1 00:00:00,934 --> 00:00:09,643 ♬~ 2 00:00:09,643 --> 00:00:12,312 これは 去年4月➡ 3 00:00:12,312 --> 00:00:18,118 ウクライナで結婚式を挙げた カップルの映像である。 4 00:00:21,388 --> 00:00:26,293 新郎が抱擁するのは 足を失った花嫁。 5 00:00:26,293 --> 00:00:32,199 この1か月前 地雷の爆発に巻き込まれた。 6 00:00:36,870 --> 00:00:45,279 絶望から救ってくれたのは 6年来の恋人の 変わらない愛情だった。 7 00:01:16,543 --> 00:01:23,550 この100年 カメラは無数の愛を 記録し続けてきた。 8 00:01:25,252 --> 00:01:30,757 恋人たちの数だけ 物語があった。 9 00:01:33,927 --> 00:01:37,531 数多くの男性と浮き名を流した女優… 10 00:01:41,234 --> 00:01:49,943 男性が求める 理想の女性を演じる一方で 真実の愛を求め続けた。 11 00:02:10,897 --> 00:02:19,706 1960年代 人種を越えたラブストーリーが アメリカを騒然とさせた。 12 00:02:22,409 --> 00:02:29,216 二人の いちずな愛は 人種差別の壁を壊した。 13 00:02:39,493 --> 00:02:44,331 そして21世紀 ロックスター エルトン・ジョンは➡ 14 00:02:44,331 --> 00:02:51,138 同性愛への偏見に打ち勝ち 最愛の人と結ばれた。 15 00:02:55,308 --> 00:03:01,114 愛は 時に傷つけられながらも 人々に勇気を与え➡ 16 00:03:01,114 --> 00:03:05,852 新しい世界を切り開いてきた。 17 00:03:05,852 --> 00:03:13,727 ♬~ 18 00:03:13,727 --> 00:03:19,900 「映像の世紀 バタフライエフェクト」。 19 00:03:19,900 --> 00:03:27,908 愛の自由のために 勇気をつないだ 恋人たちの物語である。 20 00:03:41,922 --> 00:03:48,128 これは 1925年のアメリカ映画 「気ままなマイレディ」。 21 00:03:48,128 --> 00:03:54,901 性に奔放な女性と その恋人の いざこざを描いている。 22 00:03:54,901 --> 00:04:02,743 ♬~ 23 00:04:02,743 --> 00:04:09,082 人気女優 クララ・ボウが演じたのは 当時流行していた フラッパー。 24 00:04:09,082 --> 00:04:13,019 空前の好景気の中 欲望を解き放った➡ 25 00:04:13,019 --> 00:04:17,924 フラッパーと呼ばれる女性が 出現していた。 26 00:04:20,694 --> 00:04:28,401 婚前の性交渉が一般的となり 性道徳が一変した時代だった。 27 00:04:32,873 --> 00:04:38,578 そのころ ロサンゼルスに 一人の女の子が生を受けた。 28 00:04:44,317 --> 00:04:49,489 父親は ノーマが生まれる前に 家を出ていった。 29 00:04:49,489 --> 00:04:55,495 母親は心を病み 精神科の病院に入った。 30 00:04:57,130 --> 00:04:59,866 ノーマは 9歳の時から➡ 31 00:04:59,866 --> 00:05:05,572 幼少期のほとんどを 孤児院で過ごすことになる。 32 00:05:07,607 --> 00:05:15,715 孤独を癒やしたのは 銀幕の中に 映し出される 愛の世界だった。 33 00:05:37,003 --> 00:05:40,507 (砲撃の音) 34 00:05:40,507 --> 00:05:45,979 15歳の時 太平洋戦争が勃発。 35 00:05:45,979 --> 00:05:50,650 軍需工場で働いていた ノーマは 士気高揚のために➡ 36 00:05:50,650 --> 00:05:56,456 軍のカメラマンから モデルとして駆り出される。 37 00:05:58,091 --> 00:06:04,197 その写真が偶然 芸能エージェントの目に留まった。 38 00:06:05,832 --> 00:06:13,640 そして1946年 ハリウッドの プロダクションと契約を結んだ。 39 00:06:13,640 --> 00:06:16,843 (カメラのシャッター音) 40 00:06:16,843 --> 00:06:22,148 女優 マリリン・モンローの誕生だった。 41 00:06:24,150 --> 00:06:28,488 しかし評判は 芳しいものではなかった。 