1 00:00:01,902 --> 00:00:09,409 ♬~ 2 00:00:11,311 --> 00:00:18,518 2023年。 一本の映画が 世界的なヒットを記録した。 3 00:00:18,518 --> 00:00:23,523 アメリカ映画 「オッペンハイマー」。 4 00:00:25,292 --> 00:00:27,628 アメリカの 原爆開発プロジェクト➡ 5 00:00:27,628 --> 00:00:30,664 「マンハッタン計画」を 率いた 物理学者➡ 6 00:00:30,664 --> 00:00:35,936 オッペンハイマーの 生涯を描いた。 7 00:00:35,936 --> 00:00:38,805 しかし この映画は 当初➡ 8 00:00:38,805 --> 00:00:43,644 被爆国 日本での 公開予定はなかった。 9 00:00:43,644 --> 00:00:46,213 だが その後 配給会社は➡ 10 00:00:46,213 --> 00:00:49,883 今年の公開に 踏み切った。 11 00:00:49,883 --> 00:00:53,220 さまざまな議論と 検討の末 と➡ 12 00:00:53,220 --> 00:00:56,523 コメントしている。 13 00:01:06,199 --> 00:01:08,302 あるいは… 14 00:01:10,070 --> 00:01:14,675 二つの名で 呼ばれる男。 15 00:01:14,675 --> 00:01:20,881 これは マンハッタン計画の裏側を 記録した貴重な映像。 16 00:01:20,881 --> 00:01:22,883 (爆発音) 17 00:01:24,518 --> 00:01:28,455 この時は まだ 国家の掲げる大義を信じ➡ 18 00:01:28,455 --> 00:01:35,362 人類史上初めての研究に 迷いなく突き進んでいた。 19 00:01:42,903 --> 00:01:48,008 拡大する戦火は 世界の科学者たちを 原爆開発に巻き込んだ。 20 00:01:49,710 --> 00:01:56,016 ドイツでは オッペンハイマーの 師ともいえる天才が…。 21 00:01:56,016 --> 00:01:58,085 「原子核破壊の一つの武器は…」。 22 00:01:58,085 --> 00:02:04,791 日本でも 原子物理学の父と 呼ばれた男に 白羽の矢が立った。 23 00:02:11,498 --> 00:02:14,301 (爆発音) 24 00:02:14,301 --> 00:02:21,608 そして 生み落とされた原爆は 21万の命を奪うに至った。 25 00:02:21,608 --> 00:02:27,814 その時 科学者たちの心もまた 業火に焼かれていた。 26 00:02:38,925 --> 00:02:40,861 ♬~ 27 00:02:40,861 --> 00:02:46,099 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 28 00:02:46,099 --> 00:02:51,338 今回は マンハッタン計画を指揮した オッペンハイマー。 29 00:02:51,338 --> 00:02:58,712 今なお 称賛と呪いを浴び続ける ある天才科学者の記録である。 30 00:02:58,712 --> 00:03:08,722 ♬~ 31 00:03:11,291 --> 00:03:15,962 ドイツ中部の地方都市 ゲッティンゲン。 32 00:03:15,962 --> 00:03:23,670 1920年代 世界中から 才気あふれる 若者たちが集まっていた。 33 00:03:25,505 --> 00:03:30,811 目指したのは 名門 ゲッティンゲン大学。 34 00:03:33,680 --> 00:03:43,390 科学 中でも原子物理学で 革新的な成果を 連発する 世界屈指の研究拠点だった。 35 00:03:45,692 --> 00:03:52,899 その中心にいたのが 天才的な頭脳を持つ 若き物理学者だった。 36 00:03:56,636 --> 00:03:58,572 ミクロの粒子には➡ 37 00:03:58,572 --> 00:04:01,441 位置や質量を 正確に測定できない➡ 38 00:04:01,441 --> 00:04:05,312 「不確定性関係」があることを発見した。 39 00:04:05,312 --> 00:04:12,085 世界の成り立ちの見方を大きく覆す 大発見だった。 40 00:04:12,085 --> 00:04:14,054 ♬~ 41 00:04:14,054 --> 00:04:16,256 これは ハイゼンベルクの➡ 42 00:04:16,256 --> 00:04:18,191 ノーベル物理学賞 受賞を伝える➡ 43 00:04:18,191 --> 00:04:21,094 ニュース映像。 