1 00:00:03,103 --> 00:00:07,808 南シナ海を漂う 1艘のボート。 2 00:00:09,443 --> 00:00:14,448 人々が 上空のカメラに 助けを求めている。 3 00:00:16,950 --> 00:00:20,654 祖国 ベトナムを捨てた 難民である。 4 00:00:29,529 --> 00:00:31,498 ベトナム戦争によって➡ 5 00:00:31,498 --> 00:00:35,302 社会主義政権に統一された ベトナム。 6 00:00:35,302 --> 00:00:37,971 祖国に居場所を失った80万人が➡ 7 00:00:37,971 --> 00:00:42,276 ボートに乗り込み 決死の亡命を試みた。 8 00:00:55,989 --> 00:01:01,995 海上に逃れた難民のうち 10人に1人が死亡したといわれる。 9 00:01:04,431 --> 00:01:09,636 その惨状は 海のアウシュビッツと呼ばれた。 10 00:01:14,141 --> 00:01:16,143 20世紀は➡ 11 00:01:16,143 --> 00:01:21,848 数千万の人々が祖国を追われた 難民の世紀でもあった。 12 00:01:29,656 --> 00:01:34,494 国際社会に初めて 難民問題の深刻さを知らしめた➡ 13 00:01:34,494 --> 00:01:37,497 1920年代の… 14 00:01:42,169 --> 00:01:45,973 初代難民高等弁務官 ナンセンは➡ 15 00:01:45,973 --> 00:01:51,678 難民の映像を公開し 世界に支援を求めた。 16 00:02:02,089 --> 00:02:07,260 名を上げたのは スペイン内戦の写真だった。 17 00:02:07,260 --> 00:02:11,765 自由のために戦った末 難民となった人々を➡ 18 00:02:11,765 --> 00:02:14,768 撮影し続けた。 19 00:02:17,437 --> 00:02:24,311 ナチスのホロコーストによって 600万人が犠牲となったユダヤ人。 20 00:02:24,311 --> 00:02:28,148 生き延びた人々は 海を渡り➡ 21 00:02:28,148 --> 00:02:32,619 パレスチナに 新国家 イスラエルを打ち立てた。 22 00:02:32,619 --> 00:02:37,124 しかし それは 新たな難民を生む。 23 00:02:38,792 --> 00:02:44,097 住みかを奪われた 70万のパレスチナ難民である。 24 00:02:46,299 --> 00:02:50,804 世界に惨状を訴えるために 彼らが選んだのは➡ 25 00:02:50,804 --> 00:02:53,306 テロリズムだった。 26 00:02:53,306 --> 00:02:56,610 (爆発音) 27 00:03:14,928 --> 00:03:21,101 そして 21世紀の今も 悲劇は続いている。 28 00:03:21,101 --> 00:03:27,874 世界は 百年以上も抱える難問を 解決できないでいる。 29 00:03:27,874 --> 00:03:39,953 ♬~ 30 00:03:39,953 --> 00:03:42,789 「映像の世紀プレミアム」。 31 00:03:42,789 --> 00:03:45,692 世界中のアーカイブスから集めた 映像で➡ 32 00:03:45,692 --> 00:03:49,296 百年の歴史を追体験する。 33 00:03:49,296 --> 00:04:00,907 ♬~ 34 00:04:00,907 --> 00:04:06,913 第10回は 難民の希望への旅路。 35 00:04:08,582 --> 00:04:15,922 祖国を追われた人々の 悲しみと勇気の物語である。 36 00:04:15,922 --> 00:04:29,936 ♬~ 37 00:04:31,471 --> 00:04:39,179 映像に 初めて難民が登場するのは 第一次世界大戦である。 38 00:04:42,149 --> 00:04:48,455 これは 第一次世界大戦で生まれた ユダヤ難民の映像。 39 00:04:48,455 --> 00:04:51,291 ロシアで撮影された。 40 00:04:51,291 --> 00:04:54,795 数世紀にわたって 差別されてきた彼らは➡ 41 00:04:54,795 --> 00:04:58,298 敵への内通を恐れた ロシア軍によって➡ 42 00:04:58,298 --> 00:05:01,501 住みかを追われた。 43 00:05:03,069 --> 00:05:05,906 収穫間近だった畑は➡ 44 00:05:05,906 --> 00:05:08,808 侵入してくる敵のドイツ軍に 渡らないよう➡ 45 00:05:08,808 --> 00:05:12,679 全て燃やされた。 46 00:05:12,679 --> 00:05:18,985 大戦中に難民化したユダヤ人は 25万に上る。 47 00:05:20,921 --> 00:05:26,092 ロシアのロマノフ王朝に 虐げられた ユダヤ人の多くが➡ 48 00:05:26,092 --> 00:05:31,798 帝政の打倒を目指す革命運動に 身を投じた。 49 00:05:33,834 --> 00:05:40,941 1917年 ロシア革命によって ロマノフ王朝は崩壊。 50 00:05:40,941 --> 00:05:46,947 史上初の社会主義政権 ソビエトが成立する。 51 00:05:50,283 --> 00:05:55,789 万人の平等を掲げ ユダヤ人差別の撤廃を訴える➡ 52 00:05:55,789 --> 00:05:59,593 レーニンの貴重な音声が 残っている。 53 00:06:18,578 --> 00:06:21,915 しかし 革命から3年後➡ 54 00:06:21,915 --> 00:06:27,220 ソビエトは 未曽有の難民危機に見舞われる。 55 00:06:30,590 --> 00:06:35,428 干ばつが引き金となって 深刻な飢饉が発生し➡ 56 00:06:35,428 --> 00:06:41,434 3,000万もの人々が 食料を求めて 難民化したのだ。 57 00:06:44,604 --> 00:06:47,941 誕生間もないソビエト政府は➡ 58 00:06:47,941 --> 00:06:52,646 飢饉に対する解決策を 打ち出せなかった。 59 00:06:54,281 --> 00:07:00,487 難民救済のために 国際連盟は 一人の男を指名した。 60 00:07:02,022 --> 00:07:08,228 初代難民高等弁務官 フリチョフ・ナンセンである。 61 00:07:20,740 --> 00:07:24,577 ナンセンは グリーンランドのスキー横断や➡ 62 00:07:24,577 --> 00:07:29,783 北極探査に挑んできた ノルウェーの探検家であった。 63 00:07:31,918 --> 00:07:37,424 絵葉書になるほど ヨーロッパに 名声をとどろかせていた。 64 00:07:41,261 --> 00:07:47,067 探検家としての ぬきんでた実績と 困難にも動じない精神力が➡ 65 00:07:47,067 --> 00:07:50,570 国際連盟に見込まれたのである。 66 00:07:53,440 --> 00:07:57,310 ナンセンは 飢餓に苦しむソビエトに入り➡ 67 00:07:57,310 --> 00:08:03,316 飢えた人々のもとを訪ね歩いて 惨状を詳しく調べた。 68 00:08:10,390 --> 00:08:13,293 干ばつによって食料を失い➡ 69 00:08:13,293 --> 00:08:16,262 土を食べるほど 飢えていた人々は➡ 70 00:08:16,262 --> 00:08:20,567 村を捨て 当てもなく さまよっていた。 71 00:08:23,103 --> 00:08:28,808 そこへ 記録的な大寒波が 追い打ちをかける。 72 00:08:30,577 --> 00:08:34,748 飢えと寒さ そして 伝染病によって➡ 73 00:08:34,748 --> 00:08:38,952 多くの人々が 命を落としていった。 