1 00:00:02,102 --> 00:02:37,090 ♬~ 2 00:02:39,526 --> 00:02:48,535 <関ヶ原の合戦後 天下の形勢は一変して 強力な徳川体制が出来上がっていった。➡ 3 00:02:48,535 --> 00:02:54,408 が 形の上では 家康は なおも 豊臣家の一大老として➡ 4 00:02:54,408 --> 00:02:57,878 秀頼の後見役の立場を取り続け➡ 5 00:02:57,878 --> 00:03:04,151 ねねの願ったとおり 天下は 平静を取り戻したかに見えていた> 6 00:03:04,151 --> 00:03:12,459 (ねね)長政殿は 無事 蟄居が許されて 何よりでした。 7 00:03:14,161 --> 00:03:22,502 また 幸長殿も 関ヶ原の手柄で ご加増にあずかったとか…。 8 00:03:22,502 --> 00:03:27,841 (やや)20万石ほど増えたが 甲斐から紀州の和歌山へ 国替えじゃ。 9 00:03:27,841 --> 00:03:30,177 (長政)致し方あるまい。 10 00:03:30,177 --> 00:03:35,515 甲斐は 関東に近い 家康殿には大事な土地じゃ。 11 00:03:35,515 --> 00:03:40,854 豊臣の息のかかった者は 危のうて置けぬわ。 12 00:03:40,854 --> 00:03:44,524 (正則)私も 加増にはあずかりましたが➡ 13 00:03:44,524 --> 00:03:49,396 尾張より 毛利の旧領 安芸 広島へ転封になり➡ 14 00:03:49,396 --> 00:03:56,536 尾張 清洲へは 家康殿の四男 松平忠吉殿が入られましてございます。 15 00:03:56,536 --> 00:04:00,140 (勝俊)そうやって 家康は 豊臣恩顧の者には➡ 16 00:04:00,140 --> 00:04:03,810 功は報いながらも 中国 四国 九州へ追いやり➡ 17 00:04:03,810 --> 00:04:11,151 近江から関東までは 全て 徳川の一族 譜代で固めておる。 18 00:04:11,151 --> 00:04:17,023 江戸より 京 大坂への道筋とて 家康の子飼いの者が領し➡ 19 00:04:17,023 --> 00:04:21,495 東西の行き来も 意のままじゃ。 大した男よ。 20 00:04:21,495 --> 00:04:26,833 じゃが 天下は まだ 豊臣のもののはずではありませんか。 21 00:04:26,833 --> 00:04:28,769 それを 家康は…。 22 00:04:28,769 --> 00:04:33,707 家康殿は 豊臣家の五大老。 23 00:04:33,707 --> 00:04:37,477 秀頼君に代わって なされておられるのじゃ。 24 00:04:37,477 --> 00:04:40,380 それにしても おかしいではありませんか。 25 00:04:40,380 --> 00:04:44,184 こたびの賞罰で 豊臣の所領は➡ 26 00:04:44,184 --> 00:04:48,054 200万石から 65万石に 減らされてしもうたとか…。 27 00:04:48,054 --> 00:04:51,858 所領など つまらぬことじゃ。 28 00:04:51,858 --> 00:04:56,730 家康殿のおかげで 天下が無事に治まるのなら➡ 29 00:04:56,730 --> 00:04:59,199 それでええではありませぬか。 30 00:04:59,199 --> 00:05:03,470 じゃが 勝俊殿は お姉様の甥じゃ。 31 00:05:03,470 --> 00:05:06,139 その所領まで召し上げるとは…。 32 00:05:06,139 --> 00:05:09,476 私は 禄など欲しゅうはありませぬ。 33 00:05:09,476 --> 00:05:12,379 これで 誰にも仕えずにも済みます。➡ 34 00:05:12,379 --> 00:05:16,149 ハッハッハ。 そのかわり 弟の秀秋が➡ 35 00:05:16,149 --> 00:05:20,487 備前 美作に51万石 岡山城にと えらい出世じゃ。 36 00:05:20,487 --> 00:05:26,793 結局 秀秋は 宇喜多秀家殿の所領を もろうたことになるのか。 37 00:05:28,361 --> 00:05:32,499 お姉様も つらいお立場じゃのう。 38 00:05:32,499 --> 00:05:36,837 秀家殿も 秀秋も 豊臣の養子として➡ 39 00:05:36,837 --> 00:05:41,141 共に お姉様が慈しまれた お子じゃったのにのう…。 40 00:05:42,709 --> 00:05:49,182 (孝蔵主)政所様。 ただいま 岡山よりお使者にて これを。 41 00:05:49,182 --> 00:05:52,886 秀秋殿から? (孝蔵主)はい。 42 00:06:04,664 --> 00:06:10,804 秀秋も もう21じゃ。 そろそろ ええ嫁を見つけてやらねばのう。 43 00:06:10,804 --> 00:06:18,511 51万石の城主ともなれば 早う 跡取りものうては。 のう お前様? 44 00:06:26,353 --> 00:06:32,092 勝俊殿 すぐに備前にたちます。 45 00:06:32,092 --> 00:06:36,096 秀秋殿の具合が悪いそうじゃ。 46 00:06:43,169 --> 00:06:46,840 秀秋が…➡ 47 00:06:46,840 --> 00:06:49,142 乱心!? 48 00:06:52,178 --> 00:06:55,849 私も お供します! 49 00:06:55,849 --> 00:07:27,480 ♬~ 50 00:07:27,480 --> 00:07:30,383 秀秋殿…。 51 00:07:30,383 --> 00:07:35,155 (勝俊)秀秋。 勝俊じゃ。➡ 52 00:07:35,155 --> 00:07:40,860 そなたを案じて 叔母上が来てくだされた。 