1 00:00:01,168 --> 00:00:10,244 ♬~ 2 00:00:10,244 --> 00:00:16,917 これは 歌舞伎を撮影した 世界で最も古い映像。 3 00:00:16,917 --> 00:00:23,824 19世紀末 フランスのリュミエールから 派遣されたカメラマンが撮影した。 4 00:00:25,459 --> 00:00:31,331 明治の名優と称された 市川左團次を 屋外に連れ出し➡ 5 00:00:31,331 --> 00:00:37,337 光のもとで特別に 立ちまわりを 演じてもらった。 6 00:00:43,777 --> 00:00:48,448 江戸時代初めに誕生した… 7 00:00:48,448 --> 00:00:54,588 当初は 女性も舞台に上がっていたが 「風紀が乱れる」という理由から➡ 8 00:00:54,588 --> 00:00:58,358 幕府の統制にあった。 9 00:00:58,358 --> 00:01:04,131 以来 女を演じるのは 男となった。 10 00:01:04,131 --> 00:01:09,636 虚構の性を生きる者… 女形の誕生である。 11 00:01:09,636 --> 00:01:13,540 その世界に 天才たちが現れる。 12 00:01:15,242 --> 00:01:17,945 明治の歌舞伎界に登場した… 13 00:01:23,951 --> 00:01:31,158 高貴で格調高い女性を演じ 女形の地位を確立させた。 14 00:01:58,652 --> 00:02:03,490 五代目の跡を継いだ息子 六代目 歌右衛門。 15 00:02:03,490 --> 00:02:08,629 妖しい色気を放ち 戦後最高峰の女形として➡ 16 00:02:08,629 --> 00:02:12,532 人間国宝に上り詰める。 17 00:02:29,349 --> 00:02:32,452 一般家庭から 歌舞伎界に飛び込んだ… 18 00:02:35,555 --> 00:02:41,962 どこか現実離れした透明な存在感で 観客を魅了した。 19 00:02:59,679 --> 00:03:01,615 ♬~ 20 00:03:01,615 --> 00:03:04,484 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 21 00:03:04,484 --> 00:03:13,260 今回は 自らの性を押し殺し 虚構の世界に生きた女形の執念の記録。 22 00:03:13,260 --> 00:03:22,569 男の体に 女のしなやかさを宿すために 彼らは 時に命を削る覚悟を背負っていた。 23 00:03:31,244 --> 00:03:39,319 明治の中頃 歌舞伎界は 黄金時代を迎えていた。 24 00:03:39,319 --> 00:03:47,427 九代目 團十郎や五代目 菊五郎など 名優たちが舞台を沸かせた。 25 00:03:47,427 --> 00:03:51,765 中心は 「立役」と呼ばれる男性役で➡ 26 00:03:51,765 --> 00:03:57,070 「女形」は 付き従う役回りにとどまっていた。 27 00:03:59,506 --> 00:04:03,510 その歴史を変える 一人の女形が現れる。 28 00:04:06,279 --> 00:04:11,184 五代目 中村歌右衛門である。 29 00:04:13,153 --> 00:04:21,962 気品あふれるたたずまいと美声 確かな演技力 すべてを備えていた。 30 00:04:24,197 --> 00:04:29,703 歌右衛門のセリフの 貴重な音声が残されている。 31 00:04:49,322 --> 00:04:54,327 当たり役は 恋心を抱いた娘が 可憐に踊る… 32 00:05:01,501 --> 00:05:08,808 優雅な娘や姫君を演じ 女性たちの心を奪った。 33 00:05:27,093 --> 00:05:32,632 歌右衛門は 女性を主役に据えた 新たな演目を生み出し➡ 34 00:05:32,632 --> 00:05:37,337 女形の地位を大きく押し上げた。 