1 00:00:11,478 --> 00:00:14,515 2021年1月。 2 00:00:14,515 --> 00:00:19,720 千葉県の田んぼで 戦争の遺物が見つかった。 3 00:00:23,991 --> 00:00:25,993 20です これ。 4 00:00:25,993 --> 00:00:31,298 長さ1メートル80センチ 重さ20キロ。 5 00:00:33,133 --> 00:00:39,673 零戦に搭載されていた 機銃である。 6 00:00:39,673 --> 00:00:43,010 戦争が終わった8月15日。 7 00:00:43,010 --> 00:00:48,315 早朝の戦闘で撃墜された 機体の一部だった。 8 00:00:51,351 --> 00:00:55,856 零戦は 海軍の主力戦闘機だった。 9 00:00:57,858 --> 00:01:03,964 零戦の零とは 海軍に採用された紀元2600年の➡ 10 00:01:03,964 --> 00:01:08,302 末尾の数字から とったもの。 11 00:01:08,302 --> 00:01:14,975 正式名称は 零式艦上戦闘機。 12 00:01:14,975 --> 00:01:18,645 スピード 航続距離 旋回能力。 13 00:01:18,645 --> 00:01:24,351 そのどれもが 当時の世界最高水準だった。 14 00:01:26,320 --> 00:01:31,491 主任設計者は 三菱の堀越二郎。 15 00:01:31,491 --> 00:01:36,496 だが その技術は 三菱一社だけによるものではない。 16 00:01:38,131 --> 00:01:44,037 エンジンは 三菱のライバル 中島飛行機から調達。 17 00:01:46,006 --> 00:01:50,510 主翼の一部には 住友金属の新素材➡ 18 00:01:50,510 --> 00:01:53,714 超々ジュラルミンが使われている。 19 00:01:55,349 --> 00:02:02,956 零戦は 日本の工業技術の粋を集めた 結晶だった。 20 00:02:02,956 --> 00:02:11,298 しかし 戦後 GHQの政策により 航空産業は解体された。 21 00:02:11,298 --> 00:02:18,805 戦闘機には火が放たれ 研究開発の一切が禁じられた。 22 00:02:18,805 --> 00:02:21,842 全てを否定された技術者たちは➡ 23 00:02:21,842 --> 00:02:28,815 戦後の日本のために何ができるか 探し続けた。 24 00:02:28,815 --> 00:02:33,687 零戦の機銃を 開発した技術者は 胃カメラを設計。 25 00:02:33,687 --> 00:02:37,190 世界初の実用化に成功した。 26 00:02:39,826 --> 00:02:43,997 新幹線の高速運転を支える 台車は➡ 27 00:02:43,997 --> 00:02:47,501 零戦の空中分解事故を解明した➡ 28 00:02:47,501 --> 00:02:51,605 海軍の技師が つくり上げたものである。 29 00:02:54,674 --> 00:03:00,781 その執念を支えていたのは 平和への願いだった。 30 00:03:20,801 --> 00:03:30,510 誰かのささやかな営みが 時に 世界を動かすことがある。 31 00:03:30,510 --> 00:03:33,980 戦争に敗れた 零戦。 32 00:03:33,980 --> 00:03:39,786 絶望から立ち上がった 技術者たちの物語である。 33 00:03:50,831 --> 00:03:57,337 空を飛ぶために 人類が考え出した アイデアは 鳥になることだった。 34 00:03:59,840 --> 00:04:03,643 夢とともに 羽も大きくなった。 35 00:04:05,278 --> 00:04:10,083 最初に飛行機をつくったのは アメリカのライト兄弟。 36 00:04:10,083 --> 00:04:13,687 1903年のことである。 37 00:04:17,457 --> 00:04:21,328 零戦の主任設計者 堀越二郎は➡ 38 00:04:21,328 --> 00:04:27,634 この年 群馬県の 豊かな農家に生まれた。 39 00:04:27,634 --> 00:04:34,107 子どもの頃 「飛行少年」という雑誌に 夢中になる。 40 00:04:34,107 --> 00:04:38,945 時は 第一次世界大戦の真っただ中。 41 00:04:38,945 --> 00:04:45,752 新兵器として登場した飛行機の活躍に 胸躍る日々だった。 42 00:05:16,283 --> 00:05:19,186 夢は 現実のものとなる。 