1 00:00:16,650 --> 00:00:32,650 ♪~ 2 00:00:42,650 --> 00:00:57,000 ♪~ 3 00:00:57,000 --> 00:01:02,650 <彼女のところへは 毎日のように 未知の崇拝者たちからの手紙が 4 00:01:02,650 --> 00:01:06,650 幾通となく 送られてきた。 5 00:01:06,650 --> 00:01:08,650 それは いずれも 極まりきったように 6 00:01:08,650 --> 00:01:10,650 つまらぬ文句のもの ばかりであったが 7 00:01:10,650 --> 00:01:12,650 彼女は どのような手紙であろうとも 8 00:01:12,650 --> 00:01:14,650 自分にあてられたものは 9 00:01:14,650 --> 00:01:19,650 ひと通りは 読んでみることにしていた。 10 00:01:19,650 --> 00:01:21,650 簡単なものから先にして 11 00:01:21,650 --> 00:01:24,650 二通の封書と 一葉のはがきを見てしまうと 12 00:01:24,650 --> 00:01:29,650 あとには かさ高い 原稿らしい一通が残った。 13 00:01:29,650 --> 00:01:33,650 それは 思った通り 原稿用紙を 綴じたものであった。 14 00:01:33,650 --> 00:01:36,650 が どうしたことか…> 15 00:01:56,650 --> 00:02:00,650 「こんなことを申しあげますと 奥様は さぞかし 16 00:02:00,650 --> 00:02:04,650 びっくりなさることで ございましょうが」… 17 00:02:38,650 --> 00:02:42,650 「そんな醜い容貌を持ちながら 胸の中では 人知れず 18 00:02:42,650 --> 00:02:48,650 世にも烈しい情熱を 燃やしていたのでございます」。 19 00:02:59,650 --> 00:03:03,650 「しかし 不幸な私は 哀れな一家具職人の子として 20 00:03:03,650 --> 00:03:05,650 その日その日の暮らしを 21 00:03:05,650 --> 00:03:09,650 立てて行くほかは ないのでございました」。 22 00:03:19,650 --> 00:03:22,650 「私の作った椅子は 23 00:03:22,650 --> 00:03:25,650 どんな むずかしい注文主にも きっと気に入るというので 24 00:03:25,650 --> 00:03:28,650 商会でも 私には 特別に目をかけて 25 00:03:28,650 --> 00:03:33,650 仕事も 上物ばかりを 廻してくれておりました。 26 00:03:33,650 --> 00:03:37,650 そんな上物になりますと 凭れや肘掛けの彫りものに 27 00:03:37,650 --> 00:03:39,650 いろいろ むずかしい注文があったり 28 00:03:39,650 --> 00:03:44,650 クッションのぐあい 各部の寸法などに 微妙な好みがあったりして 29 00:03:44,650 --> 00:03:48,650 それを造る者には ちょっと 素人の想像できないような 30 00:03:48,650 --> 00:03:50,650 苦心がいるのでございますが 31 00:03:50,650 --> 00:03:53,650 でも 苦心をすればしただけ 32 00:03:53,650 --> 00:03:58,650 できあがったときの嬉しさ というものはありません」。 33 00:04:08,650 --> 00:04:11,650 「そして 味気ない職人生活のうちにも 34 00:04:11,650 --> 00:04:18,650 そのときばかりは なんともいえぬ 得意を感じるのでございます。 35 00:04:18,650 --> 00:04:22,650 そこへは どのような高貴の方が 36 00:04:22,650 --> 00:04:25,650 或いは どのような美しい方が おかけなさることか。 37 00:04:25,650 --> 00:04:30,650 こんな立派な椅子を 注文なさるほどのお屋敷だから 38 00:04:30,650 --> 00:04:32,650 そこには きっと この椅子に ふさわしい 39 00:04:32,650 --> 00:04:34,650 贅沢な部屋があるのだろう。 