1 00:00:06,940 --> 00:00:09,643 (戦闘機の飛行音) 2 00:00:27,995 --> 00:00:32,499 (銃撃音) 3 00:00:47,147 --> 00:00:55,622 1950年代 沖縄には「代筆屋」と呼ばれる 商売が登場した。 4 00:00:55,622 --> 00:01:01,528 言葉の壁をこえて生まれた 沖縄女性とアメリカ兵の出会い。 5 00:01:03,363 --> 00:01:08,869 代筆屋は そのラブレターの 翻訳業務を請け負った。 6 00:01:13,707 --> 00:01:20,414 終戦から27年の間 沖縄は アメリカの統治下にあった。 7 00:01:23,984 --> 00:01:30,190 島を米軍基地が覆い 朝鮮戦争やベトナム戦争の拠点として➡ 8 00:01:30,190 --> 00:01:34,861 ここから多くの若者が戦場へ向かった。 9 00:01:34,861 --> 00:01:38,765 (戦闘機の飛行音) 10 00:01:45,939 --> 00:01:52,312 兵士の数と比例して 犯罪も また増えていく。 11 00:01:52,312 --> 00:01:57,150 とりわけ深刻だったのは 女性への性暴力である。 12 00:01:57,150 --> 00:01:59,186 (泣き声) 13 00:01:59,186 --> 00:02:05,993 戦争が終わったはずの島で 「戦後に また新たな戦争が始まった」と言われた。 14 00:02:19,473 --> 00:02:24,244 しかし 怒りと悲しみに満ちた 時代にあって➡ 15 00:02:24,244 --> 00:02:28,181 ひそかに心寄せ合うカップルもいた。 16 00:02:28,181 --> 00:02:32,686 二人の間には やがて子どもも生まれた。 17 00:03:07,154 --> 00:03:12,659 アメリカ兵たちは 第二の故郷となった 沖縄に思いを残しながらも➡ 18 00:03:12,659 --> 00:03:14,594 去っていった。 19 00:03:14,594 --> 00:03:24,104 ♬「I’m on my way I’m on my way Home sweet home」 20 00:03:26,606 --> 00:03:31,478 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 21 00:03:31,478 --> 00:03:35,782 男と女が交差する場所で 愛を見つけ➡ 22 00:03:35,782 --> 00:03:40,620 やがて失った 女性たちの物語である。 23 00:03:40,620 --> 00:03:54,234 ♬~ 24 00:04:01,007 --> 00:04:04,811 1945年6月。 25 00:04:04,811 --> 00:04:08,381 沖縄で繰り広げられた苛烈な地上戦は➡ 26 00:04:08,381 --> 00:04:15,155 日本軍司令官の自決によって幕を閉じ 事実上の終結を迎えた。 27 00:04:15,155 --> 00:04:25,265 ♬~(「Home,Sweet Home」) 28 00:04:37,043 --> 00:04:43,850 沖縄の人々は アメリカ軍の統治下で 収容所生活を強いられた。 29 00:04:55,295 --> 00:05:01,101 終戦直後は 30万人が収容所で暮らした。 30 00:05:01,101 --> 00:05:06,206 配給の食糧は不足。 衛生状態も劣悪だった。 31 00:05:08,241 --> 00:05:12,646 毎日 病気や飢えによる死者が出た。 32 00:05:12,646 --> 00:05:21,655 ♬~ 33 00:05:43,076 --> 00:05:49,683 ♬~ 34 00:05:55,222 --> 00:06:01,728 さらに 収容所の女性たちには 飢え以外の地獄が待ち受けていた。 35 00:06:06,967 --> 00:06:11,872 昼夜問わず アメリカ兵による強姦事件が多発。 36 00:06:14,941 --> 00:06:21,047 収容所で課せられる農作業に出ることさえ 恐怖と隣り合わせだった。 37 00:06:56,516 --> 00:06:59,152 しかし 女性たちはやがて➡ 38 00:06:59,152 --> 00:07:03,990 アメリカ兵の基地での仕事を 進んで手伝うようになる。 39 00:07:03,990 --> 00:07:07,294 生き延びるためだった。 