1 00:00:02,936 --> 00:00:09,943 ♬~ 2 00:00:21,288 --> 00:00:25,158 1929年10月。 3 00:00:25,158 --> 00:00:28,962 ニューヨーク ウォール街の株価が 大暴落しました。 4 00:00:28,962 --> 00:00:32,833 企業は相次いで倒産。 銀行も閉鎖。 5 00:00:32,833 --> 00:00:36,303 世界経済の中心地 ニューヨークで起こった➡ 6 00:00:36,303 --> 00:00:39,973 この経済恐慌は 瞬く間に世界へ広がり➡ 7 00:00:39,973 --> 00:00:44,645 空前の規模の大不況が 世界を覆いました。 8 00:00:44,645 --> 00:00:57,658 ♬~ 9 00:00:57,658 --> 00:01:03,263 行く先が見えず 絶望した人々の 不安を背景に登場したのが➡ 10 00:01:03,263 --> 00:01:06,967 強力な指導者たちでした。 11 00:01:08,602 --> 00:01:15,309 各国では ナショナリズムが うねりを見せて高まっていきます。 12 00:01:16,944 --> 00:01:20,414 「映像の世紀」 4回目の今日は➡ 13 00:01:20,414 --> 00:01:25,252 世界が大恐慌に打ちひしがれた 1930年から➡ 14 00:01:25,252 --> 00:01:30,958 第二次世界大戦に突入する 1939年までの時代を➡ 15 00:01:30,958 --> 00:01:35,829 ヒトラーが率いるドイツを中心に 描きます。 16 00:01:35,829 --> 00:03:03,817 ♬~ 17 00:03:06,787 --> 00:03:10,590 1932年 ワシントン。 18 00:03:10,590 --> 00:03:17,464 第一次大戦で戦った退役軍人が 起こした デモの映像です。 19 00:03:17,464 --> 00:03:20,934 生活にあえぐ退役軍人たちは➡ 20 00:03:20,934 --> 00:03:26,807 1945年に支払われる事に なっていた恩給の先払いを求め➡ 21 00:03:26,807 --> 00:03:31,511 全国から ワシントンに集まりました。 22 00:03:52,866 --> 00:03:58,305 退役軍人たちは家を手放し 行き場もなく➡ 23 00:03:58,305 --> 00:04:03,143 家族と共に ワシントンの中心部に バラックを作って生活を始め➡ 24 00:04:03,143 --> 00:04:08,115 その数は2万人に上りました。 25 00:04:08,115 --> 00:04:16,123 これに対して 政府は軍隊を導入。 戦車を繰り出しました。 26 00:04:18,925 --> 00:04:23,930 これを指揮したのは… 27 00:04:25,799 --> 00:04:31,938 マッカーサーは後に 退役軍人たちは 共産主義者に扇動された➡ 28 00:04:31,938 --> 00:04:37,644 革命集団であると判断して 弾圧したと語っています。 29 00:04:41,615 --> 00:04:47,287 このころ アメリカでは 1,000万人を超す失業者があふれ➡ 30 00:04:47,287 --> 00:04:52,993 革命の危機さえ 公然と語られる時代でした。 31 00:05:03,570 --> 00:05:08,241 資本主義国家が 大恐慌の混乱に苦しむ中➡ 32 00:05:08,241 --> 00:05:12,913 スターリンの率いるソ連は 共産主義の勝利を宣言。 33 00:05:12,913 --> 00:05:21,254 目覚ましい経済発展を誇示する プロパガンダ映画を数多く作っています。 34 00:05:21,254 --> 00:05:31,598 ♬~ 35 00:05:31,598 --> 00:05:37,938 これは 首都 モスクワの地下鉄建設を ソ連が記録した映像です。 36 00:05:37,938 --> 00:05:41,808 宮殿に例えられたほどの 豪華な施設が作られ➡ 37 00:05:41,808 --> 00:05:44,611 世界一長いエスカレーターなど➡ 38 00:05:44,611 --> 00:05:48,915 スターリンは ソ連の威信を示しました。 39 00:05:53,954 --> 00:05:59,626 建設工事は 1934年の革命記念日に 間に合わせるように➡ 40 00:05:59,626 --> 00:06:03,496 突貫工事で行われました。 41 00:06:03,496 --> 00:06:10,237 (拍手) 42 00:06:10,237 --> 00:06:13,139 この工事を指揮していたのは➡ 43 00:06:13,139 --> 00:06:20,580 後のソ連共産党第1書記で 首相をも兼ねた… 44 00:06:20,580 --> 00:06:25,252 この地下鉄建設の過酷なノルマを 達成した事で➡ 45 00:06:25,252 --> 00:06:29,556 フルシチョフは スターリンから高い評価を受けました。 46 00:06:45,272 --> 00:06:49,976 (拍手と歓声) 47 00:06:56,883 --> 00:07:01,221 これは アメリカが撮影した 大恐慌のフィルムを使って➡ 48 00:07:01,221 --> 00:07:04,557 ソ連が編集したプロパガンダです。 49 00:07:04,557 --> 00:07:09,229 ソ連が資本主義国家 アメリカを どのように見ていたかを➡ 50 00:07:09,229 --> 00:07:12,532 うかがう事ができます。 51 00:07:25,578 --> 00:07:31,584 ♬~ 52 00:07:54,607 --> 00:07:59,946 大恐慌の影響も受けず 経済発展を遂げていたソ連を➡ 53 00:07:59,946 --> 00:08:03,550 数多くの人々が訪問しました。 54 00:08:03,550 --> 00:08:06,353 イギリスの作家 バーナード=ショーです。 55 00:08:06,353 --> 00:08:10,657 1931年 ソ連を訪れました。 56 00:08:13,560 --> 00:08:18,231 大恐慌によって 危機に瀕した資本主義世界を➡ 57 00:08:18,231 --> 00:08:20,567 目の当たりにしていた バーナード=ショーには➡ 58 00:08:20,567 --> 00:08:26,573 この時のソ連の姿は 希望に満ちた 国家に映ったようです。 59 00:08:28,241 --> 00:08:32,112 「資本主義国家が 崩壊を免れたければ➡ 60 00:08:32,112 --> 00:08:35,749 ソ連の方法を 取り入れるべきである。➡ 61 00:08:35,749 --> 00:08:39,919 以前 私が そう警告した事は 正しかった。➡ 62 00:08:39,919 --> 00:08:44,591 ソ連では希望こそ 思想の中心である。➡ 63 00:08:44,591 --> 00:08:48,928 階級がなく 淑女や紳士がおらず➡ 64 00:08:48,928 --> 00:08:52,265 誰もが友人であるような 国にいるという事。➡ 65 00:08:52,265 --> 00:08:56,936 それは まれに見る すがすがしい経験だった。➡ 66 00:08:56,936 --> 00:09:04,944 明日 私は この希望の土地を去り 我々の絶望の国へ帰る」。 67 00:09:08,548 --> 00:09:12,419 これは 同じ時期に行われていた➡ 68 00:09:12,419 --> 00:09:16,289 ソ連国内での強制労働の映像です。 69 00:09:16,289 --> 00:09:19,225 ソ連が誇る経済発展の裏には➡ 70 00:09:19,225 --> 00:09:24,564 反体制と目された人々が 強制労働に従事させられたり➡ 71 00:09:24,564 --> 00:09:29,569 大量に処刑されたりした 事実がありました。 72 00:09:35,208 --> 00:09:50,924 ♬~ 73 00:09:54,260 --> 00:09:59,098 このころ 第一次大戦の敗戦国 ドイツでは➡ 74 00:09:59,098 --> 00:10:02,902 大恐慌の影響が 特に深刻でした。 75 00:10:04,604 --> 00:10:07,507 これは 閉鎖された銀行に➡ 76 00:10:07,507 --> 00:10:11,945 自分の預金の払い戻しを 求める人々の映像です。 77 00:10:11,945 --> 00:10:18,251 この取り付け騒ぎによって 銀行の連鎖倒産が相次ぎました。 78 00:10:21,621 --> 00:10:25,492 ドイツで職を失った人は 600万人。 79 00:10:25,492 --> 00:10:29,496 実に 3人に1人が 収入の道を断たれ➡ 80 00:10:29,496 --> 00:10:33,500 住む場所もない状態でした。 