1 00:00:01,235 --> 00:00:09,943 ♬~ 2 00:00:09,943 --> 00:00:14,281 16年にわたって ドイツをけん引してきたリーダーが➡ 3 00:00:14,281 --> 00:00:18,285 去年 その座から退いた。 4 00:01:08,936 --> 00:01:15,409 メルケルは 壁に閉ざされた東ドイツで育った。 5 00:01:15,409 --> 00:01:21,114 物理学の研究者となったが 見えない将来に絶望していた。 6 00:01:23,784 --> 00:01:27,487 東ドイツの人気シンガーだった… 7 00:01:30,958 --> 00:01:37,731 秘密警察に追われる日々の中 歌に ひそかなメッセージを込めた。 8 00:01:37,731 --> 00:01:47,541 ♬~ 9 00:01:49,643 --> 00:01:53,513 画家を目指していた大学生 カトリン。 10 00:01:53,513 --> 00:01:56,817 自由を求めて 立ち上がった。 11 00:02:10,597 --> 00:02:16,269 3人の女性たちの勇気は やがて 大きなうねりとなり➡ 12 00:02:16,269 --> 00:02:19,773 ベルリンの壁崩壊へと つながっていく。 13 00:02:23,777 --> 00:02:29,983 そしてまた 壁の崩壊は 3人の運命も変えた。 14 00:02:36,490 --> 00:02:44,164 一人の あるささやかな営みが 時に世界を動かすことがある。 15 00:02:44,164 --> 00:02:49,636 「映像の世紀 バタフライエフェクト」。 16 00:02:49,636 --> 00:02:56,843 絶望の中から 希望をつかみ取った 女性たちの物語である。 17 00:03:07,921 --> 00:03:13,260 ♬~ 18 00:03:13,260 --> 00:03:18,932 1974年。 東ドイツの音楽チャートを 席巻する➡ 19 00:03:18,932 --> 00:03:22,769 大ヒット曲が生まれた。 20 00:03:22,769 --> 00:03:33,580 ♬~ 21 00:03:37,617 --> 00:03:41,421 ボーイフレンドが カラーフィルムを忘れたせいで➡ 22 00:03:41,421 --> 00:03:44,791 写真が全部 白黒になってしまった。 23 00:03:44,791 --> 00:03:49,129 そんな女性の嘆きを歌っている。 24 00:03:49,129 --> 00:04:01,575 ♬~ 25 00:04:01,575 --> 00:04:06,379 歌ったのは 人気シンガー ニナ・ハーゲン。 26 00:04:09,449 --> 00:04:16,590 東ドイツの灰色の世界への怒りを ひそかに歌に込めた。 27 00:04:16,590 --> 00:04:22,295 検閲を免れた その歌のメッセージを 誰もが理解した。 28 00:04:24,264 --> 00:04:26,933 東ベルリンの ユダヤ系の家庭で➡ 29 00:04:26,933 --> 00:04:32,606 生まれ育った ニナ・ハーゲン。 30 00:04:32,606 --> 00:04:36,943 分厚い鉄のカーテンが 東と西を分断し➡ 31 00:04:36,943 --> 00:04:39,446 市民の自由を奪っていた。 32 00:04:45,285 --> 00:04:52,159 西側へ 逃亡を企てる者も 後を絶たなかった。 33 00:04:52,159 --> 00:04:54,628 (銃声) 34 00:04:54,628 --> 00:04:59,332 しかし 見つかれば 悲惨な運命が待っていた。 35 00:05:03,904 --> 00:05:07,374 歌と芝居の才能に恵まれたニナは➡ 36 00:05:07,374 --> 00:05:12,579 10代の頃から テレビや映画で活躍した。 37 00:05:21,388 --> 00:05:26,226 型にはまらず 自由奔放な活動を続けるニナは➡ 38 00:05:26,226 --> 00:05:29,930 当局に目を付けられていた。 39 00:05:29,930 --> 00:05:31,965 (シャッター音) 40 00:05:31,965 --> 00:05:34,467 これは… 41 00:05:39,606 --> 00:05:45,478 国は 秘密警察シュタージを使って 市民を監視していた。 