1 00:00:01,168 --> 00:00:08,175 ♬~ 2 00:00:24,524 --> 00:00:28,562 これは 1941年3月➡ 3 00:00:28,562 --> 00:00:33,967 外務大臣 松岡洋右がローマを訪れる映像。 4 00:00:33,967 --> 00:00:36,870 日本と英米との対立が深まる中➡ 5 00:00:36,870 --> 00:00:41,174 同盟国イタリアとの結束を確かめ合った。 6 00:00:44,611 --> 00:00:48,916 だが松岡には もう1つの目的があった。 7 00:00:53,353 --> 00:00:58,258 ローマ教皇ピウス12世との会談だった。 8 00:01:01,862 --> 00:01:08,068 その内容は極秘とされ 長らく明らかになっていなかった。 9 00:01:10,237 --> 00:01:15,709 2020年 バチカンが公開した 機密文書の中に➡ 10 00:01:15,709 --> 00:01:19,579 この会談に関するものが見つかった。 11 00:01:19,579 --> 00:01:25,352 そこには 松岡が 長引く日中戦争を終わらせるため➡ 12 00:01:25,352 --> 00:01:29,556 ローマ教皇を頼っていたことが 記録されていた。 13 00:01:59,152 --> 00:02:06,994 実際に 教皇が松岡の訴えに 応じたかどうかは 定かではない。 14 00:02:06,994 --> 00:02:10,764 ⚟アーメン。 15 00:02:10,764 --> 00:02:20,107 (拍手と歓声) 16 00:02:20,107 --> 00:02:25,445 2,000年の時をこえて続く キリスト教最大の教派➡ 17 00:02:25,445 --> 00:02:28,982 ローマ・カトリック教会。 18 00:02:28,982 --> 00:02:34,121 その頂点に立ち 世界14億の信徒を束ねるのが➡ 19 00:02:34,121 --> 00:02:38,625 「イエス・キリストの代理者」 ローマ教皇である。 20 00:02:44,765 --> 00:02:50,003 去年4月 フランシスコ教皇が 亡くなった際には➡ 21 00:02:50,003 --> 00:02:58,311 各国の首脳や国際機関の代表など 世界160の外交団が その死を弔った。 22 00:03:04,117 --> 00:03:07,220 教皇が亡くなった時に行われるのが… 23 00:03:14,695 --> 00:03:17,030 投票権を持つのは➡ 24 00:03:17,030 --> 00:03:23,537 教皇に次ぐ高位聖職者 枢機卿の中で 80歳未満の者。 25 00:03:23,537 --> 00:03:27,040 去年は 133人が参加した。 26 00:03:29,910 --> 00:03:33,180 枢機卿たちは 互いに投票し合い➡ 27 00:03:33,180 --> 00:03:38,085 3分の2以上の票を得た者が 新たな教皇となる。 28 00:03:38,085 --> 00:03:48,295 投票は1日最大4回。 教皇が決まるまで毎日繰り返される。 29 00:04:05,112 --> 00:04:09,783 人々には 煙突から立ちのぼる煙の色で➡ 30 00:04:09,783 --> 00:04:12,886 選挙結果が伝えられる。 31 00:04:17,524 --> 00:04:21,528 (ざわめき) 黒い煙は 再投票を。 32 00:04:23,396 --> 00:04:28,602 (歓声) 白い煙は 新たな教皇の誕生を告げる。 33 00:04:28,602 --> 00:04:33,340 (歓声) 34 00:04:33,340 --> 00:04:37,110 これまでに 267代の教皇が➡ 35 00:04:37,110 --> 00:04:40,981 カトリック教会を導いてきた。 36 00:04:40,981 --> 00:04:49,389 そのひと言ひと言 そして時に沈黙さえも 世界の運命を左右してきた。 37 00:05:16,883 --> 00:05:19,519 ♬~ 38 00:05:19,519 --> 00:05:21,822 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 39 00:05:23,390 --> 00:05:30,263 激動する世界に翻弄されながらも 時に その行方を変えてきたローマ教皇。 40 00:05:30,263 --> 00:05:34,401 その苦悩と格闘の記録である。 41 00:05:34,401 --> 00:05:47,214 ♬~ 42 00:05:51,351 --> 00:05:58,758 これは 1898年に撮影された 最も古いローマ教皇の映像。 