1 00:00:00,934 --> 00:00:09,243 ♬~ 2 00:00:22,990 --> 00:00:28,328 映画史に残る ラブロマンスの傑作… 3 00:00:28,328 --> 00:00:33,200 フランス領モロッコを舞台に 恋人たちの再会を描いた➡ 4 00:00:33,200 --> 00:00:37,204 アカデミー賞受賞作品である。 5 00:00:42,676 --> 00:00:47,347 実は 「カサブランカ」は アメリカの諜報機関と➡ 6 00:00:47,347 --> 00:00:52,653 ハリウッドが協力して作った プロパガンダ映画だった。 7 00:00:54,688 --> 00:00:59,026 映画が作られたのは 1942年。 8 00:00:59,026 --> 00:01:04,731 ナチスドイツが フランスを占領していた時代だった。 9 00:01:06,833 --> 00:01:12,973 酒場に ナチスの将校が 我が物顔に入ってくるシーン。 10 00:01:12,973 --> 00:01:17,644 すると 人々は フランス国歌を熱唱。 11 00:01:17,644 --> 00:01:21,515 ♬~(歌声) 12 00:01:21,515 --> 00:01:25,986 ナチスへの抵抗の意思を示す。 13 00:01:25,986 --> 00:01:30,324 観客に ナチスを悪役と印象づけ➡ 14 00:01:30,324 --> 00:01:35,629 敵がい心を植え付けるのが目的だった。 15 00:01:37,998 --> 00:01:45,706 第二次世界大戦中 国家は 映像の力を戦争に利用した。 16 00:01:51,545 --> 00:01:55,015 ナチスの宣伝大臣 ゲッベルスは➡ 17 00:01:55,015 --> 00:01:59,853 ヒトラーの神格化や ユダヤ人排斥を目的に➡ 18 00:01:59,853 --> 00:02:03,824 数々の映画を作らせた。 19 00:02:03,824 --> 00:02:09,830 その思惑は 娯楽映画の中に巧妙に隠された。 20 00:02:30,650 --> 00:02:33,987 一方 日本とアメリカは➡ 21 00:02:33,987 --> 00:02:38,291 映像によって 互いへの憎しみをあおった。 22 00:02:52,339 --> 00:02:59,046 そして 大量殺りく兵器の使用すら 正当化しようとする。 23 00:03:12,292 --> 00:03:17,164 私たちは なぜ こんな世界に住んでいるのか。 24 00:03:17,164 --> 00:03:23,637 歴史の連鎖をたどる 「映像の世紀 バタフライエフェクト」。 25 00:03:23,637 --> 00:03:31,511 今回は 映像の中に隠された 国家の嘘と嘘の激突である。 26 00:03:31,511 --> 00:03:42,222 ♬~ 27 00:03:45,892 --> 00:03:51,331 物語の始まりは 1920年のロシア。 28 00:03:51,331 --> 00:03:57,671 一人の若き志願兵が 戦地へ向かう列車に乗り込んでいた。 29 00:03:57,671 --> 00:04:00,974 彼の名は… 30 00:04:04,945 --> 00:04:09,816 当時 ロシアは 社会主義革命を目指す赤軍と➡ 31 00:04:09,816 --> 00:04:15,822 反対勢力の白軍に分かれ 激しい内戦を繰り広げていた。 32 00:04:17,524 --> 00:04:22,295 エイゼンシュテインは 赤軍の一員だった。 33 00:04:22,295 --> 00:04:29,002 前線に向かう列車の中で 元日本語教師の士官と親しくなる。 34 00:04:31,304 --> 00:04:35,976 そこで 簡単な日本語を教わった エイゼンシュテインは➡ 35 00:04:35,976 --> 00:04:42,649 一つの同じ文字でも 違う部首を 組み合わせれば 意味が変わるという➡ 36 00:04:42,649 --> 00:04:46,653 漢字の性質に 強い興味を持った。 37 00:04:48,321 --> 00:04:52,192 その後 映画監督となった エイゼンシュテインは➡ 38 00:04:52,192 --> 00:04:57,898 漢字をヒントに 革新的な映像理論を確立する。 39 00:05:02,269 --> 00:05:09,609 これは ソビエトで行われた 初期のモンタージュ実験の映像。 40 00:05:09,609 --> 00:05:16,283 無表情の男性の同じ映像に さまざまな映像の断片を組み合わせ➡ 41 00:05:16,283 --> 00:05:20,954 それによる印象の変化を調べた。 