1 00:00:08,141 --> 00:00:11,211 (テレビ番組の音声) 2 00:00:11,211 --> 00:00:16,917 東西冷戦の時代 アメリカで放送された テレビ番組である。 3 00:01:05,365 --> 00:01:07,301 ♬~(歌声) 4 00:01:07,301 --> 00:01:12,239 朝鮮戦争のさなか 「中国軍の捕虜となった 多くのアメリカ兵が➡ 5 00:01:12,239 --> 00:01:15,709 共産主義者になった」と報じられた。 6 00:01:15,709 --> 00:01:18,812 ♬~(歌声) 7 00:01:24,418 --> 00:01:27,321 この事実を明らかにしたのは➡ 8 00:01:27,321 --> 00:01:33,126 ジャーナリストで CIAの工作員でもあった エドワード・ハンターである。 9 00:02:01,688 --> 00:02:09,863 社会主義国家・中国は 建国から20年以上 西側の多くの国と国交がなく➡ 10 00:02:09,863 --> 00:02:14,668 「竹のカーテンで覆われた謎の国」と 呼ばれてきた。 11 00:02:19,072 --> 00:02:23,677 西側のジャーナリストたちは 容易に足を踏み入れることのできない➡ 12 00:02:23,677 --> 00:02:28,682 中国大陸の実像に迫ろうと 悪戦苦闘してきた。 13 00:02:42,062 --> 00:02:46,266 数千万の死者を生んだ 「大躍進政策」。 14 00:02:47,868 --> 00:02:52,639 破壊と暴力の「文化大革命」。 15 00:02:52,639 --> 00:02:56,243 そして 「天安門事件」。 16 00:03:02,849 --> 00:03:08,722 外国人ジャーナリストたちと 巨大国家との攻防が繰り広げられてきた。 17 00:03:08,722 --> 00:03:23,003 ♬~ 18 00:03:23,003 --> 00:03:26,606 「映像の世紀バタフライエフェクト」。 19 00:03:29,609 --> 00:03:32,179 「竹のカーテン」に挑み続けた➡ 20 00:03:32,179 --> 00:03:36,116 ジャーナリストたちの闘いの記録である。 21 00:03:36,116 --> 00:03:51,231 ♬~ 22 00:03:54,234 --> 00:03:59,439 1936年 一人のアメリカ人記者が➡ 23 00:03:59,439 --> 00:04:05,345 北京から1,200キロ離れた 陝西省西安に向かっていた。 24 00:04:07,581 --> 00:04:14,287 「赤匪」 赤い盗賊と呼ばれた 中国共産党の実態を探るためである。 25 00:04:19,593 --> 00:04:25,465 記者の名は エドガー・スノー 当時30歳。 26 00:04:25,465 --> 00:04:29,102 世界を舞台に活躍する ジャーナリストに憧れ➡ 27 00:04:29,102 --> 00:04:35,008 貿易船のデッキボーイとして中国に 降り立ってから 7年がたっていた。 28 00:04:39,479 --> 00:04:44,384 1921年に上海で結成された中国共産党は➡ 29 00:04:44,384 --> 00:04:50,190 国民党の蔣介石から たびたび弾圧を受け 内陸部に逃れていた。 30 00:05:02,202 --> 00:05:06,573 スノーは 孫文の未亡人・宋慶齢から➡ 31 00:05:06,573 --> 00:05:11,111 共産党の話を聞き 興味を持つ。 32 00:05:11,111 --> 00:05:16,116 その後 2年余りの交渉の末 取材を取り付けた。 33 00:05:46,713 --> 00:05:52,319 目的地に着くと 一人の人物がスノーを迎えた。 34 00:06:21,948 --> 00:06:26,253 そしてスノーは 共産党を率いる毛沢東と出会う。 35 00:06:28,221 --> 00:06:34,027 スノーは 毛沢東の生い立ちから 現在までを 詳細に聞き取った。 36 00:07:08,762 --> 00:07:13,266 このころ共産党は 自分たちの活動を国内外に伝える➡ 37 00:07:13,266 --> 00:07:16,369 ジャーナリストを求めていた。 