1 00:00:02,202 --> 00:00:05,138 明治26年。 2 00:00:05,138 --> 00:00:11,612 万太郎は 7年ぶりに 植物学教室へと戻ってきました。 3 00:00:11,612 --> 00:00:17,918 教授となった徳永に 正式に助手として 迎えられたのです。 4 00:00:22,256 --> 00:00:24,558 (万太郎)おはようございます。 5 00:00:29,162 --> 00:00:32,900 ああ… やりよりますねえ。 6 00:00:32,900 --> 00:00:43,544 ♬~ 7 00:00:43,544 --> 00:00:52,152 ♬「言葉足らずの愛を 愛を貴方へ」 8 00:00:52,152 --> 00:00:56,023 ♬「私は決して今を」 9 00:00:56,023 --> 00:01:01,395 ♬「今を憎んではいない」 10 00:01:01,395 --> 00:01:13,974 ♬「命ある日々 静かに誰かを 愛した日々」 11 00:01:13,974 --> 00:01:22,416 ♬「空が晴れたら 愛を、愛を伝えて」 12 00:01:22,416 --> 00:01:26,286 ♬「涙は明日の為」 13 00:01:26,286 --> 00:01:31,124 ♬「新しい花の種」 14 00:01:31,124 --> 00:01:35,429 ♬「空が晴れたら」 15 00:01:35,429 --> 00:01:39,633 ♬「逢いに、 逢いに来て欲しい」 16 00:01:39,633 --> 00:01:49,309 ♬「涙は枯れないわ 明日へと繋がる輪」 17 00:01:49,309 --> 00:01:54,815 ♬「言葉足らずの愛を」 18 00:01:54,815 --> 00:02:02,522 ♬「愛の花を 貴方へ」 19 00:02:05,759 --> 00:02:09,596 あ… あの~ 徳永教授は? 20 00:02:09,596 --> 00:02:13,100 (小堀) 教授は 先生方と打ち合わせの最中です。 21 00:02:13,100 --> 00:02:16,603 そうですか…。 ほんなら 待ちますき。 22 00:02:16,603 --> 00:02:20,407 あっ 皆さんは 続けてください。 23 00:02:27,114 --> 00:02:29,783 ほう~…。 24 00:02:29,783 --> 00:02:33,420 新しゅうなっちゅう…。 25 00:02:33,420 --> 00:02:35,422 あっ…。 26 00:02:37,124 --> 00:02:41,294 こりゃあ 何じゃあ? 27 00:02:41,294 --> 00:02:45,165 (花岡)葉の先端が とがってるから これは エビガライチゴと検定する。 28 00:02:45,165 --> 00:02:47,634 名札は 書いとけ。 (関谷)はい。 29 00:02:47,634 --> 00:02:50,137 えっ? あ…。 30 00:02:50,137 --> 00:02:54,808 ああ… すみません。 えいですろうか? 何ですか? 31 00:02:54,808 --> 00:02:58,979 先生の確認を受けんうちに その… 名札を書くがですか? 32 00:02:58,979 --> 00:03:03,250 僕は 大学院の学生です。 検定の責任は 僕が負ってます。 33 00:03:03,250 --> 00:03:05,919 そうですか…。 34 00:03:05,919 --> 00:03:10,590 あの… ちっと 待ってもらえませんろうか? 35 00:03:10,590 --> 00:03:12,893 すみません…。 36 00:03:20,100 --> 00:03:24,271 確かに 葉の形は エビガライチゴに見えますけんど➡ 37 00:03:24,271 --> 00:03:26,773 見分けるがやったら ここです。 38 00:03:26,773 --> 00:03:29,109 もし これがエビガライチゴだったら➡ 39 00:03:29,109 --> 00:03:32,145 花序や枝に腺毛が ようけ生えちょります。 40 00:03:32,145 --> 00:03:35,615 この腺毛が見られんがやったら これは クロイチゴですき。 41 00:03:35,615 --> 00:03:38,418 クロイチゴ? そんなもの…。 42 00:03:38,418 --> 00:03:42,622 もともとは 北海道にあって エゾイチゴと呼ばれちょりました。 43 00:03:42,622 --> 00:03:47,127 けんど 徳永教授が 日光でも 生えちゅうがを見つけられました。 44 00:03:47,127 --> 00:03:49,963 徳永教授の論文を 見てもらえませんろうか? 45 00:03:49,963 --> 00:03:55,769 え~ 確か… 「日本植物学雑誌」の114号ですき。 46 00:03:55,769 --> 00:03:58,071 (北園)あっ はい。 47 00:04:00,607 --> 00:04:04,244 どうぞ。 あっ すみません。 