1 00:00:00,934 --> 00:00:07,441 ♬~ 2 00:00:12,679 --> 00:00:16,383 ♬~ 3 00:00:16,383 --> 00:00:23,624 ボブ・ディランが1986年に発表した曲 「They Killed Him」。 4 00:00:23,624 --> 00:00:26,493 「奴らが彼を殺した」。 5 00:00:26,493 --> 00:01:05,299 ♬~ 6 00:01:30,490 --> 00:01:34,027 インド独立の父 ガンジー。 7 00:01:34,027 --> 00:01:37,064 史上初めて非暴力の力を➡ 8 00:01:37,064 --> 00:01:41,368 理念ではなく現実世界で証明した。 9 00:01:46,606 --> 00:01:50,510 400キロ離れた海岸を目指す… 10 00:01:52,412 --> 00:01:56,283 歩くという行動で イギリスの植民地支配を➡ 11 00:01:56,283 --> 00:01:58,885 根底から揺るがした。 12 00:02:00,721 --> 00:02:04,491 ガンジーが証明した非暴力の力は➡ 13 00:02:04,491 --> 00:02:08,595 時空を超え 人々に勇気を与えてゆく。 14 00:02:10,197 --> 00:02:14,701 ある者には 人種差別と闘うための力を。 15 00:02:31,318 --> 00:02:35,422 ある者には 独裁者と闘う力を。 16 00:02:40,527 --> 00:02:43,530 (銃声) (悲鳴) 17 00:02:45,198 --> 00:02:50,704 そして ある者には 軍隊の暴力に立ち向かう力を。 18 00:03:07,087 --> 00:03:10,690 「映像の世紀 バタフライエフェクト」。 19 00:03:13,560 --> 00:03:16,463 非暴力で世界を変える。 20 00:03:16,463 --> 00:03:23,003 ガンジーと その志を受け継いだ人々の 闘いの記録である。 21 00:03:23,003 --> 00:03:34,014 ♬~ 22 00:03:37,617 --> 00:03:41,822 ガンジーが撮影された最も古い映像が➡ 23 00:03:41,822 --> 00:03:44,024 南アフリカで見つかった。 24 00:03:46,993 --> 00:03:50,897 1912年 ヨハネスブルクの駅。 25 00:03:53,767 --> 00:03:58,605 インドから到着した客人を ホームで迎える男性。 26 00:03:58,605 --> 00:04:01,308 若き日のガンジーである。 27 00:04:06,713 --> 00:04:12,886 ガンジーはイギリス領だった南アフリカで 弁護士をしていた。 28 00:04:12,886 --> 00:04:15,789 同じイギリス領のインド系移民も多く➡ 29 00:04:15,789 --> 00:04:21,895 彼らのために人種差別的な法律へ 抗議の声を上げていた。 30 00:04:25,398 --> 00:04:29,703 ガンジーに 非暴力で闘うことの意味を教えたのが➡ 31 00:04:29,703 --> 00:04:36,309 遠くロシアで反戦を訴えていた文豪 レフ・トルストイの著書だった。 32 00:04:39,379 --> 00:04:41,314 ガンジーたっての 願いで➡ 33 00:04:41,314 --> 00:04:43,917 2人は 1年にわたって➡ 34 00:04:43,917 --> 00:04:46,419 手紙を やり取りした。 35 00:04:49,189 --> 00:04:54,094 トルストイが亡くなる2か月前の手紙が 残されている。 36 00:05:29,829 --> 00:05:35,635 1915年 ガンジーは母国インドに戻った。 37 00:05:37,671 --> 00:05:43,076 インドもまたイギリス帝国の 苛烈な植民地支配を受けていた。 38 00:05:46,279 --> 00:05:50,984 インドは イギリス製品の一大輸出市場だった。 39 00:05:54,054 --> 00:05:58,858 機械生産した安い綿製品を 大量に売りつけられ➡ 40 00:05:58,858 --> 00:06:04,030 19世紀には伝統の手織り業が衰退。 41 00:06:04,030 --> 00:06:07,634 農村の人々は貧困にあえいでいた。 42 00:06:22,382 --> 00:06:24,784 イギリスの搾取に抵抗し➡ 43 00:06:24,784 --> 00:06:26,720 独立を訴えるガンジーを➡ 44 00:06:26,720 --> 00:06:30,957 イギリス本国では 大英帝国の支配に盾つく➡ 45 00:06:30,957 --> 00:06:34,160 危険人物として報じた。 