1 00:00:01,134 --> 00:00:07,040 ♬~ 2 00:00:07,040 --> 00:00:09,142 (叫び声) 3 00:00:15,582 --> 00:00:24,191 2004年12月 インド洋 スマトラ島沖で マグニチュード9.1の巨大地震が発生した。 4 00:00:30,097 --> 00:00:36,003 クリスマス休暇を過ごす観光客が 押し寄せる津波を撮影していた。 5 00:00:37,804 --> 00:00:42,709 その映像は世界のトップニュースを飾る。 6 00:00:42,709 --> 00:00:45,879 ニュースを目にしたアメリカの若者が➡ 7 00:00:45,879 --> 00:00:49,483 その後の世界を変えるアイデアを 思いついた。 8 00:01:20,380 --> 00:01:24,952 そして生まれたのがYouTubeである。 9 00:01:24,952 --> 00:01:29,389 今や25億のユーザーを抱える 巨大プラットフォームは➡ 10 00:01:29,389 --> 00:01:33,694 カリム自らが投稿した この映像から始まった。 11 00:01:50,210 --> 00:01:54,648 大災害は時に世界を変える。 12 00:01:54,648 --> 00:01:59,019 10万5,000もの命が 犠牲となった関東大震災。 13 00:01:59,019 --> 00:02:02,589 警察 新聞社は被災。 14 00:02:02,589 --> 00:02:09,162 電話など通信手段も壊滅し 大火災の情報が正しく伝わらず➡ 15 00:02:09,162 --> 00:02:12,065 流言飛語も飛び交った。 16 00:02:12,065 --> 00:02:15,869 この教訓から新たなメディアが登場した。 17 00:02:26,980 --> 00:02:30,317 ラジオは 災害時の情報のみならず➡ 18 00:02:30,317 --> 00:02:36,423 ニュースや娯楽などを伝える 社会に不可欠な存在となってゆく。 19 00:02:42,896 --> 00:02:46,299 ラジオはテレビが出現したあとも➡ 20 00:02:46,299 --> 00:02:51,304 災害時 被災者の生活を 支える役割を担ってゆく。 21 00:03:17,264 --> 00:03:20,600 ラジオは被害が一段落したあとも➡ 22 00:03:20,600 --> 00:03:27,374 ライフラインなど被災者が必要とする こまやかな生活情報を伝え続け➡ 23 00:03:27,374 --> 00:03:30,877 テレビとは異なる役割を果たしてゆく。 24 00:03:41,888 --> 00:03:47,527 この震災は通信インフラを 変える契機ともなった。 25 00:03:47,527 --> 00:03:52,632 電話回線は寸断され 人々は連絡手段を失った。 26 00:03:54,301 --> 00:04:00,440 震災後 爆発的に普及したのが 携帯電話だった。 27 00:04:00,440 --> 00:04:07,013 3.5%だった普及率は 3年後には7倍になった。 28 00:04:07,013 --> 00:04:12,719 今や私たちの生活は 携帯電話なしには成り立たなくなった。 29 00:04:15,689 --> 00:04:19,960 災害報道の倫理が 見直されるきっかけとなったのが➡ 30 00:04:19,960 --> 00:04:23,764 雲仙・普賢岳の火砕流災害。 31 00:04:23,764 --> 00:04:27,267 報道関係者16人が犠牲となり➡ 32 00:04:27,267 --> 00:04:31,605 避難勧告に従わない報道陣に 巻き込まれる形で➡ 33 00:04:31,605 --> 00:04:38,378 警察官 消防団員など18人も命を落とした。 34 00:04:38,378 --> 00:04:41,781 (泣き声) 35 00:04:55,896 --> 00:05:01,668 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 36 00:05:01,668 --> 00:05:07,741 人知を超えた巨大災害は 社会の矛盾をあぶり出す。 37 00:05:07,741 --> 00:05:11,711 図らずも その後の世界を変えた 巨大災害の➡ 38 00:05:11,711 --> 00:05:14,648 破壊と変革の記録である。 39 00:05:14,648 --> 00:05:25,959 ♬~ 40 00:05:28,762 --> 00:05:34,568 1927年 その後のアメリカ社会を 大きく変えることになる➡ 41 00:05:34,568 --> 00:05:38,405 大洪水が発生した。 