分かるか? 53 00:07:44,831 --> 00:07:47,133 (秀秋)叔母上…。 54 00:07:52,505 --> 00:07:55,508 お分かりくだされたか。 55 00:07:59,379 --> 00:08:02,115 秀秋殿…。 触るな! 56 00:08:02,115 --> 00:08:04,784 わしを殺しに来たのか!? 57 00:08:04,784 --> 00:08:07,454 わしの命が欲しいのか!? 58 00:08:07,454 --> 00:08:10,357 秀秋…。 59 00:08:10,357 --> 00:08:13,059 兄じゃ。 60 00:08:15,795 --> 00:08:20,800 わしじゃ! 勝俊じゃ! 分かるか!? 61 00:08:27,407 --> 00:08:32,145 兄者…。 62 00:08:32,145 --> 00:08:36,816 わしは 大逆人じゃ。 63 00:08:36,816 --> 00:08:44,824 わしが裏切ったばかりに 4,000人もの人を殺してしもうた…。 64 00:08:47,460 --> 00:08:55,502 皆 戦場で血まみれになって ごろごろ転がっていたわ…。 65 00:08:55,502 --> 00:08:59,372 皆 わしをにらみつけておった…。 66 00:08:59,372 --> 00:09:03,309 恨めしそうな顔をして わしを…。 67 00:09:03,309 --> 00:09:06,446 その顔が 今でも追うてくる…! 68 00:09:06,446 --> 00:09:15,455 秀秋 関ヶ原の合戦で西軍が敗れたのは おぬしの仕業だけではない。 69 00:09:15,455 --> 00:09:22,128 吉川広家とて 三成に恨みを抱き 既に 家康に内応しておったのよ。 70 00:09:22,128 --> 00:09:25,465 それゆえ 毛利が動かなんだのじゃ。 71 00:09:25,465 --> 00:09:31,337 三成が大敗したのは 毛利が戦わなんだからじゃ。 72 00:09:31,337 --> 00:09:38,478 関ヶ原の雌雄は 戦う前から決まっておったのよ! 73 00:09:38,478 --> 00:09:42,782 分かるか? 分かるか!? 74 00:09:44,350 --> 00:09:47,053 許してくだされ。 75 00:09:49,489 --> 00:09:55,361 わしは こんな大それたことになるとは 思わなんだのじゃ。➡ 76 00:09:55,361 --> 00:10:04,037 ただ 家康殿にお味方するのが わしのとる道じゃと思うたゆえ…。 77 00:10:04,037 --> 00:10:10,777 わしのしたことが 天下を決するなどとは 夢にも…。 78 00:10:10,777 --> 00:10:13,079 許してくだされ。 79 00:10:16,182 --> 00:10:18,852 秀秋…。 80 00:10:18,852 --> 00:10:23,723 ♬~ 81 00:10:23,723 --> 00:10:28,528 寄るな! 寄るな! 寄るな! 82 00:10:28,528 --> 00:10:46,880 ♬~ 83 00:10:46,880 --> 00:10:50,550 許してくだされ。 84 00:10:50,550 --> 00:10:53,453 秀家殿の領地は お返し申す。 85 00:10:53,453 --> 00:10:57,157 領地が欲しゅうて 裏切ったのではないわ。 86 00:10:58,892 --> 00:11:04,898 豪姫 まことじゃ! 許してくだされ。 87 00:11:06,499 --> 00:11:10,837 許してくだされ! 許してくだされ。 88 00:11:10,837 --> 00:11:17,510 <慶長7年10月 小早川秀秋は ついに 正気に戻ることなく➡ 89 00:11:17,510 --> 00:11:23,183 良心の呵責にさいなまれながら その短い生涯を閉じた。➡ 90 00:11:23,183 --> 00:11:27,520 所領51万石は 世継ぎの子がないことを理由に➡ 91 00:11:27,520 --> 00:11:30,823 家康に没収されてしまった> 92 00:11:34,193 --> 00:11:37,864 <明けて慶長8年の2月8日➡ 93 00:11:37,864 --> 00:11:42,535 家康は 大坂城へ赴き 秀頼に新年の挨拶をし➡ 94 00:11:42,535 --> 00:11:46,206 豊臣家の大老としての礼を尽くした。➡ 95 00:11:46,206 --> 00:11:51,878 が 家康が豊臣に臣従の礼をとるのも これが最後となった。➡ 96 00:11:51,878 --> 00:12:00,687 その直後の2月12日 家康は 朝廷より 征夷大将軍に任ぜられたのである> 97 00:12:00,687 --> 00:12:03,823 (淀殿)家康は 豊臣の大老ではないか! 98 00:12:03,823 --> 00:12:07,493 それが 征夷大将軍になり 江戸に幕府を開くとは➡ 99 00:12:07,493 --> 00:12:09,829 どういうことじゃ! (治長)はっ。 100 00:12:09,829 --> 00:12:15,501 許せぬ! それでは 豊臣が 徳川の家臣に成り下がってしまうわ! 101 00:12:15,501 --> 00:12:22,175 (大蔵卿)家康とて 太閤殿下との誓紙を むざむざ反故にすることはなりますまい。 102 00:12:22,175 --> 00:12:27,513 将軍職は世襲と 決まってはおりませぬ。 103 00:12:27,513 --> 00:12:34,387 いずれ 秀頼君ご成人の暁には 必ず 秀頼君に将軍職を…。 104 00:12:34,387 --> 00:12:37,190 のう 治長。 はい。 105 00:12:37,190 --> 00:12:42,495 我らが 必ず そのように計ろうてみせます。 