1 00:00:00,934 --> 00:00:07,941 ♬~ 2 00:00:10,377 --> 00:00:14,982 (拍手) 3 00:00:14,982 --> 00:00:20,387 1962年 アメリカ大統領ケネディは➡ 4 00:00:20,387 --> 00:00:25,592 アポロ計画を推進するスピーチで ある男の言葉を引用した。 5 00:00:44,511 --> 00:00:48,215 世界で一番高い エベレストの頂に 挑み続けた➡ 6 00:00:48,215 --> 00:00:50,717 イギリスの登山家… 7 00:01:04,264 --> 00:01:12,873 1924年 マロリーは 頂上まで あと僅かと迫りながら消息を絶った。 8 00:01:38,131 --> 00:01:45,539 エベレスト 8,848mの頂上に 人間は到達できるのか? 9 00:01:45,539 --> 00:01:50,243 それは 20世紀に残された 最後の挑戦だった。 10 00:01:53,413 --> 00:01:58,051 8,000mを超える高所は 「デスゾーン」と呼ばれ➡ 11 00:01:58,051 --> 00:02:02,022 酸素は 地上の3分の1。 12 00:02:02,022 --> 00:02:07,227 猛烈な風が吹き荒れ 気温は 氷点下30度を下回る。 13 00:02:11,932 --> 00:02:14,501 マロリーが果たせなかった初登頂は➡ 14 00:02:14,501 --> 00:02:19,006 その29年後 2人の男によって成し遂げられる。 15 00:02:23,176 --> 00:02:25,746 一つの挑戦が達成されると➡ 16 00:02:25,746 --> 00:02:29,216 次に続くクライマーは より過酷な条件を➡ 17 00:02:29,216 --> 00:02:31,718 自らに課していった。 18 00:02:52,873 --> 00:02:55,909 トップクライマーにとって 価値あるものとは➡ 19 00:02:55,909 --> 00:02:59,212 前人未到の領域しかない。 20 00:02:59,212 --> 00:03:01,214 (山野井)あ~! 21 00:03:14,695 --> 00:03:17,397 「映像の世紀 バタフライエフェクト」。 22 00:03:20,067 --> 00:03:25,405 今回は エベレストを巡る壮絶なドラマ。 23 00:03:25,405 --> 00:03:29,276 世界で一番高い頂に 取りつかれた者たちの➡ 24 00:03:29,276 --> 00:03:32,079 栄光と狂気の物語である。 25 00:03:32,079 --> 00:03:43,423 ♬~ 26 00:03:43,423 --> 00:03:49,229 これは 1924年 エベレストを目指す➡ 27 00:03:49,229 --> 00:03:53,166 イギリス遠征隊の記録映画。 28 00:03:53,166 --> 00:03:56,970 遠征隊は 150人ものポーターを雇い➡ 29 00:03:56,970 --> 00:04:00,774 チベット高原を進んでいた。 30 00:04:00,774 --> 00:04:05,278 当時 エベレストの南側 ネパールは➡ 31 00:04:05,278 --> 00:04:09,149 鎖国政策を敷き 立ち入れなかった。 32 00:04:09,149 --> 00:04:13,620 そのため インドのダージリンから チベットに入り➡ 33 00:04:13,620 --> 00:04:15,922 北側から登る計画を立てた。 34 00:04:18,959 --> 00:04:24,197 4月29日 標高5,100mに ベースキャンプを設営。 35 00:04:24,197 --> 00:04:28,068 チベットでは エベレストを古くから➡ 36 00:04:28,068 --> 00:04:32,672 世界の母なる女神を意味する 「チョモランマ」と呼んでいた。 37 00:04:36,476 --> 00:04:41,882 この山の存在をイギリスが知ったのは この70年ほど前。 38 00:04:41,882 --> 00:04:46,786 植民地としていたインド各地の測量を 進めていた時だった。 39 00:04:50,590 --> 00:04:57,764 1852年 ヒマラヤ山脈に 世界で最も高い山を発見すると➡ 40 00:04:57,764 --> 00:05:03,937 インド測量局 前長官の名を冠し 「エベレスト」と命名した。 41 00:05:03,937 --> 00:05:07,741 「チョモランマ」と呼ばれていることは 知らなかった。 