1 00:00:08,308 --> 00:00:12,813 1988年の クリスマスシーズン。 2 00:00:14,982 --> 00:00:22,723 ニューヨークは ソビエト連邦から来た ある人物の訪問に沸いていた。 3 00:00:22,723 --> 00:00:27,527 この男 実は ゴルバチョフのそっくりさん。 4 00:00:30,130 --> 00:00:34,334 このビルに住む ある有名人に いたずらを仕掛ける➡ 5 00:00:34,334 --> 00:00:37,337 テレビ局の企画だった。 6 00:00:46,346 --> 00:00:51,051 未来の大統領は 見事に だまされたのだった。 7 00:00:53,220 --> 00:00:58,692 本物のゴルバチョフは 2キロ離れた国連本部にいた。 8 00:00:58,692 --> 00:01:06,099 ソ連指導者が 四半世紀ぶりの 国連総会での演説に臨んだ。 9 00:01:06,099 --> 00:01:10,604 そして 世界を驚かす演説を行った。 10 00:01:21,481 --> 00:01:25,819 (拍手) 11 00:01:25,819 --> 00:01:31,992 米ソ冷戦の終わりを目指す ゴルバチョフの宣言だった。 12 00:01:31,992 --> 00:01:38,765 ♬~ 13 00:01:38,765 --> 00:01:45,138 この時 ソ連は 終わりの見えない戦争の ただ中にあった。 14 00:01:45,138 --> 00:01:48,342 アフガニスタン侵攻である。 15 00:01:51,345 --> 00:01:56,149 当初 数週間で終わらせるはずだった 軍事作戦は➡ 16 00:01:56,149 --> 00:01:59,953 10年に及ぶ 泥沼の戦争となっていた。 17 00:02:01,955 --> 00:02:03,890 (砲声) 18 00:02:03,890 --> 00:02:08,295 ♬~ 19 00:02:08,295 --> 00:02:13,800 ソ連は 西側諸国の経済制裁と 戦費の増大により➡ 20 00:02:13,800 --> 00:02:17,304 急速に 経済が悪化していた。 21 00:02:23,310 --> 00:02:29,016 この 国家の危機に登場したのが ゴルバチョフだった。 22 00:02:32,019 --> 00:02:36,990 ペレストロイカを掲げ 硬直した体制を変革し➡ 23 00:02:36,990 --> 00:02:40,327 民主化の波を巻き起こす。 24 00:02:40,327 --> 00:02:43,330 (拍手) 25 00:02:50,003 --> 00:02:54,674 この時 自由と民主化を求める若者たちを➡ 26 00:02:54,674 --> 00:02:57,511 鼓舞する歌が生まれた。 27 00:02:57,511 --> 00:03:11,625 ♬~ 28 00:03:11,625 --> 00:03:14,961 ロックミュージックが 禁じられていた ソ連に➡ 29 00:03:14,961 --> 00:03:21,668 すい星のごとく現れたバンド キノーが歌う その名も「変化を!」。 30 00:03:33,313 --> 00:03:37,184 ゴルバチョフが開けた 自由への扉からは➡ 31 00:03:37,184 --> 00:03:40,087 人々のエネルギーが あふれ出し➡ 32 00:03:40,087 --> 00:03:47,094 彼の意図を超え 超大国ソ連を 崩壊に導いていく。 33 00:03:51,131 --> 00:03:57,938 誰かのささやかな営みが 時に世界を動かすことがある。 34 00:03:59,673 --> 00:04:05,078 100年前に誕生した超大国は なぜ崩壊したのか。 35 00:04:05,078 --> 00:04:10,784 一人の指導者の 決断と誤算の物語である。 36 00:04:23,296 --> 00:04:26,800 これは 1953年➡ 37 00:04:26,800 --> 00:04:31,671 ソ連に 四半世紀にわたり 独裁者として君臨した➡ 38 00:04:31,671 --> 00:04:34,875 スターリンの国葬の映像である。 39 00:04:37,110 --> 00:04:44,851 葬儀は 4日間にわたり行われ 数万人の市民が参列した。 40 00:04:44,851 --> 00:04:48,121 参列者の中に その死を➡ 41 00:04:48,121 --> 00:04:52,325 どうしても悼むことのできない 若者がいた。 