42 00:05:38,405 --> 00:05:41,441 前の年から降り続いた大雨の影響で➡ 43 00:05:41,441 --> 00:05:50,150 31の州にまたがるミシシッピ川流域で 氾濫が相次ぎ 63万人が家を追われた。 44 00:06:24,251 --> 00:06:27,153 特に深刻な被害を受けたのが➡ 45 00:06:27,153 --> 00:06:31,124 南部の「ミシシッピデルタ」と 呼ばれる地域。 46 00:06:31,124 --> 00:06:37,264 被災者のほとんどが 綿花農園の小作人として働く黒人だった。 47 00:06:37,264 --> 00:06:42,102 ♬~ 48 00:06:42,102 --> 00:06:59,686 ♬~ 49 00:07:02,889 --> 00:07:10,230 住みかを失った黒人たちは 避難所でも あからさまな差別を受けた。 50 00:07:10,230 --> 00:07:18,438 寝る場所 食事 どれも白人の被災者が優先された。 51 00:07:18,438 --> 00:07:23,576 南部の州では 奴隷制が廃止されたあとも➡ 52 00:07:23,576 --> 00:07:27,547 「ジム・クロウ法」と呼ばれる 独自の州法により➡ 53 00:07:27,547 --> 00:07:30,950 黒人を隔離する政策が続いていた。 54 00:07:35,155 --> 00:07:43,363 男たちは家族から引き離され 危険な災害現場に強制的に駆り出された。 55 00:08:11,424 --> 00:08:17,998 希望の見えない南部での生活に 見切りをつけた黒人たちは行動を起こす。 56 00:08:17,998 --> 00:08:32,112 ♬~ 57 00:08:34,147 --> 00:08:36,649 黒人の大移動… 58 00:08:38,985 --> 00:08:43,923 向かったのは 北部の工業都市だった。 59 00:08:43,923 --> 00:08:49,629 五大湖周辺の都市では 鉄鋼業や自動車産業が活況を呈し➡ 60 00:08:49,629 --> 00:08:52,432 働き口は いくらでもあった。 61 00:08:55,435 --> 00:09:00,006 中でも人気は フォードの工場だった。 62 00:09:00,006 --> 00:09:06,112 昇進の機会は限られていたが 人種による賃金の差別はなく➡ 63 00:09:06,112 --> 00:09:10,950 黒人たちは鋳物を作る工程を担った。 64 00:09:10,950 --> 00:09:17,657 1920年代に南部から流出した黒人は 90万人を超える。 65 00:09:22,328 --> 00:09:27,133 大洪水のよくとし グレートマイグレーションの波に乗り➡ 66 00:09:27,133 --> 00:09:31,571 南部ニューオリンズから シカゴに移り住んだ女性がいた。 67 00:09:31,571 --> 00:09:36,409 マヘリア・ジャクソン。 その時16歳。 68 00:09:36,409 --> 00:09:43,783 マヘリアは メイドの仕事をしながら 教会の聖歌隊で才能を開花させる。 69 00:09:43,783 --> 00:09:53,460 ♬~ 70 00:09:53,460 --> 00:09:55,962 単なる賛美歌ではなく➡ 71 00:09:55,962 --> 00:10:00,900 ブルースや黒人霊歌の要素を取り入れた マヘリアのゴスペルは➡ 72 00:10:00,900 --> 00:10:03,603 人々の心を揺さぶった。 73 00:10:10,009 --> 00:10:12,612 (拍手) 74 00:10:12,612 --> 00:10:16,483 黒人の悲しみや祈りが込められた その歌声は➡ 75 00:10:16,483 --> 00:10:20,353 ゴスペルの女王と たたえられた。 76 00:10:20,353 --> 00:10:39,139 ♬~ 77 00:10:39,139 --> 00:10:44,410 だが どんなに名声を得ても 南部の公演先では➡ 78 00:10:44,410 --> 00:10:47,914 ジム・クロウ法による差別に苦しめられた。 79 00:11:12,805 --> 00:11:22,182 ♬~ 80 00:11:22,182 --> 00:11:25,485 マヘリアには牧師の親友がいた。 81 00:11:33,626 --> 00:11:40,900 マヘリアは公民権運動の最前線で戦う キングの集会に駆けつけ 歌い➡ 82 00:11:40,900 --> 00:11:43,202 人々を結束させた。 