74 00:09:16,890 --> 00:09:22,062 ナンセンは ソビエトへ 5,000万ドルの援助を送るよう➡ 75 00:09:22,062 --> 00:09:26,566 国際連盟に提案した。 76 00:09:26,566 --> 00:09:32,238 しかし その提案は却下された。 77 00:09:32,238 --> 00:09:38,044 国際連盟は 難民への支援が ソビエト政府に流れる事で➡ 78 00:09:38,044 --> 00:09:44,250 ヨーロッパの政治的均衡が 揺らぐ事を恐れていたのである。 79 00:09:58,364 --> 00:10:01,267 これに対して ナンセンは➡ 80 00:10:01,267 --> 00:10:07,474 あくまで 人道的観点からの救済を 訴え続けた。 81 00:10:47,847 --> 00:10:53,153 しかし 国際連盟の結論は 変わらなかった。 82 00:10:53,153 --> 00:10:59,359 窮地に追い込まれたナンセンは 新たな計画を実行に移す。 83 00:11:08,635 --> 00:11:14,274 それは 難民の惨状を記録した 映画を製作し➡ 84 00:11:14,274 --> 00:11:18,778 民間からの寄付金集めに 使う事だった。 85 00:11:45,638 --> 00:11:49,142 映画は ナンセンと そのスタッフの➡ 86 00:11:49,142 --> 00:11:52,645 現地での苦闘ぶりも伝えている。 87 00:12:51,471 --> 00:12:56,809 この映画は 欧米だけでなく 日本でも公開され➡ 88 00:12:56,809 --> 00:13:03,116 現在の価値で およそ 4,000万ドル以上の寄付を集めた。 89 00:13:05,251 --> 00:13:11,057 民間だけでなく ナンセンの活動に 賛同した国もあった。 90 00:13:11,057 --> 00:13:15,261 アメリカである。 91 00:13:15,261 --> 00:13:20,433 後に大統領となる 商務長官 ハーバート・フーバーの下で➡ 92 00:13:20,433 --> 00:13:25,938 ソビエトへの救援活動が 開始された。 93 00:13:25,938 --> 00:13:29,809 フーバーは 6,000万ドル以上をつぎ込み➡ 94 00:13:29,809 --> 00:13:35,114 トウモロコシや小麦 牛乳を アメリカ全土から集め➡ 95 00:13:35,114 --> 00:13:37,817 ソビエトに送った。 96 00:13:42,288 --> 00:13:47,493 支援物資の総量は 1,000万人分に上った。 97 00:13:51,964 --> 00:13:55,301 しかし フーバーの動機は➡ 98 00:13:55,301 --> 00:14:01,007 ナンセンの掲げた人道精神とは 別のところにあった。 99 00:14:47,954 --> 00:14:50,289 当時 アメリカでは➡ 100 00:14:50,289 --> 00:14:54,460 過剰に生産された食料が 値崩れを起こし➡ 101 00:14:54,460 --> 00:14:58,464 深刻な不況を引き起こしていた。 102 00:15:00,266 --> 00:15:05,571 フーバーは 余った食料を 国外に放出する事で➡ 103 00:15:05,571 --> 00:15:08,474 食料価格の下落を食い止め➡ 104 00:15:08,474 --> 00:15:12,478 経済の立て直しを図ったのである。 105 00:15:14,914 --> 00:15:20,253 フーバーの支援は 1,000万に及ぶソビエトの人々を➡ 106 00:15:20,253 --> 00:15:24,123 飢餓から救う事になった。 107 00:15:24,123 --> 00:15:29,595 しかし ソビエト政府は 感謝を示す事なく➡ 108 00:15:29,595 --> 00:15:34,267 アメリカの支援は ソビエトの内情を探るためだと➡ 109 00:15:34,267 --> 00:15:36,969 国民に伝えた。 110 00:15:38,938 --> 00:15:45,278 結局 民間からの寄付に アメリカからの支援を加えても➡ 111 00:15:45,278 --> 00:15:51,284 ソビエトの飢餓難民全てを 救う事はできなかった。 112 00:15:54,287 --> 00:15:56,956 大飢饉の2年後。 113 00:15:56,956 --> 00:16:00,226 難民救済への尽力が評価され➡ 114 00:16:00,226 --> 00:16:05,097 ナンセンは ノーベル平和賞を受賞する。 115 00:16:05,097 --> 00:16:10,403 だが その受賞の弁は 怒りにあふれていた。 116 00:16:52,945 --> 00:17:00,753 この大飢饉で亡くなった人々は およそ900万ともいわれる。 117 00:17:00,753 --> 00:17:07,460 ソビエトの農業生産が回復し 飢餓状態が収束するまでには➡ 118 00:17:07,460 --> 00:17:10,763 2年の歳月を要した。 119 00:17:12,899 --> 00:17:15,801 それから 17年後。 120 00:17:15,801 --> 00:17:18,571 国際政治は またしても➡ 121 00:17:18,571 --> 00:17:22,441 無数の難民を見捨てる悲劇を 起こす。 122 00:17:22,441 --> 00:17:26,145 場所は スペインだった。 123 00:17:36,122 --> 00:17:41,794 彼らは 内戦に敗れ 国を追われたスペイン人である。 124 00:17:41,794 --> 00:17:44,263 兵士や その家族など➡ 125 00:17:44,263 --> 00:17:50,136 およそ50万が フランスに なだれ込んだ。 126 00:17:50,136 --> 00:17:55,875 自由を求めて戦った末に 故郷を追われた人々の➡ 127 00:17:55,875 --> 00:17:59,879 苦難の物語である。 128 00:18:13,893 --> 00:18:18,764 第二次世界大戦直前の1936年➡ 129 00:18:18,764 --> 00:18:22,768 スペイン全土で 内戦の火の手が上がった。 130 00:18:24,904 --> 00:18:30,242 スペイン内戦は 世界各国の ジャーナリストが最前線に入り➡ 131 00:18:30,242 --> 00:18:36,248 本格的な戦場報道が行われた 初めての戦争であった。 132 00:18:38,117 --> 00:18:40,586 ♬~ 133 00:18:40,586 --> 00:18:45,257 これは 1937年に アメリカで公開された➡ 134 00:18:45,257 --> 00:18:49,562 ドキュメンタリー映画 「スペインの大地」。 135 00:18:51,597 --> 00:18:53,532 語りを務めたのは➡ 136 00:18:53,532 --> 00:18:57,536 作家のアーネスト・ヘミングウェイ である。 137 00:18:59,472 --> 00:19:01,407 アメリカ人のヘミングウェイも➡ 138 00:19:01,407 --> 00:19:06,412 最前線で取材を行った ジャーナリストの一人だった。 139 00:19:17,757 --> 00:19:24,063 スペイン内戦では 2つの勢力が 国を二分して戦っていた。 140 00:19:27,433 --> 00:19:31,904 ヘミングウェイが従軍したのは 共和国政府。 141 00:19:31,904 --> 00:19:35,574 選挙によって選ばれた 社会主義の流れをくむ➡ 142 00:19:35,574 --> 00:19:38,277 左派政権である。 143 00:19:56,862 --> 00:20:00,266 弱者の権利の拡大を掲げた 共和国には➡ 144 00:20:00,266 --> 00:20:06,272 世界の人々が賛同を寄せ 民兵となって戦った。 145 00:20:31,230 --> 00:20:35,634 共和国に反旗を翻し 内戦を引き起こしたのが➡ 146 00:20:35,634 --> 00:20:39,638 フランコ将軍率いる軍部である。 