42 00:04:53,927 --> 00:04:57,931 名門 モスクワ大学の 学生だった… 43 00:04:59,666 --> 00:05:05,972 スターリンの粛清によって 祖父が強制収容所へと送られていた。 44 00:05:33,967 --> 00:05:39,973 ゴルバチョフは 政治改革を志し 共産党に入党。 45 00:05:42,108 --> 00:05:45,645 地方での改革を成功に導き➡ 46 00:05:45,645 --> 00:05:53,119 1979年 異例の若さで 共産党幹部に昇進する。 47 00:05:53,119 --> 00:05:59,326 ソ連はその時 泥沼の戦争に 突入しようとしていた。 48 00:05:59,326 --> 00:06:02,629 アフガニスタン侵攻である。 49 00:06:06,132 --> 00:06:09,603 その1年前 アフガニスタンには➡ 50 00:06:09,603 --> 00:06:14,474 初めての社会主義政権が成立していた。 51 00:06:14,474 --> 00:06:18,945 しかし ムジャヒディンと呼ばれる イスラム勢力は➡ 52 00:06:18,945 --> 00:06:25,952 急速な社会主義政策に反発。 内戦状態に陥っていた。 53 00:06:28,655 --> 00:06:35,161 ソ連のアフガン侵攻は 友好国の保護が名目だった。 54 00:06:38,632 --> 00:06:44,104 これは 当時ソ連が この侵攻を正当化するため制作した➡ 55 00:06:44,104 --> 00:06:47,307 プロパガンダ映像。 56 00:07:13,600 --> 00:07:19,472 しかし ソ連兵を待ち受けていたのは 地獄だった。 57 00:07:19,472 --> 00:07:24,244 歓迎してくれる市民など いなかった。 58 00:07:24,244 --> 00:07:30,950 アフガニスタン全土で 昼夜問わず ゲリラがソ連兵に襲いかかった。 59 00:08:15,528 --> 00:08:22,235 冷戦を戦う アメリカは ソ連の軍事侵攻を 強く非難した。 60 00:08:34,614 --> 00:08:39,919 西側諸国は ソ連に 厳しい経済制裁を科した。 61 00:08:43,089 --> 00:08:45,792 計画経済が立ち行かず➡ 62 00:08:45,792 --> 00:08:50,663 食料なども 西側からの 輸入に頼っていた ソ連経済は➡ 63 00:08:50,663 --> 00:08:53,466 悪化の一途をたどった。 64 00:08:57,303 --> 00:09:01,274 そこに アフガニスタンでの戦費が重なり➡ 65 00:09:01,274 --> 00:09:04,978 国力は 大きく低下していく。 66 00:09:08,915 --> 00:09:15,422 アフガニスタン侵攻が始まって6年目の 1985年。 67 00:09:15,422 --> 00:09:18,925 (拍手) 68 00:09:18,925 --> 00:09:23,763 ゴルバチョフは 54歳で 書記長に就任する。 69 00:09:23,763 --> 00:09:30,069 そして 「立て直し」を意味する ペレストロイカを打ち出した。 70 00:09:43,950 --> 00:09:48,655 そして 笑顔でこう呼びかけた。 71 00:10:00,500 --> 00:10:07,807 まず行ったのは 全国の労働者と 対話を行うことだった。 72 00:10:07,807 --> 00:10:14,614 人々と じかに接する姿勢は これまでの指導者には ないことだった。 73 00:10:30,997 --> 00:10:32,999 ゴルバチョフが目指したのは➡ 74 00:10:32,999 --> 00:10:36,669 あくまで社会主義体制を維持しながら➡ 75 00:10:36,669 --> 00:10:39,973 民主化を進めることだった。 76 00:11:46,839 --> 00:11:48,775 時を同じくして➡ 77 00:11:48,775 --> 00:11:55,582 人々の民主化と自由への願いに 火を付けるミュージシャンが現れた。 78 00:11:57,350 --> 00:12:18,638 ♬~ 79 00:12:18,638 --> 00:12:22,508 レニングラードで ボイラー工として働いていた➡ 80 00:12:22,508 --> 00:12:27,313 朝鮮系移民の父を持つ ヴィクトル・ツォイ。 