1 00:00:01,134 --> 00:00:07,841 ♬~ 2 00:00:17,718 --> 00:00:19,853 (歓声) 3 00:00:19,853 --> 00:00:23,323 ♬~(歌声) 4 00:00:23,323 --> 00:00:28,328 1950年代のアメリカに すい星のごとく登場したスター… 5 00:00:31,198 --> 00:00:42,342 ♬~ 6 00:00:42,342 --> 00:00:48,215 白人と黒人の音楽を融合し 人種の壁を打ち破った。 7 00:00:48,215 --> 00:00:51,418 ♬~ 8 00:01:04,164 --> 00:01:06,500 ミシシッピ生まれのエルビスは➡ 9 00:01:06,500 --> 00:01:10,671 13歳で テネシー州 メンフィスに移住。 10 00:01:10,671 --> 00:01:16,176 そこは 南部から北部に向かう 黒人移住者の通過点➡ 11 00:01:16,176 --> 00:01:19,479 黒人文化が花咲いた街だった。 12 00:01:22,516 --> 00:01:27,321 20世紀前半 「グレート・マイグレーション」と 呼ばれる➡ 13 00:01:27,321 --> 00:01:30,524 黒人の大移動が 起こった。 14 00:01:32,859 --> 00:01:35,762 南部に住む 数百万の黒人たちが➡ 15 00:01:35,762 --> 00:01:39,766 人種差別から逃れ 北へと向かった。 16 00:01:43,870 --> 00:01:50,544 アメリカでは建国以来 人々が 広大な国土の中で大移動を繰り返し➡ 17 00:01:50,544 --> 00:01:53,747 国の形をつくってきた。 18 00:01:56,416 --> 00:02:01,121 大移動の始まりは 19世紀の西部開拓。 19 00:02:02,823 --> 00:02:08,295 カリフォルニアで金鉱が発見され 一獲千金を夢みる人々が➡ 20 00:02:08,295 --> 00:02:12,599 ほろ馬車や鉄道で 西へと向かった。 21 00:02:15,502 --> 00:02:21,675 1920年代には アパラチア地方の炭鉱で働く 貧しい労働者➡ 22 00:02:21,675 --> 00:02:24,177 ヒルビリーと 呼ばれる人たちが➡ 23 00:02:24,177 --> 00:02:28,015 よりよい仕事を求め 北部の工業都市へと➡ 24 00:02:28,015 --> 00:02:30,317 移住を始めた。 25 00:02:34,888 --> 00:02:37,724 そして 1930年代➡ 26 00:02:37,724 --> 00:02:43,864 巨大な砂嵐「ダストボウル」に 故郷を追われた人々が向かったのは➡ 27 00:02:43,864 --> 00:02:48,068 西海岸 カリフォルニアだった。 28 00:02:51,204 --> 00:02:55,042 戦後 豊かになった人々は➡ 29 00:02:55,042 --> 00:02:59,346 車社会の到来とともに 整備されたハイウェイに乗って➡ 30 00:02:59,346 --> 00:03:02,149 移動の自由を手にする。 31 00:03:04,151 --> 00:03:09,156 まだ見ぬ次の場所に 希望を見つけようとした。 32 00:03:14,661 --> 00:03:21,435 人が動けば 価値観がぶつかり 時に激しい衝突が起こった。 33 00:03:21,435 --> 00:03:23,437 (人々の声) 34 00:03:34,514 --> 00:03:42,022 しかし 衝突の中から 新しい社会の形や文化が生まれていく。 35 00:03:42,022 --> 00:03:48,228 移動を繰り返すことで アメリカは強くなっていった。 36 00:03:54,034 --> 00:03:57,537 ノーベル賞作家 ジョン・スタインベックは➡ 37 00:03:57,537 --> 00:03:59,873 アメリカ大陸を旅しながら➡ 38 00:03:59,873 --> 00:04:03,076 数多くの作品をものにした。 39 00:04:29,669 --> 00:04:31,705 ♬~ 40 00:04:31,705 --> 00:04:38,178 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 今回は1時間の拡大版。 41 00:04:38,178 --> 00:04:43,517 新天地を求め 広大な大陸を舞台に 移動を繰り返してきた➡ 42 00:04:43,517 --> 00:04:47,020 アメリカ人の物語。 43 00:04:47,020 --> 00:04:54,327 彼らの夢と絶望をのみ込みながら アメリカは アメリカになっていった。 44 00:04:54,327 --> 00:05:00,133 ♬~ 45 00:05:03,270 --> 00:05:08,074 20世紀のアメリカを代表する ジャズシンガー ビリー・ホリデイ。 46 00:05:17,284 --> 00:05:21,154 この歌を聴いた誰もが 戦慄した。 47 00:05:21,154 --> 00:05:28,862 ラジオで放送禁止扱いになるほど 白人には 決して耳にしたくない歌だった。 48 00:05:30,497 --> 00:05:53,720 ♬~ 49 00:05:53,720 --> 00:06:00,227 「奇妙な果実」とは 木につるされた黒人の死体のことだった。 50 00:06:01,962 --> 00:06:13,273 ♬~ 51 00:06:13,273 --> 00:06:18,144 白人にリンチされ つるされた遺体を果実に見立て➡ 52 00:06:18,144 --> 00:06:23,350 南部で続いていた 黒人差別を告発した。 53 00:06:29,489 --> 00:06:35,362 20世紀初頭 アメリカの黒人の9割が南部に住み➡ 54 00:06:35,362 --> 00:06:40,567 そのほとんどが 綿花農園の小作人として働いていた。 55 00:06:46,840 --> 00:06:51,678 農園の主は 白人だった。 