1 00:00:02,202 --> 00:00:09,910 ♬~ 2 00:00:20,954 --> 00:00:26,159 珊瑚礁の島々が連なる中部太平洋… 3 00:00:28,629 --> 00:00:34,301 海の色が ひときわ濃く見える 部分は 直径およそ2キロ。 4 00:00:34,301 --> 00:00:41,308 アメリカの開発した 一発の水素爆弾が 海底を深く えぐり取りました。 5 00:00:42,976 --> 00:00:48,315 第二次大戦後 東西両陣営の緊張は高まります。 6 00:00:48,315 --> 00:00:51,318 アメリカは 核の優位を保とうと➡ 7 00:00:51,318 --> 00:00:55,822 この海で 核実験を繰り返してきたのです。 8 00:00:58,959 --> 00:01:03,263 この映像は 1946年7月。 9 00:01:03,263 --> 00:01:08,135 ビキニで行われた 戦後初めての原爆実験です。 10 00:01:08,135 --> 00:01:10,404 これ以後 アメリカは➡ 11 00:01:10,404 --> 00:01:16,410 60回以上に上る核爆発を 中部太平洋で繰り返します。 12 00:01:18,278 --> 00:01:21,148 アメリカにおくれる事 4年。 13 00:01:21,148 --> 00:01:25,452 ソ連も 原爆実験に初めて成功します。 14 00:01:29,756 --> 00:01:35,295 アメリカによる核兵器の独占は 終わりを告げたのです。 15 00:01:35,295 --> 00:01:44,304 ♬~ 16 00:01:44,304 --> 00:01:48,976 一瞬にして 地球をも壊滅させる核の力。 17 00:01:48,976 --> 00:01:52,312 米ソ両国が核兵器を手にした事で➡ 18 00:01:52,312 --> 00:01:58,318 冷戦は 一気に 核戦争の危険を はらむものとなりました。 19 00:01:59,987 --> 00:02:04,257 米ソは 相手を上回る核戦力を 維持しようと➡ 20 00:02:04,257 --> 00:02:07,928 軍拡競争を推し進めます。 21 00:02:07,928 --> 00:02:17,104 ♬~ 22 00:02:17,104 --> 00:02:20,607 「映像の世紀」 8回目の今日は➡ 23 00:02:20,607 --> 00:02:24,478 1950年代から60年代初め➡ 24 00:02:24,478 --> 00:02:30,617 核の脅威に支配された 冷戦の時代を描きます。 25 00:02:30,617 --> 00:04:06,913 ♬~ 26 00:04:06,913 --> 00:04:11,585 第二次大戦後 世界の超大国になった アメリカ。 27 00:04:11,585 --> 00:04:18,258 1950年代は まさに アメリカの黄金時代の始まりでした。 28 00:04:18,258 --> 00:04:26,399 ♬~ 29 00:04:26,399 --> 00:04:31,938 豊かな消費生活を楽しむ人々にとって 気がかりな事といえば➡ 30 00:04:31,938 --> 00:04:35,942 テレビが伝える共産主義の動向でした。 31 00:04:37,611 --> 00:04:44,284 東ヨーロッパの共産化に次いで アジアでは 中国が共産革命を達成。 32 00:04:44,284 --> 00:04:48,155 1950年には 北朝鮮と韓国の間で➡ 33 00:04:48,155 --> 00:04:51,458 朝鮮戦争が始まっていました。 34 00:05:03,637 --> 00:05:07,507 朝鮮戦争さなかの1952年。 35 00:05:07,507 --> 00:05:12,813 アメリカ国民の関心は 大統領選挙に向けられていました。 36 00:05:14,581 --> 00:05:17,250 圧倒的な人気を集めたのは➡ 37 00:05:17,250 --> 00:05:23,123 第二次大戦中の 連合軍最高司令官 アイゼンハワー。 38 00:05:23,123 --> 00:05:27,394 彼は 共産主義に 決然と対抗する事を主張し➡ 39 00:05:27,394 --> 00:05:31,898 第34代大統領に選ばれました。 40 00:05:52,285 --> 00:05:57,791 共産主義に対抗するため アメリカが最も頼りにした力。 41 00:05:57,791 --> 00:06:00,560 それが 核兵器でした。 42 00:06:00,560 --> 00:06:03,897 アメリカは 原爆実験を繰り返すとともに➡ 43 00:06:03,897 --> 00:06:09,402 更に威力の大きい 水爆の開発にも力を注ぎました。 44 00:06:12,906 --> 00:06:18,245 この映像は 中部太平洋の エニウェトク環礁で行われた➡ 45 00:06:18,245 --> 00:06:22,048 初めての水爆実験を記録したものです。 46 00:06:23,750 --> 00:06:30,257 この建物の中に 65トンもある 巨大な水爆装置が仕掛けられました。 47 00:06:30,257 --> 00:06:37,030 (カウントダウン) 48 00:06:37,030 --> 00:06:54,948 ♬~ 49 00:06:54,948 --> 00:07:01,554 この水爆の威力は 広島に落とされた原爆の550倍。 50 00:07:01,554 --> 00:07:07,227 島全体を成層圏にまで吹き上げ 粉々に砕きました。 51 00:07:07,227 --> 00:07:13,233 核開発競争で アメリカは再び ソ連を引き離したのです。 52 00:07:19,572 --> 00:07:25,245 アメリカの水爆実験から6日後の モスクワ 赤の広場。 53 00:07:25,245 --> 00:07:30,450 ロシア革命35周年を記念する 式典の映像です。 54 00:07:35,955 --> 00:07:40,794 30年にわたって ソ連の最高権力者であったスターリンは➡ 55 00:07:40,794 --> 00:07:47,801 資本主義陣営に対抗し 重工業や 軍事力の増強を進めていました。 56 00:07:52,472 --> 00:07:56,609 レーニン廟の上に並ぶソ連の指導者たち。 57 00:07:56,609 --> 00:08:01,114 スターリンの右 4番目にいるのは… 58 00:08:04,718 --> 00:08:07,754 冷戦時代のソ連側の実情は➡ 59 00:08:07,754 --> 00:08:13,460 このフルシチョフが 後に歴史に残す事になります。 60 00:08:21,167 --> 00:08:24,904 スターリンの死後 ソ連の首相になった フルシチョフは➡ 61 00:08:24,904 --> 00:08:29,242 その6年後 突如 失脚します。 62 00:08:29,242 --> 00:08:32,912 以後 彼は 秘密警察に監視されながら➡ 63 00:08:32,912 --> 00:08:36,616 モスクワ郊外で余生を送りました。 64 00:08:39,586 --> 00:08:44,457 当時 フルシチョフが住んだ別荘は 今や跡形もありません。 65 00:08:44,457 --> 00:08:49,763 家族でさえ その場所を 見つけるのは 困難になりました。 66 00:08:52,599 --> 00:08:57,771 フルシチョフの死後 ソ連政府は 彼の別荘を破壊し➡ 67 00:08:57,771 --> 00:09:02,976 フルシチョフが住んだ痕跡を 全て消し去っていたのです。 68 00:09:06,212 --> 00:09:12,085 この8ミリ映像は 70歳になった頃の フルシチョフを映したものです。 69 00:09:12,085 --> 00:09:15,889 ソ連の歴史から抹殺された フルシチョフの姿を➡ 70 00:09:15,889 --> 00:09:20,393 彼の家族が映像にとどめていました。 71 00:09:24,597 --> 00:09:26,900 晩年のフルシチョフは➡ 72 00:09:26,900 --> 00:09:32,072 自分の政治家としての功績を 記録に残そうとしていました。 73 00:09:32,072 --> 00:09:34,741 彼は 監視の目を盗んで➡ 74 00:09:34,741 --> 00:09:41,247 かつての栄光の時代を回想し テープレコーダーに録音していたのです。 75 00:09:41,247 --> 00:09:45,251 そのフルシチョフの肉声です。 76 00:09:51,958 --> 00:09:57,096 「スターリンは アメリカをはじめ 資本主義諸国が➡ 77 00:09:57,096 --> 00:10:00,767 ソビエトを攻撃するだろうと恐れていた。➡ 78 00:10:00,767 --> 00:10:04,637 彼が どんなに震え おののいていた事か。➡ 79 00:10:04,637 --> 00:10:10,477 戦争となれば 我が国が アメリカより弱いと知っていたのだ。➡ 80 00:10:10,477 --> 00:10:14,614 アメリカは 強力な空軍を持っていたし➡ 81 00:10:14,614 --> 00:10:19,953 何よりも重要な事に 多数の核兵器を持っていた。➡ 82 00:10:19,953 --> 00:10:25,291 それに対して 我が国は やっと原爆を開発したばかりで➡ 83 00:10:25,291 --> 00:10:29,162 完成した原爆は まだ 僅かしかなかった。➡ 84 00:10:29,162 --> 00:10:34,300 この状況は スターリンに重くのしかかっていた。➡ 85 00:10:34,300 --> 00:10:37,637 彼は 臆病なほど震え上がり➡ 86 00:10:37,637 --> 00:10:41,140 我々の技術的努力の全てを➡ 87 00:10:41,140 --> 00:10:46,346 核兵器の開発に振り向けるよう 命じたのである」。 