42 00:06:28,488 --> 00:06:33,827 これは1947年 初出演した映画。 43 00:06:33,827 --> 00:06:38,331 レストランの店員役を演じている。 44 00:06:46,840 --> 00:06:53,546 平凡な演技と批判され 契約は 1年で打ち切られた。 45 00:06:59,085 --> 00:07:06,426 マリリンの才能を引き出したのは 一人の男性だった。 ジョニー・ハイド。 46 00:07:06,426 --> 00:07:12,332 数々の女優のパトロンをしていた 大富豪だった。 47 00:07:14,668 --> 00:07:23,777 マリリンは 30歳年上のハイドから 熱心な求愛を受け 恋人関係となる。 48 00:07:25,312 --> 00:07:30,884 美容や整形 演技指導など ハイドの手ほどきを受け➡ 49 00:07:30,884 --> 00:07:34,788 自分を磨き上げていった。 50 00:07:38,625 --> 00:07:43,296 ハイドが出演を取り付けた映画が 出世作となる➡ 51 00:07:43,296 --> 00:07:46,900 「アスファルト・ジャングル」だった。 52 00:08:00,714 --> 00:08:09,022 愛人役を演じたマリリンは 官能的な演技で 強烈な印象を残した。 53 00:08:13,326 --> 00:08:21,935 その後も 男性を魅了する女性を 演じ続け ヒットを連発する。 54 00:08:21,935 --> 00:08:27,040 マリリンは スターに上り詰めていった。 55 00:08:32,579 --> 00:08:38,151 これは1953年 人気絶頂のマリリンが➡ 56 00:08:38,151 --> 00:08:42,355 初めて テレビに生出演した時の 映像である。 57 00:08:50,263 --> 00:08:54,267 人気コメディアンと 即興でコントを披露。 58 00:08:54,267 --> 00:09:00,573 男性の理想をかなえる女性を演じ 話題を呼んだ。 59 00:09:18,425 --> 00:09:23,063 マリリンは 「セックス・シンボル」の地位を確立し➡ 60 00:09:23,063 --> 00:09:29,469 実生活でも 多くの男性と 浮き名を流していった。 61 00:10:01,768 --> 00:10:06,573 1954年1月 マリリンが射止めたのは➡ 62 00:10:06,573 --> 00:10:12,078 大物メジャーリーガー ジョー・ディマジオだった。 63 00:10:24,791 --> 00:10:28,661 しかし 二人の愛は続かなかった。 64 00:10:28,661 --> 00:10:32,432 ほころびが生じたのは 僅か1か月後➡ 65 00:10:32,432 --> 00:10:37,737 ハネムーンに訪れた 日本での出来事だった。 66 00:10:40,206 --> 00:10:44,444 マリリンは アメリカ軍の依頼で ディマジオを置いて➡ 67 00:10:44,444 --> 00:10:48,448 一人 日本を抜け出す。 68 00:10:51,684 --> 00:10:54,120 向かった先は 韓国。 69 00:10:54,120 --> 00:11:00,026 朝鮮戦争で駐留する兵士たちの 慰問だった。 70 00:11:12,605 --> 00:11:17,977 雪もちらつく極寒の中 肌があらわなドレスをまとい➡ 71 00:11:17,977 --> 00:11:21,281 10万の兵士を魅了した。 72 00:11:21,281 --> 00:11:27,187 風邪をひいていたが そんな様子は みじんも見せなかった。 73 00:11:32,525 --> 00:11:40,733 ディマジオの怒りが爆発したのは 映画「七年目の浮気」の撮影の時だった。 74 00:11:42,302 --> 00:11:48,541 ディマジオは たまたま撮影現場を訪れていた。 75 00:11:48,541 --> 00:11:53,680 その前で撮影されたのは マリリンが スカートを舞い上がらせる➡ 76 00:11:53,680 --> 00:11:57,483 あの有名なシーン。 77 00:12:00,453 --> 00:12:06,359 ディマジオは とうとうマリリンに手を上げる。 78 00:12:13,066 --> 00:12:17,403 当時アメリカでは ほとんどの女性が 結婚後➡ 79 00:12:17,403 --> 00:12:21,574 仕事を辞め 専業主婦となっていた。 80 00:12:21,574 --> 00:12:28,982 ディマジオも 当然のように マリリンに家庭に入ることを求めていた。 81 00:12:36,089 --> 00:12:45,098 1954年10月 マリリンが 離婚協議に入ったことが報じられた。 