81 00:12:30,650 --> 00:12:37,523 二十歳の時 ツォイは ロックバンド キノーを結成する。 82 00:12:37,523 --> 00:12:43,129 当時 ソ連はロックを 西側諸国の堕落した音楽として➡ 83 00:12:43,129 --> 00:12:46,232 厳しい管理下に置いていた。 84 00:12:49,002 --> 00:12:53,873 共産党は バンドに 歌の歌詞や髪の長さ➡ 85 00:12:53,873 --> 00:12:58,611 ライブの音量に至るまで ガイドラインを設定。 86 00:12:58,611 --> 00:13:05,284 ♬~ 87 00:13:05,284 --> 00:13:12,292 基準を満たした 共産党認定バンドのみ 公の活動を許された。 88 00:13:15,628 --> 00:13:20,633 それでも若者たちは 本物のロックを求め続けた。 89 00:13:22,502 --> 00:13:28,408 これは ソ連で違法に生産されていた ろっ骨レコード。 90 00:13:30,977 --> 00:13:36,482 病院で大量に廃棄される 使用済みのレントゲン写真に➡ 91 00:13:36,482 --> 00:13:40,687 禁止されていた西側音楽を刻んだ。 92 00:13:42,355 --> 00:13:47,860 若者たちは これを街角で 秘密裏に売買した。 93 00:13:49,662 --> 00:13:53,499 強制収容所送りとなる危険もありながら➡ 94 00:13:53,499 --> 00:14:00,006 数百万枚に上る ろっ骨レコードが ソ連全土に出回った。 95 00:14:25,431 --> 00:14:29,102 共産党認定バンドではない キノーは➡ 96 00:14:29,102 --> 00:14:33,473 アンダーグラウンドで ライブ活動を続けていた。 97 00:14:33,473 --> 00:14:39,812 ゴルバチョフの改革も まだ 文化の開放には及んでいなかった。 98 00:14:39,812 --> 00:14:47,687 ♬~ 99 00:14:47,687 --> 00:14:53,659 ライブ会場には KGBの職員が来て 監視していた。 100 00:14:53,659 --> 00:14:57,964 ♬~ 101 00:15:15,281 --> 00:15:19,952 ♬~ 102 00:15:19,952 --> 00:15:24,290 ツォイは指示を無視し 演奏を続けた。 103 00:15:24,290 --> 00:15:31,798 ♬~ 104 00:15:31,798 --> 00:15:37,970 するとKGB職員は アンプの電源を強制的に引き抜いた。 105 00:15:37,970 --> 00:15:42,809 だが ツォイはそのまま歌い続けた。 106 00:15:42,809 --> 00:15:57,023 ♬~ 107 00:16:20,279 --> 00:16:22,782 書記長となった ゴルバチョフは➡ 108 00:16:22,782 --> 00:16:27,186 アフガニスタン撤退を模索し始めた。 109 00:16:29,956 --> 00:16:32,959 6年に及ぶ 戦争。 110 00:16:32,959 --> 00:16:40,466 国家予算の40%を占める軍事費は 改革の大きな足かせとなっていた。 111 00:16:45,304 --> 00:16:47,974 敵の反政府ゲリラは➡ 112 00:16:47,974 --> 00:16:55,715 アメリカから大量に供与された 最新鋭の武器で ソ連軍に反撃。 113 00:16:55,715 --> 00:16:59,118 戦争は 泥沼化していた。 114 00:16:59,118 --> 00:17:03,756 だが 一方的な撤退は敗北を意味する。 115 00:17:03,756 --> 00:17:08,961 ソ連は 引きたくても引けない ジレンマに苦しんでいた。 116 00:17:32,785 --> 00:17:36,656 現地を取材した作家 アレクシエーヴィチは➡ 117 00:17:36,656 --> 00:17:39,659 当時の手記に こう書いている。 118 00:18:11,624 --> 00:18:16,829 そして ゴルバチョフをがく然とさせる 事故が起きた。 