56 00:06:51,678 --> 00:06:54,514 (鐘の音) 57 00:06:54,514 --> 00:06:59,185 彼らの多くは 「聖書」の教えを固く信じる➡ 58 00:06:59,185 --> 00:07:02,489 キリスト教 プロテスタントの人々。 59 00:07:04,124 --> 00:07:10,130 「聖書」の言葉を 「神は奴隷制を容認している」と解釈し➡ 60 00:07:10,130 --> 00:07:14,434 人種差別は 正当な行為だと考えていた。 61 00:07:33,286 --> 00:07:39,826 彼らは「聖書」信仰の篤い 保守的な社会を形成し➡ 62 00:07:39,826 --> 00:07:44,331 南部一帯は 「バイブルベルト」と呼ばれた。 63 00:07:48,168 --> 00:07:52,505 南部の州では 奴隷制が廃止されたあとも➡ 64 00:07:52,505 --> 00:07:56,009 「ジム・クロウ法」と呼ばれる 独自の州法により➡ 65 00:07:56,009 --> 00:08:00,313 黒人を隔離する政策が 続けられていた。 66 00:08:04,451 --> 00:08:11,157 1927年 南部を大洪水が襲う。 67 00:08:13,126 --> 00:08:20,266 前の年から降り続いた大雨の影響で ミシシッピ川流域で氾濫が相次ぎ➡ 68 00:08:20,266 --> 00:08:24,471 63万人が 家を追われた。 69 00:08:30,910 --> 00:08:37,217 被災者のほとんどが 綿花農園で働いていた黒人だった。 70 00:08:39,486 --> 00:08:46,292 住む場所を失った黒人たちは 避難所でも あからさまな差別を受ける。 71 00:08:47,994 --> 00:08:55,301 寝る場所 食事 どれも白人の被災者が優先された。 72 00:08:55,301 --> 00:09:26,966 ♬~ 73 00:09:26,966 --> 00:09:31,137 希望の見えない 南部での生活に見切りをつけ➡ 74 00:09:31,137 --> 00:09:36,342 黒人たちは 故郷を離れる決意をする。 75 00:09:37,911 --> 00:09:41,714 黒人の大移動… 76 00:09:47,287 --> 00:09:51,658 1920年代に 南部から流出した黒人は➡ 77 00:09:51,658 --> 00:09:54,961 90万人を超える。 78 00:10:30,196 --> 00:10:36,503 たどりついたのは 1,000キロ以上離れた 北部の大都市だった。 79 00:10:40,840 --> 00:10:42,909 五大湖周辺の都市では➡ 80 00:10:42,909 --> 00:10:47,714 鉄鋼などの重工業や 製造業が発展していた。 81 00:11:08,034 --> 00:11:13,039 中でも最大の成長産業は 自動車だった。 82 00:11:17,310 --> 00:11:21,681 ミシガン州 デトロイトでは フォード・モーターに加え➡ 83 00:11:21,681 --> 00:11:25,184 ゼネラル・モーターズ クライスラーが拠点を置き➡ 84 00:11:25,184 --> 00:11:30,189 三大自動車メーカーは 「BIG3」と呼ばれた。 85 00:11:35,695 --> 00:11:41,334 黒人の多くが 自動車工場で職を得た。 86 00:11:41,334 --> 00:11:44,704 フォードでは 人種による賃金の差別はなく➡ 87 00:11:44,704 --> 00:11:47,707 黒人たちも雇用した。 88 00:11:51,344 --> 00:11:59,052 しかし 黒人は白人よりも 危険な仕事を担うのが常だった。 89 00:12:29,515 --> 00:12:35,188 五大湖の工業地帯を目指したのは 黒人だけではなかった。 90 00:12:35,188 --> 00:12:39,525 同じ頃 ある場所から 数十万の人々が➡ 91 00:12:39,525 --> 00:12:42,829 北部へ移動を始めていた。 92 00:12:46,399 --> 00:12:51,104 アメリカ東部の丘陵地帯に広がる アパラチア地方。 93 00:12:54,707 --> 00:12:57,543 スコットランドや アイルランドをルーツに持ち➡ 94 00:12:57,543 --> 00:13:02,548 炭鉱などで働く人々は 「ヒルビリー」と呼ばれた。 95 00:13:06,352 --> 00:13:11,991 賃金は低く 労働環境は劣悪だった。 96 00:13:11,991 --> 00:13:17,196 機械化と資源の枯渇で 雇用も減りつつあった。 97 00:13:48,895 --> 00:13:55,201 トランプ政権の副大統領 バンスの祖父は ヒルビリーだった。 98 00:13:55,201 --> 00:14:00,907 祖父から 貧しい時代の記憶を聞かされて育った。 99 00:14:24,230 --> 00:14:28,668 ヒルビリーたちは 粗野で無教養と見なされながらも➡ 100 00:14:28,668 --> 00:14:32,672 鉄鋼業や自動車の工場などで働いた。 101 00:14:34,841 --> 00:14:41,147 黒人労働者と共に 汗を流しながら 街に定着していく。 102 00:14:43,316 --> 00:14:48,821 しかし そんな労働者たちを 大きな困難が待ち受けていた。 103 00:14:50,690 --> 00:14:58,030 1929年 株価の暴落をきっかけに始まった 大恐慌である。 104 00:14:58,030 --> 00:15:00,032 (人々の声) 105 00:15:08,641 --> 00:15:16,149 4人に1人が仕事を失い 失業者は 全米で1,200万に上った。 106 00:15:19,152 --> 00:15:23,823 自動車の街 デトロイトでも 大勢の労働者が解雇され➡ 107 00:15:23,823 --> 00:15:29,128 毎日 数千人がパンの配給に並んだ。 