1 00:00:15,816 --> 00:00:24,324 2001年1月 JR新大久保駅で 痛ましい事故が起きた。 2 00:00:24,324 --> 00:00:27,661 線路に転落した男性を助けようと➡ 3 00:00:27,661 --> 00:00:33,133 ホームから 2人の男性が飛び降りた。 4 00:00:33,133 --> 00:00:37,004 しかし 直後 そこへ電車が入ってきた。 5 00:00:37,004 --> 00:00:41,108 3人全員が命を落とした。 6 00:00:47,014 --> 00:00:49,683 見知らぬ男性を 助けようとした➡ 7 00:00:49,683 --> 00:00:55,589 韓国人留学生 イ・スヒョンさん 26歳。 8 00:00:58,025 --> 00:01:03,964 目撃証言によれば スヒョンさんは 最後の瞬間まで逃げようとせず➡ 9 00:01:03,964 --> 00:01:08,468 両手を広げ 電車を止めようとしていたという。 10 00:01:10,304 --> 00:01:12,606 (すすり泣き) 11 00:01:14,174 --> 00:01:18,178 スヒョンさんは 日韓の懸け橋になりたいと➡ 12 00:01:18,178 --> 00:01:20,647 日本にやって来た。 13 00:01:20,647 --> 00:01:22,983 その勇気あふれる行動は➡ 14 00:01:22,983 --> 00:01:27,287 日韓共同製作による 映画にもなった。 15 00:01:30,857 --> 00:01:38,465 それから6年後。 まさに スヒョンさんの命日のことだった。 16 00:01:38,465 --> 00:01:42,669 両親が手を合わせていた ちょうど この夜➡ 17 00:01:42,669 --> 00:01:49,376 7キロ離れたJR上野駅で またしても転落事故が起きた。 18 00:01:51,011 --> 00:01:57,884 足をふらつかせ 男性が線路に転落。 19 00:01:57,884 --> 00:02:04,291 3人の乗客が 助けようと ホームから飛び降りた。 20 00:02:04,291 --> 00:02:06,226 (列車の警笛) 21 00:02:06,226 --> 00:02:09,029 6年前と同じだった。 22 00:02:11,164 --> 00:02:15,636 しかし 今度は救出は成功した。 23 00:02:15,636 --> 00:02:21,642 転落した人も 飛び降りた人も 間一髪 助かった。 24 00:02:23,310 --> 00:02:29,116 助けようと 線路に飛び降りた一人 山本 勲さん。 25 00:02:29,116 --> 00:02:32,919 なぜ そんな命懸けの行動ができたのか。 26 00:02:34,655 --> 00:02:37,557 この数日前 山本さんは➡ 27 00:02:37,557 --> 00:02:41,128 スヒョンさんの母親が書いた 本を手に取り➡ 28 00:02:41,128 --> 00:02:43,930 読み終えたところだった。 29 00:03:01,281 --> 00:03:07,954 極限状態にあって 人は 最高の勇気を発揮することがある。 30 00:03:07,954 --> 00:03:13,460 そして その勇気は 次の誰かを 動かしていく。 31 00:03:16,463 --> 00:03:20,967 その瞬間を 映像は捉えてきた。 32 00:03:24,805 --> 00:03:29,509 世界が経験した いくつもの巨大災害。 33 00:03:33,313 --> 00:03:37,818 そして 戦争。 34 00:03:37,818 --> 00:03:42,122 そこで受け渡された 勇気のバトンが➡ 35 00:03:42,122 --> 00:03:48,028 絶望や憎しみの中から 人々を立ち上がらせてきた。 36 00:03:50,864 --> 00:03:59,339 ひとりのささやかな営みが 時に世界を動かすことがある。 37 00:03:59,339 --> 00:04:03,944 危機の中で立ち現れ 危機に打ち勝ってきた➡ 38 00:04:03,944 --> 00:04:08,148 人間の勇気の物語である。 39 00:04:20,093 --> 00:04:27,200 これは 20世紀初頭の アメリカ サンフランシスコの街。 