81 00:10:44,844 --> 00:10:50,650 この時 ドイツ民族の復興を 前面に掲げた政党が➡ 82 00:10:50,650 --> 00:10:53,319 大衆の心を引き付けていきます。 83 00:10:53,319 --> 00:10:58,992 アドルフ・ヒトラーの率いる 国家社会主義ドイツ労働者党➡ 84 00:10:58,992 --> 00:11:02,695 いわゆる ナチスです。 85 00:11:04,797 --> 00:11:09,602 ヒトラーは 民主主義を 無責任なものとして否定し➡ 86 00:11:09,602 --> 00:11:14,474 自らの独裁によって 責任を持って ドイツ民族を救うと➡ 87 00:11:14,474 --> 00:11:17,944 熱っぽく訴えました。 88 00:11:17,944 --> 00:11:20,613 この時 ヒトラーは40歳。 89 00:11:20,613 --> 00:11:27,620 ドイツ国民は この若き政治家に 国家の未来を託していきます。 90 00:11:40,300 --> 00:11:46,606 ドイツとの国境にある オーストリアの小さな町 ブラウナウ。 91 00:11:50,643 --> 00:11:54,981 アドルフ・ヒトラーは 1889年➡ 92 00:11:54,981 --> 00:11:59,319 オーストリア=ハンガリー帝国の 税関官吏の子どもとして➡ 93 00:11:59,319 --> 00:12:02,622 この町に生まれました。 94 00:12:04,157 --> 00:12:09,929 青年時代 画家や建築家になる事を 夢みたというヒトラーが➡ 95 00:12:09,929 --> 00:12:12,265 政治家となった きっかけは➡ 96 00:12:12,265 --> 00:12:15,969 第一次大戦でのドイツの敗戦でした。 97 00:12:20,940 --> 00:12:25,278 ドイツ帝国の一兵士として参戦した ヒトラーは➡ 98 00:12:25,278 --> 00:12:28,948 崩壊するドイツ帝国を 目の当たりにします。 99 00:12:28,948 --> 00:12:35,288 更に 巨額の賠償金を課せられ 軍備 領土を奪われたのです。 100 00:12:35,288 --> 00:12:37,957 ヒトラーは深い憤りを覚え➡ 101 00:12:37,957 --> 00:12:41,828 ドイツ民族の栄光を取り戻す事を 心に誓い➡ 102 00:12:41,828 --> 00:12:45,298 政治家となったのです。 103 00:12:45,298 --> 00:12:55,308 ♬~ 104 00:12:55,308 --> 00:13:01,114 この映像は ヒトラーを記録した 1923年のものです。 105 00:13:01,114 --> 00:13:03,583 ヒトラーは この年 ミュンヘンで➡ 106 00:13:03,583 --> 00:13:07,253 武力による政府の転覆を 図りますが失敗。 107 00:13:07,253 --> 00:13:10,957 逮捕され 投獄されます。 108 00:13:16,262 --> 00:13:18,598 この体験を機に➡ 109 00:13:18,598 --> 00:13:23,469 ヒトラーは 選挙によって 合法的に政権を獲得する事を➡ 110 00:13:23,469 --> 00:13:26,472 決意するのです。 111 00:13:28,274 --> 00:13:31,944 そして ヒトラーが獄中で➡ 112 00:13:31,944 --> 00:13:34,947 自分の考え方を 口述筆記したものが… 113 00:13:36,816 --> 00:13:41,621 この中には ヒトラーの政策の基本となる理念と➡ 114 00:13:41,621 --> 00:13:45,491 ドイツ民族復興のための 遠大な計画が書き込まれ➡ 115 00:13:45,491 --> 00:13:50,496 以後も ヒトラーの行動の指針となりました。 116 00:13:54,200 --> 00:14:00,573 これは ヒトラーが出獄した翌年 1926年の映像です。 117 00:14:00,573 --> 00:14:05,912 指導者が全責任を負う 独裁を目指したヒトラーは➡ 118 00:14:05,912 --> 00:14:09,782 この右手を上げる敬礼を 取り入れました。 119 00:14:09,782 --> 00:14:16,089 これは イタリアの独裁者 ムッソリーニのやり方をまねたものです。 120 00:14:17,924 --> 00:14:23,262 更に ヒトラーは 反ユダヤ主義を表す鉤十字を➡ 121 00:14:23,262 --> 00:14:26,165 ナチスのマークに取り入れました。 122 00:14:26,165 --> 00:14:32,171 ドイツ民族の優越性を唱え その復興を目指したのです。 123 00:14:33,906 --> 00:14:40,613 また ヒトラーの選挙戦術は 人々の目を驚かせるものでした。 124 00:14:40,613 --> 00:14:43,950 膨大な量のビラまき。 125 00:14:43,950 --> 00:14:47,954 数百万枚のポスター。 126 00:14:49,622 --> 00:14:52,959 そして 飛行機を駆使した➡ 127 00:14:52,959 --> 00:14:57,263 かつてない 精力的な遊説を行いました。 128 00:15:03,569 --> 00:15:09,442 当時 まだ新しいメディアであった ラジオも 新兵器として導入し➡ 129 00:15:09,442 --> 00:15:13,746 人々の心を つかんでいきます。 130 00:15:50,616 --> 00:15:55,955 「大衆へ 情熱を込めて語ったのは 彼だけでした。➡ 131 00:15:55,955 --> 00:15:59,826 私たちは 何か新しい事を聞くために➡ 132 00:15:59,826 --> 00:16:02,762 何でもいいから 新しい事を聞くために➡ 133 00:16:02,762 --> 00:16:05,565 集会に出かけたのです。➡ 134 00:16:05,565 --> 00:16:09,435 ドイツ国内の状況は 悪化する一方でした。➡ 135 00:16:09,435 --> 00:16:14,240 人々の日常生活を支えていた ものが 根底からなくなり➡ 136 00:16:14,240 --> 00:16:18,578 自殺する人があふれ 風俗は乱れました。➡ 137 00:16:18,578 --> 00:16:21,914 経済状況に絶望していた 私たちには➡ 138 00:16:21,914 --> 00:16:28,921 ヒトラーの語る新しいドイツは すばらしいものに思えました」。 139 00:16:32,558 --> 00:16:38,464 ヒトラーは 突撃隊と呼ばれる 私的な軍隊を組織しました。 140 00:16:38,464 --> 00:16:40,933 その規律ある行動は➡ 141 00:16:40,933 --> 00:16:46,639 特に若者には ひときわ 魅力的に見えたといいます。 142 00:16:49,609 --> 00:16:54,413 「ナチスには 神秘的な力で我々を魅惑し➡ 143 00:16:54,413 --> 00:16:57,617 熱狂させる 何か違ったものが あったのです。➡ 144 00:16:57,617 --> 00:17:02,221 それは 旗をなびかせ じっと前方を見つめ➡ 145 00:17:02,221 --> 00:17:05,124 太鼓を打ち鳴らしながら進む 若者たちの➡ 146 00:17:05,124 --> 00:17:07,560 一糸乱れぬ行進でした。➡ 147 00:17:07,560 --> 00:17:14,066 この共同体には 何か心を揺さぶる 圧倒的なものがありました。➡ 148 00:17:14,066 --> 00:17:18,571 しかし 私の父が ナチスについて語る時➡ 149 00:17:18,571 --> 00:17:21,908 その言葉に感激や誇りがなく➡ 150 00:17:21,908 --> 00:17:25,244 それどころか ひどく不機嫌な響きのあるのが➡ 151 00:17:25,244 --> 00:17:27,914 理解できませんでした。➡ 152 00:17:27,914 --> 00:17:33,786 父は 連中の言う事を信じるな。 連中は オオカミだ。➡ 153 00:17:33,786 --> 00:17:41,460 ナチスは ドイツ国民を恐ろしい形で 誘惑しているのだというのです。➡ 154 00:17:41,460 --> 00:17:44,263 しかし 父の言葉は➡ 155 00:17:44,263 --> 00:17:49,569 興奮した私たち 若者の耳には 入りませんでした」。 156 00:17:52,004 --> 00:17:56,275 1933年1月30日。 157 00:17:56,275 --> 00:18:00,880 ヒトラーは ついに 首相の地位を手に入れました。 