108 00:15:32,298 --> 00:15:35,168 真っ先に解雇されたのは➡ 109 00:15:35,168 --> 00:15:40,973 グレート・マイグレーションで デトロイトに職を求めた黒人たち。 110 00:15:40,973 --> 00:15:46,179 黒人の失業率は 白人の2倍だった。 111 00:15:49,182 --> 00:15:51,517 (風の音) 112 00:15:51,517 --> 00:15:56,856 そのころ 中西部から南部の広大な農村地帯を➡ 113 00:15:56,856 --> 00:16:00,460 巨大な自然災害が 襲いかかろうとしていた。 114 00:16:00,460 --> 00:16:03,129 (牛の鳴き声) 115 00:16:03,129 --> 00:16:05,631 (風の音) 116 00:16:07,133 --> 00:16:12,438 「ダストボウル」と呼ばれた 巨大な砂嵐である。 117 00:16:14,640 --> 00:16:21,848 土ぼこりが空を覆い 昼間でも 薄暮のような日々が続いた。 118 00:16:31,991 --> 00:16:39,699 学校は閉鎖され 家は壊され 生活は奪われた。 119 00:16:41,701 --> 00:16:44,003 砂嵐が襲ったのは➡ 120 00:16:44,003 --> 00:16:47,807 グレート・プレーンズと呼ばれる 大平原地帯。 121 00:16:50,776 --> 00:16:55,514 この地域では 長年の無計画な耕作によって➡ 122 00:16:55,514 --> 00:16:57,516 土壌が荒廃していた。 123 00:17:02,255 --> 00:17:08,127 そこに 大規模な干ばつが続いたことで 地面が乾き切り➡ 124 00:17:08,127 --> 00:17:11,931 強い風が砂嵐を引き起こした。 125 00:17:11,931 --> 00:17:14,634 (風の音) 126 00:17:14,634 --> 00:17:19,138 この大災害は 人災でもあった。 127 00:17:22,808 --> 00:17:28,314 砂嵐は5年以上にわたって 毎年 繰り返された。 128 00:17:33,819 --> 00:17:37,690 後に フォークソングの父と呼ばれる ウディ・ガスリーは➡ 129 00:17:37,690 --> 00:17:42,995 テキサス州で ダストボウルに被災した。 130 00:17:42,995 --> 00:18:08,487 ♬~ 131 00:18:30,142 --> 00:18:35,648 被災者の多くは 保守的なキリスト教徒の白人たち。 132 00:18:37,883 --> 00:18:43,155 ダストボウルを 土地を乱用したことへの神の怒りだと➡ 133 00:18:43,155 --> 00:18:46,158 受け止める者も多かった。 134 00:18:48,294 --> 00:18:53,833 彼らは 神の導く新天地を求めて故郷を去る。 135 00:18:53,833 --> 00:18:58,170 目指したのは カリフォルニア。 136 00:18:58,170 --> 00:19:03,876 人々は カリフォルニアは 「約束の地」と信じた。 137 00:19:05,444 --> 00:19:11,250 300万もの人々が ダストボウル移民となった。 138 00:19:24,797 --> 00:19:28,668 移動の主要ルートが 開通間もない国道➡ 139 00:19:28,668 --> 00:19:31,971 「ルート66」だった。 140 00:19:36,409 --> 00:19:42,348 1926年 全米初の国道システムが整備され➡ 141 00:19:42,348 --> 00:19:47,053 中西部から西海岸へ 8つの州を貫く横断道路➡ 142 00:19:47,053 --> 00:19:50,256 ルート66が開通していた。 143 00:19:54,293 --> 00:20:00,099 ルート66は 西に向かう移民たちで埋め尽くされた。 144 00:20:13,012 --> 00:20:16,515 アメリカ文学の巨人 ジョン・スタインベックは➡ 145 00:20:16,515 --> 00:20:19,852 ダストボウル移民と共に旅をしながら➡ 146 00:20:19,852 --> 00:20:24,857 小説「怒りの葡萄」で その窮状を描いた。 147 00:20:50,816 --> 00:20:57,123 しかし カリフォルニアは 「約束の地」とはならなかった。 148 00:21:14,507 --> 00:21:17,409 農場には移民が押し寄せ➡ 149 00:21:17,409 --> 00:21:22,214 仕事にありつけるのは 一握りの人たちだけだった。 150 00:21:26,685 --> 00:21:29,188 これは ルート66の終着点➡ 151 00:21:29,188 --> 00:21:33,492 カリフォルニアの 移民キャンプで撮影された映像である。 152 00:21:48,340 --> 00:21:53,045 キャンプでは 仕事のない何万人もの移民たちが➡ 153 00:21:53,045 --> 00:21:57,883 行くあてもなく 身を寄せ合って暮らしていた。 154 00:21:57,883 --> 00:22:02,721 ♬~ 155 00:22:02,721 --> 00:22:05,691 フォークシンガー ウディ・ガスリーも➡ 156 00:22:05,691 --> 00:22:11,163 移民たちと共に カリフォルニアに たどりついていた。 157 00:22:11,163 --> 00:22:17,670 これは 後にウディの演奏姿を記録した 貴重な映像である。 158 00:22:22,174 --> 00:22:26,011 旅の経験をもとに 数々の曲を作り➡ 159 00:22:26,011 --> 00:22:28,848 移民たちを励まそうとした。 160 00:22:28,848 --> 00:22:43,028 ♬~ 161 00:22:43,028 --> 00:22:50,202 人々が苦境にあるからこそ アメリカの掲げた理想を歌にした。 