40 00:04:29,302 --> 00:04:31,638 このころ サンフランシスコは➡ 41 00:04:31,638 --> 00:04:37,444 人口40万を抱える 西海岸最大の都市だった。 42 00:04:40,647 --> 00:04:45,752 ここは街一番の繁華街 マーケット通り。 43 00:04:49,356 --> 00:04:52,993 まだ ぜいたく品だった 自動車が行き交い➡ 44 00:04:52,993 --> 00:04:57,597 通勤客がケーブルカーを止めようと 手を挙げている。 45 00:05:01,601 --> 00:05:07,274 右手には 歴代の大統領も宿泊した パレスホテルが➡ 46 00:05:07,274 --> 00:05:10,277 堂々とした たたずまいを見せる。 47 00:05:13,146 --> 00:05:20,287 この映像が撮影されたのは 1906年4月14日。 48 00:05:20,287 --> 00:05:27,093 この街を未曽有の大災害が襲ったのは 4日後のことだった。 49 00:05:33,834 --> 00:05:37,304 午前5時12分。 50 00:05:37,304 --> 00:05:43,310 街を マグニチュード7.7を超す 巨大地震が襲った。 51 00:05:44,978 --> 00:05:50,984 50か所以上で 火の手が上がり 瞬く間に燃え広がった。 52 00:05:54,321 --> 00:05:57,224 地震の4日前に撮影した人物が➡ 53 00:05:57,224 --> 00:06:01,127 直後に同じ場所を記録している。 54 00:06:05,432 --> 00:06:10,437 アメリカ屈指の繁華街は がれきと化していた。 55 00:06:13,173 --> 00:06:15,942 死者は3,000人を超え➡ 56 00:06:15,942 --> 00:06:21,748 人口の半数以上 22万人が家を失った。 57 00:06:25,452 --> 00:06:31,458 パレスホテルも焼け落ち 建物の構造だけが残された。 58 00:06:37,163 --> 00:06:41,968 この時 市当局が何より恐れていたのは➡ 59 00:06:41,968 --> 00:06:47,674 民衆がパニックに陥り 暴動や略奪に走ることだった。 60 00:07:06,760 --> 00:07:10,930 銀行の金庫を開けようとした 銀行職員から➡ 61 00:07:10,930 --> 00:07:14,267 地面にしゃがんでいただけの男性まで➡ 62 00:07:14,267 --> 00:07:19,606 火事場泥棒と見なされ 射殺された。 63 00:07:19,606 --> 00:07:25,612 一説によれば 射殺された市民は 500人に上るという。 64 00:07:28,615 --> 00:07:30,950 一方で 映像には➡ 65 00:07:30,950 --> 00:07:35,855 パニックとは程遠い光景も 映し出されている。 66 00:07:38,625 --> 00:07:44,130 力を合わせ がれきを片づける市民の姿。 67 00:08:11,624 --> 00:08:19,599 廃虚をバックに 路上に出したテーブルで お茶を楽しんでいる人々。 68 00:08:19,599 --> 00:08:21,801 笑顔も見える。 69 00:08:24,938 --> 00:08:27,440 家を失った ある女性が➡ 70 00:08:27,440 --> 00:08:32,278 空き缶1つと パイ皿1枚で始めた 炊き出し所は➡ 71 00:08:32,278 --> 00:08:36,783 やがて 300人に 食事を提供するようになり➡ 72 00:08:36,783 --> 00:08:42,088 いつしか パレスホテルと 呼ばれるようになった。 73 00:08:46,960 --> 00:08:53,967 極限状態の人々が助け合う姿を 見ていた少女がいた。 74 00:09:21,428 --> 00:09:26,299 8歳のドロシー・デイが この時 目にした光景が➡ 75 00:09:26,299 --> 00:09:31,905 少女の運命 そして世界を変えることになる。 76 00:09:38,278 --> 00:09:42,148 サンフランシスコ大地震から 17年後。 77 00:09:42,148 --> 00:09:46,553 今度は日本で 巨大地震が発生した。 