82 00:13:01,047 --> 00:13:06,352 僅か9か月の結婚生活だった。 83 00:13:11,591 --> 00:13:16,996 同じ頃 全米の注目を集めた カップルがいた。 84 00:13:18,498 --> 00:13:25,271 バージニア州に住む 白人のリチャードと 黒人 ミルドレッドの夫妻。 85 00:13:25,271 --> 00:13:31,778 異人種間結婚禁止法により 二人は逮捕された。 86 00:13:34,814 --> 00:13:44,524 バージニアをはじめ アメリカ23の州で 白人と黒人の結婚は禁じられていた。 87 00:14:13,519 --> 00:14:19,926 二人は25年という 執行猶予を受ける。 88 00:14:23,963 --> 00:14:31,170 故郷のバージニアを追放され ワシントンのスラムに移り住んだ。 89 00:14:36,642 --> 00:14:41,681 二人は近所で生まれ育った 幼なじみ。 90 00:14:41,681 --> 00:14:49,889 誰も頼る人もいない見知らぬ土地で 人目を避けるように暮らし続けた。 91 00:15:08,441 --> 00:15:16,349 このいちずな愛が その後の歴史を 大きく変えることになる。 92 00:15:23,890 --> 00:15:30,696 マリリンは離婚後 新たな恋に踏み出していた。 93 00:15:30,696 --> 00:15:36,002 ピューリッツァー賞を受賞した 劇作家の アーサー・ミラー。 94 00:15:36,002 --> 00:15:42,508 ディマジオと違い マリリンのキャリアに 理解を示していた。 95 00:15:44,410 --> 00:15:46,412 (シャッター音) 96 00:15:49,248 --> 00:15:53,152 結婚式を撮影した プライベートフィルムには➡ 97 00:15:53,152 --> 00:15:55,988 愛を確かめるように ミラーを見つめ➡ 98 00:15:55,988 --> 00:16:01,394 肩寄せる マリリンの様子が とらえられている。 99 00:16:06,466 --> 00:16:09,368 マリリンは ミラーのすすめで➡ 100 00:16:09,368 --> 00:16:13,239 マーロン・ブランドなど 数々の名優が通った➡ 101 00:16:13,239 --> 00:16:17,443 俳優養成所に入学した。 102 00:16:32,291 --> 00:16:41,000 新人俳優に交じって 厳しい指導を受け 俳優として再出発を期した。 103 00:17:03,923 --> 00:17:09,328 1960年に撮影された「荒馬と女」。 104 00:17:09,328 --> 00:17:16,035 マリリンが 夫のミラーに脚本を頼んだ 意欲作だった。 105 00:17:23,543 --> 00:17:32,652 演じたのは カウボーイたちの男社会に 立ち向かう 自立した女性だった。 106 00:17:32,652 --> 00:17:38,457 しかし 人々がマリリンに望んだのは セックス・シンボル。 107 00:17:38,457 --> 00:17:44,664 監督とも かみ合わず 興行は 大失敗に終わった。 108 00:18:00,713 --> 00:18:07,420 2度にわたる流産も ミラーとの仲を悪化させていく。 109 00:18:20,066 --> 00:18:24,971 メディアも マリリンを追い詰めていった。 110 00:18:29,241 --> 00:18:35,147 そして ミラーとの結婚も破綻した。 111 00:18:49,295 --> 00:18:55,101 このころ マリリンに 新しい出会いがあった。 112 00:19:04,777 --> 00:19:12,385 二人は 大統領就任前 共通の友人を通じて知り合った。 113 00:19:21,227 --> 00:19:25,064 ケネディは アメリカの改革を掲げ➡ 114 00:19:25,064 --> 00:19:32,872 いち早く 黒人や女性への差別解消を 打ち出していた政治家だった。 115 00:19:34,540 --> 00:19:41,747 マリリンは ケネディの掲げる理想に 心から共感した。 116 00:19:45,184 --> 00:19:52,792 1960年の大統領選では マリリンは ケネディの選挙活動にも参加。 117 00:19:52,792 --> 00:19:56,395 支援に奔走した。 118 00:19:57,997 --> 00:20:04,103 当選後 二人はますます 引かれ合うようになった。 119 00:20:08,774 --> 00:20:13,512 だが ケネディには 妻 ジャクリーンがいた。 