1 00:00:26,426 --> 00:00:31,732 それは 文学者が国家に挑んだ 前代未聞の出来事だった。 2 00:00:33,567 --> 00:00:38,238 作家 三島由紀夫が 自衛隊駐屯地に乱入。 3 00:00:38,238 --> 00:00:43,544 隊員に向けて 憲法改正と決起を呼びかけた。 4 00:01:04,364 --> 00:01:11,572 三島は この直前 「檄」という声明文を 自衛隊員にまき散らしていた。 5 00:01:41,768 --> 00:01:47,441 しかし 立ち上がる者は誰もいなかった。 6 00:01:47,441 --> 00:01:51,645 その後 三島は割腹自殺した。 7 00:01:54,214 --> 00:02:01,989 昭和の文豪は 書くことを突き詰めると 避けがたい存在に突き当たった。 8 00:02:01,989 --> 00:02:04,391 国家。 9 00:02:04,391 --> 00:02:09,496 国家は 作品の影の主人公ともいえる 存在だった。 10 00:02:11,164 --> 00:02:13,166 万歳! 11 00:02:13,166 --> 00:02:17,004 戦時下においては 多くの作家たちが➡ 12 00:02:17,004 --> 00:02:20,407 国威発揚の一翼を担った。 13 00:02:51,638 --> 00:02:59,146 一方 国家の声に耳を塞ぎ 軍国主義に背を向けた作家もいた。 14 00:03:27,074 --> 00:03:33,013 この国は なぜ 破滅に向かう戦争に突き進んだのか。 15 00:03:33,013 --> 00:03:36,116 それを問い続けた作家もいる。 16 00:04:00,841 --> 00:04:03,543 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 17 00:04:06,313 --> 00:04:14,054 国家という巨大な存在と格闘し 時に自ら命を絶った文豪たち。 18 00:04:14,054 --> 00:04:19,326 昭和の文豪たちの 苦悩と沈黙の記録である。 19 00:04:19,326 --> 00:04:29,136 ♬~ 20 00:04:32,205 --> 00:04:34,541 これは 昭和2年➡ 21 00:04:34,541 --> 00:04:38,044 改造社という出版社が出した文学全集の➡ 22 00:04:38,044 --> 00:04:40,881 宣伝用フィルムである。 23 00:04:40,881 --> 00:04:45,352 大正デモクラシーの時代に 文壇に登場した作家たちの➡ 24 00:04:45,352 --> 00:04:48,655 貴重な映像が収められている。 25 00:04:54,728 --> 00:04:57,931 江戸川の土手を散歩するのは… 26 00:05:02,469 --> 00:05:05,372 明治の終わりに 志賀直哉たちと➡ 27 00:05:05,372 --> 00:05:08,275 文芸誌「白樺」を創刊。 28 00:05:08,275 --> 00:05:10,977 白樺派と呼ばれた。 29 00:05:15,048 --> 00:05:18,685 新築した家の門構えの出来を 気にするのは➡ 30 00:05:18,685 --> 00:05:21,488 「秋刀魚の歌」で知られる… 31 00:05:26,293 --> 00:05:33,600 元芸者の妻と仲むつまじい様子を 撮らせているが この3年後に離婚。 32 00:05:35,535 --> 00:05:41,341 直後に 親友 谷崎潤一郎の夫人と再婚した。 33 00:05:41,341 --> 00:05:45,545 世に言う「細君譲渡事件」である。 34 00:05:50,050 --> 00:05:53,453 子どもと くつろいでいるのは… 35 00:05:57,424 --> 00:06:01,995 夏目漱石が最も期待を寄せた 芥川だったが➡ 36 00:06:01,995 --> 00:06:05,865 この2か月後 命を絶つ。 37 00:06:05,865 --> 00:06:11,171 遺書には 謎めいた言葉が残されていた。 38 00:06:29,089 --> 00:06:33,393 不安な時代は すでに始まっていた。 39 00:06:35,862 --> 00:06:41,067 2年前 治安維持法が成立。 40 00:06:41,067 --> 00:06:46,873 治安維持を理由に 思想と言論は 取締りの対象となった。 41 00:06:49,776 --> 00:06:55,982 文学が国家の暴力にさらされたのは 昭和8年のことだった。 