1 00:00:00,934 --> 00:00:10,344 ♬~ 2 00:00:15,482 --> 00:00:23,290 ドイツの裁判所で 101歳の男に 禁錮5年の有罪判決が下された。 3 00:00:26,827 --> 00:00:30,631 男は かつてナチスの収容所で➡ 4 00:00:30,631 --> 00:00:38,205 ユダヤ人など 3,518人の殺害に 関与したという。 5 00:00:38,205 --> 00:00:41,108 戦後 その経歴を隠し➡ 6 00:00:41,108 --> 00:00:45,012 100歳になるまで逃げ延びていた。 7 00:01:04,898 --> 00:01:10,170 何十年たとうが ナチスの罪を決して赦さない➡ 8 00:01:10,170 --> 00:01:13,774 ナチハンターと呼ばれる 人たちがいる。 9 00:01:16,510 --> 00:01:22,316 名前を変え 居場所を隠す 元ナチを追い詰めるためなら➡ 10 00:01:22,316 --> 00:01:26,019 墓を暴くことも いとわなかった。 11 00:01:28,922 --> 00:01:32,759 ホロコーストに関わった者の 行方を突き止め➡ 12 00:01:32,759 --> 00:01:38,365 裁判にかけ 正義を果たすことに執念を燃やした。 13 00:01:57,718 --> 00:02:02,522 アウシュビッツの真実を暴いた ナチハンターもいた。 14 00:02:06,426 --> 00:02:11,631 囚人服を支給した者まで捕らえ 罪を問うた。 15 00:02:23,710 --> 00:02:26,613 その執念は 世代を超えて➡ 16 00:02:26,613 --> 00:02:28,949 受け継がれた。 17 00:02:28,949 --> 00:02:31,518 若きナチハンターは➡ 18 00:02:31,518 --> 00:02:37,524 元ナチ党員だった首相を 公衆の面前で平手打ちした。 19 00:03:01,915 --> 00:03:09,389 しかし ナチハンターはドイツ国民から 支持されたわけではなかった。 20 00:03:09,389 --> 00:03:18,198 だが 忘却と闘い続けるその執念は 次第にドイツの空気を変えていく。 21 00:03:22,936 --> 00:03:29,943 そして ドイツは 目を背けてきた過去と 向き合うことを決めた。 22 00:03:50,430 --> 00:03:56,937 一人のささやかな営みが 時に世界を動かすことがある。 23 00:03:59,940 --> 00:04:05,545 今回は 3人のナチハンターたちの 執念の物語。 24 00:04:05,545 --> 00:04:11,351 世代を超えて受け継がれた 「忘却」との闘いである。 25 00:04:11,351 --> 00:04:18,859 ♬~ 26 00:04:21,595 --> 00:04:28,702 これは 第二次世界大戦中の マウトハウゼン強制収容所の映像。 27 00:04:31,571 --> 00:04:35,842 ドイツ統治下のオーストリアにあった この収容所は➡ 28 00:04:35,842 --> 00:04:38,879 およそ4万か所の収容所の中でも➡ 29 00:04:38,879 --> 00:04:42,482 最も過酷な場所の一つだった。 30 00:04:44,317 --> 00:04:51,224 その凄惨な日々をつづった あるユダヤ人の回想が残されている。 31 00:05:31,097 --> 00:05:36,503 「生きて出られたら全てを明るみに出す」 と言う囚人を➡ 32 00:05:36,503 --> 00:05:41,208 ナチスの親衛隊員は 笑い飛ばしたという。 33 00:05:50,784 --> 00:05:54,387 この回想録をつづった男の名は… 34 00:05:57,090 --> 00:06:00,994 最初のナチハンターとなる人物である。 35 00:06:04,531 --> 00:06:13,139 1945年。 5年半続いた第二次世界大戦は 終結に向かっていた。 36 00:06:18,144 --> 00:06:21,948 ドイツが無条件降伏する2日前➡ 37 00:06:21,948 --> 00:06:27,854 ヴィーゼンタールがいた収容所は アメリカ軍によって解放された。 38 00:06:35,495 --> 00:06:38,531 ヴィーゼンタールも生還した。 39 00:06:38,531 --> 00:06:43,236 だが 彼の母親と親族88人は➡ 40 00:06:43,236 --> 00:06:47,440 全員ホロコーストの犠牲となっていた。 