1 00:00:00,934 --> 00:00:08,976 ♬~ 2 00:00:08,976 --> 00:00:12,579 社会主義の大国 ソビエトに侵攻されながらも➡ 3 00:00:12,579 --> 00:00:16,984 20年間にわたり 抵抗を続けた国があった。 4 00:00:18,719 --> 00:00:22,022 ソビエトの衛星国家… 5 00:00:31,698 --> 00:00:37,004 当時 チェコは民主化や 市場経済の導入などを推し進め➡ 6 00:00:37,004 --> 00:00:40,607 資本主義寄りの政策をとっていた。 7 00:00:43,544 --> 00:00:46,113 その動きを警戒したソビエトは➡ 8 00:00:46,113 --> 00:00:51,518 軍事侵攻に踏み切り 一般市民にも銃を向けた。 9 00:00:56,857 --> 00:01:01,962 (銃声) 10 00:01:01,962 --> 00:01:03,964 自由の芽は摘み取られ➡ 11 00:01:03,964 --> 00:01:08,368 長く暗い冬の時代が始まった。 12 00:01:11,572 --> 00:01:15,208 だが チェコの人々は諦めなかった。 13 00:01:15,208 --> 00:01:21,014 ソビエトによる支配にあらがい 自由を求めて闘い続けた。 14 00:01:28,322 --> 00:01:31,124 ソビエトの侵攻から 20年後。 15 00:01:31,124 --> 00:01:36,930 市民は 自らの力で自由を勝ち取り 革命を成し遂げた。 16 00:01:40,801 --> 00:01:46,306 この革命は 犠牲者を出さず 絹のように滑らかに果たされたことから… 17 00:01:48,342 --> 00:01:50,344 …と名付けられた。 18 00:01:57,017 --> 00:02:01,555 その陰に 革命と同じ名を持つ アメリカのロックバンドが➡ 19 00:02:01,555 --> 00:02:04,658 大きく関わっていた。 20 00:02:35,489 --> 00:02:40,794 誰かの ささやかな営みが 時に 世界を動かすことがある。 21 00:02:40,794 --> 00:02:46,199 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 22 00:02:46,199 --> 00:02:51,038 音楽の力が 時と場所をこえて 世界を変えた➡ 23 00:02:51,038 --> 00:02:53,874 奇跡の物語である。 24 00:02:53,874 --> 00:03:03,884 ♬~ 25 00:03:06,186 --> 00:03:08,889 物語の始まりは… 26 00:03:13,460 --> 00:03:17,564 この街で ひとつのロックバンドが結成された。 27 00:03:20,934 --> 00:03:22,936 その名は… 28 00:03:27,107 --> 00:03:30,944 バンドを率いたのは 23歳のルー・リード。 29 00:03:30,944 --> 00:03:33,780 ゲイであることを公言していた。 30 00:03:33,780 --> 00:04:04,177 ♬~ 31 00:04:04,177 --> 00:04:08,048 当時 同性愛は精神疾患の ひとつと見なされ➡ 32 00:04:08,048 --> 00:04:10,851 根強い差別や偏見に さらされていた。 33 00:04:15,288 --> 00:04:20,127 その抑圧にあらがうように リードは同性愛やドラッグなど➡ 34 00:04:20,127 --> 00:04:23,930 当時 タブーとされていたことを 赤裸々に歌った。 35 00:04:56,963 --> 00:05:00,800 ヴェルヴェットの音楽は セールスの面では振るわなかったが➡ 36 00:05:00,800 --> 00:05:07,607 その暗い叙情性と文学的な詞は 一部の若者たちを熱狂させた。 37 00:05:15,348 --> 00:05:19,152 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが デビューして間もない頃➡ 38 00:05:19,152 --> 00:05:22,355 一人のチェコ人が ニューヨークを訪れた。 39 00:05:32,299 --> 00:05:37,003 作品が 初めて アメリカで上演されることになったのだ。 40 00:05:51,651 --> 00:05:55,222 上演に合わせて 1か月ほど滞在したアメリカで➡ 41 00:05:55,222 --> 00:05:59,960 ハヴェルは さまざまな西側文化に触れた。 