1 00:00:00,934 --> 00:00:13,313 ♬~ 2 00:00:13,313 --> 00:00:18,118 インドネシアでは ある伝説が語り継がれてきた。 3 00:00:18,118 --> 00:00:23,624 12世紀に東ジャワを治めていた王様の 予言である。 4 00:00:50,017 --> 00:00:57,624 太平洋戦争が開戦し 日本は東南アジア各地に侵攻。 5 00:00:57,624 --> 00:00:59,893 (砲撃音) 6 00:00:59,893 --> 00:01:06,900 アメリカ イギリス軍を打ち破り 南方へと勢力を拡大していく。 7 00:01:09,703 --> 00:01:14,875 日本は 欧米の 植民地支配から アジアを解放し➡ 8 00:01:14,875 --> 00:01:20,180 「大東亜共栄圏」建設 というスローガンを掲げる。 9 00:01:20,180 --> 00:01:26,053 東南アジアの人々も 日本軍を救世主と歓迎した。 10 00:01:26,053 --> 00:01:28,055 (歓声) 11 00:01:39,199 --> 00:01:42,102 理想こそ崇高だったが➡ 12 00:01:42,102 --> 00:01:48,909 その内実は 日本のアジア支配を 正当化するものにすぎなかった。 13 00:01:54,214 --> 00:01:57,851 占領地では 日本精神を強要し➡ 14 00:01:57,851 --> 00:02:00,454 皇民化を推し進めた。 15 00:02:04,458 --> 00:02:08,996 南方特別留学生と呼ばれる 優秀な若者たちが➡ 16 00:02:08,996 --> 00:02:13,166 アジア各地から日本へ送り込まれた。 17 00:02:13,166 --> 00:02:16,637 大東亜共栄圏を盤石なものとするため➡ 18 00:02:16,637 --> 00:02:21,742 日本に協力する指導者として 育成する ねらいだった。 19 00:02:35,856 --> 00:02:41,762 しかし 日本の敗戦によって 大東亜共栄圏は消滅する。 20 00:02:44,898 --> 00:02:48,668 戦後 南方特別留学生は➡ 21 00:02:48,668 --> 00:02:53,507 経済大国となった日本と対峙し 図らずも➡ 22 00:02:53,507 --> 00:02:58,345 東南アジアの発展に 大きな役割を果たすことになる。 23 00:02:58,345 --> 00:03:04,251 (拍手) 24 00:03:04,251 --> 00:03:08,021 ♬~ 25 00:03:08,021 --> 00:03:13,593 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 26 00:03:13,593 --> 00:03:18,498 大東亜共栄圏は 今の世界に何を残したのか。 27 00:03:18,498 --> 00:03:24,237 理想に夢を託し 裏切られた人々の物語である。 28 00:03:24,237 --> 00:03:34,047 ♬~ 29 00:03:35,849 --> 00:03:40,087 太平洋戦争は 真珠湾攻撃の1時間前➡ 30 00:03:40,087 --> 00:03:43,390 マレー半島上陸作戦によって 始まった。 31 00:03:59,439 --> 00:04:03,276 日本軍は イギリス アメリカの植民地である➡ 32 00:04:03,276 --> 00:04:07,481 東南アジア各地へ上陸し 進軍していく。 33 00:04:12,285 --> 00:04:15,956 その目的は戦争遂行に必要な➡ 34 00:04:15,956 --> 00:04:19,659 石油などの資源を 獲得することだった。 35 00:04:23,096 --> 00:04:26,967 だが 総理大臣 東條英機は➡ 36 00:04:26,967 --> 00:04:30,270 戦争の大義をこう主張した。 37 00:04:44,384 --> 00:04:47,788 欧米の植民地支配からアジアを解放し➡ 38 00:04:47,788 --> 00:04:53,927 日本を中心とした共存共栄の 大東亜共栄圏を建設する。 39 00:04:53,927 --> 00:04:55,929 (兵士たち)万歳! 40 00:04:58,532 --> 00:05:01,468 「大東亜共栄圏」というスローガンは➡ 41 00:05:01,468 --> 00:05:07,340 日本国民の心をつかみ 流行語のように広まっていく。 