43 00:05:19,186 --> 00:05:25,792 大正13年 創設間もない 東大航空学科に入学。 44 00:05:25,792 --> 00:05:36,102 卒業すると 名古屋の三菱内燃機 後の三菱重工業に就職する。 45 00:05:36,102 --> 00:05:43,810 当時 三菱は 中島飛行機と並ぶ 航空機の2大メーカーだった。 46 00:05:45,779 --> 00:05:50,684 入社3年目になる 昭和4年。 47 00:05:50,684 --> 00:05:55,989 堀越は 会社の命を受け欧米を視察。 48 00:05:55,989 --> 00:06:00,193 最先端の航空科学を学んだ。 49 00:06:02,796 --> 00:06:05,265 これは その時のノート。 50 00:06:05,265 --> 00:06:10,770 堀越は 水面で発着する飛行艇を研究する。 51 00:06:15,609 --> 00:06:21,948 大学の卒業設計にも 飛行艇を選んだ堀越。 52 00:06:21,948 --> 00:06:27,287 空気より抵抗の大きな 水の上を進む その姿から➡ 53 00:06:27,287 --> 00:06:31,091 堀越は 研究を深めていった。 54 00:06:33,793 --> 00:06:40,100 昭和11年。 堀越は 初めて戦闘機を世に送った。 55 00:06:42,502 --> 00:06:46,106 九六式艦上戦闘機。 56 00:06:46,106 --> 00:06:51,211 これは その姿を捉えた 貴重な映像である。 57 00:06:55,315 --> 00:06:58,985 日中戦争の最前線に投入されると➡ 58 00:06:58,985 --> 00:07:05,992 敵の戦闘機 30機余りを 僅か15分で撃墜した。 59 00:07:09,429 --> 00:07:13,533 性能の高さは こんな伝説も生んでいる。 60 00:07:22,942 --> 00:07:26,780 樫村兵曹を乗せた九六式戦闘機が➡ 61 00:07:26,780 --> 00:07:32,786 敵と接触して 左の翼⅓を失った。 62 00:07:34,954 --> 00:07:40,460 誰もが墜落するものと思った。 しかし…。 63 00:07:47,300 --> 00:07:51,971 なんと 片翼だけで600キロも飛び続け➡ 64 00:07:51,971 --> 00:07:54,674 基地に たどりついたのだ。 65 00:07:57,644 --> 00:08:03,350 設計者 堀越の評価は一気に高まった。 66 00:08:04,918 --> 00:08:12,425 昭和12年。 海軍は新しい戦闘機の開発を 堀越に求めてきた。 67 00:08:17,063 --> 00:08:22,669 堀越の右腕 曾根嘉年のメモが残っている。 68 00:08:24,437 --> 00:08:28,742 最高速度 時速500キロ以上。 69 00:08:30,777 --> 00:08:37,283 航続時間は 6時間以上。 距離にして2,000キロを超える。 70 00:08:39,486 --> 00:08:45,892 上昇力など 運動性能の面でも 高い要求が並んだ。 71 00:09:16,056 --> 00:09:22,929 昭和13年1月 堀越は 本格的な設計に取りかかる。 72 00:09:22,929 --> 00:09:28,935 途方もない要求に応えるために 堀越がたどりついた結論は➡ 73 00:09:28,935 --> 00:09:32,238 軽量化を突き詰めることだった。 74 00:09:35,074 --> 00:09:38,778 エンジンは 中島飛行機の栄。 75 00:09:38,778 --> 00:09:43,183 軽量・小型で 優れた燃費が特徴だった。 76 00:09:46,519 --> 00:09:50,090 主翼で 荷重を支える部分には➡ 77 00:09:50,090 --> 00:09:54,627 住友金属が開発した 超々ジュラルミンという➡ 78 00:09:54,627 --> 00:09:58,431 軽くて丈夫な新素材を使用した。 79 00:10:00,433 --> 00:10:04,804 更に 強度に影響のない部分を選んで➡ 80 00:10:04,804 --> 00:10:08,675 肉抜き穴と呼ばれる穴を開けた。 81 00:10:08,675 --> 00:10:12,679 極限まで 軽量化を果たすためだった。 82 00:10:14,481 --> 00:10:22,989 機体の表面を覆う金属板も 厚さ1ミリ以下まで薄くした。 83 00:10:22,989 --> 00:10:27,827 いかに軽量化を図りながら 強度を保つか。 