1 00:00:01,802 --> 00:01:04,798 ♬~ 2 00:01:20,547 --> 00:01:25,419 (清原)この人と僕が知り合ったのは➡ 3 00:01:25,419 --> 00:01:29,890 「金色夜叉」の 貫一 お宮じゃないが➡ 4 00:01:29,890 --> 00:01:37,197 大学の教授のお宅で開かれた お正月のカルタ会でね。 5 00:01:39,232 --> 00:01:47,908 遅くなって 帰り道 この人を うちまで送り届けた。 6 00:01:47,908 --> 00:01:54,581 それから 時々 芝居に行ったり➡ 7 00:01:54,581 --> 00:02:00,687 音楽会に行ったり するようになってね。 8 00:02:00,687 --> 00:02:07,861 そしたら ある日 この人が ドイツ語で 僕に こう言ったんだ。 9 00:02:07,861 --> 00:02:10,564 リブスト ドゥ ミッヒ。 10 00:02:12,100 --> 00:02:22,376 これはね 「なんじは 我を愛するや」 という意味でね。 11 00:02:22,376 --> 00:02:28,181 この人が ドイツ語を知っているのに まず驚いた。 12 00:02:28,181 --> 00:02:36,890 そしたら 「これは どういう意味ですか」 って言うじゃないか。 13 00:02:36,890 --> 00:02:40,694 この人は 全然 ドイツ語なんか知らなかったんだよ。 14 00:02:42,562 --> 00:02:50,037 本当は 誰かに教わって 僕の気を引こうとしたらしい。➡ 15 00:02:50,037 --> 00:02:56,410 で 僕は 答えの言葉を言うかわりに➡ 16 00:02:56,410 --> 00:03:00,981 この人に 同じ言葉を言ったんだ。 17 00:03:00,981 --> 00:03:05,852 「リブスト ドゥ ミッヒ」とね。 18 00:03:05,852 --> 00:03:12,526 そしたら 意味も分からないはずの この人が➡ 19 00:03:12,526 --> 00:03:16,863 耳まで赤くなって うつむいてしまった。 20 00:03:16,863 --> 00:03:18,799 (純子)それやったら➡ 21 00:03:18,799 --> 00:03:23,370 奥さんの方から プロポーズしはったようなもんですね。 22 00:03:23,370 --> 00:03:26,873 まあ そういうことだね。 23 00:03:32,879 --> 00:03:39,553 この年になっても 思い出すのは➡ 24 00:03:39,553 --> 00:03:43,857 この人と知り合った頃のことだなあ。 25 00:03:45,425 --> 00:03:53,100 この人をおいて 生涯を共にする人は ないと➡ 26 00:03:53,100 --> 00:03:58,605 そう純粋に 考えついた頃のことを思い出す。 27 00:04:05,178 --> 00:04:07,681 (あき)明日 試合 何時や? 28 00:04:07,681 --> 00:04:11,518 (雄太)明日は早いねん。 第1試合やさかいな 8時や。 29 00:04:11,518 --> 00:04:13,453 6時前に 家を出んならん。 30 00:04:13,453 --> 00:04:16,256 そうか。 ほんなら 今夜は はよう おやすみ。 31 00:04:18,291 --> 00:04:22,529 (昭)なあ お姉ちゃん いつ帰ってくんのやろな。 32 00:04:22,529 --> 00:04:29,002 そやなあ。 そろそろ 道路は 復旧されたという話やけどな。 33 00:04:29,002 --> 00:04:31,371 はよ帰って 試合 見に来てくれんと➡ 34 00:04:31,371 --> 00:04:34,274 2回戦で負けてしもたら おしまいや。 35 00:04:34,274 --> 00:04:36,877 最後の夏やしな。 36 00:04:36,877 --> 00:04:40,547 もっとも 僕には出るチャンスもないし どっちでも ええか。 37 00:04:40,547 --> 00:04:43,884 昭。 38 00:04:43,884 --> 00:04:47,220 はよ帰れて 電報打ったら どないやろ。 39 00:04:47,220 --> 00:04:50,423 危ない思いして 帰ってくることあらへん。 40 00:05:01,735 --> 00:05:03,703 (清彦)これ 握り飯 もうてくで。 41 00:05:03,703 --> 00:05:06,173 (つや)はいはい。 気ぃ付けてや。 おう。 42 00:05:06,173 --> 00:05:08,108 清彦さん。 43 00:05:08,108 --> 00:05:11,044 速水さん どの現場に行ってはるか 分かりません? 44 00:05:11,044 --> 00:05:13,513 分からんな。 