1 00:00:02,202 --> 00:00:06,440 ♬~(歌声) 2 00:00:06,440 --> 00:00:12,946 革命の勝利を願って 応援歌を合唱する市民たち。 3 00:00:12,946 --> 00:00:16,783 これは 今から およそ30年前➡ 4 00:00:16,783 --> 00:00:21,788 1人の独裁者が倒される瞬間を 捉えた映像である。 5 00:00:35,636 --> 00:00:39,806 ルーマニアに君臨した チャウシェスク大統領と➡ 6 00:00:39,806 --> 00:00:43,010 その妻 エレナが連行される。 7 00:01:01,762 --> 00:01:07,935 この直後 夫妻は銃殺された。 8 00:01:07,935 --> 00:01:12,439 (銃声) 9 00:01:12,439 --> 00:01:14,374 (歓声) 10 00:01:14,374 --> 00:01:17,945 かつて 民衆に崇拝された 独裁者は➡ 11 00:01:17,945 --> 00:01:22,950 その民衆の手によって 葬り去られたのだった。 12 00:01:31,291 --> 00:01:36,597 20世紀 世界には 多くの独裁者が現れた。 13 00:01:40,634 --> 00:01:45,339 始まりは イタリアの この男だった。 14 00:01:59,486 --> 00:02:03,757 全体主義 ファシズムという言葉を 生み出した。 15 00:02:03,757 --> 00:02:08,095 民主主義に希望を失った大衆の 支持を集め➡ 16 00:02:08,095 --> 00:02:12,799 世界からも 偉大な指導者と たたえられた。 17 00:02:15,435 --> 00:02:20,941 第2次世界大戦を引き起こし 世界を地獄に突き落とした➡ 18 00:02:20,941 --> 00:02:22,943 ドイツの… 19 00:02:26,613 --> 00:02:29,516 大人から子どもまで 8,000万の国民が➡ 20 00:02:29,516 --> 00:02:32,319 その野望に運命を託した。 21 00:02:46,800 --> 00:02:52,105 そして ソビエトが生み出した 独裁者 スターリン。 22 00:03:06,086 --> 00:03:08,989 奇跡の経済成長を達成し➡ 23 00:03:08,989 --> 00:03:13,427 世界に 共産主義の力を見せつけた。 24 00:03:13,427 --> 00:03:17,931 だが それは 1,000万を超える命と引き換えに➡ 25 00:03:17,931 --> 00:03:19,966 手に入れたものだった。 26 00:03:19,966 --> 00:03:21,968 (銃声) 27 00:03:24,805 --> 00:03:29,943 救世主として 天使の顔で 人々の前に現れた彼らは➡ 28 00:03:29,943 --> 00:03:35,649 やがて 悪魔の顔をした 独裁者となっていった。 29 00:03:48,128 --> 00:03:52,966 世界各地のアーカイブスから 新たに発掘した映像で➡ 30 00:03:52,966 --> 00:03:56,470 百年の時を追体験する。 31 00:03:56,470 --> 00:04:09,583 ♬~ 32 00:04:09,583 --> 00:04:13,754 第9回は 3人の独裁者。 33 00:04:13,754 --> 00:04:20,560 世界を恐怖に陥れた男たちの 狂気の物語である。 34 00:04:39,880 --> 00:04:44,718 これは 自宅の庭で 家族とサッカーを楽しむ➡ 35 00:04:44,718 --> 00:04:48,588 1人の独裁者の映像である。 36 00:04:48,588 --> 00:04:50,891 イタリアの… 37 00:04:55,962 --> 00:04:59,466 ムッソリーニは リーダーとしての強さ➡ 38 00:04:59,466 --> 00:05:02,903 親しみやすい人間性を 映像によってアピールした➡ 39 00:05:02,903 --> 00:05:05,906 新しいタイプの政治家だった。 40 00:05:19,920 --> 00:05:22,422 ムッソリーニが掲げたのは➡ 41 00:05:22,422 --> 00:05:27,627 かつてのローマ帝国の威光を 取り戻す「強いイタリア」。 42 00:05:29,196 --> 00:05:35,402 国民は 救世主として この男に未来を託した。 43 00:06:03,396 --> 00:06:06,299 20世紀を揺るがす ファシズムは➡ 44 00:06:06,299 --> 00:06:12,305 1920年代前半 イタリア北部 ミラノで生まれた。 45 00:06:14,107 --> 00:06:18,812 これは そのころのミラノを 捉えた映像である。 46 00:06:21,248 --> 00:06:25,752 路面電車の間を行き交う 労働者たち。 47 00:06:25,752 --> 00:06:28,588 工業の町 ミラノは➡ 48 00:06:28,588 --> 00:06:35,262 当時 100万近い人口を擁する イタリア経済の中心地だった。 49 00:06:35,262 --> 00:06:38,098 そのミラノに現れたのが➡ 50 00:06:38,098 --> 00:06:41,134 黒いシャツを着た こわもての男たち。 51 00:06:41,134 --> 00:06:43,837 黒シャツ隊と呼ばれた。 52 00:06:47,107 --> 00:06:50,443 黒シャツ隊は ムッソリーニが作った➡ 53 00:06:50,443 --> 00:06:54,748 ファシスト党という政党の 武装組織であった。 54 00:06:57,617 --> 00:07:03,423 ファシストとは イタリア語で 結束する者を意味する。 55 00:07:03,423 --> 00:07:08,261 1人のリーダーのもとに 国民が結束し 服従する事で➡ 56 00:07:08,261 --> 00:07:12,465 秩序ある強い国を築こうと 呼びかけた。 57 00:07:15,902 --> 00:07:20,073 1921年に設立された ファシスト党は➡ 58 00:07:20,073 --> 00:07:24,778 僅か1年で 25万もの党員を集めた。 59 00:07:26,413 --> 00:07:31,084 そして 翌年の10月 数万の黒シャツ隊が武器を手に➡ 60 00:07:31,084 --> 00:07:35,388 首都 ローマに向け デモ行進を開始した。 61 00:07:37,957 --> 00:07:41,795 政府を威圧し 政権を譲り渡す事を求め➡ 62 00:07:41,795 --> 00:07:43,997 起こされたものだった。 63 00:07:47,634 --> 00:07:53,440 この行進は 後に ローマ進軍と呼ばれる。 64 00:08:29,576 --> 00:08:33,747 背景にあったのは 第1次世界大戦の直後から➡ 65 00:08:33,747 --> 00:08:37,951 イタリアを襲った 深刻な経済不況だった。 66 00:08:39,552 --> 00:08:44,858 各地で 労働者による暴動や ストライキが頻発。 67 00:08:47,260 --> 00:08:55,068 議会は 有効な政策を打ち出せず 国民の間に不満が高まっていた。 68 00:08:56,936 --> 00:09:00,206 海のものとも山のものとも 知れない ムッソリーニに➡ 69 00:09:00,206 --> 00:09:06,012 期待を寄せたのが イタリア国王 エマヌエーレ3世である。 70 00:09:06,012 --> 00:09:11,217 ムッソリーニは 国王からの信任を後ろ盾に➡ 71 00:09:11,217 --> 00:09:13,920 首相に任命された。 72 00:09:44,918 --> 00:09:48,788 ムッソリーニは 黒シャツ隊の 暴力をちらつかせて➡ 73 00:09:48,788 --> 00:09:53,927 選挙法を有利に改正し 過半数の議席を獲得するや➡ 74 00:09:53,927 --> 00:09:57,931 正式に独裁を宣言する。 75 00:10:01,267 --> 00:10:07,574 この独裁者には インテリで 努力家という一面もあった。 76 00:10:09,142 --> 00:10:13,279 裕福な農家に生まれ 高等教育を受けて➡ 77 00:10:13,279 --> 00:10:17,150 師範学校を首席で卒業。 