83 00:11:55,014 --> 00:11:59,218 (歓声と拍手) 84 00:12:00,820 --> 00:12:09,062 ミシシッピ大洪水から36年後の 1963年8月28日。 85 00:12:09,062 --> 00:12:12,498 ワシントンの リンカーン記念堂前は➡ 86 00:12:12,498 --> 00:12:17,804 人種差別撤廃を求める 25万の人々で埋め尽くされた。 87 00:12:33,786 --> 00:12:37,624 (歓声と拍手) 88 00:12:37,624 --> 00:12:41,327 マヘリアも参加していた。 89 00:12:41,327 --> 00:12:45,198 キングの演説が終盤にさしかかった時➡ 90 00:12:45,198 --> 00:12:50,703 マヘリアがキングに向かって叫んだ ひと言が 歴史を変える。 91 00:13:18,031 --> 00:13:21,534 (拍手) 92 00:13:33,379 --> 00:13:39,185 (拍手) 93 00:13:39,185 --> 00:13:47,994 このよくとし 公民権法が成立し 南部各州のジム・クロウ法は廃止された。 94 00:14:11,050 --> 00:14:16,656 巨大災害は新たな国家を 誕生させる引き金ともなった。 95 00:14:18,491 --> 00:14:24,864 1970年11月 ベンガル湾で発生した ボーラ・サイクロンが➡ 96 00:14:24,864 --> 00:14:29,602 ガンジス川河口のデルタ地帯に上陸。 97 00:14:29,602 --> 00:14:33,473 暴風と高潮が東パキスタンを襲い➡ 98 00:14:33,473 --> 00:14:39,278 50万の人々と80万の家畜が 命を落としたといわれる。 99 00:15:05,138 --> 00:15:11,911 当時パキスタンはインドを挟んで 東西に分かれた飛び地国家だった。 100 00:15:11,911 --> 00:15:16,449 東パキスタンは ベンガル人の住む地域。 101 00:15:16,449 --> 00:15:21,354 1,800km離れた 西パキスタンにある中央政府は➡ 102 00:15:21,354 --> 00:15:28,694 民族も言葉も異なる 東パキスタンの救援には無関心だった。 103 00:15:28,694 --> 00:15:34,400 政府に見捨てられ 海外からの救援にすがるしかない現状に➡ 104 00:15:34,400 --> 00:15:38,271 東パキスタンの指導者 ムジブル・ラーマンは➡ 105 00:15:38,271 --> 00:15:41,174 怒りをあらわにした。 106 00:15:57,223 --> 00:16:01,461 (シュプレヒコール) 107 00:16:01,461 --> 00:16:04,363 1か月後に行われた選挙で➡ 108 00:16:04,363 --> 00:16:09,902 ムジブル率いる東パキスタンの野党が 第一党に躍進。 109 00:16:09,902 --> 00:16:15,341 ムジブルは「ベンガル人の国」を意味する 「バングラデシュ」として➡ 110 00:16:15,341 --> 00:16:19,545 パキスタンからの独立を 呼びかけた。 111 00:16:34,494 --> 00:16:36,696 (拍手) 112 00:16:43,002 --> 00:16:46,205 (拍手と歓声) 113 00:16:52,678 --> 00:16:59,452 独立を阻止するため パキスタン政府は武力鎮圧に乗り出す。 114 00:16:59,452 --> 00:17:01,921 ムジブルは軍に逮捕され➡ 115 00:17:01,921 --> 00:17:07,727 各地でベンガル人に対する 拷問 虐殺が行われた。 116 00:17:07,727 --> 00:17:11,230 300万人が犠牲になったといわれる。 117 00:17:14,867 --> 00:17:22,542 戦火を逃れ1,000万もの難民が国境を越え インドに流れ込んだ。 118 00:17:22,542 --> 00:17:29,549 住居に食料 医療など どれもインド政府が 対応できる限界を超えていた。 119 00:17:34,220 --> 00:17:38,624 コレラがまん延し 多くの命が失われた。 120 00:17:45,765 --> 00:17:51,571 救援活動に当たったマザー・テレサは 世界に支援を求めた。 121 00:18:29,308 --> 00:18:33,312 遠くアメリカで声を上げた男がいた。 