1 00:00:01,168 --> 00:00:07,875 ♬~ 2 00:00:18,552 --> 00:00:23,891 これは 昭和天皇の 即位の式典の映像である。 3 00:00:23,891 --> 00:00:30,898 この2年前の1926年 昭和は始まった。 4 00:00:33,567 --> 00:00:39,439 今年は 昭和元年から数えて ちょうど百年目に当たる。 5 00:00:39,439 --> 00:00:43,577 昭和の初めは 平和から一転し➡ 6 00:00:43,577 --> 00:00:49,449 国を挙げて 戦争へ突き進んでいった時代だった。 7 00:00:49,449 --> 00:00:51,451 (砲声) 8 00:01:00,861 --> 00:01:08,735 恐慌に苦しんだ国民は 戦争がもたらす 好景気に 希望を見いだした。 9 00:01:08,735 --> 00:01:17,210 軍の暴走で始まった中国との戦争に歓喜し 大国アメリカとの戦争を求めた。 10 00:01:17,210 --> 00:01:19,880 (歓声) 11 00:01:19,880 --> 00:01:27,588 メディアは 国民をあおり 国民もまた メディアを動かす。 12 00:01:29,890 --> 00:01:32,225 戦時下の宰相たちは➡ 13 00:01:32,225 --> 00:01:37,230 軍の圧力と 国民の熱狂に 抗しきれなかった。 14 00:01:59,252 --> 00:02:04,091 しかし 日本は戦争に負けた。 15 00:02:04,091 --> 00:02:10,797 何もかも失い 人々は 焦土の中に立ち尽くした。 16 00:02:18,538 --> 00:02:25,445 復興の道を歩む日本人に 勇気を与えるヒーローが数多く生まれた。 17 00:02:44,231 --> 00:02:48,101 日本人のエネルギーは 経済へ向かう。 18 00:02:48,101 --> 00:02:56,576 敗戦から 23年 世界第2位の経済大国に上り詰めた。 19 00:02:56,576 --> 00:02:59,880 しかし その代償は大きかった。 20 00:03:04,184 --> 00:03:10,524 生活環境の悪化 長時間労働 モラルの低下。 21 00:03:10,524 --> 00:03:15,829 成長への渇望が 犠牲を許す空気を生んだ。 22 00:03:18,865 --> 00:03:25,739 そして 1989年1月 バブル景気に酔いしれるなか➡ 23 00:03:25,739 --> 00:03:29,443 昭和は 静かに幕を閉じた。 24 00:03:58,238 --> 00:04:01,508 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 25 00:04:01,508 --> 00:04:08,181 3回シリーズで 激動の昭和が 今に何を残したのかを振り返る。 26 00:04:08,181 --> 00:04:12,052 第1回は 軍と世論を抑えきれず➡ 27 00:04:12,052 --> 00:04:17,190 戦争へと突き進んだ 宰相たちの記録である。 28 00:04:17,190 --> 00:04:26,199 ♬~ 29 00:04:29,202 --> 00:04:36,877 これは 1930年2月 日本放送協会 大阪放送局前で行われた➡ 30 00:04:36,877 --> 00:04:41,748 衆議院選挙の開票速報の映像である。 31 00:04:41,748 --> 00:04:47,254 選挙に勝ったのは 立憲民政党の濱口雄幸。 32 00:04:47,254 --> 00:04:53,260 ラジオで直接 政策を訴えた 最初の首相だった。 33 00:05:00,800 --> 00:05:05,205 5年前に普通選挙法が成立し➡ 34 00:05:05,205 --> 00:05:12,879 満25歳以上の男性全てに 選挙権が与えられた。 35 00:05:12,879 --> 00:05:21,888 有権者の数は4倍に増加し 議員たちは 支持獲得に躍起になった。 36 00:05:21,888 --> 00:05:30,897 テレビのない時代 人々と政治の 橋渡し役を担っていたのが 新聞だった。 37 00:05:30,897 --> 00:05:40,207 大手新聞の発行部数は 100万部を超え 世論形成に大きな影響力を持っていた。 38 00:06:02,829 --> 00:06:07,734 「大衆」という言葉が広がったのも この時代だった。 