42 00:05:20,954 --> 00:05:27,827 スープと組み合わせると 男性の無表情は 「空腹」に見え➡ 43 00:05:27,827 --> 00:05:33,300 少女の遺体と 組み合わせると 「悲しみ」に見える。 44 00:05:33,300 --> 00:05:37,304 これが モンタージュの効果である。 45 00:06:17,611 --> 00:06:23,483 1925年 エイゼンシュテインは モンタージュを駆使して➡ 46 00:06:23,483 --> 00:06:28,788 映画「戦艦ポチョムキン」を作り上げた。 47 00:06:31,157 --> 00:06:36,296 上官からの不当な扱いに 怒りを募らせた水兵たちが➡ 48 00:06:36,296 --> 00:06:42,602 戦艦を乗っ取り 支配階級を打ち倒すという ストーリー。 49 00:06:44,170 --> 00:06:49,309 1905年に起きた 実際の反乱事件を題材に➡ 50 00:06:49,309 --> 00:06:55,615 社会主義革命の成功をたたえる映画として 製作された。 51 00:07:02,589 --> 00:07:06,926 ハイライトは ウクライナ オデッサで撮影された➡ 52 00:07:06,926 --> 00:07:10,597 「オデッサの階段」と呼ばれるシーン。 53 00:07:10,597 --> 00:07:18,905 水兵の反乱に加わった市民たちが 皇帝の軍隊に 次々と撃ち殺されていく。 54 00:07:20,607 --> 00:07:23,510 その残酷さを強調するため➡ 55 00:07:23,510 --> 00:07:29,215 苦痛にゆがむ市民の顔が 繰り返し モンタージュされる。 56 00:07:33,186 --> 00:07:38,959 更に 民衆の怒りを表現するために モンタージュされたのは➡ 57 00:07:38,959 --> 00:07:42,962 3体のライオンの石像。 58 00:07:47,967 --> 00:07:54,641 この石像は エイゼンシュテインが 休暇中に訪れた クリミア半島の宮殿で➡ 59 00:07:54,641 --> 00:07:58,945 たまたま 撮影しておいたものだった。 60 00:08:01,247 --> 00:08:06,586 全く関係のない石像を 巧みに モンタージュすることで➡ 61 00:08:06,586 --> 00:08:11,891 民衆の怒りを 見事に映像で表現してみせた。 62 00:08:39,953 --> 00:08:45,291 「戦艦ポチョムキン」は 国内で 大きな話題を呼び➡ 63 00:08:45,291 --> 00:08:50,997 僅か4週間で 30万人もの観客を集めた。 64 00:08:53,633 --> 00:09:01,341 その人気は 更に世界へと広がり 思わぬ人物をとりこにした。 65 00:09:06,579 --> 00:09:12,252 後に 宣伝大臣として ナチスドイツのプロパガンダを担う➡ 66 00:09:12,252 --> 00:09:14,554 ゲッベルスである。 67 00:09:24,264 --> 00:09:28,601 ゲッベルスは それまで ナチスの宣伝活動に➡ 68 00:09:28,601 --> 00:09:31,905 ビラやポスターを使っていた。 69 00:09:33,940 --> 00:09:36,276 映画を見たゲッベルスは➡ 70 00:09:36,276 --> 00:09:43,616 論理ではなく 心に訴える映像の力を思い知った。 71 00:09:43,616 --> 00:09:49,289 1933年 ナチスによる一党独裁が始まり➡ 72 00:09:49,289 --> 00:09:53,960 ゲッベルスは 全てのメディアを手中に収めた。 73 00:09:53,960 --> 00:09:59,666 そして 映画関係者を一堂に集め こう語った。 74 00:10:34,000 --> 00:10:43,676 その言葉どおり ナチスドイツでは 数多くのプロパガンダ映画が製作された。 75 00:10:43,676 --> 00:10:49,682 これは ナチスの党大会を記録した 「意志の勝利」。 76 00:11:06,900 --> 00:11:09,636 (歓声) 77 00:11:09,636 --> 00:11:16,509 熱弁をふるうヒトラーと それに陶酔する 群衆の表情をモンタージュすることで➡ 78 00:11:16,509 --> 00:11:21,214 ヒトラーのカリスマ性を際立たせた。 