41 00:07:13,600 --> 00:07:17,938 収容所から解放された ヴィーゼンタールが見たのは➡ 42 00:07:17,938 --> 00:07:21,541 荒廃したドイツの姿だった。 43 00:07:23,576 --> 00:07:26,980 建築家の資格を持っていた ヴィーゼンタールは➡ 44 00:07:26,980 --> 00:07:32,385 街を再建する仕事に就くという 選択肢もあった。 45 00:07:36,656 --> 00:07:42,762 だが 年の暮れに始まった裁判が 彼の人生を変えた。 46 00:07:46,366 --> 00:07:55,575 1945年11月。 戦勝国による軍事裁判 ニュルンベルク裁判である。 47 00:08:01,815 --> 00:08:07,921 この裁判で ナチスの主要戦犯 22名が裁かれ➡ 48 00:08:07,921 --> 00:08:12,659 12名に絞首刑が言い渡された。 49 00:08:12,659 --> 00:08:14,894 しかし 裁かれたのは➡ 50 00:08:14,894 --> 00:08:18,665 ゲーリングなど戦争指導者だけだった。 51 00:08:18,665 --> 00:08:23,970 だが連合国は こう結論づけた。 52 00:08:36,649 --> 00:08:41,488 ホロコーストに じかに関わった 現場の者たちの多くは➡ 53 00:08:41,488 --> 00:08:45,492 裁判にかけられることはなかった。 54 00:08:47,961 --> 00:08:51,731 重罪人こそ刑務所に送られたが➡ 55 00:08:51,731 --> 00:08:56,736 ほとんどが 十分に調べられることはなかった。 56 00:08:59,506 --> 00:09:05,812 彼らに科せられたのは 公職に就けなくなることだけだった。 57 00:09:12,018 --> 00:09:16,723 あの男にそっくりな人物も逮捕されたが➡ 58 00:09:16,723 --> 00:09:21,628 連合国は それ以上 追及しようともしなかった。 59 00:09:24,264 --> 00:09:31,037 ヴィーゼンタールは裁判で裁かれなかった ナチ犯罪者の罪を問うことを➡ 60 00:09:31,037 --> 00:09:34,340 一生の仕事に決めた。 61 00:10:07,507 --> 00:10:12,879 ヴィーゼンタールは 収容所にいたナチ党員に関する情報を➡ 62 00:10:12,879 --> 00:10:15,415 独自に集め始めた。 63 00:10:15,415 --> 00:10:18,718 故国 オーストリアに拠点を作り➡ 64 00:10:18,718 --> 00:10:24,724 ホロコーストに関与した人物を 一人一人特定していく。 65 00:10:26,459 --> 00:10:30,964 その人物が 収容所で どんなことをしたのか? 66 00:10:30,964 --> 00:10:36,503 生存者から話を聞き出す。 67 00:10:36,503 --> 00:10:40,807 気の遠くなるような作業を続けた。 68 00:10:44,711 --> 00:10:50,216 そして 親衛隊の一人の中佐に 照準を定めた。 69 00:10:58,024 --> 00:11:04,631 アイヒマンは 「ユダヤ人問題の 最終的解決」を実行した男。 70 00:11:04,631 --> 00:11:08,835 いわゆる「死の列車」の 司令官だった。 71 00:11:11,304 --> 00:11:18,511 戦争が終わるまでの3年間で 600万人を収容所へ送り込んだ。 72 00:11:42,001 --> 00:11:44,904 だが アイヒマンは戦後➡ 73 00:11:44,904 --> 00:11:51,611 アメリカ軍の捕虜収容所から脱走し 行方知れずになっていた。 74 00:11:57,116 --> 00:12:01,487 ヴィーゼンタールは まずアイヒマンの妻を当たった。 75 00:12:01,487 --> 00:12:04,724 だが妻は 夫とは離婚し➡ 76 00:12:04,724 --> 00:12:08,928 その後 連絡を取っていないという。 77 00:12:08,928 --> 00:12:13,833 そこで 愛人だった女性を捜し出し➡ 78 00:12:13,833 --> 00:12:18,438 私服姿のアイヒマンの写真を 手に入れた。 79 00:12:22,308 --> 00:12:26,980 ヴィーゼンタールは その写真を関係各所へ送り➡ 80 00:12:26,980 --> 00:12:31,317 目撃情報を血眼になって探し求める。 