1 00:00:01,168 --> 00:00:06,740 ♬~ 2 00:00:06,740 --> 00:00:10,611 これは 昭和34年。 3 00:00:10,611 --> 00:00:16,717 難関大学への合格者を量産し 評判となっていた ある進学塾の映像。 4 00:00:24,191 --> 00:00:28,762 塾長は 日本海軍の出身。 5 00:00:28,762 --> 00:00:34,167 軍隊式のスパルタ指導を 受験勉強に取り入れていた。 6 00:00:55,856 --> 00:00:57,858 おす! 7 00:00:59,726 --> 00:01:07,534 「受験は学生の戦争なり」という理念に 共鳴し 全国から入塾希望が届いた。 8 00:01:17,511 --> 00:01:23,884 昭和30年から48年まで続いた高度成長。 9 00:01:23,884 --> 00:01:27,521 原動力の一つが長時間労働だった。 10 00:01:27,521 --> 00:01:33,126 今より毎月50時間以上も多かった。 11 00:01:49,109 --> 00:01:52,112 毎年10%前後の成長を続け➡ 12 00:01:52,112 --> 00:01:56,216 世界第2位の経済大国に 上り詰めた。 13 00:02:01,054 --> 00:02:03,824 給料は目に見えて上がり➡ 14 00:02:03,824 --> 00:02:08,428 「明日は今日より豊かになる」と信じて 働いた。 15 00:02:27,648 --> 00:02:34,054 ルールが追いつかず 今から見れば 信じがたい行為が日常となっていた。 16 00:02:52,205 --> 00:02:55,742 企業は男社会だった。 17 00:02:55,742 --> 00:03:00,247 女性が企業で働くには 大きな壁があった。 18 00:03:15,595 --> 00:03:22,302 経済至上主義が 環境を犠牲にしながら突き進んだ。 19 00:03:37,951 --> 00:03:40,554 「シリーズ昭和百年」。 20 00:03:40,554 --> 00:03:46,026 3回目は 日本の奇跡と呼ばれた高度成長。 21 00:03:46,026 --> 00:03:49,062 豊かさを追った熱狂の時代。 22 00:03:49,062 --> 00:03:54,334 光がまばゆい分だけ 影も濃かった。 23 00:03:54,334 --> 00:04:06,279 ♬~ 24 00:04:06,279 --> 00:04:08,281 (爆発音) 25 00:04:14,988 --> 00:04:20,694 日本の復興は隣国で起こった戦争によって 早まった。 26 00:04:23,396 --> 00:04:28,268 これは 日本の兵器工場の映像。 27 00:04:28,268 --> 00:04:31,505 戦後の混乱から 立ち上がろうとする日本に➡ 28 00:04:31,505 --> 00:04:36,810 年8億ドルに及ぶ 想定外の特需が舞い込んだ。 29 00:04:40,213 --> 00:04:44,918 次々にモノが売れ 企業の資金は潤沢になる。 30 00:04:46,653 --> 00:04:53,160 工場の新設や機械の導入など 設備投資がブームとなった。 31 00:04:53,160 --> 00:05:00,267 特に鉄鋼の生産設備が充実し 良質で安い鉄が出回り➡ 32 00:05:00,267 --> 00:05:05,405 建設 造船 自動車に波及していく。 33 00:05:05,405 --> 00:05:09,910 日本は 飛躍のきっかけをつかんだ。 34 00:05:13,146 --> 00:05:19,853 昭和30年 日本経済は 成長率8%超えを果たした。 35 00:05:19,853 --> 00:05:22,556 高度成長の幕開けである。 36 00:05:24,324 --> 00:05:31,131 三種の神器と呼ばれた テレビ 冷蔵庫 洗濯機が飛ぶように売れた。 37 00:06:35,295 --> 00:06:39,899 好景気の恩恵を大きく受けたのは 都市だった。 38 00:06:44,004 --> 00:06:49,542 都市部の賃金は上昇 地方の2倍以上だった。 39 00:06:49,542 --> 00:06:53,847 多くの若者が都会に吸い寄せられた。 