79 00:11:23,183 --> 00:11:29,188 だが この映像には 嘘が隠されていた。 80 00:11:31,658 --> 00:11:38,998 これは党大会の会場周辺で撮影されていた プライベートフィルム。 81 00:11:38,998 --> 00:11:45,872 楽しげに踊り ビールを飲む人々の姿が 映し出されている。 82 00:11:45,872 --> 00:11:52,545 実は 当時の党大会は 必ずしも人気のある催しではなく➡ 83 00:11:52,545 --> 00:11:58,551 参加者は 一部の 熱心な ナチス支持者に限られていた。 84 00:12:00,286 --> 00:12:08,161 そこで当局は 参加者を確保するため 参加者には 食事を無料で提供。 85 00:12:08,161 --> 00:12:14,467 会場までの交通費や滞在費も ナチスが負担した。 86 00:12:46,866 --> 00:12:53,006 こうして集められた大量の参加者の映像は モンタージュされ➡ 87 00:12:53,006 --> 00:12:58,011 ヒトラーに熱狂する群衆として 使われた。 88 00:13:00,813 --> 00:13:07,954 「意志の勝利」は ドイツ国内で 史上最高の観客動員を記録。 89 00:13:07,954 --> 00:13:14,627 ナチス人気は頂点に達し 入党希望者は殺到した。 90 00:13:14,627 --> 00:13:21,968 映画の都 ハリウッドも この映画の完成度に驚嘆した。 91 00:13:21,968 --> 00:13:25,638 アカデミー監督賞を 3度受賞した➡ 92 00:13:25,638 --> 00:13:30,309 ハリウッドを代表する名監督 フランク・キャプラは➡ 93 00:13:30,309 --> 00:13:34,313 その衝撃を こう書き残している。 94 00:14:00,606 --> 00:14:09,315 更に ゲッベルスは ユダヤ人差別の思想も 映像を使って 植え付けようとする。 95 00:14:14,620 --> 00:14:20,293 そのために利用したのは 娯楽映画だった。 96 00:14:20,293 --> 00:14:23,963 これは 18世紀に実在した人物➡ 97 00:14:23,963 --> 00:14:29,969 ジュース・オッペンハイマーの 生涯を描いた 「ユダヤ人ジュース」。 98 00:14:41,514 --> 00:14:46,219 実際のジュースは 貴族に利用されたあげくに 殺された➡ 99 00:14:46,219 --> 00:14:48,988 悲劇的な人物だが➡ 100 00:14:48,988 --> 00:14:56,295 映画では 守銭奴で好色な 救いようのない悪役として描かれている。 101 00:14:59,932 --> 00:15:04,804 ユダヤ人への偏見を 言葉を重ねて あおるよりも➡ 102 00:15:04,804 --> 00:15:11,544 主人公の傍若無人な振る舞いと破滅を 物語として描くことで➡ 103 00:15:11,544 --> 00:15:16,549 人々の心に刻みつけようとした。 104 00:15:22,188 --> 00:15:29,896 この映画は 国民的な人気を集め 2,000万人もの観客を動員。 105 00:15:31,631 --> 00:15:36,636 その成功を ゲッベルスは自画自賛した。 106 00:15:48,981 --> 00:15:54,654 当初 ナチスのユダヤ人排斥に 戸惑っていた人たちも➡ 107 00:15:54,654 --> 00:15:58,524 自然に その思想を受け入れていった。 108 00:15:58,524 --> 00:16:07,233 ユダヤ人の大量殺りくが本格化するのは この映画の公開のよくとしのことだった。 109 00:16:09,168 --> 00:16:13,606 プロパガンダとして映画を利用する ドイツの手法は➡ 110 00:16:13,606 --> 00:16:17,944 他国にも広がっていく。 111 00:16:17,944 --> 00:16:25,952 1936年 ドイツは 日本との間に 防共協定を締結する。 112 00:16:27,954 --> 00:16:33,659 その時期に公開されたのが 初の 日独合作映画… 113 00:16:54,180 --> 00:16:57,650 当時 多くのドイツ国民は➡ 114 00:16:57,650 --> 00:17:02,922 有色人種である日本人に 良い感情を持っていなかった。 115 00:17:02,922 --> 00:17:10,630 そこで 映画によって日本文化を紹介し 日本のイメージアップを画策したのだ。 