1 00:00:47,193 --> 00:01:03,193 ♬~ 2 00:01:13,018 --> 00:01:28,567 ♬~ 3 00:01:28,567 --> 00:01:33,639 <彼女のところへは 毎日のように 未知の崇拝者たちからの手紙が➡ 4 00:01:33,639 --> 00:01:37,510 幾通となく 送られてきた。➡ 5 00:01:37,510 --> 00:01:39,512 それは いずれも 極まりきったように➡ 6 00:01:39,512 --> 00:01:41,514 つまらぬ文句のもの ばかりであったが➡ 7 00:01:41,514 --> 00:01:43,649 彼女は どのような手紙であろうとも➡ 8 00:01:43,649 --> 00:01:45,584 自分にあてられたものは➡ 9 00:01:45,584 --> 00:01:50,523 ひと通りは 読んでみることにしていた。➡ 10 00:01:50,523 --> 00:01:52,658 簡単なものから先にして➡ 11 00:01:52,658 --> 00:01:55,561 二通の封書と 一葉のはがきを見てしまうと➡ 12 00:01:55,561 --> 00:02:00,533 あとには かさ高い 原稿らしい一通が残った。➡ 13 00:02:00,533 --> 00:02:04,670 それは 思った通り 原稿用紙を 綴じたものであった。➡ 14 00:02:04,670 --> 00:02:07,970 が どうしたことか…> 15 00:02:27,893 --> 00:02:31,363 「こんなことを申しあげますと 奥様は さぞかし➡ 16 00:02:31,363 --> 00:02:35,063 びっくりなさることで ございましょうが」… 17 00:03:09,001 --> 00:03:13,339 「そんな醜い容貌を持ちながら 胸の中では 人知れず➡ 18 00:03:13,339 --> 00:03:19,039 世にも烈しい情熱を 燃やしていたのでございます」。 19 00:03:30,689 --> 00:03:34,560 「しかし 不幸な私は 哀れな一家具職人の子として➡ 20 00:03:34,560 --> 00:03:36,495 その日その日の暮らしを➡ 21 00:03:36,495 --> 00:03:40,795 立てて行くほかは ないのでございました」。 22 00:03:50,643 --> 00:03:52,978 「私の作った椅子は➡ 23 00:03:52,978 --> 00:03:56,315 どんな むずかしい注文主にも きっと気に入るというので➡ 24 00:03:56,315 --> 00:03:59,652 商会でも 私には 特別に目をかけて➡ 25 00:03:59,652 --> 00:04:04,323 仕事も 上物ばかりを 廻してくれておりました。➡ 26 00:04:04,323 --> 00:04:08,193 そんな上物になりますと 凭れや肘掛けの彫りものに➡ 27 00:04:08,193 --> 00:04:10,195 いろいろ むずかしい注文があったり➡ 28 00:04:10,195 --> 00:04:15,334 クッションのぐあい 各部の寸法などに 微妙な好みがあったりして➡ 29 00:04:15,334 --> 00:04:19,204 それを造る者には ちょっと 素人の想像できないような➡ 30 00:04:19,204 --> 00:04:21,206 苦心がいるのでございますが➡ 31 00:04:21,206 --> 00:04:24,009 でも 苦心をすればしただけ➡ 32 00:04:24,009 --> 00:04:29,309 できあがったときの嬉しさ というものはありません」。 33 00:04:39,491 --> 00:04:42,962 「そして 味気ない職人生活のうちにも➡ 34 00:04:42,962 --> 00:04:49,301 そのときばかりは なんともいえぬ 得意を感じるのでございます。➡ 35 00:04:49,301 --> 00:04:52,972 そこへは どのような高貴の方が➡ 36 00:04:52,972 --> 00:04:56,642 或いは どのような美しい方が おかけなさることか。➡ 37 00:04:56,642 --> 00:05:00,980 こんな立派な椅子を 注文なさるほどのお屋敷だから➡ 38 00:05:00,980 --> 00:05:03,315 そこには きっと この椅子に ふさわしい➡ 39 00:05:03,315 --> 00:05:05,651 贅沢な部屋があるのだろう。