1 00:00:02,936 --> 00:00:09,243 ♬~ 2 00:00:18,285 --> 00:00:23,290 黒海沿岸にある保養地 ヤルタです。 3 00:00:24,958 --> 00:00:31,665 ここは リバディア離宮。 かつてのロマノフ王朝の別荘だった館です。 4 00:00:35,302 --> 00:00:40,173 今から50年前の 1945年2月。 5 00:00:40,173 --> 00:00:47,881 この館に アメリカ イギリス ソ連 3国の指導者たちが集まり➡ 6 00:00:47,881 --> 00:00:52,886 世界の運命を決める ヤルタ会談が開かれました。 7 00:00:54,655 --> 00:00:58,158 アメリカの大統領 ルーズベルト。 8 00:00:58,158 --> 00:01:01,395 イギリスの首相 チャーチル。 9 00:01:01,395 --> 00:01:05,899 そして ソビエト連邦の指導者 スターリン。 10 00:01:13,941 --> 00:01:20,614 ♬~ 11 00:01:20,614 --> 00:01:22,649 当時 世界の各地では➡ 12 00:01:22,649 --> 00:01:27,487 第二次世界大戦末期の 最後の死闘が続いていました。 13 00:01:27,487 --> 00:01:29,623 そして そのさなかで➡ 14 00:01:29,623 --> 00:01:33,493 戦後の 世界の枠組みを 作り上げるための駆け引きが➡ 15 00:01:33,493 --> 00:01:36,296 繰り広げられていました。 16 00:01:36,296 --> 00:01:42,636 ♬~ 17 00:01:42,636 --> 00:01:48,141 ヤルタ会談の結果 多くの人々が住み慣れた土地を追われ➡ 18 00:01:48,141 --> 00:01:52,980 同じ民族が 2つに引き裂かれる 悲劇が生まれました。 19 00:01:52,980 --> 00:01:56,316 「映像の世紀」 7回目の今日は➡ 20 00:01:56,316 --> 00:02:01,588 戦後 世界の体制を決める出発点となった ヤルタ会談から➡ 21 00:02:01,588 --> 00:02:06,460 その後の 東西冷戦へと続く時代を 描きます。 22 00:02:06,460 --> 00:03:36,149 ♬~ 23 00:03:40,287 --> 00:03:45,158 1945年2月。 ヨーロッパの西部戦線で➡ 24 00:03:45,158 --> 00:03:50,464 アメリカ イギリス連合軍は ドイツ国境に迫っていました。 25 00:03:57,637 --> 00:04:01,508 アメリカは その圧倒的な経済力を背景に➡ 26 00:04:01,508 --> 00:04:07,214 同盟国であるソ連に 大規模な軍事援助を続けていました。 27 00:04:10,917 --> 00:04:13,587 豊富な武器を手にした ソ連軍は➡ 28 00:04:13,587 --> 00:04:17,457 ヨーロッパの東部戦線で破竹の進撃を続け➡ 29 00:04:17,457 --> 00:04:21,661 ドイツの敗北は決定的と見られていました。 30 00:04:28,135 --> 00:04:34,774 連合国首脳は 共同で行う総攻撃と 戦後処理について話し合うために➡ 31 00:04:34,774 --> 00:04:39,279 黒海沿岸のヤルタに集まる事になりました。 32 00:04:44,484 --> 00:04:50,290 1945年2月3日。 クリミア半島のサキ飛行場。 33 00:04:50,290 --> 00:04:55,095 アメリカ大統領 ルーズベルトが 最初に姿を現しました。 34 00:04:55,095 --> 00:04:58,798 この時 不治の病に侵されていた ルーズベルトは➡ 35 00:04:58,798 --> 00:05:01,568 命のあるうちに 戦争を終結し➡ 36 00:05:01,568 --> 00:05:08,875 アメリカを中心とする連合国による 国際秩序を確立したいと考えていました。 37 00:05:10,577 --> 00:05:15,749 「世界の支配なんて簡単だ。 極東は 蔣介石にやれば➡ 38 00:05:15,749 --> 00:05:19,586 アメリカの援助で 中国を支配していくだろう。➡ 39 00:05:19,586 --> 00:05:24,758 太平洋? それは 我がアメリカが頂く。➡ 40 00:05:24,758 --> 00:05:29,396 アフリカは インドルートの関係から イギリスに行く。➡ 41 00:05:29,396 --> 00:05:34,601 スターリンが欲しがっているのは ソ連の安全保障だけだ。➡ 42 00:05:34,601 --> 00:05:39,472 もし 私が 彼に何でも与えて その代償を求めずにおけば➡ 43 00:05:39,472 --> 00:05:43,677 スターリンだって あこぎな事は しないはずだ」。 44 00:05:45,278 --> 00:05:49,583 続いて イギリスのチャーチルが到着。 45 00:05:52,619 --> 00:05:59,125 1939年の第二次大戦勃発以来 ドイツとの戦争を指導し➡ 46 00:05:59,125 --> 00:06:02,729 ようやく 勝利を目前にしていた チャーチルの胸には➡ 47 00:06:02,729 --> 00:06:06,566 新たな脅威に対する懸念が 芽生えていました。 48 00:06:06,566 --> 00:06:10,270 それは ソ連の台頭でした。 49 00:06:15,242 --> 00:06:19,746 「大掃除をするには もう少しの時間がかかるが➡ 50 00:06:19,746 --> 00:06:26,386 ドイツは もはや負けだ。 これからの問題は ソ連だ。➡ 51 00:06:26,386 --> 00:06:29,756 口を酸っぱくして説明しても➡ 52 00:06:29,756 --> 00:06:34,561 アメリカ人には この事が 分かってもらえないのだ」。 53 00:06:38,465 --> 00:06:44,271 「私は スターリンと うまく歩調を合わせて やっていけると信じている。➡ 54 00:06:44,271 --> 00:06:47,774 私は 理想主義者のチャーチルとよりも➡ 55 00:06:47,774 --> 00:06:52,646 私同様に現実主義者の スターリンとの方が 馬が合うので➡ 56 00:06:52,646 --> 00:06:56,950 我々の間で 現実主義的な基盤の上で➡ 57 00:06:56,950 --> 00:07:02,455 合意が成立する事については まず 問題ないと思う」。 58 00:07:09,896 --> 00:07:16,903 ヤルタ郊外のリバディア離宮。 ここが世紀の会談の舞台です。 59 00:07:18,571 --> 00:07:21,474 1日遅れて スターリンが到着。 60 00:07:21,474 --> 00:07:26,446 ソ連の周囲に 共産主義勢力を 拡張しようとしていた スターリンは➡ 61 00:07:26,446 --> 00:07:30,450 反共主義者のチャーチルを警戒していました。 62 00:07:33,753 --> 00:07:39,259 「イギリスの同盟国となったからといって イギリスの本質や➡ 63 00:07:39,259 --> 00:07:43,129 チャーチルが どんなやつかを 忘れてしまっては ならない。➡ 64 00:07:43,129 --> 00:07:47,400 チャーチルというのは 目を離したら最後➡ 65 00:07:47,400 --> 00:07:51,271 懐から 1カペイカでも盗み取る男だ。➡ 66 00:07:51,271 --> 00:07:56,976 では ルーズベルトは どうか? ルーズベルトは そんな男ではない」。 67 00:07:58,611 --> 00:08:02,482 ヤルタ会談の議論のもようは 撮影されていません。 68 00:08:02,482 --> 00:08:07,887 これから伝える言葉のやり取りは 残された いくつかの資料を基に➡ 69 00:08:07,887 --> 00:08:12,192 会談の様子の一部を再現したものです。 70 00:08:22,235 --> 00:08:28,942 会談での本題の1つ目は 降伏後のドイツの処置でした。 71 00:08:31,911 --> 00:08:34,948 (スターリン) 「ドイツに賠償を支払わせるために➡ 72 00:08:34,948 --> 00:08:40,920 工場 機械施設 鉄道車両を ドイツから撤去すべきです。➡ 73 00:08:40,920 --> 00:08:48,261 ソ連は ドイツの重工業および 生産財の80パーセントを徴収します。➡ 74 00:08:48,261 --> 00:08:53,767 いずれにせよ ドイツを解体し 孤立した 弱小の小国の➡ 75 00:08:53,767 --> 00:08:57,103 寄り合い所帯に してしまわなくてはならない」。 76 00:08:57,103 --> 00:09:02,075 「イギリスの世論は 賠償という 考え方には反対です。➡ 77 00:09:02,075 --> 00:09:07,347 第一次大戦後 ドイツに巨額の賠償を課した結果➡ 78 00:09:07,347 --> 00:09:12,185 今度の戦争を引き起こした事を 忘れてはいないからです」。 79 00:09:12,185 --> 00:09:14,721 「なるほど ベルサイユは失敗した。➡ 80 00:09:14,721 --> 00:09:18,892 しかし あれは あなた方が 現金払いを要求したからだ。➡ 81 00:09:18,892 --> 00:09:24,364 我々は 生産財や原料といった 現物を要求しているのだ」。 82 00:09:24,364 --> 00:09:27,267 (チャーチル)「そうかもしれん。 …が しかし➡ 83 00:09:27,267 --> 00:09:31,905 もし ドイツという馬に 馬車を引かせようと思ったら➡ 84 00:09:31,905 --> 00:09:34,808 秣くらいは残してやらなくっちゃ。➡ 85 00:09:34,808 --> 00:09:40,580 すきっ腹じゃ 馬は動きませんぞ」。 (スターリン)「いや 我々としちゃ➡ 86 00:09:40,580 --> 00:09:44,751 その馬が くるりと向きを変えて こっちを蹴ったりしないように➡ 87 00:09:44,751 --> 00:09:47,454 監視してなくちゃならないんでね」。 88 00:09:49,088 --> 00:09:52,759 ドイツが 再び よみがえるのを 警戒する気持ちは➡ 89 00:09:52,759 --> 00:09:56,763 ルーズベルトも チャーチルも 同じでした。 90 00:10:00,266 --> 00:10:02,268 ドイツは 降伏後➡ 91 00:10:02,268 --> 00:10:07,607 イギリス ソ連 フランス アメリカ 4か国によって➡ 92 00:10:07,607 --> 00:10:11,611 分割占領される事が 決定されました。 93 00:10:25,158 --> 00:10:30,630 ヤルタ会談の最大の争点となったのは ポーランド問題で➡ 94 00:10:30,630 --> 00:10:35,969 全日程の半分以上が その議論に費やされました。 95 00:10:35,969 --> 00:10:41,140 「我々にとってのポーランドは 生死に関わる問題です。➡ 96 00:10:41,140 --> 00:10:43,443 歴史を通じて ポーランドは➡ 97 00:10:43,443 --> 00:10:47,647 ロシアを攻撃するための通り道と なってきたからです。➡ 98 00:10:47,647 --> 00:10:53,153 我々は 独立したポーランドが誕生する事を 望んではいますが➡ 99 00:10:53,153 --> 00:10:59,926 それは あくまで ソ連を守る事に 役立たせるためでなくちゃならない」。 100 00:10:59,926 --> 00:11:04,797 東西ヨーロッパの接点にある ポーランドは 歴史上➡ 101 00:11:04,797 --> 00:11:09,402 常に 大国の勢力争いの場と なってきました。 102 00:11:09,402 --> 00:11:15,775 1939年には ソ連は ドイツと共謀して ポーランドを分割し➡ 103 00:11:15,775 --> 00:11:19,479 その東半分を併合しています。 104 00:11:21,648 --> 00:11:28,154 これは その時 ソ連軍の捕虜になった ポーランドの将校たちです。 105 00:11:32,959 --> 00:11:37,630 2年後 ドイツ軍は 独ソ不可侵条約を破り➡ 106 00:11:37,630 --> 00:11:40,300 ポーランドから ソ連に侵攻。 107 00:11:40,300 --> 00:11:44,604 ソ連は ポーランドの東半分を失います。 108 00:11:48,808 --> 00:11:51,711 一方 チャーチルは ポーランドを➡ 109 00:11:51,711 --> 00:11:57,817 民主主義陣営の一員として 確保したいと考えていました。 110 00:11:57,817 --> 00:12:04,624 「1939年に イギリスは ポーランドを ドイツの侵略から守るために➡ 111 00:12:04,624 --> 00:12:10,096 危険を冒して戦争に参加しました。 我々にとってのポーランドは➡ 112 00:12:10,096 --> 00:12:14,801 物質的な利害ではなくて 名誉の問題です」。 113 00:12:17,837 --> 00:12:19,806 当時 ロンドンには➡ 114 00:12:19,806 --> 00:12:24,277 ポーランドから脱出した人々が作った 亡命政権が存在し➡ 115 00:12:24,277 --> 00:12:28,581 イギリスは この政権を承認していました。 116 00:12:34,420 --> 00:12:40,960 1943年4月。 ソ連領 スモレンスク付近のカチンの森で➡ 117 00:12:40,960 --> 00:12:45,298 4,000人余りの虐殺死体が 発見されました。 118 00:12:45,298 --> 00:12:47,233 それは 4年前➡ 119 00:12:47,233 --> 00:12:52,171 ソ連軍に連行された ポーランドの将校たちの死体でした。 120 00:12:52,171 --> 00:12:57,310 ロンドンの亡命政権は この事件の調査を赤十字に依頼。 121 00:12:57,310 --> 00:13:03,616 スターリンは それを機に 亡命政権との外交関係を断絶します。 122 00:13:07,920 --> 00:13:14,694 1944年。 ソ連軍は ドイツ軍を破り 再び ポーランドに侵入。 123 00:13:14,694 --> 00:13:19,932 7月。 ポーランドの東半分を 再び その手に収めたソ連は➡ 124 00:13:19,932 --> 00:13:24,637 ロンドンの亡命政権に対抗する 組織を作ります。 125 00:13:27,607 --> 00:13:32,278 それは ポーランド東部の ルブリンという町で結成された➡ 126 00:13:32,278 --> 00:13:38,584 ポーランド国民解放委員会 後のルブリン政権でした。 127 00:13:44,857 --> 00:13:51,564 7月末。 ソ連軍は 更に西に進み 首都 ワルシャワに迫りました。 128 00:13:55,968 --> 00:13:59,839 ワルシャワには ロンドンの亡命政権の指導の下に➡ 129 00:13:59,839 --> 00:14:02,075 地下組織が結成され➡ 130 00:14:02,075 --> 00:14:06,779 いわゆる 国内軍という軍隊を 編成していました。 131 00:14:15,621 --> 00:14:19,258 モスクワ放送は ラジオで呼びかけました。 132 00:14:19,258 --> 00:14:24,597 「ポーランド人よ 時が来た。 武器を取れ!」と。 133 00:14:24,597 --> 00:14:27,934 このソ連側の呼びかけに応じて➡ 134 00:14:27,934 --> 00:14:32,405 ワルシャワにあった国内軍は ドイツ軍に対して 一斉に蜂起。 135 00:14:32,405 --> 00:14:35,208 戦闘を開始しました。 136 00:14:39,278 --> 00:14:43,149 「蜂起当初の日々は 志願する兵士も続々とあり➡ 137 00:14:43,149 --> 00:14:48,621 高揚した雰囲気に満ちていました。 誰も彼も 憎き侵略者と➡ 138 00:14:48,621 --> 00:14:52,425 断固 戦うのだという気概で 高まっていました。➡ 139 00:14:52,425 --> 00:14:56,963 子どもから老人まで みんな 隊列に加わってきました。➡ 140 00:14:56,963 --> 00:15:01,567 主な武器は火炎瓶で それを戦車に投げつけました。➡ 141 00:15:01,567 --> 00:15:04,904 武器は不足していましたが それでも みんな➡ 142 00:15:04,904 --> 00:15:11,244 ドイツ軍の武器を奪いながら 激しく英雄的に戦いました」。 143 00:15:11,244 --> 00:15:17,950 国内軍は 一時 ドイツ軍を追い詰めて 蜂起は成功するかに見えました。 144 00:15:21,254 --> 00:15:25,258 しかし ソ連軍は 国内軍が蜂起したあと➡ 145 00:15:25,258 --> 00:15:29,462 なぜか ワルシャワへの進撃を停止します。 146 00:15:31,898 --> 00:15:34,801 孤立無援となった国内軍に対して➡ 147 00:15:34,801 --> 00:15:39,505 圧倒的に優勢なドイツ軍の報復が 始まりました。 148 00:15:41,641 --> 00:15:48,948 「今日は美しい天気。 なのに やっぱり 爆撃が始まった。➡ 149 00:15:48,948 --> 00:15:52,785 悔しいが これには 味方は手が出ない。➡ 150 00:15:52,785 --> 00:15:57,123 高射砲がないのだ。 それをいい事に➡ 151 00:15:57,123 --> 00:16:00,993 あの恥知らずの鬼どもは 高度をぐっと下げ➡ 152 00:16:00,993 --> 00:16:05,231 好きなだけ機銃掃射までする始末だ。➡ 153 00:16:05,231 --> 00:16:10,069 イギリスかソ連の飛行機を 絶えず じりじりと待ち受けているのに➡ 154 00:16:10,069 --> 00:16:14,941 一向駄目。 私たちの上を飛び回っているのは➡ 155 00:16:14,941 --> 00:16:19,445 ただ ドイツの黒いカラスばかりなのだ」。 156 00:16:21,581 --> 00:16:26,752 アメリカ イギリスは 国内軍への援助を スターリンに依頼しましたが➡ 157 00:16:26,752 --> 00:16:29,956 回答は得られませんでした。 158 00:16:34,393 --> 00:16:38,097 ヒトラーは ソ連の支援のない ワルシャワを➡ 159 00:16:38,097 --> 00:16:41,968 徹底的に せん滅せよとの 命を下しました。 160 00:16:41,968 --> 00:16:44,971 市内の建物の8割が破壊され➡ 161 00:16:44,971 --> 00:16:51,978 蜂起した兵士と市民 合わせて 15万人以上が命を落としました。 162 00:16:55,948 --> 00:17:03,956 10月2日。 国内軍は 63日間にわたる抵抗の末に降伏しました。 