120 00:20:13,512 --> 00:20:21,220 マリリンとの関係は ごくごく 限られた者のみが知る秘密だった。 121 00:20:25,691 --> 00:20:30,529 これは 唯一 二人が同じ場にいた時の映像。 122 00:20:30,529 --> 00:20:35,101 ケネディ 45歳の 誕生日パーティーである。 123 00:20:35,101 --> 00:20:41,907 終了間際 サプライズで現れたのは マリリンだった。 124 00:20:51,684 --> 00:20:57,156 二人の関係を知る者は 固唾をのんだ。 125 00:20:57,156 --> 00:21:01,360 ジャクリーンは欠席していた。 126 00:21:09,101 --> 00:21:15,908 マリリンは 気持ちを整え 静かに歌い始めた。 127 00:21:17,576 --> 00:21:41,767 ♬~ 128 00:21:41,767 --> 00:21:45,271 Everybody Happy Birthday. 129 00:21:47,006 --> 00:21:55,214 突然の祝福に ケネディは戸惑いながらも 喜びを隠さなかった。 130 00:22:06,759 --> 00:22:10,262 この直後に撮影された写真である。 131 00:22:10,262 --> 00:22:15,768 これが 二人をとらえた 最後の写真となった。 132 00:22:15,768 --> 00:22:23,576 FBIの警告により ケネディは マリリンとの関係を絶った。 133 00:22:26,412 --> 00:22:35,254 マリリンは アルコールや薬物に依存し 心を病んでいった。 134 00:22:35,254 --> 00:22:38,157 そして…。 135 00:22:55,541 --> 00:23:02,348 1962年8月 マリリンは自宅で亡くなった。 136 00:23:02,348 --> 00:23:08,254 睡眠薬の過剰摂取による中毒死だった。 137 00:23:10,923 --> 00:23:14,793 身寄りのない 彼女の葬儀を取りしきったのは➡ 138 00:23:14,793 --> 00:23:19,398 かつての夫 ディマジオだった。 139 00:23:50,496 --> 00:23:52,931 マリリンの死の翌年➡ 140 00:23:52,931 --> 00:23:59,538 ケネディは ある歴史的な法案の 成立に向けて 動きだしていた。 141 00:24:14,153 --> 00:24:17,056 公民権法である。 142 00:24:17,056 --> 00:24:26,699 教育や雇用など 生活のあらゆる場面で 人種差別を禁じる法案だった。 143 00:24:26,699 --> 00:24:31,537 人種差別撤廃の機運は ますます高まった。 144 00:24:31,537 --> 00:24:37,443 そのうねりは 一組のカップルにまで届いていた。 145 00:24:40,979 --> 00:24:50,189 結婚の罪で有罪となり 執行猶予中の夫婦 リチャードとミルドレッドである。 146 00:24:53,525 --> 00:25:01,066 二人は 有罪の取り消しを求めて ある人物に手紙を送る。 147 00:25:01,066 --> 00:25:08,273 司法長官のロバート・ケネディ。 大統領の弟だった。 148 00:25:10,275 --> 00:25:18,083 ロバートは アメリカ最大の人権団体に つなぎ 弁護士を派遣した。 149 00:25:22,654 --> 00:25:28,761 執行猶予中 訴訟を起こせば 刑務所に戻される危険もあったが➡ 150 00:25:28,761 --> 00:25:32,264 二人は決断した。 151 00:25:46,178 --> 00:25:49,181 黒人の多いスラムで暮らしていたが➡ 152 00:25:49,181 --> 00:25:56,321 二人には 時に黒人からも 憎悪の目が向けられていた。 153 00:25:56,321 --> 00:26:03,729 子どもが 車に轢かれる事故も起き もう耐えられなくなった。 154 00:26:28,320 --> 00:26:37,362 しかし バージニア州裁判所の判決は敗訴。 結婚は認められなかった。 155 00:26:37,362 --> 00:26:43,368 二人は 連邦最高裁に 上訴することを決めた。 156 00:26:45,938 --> 00:26:51,877 身の危険を感じ 二人は 法廷には立たなかった。 157 00:26:51,877 --> 00:26:57,883 夫のリチャードは 弁護士に 一つの言葉を託した。 158 00:27:18,570 --> 00:27:28,480 弁護士は 結婚を禁止する法律は アメリカ憲法の精神に反すると訴えた。 