42 00:06:57,584 --> 00:07:02,455 奴隷労働の実態を描いた「蟹工船」。 43 00:07:02,455 --> 00:07:09,095 その作者 共産党員の小林多喜二が 特高警察に検挙され➡ 44 00:07:09,095 --> 00:07:13,700 厳しい拷問の末 死亡した。 45 00:07:44,898 --> 00:07:49,536 この事件のあと 高見 順や中野重治など➡ 46 00:07:49,536 --> 00:07:54,708 左翼の作家たちは 次々と転向を迫られた。 47 00:07:54,708 --> 00:07:59,412 文学は 表現の自由を失っていった。 48 00:08:03,249 --> 00:08:07,954 昭和11年 陸軍青年将校らが➡ 49 00:08:07,954 --> 00:08:12,192 天皇の側近など政府の要人を 次々と殺傷する➡ 50 00:08:12,192 --> 00:08:15,195 二・二六事件が起こる。 51 00:08:27,273 --> 00:08:31,277 東京には戒厳令が敷かれた。 52 00:08:35,982 --> 00:08:40,687 しかし そんな空気など どこ吹く風とばかりに➡ 53 00:08:40,687 --> 00:08:45,191 連日 趣味の散歩に出歩く作家がいた。 54 00:08:49,696 --> 00:08:51,998 この時 56歳。 55 00:08:53,666 --> 00:08:57,370 気ままな1人暮らしを続けていた。 56 00:09:00,440 --> 00:09:05,912 当時 頻繁に足を運んだのは 向島区寺島町。 57 00:09:05,912 --> 00:09:09,482 別名「玉の井」。 58 00:09:09,482 --> 00:09:15,188 関東大震災後に 浅草の娼婦が 移り住んだ町だった。 59 00:09:18,892 --> 00:09:23,596 これは 荷風が撮った玉の井の写真。 60 00:09:25,198 --> 00:09:33,206 非合法の売春地帯で 警察の発表によれば 900人ほどの女性が働いていた。 61 00:09:35,575 --> 00:09:41,681 荷風は 玉の井の詳細な地図を 自ら描いている。 62 00:09:44,584 --> 00:09:48,087 路地が入り組み ところどころに➡ 63 00:09:48,087 --> 00:09:52,792 「ぬけられます」とか「近道」といった 看板が立っていた。 64 00:09:55,195 --> 00:10:01,801 荷風は 玉の井を 「ラビラント」 迷宮と呼んでいた。 65 00:10:05,738 --> 00:10:10,310 日記文学の傑作といわれる 「断腸亭日乗」に➡ 66 00:10:10,310 --> 00:10:13,313 玉の井での体験を 記している。 67 00:10:47,981 --> 00:10:52,819 荷風は この女性を気に入り 通い始めた。 68 00:10:52,819 --> 00:10:55,622 2週間後。 69 00:11:17,644 --> 00:11:20,847 翌 昭和12年。 70 00:11:20,847 --> 00:11:26,052 荷風は 新聞に小説「濹東綺譚」を発表。 71 00:11:28,421 --> 00:11:30,557 年老いた作家と➡ 72 00:11:30,557 --> 00:11:36,362 時代に取り残された若い娼婦の交流を 描いた この小説は➡ 73 00:11:36,362 --> 00:11:42,368 暗い世相にあって 読者の心に 静かにしみいった。 74 00:11:44,437 --> 00:11:51,044 だが 優雅な文学は ここまでだった。 75 00:11:51,044 --> 00:11:55,548 連載終了から3週間後のことだった。 76 00:11:57,250 --> 00:11:59,986 (砲撃音) 77 00:11:59,986 --> 00:12:04,624 北京郊外で 日本軍と中国軍が衝突。 78 00:12:04,624 --> 00:12:07,627 日中戦争が始まった。 79 00:12:13,099 --> 00:12:17,704 作家たちは 新聞社や出版社の 特派員として派遣され➡ 80 00:12:17,704 --> 00:12:21,307 国家のための文学を量産していく。 81 00:12:24,944 --> 00:12:31,451 中でも「麦と兵隊」は 100万部を超える ベストセラーとなった。 82 00:12:37,857 --> 00:12:41,461 作者は 芥川賞を 受賞したばかりの… 83 00:12:45,098 --> 00:12:47,934 火野は 伍長として 戦場にいたため➡ 84 00:12:47,934 --> 00:12:51,938 芥川賞の授賞式は 中国で行われた。 