43 00:06:01,027 --> 00:06:03,830 発明されたばかりの ムービーカメラに向かって➡ 44 00:06:03,830 --> 00:06:09,035 祝福を授けるのは レオ13世である。 45 00:06:15,041 --> 00:06:20,847 19世紀 政教分離を掲げる 近代国家が台頭し➡ 46 00:06:20,847 --> 00:06:24,751 カトリック教会の権威は 揺らぎ始めていた。 47 00:06:30,023 --> 00:06:36,796 1870年には 国家統一を目指すイタリアに ローマを占領された。 48 00:06:36,796 --> 00:06:39,633 教皇領を失ったバチカンは➡ 49 00:06:39,633 --> 00:06:44,537 政治的にも宗教的にも 中途半端な立場に置かれた。 50 00:06:46,506 --> 00:06:51,244 教皇は 自らを「バチカンの囚人」と称し➡ 51 00:06:51,244 --> 00:06:54,147 社会との関わりを断った。 52 00:06:56,082 --> 00:07:02,856 その態度を変えたのが 1878年に教皇となったレオ13世。 53 00:07:02,856 --> 00:07:07,260 社会に積極的に向き合い 信頼回復に努めた。 54 00:07:09,195 --> 00:07:15,969 貧しい者に寄り添うという キリスト教の教えを労働問題に結び付け➡ 55 00:07:15,969 --> 00:07:20,373 貧困にあえぐ労働者の権利を擁護した。 56 00:07:28,181 --> 00:07:34,888 1920年代 バチカンとイタリアの関係に 大きな転機が訪れる。 57 00:07:56,643 --> 00:08:03,850 ファシスト党を率いるムッソリーニが クーデターを成功させ 首相の座についた。 58 00:08:09,222 --> 00:08:13,660 これは 1929年2月➡ 59 00:08:13,660 --> 00:08:17,964 バチカンの代表団を訪ねる ムッソリーニの映像。 60 00:08:24,104 --> 00:08:27,674 ムッソリーニは 国民の大多数を占める➡ 61 00:08:27,674 --> 00:08:30,577 カトリック信徒の支持を取り込むため➡ 62 00:08:30,577 --> 00:08:33,580 バチカンとの和解に動く。 63 00:08:36,383 --> 00:08:42,389 ラテラノ条約を結び 半世紀続いた対立が終わった。 64 00:08:44,891 --> 00:08:50,196 ここに 世界一小さな国 バチカン市国が誕生し➡ 65 00:08:50,196 --> 00:08:55,201 正式に 国際社会の一員となった。 66 00:09:01,574 --> 00:09:06,813 しかし 東方に 新たな脅威が現れていた。 67 00:09:06,813 --> 00:09:13,453 これは ソ連で撮影された キリスト教弾圧の映像である。 68 00:09:13,453 --> 00:09:16,823 無神論を説く共産主義。 69 00:09:16,823 --> 00:09:21,928 宗教は民衆のアヘンであると否定された。 70 00:09:25,465 --> 00:09:32,872 1917年のロシア革命以降 共産主義は ヨーロッパ中に 一気に広がっていく。 71 00:09:34,507 --> 00:09:37,710 (爆破音) 72 00:09:40,980 --> 00:09:45,285 中でも 第1次大戦の敗戦国 ドイツでは➡ 73 00:09:45,285 --> 00:09:48,188 人々が 共産主義に希望を求め➡ 74 00:09:48,188 --> 00:09:51,691 革命運動が 吹き荒れていた。 75 00:09:51,691 --> 00:09:57,997 その混乱のドイツに バチカン大使として 滞在していた人物がいる。 76 00:10:05,538 --> 00:10:08,875 第2次大戦の直前に教皇となり➡ 77 00:10:08,875 --> 00:10:14,781 のちに一部から「ヒトラーの教皇」と 呼ばれることになる人物である。 78 00:10:16,683 --> 00:10:20,820 パチェッリは ここで恐怖の体験をしている。 79 00:10:20,820 --> 00:10:27,227 バチカン大使館に 武装した革命派が 公用車を奪おうと押し入った。 80 00:10:28,895 --> 00:10:33,633 中にいたパチェッリは 銃を突きつけられた。 81 00:10:33,633 --> 00:10:38,538 暴力の恐ろしさを骨身にしみて思い知る。 82 00:10:41,207 --> 00:10:44,210 そして接近したのが ナチだった。 