106 00:12:46,199 --> 00:12:50,536 (大蔵卿)今日は 淀の方様のご名代として➡ 107 00:12:50,536 --> 00:12:55,208 お願いの儀がございまして 参上つかまつりましてございます。 108 00:12:55,208 --> 00:13:02,815 淀殿も秀頼君も お変わりのうて 何よりでございます。 109 00:13:02,815 --> 00:13:08,154 (正栄尼)こたび 家康殿は 征夷大将軍になられました。➡ 110 00:13:08,154 --> 00:13:13,493 また 家康殿は 太閤殿下のお城 伏見城を おのれのものとし➡ 111 00:13:13,493 --> 00:13:18,164 京の内野にも屋敷がありながら 新たに 二条城を建てるなど➡ 112 00:13:18,164 --> 00:13:20,833 豊臣家をないがしろにしたなされよう。 113 00:13:20,833 --> 00:13:25,838 政所様も 少しは 豊臣家の立場をお考えくださらねば。 114 00:13:27,507 --> 00:13:34,180 つきましては 太閤殿下ご存命中に 家康殿と交わされました➡ 115 00:13:34,180 --> 00:13:40,520 秀頼君と 秀忠殿ご息女 千姫とのご婚約の儀➡ 116 00:13:40,520 --> 00:13:45,858 この際 千姫を 大坂城へ お迎えいたしたく…。 117 00:13:45,858 --> 00:13:53,533 秀頼君は まだ11…。 千姫は…。 118 00:13:53,533 --> 00:13:56,869 7歳になられました。 119 00:13:56,869 --> 00:14:01,708 まだ そのお年頃で お輿入れは おかわいそうじゃ。 120 00:14:01,708 --> 00:14:04,477 (正栄尼) そのようなこと言うてはおられませぬ。 121 00:14:04,477 --> 00:14:09,348 千姫を娶らば 秀頼君は 家康殿には 孫になられます。 122 00:14:09,348 --> 00:14:13,486 家康殿とて 秀頼君を粗略にはいたしますまい。 123 00:14:13,486 --> 00:14:17,356 将軍職とて 譲られるは必定。 124 00:14:17,356 --> 00:14:25,098 政所様は 家康殿とは 関ヶ原にも お味方なされた仲。➡ 125 00:14:25,098 --> 00:14:28,034 もし 豊臣大事とお思いなされますならば➡ 126 00:14:28,034 --> 00:14:36,509 千姫お輿入れの儀 政所様よりも 家康殿に お口添えくだされますよう。 127 00:14:36,509 --> 00:14:40,847 もし 家康殿がお断りなされました時は➡ 128 00:14:40,847 --> 00:14:45,151 豊臣家としても 覚悟せねばならぬ時と心得ます。 129 00:14:57,196 --> 00:15:02,468 お祝いに参上しながら このようなことを…。 130 00:15:02,468 --> 00:15:06,139 (家康)いや 我らとて➡ 131 00:15:06,139 --> 00:15:12,011 秀頼君と千姫とのこと 決して忘れたわけではござりませぬ。 132 00:15:12,011 --> 00:15:20,486 ただ 何と言うても 千姫は まだ7歳。 133 00:15:20,486 --> 00:15:24,357 私とて しのびませぬ。 134 00:15:24,357 --> 00:15:30,496 じゃが 家康殿が 将軍職に お就きになったことで➡ 135 00:15:30,496 --> 00:15:37,170 豊臣には 家康殿のお心を 疑っておる者もおります。 136 00:15:37,170 --> 00:15:40,072 このままでは…。 137 00:15:40,072 --> 00:15:47,814 豊臣には まだまだ 秀頼君に心を寄せる者がおりましょう。 138 00:15:47,814 --> 00:15:58,858 もし 家康殿が 豊臣を ないがしろになさると思うた時には➡ 139 00:15:58,858 --> 00:16:02,862 どのような挙に出るやもしれませぬ。 140 00:16:04,664 --> 00:16:09,468 戦にだけはしてはなりませぬ。 141 00:16:09,468 --> 00:16:19,145 家康殿とて 今は 江戸に幕府を開かれ 基礎をお固めになる大事な時。 142 00:16:19,145 --> 00:16:26,152 いたずらに事を構えることは 決して良策とは思えませぬ。 143 00:16:29,789 --> 00:16:37,096 さすがは 政所様。 何もかも お見通しでございますな。 144 00:16:38,831 --> 00:16:45,705 私ごとき者が 口はばったいと ご立腹でございましょうが➡ 145 00:16:45,705 --> 00:16:54,847 今は 豊臣に異心のないことを 天下にお示しなさることが…。 146 00:16:54,847 --> 00:16:58,518 豊臣のために申してるのでは ございませぬ。 147 00:16:58,518 --> 00:17:02,822 天下を まるう治めるためにも…。 148 00:17:04,790 --> 00:17:11,664 どうか 私の胸の内をお察しくださいまして➡ 149 00:17:11,664 --> 00:17:22,375 秀頼君と千姫の婚儀のこと よろしゅうにお願い申し上げます。 150 00:17:27,813 --> 00:17:33,686 <その年の5月 千姫は 母 小督に付き添われて上洛。➡ 151 00:17:33,686 --> 00:17:41,827 7月28日 秀頼と千姫の祝言が 大坂城で盛大に行われた。➡ 152 00:17:41,827 --> 00:17:48,534 その陰に ねねの努力があったことなど お茶々は知る由もなかった> 153 00:17:50,503 --> 00:17:54,173 ほんに おびなと めびなのように➡ 154 00:17:54,173 --> 00:17:57,476 愛らしい夫婦でございましたな。 