1 00:00:00,934 --> 00:00:07,941 ♬~ 2 00:00:09,977 --> 00:00:13,647 1928年3月。 3 00:00:13,647 --> 00:00:20,654 アメリカ西海岸のロサンゼルスで 歴史的なレースが スタートを切った。 4 00:00:22,322 --> 00:00:27,995 東海岸のニューヨークを目指し 5,500キロの道のりを走る➡ 5 00:00:27,995 --> 00:00:32,299 アメリカ初の大陸横断マラソンである。 6 00:00:36,336 --> 00:00:41,008 84日間に及ぶ 壮絶なレース。 7 00:00:41,008 --> 00:00:47,014 優勝したのは オクラホマ州出身のアンディ・ペイン。 8 00:00:49,349 --> 00:00:52,686 およそ200人のランナーが走ったのは➡ 9 00:00:52,686 --> 00:00:59,993 2年前に誕生したばかりの 「ルート66」と呼ばれる道だった。 10 00:01:07,968 --> 00:01:13,307 1920年代 急激なモータリゼーションによって➡ 11 00:01:13,307 --> 00:01:19,012 アメリカを走る車は 2,000万台を超えていた。 12 00:01:22,983 --> 00:01:27,321 全米初の国道システムが整備され➡ 13 00:01:27,321 --> 00:01:31,658 1926年 中西部から西海岸へ➡ 14 00:01:31,658 --> 00:01:38,365 8つの州を貫く横断道路 「ルート66」が開通した。 15 00:01:45,005 --> 00:01:50,344 「アメリカのメインストリート」 ルート66の誕生は➡ 16 00:01:50,344 --> 00:01:58,051 ヒトとモノの大陸横断を可能にし アメリカのダイナミズムとなってゆく。 17 00:02:00,621 --> 00:02:06,293 ルート66は アメリカの歴史そのものだった。 18 00:02:06,293 --> 00:02:15,302 ♬~ 19 00:02:15,302 --> 00:02:21,642 1930年代 巨大な砂嵐に 故郷を追われた人々が➡ 20 00:02:21,642 --> 00:02:28,348 希望を求め 西へと向かった その道は ルート66だった。 21 00:02:29,983 --> 00:02:38,992 この道は仕事を求める数十万の農民たちを 新天地 カリフォルニアへと導いた。 22 00:03:01,915 --> 00:03:06,620 1950年代 ルート66沿いでは➡ 23 00:03:06,620 --> 00:03:10,957 さまざまな ロードサイドビジネスが生まれた。 24 00:03:10,957 --> 00:03:17,664 ルート66は 戦後の繁栄を アメリカ中に行き渡らせた。 25 00:03:21,601 --> 00:03:24,504 そして 60年代。 26 00:03:24,504 --> 00:03:28,308 道は 大人たちにNOを叫び➡ 27 00:03:28,308 --> 00:03:35,015 カウンターカルチャーの聖地 カリフォルニアを目指す若者たちで あふれた。 28 00:04:00,240 --> 00:04:04,611 ♬~ 29 00:04:04,611 --> 00:04:08,949 「映像の世紀 バタフライエフェクト」。 30 00:04:08,949 --> 00:04:13,286 アメリカのマザーロード 「ルート66」。 31 00:04:13,286 --> 00:04:19,159 その道は 人々の夢と絶望を運んだ。 32 00:04:19,159 --> 00:04:30,871 ♬~ 33 00:04:35,976 --> 00:04:43,316 ルート66の誕生から 7年後の 1933年。 34 00:04:43,316 --> 00:04:48,188 事件は ルート66沿いの ミズーリ州の小さな町➡ 35 00:04:48,188 --> 00:04:52,659 ジョプリンで起こった。 36 00:04:52,659 --> 00:04:55,562 (銃声) 37 00:04:55,562 --> 00:05:00,267 不審者がいるとの通報を受け 駆けつけた警察官2人が➡ 38 00:05:00,267 --> 00:05:03,970 ショットガンで射殺された。 39 00:05:06,940 --> 00:05:12,612 現場から カメラが発見され うつっていた写真から 犯人は➡ 40 00:05:12,612 --> 00:05:16,283 指名手配されていた ボニー・パーカーと➡ 41 00:05:16,283 --> 00:05:19,586 クライド・バロウと判明した。 