88 00:10:50,850 --> 00:10:53,720 ソ連の核開発の実態は➡ 89 00:10:53,720 --> 00:10:59,325 情報公開が進むまで 一切 秘密にされていました。 90 00:10:59,325 --> 00:11:02,595 現在のカザフスタン共和国に➡ 91 00:11:02,595 --> 00:11:06,266 核開発のための秘密都市が建設され➡ 92 00:11:06,266 --> 00:11:12,939 軍による完全な情報管理のもとで 研究が続けられていました。 93 00:11:12,939 --> 00:11:19,946 こうした映像は ソ連崩壊後 初めて西側に公開されたものです。 94 00:11:23,950 --> 00:11:28,121 1953年8月12日。 95 00:11:28,121 --> 00:11:32,292 ソ連は 初めての水爆実験を行いました。 96 00:11:32,292 --> 00:11:48,308 ♬~ 97 00:11:48,308 --> 00:11:51,644 アメリカにおくれる事 9か月。 98 00:11:51,644 --> 00:11:56,950 水爆開発技術で ソ連は アメリカに追いついたのです。 99 00:12:00,353 --> 00:12:13,900 (弔砲の音と汽笛) 100 00:12:13,900 --> 00:12:17,270 1953年3月。 101 00:12:17,270 --> 00:12:24,143 スターリンは 水爆成功のニュースを聞かず 73歳で亡くなりました。 102 00:12:24,143 --> 00:12:35,622 ♬~ 103 00:12:35,622 --> 00:12:41,327 その時の気持ちを フルシチョフは 次のように回想しています。 104 00:12:47,967 --> 00:12:51,304 「スターリンは世を去った。➡ 105 00:12:51,304 --> 00:12:55,975 彼の死は 恐ろしい悲劇のように思われた。➡ 106 00:12:55,975 --> 00:13:02,782 私は 何か悪い事が あとに控えて いるのではないかと恐れていた。➡ 107 00:13:02,782 --> 00:13:07,920 我々は非常に弱い立場になった。➡ 108 00:13:07,920 --> 00:13:13,259 アメリカは 当時 ソビエトに対して 攻撃的な政策をとり➡ 109 00:13:13,259 --> 00:13:17,597 優越さを示す機会を 絶対に逃さなかった。➡ 110 00:13:17,597 --> 00:13:24,303 アメリカの全力を挙げての攻撃が 今にも始まりそうに思われた」。 111 00:13:25,938 --> 00:13:31,277 スターリンを失ったソ連は 戦争勃発の不安の中で➡ 112 00:13:31,277 --> 00:13:36,149 西側との関係改善を 求めるようになっていきます。 113 00:13:36,149 --> 00:13:55,501 ♬~ 114 00:13:55,501 --> 00:14:00,440 「実況放送。 どうやら試験放送の 域を超えて 人気をあおる。➡ 115 00:14:00,440 --> 00:14:04,177 銀座を歩く人の足を くぎづけにしています」。 116 00:14:04,177 --> 00:14:35,174 ♬~ 117 00:14:45,785 --> 00:14:48,821 ドイツの首都 ベルリン。 118 00:14:48,821 --> 00:14:51,958 冷戦の時代 東西の対立は➡ 119 00:14:51,958 --> 00:14:56,462 このベルリンを 一つの舞台にして 展開していきました。 120 00:14:58,631 --> 00:15:03,469 戦後ドイツは 東西両陣営によって 2つに引き裂かれ➡ 121 00:15:03,469 --> 00:15:07,173 西ドイツと東ドイツが生まれました。 122 00:15:08,908 --> 00:15:12,779 ベルリンは 東ドイツの中に位置しており➡ 123 00:15:12,779 --> 00:15:19,385 アメリカ ソ連など 4つの戦勝国によって 分割統治されていました。 124 00:15:19,385 --> 00:15:23,256 やがて 西側が占領する西ベルリンと➡ 125 00:15:23,256 --> 00:15:26,159 ソ連が占領する東ベルリンは➡ 126 00:15:26,159 --> 00:15:30,863 東西両陣営の対立の焦点と なっていきます。 127 00:15:32,765 --> 00:15:40,106 西側諸国は 社会主義国の中にある 西ベルリンを 自由の砦として重視し➡ 128 00:15:40,106 --> 00:15:43,142 多大な援助をつぎ込みました。 129 00:15:43,142 --> 00:15:46,879 この結果 西ベルリンは急速に発展し➡ 130 00:15:46,879 --> 00:15:51,184 資本主義のショーウインドーの役割を 果たします。 131 00:15:55,588 --> 00:16:01,227 西ベルリンの豊かさは 東ベルリンの人々を引き付けました。 132 00:16:01,227 --> 00:16:04,564 高い賃金や豊富な物資を求めて➡ 133 00:16:04,564 --> 00:16:09,569 東から大勢の人が 西ベルリンに流れ込みました。 134 00:16:12,305 --> 00:16:18,244 この映像に映っている群衆は アメリカからの援助物資をもらうため➡ 135 00:16:18,244 --> 00:16:23,749 西ベルリンの配給所に集まった 東側の人々です。 136 00:16:29,255 --> 00:16:34,594 「西側の食料援助には 本当に助かりました。➡ 137 00:16:34,594 --> 00:16:37,496 東ベルリンで物を買うためには➡ 138 00:16:37,496 --> 00:16:42,468 朝8時には 行列に並ばなければなりません。➡ 139 00:16:42,468 --> 00:16:47,773 主婦は 子どもたちの牛乳を 買うために並びますが➡ 140 00:16:47,773 --> 00:16:53,412 8時15分には 全て売り切れてしまうのです。➡ 141 00:16:53,412 --> 00:16:58,117 今日は私も 牛乳を飲む事ができました。➡ 142 00:16:58,117 --> 00:17:04,357 オレンジやチェリーを見たのも 随分 久しぶりでした。➡ 143 00:17:04,357 --> 00:17:11,898 私が 最後に ヨーグルトを食べたのは もう半年も前の事です。➡ 144 00:17:11,898 --> 00:17:18,204 レバーに至っては 戦後8年間 一度も食べてないんです」。 145 00:17:19,772 --> 00:17:25,745 東ベルリン市民の不満は やがて 暴動へと発展します。 146 00:17:25,745 --> 00:17:29,582 この映像は 1953年6月。 147 00:17:29,582 --> 00:17:34,887 東ベルリンで発生した 労働者の暴動を記録したものです。 148 00:17:39,926 --> 00:17:42,595 ブランデンブルグ門からは➡ 149 00:17:42,595 --> 00:17:48,301 ソ連支配の象徴である赤旗が 引きずり降ろされました。 150 00:17:55,107 --> 00:17:57,043 「私はもう➡ 151 00:17:57,043 --> 00:18:01,881 人々の熱狂を 誰も止める事は できないと思いました。➡ 152 00:18:01,881 --> 00:18:05,217 群衆は だんだん 過激になっていきました。➡ 153 00:18:05,217 --> 00:18:12,525 秘密警察や 政府の役人を見つけると 人々は容赦なく殴りつけたのです」。 154 00:18:15,227 --> 00:18:20,066 「その時でした。 ソビエトの戦車が現れたのです。➡ 155 00:18:20,066 --> 00:18:22,568 何人かが石を投げつけ➡ 156 00:18:22,568 --> 00:18:26,572 ある人は キャタピラに パイプを突き刺しました」。 157 00:18:28,240 --> 00:18:31,911 「突然 一斉射撃の音が響きました。➡ 158 00:18:31,911 --> 00:18:37,083 叫び声が いくつも上がり 広場は騒然としました。➡ 159 00:18:37,083 --> 00:18:39,919 なぎ倒された何人かが➡ 160 00:18:39,919 --> 00:18:45,624 血だらけになって 地面を転げ回っていました」。 161 00:18:48,094 --> 00:18:54,400 ソ連軍は戒厳令を敷き 市民の抵抗を力で粉砕しました。 162 00:18:54,400 --> 00:18:59,905 ソ連の強硬な姿勢を 初めて見せつけた事件でした。 163 00:19:05,077 --> 00:19:08,080 東西両陣営の対立は➡ 164 00:19:08,080 --> 00:19:13,386 アジアでも 民族の分断という 悲劇をもたらしました。 165 00:19:16,656 --> 00:19:23,229 1950年に勃発した朝鮮戦争は アメリカと中国の介入で➡ 166 00:19:23,229 --> 00:19:27,066 東西両陣営の間の戦争へと発展します。 167 00:19:27,066 --> 00:19:31,237 中国は数百万の人民義勇軍を投入。 168 00:19:31,237 --> 00:19:36,542 アメリカは国連軍の中核になって これに対抗しました。 169 00:19:39,912 --> 00:19:45,718 戦いは 北緯38度線を挟んで 一進一退を続け➡ 170 00:19:45,718 --> 00:19:51,924 休戦が実現したのは 戦争勃発から3年後の事でした。 171 00:19:53,926 --> 00:19:58,264 この映像は 1954年2月。 172 00:19:58,264 --> 00:20:04,570 マリリン・モンローが 韓国に駐留する アメリカ軍を慰問した時のものです。 