ひょっとしたら あの➡ 45 00:05:13,513 --> 00:05:17,017 清原先生のとこの 土砂崩れの後始末 ちゃうか? 46 00:05:24,524 --> 00:05:28,695 すまんが どなたか 内藤先生を呼んできてくださらんか。 47 00:05:28,695 --> 00:05:32,532 どないされました? 家内の様子が おかしいんです。 48 00:05:32,532 --> 00:05:35,202 はい。 49 00:05:35,202 --> 00:05:41,708 清原欽一郎の妻 澄の容体が 急変したのは➡ 50 00:05:41,708 --> 00:05:45,912 その日の夜9時ごろのことで ありました。 51 00:05:50,717 --> 00:05:56,223 (正太夫)先生 なんとかならんやろか。 52 00:05:56,223 --> 00:06:02,495 (内藤)申し訳ないけど 私には これが精いっぱいです。 53 00:06:02,495 --> 00:06:07,300 澄。 分かるか? 54 00:06:13,139 --> 00:06:20,513 あなたが好きだった「万葉集」を 詠んであげよう。➡ 55 00:06:20,513 --> 00:06:25,018 あなたが 一番好きだと言っていた歌だ。 56 00:06:27,988 --> 00:06:37,364 「君が行く海辺の宿に霧立てば➡ 57 00:06:37,364 --> 00:06:44,671 あが立ち嘆く息と知りませ」。 58 00:06:46,873 --> 00:06:54,381 「わが妻は いたく恋しく飲む水に➡ 59 00:06:54,381 --> 00:06:59,586 影さへ見て世に忘られず」。 60 00:07:07,494 --> 00:07:09,496 分かるか? 61 00:07:14,167 --> 00:07:18,505 じゃあ あなたが嫌いだと言っていた歌を➡ 62 00:07:18,505 --> 00:07:20,507 歌ってあげよう。 63 00:07:22,842 --> 00:07:33,853 ♬「妻をめとらば才たけて」 64 00:07:33,853 --> 00:07:43,563 ♬「みめ美わしく情あり」 65 00:07:43,563 --> 00:07:53,206 ♬「友をえらばば 書を読みて」 66 00:07:53,206 --> 00:08:02,716 ♬「六分の俠気四分の熱」 67 00:08:06,152 --> 00:08:08,822 この人はね➡ 68 00:08:08,822 --> 00:08:13,693 「みめ美わしく」というところが 気に入らないんですよ。 69 00:08:13,693 --> 00:08:17,197 しかし 僕は…。 70 00:08:31,211 --> 00:08:33,713 ご臨終です。 71 00:08:38,685 --> 00:08:41,388 さようなら。 72 00:08:44,557 --> 00:08:49,763 長い間 ありがとう。 73 00:09:11,151 --> 00:09:13,653 ごちそうさん。 毎度 おおきに。 74 00:09:18,024 --> 00:09:20,026 いらっしゃい。 75 00:09:22,162 --> 00:09:24,664 ももさん! 76 00:09:24,664 --> 00:09:26,966 (もも)奥さん…。 77 00:09:26,966 --> 00:09:29,836 (ぬひ)あらららら。 (あき)どないしはったんですか。 78 00:09:29,836 --> 00:09:32,338 (村山)大丈夫か? 79 00:09:32,338 --> 00:09:34,374 何の連絡もないし➡ 80 00:09:34,374 --> 00:09:37,977 美山村からは ももさん来てへんという返事があるし➡ 81 00:09:37,977 --> 00:09:39,913 心配してましたんやで。 82 00:09:39,913 --> 00:09:43,349 和歌山まではな なんとか たどりついたんやけどな➡ 83 00:09:43,349 --> 00:09:45,685 そこから先が あかんねらよう。 84 00:09:45,685 --> 00:09:48,188 橋は流されたある。 道はない。 85 00:09:48,188 --> 00:09:50,523 駅でな 野宿しやったんやけどもな➡ 86 00:09:50,523 --> 00:09:53,426 あと 美山村に 2~3日は行けん言うさかな➡ 87 00:09:53,426 --> 00:09:57,931 ほんで もう こら あかん思てな 引き返してきたんや。 88 00:10:02,869 --> 00:10:05,705 (つや)先生 お茶をどうぞ。 89 00:10:05,705 --> 00:10:08,007 あっ ありがとう。 90 00:10:17,317 --> 00:10:20,019 先生 よろしかったら➡ 91 00:10:20,019 --> 00:10:23,389 しばらく こちらにおられたら どうです? 92 00:10:23,389 --> 00:10:25,325 あ そうです そうです。 93 00:10:25,325 --> 00:10:28,228 私が使てました離れ 空いてますしな。 