78 00:09:49,622 --> 00:09:55,295 東京を中心に 21万棟を超す家屋が全焼。 79 00:09:55,295 --> 00:09:58,898 死者は10万人に上った。 80 00:10:03,970 --> 00:10:09,976 更に 混乱の中 各地で朝鮮人が襲撃された。 81 00:10:13,980 --> 00:10:21,087 司法省の調べによると 犠牲者の数は231人に上った。 82 00:10:23,656 --> 00:10:27,494 その一方で サンフランシスコと同じく➡ 83 00:10:27,494 --> 00:10:32,999 互いに助け合う人々の姿も ここかしこにあった。 84 00:10:34,667 --> 00:10:40,006 避難所となった 日比谷公園。 85 00:10:40,006 --> 00:10:44,911 汁粉や ライスカレーを振る舞う 屋台が並んでいる。 86 00:10:49,149 --> 00:10:53,453 持てる者は 持たざる者に手を差し伸べ➡ 87 00:10:53,453 --> 00:10:58,258 廃虚の街で支え合う様子が 記録されている。 88 00:11:02,962 --> 00:11:05,632 職業紹介所の前には➡ 89 00:11:05,632 --> 00:11:11,037 一から暮らしを立て直そうとする人々が 列を作った。 90 00:11:17,977 --> 00:11:23,783 実は 関東大震災の発生は 予言されていた。 91 00:11:23,783 --> 00:11:26,986 18年前に警告を発していたのは➡ 92 00:11:26,986 --> 00:11:33,126 東京帝国大学の地震学者 今村明恒。 93 00:11:33,126 --> 00:11:36,496 しかし ほら吹きと批判を浴び➡ 94 00:11:36,496 --> 00:11:40,700 防災対策の訴えが届くことはなかった。 95 00:11:46,005 --> 00:11:52,512 今村は 大地震の発生に備え 特別な地震計を作っていた。 96 00:11:55,148 --> 00:11:59,686 各地の地震計が 計測不能に陥る中➡ 97 00:11:59,686 --> 00:12:06,593 今村の地震計は 巨大な揺れを10分以上 記録し続けた。 98 00:12:26,312 --> 00:12:30,650 無念を抱えながら 今村は被災地を回り➡ 99 00:12:30,650 --> 00:12:33,853 その惨状を 目に焼き付けた。 100 00:12:35,989 --> 00:12:42,195 そこで目にした市民の姿が 失意から立ち直るきっかけとなった。 101 00:13:14,093 --> 00:13:18,798 これは 震災後 今村自ら カメラを買い求め➡ 102 00:13:18,798 --> 00:13:21,100 撮影した映像。 103 00:13:21,100 --> 00:13:23,970 市民に防災を呼びかけるため➡ 104 00:13:23,970 --> 00:13:29,575 全国各地を講演して回った 今村の姿が映っている。 105 00:13:31,311 --> 00:13:33,980 防災映画も作った。 106 00:13:33,980 --> 00:13:36,816 無用な恐怖心を取り除くため➡ 107 00:13:36,816 --> 00:13:41,921 地震とは何かを 子どもにも分かるよう解説した。 108 00:13:46,993 --> 00:13:52,865 次は 西日本に南海地震が襲うと 予測した今村は➡ 109 00:13:52,865 --> 00:13:58,705 私財をなげうち 8か所に観測所を設置。 110 00:13:58,705 --> 00:14:02,442 次こそは 大地震の兆しをつかみ➡ 111 00:14:02,442 --> 00:14:07,647 地震学者としての使命を果たそうと 決意していた。 112 00:14:09,215 --> 00:14:15,922 しかし 太平洋戦争が始まると 観測中止を余儀なくされた。 113 00:14:17,924 --> 00:14:22,628 最悪な形で 今村の予測は当たった。 114 00:14:22,628 --> 00:14:25,665 立て続けに大地震が発生。 115 00:14:25,665 --> 00:14:30,770 防災対策は またしても間に合わなかった。 