42 00:05:10,544 --> 00:05:12,546 第一次世界大戦後➡ 43 00:05:12,546 --> 00:05:17,083 イギリスは戦争で疲弊した 国民を鼓舞しようと➡ 44 00:05:17,083 --> 00:05:20,787 国家事業として エベレスト制覇に乗り出した。 45 00:05:26,159 --> 00:05:31,698 遠征メンバーは 軍人や学者 教師などの職に就きながら➡ 46 00:05:31,698 --> 00:05:35,402 登山家としても活躍する精鋭たち。 47 00:05:35,402 --> 00:05:40,607 報酬はない。 ただ 国の名誉のためだけの参加だった。 48 00:05:42,242 --> 00:05:48,048 中でも ずぬけた登山家だったのが ジョージ・マロリー 37歳。 49 00:05:50,417 --> 00:05:53,954 誰も登ろうとしない 危険な岩場に挑戦することを➡ 50 00:05:53,954 --> 00:05:57,057 生きがいとする男だった。 51 00:06:23,950 --> 00:06:28,188 マロリーは この1年前 遠征資金を募るため➡ 52 00:06:28,188 --> 00:06:30,690 アメリカを訪れている。 53 00:06:32,459 --> 00:06:38,265 その時 ニューヨーク・タイムズが マロリーを取材した。 54 00:06:38,265 --> 00:06:45,071 記者から「なぜエベレストに登るのか?」 と問いかけられ こう答えている。 55 00:06:59,853 --> 00:07:03,757 遠征隊は頂上を目指し ベースキャンプを出発した。 56 00:07:07,327 --> 00:07:13,767 マロリーの作戦は 氷河を抜けて 6,500m地点まで進み➡ 57 00:07:13,767 --> 00:07:19,139 そこから「ノース・コル」と呼ばれる 平たんな場所へと登る。 58 00:07:19,139 --> 00:07:23,343 更に稜線をたどって 山頂を目指すというものだった。 59 00:07:26,279 --> 00:07:33,720 最初の難敵が 標高7,000mの ノース・コルに至る氷壁だった。 60 00:07:33,720 --> 00:07:40,961 高さは400m。 ほぼ垂直の斜面には 至る所に氷の割れ目が走り➡ 61 00:07:40,961 --> 00:07:44,064 滑落すれば命はない。 62 00:07:46,866 --> 00:07:54,307 5月20日 この氷壁を マロリーが先頭になり登り始めた。 63 00:07:54,307 --> 00:07:57,944 難しい場所をトップに立って ルートを切り開くのは➡ 64 00:07:57,944 --> 00:08:00,347 力のあるクライマーの役目だった。 65 00:08:02,749 --> 00:08:04,818 マロリーが履いていた靴は➡ 66 00:08:04,818 --> 00:08:09,356 当時 雪山登山で使われていた 滑り止めの鉄びょうを➡ 67 00:08:09,356 --> 00:08:11,658 靴底に打っただけのものだった。 68 00:08:15,161 --> 00:08:17,130 トップに立つマロリーは➡ 69 00:08:17,130 --> 00:08:21,835 立ちはだかる氷壁を 大胆に素早く登っていった。 70 00:08:36,282 --> 00:08:39,185 7時間の奮闘の末… 71 00:08:41,688 --> 00:08:45,091 ここから上は 更に厳しい登山が待っている。 72 00:08:49,462 --> 00:08:54,100 標高が上がると 気温は 氷点下30度を下回る。 73 00:08:54,100 --> 00:09:02,142 隊員たちは 数枚のシャツを重ね着し 上着は ツイードのジャケットだけ。 74 00:09:02,142 --> 00:09:05,345 これが 当時 精いっぱいの装備だった。 75 00:09:07,414 --> 00:09:14,120 更に 8,000mを超えると 酸素は 地上の3分の1になる。 76 00:09:14,120 --> 00:09:18,925 人間の体がどうなるのか? 誰にも わからない領域だった。 77 00:09:21,461 --> 00:09:27,667 2人の隊員が頂上を目指し 8,500mまで登ってみたが➡ 78 00:09:27,667 --> 00:09:32,172 意識もうろうとなり 命からがら下山してきた。 79 00:09:36,676 --> 00:09:42,282 マロリーは 頂上に到達するため ある決断をする。 80 00:09:45,285 --> 00:09:49,689 酸素ボンベを背負うことだった。 81 00:09:49,689 --> 00:09:52,892 ボンベの重さは 15kg。 82 00:09:52,892 --> 00:09:58,598 大きな負担となるが いちかばちか酸素の効果に賭けた。 