42 00:05:59,960 --> 00:06:04,164 そのひとつが 音楽だった。 43 00:06:23,783 --> 00:06:25,785 ハヴェルが偶然 手に取ったのが➡ 44 00:06:25,785 --> 00:06:29,489 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの レコードだった。 45 00:06:56,483 --> 00:06:59,753 ハヴェルは ヴェルヴェット・ アンダーグラウンドのレコードを➡ 46 00:06:59,753 --> 00:07:02,255 母国に持ち帰った。 47 00:07:02,255 --> 00:07:08,862 このことが 後にチェコスロバキアの 運命を大きく変えることになる。 48 00:07:14,234 --> 00:07:19,572 この時期 長年 共産党が一党支配を 続けていたチェコスロバキアは➡ 49 00:07:19,572 --> 00:07:22,475 大きな転換点を迎えていた。 50 00:07:25,845 --> 00:07:33,053 1968年1月 改革派の政治家 ドプチェクが第一書記に就任。 51 00:07:33,053 --> 00:07:38,058 「プラハの春」と呼ばれる 民主化運動を主導した。 52 00:07:40,927 --> 00:07:46,433 目指したのは 社会主義と自由を 両立させることだった。 53 00:07:48,835 --> 00:07:52,639 (拍手) 54 00:08:10,023 --> 00:08:12,325 (拍手) 55 00:08:17,764 --> 00:08:22,602 ドプチェクは 「検閲の廃止」や 「共産党一党支配の是正」➡ 56 00:08:22,602 --> 00:08:26,506 そして「言論の自由」を約束した。 57 00:08:28,441 --> 00:08:33,747 この雪解けは 市民の暮らしに大きな変化をもたらした。 58 00:08:36,216 --> 00:08:41,921 ファッションは西欧化し 若者たちは ミニスカートで街を闊歩した。 59 00:08:48,728 --> 00:08:54,534 中でも表現の自由は 多くのアーティストの才能を開花させた。 60 00:08:54,534 --> 00:09:00,039 魅力的なルックスと歌声で 一躍 国民的スターとなったのが… 61 00:09:07,013 --> 00:09:10,717 平和な時代が続くことを願った 「マルタの祈り」は➡ 62 00:09:10,717 --> 00:09:15,121 「プラハの春」を象徴する 大ヒット曲となった。 63 00:09:17,123 --> 00:09:49,622 ♬~ 64 00:10:11,077 --> 00:10:15,982 西側の音楽も 検閲が緩和され 自由に楽しめるようになった。 65 00:10:21,087 --> 00:10:23,790 ハヴェルが持ち帰った ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの➡ 66 00:10:23,790 --> 00:10:28,995 レコードも大量にコピーされ 若者の間で流行し始める。 67 00:10:34,501 --> 00:10:39,305 その音楽に心酔し あるロックバンドが結成された。 68 00:10:42,742 --> 00:10:45,745 通称PPU。 69 00:10:48,114 --> 00:10:55,822 リーダーは 精肉店の見習いとして働く 17歳の若者 ミラン・フラヴサだった。 70 00:11:24,851 --> 00:11:31,624 ♬~ 71 00:11:31,624 --> 00:11:35,795 PPUは チェコで人気バンドとなった。 72 00:11:35,795 --> 00:11:38,431 しかし 海の向こうのルー・リードが➡ 73 00:11:38,431 --> 00:11:41,334 このことを知ることはなかった。 74 00:11:45,705 --> 00:11:50,643 知識人たちも 「プラハの春」を 後押ししようと動きだした。 75 00:11:50,643 --> 00:11:54,247 改革派の作家が 民主化を支持する文書➡ 76 00:11:54,247 --> 00:11:56,683 「二千語宣言」を発表。 77 00:11:56,683 --> 00:11:59,586 市民たちに署名を 呼びかけた。 78 00:12:04,290 --> 00:12:07,994 著名人の中で いち早く呼びかけに応じたのは➡ 79 00:12:07,994 --> 00:12:10,797 体操選手のベラ・チャスラフスカ。 