78 00:10:17,150 --> 00:10:20,620 妻と子の待つ家に帰っても➡ 79 00:10:20,620 --> 00:10:24,324 新聞や書物を 読みふけっていたという。 80 00:10:31,631 --> 00:10:35,969 ムッソリーニは 議会政治が 解決できなかった問題に➡ 81 00:10:35,969 --> 00:10:42,842 精力的に取り組んでいった。 その一つが 食糧の増産だった。 82 00:10:42,842 --> 00:10:50,550 ムッソリーニは 事ある度に脱ぎ その意気込みを肉体で表した。 83 00:11:02,929 --> 00:11:08,268 このころ イタリアでは 小麦の 生産が人口の増加に追いつかず➡ 84 00:11:08,268 --> 00:11:11,571 消費の多くを輸入に頼っていた。 85 00:11:13,139 --> 00:11:16,943 そのため パンの価格が不安定となり➡ 86 00:11:16,943 --> 00:11:21,648 貧しい労働者の生活を 圧迫していた。 87 00:11:23,616 --> 00:11:28,955 ムッソリーニは 強権を発動して 干拓や植民を推し進め➡ 88 00:11:28,955 --> 00:11:31,958 農地を大幅に拡大。 89 00:11:34,294 --> 00:11:42,302 収穫量は 5年間で 1.5倍に増え 人々の生活は大きく改善した。 90 00:11:43,970 --> 00:11:50,977 また 労働者に職を与えるために ローマ市の大改造に着手した。 91 00:11:53,646 --> 00:11:57,317 ムッソリーニが掲げたのが イタリア人は➡ 92 00:11:57,317 --> 00:12:02,021 古代ローマ帝国の 末裔であるという物語。 93 00:12:03,923 --> 00:12:06,826 ローマ皇帝の石像を整備し➡ 94 00:12:06,826 --> 00:12:10,597 巨大遺跡 コロッセオを中心に 町をつくり替え➡ 95 00:12:10,597 --> 00:12:15,602 現在の観光都市 ローマの礎を築いた。 96 00:12:18,271 --> 00:12:24,577 腕をまっすぐ伸ばす このしぐさは いわゆる ローマ式敬礼。 97 00:12:26,145 --> 00:12:29,882 古代ローマ時代に行われたという 敬礼を➡ 98 00:12:29,882 --> 00:12:34,187 二千年の時を越え よみがえらせた。 99 00:12:36,289 --> 00:12:40,159 軍隊や公務員の正式な挨拶にも 定められ➡ 100 00:12:40,159 --> 00:12:43,463 市民の間に広まっていった。 101 00:12:48,868 --> 00:12:54,641 だが こうした独裁政治は 強い反発も招いた。 102 00:12:54,641 --> 00:13:01,247 画面右 鼻に包帯を巻いた ムッソリーニ。 103 00:13:01,247 --> 00:13:07,954 彼に向けて発射された銃弾が その鼻先をかすめたのだ。 104 00:13:11,891 --> 00:13:18,197 更に 5か月後 ムッソリーニは またも命を狙われた。 105 00:13:19,932 --> 00:13:25,605 その直後 ローマ市民の前に 姿を見せた時の映像である。 106 00:13:25,605 --> 00:13:30,309 暗殺の恐怖にひるまない決意を 示した。 107 00:13:55,601 --> 00:13:58,971 イタリアに活気を取り戻した 独裁者を➡ 108 00:13:58,971 --> 00:14:03,810 人々は ドゥーチェ すなわち 統帥と呼び➡ 109 00:14:03,810 --> 00:14:06,813 熱烈に支持した。 110 00:14:08,781 --> 00:14:11,250 ムッソリーニのもとには➡ 111 00:14:11,250 --> 00:14:15,555 20万通を超えるファンレターが 届いたという。 112 00:14:17,590 --> 00:14:22,295 その大部分が 女性からだった。 113 00:15:02,902 --> 00:15:07,206 この熱烈なラブレターを送った 少女の名は… 114 00:15:12,912 --> 00:15:15,815 成人後に ムッソリーニの愛人となり➡ 115 00:15:15,815 --> 00:15:19,118 生涯を彼にささげる。 116 00:15:21,921 --> 00:15:25,792 このころ ムッソリーニは どうすれば 独裁者は➡ 117 00:15:25,792 --> 00:15:28,594 国民に愛されるのかと 記者に問われ➡ 118 00:15:28,594 --> 00:15:31,297 こう答えている。 119 00:15:54,620 --> 00:15:59,292 世界もまた 民主主義が 行き詰まりを見せる中で➡ 120 00:15:59,292 --> 00:16:02,995 ファシズムを 好意的に捉えていた。 121 00:16:04,564 --> 00:16:07,900 既に このころ 世論の形成に➡ 122 00:16:07,900 --> 00:16:11,604 大きな影響を及ぼしていた ハリウッド。 123 00:16:14,774 --> 00:16:19,512 ムッソリーニが 政権をとった翌年 ローマを舞台にした➡ 124 00:16:19,512 --> 00:16:24,217 ラブ・ロマンス映画「永遠の都」が 製作された。 125 00:16:25,918 --> 00:16:29,789 日本でも公開された この映画の主人公は➡ 126 00:16:29,789 --> 00:16:34,494 黒シャツ隊をモデルにした 団体の一員。 127 00:16:37,530 --> 00:16:44,537 そして ムッソリーニ自ら 勤勉な イタリア首相の役を演じている。 128 00:16:50,943 --> 00:16:54,614 ムッソリーニは フランス語 ドイツ語➡ 129 00:16:54,614 --> 00:17:00,219 そして 英語を自在に操る 国際人でもあった。 130 00:17:00,219 --> 00:17:04,090 これは アメリカに住む イタリア移民に向けて➡ 131 00:17:04,090 --> 00:17:08,394 英語でメッセージを送った時の 映像である。 132 00:17:23,242 --> 00:17:25,912 後に イギリスの首相として➡ 133 00:17:25,912 --> 00:17:28,814 第2次世界大戦を戦う チャーチルは➡ 134 00:17:28,814 --> 00:17:34,820 ムッソリーニと言葉を交わし 人柄に魅了された一人だった。 135 00:17:55,608 --> 00:17:59,478 そして もう一人 ムッソリーニに憧れ➡ 136 00:17:59,478 --> 00:18:03,783 熱烈なラブコールを送る男がいた。 137 00:18:07,219 --> 00:18:11,891 イタリア・ベネチア郊外の飛行場に 降り立ったのは➡ 138 00:18:11,891 --> 00:18:15,227 アドルフ・ヒトラー。 139 00:18:15,227 --> 00:18:21,901 ナチ党を率い この前の年に ドイツ首相に就任していた。 140 00:18:21,901 --> 00:18:28,608 2人の出会いが 世界の運命を変える事になる。 141 00:19:00,206 --> 00:19:06,512 時は 2人の出会いの 10年前に遡る。 142 00:19:08,080 --> 00:19:13,219 34歳のヒトラー。 ミュンヘンを中心に活動する➡ 143 00:19:13,219 --> 00:19:19,091 小さな極右政党 ナチスの党首を務めていた。 144 00:19:19,091 --> 00:19:26,399 この映像が撮られた2か月後 ヒトラーは大きな賭けに出た。 145 00:19:28,234 --> 00:19:31,137 政権の転覆をもくろみ➡ 146 00:19:31,137 --> 00:19:35,141 ミュンヘンで 武装蜂起したのだ。 147 00:19:36,909 --> 00:19:41,247 この前年に ムッソリーニが行った ローマ進軍に➡ 148 00:19:41,247 --> 00:19:44,917 触発されたものだった。 149 00:19:44,917 --> 00:19:50,623 だが 反乱は鎮圧され ヒトラーは投獄される。 