1 00:00:01,134 --> 00:00:08,141 ♬~ 2 00:00:10,878 --> 00:00:15,015 2025年1月。 3 00:00:15,015 --> 00:00:20,821 アウシュビッツ強制収容所が 解放されてから 80年を迎えた。 4 00:00:27,127 --> 00:00:37,738 (拍手) 5 00:00:37,738 --> 00:00:43,844 生還者は高齢となり 次々に亡くなっている。 6 00:00:43,844 --> 00:00:50,250 この日 56人の生還者が 再び その地を踏んだ。 7 00:01:37,397 --> 00:01:44,638 3年の間に110万人が命を落とした 絶滅収容所 アウシュビッツ。 8 00:01:44,638 --> 00:01:52,546 解放された8,000人余りの人々は 地獄をどう生き延びたのか。 9 00:02:04,458 --> 00:02:09,062 アウシュビッツから生還し 克明な体験記を記した… 10 00:02:13,900 --> 00:02:16,870 収容所で彼を支えたのは➡ 11 00:02:16,870 --> 00:02:21,375 祖国イタリアの詩人 ダンテの言葉だった。 12 00:02:36,957 --> 00:02:40,260 15歳で解放を迎えた… 13 00:02:45,699 --> 00:02:51,705 恐怖の中 命懸けで 花の絵を描き続けた。 14 00:02:59,946 --> 00:03:04,251 ♬~ 15 00:03:09,156 --> 00:03:15,262 収容所でオーケストラを結成し 絶望する人々の光となった。 16 00:03:20,600 --> 00:03:23,904 双子の妹と共に解放された… 17 00:03:30,710 --> 00:03:33,013 双子に異様な興味を持つ➡ 18 00:03:33,013 --> 00:03:37,017 医師メンゲレによる 人体実験の材料にされたが➡ 19 00:03:37,017 --> 00:03:39,920 生きることを諦めなかった。 20 00:03:51,398 --> 00:03:53,366 ♬~ 21 00:03:53,366 --> 00:03:56,169 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 22 00:03:58,171 --> 00:04:03,643 アウシュビッツで生と死を分けたものは 何だったのか。 23 00:04:03,643 --> 00:04:09,449 生還者たちが地獄の中で見つけた 希望の物語である。 24 00:04:09,449 --> 00:04:22,062 ♬~ 25 00:04:24,931 --> 00:04:31,738 これは1945年 アウシュビッツを解放した ソ連軍が撮影した映像。 26 00:04:35,075 --> 00:04:39,813 600万の命を奪ったホロコーストで 最も多くのユダヤ人➡ 27 00:04:39,813 --> 00:04:43,016 110万人が殺された場所である。 28 00:04:45,018 --> 00:04:50,924 収容所の内部を撮影した映像は 解放後のものしか残っていない。 29 00:04:50,924 --> 00:04:53,393 カメラが捉えていたのは➡ 30 00:04:53,393 --> 00:04:58,598 地獄から生きて帰った 8,000人余りの人たちだった。 31 00:05:18,618 --> 00:05:23,523 これは1982年に 生還者の プリーモ・レーヴィが➡ 32 00:05:23,523 --> 00:05:26,526 アウシュビッツを訪れる 映像である。 33 00:05:44,277 --> 00:05:48,615 レーヴィは トリノに生まれたイタリア人。 34 00:05:48,615 --> 00:05:52,552 1937年 トリノ大学に入学し➡ 35 00:05:52,552 --> 00:05:55,055 化学者を目指していた。 36 00:06:03,630 --> 00:06:10,337 そのころ イタリアは 独裁者ムッソリーニがヒトラーと接近。 37 00:06:10,337 --> 00:06:16,042 イタリア国内でも 反ユダヤの法律が施行されるようになる。 38 00:06:20,947 --> 00:06:24,551 これは レーヴィの卒業証書。 39 00:06:27,754 --> 00:06:32,859 名前の横には 注意書きが書き込まれていた。 