42 00:05:07,340 --> 00:05:13,146 絵葉書や 大東亜共栄圏を巡る すごろくまで作られた。 43 00:05:34,100 --> 00:05:36,403 マレー半島で生まれ育った… 44 00:05:38,405 --> 00:05:43,076 当時 16歳だったノン・チックは 同じアジアの日本人が➡ 45 00:05:43,076 --> 00:05:46,479 白人に勝ったことに驚嘆した。 46 00:06:06,967 --> 00:06:10,270 開戦から2か月 日本軍は➡ 47 00:06:10,270 --> 00:06:13,974 マレー半島の南端 イギリスの重要拠点である➡ 48 00:06:13,974 --> 00:06:17,377 シンガポールを陥落させた。 49 00:06:21,615 --> 00:06:28,321 これは 今回発掘された 日本軍のある部隊を記録した貴重な映像。 50 00:06:31,992 --> 00:06:36,296 1942年3月 日本軍は➡ 51 00:06:36,296 --> 00:06:41,101 オランダの植民地だった インドネシアの ジャワ島を制圧。 52 00:06:42,836 --> 00:06:48,541 制圧部隊と共に上陸したのが ジャワ派遣軍宣伝班だった。 53 00:06:54,014 --> 00:06:56,816 部隊には… 54 00:06:58,885 --> 00:07:03,990 …など多くの文化人が所属していた。 55 00:07:06,059 --> 00:07:08,762 彼らは 専門分野を生かし➡ 56 00:07:08,762 --> 00:07:14,467 住民たちに アジアの団結を訴える宣伝活動を行った。 57 00:07:20,940 --> 00:07:24,778 宣伝班を率いたのは 町田敬二。 58 00:07:24,778 --> 00:07:28,782 陸軍きっての 文化軍人と称された人物だった。 59 00:07:31,484 --> 00:07:34,688 7,000万ものインドネシア人を 味方につけ➡ 60 00:07:34,688 --> 00:07:39,392 大東亜共栄圏を確立するという 理想に燃えていた。 61 00:07:41,461 --> 00:07:45,432 町田は ジャワの民衆の心をつかむため➡ 62 00:07:45,432 --> 00:07:52,405 オランダ統治下では禁じられていた 民族歌を街じゅうに流した。 63 00:07:52,405 --> 00:07:55,675 ♬~ 64 00:07:55,675 --> 00:07:58,111 「偉大なるインドネシア」と題された➡ 65 00:07:58,111 --> 00:08:01,114 「Indonesia Raya」。 66 00:08:01,114 --> 00:08:12,726 ♬~ 67 00:08:12,726 --> 00:08:17,230 インドネシアの人々は 愛国の思いを込めた この歌を➡ 68 00:08:17,230 --> 00:08:21,801 ひそかに口ずさみながら オランダの支配に耐えてきた。 69 00:08:21,801 --> 00:08:34,814 ♬~ 70 00:09:03,243 --> 00:09:09,048 ♬~ 71 00:09:11,117 --> 00:09:18,224 町田率いる宣伝班は 人心をつかむため さまざまな作戦を展開する。 72 00:09:20,794 --> 00:09:24,898 オランダの支配下では 教育を受けられなかった子どもたちに➡ 73 00:09:24,898 --> 00:09:27,267 学校をつくった。 74 00:09:27,267 --> 00:09:36,276 ♬~ 75 00:09:38,278 --> 00:09:44,884 日本語の授業は 大東亜共栄圏の 共通語とするため 特に重視した。 76 00:09:48,254 --> 00:09:52,158 習得度を競う弁論競技会も開催した。 77 00:10:19,219 --> 00:10:24,991 ♬~ 78 00:10:24,991 --> 00:10:31,865 アジアの結束を訴える宣伝作戦は 初期段階では 殊の外 順調に進んだ。 79 00:10:31,865 --> 00:10:44,577 ♬~ 80 00:10:46,679 --> 00:10:50,850 ジャワ宣伝班の成果を 日本向けのラジオ放送で➡ 81 00:10:50,850 --> 00:10:54,053 町田自ら語っている。 82 00:11:25,218 --> 00:11:29,088 日本の支配地域が 南へと広がっていくと➡ 83 00:11:29,088 --> 00:11:34,093 国民の間で南方ブームが巻き起こる。 