83 00:10:46,045 --> 00:10:50,216 教皇の右腕である国務長官と なった パチェッリは➡ 84 00:10:50,216 --> 00:10:56,623 1933年 ヒトラー政権と 政教条約を結んだ。 85 00:10:58,591 --> 00:11:02,595 共産主義を敵とみなす姿勢で 一致する両者は➡ 86 00:11:02,595 --> 00:11:09,602 互いに 教会の権利保障と 政治への不干渉を約束し合った。 87 00:11:12,138 --> 00:11:16,075 ヒトラーには もくろみがあった。 88 00:11:16,075 --> 00:11:22,282 この条約をユダヤ人迫害の正当化に 利用しようとした。 89 00:11:35,929 --> 00:11:39,432 ナチのユダヤ人迫害の土壌には➡ 90 00:11:39,432 --> 00:11:45,305 ヨーロッパに長く根を張った 反ユダヤ主義の歴史があった。 91 00:11:45,305 --> 00:11:50,610 その形成には キリスト教も無関係ではない。 92 00:11:52,579 --> 00:11:54,514 「新約聖書」には➡ 93 00:11:54,514 --> 00:12:00,720 イエスの死の責任がユダヤ人にあると 解釈される記述が存在する。 94 00:12:04,190 --> 00:12:09,963 それが 中世に十字軍が起こした ユダヤ人虐殺など➡ 95 00:12:09,963 --> 00:12:12,865 差別と迫害につながってきた。 96 00:12:15,335 --> 00:12:21,841 16世紀には 教皇パウロ4世が ローマにゲットーをつくり➡ 97 00:12:21,841 --> 00:12:26,646 ユダヤ人の居住と経済活動を 厳しく制限した。 98 00:12:29,415 --> 00:12:32,251 これは 1938年➡ 99 00:12:32,251 --> 00:12:34,887 パチェッリが ナチ・ドイツの友好国➡ 100 00:12:34,887 --> 00:12:37,690 ハンガリーを訪れた時の映像。 101 00:12:39,359 --> 00:12:46,366 この時 演説で ユダヤ人への批判と 思われる発言をしている。 102 00:13:13,226 --> 00:13:16,129 第2次世界大戦 開戦前夜の➡ 103 00:13:16,129 --> 00:13:21,534 1939年2月 教皇が亡くなり➡ 104 00:13:21,534 --> 00:13:25,338 教皇選挙 コンクラーベが行われた。 105 00:13:36,549 --> 00:13:42,355 戦争への不安が広がるヨーロッパで 次の教皇をめぐる選挙は➡ 106 00:13:42,355 --> 00:13:45,958 ひときわ大きな注目を浴びていた。 107 00:14:02,175 --> 00:14:06,479 (歓声) 108 00:14:08,948 --> 00:14:10,883 選ばれたのは➡ 109 00:14:10,883 --> 00:14:15,388 外交経験が豊富で ドイツとのつながりが強い➡ 110 00:14:15,388 --> 00:14:17,857 パチェッリだった。 111 00:14:17,857 --> 00:14:20,760 第260代ローマ教皇➡ 112 00:14:20,760 --> 00:14:23,763 ピウス12世の 誕生である。 113 00:14:39,879 --> 00:14:43,383 (歓声) 114 00:14:49,355 --> 00:14:56,129 即位から半年後 ドイツがポーランドに侵攻。 115 00:14:56,129 --> 00:15:00,032 第2次世界大戦が勃発した。 116 00:15:04,504 --> 00:15:10,309 バチカンは 中立を宣言するが 独ソ戦が始まると➡ 117 00:15:10,309 --> 00:15:15,615 ピウス12世はドイツを支持するかのような 声明を出した。 118 00:15:32,932 --> 00:15:38,404 このころ ドイツ占領下の ポーランド クラクフでは➡ 119 00:15:38,404 --> 00:15:44,110 のちに教皇となる若者の心に 決意が芽生えていた。 120 00:15:46,546 --> 00:15:51,250 1978年に教皇ヨハネ・パウロ2世となる… 121 00:15:54,754 --> 00:15:57,056 哲学科の学生だったが➡ 122 00:15:57,056 --> 00:16:03,896 大学は閉鎖され 採石場で肉体労働をするようになった。 123 00:16:03,896 --> 00:16:08,000 クラクフには 大規模なゲットーができ➡ 124 00:16:08,000 --> 00:16:14,106 多くのユダヤ人が 近郊の アウシュビッツへと移送されていた。 