35 00:05:39,339 --> 00:05:43,643 中村歌右衛門の家は 代々名優を輩出してきた➡ 36 00:05:43,643 --> 00:05:47,514 歌舞伎界の名門である。 37 00:05:47,514 --> 00:05:56,890 幼少期の「児太郎」に始まり 芸の成長と共に「福助」 「芝翫」と名乗り➡ 38 00:05:56,890 --> 00:06:03,396 最後は家の筆頭 大名跡の「歌右衛門」を襲名する。 39 00:06:06,967 --> 00:06:18,378 歌右衛門には 2人の息子がいた。 長男・慶次と 17歳年下の次男・藤雄。 40 00:06:18,378 --> 00:06:25,151 才能にあふれた長男・慶次は 将来 歌右衛門を襲名する女形として➡ 41 00:06:25,151 --> 00:06:29,055 期待を一心に集めていた。 42 00:06:32,058 --> 00:06:40,400 ところが 1933年 慶次が33歳の若さで病死する。 43 00:06:40,400 --> 00:06:43,603 肺の病だった。 44 00:07:16,002 --> 00:07:23,743 兄の死により 次男の藤雄が 歌右衛門の名跡を継ぐ立場になった。 45 00:07:23,743 --> 00:07:31,551 しかし藤雄は 生まれた時から 左の腰に脱臼があり 手術を繰り返し➡ 46 00:07:31,551 --> 00:07:36,356 一人で歩けるようになったのは 4歳のころだった。 47 00:07:38,158 --> 00:07:45,865 長男を失った失意の父は 家の未来を 藤雄に託すしかなかった。 48 00:07:45,865 --> 00:07:50,070 稽古は厳しさを増した。 49 00:08:21,368 --> 00:08:29,676 女形として生きた父 歌右衛門は 自らの命を削りながら 舞台に立ってきた。 50 00:08:31,478 --> 00:08:35,982 当時 白粉には鉛が含まれており➡ 51 00:08:35,982 --> 00:08:42,389 歌右衛門は 神経の障害など 「鉛毒」に苦しんでいた。 52 00:08:42,389 --> 00:08:49,095 女形は 白粉を塗る頻度も量も多かった。 53 00:09:18,892 --> 00:09:24,697 これは 晩年の歌右衛門の舞台映像。 54 00:09:24,697 --> 00:09:29,669 鉛毒が進行し 身体の自由が 利かなくなっていたが➡ 55 00:09:29,669 --> 00:09:33,573 座ったまま演じきった。 56 00:09:37,143 --> 00:09:46,352 1940年 五代目 中村歌右衛門は 74歳で亡くなった。 57 00:09:48,721 --> 00:09:53,560 歌舞伎界を牽引してきた 父親の後ろ盾をなくした藤雄は➡ 58 00:09:53,560 --> 00:09:57,430 大きな役が つかなくなる。 59 00:09:57,430 --> 00:10:03,736 孤独の中で 女形の芸を磨き続けた。 60 00:10:07,874 --> 00:10:13,146 その藤雄を 兄のように慕っていた 俳優がいた。 61 00:10:13,146 --> 00:10:17,450 3歳年下の 大谷廣太郎である。 62 00:10:19,886 --> 00:10:28,528 廣太郎の父は 男役である 立役を専門とする 大谷友右衛門。 63 00:10:28,528 --> 00:10:33,233 歌舞伎では 家ごとに受け継ぐ役どころがあり➡ 64 00:10:33,233 --> 00:10:39,139 友右衛門の家は 脇役 敵役が多かった。 65 00:10:40,773 --> 00:10:44,577 友右衛門は 歌右衛門の門弟にあたり➡ 66 00:10:44,577 --> 00:10:51,885 廣太郎も父に連れられ 歌右衛門の家を訪ねることがあった。 67 00:10:51,885 --> 00:10:56,089 五代目を撮影した このプライベート映像には➡ 68 00:10:56,089 --> 00:11:01,794 廣太郎と藤雄が並んで映っている。 69 00:11:29,889 --> 00:11:38,498 廣太郎は 子役の頃から才能を認められ 五代目 歌右衛門と共演したこともある。 