147 00:20:42,308 --> 00:20:48,614 地主や資産家の支持を受け 強力な軍備を保持していた。 148 00:20:50,649 --> 00:20:54,520 更に フランコには 大きな後ろ盾があった。 149 00:20:54,520 --> 00:20:59,525 ドイツで政権を握ったばかりの ヒトラーである。 150 00:21:02,261 --> 00:21:08,968 ヒトラーは 社会主義の拡大を 防ぐという名目で 内戦に介入。 151 00:21:13,272 --> 00:21:18,978 ゲルニカをはじめとする各都市に 激しい爆撃を行った。 152 00:21:20,613 --> 00:21:23,949 そこには 新しく創設した空軍の➡ 153 00:21:23,949 --> 00:21:28,654 実戦テストを行うという思惑が 潜んでいた。 154 00:21:32,291 --> 00:21:34,627 多くのスペイン市民が➡ 155 00:21:34,627 --> 00:21:39,331 ドイツ軍の最新鋭の爆撃機の 犠牲となっていった。 156 00:21:44,637 --> 00:21:51,510 しかし 共和国の窮状に 国際社会は冷淡だった。 157 00:21:51,510 --> 00:21:54,313 イギリス フランスなどの国々は➡ 158 00:21:54,313 --> 00:21:59,018 戦火の飛び火を恐れ 傍観を決め込んだ。 159 00:22:40,292 --> 00:22:44,163 そんな中で発表された 一枚の報道写真が➡ 160 00:22:44,163 --> 00:22:47,867 反ファシズムのシンボルとなる。 161 00:22:49,969 --> 00:22:54,974 アメリカの雑誌「ライフ」に 掲載された… 162 00:22:57,309 --> 00:23:01,580 今日では撮影状況について 疑問も呈されているが➡ 163 00:23:01,580 --> 00:23:05,251 共和国の民兵が撃たれた瞬間を 捉えた写真は➡ 164 00:23:05,251 --> 00:23:09,255 世界に センセーションを巻き起こした。 165 00:23:13,125 --> 00:23:15,895 撮影者は アメリカ出身の➡ 166 00:23:15,895 --> 00:23:19,598 ロバート・キャパと名乗る カメラマン。 167 00:23:19,598 --> 00:23:26,305 後に 20世紀最高の戦場写真家と 賞される男である。 168 00:23:28,941 --> 00:23:31,844 キャパの名を 一躍 世界に知らしめた➡ 169 00:23:31,844 --> 00:23:34,280 「崩れ落ちる兵士」について➡ 170 00:23:34,280 --> 00:23:39,985 本人が アメリカのラジオ番組で 語った肉声が発見された。 171 00:24:30,269 --> 00:24:34,940 彗星のごとく現れた すご腕カメラマン キャパ。 172 00:24:34,940 --> 00:24:40,646 しかし その正体は 貧しいユダヤ難民だった。 173 00:24:42,281 --> 00:24:45,951 本名は エンドレ・フリードマン。 174 00:24:45,951 --> 00:24:48,287 ハンガリーで 洋服店を営む➡ 175 00:24:48,287 --> 00:24:51,957 ユダヤ人の家庭に生まれた。 176 00:24:51,957 --> 00:24:55,828 ベルリンで カメラマンとして 働き始めた20歳の頃➡ 177 00:24:55,828 --> 00:25:01,133 ユダヤ人迫害から逃れ ヨーロッパを放浪する身となった。 178 00:25:04,236 --> 00:25:09,108 そのやさきに起きたのが スペイン内戦だった。 179 00:25:09,108 --> 00:25:13,245 ファシズムにあらがう人々に 自らを重ね➡ 180 00:25:13,245 --> 00:25:16,248 キャパは 戦場に身を投じた。 181 00:25:24,590 --> 00:25:31,263 これは 取材に赴くキャパの背中を 偶然 捉えた写真。 182 00:25:31,263 --> 00:25:35,267 右隣に 女性を伴っていた。 183 00:25:41,273 --> 00:25:45,144 キャパの恋人の 女性カメラマンである。 184 00:25:45,144 --> 00:25:49,148 彼女もまた ドイツ生まれのユダヤ人だった。 185 00:25:49,148 --> 00:25:54,286 ナチスの迫害によって 祖国を追われていた。 186 00:25:54,286 --> 00:25:58,157 アメリカ人の売れっ子カメラマン ロバート・キャパという➡ 187 00:25:58,157 --> 00:26:03,462 架空の人格を考えたのは ゲルダだったともいわれる。 188 00:26:06,565 --> 00:26:09,234 ユダヤ人である事を隠し➡ 189 00:26:09,234 --> 00:26:13,238 写真を売り込みやすくするための 戦略だった。 190 00:26:49,608 --> 00:26:51,944 ゲルダも 果敢な取材で➡ 191 00:26:51,944 --> 00:26:54,847 臨場感あふれる写真を 数多く撮影し➡ 192 00:26:54,847 --> 00:26:59,151 そのいくつかは キャパの名義で発表した。 193 00:27:01,220 --> 00:27:04,556 キャパの名は 反ファシズムの象徴として➡ 194 00:27:04,556 --> 00:27:07,559 世界中に広まった。 195 00:27:29,581 --> 00:27:33,085 しかし スペイン内戦を 取材し始めてから➡ 196 00:27:33,085 --> 00:27:37,589 1年がたった ある日 キャパを悲劇が襲う。 197 00:27:39,258 --> 00:27:43,128 恋人のゲルダが 取材中に 戦車にひかれ➡ 198 00:27:43,128 --> 00:27:45,931 命を落としたのである。 199 00:27:45,931 --> 00:27:48,934 26歳だった。 200 00:27:53,272 --> 00:27:57,609 キャパに ゲルダの死を伝えた 新聞編集長が➡ 201 00:27:57,609 --> 00:28:00,612 その時の様子を記している。 202 00:28:28,574 --> 00:28:30,909 ゲルダの死の翌年。 203 00:28:30,909 --> 00:28:36,248 共和国の首都 バルセロナには フランコ軍が迫った。 204 00:28:36,248 --> 00:28:40,919 内戦は フランコ軍勝利に 決しつつあった。 205 00:28:40,919 --> 00:28:44,590 共和国軍が敗れていく中で キャパは➡ 206 00:28:44,590 --> 00:28:47,593 新しい被写体に出会った。 207 00:28:50,462 --> 00:28:53,599 バルセロナの避難所に 身を寄せていた➡ 208 00:28:53,599 --> 00:28:56,902 難民の少女である。 209 00:29:42,914 --> 00:29:45,584 バルセロナの陥落が迫ると➡ 210 00:29:45,584 --> 00:29:50,589 大勢の人々が フランスへの亡命を目指した。 211 00:29:52,457 --> 00:29:57,462 キャパの被写体は 兵士から難民へと移っていく。 212 00:30:31,963 --> 00:30:36,635 しかし 戦場の劇的さに欠ける 難民の写真は➡ 213 00:30:36,635 --> 00:30:38,570 「崩れ落ちる兵士」のような➡ 214 00:30:38,570 --> 00:30:42,574 センセーションを 巻き起こす事はなかった。 215 00:30:45,310 --> 00:30:49,648 バルセロナが陥落しても ヨーロッパ各国は➡ 216 00:30:49,648 --> 00:30:55,320 不干渉政策を貫き 救いの手を 差し伸べる事はなかった。 