84 00:10:27,827 --> 00:10:31,731 設計者たちは その限界に挑戦した。 85 00:10:35,135 --> 00:10:38,338 そして 昭和15年7月。 86 00:10:38,338 --> 00:10:45,144 海軍の要求を全て満たした戦闘機 零戦が誕生する。 87 00:10:53,887 --> 00:10:59,792 昭和16年12月。 太平洋戦争の幕が開いた。 88 00:11:02,529 --> 00:11:08,101 零戦は 魚雷を投下する艦上攻撃機などの 護衛として➡ 89 00:11:08,101 --> 00:11:11,404 真珠湾攻撃に出動する。 90 00:11:13,806 --> 00:11:20,513 抜群の運動性能で アメリカ軍の戦闘機を 次々と撃墜した。 91 00:11:25,518 --> 00:11:29,989 日本の航空技術を見くびっていた アメリカは➡ 92 00:11:29,989 --> 00:11:35,662 零戦の登場に 大きなショックを受けた。 93 00:11:35,662 --> 00:11:40,133 海軍将校だった 後の大統領 ジョンソンは➡ 94 00:11:40,133 --> 00:11:44,938 ルーズベルト大統領に こんな報告書を提出している。 95 00:12:12,966 --> 00:12:16,970 零戦と どう戦えばいいのか。 96 00:12:16,970 --> 00:12:22,976 これは アメリカ軍パイロットの 研修に使われた 教育映画である。 97 00:12:28,314 --> 00:12:34,420 最も力を入れて解説しているのは 零戦の見分け方。 98 00:12:47,200 --> 00:12:49,502 パイロットに扮しているのは➡ 99 00:12:49,502 --> 00:12:53,006 若き日のロナルド・レーガンである。 100 00:13:04,784 --> 00:13:10,089 アメリカ軍は 零戦と1対1の格闘戦は避け➡ 101 00:13:10,089 --> 00:13:15,194 必ず 2対1で対処するように 指示していた。 102 00:13:17,964 --> 00:13:24,303 零戦は 各地で快進撃を続けた。 103 00:13:24,303 --> 00:13:29,008 しかし それは日本軍に慢心を生んでいた。 104 00:13:30,643 --> 00:13:33,980 本気で後継機をつくることはせず➡ 105 00:13:33,980 --> 00:13:38,685 零戦のマイナーチェンジをするだけに とどまったのだ。 106 00:13:40,319 --> 00:13:44,490 一方 アメリカは 情報部隊を結成し➡ 107 00:13:44,490 --> 00:13:51,197 零戦の残骸を拾い集めるなど 零戦の弱点を探そうとした。 108 00:13:54,500 --> 00:13:57,136 昭和17年 夏。 109 00:13:57,136 --> 00:14:03,910 アメリカの情報部隊が歓喜する ニュースが飛び込んできた。 110 00:14:03,910 --> 00:14:10,450 アリューシャン列島の アクタン島で 零戦を捕獲したというのである。 111 00:14:10,450 --> 00:14:14,287 パイロットは着陸に失敗し 即死。 112 00:14:14,287 --> 00:14:21,694 しかし 零戦の方は 湿地帯に不時着し ほとんど無傷だった。 113 00:14:25,298 --> 00:14:31,170 零戦は すぐにアメリカ本土に運ばれた。 114 00:14:31,170 --> 00:14:35,975 そして 復元し テスト飛行を繰り返した。 115 00:14:35,975 --> 00:14:40,079 零戦の弱点が暴かれていく。 116 00:15:12,278 --> 00:15:16,082 更に 操縦席や燃料タンクに➡ 117 00:15:16,082 --> 00:15:20,286 防弾装備がないことも明らかとなった。 118 00:15:20,286 --> 00:15:26,592 一旦 攻撃を受けると 簡単に火だるまになる機体だったのだ。 119 00:15:28,161 --> 00:15:33,466 零戦の弱点をついた アメリカ軍の攻勢が始まり➡ 120 00:15:33,466 --> 00:15:37,270 日米の戦況は 逆転していく。 121 00:15:39,272 --> 00:15:45,077 日本海軍が総力を挙げて戦った マリアナ沖海戦。 122 00:15:47,647 --> 00:15:53,953 これは アメリカの戦闘機に取り付けた ガンカメラの映像である。 123 00:15:57,323 --> 00:16:05,765 出動した零戦 234機は 大半が撃ち落とされた。 