42 00:05:45,478 --> 00:05:52,619 西側と通じる者を摘発するためである。 43 00:05:52,619 --> 00:05:56,489 国を挙げて 隣人の密告が奨励され➡ 44 00:05:56,489 --> 00:06:02,495 隠しカメラや盗聴器が 至る所に仕掛けられていた。 45 00:06:27,387 --> 00:06:38,598 ♬~ 46 00:06:38,598 --> 00:06:42,469 東ドイツの2人に1人が 歌えるというほどの➡ 47 00:06:42,469 --> 00:06:47,173 国民的ヒットとなった この歌。 48 00:06:49,276 --> 00:06:53,613 物理学を学ぶ女子学生 アンゲラ・メルケルも➡ 49 00:06:53,613 --> 00:06:57,817 この歌を レコードが擦り切れるほど 聴いていた。 50 00:07:08,728 --> 00:07:14,935 メルケルは 1954年 西ドイツのハンブルクで生まれた。 51 00:07:17,370 --> 00:07:23,576 生後間もなく 社会主義に傾倒した 牧師の父に導かれ➡ 52 00:07:23,576 --> 00:07:27,247 一家で 東側へ移り住む。 53 00:07:27,247 --> 00:07:35,755 ♬~ 54 00:07:35,755 --> 00:07:40,260 子供たちが歌うのは ソビエトの流行歌。 55 00:07:40,260 --> 00:07:46,132 東ドイツでは ロシア語の学習が奨励された。 56 00:07:46,132 --> 00:07:51,404 始めたら 最後までやらないと 気が済まないたちの メルケル。 57 00:07:51,404 --> 00:07:55,909 15歳の時には ロシア語オリンピックで優勝した。 58 00:07:58,278 --> 00:08:01,081 しかし 子供ながらに➡ 59 00:08:01,081 --> 00:08:06,786 いつも 誰かに見張られているように 感じていた。 60 00:08:25,572 --> 00:08:30,910 大学に進んだメルケルは 物理学者を志した。 61 00:08:30,910 --> 00:08:33,913 それには 訳があった。 62 00:08:53,600 --> 00:08:56,503 大学卒業後 メルケルは➡ 63 00:08:56,503 --> 00:09:03,877 国の研究機関のトップ 科学アカデミーで 研究者の職を得る。 64 00:09:03,877 --> 00:09:07,714 東ドイツでは 数少ないエリートだったが➡ 65 00:09:07,714 --> 00:09:15,221 研究生活は 将来を展望できるものではなかった。 66 00:09:15,221 --> 00:09:19,225 当時のメルケルを知る同僚は 彼女のことを➡ 67 00:09:19,225 --> 00:09:23,730 「魂を失った人間」だったと表現する。 68 00:10:02,936 --> 00:10:05,271 I love you! 69 00:10:05,271 --> 00:10:07,574 (歓声) 70 00:10:09,275 --> 00:10:12,779 東ドイツでスターだった ニナ・ハーゲンは➡ 71 00:10:12,779 --> 00:10:19,652 1976年 西ドイツに亡命を果たしていた。 72 00:10:19,652 --> 00:10:21,788 亡命後のニナは➡ 73 00:10:21,788 --> 00:10:26,292 同じ人物とは思えないほどの 変身を遂げた。 74 00:10:26,292 --> 00:10:30,797 ♬~ 75 00:10:30,797 --> 00:10:36,302 当時 西側の音楽シーンを席巻していた パンクに出会い➡ 76 00:10:36,302 --> 00:10:40,974 これまでの鬱憤を晴らすかのように 躍動していた。 77 00:10:40,974 --> 00:10:47,313 ♬~ 78 00:10:47,313 --> 00:10:51,651 ソビエトで改革を進める ミハイル・ゴルバチョフに➡ 79 00:10:51,651 --> 00:10:56,155 民主化への希望を託した歌。 