48 00:04:04,244 --> 00:04:06,179 え~…。 49 00:04:06,179 --> 00:04:11,017 あっ ここです。 どうですろうか? 50 00:04:11,017 --> 00:04:13,754 こんなキイチゴが あったなんて…。 51 00:04:13,754 --> 00:04:16,790 あ… 合っているかと。 52 00:04:16,790 --> 00:04:19,092 ありがとうございます。 53 00:04:19,092 --> 00:04:21,995 雑誌の論文を 全て覚えているのですか? 54 00:04:21,995 --> 00:04:26,399 まあ… どの記事も 面白いですき。 55 00:04:26,399 --> 00:04:28,335 あの… あなたは? 56 00:04:28,335 --> 00:04:31,271 (波多野)あれ? 万さん! 早かったね! 57 00:04:31,271 --> 00:04:34,774 波多野~! アハハ。 野宮さんも! 58 00:04:34,774 --> 00:04:38,111 (野宮)久しぶりだね。 ええ。 大窪さんも。 お元気でしたか? 59 00:04:38,111 --> 00:04:41,948 (大窪)そのアホ面 見るまではな。 アハハハ! 60 00:04:41,948 --> 00:04:46,419 アハハハハ…。 (ドアの開閉音) 61 00:04:46,419 --> 00:04:48,788 (ドイツ語で) 62 00:04:48,788 --> 00:04:50,824 (一同)おはようございます! 63 00:04:50,824 --> 00:04:53,960 (徳永)槙野 来たか。 はい。 64 00:04:53,960 --> 00:04:58,131 今日から 植物分類学の助手として迎える 槙野だ。 65 00:04:58,131 --> 00:05:01,902 槙野万太郎と申します。 よろしゅうお願いいたします。 66 00:05:01,902 --> 00:05:04,938 槙野さん…。 もしかして ムジナモの? 67 00:05:04,938 --> 00:05:07,240 あ… エヘヘヘ。 68 00:05:07,240 --> 00:05:11,244 今の学生さんですろうか? 全員じゃないよ。 69 00:05:11,244 --> 00:05:15,115 今は 学生も増えていて ここじゃ狭すぎるんだ。 あっ そんなに!? 70 00:05:15,115 --> 00:05:18,251 植物園の集会所を 講義に使わせてもらってる。 71 00:05:18,251 --> 00:05:22,088 植物学教室も いっそのこと 向こうに移転するって話も出てるよ。 72 00:05:22,088 --> 00:05:25,592 あ~ そりゃあ えいのう。 夢みたいじゃのう。 73 00:05:25,592 --> 00:05:27,627 (徳永)槙野 教授室へ来い。➡ 74 00:05:27,627 --> 00:05:30,130 波多野 講義は頼んだぞ。 はい。 75 00:05:36,603 --> 00:05:38,905 (一同)はい! 76 00:05:59,292 --> 00:06:01,728 槙野です。 ⚟(徳永)入れ。 77 00:06:01,728 --> 00:06:03,930 失礼いたします。 78 00:06:07,534 --> 00:06:09,836 あ…。 79 00:06:12,072 --> 00:06:18,845 久しぶりだな。 あ… 徳永教授 ご無沙汰しちょります。 80 00:06:18,845 --> 00:06:25,585 この度は 助手に任じていただき ホンマに ありがとうございます。 81 00:06:25,585 --> 00:06:27,520 波多野から聞いている。 82 00:06:27,520 --> 00:06:33,326 お前は 今や 所蔵する標本の数で言うなら 大学に並ぶのではないかと。 83 00:06:33,326 --> 00:06:37,597 あ… いえ。 まあ 全国に 文通の相手も おりますき。 84 00:06:37,597 --> 00:06:41,935 けんど 大学の標本も増えちゅうがですよね? 85 00:06:41,935 --> 00:06:44,771 金にも 苦労してるんだろう? 86 00:06:44,771 --> 00:06:47,674 ん… はい。 87 00:06:47,674 --> 00:06:51,544 どこへ行くがも 本を買うがも 金がかかります。 88 00:06:51,544 --> 00:06:55,548 月給を頂くがは ありがたいですき。 89 00:06:57,784 --> 00:07:00,120 お前を呼んだのは ほかでもない。 90 00:07:00,120 --> 00:07:03,356 これまで やってきたことを そのまま続けてくれればいい。 91 00:07:03,356 --> 00:07:08,228 すなわち この教室の標本を 充実させること。 はい。 92 00:07:08,228 --> 00:07:11,231 そのために 出張も 自由に行ってくれて構わない。 93 00:07:11,231 --> 00:07:14,567 一律だが 手当もつける。 