44 00:04:25,265 --> 00:04:28,168 単独受賞としては 史上最年少➡ 45 00:04:28,168 --> 00:04:32,372 31歳での 受賞だった。 46 00:04:34,641 --> 00:04:41,181 ハイゼンベルクの間近で学んだ 日本人がいた。 47 00:04:41,181 --> 00:04:44,985 理化学研究所の仁科芳雄。 48 00:04:44,985 --> 00:04:49,289 東大を首席で卒業した秀才だった。 49 00:04:49,289 --> 00:04:53,660 ゲッティンゲンをはじめ 8年にわたるヨーロッパ留学で➡ 50 00:04:53,660 --> 00:04:58,665 原子物理学に 人生をささげる決意を固めた。 51 00:05:08,675 --> 00:05:13,813 1926年には ハイゼンベルクの論文を読み➡ 52 00:05:13,813 --> 00:05:21,021 原子の世界に みいられた 22歳のアメリカ人がやって来た。 53 00:05:25,859 --> 00:05:29,729 ニューヨークの 裕福なユダヤ人家庭に生まれ➡ 54 00:05:29,729 --> 00:05:32,265 ハーバード大学を 飛び級しながら➡ 55 00:05:32,265 --> 00:05:37,270 首席で 卒業していた。 56 00:05:40,006 --> 00:05:43,810 だが 人づきあいは苦手。 57 00:05:43,810 --> 00:05:48,815 時に周囲からは 傲慢と見なされた。 58 00:06:05,098 --> 00:06:07,100 オッペンハイマーは➡ 59 00:06:07,100 --> 00:06:09,469 ハイゼンベルクの 助言を受けながら➡ 60 00:06:09,469 --> 00:06:12,138 7本の論文を発表。 61 00:06:12,138 --> 00:06:17,244 博士号を手にし 祖国 アメリカに戻る。 62 00:06:36,196 --> 00:06:43,503 オッペンハイマーは 27歳にして カリフォルニア大学の助教授になった。 63 00:06:45,272 --> 00:06:53,280 ここで 無二の親友であり 終生のライバルとなる一人の男と出会う。 64 00:06:56,683 --> 00:07:01,921 同じ物理学者の アーネスト・ローレンス。 65 00:07:01,921 --> 00:07:06,926 オッペンハイマーのはるか上を行く 業績をあげていた。 66 00:07:08,628 --> 00:07:14,034 1930年 ローレンスは ある実験装置を発明する。 67 00:07:18,905 --> 00:07:24,511 今日も使われる… 68 00:07:26,279 --> 00:07:30,150 ミクロの粒子を 超スピードで物質に衝突させ➡ 69 00:07:30,150 --> 00:07:33,753 その原子が どう変化するかを調べる装置だった。 70 00:07:37,023 --> 00:07:40,794 原子核は 粒子とぶつかると壊れ➡ 71 00:07:40,794 --> 00:07:47,067 性質を変えたり 新たな粒子を 放出したりする現象を起こした。 72 00:07:47,067 --> 00:07:53,073 「原子を壊すこと」が 科学界の一大潮流となった。 73 00:07:55,809 --> 00:07:59,779 ローレンスが スポットライトを浴びる一方で➡ 74 00:07:59,779 --> 00:08:05,785 学究肌のオッペンハイマーは その陰に隠れた存在だった。 75 00:08:24,804 --> 00:08:28,975 サイクロトロン発明の9年後 ローレンスは➡ 76 00:08:28,975 --> 00:08:33,079 ノーベル物理学賞を 受賞した。 77 00:08:59,839 --> 00:09:03,109 ローレンスの予言した宝物。 78 00:09:03,109 --> 00:09:08,114 それは 原子爆弾だった。 79 00:09:10,784 --> 00:09:13,553 1939年9月。 80 00:09:13,553 --> 00:09:16,756 ナチスドイツが ポーランドに侵攻。 81 00:09:16,756 --> 00:09:19,859 第二次世界大戦が始まった。 82 00:09:24,497 --> 00:09:27,033 開戦の翌月。 83 00:09:27,033 --> 00:09:33,139 アメリカ大統領 ルーズベルトのもとに ある人物から 一通の手紙が届いた。 84 00:09:35,775 --> 00:09:41,681 20世紀最大の物理学者 アインシュタイン。 