46 00:06:42,302 --> 00:06:46,473 このころ ガンジーが始めていた非暴力抵抗➡ 47 00:06:46,473 --> 00:06:50,076 それが「チャルカ」の復活だった。 48 00:06:52,913 --> 00:06:55,815 インド伝統の糸車で糸をつむぎ➡ 49 00:06:55,815 --> 00:06:58,418 織り上げた布を身にまとうことで➡ 50 00:06:58,418 --> 00:07:03,523 外国製品をボイコットする運動が 全国に広まった。 51 00:07:08,795 --> 00:07:13,600 ガンジーは 更に 大規模な非暴力運動を計画する。 52 00:07:19,739 --> 00:07:24,444 その出発を見守ろうと 2万人が詰めかけたという。 53 00:07:26,379 --> 00:07:32,485 行進はガンジーと78人の弟子たちと共に 始まった。 54 00:07:34,554 --> 00:07:39,759 インドではイギリス政府が 塩の製造と販売を独占していた。 55 00:07:42,062 --> 00:07:46,666 ガンジーは 400キロ近く離れた海岸まで歩き➡ 56 00:07:46,666 --> 00:07:51,504 あえて違法な塩作りをするという 抗議行動を計画した。 57 00:07:51,504 --> 00:07:56,109 そして 一部始終を世界に知らせるため➡ 58 00:07:56,109 --> 00:08:00,413 事前に欧米の記者たちにも知らせていた。 59 00:08:04,617 --> 00:08:09,622 これはフランスで上映されたとみられる ニュース映画。 60 00:08:18,665 --> 00:08:21,034 ガンジーのねらいどおり➡ 61 00:08:21,034 --> 00:08:25,372 この抗議行動は国内外の注目を集め➡ 62 00:08:25,372 --> 00:08:30,777 行進に加わる人々は 1万人に膨れ上がっていった。 63 00:08:32,645 --> 00:08:35,615 出発から26日目。 64 00:08:35,615 --> 00:08:38,818 目的地の海岸に到着。 65 00:08:42,455 --> 00:08:46,726 浜辺で塩の塊を手にした ガンジー。 66 00:08:46,726 --> 00:08:50,730 これこそが 国民が待っていた合図だった。 67 00:08:53,299 --> 00:08:55,668 インドの海岸という海岸で➡ 68 00:08:55,668 --> 00:09:01,374 不当な法律に抗議する塩作りが 一斉に始まったのだ。 69 00:09:06,379 --> 00:09:09,215 これは塩を作るため➡ 70 00:09:09,215 --> 00:09:11,651 海岸に向かう行進を捉えた➡ 71 00:09:11,651 --> 00:09:14,254 大都市ボンベイの映像。 72 00:09:19,459 --> 00:09:22,162 慌てたインド総督府は➡ 73 00:09:22,162 --> 00:09:26,066 塩作りに向かう人々の 大量逮捕に踏み切る。 74 00:09:31,571 --> 00:09:35,675 逮捕者は瞬く間に10万人を超えた。 75 00:09:42,215 --> 00:09:46,953 無抵抗の人々が 警棒で無残に倒されていく様子を➡ 76 00:09:46,953 --> 00:09:50,857 一人のアメリカ人記者が目撃していた。 77 00:10:16,950 --> 00:10:20,820 塩の行進から1年後。 78 00:10:20,820 --> 00:10:25,925 インド総督は限定付きながらも 塩作りを許可した。 79 00:10:30,563 --> 00:10:34,367 逮捕されていた人々も 釈放された。 80 00:10:37,837 --> 00:10:42,242 この事態に激しい怒りを表したのが… 81 00:11:11,838 --> 00:11:15,408 ガンジーは インドの統治について話し合う➡ 82 00:11:15,408 --> 00:11:19,178 ロンドンでの会議に 招かれることになった。 83 00:11:19,178 --> 00:11:25,485 その出発に向けてアメリカの映画会社が 独占インタビューをしている。 84 00:11:27,320 --> 00:11:32,125 ガンジーが残した初めての肉声である。 