42 00:05:23,623 --> 00:05:31,498 2人は ルート66を舞台に 犯罪を繰り返していた強盗犯だった。 43 00:05:31,498 --> 00:05:33,967 (シャッター音) 44 00:05:33,967 --> 00:05:37,637 逃亡中の行くさきざきで ポーズを決め➡ 45 00:05:37,637 --> 00:05:42,642 ロマンチックに抱擁する写真まで 撮っていた。 46 00:05:47,314 --> 00:05:51,184 時代は 大恐慌のただ中。 47 00:05:51,184 --> 00:05:59,192 4人に1人が仕事を失い 失業者は 全米で1,200万に上った。 48 00:06:06,600 --> 00:06:12,606 ボニーとクライドの2人も 貧しいスラムの出身だった。 49 00:06:15,609 --> 00:06:19,946 新聞や雑誌に 2人の写真が掲載されると➡ 50 00:06:19,946 --> 00:06:27,654 人々は 銀行など 資本家から金を奪う 「義賊」として もてはやした。 51 00:06:30,290 --> 00:06:36,997 これは 後に再現映像で 2人の生涯を描いた記録映画。 52 00:06:52,312 --> 00:06:56,650 2人が 警察の追跡から 逃れることができたのは➡ 53 00:06:56,650 --> 00:07:03,256 ルート66をはじめとする ハイウェイを利用したからだった。 54 00:07:03,256 --> 00:07:06,259 (銃声) 55 00:07:07,928 --> 00:07:16,937 彼らは 州境で犯罪を犯すと ハイウェイを使って 隣の州へ逃げ込んだ。 56 00:07:20,940 --> 00:07:27,280 当時 州警察が犯罪者を追跡できるのは 州内のみ。 57 00:07:27,280 --> 00:07:33,987 他の州へと逃げ込んだ2人を 捕まえることはできなかった。 58 00:07:35,955 --> 00:07:39,292 逃走に使われた盗難車は➡ 59 00:07:39,292 --> 00:07:44,998 V8エンジンを搭載した 最新型のフォードだった。 60 00:08:02,916 --> 00:08:07,587 しかし 逃亡生活を始めて2年。 61 00:08:07,587 --> 00:08:13,460 警察の捜査網は 次第に 2人を追い詰めていった。 62 00:08:13,460 --> 00:08:16,930 そして…。 63 00:08:16,930 --> 00:08:19,232 (銃声) 64 00:08:23,803 --> 00:08:28,942 これは 路上で待ち伏せしていた 保安官たちから銃撃を受け➡ 65 00:08:28,942 --> 00:08:34,247 射殺された2人を捉えた 実際の映像である。 66 00:08:37,283 --> 00:08:41,988 150発以上の銃弾を浴びていた。 67 00:08:48,628 --> 00:08:52,499 ダラスで行われた ボニーとクライドの葬儀には➡ 68 00:08:52,499 --> 00:08:56,503 全米から 多くの人々が集まった。 69 00:09:21,261 --> 00:09:31,271 この年 新しい法律が制定され 州境を利用した犯罪は 困難となった。 70 00:09:31,271 --> 00:09:41,281 ♬~ 71 00:09:44,617 --> 00:09:49,289 このころ ルート66が走る アメリカ中西部に➡ 72 00:09:49,289 --> 00:09:52,959 恐ろしい自然災害が 襲いかかっていた。 73 00:09:52,959 --> 00:09:55,261 (牛の鳴き声) 74 00:09:58,832 --> 00:10:04,838 「ダストボウル」と呼ばれた 巨大な砂嵐である。 75 00:10:08,308 --> 00:10:16,015 土ぼこりが空を覆い 昼間でも 薄暮のような日々が続いた。 76 00:10:26,993 --> 00:10:34,000 学校は閉鎖され 家は壊され 生活は奪われた。 77 00:10:37,337 --> 00:10:43,643 砂を吸い込み 肺疾患で死に至る住人もいた。 78 00:10:49,916 --> 00:10:57,924 砂嵐が襲ったのは グレート・プレーンズと 呼ばれる大平原地帯。 79 00:11:00,560 --> 00:11:09,869 この地域では 10年以上にわたって 無計画な耕作が続き 土壌が荒廃していた。 