217 00:30:55,320 --> 00:31:00,592 多くの難民が 冬のピレネー山脈を徒歩で越え➡ 218 00:31:00,592 --> 00:31:03,295 フランスへと逃れた。 219 00:31:07,933 --> 00:31:12,938 寒さに耐え切れず 命を落とす者もいた。 220 00:31:19,277 --> 00:31:21,947 命からがら フランスにたどりついても➡ 221 00:31:21,947 --> 00:31:27,252 待っていたのは 邪魔者として扱われる日々だった。 222 00:32:25,277 --> 00:32:28,613 不干渉政策をとる フランス政府は➡ 223 00:32:28,613 --> 00:32:33,952 急ごしらえの難民キャンプに 人々を押し込んだ。 224 00:32:33,952 --> 00:32:40,258 難民キャンプには水道もなく 食料も不足していた。 225 00:32:43,628 --> 00:32:49,634 難民は 次々と疫病にかかり 命を落としていった。 226 00:32:53,305 --> 00:32:56,641 3年にわたって続いた スペイン内戦は➡ 227 00:32:56,641 --> 00:33:01,646 ファシズムを掲げる フランコ将軍の勝利に終わった。 228 00:33:04,249 --> 00:33:10,121 この内戦が生んだ難民は およそ50万。 229 00:33:10,121 --> 00:33:17,429 多くの人は 祖国 スペインの土を 二度と踏む事はなかった。 230 00:33:24,936 --> 00:33:30,275 一方 その東のドイツでは ヒトラーが独裁体制を固め➡ 231 00:33:30,275 --> 00:33:33,979 軍事大国への道を 駆け上っていた。 232 00:33:37,616 --> 00:33:42,487 そして ヒトラーの狂気は 世界最悪の惨劇を生む。 233 00:33:42,487 --> 00:33:47,792 600万のユダヤ人を虐殺した ホロコーストである。 234 00:33:51,162 --> 00:34:11,249 ♬~ 235 00:34:11,249 --> 00:34:14,152 ♬~(歌声) 236 00:34:14,152 --> 00:34:19,591 ユダヤ人の子どもたちが合唱する 歌の名は「希望」。 237 00:34:19,591 --> 00:34:23,461 後のイスラエル国歌である。 238 00:34:23,461 --> 00:34:49,588 ♬~ 239 00:34:49,588 --> 00:34:53,959 ダビデの地とは ユダヤ教の聖典である➡ 240 00:34:53,959 --> 00:34:59,664 「旧約聖書」に書かれた 中東 パレスチナの事である。 241 00:35:01,766 --> 00:35:07,238 国家を持たず 世界各地に離散して 暮らすユダヤ人は➡ 242 00:35:07,238 --> 00:35:12,911 長きにわたって 社会で差別される存在だった。 243 00:35:12,911 --> 00:35:19,918 人々の その差別意識に つけ込んだのが ヒトラーである。 244 00:35:36,601 --> 00:35:41,940 ナチスが製作した この映画は ユダヤ人をネズミに例え➡ 245 00:35:41,940 --> 00:35:46,644 社会の諸悪の根源に 仕立て上げている。 246 00:36:01,893 --> 00:36:08,233 ヒトラーは ユダヤ人の財産を 没収し 公職からも追放。 247 00:36:08,233 --> 00:36:13,538 あからさまな人種差別政策を 徹底していく。 248 00:36:15,573 --> 00:36:18,476 こうしたナチスの迫害に対して➡ 249 00:36:18,476 --> 00:36:23,448 僅かながらも 声を上げるユダヤ人がいた。 250 00:36:23,448 --> 00:36:28,153 ドイツの科学者 アインシュタインである。 251 00:36:51,943 --> 00:36:56,281 新聞は ナチスが アインシュタインの首に➡ 252 00:36:56,281 --> 00:37:00,985 5,000ドルの懸賞金をかけたと 報じた。 253 00:37:02,887 --> 00:37:05,223 アインシュタインの別荘は➡ 254 00:37:05,223 --> 00:37:11,229 武器を隠しているという ぬれぎぬで 強制捜査を受けた。 255 00:37:13,098 --> 00:37:18,103 アインシュタインは 妻を連れて国外に避難した。 256 00:37:21,239 --> 00:37:25,910 これは ベルギーに身を寄せていた アインシュタインを捉えた➡ 257 00:37:25,910 --> 00:37:29,614 貴重なニュースフィルムである。 258 00:38:24,569 --> 00:38:31,876 ヒトラー政権下で 国外へ逃れた ユダヤ人は 34万に上った。 259 00:38:35,580 --> 00:38:40,285 アインシュタインは アメリカに亡命。 260 00:38:42,253 --> 00:38:47,258 ユダヤ難民の救済を世界に訴えた。 261 00:39:27,232 --> 00:39:33,538 しかし 国際社会は ユダヤ難民を放置した。 262 00:39:35,907 --> 00:39:39,244 それを象徴する事件が起きる。 263 00:39:39,244 --> 00:39:47,118 1939年5月 ドイツを出航した 豪華客船 セントルイス号。 264 00:39:47,118 --> 00:39:51,422 およそ900人のユダヤ難民を 乗せていた。 265 00:39:54,259 --> 00:39:58,596 財産と引き換えに 高額なチケットを手に入れ➡ 266 00:39:58,596 --> 00:40:02,600 アメリカへの亡命を 目指したのだった。 267 00:40:08,606 --> 00:40:11,276 まずは キューバに上陸し➡ 268 00:40:11,276 --> 00:40:15,613 そこで アメリカから 入国許可が下りるのを待つ➡ 269 00:40:15,613 --> 00:40:18,316 手はずになっていた。 270 00:40:20,952 --> 00:40:24,289 しかし 2週間の航海を経て➡ 271 00:40:24,289 --> 00:40:27,625 キューバにたどりついた彼らを 待っていたのは➡ 272 00:40:27,625 --> 00:40:31,296 信じ難い知らせだった。 273 00:40:31,296 --> 00:40:36,167 キューバ政府は 乗客1人当たり500ドル➡ 274 00:40:36,167 --> 00:40:42,640 全員で50万ドル近くになる 法外な保証金を払わない限り➡ 275 00:40:42,640 --> 00:40:47,512 上陸を拒否すると 通告してきたのである。 276 00:40:47,512 --> 00:40:52,317 アメリカ政府も 手を差し伸べる事はなかった。 277 00:40:52,317 --> 00:40:59,324 アメリカ移住を夢みた彼らは ヨーロッパに引き返すしかなかった。 278 00:41:29,153 --> 00:41:35,860 それでも 国際社会は 何の手も打たなかった。 279 00:41:35,860 --> 00:41:43,601 これは セントルイス号出航の前年 フランスで開催された国際会議。 280 00:41:43,601 --> 00:41:53,277 アメリカやイギリスなど 32か国の代表が ユダヤ難民問題を話し合った。 281 00:41:53,277 --> 00:41:59,584 参加国は 口々に ユダヤ難民への同情を表明した。 282 00:42:06,824 --> 00:42:12,597 しかし 実際に ユダヤ難民の 受け入れを表明する国は➡ 283 00:42:12,597 --> 00:42:15,900 ほとんど現れなかった。 284 00:42:19,470 --> 00:42:24,942 これは ヨーロッパに戻った セントルイス号の様子を伝える➡ 285 00:42:24,942 --> 00:42:28,246 アメリカのニュース映像である。 