173 00:20:07,273 --> 00:20:10,176 この時 モンローは27歳。 174 00:20:10,176 --> 00:20:16,949 映画の大ヒットで ハリウッドのセックスシンボルと 呼ばれるようになっていました。 175 00:20:16,949 --> 00:20:57,256 ♬~ 176 00:21:14,140 --> 00:21:19,278 東西の緊張が緩和した 1955年7月。 177 00:21:19,278 --> 00:21:26,952 ポツダム会談以来 10年ぶりに 東西首脳会談が開かれました。 178 00:21:26,952 --> 00:21:31,423 アメリカから出席したのは アイゼンハワー大統領と➡ 179 00:21:31,423 --> 00:21:36,228 反共主義者として知られる ダレス国務長官。 180 00:21:37,963 --> 00:21:43,836 ソ連からは ブルガーニン首相とフルシチョフ第1書記。 181 00:21:43,836 --> 00:21:45,838 フルシチョフにとっては➡ 182 00:21:45,838 --> 00:21:48,607 初めて アメリカの首脳と向き合う➡ 183 00:21:48,607 --> 00:21:51,310 外交交渉でした。 184 00:21:53,445 --> 00:21:57,316 ドイツ統一問題や 軍縮が話し合われる中➡ 185 00:21:57,316 --> 00:22:02,922 フルシチョフは最初 アメリカの強硬な姿勢に 負けはしないかと➡ 186 00:22:02,922 --> 00:22:06,792 緊張したと回想しています。 187 00:22:06,792 --> 00:22:11,597 しかし フルシチョフの目には 予想に反して➡ 188 00:22:11,597 --> 00:22:14,500 アイゼンハワーが弱腰に映りました。 189 00:22:14,500 --> 00:22:18,771 アイゼンハワーは 自分の態度を 一人では決定できず➡ 190 00:22:18,771 --> 00:22:23,275 逐一 ダレスの助言を必要としたのです。 191 00:22:24,944 --> 00:22:28,614 これは ソ連が西側代表団を➡ 192 00:22:28,614 --> 00:22:33,619 ジュネーブのソ連大使館での 朝食に招いた時の映像です。 193 00:22:35,788 --> 00:22:40,292 にこやかに酒を振る舞う フルシチョフです。 194 00:22:40,292 --> 00:22:45,431 「確かに我々は 具体的な成果を 上げる事ができなかった。➡ 195 00:22:45,431 --> 00:22:49,802 しかし 我々が 相手を恐れるのと同じように➡ 196 00:22:49,802 --> 00:22:54,974 敵もまた 我々を恐れていると知って 勇気づけられた。➡ 197 00:22:54,974 --> 00:23:00,246 我々は 自分たちが 国際舞台で自立しうる事を➡ 198 00:23:00,246 --> 00:23:03,949 名実ともに明らかにしたのである」。 199 00:23:07,586 --> 00:23:10,489 アメリカが ソ連を恐れた理由は➡ 200 00:23:10,489 --> 00:23:15,327 ソ連が次々と 核開発に成功を収めたからでした。 201 00:23:15,327 --> 00:23:18,597 これは ジュネーブ会談の年に行われた➡ 202 00:23:18,597 --> 00:23:22,101 ソ連の水爆実験の映像です。 203 00:23:24,937 --> 00:23:32,244 セミパラチンスク核実験場に 新型の水素爆弾が投下されました。 204 00:23:58,637 --> 00:24:05,644 この水爆は ソ連では最大の 2メガトンの威力を見せつけました。 205 00:24:07,246 --> 00:24:11,116 実験の成功に自信を得た フルシチョフは➡ 206 00:24:11,116 --> 00:24:15,587 戦争は もはや不可能になったと宣言。 207 00:24:15,587 --> 00:24:22,294 核兵器は 戦争を抑止するための力と 見なされるようになりました。 208 00:24:29,101 --> 00:24:33,939 核兵器を 戦争の抑止力と見る考え方は➡ 209 00:24:33,939 --> 00:24:38,277 核軍拡競争に 拍車をかける事になります。 210 00:24:38,277 --> 00:24:41,780 アメリカも ネバダ州の砂漠地帯で➡ 211 00:24:41,780 --> 00:24:45,985 核戦争を想定した実験を 繰り返しました。 212 00:24:49,955 --> 00:24:56,628 この映像は 原爆を使って行われた 軍事演習を記録したものです。 213 00:24:56,628 --> 00:25:04,236 1951年以降 兵士が 実際に 核爆発にさらされる軍事演習が➡ 214 00:25:04,236 --> 00:25:06,905 何度も行われました。 215 00:25:06,905 --> 00:25:26,258 ♬~ 216 00:25:26,258 --> 00:25:31,930 「爆発の瞬間 辺りは 真空状態のように感じられた。➡ 217 00:25:31,930 --> 00:25:35,768 全てが死に絶えたように 静まり返っていた。➡ 218 00:25:35,768 --> 00:25:41,940 そして 猛烈に明るい光。 僕は とっさに手で目を覆った。➡ 219 00:25:41,940 --> 00:25:48,280 だが まるでX線を浴びたように 指の骨が白く透けて見えた。➡ 220 00:25:48,280 --> 00:25:53,152 そのあと 大音響と共に 地面が激しく振動した。➡ 221 00:25:53,152 --> 00:25:58,857 耳を塞いでも ごう音が響き 頭が破裂しそうだった」。 222 00:26:01,560 --> 00:26:08,734 「空を見上げると 巨大な火の玉が 僕たちのちょうど真上にあった。➡ 223 00:26:08,734 --> 00:26:10,669 原爆を知るまで➡ 224 00:26:10,669 --> 00:26:15,240 僕は健康で無邪気な 17歳の若者だった。➡ 225 00:26:15,240 --> 00:26:19,912 しかし 爆発の瞬間 僕は悪魔の存在を思い➡ 226 00:26:19,912 --> 00:26:23,782 もはや 以前の自分では なくなってしまった。➡ 227 00:26:23,782 --> 00:26:28,921 この世は 死の世界と 幸福の世界から出来ていて➡ 228 00:26:28,921 --> 00:26:32,391 それらは薄い膜で隔てられている。➡ 229 00:26:32,391 --> 00:26:37,930 僕は その膜を突き破り 死の世界をのぞいてしまったのだ」。 230 00:26:37,930 --> 00:26:49,942 ♬~ 231 00:26:49,942 --> 00:26:56,281 「爆発のあと 僕たちは前進し 強い放射能の中に入っていった。➡ 232 00:26:56,281 --> 00:27:02,287 この演習から間もなくして 僕の髪の毛は抜け始めた」。 233 00:27:05,357 --> 00:27:08,727 アメリカの核実験に参加した兵士は➡ 234 00:27:08,727 --> 00:27:13,365 25万人から50万人に上るといわれます。 235 00:27:13,365 --> 00:27:18,070 現在も その多くは 放射線被ばくが原因と見られる➡ 236 00:27:18,070 --> 00:27:22,274 何らかの健康問題を抱えています。 237 00:27:28,580 --> 00:27:33,252 「3月1日 ビキニで行われた アメリカの水爆実験は➡ 238 00:27:33,252 --> 00:27:38,590 23名の日本人漁夫を 絶望のふちに突き落としました」。 239 00:27:38,590 --> 00:27:41,260 放射能汚染の恐ろしさは➡ 240 00:27:41,260 --> 00:27:45,931 日本のマグロ漁船 第五福龍丸の名前と共に➡ 241 00:27:45,931 --> 00:27:48,934 世界に知られるようになりました。 242 00:27:51,403 --> 00:27:55,274 アメリカの水爆実験は 死の灰をまき散らし➡ 243 00:27:55,274 --> 00:28:00,279 被ばくした漁船員の一人が 間もなく死亡したのです。 244 00:28:06,718 --> 00:28:11,557 核開発が 地球環境を 破壊するものである事に➡ 245 00:28:11,557 --> 00:28:14,860 人類は ようやく気付き始めます。 246 00:28:43,922 --> 00:28:48,794 「人類は 自らを破滅させる手段の開発に➡ 247 00:28:48,794 --> 00:28:51,597 エネルギーを浪費している。➡ 248 00:28:51,597 --> 00:28:55,467 世界は 2つの陣営に分割され➡ 249 00:28:55,467 --> 00:29:01,406 互いに 相手を絶滅させるための 準備を進めているのだ。➡ 250 00:29:01,406 --> 00:29:06,044 しかし 戦争は避ける事ができる。➡ 251 00:29:06,044 --> 00:29:10,549 核の時代においては 平和共存こそが➡ 252 00:29:10,549 --> 00:29:15,254 唯一の合理的選択なのだ」。 253 00:29:17,889 --> 00:29:26,064 この映像は 民主化を求める ブダペスト市民10万人のデモ行進です。 254 00:29:26,064 --> 00:29:33,805 1956年 フルシチョフが平和共存を唱え 同時に スターリン批判をした事は➡ 255 00:29:33,805 --> 00:29:38,310 東ヨーロッパの社会主義国を 揺さぶりました。 