85 00:09:43,483 --> 00:09:45,952 ユダヤ人迫害を逃れ➡ 86 00:09:45,952 --> 00:09:49,856 ドイツからアメリカに亡命していた。 87 00:09:49,856 --> 00:09:53,593 ドイツが 原子の力を利用した爆弾➡ 88 00:09:53,593 --> 00:09:56,529 「原子爆弾」をつくる危険性があると➡ 89 00:09:56,529 --> 00:10:00,033 ルーズベルトに警告した。 90 00:10:01,835 --> 00:10:09,242 開戦直前 ドイツの研究者たちが 驚くべき発見を公表していた。 91 00:10:11,277 --> 00:10:17,584 高いエネルギーを持つ「放射線」を出す 鉱石として知られていた ウラン。 92 00:10:20,954 --> 00:10:24,624 ウランの原子核に 中性子を衝突させると➡ 93 00:10:24,624 --> 00:10:31,898 2つに分裂し ばく大なエネルギーを 放出することを発見したのだ。 94 00:10:31,898 --> 00:10:36,436 核分裂と呼ばれる現象である。 95 00:10:36,436 --> 00:10:43,443 アインシュタインは アメリカが 原爆開発に着手するよう 訴えた。 96 00:11:02,562 --> 00:11:05,465 1942年8月➡ 97 00:11:05,465 --> 00:11:12,238 アメリカで 原子爆弾を開発するための 極秘計画がスタートした。 98 00:11:12,238 --> 00:11:14,941 マンハッタン計画である。 99 00:11:16,643 --> 00:11:19,913 投じられた予算は 20億ドル。 100 00:11:19,913 --> 00:11:21,948 全米に次々と➡ 101 00:11:21,948 --> 00:11:25,852 開発拠点がつくられていった。 102 00:11:27,654 --> 00:11:32,825 そして アメリカを代表する科学者たちが 招集された。 103 00:11:32,825 --> 00:11:37,497 リーダーとなったのは 原子物理学の若き権威➡ 104 00:11:37,497 --> 00:11:39,499 ローレンスだった。 105 00:11:41,134 --> 00:11:45,004 ローレンスは テネシー州で 1億ドル以上をかけ➡ 106 00:11:45,004 --> 00:11:51,010 原爆開発のための巨大装置の建造を 開始した。 107 00:11:57,350 --> 00:12:04,357 原爆開発に必要な 濃縮ウランを 製造する装置だった。 108 00:12:05,992 --> 00:12:07,927 濃縮ウランとは➡ 109 00:12:07,927 --> 00:12:16,236 天然のウランの中から 特に核分裂を 起こしやすいウランだけを濃縮したもの。 110 00:12:18,404 --> 00:12:24,611 工場の周りには そこで働く人々が 暮らすための新たな まち➡ 111 00:12:24,611 --> 00:12:29,716 「オークリッジ」が つくられた。 112 00:12:31,884 --> 00:12:34,687 7万5,000の住民には➡ 113 00:12:34,687 --> 00:12:41,694 戦時下であることを忘れさせるような 豊かな暮らしが提供された。 114 00:12:43,496 --> 00:12:47,266 映画館に ダンスホール➡ 115 00:12:47,266 --> 00:12:52,939 アメリカ最大級の屋外プールまでも 用意された。 116 00:12:52,939 --> 00:12:56,876 しかし まちは 有刺鉄線に囲まれ➡ 117 00:12:56,876 --> 00:13:01,147 住民は 軍から 厳しく監視されていた。 118 00:13:01,147 --> 00:13:03,616 作業は 細分化され➡ 119 00:13:03,616 --> 00:13:05,551 人々は 目的や意味も➡ 120 00:13:05,551 --> 00:13:07,887 知らないまま働いた。 121 00:13:07,887 --> 00:13:10,289 お互いの仕事について話すことも➡ 122 00:13:10,289 --> 00:13:12,892 禁じられた。 123 00:13:38,918 --> 00:13:42,422 濃縮ウラン生産は ローレンスが指揮したが➡ 124 00:13:42,422 --> 00:13:47,193 もう一つ 重要な工程のリーダーが決まらなかった。 125 00:13:47,193 --> 00:13:49,896 爆弾本体の設計である。 