80 00:12:18,171 --> 00:12:23,309 1964年の東京オリンピックで 3つの金メダルを獲得した➡ 81 00:12:23,309 --> 00:12:25,812 国民的スターだった。 82 00:12:56,643 --> 00:13:01,881 チャスラフスカをはじめ 多くの有名人も 賛同した「二千語宣言」には➡ 83 00:13:01,881 --> 00:13:06,085 ひとつきで 13万人もの署名が集まった。 84 00:13:09,722 --> 00:13:15,128 しかし 「プラハの春」は 長くは続かなかった。 85 00:13:21,100 --> 00:13:26,906 突如として プラハの街を 数千台の戦車が埋め尽くした。 86 00:13:26,906 --> 00:13:31,077 チェコスロバキアの急激な民主化を 警戒したソビエトが➡ 87 00:13:31,077 --> 00:13:36,382 ワルシャワ条約機構軍を率いて 軍事侵攻を始めたのだ。 88 00:13:40,420 --> 00:13:46,192 (銃声) 89 00:13:46,192 --> 00:13:53,199 抵抗する市民は容赦なく撃たれ 一晩で数十人が犠牲になることもあった。 90 00:13:57,537 --> 00:14:04,444 これは 若者たちが武器を持たず 戦車に立ちはだかる映像である。 91 00:14:08,715 --> 00:14:15,822 片言のロシア語で ソビエト兵士に 詰め寄り 抵抗の意思を示す若者もいた。 92 00:14:28,067 --> 00:14:33,573 ニューヨークから帰国したばかりの 劇作家ハヴェルも立ち上がった。 93 00:14:33,573 --> 00:14:37,310 弾圧を逃れながら 放送を続けるラジオ局から➡ 94 00:14:37,310 --> 00:14:40,613 市民に向け メッセージを発した。 95 00:15:24,290 --> 00:15:27,960 抵抗の連帯は スポーツ界にも広がる。 96 00:15:27,960 --> 00:15:32,165 軍事介入の2か月後に開催された メキシコオリンピック。 97 00:15:56,055 --> 00:15:58,291 チェコのチャスラフスカは➡ 98 00:15:58,291 --> 00:16:02,762 鬼気迫る演技で 体操王国ソビエトの選手を圧倒。 99 00:16:02,762 --> 00:16:06,666 4つの金メダルを獲得した。 100 00:16:19,212 --> 00:16:24,317 床運動では ソビエトの選手と同点優勝となった。 101 00:16:30,823 --> 00:16:34,026 (歓声と拍手) 102 00:16:36,963 --> 00:16:41,567 ソビエト国歌の演奏が始まった時だった。 103 00:16:48,508 --> 00:16:53,012 ソビエト国旗から 目を背け うつむいた。 104 00:17:08,427 --> 00:17:16,636 (歓声と拍手) 105 00:17:19,205 --> 00:17:25,611 しかし ソビエトによる 支配は終わらなかった。 106 00:17:25,611 --> 00:17:28,347 議会は ソビエトの圧力に屈し➡ 107 00:17:28,347 --> 00:17:33,953 軍隊の駐留を認める条約を 圧倒的多数で批准した。 108 00:17:43,195 --> 00:17:48,968 翌年には ソビエトに忠実な フサークが第一書記に就任。 109 00:17:48,968 --> 00:17:54,173 国民の支持を集めた「プラハの春」は 終わりを告げた。 110 00:18:17,830 --> 00:18:23,936 (拍手) 111 00:18:26,072 --> 00:18:28,774 再び検閲が強化され➡ 112 00:18:28,774 --> 00:18:34,280 反体制的と見なされた人物への 弾圧も激しさを増していく。 113 00:18:38,084 --> 00:18:42,888 「正常化」と呼ばれる 長く暗い時代の始まりである。 114 00:18:49,462 --> 00:18:53,165 ソビエトの侵略に抵抗した劇作家 ハヴェルは➡ 115 00:18:53,165 --> 00:18:58,771 全ての作品の公開を禁じられ ビール工場で働いていた。 116 00:19:03,409 --> 00:19:05,478 体操選手のチャスラフスカは➡ 117 00:19:05,478 --> 00:19:10,216 民主化を支持する「二千語宣言」に 署名したことが問題視され➡ 118 00:19:10,216 --> 00:19:13,219 その撤回を迫られた。 