85 00:12:11,297 --> 00:12:14,567 しかし ロンドンでの 会議の結果は➡ 86 00:12:14,567 --> 00:12:18,871 インドの人々の期待を 裏切るものだった。 87 00:12:22,175 --> 00:12:26,412 2時間にわたって演説し インド独立を訴えたが➡ 88 00:12:26,412 --> 00:12:29,816 全く相手にされなかった。 89 00:12:33,253 --> 00:12:38,858 それでもガンジーは 非暴力の理想を語り続けた。 90 00:12:54,841 --> 00:12:57,310 ガンジーに従った仲間たちも➡ 91 00:12:57,310 --> 00:13:02,115 非暴力抵抗に 限界を感じるようになっていた。 92 00:13:21,968 --> 00:13:27,273 インドの独立を後押ししたのは 戦争だった。 93 00:13:28,841 --> 00:13:31,644 第2次世界大戦で疲弊した イギリスに➡ 94 00:13:31,644 --> 00:13:35,348 インドを 引き止める力はなかった。 95 00:13:42,088 --> 00:13:48,294 この時 大きな問題となったのが 宗教間の対立だった。 96 00:13:50,530 --> 00:13:55,101 人口の7割をヒンドゥー教徒が➡ 97 00:13:55,101 --> 00:14:01,374 2割以上をイスラム教徒が 占めていたインド。 98 00:14:01,374 --> 00:14:06,212 ガンジーは多様な宗教が共存する 統一インドを望んだが➡ 99 00:14:06,212 --> 00:14:09,015 その願いはかなわなかった。 100 00:14:12,018 --> 00:14:14,854 インド独立の前日。 101 00:14:14,854 --> 00:14:19,258 イスラム教徒の国 パキスタンが誕生した。 102 00:14:22,895 --> 00:14:27,200 それぞれの国に向かう 民族の大移動が始まった。 103 00:14:31,404 --> 00:14:35,575 各地で激しい暴動と虐殺が起こり➡ 104 00:14:35,575 --> 00:14:39,379 200万ともいわれる犠牲者を生んだ。 105 00:14:42,915 --> 00:14:46,285 これは武器を置くよう 説きながら➡ 106 00:14:46,285 --> 00:14:51,090 村から村へ はだしで行脚する ガンジーの映像。 107 00:15:12,845 --> 00:15:16,816 イスラム教徒との融和を訴える ガンジーに➡ 108 00:15:16,816 --> 00:15:21,921 憎しみを募らせるヒンドゥー教徒もいた。 109 00:15:21,921 --> 00:15:24,257 (爆発音) 110 00:15:24,257 --> 00:15:30,163 この日 ガンジーの命を狙い 爆弾が仕掛けられていた。 111 00:15:48,748 --> 00:15:51,417 ガンジー 78歳の➡ 112 00:15:51,417 --> 00:15:56,722 生涯最後の非暴力の抵抗を捉えた 映像である。 113 00:15:56,722 --> 00:16:00,259 各地の暴動を止めるため➡ 114 00:16:00,259 --> 00:16:03,362 死を覚悟した断食を始めたのだ。 115 00:16:06,532 --> 00:16:08,935 ガンジーを死なせてはならないと➡ 116 00:16:08,935 --> 00:16:12,238 首都デリーの暴動は止まった。 117 00:16:16,175 --> 00:16:20,379 ガンジーは断食を終えた。 118 00:16:20,379 --> 00:16:24,784 夕べの祈りを ささげにいく途中のことだった。 119 00:16:26,886 --> 00:16:29,789 (銃声) 120 00:16:29,789 --> 00:16:33,492 ガンジーを 暗殺したのは➡ 121 00:16:33,492 --> 00:16:37,296 30代の ヒンドゥー教徒だった。 122 00:16:39,298 --> 00:16:42,668 18年前 ガンジーを信じ➡ 123 00:16:42,668 --> 00:16:46,172 塩の行進に加わった一人だった。 124 00:16:51,077 --> 00:16:53,913 暗殺される数日前➡ 125 00:16:53,913 --> 00:16:59,919 自らの死を予感していたかのような ガンジーの肉声が残されている。 126 00:17:30,583 --> 00:17:34,287 ガンジー暗殺から11年後。 127 00:17:41,327 --> 00:17:46,332 ガンジーが火葬された場所を訪れる アメリカ人がいた。 