1 00:00:01,235 --> 00:00:04,137 (木づちの音) 2 00:00:04,137 --> 00:00:08,141 (裁判長)それでは 開廷します。 3 00:00:08,141 --> 00:00:12,613 ある裁判が始まろうとしている。 4 00:00:12,613 --> 00:00:15,515 私は 宮下七海。 5 00:00:15,515 --> 00:00:19,486 今回 裁判員の一人に選ばれた。 6 00:00:19,486 --> 00:00:21,622 私たち裁判員は➡ 7 00:00:21,622 --> 00:00:25,292 法廷で見たり 聞いたりする事を基に➡ 8 00:00:25,292 --> 00:00:28,195 この ちょっと不思議な裁判の判決を➡ 9 00:00:28,195 --> 00:00:32,165 考えなければならない。 10 00:00:32,165 --> 00:00:35,636 裁かれる被告人は アリ。 11 00:00:35,636 --> 00:00:40,307 キリギリスを見殺しにした罪に 問われている。 12 00:00:40,307 --> 00:00:50,651 ♬~ 13 00:00:50,651 --> 00:00:55,989 検察官 今回の「アリとキリギリス」裁判で➡ 14 00:00:55,989 --> 00:01:00,260 アリは どんな罪を 犯したというのか 述べて下さい。 15 00:01:00,260 --> 00:01:04,932 はい。 起訴状を読み上げます。 16 00:01:04,932 --> 00:01:06,867 被告人のアリは➡ 17 00:01:06,867 --> 00:01:11,605 キリギリスと兄弟同然の深い関係に あったにもかかわらず➡ 18 00:01:11,605 --> 00:01:16,476 キリギリスを見殺しにしました。 19 00:01:16,476 --> 00:01:20,614 冬になり 食べるものが無くなったキリギリスは➡ 20 00:01:20,614 --> 00:01:24,952 食料を分けてほしいと 頼みに来ました。 21 00:01:24,952 --> 00:01:29,289 しかし アリは無情にも その申し出を断り➡ 22 00:01:29,289 --> 00:01:31,625 追い返しました。 23 00:01:31,625 --> 00:01:34,294 次の日 キリギリスは➡ 24 00:01:34,294 --> 00:01:38,966 自宅で 飢え死にしているところを 発見されました。 25 00:01:38,966 --> 00:01:43,837 アリの犯した罪は 刑法第219条の➡ 26 00:01:43,837 --> 00:01:48,976 保護責任者遺棄致死罪に あたります。 27 00:01:48,976 --> 00:01:53,313 被告人 今 検察官が読み上げた事実に➡ 28 00:01:53,313 --> 00:01:55,983 間違いは ありませんか? 29 00:01:55,983 --> 00:02:02,589 はい。 私は 大切な親友を見捨てました。 30 00:02:02,589 --> 00:02:06,460 でも しかたがなかったんです。 31 00:02:06,460 --> 00:02:10,931 (裁判長)弁護人の意見は いかがですか? 32 00:02:10,931 --> 00:02:13,834 事件当時の状況を 考えると➡ 33 00:02:13,834 --> 00:02:19,606 アリに キリギリスを助ける義務は ありませんでした。 34 00:02:19,606 --> 00:02:23,610 アリは 無罪です。 35 00:02:27,481 --> 00:02:31,218 法律上 親や兄弟だけでなく➡ 36 00:02:31,218 --> 00:02:36,623 親友でも 保護責任を問われる事がある。 37 00:02:36,623 --> 00:02:40,627 アリの場合は どうなんだろう。 38 00:02:45,632 --> 00:02:51,972 まず 検察官は キリギリスの母親を証人に呼んだ。 39 00:02:51,972 --> 00:02:57,844 事件当時 息子とは 遠く離れた町で暮らしていた。 40 00:02:57,844 --> 00:03:02,249 息子さんとアリは どのような関係でしたか? 41 00:03:02,249 --> 00:03:07,587 2人は 幼い頃から本当に仲よしで➡ 42 00:03:07,587 --> 00:03:12,459 息子は 弟のように アリをかわいがっていました。➡ 43 00:03:12,459 --> 00:03:17,597 それに 息子は 命懸けで アリを助けた事もあったんですよ。 44 00:03:17,597 --> 00:03:20,500 (キリギリスの母)アリが 川で溺れているのを見つけて➡ 45 00:03:20,500 --> 00:03:25,272 危険を顧みず 飛び込んだんです。 46 00:03:25,272 --> 00:03:31,611 そして 大人になった2人は そろって 故郷を離れた。 47 00:03:31,611 --> 00:03:35,282 その後も 交流は続いていたんでしょうか? 