80 00:11:13,173 --> 00:11:21,481 更に 大規模な干ばつが 数年にわたって 続いたことで 地面は乾き切っていた。 81 00:11:25,318 --> 00:11:32,192 強い風が 乾いた表土を巻き上げ 砂嵐が発生した。 82 00:11:32,192 --> 00:11:36,496 この大災害は 人災でもあった。 83 00:11:41,868 --> 00:11:46,606 後に フォークソングの父と呼ばれる ウディ・ガスリーも➡ 84 00:11:46,606 --> 00:11:51,611 テキサス州で ダストボウルに被災した。 85 00:11:53,346 --> 00:12:19,339 ♬~ 86 00:12:40,326 --> 00:12:44,664 ダストボウルを描いた 文学作品も生まれた。 87 00:12:44,664 --> 00:12:47,567 「怒りの葡萄」。 88 00:12:47,567 --> 00:12:51,337 アメリカ文学の巨人 ジョン・スタインベックが➡ 89 00:12:51,337 --> 00:12:55,341 被災した農家の 窮状を描いた。 90 00:12:58,011 --> 00:13:00,913 「怒りの葡萄」は 翌年➡ 91 00:13:00,913 --> 00:13:05,918 ジョン・フォード監督によって 映画化された。 92 00:13:10,590 --> 00:13:14,961 オクラホマ州の農家 トム・ジョード 一家は➡ 93 00:13:14,961 --> 00:13:19,265 ダストボウルによって 半世紀暮らした故郷を追われる。 94 00:13:37,216 --> 00:13:45,224 一家は 果樹園の仕事があるという うわさを信じ カリフォルニアへ旅立つ。 95 00:13:47,660 --> 00:13:55,368 希望を抱き 西へと向かった その道は ルート66だった。 96 00:13:57,003 --> 00:14:01,007 これは 当時のニュース映像である。 97 00:14:13,953 --> 00:14:18,291 数十万の農家の人々が カリフォルニアに向かったと言われる➡ 98 00:14:18,291 --> 00:14:24,597 この大移動は ルート66なくしては 不可能だった。 99 00:14:26,165 --> 00:14:30,870 約束の地を夢みて 西へと向かった人々は➡ 100 00:14:30,870 --> 00:14:34,173 「ダストボウル移民」と呼ばれた。 101 00:14:59,332 --> 00:15:05,037 しかし カリフォルニアは 約束の地ではなかった。 102 00:15:20,620 --> 00:15:23,523 農場には 移民が押し寄せ➡ 103 00:15:23,523 --> 00:15:29,529 仕事に ありつけるのは 一握りの人たちだけだった。 104 00:15:33,633 --> 00:15:40,640 ルート66沿いには 移民に帰還を促すサインが掲げられた。 105 00:15:46,979 --> 00:15:50,850 これは ルート66の終着点➡ 106 00:15:50,850 --> 00:15:56,155 カリフォルニアの移民キャンプで 撮影された映像である。 107 00:16:08,267 --> 00:16:16,943 仕事のない 何万人もの移民たちが 行くあてもなく 身を寄せていた。 108 00:16:16,943 --> 00:16:21,814 ♬~ 109 00:16:21,814 --> 00:16:24,817 フォークシンガー ウディ・ガスリーも➡ 110 00:16:24,817 --> 00:16:30,490 移民たちと共に カリフォルニアに たどりついていた。 111 00:16:30,490 --> 00:16:37,496 これは 後に ウディの演奏姿を記録した 貴重な映像である。 112 00:16:42,635 --> 00:16:49,976 ダストボウルの経験を元に 数々の曲を作り 励まそうとした。 113 00:16:49,976 --> 00:17:01,921 ♬~ 114 00:17:01,921 --> 00:17:10,930 人々が 苦境にあるからこそ アメリカの掲げた理想を歌にした。 115 00:17:10,930 --> 00:17:33,953 ♬~ 116 00:17:33,953 --> 00:17:38,291 困難にあっても希望を捨てず 道を歩み続ける➡ 117 00:17:38,291 --> 00:17:41,627 アメリカ人のたくましさをたたえる この歌は➡ 118 00:17:41,627 --> 00:17:47,934 後に アメリカ第二の国歌と 呼ばれるようになる。 