➡ 337 00:21:03,268 --> 00:21:05,604 なぜ あんな でたらめを言ったのだい? 338 00:21:05,604 --> 00:21:09,274 第一 分からないのは もし 牧田の仕業とすれば➡ 339 00:21:09,274 --> 00:21:11,610 彼を 黙って放っておくのも 変じゃないか。 340 00:21:11,610 --> 00:21:15,480 それから牧田は あんな男で 富美子を誘拐したり➡ 341 00:21:15,480 --> 00:21:17,949 それを数日の間も 隠しておいたりする力が➡ 342 00:21:17,949 --> 00:21:20,852 ありそうにも思われぬし。 343 00:21:20,852 --> 00:21:24,289 現に 富美子が家を出た日には 彼は終日 伯父の邸にいて➡ 344 00:21:24,289 --> 00:21:27,626 一歩も 外へ出なかった というではないか。 345 00:21:27,626 --> 00:21:29,561 一体 牧田みたいな男に➡ 346 00:21:29,561 --> 00:21:32,464 こんな大仕事が できるものだろうか。 347 00:21:32,464 --> 00:21:36,234 それから…。 疑問百出の態だね。 348 00:21:36,234 --> 00:21:41,573 だがね もし君が この葉書の 暗号文を解いていたら➡ 349 00:21:41,573 --> 00:21:46,244 少なくとも これが暗号文だ という事を 看破していたら➡ 350 00:21:46,244 --> 00:21:50,115 そんなに 不思議がらないで済んだろうよ。 351 00:21:50,115 --> 00:21:52,117 この暗号文がなかったら➡ 352 00:21:52,117 --> 00:21:55,920 僕は とても牧田を疑う気には なれなかったに相違ない。 353 00:21:55,920 --> 00:21:58,590 しかも これが暗号文だと➡ 354 00:21:58,590 --> 00:22:01,259 最初から ハッキリ 分かっていたのではない。 355 00:22:01,259 --> 00:22:03,928 ただ疑ってみたんだ。 356 00:22:03,928 --> 00:22:08,800 疑った訳はね この葉書が 富美子さんの いなくなる➡ 357 00:22:08,800 --> 00:22:14,272 ちょうど前日に来ていた事。 358 00:22:14,272 --> 00:22:20,145 手跡が うまく まねてはあるが どうやら男らしい事。 359 00:22:20,145 --> 00:22:22,147 富美子さんが これについて聞かれた時➡ 360 00:22:22,147 --> 00:22:25,283 妙なそぶりを 示した事などもあったが➡ 361 00:22:25,283 --> 00:22:29,583 それよりもね これを見たまえ。 362 00:22:31,890 --> 00:22:34,559 まるで 原稿用紙へでも書いたように➡ 363 00:22:34,559 --> 00:22:37,896 各行18字詰めに 実に きれいに書いてある。 364 00:22:37,896 --> 00:22:42,596 が ここへ 横に ず~っと線を引いてみるんだ。 365 00:22:45,570 --> 00:22:48,239 この線に沿って ずっと横に目を通してみたまえ。 366 00:22:48,239 --> 00:22:51,142 どの列も半分ぐらい 仮名が交じっているだろう? 367 00:22:51,142 --> 00:22:53,111 ところが たった一つの例外がある。 368 00:22:53,111 --> 00:22:55,580 それは この一番初めの線に沿った➡ 369 00:22:55,580 --> 00:22:58,483 各行の第1字目だ。 漢字ばかりじゃないか。 370 00:22:58,483 --> 00:23:01,453 これは どうも 偶然にしては変だ。 371 00:23:01,453 --> 00:23:04,923 僕は ふと2字だけ 抹消した文字のあるのに気付いた。 372 00:23:04,923 --> 00:23:07,258 こんなに きれいに書いた 文章の中に➡ 373 00:23:07,258 --> 00:23:09,928 汚い消しがあるのは ちょっと変だからね。 