38 00:07:18,104 --> 00:07:21,975 共産主義者でない アメリカ人記者スノーは➡ 39 00:07:21,975 --> 00:07:26,780 欧米への情報発信者として 適任だと目された。 40 00:07:30,583 --> 00:07:37,223 翌年 スノーの著書「中国の赤い星」が 刊行されると➡ 41 00:07:37,223 --> 00:07:41,027 世界中でセンセーションを巻き起こした。 42 00:08:32,445 --> 00:08:35,181 アメリカの ルーズベルト大統領も➡ 43 00:08:35,181 --> 00:08:37,784 スノーを 3回にわたって招待し➡ 44 00:08:37,784 --> 00:08:40,987 中国事情の ヒアリングを行った。 45 00:08:46,359 --> 00:08:53,466 スノーの著作は 中国語にも翻訳され その衝撃が中国へ逆流する。 46 00:08:57,137 --> 00:09:00,306 スノーと毛沢東との通訳を務め➡ 47 00:09:00,306 --> 00:09:06,012 後に中国の外務大臣となった黄華は こう回想している。 48 00:09:23,229 --> 00:09:26,466 (爆発音) 49 00:09:26,466 --> 00:09:31,771 1946年 国民党と共産党との対立は➡ 50 00:09:31,771 --> 00:09:35,575 中国を二分する 内戦に発展していた。 51 00:09:37,377 --> 00:09:41,014 共産党の勝利が目前に迫る頃➡ 52 00:09:41,014 --> 00:09:45,718 毛沢東にインタビューした アメリカ人ジャーナリストがいた。 53 00:10:26,826 --> 00:10:33,833 1949年 共産党の軍隊・人民解放軍が 北京に入城した。 54 00:10:38,304 --> 00:10:45,411 この映像は 建国後に数十万人の市民を 動員して撮影した 再現映像である。 55 00:10:51,317 --> 00:10:56,523 ソビエトの記録映画の専門家 25人が中国に招かれ➡ 56 00:10:56,523 --> 00:11:00,326 プロパガンダの手法を伝授した。 57 00:11:24,150 --> 00:11:29,689 これは 建国の8か月前 中国共産党が撮影した➡ 58 00:11:29,689 --> 00:11:33,493 実際の 北京入城の場面である。 59 00:11:36,462 --> 00:11:39,732 この映像を見た ソ連の制作者たちは➡ 60 00:11:39,732 --> 00:11:44,938 「イデオロギーと芸術性が足りない」と 撮り直すことを決めた。 61 00:11:46,806 --> 00:11:55,315 ♬~(演奏) 62 00:12:10,029 --> 00:12:12,031 (拍手) 63 00:12:13,100 --> 00:12:21,140 アメリカをはじめとする西側諸国の多くは 台湾に逃れた蔣介石側と国交を持ち➡ 64 00:12:21,140 --> 00:12:25,745 毛沢東政権を国家として承認しなかった。 65 00:12:27,680 --> 00:12:33,586 アメリカは 自国のジャーナリストが 中国大陸に入ることを禁じた。 66 00:12:38,725 --> 00:12:40,660 アメリカでは➡ 67 00:12:40,660 --> 00:12:45,398 巨大な中国大陸に 共産党が主導する政権が誕生したことに➡ 68 00:12:45,398 --> 00:12:48,301 不安が広がった。 69 00:12:55,074 --> 00:12:59,746 赤狩りの嵐が吹き荒れる中 エドガー・スノーも➡ 70 00:12:59,746 --> 00:13:03,950 「中国の共産化を招いた」と批判を浴びた。 71 00:13:31,411 --> 00:13:36,215 スノーは 赤狩りに反対して 記者の職を辞め➡ 72 00:13:36,215 --> 00:13:39,619 家族と共に スイスに移り住む。 73 00:13:46,326 --> 00:13:51,597 建国後 中国は 五ヵ年計画を実施➡ 74 00:13:51,597 --> 00:13:56,569 社会主義建設に向け まい進する。 75 00:13:56,569 --> 00:14:03,276 ソビエトから技術者を招へいして 工業化を進め 農業の集団化を図った。 