40 00:04:34,650 --> 00:04:39,650 そして そのかたわらには いつも 私の夢に出てくる 41 00:04:39,650 --> 00:04:42,650 美しい私の恋人が におやかに ほほえみながら 42 00:04:42,650 --> 00:04:48,650 私の話に聞き入っております」。 43 00:05:07,650 --> 00:05:12,650 「その なんとも形容のできない いやあな いやあな心持は 44 00:05:12,650 --> 00:05:16,650 月日がたつに従って だんだん 私には 45 00:05:16,650 --> 00:05:19,650 堪えきれないものに なってまいりました」。 46 00:05:25,650 --> 00:05:31,650 「私は まじめに そんなことを思います」。 47 00:05:41,650 --> 00:05:45,650 「この椅子は 同じY市で 外人の経営している 48 00:05:45,650 --> 00:05:46,650 或るホテルへ納める品で 49 00:05:46,650 --> 00:05:50,650 一体なら その本国から 取り寄せるはずのを 50 00:05:50,650 --> 00:05:53,650 私の雇われていた 商館が運動して 51 00:05:53,650 --> 00:05:57,650 日本にも舶来品に劣らぬ 椅子職人がいるからというので 52 00:05:57,650 --> 00:06:00,650 やっと注文をとったものでした」。 53 00:06:05,650 --> 00:06:08,650 「ほんとうに 魂をこめて 54 00:06:08,650 --> 00:06:12,650 夢中になって やったものでございます。 55 00:06:12,650 --> 00:06:15,650 さて できあがった椅子を見ますと 56 00:06:15,650 --> 00:06:19,650 私は かつて覚えない 満足を感じました」。 57 00:06:27,650 --> 00:06:31,650 「すると 私のくせとして 止めどもない妄想が 58 00:06:31,650 --> 00:06:35,650 五色の虹のように まばゆいばかりの色彩をもって 59 00:06:35,650 --> 00:06:39,650 次から次へと 湧き上がってくるのです」。 60 00:06:46,650 --> 00:06:48,650 「私は 大急ぎで 四つの内で 61 00:06:48,650 --> 00:06:51,650 いちばん よくできたと思う 肘掛椅子を 62 00:06:51,650 --> 00:06:53,650 バラバラに毀してしまいました。 63 00:06:53,650 --> 00:06:58,650 そして 改めて それを 私の妙な計画を実行するのに 64 00:06:58,650 --> 00:07:02,650 都合のよいように 造り直しました」。 65 00:07:14,650 --> 00:07:18,650 「小さな棚をつけて 何かを貯蔵できるようにしたり 66 00:07:18,650 --> 00:07:22,650 ある用途のために 大きなゴムの袋を備えつけたり 67 00:07:22,650 --> 00:07:26,650 そのほか さまざまの考案をめぐらして 68 00:07:26,650 --> 00:07:30,650 食料さえあれば その中に 二日三日はいりつづけていても 69 00:07:30,650 --> 00:07:35,650 決して 不便を感じないように しつらえました」。 70 00:07:41,650 --> 00:07:48,650 「私はシャツ一枚になると 椅子の中へ スッポリと もぐりこみました」。 71 00:07:56,650 --> 00:07:59,650 「考えてみれば 墓場にちがいありません。 72 00:07:59,650 --> 00:08:02,650 私は 椅子の中へはいると同時に 73 00:08:02,650 --> 00:08:04,650 ちょうど 隠れ簑でも着た様に 74 00:08:04,650 --> 00:08:11,650 この人間世界から 消滅してしまう わけなのですから。 75 00:08:11,650 --> 00:08:17,650 何事もなく その日の午後には もう私のはいった肘掛椅子は 76 00:08:17,650 --> 00:08:22,650 ホテルの一室に どっかりと 据えられておりました」。 77 00:08:29,650 --> 00:08:33,650 「私の この奇妙な行いの 第一の目的は 78 00:08:33,650 --> 00:08:37,650 人のいない時を見すまして 椅子の中から抜け出し 79 00:08:37,650 --> 00:08:44,650 ホテルの中を うろつき廻って 盗みを働くことでありました。 