39 00:06:07,734 --> 00:06:16,042 カフェやレコード 映画など 新しい大衆文化が次々に登場した。 40 00:06:20,213 --> 00:06:24,184 当時 世界は 財政負担を減らすために➡ 41 00:06:24,184 --> 00:06:28,555 軍縮を進めていた。 42 00:06:28,555 --> 00:06:33,426 1930年 ロンドンで軍縮会議が開かれ➡ 43 00:06:33,426 --> 00:06:36,663 日本からは 国際平和を訴える➡ 44 00:06:36,663 --> 00:06:40,567 若槻礼次郎が出席した。 45 00:06:43,436 --> 00:06:47,240 軍は 軍縮に反発した。 46 00:06:47,240 --> 00:06:54,247 海軍は ハリボテの軍艦を並べ 存在感を示そうとした。 47 00:06:57,584 --> 00:07:01,855 しかし軍を支持する 者は少なかった。 48 00:07:01,855 --> 00:07:08,161 新聞は 軍縮に協力しない 軍の姿勢を批判した。 49 00:07:10,864 --> 00:07:19,172 これは 会議に出席した若槻礼次郎が 東京駅に到着した映像。 50 00:07:21,875 --> 00:07:28,548 当時 日本は 世界恐慌による 不況の真っただ中にあった。 51 00:07:28,548 --> 00:07:32,218 国家予算の大きな比重を占める 軍事費を抑え➡ 52 00:07:32,218 --> 00:07:39,225 平和への道を探る若槻に 国民は 喝采を送った。 53 00:08:07,520 --> 00:08:13,860 しかし 軍縮会議の翌年の 1931年9月➡ 54 00:08:13,860 --> 00:08:21,167 軍縮ムードを覆す事件が 中国東北部の満州で起こった。 55 00:08:33,880 --> 00:08:41,755 満州の関東軍は 中国軍が 日本の鉄道を 爆破したという理由で 攻撃を開始した。 56 00:08:41,755 --> 00:08:46,893 しかし 爆破は 関東軍の自作自演だった。 57 00:08:46,893 --> 00:08:52,599 政府の方針を無視した 独断の行動だった。 58 00:08:54,567 --> 00:09:00,840 首相・若槻が事変を知った時には 既に兵が動きだしており➡ 59 00:09:00,840 --> 00:09:05,145 軍の行動を追認するしかなかった。 60 00:09:08,181 --> 00:09:13,853 関東軍は 一気に満州全域を制圧した。 61 00:09:13,853 --> 00:09:21,861 半年後には 満州を中国から独立させ 日本の傀儡国家を建国した。 62 00:09:24,197 --> 00:09:28,902 これは 政府製作と思われる 満州のPR映画である。 63 00:10:01,101 --> 00:10:08,408 不況に苦しんでいた国民は 満州国誕生に歓喜した。 64 00:10:10,777 --> 00:10:17,450 軍需と輸出の拡大とともに 企業や工場は 働き手を必要とし➡ 65 00:10:17,450 --> 00:10:22,155 失業率は 目に見えて改善した。 66 00:10:54,621 --> 00:10:58,491 国民が 軍を支持するように あおったのが➡ 67 00:10:58,491 --> 00:11:01,895 軍縮を訴えていた 新聞だった。 68 00:11:01,895 --> 00:11:05,565 手のひらを返したように 連日 戦果を報じ➡ 69 00:11:05,565 --> 00:11:08,868 販売部数を 伸ばしていった。 70 00:11:13,907 --> 00:11:20,613 朝日新聞社は 事変の翌日には 記者を派遣し 速報体制を整えた。 71 00:11:29,255 --> 00:11:33,126 記者たちは 関東軍の自作自演と知りながら➡ 72 00:11:33,126 --> 00:11:39,132 売り上げのために 国民の喜ぶ記事を書き続けた。 73 00:11:40,867 --> 00:11:45,271 新聞が 美談を 作り上げることもあった。 74 00:11:45,271 --> 00:11:47,941 「肉弾三勇士」。 75 00:11:47,941 --> 00:11:50,843 爆弾を抱えて 中国軍に突撃した➡ 76 00:11:50,843 --> 00:11:55,615 3人の兵士をたたえた 記事である。 