119 00:18:18,931 --> 00:18:24,437 1986年4月26日 チョルノービリで➡ 120 00:18:24,437 --> 00:18:29,775 実験中の原子炉が暴走し 爆発。 121 00:18:29,775 --> 00:18:35,948 広島型原爆の500倍の 放射性物質が飛び散った。 122 00:18:35,948 --> 00:18:40,252 炉心がむき出しとなる 大惨事だった。 123 00:18:50,463 --> 00:18:55,101 事故当日 ゴルバチョフの元に届いた 報告書には➡ 124 00:18:55,101 --> 00:18:57,403 こう書かれていた。 125 00:19:13,486 --> 00:19:20,292 事故被害の隠蔽は その後の対策の遅れにつながった。 126 00:19:20,292 --> 00:19:25,765 これは チョルノービリから 2.5キロしか離れていない街の➡ 127 00:19:25,765 --> 00:19:28,467 事故当日の映像。 128 00:19:33,939 --> 00:19:39,078 フィルムに写る 白い斑点。 129 00:19:39,078 --> 00:19:44,083 空気中の放射線が フィルムに感光した跡だった。 130 00:19:54,660 --> 00:20:01,967 この街の住民への避難命令が出たのは 翌日正午。 131 00:20:01,967 --> 00:20:06,072 事故から1日半が経過していた。 132 00:20:09,642 --> 00:20:12,678 5日後の 5月1日。 133 00:20:12,678 --> 00:20:16,982 キーウでは 放射性物質が降り注ぐ中➡ 134 00:20:16,982 --> 00:20:21,654 メーデーのパレードが行われた。 135 00:20:21,654 --> 00:20:28,360 住民は 危険の深刻さを知らされず 労働者の日を祝った。 136 00:20:29,995 --> 00:20:35,134 ゴルバチョフが 事故の詳細を知り 国民に伝えた時には➡ 137 00:20:35,134 --> 00:20:38,437 既に20日間が過ぎていた。 138 00:21:13,472 --> 00:21:17,309 ゴルバチョフの掲げる グラスノスチによって➡ 139 00:21:17,309 --> 00:21:23,649 共産党による検閲がなくなり 雑誌や新聞が 次々と創刊。 140 00:21:23,649 --> 00:21:29,655 秘密主義を撤廃し 国民の知る権利に応えようとした。 141 00:21:43,669 --> 00:21:48,374 グラスノスチの結果 ロックは完全に解禁された。 142 00:21:51,343 --> 00:21:56,849 ロックバンド キノーのツォイは 新曲を発表した。 143 00:21:59,518 --> 00:22:04,523 この曲が 後に ソ連の運命を変えることになる。 144 00:22:07,259 --> 00:22:33,252 ♬~ 145 00:22:37,990 --> 00:22:44,997 現状からの変化を望む この歌は 若者たちの心を たきつけていく。 146 00:22:47,666 --> 00:22:51,837 10年前 オリンピックの会場となった スタジアムで➡ 147 00:22:51,837 --> 00:22:55,341 キノーは 7万の観客を集め➡ 148 00:22:55,341 --> 00:23:00,613 ソ連ロック史上 最大規模のコンサートを行った。 149 00:23:00,613 --> 00:23:09,622 ♬~ 150 00:23:37,116 --> 00:23:41,320 ツォイの存在を ゴルバチョフも知っていた。 151 00:23:41,320 --> 00:23:44,323 周囲に こう語ったという。 152 00:24:00,806 --> 00:24:09,515 ♬~ 153 00:24:42,281 --> 00:24:48,987 戦争が始まってから 7年 ゴルバチョフは ついに決断する。 154 00:25:00,032 --> 00:25:02,935 (拍手) 155 00:25:04,770 --> 00:25:08,640 ゴルバチョフは アフガニスタン撤退のため➡ 156 00:25:08,640 --> 00:25:12,511 アメリカとの関係改善に 動きだした。 157 00:25:12,511 --> 00:25:17,816 1986年 レーガン大統領と 交渉を開始。 