163 00:17:07,894 --> 00:17:11,230 ソ連軍が ようやく 活動を再開したのは➡ 164 00:17:11,230 --> 00:17:17,436 国内軍が ドイツ軍と降伏交渉を 始めようとしている時でした。 165 00:17:21,240 --> 00:17:25,111 ソ連軍の攻撃によって ドイツ軍は敗退。 166 00:17:25,111 --> 00:17:27,914 1945年1月。 167 00:17:27,914 --> 00:17:34,687 ソ連軍は 共産党を中核とする ルブリン政権を伴って ワルシャワに入城。 168 00:17:34,687 --> 00:17:41,260 こうしてソ連は ポーランドの 実質的な支配権を獲得しました。 169 00:17:41,260 --> 00:17:46,766 スターリンは ポーランドの東半分を ソ連が得る代わりに➡ 170 00:17:46,766 --> 00:17:52,939 ドイツの東側の領土を ポーランドに与えるという提案をしていました。 171 00:17:52,939 --> 00:17:55,975 ヤルタ会談で この提案は認められ➡ 172 00:17:55,975 --> 00:18:02,181 ポーランドは 国全体が 西に移動させられる事になりました。 173 00:18:06,585 --> 00:18:10,222 チャーチルは 領土問題で譲る代わり➡ 174 00:18:10,222 --> 00:18:16,562 ポーランド政府に ロンドン亡命政権を 参加させる事を主張しました。 175 00:18:16,562 --> 00:18:21,233 「私は ポーランドの主権と独立について➡ 176 00:18:21,233 --> 00:18:24,737 もっと ずっと強く 関心を持っています。➡ 177 00:18:24,737 --> 00:18:30,610 私は この会議で アメリカ イギリス ソ連 3国の指導者たちが➡ 178 00:18:30,610 --> 00:18:36,082 ロンドンにある 現在のポーランド政府に 同意できないものかどうか➡ 179 00:18:36,082 --> 00:18:38,751 お尋ねしたいと思います」。 180 00:18:38,751 --> 00:18:44,390 「ポーランド政府の問題についてですが チャーチル氏が ほのめかされた事は➡ 181 00:18:44,390 --> 00:18:47,093 いささか失言では ありませんか?➡ 182 00:18:47,093 --> 00:18:51,397 ルブリン政権とロンドンの亡命政権とを 比較すると➡ 183 00:18:51,397 --> 00:18:55,601 ルブリンの共産党政権が正統な政権で➡ 184 00:18:55,601 --> 00:18:59,939 ロンドン政権が そうでない事が よく分かります」。 185 00:18:59,939 --> 00:19:03,909 「私は ルブリン政権が ポーランド国民の➡ 186 00:19:03,909 --> 00:19:08,214 3分の1以上を代表しているとは 信じられません。➡ 187 00:19:08,214 --> 00:19:14,220 イギリス政府は 断じて ルブリン一派を承認できません」。 188 00:19:15,955 --> 00:19:19,225 スターリンとチャーチルは 互いに譲らず➡ 189 00:19:19,225 --> 00:19:23,229 結局 この問題は ルーズベルトの とりなしもあって➡ 190 00:19:23,229 --> 00:19:27,099 戦後 ポーランドで自由選挙を実施し➡ 191 00:19:27,099 --> 00:19:32,405 国民自らに政府を選ばせるという事で まとまりました。 192 00:19:37,376 --> 00:19:42,214 「私は アメリカにいる600万人の ポーランド系市民の感情を➡ 193 00:19:42,214 --> 00:19:44,750 大切にしなければなりません。➡ 194 00:19:44,750 --> 00:19:50,256 私は ポーランド系市民に対して ポーランドでの選挙が➡ 195 00:19:50,256 --> 00:19:54,593 公明正大に行われる事を 保証したいのです。➡ 196 00:19:54,593 --> 00:19:59,098 どうか それだけは約束して下さい」。 197 00:20:02,101 --> 00:20:04,770 しかし ポーランド問題は➡ 198 00:20:04,770 --> 00:20:10,476 後の東西対立に 大きな火種を残す事になります。 199 00:20:23,956 --> 00:20:28,627 2月8日。 イギリスとソ連が互いに利権を争う➡ 200 00:20:28,627 --> 00:20:32,131 バルカン半島が話題となりました。 201 00:20:35,968 --> 00:20:40,806 1944年。 バルカン半島に進撃したソ連軍は➡ 202 00:20:40,806 --> 00:20:44,510 ルーマニアに次いで ブルガリアを占領。 203 00:20:48,314 --> 00:20:51,650 このままでは バルカン半島全域が➡ 204 00:20:51,650 --> 00:20:55,454 ソ連の支配下に入る事は 明らかでした。 205 00:21:01,761 --> 00:21:05,097 実は この事を警戒した チャーチルは➡ 206 00:21:05,097 --> 00:21:11,904 ヤルタ会談前の1944年10月 モスクワへ飛んでいました。 207 00:21:16,275 --> 00:21:20,613 スターリンと会って バルカン問題について取り引きをするのが➡ 208 00:21:20,613 --> 00:21:23,415 その目的の一つでした。 209 00:21:28,787 --> 00:21:32,658 「私は スターリンに向かって切り出した。➡ 210 00:21:32,658 --> 00:21:36,529 我々の バルカン問題を片づけましょう。➡ 211 00:21:36,529 --> 00:21:41,967 ソ連の軍隊は 既に ルーマニアとブルガリアに入っている。➡ 212 00:21:41,967 --> 00:21:47,640 一方 イギリスも バルカンの国々に利害関係を持っている。➡ 213 00:21:47,640 --> 00:21:51,143 我々が ぶつかり合う事は 避けましょう。➡ 214 00:21:51,143 --> 00:21:58,017 そこで提案しますが ルーマニアは ソ連の優先権90パーセント。➡ 215 00:21:58,017 --> 00:22:05,391 一方 ギリシャは イギリスの優先権 90パーセントとしたならば➡ 216 00:22:05,391 --> 00:22:08,093 あなたの意見は いかがですか?➡ 217 00:22:08,093 --> 00:22:13,599 私は 紙に書き留めて スターリンの前に押しやった」。 218 00:22:15,267 --> 00:22:20,139 このメモには ルーマニアは ソ連90パーセント。 219 00:22:20,139 --> 00:22:23,409 ギリシャは イギリス90パーセント。 220 00:22:23,409 --> 00:22:27,947 ユーゴスラビアとハンガリーは イギリス ソ連 50パーセントずつ。 221 00:22:27,947 --> 00:22:32,785 ブルガリアは ソ連75パーセントといった具合に➡ 222 00:22:32,785 --> 00:22:35,421 バルカンの ほとんどの国における➡ 223 00:22:35,421 --> 00:22:42,194 イギリスとソ連の影響力の割合を示す表が 書き記されていました。 224 00:22:42,194 --> 00:22:45,097 「しばしの時間が過ぎた。➡ 225 00:22:45,097 --> 00:22:50,436 スターリンは 青い鉛筆を取ると 承認というように➡ 226 00:22:50,436 --> 00:22:57,209 そこに 1本の太い線を引いて 返してよこした」。 227 00:22:57,209 --> 00:23:01,380 会談の結果 バルカンの国々について➡ 228 00:23:01,380 --> 00:23:05,751 イギリスとソ連の間での勢力配分が 決定されました。 229 00:23:05,751 --> 00:23:10,956 その中で チャーチルが 特にこだわったのは ギリシャでした。 230 00:23:13,259 --> 00:23:18,130 ギリシャは インドへの地中海航路を 確保したいイギリスにとって➡ 231 00:23:18,130 --> 00:23:21,600 戦略的価値を持っていたからです。 232 00:23:21,600 --> 00:23:26,105 モスクワ会談後 イギリス軍は スターリンの黙認の下に➡ 233 00:23:26,105 --> 00:23:33,812 ギリシャの共産党系パルチザンを掃討し 親英政権の基盤を固めました。 234 00:23:37,283 --> 00:23:44,089 2月8日。 日本の運命を左右する 重要な話し合いが持たれます。 235 00:23:49,795 --> 00:23:56,969 この日 ルーズベルトは スターリンを 会議場とは別の部屋に招きました。 236 00:23:56,969 --> 00:24:01,974 チャーチルを抜きにして 秘密会談を行うためです。 237 00:24:07,613 --> 00:24:10,382 議題は極東問題。 238 00:24:10,382 --> 00:24:15,888 当時 アメリカは 太平洋で日本と 死闘を繰り広げていました。 239 00:24:20,392 --> 00:24:26,765 戦いが日本本土に近づくにつれて 日本軍の抵抗は激烈となり➡ 240 00:24:26,765 --> 00:24:31,637 1945年2月に起こった 硫黄島の戦いでは➡ 241 00:24:31,637 --> 00:24:38,944 アメリカ軍の死傷者は2万人余りと それまでにない損害を被りました。 