125 00:16:14,106 --> 00:16:19,712 その中には ヴォイティワの友人も多くいた。 126 00:16:50,877 --> 00:16:55,648 ナチ政権は カトリック教会の指導力を恐れ➡ 127 00:16:55,648 --> 00:16:59,652 政教条約を破り 弾圧を始めていた。 128 00:17:02,755 --> 00:17:09,161 そんな中 ヴォイティワは 地下で組織された神学校に入学した。 129 00:17:09,161 --> 00:17:16,269 見つかれば命の危険もあったが それでも聖職者への道を志した。 130 00:17:22,074 --> 00:17:29,682 ♬~ 131 00:17:29,682 --> 00:17:33,553 これは 1942年に製作された➡ 132 00:17:33,553 --> 00:17:38,257 教皇やバチカンの仕事を紹介する 記録映画である。 133 00:17:51,737 --> 00:17:59,145 バチカンには 戦時下の市民から 助けを求める手紙が届いていた。 134 00:17:59,145 --> 00:18:07,053 ホロコーストを訴えるものも多くあり 情報は教皇まで上げられていた。 135 00:18:13,125 --> 00:18:19,932 これは 2020年に公開された バチカンに届いた手紙。 136 00:18:19,932 --> 00:18:24,737 ユダヤ人迫害を告発し 助けを求める手紙が➡ 137 00:18:24,737 --> 00:18:28,441 少なくとも1万通 見つかっている。 138 00:19:22,862 --> 00:19:25,297 チャーチルとルーズベルトは➡ 139 00:19:25,297 --> 00:19:30,703 ピウス12世に ナチを非難するように求めた。 140 00:19:30,703 --> 00:19:38,911 中立の立場をとり 世界を動かしうる 教皇の強い発言力に期待したのである。 141 00:19:42,615 --> 00:19:47,386 これまでナチとの対決を避けてきた ピウス12世だが➡ 142 00:19:47,386 --> 00:19:53,893 1942年のクリスマス・ミサで 重い腰を上げた。 143 00:20:15,047 --> 00:20:17,516 ナチの怒りを買うことを恐れ➡ 144 00:20:17,516 --> 00:20:24,290 「ナチ」という言葉も 「ユダヤ人」という言葉も使わなかった。 145 00:20:24,290 --> 00:20:31,030 ひそかにユダヤ人救済には動いていたが 表立って行動を起こすことはなかった。 146 00:20:31,030 --> 00:20:34,233 その葛藤を打ち明けている。 147 00:21:18,043 --> 00:21:20,646 聖職者たちの中には➡ 148 00:21:20,646 --> 00:21:27,753 戦後 ユダヤ人迫害の実行者たちの 海外逃亡を助けた者もいる。 149 00:21:27,753 --> 00:21:34,360 バチカンには 反共ゆえの 親ナチの聖職者もいたといわれる。 150 00:21:38,497 --> 00:21:40,766 逃亡者の中には➡ 151 00:21:40,766 --> 00:21:45,638 収容者の人体実験を行った ヨーゼフ・メンゲレや➡ 152 00:21:45,638 --> 00:21:49,708 絶滅収容所への移送を 監督した➡ 153 00:21:49,708 --> 00:21:53,212 アドルフ・アイヒマンも 含まれていた。 154 00:21:55,381 --> 00:22:00,586 これは アイヒマンの 偽造パスポート。 155 00:22:00,586 --> 00:22:03,322 リカルド・クレメントの 名をかたり➡ 156 00:22:03,322 --> 00:22:06,225 アルゼンチンへ渡った。 157 00:22:08,160 --> 00:22:15,734 利用されたのが バチカンが作った 教皇庁難民支援委員会だった。 158 00:22:15,734 --> 00:22:22,308 大勢の難民に向け パスポート取得に 必要な証明書を発行していた。 159 00:22:22,308 --> 00:22:27,213 その仕組みが 戦犯たちの逃亡に悪用された。 160 00:22:28,881 --> 00:22:37,590 多くの逃亡に関与した司教は 回顧録で自身の行いを正当化している。 161 00:23:11,423 --> 00:23:19,732 教皇やバチカンが 組織的な関与を していたのかどうかは 分かっていない。 162 00:23:19,732 --> 00:23:25,037 最新資料の調査が現在も行われている。 