155 00:17:59,045 --> 00:18:04,784 無事 滞りのう済んで 何よりでございました。 156 00:18:04,784 --> 00:18:09,655 (小督)政所様には いろいろとお心遣いいただきまして…。 157 00:18:09,655 --> 00:18:13,793 こうして ごきょうだいが おそろいになるのも➡ 158 00:18:13,793 --> 00:18:18,130 久しぶりのことでございますな。 159 00:18:18,130 --> 00:18:23,002 皆様 立派に ご成人あそばされて…。 160 00:18:23,002 --> 00:18:29,475 大坂城でおあずかりした時のことが 夢のようでございます。 161 00:18:29,475 --> 00:18:34,347 あのころは このようなことになりましょうとは…。 162 00:18:34,347 --> 00:18:41,087 まこと 人の幸不幸は分かりませぬな。 163 00:18:41,087 --> 00:18:46,826 小督は 3度までも 太閤殿下ご意志のままに嫁ぎながら➡ 164 00:18:46,826 --> 00:18:51,697 今は 押しも押されもせぬ 将軍家のご内室。➡ 165 00:18:51,697 --> 00:18:55,001 姉上をもしのぐ ご権勢じゃ。 166 00:18:58,437 --> 00:19:05,311 たとえ 天下がどう動こうと 変わらぬのは きょうだいのえにし…。 167 00:19:05,311 --> 00:19:12,785 この先 徳川の豊臣のと 争い事が起こることもございましょう。 168 00:19:12,785 --> 00:19:18,457 きょうだい助け合うて 戦にだけはしてはなりませぬ。 169 00:19:18,457 --> 00:19:26,132 (小督)はい。 姉と妹が 敵と味方に ならなければならぬようなことだけは…。 170 00:19:26,132 --> 00:19:33,472 私が徳川へ嫁しましたのも 豊臣と徳川が 末永う栄えるように➡ 171 00:19:33,472 --> 00:19:39,145 私が懸け橋になれましたらと 願うてのことにございます。 172 00:19:39,145 --> 00:19:43,015 それゆえ 千姫のことも…。 173 00:19:43,015 --> 00:19:49,488 小督 そなたの気持ちは 決して無にはしませぬ。 174 00:19:49,488 --> 00:19:55,161 我ら きょうだいは 2度の落城をくぐり抜け➡ 175 00:19:55,161 --> 00:19:59,031 共に助け合って生き延びてきたのじゃ。 176 00:19:59,031 --> 00:20:04,737 いつまでも 手を取り合って生きねばのう。 177 00:20:12,511 --> 00:20:17,850 <秀頼と千姫の結婚で しばしの平和が保たれる中で➡ 178 00:20:17,850 --> 00:20:26,192 慶長10年4月12日 家康の奏請で 秀頼は 右大臣に任ぜられた。➡ 179 00:20:26,192 --> 00:20:31,530 お茶々たちは 秀頼が 信長と同じ官位に上ったことを喜び➡ 180 00:20:31,530 --> 00:20:36,869 家康が 孫の秀頼を 大事にしてくれていると安堵した。➡ 181 00:20:36,869 --> 00:20:41,207 が それも つかの間…➡ 182 00:20:41,207 --> 00:20:48,914 4日後の4月16日 家康は 征夷大将軍を秀忠に譲ったのである> 183 00:20:50,549 --> 00:20:55,221 家康が 今 将軍職を秀忠に譲ったことは➡ 184 00:20:55,221 --> 00:21:00,059 将軍職は 徳川の世襲で 秀頼君には譲るつもりはないと➡ 185 00:21:00,059 --> 00:21:03,028 はっきり 天下に示したことではありませぬか。 186 00:21:03,028 --> 00:21:10,503 しかも こともあろうに 近々 秀忠が 将軍宣下の儀式に上洛する折➡ 187 00:21:10,503 --> 00:21:15,374 秀頼君に 伏見城に 祝いに参上しろと申し越しました。 188 00:21:15,374 --> 00:21:21,514 明らかに秀頼君を徳川の家臣として扱うた 言いようにございます。➡ 189 00:21:21,514 --> 00:21:27,186 政所様にも 豊臣家大事のお気持ちがおありならば➡ 190 00:21:27,186 --> 00:21:29,522 家康と手を切る覚悟をなされて➡ 191 00:21:29,522 --> 00:21:33,192 徳川に きつう申し入れてくだされますよう。 192 00:21:33,192 --> 00:21:37,530 いざとなれば 豊臣恩顧の大名を糾合し➡ 193 00:21:37,530 --> 00:21:41,400 徳川と戦火を交えて…! 194 00:21:41,400 --> 00:21:46,539 今 戦にして 何になります。 195 00:21:46,539 --> 00:21:51,410 政所様は 豊臣が徳川の一大名に成り下がっても➡ 196 00:21:51,410 --> 00:21:55,548 ええと言われますか!? 197 00:21:55,548 --> 00:22:01,353 時の流れに逆らうことはできませぬ。 198 00:22:01,353 --> 00:22:08,494 豊臣には もはや 徳川に抵抗する力はありませぬ。 199 00:22:08,494 --> 00:22:16,835 太閤殿下が亡くなられた時に 既に 豊臣は 2つに分かれておりました。 200 00:22:16,835 --> 00:22:23,709 それは 譜代の臣を持たぬ秀吉殿のご不運。 