84 00:11:35,862 --> 00:11:38,765 大学の外国語授業では➡ 85 00:11:38,765 --> 00:11:41,868 マレー語が一番の人気になった。 86 00:12:33,319 --> 00:12:37,824 ♬~ 87 00:12:37,824 --> 00:12:42,729 人々は ラジオから流れる流行歌に 耳を傾け➡ 88 00:12:42,729 --> 00:12:46,032 南の島への憧れを募らせた。 89 00:12:51,004 --> 00:13:21,000 ♬~ 90 00:14:03,643 --> 00:14:11,451 しかし 大東亜共栄圏全ての国が 日本軍を歓迎したわけではなかった。 91 00:14:13,319 --> 00:14:18,091 アメリカ軍が撤退した フィリピンの首都 マニラ。 92 00:14:18,091 --> 00:14:20,827 日本軍が入城する映像では➡ 93 00:14:20,827 --> 00:14:25,531 出迎える現地住民の姿は ほとんど見られない。 94 00:14:29,502 --> 00:14:32,905 アメリカ統治時代から自治政府が許され➡ 95 00:14:32,905 --> 00:14:37,777 1946年の独立を約束されていた フィリピンでは➡ 96 00:14:37,777 --> 00:14:43,983 アジア解放という日本の宣伝文句に 共感する者は少なかった。 97 00:14:46,452 --> 00:14:49,322 (砲撃音) 98 00:14:49,322 --> 00:14:52,291 マニラを撤退したアメリカ軍は➡ 99 00:14:52,291 --> 00:14:55,528 フィリピン兵と共に バターン半島に逃れ➡ 100 00:14:55,528 --> 00:14:57,630 抵抗を続けていた。 101 00:15:01,667 --> 00:15:09,742 しかし日本軍の猛攻の前に 1942年5月 コレヒドール島が陥落。 102 00:15:09,742 --> 00:15:12,645 フィリピンは制圧された。 103 00:15:15,948 --> 00:15:22,355 7万人を超える兵士が投降。 そのほとんどがフィリピン兵だった。 104 00:15:22,355 --> 00:15:28,661 日本軍は 想定外の大勢の捕虜を 抱えることになった。 105 00:15:39,639 --> 00:15:43,376 大勢の捕虜を運ぶ輸送手段はなく➡ 106 00:15:43,376 --> 00:15:50,149 しゃく熱の中 収容所へと80キロ歩かせた。 107 00:15:50,149 --> 00:15:54,020 マラリアや飢えのため 数万人が命を落とす➡ 108 00:15:54,020 --> 00:15:58,324 「バターン死の行進」と呼ばれる 悲劇が起きた。 109 00:16:02,728 --> 00:16:08,434 生き残った兵士は 捕虜収容所で 過酷な扱いを受けた。 110 00:16:13,372 --> 00:16:19,078 これは 捕虜となった兵士が 終戦後 間もなく解放された時の映像。 111 00:16:21,781 --> 00:16:27,486 痩せ衰えた姿は 劣悪な収容所生活を物語っている。 112 00:16:34,861 --> 00:16:38,664 バターンの戦いで生き残った… 113 00:16:42,702 --> 00:16:48,808 捕虜収容所で日本兵の残虐さを 目の当たりにした。 114 00:17:20,406 --> 00:17:27,113 開戦から半年 占領地域は拡大し 大東亜共栄圏は➡ 115 00:17:27,113 --> 00:17:33,786 ビルマから南太平洋の島々を含む 広大な地域に及んだ。 116 00:17:33,786 --> 00:17:39,292 共栄圏を強固にするため 日本は次なる手を打つ。 117 00:17:51,971 --> 00:17:54,373 訓練を受けている若者たちは➡ 118 00:17:54,373 --> 00:18:00,479 これから日本に留学し 大東亜共栄圏の 指導者として育成される… 119 00:18:04,050 --> 00:18:09,255 通称「南特」と呼ばれ 200人ほどいた。 120 00:18:09,255 --> 00:18:16,462 各国の有力者や王族の子弟などが多く 大東亜共栄圏の人質ともいわれた。 121 00:18:39,251 --> 00:18:43,055 マレー半島で日本軍の強さに驚嘆した… 122 00:18:44,991 --> 00:18:49,595 王族の血を引くノン・チックも ナントクに選ばれた。 