158 00:18:00,880 --> 00:18:04,750 ヒトラーが人々の支持を獲得した 理由の一つに➡ 159 00:18:04,750 --> 00:18:10,056 ヒトラーの優れた演説の技術が あったとされています。 160 00:18:15,227 --> 00:18:20,099 これは 首相に就任して間もない ヒトラーの演説を➡ 161 00:18:20,099 --> 00:18:23,569 ナチスが宣伝のために 記録したもので➡ 162 00:18:23,569 --> 00:18:30,910 この中に 巧みに観衆の心をつかむ ヒトラーの演出を見る事ができます。 163 00:18:30,910 --> 00:18:40,586 ♬~ 164 00:18:40,586 --> 00:18:45,091 この日の演説は ラジオで全国に中継され➡ 165 00:18:45,091 --> 00:18:50,296 ドイツ国民は 新しい首相の言葉を待ちました。 166 00:18:56,602 --> 00:19:00,106 中央の演壇に立ったヒトラーは➡ 167 00:19:00,106 --> 00:19:04,343 手元に用意した 演説のための メモを神経質そうに触り➡ 168 00:19:04,343 --> 00:19:08,547 なかなか話し始めません。 169 00:19:23,229 --> 00:19:26,565 彼は ざわめきが収まり➡ 170 00:19:26,565 --> 00:19:30,436 人々が 進んで自分の話を 聞こうとするようになるまで➡ 171 00:19:30,436 --> 00:19:34,140 辛抱強く待っています。 172 00:21:12,605 --> 00:21:15,941 初め 静かに始まった演説は➡ 173 00:21:15,941 --> 00:21:19,812 矛先が 敗戦後 ドイツ革命によって成立した➡ 174 00:21:19,812 --> 00:21:25,117 ワイマール政府への批判に至ると 次第に高まります。 175 00:22:20,272 --> 00:22:26,412 ヒトラーの演説の特色は 同じ言葉の繰り返しにあります。 176 00:22:26,412 --> 00:22:29,281 ヒトラーは「わが闘争」の中で➡ 177 00:22:29,281 --> 00:22:31,283 「大衆は なかなか理解せず➡ 178 00:22:31,283 --> 00:22:34,954 すぐ忘れてしまう。 ポイントを絞って➡ 179 00:22:34,954 --> 00:22:39,658 ひたすら 繰り返すべきである」と 述べています。 180 00:22:57,643 --> 00:23:01,513 2時間を超す演説のクライマックスで➡ 181 00:23:01,513 --> 00:23:08,220 ヒトラーは ドイツ国民一人一人の 民族としての誇りに訴えかけます。 182 00:24:22,261 --> 00:24:31,937 (拍手と歓声) 183 00:24:31,937 --> 00:24:39,611 ♬~(歌声) 184 00:24:39,611 --> 00:24:42,648 演説の終わりに流されるのは➡ 185 00:24:42,648 --> 00:24:47,853 闘争の貫徹をうたう ナチスの党歌です。 186 00:24:51,623 --> 00:24:55,294 こうして 「わが闘争」に記された➡ 187 00:24:55,294 --> 00:24:59,965 ドイツ民族の復興のための 遠大な計画を実行に移す➡ 188 00:24:59,965 --> 00:25:03,969 ナチスの時代が始まりました。 189 00:25:28,394 --> 00:25:33,932 1931年9月。 日本軍は中国東北部➡ 190 00:25:33,932 --> 00:25:36,835 いわゆる 満州に軍を進めました。 191 00:25:36,835 --> 00:25:40,606 この満州事変は 日本が利権を持っていた➡ 192 00:25:40,606 --> 00:25:44,943 南満州鉄道での爆破事件を きっかけに始まりましたが➡ 193 00:25:44,943 --> 00:25:49,648 後に 日本軍の謀略であった事が 発覚します。 194 00:25:52,284 --> 00:25:56,622 翌年 軍は 満州国の建国を宣言。 195 00:25:56,622 --> 00:25:59,291 清朝 最後の皇帝 溥儀を➡ 196 00:25:59,291 --> 00:26:01,593 執政としました。 197 00:26:03,162 --> 00:26:07,900 しかし 国際連盟は 満州に調査団を派遣。 198 00:26:07,900 --> 00:26:11,737 日本の行動を 自衛権に基づくものではないと➡ 199 00:26:11,737 --> 00:26:13,672 結論づけました。 200 00:26:13,672 --> 00:26:20,179 このアジアの動きに 外国のニュース社も 次々と取材に訪れています。 201 00:26:24,450 --> 00:26:30,589 これは 犬養 毅首相の 唯一の肉声と銘打たれた➡ 202 00:26:30,589 --> 00:26:33,258 アメリカのニュース社によるインタビューで➡ 203 00:26:33,258 --> 00:26:38,564 中国での日本の行動について 答えています。 204 00:27:00,419 --> 00:27:04,056 このインタビューが撮影されて 間もなく➡ 205 00:27:04,056 --> 00:27:07,092 犬養首相は 五・一五事件で➡ 206 00:27:07,092 --> 00:27:12,097 海軍青年将校によって 暗殺されました。 207 00:27:25,344 --> 00:27:33,852 日本は 1933年3月 国際連盟を脱退します。 208 00:27:36,588 --> 00:27:39,258 これによって 日本は➡ 209 00:27:39,258 --> 00:27:43,562 国際的孤立化の道を 歩み始めます。 210 00:28:24,369 --> 00:28:28,240 ヒトラーが首相に就任して1か月後。 211 00:28:28,240 --> 00:28:33,378 アメリカでは 大恐慌の混乱を 解決する事を期待され➡ 212 00:28:33,378 --> 00:28:38,584 新しい大統領に フランクリン・ルーズベルトが就任します。 213 00:29:01,440 --> 00:29:06,878 ルーズベルトは いわゆる ニューディール政策を導入します。 214 00:29:06,878 --> 00:29:11,216 これは ソ連の計画経済の影響も 受けたもので➡ 215 00:29:11,216 --> 00:29:15,220 中央政府の強力な権限によって 公共事業を進め➡ 216 00:29:15,220 --> 00:29:19,725 失業者の救済を図るものでした。 217 00:29:22,561 --> 00:29:26,231 しかし その効果は上がらず➡ 218 00:29:26,231 --> 00:29:31,937 労働条件の改善を求めて アメリカ全土で ストが頻発します。 219 00:29:33,572 --> 00:29:37,075 経営者側は 専門の会社に➡ 220 00:29:37,075 --> 00:29:42,581 労働者の鎮圧部隊の派遣を 依頼する事もありました。 221 00:29:49,588 --> 00:29:55,394 これは サンフランシスコのゼネストを記録した ニュース映像です。 222 00:29:55,394 --> 00:29:58,930 共産主義者を 一斉検挙する命令が出され➡ 223 00:29:58,930 --> 00:30:01,833 数千人の軍隊が出動。 224 00:30:01,833 --> 00:30:05,804 当時の新聞は これは もはや ゼネストではなく➡ 225 00:30:05,804 --> 00:30:11,510 共産党員に扇動された暴動である と報じています。 226 00:30:15,480 --> 00:30:20,485 農村は 更に痛烈な打撃を受けました。 227 00:30:25,157 --> 00:30:28,927 自分たちの土地を失った農民は➡ 228 00:30:28,927 --> 00:30:33,298 豊かな土地 カリフォルニアを目指して移動。 229 00:30:33,298 --> 00:30:37,636 こうした農民の苦難を 「怒りの葡萄」に描いたのが➡ 230 00:30:37,636 --> 00:30:40,539 ジョン・スタインベックです。 231 00:30:40,539 --> 00:30:44,509 「移住する農民たちに 行く当てはない。➡ 232 00:30:44,509 --> 00:30:47,312 移住者たちが泊まる キャンプには➡ 233 00:30:47,312 --> 00:30:50,649 200~300人につき 1つのトイレしかなく➡ 234 00:30:50,649 --> 00:30:53,552 男女別々のトイレを 作ろうとした人は➡ 235 00:30:53,552 --> 00:30:57,322 共産主義的であるとして 非難された。