40 00:07:02,122 --> 00:07:05,892 全国から 毎年50万人近い若者が➡ 41 00:07:05,892 --> 00:07:11,298 東京 大阪 名古屋の 三大都市圏へやってきた。 42 00:07:11,298 --> 00:07:15,802 この現象は「民族大移動」とも呼ばれた。 43 00:07:20,974 --> 00:07:26,212 人口の構成も 今とは大きく違っていた。 44 00:07:26,212 --> 00:07:30,383 昭和30年の日本は子どもと高齢者に比べ➡ 45 00:07:30,383 --> 00:07:33,286 働く世代が多かった。 46 00:07:33,286 --> 00:07:38,124 日本は経済成長にとって 理想的な人口構成➡ 47 00:07:38,124 --> 00:07:40,827 「人口ボーナス期」にあった。 48 00:07:52,205 --> 00:07:56,609 終戦直後320万人だった東京の人口は➡ 49 00:07:56,609 --> 00:08:02,816 昭和30年代 1000万人に迫る勢いで 増え続けた。 50 00:08:07,253 --> 00:08:11,124 これは 昭和30年のニュース映像。 51 00:08:11,124 --> 00:08:14,327 東京の過密は深刻だった。 52 00:08:56,536 --> 00:09:01,341 自動車も 8年で4倍以上に増えた。 53 00:09:01,341 --> 00:09:05,078 しかし 道路の整備は追いつかない。 54 00:09:05,078 --> 00:09:08,948 渋滞が日常化した。 55 00:09:08,948 --> 00:09:13,053 交通ルールは あってなきがごとしだった。 56 00:09:29,269 --> 00:09:33,573 神風タクシーに乗り込んだ 決死の映像である。 57 00:09:43,383 --> 00:09:46,152 工事現場に近い この踏切では➡ 58 00:09:46,152 --> 00:09:50,056 砂利を積んだトラックの危険運転が 横行していた。 59 00:10:00,400 --> 00:10:07,307 交通事故の死亡者は 昭和34年 年間1万人を超えた。 60 00:10:07,307 --> 00:10:10,643 日清戦争の死者数に迫ったことから➡ 61 00:10:10,643 --> 00:10:15,548 これは戦争だと「交通戦争」という言葉が 生まれた。 62 00:10:19,752 --> 00:10:23,656 人が増えれば ゴミも増える。 63 00:10:39,439 --> 00:10:46,546 人々は 前だけを見て 足元には目を向けなかった。 64 00:11:01,528 --> 00:11:04,397 台所用の洗剤が登場し➡ 65 00:11:04,397 --> 00:11:09,802 その排水やゴミが そのまま川に捨てられた。 66 00:11:25,685 --> 00:11:30,890 隅田川は ゴミや排水で悪臭を放った。 67 00:11:42,569 --> 00:11:48,074 鉄道の車両は 巨大なゴミ箱のようだった。 68 00:11:48,074 --> 00:11:53,079 しかし ゴミより 別のことのほうが深刻だった。 69 00:11:55,815 --> 00:11:59,018 車両から出る し尿である。 70 00:12:00,753 --> 00:12:06,559 トイレは 穴が開いているだけで 汚物をまき散らしながら走行していた。 71 00:12:11,397 --> 00:12:16,703 沿線の民家は 洗濯物に被害を受けた。 72 00:12:16,703 --> 00:12:20,506 「黄害」と呼ばれ 社会問題となった。 73 00:12:36,022 --> 00:12:41,928 住宅地の造成が優先され 生活インフラは後回しにされた。 74 00:12:43,630 --> 00:12:50,536 昭和30年代 水洗トイレは 全国で10%しか普及しておらず➡ 75 00:12:50,536 --> 00:12:53,239 ほとんどが くみ取り式だった。 76 00:13:38,184 --> 00:13:40,720 (汽笛) 77 00:13:40,720 --> 00:13:48,227 し尿全体の40%近くは 船のタンクに詰められ 沖へ運ばれた。 