150 00:19:55,561 --> 00:20:00,933 権力を握るには 大衆の心をつかむしかない。 151 00:20:00,933 --> 00:20:06,806 出獄したヒトラーは その方法を探し始めた。 152 00:20:06,806 --> 00:20:11,510 手本としたのが ムッソリーニだった。 153 00:20:50,649 --> 00:20:54,320 ヒトラーは ムッソリーニを 模倣したスタイルを➡ 154 00:20:54,320 --> 00:20:57,990 次々と打ち出している。 155 00:20:57,990 --> 00:21:03,996 ナチスの公式の挨拶として ローマ式敬礼を採用。 156 00:21:06,265 --> 00:21:14,607 ナチスの武装組織 突撃隊は 黒シャツ隊がモデルであった。 157 00:21:14,607 --> 00:21:29,321 ♬~ 158 00:21:30,956 --> 00:21:36,829 ヒトラーの追い風となったのは 世界恐慌だった。 159 00:21:36,829 --> 00:21:43,536 ドイツでは 既成の政党が落ち込み 2つの政党が台頭する。 160 00:21:43,536 --> 00:21:47,239 ナチスと 共産党である。 161 00:21:51,277 --> 00:21:56,982 これは 両者のつばぜり合いを捉えた映像。 162 00:21:56,982 --> 00:22:00,853 ヒトラーにとって 革命を叫ぶ共産主義は➡ 163 00:22:00,853 --> 00:22:04,857 国家を分断する危険思想であった。 164 00:22:06,792 --> 00:22:12,798 ナチスは 総選挙で第1党となり ヒトラーは首相に就任。 165 00:22:14,934 --> 00:22:22,942 共産党に対する弾圧を開始し 党員を 次々と逮捕していった。 166 00:22:27,279 --> 00:22:33,152 更に 突撃隊の暴力をちらつかせて 議会を屈服させ➡ 167 00:22:33,152 --> 00:22:37,857 ナチスの一党独裁体制を確立した。 168 00:22:43,629 --> 00:22:46,298 そして ムッソリーニに倣い➡ 169 00:22:46,298 --> 00:22:51,604 自らを 総統 フューラーと呼ばせた。 170 00:22:57,309 --> 00:23:00,913 首相就任の翌年 念願かない➡ 171 00:23:00,913 --> 00:23:04,617 ヒトラーのイタリア訪問は 実現した。 172 00:23:06,252 --> 00:23:09,588 憧れのファシストに 初めて会った時➡ 173 00:23:09,588 --> 00:23:14,593 ヒトラーは その目に 涙を浮かべていたという。 174 00:23:17,263 --> 00:23:22,568 2人の関係を物語る 興味深い映像がある。 175 00:23:26,272 --> 00:23:29,608 自信満々のムッソリーニ。 176 00:23:29,608 --> 00:23:35,915 気後れしたヒトラーは 一歩前に出るように促されている。 177 00:23:59,972 --> 00:24:02,875 ヒトラーは 3日間の滞在中➡ 178 00:24:02,875 --> 00:24:08,180 ムッソリーニのカリスマ性に 圧倒され続けた。 179 00:24:10,916 --> 00:24:13,252 一方のムッソリーニは➡ 180 00:24:13,252 --> 00:24:18,257 ヒトラーを 学のない 成り上がり者と蔑んでいた。 181 00:24:44,216 --> 00:24:49,955 政権をとったヒトラーは しばしば 南ドイツの山荘に籠もり➡ 182 00:24:49,955 --> 00:24:53,258 政策のアイデアを練ったという。 183 00:24:55,828 --> 00:24:59,631 これは ヒトラーの恋人 エヴァ・ブラウンの➡ 184 00:24:59,631 --> 00:25:02,534 プライベート・フィルムである。 185 00:25:02,534 --> 00:25:04,903 ここには エヴァのほかに➡ 186 00:25:04,903 --> 00:25:10,909 ヒトラーが心を許した もう一つの存在が映されている。 187 00:25:35,868 --> 00:25:40,272 ヒトラーは ドイツ原産の ジャーマン・シェパードの中でも➡ 188 00:25:40,272 --> 00:25:44,576 特に 純血のものを愛したという。 189 00:25:46,945 --> 00:25:50,816 ヒトラーが 国民に求めたのは 忠誠心。 190 00:25:50,816 --> 00:25:55,120 そのために 目をつけたのが 子どもだった。 191 00:25:56,955 --> 00:26:00,826 国家への服従を意味する ローマ式敬礼を➡ 192 00:26:00,826 --> 00:26:06,832 教師と子どもの挨拶として 全国の学校に導入した。 193 00:26:09,234 --> 00:26:39,932 ♬~ 194 00:26:49,274 --> 00:26:53,946 ドイツの全青少年が ナチスの下部組織➡ 195 00:26:53,946 --> 00:26:58,951 ヒトラー・ユーゲントに 加入する事を義務づけた。 196 00:27:03,555 --> 00:27:07,426 これは ヒトラー・ユーゲントが 休日に行っていた➡ 197 00:27:07,426 --> 00:27:09,728 キャンプの様子である。 198 00:27:12,898 --> 00:27:16,568 少年たちは 親元を離れた この場で➡ 199 00:27:16,568 --> 00:27:23,275 ナチスの一員としての忠誠心を 植え付けられていった。 200 00:27:29,915 --> 00:27:34,253 そして 近い将来 ほかの民族を排除した➡ 201 00:27:34,253 --> 00:27:42,261 ドイツ人のための理想郷をつくる 戦いが始まると教え込まれた。 202 00:28:35,214 --> 00:28:43,222 この少年たちが ヒトラーの狂気を 最後まで支えていく事になる。 203 00:29:36,575 --> 00:29:41,446 そのころ ドイツの東では もう一人の独裁者が➡ 204 00:29:41,446 --> 00:29:44,449 権力を不動のものとしていた。 205 00:29:47,219 --> 00:29:54,226 共産主義を掲げる ソビエト連邦のスターリンである。 206 00:30:07,939 --> 00:30:14,246 スターリンは 共産党による 一党支配が生んだ独裁者だった。 207 00:30:19,951 --> 00:30:24,823 これは 1924年 ロシア革命を率いた➡ 208 00:30:24,823 --> 00:30:28,126 レーニンの葬儀の 映像である。 209 00:30:30,962 --> 00:30:35,300 この葬儀を取りしきったのが 共産党の事務方のトップ➡ 210 00:30:35,300 --> 00:30:39,604 書記長の地位にいた スターリンだった。 211 00:30:47,312 --> 00:30:51,983 レーニン亡きあとのソビエトの 指導者の座を狙っていたスターリンは➡ 212 00:30:51,983 --> 00:30:57,289 その最大のライバルを この葬儀に招いていなかった。 213 00:31:03,261 --> 00:31:07,132 その男の名は トロツキー。 214 00:31:07,132 --> 00:31:12,604 ロシア革命後 軍の指揮官として 反対勢力との内戦を戦い抜いた➡ 215 00:31:12,604 --> 00:31:16,308 レーニンと並ぶ英雄だった。 216 00:31:19,945 --> 00:31:23,615 そのトロツキーより 1歳年上のスターリンは➡ 217 00:31:23,615 --> 00:31:29,921 金や物資の調達係として 陰で革命を支えるのが役割だった。 218 00:31:33,291 --> 00:31:35,961 これは スターリンの死後➡ 219 00:31:35,961 --> 00:31:40,298 ソビエトで作られた ロシア革命の映画。 220 00:31:40,298 --> 00:31:44,636 スターリンは 現金を輸送する 銀行の馬車を襲い➡ 221 00:31:44,636 --> 00:31:49,641 革命の資金を手に入れる 汚れ仕事にも手を染めた。 