1 00:00:02,569 --> 00:00:06,240 国宝「洛中洛外図屏風」は➡ 2 00:00:06,240 --> 00:00:12,579 足利義輝が 狩野永徳に描かせたものだと いわれています。 3 00:00:12,579 --> 00:00:17,251 そこには 金閣や清水寺などの➡ 4 00:00:17,251 --> 00:00:19,920 今も残る名所の数々や➡ 5 00:00:19,920 --> 00:00:23,257 都の四季の移ろいが描かれていて➡ 6 00:00:23,257 --> 00:00:27,928 色彩豊かな着物を身にまとう 当時の人々の営みを➡ 7 00:00:27,928 --> 00:00:30,931 今に伝えています。 8 00:00:33,800 --> 00:00:36,937 御所の近くには 織田信長が➡ 9 00:00:36,937 --> 00:00:39,606 度々宿泊した 妙覺寺が➡ 10 00:00:39,606 --> 00:00:41,541 描かれています。 11 00:00:41,541 --> 00:00:47,481 二条殿に隣接する妙覺寺は 両替町通沿いにあったといい➡ 12 00:00:47,481 --> 00:00:52,185 町の名前が その名残をとどめています。 13 00:00:57,624 --> 00:01:04,231 妙覺寺は豊臣秀吉によって 現在の場所に移されました。 14 00:01:04,231 --> 00:01:08,101 日蓮宗の本山である妙覺寺は➡ 15 00:01:08,101 --> 00:01:11,104 美濃の斎藤家とゆかりが深く➡ 16 00:01:11,104 --> 00:01:14,875 道三の遺児が住職を務めていたことから➡ 17 00:01:14,875 --> 00:01:20,247 信長は ここを宿所に選んだとも伝わっています。 18 00:01:20,247 --> 00:01:23,584 信長は妙覺寺を拠点に➡ 19 00:01:23,584 --> 00:01:27,287 新たな国づくりを目指したのです。