124 00:16:05,765 --> 00:16:10,770 零戦の優位性は 完全に失われていた。 125 00:16:16,075 --> 00:16:20,279 昭和19年10月。 126 00:16:20,279 --> 00:16:27,053 追い詰められた日本軍は 特攻隊を結成する。 127 00:16:27,053 --> 00:16:31,858 特攻機に選ばれたのは 零戦だった。 128 00:16:33,960 --> 00:16:39,765 爆弾をくくりつけ 体当たり攻撃を仕掛けるのである。 129 00:16:41,567 --> 00:16:45,872 特攻は 終戦まで続いた。 130 00:16:51,811 --> 00:16:55,982 ある日 堀越の元に 新聞社から➡ 131 00:16:55,982 --> 00:17:00,486 特攻隊をたたえる文章の依頼が来る。 132 00:17:23,943 --> 00:17:29,148 (爆発音) 133 00:17:45,331 --> 00:17:54,840 (玉音放送) 134 00:17:56,642 --> 00:18:04,550 終戦後 日本の戦闘機は 徹底的に破壊された。 135 00:18:06,752 --> 00:18:11,924 GHQは 日本の航空産業を解体。 136 00:18:11,924 --> 00:18:16,762 研究開発の一切を禁じた。 137 00:18:16,762 --> 00:18:23,169 技術者たちは 存在そのものを 否定されることとなった。 138 00:18:50,096 --> 00:18:56,802 平和国家に生まれ変わろうとする 日本のために 何ができるのか。 139 00:18:56,802 --> 00:19:02,308 零戦技術者たちの 敗者の戦いが始まる。 140 00:19:05,511 --> 00:19:11,917 精密機器メーカー オリンパス光学に 奇妙な注文が舞い込んだのは➡ 141 00:19:11,917 --> 00:19:14,820 終戦から4年後のことだった。 142 00:19:24,430 --> 00:19:28,768 奇想天外な依頼の主は 宇治達郎。 143 00:19:28,768 --> 00:19:34,273 東大医学部附属病院に勤める 若い外科医だった。 144 00:19:36,442 --> 00:19:41,280 当時 胃がんの死亡率は 他のがんより高かった。 145 00:19:41,280 --> 00:19:47,987 宇治は 胃がんの早期発見に役立つ 医療器具を探し求めていた。 146 00:19:49,622 --> 00:19:56,629 オリンパスは 顕微鏡を開発してきた 技術者 杉浦を担当にする。 147 00:19:58,297 --> 00:20:02,168 ある日 孤軍奮闘を続ける杉浦の元に➡ 148 00:20:02,168 --> 00:20:05,871 強力な助っ人が現れた。 149 00:20:08,307 --> 00:20:14,013 精密機械の設計技師 深海正治である。 150 00:20:16,982 --> 00:20:22,788 戦時中は 海軍の技術士官。 151 00:20:22,788 --> 00:20:30,896 終戦まで 零戦に搭載される機銃の 同調発射装置を研究していた。 152 00:20:34,834 --> 00:20:40,639 同調発射装置とは 高速で回転するプロペラの間から➡ 153 00:20:40,639 --> 00:20:44,543 機銃の銃弾を発射する装置のこと。 154 00:20:47,413 --> 00:20:51,684 これを使えば いつ どんなタイミングで撃っても➡ 155 00:20:51,684 --> 00:20:55,154 決して プロペラには当たらない。 156 00:20:55,154 --> 00:20:58,357 精巧極まりない 装置開発で➡ 157 00:20:58,357 --> 00:21:02,962 深海は 海軍で一目置かれる存在だった。 158 00:21:06,632 --> 00:21:12,505 技術者として 戦後の日本に 貢献したいと考えていた深海は➡ 159 00:21:12,505 --> 00:21:17,109 面白いテーマだと 開発の仲間に加わった。 160 00:21:18,978 --> 00:21:24,650 これが 深海が描き上げた設計図。 161 00:21:24,650 --> 00:21:29,121 食道より細い管の中に レンズやライトなど➡ 162 00:21:29,121 --> 00:21:33,125 カメラの全ての機能が詰め込まれていた。 163 00:21:36,662 --> 00:21:43,369 海軍時代に使った 銃身の内部を 検査する機械とそっくりだった。 164 00:21:47,139 --> 00:21:54,346 フィルムの幅は6ミリ。 