➡ 40 00:05:05,651 --> 00:05:09,989 そして そのかたわらには いつも 私の夢に出てくる➡ 41 00:05:09,989 --> 00:05:13,859 美しい私の恋人が におやかに ほほえみながら➡ 42 00:05:13,859 --> 00:05:19,159 私の話に聞き入っております」。 43 00:05:38,150 --> 00:05:43,856 「その なんとも形容のできない いやあな いやあな心持は➡ 44 00:05:43,856 --> 00:05:47,292 月日がたつに従って だんだん 私には➡ 45 00:05:47,292 --> 00:05:50,292 堪えきれないものに なってまいりました」。 46 00:05:56,969 --> 00:06:02,269 「私は まじめに そんなことを思います」。 47 00:06:12,317 --> 00:06:15,988 「この椅子は 同じY市で 外人の経営している➡ 48 00:06:15,988 --> 00:06:17,923 或るホテルへ納める品で➡ 49 00:06:17,923 --> 00:06:21,326 一体なら その本国から 取り寄せるはずのを➡ 50 00:06:21,326 --> 00:06:23,996 私の雇われていた 商館が運動して➡ 51 00:06:23,996 --> 00:06:28,333 日本にも舶来品に劣らぬ 椅子職人がいるからというので➡ 52 00:06:28,333 --> 00:06:31,333 やっと注文をとったものでした」。 53 00:06:36,942 --> 00:06:38,977 「ほんとうに 魂をこめて➡ 54 00:06:38,977 --> 00:06:43,816 夢中になって やったものでございます。➡ 55 00:06:43,816 --> 00:06:46,618 さて できあがった椅子を見ますと➡ 56 00:06:46,618 --> 00:06:50,618 私は かつて覚えない 満足を感じました」。 57 00:06:58,964 --> 00:07:02,835 「すると 私のくせとして 止めどもない妄想が➡ 58 00:07:02,835 --> 00:07:06,839 五色の虹のように まばゆいばかりの色彩をもって➡ 59 00:07:06,839 --> 00:07:10,539 次から次へと 湧き上がってくるのです」。 60 00:07:16,982 --> 00:07:19,318 「私は 大急ぎで 四つの内で➡ 61 00:07:19,318 --> 00:07:21,987 いちばん よくできたと思う 肘掛椅子を➡ 62 00:07:21,987 --> 00:07:24,323 バラバラに毀してしまいました。➡ 63 00:07:24,323 --> 00:07:29,194 そして 改めて それを 私の妙な計画を実行するのに➡ 64 00:07:29,194 --> 00:07:33,494 都合のよいように 造り直しました」。 65 00:07:45,277 --> 00:07:49,615 「小さな棚をつけて 何かを貯蔵できるようにしたり➡ 66 00:07:49,615 --> 00:07:53,952 ある用途のために 大きなゴムの袋を備えつけたり➡ 67 00:07:53,952 --> 00:07:57,289 そのほか さまざまの考案をめぐらして➡ 68 00:07:57,289 --> 00:08:01,960 食料さえあれば その中に 二日三日はいりつづけていても➡ 69 00:08:01,960 --> 00:08:06,660 決して 不便を感じないように しつらえました」。 70 00:08:12,604 --> 00:08:19,904 「私はシャツ一枚になると 椅子の中へ スッポリと もぐりこみました」。 71 00:08:27,186 --> 00:08:30,656 「考えてみれば 墓場にちがいありません。➡ 72 00:08:30,656 --> 00:08:33,926 私は 椅子の中へはいると同時に➡ 73 00:08:33,926 --> 00:08:35,861 ちょうど 隠れ簑でも着た様に➡ 74 00:08:35,861 --> 00:08:42,935 この人間世界から 消滅してしまう わけなのですから。➡ 75 00:08:42,935 --> 00:08:48,607 何事もなく その日の午後には もう私のはいった肘掛椅子は➡ 76 00:08:48,607 --> 00:08:53,307 ホテルの一室に どっかりと 据えられておりました」。 77 00:09:00,953 --> 00:09:04,823 「私の この奇妙な行いの 第一の目的は➡ 78 00:09:04,823 --> 00:09:08,627 人のいない時を見すまして 椅子の中から抜け出し➡ 79 00:09:08,627 --> 00:09:15,300 ホテルの中を うろつき廻って 盗みを働くことでありました。