256 00:29:48,920 --> 00:29:51,823 政治改革を求めるデモは➡ 257 00:29:51,823 --> 00:29:55,260 ソ連の支配から 独立を目指す戦いへと➡ 258 00:29:55,260 --> 00:29:59,264 発展していったのです。 259 00:29:59,264 --> 00:30:05,270 翌日 ソ連軍が出動して 事態の収拾に当たりました。 260 00:30:05,270 --> 00:30:08,940 しかし ハンガリー軍の多くも 市民に協力。 261 00:30:08,940 --> 00:30:13,612 ソ連軍との武力衝突に 発展したのです。 262 00:30:13,612 --> 00:30:19,117 「狂気と混乱が 僕の周りを支配し始めた。➡ 263 00:30:19,117 --> 00:30:21,620 機関銃のバチバチという音。➡ 264 00:30:21,620 --> 00:30:24,289 あちこちの爆発音。➡ 265 00:30:24,289 --> 00:30:26,958 戦う人たちの叫び声。➡ 266 00:30:26,958 --> 00:30:30,829 あらゆる音が 死を予感させた。➡ 267 00:30:30,829 --> 00:30:37,602 だが 僕には 僕らは自由への扉に 近づいているのだと感じられた。➡ 268 00:30:37,602 --> 00:30:43,141 翼が与えられ 空をも飛べるような気がした。➡ 269 00:30:43,141 --> 00:30:50,649 僕らは再び ハンガリーの土の上で ハンガリー人になる事ができるのだ。➡ 270 00:30:50,649 --> 00:30:54,820 僕らは共産主義を 望んではいなかった。➡ 271 00:30:54,820 --> 00:31:01,593 完全に独立した 自由なハンガリーを望んでいたのだ」。 272 00:31:01,593 --> 00:31:06,264 ソ連兵や ソ連側の秘密警察隊員は➡ 273 00:31:06,264 --> 00:31:10,135 ブダペスト市民によってリンチされました。 274 00:31:10,135 --> 00:31:15,407 市民の頑強な抵抗に ソ連軍は ブダペストから撤退し➡ 275 00:31:15,407 --> 00:31:20,912 蜂起は 一時は成功するかと 思われました。 276 00:31:22,948 --> 00:31:28,754 しかし ソ連の大部隊が 国境を越えて ハンガリーに侵入。 277 00:31:28,754 --> 00:31:31,623 再び ブダペストを包囲します。 278 00:31:31,623 --> 00:31:33,658 市民の蜂起は➡ 279 00:31:33,658 --> 00:31:39,464 ソ連軍の圧倒的な力によって 粉砕されたのです。 280 00:31:45,170 --> 00:31:50,308 戦闘による死者は 少なくとも 3,000人。 281 00:31:50,308 --> 00:31:56,982 西側への亡命者は 20万人に上ったといわれます。 282 00:31:56,982 --> 00:32:03,789 ソ連の強硬な姿勢は 西側の激しい非難を招きました。 283 00:32:03,789 --> 00:32:08,794 東西の緊張は 再び高まります。 284 00:32:14,466 --> 00:32:49,234 ♬~ 285 00:32:49,234 --> 00:32:52,537 (歓声) 286 00:33:13,458 --> 00:33:21,166 バイコヌール宇宙基地で発射を待つ ソ連のR-7型ロケットです。 287 00:33:24,135 --> 00:33:30,842 1957年10月4日。 ソ連は世界で初めて➡ 288 00:33:30,842 --> 00:33:36,147 人工衛星 スプートニクの打ち上げに 成功しました。 289 00:33:42,287 --> 00:33:49,961 スプートニクは 直径58センチ 重さ80キロ余りの人工衛星でした。 290 00:33:49,961 --> 00:33:56,668 信号音を発しながら 96分で地球を1周しました。 291 00:33:59,638 --> 00:34:05,944 スプートニク成功のニュースは 世界を驚かせます。 292 00:34:19,124 --> 00:34:23,828 これは 望遠レンズで撮影された映像です。 293 00:34:23,828 --> 00:34:28,833 移動していく小さな点が スプートニクです。 294 00:34:34,272 --> 00:34:37,175 この小さな衛星こそ➡ 295 00:34:37,175 --> 00:34:40,946 実は ソ連の核戦略での優位を➡ 296 00:34:40,946 --> 00:34:45,951 決定的に 印象づけるものとなるのです。 297 00:34:52,557 --> 00:34:58,496 更に1か月後 ライカ犬を乗せた スプートニク2号が➡ 298 00:34:58,496 --> 00:35:02,801 世界を 再び驚かす事になります。 299 00:35:04,903 --> 00:35:11,576 スプートニク2号は 500キロ以上もある 大きな衛星でした。 300 00:35:11,576 --> 00:35:13,912 ライカ犬を乗せた事は➡ 301 00:35:13,912 --> 00:35:17,782 ソ連の宇宙研究が 有人宇宙飛行に向けて➡ 302 00:35:17,782 --> 00:35:23,488 着実に進歩している事を 物語っていました。 303 00:35:58,957 --> 00:36:01,726 アメリカの人工衛星は➡ 304 00:36:01,726 --> 00:36:07,232 直径16センチ 重さ1.5キロという 小さなものでした。 305 00:36:07,232 --> 00:36:10,568 スプートニクにおくれる事 2か月。 306 00:36:10,568 --> 00:36:14,239 世界が注目する中 アメリカは初めて➡ 307 00:36:14,239 --> 00:36:18,943 人工衛星の打ち上げに 挑戦しました。 308 00:36:40,265 --> 00:36:46,938 このヴァンガードロケットの打ち上げ失敗は ロケット開発において➡ 309 00:36:46,938 --> 00:36:53,945 ソ連が アメリカより進んでいる事を 証明する結果になりました。 310 00:37:04,422 --> 00:37:09,227 この映像は 現在のウクライナ共和国にある➡ 311 00:37:09,227 --> 00:37:14,733 軍事ミサイルの秘密工場で 撮影されたものです。 312 00:37:16,901 --> 00:37:20,572 ここでは スプートニク打ち上げの年➡ 313 00:37:20,572 --> 00:37:29,280 R-12と呼ばれる大陸間弾道ミサイル ICBMの開発に成功しています。 314 00:37:32,917 --> 00:37:38,790 人工衛星の代わりに 核弾頭を積むICBMがあれば➡ 315 00:37:38,790 --> 00:37:43,561 ソ連から直接 アメリカへの核攻撃が 可能になります。 316 00:37:43,561 --> 00:37:46,397 スプートニクの成功とは➡ 317 00:37:46,397 --> 00:37:52,203 つまり ICBMの成功を 意味していたのです。 318 00:37:58,943 --> 00:38:03,782 ソ連は この後 戦略ミサイル軍を新設し➡ 319 00:38:03,782 --> 00:38:10,789 核ミサイルを中心にした国防戦略を 推し進めていきます。 320 00:38:14,425 --> 00:38:19,564 一方 アメリカでは ミサイルでは ソ連に負けているという➡ 321 00:38:19,564 --> 00:38:23,234 ミサイル・ギャップの議論が 巻き起こります。 322 00:38:23,234 --> 00:38:29,541 アメリカ国民は 核攻撃の恐怖に とらわれるようになったのです。 323 00:38:35,814 --> 00:38:43,521 スプートニク成功の年 ソ連は 革命40周年を迎えました。 324 00:38:46,925 --> 00:38:49,827 この式典に出席した➡ 325 00:38:49,827 --> 00:38:53,398 毛沢東はじめ 世界64か国の➡ 326 00:38:53,398 --> 00:38:55,333 共産党指導者を前に➡ 327 00:38:55,333 --> 00:39:01,139 フルシチョフは ソ連の軍事的勝利を 宣言しました。 328 00:39:03,875 --> 00:39:09,214 「スターリンが 帝国主義の敵を 恐れていた頃よりは➡ 329 00:39:09,214 --> 00:39:11,883 我々は はるかに進歩した。➡ 330 00:39:11,883 --> 00:39:16,221 スターリンの恐れは もはや 我々にはなかった。➡ 331 00:39:16,221 --> 00:39:21,092 今や 我々の敵が恐怖に震え おののく番だった。➡ 332 00:39:21,092 --> 00:39:26,731 もちろん 我々は 最初に 人工衛星を打ち上げた事実を➡ 333 00:39:26,731 --> 00:39:31,236 最大限 政治的に 利用するつもりだった。➡ 334 00:39:31,236 --> 00:39:34,906 アメリカの軍国主義者に圧力を加え➡ 335 00:39:34,906 --> 00:39:40,912 我々に対する扱いを 改めさせようと思った」。 336 00:39:43,081 --> 00:39:48,887 この翌年 フルシチョフは 共産党第1書記に加えて➡ 337 00:39:48,887 --> 00:39:52,590 ソ連首相にも就任します。 338 00:39:52,590 --> 00:39:56,261 ソ連の最高権力を掌握した フルシチョフは➡ 339 00:39:56,261 --> 00:40:01,266 西側諸国への挑戦を開始しました。 340 00:40:02,934 --> 00:40:08,806 当時 社会主義陣営の最大の悩みは ベルリン問題でした。 