286 00:42:45,263 --> 00:42:49,634 アメリカのユダヤ人団体による 必死の陳情もあり➡ 287 00:42:49,634 --> 00:42:52,303 900人余りの乗客は➡ 288 00:42:52,303 --> 00:42:57,175 イギリス フランス オランダ ベルギーの4か国に 受け入れられ➡ 289 00:42:57,175 --> 00:43:01,179 ドイツへの帰国を免れた。 290 00:43:11,789 --> 00:43:15,927 しかし 運命は残酷だった。 291 00:43:15,927 --> 00:43:19,797 3か月後に始まった 第二次世界大戦によって➡ 292 00:43:19,797 --> 00:43:25,503 イギリスを除く3か国は ヒトラーの支配下に入ったのだ。 293 00:43:28,506 --> 00:43:34,512 これは オランダに作られた ユダヤ人収容所の映像。 294 00:43:42,153 --> 00:43:47,291 セントルイス号から オランダに上陸したユダヤ人は➡ 295 00:43:47,291 --> 00:43:49,627 181人いた。 296 00:43:49,627 --> 00:43:55,500 そのほとんどが この収容所に送られた。 297 00:43:55,500 --> 00:43:59,303 彼らは 更に ここを経由して➡ 298 00:43:59,303 --> 00:44:04,308 アウシュビッツなどの 強制収容所に送られていった。 299 00:44:11,582 --> 00:44:16,254 ドイツの占領地域には 中継収容所と呼ばれる➡ 300 00:44:16,254 --> 00:44:23,127 こうした施設が 次々に作られ ユダヤ人を待機させていた。 301 00:44:23,127 --> 00:44:29,800 このフランスの中継収容所から アウシュビッツに送られた母親が➡ 302 00:44:29,800 --> 00:44:35,106 知人に託した子どもたちに送った 手紙が残っている。 303 00:45:24,922 --> 00:45:40,271 ♬~ 304 00:45:40,271 --> 00:45:43,608 セントルイス号の乗客の大部分も➡ 305 00:45:43,608 --> 00:45:48,312 強制収容所で最期を迎えた。 306 00:45:56,187 --> 00:45:59,957 アメリカに亡命した ユダヤ人哲学者➡ 307 00:45:59,957 --> 00:46:04,962 ハンナ・アーレントは 後に こう述べている。 308 00:46:53,177 --> 00:46:58,949 ナチスのユダヤ人迫害に 行動を起こさなかった世界が➡ 309 00:46:58,949 --> 00:47:04,655 その実態を知ったのは 戦後になってからであった。 310 00:47:07,224 --> 00:47:11,095 ナチスによって 死に追いやられたユダヤ人は➡ 311 00:47:11,095 --> 00:47:15,099 600万に上るといわれている。 312 00:47:18,836 --> 00:47:23,240 同胞を救う事ができなかった アインシュタインは➡ 313 00:47:23,240 --> 00:47:27,945 ホロコーストについて こう書き残した。 314 00:48:07,752 --> 00:48:15,059 そして 大戦の終結は 新たな難民を生み出す。 315 00:48:19,230 --> 00:48:23,100 これは ドイツ軍の 捕虜となっていた兵士や➡ 316 00:48:23,100 --> 00:48:27,905 強制労働のために ドイツに 連れてこられていた民間人が➡ 317 00:48:27,905 --> 00:48:33,911 一斉に故郷に戻る様子を伝える 記録映画である。 318 00:49:18,222 --> 00:49:21,125 ヒトラー亡きあとの ヨーロッパでは➡ 319 00:49:21,125 --> 00:49:26,831 前代未聞の難民の大移動が 始まっていた。 320 00:49:32,770 --> 00:49:35,773 この混乱を収拾するために➡ 321 00:49:35,773 --> 00:49:43,914 連合国は 大規模な難民送還事業を展開した。 322 00:49:43,914 --> 00:49:47,785 ドイツに 砲弾や大砲を 運び込んできた➡ 323 00:49:47,785 --> 00:49:53,490 貨物列車に難民を乗せ 故郷へと送り返した。 324 00:49:55,926 --> 00:50:01,799 あまりの難民の多さに 軍用輸送機まで駆り出された。 325 00:50:01,799 --> 00:50:08,806 1,500機が 毎日 3万6,000人を ピストン輸送した。 326 00:50:11,942 --> 00:50:16,614 しかし 最も過酷な運命を たどったのは➡ 327 00:50:16,614 --> 00:50:21,318 戦争を始めた ドイツ人自身だった。 328 00:50:25,623 --> 00:50:28,526 ナチスの領土拡大とともに➡ 329 00:50:28,526 --> 00:50:32,296 ヨーロッパ各地に 移住していたドイツ人は➡ 330 00:50:32,296 --> 00:50:37,167 敗戦と同時に しれつな報復を受ける。 331 00:50:37,167 --> 00:50:43,307 これは 終戦直後の チェコスロバキアで撮影された映像。 332 00:50:43,307 --> 00:50:46,210 スピーカーを通して 市民に➡ 333 00:50:46,210 --> 00:50:50,915 ドイツ人への報復が 呼びかけられた。 334 00:50:53,951 --> 00:51:01,659 ドイツ語で書かれた店の看板は 全て壊され 塗り潰された。 335 00:51:03,928 --> 00:51:09,934 連合国は この迫害を黙認した。 336 00:51:24,949 --> 00:51:31,288 ドイツ国外にいた 1,000万以上の ドイツ人が難民となり➡ 337 00:51:31,288 --> 00:51:36,961 飢えと病に苦しみながら 祖国を目指した。 338 00:51:36,961 --> 00:51:42,833 彼らは 道中でも 地元の人々や 兵士による➡ 339 00:51:42,833 --> 00:51:46,537 凄惨な暴力にさらされた。 340 00:52:38,622 --> 00:52:45,963 多くのドイツ難民が 故郷に戻るまでに命を落とした。 341 00:52:45,963 --> 00:52:51,301 その数は 200万に上るともいわれる。 342 00:52:51,301 --> 00:52:56,974 たとえ 生きて帰れたとしても 待っていたのは➡ 343 00:52:56,974 --> 00:53:01,278 廃虚と化した故郷であった。 344 00:53:09,253 --> 00:53:14,124 そして ナチスのホロコーストを 生き延びたユダヤ人は➡ 345 00:53:14,124 --> 00:53:20,130 ヨーロッパを離れ 地中海に船を走らせた。 346 00:53:23,600 --> 00:53:29,273 目指したのは 「旧約聖書」に 約束の地と書かれた➡ 347 00:53:29,273 --> 00:53:31,975 パレスチナだった。 348 00:54:11,248 --> 00:54:20,557 しかし 彼らの悲願の実現が 新たな難民を生み出す事になる。 349 00:54:34,471 --> 00:54:38,475 時は 20年前に遡る。 350 00:54:40,277 --> 00:54:44,148 これは 1920年ごろに撮影された➡ 351 00:54:44,148 --> 00:54:48,452 パレスチナに上陸する ユダヤ人の映像である。 352 00:54:51,889 --> 00:54:55,292 世界各地に散らばっていた ユダヤ人は➡ 353 00:54:55,292 --> 00:55:00,597 19世紀末から パレスチナに移住を始めていた。 354 00:55:02,099 --> 00:55:06,236 ユダヤ教の聖地 シオンから名前を取り➡ 355 00:55:06,236 --> 00:55:11,241 この移住運動は シオニズムと呼ばれた。 