201 00:22:23,709 --> 00:22:30,850 豊臣にとって 力のあるお身内を 次々と ご成敗なされ➡ 202 00:22:30,850 --> 00:22:38,524 一部の家臣を重用なされ 心ある者を なおざりになされた➡ 203 00:22:38,524 --> 00:22:46,198 太閤殿下晩年の ご失政によるものでございます。 204 00:22:46,198 --> 00:22:52,871 政所様ともあろうお方が 太閤殿下のことを そのような…。 205 00:22:52,871 --> 00:22:59,545 晩年の秀吉殿は ただただ秀頼君大事で➡ 206 00:22:59,545 --> 00:23:06,151 いささか お目が曇っておいでじゃった。 207 00:23:06,151 --> 00:23:10,823 豊臣にとって 何よりも不幸なことは➡ 208 00:23:10,823 --> 00:23:17,496 あまりにも遅く お世継ぎが誕生なされたことじゃ。 209 00:23:17,496 --> 00:23:25,170 年老いて おできになったゆえ 秀吉殿が迷われたことも無理からぬこと。 210 00:23:25,170 --> 00:23:32,511 関ヶ原の戦いがあったのも 豊臣が2つに分かれて争うたのも➡ 211 00:23:32,511 --> 00:23:35,414 皆 それが起因してのこと…。 212 00:23:35,414 --> 00:23:38,851 あげくの果てに 三成は敗れ…。 213 00:23:38,851 --> 00:23:44,523 三成殿が敗れたは 政所様が 家康に お味方なされたからではありませぬか! 214 00:23:44,523 --> 00:23:49,194 正栄尼殿 言葉が過ぎましょう。 215 00:23:49,194 --> 00:23:55,067 徳川の豊臣のと言うていては 天下は治まりませぬ。 216 00:23:55,067 --> 00:24:02,141 なにも天下を取ることだけが 豊臣に残された道ではありますまい。 217 00:24:02,141 --> 00:24:07,479 天下を掌握するには それなりの力量がのうてはできませぬ。 218 00:24:07,479 --> 00:24:11,784 (大蔵卿)秀頼君には ご器量がないと…!? 219 00:24:13,352 --> 00:24:20,359 今の豊臣には 誰もついてはまいりませぬ。 220 00:24:22,027 --> 00:24:27,733 そのような豊臣になってしまったことを よう…。 221 00:24:30,169 --> 00:24:35,841 それでも 豊臣は 65万石の大々名じゃ。 222 00:24:35,841 --> 00:24:40,179 天下を取らずとも それでよいではありませぬか。 223 00:24:40,179 --> 00:24:44,850 それでは 太閤殿下のご遺志は どうなります? 224 00:24:44,850 --> 00:24:53,525 たとえ 一大名に成り下がっても 今の豊臣家には それが分にございます。 225 00:24:53,525 --> 00:24:56,862 よう分かりました。 226 00:24:56,862 --> 00:25:04,670 政所様は 豊臣より徳川の方が大事と 思うておられるようじゃ。 227 00:25:04,670 --> 00:25:10,809 無理もありませぬなあ。 家康につけば 身は安泰。 228 00:25:10,809 --> 00:25:13,145 栄耀栄華も おできになりましょう。 229 00:25:13,145 --> 00:25:15,481 淀殿! 確かに➡ 230 00:25:15,481 --> 00:25:20,352 徳川には力がありましょう。 天下も治まりましょう。 231 00:25:20,352 --> 00:25:26,492 じゃが それは 政所様のただの口実じゃ。 232 00:25:26,492 --> 00:25:31,830 まことは 秀頼君が憎うて…。 233 00:25:31,830 --> 00:25:35,501 ご自分では お子が産めなんだゆえ…。 (孝蔵主)淀殿! 234 00:25:35,501 --> 00:25:38,170 もし 政所様にお子がおありならば➡ 235 00:25:38,170 --> 00:25:42,508 このように 豊臣をお見捨てには なりませなんだろう! 236 00:25:42,508 --> 00:25:50,516 豊臣をお見限りなされた政所様は もはや 豊臣のお人ではありませぬ。 237 00:25:52,184 --> 00:25:56,522 今日かぎり 豊臣のお人とは思いませぬ! 238 00:25:56,522 --> 00:25:58,524 (孝蔵主)淀殿! 239 00:26:00,392 --> 00:26:06,131 ♬~ 240 00:26:06,131 --> 00:26:14,440 いつか こういう日が来ると思っておりました。 241 00:26:17,476 --> 00:26:23,348 淀殿がお分かりにならぬも 無理からぬこと…。 242 00:26:23,348 --> 00:26:27,152 誰しも 子はかわいい。 243 00:26:27,152 --> 00:26:33,158 秀頼君のためにと思う心を 責めることはできませぬ。 244 00:26:38,497 --> 00:26:40,432 (ため息) 245 00:26:40,432 --> 00:26:50,509 確かに 一大名に成り下がってと思うのは…➡ 246 00:26:50,509 --> 00:27:00,119 私に子がないゆえに 言えることかもしれませぬな。 247 00:27:00,119 --> 00:27:17,669 ♬~ 248 00:27:17,669 --> 00:27:20,672 (秀吉)おかかも言うのう。 249 00:27:22,374 --> 00:27:26,345 いささか言い過ぎました。 250 00:27:26,345 --> 00:27:33,018 じゃが いつかは言わねばと思っておりました。 