1 00:00:02,202 --> 00:00:06,940 家康 人生最大のピンチは 3回あったといわれています。 2 00:00:06,940 --> 00:00:10,777 その一つが 伊賀越えです。 3 00:00:10,777 --> 00:00:13,680 家康は 道中の警護を求めて➡ 4 00:00:13,680 --> 00:00:20,787 かつて信長に仕えていた多羅尾光俊の居城 小川城を目指したといいます。 5 00:00:20,787 --> 00:00:27,561 ここで 伊賀を越えるための 情報収集をしたと考えられています。 6 00:00:27,561 --> 00:00:34,301 今でも研究が続く伊賀越えのルートですが 御斎峠も その一つ。 7 00:00:34,301 --> 00:00:38,305 家康は 眼下に広がる伊賀の町を前にして➡ 8 00:00:38,305 --> 00:00:43,310 ここを抜けて 生きて帰る決意を固めたことでしょう。 9 00:00:43,310 --> 00:00:50,083 徳永寺は 家康が休憩したと伝わる 伊賀の寺です。 10 00:00:50,083 --> 00:00:57,157 休息の礼に 葵の紋の使用を許し 領地を与えたと伝わります。 11 00:00:57,157 --> 00:01:01,128 ほかにも 伊賀市との境に近い明王寺には➡ 12 00:01:01,128 --> 00:01:06,833 家康以降4代将軍の名前が刻まれた 位牌が残されています。 13 00:01:06,833 --> 00:01:11,271 こうしたことから この近くを抜けていったのではとも➡ 14 00:01:11,271 --> 00:01:14,107 近年考えられています。 15 00:01:14,107 --> 00:01:19,613 多くの苦難をくぐり抜け 伊勢・白子浜まで たどりついた家康は➡ 16 00:01:19,613 --> 00:01:21,949 舟で一路 三河へ。 17 00:01:21,949 --> 00:01:26,954 天下統一に向けた 新たな一歩が始まります。