40 00:07:54,107 --> 00:07:58,311 10万もの民間人が犠牲になった 沖縄戦では➡ 41 00:07:58,311 --> 00:08:03,917 一家の大黒柱だった多くの男性が 命を落としていた。 42 00:08:06,453 --> 00:08:10,890 残された女性たちは 亡き父や夫に代わって➡ 43 00:08:10,890 --> 00:08:14,394 家族を養わなくてはならなかった。 44 00:08:17,697 --> 00:08:20,633 収容所生活が終わった後も➡ 45 00:08:20,633 --> 00:08:25,238 基地での仕事は 女性たちの貴重な働き口となった。 46 00:08:28,108 --> 00:08:33,279 アメリカ兵向けの食堂や スーパーでのレジ打ち。 47 00:08:33,279 --> 00:08:36,282 商品の運搬。 48 00:08:41,588 --> 00:08:45,692 ハウスメイドとして働く人もいた。 49 00:08:53,933 --> 00:08:58,371 そして あるニュースが人々を驚かせた。 50 00:08:58,371 --> 00:09:03,209 終戦から2年後の 1947年8月。 51 00:09:03,209 --> 00:09:09,315 地元新聞が 沖縄女性とアメリカ兵との 結婚第一号を報じたのだ。 52 00:09:56,429 --> 00:10:02,936 だが 米軍当局は 沖縄女性と アメリカ兵との結婚を問題視し➡ 53 00:10:02,936 --> 00:10:06,639 結婚禁止令を翌年出した。 54 00:10:09,109 --> 00:10:14,714 しかし その禁止令は わずか4か月で撤廃された。 55 00:10:14,714 --> 00:10:19,619 アメリカ軍内部での反発が 予想以上に大きかったためである。 56 00:10:21,488 --> 00:10:26,893 この時すでに 恋人同士となった 沖縄女性とアメリカ兵が➡ 57 00:10:26,893 --> 00:10:29,896 数多くいたのだ。 58 00:11:08,067 --> 00:11:12,906 アメリカ兵との結婚で 最も大きな壁となったのは➡ 59 00:11:12,906 --> 00:11:16,509 沖縄女性の家族だった。 60 00:11:19,279 --> 00:11:25,151 1963年 アメリカ兵と結婚した 春子・プロフューモ。 61 00:11:25,151 --> 00:11:30,390 夫マイクとは 友人たちとの 食事の席で知り合った。 62 00:11:30,390 --> 00:11:33,393 マイクの一目ぼれだったという。 63 00:11:45,505 --> 00:11:47,607 (春子)ふふふふふっ。 64 00:11:50,109 --> 00:11:55,014 しかし 春子の父は猛反対した。 65 00:12:18,471 --> 00:12:23,376 春子は 故郷 家族 全てを捨てる覚悟で結婚。 66 00:12:23,376 --> 00:12:26,879 その後 アメリカに移り住んだ。 67 00:12:31,050 --> 00:12:35,021 そんな家族の反応も無理はなかった。 68 00:12:35,021 --> 00:12:39,926 沖縄では アメリカ兵による事件が 後を絶たなかった。 69 00:12:41,694 --> 00:12:47,867 中でも 極東最大の空軍基地 嘉手納基地に 隣接するコザ市では➡ 70 00:12:47,867 --> 00:12:52,839 アメリカ兵たちの振る舞いが 住民たちを苦しめた。 71 00:12:52,839 --> 00:13:00,947 ♬~ 72 00:13:25,004 --> 00:13:30,810 コザの街には 生活のために アメリカ兵相手に体を売る女性が➡ 73 00:13:30,810 --> 00:13:33,413 目立つようになった。 74 00:13:35,581 --> 00:13:37,650 「特殊婦人」の急増や➡ 75 00:13:37,650 --> 00:13:41,387 アメリカ兵の性犯罪を憂慮した住民たちが➡ 76 00:13:41,387 --> 00:13:44,290 嘉手納航空隊のキンケイド少将を訪ね➡ 77 00:13:44,290 --> 00:13:46,693 対応を求めた。 78 00:13:49,195 --> 00:13:52,098 少将は こう答えた。 79 00:14:07,547 --> 00:14:14,287 話し合いの結果 基地周辺の人里離れた 場所に 「特殊地帯」➡ 80 00:14:14,287 --> 00:14:18,758 すなわち 売春街を設けることが決まった。 