122 00:18:51,964 --> 00:18:53,899 ジョージ・ハリスンは➡ 123 00:18:53,899 --> 00:18:58,304 友人のインド人 音楽家 ラヴィ・シャンカールから➡ 124 00:18:58,304 --> 00:19:01,974 現地の惨状を聞き 立ち上がった。 125 00:19:01,974 --> 00:19:04,443 (歓声と拍手) 126 00:19:04,443 --> 00:19:08,014 ニューヨーク マジソン・スクエア・ガーデンで開いた➡ 127 00:19:08,014 --> 00:19:11,851 世界初の大規模 チャリティーコンサートには➡ 128 00:19:11,851 --> 00:19:14,453 5万人近くが集まった。 129 00:19:16,422 --> 00:19:53,592 ♬~ 130 00:19:53,592 --> 00:20:00,132 音楽によって人道支援を行うという 新しい試みだった。 131 00:20:00,132 --> 00:20:03,836 支援の輪は 世界中に広がる。 132 00:20:22,388 --> 00:20:25,825 コンサートの収益や レコードの売り上げなど➡ 133 00:20:25,825 --> 00:20:30,196 全世界から1,500万ドルもの 支援金が集まり➡ 134 00:20:30,196 --> 00:20:33,399 難民救済のために寄付された。 135 00:20:45,444 --> 00:20:47,847 コンサートの4か月後➡ 136 00:20:47,847 --> 00:20:51,083 バングラデシュ独立を 後押しするインドは➡ 137 00:20:51,083 --> 00:20:54,086 パキスタンとの開戦を宣言。 138 00:20:54,086 --> 00:20:57,990 第三次印パ戦争が勃発する。 139 00:20:57,990 --> 00:21:00,860 (爆発音) 140 00:21:00,860 --> 00:21:06,398 2週間後 パキスタン軍は降伏。 141 00:21:06,398 --> 00:21:10,503 バングラデシュは 独立を果たした。 142 00:21:15,174 --> 00:21:21,680 首相に就任したのは軍に逮捕されていた ムジブル・ラーマンだった。 143 00:21:23,783 --> 00:21:28,687 (歓声) 144 00:21:45,971 --> 00:21:50,743 巨大サイクロンの上陸から1年2か月➡ 145 00:21:50,743 --> 00:21:54,313 新国家が歩み始めた。 146 00:21:54,313 --> 00:22:00,519 現在も度々の水害に苦しみながらも 経済成長を続けている。 147 00:22:05,691 --> 00:22:12,264 災害の中でも地球規模の脅威を もたらすのが 火山の噴火である。 148 00:22:12,264 --> 00:22:22,007 1985年11月 南米・コロンビアの ネバド・デル・ルイス山が噴火。 149 00:22:22,007 --> 00:22:27,279 山頂を覆う氷河が溶かされ 大規模の泥流となって➡ 150 00:22:27,279 --> 00:22:31,684 50km離れた町 アルメロを襲った。 151 00:22:34,720 --> 00:22:41,126 住民2万9,000人のうち 実に2万1,000人が亡くなった。 152 00:22:41,126 --> 00:22:53,639 ♬~ 153 00:23:05,317 --> 00:23:09,188 オマイラ・サンチェスは 泥水につかったまま➡ 154 00:23:09,188 --> 00:23:14,493 両脚が倒壊した家のがれきに 挟まれていた。 155 00:23:14,493 --> 00:23:18,364 重機も近づけず 救助の手立てがない中➡ 156 00:23:18,364 --> 00:23:23,669 気丈に振る舞う少女の姿が 全世界に報道され続けた。 157 00:23:54,500 --> 00:24:01,607 被災から3日 人々が見守る前で オマイラは力尽きた。 158 00:24:03,575 --> 00:24:08,247 しかし この悲劇は避けられたはずだった。 159 00:24:08,247 --> 00:24:11,050 ハザードマップは噴火が起きれば➡ 160 00:24:11,050 --> 00:24:14,887 町に泥流が押し寄せることを 警告していた。 161 00:24:14,887 --> 00:24:19,258 行政機関が適切な避難指示を 出していれば➡ 162 00:24:19,258 --> 00:24:25,864 火口から50kmも離れたアルメロの人々は 逃げる準備ができたはずだった。 