126 00:13:51,898 --> 00:13:57,704 ローレンスは そのリーダーに 一人の人物を推薦した。 127 00:13:57,704 --> 00:14:01,407 オッペンハイマーである。 128 00:14:02,942 --> 00:14:08,614 オッペンハイマーは この大役を進んで引き受けた。 129 00:14:08,614 --> 00:14:14,620 同胞である ユダヤ人迫害への怒りに燃えていた。 130 00:14:35,408 --> 00:14:38,911 オッペンハイマーは ニューメキシコ州の台地に➡ 131 00:14:38,911 --> 00:14:44,851 原爆設計のための秘密研究所 「ロスアラモス」を設立する。 132 00:14:44,851 --> 00:14:50,456 科学者や軍人 6,000人が集められた。 133 00:14:53,126 --> 00:14:57,530 これは ロスアラモスで働いていた科学者が➡ 134 00:14:57,530 --> 00:15:04,437 軍の正式許可を得ずに撮影していた プライベートフィルムである。 135 00:15:08,541 --> 00:15:14,046 原爆の起爆方法を検証する試験の映像。 136 00:15:15,982 --> 00:15:21,387 引き出されてきたのは 試験用の放射性物質である。 137 00:15:26,292 --> 00:15:34,033 どうすれば爆弾内部で効率的に核分裂を 起こせるのか 試行錯誤を繰り返した。 138 00:15:34,033 --> 00:15:37,236 (爆発音) 139 00:16:09,836 --> 00:16:14,841 フィルムには 華やかなパーティーの 様子も記録されている。 140 00:16:16,943 --> 00:16:21,714 オッペンハイマーの部下である 科学者の結婚式。 141 00:16:21,714 --> 00:16:23,649 (シャンパンを開ける音) 142 00:16:23,649 --> 00:16:32,859 新郎新婦の両親すら参加を許されず 招待客は皆 ロスアラモス関係者だった。 143 00:16:36,562 --> 00:16:42,201 新婦の父親役を務めたのは オッペンハイマーだった。 144 00:16:42,201 --> 00:16:45,938 重責を任され 人が変わったように➡ 145 00:16:45,938 --> 00:16:51,143 部下から信頼される リーダーとなっていた。 146 00:17:18,371 --> 00:17:25,444 しかし ドイツは アメリカに先んじて 原爆開発に着手していた。 147 00:17:25,444 --> 00:17:33,252 占領地で 原爆開発に必要な資源や工場を 次々と手中に収めた。 148 00:17:35,121 --> 00:17:41,928 チェコでは ヨーロッパ最大級の ウラン鉱山を接収。 149 00:17:44,297 --> 00:17:51,304 ノルウェーでは 原爆の製造に利用可能な 化学工場を手に入れた。 150 00:17:53,973 --> 00:17:58,778 そして 何よりもオッペンハイマーを おそれさせたのは➡ 151 00:17:58,778 --> 00:18:02,248 師ともいえる 天才ハイゼンベルクが➡ 152 00:18:02,248 --> 00:18:07,253 ナチスの原爆研究を 主導していたことだった。 153 00:18:23,369 --> 00:18:31,177 更に アメリカとの戦争に突入していた 日本も 原爆開発に乗り出した。 154 00:18:36,048 --> 00:18:38,684 これは 開戦の 3か月後に➡ 155 00:18:38,684 --> 00:18:42,588 公開された 記録映画。 156 00:18:45,591 --> 00:18:52,932 映像の中に 日本軍から 原爆開発を託された科学者が登場する。 157 00:18:52,932 --> 00:18:57,637 ハイゼンベルクの間近で学んでいた 仁科芳雄。 158 00:18:57,637 --> 00:19:01,507 もっと いろんな実験を やってほしいもんですね。 159 00:19:01,507 --> 00:19:07,813 仁科の研究室には あの実験装置 サイクロトロンがあった。 160 00:19:17,123 --> 00:19:20,893 原子の基礎研究のために 導入したものだったが➡ 161 00:19:20,893 --> 00:19:28,100 原爆開発を命じられ ウランの濃縮実験に利用された。 162 00:19:50,723 --> 00:19:56,929 敵国に駆り立てられ オッペンハイマーは 開発を加速させた。 163 00:19:59,065 --> 00:20:02,268 1945年 初夏。 