119 00:18:22,935 --> 00:18:28,641 移民たちの夢を実現したのは 戦争だった。 120 00:18:30,276 --> 00:18:34,613 アメリカが 第二次世界大戦に参戦すると➡ 121 00:18:34,613 --> 00:18:39,619 カリフォルニアは 軍需産業の拠点となる。 122 00:18:41,954 --> 00:18:48,661 ルート66を通って 大量の物資が運ばれた。 123 00:18:53,566 --> 00:18:57,303 労働力も必要となった。 124 00:18:57,303 --> 00:19:01,907 カリフォルニアの雇用者数は 300万人に達し➡ 125 00:19:01,907 --> 00:19:09,915 ダストボウル移民たちもまた 国防を担う 貴重な労働力となったのだった。 126 00:19:12,551 --> 00:19:14,920 (シャッター音) 127 00:19:14,920 --> 00:19:20,926 これは 戦時下の学校で撮影された写真。 128 00:19:22,595 --> 00:19:29,468 手をあげているのは 移民労働者の子どもたち。 129 00:19:29,468 --> 00:19:34,473 カリフォルニアは 約束の地となった。 130 00:19:43,616 --> 00:19:50,322 しかし 入れ代わるように この地を追われる人々がいた。 131 00:19:51,957 --> 00:19:56,262 9万の日系人である。 132 00:20:01,300 --> 00:20:05,171 多くが アメリカ国籍を持っていたが➡ 133 00:20:05,171 --> 00:20:11,177 「敵性外国人」として 強制移転を命じられた。 134 00:20:38,671 --> 00:20:47,379 日系人たちが乗る車の隊列が 360キロの道のりを北上していく。 135 00:20:52,017 --> 00:20:56,689 到着したのは 砂漠地帯に 急きょ建設された➡ 136 00:20:56,689 --> 00:21:00,693 マンザナー強制収容所。 137 00:21:05,498 --> 00:21:12,505 ここには およそ1万の日系人が集められた。 138 00:21:18,310 --> 00:21:26,318 約束の地は 全ての人に 約束を果たしたわけではなかった。 139 00:21:34,860 --> 00:21:43,536 戦後 ルート66は アメリカの繁栄とともに 更なる変貌を遂げてゆく。 140 00:21:43,536 --> 00:21:58,684 ♬~ 141 00:21:58,684 --> 00:22:01,287 ♬~ 142 00:22:01,287 --> 00:22:08,627 ルート66の主役は 軍用トラックから 家族連れやカップルに取って代わった。 143 00:22:08,627 --> 00:22:36,322 ♬~ 144 00:22:36,322 --> 00:22:39,658 ルート66の沿道では➡ 145 00:22:39,658 --> 00:22:46,665 行き交う人々を狙った新しいビジネスが 次々と生まれていった。 146 00:22:58,344 --> 00:23:01,947 これは ハンバーガーチェーン マクドナルドが➡ 147 00:23:01,947 --> 00:23:07,953 1963年に放送した テレビコマーシャルである。 148 00:23:11,290 --> 00:23:15,628 そのルーツは ルート66の通る町➡ 149 00:23:15,628 --> 00:23:19,331 サンバーナーディーノに あった。 150 00:23:21,300 --> 00:23:25,170 リチャードとモリスの マクドナルド兄弟は➡ 151 00:23:25,170 --> 00:23:30,876 そこで 小さなドライブイン・レストランを 経営していた。 152 00:23:34,647 --> 00:23:41,954 2人は アメリカ人の生活に 大きな変化が 起こっていることに気付いた。 153 00:23:57,870 --> 00:24:01,607 当時 流行していた ドライブイン・レストランでは➡ 154 00:24:01,607 --> 00:24:06,912 店が 客の自動車へ料理を届けていた。 155 00:24:09,948 --> 00:24:16,288 兄弟は これを カウンターで料理を渡す セルフサービスに変更。 156 00:24:16,288 --> 00:24:19,591 スピードを優先した。 