77 00:11:55,615 --> 00:12:00,220 話題を呼び 映画や歌まで作られた。 78 00:12:00,220 --> 00:12:06,559 ♬~ 79 00:12:06,559 --> 00:12:13,900 3人の兵士は 確かに亡くなっていたが 死因は事実とは違った。 80 00:12:13,900 --> 00:12:16,803 実際は 自爆ではなく➡ 81 00:12:16,803 --> 00:12:21,507 誤って爆弾が暴発した 不慮の事故だった。 82 00:12:23,576 --> 00:12:29,449 しかし 新聞は事実を明かさず 3人を軍神として持ち上げ➡ 83 00:12:29,449 --> 00:12:32,585 美談を全国に広めていった。 84 00:12:32,585 --> 00:12:41,294 ♬~ 85 00:12:43,229 --> 00:12:48,601 これは 満州事変の最中に 撮影された映像。 86 00:12:48,601 --> 00:12:54,907 陸軍記念日に 軍が 東京・日本橋と 銀座を行進する。 87 00:12:57,610 --> 00:13:02,915 人々は 喜々として迎えた。 88 00:13:06,419 --> 00:13:12,725 国民生活に 確実に戦争が入り込んできた。 89 00:13:47,927 --> 00:13:53,800 首相 犬養 毅は 軍の独断的な行動を警戒した。 90 00:13:53,800 --> 00:13:59,505 満州国建国に反対し 欧米との協調を重視していた。 91 00:14:09,549 --> 00:14:15,221 満州事変から8か月後の 1932年5月➡ 92 00:14:15,221 --> 00:14:21,894 犬養は 海軍の将校たちによって 暗殺された。 93 00:14:21,894 --> 00:14:24,797 五・一五事件である。 94 00:14:24,797 --> 00:14:28,768 首謀者の将校たちは 政党内閣を打倒し➡ 95 00:14:28,768 --> 00:14:32,772 軍中心の政権を 打ち立てようとしていた。 96 00:14:35,441 --> 00:14:42,448 更に彼らは アメリカから来日していた ある著名人も ターゲットにしていた。 97 00:14:46,919 --> 00:14:51,624 事件当日 犬養と 官邸で会う予定だった。 98 00:14:54,594 --> 00:14:58,264 しかし 荷物が 荒らされていることに気付いた➡ 99 00:14:58,264 --> 00:15:03,970 兄シドニーの助言で 予定を変更 難を逃れた。 100 00:15:07,540 --> 00:15:15,548 事件の2日後 チャップリンは 暗殺現場を訪れ 首相を弔った。 101 00:15:35,234 --> 00:15:40,106 犬養の後任は 海軍出身の斎藤 実だった。 102 00:15:40,106 --> 00:15:46,245 昭和で初めて 政党出身者ではない人物が 首相となった。 103 00:15:46,245 --> 00:15:50,550 ここに 政党内閣は終焉した。 104 00:15:52,585 --> 00:15:56,923 軍は このころから 将来の戦争に備え➡ 105 00:15:56,923 --> 00:16:03,229 国民を巻き込んだ 大規模な防空演習を実施し始めた。 106 00:16:04,730 --> 00:16:12,738 関東防空大演習には 3日間で 10万人以上が参加したといわれる。 107 00:16:17,210 --> 00:16:22,081 当時は まだ 一定の言論の自由があった。 108 00:16:22,081 --> 00:16:25,084 文藝春秋社の創設者 菊池 寛は➡ 109 00:16:25,084 --> 00:16:30,089 自らの雑誌で 防空演習を批判した。 110 00:16:56,582 --> 00:16:59,485 五・一五事件の4年後➡ 111 00:16:59,485 --> 00:17:05,858 軍の政治支配を決定づける 二・二六事件が起こった。 112 00:17:05,858 --> 00:17:10,696 陸軍の青年将校が クーデターを起こし➡ 113 00:17:10,696 --> 00:17:17,603 政界の重鎮 5人を襲撃した。 114 00:17:19,405 --> 00:17:22,875 新聞社も狙われた。 