81 00:12:31,317 --> 00:12:36,322 あっという間に 戦後4年が たとうとしていた。 82 00:12:40,827 --> 00:12:45,231 (鐘の音) 83 00:12:49,269 --> 00:12:55,575 連合軍による占領が終わり ドイツは東西に分断された。 84 00:12:58,878 --> 00:13:02,682 初代 西ドイツの首相に任命されたのは… 85 00:13:11,491 --> 00:13:17,263 戦前 ケルンの市長だった時代 ヒトラーとの握手を拒否した➡ 86 00:13:17,263 --> 00:13:20,867 ナチスに批判的な人物だった。 87 00:13:24,837 --> 00:13:31,311 ところが アデナウアー政権の 外務官僚の66%に➡ 88 00:13:31,311 --> 00:13:36,115 ナチ党員の経歴があることが 明らかになる。 89 00:13:39,686 --> 00:13:43,089 これは 政権発足3年後➡ 90 00:13:43,089 --> 00:13:47,894 1952年の 連邦議会の録音である。 91 00:14:23,830 --> 00:14:30,837 新生 西ドイツを築くため アデナウアーは ナチ犯罪者を釈放。 92 00:14:30,837 --> 00:14:37,944 公職に就くことを禁じられていた彼らを 次々と復職させていた。 93 00:14:41,414 --> 00:14:48,187 終戦当時 ドイツ国民のおよそ1割が ナチ党員だった。 94 00:14:48,187 --> 00:14:54,193 彼らを排除し続けると 政府が成り立たないという主張だった。 95 00:15:00,900 --> 00:15:03,803 (拍手) 96 00:15:06,239 --> 00:15:09,876 このころ ナチハンター ヴィーゼンタールの➡ 97 00:15:09,876 --> 00:15:14,781 アイヒマン追跡は 大きな進展を見せていた。 98 00:15:17,383 --> 00:15:20,419 偽名と居場所を突き止めたのだ。 99 00:15:20,419 --> 00:15:23,055 リカルド・クレメント。 100 00:15:23,055 --> 00:15:29,162 その偽名を使って 南米アルゼンチンへ 渡ったことが判明する。 101 00:15:34,267 --> 00:15:40,373 アルゼンチン大統領 フアン・ペロンは ファシズムの信奉者だった。 102 00:15:40,373 --> 00:15:47,079 国力強化のため 積極的に元ナチを受け入れていた。 103 00:15:47,079 --> 00:15:53,853 アルゼンチンに亡命した元ナチ党員は 1,000人に上っていた。 104 00:15:53,853 --> 00:15:58,558 その中に リカルド・クレメントの名があった。 105 00:16:02,328 --> 00:16:06,866 アイヒマンを捕らえるために ヴィーゼンタールが頼ったのは➡ 106 00:16:06,866 --> 00:16:11,971 建国まもない ユダヤ人国家 イスラエルだった。 107 00:16:14,273 --> 00:16:19,078 その後 各地からも 有力な情報が寄せられ➡ 108 00:16:19,078 --> 00:16:26,285 1957年 イスラエルの諜報機関 モサドが動きだした。 109 00:16:27,820 --> 00:16:33,926 アイヒマンを誘拐し 自国へ連行する作戦に出たのだ。 110 00:16:38,397 --> 00:16:42,802 尾行を繰り返し 自宅を特定。 111 00:16:46,138 --> 00:16:50,476 隠しカメラで撮影した リカルド・クレメントが➡ 112 00:16:50,476 --> 00:16:54,080 アイヒマンであることを確信すると➡ 113 00:16:54,080 --> 00:17:00,853 1960年5月 自宅近くの路上で誘拐し 監禁。 114 00:17:00,853 --> 00:17:06,659 自国のチャーター機を使って 秘密裏にイスラエルへ移送した。 115 00:17:11,030 --> 00:17:15,635 そのニュースは 世界をあっと言わせた。 116 00:17:30,182 --> 00:17:36,889 裁判は1年後 イスラエルのエルサレムで始まった。 117 00:17:36,889 --> 00:17:42,695 世界各国から およそ500名の 報道関係者が押し寄せ➡ 118 00:17:42,695 --> 00:17:47,099 公判の模様は 世界中に報じられた。 