222 00:31:55,280 --> 00:31:59,184 レーニンは トロツキーの方を信頼していた。 223 00:31:59,184 --> 00:32:02,120 それを示す映像がある。 224 00:32:02,120 --> 00:32:08,260 これは レーニンの死の 2年前に行われた革命記念式典。 225 00:32:08,260 --> 00:32:15,967 この日 壇上に登る大役を 任されたのは トロツキーだった。 226 00:32:18,603 --> 00:32:22,474 レーニンは 亡くなる直前に残した 遺書の中で➡ 227 00:32:22,474 --> 00:32:25,277 自分の後継者としての スターリンの資質に➡ 228 00:32:25,277 --> 00:32:28,280 疑問を投げかけている。 229 00:33:05,584 --> 00:33:08,486 スターリンの務める 書記長というポストは➡ 230 00:33:08,486 --> 00:33:13,191 ソビエト共産党の人事権を 一手に握っていた。 231 00:33:18,163 --> 00:33:20,932 スターリンは その権力を利用し➡ 232 00:33:20,932 --> 00:33:26,238 トロツキーに反感を持つ者たちで 指導部を固めていった。 233 00:33:29,274 --> 00:33:33,945 そして 革命を妨げる危険分子 という ぬれぎぬを着せて➡ 234 00:33:33,945 --> 00:33:39,651 軍の指揮権を奪い 全ての役職を解く事に成功した。 235 00:33:41,820 --> 00:33:48,293 これは トロツキー失脚の事実を 広めるために撮影された映像。 236 00:33:48,293 --> 00:33:52,597 両脇を秘密警察に固められている。 237 00:33:54,633 --> 00:33:57,969 トロツキーは 国外退去を命じられ➡ 238 00:33:57,969 --> 00:34:03,275 その後 亡命先のメキシコで 暗殺される。 239 00:34:20,592 --> 00:34:22,527 スターリンは トロツキーを➡ 240 00:34:22,527 --> 00:34:26,231 ソビエトの歴史からも 抹殺していった。 241 00:34:29,267 --> 00:34:33,605 その圧力は ソビエトが誇る 世界的な映画監督➡ 242 00:34:33,605 --> 00:34:36,608 エイゼンシュテインにも及んだ。 243 00:34:39,477 --> 00:34:41,479 ロシア革命を描き➡ 244 00:34:41,479 --> 00:34:46,952 今なお 不朽の名作といわれる 劇映画「十月」。 245 00:34:46,952 --> 00:34:50,956 トロツキー失脚の翌年に 公開された。 246 00:34:54,626 --> 00:34:57,963 スターリンは その編集作業の現場に現れ➡ 247 00:34:57,963 --> 00:35:02,667 トロツキーが登場するシーンを カットするよう命じた。 248 00:35:07,238 --> 00:35:11,109 これは カットされたそのシーン。 249 00:35:11,109 --> 00:35:16,581 トロツキーが民衆の先頭に立ち 革命を成功に導いた事実は➡ 250 00:35:16,581 --> 00:35:19,284 封印された。 251 00:35:29,928 --> 00:35:32,263 権力を握ったスターリンは➡ 252 00:35:32,263 --> 00:35:36,935 共産主義が資本主義よりも 優れている事を証明するために➡ 253 00:35:36,935 --> 00:35:39,637 力を注いでいく。 254 00:36:18,910 --> 00:36:24,916 スターリンが 国づくりの根幹に 位置づけたのが農業だった。 255 00:36:42,600 --> 00:36:46,938 当時 ソビエトの一部だった ウクライナなどの穀倉地帯では➡ 256 00:36:46,938 --> 00:36:52,944 農民たちの土地が国有化され 集団農場へ変えられていった。 257 00:36:57,282 --> 00:36:59,217 スターリンのねらいは➡ 258 00:36:59,217 --> 00:37:02,887 農業の生産性を上げて 輸出を増やし➡ 259 00:37:02,887 --> 00:37:07,892 そこで得た外貨を 重工業につぎ込む事にあった。 260 00:37:13,531 --> 00:37:16,434 スターリンは 僅か5年の間に➡ 261 00:37:16,434 --> 00:37:21,740 工業生産を2倍以上に高める という目標を掲げていた。 262 00:37:37,255 --> 00:37:39,591 スターリンは 全国各地で➡ 263 00:37:39,591 --> 00:37:43,928 巨大プロジェクトを 開始していった。 264 00:37:43,928 --> 00:37:49,267 この運河の建設に駆り出された 労働者は およそ20万。 265 00:37:49,267 --> 00:37:54,572 その多くが 農村から連行された囚人だった。 266 00:37:57,942 --> 00:38:00,211 スターリンの集団化政策は➡ 267 00:38:00,211 --> 00:38:04,215 農民たちの猛烈な反発を 招いていた。 268 00:38:07,552 --> 00:38:11,890 スターリンは 彼らに 人民の敵というレッテルを貼り➡ 269 00:38:11,890 --> 00:38:15,193 強制収容所へと送っていた。 270 00:38:20,565 --> 00:38:26,271 全国の収容所に送られたのは 1,500万人に及んだ。 271 00:39:01,873 --> 00:39:04,542 農民たちの犠牲の上に➡ 272 00:39:04,542 --> 00:39:09,214 ソビエト経済は 成長を遂げていった。 273 00:39:09,214 --> 00:39:13,551 外国から訪れた人々の目には ソビエトこそが➡ 274 00:39:13,551 --> 00:39:17,555 豊かで平等な理想の社会と映った。 275 00:39:19,891 --> 00:39:23,561 アイルランド出身の文豪 バーナード・ショーも➡ 276 00:39:23,561 --> 00:39:26,865 ソビエトをたたえた一人だった。 277 00:40:09,941 --> 00:40:13,611 しかし 実際には スターリンの国づくりは➡ 278 00:40:13,611 --> 00:40:17,282 見せかけのものだった。 279 00:40:17,282 --> 00:40:22,153 1932年 ウクライナは 深刻な不作に襲われ➡ 280 00:40:22,153 --> 00:40:25,957 割り当てられた小麦を納めるのが 困難という訴えが➡ 281 00:40:25,957 --> 00:40:28,960 モスクワに届いていた。 282 00:40:31,296 --> 00:40:37,635 しかし スターリンが命じたのは 情け容赦ない徴発だった。 283 00:40:37,635 --> 00:40:40,972 これは 秘密警察が農家を回り➡ 284 00:40:40,972 --> 00:40:44,976 隠された穀物を取り立てる 映像である。 285 00:40:51,316 --> 00:40:55,186 農民たちは 自分たちの なけなしの食糧さえも➡ 286 00:40:55,186 --> 00:40:58,890 輸出用に奪われていった。 287 00:41:35,293 --> 00:41:41,999 ウクライナだけで 300万を超える農民が 餓死していった。 288 00:41:44,302 --> 00:41:48,172 彼らは 最後まで 村を離れる事を許されず➡ 289 00:41:48,172 --> 00:41:53,177 国民にも この事実は隠され続けた。 290 00:41:58,316 --> 00:42:01,919 このころ スターリンの家庭生活も➡ 291 00:42:01,919 --> 00:42:04,922 破綻の危機にひんしていた。 292 00:42:06,591 --> 00:42:10,928 スターリンには 革命運動のさなかに 知り合い 結婚した➡ 293 00:42:10,928 --> 00:42:15,266 ナジェジダという妻がいた。 