116 00:17:13,933 --> 00:17:16,836 主役に抜てきされたのは➡ 117 00:17:16,836 --> 00:17:20,840 デビュー直後の 原 節子だった。 118 00:17:22,608 --> 00:17:27,280 この撮影のために来日した ドイツ人スタッフたちは➡ 119 00:17:27,280 --> 00:17:31,584 日本の ある技術に驚かされた。 120 00:17:42,295 --> 00:17:47,300 担当したのは 後に 「特撮の神様」と呼ばれる… 121 00:17:51,637 --> 00:17:56,976 円谷は ハリウッド映画「キングコング」に 衝撃を受け➡ 122 00:17:56,976 --> 00:18:01,280 独学で 特撮の研究をしていた。 123 00:18:05,251 --> 00:18:10,256 これは 当時最先端の特撮技術… 124 00:18:12,925 --> 00:18:17,797 風景を投影したスクリーンの前で 演技を行うことで➡ 125 00:18:17,797 --> 00:18:21,934 ロケ日程を短縮できるだけでなく➡ 126 00:18:21,934 --> 00:18:27,239 季節や時間なども 自由自在に変えることができた。 127 00:19:00,773 --> 00:19:04,910 その後 原 節子は ドイツに招待され➡ 128 00:19:04,910 --> 00:19:09,248 大々的な宣伝キャンペーンが行われた。 129 00:19:09,248 --> 00:19:14,120 観客動員は 600万人を記録した。 130 00:19:14,120 --> 00:19:22,428 ♬~ 131 00:19:25,798 --> 00:19:28,934 太平洋戦争が始まると➡ 132 00:19:28,934 --> 00:19:34,273 日本の映像プロパガンダ戦略が 本格的に始まる。 133 00:19:34,273 --> 00:19:37,610 これは 海軍省の依頼により作られた➡ 134 00:19:37,610 --> 00:19:43,315 日本初の長編アニメーション 「桃太郎の海鷲」。 135 00:19:54,627 --> 00:19:57,963 真珠湾を 鬼ヶ島に見立てて➡ 136 00:19:57,963 --> 00:20:04,970 日本軍の活躍と逃げ惑うアメリカ兵の姿を コミカルに描いた。 137 00:20:10,309 --> 00:20:15,181 この映画は 子どもたちから絶大な人気を集め➡ 138 00:20:15,181 --> 00:20:21,654 興行収入は 現在の価値で 10億円に達した。 139 00:20:21,654 --> 00:20:28,527 当時 日本では ナチスの映画利用を 見習う形で 映画法が制定され➡ 140 00:20:28,527 --> 00:20:34,233 戦意高揚映画の 製作を 国が後押ししていた。 141 00:20:36,669 --> 00:20:40,339 その中で 最大のヒット作となったのは➡ 142 00:20:40,339 --> 00:20:45,644 この 「ハワイ・マレー沖海戦」。 143 00:20:47,680 --> 00:20:50,583 海軍のパイロットを目指す少年が➡ 144 00:20:50,583 --> 00:20:55,287 厳しい訓練を乗り越えていく 青春物語である。 145 00:20:59,291 --> 00:21:01,627 勝負あった。 146 00:21:01,627 --> 00:21:04,530 国民必見映画に指定され➡ 147 00:21:04,530 --> 00:21:10,536 占領地を含めると 1億人が目にしたといわれている。 148 00:21:15,641 --> 00:21:21,981 最大の見せ場は 臨場感あふれる 真珠湾攻撃のシーン。 149 00:21:21,981 --> 00:21:24,884 うなりを上げて飛ぶ戦闘機➡ 150 00:21:24,884 --> 00:21:28,654 爆発とともに沈む敵艦の姿に➡ 151 00:21:28,654 --> 00:21:32,358 観衆の目は くぎづけとなった。 152 00:21:59,351 --> 00:22:04,190 海軍省が実際に撮影した 真珠湾攻撃の映像は➡ 153 00:22:04,190 --> 00:22:10,196 手ぶれが激しく 映画に使える代物ではなかった。 154 00:22:12,631 --> 00:22:15,301 そこで 白羽の矢が立ったのが➡ 155 00:22:15,301 --> 00:22:22,007 日独合作映画を成功させた 円谷英二の特撮技術だった。 