123 00:19:11,851 --> 00:19:15,721 ♬~ 124 00:19:15,721 --> 00:19:21,027 1943年 南方特別留学生第1陣が➡ 125 00:19:21,027 --> 00:19:25,364 東京駅に到着した時の映像が 残されている。 126 00:19:25,364 --> 00:19:32,972 彼らは 大東亜共栄圏の将来を担う 人材として 盛大な歓迎を受けた。 127 00:19:36,976 --> 00:19:41,380 式典を終えると 軍隊式の行進を披露し➡ 128 00:19:41,380 --> 00:19:45,785 皇居に向かい拝礼する 宮城遥拝を行った。 129 00:19:50,156 --> 00:19:56,362 ノン・チックは 陸軍省の命令で 陸軍士官学校に進んだ。 130 00:19:58,798 --> 00:20:02,301 日本人の士官候補生と机を並べ➡ 131 00:20:02,301 --> 00:20:10,109 帰国後は日本軍と共に戦う将校になるべく 武道や軍事教練に打ち込んだ。 132 00:20:18,884 --> 00:20:23,122 フィリピンから選ばれた 南方特別留学生の中に➡ 133 00:20:23,122 --> 00:20:25,958 バターン半島の戦いで捕虜となった➡ 134 00:20:25,958 --> 00:20:28,360 レオカディオ・デアシスがいた。 135 00:20:33,132 --> 00:20:37,970 日本軍への協力を条件に釈放された デアシスは➡ 136 00:20:37,970 --> 00:20:41,540 屈強な体格と明せきな頭脳を認められ➡ 137 00:20:41,540 --> 00:20:44,643 ナントクの一員に抜てきされた。 138 00:21:09,969 --> 00:21:15,641 デアシスは 日本軍に協力する フィリピン警察隊のリーダーになるため➡ 139 00:21:15,641 --> 00:21:18,544 警察学校へ入学。 140 00:21:20,546 --> 00:21:22,548 (笛の音) 141 00:21:22,548 --> 00:21:29,255 研修の一環で勤労工場を見学した際には こんな感想を抱いた。 142 00:21:59,285 --> 00:22:01,987 開戦から1年が経過すると➡ 143 00:22:01,987 --> 00:22:08,627 南方では連合軍の反攻を受け 日本軍の敗退が始まる。 144 00:22:08,627 --> 00:22:13,299 (銃撃音) 145 00:22:13,299 --> 00:22:18,504 ♬~ 146 00:22:18,504 --> 00:22:22,808 1943年10月 日本は➡ 147 00:22:22,808 --> 00:22:25,644 フィリピンの独立を承認。 148 00:22:25,644 --> 00:22:28,314 体裁上の独立を許すことで➡ 149 00:22:28,314 --> 00:22:32,418 大東亜共栄圏からの離反を 防ぐためだった。 150 00:22:35,087 --> 00:22:39,592 ♬~ 151 00:22:39,592 --> 00:22:43,395 日本軍の後押しにより 大統領に就任したのは… 152 00:22:47,333 --> 00:22:51,737 息子は 南方特別留学生として 日本へ送られており➡ 153 00:22:51,737 --> 00:22:54,640 人質を取られているも同然。 154 00:22:54,640 --> 00:22:58,143 日本の言いなりになるしかなかった。 155 00:23:00,946 --> 00:23:07,753 ラウレルは 日本軍から アメリカへ即刻 宣戦布告するよう求められた。 156 00:23:11,357 --> 00:23:13,993 日本と共にアメリカと戦えば➡ 157 00:23:13,993 --> 00:23:19,198 戦争に負けた時 フィリピンの存続は危うくなる。 158 00:23:19,198 --> 00:23:26,505 ラウレルは 日本からの宣戦布告の要求を じりじりと引き延ばそうとした。 159 00:24:13,953 --> 00:24:17,823 1943年11月➡ 160 00:24:17,823 --> 00:24:22,061 日本は共栄圏の団結を 世界にアピールするために➡ 161 00:24:22,061 --> 00:24:24,563 大東亜会議を開催した。 162 00:24:27,466 --> 00:24:35,674 ラウレルは 演説の機会を得ると 遠回しながら日本への批判を口にした。 