294 00:42:15,266 --> 00:42:18,169 熱心な共産党員だった ナジェジダは➡ 295 00:42:18,169 --> 00:42:21,139 夫の無慈悲な国家運営の 真相を知り➡ 296 00:42:21,139 --> 00:42:24,609 こうなじった。 297 00:42:24,609 --> 00:42:30,915 あなたは ロシアの全人民を苦しめている! 298 00:42:33,284 --> 00:42:37,622 そして ナジェジダは ピストルで心臓を撃ち抜き➡ 299 00:42:37,622 --> 00:42:40,525 命を絶った。 300 00:42:40,525 --> 00:42:43,528 抗議の自殺といわれている。 301 00:42:52,637 --> 00:42:56,641 これは ナジェジダの葬儀の映像である。 302 00:42:59,310 --> 00:43:05,616 この時の様子を スターリンの実の娘が 書き記している。 303 00:43:29,941 --> 00:43:35,279 父の溺愛を受け育った 娘のスベトラーナ。 304 00:43:35,279 --> 00:43:42,587 母の死を境に 父の猜疑心が 更に膨らんでいくのを感じていた。 305 00:44:18,256 --> 00:44:20,191 妻の死の2年後➡ 306 00:44:20,191 --> 00:44:25,129 スターリンを追い詰める 決定的事件が起きた。 307 00:44:25,129 --> 00:44:28,900 それは ソビエトの新しい指導部を選ぶ➡ 308 00:44:28,900 --> 00:44:32,603 共産党大会での事だった。 309 00:44:47,618 --> 00:44:52,490 (拍手) 310 00:44:52,490 --> 00:44:57,962 選挙権を持つ代議員1,059人のうち 300人近くが➡ 311 00:44:57,962 --> 00:45:01,666 スターリンに反対票を 投じたのである。 312 00:45:03,568 --> 00:45:09,574 投票は無記名で行われたため スターリンは強硬手段に出た。 313 00:45:11,909 --> 00:45:17,615 この場にいた代議員の半数近くを 処刑したのである。 314 00:45:20,585 --> 00:45:23,487 粛清の理由は さまざまだった。 315 00:45:23,487 --> 00:45:27,258 反革命分子。 外国のスパイ。 316 00:45:27,258 --> 00:45:32,563 しかし そのほとんどが 無実の罪だった。 317 00:46:01,125 --> 00:46:05,096 スターリンは 恐怖によって 人々を操り➡ 318 00:46:05,096 --> 00:46:09,400 支配していく政策を 推し進めていく。 319 00:46:14,572 --> 00:46:17,475 粛清の嵐は全国に広がり➡ 320 00:46:17,475 --> 00:46:23,914 対象は 共産党員から 軍人 知識人 一般市民まで➡ 321 00:46:23,914 --> 00:46:27,918 450万人に及んだ。 322 00:47:31,248 --> 00:47:36,587 そのころ ヨーロッパの西では 2人の独裁者が➡ 323 00:47:36,587 --> 00:47:39,590 急速に距離を縮めていた。 324 00:47:41,258 --> 00:47:44,161 1937年9月。 325 00:47:44,161 --> 00:47:48,132 かつて ヒトラーを道化師と あざけっていたムッソリーニが➡ 326 00:47:48,132 --> 00:47:51,435 初めて ベルリンを訪問した。 327 00:47:53,270 --> 00:47:56,173 国を挙げての歓迎を受けた ムッソリーニは➡ 328 00:47:56,173 --> 00:48:00,478 得意のドイツ語で 聴衆に語りかけた。 329 00:48:49,260 --> 00:48:52,163 ムッソリーニとヒトラー。 330 00:48:52,163 --> 00:48:58,869 2つの狂気は ヨーロッパを 地獄に突き落としていく。 331 00:49:16,220 --> 00:49:20,891 ベルリンを訪れる前の年 ムッソリーニの姿は➡ 332 00:49:20,891 --> 00:49:25,596 イタリア国内の 映画の撮影現場にあった。 333 00:49:27,765 --> 00:49:32,503 巨大なアフリカ象の軍団に…➡ 334 00:49:32,503 --> 00:49:36,440 たくましいローマの戦士たち。 335 00:49:36,440 --> 00:49:42,580 エキストラとして 陸軍一個師団 1万2,000人を動員し➡ 336 00:49:42,580 --> 00:49:47,284 ムッソリーニが 私財を投じて作らせた。 337 00:49:49,453 --> 00:49:51,589 この映画は➡ 338 00:49:51,589 --> 00:49:56,260 古代ローマと 北アフリカの カルタゴとの間で行われた➡ 339 00:49:56,260 --> 00:50:00,464 天下分け目の決戦を描いている。 340 00:50:02,066 --> 00:50:08,973 ローマの大軍が地中海を渡り 現在のチュニジアに上陸。 341 00:50:08,973 --> 00:50:15,279 巨大な象の軍団を擁する カルタゴに決戦を挑んだ。 342 00:50:20,451 --> 00:50:25,322 この戦いに勝利し 地中海の覇者となったローマに➡ 343 00:50:25,322 --> 00:50:29,627 ムッソリーニは 自らを重ねていた。 344 00:50:33,998 --> 00:50:40,704 このころ ムッソリーニも また アフリカに軍を進めていた。 345 00:50:43,474 --> 00:50:47,811 「地中海を再び我らの海に」という 号令の下➡ 346 00:50:47,811 --> 00:50:53,817 エチオピアに侵攻し 植民地とする事に成功した。 347 00:50:56,487 --> 00:51:00,925 それまで ファシズムを 称賛していた世界の国々は➡ 348 00:51:00,925 --> 00:51:09,099 警戒を強め ムッソリーニの行動を 激しく非難し始めた。 349 00:51:09,099 --> 00:51:12,603 だが 国際社会からの外圧は➡ 350 00:51:12,603 --> 00:51:16,941 かえって イタリア国民の 愛国心を刺激し➡ 351 00:51:16,941 --> 00:51:21,812 ムッソリーニの人気は 更に高まっていく。 352 00:51:21,812 --> 00:51:25,282 これは エチオピア戦争のさなか➡ 353 00:51:25,282 --> 00:51:30,454 ローマで行われた あるイベントの映像。 354 00:51:30,454 --> 00:51:32,957 戦争の資金にするため➡ 355 00:51:32,957 --> 00:51:37,127 指輪など 宝飾品を 国へ納めるよう➡ 356 00:51:37,127 --> 00:51:39,463 ムッソリーニが 呼びかけたところ➡ 357 00:51:39,463 --> 00:51:43,467 多くの人々が これに応えたのだ。 358 00:51:48,472 --> 00:51:50,975 代わりに はめてもらうのは➡ 359 00:51:50,975 --> 00:51:55,980 国への忠誠の証しとなる 鉄製の指輪。 360 00:52:00,651 --> 00:52:08,359 金製品だけでも 現在の価格で 1,500億円相当が集まった。 361 00:52:16,433 --> 00:52:19,737 (歓声) 362 00:52:22,773 --> 00:52:25,576 (歓声) 363 00:52:30,948 --> 00:52:34,151 (歓声) 364 00:52:41,291 --> 00:52:45,963 (歓声) 365 00:52:45,963 --> 00:52:48,999 一方のヒトラーも➡ 366 00:52:48,999 --> 00:52:53,504 領土拡大の野望を 実行に移していた。 367 00:52:55,305 --> 00:52:57,341 1938年には➡ 368 00:52:57,341 --> 00:53:02,546 ドイツと同じ民族の国家 オーストリアを併合。 