1 00:00:04,137 --> 00:00:07,140 しれつな権力争いの中で➡ 2 00:00:07,140 --> 00:00:14,615 一族の栄華の礎を築いた一人として 知られています。 3 00:00:14,615 --> 00:00:16,950 兼家の妻の一人➡ 4 00:00:16,950 --> 00:00:19,853 藤原道綱母によって書かれた➡ 5 00:00:19,853 --> 00:00:21,822 「蜻蛉日記」からは➡ 6 00:00:21,822 --> 00:00:24,291 若き日の 兼家の姿を➡ 7 00:00:24,291 --> 00:00:27,294 うかがい知ることが できます。 8 00:00:29,630 --> 00:00:33,934 京都府宇治市を流れる 宇治川。 9 00:00:35,502 --> 00:00:41,808 「蜻蛉日記」には 道綱母が 長谷寺へ詣でた帰り道➡ 10 00:00:41,808 --> 00:00:45,312 都から わざわざ迎えに来た兼家と➡ 11 00:00:45,312 --> 00:00:47,648 現在の宇治橋付近で➡ 12 00:00:47,648 --> 00:00:52,953 川を挟んで歌を詠み合ったことが 記されています。 13 00:00:57,658 --> 00:01:01,929 「蜻蛉日記」中盤に書かれている鵜飼は➡ 14 00:01:01,929 --> 00:01:07,267 宇治川の夏の風物詩として 今も行われています。 15 00:01:07,267 --> 00:01:09,603 このころの日記には➡ 16 00:01:09,603 --> 00:01:17,945 出世し 栄華を極めていく兼家の姿が 多く記されています。 17 00:01:17,945 --> 00:01:22,783 「蜻蛉日記」の中には 一人の妻の目線から見た➡ 18 00:01:22,783 --> 00:01:27,287 兼家のさまざまな表情が 残されているのです。