80 00:08:44,650 --> 00:08:46,650 私は 影のように 自由自在に 81 00:08:46,650 --> 00:08:49,650 部屋から部屋を 荒し廻ることができます。 82 00:08:49,650 --> 00:08:52,650 そして 人々が騒ぎはじめる時分には 83 00:08:52,650 --> 00:08:55,650 椅子の中の隠れ家へ逃げ帰って 84 00:08:55,650 --> 00:08:58,650 息をひそめて 彼らの間抜けな捜索を 85 00:08:58,650 --> 00:09:03,650 見物していればよいのです。 86 00:09:03,650 --> 00:09:08,650 さて この私の突飛な計画は それが 突飛であっただけ 87 00:09:08,650 --> 00:09:12,650 人々の意表外に出て 見事に成功いたしました。 88 00:09:12,650 --> 00:09:16,650 でも 私は 今 そんな盗みなどよりは 89 00:09:16,650 --> 00:09:21,650 十倍も二十倍も 私を喜ばせたところの」… 90 00:09:25,650 --> 00:09:28,650 「お話を前に戻して 私の椅子が 91 00:09:28,650 --> 00:09:34,650 ホテルのラウンジに置かれた時のことから はじめなければなりません」。 92 00:09:45,650 --> 00:09:47,650 「そうして しばらくしますと 93 00:09:47,650 --> 00:09:52,650 コツコツと 重くるしい足音が 響いてきました。 94 00:09:52,650 --> 00:09:55,650 それが 二 三間 むこうまで近づくと 95 00:09:55,650 --> 00:09:57,650 部屋に敷かれたジュウタンのために 96 00:09:57,650 --> 00:10:00,650 ほとんど聞きとれぬほどの 低い音に変りましたが 97 00:10:00,650 --> 00:10:04,650 間もなく 荒々しい男の鼻息が聞こえ 98 00:10:04,650 --> 00:10:09,650 ハッと思う間に 西洋人らしい大きなからだが 99 00:10:09,650 --> 00:10:15,650 私の膝の上に ドサリと落ちて フカフカと 二 三度 はずみました」。 100 00:10:38,650 --> 00:10:40,650 「それは まあなんという 101 00:10:40,650 --> 00:10:43,650 不思議千万な 感覚でございましょう。 102 00:10:43,650 --> 00:10:48,650 私は もう あまりの恐ろしさに 思考力もなにも失ってしまって 103 00:10:48,650 --> 00:10:52,650 ただもう ボンヤリしていたことで ございます」。 104 00:10:56,650 --> 00:10:58,650 「そこでは」… 105 00:11:17,650 --> 00:11:20,650 「その男を手はじめに 私の膝の上には 106 00:11:20,650 --> 00:11:25,650 いろいろな人が 入りかわり 立ちかわり 腰をおろしました。 107 00:11:25,650 --> 00:11:31,650 そして 彼らが 柔かいクッションだと 信じきっているものが」… 108 00:11:38,650 --> 00:12:55,650 ♪~ 109 00:13:03,650 --> 00:13:07,650 「背骨の曲り方 肩胛骨のひらきぐあい 110 00:13:07,650 --> 00:13:09,650 腕の長さ 太腿の太さ 111 00:13:09,650 --> 00:13:12,650 あるいは 尾骨の長短など 112 00:13:12,650 --> 00:13:15,650 それらのすべての点を 綜合してみますと 113 00:13:15,650 --> 00:13:22,650 どんなに似寄った背恰好の人でも どこか違ったところがあります。 114 00:13:22,650 --> 00:13:25,650 或るものは」… 115 00:13:29,650 --> 00:13:31,650 「或るものは」… 116 00:13:36,650 --> 00:13:39,650 「或るものは」… 117 00:13:45,650 --> 00:13:47,650 「普通の場合は 主として 118 00:13:47,650 --> 00:13:50,650 容貌の美醜によって 批判するのでありましょうが 119 00:13:50,650 --> 00:13:52,650 この椅子の中の世界では 120 00:13:52,650 --> 00:13:56,650 そんなものは まるで 問題外なのでございます」。 