242 00:24:48,420 --> 00:24:52,791 ルーズベルトは アメリカの損害を 少なくするためには➡ 243 00:24:52,791 --> 00:24:56,662 当時 日本と中立条約を結んでいた ソ連に➡ 244 00:24:56,662 --> 00:25:02,368 対日参戦をさせる事が 絶対に必要だと考えていました。 245 00:25:02,368 --> 00:25:08,240 スターリンは このルーズベルトの弱みを 見抜いていたのです。 246 00:25:08,240 --> 00:25:10,909 「一つだけ明確な事は➡ 247 00:25:10,909 --> 00:25:15,581 なぜ ソ連が日本を敵として 参戦するのか。➡ 248 00:25:15,581 --> 00:25:19,918 その理由をソ連国民に説明するのに➡ 249 00:25:19,918 --> 00:25:23,389 困難を極めるであろうという事です。➡ 250 00:25:23,389 --> 00:25:28,093 なぜ 大きな紛争を抱えてもいない 日本を敵として➡ 251 00:25:28,093 --> 00:25:31,597 ソ連が戦争をしなければ ならないのか➡ 252 00:25:31,597 --> 00:25:35,401 国民は理解できないでしょう」。 253 00:25:35,401 --> 00:25:38,270 スターリンは 見返りとして➡ 254 00:25:38,270 --> 00:25:42,775 日本領だった サハリン南部と千島列島の割譲➡ 255 00:25:42,775 --> 00:25:48,280 そして 満州の港湾と鉄道の権益を 要求しました。 256 00:25:48,280 --> 00:25:51,784 「これらの条件が満たされるならば➡ 257 00:25:51,784 --> 00:25:58,290 国民は 対日戦争を国家利益に 関わる事なのだと納得し➡ 258 00:25:58,290 --> 00:26:05,597 我々が参戦の理由を説明する事も ずっと たやすくなります」。 259 00:26:07,366 --> 00:26:14,072 ルーズベルトは スターリンの出した条件を 即座に認めました。 260 00:26:14,072 --> 00:26:19,378 「とにかく ソ連の日本に対する 参戦を取り付けたのだ。➡ 261 00:26:19,378 --> 00:26:26,151 大きい獲物に比べれば 旅順も 千島も 小さい問題にすぎない。➡ 262 00:26:26,151 --> 00:26:31,590 これで ヤルタで手に入れたいものは 全て 手に入れる事ができた。➡ 263 00:26:31,590 --> 00:26:36,895 しかも それほど大きな代償を 支払わずにだ」。 264 00:26:38,464 --> 00:26:41,100 2月8日の秘密会談では➡ 265 00:26:41,100 --> 00:26:47,406 日本のみならず そのほかの アジアの国々も話題に上りました。 266 00:26:48,974 --> 00:26:54,646 台湾は 1895年以来 日本の植民地となっていました。 267 00:26:54,646 --> 00:26:57,549 これは 1923年➡ 268 00:26:57,549 --> 00:27:04,056 当時 皇太子だった 後の昭和天皇が 行啓した時の映像です。 269 00:27:06,258 --> 00:27:10,562 台湾は 1943年のカイロ会談で➡ 270 00:27:10,562 --> 00:27:14,766 中国に返還される事が 決まっていました。 271 00:27:16,368 --> 00:27:18,904 秘密会談では スターリンも➡ 272 00:27:18,904 --> 00:27:24,076 蔣介石率いる国民党政権に 支持を与える事を前提に➡ 273 00:27:24,076 --> 00:27:29,281 台湾を中国に返還する事が 確認されました。 274 00:27:33,085 --> 00:27:37,589 朝鮮半島も 秘密会談の議題となりました。 275 00:27:37,589 --> 00:27:43,762 日本は 1910年の日韓併合以来 36年間にわたって➡ 276 00:27:43,762 --> 00:27:46,598 朝鮮半島を支配していました。 277 00:27:46,598 --> 00:27:49,935 これは 1937年➡ 278 00:27:49,935 --> 00:27:56,408 当時 平壌神社と呼ばれた神社での 式典を記録した映像です。 279 00:27:56,408 --> 00:28:02,047 天照大神と明治天皇を祀る 朝鮮神宮をはじめとして➡ 280 00:28:02,047 --> 00:28:05,918 各地に神社が作られました。 281 00:28:05,918 --> 00:28:12,691 秘密会談では 日本降伏後 朝鮮半島に独立を与えるが➡ 282 00:28:12,691 --> 00:28:16,562 しばらくの間は アメリカとソ連を中心とする➡ 283 00:28:16,562 --> 00:28:21,567 連合国の信託統治とする事を 確認しました。 284 00:28:25,270 --> 00:28:31,109 記念撮影の席に臨んだ ルーズベルト チャーチル スターリン。 285 00:28:31,109 --> 00:28:35,914 2月11日。 8日間に及んだ ヤルタ会談は➡ 286 00:28:35,914 --> 00:28:41,620 世界のさまざまな地域の運命を決定して 終了しました。 287 00:29:04,076 --> 00:29:10,349 ヤルタ会談終了後 ソ連軍は 東ヨーロッパへの進撃を再開しました。 288 00:29:10,349 --> 00:29:12,417 ハンガリーが占領され➡ 289 00:29:12,417 --> 00:29:17,723 ルーマニアとユーゴスラビアに 共産主義政権が 打ち立てられました。 290 00:29:24,730 --> 00:29:30,602 「今度の戦争は 過去の どの戦争とも 違った戦争なのだ。➡ 291 00:29:30,602 --> 00:29:32,604 どこの国であろうと➡ 292 00:29:32,604 --> 00:29:37,075 占領した領土に 自分の社会体制を押しつける。➡ 293 00:29:37,075 --> 00:29:42,381 どこの国も その軍隊が 進撃できる限りの範囲にまで➡ 294 00:29:42,381 --> 00:29:45,751 その国の社会体制を 押しつけるのだ。➡ 295 00:29:45,751 --> 00:29:49,554 そのほかの結果には なりようもない」。 296 00:29:51,256 --> 00:29:57,262 ポーランド全土を占領したソ連軍は その共産化を進めます。 297 00:30:00,265 --> 00:30:06,972 ポーランド共産党は スターリンを 解放者として宣伝しました。 298 00:30:08,607 --> 00:30:13,812 ソ連軍は 各地で武器の没収を行いました。 299 00:30:20,786 --> 00:30:25,424 そして 3月。 スターリンは ポーランドに帰ってきた➡ 300 00:30:25,424 --> 00:30:30,295 ロンドン亡命政権の指導者たちを 突然 逮捕します。 301 00:30:30,295 --> 00:30:33,298 ヤルタ会談で ポーランドに➡ 302 00:30:33,298 --> 00:30:36,802 民主主義政権を打ち立てる道を 開いたと思っていた➡ 303 00:30:36,802 --> 00:30:43,108 ルーズベルトとチャーチルには 容認できない結果でした。 304 00:30:47,446 --> 00:30:53,151 「我々は ヤルタでの取り決めの 途方もない失敗と➡ 305 00:30:53,151 --> 00:30:58,023 完全な崩壊に直面しており にもかかわらず➡ 306 00:30:58,023 --> 00:31:04,396 イギリス政府には これらの出来事を 追及する余力がありません。➡ 307 00:31:04,396 --> 00:31:08,767 イギリスの努力が もはや 限界に達した事を➡ 308 00:31:08,767 --> 00:31:13,071 はっきりと申し上げねば ならないのです」。 309 00:31:16,108 --> 00:31:19,411 太平洋における アメリカ軍と日本軍の死闘は➡ 310 00:31:19,411 --> 00:31:22,114 更に激しさを増していました。 311 00:31:22,114 --> 00:31:29,421 ルーズベルトにとって ソ連の参戦は やはり 必要不可欠なものでした。 312 00:31:32,424 --> 00:31:34,359 (ルーズベルト)「ソ連との問題は➡ 313 00:31:34,359 --> 00:31:38,296 極力 重大化させないように 努めたいと考えます。➡ 314 00:31:38,296 --> 00:31:42,434 かかる難題は さまざまに形を変えて➡ 315 00:31:42,434 --> 00:31:47,305 連日 引き起こされるようですが 多くは まるく収まるでしょう。➡ 316 00:31:47,305 --> 00:31:52,811 我々の明日の事業達成を阻む ただ一つの障害➡ 317 00:31:52,811 --> 00:31:58,116 それは 今日の 我々の疑心暗鬼です」。 318 00:32:01,086 --> 00:32:05,957 この手紙を書いた翌日 ルーズベルトは亡くなりました。 319 00:32:05,957 --> 00:32:09,394 ソ連との友好関係を第一に考え➡ 320 00:32:09,394 --> 00:32:14,099 スターリンに対して譲歩を重ねてきた ルーズベルトの死は➡ 321 00:32:14,099 --> 00:32:20,405 その後の米ソ関係に 大きな変化を もたらす事になります。 