85 00:12:54,073 --> 00:12:58,344 その異例の授賞式が 陸軍報道部の目にとまり➡ 86 00:12:58,344 --> 00:13:02,248 報道要員として引き抜かれたのである。 87 00:13:07,153 --> 00:13:11,958 「麦と兵隊」は 徐州会戦の従軍記だった。 88 00:13:14,193 --> 00:13:19,399 60万の国民党軍撃退をねらった 大規模な戦闘。 89 00:13:19,399 --> 00:13:25,705 火野は 軍部の期待に応え 日本軍の勇ましさをたたえた。 90 00:13:52,298 --> 00:13:56,069 「麦と兵隊」の成功で 火野は➡ 91 00:13:56,069 --> 00:13:59,572 戦争文学の旗手となっていく。 92 00:14:03,710 --> 00:14:06,679 政府は 次なる大きな戦い➡ 93 00:14:06,679 --> 00:14:11,584 漢口攻略戦にも 作家を動員することを決定する。 94 00:14:11,584 --> 00:14:14,787 選ばれたのは 22人。 95 00:14:17,290 --> 00:14:20,827 第1回直木賞作家の川口松太郎など➡ 96 00:14:20,827 --> 00:14:24,397 錚々たる メンバーが 顔をそろえた。 97 00:14:24,397 --> 00:14:28,634 その名も… 98 00:14:28,634 --> 00:14:33,106 戦争を 文学で語る 任務を負った。 99 00:14:33,106 --> 00:14:38,211 中でも意欲的だったのが 林 芙美子だった。 100 00:14:39,879 --> 00:14:43,783 ペン部隊の中で 漢口一番乗りを果たし➡ 101 00:14:43,783 --> 00:14:47,887 兵士たちに寄り添いながら ペンを走らせた。 102 00:15:15,181 --> 00:15:19,852 林は 兵士の生活の実情をつづった。 103 00:15:19,852 --> 00:15:26,459 その筆致は 戦場の空気を生々しく伝え 読者の共感を集めた。 104 00:15:49,549 --> 00:15:54,153 日中戦争は 日常の風景を塗り替えた。 105 00:16:14,040 --> 00:16:18,678 街じゅうが 好戦的なムードに覆われる中➡ 106 00:16:18,678 --> 00:16:21,914 永井荷風だけは この事態を➡ 107 00:16:21,914 --> 00:16:25,017 冷ややかに見つめていた。 108 00:16:57,216 --> 00:17:02,421 荷風は 時代への絶縁を宣言した。 109 00:17:13,499 --> 00:17:19,805 太平洋戦争が始まると 文豪たちは さらに戦争に協力していく。 110 00:17:44,463 --> 00:17:49,302 政府は 「国民徴用令」という勅令を発動し➡ 111 00:17:49,302 --> 00:17:53,806 作家を宣伝部隊として 南方戦線に送り込んだ。 112 00:17:58,544 --> 00:18:06,152 作家たちは 新聞記者や画家などと共に 軍の輸送船に乗せられた。 113 00:18:09,088 --> 00:18:12,491 高見 順は ビルマへ。 114 00:18:12,491 --> 00:18:16,562 海音寺潮五郎は マレー方面へ。 115 00:18:16,562 --> 00:18:19,832 井伏鱒二は シンガポールへ。 116 00:18:19,832 --> 00:18:24,637 天皇の命令 勅令を拒否する という選択肢はなかった。 117 00:18:26,605 --> 00:18:32,812 一方 日本にとどまる作家たちも 戦争に協力する姿勢を示した。 118 00:18:36,616 --> 00:18:38,651 昭和17年。 119 00:18:38,651 --> 00:18:43,389 第1回大東亜文学者大会が開かれ➡ 120 00:18:43,389 --> 00:18:47,693 アジア各地の作家たちが東京に集まった。 121 00:18:47,693 --> 00:18:53,199 「文学を通じての大東亜戦争完遂」が 掲げられた。 122 00:19:08,981 --> 00:19:12,585 しかし ミッドウェー海戦➡ 123 00:19:12,585 --> 00:19:15,788 ガダルカナル島での 敗北を境に➡ 124 00:19:15,788 --> 00:19:20,259 戦況は悪化の一途をたどった。 