251 00:27:33,018 --> 00:27:43,161 黙っておれば 淀殿は 豊臣の立場をお分かりにはなりませぬ。 252 00:27:43,161 --> 00:27:54,172 じゃが 私の言うたことは 間違っておりましたんでしょうか? 253 00:27:54,172 --> 00:27:59,044 いや おかかの言うとおりじゃ。 254 00:27:59,044 --> 00:28:07,119 わしが愚かじゃったばかりに 身内や家臣を失うことになってしもうた。 255 00:28:07,119 --> 00:28:10,022 今の豊臣はのう➡ 256 00:28:10,022 --> 00:28:14,793 徳川の一大名になったとて 不思議はないわ。 257 00:28:14,793 --> 00:28:20,132 それがのう 茶々には分からぬのよ。 258 00:28:20,132 --> 00:28:24,002 いつまでも わしの豊臣の夢を追い続けておるのよ。 259 00:28:24,002 --> 00:28:27,005 それでは 豊臣は危うい。 260 00:28:27,005 --> 00:28:30,008 困ったものよのう。 261 00:28:32,144 --> 00:28:37,482 私は 言うだけのことは言いました。 262 00:28:37,482 --> 00:28:44,823 もはや 豊臣のために役に立つことも のうなりました。 263 00:28:44,823 --> 00:28:52,698 そろそろ髪を下ろして 天下のことには 関わりのない暮らしがしとうございます。 264 00:28:52,698 --> 00:28:58,170 お許しくださいますか? 265 00:28:58,170 --> 00:29:04,443 お茶々が あれではのう おかかの力とて及ぶまいて。 266 00:29:04,443 --> 00:29:07,145 好きにしたらええ。 267 00:29:16,054 --> 00:29:19,458 私にも 子がありましたら➡ 268 00:29:19,458 --> 00:29:24,329 やはり 淀殿と同じことをしておりましたろう。 269 00:29:24,329 --> 00:29:30,469 それを思うと 淀殿が不憫で…。 270 00:29:30,469 --> 00:29:37,342 せめて 豊臣が 一大名として残ってくれたら…。 271 00:29:37,342 --> 00:29:45,350 それを見届けるまでは つろうても 生きていかねばなりませぬ。 272 00:29:47,019 --> 00:29:50,489 おかかも まだ➡ 273 00:29:50,489 --> 00:29:54,826 なかなか わしのところへは 来られそうもないわのう。 274 00:29:54,826 --> 00:29:57,529 ハッハッハッハ…。 275 00:29:59,498 --> 00:30:10,142 ♬~ 276 00:30:10,142 --> 00:30:12,844 <間もなく ねねは出家し➡ 277 00:30:12,844 --> 00:30:17,516 朝廷より 高台院という院号を賜ったのに ちなんで➡ 278 00:30:17,516 --> 00:30:19,851 京に 高台寺を建立。➡ 279 00:30:19,851 --> 00:30:25,190 秀吉 ならびに 一族の菩提を弔う暮らしに入った> 280 00:30:25,190 --> 00:30:27,893 (鐘の音) 281 00:30:30,062 --> 00:30:33,065 <そして ある日のこと…> 282 00:30:37,202 --> 00:30:39,137 (ふみ)もし…。 283 00:30:39,137 --> 00:30:41,440 はい。 284 00:30:43,875 --> 00:30:47,746 ご奇特のことじゃが 掃除をするお役目の者はおるゆえ➡ 285 00:30:47,746 --> 00:30:50,549 以後は ご無用に願います。 286 00:30:50,549 --> 00:30:53,218 さあ これを。 287 00:30:53,218 --> 00:30:58,890 いや… 私は そのようなものを頂きとうて しておるのではございません。 288 00:30:58,890 --> 00:31:00,826 じゃが…。 289 00:31:00,826 --> 00:31:03,495 そなた もしや…! 290 00:31:03,495 --> 00:31:05,831 あっ お待ちくだされ! 291 00:31:05,831 --> 00:31:10,836 私じゃ。 ふみじゃ。 お見忘れか? 292 00:31:13,705 --> 00:31:16,007 甚兵衛殿! 293 00:31:24,516 --> 00:31:26,818 ようご無事で…。 294 00:31:29,855 --> 00:31:33,725 このところ 朝早うから➡ 295 00:31:33,725 --> 00:31:40,198 門前を清めてくださるご出家がおると 聞いておりましたが➡ 296 00:31:40,198 --> 00:31:43,869 まさか 甚兵衛殿とは…。 297 00:31:43,869 --> 00:31:48,540 (甚兵衛)このように お目にかかろうなどとは…。 298 00:31:48,540 --> 00:31:55,213 ただ 政所様が こちらにと 風の便りに伺いましたゆえ➡ 299 00:31:55,213 --> 00:32:00,218 せめて ご門前なりと 清めさせていただきとうて…。 300 00:32:01,820 --> 00:32:05,123 よう来てくれました。 301 00:32:06,691 --> 00:32:08,693 さあ さあ。 302 00:32:24,843 --> 00:32:29,514 無事で 何よりじゃった。 303 00:32:29,514 --> 00:32:36,855 じゃが 甚兵衛殿は 旅回りの一座におられるとばかり…。 