83 00:10:04,170 --> 00:10:07,507 頂上アタックには マロリーと➡ 84 00:10:07,507 --> 00:10:10,543 最年少ながら体力のあるアーヴィン➡ 85 00:10:10,543 --> 00:10:13,746 2人で向かうことになった。 86 00:10:13,746 --> 00:10:17,650 使える酸素は 2人分しかなかった。 87 00:10:22,422 --> 00:10:25,525 2人は頂上へ向け 出発した。 88 00:10:42,509 --> 00:10:47,013 2日後の6月8日。 89 00:10:47,013 --> 00:10:52,318 サポートの隊員が 8,000m付近から上部を見た。 90 00:11:09,269 --> 00:11:13,273 2人は 標高8,700mの➡ 91 00:11:13,273 --> 00:11:17,377 「セカンド・ステップ」と呼ばれる付近を 登っていたと思われる。 92 00:11:19,913 --> 00:11:25,585 これは 1988年に撮影された映像。 93 00:11:25,585 --> 00:11:30,990 セカンド・ステップは 35mもある垂直の岩壁で➡ 94 00:11:30,990 --> 00:11:35,495 上部の壁は 覆いかぶさるように せり出している。 95 00:11:35,495 --> 00:11:40,900 後に ここには はしごやロープが設置されるが➡ 96 00:11:40,900 --> 00:11:45,405 前人未踏だった この時 そんな助けなど何もなかった。 97 00:11:47,106 --> 00:11:52,612 頂上に向けた望遠カメラでは 2人の姿を捉えることができなかった。 98 00:12:08,394 --> 00:12:13,266 その後 2人は帰ってこなかった。 99 00:12:13,266 --> 00:12:18,671 頂上に到達できたのか? それとも届かなかったのか? 100 00:12:18,671 --> 00:12:22,976 2日間 捜したが 何の手がかりも得られなかった。 101 00:12:52,605 --> 00:12:59,679 第二次世界大戦後 エベレスト周辺では 大きな変化が起きる。 102 00:12:59,679 --> 00:13:04,050 1950年 中国がチベットに侵攻し➡ 103 00:13:04,050 --> 00:13:06,853 外国人の立ち入りが禁止された。 104 00:13:09,656 --> 00:13:15,795 エベレストの北側が閉ざされた一方で ネパールが開国。 105 00:13:15,795 --> 00:13:19,699 南側からエベレストに 近づけるようになる。 106 00:13:23,536 --> 00:13:31,577 1953年 イギリスは ネパールに 大遠征隊を送り込む。 107 00:13:31,577 --> 00:13:36,082 遠征資金を賄うため 記録映画の製作が進められた。 108 00:13:38,918 --> 00:13:45,091 初登頂の悲願達成に向け 新たな装備の開発も行った。 109 00:13:45,091 --> 00:13:47,627 エベレストの強風に耐えられるよう➡ 110 00:13:47,627 --> 00:13:49,896 ナイロン素材を使ったテントや➡ 111 00:13:49,896 --> 00:13:52,999 保温に優れた登山靴を製作。 112 00:13:55,435 --> 00:13:57,403 酸素ボンベの軽量化も進め➡ 113 00:13:57,403 --> 00:14:04,911 高所での低酸素状態を再現し その効果を試す実験も行った。 114 00:14:13,286 --> 00:14:19,192 隊員14人と350人のポーターが ベースキャンプに向けて出発。 115 00:14:23,663 --> 00:14:29,102 ベースキャンプは 標高5,300mに設置した。 116 00:14:29,102 --> 00:14:34,207 そのすぐ上には 「アイスフォール」と呼ばれる難所がある。 117 00:14:48,454 --> 00:14:55,228 アイスフォールは 長さ1,000mにわたって 流れ落ちている氷河。 118 00:14:55,228 --> 00:15:02,368 ビルほどの大きさの氷の塊が 折り重なっている。 119 00:15:02,368 --> 00:15:06,339 この危険地帯にルートを作る トップを任されたのは➡ 120 00:15:06,339 --> 00:15:10,610 エドモンド・ヒラリー 33歳。 121 00:15:10,610 --> 00:15:15,915 190cmの長身で 氷壁の登はん技術に長けていた。 122 00:15:31,297 --> 00:15:36,969 ヒラリーは先頭に立ち ルートを作っていく。 