48 00:03:35,282 --> 00:03:40,620 はい。 息子は バイオリンを弾くのが とっても上手で➡ 49 00:03:40,620 --> 00:03:43,957 よく アリの家に招かれて 演奏していると➡ 50 00:03:43,957 --> 00:03:47,627 手紙に書いてありました。 51 00:03:47,627 --> 00:03:51,498 今回 追い詰められた息子さんが➡ 52 00:03:51,498 --> 00:03:57,304 食べ物を分けてほしいと 頼ったのは アリだけでしたね。 53 00:03:57,304 --> 00:04:02,142 ええ。 息子は人づきあいが苦手で➡ 54 00:04:02,142 --> 00:04:09,249 心を許せる友達は アリだけだと よく言っていました。 55 00:04:09,249 --> 00:04:17,591 あの時 キリギリスを救えたのは 親友の アリだけだった。 56 00:04:17,591 --> 00:04:21,294 なのに どうして…。 57 00:04:23,930 --> 00:04:27,601 (裁判長)それでは 弁護人 反対尋問をどうぞ。 58 00:04:27,601 --> 00:04:30,937 はい。 59 00:04:30,937 --> 00:04:37,611 息子さんは 冬に備えて 食べ物を 集めていなかったんですか? 60 00:04:37,611 --> 00:04:43,283 はい。 毎日 バイオリンを弾いて 過ごしていたようです。 61 00:04:43,283 --> 00:04:46,953 それは 毎年ですか? 62 00:04:46,953 --> 00:04:52,292 そうですけど 息子は 冬になったら コンサートを開いて➡ 63 00:04:52,292 --> 00:04:55,962 チケット代として 食べ物を集めていたんですよ。 64 00:04:55,962 --> 00:05:02,569 なるほど。 ところが この冬は深刻な食料不足。 65 00:05:02,569 --> 00:05:07,440 誰も 息子さんのコンサートに行く 余裕なんてなかった。 66 00:05:07,440 --> 00:05:11,244 いよいよ 食べるものが無くなった 息子さんは➡ 67 00:05:11,244 --> 00:05:16,116 アリに泣きつき アリは それを拒絶した。 68 00:05:16,116 --> 00:05:19,119 そうです。 薄情じゃないですか! 69 00:05:19,119 --> 00:05:22,856 そうでしょうか? えっ? 70 00:05:22,856 --> 00:05:25,258 食べるものが無くなったのは➡ 71 00:05:25,258 --> 00:05:30,597 冬に備えていなかった 息子さんのせいでしょ? 72 00:05:30,597 --> 00:05:35,268 いくら 親友とはいえ アリに非を問うのは➡ 73 00:05:35,268 --> 00:05:37,604 筋違いじゃ ありませんか? 74 00:05:37,604 --> 00:05:41,308 で… でも…。 以上です。 75 00:05:43,476 --> 00:05:47,614 自業自得かぁ。 76 00:05:47,614 --> 00:05:54,621 でも それが 親友の命を 救わない事の理由になるかな。 77 00:05:59,626 --> 00:06:06,433 続いて 弁護人は アリの妻を証人に呼んだ。 78 00:06:06,433 --> 00:06:14,140 キリギリスが訪ねてきたのは 12月の雪の降る日でしたね。 79 00:06:14,140 --> 00:06:18,111 はい。 食べるものがなくて困っている➡ 80 00:06:18,111 --> 00:06:24,251 少しでいいので分けてほしい。 そう 頼んできました。 81 00:06:24,251 --> 00:06:28,922 それで ご主人は 何と答えましたか? 82 00:06:28,922 --> 00:06:32,592 この冬は 食べ物の集まりが悪くて➡ 83 00:06:32,592 --> 00:06:38,465 家族の分しかないと断りました。➡ 84 00:06:38,465 --> 00:06:43,236 うちには 中学3年の長男から赤ん坊まで➡ 85 00:06:43,236 --> 00:06:46,940 子どもが8人いるんですよ。 86 00:06:48,608 --> 00:06:53,480 子どもたちに ひもじい思いをさせる訳には➡ 87 00:06:53,480 --> 00:06:57,951 いかないじゃないですか。 88 00:06:57,951 --> 00:07:02,789 ご主人にとって 苦渋の決断だったんですね。 89 00:07:02,789 --> 00:07:04,758 はい。 90 00:07:04,758 --> 00:07:10,063 (アリの妻) 夫は 家族を選んでくれたんです。 91 00:07:12,232 --> 00:07:14,167 あなたは 先ほど➡ 92 00:07:14,167 --> 00:07:17,904 食料は 家族分しかなかったと 言いました。