➡ 236 00:30:57,322 --> 00:31:00,926 農民たちは殴られ 射撃を受け➡ 237 00:31:00,926 --> 00:31:05,597 起訴手続きなしに投獄されて 拷問される。➡ 238 00:31:05,597 --> 00:31:09,935 今や カリフォルニアに移住してきた 農民の間には➡ 239 00:31:09,935 --> 00:31:15,240 抑圧への恐怖でなく 怒りが存在している」。 240 00:31:18,610 --> 00:31:24,483 こうした社会不安を背景に アメリカにも ナチス勢力が台頭。 241 00:31:24,483 --> 00:31:29,187 これは ドイツ系アメリカ人が作った 団体の集会です。 242 00:31:31,189 --> 00:31:34,159 反発したユダヤ人青年が➡ 243 00:31:34,159 --> 00:31:38,463 リーダーに襲いかかるシーンが 残されています。 244 00:31:44,302 --> 00:31:47,973 イタリアでは 既に ムッソリーニが➡ 245 00:31:47,973 --> 00:31:52,677 ファシスト党による一党独裁を 敷いていました。 246 00:32:10,929 --> 00:32:15,801 イタリアの人々は 第一次大戦の 戦勝国でありながら➡ 247 00:32:15,801 --> 00:32:19,604 十分な領土を 得る事ができなかった怒りから➡ 248 00:32:19,604 --> 00:32:23,475 ムッソリーニの示す 古代ローマ帝国 復活の夢に➡ 249 00:32:23,475 --> 00:32:26,478 熱い期待を寄せました。 250 00:32:30,248 --> 00:32:36,154 イギリスでも 労働党内閣に 入閣していた オズワルド・モーズリーが➡ 251 00:32:36,154 --> 00:32:43,461 1931年に イギリス・ファシスト連盟を結成しました。 252 00:33:00,245 --> 00:33:03,915 フランスで生まれたのは… 253 00:33:03,915 --> 00:33:06,585 この映像は 火の十字団が➡ 254 00:33:06,585 --> 00:33:12,891 共産党と対立して起こした 暴動の様子を記録したものです。 255 00:33:20,131 --> 00:33:24,936 こうした 各国での ファシズム勢力の台頭に対して➡ 256 00:33:24,936 --> 00:33:29,608 世界は警戒感を強めていきます。 257 00:33:29,608 --> 00:33:33,612 ♬~(歌声) 258 00:33:38,950 --> 00:33:55,300 ♬~ 259 00:33:55,300 --> 00:34:00,572 ヒトラーは 政権獲得後 新たに宣伝省を設け➡ 260 00:34:00,572 --> 00:34:02,908 そのもとに 映画部を設置。 261 00:34:02,908 --> 00:34:07,779 第一次大戦に従軍した カメラマン部隊を配属します。 262 00:34:07,779 --> 00:34:12,250 その映像には 民族復興の第一歩とされた➡ 263 00:34:12,250 --> 00:34:16,955 ヒトラーの国内政策が 記録されています。 264 00:34:18,590 --> 00:34:23,261 ♬~ 265 00:34:23,261 --> 00:34:28,600 失業者対策として ヒトラーは 民族の誇りをキーワードに➡ 266 00:34:28,600 --> 00:34:32,604 大規模な公共事業を起こしました。 267 00:34:52,624 --> 00:34:58,964 これは ドイツの高速道路 アウトバーンの建設記録です。 268 00:34:58,964 --> 00:35:06,571 ♬~ 269 00:35:06,571 --> 00:35:10,909 こうした ヒトラーの行った国内政策によって➡ 270 00:35:10,909 --> 00:35:13,244 失業者は 600万人から➡ 271 00:35:13,244 --> 00:35:17,549 50万人以下にまで激減しました。 272 00:35:21,119 --> 00:35:26,257 最大の難問といわれた 失業問題を解決した事は➡ 273 00:35:26,257 --> 00:35:31,963 ドイツ国民の間では ヒトラーの奇跡といわれました。 274 00:35:37,602 --> 00:35:43,274 更に ヒトラーは 国民誰もが乗れる格安の国民車➡ 275 00:35:43,274 --> 00:35:49,614 フォルクスワーゲンの設計を ポルシェに依頼し 大量生産を試みます。 276 00:35:49,614 --> 00:35:53,952 これまで手の届かなかった 自動車を 手にするという夢を➡ 277 00:35:53,952 --> 00:35:58,256 ヒトラーは ドイツ国民に与えたのです。 278 00:36:03,561 --> 00:36:07,899 この映像は ヒトラーが政権に就いて1年後の➡ 279 00:36:07,899 --> 00:36:12,237 1934年のナチス党大会の記録です。 280 00:36:12,237 --> 00:36:17,108 この大会は 延べ100万人が 1週間にわたって参加した➡ 281 00:36:17,108 --> 00:36:19,110 壮大なものでした。 282 00:36:25,250 --> 00:36:31,923 (拍手と歓声) 283 00:36:31,923 --> 00:36:39,597 ♬~ 284 00:36:39,597 --> 00:36:42,100 この時 ヒトラーは➡ 285 00:36:42,100 --> 00:36:47,272 既に 全ての権力を一手に握る 独裁者となっていました。 286 00:36:47,272 --> 00:36:53,611 全ての政党を解体し ヒトラーは 自らを総統と称するのです。 287 00:36:53,611 --> 00:36:58,950 この大会で ヒトラーは ナチスの千年王国が成立した事を➡ 288 00:36:58,950 --> 00:37:01,653 宣言します。 289 00:37:35,787 --> 00:37:41,259 この映像は ナチスによって 初めて公に行われた➡ 290 00:37:41,259 --> 00:37:44,596 ユダヤ人への弾圧の記録です。 291 00:37:44,596 --> 00:37:50,268 突撃隊や親衛隊が ユダヤ人商店への ボイコットを行っています。 292 00:37:50,268 --> 00:37:55,273 ユダヤ人への ヒトラーの弾圧の始まりでした。 293 00:38:14,459 --> 00:38:19,898 ナチスは ドイツ的でないと判断した 書物を焼きました。 294 00:38:19,898 --> 00:38:23,234 トーマス・マン アインシュタイン フロイトなど➡ 295 00:38:23,234 --> 00:38:29,240 自由主義者 社会主義者 ユダヤ人などの著作でした。 296 00:38:35,814 --> 00:38:41,920 更に ヒトラーは 政権獲得直後に 強制収容所を作り➡ 297 00:38:41,920 --> 00:38:43,855 ナチスへの敵対者を➡ 298 00:38:43,855 --> 00:38:47,592 ユダヤ人に扇動された運動家として 検挙し➡ 299 00:38:47,592 --> 00:38:50,261 強制収容所に送ります。 300 00:38:50,261 --> 00:38:56,601 その弾圧は 秘密国家警察 いわゆる ゲシュタポや突撃隊が➡ 301 00:38:56,601 --> 00:39:01,306 しらみ潰しに行う 徹底的なものでした。 302 00:39:10,548 --> 00:39:15,887 初期の強制収容所を記録した 映像です。 303 00:39:15,887 --> 00:39:20,758 こうした弾圧の底には ドイツ民族が最も優秀であり➡ 304 00:39:20,758 --> 00:39:25,230 その民族の純血を守らなければ 力が落ちていき➡ 305 00:39:25,230 --> 00:39:28,900 民族間の闘争に 生き残る事ができないという➡ 306 00:39:28,900 --> 00:39:32,237 ヒトラーの思想がありました。 307 00:39:32,237 --> 00:39:42,247 ♬~ 308 00:39:44,582 --> 00:39:48,586 これは… 309 00:39:53,591 --> 00:39:56,261 この映画によれば➡ 310 00:39:56,261 --> 00:40:01,132 純粋で美しい ドイツ民族をはじめとするアーリア人は➡ 311 00:40:01,132 --> 00:40:05,270 頭蓋骨の形の測定によって 区分けでき➡ 312 00:40:05,270 --> 00:40:09,607 この均斉の取れた頭の形を 崩さないようにするためには➡ 313 00:40:09,607 --> 00:40:15,914 決して ほかの民族と 混血すべきではないとしています。 