128 00:17:52,972 --> 00:17:55,775 アメリカの 黒人差別撤廃のために➡ 129 00:17:55,775 --> 00:17:58,377 立ち上がっていた。 130 00:18:33,612 --> 00:18:39,285 キングが牧師として働いたのは アメリカ南部のアラバマ州。 131 00:18:39,285 --> 00:18:42,788 黒人差別の激しい土地だった。 132 00:18:46,792 --> 00:18:50,463 「ジムクロウ法」という 人種分離法によって➡ 133 00:18:50,463 --> 00:18:56,268 あらゆる施設が白人専用と黒人専用に 分けられていた。 134 00:19:00,206 --> 00:19:04,910 1955年 バスの中で事件は起きた。 135 00:19:09,448 --> 00:19:12,451 前方の席は白人が座り➡ 136 00:19:12,451 --> 00:19:17,857 黒人は 後方に座るよう義務づけられていた。 137 00:19:23,896 --> 00:19:29,702 ある日 黒人専用の最前列に座っていた ローザ・パークスは➡ 138 00:19:29,702 --> 00:19:36,042 運転手から白人に席を譲るよう言われたが これを拒否。 139 00:19:36,042 --> 00:19:39,645 ローザは逮捕された。 140 00:19:42,815 --> 00:19:45,051 その4日後➡ 141 00:19:45,051 --> 00:19:48,754 キング牧師たちの非暴力による抗議が 始まった。 142 00:19:51,290 --> 00:19:55,394 バスの乗車拒否をする ボイコット運動である。 143 00:19:58,397 --> 00:20:02,301 徒歩で通勤する黒人たちの映像。 144 00:20:05,604 --> 00:20:10,009 「公共交通」と書かれた手書きの看板。 145 00:20:12,678 --> 00:20:15,314 車を持っている者は車を出し➡ 146 00:20:15,314 --> 00:20:19,618 相乗りするネットワークが生まれた。 147 00:20:21,520 --> 00:20:26,325 キング牧師は ボイコットを 先導した罪で逮捕された。 148 00:20:31,697 --> 00:20:34,600 キングらの家が爆破されるなど➡ 149 00:20:34,600 --> 00:20:38,104 運動は激しい妨害に遭っていた。 150 00:20:42,208 --> 00:20:47,346 裁判が終わり 判決が下った直後のキング。 151 00:20:47,346 --> 00:20:50,049 その時の貴重な肉声である。 152 00:21:11,971 --> 00:21:14,874 1年後 連邦最高裁は➡ 153 00:21:14,874 --> 00:21:18,878 バスの人種隔離に 違憲判決を下した。 154 00:21:22,615 --> 00:21:25,417 この日 バスに乗り込み➡ 155 00:21:25,417 --> 00:21:30,122 白人と共に 前方に座るキングの姿があった。 156 00:21:37,029 --> 00:21:40,065 1963年 春。 157 00:21:40,065 --> 00:21:42,835 更なる 差別の撤廃を求めて➡ 158 00:21:42,835 --> 00:21:47,506 キングは 大規模なデモを計画した。 159 00:21:47,506 --> 00:21:51,377 キングは あらかじめ デモを行うことを➡ 160 00:21:51,377 --> 00:21:54,180 記者たちにも知らせていた。 161 00:21:59,018 --> 00:22:05,524 33年前 ガンジーが 塩の行進の時に取った戦略と同じだった。 162 00:22:07,159 --> 00:22:11,997 警官が警察犬をデモ参加者にけしかける。 163 00:22:11,997 --> 00:22:15,501 (ほえる声) 164 00:22:18,737 --> 00:22:24,143 更に消防用の高圧放水を 容赦なく浴びせた。 165 00:22:26,278 --> 00:22:31,984 それでも抵抗しようとしない人々の映像が 全米に流れた。 166 00:22:57,910 --> 00:23:01,113 その3か月後のことだった。 167 00:23:04,783 --> 00:23:10,089 20万を超える人々が 首都ワシントンに集結した。 168 00:23:14,360 --> 00:23:18,964 多くの白人も参加していた。 