80 00:10:56,155 --> 00:11:03,263 亡命したあとも 故郷 東ドイツを 思う気持ちは変わらなかった。 81 00:11:03,263 --> 00:11:12,071 ♬~ 82 00:11:39,632 --> 00:11:48,274 1989年 建国から40年を迎えた東ドイツ。 83 00:11:48,274 --> 00:11:52,178 18年間にわたり 指導者の座に君臨し➡ 84 00:11:52,178 --> 00:11:55,648 独裁体制を敷いていた ホーネッカーは➡ 85 00:11:55,648 --> 00:12:01,854 ゴルバチョフを招いて 社会主義の成功を高らかに示した。 86 00:12:19,272 --> 00:12:22,775 (拍手) 87 00:12:22,775 --> 00:12:28,681 しかし この時 市民の抱える不満は 爆発寸前だった。 88 00:12:32,118 --> 00:12:35,154 それを 真っ先に行動に移したのは➡ 89 00:12:35,154 --> 00:12:40,159 ライプツィヒの大学の学生… 90 00:12:41,828 --> 00:12:45,965 世界を旅しながら 絵を描くことが夢だったが➡ 91 00:12:45,965 --> 00:12:49,802 国を自由に出ることすら 許されない現実に➡ 92 00:12:49,802 --> 00:12:52,605 もう 我慢ができなくなっていた。 93 00:13:11,090 --> 00:13:16,496 カトリンは 仲間たちと共に 声を上げる方法を計画する。 94 00:13:19,599 --> 00:13:25,271 ライプツィヒでは 毎週月曜日に 教会で大きな礼拝があり➡ 95 00:13:25,271 --> 00:13:29,942 大勢の市民が集まっていた。 96 00:13:29,942 --> 00:13:36,149 教会は 当局の許可なく人々が集まれる 唯一の場だった。 97 00:13:38,951 --> 00:13:45,458 この日の礼拝終了後 カトリンたちは 前代未聞の行動に出る。 98 00:13:49,429 --> 00:13:52,131 その時の映像である。 99 00:13:52,131 --> 00:13:59,639 教会に集まった市民たちに向けて 旅行の自由を訴えたのだ。 100 00:13:59,639 --> 00:14:04,944 初めは戸惑っていた人々も デモに参加してくれた。 101 00:14:09,682 --> 00:14:12,185 掲げたのは… 102 00:14:31,938 --> 00:14:36,375 しかし 秘密警察も黙ってはいなかった。 103 00:14:36,375 --> 00:14:39,579 横断幕は 力ずくで奪われた。 104 00:14:47,386 --> 00:14:53,593 カトリンは デモを首謀した罪で逮捕され 厳しい尋問を受けた。 105 00:14:55,161 --> 00:15:00,767 釈放後は 自宅に軟禁され シュタージの監視下に置かれた。 106 00:15:06,072 --> 00:15:09,642 当局は プラカードに書かれた言葉を➡ 107 00:15:09,642 --> 00:15:13,646 危険思想と見なし 焼き払った。 108 00:15:17,150 --> 00:15:22,355 しかし 全てを隠し通すことは できなかった。 109 00:15:31,798 --> 00:15:35,168 デモを報じる フランスの報道。 110 00:15:35,168 --> 00:15:40,139 当時 東ドイツ市民も それを見ることができた。 111 00:15:40,139 --> 00:15:45,545 カトリンの起こしたデモを 国中が知ることになったのである。 112 00:15:49,682 --> 00:15:51,984 カトリンの起こした行動は➡ 113 00:15:51,984 --> 00:15:56,389 沈黙を強いられてきた人たちを 勇気づけた。 114 00:15:58,591 --> 00:16:02,462 デモは 瞬く間に各都市に広がった。 115 00:16:02,462 --> 00:16:05,665 それは 毎週月曜に行われ➡ 116 00:16:05,665 --> 00:16:09,268 「月曜デモ」と呼ばれるようになった。 