374 00:23:09,928 --> 00:23:12,831 しかも それが 2つとも第2字目なんだ。 375 00:23:12,831 --> 00:23:14,799 僕は 自分の経験で知っているが➡ 376 00:23:14,799 --> 00:23:17,802 日本語で暗号文を作る時 最も困るのは➡ 377 00:23:17,802 --> 00:23:20,572 濁音 半濁音の始末だよ。 378 00:23:20,572 --> 00:23:24,275 でね 抹消文字は その上に位する漢字の➡ 379 00:23:24,275 --> 00:23:27,178 濁音を示すための 細工じゃないかと考えたんだ。 380 00:23:27,178 --> 00:23:29,948 果たして そうだとすると この漢字は➡ 381 00:23:29,948 --> 00:23:33,551 おのおの1字ずつの仮名を 代表するものでなければならない。 382 00:23:33,551 --> 00:23:36,454 つまり これは 漢字の字画がキーなんだよ。 383 00:23:36,454 --> 00:23:39,424 それも 偏と旁を別々に勘定するんだ。 384 00:23:39,424 --> 00:23:43,895 例えば 「好」は 偏が3画で 旁が3画だから➡ 385 00:23:43,895 --> 00:23:45,830 3 3という 組み合わせになる。 386 00:23:45,830 --> 00:23:48,566 で それを表にしてみると こうだ。 387 00:23:48,566 --> 00:23:50,902 この数字を見ると➡ 388 00:23:50,902 --> 00:23:53,571 偏の方は11まで 旁の方は4までしかない。 389 00:23:53,571 --> 00:23:56,241 これが 何かの数に符合しやしないか。 390 00:23:56,241 --> 00:23:59,577 偏の画の数は 子音の順序を示し➡ 391 00:23:59,577 --> 00:24:03,448 旁の画の数は母音の順序を 示すものと仮定するのだ。 392 00:24:03,448 --> 00:24:06,251 すると 「一」は1画で旁がないから➡ 393 00:24:06,251 --> 00:24:09,587 ア行の第1字目 すなわち「ア」となり➡ 394 00:24:09,587 --> 00:24:11,923 「好」は 偏が3画だから サ行で➡ 395 00:24:11,923 --> 00:24:14,826 旁が3画だから 第3字目の「ス」だ。 396 00:24:14,826 --> 00:24:17,526 こうして 当てはめていくと… 397 00:24:22,567 --> 00:24:24,936 さて 年頃の 女の所へ➡ 398 00:24:24,936 --> 00:24:27,272 暗号文で 時間と場所を知らせてくる。 399 00:24:27,272 --> 00:24:29,941 しかも それが どうやら男の手跡らしい。 400 00:24:29,941 --> 00:24:32,844 この場合 ほかに考え方があるだろうか。 401 00:24:32,844 --> 00:24:35,547 あいびきの打ち合わせと 見るほかにはね。 402 00:24:35,547 --> 00:24:39,417 そうなると 事件は 黒手組らしく なくなってくるじゃないか。 403 00:24:39,417 --> 00:24:42,220 少なくとも 黒手組を捜索する前に➡ 404 00:24:42,220 --> 00:24:45,890 一応 この葉書の差出人を 取り調べてみる必要があるだろう。 405 00:24:45,890 --> 00:24:47,826 ところが 葉書の主は➡ 406 00:24:47,826 --> 00:24:50,228 富美子さんのほかに 知っている者がない。 407 00:24:50,228 --> 00:24:52,897 ちょっと難関だね。 しかし ひとたび これを➡ 408 00:24:52,897 --> 00:24:55,567 牧田の行為と 結び付けて考えてみると➡ 409 00:24:55,567 --> 00:24:58,903 疑問は釈然として氷解するのだよ。 410 00:24:58,903 --> 00:25:02,774 というのは もし 富美子さんが 自分で家出をしたものとすれば➡ 411 00:25:02,774 --> 00:25:08,580 両親の所へ 詫状(あるいは 書き置きと書いて遺書)の➡ 412 00:25:08,580 --> 00:25:11,916 一本ぐらい よこしても よさそうなものじゃないか。 