156 00:22:23,642 --> 00:22:30,516 円谷は 1,800坪もの敷地に 真珠湾のミニチュアセットを作り上げ➡ 157 00:22:30,516 --> 00:22:35,521 戦争の迫力を 完全に再現してみせた。 158 00:23:20,633 --> 00:23:26,305 対するアメリカも 映像によるプロパガンダ戦を戦う。 159 00:23:26,305 --> 00:23:33,012 アメリカには 世界最高の映画の都 ハリウッドがあった。 160 00:23:34,647 --> 00:23:38,317 第二次世界大戦中 アメリカは➡ 161 00:23:38,317 --> 00:23:42,988 太平洋とヨーロッパ 2つの戦線で戦うために➡ 162 00:23:42,988 --> 00:23:50,863 平時の国家予算の数倍にも及ぶ ばく大な戦費を必要としていた。 163 00:23:50,863 --> 00:23:55,567 そこで 時の財務長官 ヘンリー・モーゲンソウは➡ 164 00:23:55,567 --> 00:24:00,572 映画を 戦費稼ぎの 道具にしようと考えた。 165 00:24:02,274 --> 00:24:05,611 ♬~ 166 00:24:05,611 --> 00:24:09,948 これは 1942年 モーゲンソウが➡ 167 00:24:09,948 --> 00:24:14,286 ウォルト・ディズニーに依頼して 作らせた 短編映画。 168 00:24:14,286 --> 00:24:18,157 国民的人気を持つ ディズニーキャラクターを使い➡ 169 00:24:18,157 --> 00:24:23,462 所得税納税を促すのが 目的だった。 170 00:24:36,542 --> 00:24:40,979 もくろみは当たり 納税額は急増。 171 00:24:40,979 --> 00:24:46,685 味を占めたモーゲンソウは 更なる映画利用に乗り出した。 172 00:25:10,609 --> 00:25:17,282 税金だけでなく 国民に 戦時国債を買わせるキャンペーンを張り➡ 173 00:25:17,282 --> 00:25:21,587 そこに 映画を利用しようと考えたのだ。 174 00:25:23,155 --> 00:25:27,292 モーゲンソウが思いついたのは 劇映画ではなく➡ 175 00:25:27,292 --> 00:25:31,964 実際の戦地で撮影された 映像の利用だった。 176 00:25:31,964 --> 00:25:38,837 当時 海兵隊が撮影部隊を組織し 戦地に送り込んでいたのだ。 177 00:25:38,837 --> 00:25:42,975 ♬~ 178 00:25:42,975 --> 00:25:49,314 これが 実戦の映像のみで作られた 初の記録映画➡ 179 00:25:49,314 --> 00:25:52,651 「海兵隊と共にタラワへ」。 180 00:25:52,651 --> 00:26:02,661 (銃撃音) 181 00:26:04,930 --> 00:26:13,639 太平洋戦争 屈指の激戦地 タラワ島での戦いが 克明に描かれた。 182 00:26:21,480 --> 00:26:23,482 (爆発音) 183 00:26:31,957 --> 00:26:39,298 本物の戦場の迫力は 劇映画の比ではなかった。 184 00:26:39,298 --> 00:26:45,637 この映画は 遠い極東での戦争と考え 関心の薄かった国民と➡ 185 00:26:45,637 --> 00:26:49,975 戦場との距離を 一気に近づけた。 186 00:26:49,975 --> 00:26:54,646 財務省は 全米で 大々的にキャンペーンを行い➡ 187 00:26:54,646 --> 00:27:00,352 167億ドルもの戦時国債を売りさばいた。 188 00:27:32,484 --> 00:27:37,623 1944年 戦局の激化とともに➡ 189 00:27:37,623 --> 00:27:44,963 日米の 映像プロパガンダ戦は エスカレートしていく。 190 00:27:44,963 --> 00:27:52,304 サイパン島では 戦闘開始から 1か月足らずで 日本の守備隊が全滅。 191 00:27:52,304 --> 00:27:58,610 アメリカ軍は 残された民間人に 投降を呼びかけた。 192 00:28:19,264 --> 00:28:26,572 しかし 追い詰められた民間人が 選んだのは 自決だった。 193 00:28:31,843 --> 00:28:39,151 日本は その悲劇的な死を 戦意高揚のプロパガンダに利用した。 194 00:29:01,239 --> 00:29:04,910 (先生)じゃあ みんなも しっかりやろう。 (児童たち)はい! 195 00:29:04,910 --> 00:29:09,247 一方 アメリカは 民間人の自決を➡ 196 00:29:09,247 --> 00:29:15,587 日本人全体の狂信性を強調するために 利用した。 197 00:29:15,587 --> 00:29:20,892 ♬~ 198 00:29:35,607 --> 00:29:44,283 この映画のために撮影されたものの 使用されなかった映像も見つかっている。 199 00:29:44,283 --> 00:29:51,156 戦闘や自決によって 亡くなった 女性や子どもの遺体。 200 00:29:51,156 --> 00:29:58,864 しかし こうした 日本人への同情を 呼びかねない映像は カットされた。 201 00:30:01,633 --> 00:30:07,973 戦争末期になると 日本には プロパガンダ戦を戦う余裕もなくなり➡ 202 00:30:07,973 --> 00:30:14,646 映像は 単純な 嘘をつくための道具となっていく。 203 00:30:14,646 --> 00:30:18,517 これは 1944年10月に起きた➡ 204 00:30:18,517 --> 00:30:22,821 台湾沖での 戦闘結果を伝えるニュース映画。 205 00:30:38,870 --> 00:30:42,341 実際は日本軍の惨敗だったが➡ 206 00:30:42,341 --> 00:30:44,676 その損害は隠され➡ 207 00:30:44,676 --> 00:30:48,980 偽りの戦果が 大々的に報じられた。 208 00:30:54,352 --> 00:30:57,255 こうした大本営発表は➡ 209 00:30:57,255 --> 00:31:03,628 日本放送協会が ラジオでも 国民に伝えていた。 210 00:31:03,628 --> 00:31:08,500 だが 当時の日本放送協会には 記者はおらず➡ 211 00:31:08,500 --> 00:31:13,972 大本営の発表を そのまま報道していた。 212 00:31:13,972 --> 00:31:19,678 国民に 正確な情報が知らされることはなかった。 213 00:31:21,646 --> 00:31:26,985 一方 アメリカの映像プロパガンダは 演出も巧みになり➡ 214 00:31:26,985 --> 00:31:30,989 戦意高揚をあおっていく。 215 00:31:32,657 --> 00:31:40,665 これは 1945年2月に起きた 硫黄島の戦いの記録映画。 216 00:31:45,003 --> 00:31:49,341 山に星条旗を掲げる この映像は➡ 217 00:31:49,341 --> 00:31:57,682 アメリカの勝利のシンボルとして 国民を熱狂させた。 218 00:31:57,682 --> 00:32:04,289 だが 実際は 激戦の中で旗を掲げることは 困難を極め➡ 219 00:32:04,289 --> 00:32:07,626 撮影できたのは 写真のみ。 220 00:32:07,626 --> 00:32:11,329 旗も小さなものだった。 221 00:32:13,498 --> 00:32:18,970 これでは 国民を鼓舞できないと考えた 軍上層部は➡ 222 00:32:18,970 --> 00:32:23,642 旗の撮り直しを命令。 223 00:32:23,642 --> 00:32:27,512 新しい旗と 別の兵士たちを用意し➡ 224 00:32:27,512 --> 00:32:32,517 決定的瞬間が ねつ造された。 225 00:32:38,190 --> 00:32:42,994 1945年4月 ヨーロッパ戦線では➡ 226 00:32:42,994 --> 00:32:46,665 ナチスドイツが 連合軍に攻め込まれ➡ 227 00:32:46,665 --> 00:32:52,370 ついに 首都ベルリンを 包囲されるに至った。 228 00:32:55,340 --> 00:33:04,149 そんな破滅的状況にもかかわらず ゲッベルスは 映画を作り続けた。 229 00:33:04,149 --> 00:33:13,625 これは ゲッベルスが最後に関わった 劇映画「人生は続く」の一場面。 230 00:33:13,625 --> 00:33:17,295 しかし 映画は完成しなかった。 231 00:33:17,295 --> 00:33:22,167 製作途中に ドイツは降伏したのだった。 