深海が 小型のカッターをつくり➡ 165 00:21:54,346 --> 00:21:59,952 市販の35ミリフィルムを 6ミリ幅に切った。 166 00:22:03,956 --> 00:22:09,662 直径 僅か2.5ミリのレンズは 杉浦が調達。 167 00:22:11,697 --> 00:22:18,204 オリンパスのレンズ職人に頼み込み 1か月かけて つくってもらった。 168 00:22:23,342 --> 00:22:29,548 昭和25年 秋。 胃カメラは完成する。 169 00:22:42,995 --> 00:22:49,001 宇治は 世界で初めて 胃カメラの実用化に成功した。 170 00:22:50,669 --> 00:22:55,774 シャッターをきると 胃の中でフラッシュがたかれる。 171 00:22:59,144 --> 00:23:05,951 胃カメラは 被験者の胃潰瘍の患部を はっきりと写し出していた。 172 00:23:09,455 --> 00:23:12,958 がんの早期発見に役立つ 胃カメラは➡ 173 00:23:12,958 --> 00:23:17,062 その後 世界中に普及していく。 174 00:23:20,833 --> 00:23:25,104 零戦の技術が 戦後5年たって➡ 175 00:23:25,104 --> 00:23:30,209 人間の命を救うために 生かされたのだった。 176 00:23:32,978 --> 00:23:36,115 昭和27年4月。 177 00:23:36,115 --> 00:23:39,818 サンフランシスコ平和条約が 発効され➡ 178 00:23:39,818 --> 00:23:44,623 日本は 敗戦で失った主権を回復する。 179 00:23:53,832 --> 00:23:56,335 航空機産業の禁が解かれ➡ 180 00:23:56,335 --> 00:24:02,141 飛行機をつくることができる時代が 到来した。 181 00:24:02,141 --> 00:24:07,947 世界は ジェット機の時代に突入していた。 182 00:24:07,947 --> 00:24:14,453 しかし それには目もくれず もっと先を見据えた研究者がいた。 183 00:24:16,088 --> 00:24:20,592 東大教授 糸川英夫である。 184 00:24:25,631 --> 00:24:33,539 まだ 日々の食べ物にも事欠く時代に 宇宙ロケットを飛ばそうというのである。 185 00:24:35,341 --> 00:24:41,980 糸川は 元中島飛行機の設計技師だった。 186 00:24:41,980 --> 00:24:46,819 陸軍の主力戦闘機 隼を担当。 187 00:24:46,819 --> 00:24:53,525 翼に画期的な改良を加え 旋回性能を高めた人物だった。 188 00:25:18,617 --> 00:25:27,092 そんな糸川の元に ロケット開発の 協力を申し出る企業があった。 189 00:25:27,092 --> 00:25:29,461 富士精密工業。 190 00:25:29,461 --> 00:25:35,968 戦前の中島飛行機に ルーツを持つ企業である。 191 00:25:35,968 --> 00:25:41,673 取締役の中川良一は 糸川の友人。 192 00:25:43,475 --> 00:25:47,646 20代で 零戦のエンジン 栄をつくった➡ 193 00:25:47,646 --> 00:25:50,649 伝説のエンジニアだった。 194 00:25:53,819 --> 00:25:57,322 隼と 零戦。 195 00:25:57,322 --> 00:26:02,594 陸海軍の 主力戦闘機の技術者が 力を合わせ➡ 196 00:26:02,594 --> 00:26:05,798 宇宙を目指すことになった。 197 00:26:09,068 --> 00:26:15,607 糸川は まず 手近な材料で ロケットをつくった。 198 00:26:15,607 --> 00:26:21,280 長さ たったの23センチ。 重さも僅か200グラム。 199 00:26:21,280 --> 00:26:27,986 世界一小さなロケットは ペンシルロケットと名付けられた。 200 00:26:29,955 --> 00:26:38,464 一方 中川は ロケット開発に必要な 材料と資金を提供した。 201 00:26:38,464 --> 00:26:41,967 更に 10名ほどの若手技術者を➡ 202 00:26:41,967 --> 00:26:48,674 まだ見通しが定かではない 宇宙開発事業に送り込んだ。 203 00:26:50,976 --> 00:26:54,313 ペンシルロケットの発射実験を記録した➡ 204 00:26:54,313 --> 00:26:57,316 貴重な映像が残されている。 