117 00:16:12,104 --> 00:16:16,742 ひとつき後には 通りを埋め尽くした市民の数は➡ 118 00:16:16,742 --> 00:16:19,445 7万人に 上った。 119 00:16:29,689 --> 00:16:32,558 当局も 取締りを続けたが➡ 120 00:16:32,558 --> 00:16:38,431 人々は 4か月前に起こった 中国の天安門事件を教訓に➡ 121 00:16:38,431 --> 00:16:42,134 あくまで 平和的なデモに徹した。 122 00:16:44,937 --> 00:16:49,041 そして 運命の日を迎える。 123 00:16:59,051 --> 00:17:02,989 この日 高まる市民の不満を鎮めようと➡ 124 00:17:02,989 --> 00:17:07,994 党中央委員会に 一つの政令案が提出された。 125 00:17:11,564 --> 00:17:18,404 ビザを申請すれば 目的を問わず 誰でも国外旅行が許可されるという➡ 126 00:17:18,404 --> 00:17:22,909 事実上の 旅行自由化といえる内容だった。 127 00:17:26,779 --> 00:17:31,450 午後6時 政府の定例会見が開かれた。 128 00:17:31,450 --> 00:17:34,954 会場には 西側の記者もいた。 129 00:17:49,302 --> 00:17:52,238 政策全般についての会見。 130 00:17:52,238 --> 00:17:57,443 いつもと同じ 退屈極まりない空気で進んでいた。 131 00:17:59,312 --> 00:18:05,051 会見終了の7分前 イタリアの通信社の記者が➡ 132 00:18:05,051 --> 00:18:09,655 提出されたばかりの 旅行法について質問した。 133 00:18:34,647 --> 00:18:39,952 旅行法の発表を忘れていた シャボウスキーは 慌てて読み上げた。 134 00:18:51,497 --> 00:18:54,266 退屈な空気が 一変した。 135 00:18:54,266 --> 00:19:00,373 これは 国外へ自由に 旅行できるということを意味するのか。 136 00:19:01,974 --> 00:19:07,680 そして シャボウスキーは 歴史を動かす失言を発する。 137 00:19:21,427 --> 00:19:25,865 予定では 翌日に発効のはずだった。 138 00:19:25,865 --> 00:19:31,470 しかも 出国には ビザが必要なことも伝え忘れた。 139 00:19:53,359 --> 00:19:59,965 ニュースを見た市民が 国境を越え 西ベルリンに行こうと押し寄せた。 140 00:19:59,965 --> 00:20:03,803 翌日から ビザを持つ者だけを通して➡ 141 00:20:03,803 --> 00:20:09,008 出国をコントロールしようという 政府のもくろみは 狂った。 142 00:20:31,330 --> 00:20:35,801 この検問所の責任者であった ハラルド・イエーガーは➡ 143 00:20:35,801 --> 00:20:38,204 ニュースを食堂で見ていた。 144 00:20:40,005 --> 00:20:43,809 ニュースを見て 慌てて駆けつけてきた。 145 00:20:53,519 --> 00:20:58,657 何も知らされていなかった イエーガーは 上官に電話したが➡ 146 00:20:58,657 --> 00:21:01,060 指示は得られなかった。 147 00:21:04,230 --> 00:21:10,936 夜9時には 検問所に押し寄せた 市民の数は 数万に達した。 148 00:21:39,398 --> 00:21:44,503 そして イエーガーは独断で命令を下す。 149 00:22:01,654 --> 00:22:07,226 ♬~ 150 00:22:07,226 --> 00:22:10,663 (歓声) 151 00:22:10,663 --> 00:22:15,968 11時半 ボルンホルム検問所のゲートが開かれた。 152 00:22:17,469 --> 00:22:19,972 (歓声) 153 00:22:19,972 --> 00:22:25,477 ♬~ 154 00:22:39,725 --> 00:22:42,261 この時 検問所には➡ 155 00:22:42,261 --> 00:22:48,067 月曜デモを始めた女子学生 カトリンも 偶然 居合わせた。 