314 00:40:19,284 --> 00:40:24,155 これは ミュンヘンで開かれた ナチスの芸術祭を➡ 315 00:40:24,155 --> 00:40:27,625 地元のカメラ愛好家が 撮影したもので➡ 316 00:40:27,625 --> 00:40:32,930 当時は まだ珍しかった カラーフィルムが使われています。 317 00:40:36,968 --> 00:40:42,307 ドイツ民族の伝統的な衣装や姿が 映し出されており➡ 318 00:40:42,307 --> 00:40:48,012 民族意識を高めようとする ヒトラーの意図が うかがえます。 319 00:40:49,647 --> 00:40:56,988 「我々が今日持っている人類文化 芸術 科学 および 技術の成果は➡ 320 00:40:56,988 --> 00:41:01,592 ほとんど 専ら アーリア人種が 創造したものである。➡ 321 00:41:01,592 --> 00:41:06,264 アーリア人種は 人類のプロメテウスであって➡ 322 00:41:06,264 --> 00:41:08,199 その輝く額から➡ 323 00:41:08,199 --> 00:41:13,604 いかなる時代にも 常に 天才の精神的な火花が飛び出し➡ 324 00:41:13,604 --> 00:41:16,274 神秘の夜を明るくし➡ 325 00:41:16,274 --> 00:41:22,146 人類を この地上の生物の 支配者とする道を上らせた。➡ 326 00:41:22,146 --> 00:41:28,286 アーリア人種に 最も激しい 対照をなすものが ユダヤ人である。➡ 327 00:41:28,286 --> 00:41:35,159 この世界に ユダヤ人しかいなければ 彼らは 泥や汚物に息が詰まるか➡ 328 00:41:35,159 --> 00:41:38,296 憎しみに満ち満ちた争いの中で➡ 329 00:41:38,296 --> 00:41:41,966 互いに だまし合おうと 努めるだろう。➡ 330 00:41:41,966 --> 00:41:47,305 我々 民族主義国家は 人種を 一般生活の中心に据え➡ 331 00:41:47,305 --> 00:41:52,010 人種の純粋維持のために 配慮しなければならない」。 332 00:41:57,315 --> 00:42:04,122 ナチスによる迫害に対して ユダヤ人や ナチズムに反対する人々が➡ 333 00:42:04,122 --> 00:42:07,825 ドイツから国外へ亡命しました。 334 00:42:09,594 --> 00:42:14,465 物理学者 アインシュタインは アメリカに亡命。 335 00:42:14,465 --> 00:42:20,605 ノーベル文学賞作家 トーマス・マンは スイスに亡命します。 336 00:42:20,605 --> 00:42:26,911 女優 マレーネ・ディートリヒは アメリカに永住します。 337 00:42:30,281 --> 00:42:32,950 こうした弾圧に対して➡ 338 00:42:32,950 --> 00:42:37,822 ドイツでは 組織的な抵抗運動は 見られませんでした。 339 00:42:37,822 --> 00:42:44,429 あるドイツ人は 当時を こう振り返っています。 340 00:42:44,429 --> 00:42:50,134 「人々は ナチスに対し 全く無批判でした。➡ 341 00:42:50,134 --> 00:42:54,439 精神の自由など 大多数の人々にとっては➡ 342 00:42:54,439 --> 00:42:59,277 価値のある概念では 全くありませんでした。➡ 343 00:42:59,277 --> 00:43:04,582 ナチスに疑いを差し挟むと 次のように反論されました。➡ 344 00:43:04,582 --> 00:43:07,919 『ヒトラーが成し遂げた事を 是非 見てほしい。➡ 345 00:43:07,919 --> 00:43:10,254 我々は 今ではまた➡ 346 00:43:10,254 --> 00:43:13,758 以前のように 大したものに なっているんだから』。➡ 347 00:43:13,758 --> 00:43:17,929 ヒトラーが失業問題を解決した という事こそ➡ 348 00:43:17,929 --> 00:43:23,234 私たちにとって 重要な点だったのです」。 349 00:43:24,802 --> 00:43:39,951 ♬~ 350 00:43:39,951 --> 00:43:45,122 ドイツの巨大飛行船 ヒンデンブルク号が 爆発炎上。 351 00:43:45,122 --> 00:43:47,158 これは ドイツとアメリカを結ぶ➡ 352 00:43:47,158 --> 00:43:51,629 定期航路の 記念すべき第1便でした。 353 00:43:51,629 --> 00:44:01,439 ♬~ 354 00:44:01,439 --> 00:44:08,579 1930年代は スピードを求めて 流線型が流行しました。 355 00:44:08,579 --> 00:44:11,916 日本の満鉄が作った 特急あじあ号は➡ 356 00:44:11,916 --> 00:44:19,223 当時 時速110キロメートルを誇る 世界でも最高水準の列車でした。 357 00:44:23,261 --> 00:44:27,131 1936年8月1日。 358 00:44:27,131 --> 00:44:30,134 ベルリンオリンピックが開かれました。 359 00:44:30,134 --> 00:44:33,271 会場には 3台のテレビカメラが据えられ➡ 360 00:44:33,271 --> 00:44:39,277 初めて テレビで中継された オリンピックとなりました。 361 00:44:42,947 --> 00:44:45,983 (実況)前畑 リード。 前畑 リード。 前畑 リードしています。➡ 362 00:44:45,983 --> 00:44:48,619 前畑 リード。 前畑 頑張れ。 前畑 頑張れ。➡ 363 00:44:48,619 --> 00:44:50,955 リード リード。 あと5メーター あと5メーター。➡ 364 00:44:50,955 --> 00:44:52,890 あと5メーター 5メーター 5メーター。➡ 365 00:44:52,890 --> 00:44:55,293 前畑 リード。 勝った 勝った 勝った…。➡ 366 00:44:55,293 --> 00:44:59,163 前畑 勝った。 勝った 勝った 勝った…。 367 00:44:59,163 --> 00:45:02,567 これは 日本の軍国主義に➡ 368 00:45:02,567 --> 00:45:06,070 ドイツが共感を持って伝えた ニュースです。 369 00:45:06,070 --> 00:45:08,372 日本の婦人は いざという時➡ 370 00:45:08,372 --> 00:45:11,075 夫の代わりに 義務を果たすだろうと➡ 371 00:45:11,075 --> 00:45:13,878 コメントされています。 372 00:45:18,950 --> 00:45:22,587 1937年7月。 373 00:45:22,587 --> 00:45:26,924 北京郊外の盧溝橋で起きた 発砲事件をきっかけに➡ 374 00:45:26,924 --> 00:45:31,229 日中の全面戦争が始まりました。 375 00:45:33,798 --> 00:45:37,568 上海では 凄惨な戦闘となり➡ 376 00:45:37,568 --> 00:45:41,872 戦争は泥沼の様相を 帯び始めました。 377 00:45:48,613 --> 00:45:57,321 1937年12月。 更に日本軍は南京を攻略。 378 00:45:59,957 --> 00:46:05,563 いわゆる 南京大虐殺を 撮影したとされるフィルムが➡ 379 00:46:05,563 --> 00:46:10,868 アメリカの国立公文書館に 残されています。 380 00:46:12,436 --> 00:46:17,575 この映像は あるアメリカ人が 撮影したとされるもので➡ 381 00:46:17,575 --> 00:46:22,913 このシーンの字幕には 「中国人が 日本軍に連れ去られ➡ 382 00:46:22,913 --> 00:46:26,784 中には ひざまずいて 命乞いをした人もいたものの➡ 383 00:46:26,784 --> 00:46:31,255 機関銃や銃剣 手榴弾によって殺された」と➡ 384 00:46:31,255 --> 00:46:34,558 解説されています。 385 00:46:36,127 --> 00:46:41,899 このシーンの字幕によれば 「軍刀で斬られた 19歳の女性。➡ 386 00:46:41,899 --> 00:46:45,803 29か所以上に負傷」。 387 00:46:45,803 --> 00:46:50,941 「日本兵に両親を殺された 11歳の少女」。 