304 00:32:36,855 --> 00:32:42,527 あさひが亡くなってから せめて 菩提を弔ってやりとうて➡ 305 00:32:42,527 --> 00:32:50,402 一座をやめ 出家し 諸国を托鉢して回っておりました。 306 00:32:50,402 --> 00:32:56,541 あれから 太閤殿下も亡くなられ…。 307 00:32:56,541 --> 00:33:00,812 いろいろなことがありました。 308 00:33:00,812 --> 00:33:06,685 じゃが また こうして 甚兵衛殿にお会いできたのも➡ 309 00:33:06,685 --> 00:33:10,989 あさひ殿のお引き合わせじゃ。 310 00:33:16,828 --> 00:33:25,170 これからは この寺で あさひ殿や皆様の菩提を弔うて…。 311 00:33:25,170 --> 00:33:28,506 政所様…。 312 00:33:28,506 --> 00:33:34,846 豊臣ゆかりの者たちも 数少のうなりました。 313 00:33:34,846 --> 00:33:44,155 甚兵衛殿がいてくだすったら 私とて どれだけ慰められるやもしれませぬ。 314 00:33:46,858 --> 00:33:53,565 遠い昔語りができるのも 甚兵衛殿だけじゃ。 315 00:33:55,867 --> 00:34:01,139 (孝蔵主)高台院様。 大御所様がお見えになっておられますが。 316 00:34:01,139 --> 00:34:05,477 家康殿が? (孝蔵主)はい。 317 00:34:05,477 --> 00:34:09,347 すぐに参ります。 (孝蔵主)あ…。 318 00:34:09,347 --> 00:34:11,650 孝蔵主殿。 319 00:34:13,818 --> 00:34:20,158 今から 甚兵衛殿が この寺の役僧をつとめてくれます。 320 00:34:20,158 --> 00:34:22,827 まあ…! 321 00:34:22,827 --> 00:34:26,131 心強うなりますわ。 322 00:34:35,173 --> 00:34:41,046 高台院様も やっと落ち着かれましたな。 323 00:34:41,046 --> 00:34:47,752 高台寺建立につきましては 身に余るお心遣いを頂きまして…。 324 00:34:47,752 --> 00:34:52,724 いや~ 太閤殿下ご存命中より➡ 325 00:34:52,724 --> 00:34:59,397 高台院様には 一方ならぬ ご配慮を賜りました。 326 00:34:59,397 --> 00:35:03,335 また 関ヶ原の時も…。 327 00:35:03,335 --> 00:35:10,809 我らが今日あるは ひとえに 高台院様のご配慮のたまもの。 328 00:35:10,809 --> 00:35:15,680 それを思えば このような寺の一つや二つ…。 329 00:35:15,680 --> 00:35:25,824 家康殿。 私が家康殿にお味方したのは 徳川のためではございませぬ。 330 00:35:25,824 --> 00:35:31,162 天下のためを思ってのこと…。 331 00:35:31,162 --> 00:35:37,836 それが 天下統一のために一生を懸けられた➡ 332 00:35:37,836 --> 00:35:43,508 秀吉殿のお志に添うと思ってのこと。 333 00:35:43,508 --> 00:35:48,179 家康殿から礼を言われる覚えは ございませぬ。 334 00:35:48,179 --> 00:35:57,188 分かっておりますわ。 私は ただ 太閤殿下へのご報恩にと思うて…。 335 00:35:59,524 --> 00:36:07,332 この家康 必ずや 信長様 太閤殿下のお志を継ぎ➡ 336 00:36:07,332 --> 00:36:11,803 また 高台院様のお心に添うよう➡ 337 00:36:11,803 --> 00:36:18,143 武家の頭領としてのつとめを 果たす所存にございます。 338 00:36:18,143 --> 00:36:27,485 それで 私も 心安らかに 御仏にお仕えできます。 339 00:36:27,485 --> 00:36:34,359 高台院様には ゆめゆめ ご不自由はおかけいたしませぬ。 340 00:36:34,359 --> 00:36:41,499 何なりと 遠慮のう お申しつけくだされ。 341 00:36:41,499 --> 00:36:49,174 おっ 南蛮よりの珍しい菓子 持参いたしました。 342 00:36:49,174 --> 00:36:52,844 ならば 一服…。 343 00:36:52,844 --> 00:36:57,715 これはこれは かたじけのうございます。 344 00:36:57,715 --> 00:37:02,654 <その後 家康は 徳川に反発する豊臣を相手にせず➡ 345 00:37:02,654 --> 00:37:08,126 江戸の秀忠を表面に立てながら 大御所としての実権を握り➡ 346 00:37:08,126 --> 00:37:13,465 着々と徳川政権の強化につとめた。➡ 347 00:37:13,465 --> 00:37:17,802 徳川 豊臣の対立関係に 新たな変化が生じたのは➡ 348 00:37:17,802 --> 00:37:25,677 慶長16年 家康が6年ぶりに 上洛することになった時からである> 349 00:37:25,677 --> 00:37:29,814 家康殿は 何故のご上洛じゃ? 350 00:37:29,814 --> 00:37:33,485 (清正)このたび 後陽成天皇が譲位あそばされ➡ 351 00:37:33,485 --> 00:37:38,823 政仁親王が即位なされることに相なり その儀式に参内なさる由…。 352 00:37:38,823 --> 00:37:43,161 (幸長)それを機に 成人なされた秀頼君に対面なされたいと➡ 353 00:37:43,161 --> 00:37:46,064 秀頼君に上洛を申し越されてございます。 354 00:37:46,064 --> 00:37:50,835 淀殿は ご承知なされまいのう。 