76 00:14:08,047 --> 00:14:10,883 このころ 中国を訪問したのが➡ 77 00:14:10,883 --> 00:14:15,722 フランス 「ル・モンド」紙の ロベール・ギランである。 78 00:14:15,722 --> 00:14:21,828 フランスは 西側でいち早く 中国承認に向けて動き始めていた。 79 00:14:23,463 --> 00:14:27,934 ギランは 人民服に身を包んだ中国人を➡ 80 00:14:27,934 --> 00:14:31,537 「六億の青い蟻」と表現した。 81 00:15:06,739 --> 00:15:09,609 ギランが特に問題視したのは➡ 82 00:15:09,609 --> 00:15:13,312 集団化に反対する知識人への弾圧だった。 83 00:15:38,905 --> 00:15:41,874 ギランは中国当局の怒りを買い➡ 84 00:15:41,874 --> 00:15:47,079 その後10年間 中国への入国が許されなかった。 85 00:15:52,452 --> 00:15:59,158 1958年 毛沢東は 更に急進的な政策を打ち出した。 86 00:16:03,863 --> 00:16:07,533 「15年でイギリスを追い越す」の スローガンのもと➡ 87 00:16:07,533 --> 00:16:12,438 農産物と鉄鋼増産の 厳しいノルマが課せられた。 88 00:16:12,438 --> 00:16:16,742 しかし あまりに非現実的な目標だった。 89 00:16:20,947 --> 00:16:23,850 竹のカーテンに隠された その実態を➡ 90 00:16:23,850 --> 00:16:27,720 うかがい知ることのできた場所がある。 91 00:16:27,720 --> 00:16:31,624 イギリス統治下にあった香港である。 92 00:16:35,127 --> 00:16:38,931 このころ香港には 飢餓に苦しみ➡ 93 00:16:38,931 --> 00:16:43,536 中国本土から 大量の難民が押し寄せていた。 94 00:16:51,911 --> 00:16:57,717 香港当局に捕らえられ 強制送還される 難民を乗せたトラックには➡ 95 00:16:57,717 --> 00:17:02,822 市民たちから 食糧や生活物資が投げ込まれた。 96 00:17:11,764 --> 00:17:18,371 難民たちの話から 中国で 多数の餓死者が出ているという噂が➡ 97 00:17:18,371 --> 00:17:21,474 国外に漏れ伝わった。 98 00:17:25,144 --> 00:17:29,015 中国本土では そうした実態は伏せられ➡ 99 00:17:29,015 --> 00:17:33,319 右肩上がりの数字だけが発表され続けた。 100 00:17:38,357 --> 00:17:45,464 虚偽の報告が独り歩きし 中国当局も 実態を把握できないありさまだった。 101 00:17:57,510 --> 00:18:04,283 そのころ 20年ぶりに中国を訪れた ジャーナリストがいた。 102 00:18:04,283 --> 00:18:09,288 「中国の赤い星」の著者 エドガー・スノーである。 103 00:18:14,060 --> 00:18:19,265 スノーは かつてと同じように 自由に取材できると思い➡ 104 00:18:19,265 --> 00:18:25,204 古くからの友人や政府関係者に 大躍進の噂の真相を尋ねたが➡ 105 00:18:25,204 --> 00:18:28,407 皆 口を閉ざした。 106 00:18:31,677 --> 00:18:36,482 スノーは友人への手紙で 焦りを吐露している。 107 00:19:02,708 --> 00:19:07,213 結局スノーは 大躍進政策を称賛し➡ 108 00:19:07,213 --> 00:19:12,018 飢餓の噂を否定する著作を 発表するしかなかった。 109 00:19:17,456 --> 00:19:24,130 1966年8月9日 中国共産党機関紙「人民日報」が➡ 110 00:19:24,130 --> 00:19:28,934 新たな革命「文化大革命」を 人民に呼びかけた。 111 00:19:31,470 --> 00:19:33,773 大躍進政策の失敗によって➡ 112 00:19:33,773 --> 00:19:38,477 権威に陰りの見えていた毛沢東が 反撃に出たのだ。 