116 00:14:35,108 --> 00:14:37,810 亡くなる4か月前にも➡ 117 00:14:37,810 --> 00:14:45,118 毎年続けてきた震災共同募金を 呼びかける 今村の姿があった。 118 00:15:11,077 --> 00:15:17,950 今村は 自らに課した使命を 果たすことはできなかった。 119 00:15:17,950 --> 00:15:21,721 しかし その執念は受け継がれ➡ 120 00:15:21,721 --> 00:15:26,926 63年後 多くの命を救うことになる。 121 00:15:36,235 --> 00:15:43,543 人々の勇気 善性が 最も現れたのが 戦争だった。 122 00:15:45,645 --> 00:15:49,315 第二次世界大戦が始まって 間もなく➡ 123 00:15:49,315 --> 00:15:54,020 ドイツ軍によって行われた ロンドン大空襲。 124 00:15:56,189 --> 00:16:02,895 8,000トンを超える爆弾が落とされ 2万人が犠牲となった。 125 00:16:05,798 --> 00:16:10,937 市民を パニックに陥れることが ドイツの狙いだと➡ 126 00:16:10,937 --> 00:16:14,640 首相 チャーチルは見ていた。 127 00:16:30,623 --> 00:16:35,962 チャーチルの懸念は 当たらなかった。 128 00:16:35,962 --> 00:16:39,966 空襲下のロンドンを捉えた映像である。 129 00:16:42,635 --> 00:16:49,642 力を合わせて 復興の作業に取りかかる男たちの姿。 130 00:16:53,279 --> 00:16:59,986 女たちは 食料を手に入れるため 整然と列を作っている。 131 00:17:03,589 --> 00:17:10,296 少女たちは メッセンジャーガールとなり 寸断された通信網を補った。 132 00:17:13,599 --> 00:17:16,502 (サイレン) 133 00:17:16,502 --> 00:17:25,211 夜を狙って ドイツ軍の攻撃が始まると 人々は 地下鉄の駅に向かい避難した。 134 00:17:43,596 --> 00:17:50,903 夜が明けると 人々は それぞれの職場に いつもどおり向かった。 135 00:17:54,974 --> 00:17:59,679 店も 変わらず営業を続けた。 136 00:18:04,250 --> 00:18:07,586 こうした光景に 衝撃を受けたのが➡ 137 00:18:07,586 --> 00:18:14,593 イギリスに派遣された アメリカ人兵士 チャールズ・フリッツだった。 138 00:18:43,489 --> 00:18:46,959 ロンドンと 全く同じことが➡ 139 00:18:46,959 --> 00:18:53,265 連合軍の無差別爆撃を受けた ドイツの街でも起きていた。 140 00:18:54,834 --> 00:19:02,141 ドイツ降伏後 アメリカ軍が ベルリンで撮影したカラーフィルム。 141 00:19:03,909 --> 00:19:08,581 そこには がれきを バケツリレーで運び出す➡ 142 00:19:08,581 --> 00:19:13,452 市民の姿が映し出されている。 143 00:19:13,452 --> 00:19:22,161 夫や息子を 戦争にとられた女性たちが 真っ先に立ち上がろうとしていた。 144 00:19:23,929 --> 00:19:28,801 ロンドンにいた アメリカ人兵士 チャールズ・フリッツは➡ 145 00:19:28,801 --> 00:19:34,940 敵国 ドイツでの 空襲の効果も調査していた。 146 00:19:34,940 --> 00:19:38,811 その後 災害研究者となったフリッツは➡ 147 00:19:38,811 --> 00:19:46,118 危機に直面した市民の行動を分析し ある論文を発表した。 148 00:20:22,321 --> 00:20:24,657 (爆発音) 149 00:20:24,657 --> 00:20:29,995 戦争が終わっても 平和は訪れなかった。 150 00:20:29,995 --> 00:20:34,667 アメリカとソ連による 核開発競争が始まる。 151 00:20:34,667 --> 00:20:39,672 世界が 核戦争の恐怖におびえた。 152 00:20:41,540 --> 00:20:49,014 アメリカ政府は 核戦争を想定した 避難訓練を全国で実施。 