341 00:40:08,806 --> 00:40:11,643 これは 西ベルリンにあった➡ 342 00:40:11,643 --> 00:40:14,545 難民登録所の映像です。 343 00:40:14,545 --> 00:40:19,284 東西のベルリン間の通行が まだ自由だった このころ➡ 344 00:40:19,284 --> 00:40:25,156 東ドイツの人々が 続々と ここに集まりました。 345 00:40:25,156 --> 00:40:30,895 西側への脱出希望者は ここで 難民登録をして➡ 346 00:40:30,895 --> 00:40:35,300 西側世界へ出ていきました。 347 00:40:35,300 --> 00:40:38,303 ベルリンの壁 建設までに➡ 348 00:40:38,303 --> 00:40:46,311 西ベルリンを経由して脱出した 東ドイツの人々は およそ170万人。 349 00:40:46,311 --> 00:40:53,017 東側にとっては 大量の 労働力の流出を意味していました。 350 00:40:56,954 --> 00:41:00,825 社会主義陣営にとって 西ベルリンは➡ 351 00:41:00,825 --> 00:41:05,797 東ドイツの真ん中に開いた いわば 傷口だったのです。 352 00:41:05,797 --> 00:41:11,502 フルシチョフは この傷口を塞ぐと約束しました。 353 00:41:13,271 --> 00:41:18,609 彼はベルリンの占領状態の解消を提案。 354 00:41:18,609 --> 00:41:22,947 西側占領軍が 西ベルリンから撤退すれば➡ 355 00:41:22,947 --> 00:41:30,254 難民を助けるものは いなくなり その流出は防げると考えたのです。 356 00:41:33,591 --> 00:41:35,960 一方 アメリカは➡ 357 00:41:35,960 --> 00:41:40,832 占領軍の撤退は 西ベルリンの 共産化につながると考え➡ 358 00:41:40,832 --> 00:41:45,136 断固拒否の姿勢を貫きます。 359 00:42:04,389 --> 00:42:10,194 西側の断固たる姿勢の前に フルシチョフは提案を撤回。 360 00:42:10,194 --> 00:42:16,200 しかし その後も 西側に圧力をかけ続けます。 361 00:43:00,912 --> 00:43:05,783 アメリカでは ミサイル・ギャップの議論が沸騰し➡ 362 00:43:05,783 --> 00:43:08,252 ソ連の軍事レベルに追いつくため➡ 363 00:43:08,252 --> 00:43:13,558 国防費の増額を求める声が 強まっていきます。 364 00:43:38,950 --> 00:43:45,122 アメリカが開発した秘密偵察機 U2です。 365 00:43:45,122 --> 00:43:50,995 アイゼンハワーの強気の発言の背景には 一つの事実がありました。 366 00:43:50,995 --> 00:43:54,131 当時 アメリカはU2を使って➡ 367 00:43:54,131 --> 00:43:57,635 ソ連の上空を スパイ飛行していたのです。 368 00:43:57,635 --> 00:44:02,473 その結果は ソ連では ミサイルの実戦配備は➡ 369 00:44:02,473 --> 00:44:06,911 ほとんど 進んでいないというものでした。 370 00:44:06,911 --> 00:44:09,247 ミサイル・ギャップは➡ 371 00:44:09,247 --> 00:44:13,251 実は アメリカの過剰反応が 生み出したものでした。 372 00:44:13,251 --> 00:44:20,758 しかし この事実はソ連への刺激を 恐れて 公表されませんでした。 373 00:44:25,263 --> 00:44:29,133 ソ連のミサイル技術の現実を うかがわせる➡ 374 00:44:29,133 --> 00:44:32,603 珍しい映像が 残されています。 375 00:44:32,603 --> 00:44:35,406 1960年10月。 376 00:44:35,406 --> 00:44:43,214 バイコヌール宇宙基地で 実験中のミサイルが 爆発炎上した時の映像です。 377 00:44:46,617 --> 00:44:52,290 体に火が燃え移り 逃げ惑う人々が映されています。 378 00:44:52,290 --> 00:44:55,193 犠牲となった 91名の中には➡ 379 00:44:55,193 --> 00:44:59,964 戦略ミサイル軍の司令官も 含まれていました。 380 00:44:59,964 --> 00:45:08,239 この悲劇は国家の最高機密として 最近まで隠し通されてきたのです。 381 00:45:08,239 --> 00:45:14,045 「公開の演説で 我々は どんな距離の物体にも➡ 382 00:45:14,045 --> 00:45:17,915 ミサイルを命中させる事ができると 言うのは➡ 383 00:45:17,915 --> 00:45:20,585 いつも 気持ちのよいものだった。➡ 384 00:45:20,585 --> 00:45:26,390 しかし 実際は 我々のミサイルは まだ 性能が不完全で➡ 385 00:45:26,390 --> 00:45:28,459 数も少なかった。➡ 386 00:45:28,459 --> 00:45:33,598 我々は 宇宙開発では アメリカより進んでいたが➡ 387 00:45:33,598 --> 00:45:37,935 核兵器の数では まだ 立ちおくれていた。➡ 388 00:45:37,935 --> 00:45:40,404 実験中のミサイルだけでは➡ 389 00:45:40,404 --> 00:45:46,210 アメリカにとって 大した脅威には ならなかったのだ」。 390 00:45:53,951 --> 00:45:57,421 1959年9月。 391 00:45:57,421 --> 00:46:01,892 ベルリン問題で悪化した 米ソ関係を改善するため➡ 392 00:46:01,892 --> 00:46:08,899 アイゼンハワーは フルシチョフを 非公式に アメリカに招待しました。 393 00:46:11,902 --> 00:46:19,610 ソ連の首相が アメリカを訪問したのは これが初めての事でした。 394 00:46:23,247 --> 00:46:30,588 「両国の国歌が吹奏され 21発の礼砲が鳴った。➡ 395 00:46:30,588 --> 00:46:34,258 私は 体が震えた。➡ 396 00:46:34,258 --> 00:46:40,064 今や 世界最大の資本主義国である アメリカが➡ 397 00:46:40,064 --> 00:46:42,133 彼らの目から見るならば➡ 398 00:46:42,133 --> 00:46:46,404 疫病か何かのように 忌まわしいものと思ってきた➡ 399 00:46:46,404 --> 00:46:51,609 社会主義の本家本元のような 我が国の代表に対して➡ 400 00:46:51,609 --> 00:46:56,314 こうして 敬意を表しているのだ」。 401 00:47:00,217 --> 00:47:06,991 この訪米の前日 ソ連のロケットは 月面にまで到達していました。 402 00:47:06,991 --> 00:47:13,764 フルシチョフは 月に送ったのと同じ この金属の記念品を土産として➡ 403 00:47:13,764 --> 00:47:17,768 アイゼンハワーに贈りました。 404 00:47:17,768 --> 00:47:25,076 宇宙開発でのリードを ここでも アイゼンハワーに見せつけたのです。 405 00:47:25,076 --> 00:47:30,748 フルシチョフは 2週間にわたって アメリカ各地を回りました。 406 00:47:30,748 --> 00:47:35,586 彼は 初めて見る資本主義の超大国 アメリカの印象を➡ 407 00:47:35,586 --> 00:47:38,489 次のように回想しています。 408 00:47:38,489 --> 00:47:42,927 「ニューヨークは ばかでかくて やかましくて➡ 409 00:47:42,927 --> 00:47:46,263 ネオンサインや自動車が やたら多くて➡ 410 00:47:46,263 --> 00:47:50,601 熱気が むんむんしていて 息が詰まりそうな街だった。➡ 411 00:47:50,601 --> 00:47:57,775 巨大な富と ぜいたく。 その一方に 恐るべき貧困が同居していた。➡ 412 00:47:57,775 --> 00:48:03,881 観光客が必ず見物するという 世界一高いビルにも行ったが➡ 413 00:48:03,881 --> 00:48:10,187 摩天楼などというものは どれも同じようなものだった」。 414 00:48:12,556 --> 00:48:20,431 ハリウッドでは フルシチョフは 映画「カンカン」の撮影を見学しました。 415 00:48:20,431 --> 00:48:33,244 ♬~ 416 00:48:33,244 --> 00:48:37,581 「カンカンという この特殊な踊りについては➡ 417 00:48:37,581 --> 00:48:39,517 何と言ったらよいだろう…。➡ 418 00:48:39,517 --> 00:48:43,454 はっきり言ってしまえば 全く淫らなものだ。➡ 419 00:48:43,454 --> 00:48:49,193 言いかえれば 成人向け 映画のようなものだった」。 420 00:48:49,193 --> 00:48:53,597 (拍手) 421 00:48:53,597 --> 00:48:58,102 フルシチョフは ソーセージ工場や 大農場なども視察し➡ 422 00:48:58,102 --> 00:49:01,539 気さくに アメリカ人と交流しました。 423 00:49:01,539 --> 00:49:04,041 友好的な雰囲気の中で➡ 424 00:49:04,041 --> 00:49:08,345 彼は「冷戦という氷は 解け始めている」といった➡ 425 00:49:08,345 --> 00:49:12,349 楽観的な見方さえ 示すようになりました。 