156 00:22:49,702 --> 00:22:55,140 シュタージの監視の目をかいくぐり 東ベルリンへ来ていた。 157 00:22:55,140 --> 00:23:02,548 翌日は 21歳の誕生日 友人が祝ってくれる約束をしていたのだ。 158 00:23:37,149 --> 00:23:42,755 このゲートをくぐる人たちの中に あの女性もいた。 159 00:23:44,924 --> 00:23:48,727 物理学者の メルケルである。 160 00:23:48,727 --> 00:23:54,133 週に一度の楽しみである サウナの帰り道だった。 161 00:24:20,359 --> 00:24:29,568 ♬~ 162 00:24:33,706 --> 00:24:36,942 壁の崩壊から 3日後。 163 00:24:36,942 --> 00:24:39,311 ♬~ 164 00:24:39,311 --> 00:24:41,880 ニナ。 ニナ・ハーゲン! 165 00:24:41,880 --> 00:24:46,285 ♬~ 166 00:24:46,285 --> 00:24:51,690 亡命していた歌手 ニナ・ハーゲンが ベルリンへ駆けつけた。 167 00:24:53,826 --> 00:25:00,032 世界ツアーをキャンセルし 壁崩壊を祝う コンサートを開いた。 168 00:25:00,032 --> 00:25:03,635 東西の市民を無料で招いた。 169 00:25:44,043 --> 00:25:48,747 (歓声) 170 00:25:57,022 --> 00:26:01,326 壁の崩壊は 閉じ込められていた人々の人生を➡ 171 00:26:01,326 --> 00:26:03,629 大きく変えていく。 172 00:26:05,197 --> 00:26:11,103 東ドイツでは 初めて 自由な選挙が行われることになった。 173 00:26:15,174 --> 00:26:20,112 ひとつき後 東ドイツにできた 小さな政党の事務所に➡ 174 00:26:20,112 --> 00:26:22,714 一人の女性が訪れた。 175 00:26:25,551 --> 00:26:27,853 メルケルである。 176 00:26:27,853 --> 00:26:33,759 物理学者の道を捨て 政治活動に参加したいと申し出た。 177 00:27:02,654 --> 00:27:05,224 これは メルケルの姿を➡ 178 00:27:05,224 --> 00:27:09,728 初めて テレビカメラが 捉えた時の映像である。 179 00:27:09,728 --> 00:27:14,933 メルケルは この政党の 広報担当を任されていた。 180 00:27:43,395 --> 00:27:51,069 東ドイツで生き抜く中で 身に付けた 慎重で冷静な対応力。 181 00:27:51,069 --> 00:27:54,940 それが評価され メルケルは 東ドイツ政府の➡ 182 00:27:54,940 --> 00:27:58,944 副報道官に抜てきされることになる。 183 00:28:17,563 --> 00:28:24,436 よくとし 東西ドイツは 41年ぶりに統一を果たした。 184 00:28:24,436 --> 00:28:30,142 ♬~ 185 00:28:31,910 --> 00:28:34,813 国会議員に初当選したメルケルは➡ 186 00:28:34,813 --> 00:28:41,820 新たな政府で いきなり 最年少の大臣に就任する。 187 00:28:44,923 --> 00:28:48,794 東ドイツ出身 かつ女性。 188 00:28:48,794 --> 00:28:55,100 新生ドイツをアピールする 格好の人材と見なされた。 189 00:29:03,875 --> 00:29:07,212 コール首相が引き立てたため➡ 190 00:29:07,212 --> 00:29:10,916 「コールのお嬢さん」と揶揄する者もいた。 191 00:29:14,086 --> 00:29:22,394 社会主義国出身の女性に共通する 地味な服装も 陰口の的となった。 192 00:30:09,941 --> 00:30:12,611 1992年。 