153 00:20:49,014 --> 00:20:52,685 ニューヨーク州では 法律が制定され➡ 154 00:20:52,685 --> 00:20:57,690 避難訓練への参加が 市民の義務とされた。 155 00:20:59,558 --> 00:21:06,966 これに反対し 訓練への参加拒否を 呼びかける女性が現れた。 156 00:21:06,966 --> 00:21:09,301 ドロシー・デイ。 157 00:21:09,301 --> 00:21:14,974 サンフランシスコ大地震で 人々が助け合う様子を見ていた➡ 158 00:21:14,974 --> 00:21:18,644 あの少女だった。 159 00:21:18,644 --> 00:21:23,315 ドロシーにとって この避難訓練に参加することは➡ 160 00:21:23,315 --> 00:21:29,655 核開発を 容認することに ほかならなかった。 161 00:21:29,655 --> 00:21:32,558 この映像は 避難訓練で➡ 162 00:21:32,558 --> 00:21:39,565 人々が 地下シェルターに 入っている最中に撮影されたもの。 163 00:21:41,667 --> 00:21:45,004 仲間と座り込みを始めたドロシーは➡ 164 00:21:45,004 --> 00:21:51,343 訓練に参加していないことを理由に 何度も逮捕された。 165 00:21:51,343 --> 00:21:55,014 幼い頃の大地震の記憶から➡ 166 00:21:55,014 --> 00:22:03,322 ドロシーは 危機に立ち向かう人間の勇気 善なるものを信じていた。 167 00:22:16,302 --> 00:22:19,638 ドロシーの願いは通じた。 168 00:22:19,638 --> 00:22:24,310 子どもを連れた母親たちが ドロシーたちのデモに加わった。 169 00:22:24,310 --> 00:22:28,981 それが報じられると 参加者は増え続け➡ 170 00:22:28,981 --> 00:22:34,286 ニューヨークのデモは 2,000人に膨れあがった。 171 00:22:45,331 --> 00:22:52,037 1961年になると それは 世界規模に広がる。 172 00:22:55,674 --> 00:22:59,011 アメリカの避難訓練は 廃止され➡ 173 00:22:59,011 --> 00:23:06,285 デモから2年後には 部分的核実験禁止条約に 米ソも署名。 174 00:23:06,285 --> 00:23:11,991 初めて 核開発に歯止めがかけられた。 175 00:23:14,960 --> 00:23:24,270 一人の女性の信念は 巨大なうねりを 巻き起こし 世界を動かした。 176 00:24:08,614 --> 00:24:13,619 2001年9月11日。 177 00:24:23,162 --> 00:24:29,902 1機目が 激突したのは 北棟95階付近だった。 178 00:24:29,902 --> 00:24:37,976 その直後の 北棟1階ロビーの貴重な映像である。 179 00:24:37,976 --> 00:24:44,984 人々は パニックに陥ることなく 落ち着いて避難を始めていた。 180 00:24:48,987 --> 00:24:56,328 これは 旅客機が激突したフロアの下 71階で働いていた男性が➡ 181 00:24:56,328 --> 00:25:01,633 非常階段を逃げながら撮影した写真。 182 00:25:03,602 --> 00:25:10,309 人々は 整然と譲り合いながら 階段を下りていた。 183 00:25:12,945 --> 00:25:16,615 みんなの恐怖を鎮めようと➡ 184 00:25:16,615 --> 00:25:21,620 「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌う 男性もいた。 185 00:25:43,642 --> 00:25:47,646 最初の激突から 17分後。 186 00:25:51,984 --> 00:25:58,323 今度は 南棟80階付近に 旅客機が激突。 187 00:25:58,323 --> 00:26:05,030 救助を続けていた 北棟ロビーの消防士は凍りついた。 188 00:26:13,806 --> 00:26:21,513 南棟にある投資銀行で働いていた ウェルズ・クラウザー。 