157 00:24:21,160 --> 00:24:26,632 更に メニューを ハンバーガーなど 9つだけに絞り➡ 158 00:24:26,632 --> 00:24:33,973 最新の調理器具を導入し 流れ作業のシステムを確立。 159 00:24:33,973 --> 00:24:41,280 20分かかっていた料理の提供は 30秒へと 劇的に短縮された。 160 00:25:05,604 --> 00:25:12,311 ルート66では 他にも ロードサイドビジネスが活況を呈していた。 161 00:25:23,155 --> 00:25:27,292 道沿いに建てられ 気軽に利用することのできる➡ 162 00:25:27,292 --> 00:25:30,996 宿泊施設 モーテル。 163 00:25:32,631 --> 00:25:40,339 ドライブは 単なる移動の手段ではなく 旅の目的ともなっていった。 164 00:26:08,267 --> 00:26:11,937 ルート66が通る 砂漠地帯に➡ 165 00:26:11,937 --> 00:26:16,275 観光客の欲望をのみ込み 大発展を遂げた街➡ 166 00:26:16,275 --> 00:26:19,278 ラスベガスがある。 167 00:26:34,626 --> 00:26:39,298 戦後 大型カジノの建設ラッシュが進み➡ 168 00:26:39,298 --> 00:26:48,307 1960年には 年間1,000万人が 2億ドルを落としていったと言われる。 169 00:26:49,942 --> 00:26:57,983 更に ラスベガスは こんな「見せ物」も用意していた。 170 00:26:57,983 --> 00:27:03,255 眠らない街の夜を照らす 雷のような光。 171 00:27:03,255 --> 00:27:07,926 数分後 街じゅうに ごう音が鳴り響く。 172 00:27:07,926 --> 00:27:12,598 (爆発音) 173 00:27:12,598 --> 00:27:16,468 (爆発音) 174 00:27:16,468 --> 00:27:21,273 その正体は ラスベガスから およそ100キロ離れた➡ 175 00:27:21,273 --> 00:27:26,979 ネバダ実験場で行われていた 核実験だった。 176 00:27:30,282 --> 00:27:37,623 こうした核実験は 1951年からの10年間で 100回程度 行われ➡ 177 00:27:37,623 --> 00:27:42,294 ラスベガスは それを最も近くで 見学できる場所として➡ 178 00:27:42,294 --> 00:27:45,998 観光客を引き寄せた。 179 00:27:48,167 --> 00:27:52,638 ホテルでは 「アトミック・パーティー」が開かれ➡ 180 00:27:52,638 --> 00:27:57,309 原爆カクテルなるものが振る舞われた。 181 00:27:57,309 --> 00:28:05,317 ♬~ 182 00:28:07,920 --> 00:28:16,228 ルート66沿いには 「Sundown Town」 「日暮れの町」と呼ばれた場所があった。 183 00:28:17,930 --> 00:28:24,236 これは その一つ オクラホマ州の町 エドモンド。 184 00:28:27,606 --> 00:28:33,312 6,000人の住人は 全て白人だった。 185 00:29:00,505 --> 00:29:04,910 ルート66が通る町の半数近くが➡ 186 00:29:04,910 --> 00:29:08,914 「日暮れの町」を宣言していた。 187 00:29:11,583 --> 00:29:19,257 1953年 マイルス・デイヴィスが 日暮れの町を通った時のことだった。 188 00:29:19,257 --> 00:29:22,594 チャールズ・ミンガスとの旅の途中➡ 189 00:29:22,594 --> 00:29:27,899 オクラホマ州の田舎町の レストランに立ち寄った。 190 00:30:12,911 --> 00:30:20,218 黒人旅行者のための旅行雑誌 「グリーンブック」が発行された。 191 00:30:21,987 --> 00:30:28,994 黒人が利用できる レストランやホテルが 掲載されている。 192 00:30:32,998 --> 00:30:43,341 1936年に 15ページで発行を開始した この本は 年々 部数を伸ばしていった。 193 00:30:43,341 --> 00:30:48,013 トータルで 200万部が流通したと言われ➡ 194 00:30:48,013 --> 00:30:54,319 「グリーンブック」は 黒人旅行者の旅の必需品となった。 