70 00:11:55,448 --> 00:12:00,186 (砲撃の音) 71 00:12:00,186 --> 00:12:04,991 1937年 日中戦争が勃発すると➡ 72 00:12:04,991 --> 00:12:09,963 歌舞伎俳優たちも 戦争に巻き込まれていく。 73 00:12:09,963 --> 00:12:14,200 20歳になった廣太郎は徴兵され➡ 74 00:12:14,200 --> 00:12:18,905 熱帯の南方戦線へと送られた。 75 00:12:38,224 --> 00:12:42,962 やがて 日本国内も戦時一色となり➡ 76 00:12:42,962 --> 00:12:47,967 娯楽や芸能も 戦意高揚の手段に利用されていく。 77 00:12:49,569 --> 00:12:52,472 歌舞伎俳優たちも慰問団として➡ 78 00:12:52,472 --> 00:12:57,076 陸海軍の部隊や軍需工場へと派遣された。 79 00:13:00,346 --> 00:13:07,620 歌右衛門の跡取りである藤雄は 徴兵検査は受けたが 兵役免除となり➡ 80 00:13:07,620 --> 00:13:12,025 日本各地で 慰問公演を行った。 81 00:13:36,049 --> 00:13:41,954 1945年に入ると 本土への空襲が激しさを増し➡ 82 00:13:41,954 --> 00:13:48,628 銀座一帯は焼き尽くされ 歌舞伎座も焼失した。 83 00:13:48,628 --> 00:13:53,433 そして終戦を迎える。 84 00:13:58,071 --> 00:14:05,178 これは 終戦から2か月後 群馬で開かれた歌舞伎公演の映像。 85 00:14:05,178 --> 00:14:10,583 俳優たちが 戦災で打ちのめされた人々を 励まそうと発案し➡ 86 00:14:10,583 --> 00:14:15,321 市民を無料で招待した。 87 00:14:15,321 --> 00:14:21,728 急ごしらえの舞台の周りには 大勢の人が集まった。 88 00:14:28,901 --> 00:14:35,708 しかし間もなく 歌舞伎は 存続の 危機に立たされる。 89 00:14:37,944 --> 00:14:44,450 GHQは 「封建的」で 民主化の妨げになるという理由で➡ 90 00:14:44,450 --> 00:14:49,355 多くの演目を上演禁止にした。 91 00:14:52,558 --> 00:15:01,601 内容は厳しく検閲され 仇討ちや切腹 忠義を重んじる作品など➡ 92 00:15:01,601 --> 00:15:07,306 古典の名作が ことごとく 上演できなくなった。 93 00:15:09,275 --> 00:15:13,279 この方針に 異議を唱える人物がいた。 94 00:15:13,279 --> 00:15:16,048 戦前から歌舞伎のファンだった➡ 95 00:15:16,048 --> 00:15:18,951 GHQ将校のバワーズは➡ 96 00:15:18,951 --> 00:15:23,523 俳優たちと協力し GHQの幹部たち向けに➡ 97 00:15:23,523 --> 00:15:27,427 歌舞伎の上演を行った。 98 00:15:38,404 --> 00:15:42,842 規制は2年後に解除される。 99 00:15:42,842 --> 00:15:49,048 バワーズは 「歌舞伎を救ったアメリカ人」と呼ばれた。 100 00:15:51,317 --> 00:16:02,128 藤雄もまた 舞台に立つ日々を再開した。 女形を極めるための 孤独な模索が始まる。 101 00:16:33,893 --> 00:16:40,399 女形の優雅さは 肉体への試練の上に築かれる。 102 00:16:45,905 --> 00:16:52,011 これは 若手が女形の稽古をする映像。 103 00:16:57,516 --> 00:17:00,753 こういうところに力が入ってる。 104 00:17:00,753 --> 00:17:09,362 なで肩になるように肩甲骨を寄せ その姿勢を体に覚えさせる。 