119 00:17:49,402 --> 00:17:52,371 集まった報道関係者の中には➡ 120 00:17:52,371 --> 00:17:55,174 日本の新聞記者もいた。 121 00:18:07,653 --> 00:18:11,123 世界中の人々が アイヒマンに➡ 122 00:18:11,123 --> 00:18:17,129 ユダヤ人への憎悪に狂った サディストの姿を思い描いていた。 123 00:18:18,864 --> 00:18:26,772 しかし 現れたのは 神経質そうな 痩せた初老の男だった。 124 00:18:52,865 --> 00:18:58,671 だが アイヒマンは 最後まで無罪を主張した。 125 00:19:51,557 --> 00:19:57,363 「私は ただ 命令に従っただけ…」。 126 00:19:57,363 --> 00:20:04,270 アイヒマンが繰り返す その言葉に ヴィーゼンタールは衝撃を受けた。 127 00:20:42,842 --> 00:20:49,048 ドイツ国民は この裁判の行方を複雑な思いで見ていた。 128 00:21:16,775 --> 00:21:24,450 アイヒマンは 「人道に対する罪」など 15の犯罪で有罪となった。 129 00:21:24,450 --> 00:21:29,789 上官の命令に従っただけだ という主張は 認められず➡ 130 00:21:29,789 --> 00:21:33,192 絞首刑を言い渡された。 131 00:21:35,094 --> 00:21:39,431 裁判後もドイツの世論は変わらなかった。 132 00:21:39,431 --> 00:21:44,637 意識調査では 半数以上の国民が こう答えていた。 133 00:21:53,779 --> 00:21:57,650 被害者であるはずのユダヤ人の中にも➡ 134 00:21:57,650 --> 00:22:02,555 あの出来事は もう忘れよう という動きが出ていた。 135 00:22:08,894 --> 00:22:16,001 その2年後 西ドイツ中部の都市で 別のナチス裁判が始まった。 136 00:22:18,003 --> 00:22:21,373 フランクフルト・アウシュビッツ裁判。 137 00:22:21,373 --> 00:22:27,379 アウシュビッツで起きた犯罪に的を絞った 初めての裁判だった。 138 00:22:30,516 --> 00:22:35,921 戦後18年 西ドイツが 経済復興を遂げた時期に➡ 139 00:22:35,921 --> 00:22:41,727 突然始まった この裁判に ドイツ国民は困惑した。 140 00:22:53,339 --> 00:22:59,678 起訴された23名のほとんどは 無名の男たちだった。 141 00:22:59,678 --> 00:23:04,950 収容所の副官 看守に加え 歯科医や薬剤師➡ 142 00:23:04,950 --> 00:23:09,955 中には 囚人服を支給した事務職員もいた。 143 00:23:13,459 --> 00:23:19,265 あえて要職にはなかった人物を選んで 裁判を起こした検事。 144 00:23:27,806 --> 00:23:32,111 フリッツ・バウアーは ドイツ生まれのユダヤ人。 145 00:23:34,313 --> 00:23:36,916 戦争が始まる前… 146 00:23:38,651 --> 00:23:43,555 祖国へ戻ったのは 西ドイツ建国の年だった。 147 00:23:48,460 --> 00:23:52,998 バウアーは 地方検事として働き始める。 148 00:23:52,998 --> 00:23:59,305 だが アデナウアー政権下の裁判所は 元ナチ党員ばかりだった。 149 00:24:02,274 --> 00:24:06,612 逆風の中でも バウアーが裁判に踏み切ったのは➡ 150 00:24:06,612 --> 00:24:09,615 一つの理由からだった。 151 00:24:37,609 --> 00:24:45,117 それまでのナチス裁判で裁かれたのは 戦争指導者や司令官だけだった。 152 00:24:47,720 --> 00:24:51,957 そこでバウアーは 命令の有無にかかわらず➡ 153 00:24:51,957 --> 00:24:58,364 大量殺りくに関わった 全ての人物の罪を問おうとしたのだ。 154 00:25:00,432 --> 00:25:03,435 だが 準備は難航した。 155 00:25:03,435 --> 00:25:07,973 戦争末期 アウシュビッツを 解放したのは ソ連軍。 156 00:25:07,973 --> 00:25:12,678 証拠は 鉄のカーテンの向こうにあった。 