78 00:14:18,958 --> 00:14:21,394 (サイレン) 79 00:14:21,394 --> 00:14:28,701 人口増加に伴い 火災の件数も 毎年1割ずつ増え続けた。 80 00:14:30,536 --> 00:14:36,042 火災原因として最も多かったのは タバコの不始末だった。 81 00:14:40,213 --> 00:14:45,318 喫煙の規制もマナーも 存在しなかった。 82 00:14:48,955 --> 00:14:56,429 (発車のベル) 83 00:14:56,429 --> 00:15:02,135 柱ごとに灰皿が設置されていたが ポイ捨てが横行していた。 84 00:15:54,453 --> 00:16:00,827 昭和34年 東京オリンピックの開催が 決まった。 85 00:16:00,827 --> 00:16:05,631 5年後の開催に向け 東京の大改造が始まる。 86 00:16:18,711 --> 00:16:20,713 池田勇人内閣は➡ 87 00:16:20,713 --> 00:16:26,586 10年で所得を2倍にするという 所得倍増計画を掲げ➡ 88 00:16:26,586 --> 00:16:29,322 減税や金利の引き下げなど➡ 89 00:16:29,322 --> 00:16:33,726 企業の活性化を促す政策を 次々に打ち出した。 90 00:17:13,366 --> 00:17:19,472 目指す電車に乗り遅れまいと 毎朝 こんな風景が繰り広げられた。 91 00:17:21,607 --> 00:17:27,213 1950年 労働人口の半分以下だった 会社員の割合は➡ 92 00:17:27,213 --> 00:17:31,717 1970年には 7割にまで増えていた。 93 00:17:50,937 --> 00:17:55,641 乗車率は 連日300%以上。 94 00:17:55,641 --> 00:18:00,646 今は ラッシュ時でも130%ほどである。 95 00:18:09,755 --> 00:18:13,759 あまりの混雑にドアが閉まらない。 96 00:18:16,062 --> 00:18:19,465 こんな風景が日常となっていた。 97 00:18:24,370 --> 00:18:31,077 人々の中には 敗戦の屈辱をバネに 仕事に打ち込む人も多かった。 98 00:18:31,077 --> 00:18:37,483 そのためなら 長時間労働にも 通勤ラッシュにも耐えることができた。 99 00:19:00,206 --> 00:19:06,345 昭和34年 首都高速道路の建設が始まる。 100 00:19:06,345 --> 00:19:10,649 しかし そのためのスペースなどなく➡ 101 00:19:10,649 --> 00:19:15,554 既存の道路や川の上に 無理やり通すしかなかった。 102 00:19:38,778 --> 00:19:43,649 ホテルや競技場などの建設も加速する。 103 00:19:43,649 --> 00:19:49,555 この時 奇跡の建材として 重宝された素材があった。 104 00:19:57,730 --> 00:20:00,132 アスベストである。 105 00:20:03,402 --> 00:20:11,110 値段が安く 耐火 断熱 防音にすぐれ 加工もしやすかった。 106 00:20:13,446 --> 00:20:16,315 後に アスベストの粉じんは➡ 107 00:20:16,315 --> 00:20:22,121 肺がんなどを引き起こすことが分かったが 当時は知る由もなかった。 108 00:20:26,659 --> 00:20:29,228 オリンピックに間に合わせるため➡ 109 00:20:29,228 --> 00:20:33,432 建設現場の安全対策は 後回しにされた。 110 00:20:36,435 --> 00:20:42,942 突貫工事の現場で働いていたのは 地方の農村から出てきた人たちだった。 111 00:20:47,880 --> 00:20:56,088 事故が相次ぎ オリンピックの前の年には 2200人が死亡➡ 112 00:20:56,088 --> 00:20:59,892 負傷者は 12万人を超えた。 113 00:21:06,198 --> 00:21:10,102 現場作業員は 賃金も安かった。 114 00:21:10,102 --> 00:21:16,008 食いつなぐため 文字どおり 命を削る人もいた。 115 00:21:28,454 --> 00:21:30,856 売血である。 