105 00:17:09,362 --> 00:17:18,070 男の体で女を演じるために 俳優たちは 体を作り替えていく。 106 00:17:20,806 --> 00:17:24,377 古くから女形の心得として➡ 107 00:17:24,377 --> 00:17:30,883 「日頃から女として暮らさねば 向上しない」と言われてきた。 108 00:17:35,788 --> 00:17:41,594 藤雄は 女形しかつとめない 「真女形」として➡ 109 00:17:41,594 --> 00:17:49,101 ふだんから言葉遣いや しぐさが 男性的にならないよう 気を配っていた。 110 00:18:19,298 --> 00:18:25,705 女形を極めようとする 藤雄の後を追いかけていた俳優がいる。 111 00:18:25,705 --> 00:18:31,811 幼い頃 藤雄を兄と慕っていた 大谷廣太郎だった。 112 00:18:33,446 --> 00:18:41,187 復員した廣太郎は 亡くなっていた 父の名跡 大谷友右衛門を襲名。 113 00:18:41,187 --> 00:18:46,525 当時 少なかった女形になることを 勧められた。 114 00:18:46,525 --> 00:18:54,233 しかし 27歳での転向は あまりに遅かった。 115 00:19:08,280 --> 00:19:16,288 女形の修行を一から積むために 頼ったのは藤雄だった。 116 00:19:34,306 --> 00:19:42,048 ♬~ 117 00:19:42,048 --> 00:19:45,518 (アナウンサー)戦災で焼けた歌舞伎座が いよいよ修理もできて➡ 118 00:19:45,518 --> 00:19:48,621 6年ぶりで再開しました。 119 00:19:50,289 --> 00:19:58,864 終戦から6年後の1951年1月 歌舞伎座が復活した。 120 00:19:58,864 --> 00:20:05,471 そのお披露目興行の呼び物となったのが ある襲名披露だった。 121 00:20:07,573 --> 00:20:17,550 34歳になった藤雄が 女形の大名跡 中村歌右衛門の六代目を襲名。 122 00:20:17,550 --> 00:20:25,458 11年ぶりの「歌右衛門」の復活に 劇場は熱気に包まれた。 123 00:20:27,993 --> 00:20:35,735 襲名で披露したのは 父が得意とした 「娘道成寺」だった。 124 00:20:35,735 --> 00:20:48,347 ♬~ 125 00:21:05,531 --> 00:21:10,369 この公演には 幼なじみの友右衛門も 出演していた。 126 00:21:10,369 --> 00:21:16,142 しかし 別の仕事が入り 途中で離脱してしまう。 127 00:21:16,142 --> 00:21:20,846 兄と慕った歌右衛門への不義理だった。 128 00:21:22,915 --> 00:21:28,621 女形に転向したものの 評価されず 役がつかない友右衛門は➡ 129 00:21:28,621 --> 00:21:34,326 生活のために 映画の仕事を受けるようになっていた。 130 00:21:34,326 --> 00:21:37,329 やー! えーい! 131 00:21:45,104 --> 00:21:48,908 友右衛門は 映画の撮影が立て込み➡ 132 00:21:48,908 --> 00:21:53,445 自らを導いてくれた歌右衛門の 晴れの襲名披露を➡ 133 00:21:53,445 --> 00:21:57,550 離脱せざるをえなくなったのだった。 134 00:22:25,211 --> 00:22:32,318 友右衛門は やがて 歌舞伎の世界から去っていった。 135 00:22:38,190 --> 00:22:45,197 六代目となった歌右衛門は 新しい女形の表現を打ち出していく。 136 00:22:47,100 --> 00:22:51,003 吉原一の花魁… 137 00:22:53,439 --> 00:22:57,076 絢爛豪華な花魁道中の道行➡ 138 00:22:57,076 --> 00:23:03,282 歌右衛門演じる八ツ橋が 笑ってみせた。 