162 00:22:50,202 --> 00:23:14,827 ♬~ 163 00:23:14,827 --> 00:23:17,730 困難にあっても 希望の地を探す➡ 164 00:23:17,730 --> 00:23:21,700 アメリカ人の たくましさをたたえる この歌は➡ 165 00:23:21,700 --> 00:23:26,305 後に「アメリカ第二の国歌」と呼ばれた。 166 00:23:26,305 --> 00:23:30,109 ♬~ 167 00:23:32,678 --> 00:23:37,683 ♬~ 168 00:23:39,852 --> 00:23:43,188 これは ルーズベルト大統領が➡ 169 00:23:43,188 --> 00:23:47,192 五大湖周辺の工場を 視察する映像である。 170 00:23:49,862 --> 00:23:52,898 大恐慌にあえいでいた デトロイトを救ったのは➡ 171 00:23:52,898 --> 00:23:55,901 戦争だった。 172 00:24:17,289 --> 00:24:19,992 自動車メーカー BIG3は➡ 173 00:24:19,992 --> 00:24:24,296 戦時下の軍需生産に 協力を惜しまなかった。 174 00:24:26,498 --> 00:24:32,004 自動車工場を使って 大量の軍用機や軍用車両がつくられ➡ 175 00:24:32,004 --> 00:24:35,507 主に ヨーロッパ戦線に送られた。 176 00:24:40,679 --> 00:24:45,184 工業地帯は「民主主義の兵器庫」と呼ばれ➡ 177 00:24:45,184 --> 00:24:49,988 大恐慌後 初めての好景気が訪れた。 178 00:25:14,146 --> 00:25:16,482 一方 西海岸でも➡ 179 00:25:16,482 --> 00:25:21,186 戦争が ダストボウル移民たちを 救おうとしていた。 180 00:25:40,506 --> 00:25:45,377 西海岸もまた 軍需産業の拠点となっていた。 181 00:25:45,377 --> 00:25:53,085 大量の航空機や軍艦がつくられ 太平洋での日本との戦いに送られた。 182 00:25:56,321 --> 00:26:01,126 カリフォルニアの雇用者数は 300万人に達し➡ 183 00:26:01,126 --> 00:26:07,633 ダストボウル移民たちは 国防を担う貴重な労働力となった。 184 00:26:11,770 --> 00:26:17,075 これは 戦時下の学校で撮影された写真。 185 00:26:18,977 --> 00:26:24,483 手をあげているのは 移民労働者の子どもたち。 186 00:26:24,483 --> 00:26:29,688 カリフォルニアは 約束の地となった。 187 00:26:36,662 --> 00:26:43,535 しかし 入れ代わるように この地を追われる人々がいた。 188 00:26:43,535 --> 00:26:47,339 日系人である。 189 00:26:53,512 --> 00:26:59,384 西海岸一帯には 19世紀から日本人の移住が進み➡ 190 00:26:59,384 --> 00:27:03,088 10万人以上の日系人が暮らしていた。 191 00:27:06,959 --> 00:27:10,629 人口の僅か1パーセントだった日系人が➡ 192 00:27:10,629 --> 00:27:16,134 この地で生産される果物と野菜の 半分を担った。 193 00:27:23,208 --> 00:27:28,881 勤勉な働きぶりで 成功を収める者は多かった。 194 00:27:28,881 --> 00:27:30,816 しかし その姿は➡ 195 00:27:30,816 --> 00:27:35,621 時に アメリカ社会に 不気味に映っていた。 196 00:28:03,715 --> 00:28:06,718 これは 真珠湾攻撃の➡ 197 00:28:06,718 --> 00:28:08,921 翌年に 作られた➡ 198 00:28:08,921 --> 00:28:11,023 ニュース映画である。 199 00:28:41,453 --> 00:28:43,822 (シャッター音) 200 00:28:43,822 --> 00:28:46,191 カリフォルニア州 オークランドで 撮影された➡ 201 00:28:46,191 --> 00:28:49,861 1枚の写真。 202 00:28:49,861 --> 00:28:54,266 食料品店 店主の日系人 マスダ・タツロウは➡ 203 00:28:54,266 --> 00:28:56,702 真珠湾攻撃の翌日➡ 204 00:28:56,702 --> 00:29:01,974 店先に この看板を掲げた。 205 00:29:01,974 --> 00:29:05,244 日本からの移民を父に持つ マスダは➡ 206 00:29:05,244 --> 00:29:08,647 カリフォルニア生まれの アメリカ人だった。 207 00:29:25,564 --> 00:29:30,469 日系人は 数日以内の退去を命じられた。 208 00:29:34,239 --> 00:29:41,346 そのほとんどが マスダと同じく アメリカ国籍を持っていた。 209 00:29:46,652 --> 00:29:54,059 マスダも店を閉じ 妻と共に 故郷の街を後にした。 210 00:29:56,862 --> 00:29:59,765 日系人たちが送られたのは➡ 211 00:29:59,765 --> 00:30:03,001 カリフォルニアの砂漠などに 建設された➡ 212 00:30:03,001 --> 00:30:06,505 10か所の 強制収容所だった。 213 00:30:10,742 --> 00:30:14,613 3年以上に及ぶ収容所生活では➡ 214 00:30:14,613 --> 00:30:21,920 日本の風習が禁じられ アメリカ人としての教育が行われた。 215 00:30:27,192 --> 00:30:30,095 最後の収容所が 閉鎖されたのは➡ 216 00:30:30,095 --> 00:30:36,101 日本が降伏した翌年の 1946年のことだった。 