413 00:25:11,916 --> 00:25:14,819 この点と 牧田が 郵便物を取りまとめる役目だ➡ 414 00:25:14,819 --> 00:25:19,257 という事と結び付けると ちょっと面白い筋書きができるよ。 415 00:25:19,257 --> 00:25:22,160 つまり こうだ。 牧田が どうかして➡ 416 00:25:22,160 --> 00:25:24,596 富美子さんの恋を 感づいていたとする。 417 00:25:24,596 --> 00:25:27,932 で 彼は富美子さんからの手紙を 握り潰して➡ 418 00:25:27,932 --> 00:25:30,602 そのかわりに 手製の黒手組の脅迫状を➡ 419 00:25:30,602 --> 00:25:34,205 伯母さんの所へ 差し出したという順序だ。 420 00:25:34,205 --> 00:25:39,077 (ため息) 驚いた。 だが…。 421 00:25:39,077 --> 00:25:43,548 まあ 待ちたまえ。 422 00:25:43,548 --> 00:25:45,884 僕は 現場を調べると➡ 423 00:25:45,884 --> 00:25:48,553 その足で 伯父さんの邸の門前へ行って➡ 424 00:25:48,553 --> 00:25:51,222 牧田の出てくるのを 待ち伏せしていた。 425 00:25:51,222 --> 00:25:54,559 そして 彼が使いにでも 行くらしいふうで出てきたのを➡ 426 00:25:54,559 --> 00:25:58,229 うまく ごまかして このカフェーへ連れ込んだ。 427 00:25:58,229 --> 00:26:00,899 僕は 彼が正直者だった事は➡ 428 00:26:00,899 --> 00:26:02,834 初めから 君と同様に認めていたので➡ 429 00:26:02,834 --> 00:26:04,769 今度の事件の裏には➡ 430 00:26:04,769 --> 00:26:08,573 何か深い事情が潜んでいるに 相違ないと にらんでいた。 431 00:26:08,573 --> 00:26:12,911 でね 絶対に 他言しないし 品によっては➡ 432 00:26:12,911 --> 00:26:15,813 相談相手になってやるからと 安心させて➡ 433 00:26:15,813 --> 00:26:18,783 とうとう白状させてしまったのだ。 434 00:26:18,783 --> 00:26:22,253 君は多分 服部時雄という男を 知っているだろう? 435 00:26:22,253 --> 00:26:24,923 キリスト教信者だという理由で 富美子さんに対する➡ 436 00:26:24,923 --> 00:26:27,258 結婚の申し込みを 拒絶されたばかりでなく➡ 437 00:26:27,258 --> 00:26:30,161 伯父さんの所へのお出入りまで 止められてしまった➡ 438 00:26:30,161 --> 00:26:32,096 あの気の毒な 服部君をね。 439 00:26:32,096 --> 00:26:34,065 親というものは バカなもので➡ 440 00:26:34,065 --> 00:26:36,534 さすがの伯父さんも 富美子さんと服部君とが➡ 441 00:26:36,534 --> 00:26:39,437 とうから 恋仲だった事に 気付かなかったのだよ。 442 00:26:39,437 --> 00:26:41,873 また 富美子さんも富美子さんだ。 443 00:26:41,873 --> 00:26:44,542 なにも家出までしないでも かわいい娘の事だ。 444 00:26:44,542 --> 00:26:46,878 いかに 宗教上の偏見があったって➡ 445 00:26:46,878 --> 00:26:50,548 できてしまったものを 今更無理に 引き離す伯父さんでもあるまいに。 446 00:26:50,548 --> 00:26:52,884 そこは 娘心の浅はかというやつだ。 447 00:26:52,884 --> 00:26:55,219 それとも 案外 家出をして脅かしたら➡ 448 00:26:55,219 --> 00:26:57,155 頑固な伯父さんも 折れるだろうという➡ 449 00:26:57,155 --> 00:26:59,090 横着な考えだったかも しれないが➡ 450 00:26:59,090 --> 00:27:01,092 いずれにしても 2人は 手に手を取って➡ 451 00:27:01,092 --> 00:27:05,229 服部君の田舎の友人の所へ 駆け落ちと しゃれたのさ。 