139 00:23:08,687 --> 00:23:11,657 封建時代につくられた歌舞伎では➡ 140 00:23:11,657 --> 00:23:18,163 女形は 感情を顔に出さないように 演じられてきた。 141 00:23:18,163 --> 00:23:23,068 初めて笑みを浮かべたのは 父・五代目 歌右衛門だが➡ 142 00:23:23,068 --> 00:23:32,077 六代目は 花魁の心の動きを表現しようと さらに大胆に「笑い」を取り入れた。 143 00:24:08,047 --> 00:24:13,852 人気絶頂の歌右衛門に魅せられた 若手作家がいた。 144 00:24:13,852 --> 00:24:17,323 三島由紀夫である。 145 00:24:17,323 --> 00:24:24,396 初対面に際し 三島は歌右衛門に 扮装のままの面会を申し入れた。 146 00:24:24,396 --> 00:24:31,804 抱いていた美の理想が 現実に触れて 崩れることを恐れたからだった。 147 00:25:03,869 --> 00:25:08,374 歌右衛門が演じる 女の情念に駆り立てられ➡ 148 00:25:08,374 --> 00:25:14,980 三島は歌右衛門のために 歌舞伎の新作の執筆に取りかかる。 149 00:25:25,824 --> 00:25:30,229 アア 鰯売…! 150 00:25:32,498 --> 00:25:40,406 歌右衛門の魅力を存分に引き出した 三島の新作歌舞伎は 大好評を博した。 151 00:25:42,041 --> 00:25:50,449 互いの美意識が火花を散らしながら 2人の関係は深まっていった。 152 00:25:52,551 --> 00:26:00,059 これは 三島と歌右衛門が一緒に テレビ番組に出演した時の映像。 153 00:26:55,881 --> 00:27:00,986 歌右衛門は 海外公演にも挑んだ。 154 00:27:05,557 --> 00:27:09,561 歌舞伎は海外でも熱い視線を浴び➡ 155 00:27:09,561 --> 00:27:15,167 歌右衛門が演じる女形の美は 絶賛された。 156 00:27:50,903 --> 00:27:59,311 女形を極めた歌右衛門の芸は 言葉を超え 世界の著名人を魅了した。 157 00:28:03,348 --> 00:28:10,122 1968年 歌右衛門は 歌舞伎界最年少の51歳で➡ 158 00:28:10,122 --> 00:28:17,329 重要無形文化財保持者に認定され 人間国宝となる。 159 00:28:20,566 --> 00:28:27,206 ♬~ 160 00:28:27,206 --> 00:28:34,947 円熟期を迎えた歌右衛門の芸は さらに すごみを増していく。 161 00:28:34,947 --> 00:28:38,483 これは当時 歌右衛門にしかできないと言われた➡ 162 00:28:38,483 --> 00:28:42,387 阿古屋という遊女の役。 163 00:28:42,387 --> 00:28:45,257 重たい衣装を身にまとい➡ 164 00:28:45,257 --> 00:28:53,532 琴 三味線 胡弓 3つの楽器を 30分も奏でる。 165 00:28:53,532 --> 00:29:05,811 ♬~ 166 00:29:05,811 --> 00:29:15,354 さらに 遊女の心の奥に潜む悲しみも 見事に表現した。 167 00:29:15,354 --> 00:29:35,040 ♬~ 168 00:29:39,044 --> 00:29:45,617 このころ 燦然と輝く 女形のスターが現れる。 169 00:29:45,617 --> 00:29:49,588 五代目 坂東玉三郎である。 170 00:29:49,588 --> 00:29:55,794 歌右衛門が築いた女形の美を さらに広げていった。 171 00:30:49,481 --> 00:30:54,186 玉三郎は 一般家庭の出身だった。 