121 00:14:07,650 --> 00:14:11,650 「奥様 あまりに あからさまな 私の記述に 122 00:14:11,650 --> 00:14:15,650 どうか 気を わるくしないでくださいまし」。 123 00:14:27,650 --> 00:14:30,650 「彼女は 何か 嬉しいことでもあった様子で 124 00:14:30,650 --> 00:14:33,650 踊るような足どりで そこへ はいってまいりました。 125 00:14:33,650 --> 00:14:35,650 そして 私の ひそんでいる 126 00:14:35,650 --> 00:14:37,650 肘掛椅子の前まで きたかと思うと 127 00:14:37,650 --> 00:14:42,650 いきなり 豊満な それでいて 非常に しなやかな肉体を 128 00:14:42,650 --> 00:14:48,650 私の上へ投げかけました。 129 00:14:48,650 --> 00:14:54,650 しかも彼女は 何が おかしいのか 突然 アハアハ 笑い出し 130 00:14:54,650 --> 00:14:57,650 手足をバタバタさせて 網の中の魚のように 131 00:14:57,650 --> 00:15:02,650 ピチピチと はね廻るのでございます」。 132 00:15:09,650 --> 00:15:13,650 「その私が 今 見も知らぬ 異国の乙女と 133 00:15:13,650 --> 00:15:18,650 同じ部屋に 同じ椅子に それどころではありません」。 134 00:15:34,650 --> 00:15:39,650 「そのほか どんなことをしようと」… 135 00:16:19,650 --> 00:16:24,650 「私という男は…」… 136 00:16:38,650 --> 00:16:40,650 「従って 私の奇妙な恋も 137 00:16:40,650 --> 00:16:42,650 時とともに 相手が変って行くのを 138 00:16:42,650 --> 00:16:45,650 どうすることも できませんでした。 139 00:16:45,650 --> 00:16:49,650 そして その数々の 不思議な恋人の記憶は 140 00:16:49,650 --> 00:16:54,650 普通の場合のように その容貌によってではなく」… 141 00:17:12,650 --> 00:17:16,650 「と言いますのは」… 142 00:17:59,650 --> 00:18:04,650 「その時分には 盗みためた金が 相当の額になっていましたから 143 00:18:04,650 --> 00:18:06,650 たとえ 世の中へ出ても 144 00:18:06,650 --> 00:18:11,650 以前のように みじめな暮らしを することはないのでした。 が」… 145 00:18:16,650 --> 00:18:19,650 「と言いますのは 私は 数カ月のあいだも 146 00:18:19,650 --> 00:18:22,650 それほど いろいろの異性を 愛したにもかかわらず 147 00:18:22,650 --> 00:18:24,650 相手が すべて 異国人であったために 148 00:18:24,650 --> 00:18:28,650 それが どんな立派な好もしい 肉体の持ち主であっても 149 00:18:28,650 --> 00:18:31,650 精神的な妙な物足りなさを 150 00:18:31,650 --> 00:18:35,650 感じないわけには 行きませんでした」。 151 00:18:42,650 --> 00:18:45,650 「そこへ ちょうど 私の椅子が 競売に出たのであります。 152 00:18:45,650 --> 00:18:48,650 今度は ひょっとすると」… 153 00:19:05,650 --> 00:19:07,650 「古くなっても 充分に人目を引くほど 154 00:19:07,650 --> 00:19:11,650 立派な椅子だったからで ございましょう。 