452 00:27:05,229 --> 00:27:07,565 無論 そこから 度々 手紙を出したんだそうだ。 453 00:27:07,565 --> 00:27:10,902 それを 牧田のやつ 一つ漏らさず 握り潰していたんだね。 454 00:27:10,902 --> 00:27:12,837 僕は 千葉へ出張して➡ 455 00:27:12,837 --> 00:27:15,573 家では 黒手組騒動が持ち上がって いるのも知らないで➡ 456 00:27:15,573 --> 00:27:17,909 ひたすら 甘い恋に酔っている2人を➡ 457 00:27:17,909 --> 00:27:19,844 一晩かかって口説いたものだよ。 458 00:27:19,844 --> 00:27:22,246 あんまり 感心した役目じゃなかったがね。 459 00:27:22,246 --> 00:27:24,582 で 結局 きっと 2人が一緒になれるように➡ 460 00:27:24,582 --> 00:27:28,252 取り計らうという約束で やっと引き離して連れてきたのさ。 461 00:27:28,252 --> 00:27:31,155 だが その約束も どうやら果たせそうだよ。 462 00:27:31,155 --> 00:27:34,525 今日の伯父さんの口ぶりではね。 463 00:27:34,525 --> 00:27:38,863 ところで 今度は 牧田の方の問題だが➡ 464 00:27:38,863 --> 00:27:42,734 これも やっぱり女出入りなのだ。 465 00:27:42,734 --> 00:27:48,434 かわいそうに 先生 涙を ぽろぽろ こぼしていたっけ。 466 00:27:50,208 --> 00:27:54,545 あんな男にも恋はあるんだね。 467 00:27:54,545 --> 00:27:59,417 相手が何者かは知らないが 恐らく 商売人か何かに➡ 468 00:27:59,417 --> 00:28:01,886 うまく持ちかけられたとでも いうのだろう。 469 00:28:01,886 --> 00:28:05,556 ともかく その女を手に入れるために➡ 470 00:28:05,556 --> 00:28:08,893 まとまった金が入り用だったのだ。 471 00:28:08,893 --> 00:28:13,564 そして聞けば 富美子さんが 帰ってこないうちに➡ 472 00:28:13,564 --> 00:28:18,236 出奔するつもりでいたんだそうだ。 473 00:28:18,236 --> 00:28:24,108 僕は つくづく恋の威力を感じた。 474 00:28:24,108 --> 00:28:30,581 あの愚かしい男に こんな巧妙な トリックを考え出させたのも➡ 475 00:28:30,581 --> 00:28:36,281 全く 恋なればこそだよ。 476 00:28:39,857 --> 00:28:42,193 すっかり コーヒーが冷えてしまった。 477 00:28:42,193 --> 00:28:44,493 じゃあ もう帰ろうか。 478 00:28:46,531 --> 00:28:51,402 これをね ついでの時に 牧田君にやってくれたまえ。 479 00:28:51,402 --> 00:28:54,405 婚資にと言ってね。 480 00:28:54,405 --> 00:29:01,079 君 あれは かわいそうな男だよ。 481 00:29:01,079 --> 00:29:03,779 分かった。 482 00:29:05,550 --> 00:29:08,453 人生は面白いね。 483 00:29:08,453 --> 00:29:14,753 この俺が 今日は 二組の恋人の 月下氷人を務めた訳だからね。 484 00:30:33,070 --> 00:30:37,909 それは まさに事件だった。 485 00:30:37,909 --> 00:30:45,650 空港を埋め尽くした 史上空前 おびただしい数の女性たち。 486 00:30:45,650 --> 00:30:51,455 目的は ただ一つ。 その男を 一目見る事。 487 00:30:51,455 --> 00:30:55,726 (歓声)