113 00:20:01,233 --> 00:20:04,770 「資本主義の道を歩む実権派」とは➡ 114 00:20:04,770 --> 00:20:10,576 党内で存在感を増す 劉少奇を指していた。 115 00:20:10,576 --> 00:20:15,981 毛沢東の真のねらいは 劉少奇を打倒することだった。 116 00:20:18,617 --> 00:20:23,255 その思惑を知らぬまま 紅衛兵と名乗った若者たちは➡ 117 00:20:23,255 --> 00:20:28,794 「造反有理」 反逆には道理があるという 毛沢東の言葉を信じ➡ 118 00:20:28,794 --> 00:20:32,798 伝統や古い文化を 見境なく破壊した。 119 00:20:34,934 --> 00:20:36,869 西側のジャーナリストたちは➡ 120 00:20:36,869 --> 00:20:40,739 突如始まった文革の実態を 探ろうとするが➡ 121 00:20:40,739 --> 00:20:44,143 中国に入ることは困難だった。 122 00:21:21,914 --> 00:21:26,218 文化大革命が始まって 4年後の 建国記念日。 123 00:21:27,786 --> 00:21:32,391 毛沢東と並び 意外な人物が 天安門に立った。 124 00:21:34,827 --> 00:21:39,131 「中国の赤い星」の著者 エドガー・スノーである。 125 00:21:44,036 --> 00:21:48,207 ソビエトとの対立が深まる中 毛沢東は➡ 126 00:21:48,207 --> 00:21:54,914 それまでの外交方針を 180度転換させ アメリカと接近しようとしていた。 127 00:21:54,914 --> 00:22:00,619 そのサインを送ろうと アメリカ人記者 スノーを利用したのだった。 128 00:22:13,299 --> 00:22:16,302 (花火の音) 129 00:22:19,471 --> 00:22:23,776 スノーの記事が 世界中のメディアに載った。 130 00:22:36,055 --> 00:22:40,292 翌年 1972年2月。 131 00:22:40,292 --> 00:22:46,098 ニクソン大統領が電撃訪中し 世界を驚かせた。 132 00:22:46,098 --> 00:22:51,203 その後 米中は 国交正常化に向けて動きだす。 133 00:22:56,876 --> 00:23:01,380 スノーは その6日前に亡くなっていた。 134 00:23:05,384 --> 00:23:08,320 中国政府は追悼式典を開き➡ 135 00:23:08,320 --> 00:23:13,525 孫文の未亡人・宋慶齢の 弔辞の言葉が紹介された。 136 00:23:45,691 --> 00:23:51,130 1980年代 鄧小平が最高実力者となり➡ 137 00:23:51,130 --> 00:23:55,834 資本主義の手法を導入する 「改革開放」政策を打ち出す。 138 00:24:03,709 --> 00:24:07,313 西側の記者にも門戸が開かれた。 139 00:24:20,159 --> 00:24:23,963 1989年4月。 140 00:24:23,963 --> 00:24:28,767 天安門広場に 大勢の若者が集まっていた。 141 00:24:36,575 --> 00:24:41,480 改革派の 指導者 胡耀邦前総書記が亡くなり➡ 142 00:24:41,480 --> 00:24:44,583 追悼の花輪を捧げるためだった。 143 00:24:46,618 --> 00:24:52,024 追悼の声は 次第に 政治の自由を求める声に変わっていく。 144 00:25:04,670 --> 00:25:06,872 (歓声と拍手) 145 00:25:08,540 --> 00:25:11,543 (歓声と拍手) 146 00:25:14,780 --> 00:25:19,284 鄧小平指導部は この動きを危険視した。 147 00:25:19,284 --> 00:25:25,891 (人々の声) 148 00:25:51,250 --> 00:25:56,488 民主化を求める声を 「動乱」と決めつけた社説の撤回を求め➡ 149 00:25:56,488 --> 00:26:00,492 十数万人の学生が怒りの声を上げた。 150 00:26:11,904 --> 00:26:17,009 若者たちは 党指導部との対話を求め ハンストを始める。 