356 00:55:13,911 --> 00:55:16,814 当時 パレスチナに暮らしていたのは➡ 357 00:55:16,814 --> 00:55:20,517 イスラム教を信じる アラブ人である。 358 00:55:24,254 --> 00:55:29,593 シオニズムは 初めは 緩やかな移住運動であった。 359 00:55:29,593 --> 00:55:32,930 アラブ人も ユダヤ人を警戒せずに➡ 360 00:55:32,930 --> 00:55:37,267 新たな隣人として受け入れていた。 361 00:55:37,267 --> 00:55:39,603 当時の両者の関係を➡ 362 00:55:39,603 --> 00:55:43,941 うかがい知る事のできる映像が ある。 363 00:55:43,941 --> 00:55:46,610 これは ユダヤ人である➡ 364 00:55:46,610 --> 00:55:51,281 イギリス総督の長男の 結婚式の映像。 365 00:55:51,281 --> 00:55:56,620 式は アラブの伝統にのっとって 行われた。 366 00:55:56,620 --> 00:56:00,891 アラブの頭巾をかぶせられる ユダヤ人の新郎。 367 00:56:00,891 --> 00:56:05,195 大勢のアラブ人参列者に 祝福された。 368 00:56:09,900 --> 00:56:13,570 初期のシオニズムを 後押しした人物の一人が➡ 369 00:56:13,570 --> 00:56:16,874 アインシュタインであった。 370 00:56:19,243 --> 00:56:26,950 これは 1925年に建設された ヘブライ大学の開校式の映像。 371 00:56:29,253 --> 00:56:32,589 アインシュタインが アメリカを講演して回り➡ 372 00:56:32,589 --> 00:56:36,460 建設資金を集めた。 373 00:56:36,460 --> 00:56:40,264 ユダヤ人とアラブ人が 共存する未来を➡ 374 00:56:40,264 --> 00:56:43,967 アインシュタインは 思い描いていた。 375 00:57:12,562 --> 00:57:17,234 しかし やがて シオニズムの中で パレスチナから➡ 376 00:57:17,234 --> 00:57:20,904 アラブ人を排除し ユダヤ人だけの 国家を作ろうという➡ 377 00:57:20,904 --> 00:57:24,207 強硬派の考えが台頭する。 378 00:57:27,244 --> 00:57:31,915 その急先鋒だったのが 後に イスラエル初代首相となる➡ 379 00:57:31,915 --> 00:57:35,218 ダヴィド・ベングリオンである。 380 00:57:58,608 --> 00:58:04,915 1930年代 ユダヤ人の入植は急増する。 381 00:58:14,558 --> 00:58:19,229 ヒトラーの迫害が始まり ユダヤ人が 我先にと➡ 382 00:58:19,229 --> 00:58:22,232 パレスチナに押し寄せたのである。 383 00:58:44,921 --> 00:58:47,824 ベングリオンは ロスチャイルドなど➡ 384 00:58:47,824 --> 00:58:51,595 ユダヤ系財閥の援助を得て 貧しいアラブ人から➡ 385 00:58:51,595 --> 00:58:55,899 土地を買い上げ 街を拡大させていった。 386 00:59:23,894 --> 00:59:26,563 この1930年代に➡ 387 00:59:26,563 --> 00:59:30,901 アラブ人とユダヤ人の対立は 一気に加速する。 388 00:59:30,901 --> 00:59:33,570 パレスチナを統治していた イギリスが➡ 389 00:59:33,570 --> 00:59:39,443 ユダヤとアラブの双方に ここに 国家の建設を約束していたのだ。 390 00:59:39,443 --> 00:59:44,147 争いは 泥沼の様相を呈した。 391 01:00:10,340 --> 01:00:16,446 事態の収束を図ろうと イギリス政府は 1939年2月➡ 392 01:00:16,446 --> 01:00:21,952 両民族の代表をロンドンに呼び 和解を提案した。 393 01:00:30,627 --> 01:00:34,131 アラブ側が 移民の禁止を求める一方で➡ 394 01:00:34,131 --> 01:00:37,968 ユダヤ側は 移民を 無制限に受け入れるよう要求。 395 01:00:37,968 --> 01:00:40,971 交渉は決裂した。 396 01:00:44,307 --> 01:00:47,978 イギリスは パレスチナ統治に関する➡ 397 01:00:47,978 --> 01:00:50,313 新たな方針を発表する。 398 01:00:50,313 --> 01:00:55,318 それは ユダヤ人の入植を 厳しく制限するものだった。 399 01:00:59,990 --> 01:01:03,426 世界大戦の危機が 再び迫る中➡ 400 01:01:03,426 --> 01:01:06,930 イギリスは アラブ諸国の支持を取り付け➡ 401 01:01:06,930 --> 01:01:10,133 戦争に備えようとしたのである。 402 01:01:35,458 --> 01:01:41,131 このパレスチナへの移住制限は 第二次世界大戦中も続き➡ 403 01:01:41,131 --> 01:01:45,135 ホロコーストの犠牲者を増やす 一因となった。 404 01:01:47,804 --> 01:01:52,475 しかし 戦後 ベングリオンは ホロコーストの惨劇を逆に➡ 405 01:01:52,475 --> 01:01:56,680 ユダヤ国家建設への 足掛かりにしようとした。 406 01:02:01,084 --> 01:02:05,255 これは 終戦の翌年に ドイツで開かれた➡ 407 01:02:05,255 --> 01:02:09,759 ユダヤ人指導者の会合を 撮影した映像である。 408 01:02:15,966 --> 01:02:20,770 冒頭に語られたのは 国際社会への非難であった。 409 01:02:50,834 --> 01:02:57,507 (拍手) 410 01:02:57,507 --> 01:03:01,244 ♬~(歌声) 411 01:03:01,244 --> 01:03:04,581 ベングリオンは 被害者の立場を強調し➡ 412 01:03:04,581 --> 01:03:07,250 パレスチナを ユダヤ人に与えるよう➡ 413 01:03:07,250 --> 01:03:10,553 国際社会に求めたのである。 414 01:03:27,937 --> 01:03:33,276 (拍手) 415 01:03:33,276 --> 01:03:38,114 ベングリオンは パレスチナへの 移住制限を続けるイギリスに➡ 416 01:03:38,114 --> 01:03:40,917 徹底的に抵抗した。 417 01:03:54,297 --> 01:03:59,135 これは フランスで制作された ニュース映像である。 418 01:03:59,135 --> 01:04:03,006 ベングリオンは 移住制限を 超える数のユダヤ人を➡ 419 01:04:03,006 --> 01:04:05,809 パレスチナに送り込んだ。 420 01:04:26,096 --> 01:04:32,802 60隻以上の難民船が こうして パレスチナを目指した。 421 01:04:39,609 --> 01:04:43,813 しかし イギリスも妥協しなかった。 422 01:05:19,249 --> 01:05:23,419 イギリスは ユダヤ難民を ヨーロッパに送り返し➡ 423 01:05:23,419 --> 01:05:29,592 鉄条網で囲まれた難民収容所に 閉じ込めた。 424 01:05:29,592 --> 01:05:33,463 ベングリオンは こうした映像を撮影させる事で➡ 425 01:05:33,463 --> 01:05:37,967 ユダヤ人への同情論を 世界中に巻き起こそうとした。 