205 00:27:07,926 --> 00:27:15,634 実験では ロケットを 垂直ではなく 水平に飛ばす。 206 00:27:21,940 --> 00:27:26,445 ロケットの行く先には 何枚ものスクリーンが張られ➡ 207 00:27:26,445 --> 00:27:31,950 ロケットは それらを破りながら 進んでいく。 208 00:27:31,950 --> 00:27:38,824 スクリーンには 電流を流した導線が 貼り付けられていた。 209 00:27:38,824 --> 00:27:43,562 ロケットが通過すると 導線が切れる。 210 00:27:43,562 --> 00:27:51,270 すると 通過するまでの時間が分かり ロケットの速度を割り出せるのである。 211 00:28:03,582 --> 00:28:10,088 その後 糸川は 猛烈な勢いで ロケット開発を進めていく。 212 00:28:11,757 --> 00:28:17,062 大きさも 飛ぶ距離も 日に日に伸びていった。 213 00:28:17,062 --> 00:28:21,266 糸川は 一つの目標を定めていた。 214 00:28:23,268 --> 00:28:29,942 当時 世界中の科学者が集い オーロラや 太陽活動など➡ 215 00:28:29,942 --> 00:28:33,445 地球規模の自然現象を 明らかにしようという➡ 216 00:28:33,445 --> 00:28:36,448 プロジェクトがスタートしていた。 217 00:28:39,084 --> 00:28:41,987 国際地球観測年。 218 00:28:41,987 --> 00:28:47,593 期間は 昭和32年7月からの 1年半。 219 00:28:49,461 --> 00:28:55,567 糸川は そのプロジェクトに 自前の観測ロケットで参加し➡ 220 00:28:55,567 --> 00:29:01,373 気象学の発展に 貢献しようとしたのである。 221 00:29:01,373 --> 00:29:04,576 昭和33年9月。 222 00:29:04,576 --> 00:29:10,882 国際地球観測年に参加する ロケットの打ち上げの映像である。 223 00:29:14,253 --> 00:29:21,927 ロケットの長さは 研究開始からの5年で ペンシルロケットの23倍➡ 224 00:29:21,927 --> 00:29:25,631 重さは1,300倍に達した。 225 00:29:28,433 --> 00:29:30,936 (発射音) 226 00:29:34,072 --> 00:29:39,878 天高く舞い上がったロケットは 高度60キロに到達。 227 00:29:41,613 --> 00:29:48,420 目標どおり 大気の状態や気温などの 観測データを送ってきた。 228 00:29:50,289 --> 00:29:58,897 日本は 糸川に導かれ 宇宙開発の第一線に躍り出たのである。 229 00:30:24,122 --> 00:30:31,930 昭和30年代 日本の自動車産業は 目覚ましい発展を見せていた。 230 00:30:34,666 --> 00:30:42,974 戦前 航空機の製造に携わった技術者の 多くが 自動車産業に移っていた。 231 00:30:46,378 --> 00:30:49,848 零戦の設計者 堀越二郎は➡ 232 00:30:49,848 --> 00:30:54,152 農機具などをつくって 戦後をしのいでいた。 233 00:30:54,152 --> 00:30:59,658 飛行機開発の道に進んだことを 一旦は後悔したが➡ 234 00:30:59,658 --> 00:31:04,362 堀越には やはり飛行機しかなかった。 235 00:31:06,498 --> 00:31:13,805 昭和31年 そんな堀越の元に 一つのオファーが届く。 236 00:31:13,805 --> 00:31:16,641 依頼主は 通産省。 237 00:31:16,641 --> 00:31:22,347 国産旅客機をつくる 一大プロジェクトだった。 238 00:31:24,316 --> 00:31:29,521 早速 戦前の 名の知れた設計者が集められた。 239 00:31:32,190 --> 00:31:38,997 堀越の隣に 座るのは 川崎航空機の土井武夫。 240 00:31:44,636 --> 00:31:49,341 B29と戦った戦闘機 飛燕をはじめ➡ 241 00:31:49,341 --> 00:31:56,448 川崎航空機が開発した ほとんどの機種の主任設計者だった。 242 00:31:59,351 --> 00:32:02,788 2人は 学生時代の同級生。 243 00:32:02,788 --> 00:32:10,395 飛行機づくりの 最高の頭脳と情熱を持つ 2人がタッグを組んだ。 