217 00:30:38,804 --> 00:30:41,139 しかし 戦後も➡ 218 00:30:41,139 --> 00:30:44,176 差別は終わらなかった。 219 00:30:44,176 --> 00:30:46,211 日系人たちは➡ 220 00:30:46,211 --> 00:30:49,815 戻ったさきざきで 排斥を受けた。 221 00:30:52,984 --> 00:30:59,524 多くの人々が 故郷カリフォルニアを 離れる決断をした。 222 00:30:59,524 --> 00:31:04,162 ♬~ 223 00:31:04,162 --> 00:31:09,668 強制収容という 苦い過去を心に焼き付けた日系人は➡ 224 00:31:09,668 --> 00:31:13,472 各地で 懸命に アメリカ社会に溶け込み➡ 225 00:31:13,472 --> 00:31:18,076 「模範的な移民」と 呼ばれるようになっていった。 226 00:31:21,179 --> 00:31:26,084 「私はアメリカ人」と看板を掲げた マスダ・タツロウは➡ 227 00:31:26,084 --> 00:31:30,288 五大湖周辺の工業都市で職を得た。 228 00:31:30,288 --> 00:31:35,994 二度と 故郷カリフォルニアに 戻ることはなかった。 229 00:31:42,200 --> 00:31:48,306 戦後 アメリカは 戦争で疲弊しきった世界を尻目に➡ 230 00:31:48,306 --> 00:31:51,209 繁栄を おう歌していた。 231 00:32:04,589 --> 00:32:08,393 全米に張り巡らされた ハイウェイによって➡ 232 00:32:08,393 --> 00:32:13,398 人々は アメリカ大陸を 縦横無尽に移動した。 233 00:32:17,469 --> 00:32:25,177 住む場所の選択肢が広がり 郊外に 新たな住宅が建設されていく。 234 00:32:27,479 --> 00:32:30,081 豊かになった労働者は➡ 235 00:32:30,081 --> 00:32:35,387 郊外の庭付き一戸建てに住むことが ステータスとなった。 236 00:32:35,387 --> 00:32:43,028 ♬~ 237 00:32:43,028 --> 00:32:45,931 自動車産業の労働組合は➡ 238 00:32:45,931 --> 00:32:50,535 こんなふうに 労働者に マイホームを呼びかけている。 239 00:33:06,318 --> 00:33:10,121 努力すれば 誰もが豊かになれるという➡ 240 00:33:10,121 --> 00:33:13,825 アメリカンドリームが 実現していった。 241 00:33:15,827 --> 00:33:20,398 しかし それは危うさも抱えていた。 242 00:33:20,398 --> 00:33:26,605 郊外は白人 都市部はマイノリティーと 居住区が分かれ➡ 243 00:33:26,605 --> 00:33:30,709 その後 分断を生むことになる。 244 00:33:33,712 --> 00:33:40,819 カリフォルニアでは 東西冷戦によって 防衛産業が繁栄を極めていた。 245 00:33:42,487 --> 00:33:47,726 戦後も 南部・農村地帯から 移民の流入が続き➡ 246 00:33:47,726 --> 00:33:51,830 10年間で 100万人が移住した。 247 00:33:57,736 --> 00:34:03,041 南部からの移民の多くが 敬けんなプロテスタント。 248 00:34:03,041 --> 00:34:10,782 彼らは 「福音派」と呼ばれる 保守的な信仰を携えて移動してきた。 249 00:34:10,782 --> 00:34:15,153 寄付によって 次々と教会を建て➡ 250 00:34:15,153 --> 00:34:19,557 カリフォルニアの社会全体に 影響を及ぼしていく。 251 00:34:21,393 --> 00:34:26,164 これは 1949年に ロサンゼルスで行われた➡ 252 00:34:26,164 --> 00:34:30,168 キリスト教 福音派の 伝道集会の映像。 253 00:34:33,872 --> 00:34:35,807 ビリー・グラハムは➡ 254 00:34:35,807 --> 00:34:38,410 南部のバイブルベルトから やって来た➡ 255 00:34:38,410 --> 00:34:42,013 福音派の若い伝道師だった。 256 00:34:52,991 --> 00:34:59,297 グラハムは 冷戦を 「無神論の共産主義との戦い」と捉え➡ 257 00:34:59,297 --> 00:35:03,902 今こそ 神の下に結束しようと 呼びかけた。 258 00:35:25,156 --> 00:35:28,159 グラハムが 信仰を広めた手段は➡ 259 00:35:28,159 --> 00:35:32,063 テレビという 新しいメディアだった。 260 00:35:49,714 --> 00:35:56,488 1957年 ヤンキースタジアムで行われた グラハムの伝道集会には➡ 261 00:35:56,488 --> 00:35:59,591 10万人近くが押し寄せた。 262 00:36:03,662 --> 00:36:07,365 南部 バイブルベルトからの 人々の移動は➡ 263 00:36:07,365 --> 00:36:11,236 カリフォルニアのみならず アメリカ社会全体に➡ 264 00:36:11,236 --> 00:36:16,141 薄れていた信仰心を 呼び覚ますことになった。 265 00:36:27,819 --> 00:36:32,724 (拍手) 266 00:36:34,459 --> 00:36:37,762 保守的な空気が広がる アメリカだったが➡ 267 00:36:37,762 --> 00:36:39,698 一方で アメリカは➡ 268 00:36:39,698 --> 00:36:44,035 「自由と平等」を目指す 国でもあった。 269 00:36:44,035 --> 00:36:49,841 1954年 公立学校での人種隔離が 違憲となり➡ 270 00:36:49,841 --> 00:36:54,746 各地で 人種統合に向けた動きが 始まっていた。 