164 00:20:05,171 --> 00:20:07,640 ロスアラモスの科学者たちは➡ 165 00:20:07,640 --> 00:20:14,046 南に250キロ離れた荒野に 通い詰めていた。 166 00:20:16,215 --> 00:20:23,222 史上初の原爆実験の準備が 急ピッチで進められていた。 167 00:20:29,228 --> 00:20:35,101 これは 隣のユタ州の砂漠で撮影された映像。 168 00:20:35,101 --> 00:20:38,604 原爆の投下訓練である。 169 00:20:38,604 --> 00:20:45,411 一発の爆弾を ピンポイントで落とす 訓練が繰り返された。 170 00:20:50,883 --> 00:20:56,822 オッペンハイマーを突き動かしていたのは 科学者の本能だった。 171 00:20:56,822 --> 00:21:03,529 原爆が 人間に何をもたらすかは 視野になかった。 172 00:21:27,987 --> 00:21:32,658 そのころ 戦局が大きく動いた。 173 00:21:32,658 --> 00:21:37,796 ナチスドイツが降伏したのである。 174 00:21:37,796 --> 00:21:39,732 (シャッター音) 175 00:21:39,732 --> 00:21:44,336 ドイツ南部の 地方都市で撮影された写真。 176 00:21:44,336 --> 00:21:50,643 教会の下の洞窟に ドイツの原爆研究の拠点が見つかった。 177 00:21:52,211 --> 00:21:57,750 ハイゼンベルクが建造した 小型の原子炉である。 178 00:21:57,750 --> 00:22:03,556 ハイゼンベルクは 連合軍の捕虜となった。 179 00:22:05,891 --> 00:22:11,163 日本の敗戦も そのころ 決定的となっていた。 180 00:22:11,163 --> 00:22:15,167 降伏は 時間の問題と見られていた。 181 00:22:15,167 --> 00:22:17,169 (爆発音) 182 00:22:18,904 --> 00:22:25,978 ロスアラモスでは 原爆開発の継続を 疑問視する声が上がり始めた。 183 00:22:25,978 --> 00:22:31,483 原爆投下の意味を問う話し合いが 度々 行われた。 184 00:22:33,085 --> 00:22:41,193 しかし そうした声を抑え込んだのは リーダーのオッペンハイマーだった。 185 00:22:58,744 --> 00:23:04,149 そして 原子爆弾が ついに完成する。 186 00:23:04,149 --> 00:23:09,555 マンハッタン計画開始から 2年11か月後だった。 187 00:23:09,555 --> 00:23:12,992 映像には 荷物を抱えた科学者たちが➡ 188 00:23:12,992 --> 00:23:17,997 車に乗り込んでいく様子が 捉えられている。 189 00:23:19,698 --> 00:23:26,605 その中には オッペンハイマーとおぼしき 人物の背中も見える。 190 00:23:31,777 --> 00:23:39,785 向かったのは この夏の間中 通い詰めてきた爆撃試験場。 191 00:23:41,453 --> 00:23:44,356 トリニティ実験と 名付けられた➡ 192 00:23:44,356 --> 00:23:49,662 史上初の原爆実験が 始まろうとしていた。 193 00:23:51,263 --> 00:23:57,369 爆弾の周りには テントが張られ 最後の調整が行われた。 194 00:23:58,971 --> 00:24:03,342 中に詰め込まれたのは プルトニウム。 195 00:24:03,342 --> 00:24:09,448 ウランから人工的につくった 新たな核物質だった。 196 00:24:11,216 --> 00:24:14,486 成功するか否か➡ 197 00:24:14,486 --> 00:24:20,392 オッペンハイマー自身も 全く確証を持てずにいた。 198 00:24:37,176 --> 00:24:43,949 (爆発音) 199 00:24:43,949 --> 00:24:47,953 これは 爆心地から 16キロ離れたところから➡ 200 00:24:47,953 --> 00:24:52,257 撮影されたと 考えられる映像。 201 00:24:54,026 --> 00:24:56,095 激しい手ぶれから➡ 202 00:24:56,095 --> 00:25:00,599 撮影者の驚きが 伝わってくる。 