123 00:15:36,969 --> 00:15:43,176 氷河の裂け目 クレバスを飛び越えて 丸太の橋を渡した。 124 00:15:43,176 --> 00:15:47,880 そそり立つ氷壁には 足場となる はしごを取り付けた。 125 00:15:52,485 --> 00:15:56,189 周辺では 雪崩が頻繁に発生し➡ 126 00:15:56,189 --> 00:15:59,892 アイスフォールの氷塊も いつ崩れるか わからない。 127 00:16:05,231 --> 00:16:08,668 危険な箇所に ロープを固定するルート工作は➡ 128 00:16:08,668 --> 00:16:11,471 ここを突破する生命線だ。 129 00:16:17,877 --> 00:16:23,182 ヒラリーは 10日を費やし アイスフォールに ルートを作り上げた。 130 00:16:26,152 --> 00:16:30,022 そのルートをたどり 登山装備や食料など➡ 131 00:16:30,022 --> 00:16:34,126 重い荷物を背負って登るのが シェルパの役目だ。 132 00:16:41,601 --> 00:16:43,803 シェルパをまとめるリーダーが… 133 00:16:46,439 --> 00:16:52,044 戦前からエベレスト遠征に参加してきた 経験豊富なシェルパだった。 134 00:16:55,281 --> 00:17:02,255 そもそもシェルパというのは エベレストの山あいに住む民族の名前。 135 00:17:02,255 --> 00:17:08,261 険しい斜面を切り開いた畑で農業を営み 僅かな収入を得てきた。 136 00:17:30,316 --> 00:17:36,856 20歳の頃から外国の登山隊に雇われ 高所をものともしない体力で➡ 137 00:17:36,856 --> 00:17:41,160 テンジンの名は 世界の登山家に知られていた。 138 00:18:05,518 --> 00:18:09,422 イギリス隊は 綿密な作戦を立てていた。 139 00:18:12,291 --> 00:18:16,595 ベースキャンプから 上へ上へとキャンプを作りながら➡ 140 00:18:16,595 --> 00:18:18,965 荷物を運び上げていき➡ 141 00:18:18,965 --> 00:18:22,568 8,000mのサウス・コルまで ルートを延ばす。 142 00:18:26,238 --> 00:18:31,110 隊員たちは そのルート工作と 荷揚げを繰り返し➡ 143 00:18:31,110 --> 00:18:34,013 高度に体を順応させていく。 144 00:18:35,915 --> 00:18:39,719 最後は 選ばれた少数の隊員が 頂上を目指す➡ 145 00:18:39,719 --> 00:18:43,222 「極地法」と呼ばれる登山方法だ。 146 00:18:45,558 --> 00:18:48,961 頂上近くまで 多くの酸素ボンベを運べれば➡ 147 00:18:48,961 --> 00:18:52,765 頂上アタックのメンバーを 増やすことができる。 148 00:18:55,735 --> 00:19:01,107 だが 8,000mのサウス・コルへは 氷の急斜面が続き➡ 149 00:19:01,107 --> 00:19:04,010 荷揚げ作業が難航した。 150 00:19:04,010 --> 00:19:07,513 酸素を想定以上に消費し➡ 151 00:19:07,513 --> 00:19:12,018 予定していた量のボンベを 運ぶことができなかった。 152 00:19:14,420 --> 00:19:17,123 頂上アタック隊に選ばれたのは… 153 00:19:19,558 --> 00:19:23,162 2人は 高所でも群を抜いて強かった。 154 00:19:27,833 --> 00:19:33,939 5月25日 ヒラリーとテンジンは 第4キャンプを出発。 155 00:19:38,811 --> 00:19:43,215 8,000mを超えると猛烈な風にさらされる。 156 00:19:45,084 --> 00:19:48,487 2人は テントに転がり込んだ。 157 00:20:06,839 --> 00:20:10,242 第4キャンプを出て5日目。 158 00:20:14,380 --> 00:20:20,186 仲間たちは ひたすら山頂の方向を 見つめていた。 159 00:20:20,186 --> 00:20:24,590 しかし 視界は悪く 無線も つながらない。 160 00:20:26,726 --> 00:20:32,331 ヒラリーとテンジンは 頂上へと続く尾根を登っていた。 161 00:20:45,111 --> 00:20:52,451 そこは 誰も足を踏み入れたことのない 切り立った細い稜線。 