115 00:17:22,875 --> 00:17:32,218 将校たちは 軍に批判的な論調だった 東京朝日新聞社に乗り込み 銃を向けた。 116 00:17:32,218 --> 00:17:37,223 新聞は 軍を批判できなくなっていく。 117 00:17:39,892 --> 00:17:45,564 事件で 思わぬチャンスをつかんだ人物もいた。 118 00:17:45,564 --> 00:17:50,870 事件後 関東軍参謀長に抜てきされた… 119 00:17:53,239 --> 00:17:56,909 満州の憲兵隊の司令官にすぎなかったが➡ 120 00:17:56,909 --> 00:18:03,215 事件を起こした派閥が粛清されたことで 要職に登用された。 121 00:18:05,518 --> 00:18:10,723 軍は 事件の再発を 脅しとして チラつかせながら➡ 122 00:18:10,723 --> 00:18:14,527 内閣の予算や人事に介入してゆく。 123 00:18:14,527 --> 00:18:18,230 国家の形は 塗り替えられていった。 124 00:18:49,228 --> 00:18:59,572 政党内閣が終わり 首相は 政党に所属する 政治家以外から選ばれることになった。 125 00:18:59,572 --> 00:19:03,175 首相推薦の重責を担っていたのが➡ 126 00:19:03,175 --> 00:19:07,179 元老・西園寺公望。 127 00:19:08,848 --> 00:19:13,252 軍の暴走を抑えるために 西園寺が選んだのは… 128 00:19:17,189 --> 00:19:20,860 近衛は 公家出身で 天皇に近く➡ 129 00:19:20,860 --> 00:19:23,195 貴族院議長も務め➡ 130 00:19:23,195 --> 00:19:26,499 政治にも精通していた。 131 00:19:31,070 --> 00:19:34,206 この時 45歳。 132 00:19:34,206 --> 00:19:39,211 国民は 若き青年宰相の誕生を歓迎した。 133 00:20:09,909 --> 00:20:15,781 近衛の首相就任から 1か月後 またも予期せぬ事態が起こる。 134 00:20:15,781 --> 00:20:21,921 (砲声) 135 00:20:21,921 --> 00:20:27,793 1937年7月 北京郊外の盧溝橋で➡ 136 00:20:27,793 --> 00:20:33,799 偶然の発砲から 日本軍と中国軍が衝突した。 137 00:20:36,936 --> 00:20:42,274 軍の強硬派は 中国の計画的な攻撃だと主張し➡ 138 00:20:42,274 --> 00:20:47,980 近衛内閣に 追加の派兵を要求した。 139 00:20:52,284 --> 00:20:56,956 近衛は 不拡大の方針を掲げていた。 140 00:20:56,956 --> 00:21:01,794 しかし 大きな一撃を与えれば 中国は屈するという➡ 141 00:21:01,794 --> 00:21:05,231 軍の強硬派の主張に負けた。 142 00:21:05,231 --> 00:21:10,236 中国との戦争は 拡大していく。 143 00:21:27,253 --> 00:21:30,256 (一同)万歳! 万歳! 144 00:21:47,273 --> 00:21:53,145 開戦から5か月後 軍は 南京を陥落させた。 145 00:21:53,145 --> 00:21:58,884 国民の間に 領土と賠償金獲得の期待が高まった。 146 00:21:58,884 --> 00:22:11,897 ♬~ 147 00:22:11,897 --> 00:22:20,606 デパートでは 南京陥落セールが行われ 国じゅうが熱に浮かされた。 148 00:22:23,909 --> 00:22:28,914 近衛は 戦争継続へと舵を切る。 149 00:22:30,783 --> 00:22:34,253 国家総動員法を成立させ➡ 150 00:22:34,253 --> 00:22:40,960 人も物資も 戦争に動員できる体制を確立した。 151 00:23:19,565 --> 00:23:24,236 国民の協力を引き出すために 近衛が利用したのが➡ 152 00:23:24,236 --> 00:23:31,910 自ら総裁を務める 日本放送協会のラジオだった。 153 00:23:31,910 --> 00:23:36,782 当時 日本放送協会は 政府の監督下に置かれ➡ 154 00:23:36,782 --> 00:23:42,554 報道の情報源は 新聞社と通信社に依存していた。 