116 00:21:30,856 --> 00:21:36,061 民間の血液銀行が 希望者から血液を買い取っていた。 117 00:21:41,066 --> 00:21:44,570 日当と ほぼ同じ程度の額だった。 118 00:22:00,719 --> 00:22:04,023 売血は 月1回とされていた。 119 00:22:04,023 --> 00:22:12,832 しかし 生活苦で血液銀行を渡り歩き 月に50回 繰り返す人もいた。 120 00:22:14,800 --> 00:22:21,440 こうした売血が 輸血用の血液の97%を賄っていた。 121 00:22:21,440 --> 00:22:25,311 血の質は悪く 輸血された患者が➡ 122 00:22:25,311 --> 00:22:30,416 肝炎や肝硬変を発症するケースが 後を絶たなかった。 123 00:22:35,087 --> 00:22:41,093 昭和39年10月 東京オリンピックが始まった。 124 00:22:52,404 --> 00:22:54,440 国民が熱狂したのは➡ 125 00:22:54,440 --> 00:22:58,944 「東洋の魔女」と呼ばれた 女子バレーボールだった。 126 00:23:11,090 --> 00:23:16,795 これは オリンピックに臨む代表チームを 記録したドキュメンタリー映画。 127 00:23:18,731 --> 00:23:24,236 チームの監督 大松博文は 日本陸軍の小隊長だった。 128 00:23:25,938 --> 00:23:31,944 ラバウルやインパールを転戦 死地をくぐり抜けてきた。 129 00:23:38,417 --> 00:23:44,223 深夜に及ぶ練習 休日もない。 130 00:23:44,223 --> 00:23:50,129 アメリカの雑誌「ライフ」は 「集団マゾヒズム」と批判した。 131 00:23:51,830 --> 00:23:54,833 (爆発音) 132 00:24:39,011 --> 00:24:45,884 (拍手と歓声) 133 00:24:45,884 --> 00:24:50,589 しかし 選手の大松への信頼は厚かった。 134 00:24:53,926 --> 00:24:56,829 オリンピックが終わると 大松は➡ 135 00:24:56,829 --> 00:25:01,533 引退した選手たちの 結婚相手探しに奔走した。 136 00:25:05,104 --> 00:25:07,039 ☎ 137 00:25:07,039 --> 00:25:12,845 昭和40年 オリンピックの熱狂が冷めた翌年➡ 138 00:25:12,845 --> 00:25:16,749 日本は 深刻な不況に見舞われた。 139 00:25:37,736 --> 00:25:43,609 しかし 日本は またしても アジアで起こった戦争で息を吹き返す。 140 00:25:43,609 --> 00:25:51,116 (爆撃音) 141 00:25:52,918 --> 00:25:58,857 昭和40年2月 アメリカが ベトナム戦争に本格介入すると➡ 142 00:25:58,857 --> 00:26:04,363 ベトナム特需が日本の経済を潤し始めた。 143 00:26:04,363 --> 00:26:09,468 その額は 年間10億ドル近くに及んだ。 144 00:26:18,377 --> 00:26:24,283 日本は 「いざなぎ景気」と呼ばれる 空前の好景気に突入する。 145 00:26:25,951 --> 00:26:27,886 (拍手) 146 00:26:27,886 --> 00:26:35,194 中には 1日20時間の労働を 耐える人もいた。 147 00:26:35,194 --> 00:26:40,032 労働基準法はあったが 有名無実だった。 148 00:26:40,032 --> 00:26:43,635 会社に人生をささげていた。 149 00:27:02,988 --> 00:27:19,004 ♬~ 150 00:27:20,472 --> 00:27:24,710 所得倍増は7年で達成された。 151 00:27:24,710 --> 00:27:31,917 昭和43年 日本は 世界第2位の経済大国に上り詰めた。 152 00:27:56,308 --> 00:28:01,547 経済は伸びたが 暮らしは追いつかなかった。 153 00:28:01,547 --> 00:28:05,050 深刻なのは住宅難だった。 