162 00:20:52,451 --> 00:20:58,390 頂上直下には 氷と岩が混じった12mの壁。 163 00:20:58,390 --> 00:21:03,696 後に ヒラリー・ステップと名付けられる 最大の難所が待ち受けていた。 164 00:21:23,449 --> 00:21:28,721 5月29日 午前11時30分。 165 00:21:28,721 --> 00:21:34,727 ヒラリーとテンジンは ついに8,848mの頂上に立った。 166 00:21:58,117 --> 00:22:01,620 ヒラリーは 頂上からの景色を➡ 167 00:22:01,620 --> 00:22:05,724 世界で初めて写真に収めた。 168 00:22:08,527 --> 00:22:14,033 登頂成功を仲間たちが知ったのは 2人が帰還した時だった。 169 00:22:42,761 --> 00:22:46,131 イギリス国民から 大喝采を浴びたが➡ 170 00:22:46,131 --> 00:22:50,035 隊員たちに 金銭的な報酬はなかった。 171 00:22:52,638 --> 00:22:55,975 ヒラリーには ナイトの称号が与えられ➡ 172 00:22:55,975 --> 00:22:59,745 テンジンには 民間人に対する最高栄誉の➡ 173 00:22:59,745 --> 00:23:02,548 ジョージメダルが 授与された。 174 00:23:22,001 --> 00:23:26,872 「先に頂上に足を踏み入れたのは どちらか?」と質問される度に➡ 175 00:23:26,872 --> 00:23:30,676 2人は「同時だ」と答え続けた。 176 00:23:50,429 --> 00:23:57,503 ♬~ 177 00:23:57,503 --> 00:24:03,208 その後 ヒラリーは シェルパの生活改善に尽力する。 178 00:24:04,944 --> 00:24:09,548 道を整備し 山の斜面を切り開き➡ 179 00:24:09,548 --> 00:24:13,652 物資を運ぶための小さな滑走路を作った。 180 00:24:17,690 --> 00:24:21,560 学校や診療所も建てた。 181 00:24:21,560 --> 00:24:24,863 2人の友情の証しだった。 182 00:24:28,367 --> 00:24:33,272 ♬~ 183 00:24:33,272 --> 00:24:37,409 その後もエベレストには ルートや条件を変えながら➡ 184 00:24:37,409 --> 00:24:39,912 各国が挑み続けた。 185 00:24:53,892 --> 00:24:59,798 1960年 中国隊が エベレストの北側➡ 186 00:24:59,798 --> 00:25:02,134 かつてマロリーが 挑んだルートで➡ 187 00:25:02,134 --> 00:25:04,436 山頂制覇を目指した。 188 00:25:06,372 --> 00:25:11,744 5月25日 3人が登頂に成功。 189 00:25:11,744 --> 00:25:17,649 夜中に到達したため 頂上の記録写真は残されていない。 190 00:25:21,420 --> 00:25:27,159 1963年には アメリカ隊が 未踏のルートである➡ 191 00:25:27,159 --> 00:25:32,164 長く困難な西の稜線をたどり 登頂を果たす。 192 00:25:37,803 --> 00:25:43,742 アメリカ隊は 世界初となる ムービーカメラでの撮影にも成功し➡ 193 00:25:43,742 --> 00:25:46,745 山頂からのパノラマを記録した。 194 00:25:52,117 --> 00:25:59,858 ♬~ 195 00:25:59,858 --> 00:26:06,598 1970年 日本も初めて エベレストに挑んだ。 196 00:26:06,598 --> 00:26:13,705 隊員30人 荷物の総量は 30トンにも及ぶ 大遠征隊が組織された。 197 00:26:16,575 --> 00:26:21,447 頂上アタック隊に選ばれるのは 僅か数人だけ。 198 00:26:21,447 --> 00:26:25,951 隊員は仲間であり ライバルでもあった。 199 00:26:36,495 --> 00:26:41,800 成田 成田! ばか野郎! 200 00:26:41,800 --> 00:26:46,205 (泣き声) 201 00:26:48,507 --> 00:26:53,111 高度順化が遅れていた 若手の隊員が体調を崩し➡ 202 00:26:53,111 --> 00:26:55,814 心臓まひで亡くなった。 203 00:27:01,453 --> 00:27:07,259 その死を無駄にしないためにも 日本隊は登山を続けた。 