163 00:24:43,882 --> 00:24:47,786 噴火の3年後 NHKの番組に➡ 164 00:24:47,786 --> 00:24:51,623 ネバド・デル・ルイスの悲劇を 繰り返さないよう訴える➡ 165 00:24:51,623 --> 00:24:54,526 フランスの火山学者が出演した。 166 00:25:28,160 --> 00:25:31,363 モーリス・クラフトと妻のカティアは➡ 167 00:25:31,363 --> 00:25:36,268 世界各地で火山が噴火すると 現地へと駆けつけていた。 168 00:25:39,805 --> 00:25:43,675 2人には ネバド・デル・ルイスの噴火の時➡ 169 00:25:43,675 --> 00:25:49,982 コロンビア政府に避難勧告をしたものの 無視された痛恨の思いがあった。 170 00:25:56,889 --> 00:26:02,661 2人は 1986年 アラスカへ向かった。 171 00:26:02,661 --> 00:26:08,100 火山現象の中で最も危険といわれる 火砕流を撮影し➡ 172 00:26:08,100 --> 00:26:13,338 防災を呼びかける啓発ビデオを 制作するためだった。 173 00:26:13,338 --> 00:26:18,143 危険を伝えるには映像で訴えるしかないと 考えていた。 174 00:27:12,364 --> 00:27:15,934 1990年11月。 175 00:27:15,934 --> 00:27:21,773 長崎県 雲仙・普賢岳が 198年ぶりに噴火した。 176 00:27:21,773 --> 00:27:23,775 よくとし5月には➡ 177 00:27:23,775 --> 00:27:29,381 高温の岩石や火山ガスが混ざり合った 火砕流が発生した。 178 00:27:32,518 --> 00:27:36,522 クラフト夫妻も駆けつけていた。 179 00:27:49,768 --> 00:27:56,375 火砕流の発生を捉えようと 火口から3.7キロ離れた撮影ポイントで➡ 180 00:27:56,375 --> 00:28:00,379 報道陣がカメラを構えていた。 181 00:28:07,753 --> 00:28:15,994 そこは避難勧告地域内だったが 報道陣は 警察の退去要請に応じることなく➡ 182 00:28:15,994 --> 00:28:21,300 迫力ある映像をねらって 撮影を続けていた。 183 00:28:23,268 --> 00:28:27,739 山頂付近に出来たマグマがたまった 溶岩ドームは➡ 184 00:28:27,739 --> 00:28:31,443 日々 成長していた。 185 00:28:33,645 --> 00:28:38,684 6月3日 膨れ上がった溶岩ドームが崩壊。 186 00:28:38,684 --> 00:28:43,388 これまでにない 大規模な火砕流が発生した。 187 00:28:55,500 --> 00:29:03,008 島原市内の病院には 全身に やけどを 負った人が次々と運び込まれた。 188 00:29:10,515 --> 00:29:14,920 報道陣がカメラを構えていた 撮影ポイント付近にも➡ 189 00:29:14,920 --> 00:29:22,127 時速100キロを超える火砕流が 正面から襲いかかった。 190 00:29:45,584 --> 00:29:47,586 火砕流! 191 00:29:50,022 --> 00:29:55,761 ♬~ 192 00:29:55,761 --> 00:29:59,398 犠牲者は 43人。 193 00:29:59,398 --> 00:30:05,203 その中には NHK 民放 新聞社などの報道関係者➡ 194 00:30:05,203 --> 00:30:10,042 16人が含まれていた。 195 00:30:10,042 --> 00:30:14,880 更に報道陣に同行していた タクシー運転手や➡ 196 00:30:14,880 --> 00:30:23,488 撮影ポイント付近の見回りをしていた 消防団 警察官ら18人も命を落とした。 197 00:31:20,178 --> 00:31:27,919 43人の犠牲者の中には 火山学者 クラフト夫妻も含まれていた。 198 00:31:27,919 --> 00:31:34,926 2人は報道陣が犠牲となった場所の 近くで観測を続けていた。 199 00:31:47,906 --> 00:31:50,809 それに尽きますね。 200 00:31:50,809 --> 00:31:57,582 しかし 夫妻が死の数か月前に 完成させていた あの啓発ビデオが➡ 201 00:31:57,582 --> 00:32:02,988 このあと 多くの命を救うことになる。 