163 00:25:10,342 --> 00:25:12,277 (拍手) 164 00:25:12,277 --> 00:25:15,647 しかし この10か月後➡ 165 00:25:15,647 --> 00:25:18,951 ラウレルは 日本の圧力に屈し➡ 166 00:25:18,951 --> 00:25:23,655 アメリカ イギリスへの宣戦布告を 余儀なくされた。 167 00:25:28,293 --> 00:25:32,831 (木板を打つ音) 168 00:25:32,831 --> 00:25:54,987 ♬~ 169 00:25:54,987 --> 00:26:01,760 インドネシアでは 戦況が悪化すると 民衆への締めつけが始まった。 170 00:26:01,760 --> 00:26:06,131 隣組を組織させ 住民同士を監視。 171 00:26:06,131 --> 00:26:09,334 反乱分子を取り締まろうとした。 172 00:26:13,772 --> 00:26:16,041 フィリピンとは異なり➡ 173 00:26:16,041 --> 00:26:21,246 日本は インドネシアの独立を 認めるつもりはなかった。 174 00:26:23,449 --> 00:26:27,319 当時 極秘とされた 大本営の機密文書には➡ 175 00:26:27,319 --> 00:26:30,255 石油の供給地であるインドネシアは➡ 176 00:26:30,255 --> 00:26:35,060 帝国日本の領土とする方針が 示されていた。 177 00:26:40,299 --> 00:26:46,805 日本人と現地の人々の間の関係性を 如実に示す映像がある。 178 00:26:50,676 --> 00:26:57,082 車掌の女性。 現地の人には そのままの姿勢で応じているが➡ 179 00:26:57,082 --> 00:27:01,186 日本人に対しては 丁寧なおじぎをしている。 180 00:27:06,225 --> 00:27:09,128 町田敬二率いる宣伝班も➡ 181 00:27:09,128 --> 00:27:15,133 民衆の日本人化を推し進める 宣伝工作を命じられる。 182 00:27:17,002 --> 00:27:20,272 ♬~ 183 00:27:20,272 --> 00:27:22,307 日本精神を浸透させる➡ 184 00:27:22,307 --> 00:27:27,346 プロパガンダ映画が次々と製作された。 185 00:27:27,346 --> 00:27:34,119 エイ! トウ! エイ! トウ! 186 00:27:34,119 --> 00:27:40,359 エイ! トウ! エイ! トウ! 187 00:27:40,359 --> 00:27:47,132 軍の上層部は 一旦は許していた民族歌 「インドネシア ラヤ」を➡ 188 00:27:47,132 --> 00:27:52,037 独立をあおるという理由で 歌うことを禁じた。 189 00:27:52,037 --> 00:27:57,643 強引に皇民化を図る方針に 町田は失望していく。 190 00:28:27,773 --> 00:28:40,886 ♬「むかしの光 いまいずこ」 191 00:28:42,754 --> 00:28:47,192 ♬~ 192 00:28:47,192 --> 00:28:50,963 更に宣伝班は ジャワの若者たちに➡ 193 00:28:50,963 --> 00:28:54,766 防衛義勇軍への入隊を呼びかけた。 194 00:28:54,766 --> 00:28:58,637 日本軍の兵員不足を補うためだったが➡ 195 00:28:58,637 --> 00:29:04,142 将来の独立に備えるためと 言葉巧みに宣伝した。 196 00:29:15,921 --> 00:29:21,426 日本軍の施設や炭鉱で働かせる 労務者の徴用も行った。 197 00:29:25,430 --> 00:29:31,436 労務者の動員には 民族運動のリーダー スカルノを利用した。 198 00:30:14,746 --> 00:30:19,184 ジャワ島だけで 250万人の労務者が徴用され➡ 199 00:30:19,184 --> 00:30:24,790 飢えやマラリアで数万人が命を落とした。 200 00:30:27,893 --> 00:30:30,295 (鐘の音) 201 00:30:30,295 --> 00:30:36,601 働き手を失い 疲弊した農村部では 日本軍への不満が爆発し➡ 202 00:30:36,601 --> 00:30:39,905 反乱も起きるようになった。 203 00:31:20,078 --> 00:31:23,849 (砲撃音) 204 00:31:23,849 --> 00:31:26,685 1944年10月➡ 205 00:31:26,685 --> 00:31:30,989 フィリピン・レイテ島に アメリカ軍が上陸。 