81 00:14:18,758 --> 00:14:21,861 住民たちも合意した。 82 00:14:23,596 --> 00:14:31,104 1950年 コザの街の外れに 「八重島」と呼ばれる特殊地帯が誕生した。 83 00:14:49,522 --> 00:14:53,726 1950年 朝鮮戦争が勃発。 84 00:14:55,962 --> 00:15:00,066 沖縄に駐留するアメリカ兵は急増する。 85 00:15:03,035 --> 00:15:06,739 コザの特殊地帯も広がっていった。 86 00:15:06,739 --> 00:15:15,815 ♬~ 87 00:15:15,815 --> 00:15:22,021 コザはアメリカ兵たちの欲望を受け止める 歓楽街として 整備されていく。 88 00:15:24,457 --> 00:15:29,695 そして導入されたのが 「Aサイン制度」である。 89 00:15:29,695 --> 00:15:32,965 米軍の衛生基準をクリアした店に➡ 90 00:15:32,965 --> 00:15:35,835 「Aサイン」という許可証を与え➡ 91 00:15:35,835 --> 00:15:40,239 その店に限って アメリカ兵の出入りを認めた。 92 00:15:41,741 --> 00:15:47,447 働く女性たちは 定期的に 性病検査を受けるようになった。 93 00:15:47,447 --> 00:15:50,716 Aサイン制度のもと 街は➡ 94 00:15:50,716 --> 00:15:55,822 アメリカ兵が 堂々と安全に遊べるよう 整えられていく。 95 00:15:57,490 --> 00:16:01,894 当時のアメリカ軍の資料に 特殊婦人として働く女性たちの➡ 96 00:16:01,894 --> 00:16:05,097 実態調査が記されている。 97 00:16:07,366 --> 00:16:13,573 父や夫を亡くし 家族の生活を支えている女性が多かった。 98 00:16:20,012 --> 00:16:25,785 これは アメリカ統治下の沖縄を描いた ドキュメンタリー映画。 99 00:16:25,785 --> 00:16:30,590 Aサインバーで働く女性たちが 記録されている。 100 00:17:15,101 --> 00:17:17,036 (拍手) 101 00:17:17,036 --> 00:17:24,677 1951年 日本は サンフランシスコ平和条約に調印。 102 00:17:24,677 --> 00:17:27,880 翌年 主権を回復したが➡ 103 00:17:27,880 --> 00:17:32,985 沖縄は なお アメリカの統治下に置かれたままだった。 104 00:17:35,354 --> 00:17:39,559 東西冷戦が激化する中 沖縄は➡ 105 00:17:39,559 --> 00:17:45,965 アジアの「反共の拠点」として ますます戦略的価値を高めていく。 106 00:17:55,141 --> 00:18:00,846 そしてアメリカは 沖縄での更なる基地拡大を図り➡ 107 00:18:00,846 --> 00:18:04,050 「土地収用令」を公布する。 108 00:18:05,818 --> 00:18:10,523 基地建設のためなら 土地の所有者が 拒否をしても➡ 109 00:18:10,523 --> 00:18:15,361 強制的に接収できるというものだった。 110 00:18:15,361 --> 00:18:23,202 その結果 平和条約締結後の10年で 基地の面積は 1.7倍に広がり➡ 111 00:18:23,202 --> 00:18:27,907 沖縄本島の20%を占めるまでになる。 112 00:19:12,752 --> 00:19:14,687 (サイレン) 113 00:19:14,687 --> 00:19:19,792 そして アメリカ兵による凄惨な事件が起こった。 114 00:19:36,575 --> 00:19:39,378 (泣き声) 115 00:19:39,378 --> 00:19:45,584 6歳の幼女が強姦・殺害され 原野に遺棄されるという事件。 116 00:19:52,758 --> 00:19:57,463 犯人は 嘉手納基地所属の31歳の軍曹➡ 117 00:19:57,463 --> 00:19:59,965 アイザック・ジャクソン・ハート。 118 00:20:02,301 --> 00:20:05,805 人々の怒りが爆発する。 119 00:20:08,607 --> 00:20:14,213 事件の翌年には 沖縄全土を巻き込む 軍用地反対運動➡ 120 00:20:14,213 --> 00:20:17,116 「島ぐるみ闘争」も起こる。 