244 00:32:13,799 --> 00:32:19,671 これは 晩年の堀越と土井が出演した 貴重なテレビ番組。 245 00:32:19,671 --> 00:32:23,975 日本に 飛行機づくりの ノウハウなどなかった➡ 246 00:32:23,975 --> 00:32:27,479 学生時代の思い出を語っている。 247 00:32:42,994 --> 00:32:46,298 (司会)今までね あまり つくってないわけですから。 248 00:32:58,476 --> 00:33:06,084 堀越と土井は 学生時代さながらの 熱い議論を重ねた。 249 00:33:06,084 --> 00:33:11,890 車輪の収納方法を巡っては ついに つかみ合いになったという。 250 00:33:14,826 --> 00:33:19,664 堀越は 平和国家に生まれ変わった日本でこそ➡ 251 00:33:19,664 --> 00:33:25,170 飛行機をつくらなければならないと 考えていた。 252 00:33:57,002 --> 00:33:59,938 堀越たち戦前の技術者は➡ 253 00:33:59,938 --> 00:34:05,443 基本設計を終えると このプロジェクトから退いた。 254 00:34:07,946 --> 00:34:12,751 あとは 後輩たちが引き継いでいく。 255 00:34:17,455 --> 00:34:21,960 プロジェクト開始から 7年。 256 00:34:21,960 --> 00:34:28,767 日本初の国産旅客機は YS-11と名付けられた。 257 00:34:30,468 --> 00:34:33,972 この日 アメリカの審査官を招き➡ 258 00:34:33,972 --> 00:34:40,845 世界の空を飛ぶための 最終テストが行われる。 259 00:34:40,845 --> 00:34:44,649 片発離陸と呼ばれるテストである。 260 00:34:47,319 --> 00:34:52,724 離陸時にいきなり 片方のエンジンを切る。 261 00:34:58,997 --> 00:35:05,604 (飛行音) 262 00:35:05,604 --> 00:35:09,608 それでも 機体は空に舞った。 263 00:35:14,279 --> 00:35:19,084 片方のプロペラだけで空を飛ぶ その姿は➡ 264 00:35:19,084 --> 00:35:25,690 堀越のデビュー作 九六式艦上戦闘機を思わせた。 265 00:35:29,728 --> 00:35:34,566 YS-11は 見事にテストに合格。 266 00:35:34,566 --> 00:35:40,872 国内だけでなく 世界の空を飛ぶことができるようになる。 267 00:35:42,974 --> 00:35:47,178 この年は 東京オリンピックの年だった。 268 00:35:59,424 --> 00:36:02,761 オリンピックまで あと ひとつき。 269 00:36:02,761 --> 00:36:10,435 この写真は 堀越が 招待飛行に招かれた時の一枚。 270 00:36:10,435 --> 00:36:15,740 周囲を見渡せる 一番高い場所に立っていた。 271 00:36:47,806 --> 00:36:55,613 YS-11が空を飛んだ その年 東海道新幹線も開業する。 272 00:36:58,817 --> 00:37:04,823 これは 一番列車に乗った人が撮影した 記録映像である。 273 00:37:38,289 --> 00:37:44,629 世界一の速さと安全性を兼ね備えた 新幹線。 274 00:37:44,629 --> 00:37:52,337 この新幹線にも 零戦をはじめとする 戦闘機の技術が生かされている。 275 00:37:56,808 --> 00:38:02,313 東京・国立の 国鉄鉄道技術研究所。 276 00:38:04,415 --> 00:38:06,918 終戦直後 ここには➡ 277 00:38:06,918 --> 00:38:11,756 旧日本軍で 兵器の開発に当たった技術者たち➡ 278 00:38:11,756 --> 00:38:16,928 およそ1,000人が集められていた。 279 00:38:16,928 --> 00:38:22,433 松平 精も その一人だった。 280 00:38:22,433 --> 00:38:27,739 海軍で 零戦の機体振動を研究していた。 281 00:38:30,308 --> 00:38:36,447 異常振動が原因で 零戦が空中分解事故を起こした時➡ 282 00:38:36,447 --> 00:38:41,352 いち早く原因を突き止めたのが 松平だった。 