322 00:32:30,415 --> 00:32:34,119 4月25日。 アメリカとソ連の両軍は➡ 323 00:32:34,119 --> 00:32:37,422 ドイツ中部のエルベ川で出会い➡ 324 00:32:37,422 --> 00:32:41,793 両軍の将兵は 感激の握手を交わします。 325 00:32:41,793 --> 00:32:46,131 しかし この映像は 第二次大戦の間 続いてきた➡ 326 00:32:46,131 --> 00:32:53,438 アメリカとソ連の協力関係を象徴する 最後の映像となりました。 327 00:32:56,441 --> 00:33:03,448 1945年5月7日。 ついに ドイツは降伏。 328 00:33:09,754 --> 00:33:13,091 6年にわたった ヨーロッパでの戦争の終結は➡ 329 00:33:13,091 --> 00:33:18,396 人々を熱気の渦に巻き込みました。 330 00:33:34,779 --> 00:33:39,484 ドイツ降伏に沸き立つ モスクワです。 331 00:33:42,420 --> 00:33:47,726 その一方で ソ連軍は ひそかに 東へと移動を始めました。 332 00:33:49,794 --> 00:33:56,801 ヤルタでの密約どおり 極東での 日本との戦いに備えるためです。 333 00:34:10,248 --> 00:34:13,752 アメリカでは ルーズベルトの後を継いで➡ 334 00:34:13,752 --> 00:34:19,624 副大統領のトルーマンが 大統領に就任していました。 335 00:34:19,624 --> 00:34:22,761 トルーマンは 大統領に就任するまで➡ 336 00:34:22,761 --> 00:34:26,631 ヤルタ会談の経緯や ソ連との確執について➡ 337 00:34:26,631 --> 00:34:30,335 何も知らされていませんでした。 338 00:34:34,773 --> 00:34:39,411 「私は 機密の書類を読んで 事態の全貌が分かった。➡ 339 00:34:39,411 --> 00:34:43,114 ソ連は 完全に ポーランドを軍事占領しており➡ 340 00:34:43,114 --> 00:34:47,786 いわゆる ルブリン政府 ソ連側が作った傀儡政権に➡ 341 00:34:47,786 --> 00:34:50,422 全面的支持を与えていたのだ。➡ 342 00:34:50,422 --> 00:34:54,793 ソ連は ヤルタでの協定に従って 行動していなかった。➡ 343 00:34:54,793 --> 00:35:00,498 これは 直ちに片づけなければ ならない問題だと 私は考えた」。 344 00:35:04,069 --> 00:35:09,741 4月23日。 ポーランド問題について 説明するために やって来た➡ 345 00:35:09,741 --> 00:35:13,078 ソ連の外相 モロトフに向かって➡ 346 00:35:13,078 --> 00:35:15,981 トルーマンは言い放ちました。 347 00:35:15,981 --> 00:35:20,752 (トルーマン)「ロシア人は ヤルタでの取り決めの一字一句を➡ 348 00:35:20,752 --> 00:35:23,088 尊重しなければならない。➡ 349 00:35:23,088 --> 00:35:29,761 アメリカとソ連の関係においては 今後は 一方通行の恩恵は➡ 350 00:35:29,761 --> 00:35:32,664 まかり通る事を 許さないであろう」。 351 00:35:32,664 --> 00:35:35,100 (モロトフ)「私は これまで➡ 352 00:35:35,100 --> 00:35:38,003 人から かかる口調で 物を言われた事は ありません」。 353 00:35:38,003 --> 00:35:40,405 (トルーマン) 「とにかく 約束を守る事だ。➡ 354 00:35:40,405 --> 00:35:46,411 そうすれば 誰も このように 言う者は いなくなる」。 355 00:35:48,279 --> 00:35:54,986 これ以後 アメリカとソ連の関係は 次第に対立へと向かっていきます。 356 00:35:58,423 --> 00:36:04,129 1945年7月。 ヨーロッパに向かう トルーマン。 357 00:36:07,232 --> 00:36:13,738 アメリカ イギリス ソ連の3大国によって 改めて開かれる事になった➡ 358 00:36:13,738 --> 00:36:17,742 ポツダム会談に出席するためです。 359 00:36:24,082 --> 00:36:26,384 ちょうど そのころ➡ 360 00:36:26,384 --> 00:36:29,754 アメリカ・ニューメキシコ州 アラモゴードでは➡ 361 00:36:29,754 --> 00:36:36,761 人類史上初の核実験が 秒読みの段階に入っていました。 362 00:36:48,273 --> 00:36:52,977 7月16日。 原子爆弾が完成。 363 00:36:52,977 --> 00:36:58,983 その知らせは ポツダムにいるトルーマンに 直ちに伝えられました。 364 00:37:04,589 --> 00:37:09,894 その翌日 ドイツ・ベルリン近郊のポツダムです。 365 00:37:12,063 --> 00:37:16,935 原爆を保有した アメリカは 日本を降伏させるのに➡ 366 00:37:16,935 --> 00:37:21,372 必ずしも ソ連を 必要としなくなっていました。 367 00:37:21,372 --> 00:37:24,075 日本に無条件降伏を要求し➡ 368 00:37:24,075 --> 00:37:28,379 降伏後の処置を取り決めた いわゆる ポツダム宣言は➡ 369 00:37:28,379 --> 00:37:31,282 ソ連と事前の相談をする事なく➡ 370 00:37:31,282 --> 00:37:37,288 アメリカとイギリスの間で起草され 発表される事になりました。 371 00:37:40,758 --> 00:37:44,095 (トルーマン) 「ポツダムで スターリンと じかに会って➡ 372 00:37:44,095 --> 00:37:48,967 私は ソ連は無情な取引者であって 常に自分だけ➡ 373 00:37:48,967 --> 00:37:52,771 利益を得ようとする者である事を 見抜いた。➡ 374 00:37:52,771 --> 00:37:57,408 ソ連の外交政策は 我が方の行き詰まりに乗じて➡ 375 00:37:57,408 --> 00:38:02,714 利益を得ようと たくらむ者で ある事が明白となったのだ」。 376 00:38:10,955 --> 00:38:15,960 8月6日。 アメリカは 広島へ原爆を投下。 377 00:38:28,740 --> 00:38:35,613 長崎に原爆が投下された8月9日。 ルーズベルトとの約束どおり➡ 378 00:38:35,613 --> 00:38:40,084 ソ連軍は 一斉に 満州に なだれ込みました。 379 00:38:40,084 --> 00:38:46,758 ソ連参戦の可能性を軽視していた 日本軍は 無残に敗北。 380 00:38:46,758 --> 00:38:49,661 ソ連は ヤルタでの密約に従って➡ 381 00:38:49,661 --> 00:38:55,099 サハリン南部と千島列島を 占領しました。 382 00:38:55,099 --> 00:38:59,971 この後 日本軍将兵 およそ 57万5,000人が➡ 383 00:38:59,971 --> 00:39:01,906 ソ連に連行され➡ 384 00:39:01,906 --> 00:39:06,344 シベリアなどの収容所で 強制労働に従事させられた結果➡ 385 00:39:06,344 --> 00:39:11,049 およそ6万人が死亡したと 推定されています。 386 00:39:14,052 --> 00:39:19,724 アジア 太平洋の各地には およそ 600万人の日本人が取り残され➡ 387 00:39:19,724 --> 00:39:24,729 中国残留孤児などの悲劇を 生みました。 388 00:39:31,069 --> 00:39:35,740 8月15日。 日本は無条件降伏。 389 00:39:35,740 --> 00:39:39,377 その翌日 スターリンは トルーマンに書簡を送り➡ 390 00:39:39,377 --> 00:39:44,249 北海道北部の ソ連軍による分割占領を提案。 391 00:39:44,249 --> 00:39:48,253 しかし トルーマンは これを拒否します。 392 00:39:53,758 --> 00:40:01,399 8月30日。 連合軍最高司令官 マッカーサーが厚木に降り立ちました。 393 00:40:01,399 --> 00:40:04,102 北方領土を除く 日本本土は➡ 394 00:40:04,102 --> 00:40:10,408 アメリカの独占的な占領統治の下に 置かれる事になったのです。 395 00:40:15,713 --> 00:40:20,018 朝鮮半島の事情は 日本とは異なっていました。 396 00:40:25,390 --> 00:40:32,096 日本の降伏と前後して 南からは アメリカ軍が進駐。 397 00:40:36,434 --> 00:40:40,305 北からは ソ連軍が進撃していました。 398 00:40:40,305 --> 00:40:46,811 急きょ開かれた 米ソの連絡会議で 暫定的に 北緯38度線を➡ 399 00:40:46,811 --> 00:40:53,685 アメリカ ソ連の占領分担の 境界とする事が決められました。 400 00:40:53,685 --> 00:41:01,392 朝鮮半島は アメリカとソ連によって 分割占領される事になったのです。 401 00:41:04,095 --> 00:41:09,400 ♬~ 402 00:41:09,400 --> 00:41:12,770 第二次世界大戦の終結。 