159 00:27:52,905 --> 00:28:02,247 1967年 4年の歳月を経て 二人の訴えは ついに認められた。 160 00:28:02,247 --> 00:28:10,756 異人種間の結婚が 憲法上の権利として 初めて保障されたのである。 161 00:28:10,756 --> 00:29:00,772 ♬~ 162 00:29:02,574 --> 00:29:21,827 ♬~ 163 00:29:21,827 --> 00:29:25,597 マリリン・モンローが亡くなって 11年後➡ 164 00:29:25,597 --> 00:29:31,837 イギリスで 彼女のことを歌った ヒット曲が生まれた。 165 00:29:31,837 --> 00:29:36,675 世界的なヒットを連発していた エルトン・ジョンの➡ 166 00:29:36,675 --> 00:29:40,379 「キャンドル・イン・ザ・ウインド」。 167 00:29:40,379 --> 00:29:45,050 マリリンの孤独に思いを寄せた。 168 00:29:45,050 --> 00:30:10,108 ♬~ 169 00:30:10,108 --> 00:30:15,047 マリリンの孤独は エルトンにとって ひと事ではなかった。 170 00:30:15,047 --> 00:30:21,353 エルトンは 同性愛者だったが それを隠し続けていた。 171 00:30:24,723 --> 00:30:32,130 ところが 雑誌の取材で思わぬ追及を受け 告白してしまう。 172 00:30:53,719 --> 00:30:57,122 世間の反応は強烈だった。 173 00:30:57,122 --> 00:31:00,025 レコードの売り上げは 急激に落ち込み➡ 174 00:31:00,025 --> 00:31:06,431 エルトンの曲を流すことを拒む ラジオ局も現れた。 175 00:31:09,701 --> 00:31:16,108 同性愛に対する偏見を強めたのは 「エイズ」だった。 176 00:31:18,510 --> 00:31:24,816 治療の手だてがなく 患者を死に至らしめていた未知の病は➡ 177 00:31:24,816 --> 00:31:30,522 男性の同性愛者から 感染が広がっていた。 178 00:31:32,557 --> 00:31:39,765 「同性愛者がエイズを広げる」と 多くの人が信じ込んだ。 179 00:31:43,201 --> 00:31:50,609 エルトンは 音楽活動を離れ 薬物に依存するようになった。 180 00:32:20,572 --> 00:32:25,410 そのころ 一人の女性の起こした行動が エイズ➡ 181 00:32:25,410 --> 00:32:31,249 そして 同性愛への偏見を 変えるきっかけとなった。 182 00:32:31,249 --> 00:32:33,852 ダイアナ妃である。 183 00:32:33,852 --> 00:32:42,460 1987年 イギリス初の エイズ専門病棟を訪問した。 184 00:32:44,095 --> 00:32:50,869 これは 患者との面会時に撮影された写真。 185 00:32:50,869 --> 00:32:56,775 ダイアナ妃は 手袋を拒み 素手で患者と触れ合った。 186 00:32:56,775 --> 00:32:59,010 この写真は その後➡ 187 00:32:59,010 --> 00:33:06,618 「エイズは触れただけで感染する」という デマを 打ち砕くことになる。 188 00:33:08,620 --> 00:33:13,925 ダイアナ妃は 同性愛を支持していた。 189 00:33:38,383 --> 00:33:45,290 ダイアナ妃自身も 不幸な結婚生活に苦しんでいた。 190 00:33:45,290 --> 00:33:53,598 結婚した当初から すでに 夫 チャールズには 別の愛人がいた。 191 00:33:56,768 --> 00:34:00,472 だが 離婚は許されなかった。 192 00:34:00,472 --> 00:34:04,075 破綻が宿命づけられた結婚だったが➡ 193 00:34:04,075 --> 00:34:10,282 ダイアナは プリンセスを演じなければならなかった。 194 00:34:17,589 --> 00:34:25,463 そんなダイアナ妃には 大好きな曲があった。 195 00:34:25,463 --> 00:34:30,869 エルトン・ジョンの 「キャンドル・イン・ザ・ウインド」。 196 00:34:37,842 --> 00:34:43,848 マリリン・モンローの孤独に 自分を重ねていた。 197 00:35:17,515 --> 00:35:22,087 エルトンは 王室のパーティーに 呼ばれたことをきっかけに➡ 198 00:35:22,087 --> 00:35:26,591 ダイアナ妃と 交流を深めていく。 