➡ 80 00:09:15,300 --> 00:09:17,970 私は 影のように 自由自在に➡ 81 00:09:17,970 --> 00:09:20,639 部屋から部屋を 荒し廻ることができます。➡ 82 00:09:20,639 --> 00:09:23,542 そして 人々が騒ぎはじめる時分には➡ 83 00:09:23,542 --> 00:09:26,511 椅子の中の隠れ家へ逃げ帰って➡ 84 00:09:26,511 --> 00:09:29,648 息をひそめて 彼らの間抜けな捜索を➡ 85 00:09:29,648 --> 00:09:34,253 見物していればよいのです。➡ 86 00:09:34,253 --> 00:09:39,591 さて この私の突飛な計画は それが 突飛であっただけ➡ 87 00:09:39,591 --> 00:09:43,929 人々の意表外に出て 見事に成功いたしました。➡ 88 00:09:43,929 --> 00:09:47,599 でも 私は 今 そんな盗みなどよりは➡ 89 00:09:47,599 --> 00:09:52,599 十倍も二十倍も 私を喜ばせたところの」… 90 00:09:56,275 --> 00:09:59,945 「お話を前に戻して 私の椅子が➡ 91 00:09:59,945 --> 00:10:05,245 ホテルのラウンジに置かれた時のことから はじめなければなりません」。 92 00:10:16,295 --> 00:10:18,964 「そうして しばらくしますと➡ 93 00:10:18,964 --> 00:10:23,302 コツコツと 重くるしい足音が 響いてきました。➡ 94 00:10:23,302 --> 00:10:25,971 それが 二 三間 むこうまで近づくと➡ 95 00:10:25,971 --> 00:10:28,640 部屋に敷かれたジュウタンのために➡ 96 00:10:28,640 --> 00:10:31,310 ほとんど聞きとれぬほどの 低い音に変りましたが➡ 97 00:10:31,310 --> 00:10:35,647 間もなく 荒々しい男の鼻息が聞こえ➡ 98 00:10:35,647 --> 00:10:39,985 ハッと思う間に 西洋人らしい大きなからだが➡ 99 00:10:39,985 --> 00:10:46,285 私の膝の上に ドサリと落ちて フカフカと 二 三度 はずみました」。 100 00:11:09,014 --> 00:11:11,350 「それは まあなんという➡ 101 00:11:11,350 --> 00:11:14,019 不思議千万な 感覚でございましょう。➡ 102 00:11:14,019 --> 00:11:19,358 私は もう あまりの恐ろしさに 思考力もなにも失ってしまって➡ 103 00:11:19,358 --> 00:11:23,658 ただもう ボンヤリしていたことで ございます」。 104 00:11:27,032 --> 00:11:29,332 「そこでは」… 105 00:11:47,986 --> 00:11:51,656 「その男を手はじめに 私の膝の上には➡ 106 00:11:51,656 --> 00:11:56,328 いろいろな人が 入りかわり 立ちかわり 腰をおろしました。➡ 107 00:11:56,328 --> 00:12:02,028 そして 彼らが 柔かいクッションだと 信じきっているものが」… 108 00:12:09,341 --> 00:13:26,641 ♬~ 109 00:13:34,493 --> 00:13:38,296 「背骨の曲り方 肩胛骨のひらきぐあい➡ 110 00:13:38,296 --> 00:13:40,966 腕の長さ 太腿の太さ➡ 111 00:13:40,966 --> 00:13:43,635 あるいは 尾[外:A888ECCDF4CE66CAA28817F9E2FCBF65]骨の長短など➡ 112 00:13:43,635 --> 00:13:46,538 それらのすべての点を 綜合してみますと➡ 113 00:13:46,538 --> 00:13:53,645 どんなに似寄った背恰好の人でも どこか違ったところがあります。➡ 114 00:13:53,645 --> 00:13:56,645 或るものは」… 115 00:14:00,318 --> 00:14:02,618 「或るものは」… 116 00:14:06,992 --> 00:14:09,992 「或るものは」… 117 00:14:16,001 --> 00:14:18,670 「普通の場合は 主として➡ 118 00:14:18,670 --> 00:14:21,339 容貌の美醜によって 批判するのでありましょうが➡ 119 00:14:21,339 --> 00:14:23,275 この椅子の中の世界では➡ 120 00:14:23,275 --> 00:14:27,275 そんなものは まるで 問題外なのでございます」。 