172 00:30:54,186 --> 00:30:57,789 料亭を営む家の五男➡ 173 00:30:57,789 --> 00:31:00,625 1歳半で小児麻痺を患い➡ 174 00:31:00,625 --> 00:31:05,530 足のリハビリのため 日本舞踊を習い始めた。 175 00:31:07,232 --> 00:31:10,068 その稽古で才能を示し➡ 176 00:31:10,068 --> 00:31:15,407 6歳のころ 歌舞伎俳優 守田勘弥の部屋子になり➡ 177 00:31:15,407 --> 00:31:19,911 子役として 舞台に立つようになる。 178 00:31:22,814 --> 00:31:29,321 そのころ憧れていたのが 六代目 歌右衛門だった。 179 00:31:57,549 --> 00:32:07,225 1964年 14歳で 五代目 坂東玉三郎を襲名。 180 00:32:07,225 --> 00:32:15,333 だが 天才と呼ばれるまでの道のりは 決して平たんではなかった。 181 00:32:16,902 --> 00:32:24,709 襲名の頃は変声期にあたり セリフを言えば 客から失笑が漏れた。 182 00:32:24,709 --> 00:32:31,416 体格も女形としては大柄で 立役よりも大きく見えてしまい➡ 183 00:32:31,416 --> 00:32:35,020 釣り合いが とれなかった。 184 00:32:57,542 --> 00:33:02,280 膝を折り 身を沈めながら近づき➡ 185 00:33:02,280 --> 00:33:06,251 脇に立つ時には 背が釣り合って見えるよう➡ 186 00:33:06,251 --> 00:33:09,154 体を追い込んだ。 187 00:33:10,922 --> 00:33:19,831 そなたばかりが 頼りじゃわいな。 188 00:33:21,499 --> 00:33:27,105 とりわけ 片岡孝夫との組み合わせは 圧倒的な人気を誇り➡ 189 00:33:27,105 --> 00:33:31,109 二人が並ぶだけで 劇場の空気が変わった。 190 00:33:32,811 --> 00:33:40,719 しかし 女形の頂点に立つ 歌右衛門の目は厳しかった。 191 00:34:14,486 --> 00:34:21,526 ♬~ 192 00:34:21,526 --> 00:34:29,634 1978年 玉三郎は 後に代表作となる役と出会う。 193 00:34:29,634 --> 00:34:33,972 若い娘に扮した白鷺の精を演じ➡ 194 00:34:33,972 --> 00:34:38,710 狂おしい恋心を舞に託した。 195 00:34:38,710 --> 00:34:42,914 観客は 歌右衛門の築いた女形の世界に➡ 196 00:34:42,914 --> 00:34:47,519 新しい風が吹き込んだのを感じ取った。 197 00:35:16,715 --> 00:35:23,588 一方 60歳を超えた歌右衛門は 老いた自分を隠さず➡ 198 00:35:23,588 --> 00:35:27,492 芸をさらに深めていく。 199 00:35:30,261 --> 00:35:43,708 ♬~ 200 00:35:43,708 --> 00:35:51,116 よう死んでくれた… でかしゃった でかしゃった でかしゃった。 201 00:36:26,217 --> 00:36:31,790 撥音が たえました…。 202 00:36:31,790 --> 00:36:35,527 「たえました」というから あんた変だよ。 203 00:36:35,527 --> 00:36:40,832 「あ 撥音がたえました」と まっつぐ言っちゃいなさいよ。 204 00:36:40,832 --> 00:36:43,835 まっつぐ。 やってごらんなさい。 205 00:36:45,537 --> 00:36:51,409 しかし 70歳をすぎたころから けがや体調不良で➡ 206 00:36:51,409 --> 00:36:54,512 舞台を休むことも増えていった。 207 00:36:56,181 --> 00:36:59,751 さあ きらしゃんせ。 208 00:36:59,751 --> 00:37:05,757 歌右衛門の不在を埋めるように 女形の大役を務める俳優が台頭していた。 