はい。 93 00:07:17,904 --> 00:07:22,575 しかし 逆に言えば 10人もの家族が➡ 94 00:07:22,575 --> 00:07:26,913 一冬 越せるだけの食料が 確実にあった訳だ。 95 00:07:26,913 --> 00:07:29,249 いや… それは…。 96 00:07:29,249 --> 00:07:33,920 10人分もの食料があれば キリギリス1人分ぐらい➡ 97 00:07:33,920 --> 00:07:36,823 搾り出す事は できたんじゃないですか? 98 00:07:36,823 --> 00:07:39,592 そうかもしれませんけど でも…。 99 00:07:39,592 --> 00:07:42,929 キリギリスは 少しでいいと 言ったんですよね? 100 00:07:42,929 --> 00:07:45,598 冬になると 決まって 子どもの誰かが➡ 101 00:07:45,598 --> 00:07:48,935 病気になるんですよ。 そんな時に➡ 102 00:07:48,935 --> 00:07:53,239 十分に食べさせてやるものが なかったら…。 103 00:07:54,808 --> 00:07:59,579 奥さん ご主人は➡ 104 00:07:59,579 --> 00:08:04,884 食料を分け与える事が できなかったのではなくて➡ 105 00:08:04,884 --> 00:08:07,554 分け与えなかったのでは ないですか? 106 00:08:07,554 --> 00:08:12,225 異議あり! 答える必要はありません。 107 00:08:12,225 --> 00:08:15,562 終わります。 108 00:08:15,562 --> 00:08:18,231 どういう事? 109 00:08:18,231 --> 00:08:22,936 アリは わざと 分け与えなかったって事? 110 00:08:28,575 --> 00:08:32,445 いよいよ 被告人のアリへの質問だ。 111 00:08:32,445 --> 00:08:35,915 まずは 弁護人から。 112 00:08:35,915 --> 00:08:43,790 あなたの家を訪れた時 キリギリスは どんな様子でしたか? 113 00:08:43,790 --> 00:08:47,260 少し痩せたとは感じました。 114 00:08:47,260 --> 00:08:51,598 でも 危険な状態だとは 気が付きませんでした。 115 00:08:51,598 --> 00:08:58,271 いつものように 身なりは きれいにしていましたし。 116 00:08:58,271 --> 00:09:05,879 キリギリスは あなたにとって どういう存在でしたか? 117 00:09:05,879 --> 00:09:10,216 自慢の友人でした。➡ 118 00:09:10,216 --> 00:09:14,888 得意のバイオリンで みんなを魅了する彼に➡ 119 00:09:14,888 --> 00:09:18,558 ずっと 憧れていました。 120 00:09:18,558 --> 00:09:24,898 しかし あなたは そのキリギリスの頼みを断った。 121 00:09:24,898 --> 00:09:27,567 友達のいない キリギリスが➡ 122 00:09:27,567 --> 00:09:31,438 自分しか頼れない事は 分かっていました。 123 00:09:31,438 --> 00:09:39,179 でも 私は 妻や子どもたちを 守らなければなりませんでした。 124 00:09:39,179 --> 00:09:42,582 そうですか。 125 00:09:42,582 --> 00:09:47,454 では 最後に お聞きします。 126 00:09:47,454 --> 00:09:58,598 もし あの日に戻れたら あなたは どうしますか? 127 00:09:58,598 --> 00:10:05,271 きっと 同じ決断をすると思います。 128 00:10:05,271 --> 00:10:08,274 以上です。 129 00:10:10,944 --> 00:10:16,282 では 検察官 質問をどうぞ。 はい。 130 00:10:16,282 --> 00:10:22,622 あなたは 去年の夏以降 キリギリスと連絡を絶っていますね? 131 00:10:22,622 --> 00:10:27,961 はい。 2人の間に 何かあったんですか? 132 00:10:27,961 --> 00:10:31,631 何もありません。 そうですか。 133 00:10:31,631 --> 00:10:38,505 裁判員の皆さん これは 押収したアリの日記です。 134 00:10:38,505 --> 00:10:42,509 7月7日の記述を読み上げます。 135 00:10:44,644 --> 00:10:46,579 「何やってんの。➡ 136 00:10:46,579 --> 00:10:49,983 アリが バイオリン弾いてちゃ だめでしょ。➡ 137 00:10:49,983 --> 00:10:54,687 せっせと働くのが きみたちの仕事なんだから」。 