204 00:27:11,530 --> 00:27:13,932 アタック隊に選ばれたのは… 205 00:27:20,739 --> 00:27:23,275 2人は ヒラリーとテンジンが➡ 206 00:27:23,275 --> 00:27:27,913 切り開いたルートを登り 山頂に到達。 207 00:27:27,913 --> 00:27:31,550 先輩の松浦を 先に頂上に立たせようと➡ 208 00:27:31,550 --> 00:27:34,353 植村がカメラを回した。 209 00:28:00,445 --> 00:28:05,717 1978年 更に過酷な条件を課し➡ 210 00:28:05,717 --> 00:28:09,655 エベレストを目指す 男が現れる。 211 00:28:09,655 --> 00:28:13,926 イタリアの ラインホルト・メスナー。 212 00:28:13,926 --> 00:28:17,629 数々の難所を攻略してきた クライマーだった。 213 00:28:19,565 --> 00:28:24,970 メスナーの挑戦は エベレストを無酸素で登ること。 214 00:28:54,100 --> 00:28:59,504 メスナーは 無酸素に加え シェルパに頼らず➡ 215 00:28:59,504 --> 00:29:03,008 仲間と2人だけで登った。 216 00:29:03,008 --> 00:29:08,580 最少の人数 テントと僅かな食料を持って 一気に頂上を目指す➡ 217 00:29:08,580 --> 00:29:11,216 「アルパインスタイル」という方法で➡ 218 00:29:11,216 --> 00:29:16,221 8,000mの領域にいる時間を なるべく短くする作戦だった。 219 00:29:22,427 --> 00:29:27,733 だが頂上近くでは 5mはうように登っては➡ 220 00:29:27,733 --> 00:29:31,837 5分間 横になって あえぐことを繰り返した。 221 00:29:36,541 --> 00:29:44,783 1978年5月8日 メスナーは 無酸素登頂に成功する。 222 00:29:44,783 --> 00:29:50,389 6,400mから出発し 僅か3日で達成した。 223 00:29:53,358 --> 00:29:56,728 2年後 メスナーは➡ 224 00:29:56,728 --> 00:30:00,532 今度は たった一人で 頂上を目指した。 225 00:30:06,405 --> 00:30:11,276 ロープを結び 安全を確保してくれる パートナーもなく➡ 226 00:30:11,276 --> 00:30:17,282 深い雪を 1人で かき分け 単独無酸素登頂を果たした。 227 00:30:47,179 --> 00:30:53,852 歴史の転換が エベレスト登山に 思わぬ変革をもたらす。 228 00:30:53,852 --> 00:31:00,392 1991年 ソビエト連邦が崩壊し 軍備が縮小されると➡ 229 00:31:00,392 --> 00:31:05,197 軍用機に使われていた酸素ボンベが 市場に出回るようになる。 230 00:31:08,133 --> 00:31:13,939 旧ソ連製の酸素ボンベは エベレスト登山にうってつけだった。 231 00:31:13,939 --> 00:31:19,277 1本3.5kg。 従来のボンベの半分の重さで➡ 232 00:31:19,277 --> 00:31:22,080 より多くの酸素を詰めることができた。 233 00:31:26,518 --> 00:31:29,521 軽量なボンベが導入され➡ 234 00:31:29,521 --> 00:31:35,827 エベレストに新たな登山スタイル 商業公募隊が登場する。 235 00:31:38,497 --> 00:31:45,036 世界各国から顧客を募り プロの山岳ガイドが引率する。 236 00:31:45,036 --> 00:31:49,941 経験の浅い登山者には 道具の使い方もレクチャーしてくれる。 237 00:31:59,217 --> 00:32:01,987 歴戦のクライマーが苦戦した アイスフォールも➡ 238 00:32:01,987 --> 00:32:06,992 つきっきりでサポートし 安全を確保してくれる。 239 00:32:16,067 --> 00:32:21,039 顧客は 低い所から酸素を十分に吸って➡ 240 00:32:21,039 --> 00:32:26,678 予備のボンベは シェルパが背負って頂上を目指す。 241 00:32:26,678 --> 00:32:31,683 参加費用は 1人 およそ6万5,000ドル。 242 00:32:36,021 --> 00:32:40,892 客は医師や弁護士 実業家など➡ 243 00:32:40,892 --> 00:32:44,596 富裕層のアマチュア登山家たちが 多くを占める。 