40 00:06:40,700 --> 00:06:47,807 1942年 ドイツ占領地に住む ユダヤ人の移送が始まる。 41 00:06:47,807 --> 00:06:51,044 その後 イタリアに住むレーヴィも➡ 42 00:06:51,044 --> 00:06:54,347 アウシュビッツ行きの貨物列車に 乗せられた。 43 00:07:53,039 --> 00:07:59,612 同じ貨物列車に詰め込まれていた 650人のうち525人は➡ 44 00:07:59,612 --> 00:08:03,416 到着すると ガス室に送られた。 45 00:08:12,192 --> 00:08:15,862 レーヴィは 化学の知識を持っていたことで➡ 46 00:08:15,862 --> 00:08:19,165 合成ゴムの工場で働くことになった。 47 00:09:01,107 --> 00:09:06,413 人間に踏みとどまろうとするレーヴィを 支えた言葉がある。 48 00:09:06,413 --> 00:09:12,519 14世紀 故郷イタリアの詩人 ダンテの「神曲」の一節だった。 49 00:09:56,729 --> 00:10:02,469 レーヴィは ダンテの言葉を 繰り返し繰り返し暗唱し➡ 50 00:10:02,469 --> 00:10:06,973 11か月にわたるアウシュビッツでの日々を 耐え抜いた。 51 00:10:13,112 --> 00:10:18,918 解放されて取りかかったのは 自らの体験を書き残すことだった。 52 00:10:23,490 --> 00:10:27,293 1947年に出版された著作… 53 00:10:28,995 --> 00:10:32,198 冒頭は こう始まる。 54 00:11:03,830 --> 00:11:08,468 戦争のことは忘れたいという空気が広がる ヨーロッパで➡ 55 00:11:08,468 --> 00:11:13,673 レーヴィの著作は その記憶を生々しくよみがえらせた。 56 00:11:18,144 --> 00:11:23,750 レーヴィは その後も 化学メーカーで働きながら執筆を続ける。 57 00:11:25,852 --> 00:11:28,755 しかし 1970年代に入ると➡ 58 00:11:28,755 --> 00:11:33,593 レーヴィの著作を 否定する人たちが現れる。 59 00:11:33,593 --> 00:11:38,798 ホロコーストはなかったと言い張る 歴史修正主義者だった。 60 00:11:54,614 --> 00:11:59,519 そうした声に レーヴィは著作を通じて立ち向かった。 61 00:12:43,630 --> 00:12:48,201 レーヴィの著作は 世界が忌まわしい過去と向き合い➡ 62 00:12:48,201 --> 00:12:54,641 悲劇を二度と繰り返さないための教訓を 伝えるものとなった。 63 00:12:54,641 --> 00:13:00,046 しかし レーヴィは 思わぬ形で最期を迎えることになる。 64 00:13:08,788 --> 00:13:14,594 これは1992年 チェコ人の生還者 ディタ・クラウスが➡ 65 00:13:14,594 --> 00:13:18,798 11時間に及ぶインタビューに答えた時の 映像である。 66 00:13:49,395 --> 00:13:54,167 これは ディタが解放された時の写真。 67 00:13:54,167 --> 00:13:58,471 たばこを吸っているが この時15歳である。 68 00:14:03,676 --> 00:14:09,782 最初に収容されたのは チェコのテレージエンシュタット収容所。 69 00:14:09,782 --> 00:14:13,653 ユダヤ人を一時的に収容し アウシュビッツなど➡ 70 00:14:13,653 --> 00:14:18,257 絶滅収容所に移送するための 中継地となっていた。 71 00:14:36,576 --> 00:14:41,581 テレージエンシュタットで ディタが描いた絵が残っている。 72 00:14:43,383 --> 00:14:50,089 労働を終え 窓から見えた風景を 黒一色で描いている。 73 00:14:53,626 --> 00:14:59,732 収容所にいた他の子どもの絵にも 絶望が色濃く投影されている。 74 00:14:59,732 --> 00:15:06,038 この絵に描かれた生き物には 全て フォークが刺さっている。 