119 00:19:15,988 --> 00:19:20,793 しかし 断固として要求をはねつけた。 120 00:19:40,746 --> 00:19:44,617 その後 スポーツ界から追放された チャスラフスカは➡ 121 00:19:44,617 --> 00:19:51,824 就職活動すら許されず 身元を伏せ 清掃の仕事をして働き続けた。 122 00:20:00,132 --> 00:20:03,302 一方 ニューヨークで 活動を続けていた➡ 123 00:20:03,302 --> 00:20:08,407 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの セールスは振るわないままだった。 124 00:20:12,611 --> 00:20:17,917 これは 1969年に撮影された ライブ映像。 125 00:20:17,917 --> 00:20:21,287 この翌年 ルー・リードは レコード会社から➡ 126 00:20:21,287 --> 00:20:24,924 ドラッグなどを 曲のテーマにしないよう求められ➡ 127 00:20:24,924 --> 00:20:29,929 嫌気がさし ツアーの途中で突如 バンドを脱退した。 128 00:20:36,502 --> 00:20:47,913 ♬~ 129 00:21:03,596 --> 00:21:08,000 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに 心酔し 結成されたPPUが➡ 130 00:21:08,000 --> 00:21:14,406 1976年 国の秩序を乱した という罪で逮捕された。 131 00:21:17,076 --> 00:21:22,982 国営テレビは バンドが いかに非道徳的であるかを あおりたてた。 132 00:21:53,312 --> 00:21:59,618 この時 PPUは既に 公の場での演奏を禁じられていた。 133 00:22:02,154 --> 00:22:06,792 逮捕の理由は バンドマネージャーの 結婚式のパーティーで➡ 134 00:22:06,792 --> 00:22:09,295 曲を披露したことだった。 135 00:22:12,498 --> 00:22:14,833 この逮捕に声を上げたのが➡ 136 00:22:14,833 --> 00:22:19,038 地下で 演劇活動を続けていた ハヴェルだった。 137 00:22:21,073 --> 00:22:25,811 このままでは チェコから 表現の自由が全て失われてしまうと➡ 138 00:22:25,811 --> 00:22:28,814 強い危機感を抱いた。 139 00:23:08,721 --> 00:23:15,427 ハヴェルは PPUの逮捕に対して 共に抗議するよう 周囲に説いて回った。 140 00:23:17,062 --> 00:23:20,399 この行動は 知識人たちの支持を集め➡ 141 00:23:20,399 --> 00:23:24,903 次第に 反体制派のコミュニティーが 形成されていく。 142 00:23:30,376 --> 00:23:36,715 逮捕の翌年 ハヴェルたちは 政府への抗議文「憲章77」を発表。 143 00:23:36,715 --> 00:23:40,719 表現の自由や 人権の尊重を求めた。 144 00:23:42,388 --> 00:23:46,625 そして ハヴェルは「憲章77」の スポークスマンとして➡ 145 00:23:46,625 --> 00:23:51,030 チェコの民主化運動を 牽引する存在となっていく。 146 00:24:17,690 --> 00:24:23,696 そんなハヴェルを当局も強く警戒し 厳しい監視下に置くようになる。 147 00:24:28,267 --> 00:24:33,072 犬の散歩をする時ですら 警官が付きまとった。 148 00:24:42,681 --> 00:24:47,553 その執拗な監視の実態を ハヴェルは仲間と共に撮影し➡ 149 00:24:47,553 --> 00:24:50,656 海外のメディアに発信した。 150 00:25:44,710 --> 00:25:48,280 1979年 ハヴェルは ついに➡ 151 00:25:48,280 --> 00:25:50,883 共和国転覆行為の罪を着せられ➡ 152 00:25:50,883 --> 00:25:54,787 懲役4年半の実刑判決を受ける。 153 00:25:57,523 --> 00:26:05,330 その間 自由な芸術を求める人々が 足を運んだのは PPUのライブだった。 154 00:26:11,737 --> 00:26:15,240 刑期を終えたメンバーは ハヴェルから別荘を借り受け➡ 155 00:26:15,240 --> 00:26:20,746 ひそかに だが 精力的にライブ活動を行っていた。 