163 00:23:31,210 --> 00:23:38,550 ピウス12世は 1958年に 82歳でこの世を去るまで➡ 164 00:23:38,550 --> 00:23:43,122 ユダヤ人に対して 謝罪することはなかった。 165 00:23:43,122 --> 00:23:49,628 だが 遺言には深い苦悩が刻まれている。 166 00:24:43,415 --> 00:24:49,755 戦争に勝利したソ連は ドイツから解放した東欧を支配下に置き➡ 167 00:24:49,755 --> 00:24:53,993 共産主義の波は 西へと押し寄せていた。 168 00:24:53,993 --> 00:24:58,697 その波はバチカンの足元にも迫っていた。 169 00:25:00,299 --> 00:25:05,604 ♬~ 170 00:25:17,750 --> 00:25:22,521 イタリアでも 共産党への支持が広がっていた。 171 00:25:22,521 --> 00:25:28,127 危機感を抱いたバチカンは 総選挙に向け 動きだす。 172 00:25:40,906 --> 00:25:45,210 バチカンが手を組んだのが アメリカだった。 173 00:25:50,883 --> 00:25:57,556 CIAの要請に応じ アメリカに住む イタリア系移民に手紙を書かせ➡ 174 00:25:57,556 --> 00:26:03,562 本国にいる親族が 共産党に票を投じないよう働きかけた。 175 00:26:08,200 --> 00:26:15,007 投票率は90%を超え キリスト教民主党の勝利に貢献した。 176 00:26:18,510 --> 00:26:25,117 バチカンは 冷戦下の西側陣営の 重要な拠点となっていった。 177 00:26:32,057 --> 00:26:34,960 (アラート音) 178 00:26:34,960 --> 00:26:38,197 1962年10月。 179 00:26:38,197 --> 00:26:42,634 世界は 核戦争の瀬戸際に立たされていた。 180 00:26:42,634 --> 00:26:45,204 ソ連が アメリカの隣国 キューバに➡ 181 00:26:45,204 --> 00:26:47,139 核ミサイルを持ち込んだ➡ 182 00:26:47,139 --> 00:26:49,141 キューバ危機である。 183 00:27:01,153 --> 00:27:07,159 この緊張のただ中で ローマ教皇が大きな役割を果たしている。 184 00:27:08,827 --> 00:27:14,700 当時の教皇は ピウス12世の後を継いだヨハネ23世。 185 00:27:14,700 --> 00:27:20,205 共産主義との対決姿勢を前面に 出した前任者とは異なり➡ 186 00:27:20,205 --> 00:27:23,809 対話を重視する教皇だった。 187 00:27:29,314 --> 00:27:32,618 ひそかに バチカンの外交ルートを通じて➡ 188 00:27:32,618 --> 00:27:35,988 ケネディとフルシチョフに メッセージを送り➡ 189 00:27:35,988 --> 00:27:39,591 仲介役を務めることを申し出た。 190 00:27:42,194 --> 00:27:46,999 ケネディが アメリカ初の カトリックの大統領であったことも➡ 191 00:27:46,999 --> 00:27:49,902 教皇との対話を後押しした。 192 00:27:54,873 --> 00:27:57,943 危機が最高潮に達した その時➡ 193 00:27:57,943 --> 00:28:03,849 ヨハネ23世は ラジオで世界に向けて声を発する。 194 00:28:32,377 --> 00:28:38,183 翌日 ソ連共産党の機関紙「プラウダ」は➡ 195 00:28:38,183 --> 00:28:43,088 教皇のメッセージを好意的に掲載した。 196 00:28:56,535 --> 00:29:03,675 そして2日後 フルシチョフは キューバの核ミサイルを撤去。 197 00:29:03,675 --> 00:29:08,981 世界は 破局の一歩手前で踏みとどまった。 198 00:29:18,690 --> 00:29:21,259 危機から7か月後➡ 199 00:29:21,259 --> 00:29:26,031 ヨハネ23世が この世を去った。 200 00:29:26,031 --> 00:29:29,701 フルシチョフは 公式の弔電を送る。 201 00:29:29,701 --> 00:29:34,406 ソ連の最高指導者がとった 異例の行動だった。 202 00:29:56,795 --> 00:29:59,297 1962年。 203 00:29:59,297 --> 00:30:05,704 カトリック教会が自らを変えようとした 世紀の大改革が始まった。 