355 00:37:50,835 --> 00:37:57,709 先年 秀忠殿が将軍職に就かれました時は ついに 秀頼君は上洛なされませなんだ。 356 00:37:57,709 --> 00:38:02,113 あの時は それで通りましたが こたびは 事情が違います。 357 00:38:02,113 --> 00:38:05,450 徳川は この6年の間に力をつけ➡ 358 00:38:05,450 --> 00:38:08,453 もはや 豊臣を恐れることは のうなりました。 359 00:38:10,121 --> 00:38:19,464 かって 秀吉殿が 諸大名の手前 どうでも 家康殿の上洛を願い➡ 360 00:38:19,464 --> 00:38:25,336 臣従の意を表させようと なされたことがあった。 361 00:38:25,336 --> 00:38:35,013 結局は 家康殿は上洛なされたが 心中 どれほど ご無念であったか…。 362 00:38:35,013 --> 00:38:44,489 あれから25年 今は 豊臣と徳川は 逆の立場になった。 363 00:38:44,489 --> 00:38:46,424 政所様…。 364 00:38:46,424 --> 00:38:51,162 こたびは 家康殿とて よほどのご覚悟であろう。 365 00:38:51,162 --> 00:38:57,035 豊臣にとっては 生きるか死ぬかの岐路と心得ます。 366 00:38:57,035 --> 00:38:59,838 大坂へ行きましょう。 367 00:38:59,838 --> 00:39:05,143 どうあっても 淀殿を説得せねばなりますまい。 368 00:39:31,769 --> 00:39:35,473 分かりました。 369 00:39:35,473 --> 00:39:41,346 皆様が そう言われるなら 致し方ありますまい。 370 00:39:41,346 --> 00:39:48,052 なりませぬ。 これは 秀頼君をおびき出し お命を奪わんとする 家康の…。 371 00:39:48,052 --> 00:39:52,757 (幸長)治長殿! それくらいしかねぬ男よ。 372 00:39:57,495 --> 00:40:06,838 家康殿をお信じにならずば 私が秀頼君のお供をいたしましょう。 373 00:40:06,838 --> 00:40:13,177 私が命に懸けても 秀頼君をお守りいたします。 374 00:40:13,177 --> 00:40:20,518 (大蔵卿)なにも それほどまでにして 秀頼君がご上洛なされることは…。 375 00:40:20,518 --> 00:40:26,190 今 上洛せねば 戦になるのは必定…。 376 00:40:26,190 --> 00:40:31,062 豊臣の命運は 尽きると思わねばなりませぬ。 377 00:40:31,062 --> 00:40:33,865 私も お供いたします。 378 00:40:33,865 --> 00:40:38,202 いざという時は 家康と刺し違える覚悟で。 379 00:40:38,202 --> 00:40:41,539 私も 共に…。 380 00:40:41,539 --> 00:40:49,414 ♬~ 381 00:40:49,414 --> 00:40:57,889 <慶長16年3月28日 秀頼は 二条城で 家康と会見した。➡ 382 00:40:57,889 --> 00:41:00,491 秀頼 19歳。➡ 383 00:41:00,491 --> 00:41:07,198 7歳の時 大坂城へ移ってから 12年目の上洛であった> 384 00:41:13,504 --> 00:41:17,842 よう来てくだされた。 385 00:41:17,842 --> 00:41:22,513 首を長うして待っておりましたぞ。 386 00:41:22,513 --> 00:41:25,416 ハッハッハッハ。 387 00:41:25,416 --> 00:41:28,720 よう来てくだされた。 388 00:41:39,530 --> 00:41:47,538 いや 立派に成人なされましたな。 これで 豊臣も万々歳じゃ。 389 00:41:57,081 --> 00:42:02,086 さあ うれしい客人を祝うて一献…。 390 00:42:12,430 --> 00:42:16,367 秀頼君は 御酒を召し上がりませぬ。 391 00:42:16,367 --> 00:42:20,371 それがしが 名代で頂戴つかまつりまする。 392 00:42:31,182 --> 00:42:38,856 ならば 料理を。 祝いにと 山海の珍味を支度いたさせました。 393 00:42:38,856 --> 00:42:43,194 折あしく 秀頼君には 昨夜から 腹痛を訴えられ➡ 394 00:42:43,194 --> 00:42:45,897 せっかくの ちそうも…。 395 00:42:51,869 --> 00:42:56,207 ハッハッハッハッハ。➡ 396 00:42:56,207 --> 00:43:01,045 アッハッハッハッハッハ! 397 00:43:01,045 --> 00:43:08,152 いや~ アッハッハッハッハ! アッハッハッハッハ!➡ 398 00:43:08,152 --> 00:43:13,491 アッハッハッハ! アッハッハッハッハ! 399 00:43:13,491 --> 00:43:17,829 <死を覚悟して供をした 清正と幸長だったが➡ 400 00:43:17,829 --> 00:43:24,168 家康と秀頼の会見は 和やかに2時間ばかりで終わった。➡ 401 00:43:24,168 --> 00:43:29,507 が この会見以後 豊臣は はっきりと徳川に臣従し➡ 402 00:43:29,507 --> 00:43:35,379 徳川傘下の一大名となったことを 自ら認めることとなった。➡ 403 00:43:35,379 --> 00:43:41,119 豊臣の凋落は 誰の目にも明らかであった> 404 00:43:41,119 --> 00:43:45,122 ♬~