189 00:26:23,282 --> 00:26:31,990 2機目が直撃したフロアより上の 104階のオフィスにいて無事だった。 190 00:26:34,626 --> 00:26:38,297 すぐに 母親に電話をかけた。 191 00:26:38,297 --> 00:26:42,000 そのボイスメッセージが残されている。 192 00:26:53,312 --> 00:27:00,586 ウェルズは すぐに非常階段を使い 避難を始めた。 193 00:27:00,586 --> 00:27:03,255 驚くべき行動に出たのは➡ 194 00:27:03,255 --> 00:27:09,561 旅客機が直撃した 78階に たどりついた時だった。 195 00:27:11,130 --> 00:27:14,867 下りるのを やめたのだ。 196 00:27:14,867 --> 00:27:20,806 炎の中 取り残されていた人たちを 助けるためだった。 197 00:27:20,806 --> 00:27:25,511 赤いバンダナで 口元を覆った。 198 00:28:09,121 --> 00:28:16,428 ウェルズに 命を助けられたと 証言した人は 12人に上った。 199 00:28:18,263 --> 00:28:23,969 激突から56分後 南棟は崩壊。 200 00:28:25,604 --> 00:28:30,943 巨大な粉じんの塊が 街を襲った。 201 00:28:30,943 --> 00:28:36,648 その様子を 周辺にいた女性が撮影していた。 202 00:28:39,284 --> 00:28:41,954 その映像である。 203 00:28:41,954 --> 00:28:47,292 逃げ場を失った女性を 飲食店のオーナーが飛び出し➡ 204 00:28:47,292 --> 00:28:50,295 間一髪で助けた。 205 00:29:29,868 --> 00:29:37,876 ハドソン川では 川べりに追い詰められた 人たちの救出作戦が始まった。 206 00:29:41,280 --> 00:29:46,952 次々に フェリー そして 一般市民の所有する船が➡ 207 00:29:46,952 --> 00:29:50,255 現場近くの埠頭に向かった。 208 00:29:51,823 --> 00:29:59,831 これは 遊覧船に乗り合わせた テレビクルーが撮影したとみられる映像。 209 00:30:06,972 --> 00:30:15,280 南棟に続いて 北棟も崩れ落ち 粉じんは 更に巨大化していった。 210 00:30:33,665 --> 00:30:39,538 既に この時点では 誰もが テロだと考えていた。 211 00:30:39,538 --> 00:30:45,844 更なる攻撃の恐怖におびえながらも 船は 救出に向かう。 212 00:31:02,294 --> 00:31:10,602 救出は 9時間にわたって行われ 実に50万人を避難させた。 213 00:31:16,308 --> 00:31:19,211 粉じんが落ち着くと➡ 214 00:31:19,211 --> 00:31:24,516 現場付近では 生き埋めとなった人々の捜索が始まった。 215 00:31:26,318 --> 00:31:34,659 一般市民も加わってのバケツリレーで がれきを運び出した。 216 00:31:34,659 --> 00:31:41,666 半年後 がれきの中から 一人の男性の遺体が見つかった。 217 00:31:45,303 --> 00:31:53,011 南棟に取り残されていた人々を 誘導し 救出した若者だった。 218 00:31:53,011 --> 00:32:00,285 発見が遅れたのは 遺体が がれきの一番下にあったからだ。 219 00:32:00,285 --> 00:32:07,959 つまり ビル崩落の際 彼は1階ロビー近くにいたことになる。 220 00:32:07,959 --> 00:32:12,831 逃げようと思えば 助かったはずのところにいたのだ。 221 00:32:12,831 --> 00:32:17,969 ウェルズは 少なくとも3回 上層階と往復し➡ 222 00:32:17,969 --> 00:32:24,843 最後の瞬間まで 救出活動を続けていた。 223 00:32:24,843 --> 00:32:32,517 子ども時代 消防団員だった 父親に憧れた ウェルズ。 224 00:32:32,517 --> 00:32:38,824 赤いバンダナは その父から もらったものだった。 