403 00:41:12,770 --> 00:41:18,643 これは ニューヨークに凱旋する アメリカ兵たちの映像です。 404 00:41:18,643 --> 00:41:32,357 ♬~ 405 00:41:35,026 --> 00:41:38,429 戦争の被害を ほとんど受けなかった アメリカ本土は➡ 406 00:41:38,429 --> 00:41:43,801 爆発的な繁栄の時を迎えました。 郊外には➡ 407 00:41:43,801 --> 00:41:47,138 帰国した兵士たちのための 新興住宅地が➡ 408 00:41:47,138 --> 00:41:50,441 続々と誕生していきます。 409 00:41:50,441 --> 00:42:01,753 ♬~ 410 00:42:01,753 --> 00:42:04,389 都市が郊外に広がるにつれ➡ 411 00:42:04,389 --> 00:42:08,092 高速道路の建設や 自動車の大型化など➡ 412 00:42:08,092 --> 00:42:12,397 モータリゼーションに拍車がかかりました。 413 00:42:12,397 --> 00:42:17,101 ♬~ 414 00:42:17,101 --> 00:42:20,972 街には消費物資があふれ 若者文化が➡ 415 00:42:20,972 --> 00:42:25,777 次第に社会をリードするように なっていきます。 416 00:42:25,777 --> 00:42:30,415 これは 当時流行した ブギウギという音楽です。 417 00:42:30,415 --> 00:42:37,722 ♬~ 418 00:42:43,428 --> 00:42:46,798 アメリカの繁栄に対して ヨーロッパは➡ 419 00:42:46,798 --> 00:42:52,503 第二次世界大戦後の廃虚の中で 苦しんでいました。 420 00:42:56,441 --> 00:42:59,143 ルーズベルト チャーチル スターリン。 421 00:42:59,143 --> 00:43:02,380 3人の肖像がそびえ立つ ベルリンでは➡ 422 00:43:02,380 --> 00:43:08,386 勝者による支配が 容赦なく 実行されようとしていました。 423 00:43:14,759 --> 00:43:20,398 「私たちは恐れ続けてきた。 最初は ゲシュタポを➡ 424 00:43:20,398 --> 00:43:24,102 その次に ソ連軍に占領されたドイツで➡ 425 00:43:24,102 --> 00:43:27,772 ソ連に反対する言葉を しゃべる事を。➡ 426 00:43:27,772 --> 00:43:31,108 平和の笛から吹き鳴らされる 音色は➡ 427 00:43:31,108 --> 00:43:35,413 私たちの耳には あまりに疑わしく聞こえる。➡ 428 00:43:35,413 --> 00:43:41,119 私たちを どこか牢獄に閉じ込めるための 音楽のように聞こえる。➡ 429 00:43:41,119 --> 00:43:47,425 ソ連の影響下にある国々は 皆 西側世界から切り離されている。➡ 430 00:43:47,425 --> 00:43:51,128 そして この牢獄の扉の背後で➡ 431 00:43:51,128 --> 00:43:55,800 それらの国々の権力者と 別の意見を持つ人々が➡ 432 00:43:55,800 --> 00:43:59,804 次々に姿を消している」。 433 00:44:03,608 --> 00:44:09,080 国土の およそ23パーセントにあたる 東部領土を失った ドイツでは➡ 434 00:44:09,080 --> 00:44:15,386 1,000万人以上の人々が 難民となって西部地域に流入し➡ 435 00:44:15,386 --> 00:44:23,094 その混乱の中で命を落とした人は 130万人以上と推定されています。 436 00:44:25,062 --> 00:44:29,767 これは ソ連兵に暴行される ドイツ人の映像です。 437 00:44:34,405 --> 00:44:39,277 東ヨーロッパの国々では ソ連の軍事的圧力の下で➡ 438 00:44:39,277 --> 00:44:43,581 共産主義政権が 打ち立てられていきました。 439 00:44:47,418 --> 00:44:53,124 ポーランドでは 産業の国有化が進められました。 440 00:44:55,293 --> 00:45:01,999 これは 土地改革が行われた時の 測量の様子です。 441 00:45:09,674 --> 00:45:13,077 こうして 東ヨーロッパの大半が➡ 442 00:45:13,077 --> 00:45:16,080 ソ連の支配圏となりました。 443 00:45:17,949 --> 00:45:22,386 終戦から僅か半年余り。 チャーチルは アメリカを訪れ➡ 444 00:45:22,386 --> 00:45:29,393 ソ連の行動を非難する いわゆる 鉄のカーテン演説を行いました。 445 00:45:53,784 --> 00:45:56,687 チャーチルの演説を受けて スターリンは➡ 446 00:45:56,687 --> 00:46:03,594 ソ連共産党の機関紙「プラウダ」に 反論を掲載しました。 447 00:46:03,594 --> 00:46:10,067 「チャーチルの演説は アメリカ イギリスと ソ連との間に 不和の種をまき➡ 448 00:46:10,067 --> 00:46:13,938 協力を一段と困難にする 危険な行動だ。➡ 449 00:46:13,938 --> 00:46:17,942 チャーチルは戦争屋だ。 彼は1人ではない。➡ 450 00:46:17,942 --> 00:46:22,647 イギリスだけでなく アメリカにも 彼の友人がいる。➡ 451 00:46:22,647 --> 00:46:26,083 チャーチルと その友人たちは➡ 452 00:46:26,083 --> 00:46:31,088 不思議なほど ヒトラーと その一味に 似通っているではないか」。 453 00:46:32,957 --> 00:46:38,095 それから 4か月後 中部太平洋のビキニ環礁に➡ 454 00:46:38,095 --> 00:46:42,967 第二次大戦で使われた 日本の戦艦 長門をはじめとする軍艦が➡ 455 00:46:42,967 --> 00:46:47,271 70隻余り 集められました。 456 00:46:50,107 --> 00:46:55,413 1発の爆弾が 大艦隊を瞬時に破壊しました。 457 00:46:55,413 --> 00:47:00,718 戦後初の原爆実験です。 それは アメリカの➡ 458 00:47:00,718 --> 00:47:07,024 ソ連に対する 圧倒的軍事力の優位を 誇示するものでした。 459 00:47:25,943 --> 00:47:29,747 これは 戦後 日本の様子を アメリカ軍が撮影した➡ 460 00:47:29,747 --> 00:47:33,451 貴重な カラー映像です。 461 00:47:38,756 --> 00:47:41,092 焼け野原となった東京では➡ 462 00:47:41,092 --> 00:47:45,396 住宅不足と飢餓が 人々を苦しめていました。 463 00:47:45,396 --> 00:47:49,400 当時の様子を伝える ニュース映像です。 464 00:47:51,268 --> 00:47:55,072 「食糧の欠配 遅配は 今や 全国の大都市を襲い➡ 465 00:47:55,072 --> 00:47:57,775 各地の民衆は 一斉に立ち上がりました。➡ 466 00:47:57,775 --> 00:47:59,710 米をくれと叫んで➡ 467 00:47:59,710 --> 00:48:02,613 おかみさんたちが プラカードを握って デモに参加。➡ 468 00:48:02,613 --> 00:48:05,916 いたいけな児童さえ 加わりました」。 469 00:48:09,353 --> 00:48:13,224 「これより先 世田谷の区民は 飢えた人民の声を➡ 470 00:48:13,224 --> 00:48:20,965 直接 天皇に聞いて頂こうと 14日正午 坂下門に集まりました」。 471 00:48:20,965 --> 00:48:23,968 (区民)「反対しとるんですよ」。 472 00:48:31,075 --> 00:48:33,744 昭和21年5月。 473 00:48:33,744 --> 00:48:40,050 極東国際軍事裁判 いわゆる 東京裁判が始まりました。 474 00:48:43,087 --> 00:48:47,758 「5月3日 午前11時17分。 全員起立のうちに➡ 475 00:48:47,758 --> 00:48:52,396 裁判長 ウェッブ卿以下 10名の判事団が入場。➡ 476 00:48:52,396 --> 00:48:55,699 厳粛に開廷が宣せられました」。 477 00:48:57,768 --> 00:49:00,337 裁判は 昭和23年に結審し➡ 478 00:49:00,337 --> 00:49:03,240 A級戦犯7名が絞首刑➡ 479 00:49:03,240 --> 00:49:08,245 16名が終身禁固の判決を 受けました。 480 00:49:31,302 --> 00:49:35,239 東と西の2つの勢力によって 引き裂かれた ベルリンは➡ 481 00:49:35,239 --> 00:49:40,744 両者の勢力争いの 最前線となりました。 482 00:49:40,744 --> 00:49:44,081 ベルリンの中心部。 ここに➡ 483 00:49:44,081 --> 00:49:50,387 戦争直後から続いている映画館が 一軒だけ残っています。 484 00:49:52,389 --> 00:49:55,092 戦後 東西の境界線沿いに➡ 485 00:49:55,092 --> 00:49:58,395 このような映画館が 70軒近くも建てられ➡ 486 00:49:58,395 --> 00:50:03,100 境界線映画館と呼ばれていました。 