271 00:36:59,117 --> 00:37:03,755 これは 1957年 アーカンソー州で➡ 272 00:37:03,755 --> 00:37:09,227 黒人の生徒が 白人専用という規則が 撤廃された高校へ➡ 273 00:37:09,227 --> 00:37:12,130 登校しようとする映像である。 274 00:37:12,130 --> 00:37:18,837 ♬~ 275 00:37:18,837 --> 00:37:26,177 これに激しく反発したのが 保守的な福音派の人々だった。 276 00:37:26,177 --> 00:37:33,685 ♬~ 277 00:37:33,685 --> 00:37:36,087 彼らは 「聖書」の言葉を➡ 278 00:37:36,087 --> 00:37:41,693 神は 人種差別を容認していると 解釈していた。 279 00:37:41,693 --> 00:37:47,899 黒人が 白人の社会に入ってきたことを 「侵入」と捉えた。 280 00:38:02,080 --> 00:38:09,187 (歓声) 281 00:38:11,623 --> 00:38:16,461 すると 黒人の側から 怒りの声が上がる。 282 00:38:16,461 --> 00:38:20,165 公民権運動である。 283 00:38:20,165 --> 00:38:22,100 先頭に立ったのは➡ 284 00:38:22,100 --> 00:38:24,469 南部 ジョージア州出身の➡ 285 00:38:24,469 --> 00:38:26,871 キング牧師だった。 286 00:38:36,948 --> 00:38:42,253 非暴力主義を徹底した キング牧師が選んだ抗議の手段は➡ 287 00:38:42,253 --> 00:38:44,656 「行進」だった。 288 00:38:46,491 --> 00:38:50,361 キング牧師は アメリカ各地を移動しながら➡ 289 00:38:50,361 --> 00:38:54,332 人々に正義を訴えていく。 290 00:38:54,332 --> 00:38:57,836 賛同者が 行進の列に➡ 291 00:38:57,836 --> 00:39:02,040 一人 また一人と 加わっていった。 292 00:39:31,736 --> 00:39:36,741 (拍手) 293 00:39:38,476 --> 00:39:43,314 キング牧師に 強力な支援者が現れた。 294 00:39:43,314 --> 00:39:46,584 デトロイト周辺の 自動車工場で働く➡ 295 00:39:46,584 --> 00:39:50,054 労働者たちだった。 296 00:39:50,054 --> 00:39:52,590 グレート・マイグレーションが進み➡ 297 00:39:52,590 --> 00:39:57,795 デトロイトに住む黒人の割合は 3割を超えていた。 298 00:40:01,899 --> 00:40:07,872 自動車産業の労働組合UAW会長の ウォルター・ルーサーは➡ 299 00:40:07,872 --> 00:40:10,775 キング牧師に資金を提供し➡ 300 00:40:10,775 --> 00:40:13,878 公民権運動を助けた。 301 00:40:17,415 --> 00:40:21,819 ルーサーは この36年前➡ 302 00:40:21,819 --> 00:40:28,192 アパラチア地方からやって来た 貧しい労働者 ヒルビリーの出身だった。 303 00:40:28,192 --> 00:40:32,063 工場で 黒人と共に汗を流し➡ 304 00:40:32,063 --> 00:40:35,066 深いシンパシーを抱いていた。 305 00:40:39,304 --> 00:40:44,409 キング牧師が 行進を始めて 7年後。 306 00:41:00,658 --> 00:41:08,333 ワシントンのリンカーン記念堂の前に 実に 20万人が集まった。 307 00:41:08,333 --> 00:41:13,938 キング牧師の言葉に動かされ 多くの白人も参加していた。 308 00:41:17,709 --> 00:41:23,614 (拍手と歓声) 309 00:41:40,798 --> 00:41:44,435 キング牧師の傍らには➡ 310 00:41:44,435 --> 00:41:50,842 自動車労働組合会長の ウォルター・ルーサーの姿があった。 311 00:41:50,842 --> 00:41:54,545 (拍手) 312 00:42:13,097 --> 00:42:17,035 翌年 公民権法が成立し➡ 313 00:42:17,035 --> 00:42:21,339 全てのジム・クロウ法が廃止された。 314 00:42:24,509 --> 00:42:26,577 これによって黒人は➡ 315 00:42:26,577 --> 00:42:29,180 それまで入れなかった空間に➡ 316 00:42:29,180 --> 00:42:32,483 足を踏み入れる自由を得た。 317 00:42:34,485 --> 00:42:40,491 しかし それは 衝突の新たな火種となる。 318 00:42:45,696 --> 00:42:48,399 (サイレン) 319 00:42:51,402 --> 00:42:58,409 1967年 デトロイトで 大規模な暴動が起こった。 320 00:43:09,654 --> 00:43:15,993 黒人の若者が 白人の警官から暴行を受け 負傷。 321 00:43:15,993 --> 00:43:21,199 それをきっかけに 数千人規模の暴動へと発展した。 322 00:43:29,540 --> 00:43:36,447 自動車の街 デトロイトでは 黒人の人口が 4割に迫っていた。 323 00:43:40,718 --> 00:43:46,324 黒人は 法律によって 確かに対等な権利を得ていた。 324 00:43:49,727 --> 00:43:56,334 しかし街には それを受け入れる準備は 整っていなかった。 325 00:44:01,772 --> 00:44:07,979 ジョンソン大統領は 4,700人の連邦軍を市内に投入。 