244 00:33:18,930 --> 00:33:23,568 2つの商業公募隊が 相次いで登頂に成功するも➡ 245 00:33:23,568 --> 00:33:27,172 下山中に天候が悪化。 246 00:33:30,675 --> 00:33:33,011 猛吹雪で動けなくなった客と➡ 247 00:33:33,011 --> 00:33:37,849 彼らを助けようと 最後まで見捨てなかったガイドも合わせ➡ 248 00:33:37,849 --> 00:33:40,352 5人が亡くなった。 249 00:33:47,492 --> 00:33:53,198 世界最高峰は 破天荒な 世界記録を生み出す舞台にもなった。 250 00:33:57,502 --> 00:34:00,906 フランスの冒険家が パラグライダーを運び上げ➡ 251 00:34:00,906 --> 00:34:03,308 山頂からテイクオフ。 252 00:34:07,579 --> 00:34:10,282 飛行時間は 12分。 253 00:34:10,282 --> 00:34:13,552 5,900m地点に無事着地した。 254 00:34:13,552 --> 00:34:18,857 (歓声) 255 00:34:21,760 --> 00:34:24,296 2001年には スノーボードで➡ 256 00:34:24,296 --> 00:34:27,399 山頂から下山する チャレンジも行われた。 257 00:34:31,002 --> 00:34:34,406 標高差2,400m。 258 00:34:34,406 --> 00:34:39,411 氷と岩場が混じる急斜面を 2時間半で滑り降りた。 259 00:34:44,416 --> 00:34:48,520 世界最高齢での登頂に挑んだのは 日本の… 260 00:34:51,690 --> 00:34:57,796 70歳 75歳と最高齢での登頂記録を作り➡ 261 00:34:57,796 --> 00:35:03,401 2013年 80歳で3度目の頂上を目指した。 262 00:35:31,763 --> 00:35:34,566 着いた。 263 00:35:34,566 --> 00:35:37,002 やった! 264 00:35:37,002 --> 00:35:42,807 三浦は自らの記録を更新し 最高齢の登頂者になった。 265 00:35:57,756 --> 00:36:03,128 エベレストの玄関口 ネパール ルクラ。 266 00:36:03,128 --> 00:36:06,998 ヒラリーがテンジンたち シェルパの村のために作った➡ 267 00:36:06,998 --> 00:36:12,604 土の滑走路は整備され テンジン・ヒラリー空港と名付けられた。 268 00:36:15,740 --> 00:36:21,746 空港が出来ると登山隊に限らず 観光客も訪れるようになる。 269 00:36:27,285 --> 00:36:31,222 シェルパの村をつなぐ道は 「エベレスト街道」と呼ばれ➡ 270 00:36:31,222 --> 00:36:34,459 トレッキング客が行き来する。 271 00:36:34,459 --> 00:36:42,067 ホテルや食堂 土産屋などを経営するのは 地元のシェルパたち。 272 00:36:42,067 --> 00:36:45,770 貧しかった暮らしは 大きく変わった。 273 00:36:50,175 --> 00:36:55,146 アイスフォールのルート工作を 仕事として請け負うシェルパもいる。 274 00:36:55,146 --> 00:36:58,883 アイスフォールドクターと 呼ばれる彼らは➡ 275 00:36:58,883 --> 00:37:04,889 登山シーズンの間 固定ロープや はしごの補修を行い 収入を得る。 276 00:37:10,261 --> 00:37:16,868 危険な仕事だが 2か月間で ネパールの平均年収ほどを稼ぎだす。 277 00:37:23,141 --> 00:37:27,912 エベレストには 多くのアマチュア登山家がやって来て➡ 278 00:37:27,912 --> 00:37:31,916 ベースキャンプは 豪華になる一方だ。 279 00:38:03,448 --> 00:38:06,751 近年 頂上直下では➡ 280 00:38:06,751 --> 00:38:11,022 経験の浅い登山客が ヒラリー・ステップで進めなくなり➡ 281 00:38:11,022 --> 00:38:14,425 大渋滞を引き起こす事態が起こっている。 282 00:38:16,261 --> 00:38:21,666 デスゾーンで酸素が切れ 遭難するケースも多発している。 283 00:38:26,004 --> 00:38:32,610 もはや 世界のトップクライマーの目標は エベレストではない。 