369 00:53:05,416 --> 00:53:08,919 更に チェコスロバキアに対しても➡ 370 00:53:08,919 --> 00:53:14,425 ドイツ系住民が多く暮らす ズデーテン地方の割譲を要求し➡ 371 00:53:14,425 --> 00:53:18,429 戦争も辞さないと脅しをかけた。 372 00:53:31,775 --> 00:53:34,111 ヒトラーの強硬な態度に➡ 373 00:53:34,111 --> 00:53:38,816 チェコスロバキアは 総動員令を発令。 374 00:53:40,451 --> 00:53:43,353 イギリス フランスも 軍隊を動員して➡ 375 00:53:43,353 --> 00:53:50,160 臨戦態勢に入り 人々は 世界大戦の再来を恐れた。 376 00:53:56,300 --> 00:54:01,271 1938年9月 ドイツ・ミュンヘンに➡ 377 00:54:01,271 --> 00:54:04,041 イギリスとフランスの 首相が乗り込み➡ 378 00:54:04,041 --> 00:54:08,545 戦争回避に向けた 話し合いが行われた。 379 00:54:11,415 --> 00:54:17,921 この時 調停役を買って出たのが イタリアのムッソリーニであった。 380 00:54:23,026 --> 00:54:27,965 3か国語を操って 首脳たちの間を取り持ち➡ 381 00:54:27,965 --> 00:54:30,100 これ以上 ドイツは➡ 382 00:54:30,100 --> 00:54:32,936 領土拡大を求めない という条件で➡ 383 00:54:32,936 --> 00:54:37,241 ズデーテン地方の併合を 認めさせた。 384 00:54:40,277 --> 00:54:42,312 だが ムッソリーニは➡ 385 00:54:42,312 --> 00:54:45,616 ヒトラーが ここで立ち止まる事はないと➡ 386 00:54:45,616 --> 00:54:47,618 見抜いていた。 387 00:55:13,410 --> 00:55:17,247 一方 ヒトラーとの妥協の道を選んだ➡ 388 00:55:17,247 --> 00:55:21,919 イギリスとフランスにも 思惑があった。 389 00:55:21,919 --> 00:55:29,259 ドイツを ソビエトの共産主義拡大の 防波堤にする事だった。 390 00:55:29,259 --> 00:55:34,064 そのために ファシズムとの妥協を 選んだのだ。 391 00:55:36,767 --> 00:55:41,271 ヒトラーは チェコスロバキアに 軍を進めた 3か月後➡ 392 00:55:41,271 --> 00:55:46,476 少年時代を過ごした 故郷の村を訪ねている。 393 00:55:48,145 --> 00:55:53,450 ドイツ総統として帰還した ヒトラー。 394 00:55:53,450 --> 00:55:56,286 イギリス フランスの弱腰を見て➡ 395 00:55:56,286 --> 00:56:00,991 いよいよ 宿敵への憎悪をむき出しにする。 396 00:56:04,728 --> 00:56:07,231 それは ユダヤ人。 397 00:56:07,231 --> 00:56:11,435 そして 共産主義のソビエトだった。 398 00:56:32,756 --> 00:56:37,427 一方 ヒトラーを野放しにする 各国の思惑に➡ 399 00:56:37,427 --> 00:56:40,631 スターリンは警戒を強めていた。 400 00:57:04,521 --> 00:57:08,725 スターリンは 驚きの秘策に打って出る。 401 00:57:10,327 --> 00:57:17,034 ヒトラーに軍事同盟を持ちかけ 条約締結に こぎ着けたのである。 402 00:57:19,736 --> 00:57:24,608 不倶戴天の2人の独裁者が 手を組んだというニュースは➡ 403 00:57:24,608 --> 00:57:27,911 世界に衝撃を与えた。 404 00:57:29,913 --> 00:57:35,118 だが ヒトラーには 更なる思惑があった。 405 00:57:36,787 --> 00:57:39,423 スターリンの油断を誘い➡ 406 00:57:39,423 --> 00:57:43,593 その間に ソビエト侵攻の 足固めをしようと➡ 407 00:57:43,593 --> 00:57:45,896 もくろんでいたのだ。 408 00:58:07,918 --> 00:58:11,221 条約締結の9日後➡ 409 00:58:11,221 --> 00:58:16,393 ヒトラーは ポーランドに侵攻を開始。 410 00:58:16,393 --> 00:58:20,263 イギリス フランスが ドイツに宣戦布告し➡ 411 00:58:20,263 --> 00:58:24,568 第2次世界大戦が勃発する。 412 00:58:27,104 --> 00:58:31,408 ドイツは 1年もかからず パリを占領し➡ 413 00:58:31,408 --> 00:58:36,713 西ヨーロッパの大半を 支配下に治めていった。 414 00:58:48,825 --> 00:58:52,262 これを見て 参戦を決意したのが➡ 415 00:58:52,262 --> 00:58:57,267 日和見を決め込んでいた ムッソリーニだった。 416 00:59:27,898 --> 00:59:30,567 言われるまでもなく ヒトラーは➡ 417 00:59:30,567 --> 00:59:37,274 宿敵 ソビエト征服の野望を 解き放とうとしていた。 418 01:00:03,934 --> 01:00:10,273 1941年6月 ヒトラーは条約を一方的に破り➡ 419 01:00:10,273 --> 01:00:17,280 300万のドイツ軍が ソビエトの 大地に なだれ込んでいった。 420 01:00:22,285 --> 01:00:27,958 ヒトラーとスターリン。 2人の独裁者の激突は➡ 421 01:00:27,958 --> 01:00:33,263 4,000万に上る犠牲者を 生む事となる。 422 01:00:48,979 --> 01:00:53,850 モスクワ郊外にある スターリンの別荘。 423 01:00:53,850 --> 01:00:57,654 ヒトラーに だまされた スターリンは茫然自失となり➡ 424 01:00:57,654 --> 01:01:02,359 開戦後 ここに 引きこもっていた。 425 01:01:07,464 --> 01:01:09,933 ドイツ軍の突然の攻撃を受け➡ 426 01:01:09,933 --> 01:01:13,937 ソビエト軍の前線は 総崩れとなった。 427 01:01:17,607 --> 01:01:21,278 スターリンの粛清で 多くの軍幹部が処刑され➡ 428 01:01:21,278 --> 01:01:25,982 組織的な戦闘が不可能と なっていた事も理由だった。 429 01:01:30,620 --> 01:01:35,292 ウクライナでは 異常な事態が起きていた。 430 01:01:35,292 --> 01:01:40,630 かつて 300万の餓死者を出した この地では 反ソビエト感情から➡ 431 01:01:40,630 --> 01:01:46,636 住民が ドイツ軍を解放者として 迎えたのである。 432 01:01:53,209 --> 01:01:57,180 開戦から10日が過ぎ ようやく スターリンは➡ 433 01:01:57,180 --> 01:02:01,484 ラジオを通して 国民に語りかけた。 434 01:02:31,281 --> 01:02:34,618 だが 高い士気を誇る ドイツ軍を前に➡ 435 01:02:34,618 --> 01:02:40,624 ソビエト軍将兵は 次々と武器を捨て 捕虜となった。 436 01:02:42,959 --> 01:02:49,265 その数は 最初の半年間だけで 300万人に上った。 437 01:02:51,301 --> 01:02:53,970 捕虜たちは 容赦なく処刑され➡ 438 01:02:53,970 --> 01:02:59,976 あるいは 飢えと寒さの中で 重労働を強いられた。 439 01:03:03,246 --> 01:03:07,584 更に ドイツ軍が ソビエト上空から まいたビラが➡ 440 01:03:07,584 --> 01:03:10,887 スターリンを追い詰める。 441 01:03:12,455 --> 01:03:18,161 ドイツ軍将校と写るのは スターリンの息子 ヤコフ。 442 01:03:22,932 --> 01:03:25,602 陸軍中尉として従軍していた ヤコフが➡ 443 01:03:25,602 --> 01:03:29,606 ドイツ軍の捕虜になったのだ。 