157 00:25:16,582 --> 00:25:21,887 バウアーは 部下の検事を 極秘裏に東側へ派遣した。 158 00:25:21,887 --> 00:25:24,757 ユダヤ人の生存者を捜し➡ 159 00:25:24,757 --> 00:25:29,261 アウシュビッツで どれだけの数が どんな仕事をしていたのか➡ 160 00:25:29,261 --> 00:25:32,064 徹底的に調査した。 161 00:25:42,307 --> 00:25:45,210 バウアーは 記録を発掘し➡ 162 00:25:45,210 --> 00:25:51,316 収容所で さまざまな仕事に就いていた 人物を特定していく。 163 00:25:51,316 --> 00:25:56,588 そして 事務職員や医師など 関係者23名を➡ 164 00:25:56,588 --> 00:26:01,794 「大量殺人の共同実行者」として起訴した。 165 00:26:04,029 --> 00:26:10,803 これは 裁判中 バウアーが 若者たちと対談した番組である。 166 00:26:10,803 --> 00:26:14,440 要職にはなかった人物にまで広げたのは➡ 167 00:26:14,440 --> 00:26:22,848 一つ間違えれば 誰もが大量殺りくに 関わってしまうことを示すためだった。 168 00:26:52,811 --> 00:26:58,317 若者たちの間に 裁判への関心が高まっていた。 169 00:26:59,918 --> 00:27:03,622 一人でも多くの傍聴人を受け入れるため➡ 170 00:27:03,622 --> 00:27:10,929 検事だったバウアーは 狭い法廷ではなく 広い 街のホールを借り切った。 171 00:27:14,700 --> 00:27:17,936 奇跡と思える出来事も起こった。 172 00:27:17,936 --> 00:27:24,376 到底ドイツに来ることは無理だと 考えられていた東側の生存者たちが➡ 173 00:27:24,376 --> 00:27:27,412 続々と法廷に現れた。 174 00:27:27,412 --> 00:27:32,484 ポーランドから ロシアから チェコスロバキアから…。 175 00:27:32,484 --> 00:27:39,992 若者たちの前で証言するために 冷戦の壁をこえて西ドイツへやって来た。 176 00:28:28,707 --> 00:28:34,379 裁判の過程で アウシュビッツの 大量殺りくの真実が➡ 177 00:28:34,379 --> 00:28:38,083 次々と明らかになっていった。 178 00:28:40,052 --> 00:28:44,356 裁判は1年半に及んだ。 179 00:28:46,158 --> 00:28:48,760 判決は… 180 00:28:56,835 --> 00:29:01,707 しかし 歯科医や 囚人服を支給した事務職員は➡ 181 00:29:01,707 --> 00:29:05,310 証拠不十分で無罪となる。 182 00:29:07,045 --> 00:29:12,851 ところが 次なるナチス裁判を 準備していたバウアーは➡ 183 00:29:12,851 --> 00:29:16,955 自宅の浴槽で謎の死を遂げた。 184 00:29:21,560 --> 00:29:27,366 しかし ナチハンターの執念は まだ実を結んでいなかった。 185 00:29:27,366 --> 00:29:35,374 経済成長をひた走る西ドイツを 過去よりも未来という空気が覆っていた。 186 00:29:39,478 --> 00:29:44,082 首相に クルト・ゲオルク・キージンガーが就任する。 187 00:29:46,251 --> 00:29:53,659 彼は 戦時中 ナチ党員として 外務省で働いていた経歴があった。 188 00:29:57,029 --> 00:30:05,937 首相就任から2年後 ベルリンで行われた 所属政党の党大会で「事件」は起きた。 189 00:30:08,173 --> 00:30:14,646 壇上のキージンガーに 若い女性が忍び寄った。 そして…。 190 00:30:14,646 --> 00:30:16,948 (平手打ちの音) 191 00:30:19,985 --> 00:30:25,290 首相の顔を3度も平手打ちしたのだ。 192 00:30:27,492 --> 00:30:31,129 女性の名は… 193 00:30:31,129 --> 00:30:33,332 当時 29歳。 194 00:30:34,100 --> 00:30:39,604 事件後に発表した「犯行声明」がある。 