388 00:46:50,941 --> 00:46:53,611 「ガソリンをかけられて 火をつけられ➡ 389 00:46:53,611 --> 00:46:56,947 全身に ヤケドを負い 2日後に死亡」と➡ 390 00:46:56,947 --> 00:47:00,651 それぞれ解説されています。 391 00:47:22,239 --> 00:47:30,581 1935年 ヒトラーはひそかに進めてきた ドイツの再軍備を公式に宣言し➡ 392 00:47:30,581 --> 00:47:33,918 ベルサイユ条約によって 保有を禁じられていた➡ 393 00:47:33,918 --> 00:47:37,254 ドイツ空軍の存在を 明らかにしました。 394 00:47:37,254 --> 00:47:42,259 ベルサイユ体制に 真っ向から挑戦したのです。 395 00:48:05,883 --> 00:48:09,553 ヒトラーは 義務兵役制を復活。 396 00:48:09,553 --> 00:48:14,258 大規模な軍事力増強を発表します。 397 00:48:34,578 --> 00:48:38,916 軍需工場は 大増産体制に入りました。 398 00:48:38,916 --> 00:48:42,253 ヒトラーは 「わが闘争」に書いたとおり➡ 399 00:48:42,253 --> 00:48:45,156 ドイツ民族が生存するための領土を➡ 400 00:48:45,156 --> 00:48:51,162 ロシアと東ヨーロッパに獲得する事を 目指していました。 401 00:48:55,766 --> 00:49:01,205 「今日 我が民族は 地上で滅亡する危険に➡ 402 00:49:01,205 --> 00:49:03,541 あるいは 奴隷民族として➡ 403 00:49:03,541 --> 00:49:07,878 他の民族に奉仕する事になる 危機に陥っている。➡ 404 00:49:07,878 --> 00:49:11,749 我々は 我が祖国の存続のために➡ 405 00:49:11,749 --> 00:49:14,752 我々の子どもたちの 毎日のパンのために➡ 406 00:49:14,752 --> 00:49:17,588 格闘しなければならない。➡ 407 00:49:17,588 --> 00:49:23,227 闘争によって 武力によって 最後の精神力まで緊張させ➡ 408 00:49:23,227 --> 00:49:28,899 世界の強国となり 新しい領土を 獲得する事によってのみ➡ 409 00:49:28,899 --> 00:49:33,704 我が偉大なドイツ民族は 生存する事ができる」。 410 00:49:38,576 --> 00:49:43,380 1936年 ヒトラーは いよいよ➡ 411 00:49:43,380 --> 00:49:49,186 ドイツ民族の領土獲得のための 第一歩を踏み出しました。 412 00:49:49,186 --> 00:49:51,121 その手始めは➡ 413 00:49:51,121 --> 00:49:53,123 フランスとの 国境にある➡ 414 00:49:53,123 --> 00:49:56,260 ラインラントへの進駐でした。 415 00:49:56,260 --> 00:50:02,466 ラインラントは ドイツの敗戦後 非武装地帯と決められた地域です。 416 00:50:04,401 --> 00:50:11,942 1936年3月。 ヒトラーは 機関銃など 僅かな装備のドイツ軍によって➡ 417 00:50:11,942 --> 00:50:15,279 ラインラントを占領するよう命令します。 418 00:50:15,279 --> 00:50:19,984 これは ヒトラーにとって 大きな賭けでした。 419 00:50:21,619 --> 00:50:25,122 「ラインラント進駐後の48時間は➡ 420 00:50:25,122 --> 00:50:29,293 自分の一生で 最も神経を痛めた時間であった。➡ 421 00:50:29,293 --> 00:50:32,196 フランスが ラインラントに兵を進めれば➡ 422 00:50:32,196 --> 00:50:36,166 我々は尻尾を巻いて 撤退しなくてはならなかった。➡ 423 00:50:36,166 --> 00:50:39,303 我が方の手中にあった 軍事資源は➡ 424 00:50:39,303 --> 00:50:43,173 ごく控えめな抵抗をするにも 全く不十分であった。➡ 425 00:50:43,173 --> 00:50:47,978 私は 平然としているふりを しなければならなかった。➡ 426 00:50:47,978 --> 00:50:53,851 我々を救ったのは テコでも 動かない 頑張りであった」。 427 00:50:53,851 --> 00:50:58,455 この時 国内に問題を抱えたフランスには➡ 428 00:50:58,455 --> 00:51:01,926 国際問題に力を注ぐ余裕はなく➡ 429 00:51:01,926 --> 00:51:04,395 進駐は既成事実として➡ 430 00:51:04,395 --> 00:51:08,599 国際的に 承認される事となりました。 431 00:51:11,268 --> 00:51:14,939 ラインラント進駐の4か月後➡ 432 00:51:14,939 --> 00:51:19,610 スペインで起きた内戦は 世界を巻き込む国際紛争となり➡ 433 00:51:19,610 --> 00:51:24,949 後に 第二次大戦の前哨戦とも いわれました。 434 00:51:24,949 --> 00:51:30,821 この内戦は 共産党の影響を受けて 成立した 共和派の内閣に対し➡ 435 00:51:30,821 --> 00:51:36,527 ファシストのフランコ将軍が 反乱を起こしたものです。 436 00:51:38,429 --> 00:51:44,969 それに対して 共和派を支持する 人々は 銃を持って立ち上がり➡ 437 00:51:44,969 --> 00:51:51,842 外国からも ソ連の指導の下に 次々と義勇軍が送り込まれました。 438 00:51:51,842 --> 00:51:58,816 ♬~ 439 00:51:58,816 --> 00:52:01,785 中には ヘミングウェイをはじめ➡ 440 00:52:01,785 --> 00:52:07,491 ファシズムに反対する多くの知識人も 含まれていました。 441 00:52:13,931 --> 00:52:21,605 この時 ヒトラーは フランコ将軍を援助し ドイツ軍を スペインに送り込みます。 442 00:52:21,605 --> 00:52:23,540 ヒトラーの目的の一つは➡ 443 00:52:23,540 --> 00:52:30,547 スペインの内戦を ドイツ軍の兵器の 実験場とする事でした。 444 00:52:32,249 --> 00:52:37,154 コンドル軍団と呼ばれた ドイツ空軍の精鋭部隊は➡ 445 00:52:37,154 --> 00:52:40,290 都市を壊滅する 空襲の実験として➡ 446 00:52:40,290 --> 00:52:45,629 スペイン北部の小さな町 ゲルニカを 爆撃します。 447 00:52:45,629 --> 00:52:49,433 当時 パリで そのニュース映画を見たピカソが➡ 448 00:52:49,433 --> 00:52:55,939 その怒りから描き上げたのが 大作「ゲルニカ」です。 449 00:52:58,175 --> 00:53:04,915 「スペイン動乱は 人民と自由に対する 反動との闘争である。➡ 450 00:53:04,915 --> 00:53:07,818 私の芸術家としての全生涯は➡ 451 00:53:07,818 --> 00:53:13,590 反動と芸術に対する 絶え間なき 闘争以外の何物でもない。➡ 452 00:53:13,590 --> 00:53:17,261 私が反動と死に対して 同意できるなどと➡ 453 00:53:17,261 --> 00:53:19,930 誰が考える事ができようか。➡ 454 00:53:19,930 --> 00:53:25,602 私は 『ゲルニカ』と名付ける 現在制作中のパネルにおいて➡ 455 00:53:25,602 --> 00:53:29,106 スペインを 苦痛と死の中に沈めてしまった➡ 456 00:53:29,106 --> 00:53:34,912 軍国制度に対する嫌悪を はっきりと表明する」。 457 00:53:45,956 --> 00:53:50,294 ヒトラーは 外交的孤立を避けるために➡ 458 00:53:50,294 --> 00:53:54,631 日本やイタリアとの接近を図ります。 459 00:53:54,631 --> 00:54:00,337 1937年 ドイツを訪れたムッソリーニです。 460 00:54:05,242 --> 00:54:09,913 こうして 1937年11月➡ 461 00:54:09,913 --> 00:54:14,918 日独伊 3国の防共協定が成立します。 