444 01:03:31,474 --> 01:03:35,612 ビラには こう書かれていた。 445 01:03:35,612 --> 01:03:40,283 「ソビエトの将兵よ。 スターリンの 息子も捕虜となった。➡ 446 01:03:40,283 --> 01:03:44,587 今すぐ武器を捨てて 投降せよ」。 447 01:03:46,956 --> 01:03:51,294 だが ドイツとの戦いに 覚悟を決めていたスターリンは➡ 448 01:03:51,294 --> 01:03:54,631 動じなかった。 449 01:03:54,631 --> 01:03:57,934 すぐさま 次の命令を出した。 450 01:04:14,584 --> 01:04:21,458 息子 ヤコフの家族といえども 例外とはしなかった。 451 01:04:21,458 --> 01:04:24,928 妻 ユリヤは 夫が捕虜となった事で➡ 452 01:04:24,928 --> 01:04:30,633 3歳になる娘を残し 収容所へ送られた。 453 01:04:33,603 --> 01:04:38,475 スターリンの戦いへの決意を示す 映像がある。 454 01:04:38,475 --> 01:04:43,480 軍の崩壊を食い止めるため 派遣された特別部隊。 455 01:04:45,949 --> 01:04:50,820 画面奥で戦う歩兵を 後方から監視する この部隊は➡ 456 01:04:50,820 --> 01:04:56,826 撤退する味方を発見したら 射殺するよう命じられていた。 457 01:05:00,463 --> 01:05:04,234 退路を断たれ 戦うしかなくなった ソビエト軍は➡ 458 01:05:04,234 --> 01:05:07,937 猛烈な反撃を開始した。 459 01:05:39,135 --> 01:05:44,441 独ソ両軍の死闘を尻目に ほくそ笑む男がいた。 460 01:05:46,609 --> 01:05:51,614 ヒトラーをソビエト攻撃へと たきつけた ムッソリーニである。 461 01:05:53,950 --> 01:05:56,853 これは 独ソ戦開始の2か月後➡ 462 01:05:56,853 --> 01:06:02,158 ソビエト領内にいるドイツ軍を 慰問した時の映像だ。 463 01:06:05,228 --> 01:06:07,897 ムッソリーニは ヒトラーを➡ 464 01:06:07,897 --> 01:06:13,203 ソビエト侵攻に向かわせた真意を こう語っている。 465 01:06:37,894 --> 01:06:44,601 独ソ戦は ロシアの厳しい冬の 到来とともに 転機を迎えた。 466 01:06:44,601 --> 01:06:48,271 戦争は3か月で終わると ヒトラーが豪語したため➡ 467 01:06:48,271 --> 01:06:54,611 ドイツ軍には 冬の装備が満足になかった。 468 01:06:54,611 --> 01:06:58,481 それまで 戦いを 有利に進めていたドイツ軍は➡ 469 01:06:58,481 --> 01:07:03,486 厳しい寒さの中 敗退を重ねていく。 470 01:07:16,566 --> 01:07:20,236 ヒトラーは 国のために 死んでいった者たちを➡ 471 01:07:20,236 --> 01:07:24,574 厳かに弔った。 472 01:07:24,574 --> 01:07:30,914 この日は ソビエト戦線で戦死した 将軍の遺族が招かれた。 473 01:07:30,914 --> 01:07:35,618 ヒトラーは 厳粛な面持ちで その死を悼んだ。 474 01:07:53,603 --> 01:07:56,940 国内では 生活物資が不足し始めていたが➡ 475 01:07:56,940 --> 01:08:02,645 国民は 前線の兵士に お菓子など プレゼントを贈った。 476 01:08:04,213 --> 01:08:11,220 ヒトラーは 全ての国民が 一体となり 戦い抜く事を求めた。 477 01:08:14,857 --> 01:08:18,561 だが 戦争開始から 2度目の冬を迎える頃➡ 478 01:08:18,561 --> 01:08:22,565 戦況は 更に悪化していく。 479 01:08:28,905 --> 01:08:31,207 (砲撃音) 480 01:08:33,242 --> 01:08:37,113 ソビエト南部 独裁者の名が付けられた町➡ 481 01:08:37,113 --> 01:08:41,117 スターリングラード。 482 01:08:41,117 --> 01:08:45,588 この町の占領を命じられた 100万のドイツ軍将兵は➡ 483 01:08:45,588 --> 01:08:52,295 ソビエト軍に包囲され 飢えと寒さで次々と倒れていった。 484 01:09:21,224 --> 01:09:26,562 司令部にいるヒトラーのもとには もはや降伏しかないという➡ 485 01:09:26,562 --> 01:09:31,434 前線からの悲痛な訴えが 届いていた。 486 01:09:31,434 --> 01:09:36,439 しかし ヒトラーは 降伏も撤退も認めなかった。 487 01:09:59,929 --> 01:10:07,737 しかし 残った10万の将兵は 生きる事を選び 投降した。 488 01:10:14,777 --> 01:10:18,281 投降を決めた 指揮官のパウルスは➡ 489 01:10:18,281 --> 01:10:24,587 この前日 ヒトラーによって 元帥の地位を与えられていた。 490 01:10:26,956 --> 01:10:32,295 それまで ドイツの元帥で 敵に降伏した者はいない。 491 01:10:32,295 --> 01:10:35,331 これは 潔く死を選べという➡ 492 01:10:35,331 --> 01:10:38,634 ヒトラーからの メッセージだったといわれる。 493 01:10:43,806 --> 01:10:48,311 怒り狂ったヒトラーは パウルスの身柄を引き渡すよう➡ 494 01:10:48,311 --> 01:10:51,114 スターリンに求めたといわれる。 495 01:10:53,149 --> 01:10:55,818 交渉の切り札としたのが➡ 496 01:10:55,818 --> 01:11:01,324 捕虜にしたスターリンの息子 ヤコフとの交換だった。 497 01:11:03,426 --> 01:11:08,097 この年 17歳となっていた 娘のスベトラーナに➡ 498 01:11:08,097 --> 01:11:11,901 スターリンは こう言い放った。 499 01:11:43,633 --> 01:11:49,305 これは ヤコフの最期の姿を写した写真。 500 01:11:49,305 --> 01:11:53,142 父が取引を断ったと知った ヤコフは➡ 501 01:11:53,142 --> 01:11:58,347 収容所の鉄条網に突っ込み 感電死した。 502 01:12:01,851 --> 01:12:08,424 スターリングラードの戦いを境に 戦場では ヒトラーを見限り➡ 503 01:12:08,424 --> 01:12:11,627 降伏するドイツ兵が増えていった。 504 01:12:16,766 --> 01:12:20,636 スターリンは 自らの勝利を国民に誇るため➡ 505 01:12:20,636 --> 01:12:25,441 ドイツ軍捕虜を行進させ 見せしめにした。 506 01:12:29,111 --> 01:12:34,817 モスクワ市民は ただ黙って 彼らを見つめていた。 507 01:13:26,302 --> 01:13:32,775 相次ぐ裏切りに 孤立を深めていくヒトラー。 508 01:13:32,775 --> 01:13:35,811 その心を慰めたのが➡ 509 01:13:35,811 --> 01:13:41,017 愛犬 ジャーマン・シェパードの ブロンディだった。 510 01:13:43,119 --> 01:13:46,155 作戦司令部に籠もる日々の中➡ 511 01:13:46,155 --> 01:13:49,659 芸を仕込むのを楽しみとしていた。 512 01:14:12,148 --> 01:14:14,750 そんなヒトラーのもとに➡ 513 01:14:14,750 --> 01:14:18,954 イタリアから 驚がくの知らせが 飛び込んできた。 514 01:14:48,451 --> 01:14:54,323 1943年7月 ムッソリーニは失脚し➡ 515 01:14:54,323 --> 01:15:00,629 9月 新政府は 連合軍に対し降伏した。 