169 00:23:18,964 --> 00:23:23,669 白人と黒人が並んでデモ行進する この光景は➡ 170 00:23:23,669 --> 00:23:26,472 誰も見たことがないものだった。 171 00:23:33,445 --> 00:23:35,581 (歓声と拍手) 172 00:23:35,581 --> 00:23:37,516 デビューして 間もない➡ 173 00:23:37,516 --> 00:23:39,551 ボブ・ディランの姿もあった。 174 00:23:39,551 --> 00:23:45,624 ♬「A bullet from the back of a bush took Medgar Evers’blood.」 175 00:23:45,624 --> 00:23:49,428 ♬「A finger fired the trigger to his name.」 176 00:23:49,428 --> 00:23:55,234 彼は そこで 生涯忘れられない光景を見た。 177 00:24:02,441 --> 00:24:06,345 (歓声と拍手) 178 00:24:23,062 --> 00:24:25,264 (拍手) 179 00:24:37,910 --> 00:24:43,615 (歓声と拍手) 180 00:24:55,327 --> 00:25:01,033 (歓声と拍手) 181 00:25:02,935 --> 00:25:08,374 そのよくとし 広く人種差別を禁止する 公民権法に➡ 182 00:25:08,374 --> 00:25:11,877 ジョンソン大統領が 署名した。 183 00:25:19,151 --> 00:25:23,856 しかし その後も 居住地区が制限されるなど➡ 184 00:25:23,856 --> 00:25:27,760 黒人に対する差別は 根強く残っていた。 185 00:25:32,698 --> 00:25:36,735 差別解消を 訴え続けるキングに向けられる敵意も➡ 186 00:25:36,735 --> 00:25:38,737 変わらなかった。 187 00:25:41,173 --> 00:25:43,709 (爆発音) 188 00:25:43,709 --> 00:25:49,515 石や木の棒が投げつけられ キングは度々襲われていた。 189 00:25:49,515 --> 00:25:52,918 殺害予告も送りつけられた。 190 00:26:02,928 --> 00:26:05,831 メンフィスを訪れた時の映像。 191 00:26:05,831 --> 00:26:09,668 (拍手) 192 00:26:09,668 --> 00:26:14,273 これが 生涯最後の演説となった。 193 00:26:53,679 --> 00:26:59,284 (盛り上がる声) 194 00:26:59,284 --> 00:27:01,286 その翌日だった。 195 00:27:03,956 --> 00:27:05,891 (銃声) 196 00:27:05,891 --> 00:27:11,130 白人の男が放った 1発の銃弾によって➡ 197 00:27:11,130 --> 00:27:14,132 キング牧師は命を落とした。 198 00:27:18,036 --> 00:27:20,639 (驚く声) 199 00:27:32,284 --> 00:27:35,053 それから1か月。 200 00:27:35,053 --> 00:27:39,758 キングが暗殺されたホテルに 人々が集まった。 201 00:27:42,294 --> 00:27:44,263 ここメンフィスから➡ 202 00:27:44,263 --> 00:27:48,567 全米各地で「貧者の行進」が 始まろうとしていた。 203 00:27:50,569 --> 00:27:54,072 非暴力の力を 再び証明するため➡ 204 00:27:54,072 --> 00:27:58,677 キングが生前最後に 計画していたものだった。 205 00:28:03,115 --> 00:28:08,654 貧者の行進の最終目的地は 首都ワシントン。 206 00:28:08,654 --> 00:28:12,958 人々は巨大なスラム街をつくった。 207 00:28:15,794 --> 00:28:22,901 そこで3,000人が6週間にわたって暮らし 貧困の根絶を訴えた。 208 00:28:28,974 --> 00:28:32,844 ガンジーをたたえた 「They Killed Him」。 209 00:28:32,844 --> 00:28:36,748 2番ではキングのことを 歌っている。 210 00:28:36,748 --> 00:29:08,647 ♬~ 211 00:29:08,647 --> 00:29:10,616 (キング)「I Have a Dream」。 