203 00:25:03,702 --> 00:25:07,272 (爆発音) 204 00:25:07,272 --> 00:25:13,579 オッペンハイマーは 爆心地から9キロ離れたところにいた。 205 00:25:15,047 --> 00:25:22,054 隣には 実験に参加していた 物理学者の弟がいた。 206 00:25:54,987 --> 00:26:01,326 実験の報告を ドイツで待ちわびていた人物がいた。 207 00:26:01,326 --> 00:26:09,034 連合国首脳とのポツダム会談に臨んでいた アメリカ大統領 トルーマンである。 208 00:26:12,271 --> 00:26:18,377 実験成功は 「手術成功 結果は期待以上」という➡ 209 00:26:18,377 --> 00:26:21,280 暗号で伝えられた。 210 00:26:21,280 --> 00:26:26,084 トルーマンは スターリンに歩み寄り 告げた。 211 00:26:40,566 --> 00:26:45,838 翌日 トルーマンは原爆投下を承認する。 212 00:26:45,838 --> 00:26:49,775 「兵士の更なる犠牲を防ぐ」という 大義名分➡ 213 00:26:49,775 --> 00:26:55,881 そして 戦後のソ連を けん制する意図もあった。 214 00:26:57,916 --> 00:27:04,122 原子爆弾は 太平洋に浮かぶ テニアン島に運び込まれた。 215 00:27:04,122 --> 00:27:10,329 前の年に 日本から奪い 空襲の拠点としていた島である。 216 00:27:11,864 --> 00:27:16,702 米軍は この島で 日本人捕虜の子どもたちの学校➡ 217 00:27:16,702 --> 00:27:21,507 「テニアンスクール」を運営していた。 218 00:27:23,175 --> 00:27:27,479 子どもたちは 学校をつくってくれたアメリカが➡ 219 00:27:27,479 --> 00:27:30,816 これから祖国に 何をしようとしているのか➡ 220 00:27:30,816 --> 00:27:34,520 知る由もなかった。 221 00:27:37,356 --> 00:27:39,958 8月6日。 222 00:27:41,627 --> 00:27:46,198 原爆「リトルボーイ」を積んだ 爆撃機B-29が➡ 223 00:27:46,198 --> 00:27:49,301 広島に向けて飛び立った。 224 00:27:55,874 --> 00:28:03,181 オッペンハイマーは 投下を指揮する将校に 細かい指示を与えていた。 225 00:28:22,100 --> 00:28:26,271 (爆発音) 226 00:28:26,271 --> 00:28:29,541 朝8時15分。 227 00:28:29,541 --> 00:28:36,348 史上初めて 人間の上に 原爆が落とされた。 228 00:28:45,991 --> 00:28:47,926 (シャッター音) 229 00:28:47,926 --> 00:28:50,629 これは 投下3時間後➡ 230 00:28:50,629 --> 00:28:53,365 爆心地から2キロの橋の上で➡ 231 00:28:53,365 --> 00:28:58,570 地元の新聞カメラマンが撮影した 写真である。 232 00:29:00,138 --> 00:29:02,174 (シャッター音) 233 00:29:02,174 --> 00:29:09,381 カメラマンは しばらく カメラを構えることができなかった。 234 00:29:34,339 --> 00:29:38,210 その時 ポツダム会談を終えたトルーマンは➡ 235 00:29:38,210 --> 00:29:41,546 帰国の途についていた。 236 00:29:41,546 --> 00:29:43,982 大西洋上のトルーマンに➡ 237 00:29:43,982 --> 00:29:48,487 原爆投下の一報が伝えられた。 238 00:29:52,991 --> 00:29:56,862 これは アメリカ国民に向けた スピーチを収録する➡ 239 00:29:56,862 --> 00:30:00,165 トルーマンの映像。 240 00:30:03,502 --> 00:30:09,207 本番の合間に 笑みをもらしている。 241 00:30:31,229 --> 00:30:35,734 同じ頃 イギリス ケンブリッジ近郊。 242 00:30:35,734 --> 00:30:37,669 (シャッター音) 243 00:30:37,669 --> 00:30:41,340 ドイツ降伏後 捕虜となっていたハイゼンベルクに➡ 244 00:30:41,340 --> 00:30:45,844 広島のニュースが伝えられた。 