204 00:30:05,704 --> 00:30:08,607 第二バチカン公会議である。 205 00:30:11,143 --> 00:30:15,847 教会のあり方を決める最も権威ある会議。 206 00:30:15,847 --> 00:30:19,751 およそ100年ぶりの開催となった。 207 00:30:24,623 --> 00:30:31,330 教会は初めて 民主主義の価値を 公に認め➡ 208 00:30:31,330 --> 00:30:37,936 信教の自由など 世界と対話する教会への 転換を宣言した。 209 00:30:44,576 --> 00:30:50,982 1978年10月 新たな教皇が誕生した。 210 00:30:56,655 --> 00:30:58,957 (歓声) 211 00:30:58,957 --> 00:31:04,529 ナチ占領下のポーランドで神学を志した カロル・ヴォイティワが➡ 212 00:31:04,529 --> 00:31:09,067 ヨハネ・パウロ2世として即位した。 213 00:31:09,067 --> 00:31:14,005 イタリア人ではない教皇は 450年ぶり。 214 00:31:14,005 --> 00:31:19,111 社会主義圏の出身として 初めての教皇だった。 215 00:31:29,421 --> 00:31:36,461 母国ポーランドは 国民の9割 3,000万人が カトリック信徒。 216 00:31:36,461 --> 00:31:41,066 人々は 即位式のスピーチに耳を傾けた。 217 00:31:41,066 --> 00:31:44,269 (拍手) 218 00:32:18,603 --> 00:32:24,409 「恐れるな」という言葉は 人々の心を震わせ➡ 219 00:32:24,409 --> 00:32:29,314 やがて 歴史を動かす潮流へと つながっていく。 220 00:32:31,616 --> 00:32:37,722 就任翌年 ヨハネ・パウロ2世は 母国の地を踏んだ。 221 00:32:40,926 --> 00:32:44,529 共産党政権は 教皇の訪問が➡ 222 00:32:44,529 --> 00:32:48,767 抑え込んできた反体制運動を 刺激することを恐れ➡ 223 00:32:48,767 --> 00:32:53,171 数十万人規模で警戒に当たった。 224 00:32:53,171 --> 00:32:56,374 (歓声) 225 00:32:56,374 --> 00:33:04,683 ワルシャワには 市の人口を大きく上回る 200万人が詰めかけた。 226 00:33:27,038 --> 00:33:31,443 (拍手) 227 00:33:31,443 --> 00:33:36,348 ミサが終わると 聖歌の合唱が わき起こった。 228 00:33:38,216 --> 00:33:54,032 ♬~ 229 00:34:25,630 --> 00:34:27,866 教皇の訪問は➡ 230 00:34:27,866 --> 00:34:31,236 抑圧に耐えてきた 人々の中に➡ 231 00:34:31,236 --> 00:34:35,540 変革への意志を目覚めさせていく。 232 00:34:42,547 --> 00:34:45,884 そして レフ・ワレサ率いる➡ 233 00:34:45,884 --> 00:34:50,155 独立労働組合 「連帯」が中心となり➡ 234 00:34:50,155 --> 00:34:54,359 民主化を求める大きなうねりが 巻き起こった。 235 00:34:56,561 --> 00:35:01,833 ヨハネ・パウロ2世は バチカンを訪れたワレサに対し➡ 236 00:35:01,833 --> 00:35:06,338 「連帯」への支持をはっきりと示した。 237 00:35:30,195 --> 00:35:33,965 1981年5月13日。 238 00:35:33,965 --> 00:35:39,070 バチカンのサン・ピエトロ広場で 衝撃的な事件が起きる。 239 00:35:42,040 --> 00:35:44,042 (銃声) 240 00:35:46,711 --> 00:35:51,116 2発の銃弾がヨハネ・パウロ2世を襲った。 241 00:35:53,852 --> 00:36:01,359 腹部を撃たれ 重傷を負ったが 教皇は 一命を取り留めた。 242 00:36:05,463 --> 00:36:10,669 犯人は 現行犯逮捕され その後➡ 243 00:36:10,669 --> 00:36:15,774 ソ連の諜報機関 KGBの関与を口にした。 244 00:36:22,280 --> 00:36:25,116 重傷から復帰した教皇は➡ 245 00:36:25,116 --> 00:36:30,522 その後もポーランドを訪れ 人々を鼓舞し続ける。 