195 00:30:57,022 --> 00:31:00,625 編集者の ヴィクトル・グリーンは➡ 196 00:31:00,625 --> 00:31:05,931 ガイドブックの序文に こんな言葉を残している。 197 00:31:39,331 --> 00:31:44,669 1964年に 公民権法が成立すると➡ 198 00:31:44,669 --> 00:31:50,976 その3年後 「グリーンブック」は廃刊となった。 199 00:31:57,682 --> 00:32:05,690 1960年 テレビドラマシリーズ 「ルート66」が放送を開始した。 200 00:32:10,962 --> 00:32:15,834 大学を卒業し ニューヨークから旅立った 2人の若者が➡ 201 00:32:15,834 --> 00:32:20,839 ルート66で アメリカ中を旅する。 202 00:32:22,574 --> 00:32:28,513 自由奔放な2人の若者が 行くさきざきで さまざまな事件に巻き込まれ➡ 203 00:32:28,513 --> 00:32:32,818 成長していく ロードムービーである。 204 00:32:38,190 --> 00:32:42,894 全116話が放送された このドラマは 大ヒットし➡ 205 00:32:42,894 --> 00:32:50,902 ルート66は冒険の象徴となり 若者たちを旅に駆り立てた。 206 00:32:56,341 --> 00:33:04,149 1960年代 旧来の価値観に NOを突きつけ 定職に就くことを拒否した➡ 207 00:33:04,149 --> 00:33:09,287 ヒッピーと呼ばれる若者たちが 出現していた。 208 00:33:09,287 --> 00:33:16,161 若者たちが目指したのは ルート66の終着点 カリフォルニア。 209 00:33:16,161 --> 00:33:20,866 若者文化の憧れの地となっていた。 210 00:33:36,982 --> 00:33:40,685 若者たちが掲げたスローガンは… 211 00:33:42,654 --> 00:33:46,324 ドラッグとロックを愛好し 愛と平和を叫ぶ➡ 212 00:33:46,324 --> 00:33:50,028 カウンターカルチャーが 花開いた。 213 00:33:57,936 --> 00:34:03,608 カリフォルニアは ベトナム反戦運動の拠点ともなった。 214 00:34:03,608 --> 00:34:10,615 しかし 薬物乱用や性の奔放さに 嫌悪感を抱く人も多かった。 215 00:34:13,285 --> 00:34:16,955 当時のアメリカの空気感を捉えた映画が➡ 216 00:34:16,955 --> 00:34:21,626 1969年に公開された 「イージー・ライダー」である。 217 00:34:21,626 --> 00:34:25,497 ♬~ 218 00:34:25,497 --> 00:34:28,967 カリフォルニアを旅立った 2人の若者が➡ 219 00:34:28,967 --> 00:34:34,673 ルート66を走り ニューオーリンズを目指す。 220 00:34:36,641 --> 00:34:41,646 脚本・主演を務めたのは ピーター・フォンダ。 221 00:34:44,516 --> 00:34:52,524 30年前の映画「怒りの葡萄」で主演を務めた ヘンリー・フォンダの息子である。 222 00:34:55,994 --> 00:35:01,266 2人の主人公は カウンターカルチャーの 象徴として描かれ➡ 223 00:35:01,266 --> 00:35:06,571 若者を中心に 空前のヒットとなった。 224 00:35:45,310 --> 00:35:52,317 しかし 映画は同時に 時代の終えんを予感させていた。 225 00:36:19,611 --> 00:36:27,485 物語は 主人公たちが 南部の住民に殺され 幕を閉じる。 226 00:36:27,485 --> 00:36:33,792 公開当時 映画には こんなキャッチコピーが添えられていた。 227 00:36:45,637 --> 00:36:52,977 1973年 アメリカ軍が ベトナムから撤退すると➡ 228 00:36:52,977 --> 00:36:58,683 カウンターカルチャーは うそのように終息していく。 229 00:37:02,253 --> 00:37:09,561 このころ ルート66の歴史も 終わりを迎えようとしていた。 230 00:37:25,944 --> 00:37:32,617 全米では 片側4車線の 新しい高速道路の建設が進められ➡ 231 00:37:32,617 --> 00:37:36,321 主要都市を結んでいた。 