245 00:31:00,158 --> 00:31:07,566 日本では 仁科芳雄が 強烈な自責の念に駆られていた。 246 00:31:21,213 --> 00:31:23,248 (爆発音) 247 00:31:23,248 --> 00:31:25,517 3日後。 248 00:31:25,517 --> 00:31:31,189 長崎には プルトニウム型の 原爆が投下された。 249 00:31:31,189 --> 00:31:38,497 広島と長崎 死者は 21万人に上った。 250 00:31:42,801 --> 00:31:47,205 日本が ポツダム宣言を受け入れ 無条件降伏したのは➡ 251 00:31:47,205 --> 00:31:51,209 その5日後のことだった。 252 00:31:53,078 --> 00:31:58,450 ♬~ 253 00:31:58,450 --> 00:32:02,988 終戦の翌月 マンハッタン計画の関係者が➡ 254 00:32:02,988 --> 00:32:07,292 トリニティ実験の跡地を視察した。 255 00:32:08,827 --> 00:32:12,531 オッペンハイマーの姿もあった。 256 00:32:14,366 --> 00:32:21,072 世界は初めて 誰が原爆をつくったのかを知った。 257 00:32:32,884 --> 00:32:40,592 オッペンハイマーは 「原爆の父」と呼ばれ アメリカの英雄となった。 258 00:32:43,028 --> 00:32:46,965 戦前まで 科学界のスターだったローレンスは➡ 259 00:32:46,965 --> 00:32:53,472 親友 オッペンハイマーに その座を完全に明け渡した。 260 00:32:55,607 --> 00:33:03,114 だが オッペンハイマーの心には 変化が起き始めていた。 261 00:33:06,251 --> 00:33:11,623 終戦から数か月後 ロスアラモスで➡ 262 00:33:11,623 --> 00:33:18,330 被爆地を視察してきた科学者の 報告会が開かれた。 263 00:33:23,001 --> 00:33:28,840 ある報告者が 長崎の爆心地周辺の すさまじさを語る中で➡ 264 00:33:28,840 --> 00:33:32,344 こんな軽口をたたいた。 265 00:33:46,992 --> 00:33:53,899 すると オッペンハイマーが突然 激しい言葉で反応した。 266 00:34:04,476 --> 00:34:12,784 トルーマン大統領が オッペンハイマーを ホワイトハウスに招いた時のことだった。 267 00:34:29,568 --> 00:34:35,373 会談後 トルーマンは オッペンハイマーを 「泣き虫」と こき下ろし➡ 268 00:34:35,373 --> 00:34:39,277 「二度と連れてくるな」と吐き捨てた。 269 00:34:41,246 --> 00:34:47,752 これは そのころに ロスアラモスで撮影された映像。 270 00:34:49,588 --> 00:34:56,995 軍が オッペンハイマーに 感謝状を手渡す式典が開かれた。 271 00:34:59,864 --> 00:35:02,767 数千人の前で語ったのは➡ 272 00:35:02,767 --> 00:35:08,473 晴れがましい場には ふさわしくない言葉だった。 273 00:35:35,767 --> 00:35:42,574 オッペンハイマーは ロスアラモスの所長を退任した。 274 00:35:45,210 --> 00:35:51,716 そのころ 日本では 一本の記録映画の製作が進んでいた。 275 00:35:55,720 --> 00:36:02,360 被爆後の広島・長崎を 日本のニュース映画社が撮影していた。 276 00:36:02,360 --> 00:36:05,330 映画の学術指導を 担当したのは➡ 277 00:36:05,330 --> 00:36:10,135 日本の原爆研究を担っていた 仁科芳雄だった。 278 00:36:12,037 --> 00:36:15,040 2時間40分の この映画は➡ 279 00:36:15,040 --> 00:36:21,246 原爆の炎と 放射線の被害を 克明に捉えていた。 280 00:36:23,348 --> 00:36:28,753 仁科は 初めて 自分が つくろうとしていた原爆が➡ 281 00:36:28,753 --> 00:36:33,958 人間に何をもたらすのかを知った。 282 00:37:16,601 --> 00:37:20,171 この映画は 試写を終えた段階で➡ 283 00:37:20,171 --> 00:37:26,077 未編集フィルムと共に 米軍に押収された。 