462 00:54:19,923 --> 00:54:23,594 これは その時 日本で行われた➡ 463 00:54:23,594 --> 00:54:28,599 三国防共協定の成立を祝う 式典です。 464 00:54:37,141 --> 00:54:40,944 ヒトラーは 次の領土的野心を➡ 465 00:54:40,944 --> 00:54:44,281 生まれ故郷のオーストリアに向けました。 466 00:54:44,281 --> 00:54:48,152 オーストリアは ヒトラーにとって 青年時代までを過ごした➡ 467 00:54:48,152 --> 00:54:51,455 思い出深い場所です。 468 00:54:56,293 --> 00:55:00,130 ふるさと オーストリア=ハンガリー帝国は➡ 469 00:55:00,130 --> 00:55:04,368 ドイツの敗戦とともに滅び 解体しました。 470 00:55:04,368 --> 00:55:10,073 このドイツ系民族を中心とした かつての帝国を併合する事は➡ 471 00:55:10,073 --> 00:55:15,879 ドイツ民族の復興を掲げる ヒトラーの悲願だったのです。 472 00:55:21,385 --> 00:55:24,922 そのオーストリア併合の夢は➡ 473 00:55:24,922 --> 00:55:27,257 ナチスのバイブルともいわれる➡ 474 00:55:27,257 --> 00:55:31,962 「わが闘争」の冒頭に 語られています。 475 00:55:36,400 --> 00:55:42,206 「私は オーストリアのイン川に面した町 ブラウナウが➡ 476 00:55:42,206 --> 00:55:45,609 まさしく 私の誕生の地となった運命を➡ 477 00:55:45,609 --> 00:55:48,512 幸福な定めだと考えている。➡ 478 00:55:48,512 --> 00:55:52,482 私には この小さな国境の町が➡ 479 00:55:52,482 --> 00:55:56,253 大きな使命のシンボルのように 思える。➡ 480 00:55:56,253 --> 00:55:58,622 というのは この小さな町は➡ 481 00:55:58,622 --> 00:56:02,226 2つのドイツ人国家の境に 位置しており➡ 482 00:56:02,226 --> 00:56:06,096 少なくとも この両国家の再合併こそ➡ 483 00:56:06,096 --> 00:56:09,366 我々青年が いかなる手段をもってしても➡ 484 00:56:09,366 --> 00:56:15,572 実現しなければならない 終生の事業と考えられたからだ」。 485 00:56:19,109 --> 00:56:25,582 「同一の血を持つ民族は 共通の国家に属するのである。➡ 486 00:56:25,582 --> 00:56:33,890 ドイツ オーストリアは 母国 大ドイツに 復帰しなければならない」。 487 00:56:36,927 --> 00:56:40,597 1937年に入ると➡ 488 00:56:40,597 --> 00:56:48,305 ヒトラーは オーストリア併合の機会をねらい 活発な策略を開始します。 489 00:56:50,941 --> 00:56:56,813 これは 首都 ウィーンでの オーストリアのナチス勢力の映像です。 490 00:56:56,813 --> 00:56:59,616 街頭での騒乱などを 頻繁に起こし➡ 491 00:56:59,616 --> 00:57:04,221 オーストリアのドイツへの併合を 訴えています。 492 00:57:04,221 --> 00:57:08,892 ヒトラーの手口は 併合をねらう地域に ナチス勢力を作り➡ 493 00:57:08,892 --> 00:57:13,196 内部から切り崩していく というものでした。 494 00:57:18,568 --> 00:57:22,906 そして 1938年3月。 495 00:57:22,906 --> 00:57:27,778 ヒトラーは オーストリア在住のドイツ人が 迫害されているとの理由で➡ 496 00:57:27,778 --> 00:57:31,782 オーストリアへ進駐します。 497 00:57:38,455 --> 00:57:42,926 オーストリアのドイツ系住民は ヒトラーを歓迎。 498 00:57:42,926 --> 00:57:46,263 不況に苦しむオーストリアに 見切りをつけ➡ 499 00:57:46,263 --> 00:57:51,568 ナチス・ドイツに期待をかけた事も 理由の一つでした。 500 00:57:54,137 --> 00:57:59,810 ヒトラーは かつて皇帝が立った この宮殿のバルコニーに立ち➡ 501 00:57:59,810 --> 00:58:04,815 念願のオーストリア併合を 宣言します。 502 00:58:43,453 --> 00:58:47,224 ドイツの首相となって僅か5年。 503 00:58:47,224 --> 00:58:53,930 ヒトラーは 武力衝突を起こす事もなく 領土拡大に成功したのでした。 504 00:58:53,930 --> 00:58:58,602 「私は 繰り返し 次のような報道を読んでいた。➡ 505 00:58:58,602 --> 00:59:00,871 『大ドイツ帝国成る。➡ 506 00:59:00,871 --> 00:59:04,207 オーストリア 再び ドイツのもとに』。➡ 507 00:59:04,207 --> 00:59:08,879 私の傍らの一人の紳士が 私に語りかけてきた。➡ 508 00:59:08,879 --> 00:59:12,215 『なあ 坊や。 君は誇りに思っていいんだぞ。➡ 509 00:59:12,215 --> 00:59:16,086 我々は 偉大な時代に生きているんだ』。➡ 510 00:59:16,086 --> 00:59:19,089 私も そのように感じた。➡ 511 00:59:19,089 --> 00:59:24,795 ドイツの国力の増大に 私たちは感嘆の念を抱いていた。➡ 512 00:59:24,795 --> 00:59:28,565 私たちは 偉大な時代に生きていた。➡ 513 00:59:28,565 --> 00:59:32,436 そして その時代の創造者 その保証人は➡ 514 00:59:32,436 --> 00:59:36,139 ヒトラー その人であった」。 515 00:59:38,575 --> 00:59:58,895 ♬~ 516 00:59:58,895 --> 01:00:04,601 「わが闘争」に記された 東ヨーロッパでの領土獲得。 517 01:00:04,601 --> 01:00:09,606 ヒトラーの次のねらいは チェコスロバキアでした。 518 01:00:12,275 --> 01:00:15,946 ヒトラーは ドイツ系住民が多く住む➡ 519 01:00:15,946 --> 01:00:18,982 チェコスロバキアのズデーテン地方の併合を➡ 520 01:00:18,982 --> 01:00:22,185 要求したのです。 521 01:00:24,287 --> 01:00:27,624 このころ ドイツのニュース社は➡ 522 01:00:27,624 --> 01:00:31,495 ズデーテン地方のドイツ系住民が 迫害を受けているという➡ 523 01:00:31,495 --> 01:00:36,967 プロパガンダ映画を盛んに作りました。 524 01:00:36,967 --> 01:00:46,276 ♬~ 525 01:01:07,931 --> 01:01:14,938 ♬~ 526 01:01:36,293 --> 01:01:39,296 ヒトラーは 1週間以内に➡ 527 01:01:39,296 --> 01:01:43,166 ズデーテン地方を割譲する事を チェコに要求。 528 01:01:43,166 --> 01:01:49,873 更に 武力介入の可能性をも ちらつかせる演説を行います。 529 01:02:47,297 --> 01:02:50,634 ヒトラーの強硬な態度に対して➡ 530 01:02:50,634 --> 01:02:55,338 チェコスロバキアは総動員令を発しました。 531 01:02:59,643 --> 01:03:03,913 チェコと安全保障条約を結んでいた フランス軍も➡ 532 01:03:03,913 --> 01:03:08,785 これに呼応して 動員令を発します。 533 01:03:08,785 --> 01:03:12,622 イギリス海軍にも動員令が下り➡ 534 01:03:12,622 --> 01:03:16,126 緊張は一気に高まりました。 535 01:03:19,929 --> 01:03:24,267 戦争の緊張は世界に広がりました。 536 01:03:24,267 --> 01:03:29,606 20年余り前の第一次大戦の記憶が 生々しいイギリスでは➡ 537 01:03:29,606 --> 01:03:35,311 人々は 毒ガスや空襲の恐怖に おびえました。 538 01:03:41,284 --> 01:03:46,156 「あの日々の状況は 絶望的であった。