121 00:14:38,623 --> 00:14:42,494 「奥様 あまりに あからさまな 私の記述に➡ 122 00:14:42,494 --> 00:14:46,494 どうか 気を わるくしないでくださいまし」。 123 00:14:58,643 --> 00:15:01,313 「彼女は 何か 嬉しいことでもあった様子で➡ 124 00:15:01,313 --> 00:15:04,649 踊るような足どりで そこへ はいってまいりました。➡ 125 00:15:04,649 --> 00:15:06,585 そして 私の ひそんでいる➡ 126 00:15:06,585 --> 00:15:08,520 肘掛椅子の前まで きたかと思うと➡ 127 00:15:08,520 --> 00:15:13,658 いきなり 豊満な それでいて 非常に しなやかな肉体を➡ 128 00:15:13,658 --> 00:15:19,331 私の上へ投げかけました。➡ 129 00:15:19,331 --> 00:15:25,003 しかも彼女は 何が おかしいのか 突然 アハアハ 笑い出し➡ 130 00:15:25,003 --> 00:15:28,673 手足をバタバタさせて 網の中の魚のように➡ 131 00:15:28,673 --> 00:15:32,973 ピチピチと はね廻るのでございます」。 132 00:15:40,619 --> 00:15:44,489 「その私が 今 見も知らぬ 異国の乙女と➡ 133 00:15:44,489 --> 00:15:49,189 同じ部屋に 同じ椅子に それどころではありません」。 134 00:16:05,844 --> 00:16:10,144 「そのほか どんなことをしようと」… 135 00:16:50,955 --> 00:16:55,255 「私という男は…」… 136 00:17:09,307 --> 00:17:11,643 「従って 私の奇妙な恋も➡ 137 00:17:11,643 --> 00:17:13,578 時とともに 相手が変って行くのを➡ 138 00:17:13,578 --> 00:17:16,514 どうすることも できませんでした。➡ 139 00:17:16,514 --> 00:17:20,318 そして その数々の 不思議な恋人の記憶は➡ 140 00:17:20,318 --> 00:17:25,318 普通の場合のように その容貌によってではなく」… 141 00:17:43,274 --> 00:17:47,274 「と言いますのは」… 142 00:18:30,655 --> 00:18:35,260 「その時分には 盗みためた金が 相当の額になっていましたから➡ 143 00:18:35,260 --> 00:18:37,195 たとえ 世の中へ出ても➡ 144 00:18:37,195 --> 00:18:42,495 以前のように みじめな暮らしを することはないのでした。 が」… 145 00:18:47,272 --> 00:18:50,608 「と言いますのは 私は 数カ月のあいだも➡ 146 00:18:50,608 --> 00:18:53,511 それほど いろいろの異性を 愛したにもかかわらず➡ 147 00:18:53,511 --> 00:18:55,947 相手が すべて 異国人であったために➡ 148 00:18:55,947 --> 00:18:59,818 それが どんな立派な好もしい 肉体の持ち主であっても➡ 149 00:18:59,818 --> 00:19:02,287 精神的な妙な物足りなさを➡ 150 00:19:02,287 --> 00:19:05,987 感じないわけには 行きませんでした」。 151 00:19:13,298 --> 00:19:16,968 「そこへ ちょうど 私の椅子が 競売に出たのであります。➡ 152 00:19:16,968 --> 00:19:19,968 今度は ひょっとすると」… 153 00:19:36,454 --> 00:19:38,923 「古くなっても 充分に人目を引くほど➡ 154 00:19:38,923 --> 00:19:42,260 立派な椅子だったからで ございましょう。