121 00:20:17,116 --> 00:20:22,321 老いも若きも男も女も一致団結し 立ち上がった。 122 00:20:24,857 --> 00:20:29,528 しかし 人々の願いを 置き去りにするかのように➡ 123 00:20:29,528 --> 00:20:32,064 事件を起こした軍曹は➡ 124 00:20:32,064 --> 00:20:35,901 死刑を宣告されたものの 後に減刑。 125 00:20:35,901 --> 00:20:41,107 アメリカ帰国後 仮釈放されたことが分かっている。 126 00:20:48,080 --> 00:20:51,951 今度は ベトナムで戦争が始まる。 127 00:20:51,951 --> 00:20:59,058 1960年代に入り アメリカは ベトナム戦争に深く介入していく。 128 00:21:14,607 --> 00:21:20,513 これは嘉手納基地内のイベントに集まった コザの住民たちの映像。 129 00:21:23,783 --> 00:21:29,288 沖縄全体で基地反対の声が高まる中 コザは➡ 130 00:21:29,288 --> 00:21:35,294 増え続けるアメリカ兵が落とす金で 空前の好景気を迎えていた。 131 00:22:15,734 --> 00:22:25,844 ♬~ 132 00:22:54,406 --> 00:22:56,475 (銃撃音) 133 00:22:56,475 --> 00:23:02,581 このころ 沖縄に駐留するアメリカ軍は 5万人を超えた。 134 00:23:06,986 --> 00:23:12,925 中には 沖縄女性と 恋人同士になる者もいた。 135 00:23:12,925 --> 00:23:17,263 しかし 女性の前から突然姿を消したり➡ 136 00:23:17,263 --> 00:23:23,068 戦地に送られて音信不通になることが 少なくなかった。 137 00:23:35,080 --> 00:23:38,617 これは 夜間保育所の映像。 138 00:23:38,617 --> 00:23:43,088 当時 本土では認可されていなかった 夜間保育は➡ 139 00:23:43,088 --> 00:23:46,792 沖縄では なくてはならないものだった。 140 00:23:46,792 --> 00:23:53,799 父親がいない中 夜も働かざるをえない 母親が多くいたからである。 141 00:24:00,339 --> 00:24:07,846 これは 1987年に沖縄を取材した NHKのドキュメンタリー。 142 00:24:07,846 --> 00:24:15,054 ベトナム戦争時 アメリカ兵と結ばれた 二人の女性と その娘を取材している。 143 00:24:37,843 --> 00:24:43,782 大城末子は 26歳の時 アメリカ兵向けのバーで知り合った➡ 144 00:24:43,782 --> 00:24:47,286 ゲオリー・ダナウェイと結婚した。 145 00:24:49,121 --> 00:24:56,328 しかし 夫ゲオリーは ベトナムに向かうと 言い残し 消息を絶った。 146 00:24:56,328 --> 00:25:01,333 二人の間に生まれたエミリーは まだ3歳だった。 147 00:25:29,595 --> 00:25:33,799 ゲオリーが姿を消してから 10年以上。 148 00:25:33,799 --> 00:25:40,005 二人は 三人で暮らしていた家に ずっと住み続けていた。 149 00:26:00,325 --> 00:26:02,327 ね。 ふふふっ。 150 00:26:06,098 --> 00:26:08,100 (末子)そういうことです。 151 00:26:38,363 --> 00:26:49,475 ♬「Mid pleasures and palaces though we may roam」(手拍子) 152 00:26:49,475 --> 00:26:54,947 喜久山幸子は 19歳の時 勤めていたコザのレストランで➡ 153 00:26:54,947 --> 00:26:59,151 一人の海兵隊員と出会い 結ばれた。 154 00:27:02,521 --> 00:27:09,828 1959年 幸子は 二人の間の子ども 里美を出産する。 155 00:27:15,467 --> 00:27:21,106 しかし父親は 里美の誕生を待たずに ベトナムへ向かい➡ 156 00:27:21,106 --> 00:27:25,410 その1か月後 消息を絶った。 157 00:27:29,348 --> 00:27:35,454 最後にベトナムから届いた手紙には こう記されていた。 