125 00:19:20,259 --> 00:19:23,562 ♬~ 126 00:19:23,562 --> 00:19:28,367 昭和18年。 兵力不足を補うため➡ 127 00:19:28,367 --> 00:19:32,371 大学生も徴兵の対象となった。 128 00:19:43,616 --> 00:19:46,318 大阪外国語学校に通う➡ 129 00:19:46,318 --> 00:19:49,021 司馬遼太郎も徴兵された。 130 00:19:53,526 --> 00:19:56,228 司馬は 満州に渡り➡ 131 00:19:56,228 --> 00:20:01,734 対ソビエト戦に備えて配置された 戦車第一連隊に配属される。 132 00:20:07,707 --> 00:20:10,910 東京帝国大学の学生だった➡ 133 00:20:10,910 --> 00:20:15,815 20歳の三島由紀夫にも 軍への入営通知が届いた。 134 00:20:18,551 --> 00:20:23,022 しかし 入隊検査で 肺の病と診断され➡ 135 00:20:23,022 --> 00:20:26,325 戦地に赴くことはなかった。 136 00:20:30,229 --> 00:20:37,036 実は この時 死を覚悟した三島は 遺書を書き残している。 137 00:21:22,214 --> 00:21:30,222 20歳で遺書を書いた その記憶が 三島のその後の生き方に深く刻まれた。 138 00:21:33,626 --> 00:21:37,096 8月15日。 139 00:21:37,096 --> 00:21:43,602 日中戦争から数えて8年にわたる 長い戦争の時代が終わった。 140 00:21:46,572 --> 00:21:51,977 永井荷風は 日記「断腸亭日乗」の中で➡ 141 00:21:51,977 --> 00:21:57,583 戦後初めて玉の井を歩いた時の ことを こうつづっている。 142 00:22:28,547 --> 00:22:34,253 戦後 日本はGHQの統治下に置かれた。 143 00:22:38,190 --> 00:22:43,495 戦前の日本の価値観は 完全に否定された。 144 00:23:42,021 --> 00:23:45,758 従軍作家として活躍した 林 芙美子は➡ 145 00:23:45,758 --> 00:23:50,763 一転して戦争協力者として批判された。 146 00:24:13,519 --> 00:24:19,024 戦後は 戦争に傷ついた庶民を描き続けた。 147 00:24:22,695 --> 00:24:27,499 後に映画化された「浮雲」は 代表作である。 148 00:24:41,180 --> 00:24:47,853 戦時中 ベトナムで出会った男女が 戦後の東京で再会する。 149 00:24:47,853 --> 00:24:52,992 過去には戻れず あすを夢みることもできない。 150 00:24:52,992 --> 00:25:01,800 そんな二人を通して 林は 日本人の虚脱感 喪失感を描いた。 151 00:25:37,102 --> 00:25:41,407 これは 昭和26年のラジオ番組。 152 00:25:44,309 --> 00:25:49,715 この番組で 林は 戦争について触れることはなかった。 153 00:26:16,341 --> 00:26:20,479 しかし その望みはかなわなかった。 154 00:26:20,479 --> 00:26:23,482 収録の4日後➡ 155 00:26:23,482 --> 00:26:29,788 林は 過労による心臓まひで 47年の生涯を閉じた。 156 00:26:33,058 --> 00:26:37,262 戦争文学の旗手の 運命も暗転した。 157 00:26:45,437 --> 00:26:51,710 日本人の戦意を鼓舞した火野は 「戦犯作家」と呼ばれた。 158 00:26:51,710 --> 00:26:58,016 公職追放が解除されても 批判は変わらなかった。 159 00:26:59,818 --> 00:27:06,291 終戦から14年後に執筆した 「革命前後」。 160 00:27:06,291 --> 00:27:09,862 主人公 辻という従軍作家は➡ 161 00:27:09,862 --> 00:27:14,366 戦争責任に苦悩する自分自身だった。 162 00:27:57,843 --> 00:28:02,648 火野は 「革命前後」を書き上げると 筆をおき➡ 163 00:28:02,648 --> 00:28:05,651 自ら命を絶った。 164 00:28:07,519 --> 00:28:14,693 ♬~ (「見上げてごらん夜の星を」) 165 00:28:14,693 --> 00:28:20,532 昭和30年代 日本は敗戦からの復興を経て➡ 166 00:28:20,532 --> 00:28:24,436 本格的な経済成長の時代へ歩み始めた。 