➡ 155 00:19:42,260 --> 00:19:45,597 非常に 震動のはげしいトラックで 運ばれた時には➡ 156 00:19:45,597 --> 00:19:49,267 私は 椅子の中で 死ぬほどの 苦しみを嘗めましたが➡ 157 00:19:49,267 --> 00:19:53,137 でも そんなことは 買手が 私の望み通り➡ 158 00:19:53,137 --> 00:19:55,940 日本人であったという 喜びに比べては➡ 159 00:19:55,940 --> 00:19:59,640 物の数でもございません」。 160 00:20:02,614 --> 00:20:05,950 「買手のお役人は 可なり立派な屋敷の持ち主で➡ 161 00:20:05,950 --> 00:20:09,821 私の椅子は そこの洋館の 広い書斎に置かれましたが➡ 162 00:20:09,821 --> 00:20:14,121 私にとって 非常に満足であったことには」… 163 00:20:21,299 --> 00:20:27,639 「それ以来 約一カ月間 私は絶えず 夫人とともにおりました。➡ 164 00:20:27,639 --> 00:20:31,509 夫人の食事と就寝の時間を 除いては➡ 165 00:20:31,509 --> 00:20:36,314 夫人のしなやかな からだは いつも 私の上にありました。➡ 166 00:20:36,314 --> 00:20:41,185 それというのが 夫人は そのあいだ 書斎につめきって➡ 167 00:20:41,185 --> 00:20:45,657 ある著作に没頭していられたから でございます。➡ 168 00:20:45,657 --> 00:20:48,326 どんなに彼女を愛したか。➡ 169 00:20:48,326 --> 00:20:51,663 それは ここに くだくだしく 申しあげるまでもありますまい。➡ 170 00:20:51,663 --> 00:20:55,533 彼女は 私の はじめて接した日本人で➡ 171 00:20:55,533 --> 00:20:59,537 しかも 充分 美しい肉体の 持ち主でありました。➡ 172 00:20:59,537 --> 00:21:03,237 私は そこに はじめて」… 173 00:21:05,009 --> 00:21:08,346 「私は できるならば 夫人のほうでも➡ 174 00:21:08,346 --> 00:21:11,683 椅子の中の私を 意識して ほしかったのでございます。➡ 175 00:21:11,683 --> 00:21:14,983 そして 虫のいい話ですが」… 176 00:21:19,023 --> 00:21:23,023 「そこで せめて夫人に」… 177 00:21:29,033 --> 00:21:30,969 「芸術家である彼女は➡ 178 00:21:30,969 --> 00:21:35,306 きっと 常人以上の微妙な感覚を 備えているにちがいありません。➡ 179 00:21:35,306 --> 00:21:39,644 もし 彼女が 私の椅子に 生命を感じてくれたなら➡ 180 00:21:39,644 --> 00:21:42,313 ただの物質としてではなく➡ 181 00:21:42,313 --> 00:21:44,983 ひとつの生きものとして 愛着を覚えてくれたなら➡ 182 00:21:44,983 --> 00:21:50,321 それだけでも 私は 充分満足なのでございます。➡ 183 00:21:50,321 --> 00:21:53,992 私は 彼女が 私の上に 身を投げた時には➡ 184 00:21:53,992 --> 00:21:58,663 できるだけ フーワリと優しく 受けるように心掛けました。➡ 185 00:21:58,663 --> 00:22:02,000 彼女が 私の上で 疲れた時分には➡ 186 00:22:02,000 --> 00:22:04,669 わからぬほどに ソロソロと膝を動かして➡ 187 00:22:04,669 --> 00:22:08,539 彼女のからだの位置を 変えるようにいたしました。➡ 188 00:22:08,539 --> 00:22:10,541 そして 彼女が➡ 189 00:22:10,541 --> 00:22:14,012 ウトウトと 居眠りを はじめるような場合には➡ 190 00:22:14,012 --> 00:22:16,914 私は ごくごく 幽かに膝をゆすって➡ 191 00:22:16,914 --> 00:22:20,885 揺籃の役目を 勤めたことでございます。➡ 192 00:22:20,885 --> 00:22:26,357 その心遣りが報いられたのか それとも 単に私の気の迷いか➡ 193 00:22:26,357 --> 00:22:30,057 近頃では 夫人は」… 194 00:22:33,631 --> 00:22:37,502 「彼女は 乙女が恋人の抱擁に 応じるときのような➡ 195 00:22:37,502 --> 00:22:43,641 甘い優しさをもって 私の椅子に身を沈めます。