75 00:15:17,150 --> 00:15:22,021 男の子が涙を流しながら見つめる先には➡ 76 00:15:22,021 --> 00:15:27,126 胸にダビデの星をつけた人が 首をつられている。 77 00:15:32,632 --> 00:15:38,438 これは実際に子どもたちが絵を描いていた 屋根裏部屋の映像。 78 00:15:43,109 --> 00:15:46,979 ここで絵を教えた女性がいる。 79 00:15:46,979 --> 00:15:51,417 44歳の フリードル・ディッカー。 80 00:15:51,417 --> 00:15:54,520 彼女も ユダヤ人の収容者だった。 81 00:15:56,589 --> 00:16:00,893 収容所で教育は厳しく制限されており➡ 82 00:16:00,893 --> 00:16:05,698 管理する親衛隊に見つかれば 命の危険もあった。 83 00:16:09,569 --> 00:16:13,239 ある日 ディタは フリードルから➡ 84 00:16:13,239 --> 00:16:17,143 ゴッホの「ひまわり」の画集を手渡される。 85 00:16:57,383 --> 00:17:02,321 これは 収容所の中でディタが模写した 「ひまわり」。 86 00:17:02,321 --> 00:17:07,226 暗く陰鬱だった子どもたちの絵が 次第に変わり始めた。 87 00:17:09,896 --> 00:17:13,900 心の中につくった平和な世界。 88 00:17:15,701 --> 00:17:18,704 楽しかった日の思い出。 89 00:17:22,508 --> 00:17:26,746 フリードルは 番号で管理されていた子どもたちに➡ 90 00:17:26,746 --> 00:17:30,850 必ず 名前のサインを入れるように指導した。 91 00:18:06,152 --> 00:18:12,758 しかし ディタがアウシュビッツに 移送される日がやってくる。 92 00:18:44,590 --> 00:18:50,429 到着した人たちを生かすか ガス室に送るか。 93 00:18:50,429 --> 00:18:53,933 ディタは「選別」の列に並んだ。 94 00:18:56,168 --> 00:19:00,639 子どもや高齢者などは 労働力にはならないとみなされ➡ 95 00:19:00,639 --> 00:19:03,342 ガス室に送られていた。 96 00:19:06,345 --> 00:19:08,280 ディタは それを感じ取り➡ 97 00:19:08,280 --> 00:19:16,188 とっさに年齢を2歳偽り 16歳と申告し ガス室送りを免れた。 98 00:19:18,924 --> 00:19:25,831 アウシュビッツでは 僅かな本のある 図書室を管理する役割を与えられた。 99 00:19:29,568 --> 00:19:32,538 絵を教えてくれたフリードルは➡ 100 00:19:32,538 --> 00:19:39,045 1944年 アウシュビッツのガス室で 命を奪われていた。 101 00:19:42,248 --> 00:19:49,488 テレージエンシュタットに収容された 子どもは およそ1万5,000人。 102 00:19:49,488 --> 00:19:53,192 そのうち9割が殺害されている。 103 00:20:05,071 --> 00:20:09,508 1949年 生き残ったディタは➡ 104 00:20:09,508 --> 00:20:13,012 建国されたばかりのイスラエルに渡る。 105 00:20:16,348 --> 00:20:20,152 すでに ディタは結婚していた。 106 00:20:20,152 --> 00:20:24,156 夫も アウシュビッツの生還者だった。 107 00:21:02,261 --> 00:21:08,868 2人は海沿いの街 ネタニヤに家を構え 平和な日々を送った。 108 00:21:14,507 --> 00:21:18,777 ディタは その後も絵を描き続けた。 109 00:21:18,777 --> 00:21:22,281 色鮮やかな花の絵である。 110 00:22:04,256 --> 00:22:14,900 ♬~ 111 00:22:14,900 --> 00:22:17,703 チェコを代表する指揮者… 112 00:22:19,705 --> 00:22:23,576 彼もまた アウシュビッツの生還者である。 