94 00:10:28,228 --> 00:10:31,564 私は また 道路がようなったら すぐに大阪へ帰りますので➡ 95 00:10:31,564 --> 00:10:33,600 是非 先生 そうしてください。 96 00:10:33,600 --> 00:10:35,902 お気持ちは ありがたいが➡ 97 00:10:35,902 --> 00:10:40,773 奈良県の下市が 私の生まれ在所でしてね➡ 98 00:10:40,773 --> 00:10:43,643 そこへ しばらく行こうかと 考えてます。 99 00:10:43,643 --> 00:10:46,045 あ 下市へですか。 100 00:10:46,045 --> 00:10:49,415 随分 長く 帰ってないのでね。 101 00:10:49,415 --> 00:10:54,254 家内のお骨を そこへ納めてやりたいと思いまして。 102 00:10:54,254 --> 00:10:59,058 そうですか。 なあ 無理に お引き止めするわけにも➡ 103 00:10:59,058 --> 00:11:01,561 まいりませんしなあ。 104 00:11:05,532 --> 00:11:11,204 この村に 先生がおられんようになったら➡ 105 00:11:11,204 --> 00:11:13,706 また さみしなりますな。 106 00:11:46,105 --> 00:11:48,308 (秀平)何だ 君か。 107 00:11:52,245 --> 00:11:54,247 何してるの? 108 00:11:56,583 --> 00:11:58,585 入ってくれば? 109 00:12:03,356 --> 00:12:05,358 どうしたの? 110 00:12:08,695 --> 00:12:13,866 清原先生 おかわいそうやった。 111 00:12:13,866 --> 00:12:15,868 そうだね。 112 00:12:21,207 --> 00:12:26,546 先生は ふだんは 怖いお人やけど➡ 113 00:12:26,546 --> 00:12:31,718 奥さんには それはそれは お優しくしてはったし。 114 00:12:31,718 --> 00:12:35,555 うん。 亡くなる時に➡ 115 00:12:35,555 --> 00:12:39,892 かんで含めるように 「万葉集」の歌を 奥様に聞かせてらしただろ。 116 00:12:39,892 --> 00:12:45,398 歌の意味は 分からなかったけど 涙が出てきた。 117 00:12:45,398 --> 00:12:49,602 僕も 結婚したら あんな夫婦でいたいなあと思ってね。 118 00:12:51,270 --> 00:12:53,573 ほんまやね。 119 00:12:53,573 --> 00:12:55,608 あとの歌は 僕も知ってる。 120 00:12:55,608 --> 00:12:58,811 アメリカで パパが酔っ払うと よく歌ってたから。 121 00:13:01,848 --> 00:13:10,990 ♬「妻をめとらば才たけて」 122 00:13:10,990 --> 00:13:20,366 ♬「みめ美わしく情あり」 123 00:13:20,366 --> 00:13:29,075 ♬「友をえらばば 書を読みて」 124 00:13:29,075 --> 00:13:36,716 ♬「六分の俠気四分の熱」 125 00:13:36,716 --> 00:13:38,751 秀平さん。 126 00:13:38,751 --> 00:13:40,753 何? 127 00:13:44,023 --> 00:13:46,025 あの…。 128 00:13:51,731 --> 00:13:54,233 ⚟(清彦)速水君 速水君。 129 00:13:54,233 --> 00:13:57,270 速水君。 あのな 橋の架設工事 これから始めるさか➡ 130 00:13:57,270 --> 00:13:59,972 集まってほしいて 土木事務所から招集かかってんねん。 131 00:13:59,972 --> 00:14:02,508 はい 今 行きます。 132 00:14:02,508 --> 00:14:15,088 ♬~ 133 00:14:15,088 --> 00:14:20,860 純子は あの山崩れの崖を よじ登っている時に聞いた➡ 134 00:14:20,860 --> 00:14:26,532 秀平のプロポーズの言葉を もう一度 確かめたかったのであります。 135 00:14:26,532 --> 00:14:31,003 しかし なかなか そういうことは タイミングが合わないんですね。 136 00:14:31,003 --> 00:14:35,375 いや それよりも 純子の口から聞き返すには➡ 137 00:14:35,375 --> 00:14:38,678 それはそれは 勇気がいるのです。 138 00:14:44,384 --> 00:14:48,020 そして 純子が 大阪の家に帰ったのは➡ 139 00:14:48,020 --> 00:14:52,725 それから更に 3日後のことでありました。