➡ 196 00:22:43,641 --> 00:22:49,981 かようにして 私の情熱は 日々に 烈しく燃えて行くのでした。➡ 197 00:22:49,981 --> 00:22:54,652 そして ついには… アア 奥様➡ 198 00:22:54,652 --> 00:22:57,555 ついには 私は 身のほどもわきまえぬ➡ 199 00:22:57,555 --> 00:23:01,993 大それた願いを抱くように なったのでございます。➡ 200 00:23:01,993 --> 00:23:05,329 たったひと目 私の恋人の顔を見て➡ 201 00:23:05,329 --> 00:23:08,666 そして 言葉を交わすことができたなら➡ 202 00:23:08,666 --> 00:23:13,337 そのまま死んでもよいとまで 思いつめたのでございます。➡ 203 00:23:13,337 --> 00:23:19,210 奥様 あなたは むろん とっくに お悟りでございましょう。➡ 204 00:23:19,210 --> 00:23:23,681 その私の恋人と申しますのは➡ 205 00:23:23,681 --> 00:23:28,352 あまりの失礼を お許しくださいませ。➡ 206 00:23:28,352 --> 00:23:31,622 実は」… 207 00:23:31,622 --> 00:24:53,322 ♬~ 208 00:25:06,317 --> 00:25:09,220 「奥様 一生のお願いでございます。➡ 209 00:25:09,220 --> 00:25:12,190 たった一度 私に お逢いくださるわけには➡ 210 00:25:12,190 --> 00:25:15,993 まいらぬでございましょうか。➡ 211 00:25:15,993 --> 00:25:19,864 私は 決して それ以上を 望むものではありません。➡ 212 00:25:19,864 --> 00:25:22,500 そんなことを望むには あまりに醜く➡ 213 00:25:22,500 --> 00:25:24,535 汚れ果てた私でございます。➡ 214 00:25:24,535 --> 00:25:29,674 どうぞ どうぞ 世にも不幸な男の切なる願いを➡ 215 00:25:29,674 --> 00:25:34,674 お聞き届けくださいませ」。 216 00:25:47,625 --> 00:25:53,625 「そして いま あなたがこの手紙を お読みなさる時分には」… 217 00:25:57,969 --> 00:26:00,638 「もし この 世にも ぶしつけな願いを➡ 218 00:26:00,638 --> 00:26:03,338 お聞き届けくださいますなら」… 219 00:26:21,926 --> 00:26:26,926 おお… 気味の悪い。 220 00:26:38,476 --> 00:26:42,246 <彼女は あまりのことに ボンヤリしてしまって➡ 221 00:26:42,246 --> 00:26:48,246 これを どう処置すべきか まるで見当がつかぬのであった> 222 00:26:49,954 --> 00:26:53,654 奥様 お手紙でございます。 223 00:27:06,304 --> 00:27:09,640 <無意識に それを受け取って 開封しようとしたが➡ 224 00:27:09,640 --> 00:27:12,543 ふと その上書きを見ると➡ 225 00:27:12,543 --> 00:27:15,513 彼女は 思わず その手紙を取りおとしたほども➡ 226 00:27:15,513 --> 00:27:18,649 ひどい驚きに打たれた。➡ 227 00:27:18,649 --> 00:27:23,521 そこには さっきの無気味な手紙と 寸分違わぬ筆癖をもって➡ 228 00:27:23,521 --> 00:27:28,993 彼女の宛名が書かれてあったのだ> 229 00:27:28,993 --> 00:27:54,151 ♬~ 230 00:27:54,151 --> 00:28:00,451 <それを破って ビクビクしながら 中味を読んで行った> 231 00:28:28,319 --> 00:28:33,591 「もし拙作が いくらかでも 先生に 感銘を与え得たとしますれば➡ 232 00:28:33,591 --> 00:28:37,891 こんな嬉しいことはないので ございますが」。 233 00:28:58,282 --> 00:29:03,621 「では 失礼を顧みず お願いまで」。 234 00:29:03,621 --> 00:29:27,321 ♬~