212 00:29:10,616 --> 00:29:13,719 (歓声と拍手) 213 00:29:22,327 --> 00:29:29,034 その15年後の1983年 台湾の空港。 214 00:29:33,772 --> 00:29:38,577 ここにも 非暴力で闘おうとする人物がいた。 215 00:29:42,481 --> 00:29:44,783 亡命先のアメリカから➡ 216 00:29:44,783 --> 00:29:47,252 母国フィリピンに帰国しようとしていた➡ 217 00:29:47,252 --> 00:29:52,724 ベニグノ・アキノ元上院議員。 218 00:29:52,724 --> 00:29:54,726 民主化運動を率い➡ 219 00:29:54,726 --> 00:29:57,629 国民の人気を集めた 政治家である。 220 00:30:00,799 --> 00:30:03,802 フィリピンではマルコス大統領が➡ 221 00:30:03,802 --> 00:30:08,573 11年にわたって独裁を敷いていた。 222 00:30:08,573 --> 00:30:13,078 マルコス大統領は アキノを逮捕 投獄し➡ 223 00:30:13,078 --> 00:30:18,183 銃殺刑を言い渡したあと アメリカに追放していた。 224 00:30:21,787 --> 00:30:27,192 独裁政権と闘い続ける方法を探し続けた アキノ。 225 00:30:27,192 --> 00:30:31,296 それをガンジーの闘いの中に 見つけた。 226 00:30:34,966 --> 00:30:41,073 78年の苦難に満ちた生涯を描いた 劇映画「ガンジー」。 227 00:30:43,008 --> 00:30:46,712 この映画を アキノは3回も見た。 228 00:30:48,780 --> 00:30:53,452 そして 決まって 死の直前の断食の場面で➡ 229 00:30:53,452 --> 00:30:55,654 涙したという。 230 00:31:25,450 --> 00:31:28,920 フィリピンに向かうアキノ。 231 00:31:28,920 --> 00:31:33,859 マニラ到着後 支持者と共に 大統領府まで行進し➡ 232 00:31:33,859 --> 00:31:38,463 直接対話をマルコスに求める計画だった。 233 00:31:42,467 --> 00:31:46,338 彼もまた一部始終を記録させるため➡ 234 00:31:46,338 --> 00:31:50,342 日本とアメリカの取材陣を 同行させていた。 235 00:32:10,061 --> 00:32:12,297 マニラに到着。 236 00:32:12,297 --> 00:32:17,002 アキノにとっての塩の行進が 始まろうとしていた。 237 00:32:19,070 --> 00:32:23,375 すぐに軍の兵士が乗り込んできた。 238 00:32:33,985 --> 00:32:37,856 連行されるアキノ。 239 00:32:37,856 --> 00:32:42,661 姿が見えなくなった その時だった。 240 00:32:42,661 --> 00:32:45,063 (銃声) 241 00:32:47,199 --> 00:32:49,501 (銃声) (悲鳴) 242 00:32:57,976 --> 00:33:03,982 カメラが捉えたのは うつぶせに倒れたアキノの姿だった。 243 00:33:09,788 --> 00:33:13,658 これは 10日後に行われた葬儀の映像。 244 00:33:13,658 --> 00:33:17,295 (歓声と拍手) 245 00:33:17,295 --> 00:33:19,598 数十万の市民が➡ 246 00:33:19,598 --> 00:33:23,101 アキノのひつぎに続いて 行進した。 247 00:33:26,972 --> 00:33:29,307 アキノ暗殺は➡ 248 00:33:29,307 --> 00:33:34,079 マルコス退陣を求める機運を 爆発させた。 249 00:33:34,079 --> 00:33:39,284 3年後 同じ通りを 100万の人々が埋め尽くした。 250 00:33:41,319 --> 00:33:45,991 マルコス大統領は 市民の側についた反乱軍を鎮圧するため➡ 251 00:33:45,991 --> 00:33:48,894 すぐに政府軍を出動させる。 252 00:33:52,230 --> 00:33:55,534 人々はアキノの遺志を受け継ぎ➡ 253 00:33:55,534 --> 00:33:59,137 非暴力で軍の行く手を阻んだ。 