283 00:38:43,221 --> 00:38:47,792 その技術を生かし 蛇行動と呼ばれる➡ 284 00:38:47,792 --> 00:38:53,498 新幹線の異常振動の発生を防ぐ 台車をつくった。 285 00:38:55,466 --> 00:39:04,576 その一方で 空気の圧縮を利用する 鉄道車両用の空気バネを開発した。 286 00:39:04,576 --> 00:39:10,582 快適な乗り心地を実現する 画期的な装置だった。 287 00:39:12,317 --> 00:39:15,920 新幹線の丸みを帯びた車体は➡ 288 00:39:15,920 --> 00:39:23,595 日本軍の陸上爆撃機 銀河を モデルにしてつくられた。 289 00:39:23,595 --> 00:39:27,265 設計したのは 三木忠直。 290 00:39:27,265 --> 00:39:33,171 海軍で 銀河など 航空機の設計を担っていた。 291 00:39:35,440 --> 00:39:43,615 三木は 戦争末期 重い十字架を背負わされている。 292 00:39:43,615 --> 00:39:49,821 特攻専用機 桜花の設計を 命じられたのである。 293 00:40:19,984 --> 00:40:25,490 世界最速 かつ安全性を徹底した列車には➡ 294 00:40:25,490 --> 00:40:28,393 戦争を戦った技術者たちの➡ 295 00:40:28,393 --> 00:40:32,497 平和への誓いが込められている。 296 00:40:35,199 --> 00:40:40,672 21世紀になっても 彼らの残したものは健在である。 297 00:40:40,672 --> 00:40:45,510 世界にも飛び出している。 298 00:40:45,510 --> 00:40:52,116 2007年1月 台湾に高速鉄道が開業した。 299 00:40:55,520 --> 00:40:59,957 車両には 日本の新幹線が採用された。 300 00:40:59,957 --> 00:41:13,304 ♬~ 301 00:41:13,304 --> 00:41:18,309 零戦の機銃を開発した 深海正治。 302 00:41:19,977 --> 00:41:26,884 彼が手がけた胃カメラは やがて 動画も撮れる内視鏡へ進化した。 303 00:41:30,988 --> 00:41:34,325 海を越えて 世界へ広がり➡ 304 00:41:34,325 --> 00:41:39,530 胃がんや大腸がんの 早期発見に役立っている。 305 00:41:41,099 --> 00:41:44,335 ペンシルロケットの 糸川英夫は➡ 306 00:41:44,335 --> 00:41:49,674 宇宙のかなたで 星になった。 307 00:41:49,674 --> 00:41:53,077 それは 決して比喩ではない。 308 00:41:55,546 --> 00:41:58,149 2003年5月。 309 00:41:58,149 --> 00:42:04,455 小惑星探査機 はやぶさが 遠い宇宙へ旅立っていった。 310 00:42:07,291 --> 00:42:10,395 3億キロのかなたで➡ 311 00:42:10,395 --> 00:42:15,299 長さ500メートルほどの 小さな惑星に たどりついた。 312 00:42:16,968 --> 00:42:21,839 小惑星の名は イトカワ。 313 00:42:21,839 --> 00:42:25,109 日本で最初にロケットを飛ばした➡ 314 00:42:25,109 --> 00:42:30,114 糸川英夫の功績をたたえて 名付けられた。 315 00:42:33,651 --> 00:42:40,992 2006年。 堀越二郎が開発に携わったYS-11は➡ 316 00:42:40,992 --> 00:42:45,696 この日 定期路線から引退した。 317 00:42:47,331 --> 00:42:54,839 国産旅客機の生産は YS-11が 最初にして最後となった。 318 00:42:54,839 --> 00:43:00,845 今 日本の空を飛ぶのは 外国製の飛行機である。 319 00:43:02,580 --> 00:43:10,788 かつて 技術立国として 世界をリードした日本。 320 00:43:10,788 --> 00:43:15,793 いまや すっかりその勢いは失われた。 321 00:43:18,963 --> 00:43:24,202 1982年に亡くなった 堀越二郎は➡ 322 00:43:24,202 --> 00:43:28,072 日本の衰退を 予言していたかのように➡ 323 00:43:28,072 --> 00:43:32,977 技術者に対して こんな言葉を贈っている。 324 00:44:08,813 --> 00:44:39,810 ♬~