225 00:32:40,992 --> 00:32:46,331 ウェルズが ボイスメッセージを残した 母 アリソンさんは➡ 226 00:32:46,331 --> 00:32:52,637 20年にわたり 息子のことを 中学生に向けて語ってきた。 227 00:33:13,492 --> 00:33:17,295 ウェルズの勇気ある行動を知り➡ 228 00:33:17,295 --> 00:33:22,601 救急隊員の道を選んだ 子どももいるという。 229 00:33:25,170 --> 00:33:28,306 事件から1か月後➡ 230 00:33:28,306 --> 00:33:33,178 アメリカは テロの首謀者を かくまっているという理由で➡ 231 00:33:33,178 --> 00:33:37,983 アフガニスタンへの攻撃を開始した。 232 00:33:37,983 --> 00:33:46,658 アメリカの世論も 9割近くが 報復攻撃を支持した。 233 00:33:46,658 --> 00:33:52,531 そうした中で 報復に 「ノー」を叫ぶ人々がいた。 234 00:33:52,531 --> 00:33:56,835 テロによる犠牲者の遺族たちだった。 235 00:34:11,616 --> 00:34:19,958 15人の遺族たちは 平和団体 「ピースフル・トゥモローズ」を発足。 236 00:34:19,958 --> 00:34:26,298 憎しみの連鎖を断ち切ろうと訴えた。 237 00:34:26,298 --> 00:34:29,634 2003年2月15日。 238 00:34:29,634 --> 00:34:38,977 「ピースフル・トゥモローズ」の遺族たちは イラクへの攻撃にも 反対の声を上げた。 239 00:34:38,977 --> 00:34:44,683 そして 10万の人々が通りを埋め尽くした。 240 00:34:46,318 --> 00:34:52,023 この動きは 世界各地にも連鎖した。 241 00:34:53,658 --> 00:35:02,934 参加した市民は 世界で 1,000万人に上ったといわれる。 242 00:35:02,934 --> 00:35:07,806 48年前 ドロシー・デイの抵抗から始まった➡ 243 00:35:07,806 --> 00:35:15,513 核廃絶への巨大なうねりが 再現されたかのような光景だった。 244 00:35:31,630 --> 00:35:41,339 2011年3月11日 日本を またしても巨大地震が襲った。 245 00:35:44,642 --> 00:35:50,982 大津波に襲われながら 多くの命が救われた集落がある。 246 00:35:50,982 --> 00:35:54,853 岩手県大船渡市 綾里地区。 247 00:35:54,853 --> 00:36:01,259 人口の99%が 助かった。 248 00:36:01,259 --> 00:36:04,929 奥に行くほど狭まる海岸線。 249 00:36:04,929 --> 00:36:13,938 明治時代には 本州で 計測史上最大となる 38メートルの大津波を記録するなど➡ 250 00:36:13,938 --> 00:36:17,609 大きな被害を受けてきた。 251 00:36:17,609 --> 00:36:22,480 この地に 足しげく通った地震学者がいた。 252 00:36:22,480 --> 00:36:26,284 関東大震災を 警告しながら➡ 253 00:36:26,284 --> 00:36:32,957 防災対策を実現できなかった 今村明恒である。 254 00:36:32,957 --> 00:36:39,631 関東大震災から 10年後 昭和三陸大津波が発生。 255 00:36:39,631 --> 00:36:46,504 今村は 岩手県の復興アドバイザーとして 綾里に通い続けた。 256 00:36:46,504 --> 00:36:54,646 今村が 住民たちに訴えたのは 集落全体の高地移転だった。 257 00:36:54,646 --> 00:36:57,315 今村の熱意は 人々を動かし➡ 258 00:36:57,315 --> 00:37:03,321 岩手県だけでも 3,000戸が 高台に移転した。 259 00:37:21,506 --> 00:37:26,277 今村は 1948年に亡くなったが➡ 260 00:37:26,277 --> 00:37:31,616 彼のやり残したことを 引き継ぐ人物が現れる。 