113 00:22:23,576 --> 00:22:28,981 ♬~ 114 00:22:48,634 --> 00:22:51,537 ユダヤ人の裕福な家庭に生まれ➡ 115 00:22:51,537 --> 00:22:58,010 25歳で プラハ放送交響楽団の 音楽監督に就任。 116 00:22:58,010 --> 00:23:02,414 指揮者として 順調なステップアップを果たしていた。 117 00:23:05,084 --> 00:23:10,990 キャリアを阻んだのは ドイツによる チェコ占領だった。 118 00:23:10,990 --> 00:23:17,663 1939年 アンチェルは楽団を解雇される。 119 00:23:17,663 --> 00:23:20,866 ユダヤ人であることが理由だった。 120 00:23:24,169 --> 00:23:29,708 そして 中継地点の収容所 テレージエンシュタットに送られる。 121 00:23:29,708 --> 00:23:36,315 大勢のユダヤ人を押し込めた 小さな街全体が収容所となっていた。 122 00:24:02,941 --> 00:24:07,146 アンチェルは ここで オーケストラを結成する。 123 00:24:07,146 --> 00:24:14,153 親衛隊の目を盗み 楽器を手に入れ 記憶を頼りに楽譜を作った。 124 00:24:16,188 --> 00:24:24,697 一日の労働のあと 仲間と屋根裏に集まり 夜遅くまで練習に励んだ。 125 00:24:26,398 --> 00:24:33,238 しかし その動きを知った親衛隊は ある目的に利用しようとした。 126 00:24:33,238 --> 00:24:39,345 これは テレージエンシュタットに 収容されたユダヤ人を撮影する親衛隊員。 127 00:24:41,880 --> 00:24:48,787 このころ ユダヤ人への残虐行為の噂が 国際社会で報じられ始めていた。 128 00:24:50,489 --> 00:24:54,159 ナチは その批判をかわすため➡ 129 00:24:54,159 --> 00:24:58,564 嘘で固めたプロパガンダ映画を 製作しようとしていた。 130 00:25:02,568 --> 00:25:08,474 これは 1944年につくられた プロパガンダ映画である。 131 00:25:16,749 --> 00:25:20,352 運動場や公園を急ごしらえでつくり➡ 132 00:25:20,352 --> 00:25:26,959 「収容者は 豊かで文化的な生活を 送っている」という嘘を振りまいた。 133 00:25:28,694 --> 00:25:33,399 カメラに映るユダヤ人に 演技指導まで行った。 134 00:26:02,861 --> 00:26:07,266 アンチェルのオーケストラは このプロパガンダに利用されたのだった。 135 00:26:07,266 --> 00:26:13,672 ♬~ 136 00:26:13,672 --> 00:26:19,778 撮影の日のことを後にアンチェルは こう語っている。 137 00:27:03,021 --> 00:27:17,102 ♬~ 138 00:27:17,102 --> 00:27:20,973 (拍手) 139 00:27:20,973 --> 00:27:24,009 撮影の2週間後➡ 140 00:27:24,009 --> 00:27:29,414 アンチェルとオーケストラのメンバーは アウシュビッツに移送された。 141 00:27:33,552 --> 00:27:38,023 仲間のほとんどが ガス室で命を奪われた。 142 00:27:38,023 --> 00:27:44,029 しかしアンチェルは そこから別の収容所に送られ 死を逃れた。 143 00:27:48,667 --> 00:27:55,774 生還したアンチェルは 故郷プラハに戻り 音楽活動を再開させた。 144 00:27:58,010 --> 00:28:03,148 ♬~ 145 00:28:03,148 --> 00:28:09,555 これは 1968年に行われた 「プラハの春 音楽祭」の映像。 146 00:28:11,990 --> 00:28:14,760 アンチェルは首席指揮者として➡ 147 00:28:14,760 --> 00:28:18,630 チェコ・フィルハーモニーの 黄金時代を築いた。 148 00:28:18,630 --> 00:28:25,003 ♬~ 149 00:28:25,003 --> 00:28:30,943 しかし 故郷チェコも 安住の地ではなかった。 150 00:28:30,943 --> 00:28:38,550 この年 チェコの急激な民主化を警戒した ソ連が 軍事侵攻を始めたのだ。 