167 00:28:28,240 --> 00:28:32,444 人々の暮らしにも余裕が生まれた。 168 00:28:37,516 --> 00:28:43,021 しかし 文学の中では 戦争は まだ終わっていなかった。 169 00:28:46,191 --> 00:28:50,529 昭和35年 直木賞を受賞した 司馬遼太郎は➡ 170 00:28:50,529 --> 00:28:52,564 日本を戦争へと導いた➡ 171 00:28:52,564 --> 00:28:55,867 国家の正体を 追い続けた。 172 00:28:57,903 --> 00:29:02,708 そのきっかけは 軍隊での体験だった。 173 00:29:06,678 --> 00:29:12,351 戦争末期 満州にいた司馬の戦車部隊は➡ 174 00:29:12,351 --> 00:29:17,222 本土決戦に備え 栃木県佐野に移動した。 175 00:29:17,222 --> 00:29:19,925 そこで司馬は➡ 176 00:29:19,925 --> 00:29:24,596 大本営からやって来た 軍人の命令を受けたという。 177 00:29:24,596 --> 00:29:30,002 「作戦遂行時には 民間人をひき殺してかまわない」。 178 00:29:32,371 --> 00:29:39,511 司馬は 国民の命を軽んじる命令と 受け止めた。 179 00:29:39,511 --> 00:29:42,214 衝撃だった。 180 00:29:45,317 --> 00:29:52,524 後に こうした軍隊での体験が 創作の原点になったと語っている。 181 00:30:29,528 --> 00:30:34,766 司馬は 歴史上の人物に光を当て➡ 182 00:30:34,766 --> 00:30:40,572 日本とは 日本人とは何かを 問い続けていく。 183 00:30:44,509 --> 00:30:48,013 昭和43年10月。 184 00:30:50,248 --> 00:30:54,119 川端康成が 日本人で初となる➡ 185 00:30:54,119 --> 00:30:56,722 ノーベル文学賞を 受賞した。 186 00:31:15,240 --> 00:31:20,946 川端を師と仰ぐ三島由紀夫も駆けつけた。 187 00:31:20,946 --> 00:31:26,084 だが 三島の胸中は複雑だった。 188 00:31:26,084 --> 00:31:31,690 三島も同じように 受賞の知らせを待っていたからである。 189 00:31:33,825 --> 00:31:37,763 これは 前の年の新聞記事。 190 00:31:37,763 --> 00:31:41,366 後に公開された選考資料によると➡ 191 00:31:41,366 --> 00:31:45,370 三島は5度にわたり 候補に挙がっていた。 192 00:31:47,072 --> 00:31:51,910 特に海外での知名度は 川端よりも高く➡ 193 00:31:51,910 --> 00:31:54,713 アメリカの「LIFE」誌では➡ 194 00:31:54,713 --> 00:32:00,318 「日本初のノーベル文学賞最有力候補」と 紹介されていた。 195 00:32:05,390 --> 00:32:13,999 一夜明けた18日 川端の自宅の庭で 急きょ 特別番組が収録された。 196 00:32:47,966 --> 00:32:52,771 怠けもんですからね。 力入れてる 時間がないんじゃないですか。(笑い声) 197 00:32:54,739 --> 00:32:57,175 ♬~(ファンファーレ) 198 00:32:57,175 --> 00:33:03,782 三島は ノーベル賞を逃したことについて 何も書き残していない。 199 00:33:03,782 --> 00:33:08,620 ただ 師と仰いだ川端との関係は 疎遠になり➡ 200 00:33:08,620 --> 00:33:11,656 手紙のやり取りも減っていった。 201 00:33:11,656 --> 00:33:13,859 (拍手) 202 00:33:15,694 --> 00:33:19,998 このころから三島の言動は 過激さを帯び始める。 203 00:33:36,948 --> 00:33:45,657 三島は 40人ほどの学生らを率いて 民間防衛組織「楯の会」を結成した。 204 00:34:35,707 --> 00:34:38,543 昭和45年。 205 00:34:38,543 --> 00:34:43,748 6,400万人が来場した 大阪万博開催の年。 