195 00:31:04,362 --> 00:31:07,265 ベアテは 1939年➡ 196 00:31:07,265 --> 00:31:12,070 ドイツが戦争を始めた年に ベルリンで生まれた。 197 00:31:12,070 --> 00:31:15,707 ユダヤ人ではない。 198 00:31:15,707 --> 00:31:20,812 幼かった彼女には ナチス時代の記憶はなかった。 199 00:31:22,481 --> 00:31:26,184 あの当時 何があったかを知ったのは➡ 200 00:31:26,184 --> 00:31:33,692 21歳でパリに移住し ユダヤ人の夫 セルジュと結婚してからだった。 201 00:31:35,427 --> 00:31:40,665 セルジュの父親は アウシュビッツの犠牲者だった。 202 00:31:40,665 --> 00:31:45,570 それを知ったベアテは 歴史家でもある夫の協力を得て➡ 203 00:31:45,570 --> 00:31:50,776 ナチハンターとなることを決めた。 204 00:31:50,776 --> 00:31:58,183 ベアテが追及したのは ドイツ占領下の フランスでの戦争犯罪だった。 205 00:32:01,086 --> 00:32:04,589 最初のターゲットは クルト・リシュカ。 206 00:32:12,297 --> 00:32:14,966 親衛隊中佐。 207 00:32:14,966 --> 00:32:21,273 戦後 フランスの裁判で 終身労働刑の判決を受けていた。 208 00:32:23,508 --> 00:32:29,381 しかし リシュカは その後も西ドイツで健在だった。 209 00:32:29,381 --> 00:32:34,486 フランスで起きた犯罪は フランスでしか裁けない。 210 00:32:34,486 --> 00:32:37,088 ドイツ在住のリシュカは➡ 211 00:32:37,088 --> 00:32:42,294 ドイツの基本法によって 引き渡しから守られていた。 212 00:32:44,496 --> 00:32:49,334 ベアテは カメラマンを伴い リシュカを追及する。 213 00:32:49,334 --> 00:32:54,639 だが ドイツ国内では 彼に手出しができない。 214 00:32:58,944 --> 00:33:04,249 そこでベアテは ある作戦を思いつく。 215 00:33:06,685 --> 00:33:10,622 ナチス時代のリシュカの家が パリにあった。 216 00:33:10,622 --> 00:33:15,627 その家の前で抗議活動を行った。 217 00:33:24,636 --> 00:33:28,473 (サイレン) 218 00:33:28,473 --> 00:33:32,344 パトカーが駆けつけ 大騒ぎとなった。 219 00:33:32,344 --> 00:33:37,182 その様子は ニュースとなって報道された。 220 00:33:37,182 --> 00:33:40,785 これが ベアテのねらいだった。 221 00:33:44,923 --> 00:33:50,862 すると今度は ニュースを聞きつけた イギリスの放送局BBCが➡ 222 00:33:50,862 --> 00:33:53,565 リシュカを追い始めた。 223 00:34:06,144 --> 00:34:11,449 リシュカが顔を隠す この映像は 世界中に放送された。 224 00:34:20,659 --> 00:34:24,963 2人目のターゲットは ヘルベルト・ハーゲン。 225 00:34:24,963 --> 00:34:28,833 ユダヤ人の強制収容所への 移送に関与し➡ 226 00:34:28,833 --> 00:34:33,038 フランスで終身労働刑を受けていた。 227 00:34:34,739 --> 00:34:39,778 ハーゲンは 仮釈放され ドイツに戻っていた。 228 00:34:39,778 --> 00:34:43,114 しかし その後 ユダヤ人の移送だけでなく➡ 229 00:34:43,114 --> 00:34:48,586 処刑にも関わっていたことが判明する。 230 00:34:48,586 --> 00:34:53,491 ベアテ そして夫のセルジュが詰め寄った。 231 00:35:12,711 --> 00:35:16,014 ベアテの3人目のターゲットは… 232 00:35:19,050 --> 00:35:22,954 アウシュビッツへの ユダヤ人の移送を担当し➡ 233 00:35:22,954 --> 00:35:27,959 フランスの欠席裁判で 死刑判決を受けていた。 234 00:35:29,694 --> 00:35:35,800 ところが戦後 ドイツの小さな町の町長になっていた。 