151 00:28:38,550 --> 00:28:42,454 アンチェルは チェコを去る決断をする。 152 00:28:44,690 --> 00:28:47,159 逃れた先は カナダ。 153 00:28:47,159 --> 00:28:51,563 トロント交響楽団の 首席指揮者に就任した。 154 00:28:51,563 --> 00:28:57,869 二度とチェコに戻ることはなかったが チェコの音楽を指揮し続けた。 155 00:29:09,648 --> 00:29:14,620 ♬~ 156 00:29:14,620 --> 00:29:20,759 しかし 4年後の1973年 息を引き取る。 157 00:29:20,759 --> 00:29:26,164 収容所で患った病に 苦しみ続けていた。 158 00:29:26,164 --> 00:29:28,867 65歳だった。 159 00:29:32,371 --> 00:29:39,277 1993年 アンチェルは遺灰となって 民主化されたチェコに戻った。 160 00:29:41,079 --> 00:29:46,885 絶望の中でも 音楽で人々を励まし続けた カレル・アンチェル。 161 00:29:51,156 --> 00:29:57,963 チェコの大作曲家と共に ここ ヴィシェフラド墓地に眠っている。 162 00:30:50,182 --> 00:30:53,652 これは 1986年➡ 163 00:30:53,652 --> 00:30:58,557 アメリカで行われた ホロコースト追悼式典の映像。 164 00:31:00,859 --> 00:31:03,361 (スピーチ) 165 00:31:03,361 --> 00:31:09,167 ⚟(奇声) 166 00:31:10,902 --> 00:31:15,173 アウシュビッツ生還者で ノーベル平和賞を受賞した作家➡ 167 00:31:15,173 --> 00:31:20,479 エリ・ヴィーゼルのスピーチ中 一人の女性が声を上げた。 168 00:31:25,951 --> 00:31:30,255 女性が手にしていたプラカードには こうあった。 169 00:31:42,734 --> 00:31:45,737 メンゲレとは アウシュビッツで➡ 170 00:31:45,737 --> 00:31:51,977 残虐な人体実験を行っていた医師の名。 171 00:31:51,977 --> 00:31:55,814 双子に 異常な興味を抱いていたメンゲレは➡ 172 00:31:55,814 --> 00:31:58,183 双子の血液の交換など➡ 173 00:31:58,183 --> 00:32:05,090 遺伝と環境の関係を調べる実験を繰り返し 多くの命を奪っていた。 174 00:32:07,592 --> 00:32:12,164 しかし メンゲレは 戦犯として裁きを受けることなく➡ 175 00:32:12,164 --> 00:32:16,067 名前を偽り 国外に逃れていた。 176 00:32:19,905 --> 00:32:22,374 この女性は アウシュビッツで➡ 177 00:32:22,374 --> 00:32:26,678 メンゲレが行っていた 実験の被害者だった。 178 00:32:26,678 --> 00:32:29,981 ルーマニア出身の エヴァ・コー。 179 00:32:32,284 --> 00:32:37,789 これは アウシュビッツから解放された 子どもたちを捉えた映像。 180 00:32:40,725 --> 00:32:47,132 先頭を歩くのは エヴァと 双子の妹 ミリアムである。 181 00:33:53,098 --> 00:33:57,936 1985年 エヴァはミリアムと共に➡ 182 00:33:57,936 --> 00:34:00,739 アウシュビッツを訪れた。 183 00:34:18,256 --> 00:34:22,127 2人は 他の双子の被害者を集め➡ 184 00:34:22,127 --> 00:34:26,731 メンゲレの逃亡を許している国際社会へ 抗議した。 185 00:34:59,230 --> 00:35:02,567 ようやく メンゲレの行方が判明した。 186 00:35:02,567 --> 00:35:05,971 しかし 時すでに遅しだった。 187 00:35:22,654 --> 00:35:28,259 メンゲレは 30年にわたり 南米で潜伏生活を送り➡ 188 00:35:28,259 --> 00:35:30,962 そこで一生を終えていた。 