426 00:49:14,051 --> 00:49:17,888 しかし アイゼンハワーとの会談では➡ 427 00:49:17,888 --> 00:49:24,195 米ソの基本的な対立は 何も解消されなかったのです。 428 00:49:28,532 --> 00:49:33,237 お互いに張り合う 米ソの関係を象徴する映像が➡ 429 00:49:33,237 --> 00:49:38,108 この同じ頃 撮影されています。 430 00:49:38,108 --> 00:49:43,881 当時 アメリカが開発したばかりの カラーのビデオカメラの前で➡ 431 00:49:43,881 --> 00:49:48,586 フルシチョフとニクソンが 資本主義と 社会主義の優劣について➡ 432 00:49:48,586 --> 00:49:50,921 論争を展開しました。 433 00:49:50,921 --> 00:49:55,626 これは その時のビデオ映像です。 434 00:49:58,262 --> 00:50:01,932 「あなたたちの方が 優れているものも確かにある。➡ 435 00:50:01,932 --> 00:50:05,603 例えば ロケット開発がそうです。 宇宙探査のね。➡ 436 00:50:05,603 --> 00:50:10,274 しかし 例えば このカラーテレビ。 これは 我々の勝ちです。➡ 437 00:50:10,274 --> 00:50:14,144 でも とにかく 我々 双方のためには…」。 438 00:50:14,144 --> 00:50:17,047 「いやいや。 いずれにせよ➡ 439 00:50:17,047 --> 00:50:20,618 我々は あなたたちを 完全に追い抜いたんです。➡ 440 00:50:20,618 --> 00:50:25,489 ロケットでね。 ロケットの開発技術でね。➡ 441 00:50:25,489 --> 00:50:28,959 これは譲れません」。 「いや~ ちょっと待って下さい。➡ 442 00:50:28,959 --> 00:50:31,295 これなんですよ。 私が言いたいのは。➡ 443 00:50:31,295 --> 00:50:35,165 お分かりですか? ここで使ってる ビデオテープというものは➡ 444 00:50:35,165 --> 00:50:38,969 今 ここで話している会話を 即座に録画し➡ 445 00:50:38,969 --> 00:50:44,842 ほかに伝える事ができるんです。 つまり コミュニケーションが増える。➡ 446 00:50:44,842 --> 00:50:49,313 コミュニケーションが増えれば 我々が学ぶ事もあるだろうし➡ 447 00:50:49,313 --> 00:50:51,982 あなたたちが学ぶ事も あるでしょう。➡ 448 00:50:51,982 --> 00:50:55,853 あなたは 何でも知ってますか?」。 449 00:50:55,853 --> 00:51:00,791 「私に知らない事があるとすれば あなたは どうなんです?➡ 450 00:51:00,791 --> 00:51:05,930 共産主義について何もご存じない。 ただ 恐れてるだけです。➡ 451 00:51:05,930 --> 00:51:09,400 我々の国が出来て まだ 42年もたっていない。➡ 452 00:51:09,400 --> 00:51:11,335 しかし あと7年もしたら➡ 453 00:51:11,335 --> 00:51:14,271 我々は アメリカと 肩を並べる事になるでしょう。➡ 454 00:51:14,271 --> 00:51:18,142 そして アメリカを 追い抜いていきますからね。➡ 455 00:51:18,142 --> 00:51:21,011 追い抜く時には こうやってね➡ 456 00:51:21,011 --> 00:51:23,414 ちゃんと 挨拶しようではありませんか。➡ 457 00:51:23,414 --> 00:51:29,219 バイバ~イ!」。 (拍手) 458 00:51:30,955 --> 00:51:34,291 一時 和らいだ米ソ関係は➡ 459 00:51:34,291 --> 00:51:39,630 予想外の事件で 再び緊張します。 460 00:51:39,630 --> 00:51:42,967 1960年5月。 461 00:51:42,967 --> 00:51:49,306 アメリカの偵察機 U2が ソ連軍によって撃墜されたのです。 462 00:51:49,306 --> 00:51:54,445 自国のミサイルを 実際の性能以上に 誇示してきたソ連にとって➡ 463 00:51:54,445 --> 00:51:59,650 その実態を暴かれる事は 脅威でした。 464 00:52:02,920 --> 00:52:08,258 ソ連は U2のパイロットを捕らえて 公開裁判にかけ➡ 465 00:52:08,258 --> 00:52:13,564 アメリカのスパイ行為を 激しく糾弾しました。 466 00:52:37,621 --> 00:52:42,793 アメリカは 当初 スパイ飛行の事実を 否定していました。 467 00:52:42,793 --> 00:52:46,664 しかし ソ連に 生きた証拠を突きつけられると➡ 468 00:52:46,664 --> 00:52:52,870 アメリカは一転して U2のスパイ飛行を正当化しました。 469 00:53:38,282 --> 00:53:43,153 1960年は 大統領選挙の年でした。 470 00:53:43,153 --> 00:53:46,957 アイゼンハワーの後継者は 共和党のニクソン。 471 00:53:46,957 --> 00:53:50,294 民主党からは ケネディが立候補。 472 00:53:50,294 --> 00:53:52,963 初めて行われたテレビ討論で➡ 473 00:53:52,963 --> 00:53:57,267 ケネディ候補が優位に立ったと いわれています。 474 00:53:58,836 --> 00:54:00,771 「さまざまな調査を見れば➡ 475 00:54:00,771 --> 00:54:03,907 私は こう結論づけるしか ないだろうと思っています。➡ 476 00:54:03,907 --> 00:54:06,577 アメリカが 10年前 20年前のような➡ 477 00:54:06,577 --> 00:54:09,246 明るい未来を持った 活力に満ちた国であると➡ 478 00:54:09,246 --> 00:54:11,181 もはや 誰も思っていません。➡ 479 00:54:11,181 --> 00:54:14,918 その理由は ソビエトが 宇宙開発でリードしたため➡ 480 00:54:14,918 --> 00:54:19,089 世界中の人々が 科学の分野で アメリカが ナンバーワンかどうか➡ 481 00:54:19,089 --> 00:54:22,126 疑うようになったという事です。➡ 482 00:54:22,126 --> 00:54:25,262 我々は ほかの分野では 進んでいるかもしれません。➡ 483 00:54:25,262 --> 00:54:30,601 しかし 宇宙科学という 新しい分野では 負けたのです」。 484 00:54:30,601 --> 00:54:35,472 「さて 例えば ここに ケネディ候補のような人物がいて➡ 485 00:54:35,472 --> 00:54:39,610 何度も何度も アメリカが 宇宙開発で おくれていると言います。➡ 486 00:54:39,610 --> 00:54:41,545 ところが 現実は➡ 487 00:54:41,545 --> 00:54:45,482 アメリカが 28回の打ち上げに 成功しているのに対し➡ 488 00:54:45,482 --> 00:54:48,952 ソビエトは 8回 成功したにすぎません。➡ 489 00:54:48,952 --> 00:54:51,622 彼が このような事を言う時➡ 490 00:54:51,622 --> 00:54:53,957 アメリカの威信は どうなるのでしょうか。➡ 491 00:54:53,957 --> 00:54:57,828 当然 地に落ちてしまうでしょう」。 492 00:54:57,828 --> 00:55:01,765 「私は やはり ソビエトが 宇宙開発では一番だと思います。➡ 493 00:55:01,765 --> 00:55:04,234 あなた自身 負けを認めたではありませんか。➡ 494 00:55:04,234 --> 00:55:08,105 あなたは フルシチョフとの討論で ロケットは ソビエトが上だが➡ 495 00:55:08,105 --> 00:55:11,008 カラーテレビでは 我々の勝ちだと 言ったはずです。➡ 496 00:55:11,008 --> 00:55:13,577 私は ロケットの方が カラーテレビなんかより➡ 497 00:55:13,577 --> 00:55:17,281 ずっと重要だと思いますが」。 498 00:55:20,450 --> 00:55:30,127 1960年11月。 ケネディが 第35代アメリカ大統領に選ばれました。 499 00:55:30,127 --> 00:55:32,930 当時 ケネディは43歳。 500 00:55:32,930 --> 00:55:39,736 人々は この若い大統領に 強いアメリカを期待したのです。 501 00:55:42,105 --> 00:55:47,978 一方 フルシチョフは大統領選挙のさなか 再び ニューヨークを訪れ➡ 502 00:55:47,978 --> 00:55:52,115 国連総会に出席しています。 503 00:55:52,115 --> 00:56:01,358 ♬~ 504 00:56:01,358 --> 00:56:07,564 この時 フルシチョフは 一人のキューバ人と 初めて対面します。 505 00:56:07,564 --> 00:56:15,739 この前の年 キューバ革命を達成した カストロでした。 506 00:56:15,739 --> 00:56:20,911 革命後 社会主義的な政策を 進めていたカストロは➡ 507 00:56:20,911 --> 00:56:25,582 これ以後 ソ連との関係を 一層 強めていきます。 