232 00:33:22,167 --> 00:33:25,971 (爆発音) 233 00:33:25,971 --> 00:33:30,642 ヒトラーが 防空ごうで自殺した翌日➡ 234 00:33:30,642 --> 00:33:35,514 ゲッベルスは 妻と 6人の子どもたちを道連れに➡ 235 00:33:35,514 --> 00:33:38,984 自ら 命を絶った。 236 00:33:38,984 --> 00:33:47,659 ♬~ 237 00:33:47,659 --> 00:33:54,533 同じ頃 アメリカの 日本への攻撃は 一層 激しさを増していた。 238 00:33:54,533 --> 00:34:00,238 沖縄戦では 海から 60万発を超える砲弾を発射。 239 00:34:00,238 --> 00:34:05,243 民間人 およそ10万人が命を落とした。 240 00:34:09,281 --> 00:34:14,953 更に 日本本土に対しても 無差別爆撃を繰り返し➡ 241 00:34:14,953 --> 00:34:21,960 女性や子どもを含む およそ20万人が犠牲となった。 242 00:34:26,298 --> 00:34:31,303 そのさなか アメリカで作られていた映画がある。 243 00:34:36,308 --> 00:34:39,978 これまでに手に入れていた日本の映像を➡ 244 00:34:39,978 --> 00:34:44,683 再編集して作った ドキュメンタリーである。 245 00:34:48,320 --> 00:34:55,193 製作を指揮したのは ハリウッドの巨匠 フランク・キャプラ。 246 00:34:55,193 --> 00:34:59,331 ねらいは 無差別爆撃を正当化し➡ 247 00:34:59,331 --> 00:35:04,169 日本に とどめを刺すことだった。 248 00:35:04,169 --> 00:35:09,608 実際には 戦争とは無関係の 日用品を作る映像だが➡ 249 00:35:09,608 --> 00:35:16,915 兵器の映像とモンタージュすることで 日本人の狂信性を訴えた。 250 00:35:47,646 --> 00:35:49,648 (銃声) 251 00:35:51,983 --> 00:35:55,987 そして 8月。 252 00:35:59,657 --> 00:36:05,930 究極の無差別爆撃である 2つの原子爆弾の投下により➡ 253 00:36:05,930 --> 00:36:10,635 太平洋戦争は終結した。 254 00:36:12,270 --> 00:36:16,608 戦後 フランク・キャプラは NHKの取材に対して➡ 255 00:36:16,608 --> 00:36:19,911 当時を こう振り返っている。 256 00:36:50,508 --> 00:36:56,281 戦争終結後も 国家の映像利用は続いた。 257 00:36:56,281 --> 00:36:59,651 ♬~ 258 00:36:59,651 --> 00:37:05,356 これは 敗戦の僅か3か月後に上映された ニュース映画。 259 00:37:17,602 --> 00:37:22,273 アメリカへの憎しみをあおり続けた ニュース映画は➡ 260 00:37:22,273 --> 00:37:25,176 GHQの影響下に置かれると➡ 261 00:37:25,176 --> 00:37:29,881 手のひらを返すように アメリカをたたえ始めた。 262 00:37:42,293 --> 00:37:44,229 はい 本番。 263 00:37:44,229 --> 00:37:48,967 キャメラ。 はい キャメラ。 264 00:37:48,967 --> 00:37:50,969 カチン! 265 00:37:54,639 --> 00:37:56,574 はい カット。 はい。 266 00:37:56,574 --> 00:38:03,915 戦争中 プロパガンダ映画に 特撮技術で関わっていた円谷英二は➡ 267 00:38:03,915 --> 00:38:09,787 戦争が終わり 本来の夢の実現を果たそうとしていた。 268 00:38:09,787 --> 00:38:14,559 ♬~ 269 00:38:14,559 --> 00:38:17,462 怪獣映画「ゴジラ」。 270 00:38:17,462 --> 00:38:22,467 特撮で ハリウッドを超えることを目指した。 271 00:38:46,491 --> 00:38:49,494 円谷は 生涯にわたって➡ 272 00:38:49,494 --> 00:38:55,633 子どもたちに 平和の尊さと 夢を与える作品を作り続け➡ 273 00:38:55,633 --> 00:39:00,939 特撮は 日本を代表する文化となった。 