158 00:27:54,806 --> 00:28:01,413 その後 幸子は コザでバーを経営しながら 里美を育て上げた。 159 00:28:29,641 --> 00:28:31,877 ♬~ 160 00:28:31,877 --> 00:28:37,583 これは 里美が成長し 27歳になった時の映像。 161 00:28:43,055 --> 00:28:45,924 里美は コザのライブハウスで➡ 162 00:28:45,924 --> 00:28:50,395 アメリカ兵相手に歌う ロックシンガーとなった。 163 00:28:50,395 --> 00:28:55,033 ♬~ 164 00:28:55,033 --> 00:29:00,539 (拍手と歓声) 165 00:29:07,913 --> 00:29:11,817 ♬~ 166 00:29:40,345 --> 00:29:53,859 ♬~ 167 00:29:53,859 --> 00:29:58,664 (飛行音) 168 00:30:04,369 --> 00:30:10,275 1965年 日本政府は沖縄返還に動きだす。 169 00:30:39,271 --> 00:30:43,909 沖縄の人々は 本土復帰によって 米軍基地がなくなることを➡ 170 00:30:43,909 --> 00:30:46,511 強く望んでいた。 171 00:30:48,180 --> 00:30:52,651 しかし コザの人々の気持ちは 複雑だった。 172 00:30:52,651 --> 00:30:58,056 これは 1960年代の沖縄を取材した ドキュメンタリー。 173 00:31:01,993 --> 00:31:07,799 コザと米軍基地の 切っても切れない 関係が描かれている。 174 00:31:32,958 --> 00:31:35,961 (アメリカ兵)ミナサン アリガトゴザイマス。 175 00:31:35,961 --> 00:31:39,765 (拍手) 176 00:31:43,135 --> 00:31:50,242 ドキュメンタリーの中で コザの住民が 本土復帰に対する本音を語っている。 177 00:32:33,051 --> 00:32:35,053 (爆発音) 178 00:32:35,053 --> 00:32:42,160 1960年代後半 アメリカ軍の ベトナムでの戦況は悪化していく。 179 00:32:47,566 --> 00:32:52,404 世界から アメリカ国内からの支持も失い➡ 180 00:32:52,404 --> 00:32:57,809 死を覚悟して戦うアメリカ兵の心も すさんでいった。 181 00:33:22,400 --> 00:33:28,607 アメリカ兵たちの絶望の受け皿になったのが コザの街だった。 182 00:33:28,607 --> 00:33:37,883 ♬~ 183 00:33:37,883 --> 00:33:43,788 この喧噪と混沌の中から 独自の沖縄ロックも生まれた。 184 00:34:29,167 --> 00:34:32,070 (柱時計の音) 185 00:34:35,040 --> 00:34:37,375 (サイレン) 186 00:34:37,375 --> 00:34:43,181 1972年 沖縄は日本に復帰した。 187 00:34:43,181 --> 00:34:45,483 (サイレン) 188 00:35:45,143 --> 00:35:49,347 東京は祝賀ムードに包まれた。 189 00:36:07,999 --> 00:36:10,902 (拍手) 190 00:36:10,902 --> 00:36:17,609 しかし那覇では 招かれた1,500人のうち 300人が欠席した。 191 00:36:29,154 --> 00:36:34,159 返還の要だった 米軍基地の撤廃は 叶わなかった。 192 00:36:35,860 --> 00:36:39,264 (米軍機の音) 193 00:36:40,832 --> 00:36:44,335 沖縄の苦しみは続いた。 194 00:37:00,652 --> 00:37:02,987 復帰後に噴出したのは➡ 195 00:37:02,987 --> 00:37:09,227 沖縄女性とアメリカ兵の間に生まれた 子どもたちの問題だった。 196 00:37:09,227 --> 00:37:14,833 彼らの実に8割が 父親のいない子どもだった。 197 00:37:26,277 --> 00:37:31,116 また 父親の行方不明や 認知の有無などの事情で➡ 198 00:37:31,116 --> 00:37:36,321 国籍を取得できないケースが多いことも 明らかになった。 199 00:38:02,080 --> 00:38:06,484 コザは「沖縄市」と名前を改めた。 