254 00:34:05,243 --> 00:34:08,446 アキノへの支持を示す 黄色いバラを➡ 255 00:34:08,446 --> 00:34:11,149 兵士に差し出す。 256 00:34:13,952 --> 00:34:16,021 その団結を目の当たりにし➡ 257 00:34:16,021 --> 00:34:20,625 市民の側につく兵士たちが次々に現れた。 258 00:34:23,962 --> 00:34:28,733 これは部隊ごと寝返った 政府軍のヘリコプターが➡ 259 00:34:28,733 --> 00:34:32,904 市民に迎えられ着陸する映像である。 260 00:34:32,904 --> 00:34:35,206 (歓声と拍手) 261 00:34:37,709 --> 00:34:41,513 追い込まれたマルコスは 急きょ 記者会見を開き➡ 262 00:34:41,513 --> 00:34:46,418 国営放送を使って 健在をアピールしようとした。 263 00:34:49,254 --> 00:34:51,656 その時だった。 264 00:34:59,898 --> 00:35:01,100 (拍手) 265 00:35:04,769 --> 00:35:10,075 政府が管理していた放送局が 占拠された瞬間だった。 266 00:35:12,377 --> 00:35:16,548 マルコス大統領がフィリピン脱出を 決めたのは➡ 267 00:35:16,548 --> 00:35:19,250 翌日のことだった。 268 00:35:22,687 --> 00:35:25,624 同じ日 人々に推され➡ 269 00:35:25,624 --> 00:35:28,059 大統領に就任にしたのは➡ 270 00:35:28,059 --> 00:35:31,563 アキノの妻 コラソンだった。 271 00:35:35,400 --> 00:35:38,370 3年前に暗殺された日➡ 272 00:35:38,370 --> 00:35:44,175 アキノが読み上げるはずだった スピーチの原稿が残されている。 273 00:36:12,704 --> 00:36:14,673 その2年後。 274 00:36:14,673 --> 00:36:19,177 非暴力で闘う人々が ミャンマーにも現れる。 275 00:36:22,347 --> 00:36:25,717 1988年8月。 276 00:36:25,717 --> 00:36:28,920 民主化を求めて 学生たちが決起。 277 00:36:31,356 --> 00:36:33,925 しかし ミャンマーの軍事政権は➡ 278 00:36:33,925 --> 00:36:37,429 実弾による鎮圧に乗り出した。 279 00:36:42,767 --> 00:36:48,873 そこに敢然と立ち向かったのが イギリスから一時帰国していた… 280 00:37:04,889 --> 00:37:07,892 (拍手) 281 00:37:07,892 --> 00:37:13,164 かつてイギリス領だった ミャンマー。 282 00:37:13,164 --> 00:37:15,767 国軍を創設し➡ 283 00:37:15,767 --> 00:37:19,070 独立への 道筋をつけた アウン・サン将軍が➡ 284 00:37:19,070 --> 00:37:21,973 スー・チーの 父親だった。 285 00:37:24,642 --> 00:37:28,346 父親の死後 インドに渡り➡ 286 00:37:28,346 --> 00:37:33,852 ガンジーのまな弟子だったネルーと 家族ぐるみの交流を重ねた。 287 00:38:00,311 --> 00:38:03,014 反政府デモの鎮圧後➡ 288 00:38:03,014 --> 00:38:06,885 ミャンマーの軍事政権は 各地で戒厳令を敷くなど➡ 289 00:38:06,885 --> 00:38:09,988 民主化の動きを封じ込めようとした。 290 00:38:11,756 --> 00:38:15,260 スー・チーもまた非暴力で立ち向かった。 291 00:38:18,963 --> 00:38:22,834 5人以上の集会は禁じられていたが➡ 292 00:38:22,834 --> 00:38:26,037 スー・チーはひるまなかった。 293 00:38:46,057 --> 00:38:48,960 震える手で一歩も引かない姿が➡ 294 00:38:48,960 --> 00:38:51,663 映像に記録されている。 295 00:38:55,300 --> 00:38:59,070 彼女の影響力に 危機感を抱いた軍政府は➡ 296 00:38:59,070 --> 00:39:03,274 スー・チーを 自宅軟禁下に置いた。 