ありがたいですき。 94 00:07:14,567 --> 00:07:19,239 それから 今は 標本の検定も 大学院の学生に監督させている。 95 00:07:19,239 --> 00:07:23,576 収蔵済みの標本も 確認してくれ。 分かりました。 96 00:07:23,576 --> 00:07:27,080 違うもんがありましたら 訂正しても よろしいでしょうか? 97 00:07:27,080 --> 00:07:30,884 もちろん。 お前の仕事は 以上だ。 行っていいぞ。 98 00:07:38,792 --> 00:07:44,097 あの 徳永教授… ドイツは いかがでしたか? 99 00:07:46,099 --> 00:07:48,902 ドイツ…。 100 00:07:50,937 --> 00:07:54,441 確かに 行かなければ分からなかった。 101 00:07:57,410 --> 00:08:01,414 そもそも 標本で 世界と張り合おうと していたのが 間違いだったのだ。 102 00:08:01,414 --> 00:08:07,087 標本を集めてきた歴史が違う。 数で勝てるわけがないのだよ。 103 00:08:07,087 --> 00:08:10,890 あ… いや まあ その… 勝ち負けでは…。 104 00:08:10,890 --> 00:08:13,393 勝ち負けなんだ 槙野。 105 00:08:15,362 --> 00:08:17,731 我が帝国大学は 国家の機関だ。 106 00:08:17,731 --> 00:08:23,603 国の金で 国家の求めに応ずるため研究している。 107 00:08:23,603 --> 00:08:28,241 向こうで お前のムジナモの植物画を見かけた。 108 00:08:28,241 --> 00:08:30,910 それは…。 109 00:08:30,910 --> 00:08:32,946 エングラー博士が編集した文献に➡ 110 00:08:32,946 --> 00:08:37,083 ムジナモの記載と お前の植物画が掲載されていた。 111 00:08:37,083 --> 00:08:41,388 あ… そうですか。 おかげで お前こそが 今➡ 112 00:08:41,388 --> 00:08:46,926 世界で 最も知られた 日本人植物学者となってしまっている。 113 00:08:46,926 --> 00:08:51,264 いいか? お前のムジナモが 世界で評価された最大の理由は➡ 114 00:08:51,264 --> 00:08:53,933 とにかく 植物画が よかったからだ。 115 00:08:53,933 --> 00:08:59,272 緻密さ 観察眼 根気強さ。 116 00:08:59,272 --> 00:09:06,346 ドイツで言われたよ。 日本人は 器用だと。 117 00:09:06,346 --> 00:09:11,051 だが 私は ここに ある種の真実を読み取ったのだ。 118 00:09:11,051 --> 00:09:14,554 日本人が世界の植物学者に勝るためには 急務だった。 119 00:09:14,554 --> 00:09:21,261 だが 今や この国の植物学は とっくに次の段階に入ろうとしている。 120 00:09:23,897 --> 00:09:29,235 ちょうど 今 日本人の特性が生かせる 研究が 注目を浴びている。 121 00:09:29,235 --> 00:09:31,738 ドイツの植物学の中心は➡ 122 00:09:31,738 --> 00:09:36,576 顕微鏡を使った 解剖学にある。 解剖学? 123 00:09:36,576 --> 00:09:41,081 植物を解剖し その内部で 何が起こっているのかを➡ 124 00:09:41,081 --> 00:09:43,783 観察する学問だ。 125 00:09:45,585 --> 00:09:47,921 初期の陸上植物である➡ 126 00:09:47,921 --> 00:09:49,856 シダ植物やコケ植物は➡ 127 00:09:49,856 --> 00:09:53,726 動く精子を作って 生殖を行っていることが分かってきた。 128 00:09:53,726 --> 00:09:59,098 一方 被子植物は花を咲かせて 花粉を使って 生殖を行っており➡ 129 00:09:59,098 --> 00:10:02,135 精子は作らないという。 130 00:10:02,135 --> 00:10:06,406 これについて ドイツのホフマイスターが ある仮説を立てた。 131 00:10:06,406 --> 00:10:11,244 すなわち シダ植物と被子植物の 中間段階にあると見られる➡ 132 00:10:11,244 --> 00:10:17,417 裸子植物の中には 精子を作るものが あるのではないか。 133 00:10:17,417 --> 00:10:19,486 ホフマイスターの仮説により➡ 134 00:10:19,486 --> 00:10:23,623 今 世界中の植物学者が この研究に挑んでいる。 135 00:10:23,623 --> 00:10:27,293 裸子植物のうち 針葉樹が精子を作らないことは➡ 136 00:10:27,293 --> 00:10:30,296 ほぼ明らかになった。 