206 00:31:33,325 --> 00:31:37,028 (砲撃音) 207 00:31:37,028 --> 00:31:43,435 首都マニラでは 日本軍と米軍が 激しい市街戦を繰り広げ➡ 208 00:31:43,435 --> 00:31:46,538 市民10万人が巻き添えとなった。 209 00:31:49,541 --> 00:31:54,546 (砲撃音) 210 00:31:56,748 --> 00:32:02,454 大統領ラウレルは 日本軍に連れられ フィリピンを脱出。 211 00:32:02,454 --> 00:32:04,756 日本へ向かった。 212 00:32:23,742 --> 00:32:26,645 1945年8月➡ 213 00:32:26,645 --> 00:32:31,950 日本はポツダム宣言を受諾し 戦争は終結した。 214 00:32:35,220 --> 00:32:40,025 フィリピンは再び アメリカの統治下に置かれた。 215 00:32:46,832 --> 00:32:51,336 シンガポールには イギリス軍が進駐。 216 00:32:51,336 --> 00:32:54,739 歓喜の声がわき上がった。 217 00:32:54,739 --> 00:32:57,342 (歓声) 218 00:32:59,244 --> 00:33:05,150 インドネシアでは 降伏した日本軍の武装解除が行われた。 219 00:33:09,955 --> 00:33:15,794 王様の予言どおり トウモロコシの花が咲く夏➡ 220 00:33:15,794 --> 00:33:21,199 日本軍は 僅か3年余りで去っていった。 221 00:33:28,807 --> 00:33:35,013 だが インドネシアには 再びオランダが植民地化をねらい 侵攻。 222 00:33:35,013 --> 00:33:37,816 4年に及ぶ戦争が始まる。 223 00:33:40,819 --> 00:33:48,827 独立のために戦ったのは 日本占領期に 組織された防衛義勇軍出身者たちだった。 224 00:33:54,399 --> 00:33:59,704 残留した日本兵2,000人も 彼らと共に戦った。 225 00:34:03,208 --> 00:34:05,510 (砲撃音) 226 00:34:32,671 --> 00:34:34,606 (歓声) 227 00:34:34,606 --> 00:34:39,611 1949年 インドネシアは 独立を勝ち取る。 228 00:34:42,647 --> 00:34:49,421 大統領には 民族運動のリーダー スカルノが就任した。 229 00:34:49,421 --> 00:34:52,123 ♬~ 230 00:34:52,123 --> 00:34:57,062 国の歌 国歌に選ばれたのは あの民族歌だった。 231 00:34:57,062 --> 00:35:06,871 ♬~ 232 00:35:22,954 --> 00:35:32,163 ♬~ 233 00:35:35,967 --> 00:35:38,370 フィリピンのラウレル大統領は➡ 234 00:35:38,370 --> 00:35:42,173 日本の奈良で終戦を迎えた。 235 00:35:42,173 --> 00:35:47,479 これは その1か月後 GHQに連行される映像である。 236 00:35:51,950 --> 00:35:57,856 ラウレルは 対日協力の反逆罪などで逮捕された。 237 00:36:03,495 --> 00:36:10,502 3年後 ラウレルは恩赦を受け 政界に復帰する。 238 00:36:13,138 --> 00:36:18,476 戦後もフィリピンは アメリカの強い影響下に置かれた。 239 00:36:18,476 --> 00:36:22,847 ラウレルは 今度は 大国アメリカと対峙し➡ 240 00:36:22,847 --> 00:36:26,851 不平等な関係の改善に力を尽くした。 241 00:36:48,640 --> 00:36:52,944 1954年 東京・有楽町に➡ 242 00:36:52,944 --> 00:36:56,848 深夜放送専門のラジオ会社が 設立された。 243 00:37:01,152 --> 00:37:06,257 ラジオ会社を立ち上げたのは ジャワ島で宣伝部隊を率いた… 244 00:37:09,594 --> 00:37:12,564 ディスクジョッキーが 曲を流し トークする➡ 245 00:37:12,564 --> 00:37:16,067 それまでにない番組がスタートした。 