516 01:15:30,059 --> 01:15:32,962 これは 降伏の4日後➡ 517 01:15:32,962 --> 01:15:38,467 イタリアに侵入した ドイツ軍特殊部隊の映像である。 518 01:15:40,803 --> 01:15:47,109 彼らの目的は 幽閉された ムッソリーニの奪還であった。 519 01:15:50,379 --> 01:15:54,116 だが このころ ムッソリーニは➡ 520 01:15:54,116 --> 01:16:00,322 体調の不調を訴え 頬もこけ 再起の野望を失っていた。 521 01:16:04,727 --> 01:16:11,033 救出されたムッソリーニを ヒトラーは司令部に迎えた。 522 01:16:13,402 --> 01:16:19,208 そして イタリア北部に 新たな政府を開くよう求め➡ 523 01:16:19,208 --> 01:16:21,510 こう脅した。 524 01:16:34,590 --> 01:16:40,096 ムッソリーニは かつて ファシスト党が旗揚げをした➡ 525 01:16:40,096 --> 01:16:44,800 ミラノの近郊を 新たな拠点に選んだ。 526 01:16:52,274 --> 01:16:58,147 ミラノの劇場で 民衆を前に 語りかけるムッソリーニの➡ 527 01:16:58,147 --> 01:17:01,150 最後の映像が残されている。 528 01:17:22,071 --> 01:17:28,878 だが もはや人々の心をつかむ事は できなかった。 529 01:17:30,579 --> 01:17:37,887 4か月後 ムッソリーニは 蜂起した民衆に捕まり 殺された。 530 01:17:40,256 --> 01:17:44,426 1945年4月29日➡ 531 01:17:44,426 --> 01:17:49,932 ムッソリーニの遺体が ミラノの広場に運び込まれた。 532 01:17:53,769 --> 01:17:58,941 傍らには 最後まで行動を共にした愛人➡ 533 01:17:58,941 --> 01:18:02,444 クララ・ペタッチの姿があった。 534 01:18:05,047 --> 01:18:08,551 人々から愛された ファシストは➡ 535 01:18:08,551 --> 01:18:13,556 人々の目が覚めた途端 葬り去られた。 536 01:18:48,591 --> 01:18:54,763 ヒトラーにも 最後の時が近づいていた。 537 01:18:54,763 --> 01:19:01,036 首都 ベルリン防衛のため 60歳までの一般市民を徴兵して➡ 538 01:19:01,036 --> 01:19:04,840 国民突撃隊が結成された。 539 01:19:06,542 --> 01:19:12,848 だが 満足な武器は与えられず 戦意も低かった。 540 01:19:16,051 --> 01:19:19,088 最後まで 忠実だったのが➡ 541 01:19:19,088 --> 01:19:22,891 ヒトラー・ユーゲントの 若者たちだった。 542 01:19:43,912 --> 01:19:56,925 ♬~ 543 01:19:58,927 --> 01:20:02,798 これは ベルリン陥落の直前➡ 544 01:20:02,798 --> 01:20:07,503 ヒトラーを映した 最後の映像である。 545 01:20:09,938 --> 01:20:16,278 勇敢に戦った少年兵に 勲章を与えるヒトラー。 546 01:20:16,278 --> 01:20:21,984 君たちだけが頼りだと 声をかけ続けた。 547 01:20:43,972 --> 01:20:48,644 1945年4月30日。 548 01:20:48,644 --> 01:20:52,514 ソビエト軍が ヒトラーの潜む地下壕の➡ 549 01:20:52,514 --> 01:20:55,818 すぐ近くまで迫っていた。 550 01:20:57,653 --> 01:21:02,925 絶望したヒトラーは 愛犬のブロンディを毒殺し➡ 551 01:21:02,925 --> 01:21:06,929 エヴァと共に自殺した。 552 01:21:11,266 --> 01:21:14,603 独裁者 最後の命令は➡ 553 01:21:14,603 --> 01:21:20,309 遺体を跡形もなく燃やせ というものだった。 554 01:21:24,613 --> 01:21:27,950 ヒトラーの死の知らせは➡ 555 01:21:27,950 --> 01:21:32,654 モスクワにいるスターリンに 届けられた。 556 01:22:24,606 --> 01:22:32,614 6年間にわたった ヨーロッパの 第2次世界大戦が幕を閉じた。 557 01:22:35,617 --> 01:22:40,489 世界を揺るがせた3人の独裁者。 558 01:22:40,489 --> 01:22:47,196 ただ一人 スターリンだけが この地獄を生き抜いた。 559 01:22:54,636 --> 01:23:01,243 1949年12月 モスクワ ボリショイ劇場で➡ 560 01:23:01,243 --> 01:23:06,949 スターリン 70歳の誕生日を祝う 式典が開かれた。 561 01:23:19,261 --> 01:23:25,968 この日 スターリンの隣に 席を与えられたのは 毛沢東。 562 01:23:31,273 --> 01:23:34,176 3か月前に建国した➡ 563 01:23:34,176 --> 01:23:38,881 中華人民共和国の 初代国家元首である。 564 01:23:48,824 --> 01:23:53,962 (拍手) 565 01:23:53,962 --> 01:24:00,669 毛沢東は スターリンの独裁政治に 憧れを抱いていた。 566 01:24:24,593 --> 01:24:27,930 スターリンのもとには➡ 567 01:24:27,930 --> 01:24:33,635 共産主義を掲げる 世界のリーダーが 次々と訪れた。 568 01:24:52,955 --> 01:25:00,262 1953年 スターリンは 74歳で この世を去った。 569 01:25:06,902 --> 01:25:11,406 その栄光が 無数の犠牲の上に 築かれたものだと➡ 570 01:25:11,406 --> 01:25:15,610 明らかになったのは 死の3年後。 571 01:25:17,913 --> 01:25:21,583 スターリンの後継者 フルシチョフが行った➡ 572 01:25:21,583 --> 01:25:24,886 スターリン批判がきっかけだった。 573 01:25:43,839 --> 01:25:45,807 (拍手) 574 01:25:45,807 --> 01:25:48,276 以後 ソビエトでは➡ 575 01:25:48,276 --> 01:25:51,613 スターリンの独裁政治は 完全に否定され➡ 576 01:25:51,613 --> 01:25:54,916 名声は地に落ちた。 577 01:25:56,485 --> 01:25:59,488 スターリンの死から14年後➡ 578 01:25:59,488 --> 01:26:05,193 一人のソビエト人女性が アメリカの飛行場に降り立った。 579 01:26:07,562 --> 01:26:11,566 スターリンの娘 スベトラーナ。 580 01:26:14,236 --> 01:26:20,942 父の築いたソビエトの政治体制に 失望し 亡命を決意した。 581 01:26:24,579 --> 01:26:30,252 アメリカで結婚して 子どもを産み この地で生涯を送った彼女は➡ 582 01:26:30,252 --> 01:26:34,956 父の時代を振り返り こう述べている。 583 01:27:03,885 --> 01:27:10,759 第2次世界大戦終結から 70年となる 2015年のモスクワ。 584 01:27:10,759 --> 01:27:16,465 プーチン大統領は 対ドイツ戦の 勝利を祝うパレードを➡ 585 01:27:16,465 --> 01:27:19,768 盛大に執り行った。 586 01:27:21,436 --> 01:27:27,576 プーチンのロシアでは スターリンの再評価が進んでいる。 587 01:27:27,576 --> 01:27:33,582 世界は再び 独裁者を求めているのだろうか。 588 01:28:18,226 --> 01:28:29,237 ♬~ 589 01:28:29,237 --> 01:28:55,530 ♬~