次は イチョウとソテツだ。 137 00:10:30,296 --> 00:10:34,167 もし イチョウとソテツに精子があると 突き止められれば➡ 138 00:10:34,167 --> 00:10:38,905 この研究で 世界の頂点に立つのだ。 139 00:10:38,905 --> 00:10:54,988 ♬~ 140 00:10:54,988 --> 00:10:58,458  回想  いや まあ その… 勝ち負けでは…。 141 00:10:58,458 --> 00:11:00,460 勝ち負けなんだ 槙野。 142 00:11:02,328 --> 00:11:04,931 はあ…。 143 00:11:04,931 --> 00:11:22,115 ♬~ 144 00:11:22,115 --> 00:11:24,951 この教室の標本を充実させること。 145 00:11:24,951 --> 00:11:28,821 お前の仕事は 以上だ。 行っていいぞ。 146 00:11:28,821 --> 00:11:33,126 そもそも 標本で 世界と張り合おうと していたのが 間違いだったのだ。 147 00:11:33,126 --> 00:11:38,131 この国の植物学は とっくに次の段階に入ろうとしている。 148 00:11:41,801 --> 00:11:44,804 (戸が開く音) 149 00:11:51,978 --> 00:11:55,281 何か 期待でも してたのか? 150 00:11:57,317 --> 00:12:00,920 金に釣られて 戻ってきやがってよ。 151 00:12:00,920 --> 00:12:04,791 たかが 月給15円じゃねえか。 152 00:12:04,791 --> 00:12:09,929 言っとくが 野宮は今 お前と同じ助手の身分だが➡ 153 00:12:09,929 --> 00:12:12,966 もっと もらってるぞ。 154 00:12:12,966 --> 00:12:17,604 野宮さん… そうですか。 155 00:12:17,604 --> 00:12:20,506 田邊さんのことが あったき➡ 156 00:12:20,506 --> 00:12:25,278 野宮さんは どうなるがじゃろう思うて 案じちょりました。 157 00:12:25,278 --> 00:12:29,782 そうですか… 野宮さん 教室の画工になられたがですね。 158 00:12:29,782 --> 00:12:34,654 違えよ。 野宮は もう画工じゃない。 えっ? 159 00:12:34,654 --> 00:12:37,957 あいつは 波多野と組んできたからな。 160 00:12:50,169 --> 00:12:54,440 えっ これは…。 ツユクサだ。 161 00:12:54,440 --> 00:12:56,509 ツユクサ…? 162 00:12:56,509 --> 00:13:00,246 (大窪) ツユクサの気孔の周辺にある葉緑体。 163 00:13:00,246 --> 00:13:03,249 野宮は 今や 顕微鏡の奥➡ 164 00:13:03,249 --> 00:13:10,456 倍率900倍の世界が描ける ただ一人の画工 兼 植物学者だ。 165 00:13:16,596 --> 00:13:24,103 (大窪) お前… 本当に 何で戻ってきたんだ? 166 00:13:24,103 --> 00:13:27,774 お前 見てると こっちまで悲しくなってくる! 167 00:13:27,774 --> 00:13:32,645 ただ尻尾振って 標本採ってくるだけの 犬じゃねえか。➡ 168 00:13:32,645 --> 00:13:35,848 今なら遅くない。 辞めろよ。 169 00:13:40,119 --> 00:13:42,322 いいえ。 170 00:13:43,956 --> 00:13:50,730 植物学が 次の段階へ進みゆうことは 分かりました。 171 00:13:50,730 --> 00:13:57,136 けんど わしは 辞めません。 172 00:13:57,136 --> 00:13:59,072 (舌打ち) 173 00:13:59,072 --> 00:14:04,377 給金を初めて頂くがも 出張費も ありがたいですき。 174 00:14:04,377 --> 00:14:06,746 もっと 植物に会いに行ける。 175 00:14:06,746 --> 00:14:10,917 古いんだよ お前は! 176 00:14:10,917 --> 00:14:15,788 地べた はいずる植物学なんぞ 終わったんだ。➡ 177 00:14:15,788 --> 00:14:21,561 手間だけかかって 見栄えもしない。 もう見向きもされない。 178 00:14:21,561 --> 00:14:37,610 ♬~ 179 00:14:37,610 --> 00:14:44,417 本当に… 人が せっかく忠告してやったのによ。 180 00:14:46,119 --> 00:14:49,789 俺は 切られたよ。 181 00:14:49,789 --> 00:14:52,091 えっ?