151 00:26:21,580 --> 00:26:24,983 ちょうどこのころ ゴルバチョフ書記長が➡ 152 00:26:24,983 --> 00:26:29,088 ソ連首脳として 30年ぶりに 中国を訪問した。 153 00:26:33,392 --> 00:26:39,398 ソ連で民主化を推し進めるゴルバチョフの 訪中が 若者たちを後押しした。 154 00:26:53,712 --> 00:26:57,683 歴史的な中ソ首脳会談の取材のため 世界各国から➡ 155 00:26:57,683 --> 00:27:01,687 300人を超える記者が北京に集まっていた。 156 00:27:05,090 --> 00:27:09,828 NHKの加藤青延記者も 香港から北京に駆けつけ➡ 157 00:27:09,828 --> 00:27:12,831 連日リポートを送った。 158 00:27:33,051 --> 00:27:37,356 ゴルバチョフが中国を離れた 2日後のことだった。 159 00:27:39,458 --> 00:27:45,464 中国政府は 戒厳令を発令し 25万の兵士を動員した。 160 00:27:53,005 --> 00:27:59,611 この日 アメリカCNNで 北京からの中継中に事件が起こった。 161 00:27:59,611 --> 00:28:04,816 (音声) 162 00:28:16,361 --> 00:28:23,168 CNNのカメラは 中国当局が 放送の中止を命じる瞬間を捉えている。 163 00:29:39,711 --> 00:29:44,883 天安門広場に 装甲車が突入した。 164 00:29:44,883 --> 00:29:53,158 (人々の声) 165 00:29:53,158 --> 00:29:57,462 中国軍は 外国メディアの目が 集まっているのを知りながら➡ 166 00:29:57,462 --> 00:30:00,465 市民に銃口を向けた。 167 00:30:00,465 --> 00:30:07,172 (銃声) 168 00:30:19,217 --> 00:30:34,232 (銃声) 169 00:31:10,268 --> 00:31:14,372 (銃声と人々の声) 170 00:31:18,043 --> 00:31:26,752 (人々の声) 171 00:31:33,492 --> 00:31:36,228 5時間後。 172 00:31:36,228 --> 00:31:39,831 広場は 軍に制圧された。 173 00:31:44,603 --> 00:31:52,511 (泣き叫ぶ声) 174 00:31:56,615 --> 00:32:01,019 (人々の声) 175 00:32:02,988 --> 00:32:08,994 この時 一人の女子学生に 外国メディアのカメラが向けられた。 176 00:32:53,038 --> 00:32:56,942 この女子学生は その後 逮捕を免れ➡ 177 00:32:56,942 --> 00:33:00,745 2年後 中国を離れた。 178 00:33:23,568 --> 00:33:26,371 事件の翌日。 179 00:33:26,371 --> 00:33:29,808 その後 繰り返し世界中で 流されることになる➡ 180 00:33:29,808 --> 00:33:32,911 あの映像が捉えられた。 181 00:33:35,947 --> 00:33:40,785 武器も持たず 戦車の前に立ちはだかる男性。 182 00:33:40,785 --> 00:33:47,392 西側の人々は 彼を「タンクマン」と呼び 市民の勇気の象徴とたたえた。 183 00:34:13,251 --> 00:34:17,489 しかし この映像の前後を 詳細に見てみると➡ 184 00:34:17,489 --> 00:34:20,892 いくつか奇妙な点が見つかる。 185 00:34:26,564 --> 00:34:31,703 この出来事が起こったのは 天安門広場から数百メートル離れた➡ 186 00:34:31,703 --> 00:34:34,706 長安街の路上だった。 187 00:34:37,409 --> 00:34:40,879 この場所の目の前にあるホテル 北京飯店には➡ 188 00:34:40,879 --> 00:34:46,084 大勢の外国人記者が陣取り 広場にカメラを向けていた。 189 00:34:49,588 --> 00:34:54,392 その中に NHKの加藤青延記者もいた。 