156 00:26:23,482 --> 00:26:29,688 そこには 当局の目を盗み 毎回 200人ほどの人々が詰めかけた。 157 00:26:58,317 --> 00:27:02,721 ハヴェルが刑務所を出たのは 1983年のことだった。 158 00:27:20,572 --> 00:27:26,278 ハヴェルは出所後すぐに 「憲章77」の活動に復帰した。 159 00:27:30,349 --> 00:27:34,219 当局の厳しい監視の下 賛同者を募りながら➡ 160 00:27:34,219 --> 00:27:37,923 抵抗を諦めることなく続けていく。 161 00:27:44,696 --> 00:27:48,967 1989年11月17日➡ 162 00:27:48,967 --> 00:27:53,405 プラハで 大規模な 学生集会が開かれた。 163 00:27:53,405 --> 00:28:01,113 50年前のこの日 ナチスに殺害された プラハの学生の死を追悼する集会だった。 164 00:28:16,361 --> 00:28:18,463 (拍手) 165 00:28:22,901 --> 00:28:30,042 ところが 集会は次第に共産党政権に 対する抗議デモへと発展していく。 166 00:28:30,042 --> 00:28:34,680 この1週間前 隣国ドイツのベルリンの壁が崩壊し➡ 167 00:28:34,680 --> 00:28:40,686 自由を求める機運が高まっていたことが 学生たちの背中を押した。 168 00:28:45,791 --> 00:28:48,994 事態を鎮めようと 当局は軍隊を派遣するが➡ 169 00:28:48,994 --> 00:28:52,698 かえって デモは勢いを増していく。 170 00:29:07,512 --> 00:29:12,918 この学生デモを チェコ全体を巻き込む 大きなうねりへと導いたのが➡ 171 00:29:12,918 --> 00:29:15,320 ハヴェルだった。 172 00:29:18,056 --> 00:29:23,962 ハヴェルは 事態の推移を見守っていた 市民たちに団結を呼びかけた。 173 00:29:41,613 --> 00:29:47,919 ハヴェルの訴えに市民も応じ 連日のデモは 20万人規模に達した。 174 00:29:47,919 --> 00:29:53,425 しかし 共産党幹部は なおも 事態の沈静化を図る。 175 00:30:00,966 --> 00:30:07,072 だが 一度あふれ出した民衆の怒りを 鎮めるすべはなかった。 176 00:30:37,102 --> 00:30:43,809 これまで 共産党の宣伝機関と化していた 国営テレビも立ち上がった。 177 00:31:04,262 --> 00:31:09,468 11月24日 ついに その時がやって来た。 178 00:31:27,319 --> 00:31:31,823 (歓声と拍手) 179 00:31:38,296 --> 00:31:43,902 ソビエトの侵攻から20年間 人々は諦めなかった。 180 00:31:47,939 --> 00:31:53,145 市民が新たな大統領に選んだのは ハヴェルだった。 181 00:32:10,729 --> 00:32:15,066 ハヴェルは 人々に語りかけた。 182 00:32:15,066 --> 00:32:20,472 (歓声と拍手) 183 00:32:41,193 --> 00:32:43,962 この革命を祝うため 登場したのは➡ 184 00:32:43,962 --> 00:32:47,866 かつての 国民的歌手 マルタ・クビショヴァ。 185 00:32:54,206 --> 00:33:24,069 ♬~ 186 00:33:24,069 --> 00:33:31,176 (歓声と拍手) 187 00:33:31,176 --> 00:33:38,383 身を潜めていた あの国民的スター選手も 20年ぶりに姿を現した。 188 00:33:47,759 --> 00:33:53,465 (歓声) 189 00:34:13,785 --> 00:34:18,290 (歓声) 190 00:34:20,859 --> 00:34:24,362 名誉を回復された チャスラフスカは その後➡ 191 00:34:24,362 --> 00:34:28,266 大統領補佐官として ハヴェルを支えた。 192 00:34:33,605 --> 00:34:39,511 この前代未聞の無血革命は 絹のように 滑らかに果たされたことから… 193 00:34:42,314 --> 00:34:44,516 …と呼ばれた。 194 00:34:50,021 --> 00:34:55,226 この革命について ハヴェルは後に こう語っている。 