154 00:28:05,050 --> 00:28:08,353 水洗トイレのある団地が 各地に造られたが➡ 155 00:28:08,353 --> 00:28:12,958 人口の伸びは それ以上だった。 156 00:28:21,600 --> 00:28:27,005 倍率は 100倍に達することも 珍しくなかった。 157 00:28:57,469 --> 00:29:04,176 この家族は 25回目の抽せんで ようやく当せんを引き当てた。 158 00:29:04,176 --> 00:29:09,748 ♬~(歌声) 159 00:29:09,748 --> 00:29:14,953 風呂と水洗トイレがついているだけで 幸せだった。 160 00:29:26,131 --> 00:29:30,502 このころ「専業主婦」という言葉が 広まった。 161 00:29:30,502 --> 00:29:35,307 夫に家族を養えるだけの 収入があることを意味し➡ 162 00:29:35,307 --> 00:29:40,112 専業主婦は 女性の生き方のモデルとなった。 163 00:29:52,157 --> 00:29:58,296 夫の学歴が自分の人生を左右することを 身をもって知った母親たちは➡ 164 00:29:58,296 --> 00:30:01,800 子どもの教育に情熱を注いだ。 165 00:30:30,996 --> 00:30:39,004 年功序列 終身雇用の企業文化の中で 女性たちの居場所はなかった。 166 00:30:41,006 --> 00:30:46,011 結婚すると 会社を辞める女性が ほとんどだった。 167 00:30:50,549 --> 00:30:56,855 女性は会社に勤めても 一時的な労働力としか見なされず➡ 168 00:30:56,855 --> 00:31:00,058 昇進の機会も限られていた。 169 00:31:13,905 --> 00:31:18,810 …という問題が絡んできますけどね。 170 00:31:29,020 --> 00:31:37,229 女性社員に求められたのは 職場の花 こまやかな気配りだった。 171 00:32:04,389 --> 00:32:10,695 このころ 奇跡の経済成長のほころびが 現れ始めていた。 172 00:32:14,499 --> 00:32:20,705 これは 石灰工場ができた 栃木の山間部の町の映像。 173 00:32:55,674 --> 00:33:01,179 多くの経営者にとって 環境設備は二の次となっていた。 174 00:33:32,310 --> 00:33:40,418 昭和45年3月 大阪で 日本初の万国博覧会が開催された。 175 00:34:04,242 --> 00:34:07,746 万博のシンボルとして建設された… 176 00:34:13,785 --> 00:34:18,690 芸術家 岡本太郎の作品である。 177 00:34:18,690 --> 00:34:23,194 実は岡本は 万博の掲げるテーマに 違和感を抱き➡ 178 00:34:23,194 --> 00:34:26,398 制作の依頼を断り続けていた。 179 00:34:53,558 --> 00:34:59,664 岡本は 人間の進歩も調和も否定した。 180 00:34:59,664 --> 00:35:05,070 人間が本来持つ 生命のエネルギーを表現しようとした。 181 00:35:30,295 --> 00:35:35,066 しかし来訪者は 岡本の葛藤を知ることなく➡ 182 00:35:35,066 --> 00:35:39,404 巨大で奇妙なオブジェを楽しんだ。 183 00:35:39,404 --> 00:35:44,809 「進歩と調和」という言葉を 疑う者はいなかった。 184 00:35:58,623 --> 00:36:07,165 昭和45年11月 大阪で開かれた 化学メーカー チッソの株主総会に➡ 185 00:36:07,165 --> 00:36:09,868 ある一団がやってきた。 186 00:36:14,572 --> 00:36:18,576 熊本県 水俣の住民たちである。 187 00:36:18,576 --> 00:36:24,983 チッソの株を一株だけ購入し 株主として総会に参加した。 188 00:36:27,719 --> 00:36:35,427 昭和20年代後半から 水俣では 原因不明の健康被害が広がっていた。 