➡ 539 01:03:46,156 --> 01:03:48,792 突然 労働者たちが現れ➡ 540 01:03:48,792 --> 01:03:51,127 ロンドンの方々の公園に➡ 541 01:03:51,127 --> 01:03:53,630 そして 特にドイツ大使館の前に➡ 542 01:03:53,630 --> 01:03:56,966 迫りくる空襲に備える 壕を掘った。➡ 543 01:03:56,966 --> 01:04:02,238 人々は 真剣な考え込んだ面持ちで 歩いていた。➡ 544 01:04:02,238 --> 01:04:06,242 私たちは 人間であふれる街路と家並みを➡ 545 01:04:06,242 --> 01:04:10,113 ひそかな感慨を持って 眺めるのであった。➡ 546 01:04:10,113 --> 01:04:13,950 明日は既に 爆弾が それらの家や通りを➡ 547 01:04:13,950 --> 01:04:17,387 粉砕してしまうのではないかと。➡ 548 01:04:17,387 --> 01:04:22,592 そして 扉の中では 人々が ラジオのニュースの時間に➡ 549 01:04:22,592 --> 01:04:26,463 立ったり 座ったりして 耳を傾けていた。➡ 550 01:04:26,463 --> 01:04:29,466 どの人にも どの瞬間にも➡ 551 01:04:29,466 --> 01:04:33,603 巨大な緊張が 全土を覆っているという事が➡ 552 01:04:33,603 --> 01:04:39,909 目には見えなくとも はっきりと 感じられるのであった」。 553 01:04:41,778 --> 01:04:46,616 再び世界大戦が始まるかと 思われた この時➡ 554 01:04:46,616 --> 01:04:49,119 イギリス首相 チェンバレンは➡ 555 01:04:49,119 --> 01:04:54,624 国際会議開催に 最後の望みを託しました。 556 01:04:56,860 --> 01:05:05,068 9月29日。 ドイツ・ミュンヘンに 各国首脳が 急きょ集まります。 557 01:05:05,068 --> 01:05:08,104 イギリス首相 チェンバレンは➡ 558 01:05:08,104 --> 01:05:11,574 戦争回避を ミュンヘン会談にかけていました。 559 01:05:11,574 --> 01:05:15,745 今回の会談は イギリス ドイツだけではなく➡ 560 01:05:15,745 --> 01:05:22,952 フランスやイタリアも参加した ヨーロッパ首脳国の会談となりました。 561 01:05:28,458 --> 01:05:33,463 フランスからは 首相 ダラディエが参加。 562 01:05:35,131 --> 01:05:38,835 イタリアから ムッソリーニが参加。 563 01:05:42,839 --> 01:05:48,278 ヒトラーと共に オープンカーに乗って 会場に向かいます。 564 01:05:48,278 --> 01:05:52,982 会談の行方を世界が見守りました。 565 01:05:55,952 --> 01:06:00,790 ヒトラーは 終始 自分のペースで会談を進め➡ 566 01:06:00,790 --> 01:06:06,796 領土的要求は これが最後であると 明言します。 567 01:06:12,368 --> 01:06:18,575 会談は ヒトラーの要求を ほぼ全て認める事で合意。 568 01:06:18,575 --> 01:06:25,248 チェコスロバキアの犠牲を強いる形で 戦争の危機は回避されました。 569 01:06:25,248 --> 01:06:31,588 チェンバレンは この譲歩によって 平和が守られたと信じました。 570 01:06:31,588 --> 01:06:36,259 ヒトラーは この日 武力を背景とした 恫喝によって➡ 571 01:06:36,259 --> 01:06:39,262 大国 イギリスに要求をのませる事に➡ 572 01:06:39,262 --> 01:06:41,965 成功したのです。 573 01:06:48,838 --> 01:06:52,275 ミュンヘン会談から戻った チェンバレンは➡ 574 01:06:52,275 --> 01:06:58,581 平和を取り戻したとして イギリス国民の大歓迎を受けました。 575 01:07:03,887 --> 01:07:09,058 チェンバレンは ヒトラーと交わした 共同声明を手に掲げ➡ 576 01:07:09,058 --> 01:07:14,264 平和が守られた事を 誇らしげに語りました。 577 01:07:44,260 --> 01:07:50,600 一方 ヒトラーは その翌日 即座に ズデーテン地方に進駐。 578 01:07:50,600 --> 01:07:55,605 ドイツ系住民から 熱烈な歓迎を受けました。 579 01:07:57,273 --> 01:08:03,546 ヒトラーは ミュンヘン会談を境に ドイツの領土要求に対して➡ 580 01:08:03,546 --> 01:08:08,418 イギリス フランスが介入する事はない という自信を深めます。 581 01:08:08,418 --> 01:08:15,725 そして 領土獲得計画を 更に 推し進める決意を固めるのです。 582 01:08:21,097 --> 01:08:27,070 半年後 ヒトラーは 領土要求は最後との約束を破り➡ 583 01:08:27,070 --> 01:08:30,106 チェコの残された領土に侵攻します。 584 01:08:30,106 --> 01:08:33,576 これを伝える イギリスのニュースフィルムからは➡ 585 01:08:33,576 --> 01:08:37,880 悲痛な叫びのようなアナウンスが 流れてきます。 586 01:09:13,883 --> 01:09:18,554 ヒトラーの野望は 更に東方へと向かいます。 587 01:09:18,554 --> 01:09:23,559 ポーランド侵攻を決意したのです。 588 01:09:25,228 --> 01:09:30,066 「我々は ついに 将来の領土獲得政策へ移行する。➡ 589 01:09:30,066 --> 01:09:32,902 我が民族の子孫のため➡ 590 01:09:32,902 --> 01:09:38,374 領土獲得は もはや権利でなく 義務である。➡ 591 01:09:38,374 --> 01:09:44,180 この世界で 最も神聖な犠牲は 土地のために流される血である。➡ 592 01:09:44,180 --> 01:09:49,585 ドイツは世界の強国となるか あるいは滅亡するか➡ 593 01:09:49,585 --> 01:09:52,388 そのどちらかである。➡ 594 01:09:52,388 --> 01:09:55,925 我がドイツ民族は 植民地ではなく➡ 595 01:09:55,925 --> 01:10:00,797 ヨーロッパのふるさとの大地に その力の源を求める。➡ 596 01:10:00,797 --> 01:10:04,934 今日 ヨーロッパで 我々が求める新しい領土。➡ 597 01:10:04,934 --> 01:10:12,241 それは ロシアと それに従属する 東ヨーロッパの衛星諸国である」。 598 01:10:19,415 --> 01:10:26,622 1939年9月1日。 ドイツ軍は ポーランドを攻撃。 599 01:10:26,622 --> 01:10:30,960 ドイツ電撃作戦の始まりでした。 600 01:10:30,960 --> 01:10:38,267 これに対し イギリスは ついに ドイツに宣戦を布告したのです。 601 01:11:31,788 --> 01:11:36,659 こうして 今世紀最大の悲劇ともいわれる➡ 602 01:11:36,659 --> 01:11:40,463 第二次世界大戦が始まりました。 603 01:11:43,966 --> 01:11:49,438 1930年代 第一次大戦の敗戦国 ドイツに➡ 604 01:11:49,438 --> 01:11:52,809 恐慌の嵐が追い打ちをかけました。 605 01:11:52,809 --> 01:11:59,315 その中から 民族の復興という スローガンを掲げた一人の政治家が➡ 606 01:11:59,315 --> 01:12:03,586 人々の熱狂的支持によって 力を得ました。 607 01:12:03,586 --> 01:12:10,293 ドイツ国民は このアドルフ・ヒトラーに 未来を託したのです。 608 01:12:14,597 --> 01:12:19,268 祖国の敗戦という 屈辱的な体験を境に➡ 609 01:12:19,268 --> 01:12:25,975 ドイツ民族が 世界の勝利者となる 道を突き進んだ ヒトラー。 610 01:12:34,283 --> 01:12:39,622 ヒトラーが政権の座に就いてから 僅か6年。 611 01:12:39,622 --> 01:12:42,291 世界が孤立主義をとる中で➡ 612 01:12:42,291 --> 01:12:48,798 ヒトラーの野望は 世界を 戦争の渦へと巻き込んでいきます。 613 01:12:48,798 --> 01:13:53,996 ♬~