195 00:35:31,696 --> 00:35:40,872 ♬~ 196 00:35:40,872 --> 00:35:44,509 革命の翌年 ニューヨークから 一人の男が➡ 197 00:35:44,509 --> 00:35:48,313 大統領のいる プラハ城を訪れた。 198 00:35:57,088 --> 00:36:00,592 アメリカの雑誌から 取材依頼を受けたハヴェルが➡ 199 00:36:00,592 --> 00:36:04,195 リードを インタビュアーに指名したのだ。 200 00:36:27,686 --> 00:36:29,688 (笑い声) 201 00:37:26,845 --> 00:37:33,251 この日の夜 リードはプラハの 人々のために小さなステージに立った。 202 00:37:42,694 --> 00:37:47,832 一緒に ステージに上がったのは あのPPUのメンバーだった。 203 00:37:47,832 --> 00:38:02,714 ♬~ 204 00:38:02,714 --> 00:38:07,919 リードは この夜のことを後に こう振り返っている。 205 00:39:11,916 --> 00:39:18,523 (歓声と拍手) 206 00:39:23,861 --> 00:39:26,798 自由を求めて闘ったハヴェルの精神は➡ 207 00:39:26,798 --> 00:39:31,002 その後 世界各地の人々へと受け継がれていく。 208 00:39:40,044 --> 00:39:44,649 非暴力的手段で 中国の民主化を訴え続けた… 209 00:39:47,385 --> 00:39:52,991 ハヴェルの「憲章77」を参考に 「零八憲章」を起草していた。 210 00:40:08,506 --> 00:40:12,443 しかし 民主化運動を危惧した中国当局は➡ 211 00:40:12,443 --> 00:40:16,247 「零八憲章」発表直前に 劉を逮捕。 212 00:40:16,247 --> 00:40:20,852 ノーベル平和賞の授賞式への出席は かなわなかった。 213 00:40:26,324 --> 00:40:32,830 「零八憲章」は 逮捕の翌日 インターネットで全世界に発表された。 214 00:40:53,017 --> 00:40:58,156 2011年には 北アフリカや中東で 大規模な民主化運動➡ 215 00:40:58,156 --> 00:41:01,392 「アラブの春」が巻き起こった。 216 00:41:01,392 --> 00:41:05,596 この運動にも ハヴェルの精神が 息づいていた。 217 00:41:08,466 --> 00:41:11,069 革命のさなか ハヴェルの著書が➡ 218 00:41:11,069 --> 00:41:13,004 アラビア語に翻訳され➡ 219 00:41:13,004 --> 00:41:16,407 市民たちの間で回し読みされた。 220 00:41:31,189 --> 00:41:36,761 ハヴェルとリードは その後 生涯にわたって親交を深めた。 221 00:41:36,761 --> 00:41:40,765 これは 1998年➡ 222 00:41:40,765 --> 00:41:45,370 ハヴェルが ホワイトハウスに 招かれた時の映像である。 223 00:41:47,138 --> 00:41:51,876 そこには ハヴェルのたっての希望で ルー・リードも招かれ➡ 224 00:41:51,876 --> 00:41:56,681 ホワイトハウスには不釣り合いな 大音響が鳴り響いた。 225 00:41:56,681 --> 00:42:03,454 ♬~ 226 00:42:03,454 --> 00:42:07,959 (拍手) 227 00:42:18,035 --> 00:42:24,142 (拍手) 228 00:42:45,430 --> 00:42:54,539 (拍手) 229 00:42:58,075 --> 00:43:00,912 ハヴェルは 2011年に➡ 230 00:43:00,912 --> 00:43:03,347 ルー・リードは 2013年に➡ 231 00:43:03,347 --> 00:43:05,750 この世を去った。 232 00:43:13,758 --> 00:43:19,397 ルー・リードの死から2か月後 プラハで追悼イベントが開催された。 233 00:43:19,397 --> 00:43:21,899 題して… 234 00:43:28,106 --> 00:43:35,213 このイベントに登場したPPUのメンバーは 2人の死を悼み こう語った。 235 00:44:15,286 --> 00:44:40,778 ♬~