206 00:34:45,317 --> 00:34:49,321 人々が豊かさに酔いしれた その夏➡ 207 00:34:49,321 --> 00:34:51,890 三島は 新聞紙上に➡ 208 00:34:51,890 --> 00:34:55,694 日本への絶縁状とも言える言葉を つづった。 209 00:35:44,175 --> 00:35:48,813 そのころ三島は 5年がかりの大作➡ 210 00:35:48,813 --> 00:35:52,417 「豊饒の海」の執筆に追われていた。 211 00:35:57,122 --> 00:36:01,960 主人公が 20歳で死んでは生まれ変わる➡ 212 00:36:01,960 --> 00:36:05,664 輪廻転生の 壮大な物語だった。 213 00:36:07,599 --> 00:36:10,168 評論家 ドナルド・キーンは➡ 214 00:36:10,168 --> 00:36:14,172 この小説にかける三島の覚悟を 聞いていた。 215 00:36:40,999 --> 00:36:47,005 恩師に宛てた手紙にも 謎めいた言葉を残していた。 216 00:37:11,963 --> 00:37:14,699 三島は 「豊饒の海」を➡ 217 00:37:14,699 --> 00:37:20,305 担当編集者にも知らせず ひそかに完結させた。 218 00:37:24,375 --> 00:37:28,046 11月25日。 219 00:37:28,046 --> 00:37:33,351 三島が「世界の終り」と予告した その日のことだった。 220 00:37:54,272 --> 00:37:56,774 (飛び交う怒声) 221 00:38:07,719 --> 00:38:11,589 三島は 「楯の会」のメンバー4人と共に➡ 222 00:38:11,589 --> 00:38:16,694 自衛隊駐屯地に乱入し 幹部を監禁した。 223 00:38:40,518 --> 00:38:47,825 憲法改正のために立ち上がれと訴える 三島の叫びに 応える者はいなかった。 224 00:38:53,698 --> 00:38:56,701 (飛び交う怒声) 225 00:39:12,150 --> 00:39:17,956 そう言い放つと三島は 割腹自殺した。 226 00:39:27,565 --> 00:39:34,772 三島は1週間前に行われた新聞の対談で こう語っていた。 227 00:40:06,871 --> 00:40:10,541 川端康成は 追悼文の中で➡ 228 00:40:10,541 --> 00:40:15,647 三島の遺作となった「豊饒の海」を こう評価した。 229 00:40:45,243 --> 00:40:48,947 昭和64年1月7日。 230 00:40:59,090 --> 00:41:03,795 昭和が 静かに幕を閉じた。 231 00:41:17,442 --> 00:41:24,649 司馬遼太郎は 長編小説で 昭和という時代を一本も書けなかった。 232 00:41:26,351 --> 00:41:29,654 書こうとしなかったわけではない。 233 00:41:33,024 --> 00:41:37,929 昭和14年 満州とモンゴルの国境で ソビエト軍に敗れた➡ 234 00:41:37,929 --> 00:41:41,833 ノモンハン事件については 調べ尽くしていた。 235 00:41:46,904 --> 00:41:49,807 だが 取材を進めるうちに➡ 236 00:41:49,807 --> 00:41:54,779 陸軍上層部のあまりの無責任さに 嫌悪を覚え➡ 237 00:41:54,779 --> 00:41:57,281 執筆を断念した。 238 00:42:24,542 --> 00:42:32,050 明治時代 原野が続く北海道に 本籍を移した文豪がいた。 239 00:42:38,089 --> 00:42:42,693 東大英文科に通う25歳の学生だった。 240 00:42:45,263 --> 00:42:49,167 これは 漱石の戸籍謄本。 241 00:42:51,736 --> 00:43:00,578 当時 北海道では 一部の地域を除いて 徴兵令は施行されていなかった。 242 00:43:00,578 --> 00:43:03,047 漱石が転籍したのは➡ 243 00:43:03,047 --> 00:43:07,051 徴兵を逃れるためだったともいわれる。 244 00:43:07,051 --> 00:43:11,556 北海道には 生涯一度も訪れていない。 245 00:43:13,691 --> 00:43:21,199 晩年 漱石は 国家とのつきあい方を こう語っている。 246 00:44:11,382 --> 00:44:39,210 ♬~ 247 00:44:39,210 --> 00:44:42,213 ♬~