487 00:50:05,102 --> 00:50:07,404 そこでは 劇映画の合間に➡ 488 00:50:07,404 --> 00:50:13,277 東西両陣営のプロパガンダ映画が 上映されていました。 489 00:50:13,277 --> 00:50:15,779 ♬~ 490 00:50:15,779 --> 00:50:19,416 これは 東側のプロパガンダ映画です。 491 00:50:19,416 --> 00:50:25,122 アメリカ文化が いかに退廃的なもので あるかを宣伝しています。 492 00:50:25,122 --> 00:50:28,425 ♬~ 493 00:51:24,114 --> 00:51:37,661 ♬~ 494 00:51:37,661 --> 00:51:41,432 この映画では 西側の流行を 取り入れた若者たちが➡ 495 00:51:41,432 --> 00:51:46,136 アメリカかぶれとして 批判されています。 496 00:51:46,136 --> 00:51:55,145 ♬~ 497 00:51:55,145 --> 00:51:59,016 アメリカかぶれとされた若者たちと 対比されているのが➡ 498 00:51:59,016 --> 00:52:02,753 共産党青年団の若者たちです。 499 00:52:02,753 --> 00:52:07,624 この映画は 共産党青年団のように 健康的に生活し➡ 500 00:52:07,624 --> 00:52:10,394 ずる休みをする者を撲滅して➡ 501 00:52:10,394 --> 00:52:15,265 生産計画遂行に まい進しようと 訴えます。 502 00:52:15,265 --> 00:52:27,277 ♬~ 503 00:52:30,114 --> 00:52:34,985 一方 西側占領地区の映画館では 東側市民に対して➡ 504 00:52:34,985 --> 00:52:38,989 無料で映画を見せる日を 作りました。 505 00:52:44,128 --> 00:52:47,798 この映画では ソ連占領地区のドレスデンと➡ 506 00:52:47,798 --> 00:52:54,805 アメリカ占領地区のシュトゥットガルトの 2つの街が比較されています。 507 00:53:27,104 --> 00:53:36,413 ♬~ 508 00:54:15,619 --> 00:54:18,388 こうした東西の対抗意識は➡ 509 00:54:18,388 --> 00:54:24,394 次第に ドイツを2つに 分裂させていく事になります。 510 00:54:30,968 --> 00:54:37,407 1948年6月。 アメリカ イギリス フランスの3か国は➡ 511 00:54:37,407 --> 00:54:42,112 ドイツの西側に限定して 通貨改革を行い➡ 512 00:54:42,112 --> 00:54:44,414 それまでのマルクに替わって➡ 513 00:54:44,414 --> 00:54:49,119 新しいマルクを発行する事を 発表しました。 514 00:54:51,121 --> 00:54:55,425 この結果 アメリカ イギリス フランスの占領地区と➡ 515 00:54:55,425 --> 00:54:57,794 ソ連の占領地区では➡ 516 00:54:57,794 --> 00:55:02,633 それぞれ 別の通貨が 使われる事になりました。 517 00:55:02,633 --> 00:55:08,939 使えなくなった古いマルクは 潰されて 包装紙にされます。 518 00:55:12,743 --> 00:55:18,382 アメリカの経済力を背景にした 西側マルクの力は 絶大でした。 519 00:55:18,382 --> 00:55:21,285 交換レートは 頻繁に変更され➡ 520 00:55:21,285 --> 00:55:26,256 西側通貨の価値が 一方的に上昇していきました。 521 00:55:26,256 --> 00:55:29,760 ベルリンでは 闇の両替が はびこり➡ 522 00:55:29,760 --> 00:55:35,098 東側からは 通貨と労働力の流出が 続きました。 523 00:55:35,098 --> 00:55:41,104 ソ連は 何らかの対抗策をとる事を 迫られました。 524 00:55:52,416 --> 00:55:55,118 当時の ベルリン西側地区は➡ 525 00:55:55,118 --> 00:55:59,423 ソ連占領地区に囲まれた 飛び地になっていました。 526 00:55:59,423 --> 00:56:04,061 ソ連は このベルリン西側地区を 封鎖するという➡ 527 00:56:04,061 --> 00:56:07,064 強硬手段に訴えたのです。 528 00:56:13,070 --> 00:56:18,075 西ベルリンに通じる 道路と鉄道が閉ざされました。 529 00:56:21,745 --> 00:56:26,617 電力の供給も停止されました。 530 00:56:26,617 --> 00:56:29,386 「今日の午前中から ソ連軍は➡ 531 00:56:29,386 --> 00:56:33,257 西側地区への電力の供給を 差し止めた。➡ 532 00:56:33,257 --> 00:56:39,062 私たちは ラジオもなく 明かりもなく 炊事用の電気もなく➡ 533 00:56:39,062 --> 00:56:45,402 コーヒーのためのお湯を沸かす事もできず 家に座り込んでいる。➡ 534 00:56:45,402 --> 00:56:49,273 夕方までに 是非とも ろうそくを 調達しなければならない。➡ 535 00:56:49,273 --> 00:56:53,277 でも どうやって 買えばいいのか」。 536 00:56:55,779 --> 00:56:58,115 冬の寒さに備えるために➡ 537 00:56:58,115 --> 00:57:01,718 ベルリン西側地区では 街路樹を切り倒して➡ 538 00:57:01,718 --> 00:57:06,723 薪を蓄えようとする人が 相次ぎました。 539 00:57:12,729 --> 00:57:15,632 美容院では 電力不足のために➡ 540 00:57:15,632 --> 00:57:20,938 ストーブの熱を使って パーマをかけるところもありました。 541 00:57:28,245 --> 00:57:33,950 印刷所では 人力で印刷機を回します。 542 00:57:37,754 --> 00:57:40,390 食糧輸送の途絶は➡ 543 00:57:40,390 --> 00:57:46,697 西側地区の市民に 餓死の恐怖すらも与えました。 544 00:57:54,972 --> 00:57:59,109 チャーチルは断固たる態度で ソ連に対抗しなければならないと➡ 545 00:57:59,109 --> 00:58:01,812 主張しました。 546 00:58:25,736 --> 00:58:32,075 ♬~ 547 00:58:32,075 --> 00:58:39,383 西側がとった対抗措置は ベルリンに 空から物資を運び込む事でした。 548 00:58:39,383 --> 00:58:41,318 これは 当時のニュース映画で➡ 549 00:58:41,318 --> 00:58:48,759 空の架け橋と宣伝された ベルリン空輸を映した映像です。 550 00:58:48,759 --> 00:58:51,395 アメリカは ベルリンの西側地区に➡ 551 00:58:51,395 --> 00:58:56,099 一日に 延べ250機もの輸送機を 着陸させ➡ 552 00:58:56,099 --> 00:59:03,106 最盛期には 一日平均8,000トンの 物資が運び込まれました。 553 00:59:11,048 --> 00:59:14,718 「不信の目で見られる一方だった ドイツが➡ 554 00:59:14,718 --> 00:59:17,621 共産主義の犠牲者へと変わった。➡ 555 00:59:17,621 --> 00:59:22,359 ヒトラーのベルリンが 自由の前哨基地 ベルリンへと➡ 556 00:59:22,359 --> 00:59:25,729 180度の転換をした。➡ 557 00:59:25,729 --> 00:59:28,365 そして ドイツ人にとっては➡ 558 00:59:28,365 --> 00:59:35,238 アメリカを中心とする西側の占領軍が 防衛軍に変わった。➡ 559 00:59:35,238 --> 00:59:40,377 ベルリン市民は もはや アメリカ軍を 占領軍といえる心境では➡ 560 00:59:40,377 --> 00:59:44,247 なくなったのである。 つい この間まで➡ 561 00:59:44,247 --> 00:59:48,752 爆弾を雨あられと落としていた アメリカ空軍の飛行機が➡ 562 00:59:48,752 --> 00:59:56,460 食糧や燃料や発電所まで 運んできてくれたのだ」。 563 01:00:04,234 --> 01:00:09,606 アメリカの強大な輸送力の前に ベルリン封鎖の意味は失われ➡ 564 01:00:09,606 --> 01:00:14,611 1年後 封鎖は解除されました。 565 01:00:19,282 --> 01:00:21,284 しかし この時 既に➡ 566 01:00:21,284 --> 01:00:26,289 ドイツの東西分裂は 避け難いものとなっていました。 567 01:00:28,425 --> 01:00:37,133 1949年5月。 ドイツ連邦共和国 いわゆる 西ドイツが成立。 568 01:00:37,133 --> 01:00:40,036 一方 これに対抗して東側では➡ 569 01:00:40,036 --> 01:00:48,345 同じ年の10月 ドイツ民主共和国 いわゆる 東ドイツが誕生します。 570 01:00:52,682 --> 01:00:55,819 2つのドイツ国家が 成立した事によって➡ 571 01:00:55,819 --> 01:01:01,124 その間には 境界線が設けられました。 