200 00:38:08,653 --> 00:38:14,092 本土復帰の翌年に アメリカはベトナム戦争から撤退し➡ 201 00:38:14,092 --> 00:38:17,962 街からアメリカ兵は激減。 202 00:38:17,962 --> 00:38:22,467 かつてのにぎやかさは消え去った。 203 00:38:34,479 --> 00:38:43,822 ♬「埴生の宿も わが宿」 204 00:38:43,822 --> 00:38:47,158 沖縄女性とアメリカ兵との間に生まれ➡ 205 00:38:47,158 --> 00:38:52,797 沖縄ロックの新しい担い手となった 喜久山里美。 206 00:38:52,797 --> 00:38:57,302 一つだけ 父親に関係する記憶がある。 207 00:38:57,302 --> 00:39:00,305 次何だったっけな 覚えてない。 208 00:39:47,685 --> 00:39:55,360 沖縄の女性とアメリカ兵の間に生まれた 子どもは 数千人といわれる。 209 00:39:55,360 --> 00:39:59,964 その多くが 父親を知らずに育っている。 210 00:40:01,866 --> 00:40:10,942 ♬~ 211 00:40:10,942 --> 00:40:16,748 沖縄は今 世界中から人々が訪れる島となっている。 212 00:40:20,218 --> 00:40:25,056 本土復帰の年に 44万人だった観光客は➡ 213 00:40:25,056 --> 00:40:28,927 2019年に 1,000万人を突破。 214 00:40:28,927 --> 00:40:32,930 去年 過去最高を記録した。 215 00:40:37,335 --> 00:40:39,637 グランドオープンです! 216 00:40:45,810 --> 00:40:50,014 しかし 変わらない現実もある。 217 00:40:51,616 --> 00:40:56,754 今も 沖縄本島の15%を米軍基地が占め➡ 218 00:40:56,754 --> 00:41:01,059 アメリカ兵による性暴力も後を絶たない。 219 00:41:01,059 --> 00:41:10,768 ♬~ 220 00:41:10,768 --> 00:41:15,573 時代が変わっても 歌い続ける人がいる。 221 00:41:15,573 --> 00:41:21,179 歌は 彼女の人生であり 沖縄の歩みでもあった。 222 00:41:25,783 --> 00:41:28,419 寺園さん。 そう。 223 00:41:28,419 --> 00:41:31,322 そうなんだよね。 はっはっはっはっ…。 224 00:41:36,160 --> 00:41:39,997 66歳となった里美さん。 225 00:41:39,997 --> 00:41:43,601 今もなお ステージに立ち続けている。 226 00:41:43,601 --> 00:41:45,937 ♬~ 227 00:41:45,937 --> 00:41:51,876 ♬「You know I’m a dreamer But my heart’s of gold」 228 00:41:51,876 --> 00:41:58,249 ♬「I had to run away high So I wouldn’t come home low」 229 00:41:58,249 --> 00:42:04,122 里美さんの母 幸子さんは 9年前に他界した。 230 00:42:04,122 --> 00:42:11,729 亡くなる1週間前 病床で 里美さんに 何かを伝えようとしていたという。 231 00:42:13,731 --> 00:42:15,733 (里美)なんか なんかね… 232 00:42:25,777 --> 00:42:35,453 ♬「I’m on my way I’m on my way Home sweet home」 233 00:42:35,453 --> 00:42:38,356 ♬「Tonight,tonight」 234 00:43:30,608 --> 00:43:37,381 ♬「Just set me free Home sweet home」 235 00:43:37,381 --> 00:44:28,366 ♬~ 236 00:44:28,366 --> 00:44:33,871 (歓声) 237 00:44:33,871 --> 00:44:36,307 どうも! ありがとう! 238 00:44:36,307 --> 00:44:40,177 (拍手と歓声) 239 00:44:40,177 --> 00:44:42,180 Thank you everybody,good night!