508 00:56:25,582 --> 00:56:27,618 キューバの社会主義化は➡ 509 00:56:27,618 --> 00:56:33,123 アメリカにとっては 大きな脅威となりました。 510 00:56:41,131 --> 00:56:47,838 ソ連は 宇宙開発でも アメリカに新たな衝撃を与えました。 511 00:56:47,838 --> 00:56:50,807 1961年4月。 512 00:56:50,807 --> 00:56:57,114 世界で初めて 有人宇宙飛行に成功したのです。 513 00:57:02,419 --> 00:57:06,223 宇宙船からの中継映像です。 514 00:57:06,223 --> 00:57:09,559 この人物は ソ連の栄光を担った➡ 515 00:57:09,559 --> 00:57:13,764 27歳の空軍少佐… 516 00:57:18,235 --> 00:57:23,106 ガガーリンは 2時間足らずで 地球を1周。 517 00:57:23,106 --> 00:57:28,245 無事 地上に帰還しました。 518 00:57:28,245 --> 00:57:37,254 ♬~ 519 00:57:37,254 --> 00:57:40,257 有人宇宙飛行の成功は➡ 520 00:57:40,257 --> 00:57:44,995 ソ連にとって またとない 宣伝材料となりました。 521 00:57:44,995 --> 00:57:50,801 フルシチョフの政治的立場は 一層 強化されます。 522 00:57:55,605 --> 00:58:01,311 フルシチョフが感激の涙を拭っています。 523 00:58:03,880 --> 00:58:06,783 相次ぐ成功を背景に➡ 524 00:58:06,783 --> 00:58:10,220 フルシチョフは アメリカの若い大統領に➡ 525 00:58:10,220 --> 00:58:13,523 挑戦する事になります。 526 00:58:16,893 --> 00:58:19,229 一方 ケネディは➡ 527 00:58:19,229 --> 00:58:24,101 大統領就任早々 キューバ問題などを 抱えた不利な立場で➡ 528 00:58:24,101 --> 00:58:26,903 ウィーン会談に臨みました。 529 00:58:26,903 --> 00:58:30,207 2人の初めての会談です。 530 00:58:32,576 --> 00:58:36,913 懸案は ベルリン問題でした。 531 00:58:36,913 --> 00:58:40,250 フルシチョフは かつて アイゼンハワーに提案した➡ 532 00:58:40,250 --> 00:58:47,591 西ベルリンの占領軍の撤退を 再び ケネディに強く迫ったのです。 533 00:58:47,591 --> 00:58:55,932 しかし ケネディにとっても同意できる 提案ではありませんでした。 534 00:58:55,932 --> 00:58:59,770 「最後に ケネディに会った夜➡ 535 00:58:59,770 --> 00:59:03,540 彼は 非常に 落ち着かない様子だった。➡ 536 00:59:03,540 --> 00:59:09,413 この時の彼の表情を 私は 今でも はっきりと思い出す。➡ 537 00:59:09,413 --> 00:59:13,884 私は いささか 気の毒な気持ちを 禁じえなかった。➡ 538 00:59:13,884 --> 00:59:18,221 しかし どうする事もできなかった。➡ 539 00:59:18,221 --> 00:59:20,157 西ベルリンの問題は➡ 540 00:59:20,157 --> 00:59:25,562 健康な肉体に出来た腫れ物のように 膨れ上がってきていた。➡ 541 00:59:25,562 --> 00:59:28,465 この腫れ物を取り除く事が➡ 542 00:59:28,465 --> 00:59:33,770 今までよりも 一層 重要になっていた」。 543 00:59:37,174 --> 00:59:42,579 首脳会談から2か月後の 8月13日 未明。 544 00:59:42,579 --> 00:59:47,084 東西のベルリンを結ぶ道が 突如 封鎖され➡ 545 00:59:47,084 --> 00:59:49,753 通行が禁止されました。 546 00:59:49,753 --> 00:59:54,257 ベルリンの壁の建設です。 547 00:59:54,257 --> 01:00:02,265 東ドイツは フルシチョフの承認を得て 最後の手段に出たのです。 548 01:00:04,901 --> 01:00:09,806 西側には 全く予期せぬ出来事でした。 549 01:00:09,806 --> 01:00:15,946 間もなく 東西ベルリン間 45キロが封鎖されました。 550 01:00:15,946 --> 01:00:18,415 ブロック塀は 更に補強され➡ 551 01:00:18,415 --> 01:00:21,952 本格的な壁が 建設されていきました。 552 01:00:21,952 --> 01:00:26,623 しかし 西側諸国は 戦争の勃発を恐れ➡ 553 01:00:26,623 --> 01:00:31,328 事態を 黙認せざるをえませんでした。 554 01:00:33,130 --> 01:00:38,301 これは 西側に脱出する人々の映像です。 555 01:00:38,301 --> 01:00:45,809 人々は 国境警備隊の目を盗んで 命懸けの脱出を決行しました。 556 01:00:45,809 --> 01:00:49,980 「西ベルリンには いろんな自由がありました。➡ 557 01:00:49,980 --> 01:00:52,649 東にはない自由です。➡ 558 01:00:52,649 --> 01:00:56,319 西では 行きたい所へは どこにでも行けたし➡ 559 01:00:56,319 --> 01:00:59,656 考える事を 自由に口に出せました。➡ 560 01:00:59,656 --> 01:01:02,259 最後のチャンスでした。➡ 561 01:01:02,259 --> 01:01:06,129 今日 逃げなければ 一生 駄目だと思ったんです。➡ 562 01:01:06,129 --> 01:01:10,600 私は何も持たず 命の危険さえ顧みず➡ 563 01:01:10,600 --> 01:01:15,605 自由に向かって 走りだしていました」。 564 01:01:19,276 --> 01:01:22,946 窓から荷物を投げ下ろした この男性は➡ 565 01:01:22,946 --> 01:01:29,953 東側の自宅から 西側の路上に 飛び降りようとしています。 566 01:01:33,590 --> 01:01:39,296 東西の境界線での出来事です。 567 01:01:42,299 --> 01:01:45,202 77歳の この女性は➡ 568 01:01:45,202 --> 01:01:47,637 東側の警備隊に見つかり➡ 569 01:01:47,637 --> 01:01:51,508 引き戻されそうになります。 570 01:01:51,508 --> 01:01:53,810 窓の下から 足を引っ張り➡ 571 01:01:53,810 --> 01:01:59,316 脱出を助けるのは 西側の市民です。 572 01:01:59,316 --> 01:02:09,593 ♬~ 573 01:02:09,593 --> 01:02:18,268 西側に開いた窓も やがて 一つ残らず 塞がれていきました。 574 01:02:18,268 --> 01:02:25,775 この映像は 東ドイツのカメラマンが 東側から撮影したものです。 575 01:02:25,775 --> 01:02:29,279 東側にとって 壁の建設は➡ 576 01:02:29,279 --> 01:02:34,618 資本主義による侵略から 東ベルリンを守るためでした。 577 01:02:34,618 --> 01:02:37,520 西側で よくいわれた恥辱の壁は➡ 578 01:02:37,520 --> 01:02:44,294 東側では 社会主義を守る 守護の壁だったのです。 579 01:02:44,294 --> 01:02:47,964 「西側の軍隊が いつ攻撃してくるのか➡ 580 01:02:47,964 --> 01:02:50,634 とても心配でした。➡ 581 01:02:50,634 --> 01:02:52,569 だから 自分たちの役割は➡ 582 01:02:52,569 --> 01:02:56,973 平和のための救済者だと 確信していました。➡ 583 01:02:56,973 --> 01:03:01,578 壁の向こうから ひどい言葉で罵る 西側のデモ隊を見ると➡ 584 01:03:01,578 --> 01:03:06,916 それは まさに階級の敵という 言葉が ぴったりでした。➡ 585 01:03:06,916 --> 01:03:10,787 彼らが汚い手足で 我々の清潔な街に来る事は➡ 586 01:03:10,787 --> 01:03:15,792 何としてでも 阻止しなければ なりませんでした」。 587 01:03:18,528 --> 01:03:23,266 最後の別れを惜しむ母と娘です。 588 01:03:23,266 --> 01:03:28,938 間もなく この2人の間にも 壁が建設されました。 589 01:03:28,938 --> 01:03:47,957 ♬~ 590 01:03:47,957 --> 01:03:54,431 壁を建設しても 自由を求める 人々の気持ちを封じ込める事は➡ 591 01:03:54,431 --> 01:03:56,366 できませんでした。 592 01:03:56,366 --> 01:04:00,904 この映像には 1964年10月➡ 593 01:04:00,904 --> 01:04:08,378 壁の下に掘られたトンネルで 西側へ 脱出した人々が映されています。 594 01:04:08,378 --> 01:04:12,248 10か月に及ぶ秘密の作業の末➡ 595 01:04:12,248 --> 01:04:18,955 全長145メートルのトンネルが 掘られました。 