199 00:35:28,593 --> 00:35:34,899 二人は お互いの悩みを分かち合う関係となった。 200 00:35:44,075 --> 00:35:51,316 そして1993年 エルトンに 運命の出会いが訪れる。 201 00:35:51,316 --> 00:35:56,621 これは その出会いを振り返った インタビューである。 202 00:36:08,767 --> 00:36:16,975 友人に紹介された広告代理店の重役 デイヴィッド・ファーニッシュだった。 203 00:36:18,777 --> 00:36:24,282 (シャッター音) 204 00:36:24,282 --> 00:36:28,586 二人は すぐに恋に落ちた。 205 00:37:08,259 --> 00:37:15,033 1997年8月 ダイアナが 交通事故で亡くなった。 206 00:37:15,033 --> 00:37:21,439 くしくも マリリン・モンローと同じ 36歳だった。 207 00:37:26,277 --> 00:37:31,950 1週間後に行われた葬儀に エルトンが駆けつけた。 208 00:37:31,950 --> 00:37:37,255 ダイアナの遺族の依頼を受け 演奏した。 209 00:37:41,392 --> 00:37:48,233 ダイアナが大好きだった曲 「キャンドル・イン・ザ・ウインド」だった。 210 00:37:48,233 --> 00:38:05,049 ♬~ 211 00:38:05,049 --> 00:38:12,357 エルトンは ダイアナの死に際し 歌詞を書き直していた。 212 00:38:12,357 --> 00:39:03,141 ♬~ 213 00:39:07,512 --> 00:39:15,920 ダイアナの死後 イギリス首相ブレアは 同性愛への支持を表明した。 214 00:39:30,802 --> 00:39:40,912 ゲイ雑誌の表紙を ブレアが飾った。 ブレアは LGBTの法整備に取り組み始めた。 215 00:39:44,282 --> 00:39:50,154 その動きに賛同するパレードは 数十万人規模に膨らみ➡ 216 00:39:50,154 --> 00:39:58,496 同性愛への支持は 一般の人々の間にも広がっていった。 217 00:39:58,496 --> 00:40:02,367 そして2005年 イギリスで➡ 218 00:40:02,367 --> 00:40:08,873 同性のパートナーを持つ制度が 公的に認められた。 219 00:40:19,284 --> 00:40:23,187 その記念すべき 最初のカップルとなったのは➡ 220 00:40:23,187 --> 00:40:27,759 エルトンとファーニッシュだった。 221 00:40:27,759 --> 00:40:31,262 (歓声) 222 00:40:48,446 --> 00:40:52,617 動きは 世界に広がっていく。 223 00:40:52,617 --> 00:41:02,126 2015年 アメリカでも連邦最高裁で 同性カップルの結婚が認められた。 224 00:41:04,228 --> 00:41:08,866 判決を導いたのは 連邦最高裁判事➡ 225 00:41:08,866 --> 00:41:15,073 ルース・ベイダー・ギンズバーグ RBGだった。 226 00:41:19,377 --> 00:41:26,751 ルースたちが判例としたのは 48年前に結婚を認められた異人種カップル➡ 227 00:41:26,751 --> 00:41:31,155 リチャードとミルドレッドの裁判だった。 228 00:41:33,124 --> 00:41:41,332 憲法で保障された結婚の自由を 同性カップルにも適用したのである。 229 00:42:03,121 --> 00:42:10,828 現在 同性婚を認める国は 30か国以上に上っている。 230 00:42:18,369 --> 00:42:26,577 リチャードとミルドレッドは今 故郷バージニアの地に眠っている。 231 00:42:26,577 --> 00:42:33,951 リチャードが亡くなったのは 異人種間結婚を認める判決の出た 8年後。 232 00:42:33,951 --> 00:42:40,558 ミルドレッドは その33年後に この世を去った。 233 00:43:10,721 --> 00:43:18,062 ♬~ 234 00:43:18,062 --> 00:43:25,837 これは ゲイの男性300人で結成された ボストンの合唱団。 235 00:43:25,837 --> 00:43:28,840 「キャンドル・イン・ザ・ウインド」は今➡ 236 00:43:28,840 --> 00:43:36,948 人種や性別を越えたラブソングとして 世界中で歌われ続けている。 237 00:44:10,248 --> 00:44:39,744 ♬~