155 00:23:42,554 --> 00:23:48,560 ラジオは 国家が自在に操れるメディアだった。 156 00:24:01,073 --> 00:24:05,544 これは「前線放送」と呼ばれた番組。 157 00:24:05,544 --> 00:24:12,418 まるで 戦地からの実況のように 臨場感を届けた。 158 00:24:12,418 --> 00:24:16,188 ラジオが伝える戦果は 誇張されたものだったが➡ 159 00:24:16,188 --> 00:24:20,192 国民は沸き立った。 160 00:24:53,926 --> 00:24:58,630 自らの意思で 戦地に赴く文化人もいた。 161 00:25:13,412 --> 00:25:17,883 作家の 戦争協力の旗振り役となったのが➡ 162 00:25:17,883 --> 00:25:22,755 文藝春秋社・社長の菊池 寛だった。 163 00:25:22,755 --> 00:25:27,893 防空演習を批判していた菊池も 熱狂に巻き込まれ➡ 164 00:25:27,893 --> 00:25:31,897 戦争協力の姿勢に転じた。 165 00:25:57,890 --> 00:26:03,595 人気の漫才師たちも 熱狂の渦に飛び込んだ。 166 00:26:17,543 --> 00:26:24,249 しゃべくり漫才の元祖・横山エンタツの 兵士慰問の映像である。 167 00:26:28,554 --> 00:26:30,556 (笑い声) 168 00:26:34,426 --> 00:26:36,895 実際 あんた元気ですね。 ああ ありがとうございます。 169 00:26:36,895 --> 00:26:39,798 いつも あんた 元気がいいからな。 体が いいもんですからな。 170 00:26:39,798 --> 00:26:41,767 大体 あんたのお父さんは どんな人? 171 00:26:41,767 --> 00:26:44,770 おやじは 僕より まだまだ 大きい人ですから。ああ そうか。 172 00:26:44,770 --> 00:26:48,907 やはり おとっつぁんが大きいと できた子どもは大きいね。 そうかなぁ。 173 00:26:48,907 --> 00:26:53,245 大きな子どもですなぁ。 (笑い声) 174 00:26:53,245 --> 00:26:59,952 アホらしい。 「大きな子どもですな」って こんな ひねた子どもあるか。 175 00:27:02,521 --> 00:27:11,230 日中戦争は 1年たっても終わらない。 犠牲者も戦費も増え続けていた。 176 00:27:12,865 --> 00:27:19,738 これは 福井県敦賀で 戦死者の遺骨が帰還した際の映像である。 177 00:27:19,738 --> 00:27:26,445 戦死者は 全体で 1万3,000人以上に増えていた。 178 00:27:32,885 --> 00:27:39,224 中国に 武器や資金を提供していたのが イギリスだった。 179 00:27:39,224 --> 00:27:44,563 国民は イギリスの支援こそ 戦争長期化の原因と考え➡ 180 00:27:44,563 --> 00:27:49,902 各地で 反英デモを 行った。 181 00:27:49,902 --> 00:27:52,237 更にアメリカも➡ 182 00:27:52,237 --> 00:27:54,907 日米通商航海条約の 破棄を➡ 183 00:27:54,907 --> 00:27:59,211 日本に通告し 圧力をかけてきた。 184 00:28:00,712 --> 00:28:06,718 雑誌や新聞には 英米の横暴という見出しが掲げられた。 185 00:28:09,188 --> 00:28:13,058 当時 文藝春秋が行った 世論調査では➡ 186 00:28:13,058 --> 00:28:16,528 「対米外交は強硬に出るべき」 という意見が➡ 187 00:28:16,528 --> 00:28:19,831 6割を超えていた。 188 00:28:46,892 --> 00:28:49,561 しかし 首相・近衛は➡ 189 00:28:49,561 --> 00:28:53,865 外交で アメリカをけん制しようとしていた。 190 00:28:57,436 --> 00:29:01,506 当時 ヨーロッパで 快進撃を続けていた ドイツ➡ 191 00:29:01,506 --> 00:29:06,211 そして イタリアと 軍事同盟を結ぼうとした。 