193 00:30:12,611 --> 00:30:16,281 女性・青少年担当大臣となった メルケルは➡ 194 00:30:16,281 --> 00:30:19,184 テレビの討論会に出演した。 195 00:30:19,184 --> 00:30:24,623 そこには 東ドイツ時代の国民的スター➡ 196 00:30:24,623 --> 00:30:29,628 パンク歌手となった ニナ・ハーゲンも参加した。 197 00:30:31,496 --> 00:30:36,635 これが 2人が 初めて じかに会う機会となった。 198 00:30:36,635 --> 00:30:42,641 討論のテーマは 若者の薬物乱用について。 199 00:30:53,652 --> 00:30:57,989 ドイツの政策の遅れを 追及するニナ。 200 00:30:57,989 --> 00:31:01,693 メルケルが答えた。 201 00:31:56,648 --> 00:32:00,352 対話を続けようと引き止める メルケル。 202 00:32:10,195 --> 00:32:14,900 東ドイツで育った 1歳違いの2人。 203 00:32:17,602 --> 00:32:23,475 東ドイツでは 到底 許されなかった ニナの自由奔放な振る舞いに➡ 204 00:32:23,475 --> 00:32:27,479 メルケルは 笑顔を浮かべていた。 205 00:32:35,153 --> 00:32:39,291 最大野党 CDUの党首となったメルケルは➡ 206 00:32:39,291 --> 00:32:45,297 総選挙で 初めて 政権の座を争うことになった。 207 00:32:49,634 --> 00:32:56,341 ライバルは 与党 社会民主党党首の ゲアハルト・シュレーダー。 208 00:32:58,310 --> 00:33:01,913 開票の結果 メルケルのCDUが➡ 209 00:33:01,913 --> 00:33:06,785 姉妹政党と合わせて 僅差で勝利する。 210 00:33:06,785 --> 00:33:09,788 (拍手) 211 00:33:09,788 --> 00:33:17,095 しかし 過半数には届かず 社会民主党との連立を探ることになった。 212 00:33:22,601 --> 00:33:28,907 その夜 メルケルは シュレーダーと共に党首討論会に臨んだ。 213 00:33:38,950 --> 00:33:45,957 シュレーダーは CDUが連立を望むのなら 首相は自分だと主張した。 214 00:34:11,850 --> 00:34:19,858 あざ笑うような態度のシュレーダーに メルケルは きっぱりと言い返した。 215 00:34:42,614 --> 00:34:49,287 視聴者の目には どちらが リーダーにふさわしいか 明らかだった。 216 00:34:49,287 --> 00:34:51,990 (拍手) 217 00:34:58,964 --> 00:35:01,566 (拍手) 218 00:35:01,566 --> 00:35:09,574 戦後のドイツ史上 最年少にして初めての 女性首相が生まれた。 219 00:35:11,910 --> 00:35:18,783 ♬~ 220 00:35:18,783 --> 00:35:23,254 メルケルは 民主主義に 絶対の価値を置きながら➡ 221 00:35:23,254 --> 00:35:26,958 世界の指導者たちと渡り合った。 222 00:35:38,603 --> 00:35:44,943 首脳同士として 最も長い つきあいとなった プーチン大統領。 223 00:35:44,943 --> 00:35:50,648 実は プーチンは ベルリンの壁崩壊を目撃していた。 224 00:35:52,283 --> 00:35:57,989 KGBの諜報員として 東ドイツに送り込まれていた。 225 00:36:01,559 --> 00:36:06,898 プーチンは メルケルが 犬が苦手なことを知りながら➡ 226 00:36:06,898 --> 00:36:11,202 飼い犬を 会談の場で放した。 227 00:36:30,588 --> 00:36:35,593 メルケルは 首相として 最大の試練を迎える。 228 00:36:37,462 --> 00:36:43,168 この年 アラブの春に端を発した 内戦が激化し➡ 229 00:36:43,168 --> 00:36:49,874 中東やアフリカから 数十万人の難民が ヨーロッパに押し寄せた。 