158 00:25:20,953 --> 00:25:27,726 ともに 戦略核兵器の50%を削減しようと 持ちかけ➡ 159 00:25:27,726 --> 00:25:30,729 世界を驚かせた。 160 00:25:33,532 --> 00:25:40,239 ゴルバチョフの和平外交に アメリカの対ソ戦略も転換していく。 161 00:25:42,107 --> 00:25:50,115 1987年 中距離核ミサイル全廃条約が 調印された。 162 00:26:03,262 --> 00:26:10,969 1988年 ついに アフガニスタンからの撤退が始まった。 163 00:26:15,841 --> 00:26:17,810 10年間にわたり➡ 164 00:26:17,810 --> 00:26:24,817 1万5,000のソ連兵が犠牲となった戦争が ようやく終わった。 165 00:26:30,789 --> 00:26:34,626 しかし ゴルバチョフの改革は➡ 166 00:26:34,626 --> 00:26:39,131 彼自身の想定を超えた事態を 引き起こしていく。 167 00:26:41,500 --> 00:26:45,637 ソ連を構成する 15の共和国で➡ 168 00:26:45,637 --> 00:26:48,974 独立の機運が 高まっていったのだ。 169 00:26:48,974 --> 00:26:53,312 独立を一つでも 許せば ドミノ倒し的に➡ 170 00:26:53,312 --> 00:26:56,615 連邦解体に つながりかねない。 171 00:26:59,485 --> 00:27:03,355 1989年 バルト三国で➡ 172 00:27:03,355 --> 00:27:07,593 人口の4分の1に及ぶ 人々が参加し➡ 173 00:27:07,593 --> 00:27:12,898 人間の鎖を作って ソ連からの独立を求めた。 174 00:27:14,466 --> 00:27:17,603 しかし ゴルバチョフの改革は➡ 175 00:27:17,603 --> 00:27:21,273 あくまで ソ連という国家は 維持しながら➡ 176 00:27:21,273 --> 00:27:24,977 民主化を進めるというものだった。 177 00:27:37,623 --> 00:27:44,129 しかし 一度 火の付いた独立運動を 止めることはできなかった。 178 00:27:46,965 --> 00:27:53,272 こうした 構成国の反乱は ソ連経済の更なる混乱を招いた。 179 00:27:55,107 --> 00:28:01,246 計画経済は 構成国の役割分担によって 成り立っていたため➡ 180 00:28:01,246 --> 00:28:04,950 物資の供給が停滞。 181 00:28:08,587 --> 00:28:10,622 店から食料が消え➡ 182 00:28:10,622 --> 00:28:15,227 市民生活は 破綻に追い込まれていった。 183 00:28:18,931 --> 00:28:22,935 人々は 事態を収拾できないゴルバチョフに➡ 184 00:28:22,935 --> 00:28:27,940 一転して 非難の声を上げるようになっていった。 185 00:28:34,780 --> 00:28:37,616 人々の不満を抑えるため➡ 186 00:28:37,616 --> 00:28:41,820 ゴルバチョフは 新たな改革に踏み切った。 187 00:28:44,289 --> 00:28:48,093 ソ連初の 自由選挙である。 188 00:28:50,963 --> 00:28:58,971 共産党員以外も立候補し 街なかの至る所に 候補者が現れた。 189 00:29:02,574 --> 00:29:07,579 その結果は 驚くべきものとなった。 190 00:29:17,923 --> 00:29:21,793 共産党は 重鎮が軒並み落選。 191 00:29:21,793 --> 00:29:27,599 議席の20%を 急速な民主主義への 転換を求める➡ 192 00:29:27,599 --> 00:29:30,302 急進改革派が占めた。 193 00:29:31,937 --> 00:29:36,642 その先頭に立ったのは エリツィンだった。 194 00:29:49,788 --> 00:29:54,626 当選した 高名な物理学者 サハロフ博士も➡ 195 00:29:54,626 --> 00:29:58,930 壇上に立ち 自説を とうとうと述べた。 196 00:30:19,651 --> 00:30:24,523 だが 70年にわたり 沈黙を強いられた人々の声は➡ 197 00:30:24,523 --> 00:30:27,125 やむことはなかった。 