192 00:29:07,846 --> 00:29:11,550 1940年9月。 193 00:29:43,215 --> 00:29:49,554 近衛内閣は 更に ソ連を加えた四か国同盟を構想。 194 00:29:49,554 --> 00:29:56,561 独ソを味方に付ければ アメリカも 圧力を弱めるだろうと想定した。 195 00:30:00,899 --> 00:30:07,572 ♬~ 196 00:30:07,572 --> 00:30:13,278 しかし 翌年 構想は水泡に帰した。 197 00:30:28,260 --> 00:30:34,132 ドイツのソ連侵攻により 四か国同盟構想は破綻した。 198 00:30:34,132 --> 00:30:40,138 かえって アメリカとの軋轢が 強まることとなった。 199 00:31:10,569 --> 00:31:13,472 独ソ戦開始から 2か月後➡ 200 00:31:13,472 --> 00:31:18,443 ルーズベルトは 事実上の 石油禁輸に踏み切る。 201 00:31:18,443 --> 00:31:24,583 日本は 輸入する石油の8割を アメリカに頼っていた。 202 00:31:24,583 --> 00:31:28,887 日本は窒息状態に陥った。 203 00:31:30,922 --> 00:31:36,261 更に アメリカは 中国からの完全撤兵も要求してきた。 204 00:31:36,261 --> 00:31:41,600 陸軍は 強硬に反発した。 205 00:31:41,600 --> 00:31:49,908 アメリカとの交渉が行き詰まり 近衛は 首相の座を投げ出した。 206 00:32:14,232 --> 00:32:19,104 後継は 陸軍大臣の 東条英機だった。 207 00:32:19,104 --> 00:32:23,909 二・二六事件後 出世を果たしていた。 208 00:32:23,909 --> 00:32:29,915 軍を抑え込めるのは もはや同じ軍人しかいないと 目された。 209 00:32:32,250 --> 00:32:39,958 東条は アメリカとの交渉を続けていくと 国会で語った。 210 00:32:41,593 --> 00:32:49,601 この時 東条の指示で 初めて国会演説が映像として記録された。 211 00:33:21,233 --> 00:33:26,905 しかし 世論は ますます 対米強硬に傾いていた。 212 00:33:26,905 --> 00:33:29,241 新聞には 連日➡ 213 00:33:29,241 --> 00:33:32,911 反米をあおる記事が 掲載されていた。 214 00:33:32,911 --> 00:33:39,217 もはや国民の熱狂を抑え込むことは できなくなっていた。 215 00:33:58,937 --> 00:34:01,239 万歳! (一同)万歳! 216 00:34:02,807 --> 00:34:11,116 東条のもとには 日米開戦を求める 国民からの投書が 数多く届いていた。 217 00:34:12,884 --> 00:34:19,190 投書について 東条が語った言葉を 秘書が書き残している。 218 00:34:30,902 --> 00:34:36,908 東条の就任から2か月後の 12月8日。 219 00:34:54,926 --> 00:35:05,637 ♬~ 220 00:35:39,437 --> 00:35:42,440 政府は 開戦と同時に➡ 221 00:35:42,440 --> 00:35:44,976 新聞が 大本営の 許可なく➡ 222 00:35:44,976 --> 00:35:47,245 報道することを 一切禁じ➡ 223 00:35:47,245 --> 00:35:51,549 完全な統制下に置いた。 224 00:36:03,528 --> 00:36:07,532 天皇陛下 万歳! (一同)万歳! 225 00:36:15,540 --> 00:36:24,215 開戦から半年後 大敗を喫し 戦局の転換点となったミッドウェー海戦。 226 00:36:24,215 --> 00:36:29,220 この戦いから 政府は戦果を偽り始める。 227 00:36:31,089 --> 00:36:35,827 日本が 空母4隻を 失った事実を隠蔽し➡ 228 00:36:35,827 --> 00:36:39,764 逆に 敵の空母2隻を 撃沈したと➡ 229 00:36:39,764 --> 00:36:43,768 偽りの戦果を 発表した。 