284 00:38:32,610 --> 00:38:37,048 前人未到 死の危険を くぐり抜けることこそが➡ 285 00:38:37,048 --> 00:38:39,851 彼らにとってのクライミングなのだ。 286 00:38:43,354 --> 00:38:48,493 そびえ立つ垂直の岩壁を 最短ルートで たどり➡ 287 00:38:48,493 --> 00:38:51,095 壁にぶら下がったまま 眠り➡ 288 00:38:51,095 --> 00:38:53,598 頂上を攻略する。 289 00:39:02,440 --> 00:39:04,742 エベレストに3度登頂した… 290 00:39:07,045 --> 00:39:11,449 危機を乗り越えた先の 生きている実感を味わうために➡ 291 00:39:11,449 --> 00:39:14,752 ギリギリのクライミングに のめり込む。 292 00:39:16,688 --> 00:39:21,793 (雄たけび) 293 00:39:28,833 --> 00:39:32,136 世界最強のクライマーと称された… 294 00:39:34,939 --> 00:39:36,874 妻の妙子と共に➡ 295 00:39:36,874 --> 00:39:39,677 人生をクライミングに ささげている。 296 00:39:43,281 --> 00:39:49,787 山野井は 小学校の卒業文集に 「エベレストを無酸素で」と書いたが➡ 297 00:39:49,787 --> 00:39:53,491 程なく それは メスナーが達成してしまった。 298 00:39:55,960 --> 00:40:01,866 高校を出ると ヒマラヤや南米の 垂直の絶壁に挑み続けた。 299 00:40:03,701 --> 00:40:05,803 (山野井)あ~! 300 00:40:29,294 --> 00:40:34,198 凍傷を負い 手足の指10本を失ったが➡ 301 00:40:34,198 --> 00:40:39,203 山野井は 前人未到の場所に 挑み続けている。 302 00:40:44,542 --> 00:40:52,717 1986年 エベレストの歴史に 名を刻んだ男が亡くなった。 303 00:40:52,717 --> 00:40:56,521 エドモンド・ヒラリーと共に 初登頂を果たしたシェルパ… 304 00:40:59,023 --> 00:41:03,494 その後 インドに設立された 登山学校の教官になり➡ 305 00:41:03,494 --> 00:41:07,365 後進のシェルパの育成に努めた。 306 00:41:07,365 --> 00:41:13,104 ♬~ 307 00:41:13,104 --> 00:41:18,843 外国から葬儀に ただ一人参列したのは ヒラリーだった。 308 00:41:18,843 --> 00:41:26,150 ♬~ 309 00:41:42,100 --> 00:42:01,786 ♬~ 310 00:42:06,657 --> 00:42:12,463 8,160mの斜面で うつ伏せの遺体が見つかった。 311 00:42:35,186 --> 00:42:39,090 Oh my god. Oh my god. 312 00:42:40,992 --> 00:42:43,094 Oh my god. 313 00:42:45,329 --> 00:42:51,269 1924年 誰も到達していない頂上まで あと僅かに迫り➡ 314 00:42:51,269 --> 00:42:54,472 消息を絶った ジョージ・マロリー。 315 00:42:59,811 --> 00:43:04,749 最後に目撃された場所から およそ500m下➡ 316 00:43:04,749 --> 00:43:10,054 75年もの間 マロリーは そこに眠っていた。 317 00:43:12,056 --> 00:43:15,893 持っていたカメラは 発見されなかった。 318 00:43:15,893 --> 00:43:21,065 頂上に到達したのか? それとも届かなかったのか? 319 00:43:21,065 --> 00:43:23,768 謎は残されたままだ。 320 00:43:26,204 --> 00:43:29,073 「エベレストになぜ登るのか?」と問われ➡ 321 00:43:29,073 --> 00:43:31,509 「そこに それがあるからだ」と答えた➡ 322 00:43:31,509 --> 00:43:34,445 ジョージ・マロリー。 323 00:43:34,445 --> 00:43:38,950 その言葉には 続きがある。 324 00:44:06,944 --> 00:44:13,384 ♬~ 325 00:44:13,384 --> 00:44:38,476 ♬~ 326 00:44:38,476 --> 00:44:41,979 ♬~