198 00:30:52,851 --> 00:30:58,557 ソ連初の民主的な議会は 失敗に終わった。 199 00:31:13,171 --> 00:31:19,311 混乱の中 衝撃的なニュースが駆け巡った。 200 00:31:19,311 --> 00:31:21,246 ミュージシャンのツォイが➡ 201 00:31:21,246 --> 00:31:25,984 休暇で訪れていた ラトビアで 交通事故を起こし➡ 202 00:31:25,984 --> 00:31:29,988 28歳の若さで この世を去ったのだ。 203 00:31:31,790 --> 00:31:35,794 これは ツォイの葬儀の映像である。 204 00:31:38,330 --> 00:31:41,666 数え切れないほどのファンが詰めかけ➡ 205 00:31:41,666 --> 00:31:47,839 民主化と自由のシンボルとなっていた ツォイの死を悼んだ。 206 00:31:47,839 --> 00:31:54,012 (泣き声) 207 00:31:54,012 --> 00:32:07,325 ♬~ 208 00:32:45,664 --> 00:32:49,000 力を失っていた 共産党保守派が➡ 209 00:32:49,000 --> 00:32:53,104 軍と手を結び 反撃に出た。 210 00:33:07,385 --> 00:33:11,790 これは 放送局を掌握した保守派が流した➡ 211 00:33:11,790 --> 00:33:14,493 うそのニュースだった。 212 00:33:17,462 --> 00:33:21,633 ゴルバチョフは 休暇でいた クリミアの別荘で➡ 213 00:33:21,633 --> 00:33:23,935 軍に軟禁されていた。 214 00:33:26,805 --> 00:33:32,511 ゴルバチョフが 家族に撮影させた ビデオが残っている。 215 00:33:45,490 --> 00:33:53,198 同じ頃 数百台の戦車部隊が 突如 モスクワ中心部に現れた。 216 00:33:55,200 --> 00:34:00,505 共産党保守派や軍部による クーデターだった。 217 00:34:02,607 --> 00:34:07,412 首謀者は 全権を掌握したと宣言した。 218 00:34:24,462 --> 00:34:29,301 再び 共産党による支配が始まるのか。 219 00:34:29,301 --> 00:34:33,004 クーデターを知り 市民は立ち上がった。 220 00:34:38,643 --> 00:34:43,114 これは クーデター当日の レニングラードを記録した➡ 221 00:34:43,114 --> 00:34:47,953 ドキュメンタリー映画である。 222 00:34:47,953 --> 00:34:53,758 市民は バリケードを築き クーデターに抵抗しようとした。 223 00:35:03,068 --> 00:35:05,437 市民の先頭に立ったのは➡ 224 00:35:05,437 --> 00:35:07,772 急進改革派の一人で➡ 225 00:35:07,772 --> 00:35:11,076 市長の サプチャークだった。 226 00:35:13,078 --> 00:35:16,781 この時 カメラは サプチャークを護衛する➡ 227 00:35:16,781 --> 00:35:20,485 一人の男の姿を捉えている。 228 00:35:26,958 --> 00:35:34,466 元KGB職員で 共産党に 見切りをつけていた プーチンである。 229 00:35:36,635 --> 00:35:40,305 サプチャークは 広場に集まった市民に➡ 230 00:35:40,305 --> 00:35:44,009 クーデターへの抵抗を呼びかけた。 231 00:36:13,605 --> 00:36:20,211 人々は 自然発生的に 一つの歌を歌いだした。 232 00:36:22,614 --> 00:36:26,618 キノーの「変化を!」。 233 00:37:00,051 --> 00:37:03,922 市民は 3日間にわたり抵抗を続け➡ 234 00:37:03,922 --> 00:37:10,929 軍は首謀者から離反。 クーデターは 失敗に終わった。 235 00:37:14,265 --> 00:37:19,437 ゴルバチョフは 軟禁状態から解放された。 236 00:37:19,437 --> 00:37:26,744 しかし クーデターの責任を問われ 共産党トップの座を降ろされた。 