202 00:32:14,100 --> 00:32:18,303 クラフト夫妻が亡くなった9日後➡ 203 00:32:18,303 --> 00:32:21,006 フィリピンのピナツボ山が噴火。 204 00:32:23,241 --> 00:32:26,745 20世紀最大規模の大噴火だった。 205 00:32:28,914 --> 00:32:36,321 火砕流は 火口から20キロにまで達し 麓の村を焼き尽くした。 206 00:32:40,525 --> 00:32:48,633 40キロ圏内が危険地域とされ 20万人以上に避難指示が出された。 207 00:32:52,270 --> 00:32:55,974 折しも台風の襲来が重なり➡ 208 00:32:55,974 --> 00:33:01,580 火山灰の雨が降り 町は闇に包まれた。 209 00:33:05,650 --> 00:33:09,454 (雷鳴) 210 00:33:27,272 --> 00:33:33,979 しかし 火砕流で 命を落とした人は僅かだった。 211 00:33:33,979 --> 00:33:38,950 噴火による直接の死者280人の大半は➡ 212 00:33:38,950 --> 00:33:44,956 火山灰の重みによる家屋の倒壊で 犠牲になった人たちだった。 213 00:33:47,058 --> 00:33:52,931 現地で観測をしていた火山学者たちは クラフト夫妻の啓発ビデオを➡ 214 00:33:52,931 --> 00:33:58,136 政府の閣僚や自治体の担当者に 見せていた。 215 00:33:58,136 --> 00:34:02,574 それが 迅速で広範囲の 避難指示につながり➡ 216 00:34:02,574 --> 00:34:06,978 人的被害を最小限に食い止めた。 217 00:34:28,500 --> 00:34:34,773 ピナツボ山の大噴火は その後 世界規模の影響をもたらす。 218 00:34:34,773 --> 00:34:40,912 噴出物は成層圏に滞留し 太陽光を遮り➡ 219 00:34:40,912 --> 00:34:45,317 2年後 北半球は冷夏に見舞われた。 220 00:34:47,285 --> 00:34:51,189 日本は 戦後最悪の凶作となり➡ 221 00:34:51,189 --> 00:34:54,392 スーパーの店頭から米が消え➡ 222 00:34:54,392 --> 00:34:58,597 「平成の米騒動」が巻き起こった。 223 00:35:03,001 --> 00:35:08,807 政府による備蓄米制度が始まったのは この時だった。 224 00:35:20,885 --> 00:35:24,189 震度7の激震に見舞われた… 225 00:35:30,261 --> 00:35:34,065 都市直下型地震の脅威を見せつけた。 226 00:36:00,892 --> 00:36:08,700 消防や警察の手も回らず 被災した住民たちが自ら救助に当たった。 227 00:36:14,239 --> 00:36:18,677 行政機関も被災し 混乱が続く中で➡ 228 00:36:18,677 --> 00:36:23,882 ボランティアとして立ち上がったのが 一般の人たちだった。 229 00:36:28,353 --> 00:36:33,992 メディアが報じた被災地の窮状は 人々の心を動かし➡ 230 00:36:33,992 --> 00:36:38,830 学生や社会人など ボランティア経験のない人たちが➡ 231 00:36:38,830 --> 00:36:42,434 全国から駆けつけた。 232 00:36:53,978 --> 00:37:01,686 1年間で 延べ137万のボランティアが 被災地支援に当たった。 233 00:37:38,990 --> 00:37:46,164 この震災は バブル崩壊後の 日本人の価値観の変化にもつながった。 234 00:37:46,164 --> 00:37:54,172 幸福の尺度は 経済的成功だけではない という認識が広がる契機となった。 235 00:37:59,711 --> 00:38:06,484 2011年3月 日本は またも大災害に見舞われる。 236 00:38:06,484 --> 00:38:11,656 マグニチュード9.0の巨大地震が発生。 237 00:38:11,656 --> 00:38:14,959 (叫び声) 238 00:38:16,961 --> 00:38:22,800 東北・三陸沿岸各地には 大津波が襲来した。 239 00:38:22,800 --> 00:38:28,573 この震災は 災害報道の変化を 示すものともなった。 240 00:38:28,573 --> 00:38:35,680 20年前の雲仙・普賢岳の教訓から 危険な場所での取材は禁止され➡ 241 00:38:35,680 --> 00:38:43,988 報道の役割は 人々の命を守るための 行動を促すものへと見直された。 