190 00:35:41,840 --> 00:35:45,210 これは あの出来事の2時間前➡ 191 00:35:45,210 --> 00:35:48,713 同じ場所で撮影された映像である。 192 00:35:51,916 --> 00:35:54,819 (映像音声)「軍隊が出てきました 軍隊が出てきました。➡ 193 00:35:54,819 --> 00:35:57,389 逃げます 市民が逃げます」。 194 00:35:57,389 --> 00:36:03,161 逃げ遅れた市民を 兵士たちが 容赦なく たたき伏せている。 195 00:36:03,161 --> 00:36:09,367 なぜタンクマンだけが 警備をかいくぐり 誰にも制止されなかったのか。 196 00:37:00,819 --> 00:37:05,623 タンクマンが何者かに連れ去られたのは 3分20秒後。 197 00:37:07,325 --> 00:37:11,763 その後 多くのジャーナリストが タンクマンの行方を追おうとしたが➡ 198 00:37:11,763 --> 00:37:14,966 名前すら分かっていない。 199 00:37:21,139 --> 00:37:27,846 数日後 加藤記者に 中国共産党の 宣伝部門の人物が こう語った。 200 00:37:50,502 --> 00:37:53,138 天安門事件の1か月後➡ 201 00:37:53,138 --> 00:37:55,473 中国の国営放送は➡ 202 00:37:55,473 --> 00:37:59,677 一連の経緯について総括する番組を 放送した。 203 00:39:00,205 --> 00:39:03,107 事件から11年後➡ 204 00:39:03,107 --> 00:39:05,076 江沢民国家主席が➡ 205 00:39:05,076 --> 00:39:08,980 アメリカCBSの インタビューに答えた。 206 00:40:13,378 --> 00:40:18,283 竹のカーテンの向こう側に迫ろうとする 闘いは続いている。 207 00:40:24,055 --> 00:40:27,058 2010年に刊行された… 208 00:40:33,197 --> 00:40:36,501 歴史学者 フランク・ディケーターが➡ 209 00:40:36,501 --> 00:40:41,306 2000年以降 機密解除が始まった 公文書を収集。 210 00:40:43,941 --> 00:40:49,347 これまで実態が謎に包まれていた 大躍進政策での犠牲者が➡ 211 00:40:49,347 --> 00:40:54,752 少なくとも 4,500万人に上ることを突き止めた。 212 00:41:30,088 --> 00:41:35,493 この本が出版された年 国家副主席だった習近平氏は➡ 213 00:41:35,493 --> 00:41:38,396 「中国共産党の歴史を 歪曲し➡ 214 00:41:38,396 --> 00:41:41,299 誹謗中傷する 間違った風潮に➡ 215 00:41:41,299 --> 00:41:44,902 断固として反対する」と警告した。 216 00:41:48,172 --> 00:41:55,079 その後 中国の公文書の収集は 極めて厳しく制限されることとなった。 217 00:42:01,586 --> 00:42:06,257 2022年11月 中国全土で➡ 218 00:42:06,257 --> 00:42:10,762 ゼロコロナ政策に抗議する 大規模なデモが起こった。 219 00:42:13,064 --> 00:42:18,870 これを取材していた イギリスBBCの記者が 中国当局に拘束された。 220 00:42:31,082 --> 00:42:33,918 「国境なき記者団」の調査によれば➡ 221 00:42:33,918 --> 00:42:38,689 2022年時点で 中国で拘束されている ジャーナリストは➡ 222 00:42:38,689 --> 00:42:42,193 中国人を含む 110人。 223 00:42:42,193 --> 00:42:45,396 6年連続で世界最多である。 224 00:42:57,775 --> 00:43:03,181 中国共産党の設立100周年を迎えた 2021年。 225 00:43:09,921 --> 00:43:14,358 全国人民代表大会で 世界のジャーナリストに向けた➡ 226 00:43:14,358 --> 00:43:17,662 メッセージが発表された。 227 00:44:07,578 --> 00:44:39,277 ♬~