284 00:37:28,813 --> 00:37:31,850 このころ オッペンハイマーが➡ 285 00:37:31,850 --> 00:37:36,654 アメリカの学会で語った 音声が残っている。 286 00:38:05,917 --> 00:38:09,787 アメリカは 1952年➡ 287 00:38:09,787 --> 00:38:14,926 新たな核兵器 水素爆弾の実験を決行する。 288 00:38:14,926 --> 00:38:18,796 スリー ツー ワン ゼロ! 289 00:38:18,796 --> 00:38:21,266 (爆発音) 290 00:38:21,266 --> 00:38:26,471 ソ連との核開発競争が 始まっていた。 291 00:38:29,974 --> 00:38:38,683 この水爆の規模は 広島に落とされた原爆の650倍に及んだ。 292 00:38:43,521 --> 00:38:48,760 水爆開発を推進したのは オッペンハイマーの親友であり➡ 293 00:38:48,760 --> 00:38:54,465 彼に英雄の座を奪われた ローレンスだった。 294 00:38:57,402 --> 00:39:03,908 ローレンスは この功績によって 栄光の座を取り戻した。 295 00:39:17,255 --> 00:39:23,361 一方 政府の原子力委員会のアドバイザー となっていた オッペンハイマーは➡ 296 00:39:23,361 --> 00:39:28,867 核開発競争に 警鐘を鳴らすようになっていた。 297 00:39:30,535 --> 00:39:37,742 テレビ番組で 米ソが協調し 核兵器を国際管理することを訴えた。 298 00:39:39,244 --> 00:39:45,450 聞き手は ルーズベルト大統領の 未亡人 エレノアである。 299 00:40:14,012 --> 00:40:16,781 水爆実験の2年後。 300 00:40:16,781 --> 00:40:20,285 衝撃のニュースが駆け巡った。 301 00:40:29,661 --> 00:40:35,099 オッペンハイマーが 原子力委員会から追放された。 302 00:40:35,099 --> 00:40:43,007 水爆開発に異議を唱える「原爆の父」は もはや 邪魔者だった。 303 00:40:44,776 --> 00:40:48,646 オッペンハイマーは 更に追い詰められる。 304 00:40:48,646 --> 00:40:52,116 赤狩りである。 305 00:40:52,116 --> 00:40:54,085 実際に その周囲には➡ 306 00:40:54,085 --> 00:40:59,891 弟をはじめ 共産党と関係を持つ人物が 数多くいた。 307 00:41:11,903 --> 00:41:18,609 かつての親友 ローレンスが 弁護することはなかった。 308 00:41:20,211 --> 00:41:22,580 それどころか➡ 309 00:41:22,580 --> 00:41:28,219 「オッペンハイマーに 二度と政策に 関与させてはならない」という見解を➡ 310 00:41:28,219 --> 00:41:31,923 政府側に伝えていた。 311 00:41:49,006 --> 00:41:54,312 現れたのは オッペンハイマーである。 312 00:41:58,683 --> 00:42:03,955 原爆に関わったことを後悔しているかと 記者に問われ➡ 313 00:42:03,955 --> 00:42:07,358 「後悔はしていない」と答えた。 314 00:42:08,860 --> 00:42:10,862 だが続けて➡ 315 00:42:10,862 --> 00:42:18,770 「それは 申し訳ないと思っていない ということではない」と語った。 316 00:42:21,172 --> 00:42:25,910 3週間の滞在中 東京や大阪で講演を行い➡ 317 00:42:25,910 --> 00:42:30,314 湯川秀樹らと交流した。 318 00:42:32,183 --> 00:42:38,189 広島と長崎を訪れることはなかった。 319 00:42:40,224 --> 00:42:43,127 来日の7年後➡ 320 00:42:43,127 --> 00:42:47,532 オッペンハイマーは ガンで この世を去った。 321 00:42:47,532 --> 00:42:50,835 62歳だった。 322 00:42:52,670 --> 00:42:58,576 これは 死の2年前に アメリカの テレビ局が行ったインタビュー。 323 00:43:00,411 --> 00:43:08,619 「原爆の父」は 死の間際まで 苦しみ続けていた。 324 00:43:59,337 --> 00:44:06,744 (爆発音) 325 00:44:06,744 --> 00:44:29,934 ♬~