230 00:36:45,503 --> 00:36:53,211 開戦から1年 東条は 国民大会で必勝を訴えた。 231 00:37:38,223 --> 00:37:44,529 その後も 戦況は 悪化の一途をたどっていった。 232 00:37:48,566 --> 00:37:55,240 東条は 開戦から3年後の1944年7月➡ 233 00:37:55,240 --> 00:38:03,248 国防の要であったサイパン陥落の 責任を取って 辞職を余儀なくされた。 234 00:38:05,517 --> 00:38:09,220 ♬~ 235 00:38:15,527 --> 00:38:18,863 東条の退陣から 9か月後➡ 236 00:38:18,863 --> 00:38:22,200 戦争終結のために 首相に選ばれたのは➡ 237 00:38:22,200 --> 00:38:26,871 77歳の鈴木貫太郎だった。 238 00:38:26,871 --> 00:38:32,210 鈴木は 長年 天皇を補佐する侍従長を務め➡ 239 00:38:32,210 --> 00:38:36,080 天皇の信頼を得ていた。 240 00:38:36,080 --> 00:38:40,084 二・二六事件では 4発の銃弾を受けながらも➡ 241 00:38:40,084 --> 00:38:43,555 奇跡的に生還していた。 242 00:38:43,555 --> 00:38:46,224 一度 死を覚悟した身。 243 00:38:46,224 --> 00:38:52,931 世論や軍が反発しようと 戦争を終わらせる決意だった。 244 00:39:14,185 --> 00:39:18,856 広島 長崎に 原爆が投下されてもなお➡ 245 00:39:18,856 --> 00:39:25,163 軍の強硬派は 徹底抗戦を主張し続けた。 246 00:39:27,865 --> 00:39:35,874 鈴木は 天皇の協力を得ることで 強硬派を退け 終戦を実現した。 247 00:39:43,414 --> 00:39:48,119 鈴木は 終戦の2日後 首相を辞任した。 248 00:39:50,555 --> 00:39:54,892 戦後は 吉田 茂に助言を与えながら➡ 249 00:39:54,892 --> 00:40:00,198 故郷の千葉で 畑仕事に いそしんだ。 250 00:40:30,261 --> 00:40:33,932 戦争が終わると 国民の熱狂は➡ 251 00:40:33,932 --> 00:40:39,604 一転して 戦争指導者への 怒りに変わった。 252 00:40:39,604 --> 00:40:43,608 ♬~ 253 00:41:03,227 --> 00:41:06,564 東条英機は 日米開戦を決定し➡ 254 00:41:06,564 --> 00:41:09,233 戦争を主導した 責任を問われ➡ 255 00:41:09,233 --> 00:41:12,537 死刑となった。 256 00:41:19,243 --> 00:41:22,914 近衛文麿も 中国を侵攻し➡ 257 00:41:22,914 --> 00:41:27,618 三国同盟を締結した責任を問われた。 258 00:41:29,253 --> 00:41:35,126 出頭期限日の1945年12月16日➡ 259 00:41:35,126 --> 00:41:42,834 近衛は 自宅で青酸カリを飲んで 自ら命を絶った。 260 00:42:17,235 --> 00:42:22,573 戦争責任を追及されたのは 政治家だけではない。 261 00:42:22,573 --> 00:42:29,280 多くの作家を戦地に送り込んだ菊池 寛は 公職追放を受けた。 262 00:42:51,602 --> 00:42:54,939 戦時下で 戦争ではなく➡ 263 00:42:54,939 --> 00:42:59,277 庶民の日常に光を当て 大ヒットした映画がある。 264 00:42:59,277 --> 00:43:02,547 「無法松の一生」。 265 00:43:02,547 --> 00:43:08,252 脚本の伊丹万作は厳しい検閲を受けながら 完成させた。 266 00:43:10,221 --> 00:43:14,091 戦争が終わり 新作の構想を練っていたが➡ 267 00:43:14,091 --> 00:43:17,562 結核が悪化し 亡くなった。 268 00:43:17,562 --> 00:43:22,867 病床で描いた夢は かなわなかった。 269 00:44:10,781 --> 00:44:39,477 ♬~