1 00:00:02,202 --> 00:00:06,607 藤原伊周の身内が関与した呪詛事件。 2 00:00:06,607 --> 00:00:10,777 僧侶 円能の供述調書が残されています。 3 00:00:10,777 --> 00:00:14,114 そこからは 当時の貴族たちが➡ 4 00:00:14,114 --> 00:00:18,285 呪詛を行っていた様子が うかがえます。 5 00:00:18,285 --> 00:00:21,188 京都市内の資料館には➡ 6 00:00:21,188 --> 00:00:23,156 発掘調査で見つかった➡ 7 00:00:23,156 --> 00:00:27,861 平安時代の呪詛に関するものが 展示されています。 8 00:00:29,630 --> 00:00:35,302 おはらいの呪符や 人形代と呼ばれるものです。 9 00:00:35,302 --> 00:00:37,971 名前が書かれているのは➡ 10 00:00:37,971 --> 00:00:42,643 呪いが込められたものだと 考えられています。 11 00:00:42,643 --> 00:00:48,515 かつて 長徳の変の折 伊周は 呪詛した罪により➡ 12 00:00:48,515 --> 00:00:54,154 弟の隆家と共に それぞれ別の地に左遷されました。 13 00:00:54,154 --> 00:01:00,260 「栄花物語」に 伊周が詠んだとされる歌があります。 14 00:01:00,260 --> 00:01:04,131 国境で隔てられた 須磨と明石は➡ 15 00:01:04,131 --> 00:01:07,401 近くて遠い 別の国。 16 00:01:07,401 --> 00:01:09,336 2つの地を➡ 17 00:01:09,336 --> 00:01:11,772 離れ離れになった 2人の境遇に➡ 18 00:01:11,772 --> 00:01:14,608 重ね合わせています。 19 00:01:14,608 --> 00:01:20,480 その後 都に戻った2人は 対照的な運命をたどり➡ 20 00:01:20,480 --> 00:01:26,486 伊周は 再び ちょう落していくことになるのです。