155 00:19:11,650 --> 00:19:14,650 非常に 震動のはげしいトラックで 運ばれた時には 156 00:19:14,650 --> 00:19:18,000 私は 椅子の中で 死ぬほどの 苦しみを嘗めましたが 157 00:19:18,000 --> 00:19:22,650 でも そんなことは 買手が 私の望み通り 158 00:19:22,650 --> 00:19:24,650 日本人であったという 喜びに比べては 159 00:19:24,650 --> 00:19:28,650 物の数でもございません」。 160 00:19:31,650 --> 00:19:34,650 「買手のお役人は 可なり立派な屋敷の持ち主で 161 00:19:34,650 --> 00:19:38,650 私の椅子は そこの洋館の 広い書斎に置かれましたが 162 00:19:38,650 --> 00:19:43,650 私にとって 非常に満足であったことには」… 163 00:19:50,650 --> 00:19:56,650 「それ以来 約一カ月間 私は絶えず 夫人とともにおりました。 164 00:19:56,650 --> 00:20:00,650 夫人の食事と就寝の時間を 除いては 165 00:20:00,650 --> 00:20:05,650 夫人のしなやかな からだは いつも 私の上にありました。 166 00:20:05,650 --> 00:20:10,650 それというのが 夫人は そのあいだ 書斎につめきって 167 00:20:10,650 --> 00:20:14,650 ある著作に没頭していられたから でございます。 168 00:20:14,650 --> 00:20:17,650 どんなに彼女を愛したか。 169 00:20:17,650 --> 00:20:20,650 それは ここに くだくだしく 申しあげるまでもありますまい。 170 00:20:20,650 --> 00:20:24,650 彼女は 私の はじめて接した日本人で 171 00:20:24,650 --> 00:20:28,650 しかも 充分 美しい肉体の 持ち主でありました。 172 00:20:28,650 --> 00:20:32,650 私は そこに はじめて」… 173 00:20:34,650 --> 00:20:37,650 「私は できるならば 夫人のほうでも 174 00:20:37,650 --> 00:20:40,650 椅子の中の私を 意識して ほしかったのでございます。 175 00:20:40,650 --> 00:20:44,650 そして 虫のいい話ですが」… 176 00:20:48,650 --> 00:20:52,650 「そこで せめて夫人に」… 177 00:20:58,650 --> 00:20:59,650 「芸術家である彼女は 178 00:20:59,650 --> 00:21:04,650 きっと 常人以上の微妙な感覚を 備えているにちがいありません。 179 00:21:04,650 --> 00:21:08,650 もし 彼女が 私の椅子に 生命を感じてくれたなら 180 00:21:08,650 --> 00:21:11,650 ただの物質としてではなく 181 00:21:11,650 --> 00:21:14,650 ひとつの生きものとして 愛着を覚えてくれたなら 182 00:21:14,650 --> 00:21:19,650 それだけでも 私は 充分満足なのでございます。 183 00:21:19,650 --> 00:21:23,650 私は 彼女が 私の上に 身を投げた時には 184 00:21:23,650 --> 00:21:27,650 できるだけ フーワリと優しく 受けるように心掛けました。 185 00:21:27,650 --> 00:21:31,650 彼女が 私の上で 疲れた時分には 186 00:21:31,650 --> 00:21:33,650 わからぬほどに ソロソロと膝を動かして 187 00:21:33,650 --> 00:21:37,650 彼女のからだの位置を 変えるようにいたしました。 188 00:21:37,650 --> 00:21:39,650 そして 彼女が 189 00:21:39,650 --> 00:21:43,650 ウトウトと 居眠りを はじめるような場合には 190 00:21:43,650 --> 00:21:45,650 私は ごくごく 幽かに膝をゆすって 191 00:21:45,650 --> 00:21:49,650 揺籃の役目を 勤めたことでございます。 192 00:21:49,650 --> 00:21:55,650 その心遣りが報いられたのか それとも 単に私の気の迷いか 193 00:21:55,650 --> 00:21:59,650 近頃では 夫人は」… 194 00:22:02,650 --> 00:22:06,650 「彼女は 乙女が恋人の抱擁に 応じるときのような 195 00:22:06,650 --> 00:22:12,650 甘い優しさをもって 私の椅子に身を沈めます。 