572 01:01:04,394 --> 01:01:11,101 東の国境沿いには 監視兵が 配置されるようになりました。 573 01:01:15,038 --> 01:01:18,975 これは 東西ドイツ国境によって 分断された村の➡ 574 01:01:18,975 --> 01:01:24,114 ある日曜日の様子を映した ニュース映画です。 575 01:01:24,114 --> 01:01:27,017 離れ離れにされた親戚や知人が➡ 576 01:01:27,017 --> 01:01:32,022 柵の両側に集まって ひとときを過ごします。 577 01:01:54,110 --> 01:01:57,447 1949年8月29日。 578 01:01:57,447 --> 01:02:01,751 ソ連は 初の原爆実験に成功。 579 01:02:07,757 --> 01:02:11,094 ソ連が 原爆を保有した事によって➡ 580 01:02:11,094 --> 01:02:17,400 アメリカの核の一方的優位は 崩される事になりました。 581 01:02:21,404 --> 01:02:27,410 1949年10月1日。 中華人民共和国が成立。 582 01:02:34,417 --> 01:02:37,320 毛沢東はソ連と同盟を結び➡ 583 01:02:37,320 --> 01:02:42,025 中国は 共産主義陣営に加わりました。 584 01:02:46,429 --> 01:02:50,133 アメリカでは 共産主義の脅威が宣伝され➡ 585 01:02:50,133 --> 01:02:55,138 各地で 反共デモが 相次ぐようになりました。 586 01:02:57,440 --> 01:03:01,077 ♬~ 587 01:03:01,077 --> 01:03:04,381 これは 当時の ニクソン上院議員が➡ 588 01:03:04,381 --> 01:03:07,284 国務省にソ連のスパイがいるという➡ 589 01:03:07,284 --> 01:03:10,754 証拠の発表をした時の映像です。 590 01:03:10,754 --> 01:03:13,657 ニクソンは 国家機密のマイクロフィルムが➡ 591 01:03:13,657 --> 01:03:18,962 スパイの家の裏庭に隠されていたと 主張しました。 592 01:03:44,120 --> 01:03:50,427 機密漏洩の犯人として告発された アルジャー・ヒスは かつて ヤルタ会談に➡ 593 01:03:50,427 --> 01:03:55,732 アメリカ代表団の一員として 参加していた人物でした。 594 01:03:57,801 --> 01:04:01,071 高級官僚の中から 容疑者が出た事によって➡ 595 01:04:01,071 --> 01:04:07,377 反共主義が アメリカ全土に 猛威を振るうようになります。 596 01:04:11,081 --> 01:04:17,387 その先頭に立ったのは 共和党上院議員の マッカーシーでした。 597 01:04:21,091 --> 01:04:25,762 国務省の中にいる 共産主義者の リストを持っているという➡ 598 01:04:25,762 --> 01:04:31,101 マッカーシーの告発によって 政界だけでなく 知識人たちも➡ 599 01:04:31,101 --> 01:04:35,405 次々に 喚問を受ける事になります。 600 01:04:56,793 --> 01:05:00,096 当時のハリウッドです。 601 01:05:05,068 --> 01:05:11,374 既に 1947年ごろから ハリウッドでは ストライキが頻発するようになり➡ 602 01:05:11,374 --> 01:05:13,309 保守主義者から➡ 603 01:05:13,309 --> 01:05:18,014 共産主義の温床と見なされる ようになっていました。 604 01:05:20,083 --> 01:05:24,754 これは ハリウッドで行われた 公聴会の様子です。 605 01:05:24,754 --> 01:05:28,091 ゲイリー・クーパーなどのスターが 喚問を受ける姿は➡ 606 01:05:28,091 --> 01:05:30,994 全米に ニュース映画で伝えられ➡ 607 01:05:30,994 --> 01:05:34,998 センセーションを巻き起こしました。 608 01:06:24,747 --> 01:06:29,085 当時 映画俳優だった 若き日の ロナルド・レーガンも➡ 609 01:06:29,085 --> 01:06:32,956 この時代の映像に登場しています。 610 01:06:32,956 --> 01:06:38,661 ♬~ 611 01:06:45,635 --> 01:06:48,404 これは レーガンが出演した➡ 612 01:06:48,404 --> 01:06:52,108 「自由十字軍」という題名の 宣伝映画です。 613 01:06:52,108 --> 01:06:55,979 この映画の目的は 共産主義陣営に対する➡ 614 01:06:55,979 --> 01:07:02,685 宣伝放送のラジオ局建設のための 資金を募る事でした。 615 01:07:23,373 --> 01:07:28,077 反共運動の嵐は チャップリンをも襲いました。 616 01:07:28,077 --> 01:07:31,948 反体制的な作風を攻撃された チャップリンは➡ 617 01:07:31,948 --> 01:07:34,951 かつて 自由を求めてやって来た アメリカを➡ 618 01:07:34,951 --> 01:07:39,088 去らねばなりませんでした。 619 01:07:39,088 --> 01:07:45,962 「憎悪に包まれた あの雰囲気から 脱出したかった。➡ 620 01:07:45,962 --> 01:07:51,100 今は 混迷と不和と苦々しさの 時代だ。➡ 621 01:07:51,100 --> 01:07:55,405 偉大な芸術家の生きる 時代ではない。➡ 622 01:07:55,405 --> 01:08:00,109 私は政治的であった事はない。➡ 623 01:08:00,109 --> 01:08:04,414 ただ 映画を 作りたかっただけなのだが」。 624 01:08:17,060 --> 01:08:21,731 1950年6月25日。 625 01:08:21,731 --> 01:08:25,435 朝鮮戦争の勃発です。 626 01:08:27,370 --> 01:08:30,740 ソ連製の戦車で武装した 北朝鮮軍は➡ 627 01:08:30,740 --> 01:08:36,079 戦争の開始とともに 38度線を越えて 韓国軍を圧倒。 628 01:08:36,079 --> 01:08:40,383 たちまち ソウルを占領して 南下しました。 629 01:08:44,754 --> 01:08:48,391 トルーマンは 直ちに韓国援助を決定し➡ 630 01:08:48,391 --> 01:08:53,696 軍隊の動員を 全国民に訴えました。 631 01:08:55,765 --> 01:08:58,401 トルーマンの演説を伝えたのは➡ 632 01:08:58,401 --> 01:09:03,706 新しいメディアとして 普及し始めていた テレビでした。 633 01:09:31,300 --> 01:09:34,070 5年間の つかの間の平和を経て➡ 634 01:09:34,070 --> 01:09:40,076 世界は またも 大規模な戦争に突入したのです。 635 01:09:42,745 --> 01:09:50,086 ニューヨークの港から 再び 兵士たちが出港していきます。 636 01:09:50,086 --> 01:09:52,021 兵士たちの表情には➡ 637 01:09:52,021 --> 01:09:57,960 過去の出兵に見られた 高揚と華やぎは ありません。 638 01:09:57,960 --> 01:10:39,135 ♬~ 639 01:10:39,135 --> 01:10:41,437 9月15日。 640 01:10:41,437 --> 01:10:47,743 アメリカ兵を中心とする国連軍は 朝鮮半島に上陸。 641 01:10:50,813 --> 01:10:57,120 10月25日には 中国人民義勇軍が戦闘に参加。 642 01:11:02,391 --> 01:11:09,098 朝鮮戦争は 大規模 かつ 長期化した持久戦となりました。 643 01:11:16,405 --> 01:11:22,779 1950年から 3年余りの戦いによる 朝鮮半島の死者は➡ 644 01:11:22,779 --> 01:11:28,084 150万人以上と推定されています。 645 01:11:37,126 --> 01:11:41,998 そして 38度線を縫うように走る 軍事境界線が➡ 646 01:11:41,998 --> 01:11:48,704 朝鮮半島分断の境界として 固定化されました。 647 01:11:54,677 --> 01:12:03,252 ヤルタ会談。 それは大国の論理による 世界分割の始まりでした。 648 01:12:03,252 --> 01:12:07,089 分割の過程で 同じ民族が分断され➡ 649 01:12:07,089 --> 01:12:11,761 肉親が引き裂かれる悲劇が 生まれました。 650 01:12:11,761 --> 01:12:16,098 やがて 世界は 東と西の2つの陣営に分けられ➡ 651 01:12:16,098 --> 01:12:21,971 両者の冷たい戦争は ついに 朝鮮半島で熱い戦争となって➡ 652 01:12:21,971 --> 01:12:25,675 火をふいたのです。 653 01:12:33,115 --> 01:12:36,419 ヤルタ会談から 50年。 654 01:12:36,419 --> 01:12:43,292 朝鮮半島は 分断されたまま 今に至っています。 655 01:12:43,292 --> 01:13:54,997 ♬~