297 00:39:06,611 --> 00:39:12,517 それでもスー・チーは断食をして 無言の抵抗を続けた。 298 00:39:15,220 --> 00:39:18,723 海外のメディアは繰り返し報じた。 299 00:39:26,898 --> 00:39:30,802 外出が許されない スー・チーの代わりに➡ 300 00:39:30,802 --> 00:39:34,339 イギリスに離れて暮らす 夫と2人の息子が➡ 301 00:39:34,339 --> 00:39:36,341 受け取った。 302 00:39:44,015 --> 00:39:47,885 延べ15年に及んだ 自宅軟禁が解かれ➡ 303 00:39:47,885 --> 00:39:51,789 スー・チーが 姿を現した時の映像。 304 00:39:58,630 --> 00:40:03,368 人々はスー・チーを待ち続けていた。 305 00:40:03,368 --> 00:40:05,470 (拍手) 306 00:40:07,739 --> 00:40:10,008 圧倒的な人気を後押しに➡ 307 00:40:10,008 --> 00:40:12,944 5年後の総選挙で勝利を収め➡ 308 00:40:12,944 --> 00:40:16,848 事実上の最高指導者となった。 309 00:40:21,619 --> 00:40:26,925 続く2020年の総選挙で圧勝。 310 00:40:26,925 --> 00:40:31,329 一気に民主化が進むと思われた。 311 00:40:31,329 --> 00:40:33,331 ところが…。 312 00:40:35,767 --> 00:40:40,571 軍がクーデターによって 再びスー・チーを拘束した。 313 00:40:46,210 --> 00:40:51,883 人々は職場放棄による 市民不服従運動を展開し➡ 314 00:40:51,883 --> 00:40:54,485 スー・チーの解放を求めた。 315 00:41:01,292 --> 00:41:05,463 軍は実弾で鎮圧に乗り出した。 316 00:41:05,463 --> 00:41:07,565 (銃声) 317 00:41:15,139 --> 00:41:18,409 非暴力の抵抗に限界を感じ➡ 318 00:41:18,409 --> 00:41:21,612 武装化する人々も現れた。 319 00:41:24,248 --> 00:41:28,753 今も軍事政権への抵抗は続いている。 320 00:41:30,922 --> 00:41:37,695 スー・チーは刑務所に収監されたままと みられている。 321 00:41:37,695 --> 00:41:40,698 現在78歳。 322 00:41:40,698 --> 00:41:44,702 残り27年の刑期が 科されている。 323 00:41:51,142 --> 00:41:54,545 ガンジーが生まれたインドは今…。 324 00:41:58,349 --> 00:42:03,254 人口は中国を抜いて世界1位に。 325 00:42:04,956 --> 00:42:08,559 GDPは世界5位に躍進。 326 00:42:08,559 --> 00:42:11,863 大きく存在感を増している。 327 00:42:24,142 --> 00:42:26,878 (爆発音) 328 00:42:26,878 --> 00:42:31,182 経済成長とともに ナショナリズムも高まり➡ 329 00:42:31,182 --> 00:42:35,987 宗教をめぐる衝突や 弾圧も頻発している。 330 00:42:41,192 --> 00:42:44,829 非暴力を訴えたガンジーの国 インドは➡ 331 00:42:44,829 --> 00:42:49,434 今 世界4位の軍事大国となっている。 332 00:42:51,969 --> 00:42:57,575 75年前のガンジーの葬儀の映像が 残されている。 333 00:43:04,549 --> 00:43:07,151 イスラム ヒンドゥーなど➡ 334 00:43:07,151 --> 00:43:11,989 宗教を超え集まった 100万以上の人々が見守る中➡ 335 00:43:11,989 --> 00:43:17,895 ガンジーの遺灰は 母なる川 ガンジスへと帰った。 336 00:43:23,067 --> 00:43:25,670 暗殺される4か月前➡ 337 00:43:25,670 --> 00:43:29,474 人生最後の誕生日を迎えたガンジーは➡ 338 00:43:29,474 --> 00:43:32,577 こんな言葉を残している。 339 00:44:06,878 --> 00:44:15,586 ♬~(「They Killed Him」) 340 00:44:15,586 --> 00:44:41,879 ♬~