326 00:44:07,979 --> 00:44:10,882 事態の沈静化を図った。 327 00:44:17,355 --> 00:44:21,759 黒人たちは 白人が所有する商店を狙い➡ 328 00:44:21,759 --> 00:44:23,861 略奪を繰り返した。 329 00:44:27,198 --> 00:44:32,670 5日間続いた暴動で 43人が死亡。 330 00:44:32,670 --> 00:44:39,677 1,000人以上が負傷し 7,200人が逮捕された。 331 00:44:45,349 --> 00:44:50,988 デトロイトでは 暴動の影響で 工場の操業が停止し➡ 332 00:44:50,988 --> 00:44:55,092 自動車メーカーは 大打撃を受けた。 333 00:45:30,595 --> 00:45:34,799 大勢の白人が 都市部から郊外へ移動する➡ 334 00:45:34,799 --> 00:45:38,402 「ホワイトフライト」という現象が 始まった。 335 00:45:40,204 --> 00:45:45,610 ハイウェイの発達も ホワイトフライト現象に拍車をかけた。 336 00:45:56,387 --> 00:46:04,996 デトロイトでは 暴動後の2年間で 15万人近くの白人が 都市部を離れた。 337 00:46:07,031 --> 00:46:13,638 都市部と郊外は 二極化し 分断が深まっていった。 338 00:46:43,167 --> 00:46:46,404 ♬~ 339 00:46:46,404 --> 00:46:48,939 1960年代に入ると➡ 340 00:46:48,939 --> 00:46:53,110 今度は 若者たちの 大移動が始まる。 341 00:46:53,110 --> 00:46:57,281 目指したのは カリフォルニア。 342 00:46:57,281 --> 00:47:00,051 「ヒッピー」と呼ばれる 若者たちが➡ 343 00:47:00,051 --> 00:47:04,889 かつての ダストボウル移民の 約束の地に向かった。 344 00:47:04,889 --> 00:47:09,894 ♬~ 345 00:47:24,341 --> 00:47:30,114 ドラッグ フリーセックス ロックミュージック。 346 00:47:30,114 --> 00:47:35,386 カリフォルニアは 若者たちの 自由の実験場となる。 347 00:47:35,386 --> 00:47:40,391 ♬~ 348 00:47:44,095 --> 00:47:48,599 若者たちは 戦後生まれのベビーブーム世代。 349 00:47:48,599 --> 00:47:53,604 大人たちの起こした ベトナム戦争にも NOを突きつけた。 350 00:47:57,308 --> 00:48:03,547 しかし 1973年 アメリカが ベトナムから撤退すると➡ 351 00:48:03,547 --> 00:48:08,552 ヒッピー文化は うそのように終息していった。 352 00:48:12,823 --> 00:48:18,329 しかし ヒッピー文化は あだ花ではなかった。 353 00:48:18,329 --> 00:48:24,135 自由と革新を求める精神は 形を変えて 根を張っていた。 354 00:48:24,135 --> 00:48:27,138 例えば この男。 355 00:48:29,940 --> 00:48:33,911 ヒッピー文化に どっぷりとつかった スティーブ・ジョブズは➡ 356 00:48:33,911 --> 00:48:38,215 住宅地のガレージで 「アップル」を創業した。 357 00:48:52,329 --> 00:48:56,066 多くの若者が ジョブズの後を追い➡ 358 00:48:56,066 --> 00:49:01,972 カリフォルニアは その後 IT革命の中心地となっていく。 359 00:49:04,742 --> 00:49:08,212 そのころ 豊かさを振りまいた➡ 360 00:49:08,212 --> 00:49:10,614 自動車の街 デトロイトから➡ 361 00:49:10,614 --> 00:49:13,918 人々の大移動が 始まっていた。 362 00:49:17,221 --> 00:49:21,826 第一次石油危機をきっかけに ガソリン価格が高騰すると➡ 363 00:49:21,826 --> 00:49:23,894 アメリカでは➡ 364 00:49:23,894 --> 00:49:26,897 大型車の 売れ行きが 低迷した。 365 00:49:29,633 --> 00:49:31,936 <TOYOTA CELICA GT> 366 00:49:33,871 --> 00:49:35,806 日本の自動車メーカーは➡ 367 00:49:35,806 --> 00:49:38,676 安くて 燃費の良い小型車を➡ 368 00:49:38,676 --> 00:49:42,379 次々と アメリカ市場に 投入していった。 369 00:49:57,061 --> 00:50:03,834 1980年 日本車は アメリカで 190万台を売り上げ➡ 370 00:50:03,834 --> 00:50:07,238 アメリカ市場の2割を占めた。 371 00:50:12,409 --> 00:50:16,680 この年 アメリカの自動車関連産業では➡ 372 00:50:16,680 --> 00:50:20,150 30万人の労働者が職を失い➡ 373 00:50:20,150 --> 00:50:23,654 史上最悪の失業率を記録した。 374 00:50:30,528 --> 00:50:34,798 労働組合の 度重なる賃上げ要求によって➡ 375 00:50:34,798 --> 00:50:41,005 自動車メーカーの人件費はかさみ 車の価格が高騰していた。 376 00:50:43,507 --> 00:50:50,648 安い労働力を求め 企業は 海外へと工場を移した。 377 00:50:50,648 --> 00:50:58,555 製造業が衰退した 五大湖周辺では 多くの工場が操業を停止した。 378 00:51:12,369 --> 00:51:16,473 アメリカの繁栄を支えた工業地帯は➡ 379 00:51:16,473 --> 00:51:21,779 金青びついた 「ラストベルト」と 呼ばれるようになった。 