426 01:05:39,769 --> 01:05:43,640 ベングリオンを支持した アメリカの ある政治家の言葉が➡ 427 01:05:43,640 --> 01:05:45,642 残されている。 428 01:06:04,894 --> 01:06:08,765 その政治家とは… 429 01:06:08,765 --> 01:06:12,068 時のアメリカ大統領である。 430 01:06:14,404 --> 01:06:16,739 トルーマンは イギリスに対し➡ 431 01:06:16,739 --> 01:06:19,075 ヨーロッパからの ユダヤ難民10万を➡ 432 01:06:19,075 --> 01:06:22,278 パレスチナに入国させるよう要請。 433 01:06:23,913 --> 01:06:29,219 しかし その裏には 政治的な思惑が隠されていた。 434 01:06:32,589 --> 01:06:36,259 大統領選挙での再選を 勝ち取るために➡ 435 01:06:36,259 --> 01:06:40,563 ユダヤ系アメリカ人の支持を つかむ必要があったのである。 436 01:06:58,948 --> 01:07:02,385 国際社会を味方につけた ベングリオンの主張を➡ 437 01:07:02,385 --> 01:07:07,390 かわし切れなくなったイギリスは パレスチナ統治を放棄。 438 01:07:09,058 --> 01:07:12,562 問題解決を国連に委ねた。 439 01:07:14,564 --> 01:07:19,903 1947年 国連総会で パレスチナを分割して➡ 440 01:07:19,903 --> 01:07:23,907 ユダヤ人の国家を作る案が 採決にかけられた。 441 01:07:36,352 --> 01:07:40,757 賛否を表明する各国の代表。 442 01:07:40,757 --> 01:07:47,463 賛成が続くと 聴衆の拍手が 会場に鳴り響いた。 443 01:07:54,604 --> 01:07:58,908 (拍手) 444 01:09:00,103 --> 01:09:03,106 (拍手) 445 01:09:04,707 --> 01:09:07,543 この分割案の成立で➡ 446 01:09:07,543 --> 01:09:11,047 パレスチナの人口の3分の1に 満たないユダヤ人に➡ 447 01:09:11,047 --> 01:09:15,551 国土の半分を超える土地が 与えられる事になった。 448 01:09:17,387 --> 01:09:19,422 (歓声) 449 01:09:19,422 --> 01:09:27,063 1948年5月14日 ベングリオンは イスラエルの建国を宣言。 450 01:09:27,063 --> 01:09:29,365 初代首相となる。 451 01:09:44,414 --> 01:09:48,918 (拍手) 452 01:09:50,586 --> 01:09:55,458 その直後 エジプトをはじめとする 周辺のアラブ諸国は➡ 453 01:09:55,458 --> 01:09:58,327 イスラエルに宣戦を布告した。 454 01:09:58,327 --> 01:10:01,330 第一次中東戦争である。 455 01:10:03,933 --> 01:10:08,438 しかし 欧米から大量の兵器を 買い付けていたイスラエルは➡ 456 01:10:08,438 --> 01:10:12,942 アラブ軍を押し返し 逆に領土を広げた。 457 01:10:14,777 --> 01:10:19,282 ガザとヨルダン川西岸を除く ほぼ全ての土地が➡ 458 01:10:19,282 --> 01:10:23,286 イスラエルに支配される事に なったのである。 459 01:10:28,458 --> 01:10:36,199 今度は 70万のアラブ人が 周辺諸国に追われ 難民となった。 460 01:10:36,199 --> 01:10:40,002 パレスチナ難民である。 461 01:10:53,683 --> 01:10:57,487 これは ユダヤ人によって 破壊された➡ 462 01:10:57,487 --> 01:11:00,490 アラブ人の集落の映像。 463 01:11:04,260 --> 01:11:08,765 半年の間に 500以上の町や村が破壊され➡ 464 01:11:08,765 --> 01:11:11,601 多くのアラブ人が殺された。 465 01:11:11,601 --> 01:11:16,606 生き延びた者は追放され 難民となった。 466 01:11:59,482 --> 01:12:04,320 第一次中東戦争に勝利したあと 首相 ベングリオンは➡ 467 01:12:04,320 --> 01:12:09,125 アメリカに住む一人のユダヤ人を 表敬訪問した。 468 01:12:14,931 --> 01:12:17,266 この翌年 ベングリオンは➡ 469 01:12:17,266 --> 01:12:21,137 アインシュタインに 大統領への就任を要請する。 470 01:12:21,137 --> 01:12:26,776 しかし アインシュタインは断った。 471 01:12:26,776 --> 01:12:33,583 彼が望んでいたのは ユダヤ人と アラブ人が共存する国家であった。 472 01:13:09,352 --> 01:13:13,222 しかし その願いが かなう事はなかった。 473 01:13:13,222 --> 01:13:17,093 そして 新たな事態が生まれる。 474 01:13:17,093 --> 01:13:19,595 テロリズムである。 475 01:13:22,598 --> 01:13:26,269 1960年代から 70年代にかけて➡ 476 01:13:26,269 --> 01:13:29,171 イスラエル以外の国家をも 巻き込むテロ事件が➡ 477 01:13:29,171 --> 01:13:31,974 世界各地で発生した。 478 01:13:34,977 --> 01:13:38,781 パレスチナ難民が結成した ゲリラ組織は➡ 479 01:13:38,781 --> 01:13:43,986 テロによって 自らの主張を 国際社会に訴えた。 480 01:13:52,295 --> 01:13:57,099 こう語るのは パレスチナ・ゲリラの指導者… 481 01:14:27,596 --> 01:14:32,101 そして 1972年の ミュンヘンオリンピックで➡ 482 01:14:32,101 --> 01:14:35,905 起きた悲劇は 世界に戦慄を与えた。 483 01:14:40,776 --> 01:14:44,280 ホロコーストの加害国である ドイツでの大会は➡ 484 01:14:44,280 --> 01:14:48,784 イスラエルにとって ユダヤ人の 国家再興を印象づける➡ 485 01:14:48,784 --> 01:14:52,621 絶好の機会だった。 486 01:14:52,621 --> 01:14:57,293 しかし 大会10日目 事件が起きる。 487 01:14:57,293 --> 01:15:02,131 イスラエル選手の宿舎に 8人のパレスチナ・ゲリラが侵入。 488 01:15:02,131 --> 01:15:07,136 2人を殺害し 9人を人質にとって立てこもった。 489 01:15:12,241 --> 01:15:16,946 ゲリラは パレスチナ難民の叫びを 世界に訴えた。 490 01:16:11,233 --> 01:16:14,136 事件は 銃撃戦の末に➡ 491 01:16:14,136 --> 01:16:19,141 人質全員が死亡するという 最悪の結末を迎えた。 492 01:16:22,845 --> 01:16:26,582 この事件によって パレスチナ難民の苦境が➡ 493 01:16:26,582 --> 01:16:29,885 救われる事もなかった。 494 01:16:33,255 --> 01:16:38,260 現在 パレスチナ難民の数は およそ500万。 495 01:16:40,930 --> 01:16:45,234 解決の道筋は 今も見えていない。 496 01:17:08,557 --> 01:17:12,895 第二次世界大戦から およそ20年後➡ 497 01:17:12,895 --> 01:17:17,566 世界は再び 大きな難民問題に直面する。 