232 00:37:39,290 --> 00:37:45,163 ルート66の道のほとんどは 新しい高速道路に置き換えられ➡ 233 00:37:45,163 --> 00:37:50,168 標識は 各地で外されていった。 234 00:37:54,305 --> 00:38:04,616 そして 1985年 「ルート66」の名は 地図上から完全に消えた。 235 00:38:06,251 --> 00:38:11,956 沿道の町は かつての輝きを失っていった。 236 00:38:19,597 --> 00:38:25,937 それから四半世紀の時が流れた 2010年代。 237 00:38:25,937 --> 00:38:30,809 かつて ルート66が走っていた アリゾナ州の一角には➡ 238 00:38:30,809 --> 00:38:35,513 冬になると 数万台の車が集まる。 239 00:38:39,484 --> 00:38:46,191 家を持たず 車での生活を 余儀なくされた人たちである。 240 00:38:55,300 --> 00:39:00,572 仕事を求め 移動しながら 季節労働者として働く彼らは➡ 241 00:39:00,572 --> 00:39:04,576 ワーキャンパーと呼ばれている。 242 00:39:10,915 --> 00:39:18,790 車上生活を強いられた きっかけは 2008年のリーマンショックだった。 243 00:39:18,790 --> 00:39:26,097 人々は 仕事や家を失い 住んでいた土地を追われた。 244 00:39:33,938 --> 00:39:39,644 アリゾナ州には Amazonの巨大倉庫がある。 245 00:39:43,948 --> 00:39:47,285 年末商戦の繁忙期になると➡ 246 00:39:47,285 --> 00:39:53,291 大勢のワーキャンパーたちが 職を求めて やって来る。 247 00:40:22,987 --> 00:40:24,923 (歓声) 248 00:40:24,923 --> 00:40:31,229 2016年 大統領に選ばれた ドナルド・トランプ。 249 00:40:32,997 --> 00:40:39,671 熱狂的に支持したのは ルート66沿いの州に住む人々。 250 00:40:39,671 --> 00:40:47,378 アメリカ繁栄の恩恵を受けなかった 白人労働者や農家だった。 251 00:40:57,689 --> 00:41:04,963 南西部の州では メキシコとの国境に 高い壁が築かれている。 252 00:41:04,963 --> 00:41:10,968 ルート66沿いの州の 今の姿である。 253 00:41:15,974 --> 00:41:18,876 アリゾナ州 セリグマン。 254 00:41:18,876 --> 00:41:24,182 かつて この町を ルート66が走っていた。 255 00:41:25,983 --> 00:41:30,655 理髪店を営んできた エンジェル・デルガディロさん。 256 00:41:30,655 --> 00:41:33,992 ルート66が廃線となったあと➡ 257 00:41:33,992 --> 00:41:39,997 彼の住む町は ゴーストタウンになろうとしていた。 258 00:41:59,951 --> 00:42:06,290 1987年 デルガディロさんたちの 働きかけによって➡ 259 00:42:06,290 --> 00:42:11,963 かつての ルート66の一部が 歴史遺産に登録された。 260 00:42:11,963 --> 00:42:22,306 ♬~ 261 00:42:22,306 --> 00:42:30,014 これをきっかけに 各地で ルート66がよみがえった。 262 00:42:49,534 --> 00:42:53,271 「怒りの葡萄」を書いた スタインベックは➡ 263 00:42:53,271 --> 00:42:58,276 1962年 ノーベル文学賞を受賞した。 264 00:43:03,281 --> 00:43:07,151 死の8年前 愛犬を乗せ➡ 265 00:43:07,151 --> 00:43:11,956 アメリカ一周の旅に出た スタインベックが走った その道は➡ 266 00:43:11,956 --> 00:43:16,294 ルート66だった。 267 00:43:16,294 --> 00:43:21,632 旅の経験をもとに書かれた 生涯最後の作品に➡ 268 00:43:21,632 --> 00:43:25,636 こんな言葉を残している。 269 00:44:06,944 --> 00:44:39,944 ♬~