380 00:51:26,183 --> 00:51:31,055 ラストベルトの人々は 新天地を探した。 381 00:51:31,055 --> 00:51:36,527 向かったのは アメリカ南部から 西海岸にかけての地域➡ 382 00:51:36,527 --> 00:51:39,330 「サンベルト」だった。 383 00:51:41,465 --> 00:51:44,401 保守的な農村地帯だった 南部では➡ 384 00:51:44,401 --> 00:51:49,640 航空機産業 エネルギー産業などの 新しい産業が栄え➡ 385 00:51:49,640 --> 00:51:52,843 多くの労働力を必要としていた。 386 00:51:56,981 --> 00:52:01,785 2000年代に入ると 物流の一大中心地となり➡ 387 00:52:01,785 --> 00:52:06,090 低賃金の労働者を吸収していった。 388 00:52:20,804 --> 00:52:24,408 西海岸のサンベルト カリフォルニアでは➡ 389 00:52:24,408 --> 00:52:27,077 巨大IT企業が出現。 390 00:52:27,077 --> 00:52:31,015 多くの雇用が生まれていた。 391 00:52:31,015 --> 00:52:33,017 (拍手) 392 00:52:36,520 --> 00:52:39,423 (歓声と拍手) 393 00:52:39,423 --> 00:52:43,293 ヒッピー出身の スティーブ・ジョブズは➡ 394 00:52:43,293 --> 00:52:47,197 世界で最も有名な起業家となった。 395 00:52:49,867 --> 00:52:57,374 アメリカは 金青びついた製造業に代わる 新しい産業を興すことに成功した。 396 00:52:59,610 --> 00:53:02,946 新陳代謝を支えたのは➡ 397 00:53:02,946 --> 00:53:08,952 摩擦を起こしながらも 移動を続ける人々の存在だった。 398 00:53:11,155 --> 00:53:16,693 新天地を求める人々の 夢と絶望を のみ込みながら➡ 399 00:53:16,693 --> 00:53:20,898 アメリカは 繁栄を築いてきた。 400 00:53:26,003 --> 00:53:31,709 ♬~ 401 00:53:31,709 --> 00:53:34,611 そして 今 起こっているのは➡ 402 00:53:34,611 --> 00:53:39,516 経済の中心地 カリフォルニアからの 大移動である。 403 00:53:56,967 --> 00:53:59,837 年々 高額になる税金や➡ 404 00:53:59,837 --> 00:54:02,573 生活費の上昇を嫌い➡ 405 00:54:02,573 --> 00:54:05,109 10年で100万人以上が➡ 406 00:54:05,109 --> 00:54:08,312 カリフォルニアを離れた。 407 00:54:12,249 --> 00:54:14,952 人々が向かったのは➡ 408 00:54:14,952 --> 00:54:17,187 バイブルベルトと 呼ばれた➡ 409 00:54:17,187 --> 00:54:20,691 保守的な 南部の州だった。 410 00:54:24,928 --> 00:54:27,464 中でも テキサス州は➡ 411 00:54:27,464 --> 00:54:33,570 全米50州の中で 最も 人口増加率が高い州である。 412 00:54:35,239 --> 00:54:38,976 法人税ゼロなどの税制優遇により➡ 413 00:54:38,976 --> 00:54:44,081 カリフォルニアから 本社を移転する企業が相次いだ。 414 00:54:48,785 --> 00:54:53,991 人々が 南部へ向かったのは 経済的理由だけではない。 415 00:54:56,393 --> 00:54:59,163 ジョージア州 アトランタに➡ 416 00:54:59,163 --> 00:55:03,267 「多様性の実験場」と呼ばれる街がある。 417 00:55:06,336 --> 00:55:09,239 僅か 4平方キロの街に➡ 418 00:55:09,239 --> 00:55:14,144 60か国出身の 1万4,000人が暮らす。 419 00:55:20,184 --> 00:55:25,989 この辺りは かつて 白人住民による 黒人のリンチが行われ➡ 420 00:55:25,989 --> 00:55:31,395 「奇妙な果実」と歌われた遺体が つるされていた場所である。 421 00:55:36,266 --> 00:55:39,236 地域が変わる きっかけとなったのは➡ 422 00:55:39,236 --> 00:55:44,841 70年代から進んだ 白人の人口減少だった。 423 00:55:49,179 --> 00:55:54,518 過疎化した この街は 難民の受け入れを始めた。 424 00:55:54,518 --> 00:55:59,289 アフガニスタン スーダン イラクなど➡ 425 00:55:59,289 --> 00:56:06,096 世界中から 40年間で 6万人以上の難民を受け入れてきた。 426 00:56:06,096 --> 00:56:11,869 多様性の実験場は 誰にとっても住みやすい空間となり➡ 427 00:56:11,869 --> 00:56:16,773 この3年で 白人人口も2割増えた。 428 00:56:42,666 --> 00:56:47,537 今から90年前 ダストボウル移民の物語を書いた➡ 429 00:56:47,537 --> 00:56:49,573 ジョン・スタインベックは➡ 430 00:56:49,573 --> 00:56:56,980 晩年 ルート66にのって 再び アメリカを巡る旅に出た。 431 00:56:58,849 --> 00:57:01,618 その旅の中で スタインベックは➡ 432 00:57:01,618 --> 00:57:06,723 移動する アメリカの強さを 再発見している。 433 00:58:10,854 --> 00:58:42,152 ♬~