209 00:37:10,795 --> 00:37:13,598 実は この女形は…。 210 00:37:15,600 --> 00:37:22,107 かつて歌右衛門の襲名公演を離脱し 映画俳優に転じていた幼なじみ➡ 211 00:37:22,107 --> 00:37:26,478 大谷友右衛門だった。 212 00:37:26,478 --> 00:37:31,216 友右衛門は35歳の時 映画界を引退。 213 00:37:31,216 --> 00:37:38,022 夢を捨てきれず 関西歌舞伎に身を投じ 再起を図った。 214 00:37:39,858 --> 00:37:44,696 一人前の女形になるために 友右衛門が手本としたのは➡ 215 00:37:44,696 --> 00:37:50,802 兄と慕った歌右衛門の芸だった。 216 00:37:50,802 --> 00:37:57,542 不義理をした負い目を抱えながら 歌右衛門の舞台を録音したテープに合わせ➡ 217 00:37:57,542 --> 00:38:01,045 稽古を重ねた。 218 00:38:22,700 --> 00:38:28,139 そして 中村雀右衛門を襲名。 219 00:38:28,139 --> 00:38:33,945 目標としてきた歌右衛門の 当たり役を演じる機会が訪れる。 220 00:38:33,945 --> 00:38:37,849 ♬~ 221 00:38:37,849 --> 00:38:43,188 吉原一の花魁 八ツ橋だった。 222 00:38:43,188 --> 00:38:45,623 雀右衛門は意を決して➡ 223 00:38:45,623 --> 00:38:51,129 体調を崩し入院していた 歌右衛門のもとを訪れた。 224 00:38:52,730 --> 00:39:00,438 歌右衛門は ベッドから身を起こし 稽古をつけてくれた。 225 00:39:23,795 --> 00:39:26,097 ♬~ 226 00:39:26,097 --> 00:39:35,406 ♬~ 227 00:39:37,408 --> 00:39:42,380 これは 歌右衛門 最後の舞台。 228 00:39:42,380 --> 00:39:46,718 華やかな過去を回想しながら 老いの孤独に沈む➡ 229 00:39:46,718 --> 00:39:51,155 小野小町の晩年を演じた。 230 00:39:51,155 --> 00:40:00,965 ♬~ 231 00:40:00,965 --> 00:40:05,503 立っていることさえ ままならない状態だったが➡ 232 00:40:05,503 --> 00:40:11,409 僅かな動きと表情で演じきった。 233 00:40:18,216 --> 00:40:26,557 5年後 歌右衛門は 84年の生涯を閉じた。 234 00:40:26,557 --> 00:40:33,865 旅立ったのは 満開の桜に雪が舞う 不思議な日だった。 235 00:40:35,833 --> 00:40:41,639 生涯 570を超える役を演じた歌右衛門。 236 00:40:41,639 --> 00:40:50,114 遺影となったのは 当たり役 八ツ橋だった。 237 00:40:50,114 --> 00:40:59,223 女形の大名跡「中村歌右衛門」。 今も その名は空白のままである。 238 00:41:33,257 --> 00:41:37,128 歌右衛門 亡きあと 女形の世界を牽引したのは➡ 239 00:41:37,128 --> 00:41:40,031 雀右衛門だった。 240 00:41:40,031 --> 00:41:48,539 70歳で人間国宝になり 89歳まで舞台に立った。 241 00:42:21,639 --> 00:42:31,449 雀右衛門が亡くなった7か月後 坂東玉三郎は62歳で 人間国宝となった。 242 00:42:43,428 --> 00:42:46,731 ♬~ 243 00:42:46,731 --> 00:42:50,601 歌右衛門にしかできないと言われてきた… 244 00:42:50,601 --> 00:42:55,006 その難役を受け継いだ。 245 00:44:09,680 --> 00:44:40,177 ♬~