196 00:22:12,650 --> 00:22:19,650 かようにして 私の情熱は 日々に 烈しく燃えて行くのでした。 197 00:22:19,650 --> 00:22:23,650 そして ついには… アア 奥様 198 00:22:23,650 --> 00:22:26,650 ついには 私は 身のほどもわきまえぬ 199 00:22:26,650 --> 00:22:31,650 大それた願いを抱くように なったのでございます。 200 00:22:31,650 --> 00:22:34,650 たったひと目 私の恋人の顔を見て 201 00:22:34,650 --> 00:22:37,650 そして 言葉を交わすことができたなら 202 00:22:37,650 --> 00:22:42,650 そのまま死んでもよいとまで 思いつめたのでございます。 203 00:22:42,650 --> 00:22:48,650 奥様 あなたは むろん とっくに お悟りでございましょう。 204 00:22:48,650 --> 00:22:52,650 その私の恋人と申しますのは 205 00:22:52,650 --> 00:22:56,810 あまりの失礼を お許しくださいませ。 206 00:22:56,810 --> 00:23:00,650 実は」… 207 00:23:00,650 --> 00:23:05,650 ♪~ 208 00:24:35,490 --> 00:24:37,520 「奥様 一生のお願いでございます。 209 00:24:37,520 --> 00:24:40,220 たった一度 私に お逢いくださるわけには 210 00:24:40,220 --> 00:24:44,250 まいらぬでございましょうか。 211 00:24:44,250 --> 00:24:48,960 私は 決して それ以上を 望むものではありません。 212 00:24:48,960 --> 00:24:51,320 そんなことを望むには あまりに醜く 213 00:24:51,320 --> 00:24:53,670 汚れ果てた私でございます。 214 00:24:53,670 --> 00:24:58,060 どうぞ どうぞ 世にも不幸な男の切なる願いを 215 00:24:58,060 --> 00:25:03,060 お聞き届けくださいませ」。 216 00:25:16,570 --> 00:25:22,570 「そして いま あなたがこの手紙を お読みなさる時分には」… 217 00:25:26,010 --> 00:25:29,700 「もし この 世にも ぶしつけな願いを 218 00:25:29,700 --> 00:25:32,700 お聞き届けくださいますなら」… 219 00:25:50,580 --> 00:25:55,580 おお… 気味の悪い。 220 00:26:07,080 --> 00:26:10,780 <彼女は あまりのことに ボンヤリしてしまって 221 00:26:10,780 --> 00:26:16,780 これを どう処置すべきか まるで見当がつかぬのであった> 222 00:26:18,860 --> 00:26:22,860 奥様 お手紙でございます。 223 00:26:35,360 --> 00:26:38,720 <無意識に それを受け取って 開封しようとしたが 224 00:26:38,720 --> 00:26:41,750 ふと その上書きを見ると 225 00:26:41,750 --> 00:26:44,450 彼女は 思わず その手紙を取りおとしたほども 226 00:26:44,450 --> 00:26:47,810 ひどい驚きに打たれた。 227 00:26:47,810 --> 00:26:52,530 そこには さっきの無気味な手紙と 寸分違わぬ筆癖をもって 228 00:26:52,530 --> 00:26:57,250 彼女の宛名が書かれてあったのだ> 229 00:26:57,250 --> 00:27:22,830 ♪~ 230 00:27:22,830 --> 00:27:29,830 <それを破って ビクビクしながら 中味を読んで行った> 231 00:27:57,510 --> 00:28:02,230 「もし拙作が いくらかでも 先生に 感銘を与え得たとしますれば 232 00:28:02,230 --> 00:28:06,230 こんな嬉しいことはないので ございますが」。 233 00:28:27,140 --> 00:28:32,530 「では 失礼を顧みず お願いまで」。 234 00:28:32,530 --> 00:28:56,530 ♪~