246 00:37:17,836 --> 00:37:21,639 DJを務めたのは 糸居五郎。 247 00:37:21,639 --> 00:37:26,177 糸居もまた 満州からの引き揚げ者だった。 248 00:37:26,177 --> 00:37:32,884 満州でアナウンサーになり 終戦の1年半後 日本に戻ってきた。 249 00:37:35,720 --> 00:37:42,727 この番組から 後に深夜ラジオの 代名詞となる あの番組が生まれる。 250 00:37:44,863 --> 00:37:50,668 ♬~(「ビタースウィート・サンバ」) 251 00:38:43,288 --> 00:38:49,794 1970年代 再び日本は 東南アジアに進出する。 252 00:38:51,462 --> 00:38:59,003 安い労働力と資源を求めて 日本企業が続々工場を構えた。 253 00:38:59,003 --> 00:39:05,910 搾取 新たな大東亜共栄圏だと 反日感情が噴き上がった。 254 00:39:10,048 --> 00:39:13,351 1974年に田中角栄首相が➡ 255 00:39:13,351 --> 00:39:15,920 東南アジアを訪問した際には➡ 256 00:39:15,920 --> 00:39:19,224 各地で激しい反日デモが起きた。 257 00:39:22,160 --> 00:39:25,463 ジャカルタでは 暴動にまで発展した。 258 00:39:31,836 --> 00:39:38,343 この時 日本との関係改善に動いたのが 元南方特別留学生だった。 259 00:39:40,078 --> 00:39:42,981 戦時下の日本で学んだ若者たちは➡ 260 00:39:42,981 --> 00:39:48,987 戦後 各国の政財界で 活躍する存在になっていた。 261 00:39:52,056 --> 00:39:59,297 元留学生たちは 日本との関係構築のための団体を結成。 262 00:39:59,297 --> 00:40:01,232 代表を務めたのは➡ 263 00:40:01,232 --> 00:40:06,437 マレーシアのノン・チックと フィリピンのデアシスだった。 264 00:40:09,040 --> 00:40:13,811 日本軍の捕虜になりながら 留学生に選抜されたデアシスは➡ 265 00:40:13,811 --> 00:40:16,914 戦後 弁護士になっていた。 266 00:40:20,084 --> 00:40:22,820 マレーの王族の血を引くノン・チックは➡ 267 00:40:22,820 --> 00:40:28,026 政治家になり 祖国の復興に携わってきた。 268 00:40:30,428 --> 00:40:35,767 2人は粘り強く したたかに 日本政府に働きかけ➡ 269 00:40:35,767 --> 00:40:41,873 日本の経済力を利用し 自国の発展へと つなげようとする。 270 00:41:07,065 --> 00:41:11,903 東南アジアに投入される 日本の開発援助資金を使って➡ 271 00:41:11,903 --> 00:41:15,506 鉄道や港湾施設などのインフラを整備。 272 00:41:21,112 --> 00:41:25,650 天然資源の開発では 日本企業と合弁会社を設立し➡ 273 00:41:25,650 --> 00:41:31,155 対日輸出を拡大 成長を遂げていく。 274 00:41:35,827 --> 00:41:40,832 そして東南アジアは 新たな国際戦略を打ち出す。 275 00:41:51,109 --> 00:41:54,679 ASEAN諸国が一大経済圏を構成し➡ 276 00:41:54,679 --> 00:41:57,582 大国と対峙する体制をつくり上げた。 277 00:41:57,582 --> 00:42:01,085 (拍手) 278 00:42:37,255 --> 00:42:39,957 フィリピンの首都 マニラ。 279 00:42:44,996 --> 00:42:52,303 太平洋戦争で激しい市街戦となった 街の大通りに ある銅像が立っている。 280 00:42:54,772 --> 00:43:00,678 大東亜共栄圏の時代に大統領となった ホセ・ラウレル。 281 00:43:04,348 --> 00:43:07,318 日本 アメリカと渡り合い➡ 282 00:43:07,318 --> 00:43:12,156 戦後も祖国の発展に力を尽くした ラウレルは➡ 283 00:43:12,156 --> 00:43:17,862 1959年 68歳の生涯を閉じた。 284 00:44:08,312 --> 00:44:39,810 ♬~