246 00:36:39,964 --> 00:36:47,639 教皇は「連帯」が結成されたグダニスクでも スピーチを行った。 247 00:36:47,639 --> 00:36:55,513 連帯は 単なる労働運動ではなく 尊厳と自由を求める運動であると語り➡ 248 00:36:55,513 --> 00:37:00,118 「連帯」は 世界的な支持を集めていく。 249 00:37:18,369 --> 00:37:22,173 1989年6月。 250 00:37:22,173 --> 00:37:26,878 人々はついに自由選挙を実現させた。 251 00:37:29,280 --> 00:37:32,884 「連帯」の圧勝だった。 252 00:37:35,887 --> 00:37:41,593 東側陣営で初めて 非共産党政権が誕生した。 253 00:37:48,466 --> 00:37:55,140 民主化の波は 瞬く間に 周辺国に広がっていく。 254 00:37:55,140 --> 00:37:58,009 連鎖が連鎖を呼んで➡ 255 00:37:58,009 --> 00:38:02,514 冷戦体制は 崩壊へと向かった。 256 00:38:17,695 --> 00:38:19,631 その年の12月。 257 00:38:19,631 --> 00:38:25,937 ソ連の最高指導者として初めて ゴルバチョフがバチカンを訪れた。 258 00:38:30,775 --> 00:38:34,646 2日後 冷戦終結が宣言される。 259 00:38:34,646 --> 00:38:38,283 教皇 ヨハネ・パウロ2世から 始まった一歩が➡ 260 00:38:38,283 --> 00:38:41,986 世界をここまで運んできた。 261 00:39:18,923 --> 00:39:27,332 2000年3月 ヨハネ・パウロ2世の姿は イスラエルにあった。 262 00:39:40,612 --> 00:39:43,514 キリスト教徒による反ユダヤ主義が➡ 263 00:39:43,514 --> 00:39:47,919 ホロコーストの背景の一部に あったことを認め➡ 264 00:39:47,919 --> 00:39:52,390 ユダヤ教の聖地で謝罪を行った。 265 00:39:52,390 --> 00:40:00,098 カトリックとユダヤ教の和解を象徴する 歴史的な瞬間だった。 266 00:40:42,707 --> 00:40:47,545 21世紀に入り バチカンに衝撃が走る。 267 00:40:47,545 --> 00:40:57,155 聖職者による児童への性的虐待と隠ぺいが 世界中で次々と明るみに出た。 268 00:40:57,155 --> 00:41:00,391 教会は 激しい非難にさらされ➡ 269 00:41:00,391 --> 00:41:04,395 その権威は 大きく揺らいだ。 270 00:41:13,304 --> 00:41:17,275 ヨハネ・パウロ2世の後を継いだ ベネディクト16世は➡ 271 00:41:17,275 --> 00:41:22,714 事態を収めることができないまま 生前退位した。 272 00:41:22,714 --> 00:41:25,917 600年ぶりのことだった。 273 00:41:35,059 --> 00:41:38,930 新教皇として 信頼回復を託されたのは➡ 274 00:41:38,930 --> 00:41:43,801 アルゼンチン出身のフランシスコだった。 275 00:41:43,801 --> 00:41:48,239 1,300年ぶりの 非ヨーロッパ人の 教皇は➡ 276 00:41:48,239 --> 00:41:55,046 バチカンの慣習にとらわれることなく 大胆な改革に踏み出していく。 277 00:42:00,618 --> 00:42:04,021 女性の役割拡大を進め➡ 278 00:42:04,021 --> 00:42:09,227 バチカン行政の要職に 初めて修道女を登用した。 279 00:42:11,629 --> 00:42:19,937 また教皇として初めて 同性愛者も 尊厳ある神の子であると認めた。 280 00:42:48,433 --> 00:42:59,777 ♬~ 281 00:42:59,777 --> 00:43:02,180 去年5月に即位した➡ 282 00:43:02,180 --> 00:43:05,583 教皇レオ14世。 283 00:43:05,583 --> 00:43:09,287 初めてのクリスマス・ミサに臨んだ。 284 00:43:10,988 --> 00:43:18,696 暴力が広がる世界で 平和を築くために 何ができるのか➡ 285 00:43:18,696 --> 00:43:21,699 答えを探し続けている。 286 00:43:45,223 --> 00:43:47,225 (泣き声) 287 00:44:09,413 --> 00:44:42,113 ♬~