230 00:36:53,611 --> 00:36:58,616 しかし ヨーロッパ各国は 受け入れを拒んでいた。 231 00:37:03,421 --> 00:37:11,129 いつもは慎重に物事を進めるメルケルだが この時の決断は 素早かった。 232 00:37:17,569 --> 00:37:21,906 (歓声) 233 00:37:21,906 --> 00:37:26,911 1年間に 100万の難民を受け入れた。 234 00:37:32,550 --> 00:37:35,553 (歓声) 235 00:37:37,455 --> 00:37:43,595 しかし メルケルの決断は 激しい反発にあった。 236 00:37:43,595 --> 00:37:47,599 (ブーイング) 237 00:37:55,607 --> 00:38:01,613 とりわけ 旧東ドイツで 反対の声が上がった。 238 00:38:03,214 --> 00:38:07,886 経済的な発展から取り残された 旧東ドイツでは➡ 239 00:38:07,886 --> 00:38:13,191 移民に仕事を奪われるという 不安が高まっていた。 240 00:38:16,895 --> 00:38:23,902 難民受け入れという メルケルの決断を 熱く支持する人が現れた。 241 00:38:25,570 --> 00:38:29,908 26年前 月曜デモを始め➡ 242 00:38:29,908 --> 00:38:36,247 壁崩壊のきっかけを作った カトリンだった。 243 00:38:36,247 --> 00:38:38,917 画家となったカトリンは➡ 244 00:38:38,917 --> 00:38:43,922 「自由」をテーマにした 創作活動を行っていた。 245 00:38:47,258 --> 00:38:56,568 2015年 平和運動への功績に対し ドイツ政府から 功労勲章も授けられた。 246 00:38:58,269 --> 00:39:00,538 この年の10月。 247 00:39:00,538 --> 00:39:06,411 カトリンは 東ドイツ出身の著名人 46人に呼びかけて➡ 248 00:39:06,411 --> 00:39:11,416 メルケルへの公開書簡を 新聞に掲載した。 249 00:39:31,236 --> 00:39:39,244 そして 26年前の月曜デモで掲げた スローガンで締めくくった。 250 00:39:55,927 --> 00:40:01,799 東ドイツで 閉ざされた青春時代を過ごした2人。 251 00:40:01,799 --> 00:40:07,272 世界の誰にも 同じ経験をさせてはならない。 252 00:40:07,272 --> 00:40:12,977 メルケルの決意は いささかも揺るがなかった。 253 00:40:48,313 --> 00:40:57,322 ♬~ 254 00:40:57,322 --> 00:41:06,030 去年 67歳になったメルケルは 16年に及んだ首相の座を降りた。 255 00:41:24,949 --> 00:41:31,289 退任式典では 首相が望む曲を 軍の音楽隊が演奏し➡ 256 00:41:31,289 --> 00:41:34,592 送られるのが恒例となっている。 257 00:41:36,160 --> 00:41:41,933 しかし メルケルが選んだ曲に 楽団は慌てた。 258 00:41:41,933 --> 00:41:45,636 荘厳な場にふさわしい曲でもなければ➡ 259 00:41:45,636 --> 00:41:50,641 楽譜があるかどうかさえ 疑わしい曲だったからだ。 260 00:41:57,248 --> 00:42:03,254 音楽隊が 1週間 練習を繰り返した その曲は…。 261 00:42:04,922 --> 00:42:15,566 ♬~ 262 00:42:15,566 --> 00:42:22,473 47年前 ニナ・ハーゲンが歌った あの曲だった。 263 00:42:22,473 --> 00:42:39,624 ♬~ 264 00:42:39,624 --> 00:42:43,928 ニナ本人も 驚きの声を上げた。 265 00:42:52,970 --> 00:43:04,982 ♬~ 266 00:44:10,248 --> 00:44:40,945 ♬~