274 00:39:08,913 --> 00:39:12,250 第二次世界大戦が終わっても➡ 275 00:39:12,250 --> 00:39:16,588 世界から 戦争が消えることはなかった。 276 00:39:16,588 --> 00:39:23,261 その度に 映像プロパガンダ戦が 繰り広げられた。 277 00:39:23,261 --> 00:39:30,268 しかし ベトナム戦争では アメリカは 映像戦略に失敗した。 278 00:39:40,612 --> 00:39:46,284 戦場に大挙して入ったメディアを 政府は コントロールできず➡ 279 00:39:46,284 --> 00:39:50,588 大規模な反戦運動につながった。 280 00:39:52,624 --> 00:39:55,526 その苦い教訓から アメリカは➡ 281 00:39:55,526 --> 00:40:01,532 戦争での報道規制を 徹底するようになる。 282 00:40:03,968 --> 00:40:07,839 プロパガンダ戦略も 巧妙になる。 283 00:40:07,839 --> 00:40:10,642 これは フセイン像が倒され➡ 284 00:40:10,642 --> 00:40:14,946 イラク国民が歓喜する ニュース映像。 285 00:40:17,515 --> 00:40:20,318 世界に発信され➡ 286 00:40:20,318 --> 00:40:25,623 アメリカの戦争の正当性を 強く印象づけた。 287 00:40:31,329 --> 00:40:36,000 しかし この 不自然なほどの喜びようには➡ 288 00:40:36,000 --> 00:40:41,005 アメリカ軍による演出が あったのではないかといわれている。 289 00:40:43,341 --> 00:40:46,678 そして 2022年。 290 00:40:46,678 --> 00:40:52,350 かつて 「戦艦ポチョムキン」が撮影された ウクライナ オデーサは➡ 291 00:40:52,350 --> 00:40:56,654 激しい戦いの舞台となっている。 292 00:41:01,159 --> 00:41:06,297 これは 両軍が一進一退の攻防を続ける➡ 293 00:41:06,297 --> 00:41:10,968 オデーサ沖合の島 ズミイヌイ島。 294 00:41:10,968 --> 00:41:19,310 6月30日 侵攻初日から島を占拠していた ロシア軍が撤退した。 295 00:41:19,310 --> 00:41:27,185 すると ウクライナは 自らの攻撃により ロシアを追い出したと主張。 296 00:41:27,185 --> 00:41:33,491 国旗を掲げる映像を公開し 国民の戦闘意欲を高めようとした。 297 00:41:40,999 --> 00:41:44,335 一方 ロシアの言い分は違う。 298 00:41:44,335 --> 00:41:47,238 これは 自主的な撤退で➡ 299 00:41:47,238 --> 00:41:52,543 国際社会に対する善意のしるしであると 主張した。 300 00:42:06,290 --> 00:42:11,162 テクノロジーによって プロパガンダ戦も高度化している。 301 00:42:11,162 --> 00:42:15,967 これは SNSで拡散した フェイク映像。 302 00:42:15,967 --> 00:42:20,972 姿かたち 声。 本物と見分けがつかない。 303 00:42:32,984 --> 00:42:36,854 モンタージュ理論の創始者 エイゼンシュテインは➡ 304 00:42:36,854 --> 00:42:41,659 死の直前まで 映画を作り続けた。 305 00:42:41,659 --> 00:42:46,998 これは 最後に製作した映画「イワン雷帝」。 306 00:42:46,998 --> 00:42:49,901 エイゼンシュテインは この作品に➡ 307 00:42:49,901 --> 00:42:55,673 時の独裁者 スターリンへの批判を込めた。 308 00:42:55,673 --> 00:43:02,680 映画を見たスターリンは 激怒し すぐさま作り直しを命令した。 309 00:43:04,282 --> 00:43:09,153 しかし エイゼンシュテインは その後 間もなく病死。 310 00:43:09,153 --> 00:43:14,459 作り直しが行われることはなかった。 311 00:43:17,628 --> 00:43:20,298 エイゼンシュテインは 生前➡ 312 00:43:20,298 --> 00:43:27,004 映像が持つ怖さと可能性について こう述べている。 313 00:44:13,518 --> 00:44:41,812 ♬~