261 00:37:31,616 --> 00:37:38,957 綾里出身の作家で 津波研究家の 山下文男。 262 00:37:38,957 --> 00:37:45,630 山下は 過去の津波被害を調査する中で 今村の著書に触れ➡ 263 00:37:45,630 --> 00:37:53,638 直接 言葉を交わしたことすらなかった 今村を いつしか 師と仰ぐようになった。 264 00:38:21,466 --> 00:38:26,271 一人一人 めいめいに高台に避難する➡ 265 00:38:26,271 --> 00:38:32,610 「津波てんでんこ」を提唱したのも 山下である。 266 00:38:32,610 --> 00:38:39,284 これは 東日本大震災の 2年前に撮影された映像。 267 00:38:39,284 --> 00:38:46,291 綾里小学校では 年に2度の避難訓練が実施されていた。 268 00:38:54,632 --> 00:38:58,970 そして 2011年3月11日。 269 00:38:58,970 --> 00:39:04,576 綾里に押し寄せた津波は 最大40メートルを超えた。 270 00:39:04,576 --> 00:39:07,478 うわ~ 何だ? 271 00:39:07,478 --> 00:39:17,589 山下の「津波てんでんこ」の教えのとおり 人々は めいめいに 高台に避難した。 272 00:39:17,589 --> 00:39:25,897 今村の助言を受け入れ 高地移転した 家々には 津波の被害はなかった。 273 00:39:27,932 --> 00:39:35,273 この時 山下は 陸前高田市で入院していた。 274 00:39:35,273 --> 00:39:40,945 これは その病院が被災した直後の映像。 275 00:39:40,945 --> 00:39:49,654 山下は 病院スタッフに抱えられ 屋上に避難する際 こう頼んだという。 276 00:40:04,636 --> 00:40:07,972 それから9か月後➡ 277 00:40:07,972 --> 00:40:13,278 山下は 87歳で この世を去った。 278 00:40:36,000 --> 00:40:40,672 ♬~ 279 00:40:40,672 --> 00:40:45,543 韓国人留学生 イ・スヒョンさんの 勇気に突き動かされ➡ 280 00:40:45,543 --> 00:40:52,850 16年前 線路に転落した男性を救出した 山本 勲さん。 281 00:40:55,019 --> 00:40:57,922 しかし 助けた男性は➡ 282 00:40:57,922 --> 00:41:04,629 その後 意識が戻ることなく 息を引き取っていた。 283 00:41:08,299 --> 00:41:15,306 程なくして 山本さんは 男性の妻から手紙を受け取った。 284 00:41:24,849 --> 00:41:32,523 当時 山本さんは 事業で行き詰まり 生きる気力を失いかけていた。 285 00:41:32,523 --> 00:41:38,529 この手紙を いつも持ち歩き 自らを励ましていたという。 286 00:41:56,681 --> 00:42:02,286 去年10月 東京で アジアからの留学生を支援する➡ 287 00:42:02,286 --> 00:42:07,625 奨学金の授与式が行われた。 288 00:42:07,625 --> 00:42:11,963 代表を務めるのは シン・ユンチャンさん。 289 00:42:11,963 --> 00:42:17,969 亡くなった韓国人留学生 スヒョンさんの母親である。 290 00:42:26,978 --> 00:42:36,320 事故直後 スヒョンさんの勇気に感動し 日本中から多額の義援金が寄せられた。 291 00:42:36,320 --> 00:42:44,662 この奨学金制度は そのお金をもとに始まったものである。 292 00:42:44,662 --> 00:42:50,968 これまで支援してきた学生は 1,109人に上る。 293 00:42:56,274 --> 00:43:00,144 スヒョンさんが 日本に留学したのは➡ 294 00:43:00,144 --> 00:43:06,284 日韓の懸け橋になりたいという 夢を抱いたからだった。 295 00:43:06,284 --> 00:43:13,291 その夢は 時空を超え 確かに受け継がれている。 296 00:43:58,002 --> 00:44:42,013 ♬~