189 00:35:36,401 --> 00:35:44,075 そして1993年 妹のミリアムが がんで この世を去った。 190 00:35:44,075 --> 00:35:49,481 ミリアムの腎臓は 10歳の時から成長していなかった。 191 00:36:12,003 --> 00:36:15,006 メンゲレの死を知ってから 10年。 192 00:36:16,975 --> 00:36:23,682 エヴァは 同胞のユダヤ人の間で 大きな物議を醸す発言をする。 193 00:36:46,704 --> 00:36:49,974 多くのユダヤ人にとって エヴァの発言は➡ 194 00:36:49,974 --> 00:36:53,711 到底受け入れがたいものだった。 195 00:36:53,711 --> 00:36:58,817 イスラエルのメディアは こんな論説を掲載した。 196 00:37:07,258 --> 00:37:12,464 メンゲレの実験対象になった双子も こう語った。 197 00:37:22,140 --> 00:37:25,477 なぜエヴァは この時期になって➡ 198 00:37:25,477 --> 00:37:29,280 憎み続けた敵を赦すことにしたのか。 199 00:37:29,280 --> 00:37:31,483 後に こう語っている。 200 00:37:57,809 --> 00:38:03,615 エヴァは アメリカ人と結婚 新しい人生を送っていた。 201 00:38:03,615 --> 00:38:06,117 そして 2019年➡ 202 00:38:06,117 --> 00:38:09,921 85歳で この世を去った。 203 00:38:12,791 --> 00:38:16,594 いつも 青い服を身につけていた。 204 00:38:18,229 --> 00:38:21,533 平和への祈りを込めたものだった。 205 00:38:28,873 --> 00:38:31,943 1987年。 206 00:38:31,943 --> 00:38:36,748 一人のアウシュビッツ生還者が 自ら命を絶った。 207 00:38:38,349 --> 00:38:41,152 アウシュビッツでの体験を 書き続けていた➡ 208 00:38:41,152 --> 00:38:45,657 イタリア人作家 プリーモ・レーヴィである。 209 00:38:49,260 --> 00:38:54,399 死の5年前 イスラエル軍が レバノンに侵攻。 210 00:38:54,399 --> 00:38:56,801 パレスチナ難民キャンプを包囲し➡ 211 00:38:56,801 --> 00:39:01,539 現地の民兵による難民虐殺を傍観した。 212 00:39:01,539 --> 00:39:04,142 (叫び声) 213 00:39:04,142 --> 00:39:07,845 レーヴィは これに強く抗議していた。 214 00:39:57,362 --> 00:40:03,268 遺作には 自らの無力感を嘆く言葉が つづられていた。 215 00:41:10,902 --> 00:41:18,176 収容所で絵を教わったディタ・クラウスは 95歳の今も健在である。 216 00:41:18,176 --> 00:41:26,050 しかし2年前 イスラエルを離れ 故郷プラハに移り住んだ。 217 00:41:26,050 --> 00:41:30,955 もう二度と 戦争は見たくないと考えたからだった。 218 00:42:19,504 --> 00:42:22,306 エヴァの死の翌年。 219 00:42:22,306 --> 00:42:28,012 大好きな青い服を着たエヴァの 巨大な壁画が出現した。 220 00:42:33,317 --> 00:42:36,220 エヴァは生前 この町に➡ 221 00:42:36,220 --> 00:42:40,825 ホロコーストの記憶を伝える記念館 キャンドルズを建てていた。 222 00:42:47,165 --> 00:42:52,003 ここで エヴァは生き続けている。 223 00:42:52,003 --> 00:42:58,910 エヴァのホログラムが 訪れる人と リアルタイムで対話を交わしている。 224 00:43:05,049 --> 00:43:10,254 亡くなる3年前 1,500を超える質問に答え➡ 225 00:43:10,254 --> 00:43:15,259 未来に向け語り続ける もう一人の 自分を作っていた。 226 00:44:08,346 --> 00:44:40,144 ♬~