138 00:10:57,323 --> 00:11:02,929 これは キリギリスが あなたに言った言葉ですね? 139 00:11:02,929 --> 00:11:05,832 そうです。 140 00:11:05,832 --> 00:11:09,269 調べたところ この日 キリギリスは➡ 141 00:11:09,269 --> 00:11:12,172 あなたの家で 演奏会を開いていました。 142 00:11:12,172 --> 00:11:17,143 その時 何があったんですか? 143 00:11:17,143 --> 00:11:24,817 誰もいなくなった部屋に キリギリスの バイオリンが置いてありました。➡ 144 00:11:24,817 --> 00:11:29,589 「自分も あんなふうに演奏できたら…」➡ 145 00:11:29,589 --> 00:11:35,962 そんな事を考えながら 私は バイオリンを弾くまね事を始めました。 146 00:11:35,962 --> 00:11:41,634 その姿を キリギリスに見られた? 147 00:11:41,634 --> 00:11:43,570 はい。 148 00:11:43,570 --> 00:11:47,307 日記に書いた言葉を言われました。 149 00:11:47,307 --> 00:11:52,312 その時 あなたは どう思いましたか? 150 00:11:53,980 --> 00:11:57,317 急に恥ずかしくなりました。 151 00:11:57,317 --> 00:12:02,155 平凡で 何の取り柄もない自分が…。 152 00:12:02,155 --> 00:12:08,928 キリギリスへの憧れが 強烈な劣等感に変わりました。 153 00:12:08,928 --> 00:12:14,601 そんな時 キリギリスが 「食料を 分けてほしい」と頭を下げてきた。 154 00:12:14,601 --> 00:12:18,471 あなたは どう思いました? 155 00:12:18,471 --> 00:12:25,612 自分の生き方の方が 正しかったんだと思いました。 156 00:12:25,612 --> 00:12:34,287 あなたを苦しめていた劣等感は 優越感に変わったんですね。 157 00:12:34,287 --> 00:12:39,959 だったら 食料を恵んであげても よかったじゃないですか? 158 00:12:39,959 --> 00:12:45,832 しかし あなたは それをしなかった。 159 00:12:45,832 --> 00:12:52,839 それは こう思っていたからでは ないですか? 160 00:12:54,507 --> 00:13:01,814 「キリギリスが死ねば この優越感を 覆される事はなくなる」と。 161 00:13:09,122 --> 00:13:13,593 分かりません。 162 00:13:13,593 --> 00:13:16,295 終わります。 163 00:13:18,264 --> 00:13:23,136 「分からない」って どういう事? 164 00:13:23,136 --> 00:13:29,442 「キリギリスが死んでも構わない」って 思っていたの…? 165 00:13:33,279 --> 00:13:39,152 裁判員の皆さん キリギリスが餓死したのは➡ 166 00:13:39,152 --> 00:13:42,622 アリを訪ねた次の日です。 167 00:13:42,622 --> 00:13:48,494 その衰弱ぶりを アリが 察知できないはずはありません。 168 00:13:48,494 --> 00:13:52,965 アリは 自分の優越感を満たすために➡ 169 00:13:52,965 --> 00:13:57,637 あえて 保護責任を果たさなかったのです。 170 00:13:57,637 --> 00:14:01,908 アリは 有罪です。 171 00:14:01,908 --> 00:14:04,811 裁判員の皆さん➡ 172 00:14:04,811 --> 00:14:09,782 アリの家に 食料は 家族分しかありませんでした。 173 00:14:09,782 --> 00:14:14,487 キリギリスに分け与える事は 不可能だったのです。 174 00:14:14,487 --> 00:14:20,259 しかも キリギリスは 冬に備えて 食料を集めていませんでした。 175 00:14:20,259 --> 00:14:24,597 アリに 保護責任を問う事は できません。 176 00:14:24,597 --> 00:14:28,935 アリは 無罪です。 177 00:14:28,935 --> 00:14:33,272 これで 全ての審理が終わりました。 178 00:14:33,272 --> 00:14:38,611 これから 裁判員の皆さんと 判決を話し合います。 179 00:14:38,611 --> 00:14:43,483 アリは キリギリスを助けられるのに 見殺しにしたのか。 180 00:14:43,483 --> 00:14:47,487 それとも 助ける事ができなかったのか。 181 00:14:49,956 --> 00:14:52,959 どっちなんだろう…。