237 00:37:36,621 --> 00:37:44,095 これを機に ロシア ウクライナなど ソ連構成国家が続々と離反。 238 00:37:44,095 --> 00:37:48,299 ゴルバチョフに もはや止める力はなかった。 239 00:37:51,302 --> 00:37:54,973 そして クーデターから 僅か4か月で➡ 240 00:37:54,973 --> 00:37:58,776 全ての国が 独立を宣言した。 241 00:38:01,412 --> 00:38:09,721 1991年12月25日 ゴルバチョフは決断する。 242 00:38:12,123 --> 00:38:19,631 自らの辞任を表明し ソビエト連邦の終えんを宣言した。 243 00:38:49,460 --> 00:38:53,965 ♬~ 244 00:38:53,965 --> 00:39:00,572 こうして 70年にわたり 超大国として君臨したソ連は➡ 245 00:39:00,572 --> 00:39:04,375 世界から消滅した。 246 00:39:07,345 --> 00:39:09,914 祖国の崩壊を目撃した➡ 247 00:39:09,914 --> 00:39:15,220 ノーベル賞作家 アレクシエーヴィチは こう述べている。 248 00:39:54,492 --> 00:40:01,099 新生ロシアには 更なる混乱が待ち受けていた。 249 00:40:01,099 --> 00:40:07,405 資本主義経済の 急速な導入によって 市場は大混乱に陥る。 250 00:40:11,309 --> 00:40:14,979 ルーブルは 紙くず同然となった。 251 00:40:14,979 --> 00:40:19,984 GDPは ソ連時代の半分にまで落ち込んだ。 252 00:40:22,720 --> 00:40:27,325 ロシアが ソ連時代のGDPを取り戻すには➡ 253 00:40:27,325 --> 00:40:32,030 2005年まで待たなければならなかった。 254 00:40:36,834 --> 00:40:43,007 これは 1998年 アメリカで放送された ピザのCM。 255 00:40:43,007 --> 00:40:47,211 出演したのは ゴルバチョフと その孫。 256 00:41:19,844 --> 00:41:25,583 今年2月 ロシアは ウクライナに侵攻した。 257 00:41:25,583 --> 00:41:31,789 ロシアのもくろみでは 数週間で終わるはずの 軍事作戦だった。 258 00:41:34,826 --> 00:41:40,331 ある調査によると ロシア兵の死者は 僅か3か月で➡ 259 00:41:40,331 --> 00:41:47,005 アフガニスタンでの死者 1万5,000人を 上回ったといわれる。 260 00:41:47,005 --> 00:41:51,876 ♬~ 261 00:41:51,876 --> 00:41:54,679 占領された ウクライナの街で➡ 262 00:41:54,679 --> 00:41:59,150 一人の若者が ロシアの侵攻に抗議し➡ 263 00:41:59,150 --> 00:42:04,956 キノーの「変化を!」を演奏する映像を 世界に発信した。 264 00:42:04,956 --> 00:42:16,467 ♬~ 265 00:42:16,467 --> 00:42:26,644 この歌は 親ロシア政権を倒した マイダン革命の時にも 盛んに歌われた。 266 00:42:26,644 --> 00:42:33,951 今も 理不尽な暴力に立ち向かう人々に 歌い継がれている。 267 00:42:37,121 --> 00:42:41,926 これは ゴルバチョフの晩年を 記録した映画である。 268 00:42:44,495 --> 00:42:50,301 2019年の大みそかを過ごす ゴルバチョフ。 269 00:43:02,947 --> 00:43:08,286 ロシアでは ソ連を崩壊させた張本人と非難され➡ 270 00:43:08,286 --> 00:43:11,589 冷遇される日々を送ってきた。 271 00:43:32,310 --> 00:43:38,115 これが ゴルバチョフの最後の映像となった。 272 00:44:00,938 --> 00:44:04,775 もし ゴルバチョフが生きていれば➡ 273 00:44:04,775 --> 00:44:09,580 今のロシアを見て 何を思うだろうか。 274 00:44:12,583 --> 00:44:38,776 ♬~