235 00:35:39,170 --> 00:35:46,044 1978年 BBCの記者が ベアテが発見した資料を携え➡ 236 00:35:46,044 --> 00:35:49,848 町長室で追及した。 237 00:36:18,176 --> 00:36:25,483 我が町の町長を執拗に嗅ぎ回るベアテに 住民は怒りの声を上げた。 238 00:36:51,643 --> 00:36:53,878 ベアテは焦っていた。 239 00:36:53,878 --> 00:36:57,415 西ドイツの決めた戦争犯罪の時効が➡ 240 00:36:57,415 --> 00:37:04,322 建国から30年目となる1979年 来年に迫っていた。 241 00:37:06,057 --> 00:37:12,263 このまま時効を迎えると 永久に彼らを裁けなくなる。 242 00:37:43,628 --> 00:37:46,564 そんなベアテを後押ししたのが➡ 243 00:37:46,564 --> 00:37:53,471 60年代末から始まった ベトナム反戦を叫ぶ学生運動だった。 244 00:37:55,640 --> 00:38:00,245 若者たちは 戦後生まれのベビーブーム世代。 245 00:38:00,245 --> 00:38:06,251 過去から目を背ける親世代への 不信感が渦巻いていた。 246 00:38:14,259 --> 00:38:16,194 若者の中から➡ 247 00:38:16,194 --> 00:38:19,464 ベアテが追う元ナチ犯罪者3人の➡ 248 00:38:19,464 --> 00:38:22,867 裁判を求める声が上がった。 249 00:38:25,036 --> 00:38:29,374 その声は 政治家の心も動かした。 250 00:38:29,374 --> 00:38:35,580 これは 当時の政権与党に属する ベテラン議員の言葉である。 251 00:39:40,979 --> 00:39:45,483 ベアテの執念が ドイツの法律を変えた。 252 00:39:48,686 --> 00:39:53,491 西ドイツは 戦争犯罪の時効撤廃とともに➡ 253 00:39:53,491 --> 00:40:00,398 フランスで犯した罪を自国で裁く協定を フランスとの間で結んだ。 254 00:40:03,801 --> 00:40:07,972 ベアテが追っていた3人は 裁判にかけられ➡ 255 00:40:07,972 --> 00:40:11,309 それぞれ 禁錮6年から12年の➡ 256 00:40:11,309 --> 00:40:13,811 実刑判決が下った。 257 00:40:22,320 --> 00:40:29,027 1985年。 ドイツは戦後40年を迎えた。 258 00:40:33,331 --> 00:40:37,735 終戦の日となる5月8日の 連邦議会で➡ 259 00:40:37,735 --> 00:40:43,041 ヴァイツゼッカー大統領が 歴史的なスピーチを行った。 260 00:40:45,943 --> 00:40:47,879 彼の父親は➡ 261 00:40:47,879 --> 00:40:51,749 ニュルンベルク継続裁判で 法廷に立たされた➡ 262 00:40:51,749 --> 00:40:55,053 ナチスの外務次官だった。 263 00:41:52,043 --> 00:41:58,850 (拍手) 264 00:42:02,286 --> 00:42:09,894 ナチス時代の罪に向き合い 過去を克服したと評価されるドイツ。 265 00:42:11,963 --> 00:42:17,869 だが それには 40年の歳月が必要だった。 266 00:42:24,542 --> 00:42:29,981 そして今も 過去の責任を どう果たしていくべきか➡ 267 00:42:29,981 --> 00:42:33,184 取り組みが続けられている。 268 00:42:58,943 --> 00:43:03,347 これは 最初のナチハンター ヴィーゼンタールが➡ 269 00:43:03,347 --> 00:43:08,653 1988年に出演した番組の映像である。 270 00:43:10,655 --> 00:43:16,160 当時は まだナチスを擁護する 空気が残っていた。 271 00:43:33,044 --> 00:43:40,251 人間の心の闇を知り尽くした男は 最後に こう語った。 272 00:44:00,638 --> 00:44:05,576 (拍手) 273 00:44:05,576 --> 00:44:14,585 (拍手) 274 00:44:14,585 --> 00:44:36,841 ♬~ 275 00:44:36,841 --> 00:44:41,846 ♬~