242 00:39:07,312 --> 00:39:10,315 石巻にいたNHKの記者は➡ 243 00:39:10,315 --> 00:39:16,020 撮影しながら 高台から見える 津波の状況を住民に伝え➡ 244 00:39:16,020 --> 00:39:19,324 避難を呼びかけた。 245 00:39:22,126 --> 00:39:28,933 この震災で 大きな存在感を見せたのが ソーシャルメディアだった。 246 00:39:34,038 --> 00:39:40,878 宮城県気仙沼では 公民館の屋上に 取り残された福祉施設の園長が➡ 247 00:39:40,878 --> 00:39:45,683 ロンドンで働く息子に 携帯電話のメールを送った。 248 00:39:45,683 --> 00:39:53,691 息子は SNSで 数千キロ離れた ロンドンから SOSを出した。 249 00:39:56,427 --> 00:40:00,865 「障害児童施設の園長である私の母が➡ 250 00:40:00,865 --> 00:40:06,771 その子供たち10数人と一緒に 取り残されています。➡ 251 00:40:06,771 --> 00:40:11,776 子供達だけでも助けてあげられませんか」。 252 00:40:13,912 --> 00:40:20,151 その投稿は拡散され 東京都の幹部の目に留まる。 253 00:40:20,151 --> 00:40:28,459 震災翌日 東京消防庁のヘリコプターが 派遣され 全員が救助された。 254 00:40:33,398 --> 00:40:39,137 一方で ソーシャルメディアの 弱点も露呈する。 255 00:40:39,137 --> 00:40:42,407 2016年の熊本地震では➡ 256 00:40:42,407 --> 00:40:48,313 「動物園からライオンが逃げた」など デマ情報が拡散した。 257 00:40:50,748 --> 00:40:58,189 2024年の能登半島地震でも 偽の救助要請が数多く投稿され➡ 258 00:40:58,189 --> 00:41:03,695 現地の活動に支障を来す事態も 起こっている。 259 00:41:05,930 --> 00:41:08,666 度重なる巨大地震は➡ 260 00:41:08,666 --> 00:41:12,537 日本の社会を変える契機ともなってきた。 261 00:41:12,537 --> 00:41:16,274 防災インフラは格段に強化された。 262 00:41:16,274 --> 00:41:19,577 北海道から房総沖を網羅する➡ 263 00:41:19,577 --> 00:41:24,816 総延長5,500キロの 光海底ケーブルが設置され➡ 264 00:41:24,816 --> 00:41:30,121 南海トラフ地震を想定した 試験運用が始まっている。 265 00:41:30,121 --> 00:41:34,525 従来に比べて地震は最大30秒➡ 266 00:41:34,525 --> 00:41:41,632 津波は 20分早く 高い精度で検知できるようになった。 267 00:41:43,735 --> 00:41:47,672 しかし どれだけ準備を重ねても➡ 268 00:41:47,672 --> 00:41:52,410 巨大災害を防ぐことは不可能である。 269 00:41:52,410 --> 00:41:59,050 2022年 南太平洋トンガ沖で 海底火山が噴火。 270 00:41:59,050 --> 00:42:06,457 太平洋沿岸に津波が襲来し 日本でも津波警報が出された。 271 00:42:08,359 --> 00:42:15,166 日本では 300年の沈黙を続ける 富士山への警戒が強まっている。 272 00:42:17,068 --> 00:42:23,474 平均すると 30年に1度の頻度で 噴火を繰り返してきた この活火山で➡ 273 00:42:23,474 --> 00:42:31,582 近年 新たな火口が見つかり 溶岩の流出する範囲が見直された。 274 00:42:35,086 --> 00:42:41,526 噴火すれば 都心部には 最大で10センチの火山灰が降り積もり➡ 275 00:42:41,526 --> 00:42:46,831 交通システムや通信機能は ダウンしてしまう。 276 00:42:48,900 --> 00:42:52,103 関東大震災の調査に当たった… 277 00:42:58,176 --> 00:43:01,079 …という言葉を残した寺田は➡ 278 00:43:01,079 --> 00:43:06,984 次なる災害に対し こんな警鐘を鳴らしている。 279 00:44:07,845 --> 00:44:40,044 ♬~