596 01:04:20,590 --> 01:04:23,259 このトンネルを通って➡ 597 01:04:23,259 --> 01:04:29,132 幼児から老人までの57人が 脱出に成功したのです。 598 01:04:29,132 --> 01:04:32,769 この計画を聞きつけた 西側のカメラマンが➡ 599 01:04:32,769 --> 01:04:37,273 その一部始終を撮影していました。 600 01:04:39,943 --> 01:04:47,283 この映像は 壁を越えようとして 東側の国境警備隊に射殺された➡ 601 01:04:47,283 --> 01:04:52,989 18歳の青年の姿をとらえています。 602 01:04:55,959 --> 01:05:03,767 ベルリンの壁を舞台にした悲劇は 壁が崩壊する 1989年まで➡ 603 01:05:03,767 --> 01:05:08,772 28年にわたって続く事になります。 604 01:05:19,582 --> 01:05:28,291 ケネディ大統領の45歳の誕生パーティーに 駆けつけた マリリン・モンローです。 605 01:05:31,194 --> 01:05:35,131 間もなく36歳を迎えるモンロー。 606 01:05:35,131 --> 01:05:40,837 これは 謎の死を遂げる 2か月前の映像です。 607 01:05:46,276 --> 01:05:58,855 ♬「ハッピー バースデー トゥ ユー ハッピー バースデー トゥ ユー」 608 01:05:58,855 --> 01:06:05,562 ♬「ハッピー バースデー ミスター プレジデント」 609 01:06:05,562 --> 01:06:12,435 ♬「ハッピー バースデー トゥ ユー」 610 01:06:12,435 --> 01:06:16,906 エブリバディ ハッピー バースデー! (拍手と歓声) 611 01:06:16,906 --> 01:06:24,781 ♬~ 612 01:06:24,781 --> 01:06:30,920 当時 ベルリンでの緊張に 神経をとがらせていた ケネディ。 613 01:06:30,920 --> 01:06:37,927 フルシチョフは このケネディに新たな挑戦を 仕掛ける事になります。 614 01:06:41,931 --> 01:06:46,402 フルシチョフが狙いを定めたのは アメリカの裏庭。 615 01:06:46,402 --> 01:06:50,773 カリブ海に浮かぶ キューバでした。 616 01:06:50,773 --> 01:06:54,277 1962年10月。 617 01:06:54,277 --> 01:07:01,084 アメリカの偵察機 U2が キューバで 建設中のミサイル基地を発見します。 618 01:07:01,084 --> 01:07:06,923 航空写真には ミサイルの発射台などが はっきりと写っていました。 619 01:07:06,923 --> 01:07:08,925 ソ連は ひそかに➡ 620 01:07:08,925 --> 01:07:15,131 核弾頭と中距離ミサイルの運び込みを 進めていたのです。 621 01:07:21,437 --> 01:07:26,743 「アメリカは カストロのキューバが存在する という事態を➡ 622 01:07:26,743 --> 01:07:30,580 決して容認しないだろうと 我々は確信していた。➡ 623 01:07:30,580 --> 01:07:34,918 しかし もし 我々が キューバを失ったならば➡ 624 01:07:34,918 --> 01:07:39,589 それが 共産主義に対する 手痛い打撃になり➡ 625 01:07:39,589 --> 01:07:42,492 我が国の威信は失墜する。➡ 626 01:07:42,492 --> 01:07:46,930 我々は カリブ海へのアメリカの介入を➡ 627 01:07:46,930 --> 01:07:51,267 効果的に食い止める措置を 講じなければならなかった。➡ 628 01:07:51,267 --> 01:07:55,138 その答えが ミサイルだった。➡ 629 01:07:55,138 --> 01:07:59,609 我々のミサイルは 西側が好んで口にする➡ 630 01:07:59,609 --> 01:08:04,447 力の均衡の釣り合いを とってくれると思われた。➡ 631 01:08:04,447 --> 01:08:11,721 アメリカは 我が国を軍事基地で包囲し 核兵器で脅かしているが➡ 632 01:08:11,721 --> 01:08:15,224 敵のミサイルが 自分に向けられていれば➡ 633 01:08:15,224 --> 01:08:21,531 どんな気がするか 今や 彼らが知るべき時だった」。 634 01:08:36,245 --> 01:08:40,917 ケネディは キューバの周辺海域の封鎖を指令。 635 01:08:40,917 --> 01:08:46,255 キューバへ向かう船の 臨検が始まりました。 636 01:08:46,255 --> 01:08:53,563 世界に展開するアメリカ軍は 警戒態勢のもとに置かれました。 637 01:08:55,932 --> 01:09:00,770 一方 キューバでは 全軍に動員令が発せられ➡ 638 01:09:00,770 --> 01:09:02,739 戦闘態勢に突入。 639 01:09:02,739 --> 01:09:07,744 アメリカ軍を迎え撃つ準備が 進められたのです。 640 01:09:13,883 --> 01:09:19,756 食料の買い出しで混雑する アメリカのスーパーマーケットです。 641 01:09:19,756 --> 01:09:22,892 世界が固唾をのんで見守る中➡ 642 01:09:22,892 --> 01:09:27,563 米ソ首脳は 息詰まる交渉を続けていました。 643 01:09:27,563 --> 01:09:32,902 フルシチョフが ミサイル撤去に 同意するまでの数日間➡ 644 01:09:32,902 --> 01:09:39,575 世界は 初めて核戦争勃発の危機に 直面したのです。 645 01:09:39,575 --> 01:09:42,912 「大統領の表情は ひきつり➡ 646 01:09:42,912 --> 01:09:48,251 目は苦悩のため ほとんど灰色に見えた。➡ 647 01:09:48,251 --> 01:09:54,590 彼は 戦争を引き起こす いろいろな誤算について語った。➡ 648 01:09:54,590 --> 01:09:59,929 我々が戦いたくないのと同様 ソビエトも戦いたくないのだ。➡ 649 01:09:59,929 --> 01:10:07,270 彼らは我々との戦争を望まないし 我々も彼らとの戦争を望まない。➡ 650 01:10:07,270 --> 01:10:11,941 しかもなお ここ数日来の出来事が 今後も続けば➡ 651 01:10:11,941 --> 01:10:18,614 戦いは全人類を巻き込み 世界を破壊してしまうだろう。➡ 652 01:10:18,614 --> 01:10:21,284 大統領を一番悩ませ➡ 653 01:10:21,284 --> 01:10:24,187 戦争の見通しを 恐ろしいものにしたのは➡ 654 01:10:24,187 --> 01:10:30,493 アメリカと全世界の子どもたちが 死んでいく 幻影であった」。 655 01:10:35,832 --> 01:10:39,635 戦争を抑止するという理由で➡ 656 01:10:39,635 --> 01:10:44,307 米ソ両国は 核軍拡の道を歩んできました。 657 01:10:44,307 --> 01:10:48,177 そして 相手からの核攻撃を 恐れるあまりに➡ 658 01:10:48,177 --> 01:10:54,884 先制攻撃のボタンを押しかねない状況に 追い込まれていったのです。 659 01:10:56,652 --> 01:10:59,322 核の時代の平和。 660 01:10:59,322 --> 01:11:07,396 それは 恐怖の均衡の上に成立した もろく 危うい平和にすぎない。 661 01:11:07,396 --> 01:11:12,902 この事を 人々は思い知らされたのです。 662 01:11:16,606 --> 01:11:21,944 キューバ危機のあと 米ソの関係は大きく前進。 663 01:11:21,944 --> 01:11:26,816 大気圏内での核実験を 禁止する条約が結ばれました。 664 01:11:26,816 --> 01:11:29,418 しかし 米ソの首脳には➡ 665 01:11:29,418 --> 01:11:34,257 思わぬ運命が 待ち受けていたのです。 666 01:11:34,257 --> 01:11:37,260 (銃声) 667 01:11:40,630 --> 01:11:46,135 ケネディ暗殺の翌年 フルシチョフも失脚。 668 01:11:46,135 --> 01:11:52,942 アメリカへ譲歩し過ぎた事が その原因の一つといわれます。 669 01:11:58,648 --> 01:12:03,252 やがて アメリカは ベトナム戦争に介入。 670 01:12:03,252 --> 01:12:07,590 冷戦は 新たな段階へと進んでいきます。 671 01:12:07,590 --> 01:12:10,259 米ソ両国は再び➡ 672 01:12:10,259 --> 01:12:15,965 激しい核軍拡競争を 展開する事になるのです。 673 01:12:20,903 --> 01:12:28,945 部分的核実験停止条約が 調印された 1963年以降➡ 674 01:12:28,945 --> 01:12:31,847 今日までに行われた核実験は➡ 675 01:12:31,847 --> 01:12:37,620 およそ1,500回に上ると 見られています。 676 01:12:37,620 --> 01:12:42,491 (カウントダウン) 677 01:12:42,491 --> 01:12:45,294 (発射音) 678 01:12:45,294 --> 01:13:53,596 ♬~