189 00:36:37,462 --> 00:36:45,370 チッソの工場が海に垂れ流していた廃水に 含まれる 有機水銀が原因だと判明した。 190 00:36:48,973 --> 00:36:55,547 魚を食べた人に 手足のまひや 視力障害の症状が出ていた。 191 00:36:55,547 --> 00:37:00,151 妊婦から障害のある子どもも 生まれていた。 192 00:37:01,986 --> 00:37:08,860 チッソの幹部は この事実に目を背け 生産を拡大させた。 193 00:37:08,860 --> 00:37:12,764 その間も犠牲者は増え続けた。 194 00:38:10,155 --> 00:38:15,960 このころ 新聞で 「くたばれGNP」という連載が始まり➡ 195 00:38:15,960 --> 00:38:21,099 高度成長への疑問が社会に広がっていく。 196 00:38:21,099 --> 00:38:25,103 ♬~ 197 00:38:34,579 --> 00:38:37,482 競争社会からドロップアウトし➡ 198 00:38:37,482 --> 00:38:42,787 働くことを拒否する 「フーテン」と呼ばれる若者が現れた。 199 00:38:47,592 --> 00:38:52,564 がむしゃらに働き続けた人が 突然会社に来なくなり➡ 200 00:38:52,564 --> 00:38:56,568 失踪や蒸発と呼ばれる現象も相次いだ。 201 00:39:44,082 --> 00:39:48,887 昭和45年 高度成長を支える原動力だった➡ 202 00:39:48,887 --> 00:39:53,691 地方からの若者の流入が 急激に減り始めた。 203 00:40:13,711 --> 00:40:18,316 地方の若い労働力が出尽くしたのだった。 204 00:40:22,020 --> 00:40:28,426 昭和48年には 都市部への人口流入は ほとんど止まった。 205 00:40:33,631 --> 00:40:39,337 そして 高度成長は終わった。 206 00:40:42,273 --> 00:40:49,447 その後 日本は安定成長期を経て バブルの時代に突入した。 207 00:40:49,447 --> 00:40:57,855 ♬~ 208 00:40:57,855 --> 00:41:02,260 バブルの熱狂のただ中にあった 昭和60年代。 209 00:41:11,235 --> 00:41:17,342 日本社会は それまで見過ごしてきた 問題に目を向け始めた。 210 00:41:24,248 --> 00:41:31,889 昭和61年 ホームで酒に酔って絡んできた 男性を女性が押しのけたところ➡ 211 00:41:31,889 --> 00:41:35,893 男性が電車に巻き込まれ 死亡する事件が起こった。 212 00:41:39,230 --> 00:41:45,903 裁判では 正当防衛が認められ 女性は無罪となった。 213 00:41:45,903 --> 00:41:48,806 性差別の構造に光が当たり➡ 214 00:41:48,806 --> 00:41:52,410 「セクシャルハラスメント」という言葉が 広まった。 215 00:42:12,830 --> 00:42:20,071 昭和61年 高度成長期に奇跡の建材と もてはやされたアスベストの➡ 216 00:42:20,071 --> 00:42:23,174 人体への危険性が報じられた。 217 00:42:27,211 --> 00:42:31,215 全国各地で撤去作業が始まった。 218 00:42:37,722 --> 00:42:44,061 昭和63年 会社員の働きすぎによる死亡を 問題視した弁護士が➡ 219 00:42:44,061 --> 00:42:47,064 電話相談窓口を開設した。 220 00:42:49,567 --> 00:42:54,072 当時は まだ過労死という言葉は 浸透しておらず➡ 221 00:42:54,072 --> 00:42:57,675 労災として認められにくかった。 222 00:42:57,675 --> 00:43:02,880 その数は 年間1万人に上ると推計された。 223 00:43:26,604 --> 00:43:32,977 戦争 敗戦 復興 高度成長。 224 00:43:32,977 --> 00:43:37,081 激動の昭和は 幕を閉じた。 225 00:44:10,715 --> 00:44:40,111 ♬~