498 01:17:17,566 --> 01:17:19,869 ベトナム戦争である。 499 01:17:25,241 --> 01:17:29,578 これは ベトコンと呼ばれた ベトナムのゲリラと戦う➡ 500 01:17:29,578 --> 01:17:33,883 アメリカ軍に密着した ニュース映像である。 501 01:17:44,126 --> 01:17:49,265 アメリカは 自由主義を掲げて 南ベトナムを支援し➡ 502 01:17:49,265 --> 01:17:53,969 社会主義国家の北ベトナムと 戦っていた。 503 01:18:06,549 --> 01:18:11,220 当初の報道は 戦争を肯定する内容が大半で➡ 504 01:18:11,220 --> 01:18:17,226 アメリカ国内は 戦争支持の空気に包まれていた。 505 01:18:20,563 --> 01:18:24,900 そんな中で発表された 異色の報道写真が➡ 506 01:18:24,900 --> 01:18:27,903 世界に衝撃を与えた。 507 01:18:31,774 --> 01:18:36,512 戦火から逃れるベトナム人の 家族を捉えた この写真は➡ 508 01:18:36,512 --> 01:18:40,916 ピュリツァー賞を 受賞する。 509 01:18:40,916 --> 01:18:46,589 撮影したのは 日本人カメラマンの… 510 01:18:46,589 --> 01:18:48,924 ベトナムに入った動機は➡ 511 01:18:48,924 --> 01:18:52,261 写真展を開けるような写真を 撮りたいという➡ 512 01:18:52,261 --> 01:18:54,563 素朴なものだったという。 513 01:18:57,132 --> 01:19:02,538 しかし アメリカ軍に従軍する中で 目の当たりにしたのは➡ 514 01:19:02,538 --> 01:19:08,243 罪なき人々が犠牲となる 戦場の不条理だった。 515 01:19:12,548 --> 01:19:17,553 これは 「安全への逃避」のネガフィルム。 516 01:19:19,221 --> 01:19:24,093 彼らが逃げているのは 敵のベトコンからではない。 517 01:19:24,093 --> 01:19:29,565 味方であるはずの アメリカ兵だった。 518 01:19:29,565 --> 01:19:35,237 アメリカ軍は ベトコンが潜んで いるかもしれないという理由で➡ 519 01:19:35,237 --> 01:19:39,575 同じ陣営の 南ベトナムの人々の集落を➡ 520 01:19:39,575 --> 01:19:44,246 丸ごと破壊していたのである。 521 01:19:44,246 --> 01:19:48,117 「安全への逃避」で 沢田が撮影した親子は➡ 522 01:19:48,117 --> 01:19:54,823 こうして アメリカ軍によって 住みかを追われた人々であった。 523 01:20:58,654 --> 01:21:02,524 家を失い 難民となった人々は➡ 524 01:21:02,524 --> 01:21:07,229 アメリカ軍が設営した 難民キャンプに送られた。 525 01:21:11,600 --> 01:21:16,472 劣悪な環境での生活を 余儀なくされたベトナム人は➡ 526 01:21:16,472 --> 01:21:19,775 およそ500万に上った。 527 01:21:24,613 --> 01:21:28,283 当初は アメリカ政府寄りだった メディアも➡ 528 01:21:28,283 --> 01:21:34,590 次第に 犠牲となった人々の姿を 配信するようになる。 529 01:21:37,292 --> 01:21:40,963 難民の写真を掲げる市民たち。 530 01:21:40,963 --> 01:21:50,973 難民の姿は 世界に反戦運動の うねりを巻き起こす力となった。 531 01:21:50,973 --> 01:22:12,961 ♬~ 532 01:22:17,132 --> 01:22:23,272 世論を無視できなくなった アメリカは 和平協定に調印する。 533 01:22:23,272 --> 01:22:26,942 事実上の敗戦であった。 534 01:22:26,942 --> 01:22:31,280 しかし アメリカ軍の撤退が 決まった事によって➡ 535 01:22:31,280 --> 01:22:35,984 南ベトナムの混乱は 最高潮に達した。 536 01:22:40,289 --> 01:22:42,624 北ベトナム軍が来ると➡ 537 01:22:42,624 --> 01:22:47,963 皆殺しにされるという噂を信じた 南ベトナムの人々が➡ 538 01:22:47,963 --> 01:22:52,267 一斉に国外脱出を試みたのである。 539 01:22:54,837 --> 01:22:59,975 首都 サイゴンでは アメリカ人が 出国するヘリコプターに➡ 540 01:22:59,975 --> 01:23:03,245 難民が殺到した。 541 01:23:03,245 --> 01:23:08,584 しかし 搭乗できたのは アメリカ政府にコネを持つ➡ 542 01:23:08,584 --> 01:23:12,287 限られたベトナム人だけだった。 543 01:23:20,929 --> 01:23:26,268 これは アメリカ兵を乗せ帰国する 最後のチャーター便が➡ 544 01:23:26,268 --> 01:23:29,571 離陸する際の映像である。 545 01:23:41,283 --> 01:23:44,620 黒い服の男は アメリカ人。 546 01:23:44,620 --> 01:23:48,290 乗り込もうとするベトナム人を 追い払っている。 547 01:23:48,290 --> 01:23:50,993 手には ピストルを持っている。 548 01:24:23,926 --> 01:24:30,232 国を追われたベトナム難民は 80万以上に上る。 549 01:25:18,113 --> 01:25:23,118 その後も 世界から 戦火が消える事はなかった。 550 01:25:28,590 --> 01:25:34,296 そして 無数の難民が 生まれ続けている。 551 01:25:40,936 --> 01:25:43,839 2011年に始まった シリア内戦では➡ 552 01:25:43,839 --> 01:25:50,145 第二次世界大戦後 最悪といわれる 難民問題が発生した。 553 01:25:55,484 --> 01:26:00,222 100万を超える難民が ヨーロッパを目指した。 554 01:26:00,222 --> 01:26:11,566 ♬~ 555 01:26:11,566 --> 01:26:18,874 世界が百年以上も抱える難問は 今も解決されていない。 556 01:26:21,243 --> 01:26:25,947 世界の目を難民に向けさせた 報道写真… 557 01:26:30,252 --> 01:26:35,123 写真家 沢田教一は この写真を撮影した5年後➡ 558 01:26:35,123 --> 01:26:40,595 戦場の取材中に 銃弾によって命を落とした。 559 01:26:40,595 --> 01:26:43,298 34歳だった。 560 01:26:46,468 --> 01:26:49,938 生前 沢田は あの家族を捜し出し➡ 561 01:26:49,938 --> 01:26:54,276 ピュリツァー賞の賞金と 写真を贈った。 562 01:26:54,276 --> 01:26:59,981 それは 受賞した時からの 沢田の念願であった。 563 01:27:03,885 --> 01:27:08,757 当時14歳だった被写体の少年。 564 01:27:08,757 --> 01:27:12,894 現在 ふるさとの村で 農業を営みながら➡ 565 01:27:12,894 --> 01:27:16,898 平穏な日々を 送っている。 566 01:27:34,182 --> 01:27:38,120 母と共に 必死に逃げた あの日の事を➡ 567 01:27:38,120 --> 01:27:41,123 今も忘れる事はないという。 568 01:28:25,233 --> 01:28:57,232 ♬~